古村治彦です。

 ナショナリズムは非常に難しい概念だ。人々が自分たちの属する共同体を「国家」と認識することであり、国民や民族の同質性、同一性を喚起するものということになる。定義は学者、専門家の間で多種多様である。簡単に言えば、私たちは外で出会う人たちの名前も知らないし、これきりで二度会わない人たちばかりであるのに、「同じ国民」という感覚を持つ。そして、同じ国民として国家を形成している。その根底にあるのがナショナリズムということになる。

 このナショナリズムの起源はいつからかということは、専門家の間でも議論が続いている。近代になって、資本主義や国民と言ったものと一緒にできたという主張があり、一方で、古代から存在したという主張もある。ローマ帝国拡大に対して、ローマに征服されていった人々、ガリア人などが抵抗する際にナショナリズムによってまとまって、ローマに抵抗したということが起源だという説がある。
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定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行

 1648年のウェストファリア条約によって、国民国家が成立したと世界史で習う。現在のヨーロッパ各国家が形成されたということを習う。国民国家とは、「共通の文化、歴史および言語を共有する国民、または単一の民族により構成される独立国家」のことを言う。ナショナリズムは植民地化された地域が独立し、国家を形成する際に、重要な役割を果たした。ベネディクト・アンダーソンは著書『想像の共同体(Imagined Community)』の中で、植民地の現地人エリートたちの間でナショナリズムが醸成され、それが独立運動や独立戦争につながったことを詳述している。彼はナショナリズムの肯定的な面を評価している。

一方で、ナショナリズムは少数民族や外国人に対する排外主義(xenophobia)を醸成するという面から否定的な主張もなされる。人種という身体的特徴(肌や髪の毛の色など)を基盤にしたナショナリズムが生まれているが(白人ナショナリズム[white nationalism]や黒人ナショナリズム[black nationalism])、これは負の面を表していると考えられる。

 ナショナリズムによって国民国家が形成され、ナショナリズムによって国家形成を目指す集団が存在する。それらが衝突する際には、正義とその基盤となる神話の衝突ということになる。イスラエル右派政権とパレスティナ過激派ハマスの衝突を考えると、どちらもナショナリズムを基盤とし、相手に対して譲歩することを拒絶している。イスラエル右派政権はパレスティナ国家を認めないし、パレスティナ過激派ハマスはイスラエルを認めない。ナショナリズムの否定的な面はそこにもある。

 ナショナリズムは私たちの中にも生きている。卑近な例では、オリンピックやワールドカップで日本人選手や日本代表が活躍すれば嬉しい。喜び過ぎて渋谷の交差点で大暴れする人たちも出る。しかし、私たちの99%は活躍した選手たちの知り合いでもなければ、親戚でもない。また、他国との摩擦(領土関係などや法人が拘束される事件など)が起きた際には、相手国に対して悪感情を抱くことがある。しかし、私たちは領土問題になっている土地に行ったこともないし、拘束された法人を個人的に知っているということもない。日ごろは日本という国家を意識することなどないのに、非日常の場面でそうした意識が出てくる。これはある種、危険なことであり、冷静さを欠く場合には、戦争を行っても問題を解決すべきなどと言う考えを誘導されてしまうことにもつながる。そうした際に、国家もナショナリズムも人間が生み出したものと考え、相対化できれば、冷静さを失わずに事態を分析し、対処できるようになる。そのためにも、ナショナリズムの研究は私たちにとって有益である。

(貼り付けはじめ)

誤読され続けているナショナリズムに関する偉大な傑作(The Greatest Book on Nationalism Keeps Being Misread)

-『想像の共同体』は、皆さんが記憶しているよりも非常に奇妙な著作である。

デイヴィッド・ポランスキー筆

2024年1月7日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/07/israel-palestine-nationalism-imagined/

サム・ライミ監督の傑作ホラー・コメディ『イーヴィル・デッドII』には、主人公がゾンビ化した自分の手(hand)をノコギリで切り落とし、『武器よさらば(A Farewell to Arms)』の下敷きにするシーンがある。これは意図的なジョークだが、似たようなタイトルの誤読は、1980年代の別の名著にもつきまとう。それは、ベネディクト・アンダーソン(Benedict Anderson)の『想像の共同体(Imagined Communities)』である。

そのタイトルの辛辣さと、大学のシラバスでの位置づけが確立していることが相まって、社会科学の著作の中でこれほど広く誤解されているものは少ない。『想像の共同体』は、読まれるよりも書かれることの方が多い(正式には「フクヤマ・クラブ(Fukuyama Club)」と呼ばれる)、稀有なジャンルの本である。多くの読者はタイトルを文字通りに受け取り、アンダーソンが国家をフィクション(fiction)として扱っていると思い込んでいるようだ。しかし、彼の実際の主題(thesis)はもっと微妙なものだった。アンダーソンにとって、ナショナリズムとは幻想と言うよりも、想像上のものである(nationalism is imagined rather than imaginary)。しかし、あまりにも多くの読者が著作の最初の部分しか注目していない。

換言すると、アンダーソンは、国家は歴史的に創造されたもの(historical creations)であり、政治以前のアイデンティティを自然に表現したもの(natural expressions of some authentic pre-political identity)ではない、と認識していた。したがって、特に現代に関連する例を挙げれば、シオニズム(Zionism)は19世紀末の発明であると同時に、イスラエル市民にとっての現実でもある。パレスティナのナショナリズムは、より大きな近代アラブ・ナショナリズム運動の派生であると同時に、認識可能な集団的アイデンティティの源泉でもある。ナゴルノ・カラバフは、ソヴィエト時代とソヴィエト崩壊後の時代に、アゼルバイジャン人とアルメニア人の双方にとって新たな(そして相互に排他的な)意義を獲得したが、それによって結果的に重要性が低下した訳ではない。歴史的な主張が都合のいいものであっても、これらとそれ以上のものはすべて現実であり、意味がある。

しかしながら、多くの人々に誤読されていることは、ほとんどの学者が誇ることのできない、大きな遺産である。そして実際、この『想像の共同体』の学術的足跡は大変なものである。発刊後40年経った今でも、社会科学全体で最も引用されている著作の1つであり、更には、「ナショナリズム研究において圧倒的に引用されているテキスト(by far the most cited text in the study of nationalism)」である。これはおそらく、ナショナリズムの発展における印刷資本主義の役割(the role of print capitalism)や「新世界(New World)」に誕生した国家群の役割(the role of New World states)に関するアンダーソンの具体的な主題に対する広範な関与を示すというよりも、彼の著書とそのタイトルが、ナショナリズム研究におけるより大きな知的転換を象徴するようになったことを示すものだろう。

冷戦の終結によって解き放たれたナショナリズムの激流と急上昇を受けて、私たちはおそらく、当時の読者たちよりも『想像の共同体』のテーマをより鋭く認識している。しかし、ナショナリズムの研究が1970年代後半から1980年代初頭にかけてようやく隆盛を見せたが、ナショナリズムの時代が始まって2世紀以上も経ち、脱植民地化(decolonization)の第一波から数十年も経ってから隆盛したのは何故か? アンダーソン自身も、よく引用される発言の中で、「他のほとんどの主義とは異なり、ナショナリズムはホッブズ、トクヴィル、マルクス、ウェーバーなど、独自の壮大な思想家を生み出したことは一度もなかった」と述べている。

この本はナショナリズム研究を形作ったが、それは独自の方法でなされた。この近代社会科学の真髄ともいうべき著作(quintessential work of modern social science)は、実際にはこの学問分野を代表するものではない。文学的な言及から自伝的な詳細に至るまで、全体を通して非常に詩的な脱線に陥りながら、非体系的に進んでいく。実際、ナショナリズムに関するアンダーソンの影響力のある説明は、国家の形成における言語と文学の役割を強調するという意味でも、彼自身の議論自体が詩的な形式(poetic forms)をとっているという意味でも、究極的に詩的(ultimately poetic)である。そのため、他の学者たちの著作の多くと異なり、この本は非常に読みやすく、読者に読まれる期間の長さにも間違いなく貢献している。

『想像の共同体』の際立った個性は、きっと著者に負うところがあるのだろう。興味深い遺稿の中でアンダーソンは、ある日コーネル大学で、アラン・ブルームが古代ギリシア人には私たちが理解するような「力(power)」の概念がなかったと堂々と発言しているのを耳にし、想像力がかき立てられたと述べている。

アンダーソンのいくつかの特質がここで発揮されており、その全てがこの本を形作っている。1つは、領域や文化を超えて、思いがけない知的結びつきを作る能力である。もう1つは、偉大な古典学者ピーター・ブラウンが「歴史化された想像力(historicized imagination)」と呼ぶ、彼の強い歴史感覚である。そしてもう1つは、彼がその生涯の大半を捧げ続けた東南アジアへの強い志向である。スハルト元大統領のクーデターを批判的に分析したために、アンダーソンは何十年もの間インドネシアへの訪問を禁じられていたが、2015年にジャワ島で死去した。

歴史学者、もしくは「地域研究(area studies)」の教授として、このような最期は注目に値しないかもしれないが、近代国家の台頭に関する文献とほぼ並行して、近世ヨーロッパにおけるナショナリズムの発展に焦点を当てる傾向にあったナショナリズム研究者の中では、一時期異彩を放っていた。そのためアンダーソンのアプローチは、ナショナリズム研究に関してより広範な修正主義が台頭していた時代にも際立っていた。

地理的な範囲にとどまらず、カンボジア、ラオス、フィリピンなどにおいて、衰退しつつあった植民地体制(colonial systems)がどのようにエリート意識を形成するナショナリズムへと移行していったかについての彼の実践的な経験は、ナショナリズムが実際にどのように出現していったかを彼の著作を通じてより実感させるものとなった。より分析的な著作とは異なり、アンダーソンの著作は、有名な哲学論文の言葉を借りれば、「ナショナリストとはどのようなものなのか?」を問いかけているように見えた。

ここで、いくつかの背景を説明する必要があるだろう。ナショナリズムを新たに研究しようとするこの動きを後押ししたのは、国家やナショナリズムは実際には近代的な創造物であり、ナショナリズムは単に政治的な国家以前の真の国家の政治的表現というよりは、もっと奇妙で複雑なものであるという懸念であった。「モダニスト(modernist)」とレッテルを貼られたこの見解は、いわゆる伝統主義者たち(ペレニアリスト、perennialists)と対立するものであり、少なくとも彼らの一部は、モダニストの挑戦を受けて独自の理論を展開するために活気づいた(この簡単な説明は、学術的な議論を大幅に単純化しすぎているという通常の注意が適用される)。

しかし、アンダーソンとこのグループとの関係は常に曖昧であった。アンダーソンはモダニズムの見解を受け入れてはいるが、だからと言って、それを侮蔑的に決めつけたり、その正当性を否定したりはしておらず、ナショナリズムの本質的な虚偽性(inherent falseness of nationalism)を強調した、ほぼ同時代のアーネスト・ゲルナーとは明確に一線を画している。

ベネディクト・アンダーソンの非常に印象的な特徴は、彼が反対する人々の規範的立場とさりげなく結びつくということだ。その特徴のほとんどは、より一般的な知的傾向、特に批判的アプローチが、社会的に構築された(socially constructed)とされる、あらゆる現象を否定する許可を与えたことに起因していると私は思う。例えば、社会的に構築されたジェンダーの本質に関する研究は、ジェンダー規範の批判と密接に関連する傾向がある。したがって、国家が社会的に構築されたものであることを認めることは、ジェンダー規範と同様の批判が行われなければならないと暗黙のうちに考えられていた。

アンダーソン自身が次のように述べている。「ナショナリズムを醜いと思っていないのは、ナショナリズムについて書いている私ぐらいだろう。ゲルナーやエリック・ホブズボームといった研究者について考えてみると、彼らはナショナリズムに対してかなり敵対的な態度を取っている。私は、ナショナリズムは魅力的なイデオロギーだと思う。そのユートピア的な要素が好きだ」。

おそらくこのような理由から、アンダーソンは、このような作品に直面したときに読者が抱く暗黙の疑問を(彼の同業者は皆そうではないが)正面から取り上げることができるのだろう。その疑問とは、「なぜナショナリズムに関心を持たなければならないのか?」ということである。彼の正しい答えは、ナショナリズムが歴史上かつてない規模で人々を殺し、更に重要なことに死に至らしめたということである。

しかしながら、アンダーソンがナショナリズムに対して基本的に肯定的である根拠はどこにあるのだろうか? たとえばアレクサンドル・ソルジェニーツィンが有名なノーベル賞受賞講演の中で述べたように、ナショナリズムの多様性を是認している訳ではない。マルクス・レーニン主義(あるいは民主的自由主義)の灰色の同質性よりも、様々な民族や習慣が織り成す色とりどりのパッチワークの世界の方がより好まれる。

実際のところ、アンダーソンに対する評価は伝統とモダンがミックスされた興味深いものだ。伝統主義についてアンダーソンは次のように語っている。

進歩的でコスモポリタンな知識人たちが、特にヨーロッパでは、ナショナリズムの病理学的性格に近いもの、他者への恐怖と憎悪に根ざしたもの、人種差別主義との親和性を主張するのが一般的な時代にあっては、国家は愛、そしてしばしば深い自己犠牲的な愛を鼓舞するものであることを思い起こすことは有益である。

この点で、ベネディクト・アンダーソンはジョージ・オーウェルに近い。ジョージ・オーウェルは、こうした特定の愛国的忠誠心の、まともで称賛に値する要素を救い出そうとした。アンダーソンは、ナショナリストが主に歴史に関心を持つのに対し、人種差別主義者は主に本質に関心を持つと主張し、ナショナリズムを人種差別主義との関連から救おうと努めた。読者の中には、この主張がもっともらしいと思う人もいるだろう。

しかし、アンダーソンの中のモダニスト要素は、脱植民地化の過程においてナショナリズムが重要な役割を果たしたことを称賛するものでもある。ここで、彼の東南アジアとの特別な関わりは、彼の左翼の政治的共感と一致している。実際、今日『想像の共同体』に出会った読者たちにとって、アンダーソンのナショナリズム称賛は、後の改訂版であっても、アンダーソンの考察のどれだけがマルクス主義の文脈の中で展開されているかということの中で最も衝撃的なことかもしれない。

アンダーソンの思想はマルクス主義に踏み込んでいたが、その扱いは決して教条的(dogmatic)ではなかった。そもそも、正直であるがゆえに、アンダーソンはマルクス主義国家間で勃発する国家間の対立を真剣に受け止めざるを得なかった。

この点で、ベネディクト・アンダーソンは、実弟で歴史家、社会評論家であるペリー・アンダーソンに似ている。ベリー・アンダーソンの辛辣な論評は今でも『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』誌を飾っている。歴史の反対側にいる私たちが、当時のマルクス主義思想の圧倒的な存在感を思い起こすのは難しいが(そもそもそこにいたと仮定して)、ベネディクト・アンダーソンが繰り広げるショーの多くは、彼が想定した読者に照らし合わせれば、より理にかなっている(今日、マルクス主義思想が学界に存在しないわけではないが、かつてのように研究分野全体を支配する覇権[hegemony]はもはやない)。今となっては奇異に映るかもしれないが、アンダーソンは当時、国民的アイデンティティが、たとえ最近のものであったとしても、マルクス主義者の最大の関心事であった資本(capital)や物質的生産(material production)の動きよりも現実的でなく、重大でない訳ではないことを示すために、少なからず苦しい戦いを強いられていた。

アンダーソン自身は、このような運動について、その内部で活動する人々の内面的な視点(自分たちは本物の既存の社会的アイデンティティの正式な確立に参加しているのだという視点)を共有することなく、おおむね穏当な見方をしている。それでは、その成功や失敗を私たちはどう判断すべきとアンダーソンは期待しているのだろうか? 特にアンダーソンがマルクス主義に傾倒していることを考えると、その暗黙の答えは、ある国家が代表していると称する現実の人々の物質的な幸福に目を向けることだと思う。アルジェリアやヴェトナムのような場所での血なまぐさい脱植民地化の方法から、ソヴィエト連邦やユーゴスラビアの解体時に旧隣国同士が離合集散するような悪辣な行為まで、その記録はまちまちである。同時に、中国、ヴェトナム、インドネシアなどで何億人もの人々を貧困から救い出した驚異的な経済的成果も、ナショナリズムがもたらす社会的結束と切り離すことはできない。アンダーソン自身、ナショナリズムの遺産を「ヤヌスの頭(Janus-headed)」と呼んでいる。

この原稿を書いている今、レヴァントでは、対立する2つのナショナリズムの間の継続的な対立(enduring conflict)が、再び恐ろしい暴力に発展している。有益なナショナリズムを想像することは、かつてないほど難しくなっているようだ。そのためか、部外者の多くは、主人公たちの実際の嗜好にかかわらず、この紛争に対する二国間解決策、つまり一種のナショナリズムなきナショナリズム(a kind of nationalism without nationalism)をますます受け入れている。ハマスが10月7日に犯した残虐行為や、イスラエル国防軍が現在も続けているガザ地区への砲撃など、ナショナリズムの強硬さを示す目に見える証拠に直面したとき、多くの人がナショナリズムの本質に目を白黒させるのは理解できる。

アルメニアとアゼルバイジャン、インドとパキスタン、1990年代のバルカン半島戦争など、多くの紛争を目の前にして、人々がナショナリズムから何を得るのか、と考えるのも理解できる。なぜ人々は、他の共同体の形ではなく、ナショナリズムを想像するのだろうか? その答えの1つは、現実のレヴェルでは、国家は私たちが享受する普通の自由財の形を提供してくれるからである。現代社会科学のもう1つの古典である『国家のように見る(Seeing Like a State)』の中で、ジェイムズ・スコットは国家を「私たちの自由と不自由の両方の根拠(the ground of both our freedoms and our unfreedoms)」と表現している。ナショナリズムにもこのようなことが言える。ナショナリズムは、その暴力の能力ゆえに、私たちが個人の権利の保護(protections of individual rights)や福祉(welfare)や安全保障(security)を得られるような、境界のある共同体(the bounded community)をも可能にしているのだ。

アンダーソンの国家観は単なる道具的(instrumental)なものではない。そのためか、今日私たちがこのような紛争を表現するのに使っている言葉は、アンダーソンの言葉そのものである。それゆえ、領土主張を正当化するために神話化された歴史(mythologized histories)が使われる。それゆえ、イスラエルとパレスティナの紛争を脱植民地化(decolonization)の枠組みに無理やり当てはめようとする試みもまた、正しい新興ナショナリズムが抑圧的な支配体制に立ち向かうというものである。

しかし、2つの真のナショナリズムが同じ領土をめぐって競い合うとどうなるのか。そして、ナショナリズムが抱く自己犠牲的な愛について語られるかもしれないが、その犠牲を最終的に価値あるものにするものは何なのだろうか? ナショナリズムを扱ったアンダーソンの詩的共鳴(poetic resonances)は広く認められているが、詩にも限界がある。

※デイヴィッド・ポランスキー:地政学と政治思想史について著述を続けてきた政治理論家。現在、平和・外交研究所(Institute for Peace and Diplomacy)の研究員を務めている。
(貼り付け終わり)

(終わり)

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