古村治彦です。
キッシンジャー論の2回目です。
(貼り付けはじめ)
1969年のキッシンジャー(左)、1963年のキッシンジャー(右)、1973年1月24日のパリにおけるヴェトナム戦争に関する和平交渉で北ヴェトナムのレ・ドゥク・トと共に
「米中関係の将来と、その正否に大きく依存する世界の平和と安定に対する答えは、過去にあるのかもしれない」とギューエンは指摘する。ヴェトナム戦争、市民的不服従(civil unrest)、ウォーターゲート事件、1970年代のスタグフレーションなど、外交官が大国間の共通認識と均衡を見出さなければならなかったアメリカの弱体化の時期に、キッシンジャーと彼の哲学が陽の目を見たのは、決して小さな偶然ではないだろう。このように弱体化し、混乱したワシントンは、キッシンジャーのお気に入りの対象であり、彼の最大の外交的大勝利の焦点であった中国に対して、今日、類似の場所にいる可能性があるからである。
特に、大国間のライヴァル争いを安定的で平和的な生存様式(modus vivendi)に変えるために、ワシントンには、試行錯誤を経た現実政治(realpolitik)に立ち戻ることが必要であろう。中国研究者であり、北京の台頭を間近に見てきたオーストラリアのケヴィン・ラッド元首相は、最近『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿した新型コロナウイルスの流行に関する論稿で次のように書いている。「不快な真実は、中国とアメリカがともにこの危機から著しく衰退してしまう可能性が高いということだ。新しい中国の平和(パックス・シニカ、Pax Sinica)も新しいアメリカの平和(パックス・アメリカーナ、Pax
Americana)も、廃墟から立ち上がることはないだろう。むしろ、 米中両国の力は、国内外において弱体化するだろう。その結果、国際的な無政府状態へと緩慢と、しかし着実に向かい続けるだろう」。
しかし、このように2つの大国が互いに弱体化する可能性があるからこそ、解決の糸口が見つかるかもしれない。その答えは、私たちが今日直面していること、すなわち永久に灰色の世界(permanently gray world)であることを認識し、受け入れることから始まる。第二次世界大戦以来、数世代にわたって、そして冷戦勝利の余波の中で、疑う余地のない世界支配に慣れてしまったアメリカ人にとって、これは受け入れがたいことである。しかし、モーゲンソーが70年以上前に近代リアリズムの原典『国際政治学(Politics Among Nations)』で先見的に描き、キッシンジャーがその外交キャリアで展開したのは、学界を除いて今ではほとんど忘れられているが、大部分がこの21世紀の混沌とした世界そのものなのである(ギューエンがその著書で見事に立証している)。モーゲンソーは、人間の統治と社会の完璧さ(perfection in human governance and society)を求める合理主義者たち(rationalists)が、ギューエンの言葉を借りて言えば、「悲劇の必然性(inevitability
of tragedy)」を否定したと言って、人間社会の進歩(progress of human society)に関する信念の現在の崩壊を予期していた。『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評欄を長年にわたり担当してきた編集者であるギューエンは、「モーゲンソーが直面した選択は、善と悪の間ではなく、悪とそれ以下の間での選択だった」と書いている(正直なことを述べると、ギューエンはたまに私に書評を書くように依頼してくる)。中国との国交回復、1973年の中東での停戦、更にはヴェトナム戦争の混乱と血なまぐさい終結、失われた何千もの命など、キッシンジャーのキャリアの多くが、この本の中で書かれている。
キッシンジャーは人々から好意的な評価を受けるような人物ではない。ギューエンは著書中でこのことを詳細に述べている。キッシンジャーとリチャード・ニクソンは、第二次世界大戦で連合国が落とした爆弾よりも多くの爆弾をカンボジアに投下し、最終的に何十万人もの無辜の人々を死なせた。この政策と、1971年にバングラデシュで起きた大虐殺への無関心、チリで起きたクーデターに対する明白な支持は、シーモア・ハーシュからクリストファー・キッティンズまで、著名なリベラルの世代の人々を刺激し、キッシンジャーは偏執狂的で戦争犯罪者であるとレッテルを貼られたのだった。キッシンジャーの信念と動機には常に二重性(duplicity)があり、彼の言葉を借りれば、アメリカ人は「力の均衡を保つ(preserve
the balance of power)」ため、戦うつもりはないことを知っていた。(キッシンジャーは1965年の時点で、ヴェトナムを訪問した後、ヴェトナムには勝てないという結論を出していたが、それでも戦争を支持していたとギューエンは指摘している)。ギューエンは、キッシンジャーをレオ・シュトラウスやハンナ・アーレントら、ホロコーストを逃れ、ワイマール民主政治体制の失敗に悩まされたドイツのユダヤ人思想家たちの系譜に位置づけようとしているが、シュトラウスのしばしば不明瞭な思想が後にネオコンを刺激し、ヒトラー時代のドイツからの難民であるマデレーン・オルブライト(旧姓コーベル)が熱心な強権派ウィルソン派として立場を確立していることから、ギューエンの主張の説得力は完全ではないだろう。
しかし、キッシンジャーの考え方は、今、明らかに70年代のアメリカの弱体化に似た状況にあるからこそ、より大きな反響を呼んでいる。外交政策のエリートたちは、勝利を目指すのではなく、ただただ生き残ること(survival)を考え、特にアメリカの国内問題が当時と同様に間違いなく疲弊している現在、そうあるべきなのだ。ギューエンの本で最も残念なのは、キッシンジャーのニュアンスに富んだヒトラー的リアリズムの伝記と歴史的源泉を何百ページもかけて掘り下げた後、それを現在にあまり適用せず、中国にもほんの少ししか適用していないことであろう。なぜなら、21世紀の最初の数十年間に中国で起こったことほど、キッシンジャー的リアリズムの正当性を証明するものはないからである。冷戦後の世界市場と新興民主政治体制に中国を取り込むことで、中国を徐々に啓蒙主義的な規範(Enlightenment norms)へと導くことができると考えることがワシントンで流行した四半世紀後、このような幻想(illusion)は消え去った。かつてキッシンジャーは、こうした幻想を「敵の改心によって平和を達成するという古くからのアメリカの夢(the age-old American dream of a peace achieved by the conversion of
the adversary)」と呼んだ。キッシンジャーは毛沢東と会談して以降、100回以上も中国を訪問してきた。彼の厳しい見方と適合するのは、新興の超大国中国だけである。そして、もしキッシンジャーの分析が正しいとすれば(おそらくそうであろう)、米中両国は、説教(preaching)を最小限にとどめ、努力すれば、歩み寄りを見いだすことができるだろう。
北京の人民大会堂での国賓を迎える晩餐会(state banquet)で中国の周恩来総理からの料理を取り分けてもらうキッシンジャー
冷戦後にアメリカの勝利を唱導した人々が理解していなかったのは、ソ連崩壊後、私たちが直面した「イデオロギーのない世界、それは、民主政体という超越的な処方箋が目の前の問題に対する答えにならない」ということだったとギューエンは書いている。
実際には、それよりもはるかに悪い状況になっている。私たちは、社会と統治の完全性を求める全ての希望が裏切られ、革命を起こすべき大義名分がもはや存在しないというポストモダンの現実を率直に受け止めるべきだ。トマス・ジェファーソンの「自由の玉(ball of liberty)」は、かつてアメリカ人が世界中を動かすことを期待する言葉であったが、結局は溝に落ちてしまった。フリーダムハウスが最近発表した『移行中の諸国家(Nations in Transit)』という文書には、「民主政治体制の驚くべき崩壊(stunning
democratic breakdown)」について記されている。特に、中央ヨーロッパと東ヨーロッパ、そして中央アジアの失敗を指摘し、「1995年にこの年次報告書が始まって以来、こうした地域の民主国家は現在、どの時点よりも少なくなっている」と述べている。歴史は脈々と続き、アフガニスタンのような弱小国は失敗し続け、アメリカや中国のような民主主義国家と独裁国家は互いに争うことになるであろう。しかし、この意志のぶつかり合いが、ある社会的・政治的組織形態が他の形態よりも有利になるような「偉大な目的論的成果(Great Teleological Outcome)」をもたらすとは、もはや誰も妄想してはいけない。
その結果、キッシンジャーがかつて説明したように、「ほぼ全ての状況が特殊なケースである(Almost
every situation is a special case)」ということになる。ナショナリズムの新たな台頭は、「アメリカと対峙することで国家や地域のアイデンティティが追求される(national or regional identity by confronting the United States)」ことになるかもしれないと彼は書いている。これは習近平の中国が行っていることだ。実際、今日のナショナリストの多くは、かつてソ連が行ったようにワシントンに反応し、外敵からの脅威を誇示することで国家統制を強化している。こうした、世界中のネオ・ナショナリズムは、ジョージ・ケナンがソ連に対して推奨したのと同じ柔術的な方法で対処されるべきだろう。アメリカからの彼らに対する脅威を軽減すれば、中国のような権威主義体制は自ずと衰退する可能性が高くなる。ラッドはフォーリン・アフェアーズに掲載した論稿で、習近平のコロナウイルスへの対応は「中国共産党内に重大な政治的不和をもたらし、その『高度な中央集権的指導スタイル(highly centralized leadership style)』に対する薄っぺらな批判さえ促している」と書いている(現在も習近平は深刻な内部課題に直面しているかもしれない)。ギューエンが指摘するように、キッシンジャーは2011年に出版した『中国論(On China)』で、何百万人もの中国人を死に至らしめたマルクス主義革命家の毛沢東でさえ、レーニンのような思想家ではなく「中国第一(China-first)」のナショナリストであり、アメリカと同様の例外主義の偏狭さ(exceptionalist
insularity)を持つ国を代表していた。しかしアメリカとは異なり、中国の政権は海外への布教や熱意をほとんど必要としていなかった。今日の中国は、あらゆる場所で影響力を増している。しかし、世界各地にいわゆる債務植民地(debt colonies)を作ることは、完全な征服(outright conquest)よりもはるかに脅威が少ない。
重要なのは、過剰に反応しないことだ。そして、冷静に対応するという選択は、米中両国にとって受け入れがたいものである、とギューエンは書いている。彼は次のように述べている。「限界と外交的妥協(limits and diplomatic compromise)を受け入れられるだけの知的進化(intellectual evolution)を遂げるか、あるいは血を大量に流すか、いずれにせよ、彼らは大切な例外主義(exceptionalism)を捨てて、ウェストファリア的な国際多様性(international
diversity)のシステムと、不快ではあっても、より控えめな均衡(more modest, if
uncomfortable, equilibrium)を実現しなければならないだろう。」 更に言えば、ワシントンと北京は、この新しい力の均衡(balance of power、バランス・オブ・パウア)を受け入れるために、他の主要な世界の諸大国を自陣営に引き入れる必要があるだろう。
キッシンジャーは、このような事態の多くを予期していたとギューエンは書いている。数十年前、キッシンジャーはレーガンの時代と冷戦の終結が、ネオコンや自由主義的国際主義者(iberal internationalists)が期待したようなアメリカ型の自由主義的で民主的な資本主義(American-style liberal democratic capitalism)の新しい始まりではなく、むしろ「本質的には輝かしい日没(in the nature of a brilliant sunset)」であることを予見していた。キッシンジャーは、ウィルソン的な理想主義(idealism)がアメリカの外交政策の中心であり続けることをいつものように認めながらも、冷戦の勝利の中にあっても、それは議論における人権の優位性(特にソ連圏内での役割)によって勝ち取った部分もあると認めており、アメリカの指導者たちは新しい形の力の均衡を明確にしなければならないと書いた。キッシンジャー「世界のいくつかの地域で均衡を保つために、これらの地域におけるパートナー国は常に道徳的配慮だけに基づいて選ぶことはできない」と書いている。
中国もまた、世界支配をどこまで進められるかという自問自答の議論を今日も行っている。この国の地政学的な用心深さ(global caution)の長い歴史は(常に言葉通りではないにせよ)心強いものである。このような自己懐疑と、キッシンジャーが好んだ言葉の1つである「限界(limits)」の相互探求の中に、たとえ米中2つの経済がサプライチェーンや金融の共依存(codependence)という点で切り離されても、共通基盤(common grounds)を持てる可能性がある。新しい形の力の均衡を見出すための賢明で積極的な外交がなければ、破滅的な、あるいは世界を終わらせるような過失(missteps)が生じる可能性があるからだ。特にキッシンジャーは、ウィーン会議に始まり1914年8月に終了した、100年にわたる平和を最も深く研究してきた人物である。今日のワシントンや北京の多くの人々と同様に、当時のヨーロッパの指導者たちは「リスクを取ることが効果的な外交手段である(risk taking was an effective diplomatic tool)」と軽率に考えていたとキッシンジャーは書いている。
現在、北京はアメリカの民主政体に対してボットの軍隊と数十億ドルを用意している。ワシントンの多くの人々は、共和党の新星であるミズーリ州選出のジョシュ・ホーリー連邦上院議員の言葉を借りれば、「全ての自由主義国の国民にとって脅威である(a menace to all free peoples)」北京の帝国主義者に立ち向かうための新たな冷戦を無謀にも呼びかけている。この危険な新しい主張の最初の課題は、WTOからの脱退である。WTOのもとで、中国は「国際経済システムのルールを自らの利益のために曲げ、濫用し、破って」、300万人のアメリカ人の雇用を奪ってきた、とホーリーは5月20日の演説で述べている。
左:2018年11月8日に北京の人民大会堂で習近平中国国家主席と会談するキッシンジャー、右:2017年10月10日にホワイトハウスの大統領執務室(オーヴァル・オフィス)でドナルド・トランプ米大統領と会談するキッシンジャー
(貼り付け終わり)
(つづく)

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