古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になりました。よろしくお願いいたします。

イランとイスラエルの攻撃の応酬は、中東地域の状況を不安定化させている。何よりも核戦争の可能性を高めている。イスラエルは公式には認めていないが、核保有国であり、イランは核兵器開発を進めている。『世界覇権国交代劇の真相』の中で、佐藤優先生は、サウジアラビアは核保有国で、通常はパキスタンに預けてあると述べている。中東における核戦争の危険性は絵空事ではない。
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イランは、イスラエルとは、レバノンのヒズボラ、ガザ地区のハマス、イエメンのフーシ派といった非国家的な勢力を支援することで、「間接的に」対峙してきた。イランは、中東地域において、サウジアラビアとイスラエルと対立してきた。最近になって、中国の仲介によって、サウジアラビアとの国交正常化を行うことで、中東地域における主敵はイスラエルということになった。しかし、イランとイスラエルは国境を接していないので、攻撃は飛行機化ミサイルということに限られる。全面的な地上戦ということにはならないが、イランの国家安全保障戦略の柱はミサイルということになり、核弾頭開発ということになる。イランは核開発の必要性を高めているということが言える。

これもまた『世界覇権国交代劇の真相』の中で、佐藤先生が指摘しているように、イランもイスラエルも政府当局者のほとんど対立をエスカレートさせたくないのである。だから、お互いに激しい言葉で押収しても、攻撃はアリバイ的だったり、限定的だったりしてきた。そのような「制限」が外れてしまうことが何よりも怖いことだ。コントロールが効かない状況で対立がエスカレートするのは避けねばならない。
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 重要なことは、イランとイスラエルの対立は、中東地域を不安定化させ、世界にとってマイナスになっている。中東地域における重要なプレイヤーとして存在してきた、アメリカがこの対立の激化を止められない現状がある。イスラエルはアメリカにとって重要な同盟国(保護国)であるが、同時に、中東におけるアメリカの存在感や影響力にマイナスに働く存在になっている。アメリカがいつまでも世界覇権国であるということはできない。アメリカの国力が低下した場合には、イスラエルの存続にも関わる問題になりかねないという問題が起きる。イスラエルは国の進むべき方向性を再検討する時期に来ている。

(貼り付けはじめ)

イランの対イスラエル戦略は既に変化している(Iran’s Israel Strategy Has Already Changed

-たとえより広範な戦争が勃発していなかったとしても、この地域は二度と同じようにはならないだろう。

アラシュ・レイシネジャッド筆

2024年10月11日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/10/11/irans-israel-strategy-has-already-changed/?tpcc=recirc062921

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2005年11月26日、イランのテヘランで、ルーホラ・ホメイニ師によるイスラム共和国創立25周年を記念するイランのバスィージ民兵組織のパレード

イランは10月1日、2回目のミサイル攻撃でイスラエル本土を攻撃し、現在進行中の2つの地域大国(regional power)間の対立を著しくエスカレートさせた。イスラエルが7月にハマスの指導者イスマイル・ハニヤをテヘランで暗殺し、最近では、ベイルートでヒズボラの指導者ハッサン・ナスララとイスラム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard CorpsIRGC)のアッバス・ニルフォルーシャン将軍を殺害した後、イランは宿敵に対してあからさまで、実質的かつ直接的な攻撃を開始した。イランとイスラエルの対立は、今や中東全体を全面的な地域戦争(regional war)の瀬戸際に追いやる危険をはらんでいる。

そのような地域戦争が起こるかどうかにかかわらず、イランとイスラエルによる攻撃の応酬は既に、この特定の対立をはるかに超えて続く、新たな地域の力の方程式(power equation)をもたらした。イランとイスラエルの対立がもたらす7つの遠大な戦略的帰結が明らかになった。

第一に、イランの国家安全保障と軍事戦略の基盤は、地域における非国家軍事同盟への依存(reliance on nonstate military allies in the region)から、新たな形態の抑止(new form of deterrence)へと徐々に移行しつつある。この重大な変革は、イラン軍事組織の主要人物の交代に見られる。地域におけるイランの国外の軍事作戦の責任者で革命防衛隊コッズ部隊の司令官が、元司令官カセム・ソレイマニ将軍からイスラム角栄防衛隊の航空宇宙軍の司令官アミール・アリ・ハジザデ将軍に交代した。これはハマスやヒズボラを含む非国家同盟勢力による間接的衝突(indirect conflict)を優先したイランのグレーゾーン戦略が、今や補完的なアプローチ(complementary approach)になりつつあることを示唆している。

第二に、イランは「戦略的忍耐(strategic patience)」の姿勢も放棄した。イラクとの8年にわたる血なまぐさい戦争が終結して以来、イランの軍事指導者たちは、相当な苦痛を吸収しつつ、好きなタイミングで報復することを基本とする秘密戦略(covert strategy)を採用してきた。それにもかかわらず、数十年にわたるイスラエルによるイラン国内での継続的な破壊工作により、イランの「戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)」は、報復行動をとらないことで知られる消極的な戦略的忍耐へと格下げされた。イランは国内政治において大胆な決断を下すことに消極的であるように見えるが、現在、2度目の戦略的忍耐を放棄している。有力な支持者や国内の広範な世論からの強い圧力を受け、報復に失敗すれば戦略的転換点になると判断したのである。

第三に、イランは現在、抑止力に関する公的に識別可能な政策を確立している。イスラム革命防衛隊の強力な報復は、イスラエルに損害を与える攻撃を行うイランの意志と能力を示すものだった。ほとんどのイランのミサイルと無人機が阻止された4月の最初の攻撃とは対照的に、2回目のミサイル攻撃はイスラエルの高度防衛システム(Israeli advanced defense systems)を貫通し、より成功したことが証明された。イスラエルは世界で最も厳重に防衛された空域の1つであり、最も洗練された対ミサイル技術を備えているにもかかわらず、イランのミサイル数発がイスラエルの重要な飛行場を攻撃することに成功した。このことは、イランの国家安全保障戦略におけるミサイル戦力の中心性を浮き彫りにし、イランのミサイル戦力が今後も西側諸国との協議において譲れないものである可能性を強めるものである。その中には、スホーイSu-35戦闘機の配備、ロシア製対ミサイル防衛システムの購入、モスクワとの軍事協力の拡大などが含まれる。

第四に、イスラエルに対するイランの新たなレッドラインも明確になった。テルアビブは15年近く、シリアのイラン軍基地を破壊的に攻撃し、イランの上級将官を直接標的にしてきた。しかし、4月上旬にイスラエルがダマスカスのイラン領事館を攻撃したことで、重大な閾値(critical threshold)を超えた。これは、イランのイスラエルに対する伝統的なレッドラインの崩壊を意味した。テヘランでのハマス指導者暗殺やベイルートでのヒズボラ暗殺など、イスラエルの継続的な行動に対し、イランの報復は抑止力の再確立を狙ったものだった。イランは自国領土からイスラエル領土を攻撃し、核保有国を標的にするという、2つの重大なレッドラインを越えたのである。興味深いことに、イランはその10カ月も前に、同じく核保有国であるパキスタンの領土を攻撃している。イスラエルの空爆からレヴァント地方(地中海東部沿岸地域)の軍事基地を完全に守ることはできなくても、自国の領土の神聖さは政府と社会の双方にとって基本的なレッドラインである。イランとイスラエルの対立を封じ込めるレッドラインがしっかりと確立されていない以上、特に今年の米大統領選を前に、双方は一触即発の攻撃を続けることで境界線を引き直そうとするだろう。

第五に、アラブ諸国の一般国民に対するイランの影響力が明らかに高まっている。テヘランによるシリアのバシャール・アサド政権への揺るぎない支持によって失墜したイスラム世界におけるイランの人気を、今回の攻撃によってソフトパワーが獲得されたことで、回復できる可能性がある。ガザ地区でのハマスとの戦争以来、パレスティナ人やアラブ社会におけるイランの支持率は著しく上昇している。最近のイラン大統領選挙でのマスード・ペゼシュキアンの勝利は、モハンマド・ジャヴァド・ザリフ戦略問題担当副大統領とアッバース・アラグチ外相が率いる地域協力の強い声と相まって、テヘランとペルシャ湾のアラブ諸国との間の緊張緩和に役立つかもしれない。しかし、イランにはまだ強力な地域主導権がなく、このチャンスを十分に生かし、この影響力を地域の勢力図に具体的な変化をもたらすには、難題に直面する可能性がある。

第六に、イスラエルによるイランへの報復作戦は、テヘランの核政策を大きく変える可能性がある。イランでは、強硬派を中心に、完全な抑止力を回復する戦略的手段として核保有を主張する声が強い。こうした推進派は、イスラエルの侵略を抑止するためのイランの最も効果的な手段は、核兵器を完全に開発するという戦略的決断にあると主張する。この主張の背景には、イスラエルがイランの核インフラを報復攻撃する可能性があることから、その勢いが増す可能性がある。その結果、イスラエルによる軍事攻撃は、テヘランの核保有追求をより加速させることになるかもしれない。イランの完全武装解除に執着する西側諸国は、イスラエルにレヴァント地方やイラン領内のイランの非国家的同盟勢力に圧力をかける白紙委任状を与えることと相まって、「核武装したイラン」という思わぬ結果を招きかねない。

第七に、この紛争は、技術力と地政学的力の間の衝突を浮き彫りにしている。イランが地政学的に大きな利点を得ているのに対し、イスラエルのアキレス腱は、ヨルダン川と地中海に挟まれた小さな領土に限定された地政学的脆弱性(geopolitical vulnerability)にある。この地政学的な違いが、イランが非国家的同盟勢力のネットワークに支えられたグレーゾーン作戦を好むのに対し、イスラエルが技術的優位に根ざした先制攻撃戦略に依存するように、両国の戦略を形成してきた。テクノロジーは軍事革命においてますます重要な役割を果たすようになっているが、地政学的な要因は、地域的な競争の軌跡を形成する上で引き続き不可欠である。テクノロジーは、地政学的な現実の重みを減じるが、それを完全に消し去ることはできない。

その意味で、激化するイラン・イスラエル紛争は、アメリカの外交政策における「中東の終焉(end of the Middle East)」という単純化された物語に挑戦するものだ。より広範な文脈では、インド太平洋地域とユーロ大西洋地域におけるワシントンの大競争の運命は、テヘランがモスクワや北京との結びつきを強めているペルシャ湾・レヴァント地方軸の下にますます投じられるようになっている。このダイナミックな動きは、中東の地政学を再び動かしている。イランとイスラエルの対立は、その初期の表れの1つであるが、最終章にはほど遠い。

※アラシュ・レイシネジャッド:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス中東研究センター非常勤研究員。

(貼り付け終わり)

(終わり)