古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生の書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカのケーブルテレビ局であるHBOが制作した「ザ・レジーム」というドラマの批評が出ていた。アカデミー賞主演女優賞を受賞した経歴を持つ、有名女優ケイト・ウィンスレットが主演のドラマで、その他に、有名俳優のヒュー・グラントも脇役で出ているそうだ。ドラマの内容は、東ヨーロッパにある架空の国で、独裁的な権力を持つ女性大統領エレナ(ウィンスレット)が、護衛の1人であるヘルベルトと奇妙な恋愛関係に陥るというもので、ドラマの中では、暗殺、独裁者の生活、アメリカとの資源をめぐる利害関係などが描かれているそうだ。下に紹介する批評では、ドラマとしての出来は良くないようだ。独裁者の生活の取材が甘く、視聴者の共感が得られなかったようだ。ドラマ制作者は、風刺を入れていないようで、それがドラマに重厚さが欠けるという評価につながったようだ。

 このような政治絡みのドラマ、そして映画は欧米諸国でよくつくられる。風刺ということは、エンターテインメントでは確立されている。日本では、このような政治的な内容の映画やドラマを作ること、風刺を入れることに対して、「エンターテインメントと政治を結びつけるな」という陳腐な批判が起きる。現在放映中のNHKの朝の連続ドラマ「虎に翼」に関して、そのような批判が出ている。結局、日本のドラマは底の浅い恋愛ものばかり、手を変え品を変え、若くて見栄えの良い男女の恋物語か、サスペンスばかりということになる。「虎に翼」への批判は、「女が生意気なのが気に入らない」ということになるだろう。それを「エンターテインメントと政治を結びつけるな」という言葉に置き換えているだけのことで、「政治的中立」を装っているだけのことだ。

 話が逸れてしまったが、「エンターテインメントと政治を結びつけるな」という「政治的中立」を装った的外れの批判は、日本のエンターテインメントをつまらなくしている元凶だ。エンターテインメントこそ政治を取り上げるべきで、それこそが健全な民主社会の姿であると思う。封建時代の江戸時代を考えても、手鎖や所払いなどの厳しい罰がありながら、権力者の姿を風刺した戯作や著作が多くあった。そう考えると、現在の委縮した日本社会は、退化が進んでいると言わざるを得ない。

(貼り付けはじめ)

「ザ・レジーム」は独裁政治を誤解している(‘The Regime’ Misunderstands Autocracy
HBOのミニシリーズは権力に対する紛れもないアメリカ的な冷淡さを示している。

アナスタシア・イーデル筆

2024年4月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/14/regime-hbo-review-kate-winslet-autocracy/

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HBOの「ザ・レジーム」でエレーナ・ヴァーンハム演じるケイト・ウィンスレット

ソヴィエト連邦出身者として、私は独裁政治に対する世界規模での新たな憧れに困惑している。フリーダム・ハウスによれば、今や10人中8人が、部分的に自由な国、あるいは自由でない国に住んでいるということだ。アメリカでは、かなりの数の人々が権威主義的支配を支持し、民主政治体制制度の衰退を致命的な脅威とは考えていないことが調査で明らかになっている。中国やロシアなどでは、変化の風は間違った方向に吹いているようだ。

この変化を考えると、4月7日に最終回を迎えたHBOのミニシリーズ「ザ・レジーム(The Regime)」は、これ以上ないタイミングだった。エミー賞を受賞したケイト・ウィンスレットと「サクセション」のウィル・トレーシーが指揮を執り、豪華なテレビ番組に付き物の、あらゆる装飾を備えた「ザ・レジーム」は、21世紀の最も重い政治的問題のいくつかを探求する態勢が整っていた。

その代わり、「ザ・レジーム」は、真剣な批評や分析のレヴェルに達することができない世界の実力者たち(strongmen)の傾向に漠然とした目配せをするだけで、明らかにアメリカ的だと感じられる素朴さで展開されている。

主演のケイト・ウィンスレットが演じるエレナ・ヴァーナムは、中央ヨーロッパにある架空の国の中年首相で、黒カビに首相宮殿が侵食されているという考えに取り憑かれている。彼女は黒カビと戦うため、テンサイを栽培する地方出身のハンサムな陸軍伍長ヘルベルト・ズバク(マティアス・ショーナールツ)を召集する。宮殿に到着する前、ヘルベルト・ズバクは国のコバルト鉱山で12人のデモ参加者を銃殺し、「虐殺者(The Butcher)」という恐ろしいあだ名をつけられた。

エレナとヘルベルトは、「美女と野獣(Beauty and the Beast)」のような魅力をすぐに身につける(もちろん、ポストモダン的で、誰が野獣なのか、気まぐれで妄想癖のあるエレナなのか、自己嫌悪でいじめられっ子のヘルベルトなのか、はっきりしない)。ヘルベルトが暗殺者からエレナを救うことで解決した短い仲違いの後、2人はヒステリックとネイティビズム(hysterics and nativism)を組み合わせたラスプーチン流(Rasputin-style)のやり方で宮殿を支配し始める。

続く5つのエピソードでは、歩く湿度モニターから信頼できる政治アドバイザー、そして恋人へと、エレナのぐらつく領域をヘルベルトがジグザグに登っていく様子が描かれる。番組の説明によれば、ヘルベルトは、「崩壊する現代の権威主義体制(modern authoritarian regime as it unravels)」を描く様々なおふざけに立ち会ったり、関与したり、指示したりする。エレナが氷で満たされた浴槽に入りながら行う閣議や、宮殿の地下にあるガラスの棺に保存されている死んだ父親との奇妙な会話などのシーンがある。農村出身のヘルベルトは、茹でたジャガイモの蒸気(私のソヴィエト時代にはポピュラーだった民間療法)で宮殿の有毒と思われる空気を浄化することで、エレナの偏執症状(パラノイア、paranoia)に応える。

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HBOの「ザ・レジーム」の中でのマティアス・ショーナールツ演じるヘルベルト・ズバックとケイト・ウィンスレット演じるエレナ

もちろん、どんな指導者も地政学から逃れることはできない。この国の豊富なコバルト埋蔵量は国際的な関心を集め、アメリカに安価で採掘権を与えるはずだった取引を一方的に廃棄した後、エレナは中国と癒着し、自由貿易協定と採掘利益の分配を約束する。そしてエレナとヘルベルトは、宗主国である隣国の違法な領土併合、国有化と土地改革という中途半端な気の迷いによる政策、欧米諸国からの経済制裁という苛烈な試練を共に乗り越えていく。

この混沌とし​​た、政治的駆け引き(politicking)は、エレナが常に愛を与えたり、人々に要求したりする愛について無為に語るのに対して展開される。常に洞察力のある経済学者であるエレナは、「アメリカの野獣とその属国は私たちを絞め殺そうとしているが、些細な制裁など必ず失敗する。なぜなら私たちの愛は制裁できないからだ(The American beast and its client states try to strangle us, but petty sanctions will always fail because our love cannot be sanctioned)」と宣言する。従順で詩を愛するフランス人の夫ニッキー(ギョーム・ガリエンヌ)をスイスに亡命させた後、性欲を取り戻したエレナは、ヘルベルトとの失われた時間を情熱的に埋め合わせようとするが、国の経済低迷と抗議活動への粗雑な対応によって、国民の間に不安が広がっていることに気づいていない。

最終話では、エレナの支配モデルは革命には敵わなかった。彼女は宮殿を追われ、その土地の人々との「特別なつながり(special connection)」をしばしば主張するにもかかわらず、何も知らないことが明らかな土地を命からがら逃げなければならない。今回ばかりは、この世界でヘルベルト以外の誰かが彼女の妄想を出し抜くことに成功した。しかし、やがてエレナは、かつて彼女が中傷したオリガルヒに屈服する。クーデターが起ころうとしたとき、アメリカの後ろ盾が指を鳴らした。

ドラマの終わりにエレナの夫ニッキーは、「あれは一体何だったんだ?」と妻エレナに質問した。彼には決定的な答えは提示されないが、視聴者にも同様だ。

このドラマを創作したトレイシーは、「ザ・レジーム」を暗いおとぎ話に例えているが、それはエレナのルックス、つまり老いた眠れる森の美女とマドンナが主演したエビータを掛け合わせたようなルックスとガラスの棺を説明できるかもしれない。また、傷ついた2人が、作り物の現実の中で互いを苦しめることで、ある種の幸福を見出すというラブストーリーという見方もできる。面白いジョークが1つもないコメディであり、HBOが述べているように、ダークコメディとさえ言えるかもしれない。エレナ(ケイト・ウィンスレット)の閣僚の「彼の利益は春のロバのようにめちゃくちゃだ」という口癖は確かに無礼だが、無礼が必ずしも面白いとは限らない)。

この番組にないことの1つは風刺(satire)だ。そうであるためには、実際に何かを風刺しなければならない。ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』は、18世紀のイギリスの厳格な風俗を揶揄した。アルマンド・イアヌッチの『スターリンの死』は、戦後のソヴィエト連邦におけるヨシフ・スターリンの側近たちの残忍さと偽善を揶揄した。エレナの政権を独裁国家のパスティーシュにしたのは、致命的な選択だった。この番組はあらゆるものを少しずつなぞるがゆえに、何も狙っていない。

実在の人物の代わりに、「ザ・レジーム」が提供するのは、ホットフラッシュ症状と父親の問題を抱えた妄想癖のある女性、腰の引けた腐敗した閣僚、他国の資源に憧れる貪欲なアメリカ人、前世紀の映画のセットからリサイクルされた小道具のような、冴えないカーキ色の大衆といった、陳腐なものだ。私たちが悪人に配慮できない訳ではない。「サクセション」のロイ家は、悲劇的でありながら滑稽でもあり、筋書きを動かす明確な意図を持った、ニュアンスのあるキャラクターだったからだ。しかし、「ザ・レジーム」の登場人物たちは一般的で、単にセットの中に放り込まれただけで、同情的であろうとなかろうと、見る者の感情をかき立てない。明確な利害関係を持つ登場人物は、国のコバルトが欲しいだけのアメリカ連邦上院議員ジュディス・ホルト(マーサ・プリンプトン)だけだ。それ以外の登場人物は、まるで演技に適したシーンを探し求めるが空振りに終わるかのように、ただエピソードの中を漂うだけである。

このドラマは才能に欠ける俳優が出ていないないだけにこれは残念だ。ウィンスレットは与えられた素材にベストを尽くしているが、ヘルベルトの「スパイシー」な夢にちなんで、「スパイスっていいわ。スパイスは素晴らしい」といったセリフを話していてもうまくいっていない。彼女には真の敵もいなければ、明確な願望もなく、感情もない。観客はスクリーンをまばたきしながら、彼女の衣装に見とれ、何か本質的なことが起こるのを待つだけだ。

ヘルベルトを演じるショナエルツは、愛のためなら殺しも死も厭わない拷問を受けた戦士という、決まりきった役柄ではあるが、より説得力がある。宮殿支配人のアグネスを演じるアンドレア・ライズボローは、このドラマではあまり恵まれていない。「スターリンの死」でスターリンの娘として輝きを放った彼女は、ここでは、エレナと原因不明の共同親権を持ち、エレナが要求した瞬間に母権を譲り渡す、もろくてピーコートを着た忠実な人物に成り下がっている。彼女のてんかん持ちの息子は、新しいおもちゃさえ手に入れば気にしていないようだ。投獄中の野党指導者エドワード・ケプリンガー役のヒュー・グラントは魅力的だが、彼のカメオ出演はセレブキャストリストのチェックマークみたいなものだ。カーペット敷きの独房、ソーセージの安定的な供給、刑務所の鍵へのアクセスなど、グラントの演技には、ロシアの野党指導者アレクセイ・ナヴァルニー(故人)を含む、実際に投獄された政治家の苦しみにふさわしい重厚さが欠けている。

そして、エレナのセキュリティ・サービスの責任者であるミスター・ラスキン(ダニー・ウェブ)がいる。実際の独裁国家では、この仕事の要件はぞっとするようなもので、かなり怪物的な人物がそれに当たる。ソヴィエト連邦のラヴレンチー・ベリヤやナチス・ドイツのハインリヒ・ヒムラーを思い浮かべて欲しい。しかし、「ザ・レジーム」の中で、ミスター・ラスキンは、祖国への義務について丁寧に語り、「権力の合法的移行という原則を信じている(believes in a principle, the legal transition of power)」と語っている。実際の独裁政権とは異なり、彼の手に血はついていない。視聴者が喜んで受け入れる一時的な不信の停止と、常にあり得ないことを受け入れるよう求められることの間には違いがある。

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HBOの「ザ・レジーム」の一場面で、登場人物たちが大きなテーブルの周りに座っている

ここに、「ザ・レジーム」の根本的な問題がある。それは、このドラマの主要なポイントであると思われる点、つまり独裁政治の描写を手探りで行っているという点だ。独裁者の問題は、エレナができる限りあらゆる宴会や祝賀会でそうしているように、自分たちの調子の外れた歌を他人に聞かせるナルシストではなく、自分たちの妄想のために何百万人もの人々を犠牲にする用意があるということだ。独裁者の政府と法執行機関が武器化されており、いつでも敵に回される可能性があるため、側近を含む彼らの国民たちは常に恐怖の中で暮らしている。

しかし、エレナの王国に恐怖はない。栄光を失ったオリガルヒは収監されることもなく、記者会見で椅子を片付けるよう命じられるだけだ。大臣たちは階下のバーで彼女の失脚を画策し、最後の最後では救出ヘリの座席を彼女に与えない。反乱軍はわずかなエピソードで宮殿を奪う。本物の独裁者がこんなに簡単に倒されるなら苦労はしない! ドラマではエレナを愚かで哀れな人物に描いている。私たちはエレナから恐怖のあまり逃げ出すのではなく、肩透かしを食らってしまう。

彼女のヨーロッパ的な美学にもかかわらず、支配者としてのエレナの描写は、独裁政治に対する紛れもなくアメリカ的な態度を反映している。ドナルド・トランプが大統領から退任して、ほぼ4年経った今でも、多くのアメリカ人は彼の脅しを真剣に受け止めていない。トランプの漫画のような性格と無能さが、自分たちの民主的権利と自由に対する真の攻撃につながるとは信じられないのだ。第二次世界大戦の記憶が薄れつつある今、自由な社会で暮らすことと専制政治の下で暮らすことの違いを過小評価しているだけの人もいるかもしれない。

あるレヴェルでは、アメリカ人の多くが、強権的な大統領に憧れるかもしれない。それは、強権的な大統領が複雑な問題に対して、単純な解決策を提示するからであり、エレナのように、公共の奉仕ではなく、自分自身の虚栄心、富、生存、そして時には取り巻きの生存のために動いているという事実に気づいていないからだ。

創造的なプロジェクトとして、「ザ・レジーム」 は、おとぎ話、ダークコメディ、人間の悪徳の物語など、なんでも望み通りだ。しかし、本格的な芸術作品は、何か、人間存在の差し迫った側面に関するものでなければならないし、それらの条件で評価されるべきだ。それでは、「ザ・レジーム」のメッセージとは何だろうか? 愛は倒錯の交換だろうか? アメリカは彼らの資産が欲しいから独裁政権を支えている植民地者だということだろうか? 何も変わらないのに、私たちはナルシシストの最高責任者の無限の必然的な繰り返しに身を任せるべきだと考えるか?

シニシズムは戦いには勝てないし、優れたテレビを生み出すこともできない。おそらくHBOの権威主義に関する次の瞑想は、ウィンクではなく、このトピックに関する実質的なものを与えてくれるだろう。

※アナスタシア・イーデル:ロシア生まれのアメリカ人作家・社会史研究者。著書に、ロシアの歴史、政治、文化に関する簡潔なガイドブックである『ロシア:プーティンの遊び場(Russia: Putin’s Playground)』の著者。『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ロサンゼルス・タイムズ』紙、『プロジェクト・シンジケート』誌、『クオーツ、ワールド・リテラチャー・トゥデイ』誌などに寄稿している。カリフォルニア大学バークレー校のオッシャー生涯学習研究所で歴史を教えている。ツイッターアカウント:@AEdelWriter

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(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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