古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。今回取り上げるヴィクトリア・ヌーランドについても詳しく書いています。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカの強硬な対ロシア政策とウクライナ政策をけん引してきた、ヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官(省内序列第3位)が退任することが、上司であるアントニー・ブリンケン米国務長官によって発表された。ロシア政府関係者は「ヌーランドの退任はアメリカの対ロシア政策失敗の象徴」と発言している。まさにその通りだ。ウクライナ戦争に向けて散々火をつけて回って、火がコントロールできなくなったら、責任ある職から逃げ出すというあまりにも無様な恰好だ。ヌーランドは職業外交官としては高位である国務次官にまで昇進した。しかし、その最後はあまりにもあっけないものとなった。

 アメリカ政治や国際関係に詳しい人ならば、ヌーランドが2010年代から、ウクライナ政治に介入し、対ロシア強硬政策を実施してきたことは詳しい。私も第3作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で詳しく書いてきた。ヌーランドは家族ぐるみでネオコンであり、まさにアメリカの対外介入政策を推進してきた人物である。
 ウクライナ戦争はその仕上げになるはずだった。アメリカがロシアを屈服させるために、ウクライナに誘い込んで思い切り叩く、それに加えて経済制裁も行って、ロシアをぼろぼろにするということであった。しかし、目論見はものの見事に外れた。現在、ウクライナ戦争はウクライナの劣勢であり、アメリカが主導する西側諸国の支援もなく、情勢はロシア有利になっている。ヌーランドはまずこの政策の大失敗の詰め腹を切らされた形になる。

 そして、バイデン政権としては、ウクライナ問題で消耗をして、泥沼に足を取られている状態を何とかしたい(逃げ出したい)ということもあり、アジア重視に方針を転換しようとしている。対中宥和派であったウェンディ・シャーマン国務副長官が昨年退任し、国務次官ヌーランドが代理を務めていた。彼女としては、このまま国務副長官になるというやぼうがあったはずだ。しかし、バイデン政権は、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)でインド太平洋調整官(アジア政策担当トップ)を務めていたカート・キャンベルを国務副長官に持ってきた。先月には連邦上院で人事承認も行われた。ヌーランドは地位をめぐる政治的な争いに負けたということになる。また、アジア重視ということで、ヌーランドの重要性は失われて、居場所がなくなったということになる。

 ヌーランドは7月からコロンビア大学国際公共政策大学院で教鞭を執ることも発表された。ヌーランドが国務省j報道官時代に直接仕えた、ヒラリー・クリントン元国務長官がこの大学院の付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めており、ヌーランドは客員教員を務めることになっている。この大学院の大学院長であるカリン・ヤーヒ・ミロはイスラエルで生まれ育った人物で、国際関係論の学者であるが、アメリカに留学する前はイスラエル軍で情報将校を務めていたという経歴を持っている。ネオコンは、強固なイスラエル支持派でもあるということもあり、非常に露骨な人事である。

 ヌーランドがバイデン政権からいなくなるということは、ウクライナ戦争の停戦に向けての動きが出るということだ。アメリカは実質的にウクライナを助けることが難しくなっている。ウクライナ支援を強硬に訴えてきた人物がいなくなるということは、方針転換がしやすくなるということだ。これからのアメリカとウクライナ戦争の行方は注目される。

(貼り付けはじめ)

長年の対ロシアタカ派であるヴィクトリア・ヌーランドが国務省から退任(Victoria Nuland, Veteran Russia Hawk, to Leave the State Department

-仕事熱心な外交官であり、ウクライナ支持を断固として主張してきたヌーランドは、国務省のナンバー4のポストから辞任する。

マイケル・クロウリー筆

2024年3月5日(改訂:3月7日)

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/2024/03/05/us/politics/victoria-nuland-state-department.html

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2021年に連邦上院外交委員会で証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド

国務省で序列4位の高官であり、ウラジーミル・V・プーティン政権のロシアに対する強硬政策を断固として主張してきたヴィクトリア・J・ヌーランドが、30年以上の政府勤務を終えて今月退職する。

アントニー・J・ブリンケン国務長官は火曜日、自由、民主政治体制、人権、そしてアメリカによるこれらの大義の海外での推進に対するヌーランドの「激しい情熱(fierce passion)」を指摘する声明の中で、ヌーランドの国務次官職からの辞任を発表した。

ブリンケンは、ウクライナに関するヌーランドの取り組みを指摘し、それは「プーティン大統領の全面的な侵略に対抗するために不可欠(indispensable to confronting Putin’s full-scale invasion)」であると述べた。

ヌーランドは報道官など国務省の役職を数多く歴任し、ディック・チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副大統領次席補佐官を務めたこともある。しかし、ヌーランドは、プーティンの領土的野心と外国の政治的影響力に対して強い抵抗を組織することを長年主張し、ロシアの専門家として名を残した。

オバマ政権時代には国務省のロシア担当高官として、ウクライナ軍の対戦車ミサイル武装を主張したが失敗したが、バイデン政権ではより多く、より優れたアメリカ製兵器をウクライナに送ることを最も支持してきた。

熟練した官僚的実務家であるヌーランドは、鋭い機知と率直な態度で自分の主張を展開し、同僚から賞賛と恐怖が入り混じった反応を引き出した。ブリンケン国務長官は声明の中で、「彼女はいつも自分の考えを話す」と穏やかな表現を使った。

ヌーランドは2014年、ウクライナ政治に関する電話での通話で、ヨーロッパ連合(European UnionEU)を罵倒するような発言をしたことがきっかけとして、多くの人々に知られるようになったが、その通話は録音され、その録音が流出した。アメリカ政府当局者たちはこの流出をロシアの仕業だという確信を持っている。

バイデン政権下、ヌーランドはアメリカのウクライナ支援に懐疑的な人々の避雷針(lightning rod)となった。テスラの共同創設者イーロン・マスク氏は昨年2月、ソーシャルメディアサイトXに、「ヌーランドほどこの戦争を推進している人はいない」と書いた。

ヌーランドはロシアを弱体化させ、更にはプーティンを打倒しようという共同謀議を企てていると見なされている、ワシントン・エスタブリッシュメントの代理人(化身)としてモスクワで非難された。ロシア政府当局者や露メディアは、2014年初頭にキエフの中央広場で、最終的にクレムリンが支援するウクライナ指導者を打倒した、当時欧州・ユーラシア問題担当米国次官補だったヌーランドがデモ参加者たちに食料を配った様子を常に回想している。

ロシアのセルゲイ・V・ラブロフ外相は昨年、「2014年にウクライナでヴィクトリア・ヌーランド国務次官がテロリストにクッキーを配った後、政府に対するクーデターが起きた」と述べた。ヌーランドさんはクッキーではなくサンドイッチを配ったと語っている。

ヌーランドの辞任は、クレムリン支援の英語ニュースサイトRTによって重大ニューズとして扱われ、トップページに赤いバナーと「ヌーランド辞任」という見出しが掲げられた。

RTはロシア外務省報道官マリア・ザハロワの発言を引用し、ヌーランドの辞任は「バイデン政権の反ロシア路線の失敗」によるものだと述べた。ザハロワは、「ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症(Russophobia)が、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる」と非難した。

ヌーランドは、バイデン政権の最初の2年半の間、国務次官を務めた。その間、国務副長官を務めたウェンディ・シャーマンの退任に伴い、国務副長官代理を兼務して過去1年の大半を費やした。

ヌーランドはシャーマンの後任としてフルタイムで当然の候補者と見なされていた。しかし、ブリンケン長官は、国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)アジア担当トップのカート・キャンベルを国務副長官に抜擢した。キャンベルの国務副長官就任は2月6日に連邦上院で承認された。

ブリンケン長官は、後任が決まるまで国務省のジョン・バス管理担当国務次官が代理としてヌーランドの職務を引き継ぐと述べた。

アナリストの一部は、ロシアのウクライナ侵略がバイデンの外交政策の多くを消耗させたにもかかわらず、キャンベルの選択を、バイデン大統領とブリンケン国務長官がアメリカと中国との関係の管理を最優先事項と考えていることの表れと解釈した。

ヌーランドは先月、人生の何百時間も費やしてきたウクライナの将来について公に語った。

ヌーランドは、ワシントンの戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)での講演で、「プーティ大統領がウクライナで勝利すれば、そこで止まることはないだろうし、世界中の独裁者たちは力ずくで現状を変えようと大胆になるだろう」と警告した。

ヌーランドは、「プーティンは私たち全員を待っていられると考えている。私たちは彼が間違っていることを証明する必要がある」と述べた。

2024年3月7日に訂正:この記事の以前の版ではヴィクトリア・ヌーランドの国務省での序列について誤って記述した。ヌーランドは序列第4位の役職であり、序列3位の外交官である。

※マイケル・クロウリー:『ニューヨーク・タイムズ』紙で国務省とアメリカの外交政策を取材している。これまで30カ国以上から記事を送り、国務長官の外遊に同行している。

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国務省の主要なリーダーであるヴィクトリア・ヌーランドがバイデン政権から離脱(Victoria Nuland, key State Dept. leader, to exit Biden administration

-長年外交官を務めてきたヌーランドはロシアに対する厳しい姿勢で知られていた。クレムリンはヌーランドの反ロシア姿勢を悪者扱いしてきた。

マイケル・バーンバウム筆

2024年3月5日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/national-security/2024/03/05/victoria-nuland-retires/

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2022年、キプロス。記者会見でメディアに対して話すヴィクトリア・ヌーランド

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日、ジョー・バイデン政権の最も強硬なロシア強硬派の1人で国務省序列第3位のヴィクトリア・ヌーランドが数週間以内に退任する予定であり、中東の危機を受けてアメリカ外交のトップに穴が開くと述べた。そしてウクライナでは大規模な大火災が発生する恐れがある。

ヌーランド政治問題国務次官は、以前はバラク・オバマ政権時代に国務省のヨーロッパ担当外交官のトップを務め、国務省の職員たちの間で広く人気があった。時には当たり障りのない態度や用心深さが報われる厳格な官僚制の中で、彼女はありのままの意見とクレムリンに対する厳しいアプローチで際立っており、クレムリンは彼女を悪者扱いした。

ヌーランドはウェンディ・シャーマンの退任後、昨年から7カ月間、国務省序列第2位の役職である国務副長官代理を務めていた。しかし彼女は、先月承認された元ホワイトハウスアジア戦略官トップのカート・キャンベルの国務副長官正式就任を巡る政権内争いに敗れた。バイデン大統領の決定は彼女の辞任の要因の1つであった。今回の人事異動により、国務省の最上級指導者トリオの中に女性は1人も残らないことになる。

ブリンケンは火曜日の声明で、ヌーランドが国務省内の「ほとんどの職」を歴任し、「幅広い問題や地域に関する百科全書的な知識と、私たちの利益と価値観を前進させるためのアメリカ外交の完全なツールセットを駆使する比類のない能力」を備えていたと述べた。

ヌーランドは1990年代にモスクワに勤務し、その後、ヒラリー・クリントン国務長官の下で国務省報道官になるまで、NATO常任委員代表を務めた。2013年末にキエフでクレムリン寄りの指導者に対する抗議活動が発生し、ロシアの不満の焦点となった際、彼女はヨーロッパ問題を担当するアメリカのトップ外交官として、キエフでのアメリカ外交で積極的な役割を果たした。記憶に残るのは、当時の大統領が打倒される前に、彼女がキエフ中心部マイダンでキャンプを張っていた抗議活動参加者たちにクッキーとパンを配ったことだ。

ヌーランドは、ドナルド・トランプが大統領に就任した後の2017年初頭に国務省を離れ、2021年に序列第3位の政治問題担当国務次官として復帰した。

ブリンケンは、ヌーランドの「ウクライナに関する指導層について、外交官や外交政策の学生が今後何年も研究することになる」と述べ、ロシアが2022年2月の侵攻に先立って軍を集結させる中、キエフを支援するヨーロッパ諸国との連合構築の取り組みをヌーランドが主導したと指摘した。

ロシア外務省はヌーランドの退職の機会を利用し、これはアメリカの対ロシア政策が間違っていたことを示す兆候だと宣言した。

ロシア外務省報道官マリア・ザハロワはテレグラムに「彼らは皆さんに理由を教えてくれないだろう。しかし、それは単純だ。バイデン政権の反ロシア路線の失敗だ。ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症は、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる。」と書いた。

職業外交官で管理担当国務次官を務めるジョン・バスが一時的にヌーランドの代理を務めることになる。

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反ロシア主張で知られる米幹部外交官であるヴィクトリア・ヌーランドが近く退職(High-ranking US diplomat Victoria Nuland, known for anti-Russia views, will retire soon

ブラッド・ドレス筆

2024年3月5日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/4509471-victoria-nuland-anti-russia-retire-ukraine/
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2023年1月26日、連邦議事堂にて。連邦上院外交委員会でロシアの侵攻について証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド(中央)、国際安全保障問題担当国防次官補セレステ・ワーランダー(左)、米国際開発庁(U.S. Agency for International Development)ヨーロッパ・ユーラシア担当副長官エリン・マッキー。

ウクライナへの熱烈な支持と反ロシアで、タカ派の主張で知られるヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官が数週間以内に退任する

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日にこのニューズを発表し、ヌーランドが「私たちの国と世界にとって重要な時期に外交を外交政策の中心に戻し、アメリカの世界的リーダーシップを活性化させた」と称賛した。

ブリンケンは声明の中で、「トリア(ヴィクトリア)を本当に並外れた存在にしているのは、彼女が堅く信じている価値、つまり自由、民主政治体制、人権、そしてそれらの価値観を世界中に鼓舞し推進する、アメリカの永続的な能力のために戦うことへの激しい情熱だ」と述べた。

ヌーランドは30年以上国務省に勤務し、6人の大統領と10人の国務長官の下で様々な役職を務めた。ヌーランドはキャリアの初期に、モスクワの米大使館で働き、モンゴル初の米国大使館の開設に貢献した。

ヌーランドは国務省の東アジア太平洋局にも勤務し、中国の広州に外交官として赴任した。 2003年から2005年まで副大統領(ディック・チェイニー)の国家安全保障問題担当補佐官を務め、その後、NATO常任委員代表を務めた。ヨーロッパ・・ユーラシア問題担当国務次官補を務め、2021年にジョー・バイデン大統領の下で国務次官に就任した。

ヌーランドはおそらく、2014年の事件で最もよく知られている。この事件では、彼女が駐ウクライナ米大使との通話中に「ファックEU」と発言した録音が漏洩し、世界中のメディアの注目を集めた。

ヌーランドのロシアに対する強い主張とウクライナへの支持は、彼女のその後のキャリアを決定付け、その間、キエフで親ロシア派の大統領が追放された後、モスクワがクリミア半島を不法併合した際の紛争で中心的な役割を果たした。

ヌーランドはロシアに対するタカ派的主張を理由に、アメリカの一部の右派から標的にされていた。彼女のコメントは、昨年クレムリンが非武装化されたクリミアに関する彼女のコメントを非難したことも含め、ロシア国内でも厳しい非難を集めた。

それでも、ブリンケンは、自分とバイデン大統領はヌーランドに感謝していると語った。ブリンケンは、彼女が「常にアメリカの外交官を擁護し、彼らに投資し、彼らを指導し、高揚させ、彼らとその家族が彼らにふさわしいもの、そして私たちの使命が求めるものを確実に得られるようにしている」と語った。

ブリンケンは火曜日、声明の中で次のように発表した。「ヌーランドは最も暗い瞬間に光を見出し、最も必要なときにあなたを笑わせ、いつもあなたの背中を押してくれる。彼女の努力は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の全面的なウクライナ侵略に対抗し、プーティン大統領の戦略的失敗を確実にするために世界的な連合を組織し、ウクライナが自らの足で力強く立つことができる日に向けて努力するのを助けるために必要不可欠だった」。

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ヴィクトリア・ヌーランド大使がコロンビア大学国際公共政策大学院の教員に加わる(Ambassador Victoria Nuland Will Join SIPA Faculty

2024年3月6日

https://www.sipa.columbia.edu/news/ambassador-victoria-nuland-will-join-sipa-faculty

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ヴィクトリア・ヌーランド大使は30年以上にわたりアメリカの外交官を務め、最後の3年間は政治問題担当国務次官を務めた。更には2023年7月から2024年2月まで国務副長官代理を務めた。ヌーランドは7月1日付で、コロンビア大学国際公共政策大学院(School of International and Public AffairsSIPA)国際外交実践担当キャスリン・アンド・シェルビー・カロム・デイヴィス記念教授に就任することが決定した。

ヌーランドはまた、国際公共政策大学院国際フェロープログラムの指揮を執る。このプログラムは、国際問題を研究するコロンビア大学の大学院生たちのための学際的なフォーラムを提供するものだ。更には、国際政治研究所(Institute of Global PoliticsIGP)客員教員に加わる。国際政治研究所は、国際政治研究所の使命を推進するための研究プロジェクトを実行する選ばれた学者と実務形で構成されている。

国務次官として、ヌーランドは地域および二国間政策全般を管理し、とりわけ世界中のアメリカ外交使節団を指導する国務省の複数の地域部門を監督した。

2021年に国務次官に就任する前、ヌーランドは民間のコンサルタント会社であるオルブライト・ストーンブリッジ・グループの上級顧問を務めていた。彼女はまた、ブルッキングス研究所、イェール大学、民主政治体制のための全米基金(National Endowment for DemocracyNED)でも役職を務めた。

国際公共政策大学院長カリン・ヤーヒ・ミロは次のように述べている。「ヴィクトリア・ヌーランド大使を私たちの教員として迎えられることを大変光栄に思う。ワシントンおよび海外での経験を反映した彼女の、苦心して獲得した多様な専門知識は、私たちの教室の教員として、また政策活動のリーダーとしての彼女の貢献をさらに高めることになるだろう。民主党と共和党の両政権の下で勤務した高官として、トリア(ヴィクトリア)は党派間の隔たりを乗り越える能力を実証しており、あまりに分断されている現在の社会を考えると、彼女は生徒たちのモデルとなるだろう。私は国際公共政策大学院コミュニティ全体を代表して、彼女を迎えることができて本当に嬉しく思う」。

ヌーランドの国務省からの退職は、3月5日にアントニー・J・ブリンケン米国務長官によって発表された。ヌーランドはオバマ政権下、国務省報道官(2011年5月-2013年4月)、ヨーロッパ・ユーラシア担当国務次官補(2013年9月-2017年1月)を務めた。国務省報道官時代は、当時のヒラリー・クリントン国務長官に直接仕えた。ヒラリー・クリントンは現在、国際公共政策大学院付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めている。

ヌーランドは、2005年6月から2008年5月まで、ジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領の下で、アメリカ合衆国NATO常任委員代表を務めた。

ヌーランドは、ロシア語とフランス語に堪能であり、ブラウン大学で学士号を取得した。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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