古村治彦です。

昨年9月にロシアからドイツへ天然ガスを送る海底パイプライン施設「ノルドストリーム1、2(Nord Stream Pipeline1,2)」でガス漏れ爆発「事故」が起き、操業停止となった。ロシアからの安価な天然ガスに頼っていたドイツと西ヨーロッパ諸国はエネルギー源をアメリカに頼らざるを得なくなり、価格の高騰もあり、厳しい冬に耐えながら人々は暮らしている。
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 ノルドストリームの「事故」についてはタイミングや内容から、「どうしてああいう事故が起きたのか」「タイミングが良すぎるのではないか」といった多くの疑問が出ていた。タイミングというのは、ウクライナ戦争が勃発して半年以上が経過し、アメリカやヨーロッパ諸国がウクライナ支援を行いながらも、同時にロシアからの天然ガス輸入を行っていたということである。ウクライナ戦争勃発後、西側諸国は対ロシア経済制裁を行い、ロシアを経済的に締め上げて一気にギヴアップさせようと狙っていた。しかし、その試みは失敗した。加えて、「急にエネルギー源を止められない」としてロシアからの天然ガス輸入を続けていた。ノルドストリームが壊れて操業停止になってしまえば物理的に輸入が不可能ということになった。

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ロシアを間接的に支援することになる天然ガス輸入を止め、アメリカからの天然資源を輸入させるということで、誰が利益を得るのかということは、誰が考えてもアメリカということになる。しかし、アメリカ政府やアメリカメディアはロシア犯人説を流布した。このロシア犯人説ほど馬鹿げたことはない。ロシアは天然ガス輸出で資金を獲得することができるし、あまりにも敵対的な態度を西ヨーロッパが取るならば、供給を削減、もしくはストップすることで懲罰を与えることができる。そうした手段を自分から破壊するのは自滅的な行為でしかない。そうしたことから、ノルドストリーム事故直後から、アメリカの仕業ではないかという説は根強くあった。私もこのブログでアメリカ犯人説を取り上げた。

今回、アメリカの有名は調査報道ジャーナリストであるシーモア・ハーシュが重要な論稿を発表した。ハーシュについてまず述べると、ヴェトナム戦争時代から活躍を続けるジャーナリストであり、ソンミ村虐殺事件の調査衝動でピューリッツア賞を受賞した。その後も、イスラエルの核武装やアブグレイブ収容所での拷問事件などをスクープした。

ハーシュが今回発表した論稿の内容はずばり「ノルドストリーム爆破はアメリカが行った」という衝撃の内容だ。アメリカがNATO加盟のノルウェーと協力して、ノルドストリームの爆破地点を特定し、優秀な潜水士たちを使って爆薬を仕掛け、時間差で爆発させたということである。アメリカはかねがね、ノルドストリームを通じてのロシアからの安価な天然ガスにヨーロッパが依存することを憎悪しており、ノルドストリームを「始末」することで、ロシア側に打撃を与え、ヨーロッパをアメリカ依存に引き戻すという一挙両得の秘密作戦を実行した。その内容は、「アメリカはこんなことまでするのか」と日本の親米派の人々にもショックを与えるものだ。これくらいのことは日本にもされているのである。アメリカはこれくらいのことを世界中でやっているのだ。これで嫌われないと考えるのは全く理解不能だ。

下にハーシュの渾身の論稿の内容の前3分の1を掲載した。ここでは、作戦立案から実行までの経緯がまとめられている。計画立案には、国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリヴァンが、ジョー・バイデン大統領の命を受けて、官庁間の垣根を超えたグループが作戦の内容の立案にあたり、CIA(ウィリアム・バーンズ長官)が具体的な内容を提案して実行されることになったことが書かれている。バイデン大統領のノルドストリーム破壊の意向を受けて、作戦を計画し進めていった責任者たちとして、ハーシュはジェイク・サリヴァン、アンソニー・ブリンケン国務長官、ヴィクトリア・ヌーランド国務次官の名前を挙げている。私はここに、アヴリル・ヘインズ国家情報長官(アメリカの情報・諜報機関の統括であり、バーンズの上司にあたる)も入っていたと思う。拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』をお読みいただいた皆さんにとってはどのような関係になっているのかなど分かりやすいと思う。
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アメリカ海軍には潜水・サルヴェーション学校があり、そこを卒業した優秀な潜水士たちが作戦実行部隊となった。彼らがパイプラインに爆薬を設置した。私の講釈はここらあたりにして下の論稿を是非読んでいただきたい。

(貼り付けはじめ)

アメリカはどのようにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したか?(How America Took Out The Nord Stream Pipeline

-『ニューヨーク・タイムズ』紙は「ミステリー」と呼んだ。しかし、アメリカは海上作戦を実行した。その秘密は守られてきた。それもこれまでだ。

セイモア・ハーシュ(Seymour Hersh)筆

2023年2月8日

シーモア・ハーシュのウェブサイト

https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

フロリダ州南西部の回廊地帯(panhandle)、アラバマ州との州境から南へ約70マイル(約112キロ)、かつては片田舎だったが今やリゾート町として成長しているパナマシティに、アメリカ海軍のダイヴィング・アンド・サルヴェージ・センターがある(センターの面している道路は昔単線だった)。第二次世界大戦後に建てられたコンクリート造りの無骨な建物は、シカゴ西部にある職業高校のような外観をしている。何の特徴もない建物群だ。コインランドリーやダンススクールが、現在4車線の道路を挟んで向かい側にある。

このセンターは何十年もの間、高度な技術を持つ深海潜水士(deep-water divers)を養成してきた。潜水士たちは、世界中のアメリカ軍部隊に配属され、C4爆薬を使用して港や海岸の瓦礫や不発弾を除去するという素晴らしい仕事も、そして、外国の石油掘削施設を爆破する、海底発電所の吸気バルブを汚染する、重要な輸送管の鍵を破壊するなどの破壊工作を行う技術潜水も成功させてきた。パナマシティにあるこのセンターは、アメリカで2番目に大きい屋内プールを誇る。昨年の夏、バルト海の水面下260フィート(約78メートル)で任務を遂行した潜水学校の優秀で最も寡黙な卒業生たちを輩出するには最適の場所だ。

作戦計画を直接知るある情報源によれば、昨年6月、海軍の潜水士たちは、「バルト海作戦22(BALTOPS 22)」として広く知られた真夏のNATO演習に隠れて、遠隔操作による爆発物を仕掛け、3カ月後に4本のノルドストリーム・パイプラインのうち3本を破壊した。

そのうちのパイプライン2本は、ノルドストリーム1と総称され、10年以上にわたってドイツと西ヨーロッパ諸国の多くに安価なロシアの天然ガスを供給していた。もう1本のパイプラインはノルドストリーム2(Nord Stream 2)と呼ばれ、建設はされていたが、まだ稼働していなかった。ロシア軍がウクライナ国境に集結し、1945年以降のヨーロッパで最も血生臭い戦争が行われている現在、ジョー・バイデン大統領は、パイプラインはウラジミール・プーティンが自らの政治的・領土的野心のために天然ガスを武器化する(weaponize)ための手段だと見ているのだ。

私はホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官に対してコメントを求めた。ワトソン報道官は電子メールで、「これは虚偽であり、完全なフィクションだ」と述べた。中央情報局(CIA)のタミー・ソープ報道官も同様に「この主張は完全にそして完璧に虚偽である」という返事を寄こした。

バイデンがパイプラインの破壊を決定したのは、その目標を達成する最善の方法について、ワシントンの国家安全保障コミュニティの内部で9ヶ月以上にわたって極秘に行われた議論の後であった。その期間の大半で、任務を遂行するかどうかを議論されたことはなかった。誰に責任がるのかについてあからさまな手掛かりを残すことなしに、いかにして任務を遂行するかが議題とされた。

パナマシティにある米海軍潜水学校の卒業生たちに任務遂行を頼ったのは、官僚的な理由からだった。潜水士たちは海軍所属者だけで構成されている。彼らは、秘密作戦について連邦議会にあらかじめ報告し、連邦上下両院の指導部、いわゆるギャング・オブ・エイト(訳者註、連邦上下両院情報・諜報委員会委員長2名、反対党側幹部委員2名、連邦上院多数党院内総務、少数党院内総務、連邦下院議長、連邦下院少数党院内総務の計8名)に事前に説明しなければならないアメリカの特殊作戦司令部の所属ではない。2021年の終わりから2022年の最初の数カ月にかけて計画が立案されたが、バイデン政権は計画がリークされないようにあらゆる手段を講じていた。

バイデン大統領とその外交ティーム(国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリヴァン、国務長官トニー・ブリンケン、国務次官ヴィクトリア・ヌーランド)は、ロシア北東部のエストニア国境に近い2つの港からバルト海下750マイル(約1200キロ)を並走し、デンマーク領のボーンホルム島近くを経てドイツ北部に至る2基のパイプラインに対して、一貫して敵意を抱いていた。そしてそれを明らかに示していた。

ウクライナを経由しないこの直通ルートは、ドイツ経済にとって好材料となった。工場や家庭の暖房に十分な量の安いロシア産の天然ガスが豊富にあり、ドイツの流通業者は余ったガスを西ヨーロッパ中に売って利益を得ていた。パイプラインの破壊は、ロシアとの直接対決を最小限に抑えるというアメリカの公約を破るような行動であり、その公約を定めたバイデン政権がそうした行動を進めた。そのため、秘密裏の作戦遂行が必要不可欠となった。

のルドストリーム1は、その初期段階から、ワシントンと反ロシアのNATOパートナーによって、西側の支配に対する脅威と見なされていた。ガスプロムは、プーティン大統領に従うことで知られるオリガルヒが支配し、株主に莫大な利益をもたらすロシアの株式公開企業だ。ガスプロムが51%、フランスのエネルギー企業4社、オランダのエネルギー企業1社、ドイツのエネルギー企業2社が残りの49%の株式を共有し、安価な天然ガスをドイツや西ヨーロッパの地元流通業者たちに販売する下流工程をコントロールする権利を持っていた。ガスプロムの利益はロシア政府と共有され、国家のガス・石油収入はロシアの年間予算の45%にも上ると推定された年もある。

アメリカの政治的な恐怖感は現実のものとなった。プーティンは必要な収入源を手に入れ、ドイツをはじめとする西ヨーロッパはロシアから供給される安価な天然ガスに依存するようになり、ヨーロッパのアメリカへの依存度は低下することになるのではという恐怖感をアメリカは持っていた。実際、その通りになった。戦後のドイツは、第二次世界大戦で破壊された自国と他のヨーロッパ諸国を、ロシアの安価なガスを利用して豊かな西ヨーロッパ市場と貿易経済の燃料として復興させるという、ウィリー・ブラント元首相の有名な東方外交理論(オストポリティーク理論、Ostpolitik theory)が一部現実化されたものだと多くのドイツ人がノルトストリーム1について捉えていたのである。

NATOとワシントンの考えでは、ノルトストリーム1はそれだけで十分に危険なものだったが、2021年9月に建設が完了したノルトストリーム2は、ドイツの規制当局が承認すれば、ドイツと西ヨーロッパが利用できる安価なガスの量が2倍に増やすことになるはずだった。また、このパイプラインはドイツの年間消費量の50%以上を賄うことができる。バイデン政権の積極的な外交政策を背景に、ロシアとNATOの緊張は常に高まっていた。

2021年1月のバイデンの大統領就任式前夜、ブリンケンの国務長官就任承認公聴会で、テキサス州選出のテッド・クルーズ連邦上院議員率いる連邦上院共和党が、安価なロシアの天然ガスという政治的脅威を繰り返し提起し、ノルドストリーム2への反対運動を燃え上がらせた。同時期、連邦上院は一致して、クルーズがブリンケンに語ったように、「パイプラインの進路を停止させる」法律を成立させることに成功していた。当時、アンゲラ・メルケル首相が率いていたドイツ政府からは、2本目のパイプラインを稼働させるために、政治的、経済的に大きな圧力がかかっていたと考えられる。

バイデンはドイツに立ち向かうことができるだろうか? ブリンケンは「イエス」と答えたが、「次期大統領の見解の詳細について議論していない」と付け加えた。ブリンケンは更に次のように述べた。「私は、ノルトストリーム2が悪い考えであるというバイデン大統領の強い信念を知っている。次期大統領は、ドイツを含む私たちの友人やパートナーに対して、あらゆる説得手段を用いて、これを進めないよう説得してくれるはずだ」。

数ヵ月後、2本目のパイプラインの建設が完了に近づくと、バイデンは見て見ぬふりをした。その年の5月には、国務省の高官が、制裁と外交でパイプラインを止めようとするのは「常に長丁場となる」と認め、驚くべき方向転換で、政権はノルドストリームAGに対する制裁を免除した。その裏では、当時ロシアの侵略の脅威にさらされていたウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領に、この動きを批判しないようにと複数のバイデン政権幹部が働きかけていたとも言われている。

すぐに結果が出た。クルーズ率いる連邦上院共和党は、バイデンの外交政策候補者全員の即時承認秘訣を発表し、年間国防予算の成立を数ヶ月間遅らせた。そして、秋も深まった頃にようやく成立した。『ポリティコ』誌は後に、ロシアの2本目のパイプラインに関するバイデンの転向を、「バイデンの政権公約を危うくした1つの決断だった。間違いなくアフガニスタンからの無秩序な軍事撤退以上に議論を呼ぶものとなった」と評している。

11月中旬にドイツのエネルギー規制当局が2本目のノルドストリーム・パイプラインの認可を停止したことで、危機の猶予を得たものの、バイデン政権は混乱した態度を取った。このパイプラインの停止と、ロシアとウクライナの戦争の可能性が高まっていることから、ドイツやヨーロッパでは、望まぬ寒い冬がやってくるのではないかという懸念が高まり、天然ガスの価格は数日のうちに8%も急上昇した。ドイツの新首相に就任したオラフ・ショルツの立場は、ワシントンでは明確ではなかった。その数カ月前、アフガニスタン崩壊後、ショルツはプラハでの演説で、エマニュエル・マクロン仏大統領の「より自主自律的なヨーロッパ外交政策」を公式に支持し、明らかにワシントンやその気まぐれな行動への依存度を下げることを示唆していた。

この期間中、ロシア軍はウクライナ国境で着々としかも不気味に増強され、2021年12月末には10万人以上の兵士がベラルーシとクリミアからウクライナを攻撃できる態勢にあった。ワシントンでは、この兵力数について「短期間に倍増する」というブリンケン国務長官の分析もあり、警戒感が高まっていた。

このような状況下で、再び注目されたのがノルドストリームだった。ヨーロッパが安価な天然ガスパイプラインに依存する限り、ドイツなどの国々は、ウクライナにロシアに対抗するための資金や武器を供給するのを躊躇するだろうと考えられた。

バイデンがジェイク・サリヴァンに対して省庁間の垣根を超えたグループを結成し、計画を練ることを許可したのはこうした不安定な時期のことだった。

全ての選択肢がテーブルの上に置かれることになった。しかし、実際に出てくるのは1つだけだった。
(貼り付け終わり)
(つづく)

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