古村治彦です。前回の続きです。
(貼り付けはじめ)
新しく設置された中国委員会の委員長である共和党のマイク・ギャラガー連邦下院議員は「中国への経済的依存度を下げる必要がある。台湾を守るために、日付変更線の西側にある東アジアにおけるハードパワーを急増させる必要がある」と、連邦議会が始まる前の12月に語っている。ギャラガーは「中国共産党は今日の世界における我々の最大の脅威である」とも述べた。
一方、他の米連邦議員たちも台湾に出入りし、北京の当局者を激怒させるような出張を繰り返している。
その1人が共和党のトッド・ヤング連邦上院議員で、2023年1月に台湾を訪れ、蔡英文総統に面会した。「中国共産党が強圧的な態度をとり、更に強圧的な態度をとるという脅威がある以上、私のような者が、そのような事態に直面しても引き下がらないということを示すことは理にかなっている」とヤングは本誌の取材に答えた。
アメリカ軍やバイデン政権のトップは、中国が軍事的手段を使ってでも台湾の奪還を目指していると分析評価しており、今後2年から5年以内に紛争が起こると予測する者もいるが、こうした分析評価はワシントンの全員が共有している訳ではない。
そのため、アメリカは窮地に立たされている。公式には「一つの中国(One China)」政策を堅持しており、正式な外交上の承認は北京に限定し、台北を密かに支援するだけである。しかし、バイデンは様々なインタヴューで、この政策の厳しさを超えて、中国が侵略してきた場合、台湾を軍事的に守ると宣言している。
連邦議会議事堂から同様のシグナルが発信される中、中国ウォッチャーたちは、およそ50年にわたる中国との統合計画から歯車が狂い始めた瞬間を一つだけ挙げることはできない。しかし、それは一連の出来事であり、災難であり、不祥事であった。その一つが、ミシガン州出身の若い大学卒業生と120ドルの現金、そして「アマンダ」と名乗る女性だった。
砂嵐の中で北京の天安門前広場をパトロールする警察官(2006年4月18日)
2009年12月、ミシガン州出身の28歳、グレン・シュライヴァーは、CIA入局の手続きを開始するため、ワシントンDCに出頭するようにとの知らせを受けた。上海に住み、教師として働いていたシュライヴァーは、過去4年間、アメリカの国家安全保障に関わる仕事を求め、CIAに応募する前にアメリカの外交官試験を繰り返し受験しては失敗していた。
シュライヴァーは、秘密情報機関の職への就職活動を通じて、ある秘密を持っていた。それは、中国情報当局が彼をスパイに仕立て上げていたことである。それは、上海に住んでいたシュライヴァーが、新聞広告に掲載された米中関係のレポートを書くという仕事に応募したことから始まった。「アマンダ」と名乗る女性から120ドルの報酬を得た。そこから、「アマンダ」と中国最高峰の国家情報機関である国家安全企画部の他のエージェントたちが、彼に数万ドルを支払い、国務省やCIAのアメリカ政府の仕事に応募させるようになったことは、アメリカの弁護士が後にこの事件に関する公開文書で詳述している。
シュライヴァーはアメリカで拘束され、最終的には中国のためのスパイ活動を企てたとして有罪を認めた。しかし、シュライヴァーの事件は、アメリカの国家安全保障と情報に関わる諸機関の世界に一石を投じるものとなった。中国がアメリカでのスパイ活動を活発化させていた。シュライヴァーは、2008年から2011年の3年間だけで、中国のためにスパイ活動を試みた容疑で連邦政府に起訴された約60人の被告の1人に過ぎない。情報機関や法執行機関の関係者にとって、シュライヴァー事件は、新たな、ますます攻撃的になる中国を象徴するものだった。しかし、政策立案者たちにとっては、その認識はずっと後のことであった。
シュライヴァーがFBIに逮捕されたとき、バラク・オバマ大統領はまだサニーランズで習近平と会談しておらず、当時のヒラリー・クリントン国務長官は、アメリカのアジアへの「ピボット」(U.S. “pivot” to Asia)を宣言してからまだ1年経っていなかった。
米中関係が破局に向かう運命にないことを示唆する外交的な取り組みもたくさんあった。中国は、オバマ大統領が2015年に締結したイラン核合意を後押しした。気候変動や北朝鮮の核兵器開発の終結に向けた協力を開始し、軍事面でもオリーブの枝を差し出した。2014年、アメリカは中国に対し、太平洋で毎年行われる大規模な多国籍軍事演習、通称リムパックへの参加を要請している。
しかし、ワシントンの対中タカ派勢力は、シュライヴァーの事件や他の有名なスパイ事件が少なくとも一因となって、経済・政治面での政策論争に影響力を持ち始めている。そして、習近平がその火に油を注いだ。
左:2015年にワシントンのホワイトハウスにおいてバラク・オバマ米大統領が中国の習近平国家主席と握手
右:2012年に訪中期間中に中国の楊潔篪中国外交部長と会談するヒラリー・クリントン米国務長官
中国は2013年、ユーラシア大陸のインフラ整備、中国の過剰な経済力の輸出、新たな世界貿易ルートの接続を目的とした、後に「一帯一路構想(Belt and Road Initiative)」と呼ばれる数百億ドル規模の大規模な世界規模のインフラ投資プログラムを発表した。ワシントンの一部では、北京が地政学的影響力を得るために外国のインフラプロジェクトや公的債務を行使することを可能にする経済面におけるトロイの木馬(Trojan horse)になぞらえた。そして2015年、米人事管理局(U.S.
Office of Personnel Management)は、中国のハッカーが2200万人以上のアメリカ連邦政府現職職員、元職員、内定者、そしてその友人や家族の機密データを盗み見たことを明らかにした。
中国はまた、現在争われている南シナ海で人工島を建設するキャンペーンを開始した。それは、この地域の重要な国際シーレーンを脅かす可能性のある軍事能力のある飛行場とインフラを積み上げた。コーネル大学教授で、米国務省の政策計画スタッフの元上級顧問であるジェシカ・チェン・ワイスは、「特にオバマ政権の終わりに向けて、南シナ海での中国の埋め立てについて、懸念が高まり始めた」と述べた。
国際サミットの外交用語が「温かい(warm)」交流から「重要な懸念(significant concerns)」についての「率直な(candid)」議論へと変化し、大国間の緊張の高まりをかろうじて抑えていたため、オバマと習の直接会談は2013年のサニーランズ会談以降、ますます冷え込むようになった。中国では、習近平の指導の下、反米主義やナショナリズムがより積極的に浸透している。リムパックに中国を招待するという親善的なジェスチャーでさえ、気難しい注文を伴っていた。中国はこの演習に4隻の船を派遣したが、招待されていないスパイ船1隻を静かに送り込んで偵察した。
2016年後半、オバマ大統領の任期最後の年になると、中国との一体化というアメリカの戦略の高い期待は、急速に薄れ始めていた。オバマは2016年9月、CNNで「国際的なルールや規範に違反していると見られる場合、私たちは非常に毅然とした態度で臨み、結果が出ることを彼らに示してきた」と語った。
米国防情報局の元中国専門家コール・シェパードは、習金平国家主席の前任者である胡錦涛の下では「経済とおそらく政府のさらなる開放と自由化の希望がまだあった」と述べた。シェパードは続けて「しかし、習近平の2期目の5年間の任期中、習近平が胡錦濤と胡主席の前任者である江沢民の自由主義的または開放の道を歩み続けるつもりがないことが明らかになった時、状況は変わり始めた」とも述べた。
オバマのCNNインタヴューの数日後、中国の杭州で開催されたG20会議では、中国当局は大勢の世界の指導者たちにレッドカーペットを敷いて出迎えた。しかし、中国当局は米大統領専用機(エアフォース・ワン)にローリング階段を送らず、オバマは飛行機の腹にある威厳のない整備用の入り口から飛行機を降りることを余儀なくされ、これは計算された外交的無視と見なされた。
カーネギー国際平和財団の理事長で、ジョージ・W・ブッシュ(息子)、オバマの両政権下で中国、台湾、モンゴル担当の国家安全保障会議(NSC)部長を務めたポール・ヘーンルは次のように述べている。「中国は南シナ海に人工島を建設した。中国は数千億ドル規模の知的財産のインターネット上での窃盗に関与している。中国は、市場や民間セクターを犠牲にし、より国家が主導し、国家が促進する経済に移行した。そのためにアメリカは様々な経済問題の解決に取り組むことができなかった。これらは全て米中間の現実的な課題として浮上したものであり、それはトランプが大統領就任前のことだった」。
次に起きることは事態を悪化させるだけであろう。
2017年、北京の人民大会堂内でのビジネスリーダー・イヴェントに出席するドナルド・トランプ米大統領と習近平国家主席
デイヴィッド・フィースは、米中関係の大変化を直接目撃した人物だ。2013年から2017年まで、彼は香港の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙支局に勤務し、米中両国が経済関係を深めているにもかかわらず、中国の経済的台頭によって企業スパイが急増し、国家主導の攻撃的な貿易政策が主張されている様子を追跡していた。当時、米中二国間の貿易額は年間6360億ドルで、世界最大の貿易関係であり、アメリカの対中輸出は200万人近いアメリカ人の雇用を支えていた。
フィースはまた、アメリカから遠く離れた場所から、トランプの政治的台頭と、トランプをホワイトハウスに送り込み、ワシントンのエスタブリッシュメント(そして他のほとんどの人々)を唖然とさせた劇的な2016年大統領選を目撃した。トランプは、貿易や知的財産でアメリカを騙している中国を繰り返し非難することで、これまでの大統領とは一線を画していた。2016年の選挙戦では、「われわれは泥棒に盗まれた貯金箱のようなものだ」と言い放った。トランプ派「中国が私たちの国をレイプするのを許し続けることはできない。そして、それが彼らのやっていることだ。世界史上最大の窃盗だ」とも述べた。
トランプの鋭く露骨なスタイルがアメリカ本土の有権者の神経を刺激したのなら、それはワシントンにいた対中タカ派の若手クラスにとっても同じで、彼らはアメリカの対中政策が時代遅れの希望的観測であると見て苛立ちを募らせた。
中国は、その行動によって、「アメリカが主導する自由主義的な世界秩序の責任ある利害関係者(ステイクホルダー)になることを絶対に望んでおらず、事実、その秩序に敵対し、それを修正し破壊しようとしていることを証明した」とフィース氏は述べている。
フェイスはジャーナリズムからゲームに飛び込むことを決意し、2017年初め、トランプ政権に参加した。国務省の政策企画スタッフ(国務省の社内シンクタンクのような存在)の当時の責任者であるブライアン・フックによって国務省に引き入れられ、トランプの選挙運動のプラットフォームをアメリカの外交政策に変えるための作業を開始した。それは、アメリカの対中政策に関する数十年のコンセンサスを根底から覆すものだった。
トランプ政権は、徹底的な貿易戦争(trade war)で経済関係を破壊しようとするだけでなく、中国の通信大手ファーウェイに規制をかけ、台湾への武器販売を強化し、現在は廃止されている「中国イニシアティヴ」を立ち上げた。このプログラムは、知的財産の盗難を取り締まるために作られたが、アジア系アメリカ人の研究者に対する疑念と監視の目を向けるようになった。また、マイク・ポンペオ国務長官(当時)は、任期最後の日に、離任の挨拶の中で、新疆ウイグル自治区における北京の人権侵害は大量虐殺(ジェノサイド、genocide)に相当すると宣言した。
ハドソン研究所の上級研究員で、トランプ政権下で戦略担当の大統領国家安全保障担当次席補佐官を務めたナディア・シャドローは、製造業、防衛、人権の3つの主要分野を取り巻くアメリカ国内の不満や懸念の高まりが、全てトランプ政権下でこうしたシフトに収束したと指摘する。それは「何かが起きていることを知らす冷静な目覚めの音」であったと彼女は述べた。
(つづく)
(貼り付け終わり)

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