古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)が刊行されました。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2024年2月にインドネシア大統領選挙が実施され、プラヴウォ・スビアントが大統領に当選した。インドネシアはジョコ・ウィドド大統領政権下、経済発展を遂げ、国際政治、世界経済においてその存在感を増している。これからの10年間で更に成長を遂げ、重要な国となるだろう。今回は、少し長くなるが、インドネシア政治について書いていく。

インドネシアは東南アジアにある島国だ。以下の地図にあるように、約1万5000の島からなり、広大な国土を誇る。スマトラ、ジャワ、カリマンタン、スラウェシ、ニューギニアが主要な島だ。この国土に、約2億7000万人(世界第4位)が住んでいる。世界最大のイスラム教国だ。

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インドネシアの地図

2020年のインドネシアの年齢の中央値は約31歳(2024年)だ。日本は世界第2位の48.6歳だ(1位はモナコの55.4歳)。インドネシアは大変若い国であり、これから若い人々が労働者・消費者として、元気に経済活動、社会活動をしていく。それが更なる経済発展につながる。若い人々が多い状況を「人口ボーナス」と呼ぶ。インドネシアは人口の面から見ても、これから大きく発展していく国だ。以下に、インドネシアと日本の「人口ピラミッド(population pyramid)」を載せる。図の下の方が若者層で、インドネシアは「釣り鐘型(若年層から中年層が多い)」、日本は「極端なつぼ型(老年層が多く、若者層が少ない)」となっている。私が最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』で紹介した世界で言われている言葉「ヨーロッパは博物館(美術館)、日本は老人ホーム」そのものだ。

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インドネシアの人口構成(2020年)

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日本の人口構成(2021年)

●優秀な指導者の下で着実に経済成長を続けている

インドネシアの名目GDPは約1兆ドル(約143兆円)であり、現在のところ、世界第16位に位置している。GDPが1兆ドルを超える国々で構成される「1兆ドルクラブ(Trillion Dollar Club)」に2017年に入った。「1兆ドルクラブ」に入るということは、発展途上国から脱し、地域の大国になったということだ。インドネシアは東南アジア初の「1兆ドルクラブ」のメンバーとなった。更に言えば、西側以外の国々(ザ・レスト)の中核をなす国になった。

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世界のGDP上位国のリスト

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「1兆ドルクラブ」のメンバー国

以下のグラフにある通り、インドネシアはこれまで5%以上の経済成長率を維持し、着々と経済発展を続けている。インドネシアは21世紀に入って、安定的に経済成長を続けている。これは、天然資源に恵まれたということもあるが、何よりも国家の指導者がしっかりしているからだ。下のグラフにあるように、2004年から2014年まで大統領を務めたスシロ・バンバン・ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono、1949年-、74歳)、2014年から大統領を務めるジョコ・ウィドド(Joko Widodo、1961年-、62歳)の下で、インドネシアは着実な経済成長を続けている。

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2005年から2019年まで(コロナ前)のグラフ

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2019年(コロナ期間を含む)からのグラフ

●「インドネシアの田中角栄」と言うべき偉大な指導者ジョコ・ウィドド(愛称はジョコウィ)大統領

インドネシアは1945年にオランダから独立してから、初代大統領スカルノ(Sukarno、1901-1970年、69歳で死 在任:1945-1966年)と第2代スハルト(Soeharto、1921-2008年、86歳で死 在任:1967-1998年)の政権が長く続いた。1998年にスハルトが失脚後、第3代バハルディン・ユスフ・ハビビ(Bacharuddin Jusuf Habibie、1936-2019年、83歳で死 スハルト失脚後に副大統領から昇格、在任:1998-1999年)、第4代アブドゥルラフマン・ワヒド(Abdurrahman Wahid、1940-2009年、69歳で死、国会で罷免された、在任:1999-2001年)、第5代メガワティ・スティアワティ・スカルノプトゥリ(Megawati Setiawati Sukarnoputri、1947年-、76歳、副大統領から昇格 在任:2001-2004年)と短命な大統領が続いた。

国民による大統領直接選挙で選ばれた、第6代ユドヨノ、第7代ジョコがそれぞれ、憲法で定められた任期(2期10年まで)を全うしている。インドネシア政治が安定したのは2004年からだ。ユドヨノ大統領、ジョコ大統領がインドネシアの経済成長をけん引したのは既に書いた通りだ。安定した政権の下、工業化とインフラ整備が進んだ。特に、ジョコ大統領の経済政策は、ジョコ大統領の愛称の「ジョコウィ」を取って、「ジョコウィノミクス(Jokowinomics)」と呼ばれ、高く評価されている。

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インドネシア歴代大統領の一覧

現在のジョコ・ウィドド(愛称はジョコウィ)大統領(第7代)は、「父が誰々」「祖父が誰々」というようなエリートの出身ではない。スラム街で育ち、苦労して大学を卒業し、元々は家具製造業で成功したビジネスマンだった。20代で自分の会社を興したが、騙されて会社を倒産させたこともある。その後に見事に復活するなど、苦労を重ねた。2005年に闘争民主党に所属して、ジャワ島中部の小さな町スラカルタの市長(在任期間:2005-2012年)、首都ジャカルタの知事(在任期間:2012-2014年)を務めた。都市計画で立ち退きを迫られて、反対運動を起こした住民たちのところに直接出向いて、何十回も一緒に食事をし、最終的に説得に成功したり、自然災害が起きた際にはいち早く駆け付けたりなど、類まれな行動力を見せた。スラカルタ市長、ジャカルタ知事としての実績を積んだジョコは国民的人気を高めていった。

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メガワティ(左)とジョコ大統領

1998年の結党以来、闘争民主党の党首を務めているメガワティ元大統領は、スカルノの長女ということで、スハルト政権末期の1990年代に国民的人気を得た。しかし、2004年、2009年の大統領選挙で、ユドヨノに敗れた。この雪辱を果たし、党勢の拡大を図るため、メガワティは2014年の大統領選挙に自分が出るのではなく、国民的人気の高いジョコ・ウィドドを大統領選挙に出馬させることにした。ユドヨノ側は、右派政党の「グリンドラ党(Partai Gerakan Indonesia RayaGerindra Party)」の党首で、スハルトの娘婿、元陸軍中将というエリートのプラヴウォ・スビアント(Prabowo Subianto Djojohadikoesoemo、1951年-、72歳)を候補者に立てた。2014年の大統領選挙は、メガワティにとっての大きな賭けとなったが、この賭けに勝った。ジョコは大統領になり、闘争民主党は党勢を拡大し、国会で第一党となった。2019年の大統領選挙でも、ジョコ大統領がプラヴウォを破った。

ここで、インドネシアの政党について簡単に説明すると、インドネシアは、30年にわたって大統領として君臨した、スハルト時代に、政権を支える与党として「ゴルカル(Golkar)」という組織があった。そして、政府が認める合法野党として、イスラム系の「開発統一党(Partai Persatuan PembangunanPPPUnited Development Party)」と非イスラム系の「インドネシア民主党(Partai Demokrasi IndonesiaPDIIndonesian Democratic Party)」があった。メガワティは元々インドネシア民主党に所属していたが、島内の権力争いのために、追い出される形になって、「闘争民主党(Partai Demokrasi Indonesia-PerjuanganPDI-PIndonesian Democratic Party of Struggle)」を結成した。現在、インドネシアには10くらいの政党があるが、大きいものは、ゴルカルと闘争民主党だ。

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現在のインドネシアの政党一覧

ジョコ大統領の人気ぶり(支持率は70%を超える)に危機感を募らせたメガワティは、「憲法を改正して大統領の人気制限を撤廃しよう」「新型コロナ騒ぎで活動が停滞した2年分は延長しても良いではないか」という声を潰し、ジョコ大統領の任期延長の動きを阻止した。このために、ジョコ大統領とメガワティの間はうまくいっていない。

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ジョコ大統領の支持率の変遷

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インドネシアの現在の政治状況

今回の大統領選挙では、ジョコ大統領が所属する闘争民主党からガンジャル・プラノウォ(Ganjar Pranowo、1968年-、55歳)という人物が出馬している。しかし、ジョコ大統領は、どの候補者に対しても公的に支持を表明していない。

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大統領選挙候補者の顔ぶれ

ジョコ大統領は、自分が2014年、2019年の大統領選挙で戦ったプラヴウォを閣内に防衛相として起用し、今回の大統領選挙では、自分の長男ギブラン(Gibran Rakabuming Raka、1987年-、36歳)を副大統領候補としてプラヴウォつけるという、乾坤一擲(けんこんいってき)の、政治的に素晴らしい一手を打った。こうして、メガワティを抑えることに成功した。ギブランも父ジョコ大統領と同じく、闘争民主党に所属していたが、離党して副大統領候補となった。

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ギブラン(左)とプラヴウォ

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プラヴウォ(左)とジョコ大統領

プラボウォは、政敵であった、ジョコ・ウィドドに、2015年から、ジョコ大統領と協力関係にあり、後継者に選ばれた。もっと露骨に言えば、ジョコウィは、プラヴウォに自分の長男を副大統領として監視役をさせて、院政を敷く。プラヴウォはどうしてもなりたかった大統領になる、その代わりに、ジョコウィ路線を継承する。このようにして、ジョコ大統領は大統領を退任しても、後任の大統領になるプラヴウォに、自分の政策を継続遂行させる手はずを整えた。しかし、だからと言って、メガワティと喧嘩をして、闘争民主党を割るとか、メガワティを党から追い出すということはしない。大きく、長期的な構えをしている。ここもまた政治家として凄いところだ。闘争民主党は今回、プラヴウォに敗れたが、国民評議会選挙では第一党になった。闘争民主党は野党の立場となるが、ジョコ大統領路線の警鐘をプラヴウォが堅持する限り、政権に対して敵対的な姿勢を取ることはないだろう。

ジョコ大統領は、2023年9月に次男のケーサン・パンガレップ(Kaesang Pangarep、1994年-、29歳)をインドネシア連帯党(Partai Solidaritas IndonesiaPSIIndonesian Solidarity Party)の党首に就任させた。この政党は2014年にできたばかりで、若者や女性の権利を主張する政党だ。現在は国会議員を出していない。しかし、今回の大統領選挙と同時に実施される国会議員選挙では、国会での議席獲得が期待されている。インドネシア連帯党が国会で議席を得れば、プラヴウォ大統領とギブラン副大統領を支える与党の立場になる。ジョコ大統領は自分の息子たちを政界に送り込み、自分の政策の継続性を確保する。

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ケーサン・パンガレップ(右)、オバマ元大統領、ウィドド大統領

インドネシアは、ジョコ・ウィドド大統領が敷いた経済成長路線を継続する。そのために、ジョコ大統領は着々と段取りを整えている。自分が所属している闘争民主党のメガワティ党首・元大統領と喧嘩をしないが、政治的なライヴァルだったプラヴウォを取り込むことで、結果として、メガワティの力を抑えることに成功した。ジョコ大統領はまだ62歳と若い。これから少なくとも10年は仕事ができる。そして、この10年は世界にとっても、インドネシアにとっても重要な10年となる。それは、これからの10年で世界の構造が大きく変化するからだ。これから伸びていく、非西側陣営の重要なメンバーとして、インドネシアは偉大な指導者の下、発展を続けていく。

(貼り付けはじめ)

インドネシアの選挙は与党である闘争民主党にとって何を意味するか(What Indonesia’s Election Result Means For the Ruling PDI-P

20年ぶりに野党に転落した闘争民主党(PDI-P)は次期政権の権力をチェックする重要な役割を担うことになる。

ヴィルディカ・リスキー・ウタマ筆

2024年2月16日

『ザ・ディプロマット』誌

https://thediplomat.com/2024/02/what-indonesias-election-result-means-for-the-ruling-pdi-p/

水曜日、インドネシアでは、大統領選挙と国民議会および地方議会の選挙が同時に行われた。その結果、複雑な政治情勢が明らかになった。各調査機関と「コンパス」の毎日の研究開発からの簡単な集計に基づくと、与党インドネシア闘争民主党(PDI-P)は大統領選挙で後退に直面したが、国民議会選挙では好成績を収めた。公式結果は来月まで発表されないが、闘争民主党の現在の位置と果たすべき役割を明確に示している。

闘争民主党は、最近まで中央ジャワ州知事を務めていた大統領候補ガンジャール・プラノウォが得票率約16から18%に留まり、大統領選挙戦で大きな課題に直面した。これは、24から26%を獲得した元ジャカルタ知事アニエス・バスウェダンや、各種速報結果によると約56から58%の得票率で圧倒的な勝利を収めた最終的な勝利者プラヴウォ・スビアント国防大臣を大きく下回った。プラヴウォの勝利はインドネシア政治の極めて重要な瞬間を示し、有権者の志向の変化と政治勢力の再編の可能性を示している。

特に中央ジャワ、東ジャワ、バリといった伝統的な闘争民主党の拠点でのガンジャール・マフフドの敗北は、党への忠誠心を超えた有権者の力関係の複雑な相互作用を明らかにしている。大統領選挙での敗北にもかかわらず、闘争民主党は国民議会選挙で好成績を収めた。「リトバン・コンパス」の速報集計結果によると、闘争民主党は得票率17から18%を獲得し、国民議会で最も高い得票率を確保し、ゴルカル党、ゲリンドラ党、国民覚醒党がそれに続いた。

闘争民主党の立法府部門での成功は、闘争民主党がインドネシア政治の雄として不朽の強さと回復力を保持していることを再確認させるものだ。この逆説的な変化は、政治的再編成とインドネシアの有権者における新たな分断線の出現という、より広範な物語を強調するものである。また、過去10年間与党であった闘争民主党は、その戦略を再評価し、進化する政治情勢における自らの役割を再定義する必要に迫られている。

立法府選挙における闘争民主党の好成績は、闘争民主党の永続的な強さと回復力の証である。この結果は、立法部門における闘争民主党の本拠を再確認するものである。闘争民主党が政治戦略を立て直し、強大な野党勢力としての影響力を再強化するための重要な足場を提供するものである。

しかしながら、インドネシアにおける競争的権威主義(competitive authoritarianism)への移行を示唆する可能性があるプラヴウォ・スビアントの大統領就任という文脈において、闘争民主党の立法府選挙での勝利の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。公平性と平等の原則が侵食される一方で、選挙競争の幻想を特徴とする競争的権威主義は、ウラジーミル・プーティン政権下のロシアの政治路線を彷彿とさせる。

この文脈において、与党政権に対するカウンターバランスとしての闘争民主党の役割は、国の民主政体構造を維持するために不可欠である可能性がある。この変化に対する懸念は、ジョコ・ジョコウィ・ウィドド大統領が選挙結果を自分たちに有利に操作しようと努めたと主張する先週公開された映画「汚い投票」で強調された選挙不正疑惑など、いくつかの要因によるものだ。プラヴウォと副大統領候補ギブラン・ラカブミン・ラカはジョコウィの長男である。さらに、プラヴウォは独裁者スハルトの義理の息子という経歴と人権侵害の経歴から、民主的な原則への取り組みに懸念が生じている。

更に言えば、プラヴウォの支持者の中には、異論を唱える者を警察に通報することで批判を封じ込めようとする傾向があり、民主政治体制の基本的な柱である表現の自由に対する不寛容さを反映している。これらの要素を総合すると、プラヴウォの大統領就任は、選挙の装いはあるが民主政治体制の本質が損なわれた、より権威主義的な統治スタイルへとインドネシアを導く可能性があることを示唆している。

闘争民主党がもたらす反対派としての資産は、この重大な局面において非常に貴重なものとなる可能性がある。国民議会で重要な議席数を獲得している闘争民主党には、民主政治体制の完全性、透明性、説明責任の大義を擁護する機会が出てくる。闘争民主党は立法上の影響力を活用して政府の政策を精査し、改革を主張し、民主的な原則を支持する世論を動員することができる。

更に言えば、闘争民主党が10年間の政権運営を経て野党のベンチに戻ったことは、その政治的アイデンティティを再定義し、草の根の支持基盤とのつながりを取り戻すまたとない機会となる。社会正義、経済的公正、政治的包摂の大義を唱えることによって、闘争民主党はそのイデオロギー的な魅力を若返らせ、インドネシアにおける民主政治体制の先駆者としての地位を強化することができる。

闘争民主党が野党としての役割を受け入れる必要性は、単なる立法バランスの仕組みにとどまらない。それは闘争民主党のイデオロギー的基盤と、インドネシア社会の恵まれない人々や社会から疎外された人々を擁護するという歴史的関与に根ざしている。闘争民主党の左派的傾向は、スカルノ主義(Sukarnoism)または「マルヘーニズム(Marhaenism)」に触発されたもので、社会正義、ナショナリズム、そして庶民(マルヘーン、ordinary people)の力をつけてやること(empowerment)を強調している。このようなイデオロギー的スタンスは、闘争民主党を、エリートの利益を優遇したり、社会的公正を損なうような政策を効果的に批判し、対抗できる政党として自然に位置づける。

野党の役割への復帰は、戦闘的で忠実な草の根基盤を持つ政党としての闘争民主党の本質的な特徴とも一致している。数十年にわたって培われたこの草の根ネットワークは、東証民主党に世論を動員し、非民主的な統治の転換に対する抵抗を組織するための強力なプラットフォームを与えている。闘争民主党にはスハルト時代の、強力な反政府勢力としての名高い歴史があり、その回復力と民主的価値観への献身を示してきた。その後、メガワティ・スカルノプトリの指導の下で闘争民主党は権力を掌握し、スシロ・バンバン・ユドヨノ(2004年-2014年)およびジョコウィ(2014年-2024年)の大統領時代を通じて、政治情勢におけるその重要性をさらに強固なものとした。これら全てによって、闘争民主党はプラヴウォ政権に対する強力な野党勢力となる理想的な立場にある。

強力な野党としての役割は、競争力のある独裁政権の状況において極めて重要であり、与党はしばしば潜在的な挑戦者を取り込むか無力化しようとする。 闘争民主党は、その明確な政治的アイデンティティとイデオロギーの明確さを維持することで、民主的規範への侵食を防ぎ、政治の場が真の論争と議論のための空間であり続けることを保証することができる。これは、少数派の権利を保護し、政府が社会のあらゆる層に対して責任を負い続けることを保証するために特に重要だ。

闘争民主党にとって、野党の地位を受け入れることは、党の将来にとって戦略的な意味を持つ。それは、闘争民主党が不人気な政府の政策から距離を置き、国民の利益、特にウォン・シリク(wong cilik、庶民)のチャンピオンとして自らを位置づけ直すことを可能にする。これは、党のイメージを再構築し、国民の信頼を回復する上で、特に選挙での敗北の余波を受けた場合には、貴重な財産となりうる。闘争民主党は、インドネシアのための明確で首尾一貫した代替ヴィジョンを明示することで、支持基盤を活性化し、現状に幻滅した新たな支持者たちを引きつけることが可能となる。

しかし、野党としての闘争民主党の前途は多難である。建設的な批判と協力の間で微妙なバランスを取らなければならない。闘争民主党の野党共闘が妨害的なものとしてではなく、ガバナンス(統治)を強化し民主的価値を守るための真の努力として受け止められることが肝要である。更に言えば、闘争民主党は、その政治的正当性を損ない、国民議会での発言力を抑圧しようとする試みに対して警戒を怠らないようにしなければならない。闘争民主党は、デジタルメディアと草の根動員の力を活用し、メッセージを増幅させ、その民主的アジェンダに対する国民の支持を喚起しなければならない。

今週のインドネシアでの選挙は、国の民主政体を守る上で、活気と回復力のある野党が極めて重要であることを浮き彫りにした。闘争民主党は国民議会選挙で一貫して成功を収めており、闘争民主党を政治情勢において極めて重要な勢力として位置づけ、プラヴウォ次期政権への動きに対抗できる立場にある。速報結果が、総選挙管理委員会が発表した公式の選挙結果と厳密に一致する場合、闘争民主党は警戒を怠らず、プラヴウォの選挙後の団結という物語の魅力に屈しないことが不可欠である。プラヴウォ政権に協力することは、インドネシアにおける野党の役割を軽減することになる。

政府機構内に強力な抑制と均衡が存在しないことは、国の民主政治体制の健全性に悪影響を及ぼす。インドネシア国民は、十分な情報に基づいた、回復力のある、批判的で明確な反対派を切実に必要としている。歴史的な先例は、闘争民主党が希望すればこの役割を果たす独自の立場にあることを示している。

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元陸軍の実力者がインドネシア大統領選挙での勝利を確実のものとした(Ex-army strongman leader claims victory in Indonesian presidential election

ヘザー・チェン、アンガス・ワトソン、ソフィー・ジオン、キャサリーン・マグラモ(CNN)筆

2024年2月14日

CNN

https://edition.cnn.com/2024/02/14/asia/indonesia-election-prabowo-subianto-intl-hnk/index.html

CNN発。議論が続いている過去を持つ元陸軍大将がインドネシア大統領選挙が勝利を確実のものとした。

国営報道機関アンタラ、CNN系列局CNNインドネシア、ロイター通信が報じた非公式結果によると、プラヴウォ・スビアント(72歳)が開票率約85%の段階で、大統領選挙決選投票を回避するには十分な得票率60%近くを獲得したということだ。初期の集計は非政府シンクタンクによって行われた。水曜日の午後早くに全国の投票所が閉鎖された。

プラヴウォ候補は、水曜日の投開票を前にジャカルタの支持者に対し、ジョコ・ウィドド大統領の長男であるギブラン・ラカブミン・ラカ候補とともに「インドネシア国民全員のため(for all the people of Indonesia)」に政治を行うと語った。

プラヴウォは次のように宣言した。「感謝はしているが、私たちは傲慢になってはいけないし、有頂天になってはいけない。今回の勝利は全てのインドネシア国民のための勝利でなければならない。部族、民族、人種、宗教、社会的背景に関係なく、インドネシアの全ての人々を育て、守り、守るために、私はギブランとともに先頭に立つ」。

非公式の開票速報によると、人気の高いアニエス・ベスワダン前知事は22%弱の得票率で2位となり、ライヴァルのガンジャール・プラノウォが3位となった。

ロイター通信が引用したアニエス陣営、ガンジャール陣営のスポークスマンによれば、両陣営とも初期の結果に異議を唱えており、勝利者が確定したとするには時期尚早だという。

CNNは、早期の投票結果の数字を独自に検証することはできないが、信頼できるシンクタンクによる集計は、インドネシアの過去の選挙で正確であることが証明されている。

水曜日の演説の中で、プラヴウォは支持者たちに対し、インドネシア選挙管理委員会が正式な投票結果を発表するのを「静かに待つ(calmly wait)」よう呼び掛けた。選挙管理委員会は3月に正式な結果を発表する予定だ。

2019年の前回選挙後、敗れたプラヴウォが結果に異議を唱え、激しい暴動が発生した。

インドネシアは世界で4番目に人口の多い国であり、世界最大のイスラム教徒人口を抱えている。世界最大規模の1日限りの選挙とされる今回の選挙では、水曜日に38の州の2億人以上が投票する資格を持っている。

しかし、世界最大の群島国家であるインドネシアで投開票を実施するのは大変な労力が必要である。国土はアメリカよりも広く、3つの時間帯にまたがっている。1万8000以上の島と小島で構成され、そのうち6000に人が住み、150以上の言語が話されている。

専門家たちは、今年の投票では若い有権者が鍵を握っており、総選挙管理委員会によると、登録有権者の約半数が40歳未満であると指摘している。

プラヴウォの後にステージに登場したギブランは、今回の選挙における若者有権者の影響力を認め、支持者たちに「将来、私たちは若者を巻き込んでいくことになる」と語った。

●プラヴウォの大統領就任は何を意味するか?(What will a Prabowo presidency mean?

プラヴウォはエリート政治家一族の出身だが、彼の過去、特に義父でもあった故独裁者スハルトの時代については議論を呼んでいる。軍人としての過去における人権侵害の告発は、彼の政治家としてのキャリアを通してずっとつきまとってきた。

プラヴウォの父親スミトロ・ジョジョハディクスモは元財務・貿易大臣で、祖父マルゴノはネガラ・インドネシア銀行を設立し、大統領諮問委員会委員長を務めいた。

プラヴウォは1970年にインドネシア陸軍士官学校に入学し、特殊部隊の司令官となり、インドネシアが24年間東ティモールを軍事占領した際、独立派に対する作戦を指揮した。

プラヴウォはまた、スハルト独裁政権の最後の数か月間、民主化活動家たちの誘拐を命令したと非難されている。

その後、プラヴウォはインドネシアの活気ある民主政体を支持する人物へと変身し、最近では親しみやすいが頼りになるおじいさんのような人物というイメージを築き上げ、過去10年間にわたり政界の主要人物として存在感を増してきた。

プラヴウォは2014年と2019年に大統領選に出馬したが、ジョコウィの名で親しまれているジョコ・ウィドド現大統領に2度とも敗れた。

かつてのライヴァル2人は、ジョコウィがプラボウォを国防相として入閣させたことで対立は解消した。

今年、プラヴウォはジョコウィの長男であるギブラン・ラカブミン・ラカを副大統領候補として指名して、コンビを組んだが、この決定は議論を巻き起こした。ジョコウィが大統領職を退く準備を進める中、妨害の疑いでジョコウィに対する激しい批判を巻き起こした。

インターナショナルIDEAアジア太平洋ディレクターであるリーナ・リッキラ・タマンは、「大統領が選挙で中立を保つことは広く予想されている。プラヴウォの勝利は『ジョコウィの政策の継続』と見なされるだろう」と述べた。

プラヴウォの人気が2019年の選挙以降上昇しているのは、ジョコウィの暗黙の支持によるところが大きいと専門家たちは指摘している。

ジョコウィは貧しい家族の出身で、インドネシア政治の伝統的な裕福なエリートからの脱却を掲げて選挙戦を戦ったジョコウィは、目覚ましい経済成長を主導し、人気を博して政権を去ることになる。しかし、ジョコウィが在任中、インドネシアは人権問題や汚職指数で後退した。プラヴウォはジョコウィの遺産を受け継ぐ後継者という位置づけが強い。

ヴェリスク・メープルクロフト社の東南アジア担当上級アナリストであるローラ・シュワルツは次のように述べている。「プラヴウォ大統領の就任に関する懸念は、彼が以前から大統領の任期制限撤廃、大統領直接選挙の廃止、人権保護の縮小を主張していることから、非自由主義的な行動が増加する可能性が高まると考えられることだ。このような動きは、インドネシアの評判を落とし、外国投資を誘致する能力を低下させるだろう」。

ワシントンDCのアメリカ合衆国国防大学で東南アジアの政治と安全保障問題を研究するザカリー・アブザ教授は、CNNの取材に対し、「プラヴウォは自分自身を再創造し、過去を白紙に戻そうと懸命に努力してきた」と語った。

アブザは、元軍人をトップに据えることは、権威主義的支配の暗黒時代への回帰を意味すると続けて指摘した。アブザは、「ジョコウィは多くの陸軍大将に囲まれ、コロナウィルスのパンデミックのような多くの問題を『安全化(securitize)』する傾向があったが、プラヴウォでは事態が悪化する可能性がある」と述べた。

アブザは、「プラヴウォは、退役軍人たちを顧問や閣僚の地位に就けるだろうと私は考えている。しかし、より大きな懸念は、彼が軍の政治への復帰を加速させることだ」と述べている。

ジャカルタの有権者たちはCNNの取材に対し、今回の選挙の結果は「王朝政治(dynasty politics)」の復活を示唆するものになるだろうと述べた。ヨハネス・グレゴリウス・トゥカン氏(41歳)は、プラヴウォとギブランの選挙運動は、「ニュアンスの違う縁故主義と腐敗(nuanced nepotism and corruption)」を示していると語った。もう1人の有権者であるクンコロ・リコニは「権威主義的支配への回帰(a return to authoritarian rule)」を恐れていると述べた。

リコニは「1998年に血と涙を流して戦い取った民主政治体制を失いたくない」と述べた。

CNNのアレックス・スタンボー、ティール・レバンが今回の記事の作成に貢献した。ジャーナリストのアウグスティヌス・ベオがジャカルタからの報道に貢献した。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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