古村治彦です。

 第二次世界大戦後の世界体制において重要なのは米ドル基軸体制である。世界の貿易においてそのほとんどがドルで決済を行われるということだ。アメリカは為替の手間もかからずに、ドルを使って貿易ができるということだ。極端なことを言えば、アメリカはドルを刷りさえすれば、世界中の国々から物品やサーヴィスを買うことができるということだ。世界各国を旅行して、円とドルのお札を出してみて、どちらを取るかと質問されたら、日本以外の国であればほとんどの人がドルを取るだろう。

 この米ドル基軸体制の基本にあるのが、ペトロダラー(petrodollar)体制である。これは、サウジアラビアのアブドゥル・アズィーズ国王とアメリカのフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領の会談の後に決定されたもので、石油取引は、米ドルのみで行うという合意がなされた。その結果、アメリカは最重要物資である石油を自国通貨ドルで買うことができるようになった。産油国は石油と引き換えに手に入れた米ドルで米国債に投資して、利益を得ることができた。アメリカは米国債を使って国内整備を行うことができた。また、日本や西ドイツなどの国々はアメリカに製品を輸出し、稼いだ米ドルで石油や天然資源を買い、戦後復興と経済成長につなげていった。

 米ドルに対する信頼は、アメリカの国力に対する信頼である。アメリカが世界第債の軍事大国であると同時に世界最大の経済大国であることがその基礎にある。それが揺らぐようになっている。アメリカが率いる西側諸国に対して、中露がリードする西側以外の国々が台頭している。これらの国々が「どうして米ドルを使わねばならないのか」ということになっている。米ドル基軸体制に対する疑問が出ている。こうした疑問が出ているだけでも、アメリカの国力の減退が大きいということを示している。

 更に言えば、今年の大統領選挙の結果次第では、アメリカ国内の状況が不安定になり、それがアメリカ経済に大きな影響を与えることになるだろう。アメリカ国内で選挙結果を受けて、暴動や暴力が頻発することになれば、米国債の価値も毀損される。米国債の価値が毀損されれば、米国債崩れということが起きる。そうした事態に備えて西側以外の国々は米国債の保有量を減らし、金の保有量を増やしている。

 米ドルの支配はこれからしばらく続いていくだろう。しかし、その崩壊の足音が聞こえるような状態になっている。私たちはそうした状況に備えなければならない。

(貼り付けはじめ)

米ドルが負ける方になんて賭けるな(Don’t Bet Against the Dollar

-アメリカの競争相手である各国は、米ドルを基軸とするシステム内での自主性の限界に挑戦しているが、真のグローバルな代替手段は存在せず、世界は転換点(inflection)からは程遠い。

ジャレッド・コーエン筆

2024年6月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/10/brics-currency-dollar-yuan-united-states-economy/?tpcc=recirc_trending062921

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地球の玉座の頂上に座るジョージ・ワシントンをドル紙幣から持ち上げる風船として機能するアメリカドルのシンボルが示すイラスト

米ドルが世界経済と米国の経済国家戦略の基軸(central pillar)となったブレトンウッズ会議から80年が経った。そして、80年にわたり、私たちは米ドルの将来の終焉についての予測も目撃してきた。しかし、米ドルの将来に関する議論はほぼ最初から的外れだった。ここで出てくる疑問は、出来事や危機や新技術が米ドルを基軸通貨の台座から追い落とすかどうかではない。むしろ、米ドルが依然優勢であるものの、冷戦後のコンセンサスが崩れつつある世界経済において、アメリカの競争相手、さらにはパートナーがどのようにして金融システムの限界を押し広げているかということである。

数十年にわたり、米ドルの終焉を予感させる出来事は数多く報じられてきた。1971年にリチャード・ニクソン米大統領が米ドルと金のリンクを切り離した(delinked)とき、イギリスのある著名なジャーナリストはそれを「全能の米ドルが正式に廃位された瞬間()」であると宣言した。1990年代のユーロ導入を米ドル終焉の瞬間と見た人も存在した。2010年代の世界金融危機と中国の台頭により、経済学者の多くは人民元(the yuan)が世界の準備通貨(reserve currency)になる可能性があると予測した。最後に、2022年のロシアの本格的なウクライナ侵攻と西側主導の対モスクワ制裁は、きたるべき「ポスト・ドル世界(post-dollar world)」についての疑問を引き起こした。

米ドルには地経学的な逆風(geoeconomic headwinds)が厳しく吹きつけている。各国は貿易における米ドルへの依存を減らし、アメリカの決済システムから距離を置くよう取り組んでいる。しかし、未来は、ドル支配(dollar dominance)と、いわゆる脱ドル化(de-dollarization)の間の二項対立(binary)ではない。アメリカ経済は依然として世界最大であり、最も豊かな資本市場と最も信頼できる金融機関を擁している。米ドルは依然として金融上の安全な避難先(financial safe haven)であり、アメリカだけでなく、世界的に最も信頼できる交換および価値の保存媒体(the most reliable medium of exchange and store of value)である。80年前に米ドルの地位を確立したネットワークと歴史は今も維持されており、米ドルの支配に対する不満の高まりにより、利便性の一部が分かりにくくなっている。変化したのは、アメリカの競合国や一部のパートナー国が、技術の進歩(technological advances)と地経学的修正主義(geoeconomic revisionism)に勇気づけられて、ドルベースのシステム内での金融自主性の限界を押し広げていることだ。しかし、実際にそれを変えるための協調的な取り組みが見られる転換点には程遠い。

米ドルの立場が変わるとしたら、それは革命(revolution)ではなく進化(evolution)によるものとなるだろう。より多くの国が米ドルの到達範囲を制限する措置を試行し、導入するだろう。新興の金融テクノロジーは、新たな変化に関する諸理論と、様々な多国間金融協定を促進するだろう。一方、西側の政策立案者やビジネスリーダーたちは、世界の不安定化でアメリカ経済が多額の債務を負う中でも、米ドルの歴史的な地位を守らなければならないだろう。しかし、米ドルは当面、世界経済を下支えし続けるだろう。

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左:印刷機の彫刻版にシートを敷く米国財務省職員(1935年頃)、右:ニューヨーク連邦準備銀行の金庫室で、国際為替取引に使用される金の延べ棒の計量が行われる(1965年頃)

米ドルのような通貨はかつて存在しなかった。歴史家たちは、スペイン帝国のドル銀貨(Spanish Empire’s pieces of eight)、オランダのギルダー銀貨(Dutch guilders)、または、1920年代まで主要基軸通貨であった英ポンド スターリング(U.K. pound sterling)に米ドルを例えている。しかし、経済学者のマイケル・ペティスが指摘するように、米ドルは「国際通商においてこれほど極めて重要な役割を果たした唯一の通貨(the only currency ever to have played such a pivotal role in international commerce)」だ。米ドルは世界の外貨準備保有額の58%を占めている。全ての外国為替取引の88% に関与している。国際的な影響力により、他国の貿易不均衡は、アメリカの不均衡によって相殺される。

ドルは、アメリカだけでなく世界中の国々と消費者に安定と安全を提供する。アメリカの開かれた市場(open markets)、法の支配(rule of law)、信頼できる諸機関(trusted institutions)、そして深く流動性の高い資本市場(deep, liquid capital markets)により、これは信頼できる資産だ。アメリカ以外では、投資適格資産の供給が限られている。しかし、米ドルに不満がない訳ではない。ここ数年、米ドルを玉座(pedestal)から叩き落とすつもりだと公に表明する世界の指導者たちが増えている。彼らは、世界が分断され、米ドル以外の通貨との取引の効率を高める金融テクノロジーの台頭、財政状況が不透明で経済関係にある国や団体のリストが増え続ける分断されたアメリカを目の当たりにしている。対立が発生し、彼らはそれを利用する立場を公に表明している。

紛争と競争(conflict and competition)が激化する世界では、脱ドル化(de-dollarization)の話は今後も続くだろう。米ドルが世界経済の中心ではなかった場合、敵対者たちはよりうまく制裁を回避でき、より効果的な代替経済圏(more potent alternative economic blocs)が存在する可能性がある。ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領が昨年、上海で行った演説で、「私は毎晩、なぜ全ての国が貿易をドルに基づいて行わなければならないのか自問している(Every night I ask myself why all countries have to base their trade on the dollar)」と劇的に述べたのはそのためだ。アメリカの「制度的覇権(institutional hegemony)」の危険性を警告し、中国外務省は、2023年2月に論文を発表し、アメリカは米ドルを通じて「他国にアメリカの政治経済戦略に奉仕するよう強制している(coerces other countries into serving America’s political and economic strategy)」と主張した。中国外務省は更に、「米ドルの覇権が世界経済の不安定性と不確実性の主な原因である(hegemony of [the] U.S. dollar is the main source of instability and uncertainty in the world economy)」と述べた。

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ロシアがウクライナへの本格的な侵攻を開始した2022年2月24日、モスクワ中心部の両替所の前を通り過ぎる女性

ロシアによるウクライナへの全面侵攻とその後の制裁発動からおよそ1年後という声明のタイミングは、その背後にある真の動機を信じがたい。 80年近くにわたる米ドルの支配により、中国などの国の台頭など、歴史上最も偉大な平和と繁栄が見られた。1944年には、米ドルは世界に課せられていなかった。それは、中国とブラジルを含む44カ国が第二次世界大戦後の金融秩序を決定するためにブレトンウッズに集結したとき、戦後の状況と驚くべき程度の国際的合意から生まれた。今日の不安定を引き起こしているのは米ドルではなく、ヨーロッパと中東での戦争、そしてインド太平洋の緊張だ。これらの地政学的な課題は、中国によるロシアへの支援の深化などを通じて結びついている。モスクワは、その経済的寿命をウクライナへの攻撃を維持するために利用してきたが、戦争は世界中のお金の動き方を変えた。ロシアの侵攻から数週間以内に、世界経済の60%以上を占める、37の同盟諸国とパートナーからなるアメリカ主導の連合は、ロシアに制裁と輸出規制を課した。 2022年4月までに、ロシアの輸入額は戦前の中央値を約43%下回った。その結果は、クレムリンが発表しているよりも深刻で、一般のロシア人は政権が引き起こした苦痛を感じている。しかし、ロシアは新たな市場と経済を戦時態勢に置く手段を見つけたため、アジアへの軸足がモスクワを救った。ロシアは現在、GDP6%を軍事に費やしている。

変わったのは、お金がどこから来たのかだけではなく、そのお金がどのようなものであるかだ。これは中央アジアやコーカサスにある旧ソ連諸国でも見られ、西側の技術を米ドルで購入し、ルーブルでロシアに売っている。ロシアの対中国貿易でもそれが分かる。ウクライナへの本格的な侵攻後の最初の9カ月で、ロシアのルーブルと人民元の貿易は40%以上急増した。一方、中国とロシアの二国間貿易は、2023年に過去最高の2400億ドルに達し、わずか1年で26.3%増加した。人民元は最近、ロシアで米ドルに代わって最も取引されている通貨となり、モスクワ取引所で取引される外貨全体のほぼ42%を占めている。その結果、戦争とロシア政府によるアメリカの決済システム(U.S. payment systems)の回避により、世界最大の国ロシアと、第2位の経済大国中国は、主に米ドル以外の通貨で取引されるようになった。

しかし、米ドル以外の通貨の国際化はまだ遠い先の話だ。米ドルの優位性の継続は、政府から企業、家計に至る数百万の市場参加者からの信任投票によるものだ。もっともらしい代替案を生み出すためには、二国間の変化だけでなく、法の支配(rule of law)、透明性(transparency)、説明責任(accountability)に基づいた信頼できる新たな機関と多国間の連携が必要となるだろう。中国主導のクロスボーダー銀行間決済システム(Chinese-led Cross-Border Interbank Payment SystemCIPS)もそのような試みの1つで、1日当たり2万5900件の処理を行っていると報告されているが、その合計は、1日約50万件、総額18億ドルの取引を行う、アメリカの手形交換所銀行間決済システムには大きく及ばない。数兆の価値。そして、CIPS取引のうち80%は、北京ではなくベルギーに拠点を置くシステムであるSWIFTに依存している。過去80年間に米ドルが獲得してきた信頼が、米ドルを際立たせている。

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2022年8月24日、カイロの通貨両替店から出てくる女性

大規模な非ドル化を主張する人々にとっての最も重大な2つの問題は、何かを無に置き換えることは不可能であること、そしてアメリカの競争相手が、時にはそのレトリックが別のことを示唆しているとしても、現時点では米ドルに取って代わる能力も意思も持っていないことである。だからと言って、米ドルの立場を当然のことと考えるべきだという訳ではない。技術革新(innovation)と地経学的断片化(geoeconomic fragmentation)により、その影響は徐々に薄れていく可能性がある。最も重要な新たなトレンドは、新しい技術モデル、セクター固有の取り決め、二国間および多国間連携だ。これらの取り組みはわずかなものだが、将来的には有意義な代替手段となる可能性がある。

アメリカは、ほとんどの主要市場と同様に発達した金融テクノロジーを持っているが、特定の金融テクノロジーの消費者への導入においては、少数の国は遅れている。これらの比較は、あらゆる範囲で行われている。2021年、エルサルヴァドルは、仮想通貨(cryptocurrency)を法定通貨(legal tender)とした最初の国となった。より重要なことは、大西洋評議会が中央銀行デジタル通貨(central bank digital currenciesCBDC)の普及を追跡しており、世界のGDPの98%を占める、134の国と通貨同盟がCBDCの活用事例(use cases)を模索していると報告している(2020年はわずか35カ国だった)。G20加盟国のうち11カ国でプロジェクトが進行中だが、CBDC を本格的に開始しているのは3カ国だけだ。より分断された世界(more divided world)においては、より多くの CBDC が存在する。大西洋評議会の報告によると、2022年2月以来、「ホールセールCBDC の開発は2倍になっている」ということだ。

1970年代と80年代に、アメリカの消費者がクレジットなどの金融テクノロジーを大量に導入したとき、中国経済は、相対的に混乱に陥り、文化大革命からまだ回復途中だった。 1976年の GDP はわずか1540億ドルだった。しかしながら、今日、中国は世界第 2位の経済大国であり、そのデジタル人民元(digital yuan (e-CNY) は、「脱ドル化」に向けたテクノロジー主導の取り組みについて語る多くの専門家の注目を集めている。e-CNYは、銀行口座を持たない中国国民に更なる効率性と金融包摂を提供する可能性があるが、多くの点で、西側諸国のデジタルおよびモバイル決済システムとほとんど違いはない。

それにもかかわらず、中国は米ドルの代替手段として電子人民元を国際化する努力をしており、中国政府はデジタル通貨のデビュー会場として、2022年の北京冬季オリンピックを選んだことでその意図を明確にした。オリンピック期間中、依然として新型コロナウイルス感染症による厳しい規制下にあった首都北京を訪れる訪問者は税関を通過し、すぐに通貨を電子人民元に両替することができた。しかし、これは海外からの信頼を高めるどころか、金融技術における北京のリーダーシップへの懸念を深めるだけでなく、中国共産党による中国社会への支配を強め、中国が世界に対して利用できる新たな地経学的影響力を生み出す可能性があるとして、警戒を呼び起こした。

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2023年9月2日に北京で開催された2023年中国国際サーヴィス貿易交易会で、来場者は中国のデジタル通貨e-CNYを使って支払いを行っている

他国で目立った普及が見られないという事実は、e-CNYが海外では信頼できる代替手段ではないことを示しており、国内でもまだ試験段階にあり、中国のわずか25都市で2億6000万のウォレットに達している。14億人以上の人口のうち。しかし、中国のデジタル通貨の国際化への取り組みは続いている。プロジェクト「mBridge」は、中国本土、香港、タイ、アラブ首長国連邦と25のオブザーバー諸国が参加する国境を越えた CBDCプログラムであり、そのような取り組みの1つだ。中国政府が世界の多くの地域で電子人民元の信頼を高めるための措置をまだ講じていなかったとしても、ドルに依存する決済レールに代わる、より効率的で低コストの代替手段に国際的な関心が集まっている。

しかし、中国は最も近いパートナーとの間で、限定的な脱ドル化の新たな道を見出している。中国は現在、特に東アジア、サハラ以南のアフリカ、資源豊富な新興市場において、120カ国以上の最大の貿易相手国となっている。世界経済の影響力が拡大する中、中国は国際収支の米ドルからの移行に取り組んでおり、現在では中国の商品貿易総額の23%もが人民元で占められている。

その傾向が最も顕著に見られるのは石油取引だ。石油の価格は米ドルで決められており、世界の石油デリヴァティヴ市場の取引量(1日の平均現物原油フローの約23倍)は完全にドル建てだ。しかし、中国政府は、中国の貿易と世界経済における米ドルの役割を減らすことに取り組んでいる。中国は、大国だが資源に乏しく、主に中東からのエネルギー輸入に依存している。昨年の時点で、中国はサウジアラビアから日量約180万バレルの原油を輸入している。この貿易を米ドルから遮断するために、リヤドと中国は、70億ドルの通貨スワップ協定に署名した。そして、毎日の世界の原油量の約14% が制裁対象国から供給されており、この分野での非ドル化へのインセンティヴは明らかだ。

しかしながら、インドとロシアの間の貿易パターンが示すように、ここでは石油市場の脱ドル化を目指す人々の範囲が彼らの理解を超えている可能性がある。西側主導の対ロシア制裁発動を受けて、インドはロシア海上輸送原油の最大の輸出先となり、2023年5月には、日量215万バレルに達した。しかしニューデリーは、両替と決済にインドルピーを使用することを主張した。この立場は、モスクワに対する制裁や禁輸措置と相まって、それ以来摩擦を引き起こしている。ロシアとインド間の石油貿易は当初の増加にもかかわらず、最近12カ月ぶりの低水準となった。

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2022年2月24日、インド・チェンナイのガソリンスタンドで石油バレル(樽)を積み上げる労働者たち

経済全体を「制裁に耐える(sanctions-proof)」方向への動きは、他に様々な形で行われている。ロシア政府は、長年にわたり米ドル保有を着実に減らしており、アメリカ国債の保有額は2017年12月の1022億ドルから半年後にはわずか149億ドルまで減少させた。同様に、2023年に中国は、アメリカ国債保有を減らし、金購入を30%増額した。こうした傾向は、アメリカの敵対諸国や競争相手に限定されている訳ではない。ゴールドマンサックス・リサーチが指摘しているように、ジョージ・W・ブッシュ政権までは核開発計画をめぐり、アメリカの制裁の対象となっていたインドも、自国の金保有量を増やしているが、世界中の埋蔵量に占める金の割合は依然としてわずかだ。

金はある程度の多様化と制裁からの隔離を提供するが、米ドルの代替品ではない。実際の収益ははるかに予測しにくく、金には多額の輸送コストと保管コストがかかり、貿易決済の交換媒体としての金の機能は低い。一方、現物の金の供給は限られており、金先物はわずか約400億ドル相当の貴金属に裏付けられている。この数字は、多くの資産への分散投資や投資の機会を生み出す上場投資信託を含めるとさらに上昇するが、依然として国際通貨市場には遠く及ばない。

テクノロジーは、世界の金融システムにおける金(ゴールド)の用途と役割も変える可能性がある。歴史的に、金は法定通貨よりも優れた価値の保存手段であることが証明されてきた。しかし、同様の機能が欠けており、言うまでもなく、ストレージと移動のコストが高くなる。しかし、既存の保管システムにおける現物の金のデジタル化により、決済機能の効率が向上する。

技術的進歩がどのようなものであれ、真の脱ドル化には多国間合意に裏付けられた説得力のある代替案が必要となるだろう。上海協力機構(Shanghai Cooperation Organisation)、一帯一路構想(Belt and Road Initiative)、BRICS(現BRICS+)などの中国主導の機構は、それぞれのやり方でそのようなフォーラムを創設しようとしている。ブラジル大統領ルラが南アフリカで昨年開催されたサミットでBRICS諸国に共通通貨の創設を呼び掛け、そのような交換媒体は「支払いの選択肢を増やし、脆弱性を軽減する(increases our payment options and reduces our vulnerabilities.)」と仲間の指導者たちに主張したのはこのためだ。

広く宣伝されているこの取り組みにも落とし穴(pitfalls)がある。元々のBRICS諸国には世界人口の42% が住んでおり、国際通貨基金(International Monetary Fund)によると、世界の経済生産高の3分の1を占めている。しかし、経済的、イデオロギー的、地政学的な相違により、政策が統一される可能性は極めて低い。加盟諸国ですら、BRICS主導の脱ドル化という考えを否定しており、インド外務大臣S・ジャイシャンカールは昨年7月に「BRICS通貨という考えはない(There is no idea of a BRICS currency)」と述べた。

データは、ジャイシャンカール大臣の感情を強調している。国際決済銀行(Bank for International Settlements)によると、BRICS貿易の根幹は米ドルである。2022年には、インドルピーに関する全ての外国為替取引の97%、ブラジルレアルに関する全ての取引の95%、人民元に関するすべての取引の84%に関与した。

一部のセクターでは脱ドルへの取り組みが勢いを増しているが、脱ドル化を巡るレトリックは多くの意味で、真剣な政策というよりも、パフォーマンス的な政治に近い。人民元の魅力を高めるために、中国政府は資本規制を緩和したり、監視国家モデル(surveillance state model)から脱却したりする可能性があるが、その兆候はほとんど見られない。ヨーロッパ連合がアメリカの金融システムを動かすような資本市場を創設すればユーロを押し上げる可能性があるが、実際にはそうはなっていない。こうした動きは、中国国民にとってもヨーロッパ人にとっても同様に有益となるだろう。しかし今のところ、米ドルはアメリカだけでなく、世界のほとんどの国にとって、依然として最も信頼されており、多くの点で最も効率的な通貨である。そして、BRICSは新たな国際金融システムを構築したいという願望を持っているかもしれないが、過去25年間に新興市場の出現を可能にしてきた世界経済は米ドルに基づいて構築された。

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アメリカのライヴァル諸国は、世界を米ドルから引き離すことに成功しないかもしれないが、アメリカ政府も世界の他の国々をその軌道から追い出さないように注意すべきである。制裁のための米ドルの使用は、経済国家戦略の貴重な手段となる可能性があり、ペロポネソス戦争に先立ってアテネが近くの町メガラに通商禁止措置をとった紀元前432年以来、西側諸国政府によって制裁が展開されてきた。しかし、それらが過度に使用されたり乱用されたりすると、信頼が損なわれ、武器化された世界経済(weaponized global economy)から自らを守ろうとする世界の他の国々から離れることになる。

制裁の行使に関する議論はここ2年間でより緊急性を増し、新たな形をとってきた。ロシアのウクライナ侵攻直後、アメリカとその同盟諸国は、西側諸国にある約3000億ドル相当のロシアの主権資産を凍結した。これには、ロシアの金と、ユーロ、米ドル、英ポンド、日本円、その他の通貨建ての外貨準備高の相当部分が含まれていた。世界経済は2年間これらの制裁に適応したが、最近、金融の歴史の新たな章に入った。

今年まで、アメリカは戦争状態にない国の海外資産を押収したことはなかった。しかし、4月24日、ジョー・バイデン大統領はウクライナのための経済的繁栄と機会の再建法(Rebuilding Economic Prosperity and OpportunityREPO)に署名し、まさにそれを実行し、ウクライナを支援するためにロシアの資産を押収する手段を確立した。

REPOの主張は、少なくともワシントンとそのパートナーのほとんどにとって、明白かつ説得力のあるものだった。ウクライナ再建の費用は日を追うごとに増大しており、世界経済フォーラムはその額を約4860億ドルと見積もっている。ロシア資産の再利用は政治的に洗練された解決策であり、アメリカやヨーロッパ連合の納税者に直接コストを課さないという利点がある。しかし、ほとんどの政策と同様、これにはトレードオフが関係しており、最近の5月のG7財務大臣会合でもかなりの議論の対象となった。

このポリシー変更は何をもたらす可能性があるだろうか? アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ストレインは、ロシア資産の差し押さえにより、いつ自国の資産が差し押さえられるか分からないと他国に不安を与える可能性があると批評家たちが主張していると述べた。そのリスクを考慮すると、彼らは西側経済から距離を置くための予防措置を講じ、米ドルやユーロを保有する意欲が減り、西側諸国への投資さえも行わなくなるだろう。ストレインは、REPOに関してはこれらのリスクは「正当だが、最終的には説得力がない(legitimate, but ultimately unpersuasive)」と考えているが、こうした措置を効果的にするために関与が必要となる同盟諸国と協力する場合も含め、無視すべきではない。

これらの会話は、実際の、あるいはそう認識されている経済的強制力の過剰使用が、米ドルに代わるものを見つけたいという、他国の欲求を増大させるだけである可能性を示している。制裁は、対象を絞った多国間で、特定の目的を達成するために設定された場合に最も効果的だ。慎重に使用すれば、それらはアメリカの経済的立場を強化するが、乱用すると国を弱体化させる。

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1944年のブレトンウッズ会議に出席する米財務長官ヘンリー・モーゲンソーと中華民国財務副部長の孔祥熙

米ドルの終焉は、何十年にもわたって過剰予測されてきた。しかし、米ドルが永遠に最高の地位に君臨すると考える人は、チャールズ・クラウトハマーから謙虚さの教訓を学ぶべきである。1990年1月、冷戦終結でアメリカが最高権力を誇っていたとき、彼は次のように書いた。「冷戦後の世界の最も顕著な特徴は、その一極性(unipolarity)である。間違いなく、やがて多極化(multipolarity)が訪れるだろう」。米ドルの一極性の瞬間は終わっていない。しかし、世界は変わる可能性がある。

第二次世界大戦後、米ドルが世界のコンセンサスとして浮上したとき、アメリカ経済は世界のGDPのほぼ半分を占めていた。それ以来、中国は世界第2位の経済大国になった。中国政府はアメリカ主導の秩序に挑戦している。各新興市場は発展し、より大きな自主性を求めている。新しい通貨とテクノロジーがオンラインに登場した。一方、ワシントンは、米ドルが与える特権を常に守っている訳ではない。不必要な関税は、世界経済におけるアメリカの役割と影響力を縮小させる可能性がある。財政の瀬戸際政策(fiscal brinksmanship)は、債務上限をめぐる度重なる対立やデフォルトの脅威と相まって、信頼を損なう。アメリカの国債発行高は35兆ドルに近づき、財政赤字は平時であっても記録的なペースで拡大している。

しかし、もしドルを批判する人々が本当に代替案を求めているのであれば、根本的に異なる政策の採用を余儀なくされるだろう。中国が現在経験している経済問題は、景気循環的なものというよりも構造的なものであるように見える。中国政府の閉鎖資本勘定は取引に利用できる人民元の額を制限しており、昨年、中国は対外直接投資で史上初の四半期赤字を報告した。中国の貿易相手国の多くは、米ドルからの脱却を望んでいるが、ゴールドマンサックス・リサーチは、自国の通貨が米ドルに固定されていることが多いため、中国でも蓄積できる人民元には制限があると指摘している。アメリカの同盟諸国に関して言えば、EUですら、代替手段としてのユーロの魅力を高める可能性のあるはずの、流動性が高い資本市場を創設するための措置を講じていない。

脱ドル化に向けた動きは依然としてわずかだが、意味があり、感動を与えるものである。米ドルがその地位を失うには、ワシントンで一連の政策が失敗し、米ドルを批判する者たちが権威主義的で国家主導の経済(authoritarian, state-led economies)だけでなく、世界的に魅力的な代替案を生み出す必要があるだろう。世界の金融システムは変化しており、確かなことは何もない。しかし、米ドルが負ける方に賭けるのはやはり誤りだろう。

※ジャレッド・コーエン:ゴールドマンサックス国際研究所国際問題部門責任者兼共同会長。ゴールドマンサックスのパートナー兼経営委員会委員を務めている。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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