古村治彦です。
ドナルド・トランプ大統領は、カナダやメキシコに強く当たり、グリーンランドやパナマ運河の領有を主張している。これをいつものトランプの激しい言葉遣いとして片づけてはいけない。彼の発言の裏には非常に重要な考えが存在するのだ。それは「モンロー主義」である。モンロー主義という言葉は日本人であれば、中学校や高校の歴史の授業で習った言葉である。第5代米大統領ジェイムズ・モンロー(James Monroe、1758-1831年、73歳で没 在任:1817-1825年)が公式に宣言した、アメリカの外交政策上の指針である。一般的には、アメリカが世界から孤立する、ヨーロッパに関わらないという考えだと思われているが、これは正確ではない。モンロー主義は、アメリカが西半球(南北アメリカ大陸)を支配する、ヨーロッパには手を出させない、その代わりにアメリカはヨーロッパに手を出さないという考えだ。この時期、南米諸国がスペインの植民地から独立をしていた時期で、各国にイギリスが支援をしていた。それは、独立後に南米諸国をイギリスの勢力圏に入れて、イギリス製品の市場にしようという魂胆があったからだ。それを阻止したいということでモンロー主義、モンロー宣言が出された。
第二次世界大戦後のアメリカは、冷戦期、ポスト冷戦期を通じて、世界の極として世界支配を続けてきた。しかし、トランプ大統領はそうした介入主義的な外交政策ではなく、モンロー主義に戻ろうとしている。アメリカは世界支配から退き、西半球に立て籠もるという考えである。そして、21世紀のモンロー主義の対象は中国とロシアということになる。中露両国の南米諸国への影響を排除したいとして動いている。しかし、南米諸国もトランプの意向に唯々諾々と従う訳ではない。中露、アメリカとの両天秤をかけて、自分たちの利益を生み出そうとしている。
3月25日の最新刊ではトランプの外交政策について詳しく分析している。下記論稿を使ってはいないが、非常に参考になる論稿である。
(貼り付けはじめ)
トランプは自分自身のモンロー主義を持っている(Trump Has His Own
Monroe Doctrine)
-大統領として、対象地域に対する彼の攻撃的な姿勢は、多くの国々を中国に好意的にさせた。
オリヴァー・ステンケル筆
2024年10月17日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/10/17/trump-election-latin-america-monroe-doctrine-china-huawei-venezuela-far-right/
2024年11月のアメリカ大統領選を前に、ラテンアメリカの右派指導者数人が共和党候補であるドナルド・トランプ前大統領への支持を公然と表明している。その中には、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領、エルサルヴァドールのナイブ・ブケレ大統領、ブラジルのジャイル・ボルソナーロ前大統領、そして彼らの同盟者や支持者も含まれている。「トランプの当選で、私たちは大きな転換を見ることができる。そして、神の思し召し(God Willing)によりそうなるだろう」と、ボルソナーロ前大統領の息子でブラジル連邦下院議員のエドゥアルド・ボルソナロは、7月に開催されたブラジルの保守政治行動会議で語った。
ラテンアメリカ中のトランプ支持者は、前大統領のさまざまな文化戦争十字軍(culture
war crusades)や経済政策に共感している。また、トランプがホワイトハウスに戻ることで、アメリカの海外介入(U.S. interventions abroad)を終了させ、より平和な世界が実現するとの意見も多い。2022年、ジャイル・ボルソナーロは、「(トランプが)まだ政権に就いていれば、ウクライナでの戦争は起こらなかったと考える人もいる。私はそれに同意する」と述べた。
政治家でボルソナーロの盟友であるビア・キシスは最近、『ニューヨーク・タイムズ』紙に、「トランプが候補者だったころ、第三次戦争の可能性が取り沙汰された。しかし、トランプが大統領を辞めるまでは戦争は起こらなかった。そして、現在は戦争が世界全体に影響を与えている(Back when Trump was a candidate, there was talk of a possible third
war. But there was no war—until Trump left office, and now war is affecting the
whole world)。」と書いている。アルゼンチンの作家でミレイ支持者のアグスティン・ラジェは、トランプの復帰は 「平和を保証するために(to guarantee peace)」不可欠だと語った。
しかし、少なくともラテンアメリカの場合、トランプがホワイトハウスに戻れば、1期目の時のようにアメリカの外交政策がはるかに介入的になるという強い証拠がある。当時、トランプはキューバやヴェネズエラのような国に対して「最大限の圧力(maximum pressure)」戦術を採用し、ブラジルのような国には中国のハイテク大手ファーウェイを禁止するよう無駄に圧力をかけた。
トランプが第2期の大統領になれば、ラテンアメリカ諸国がアメリカと中国の間で勃発しつつある競争において、どちら側を選ぶかについて、より明確なアメリカの圧力が復活する可能性が高い。そうなれば、多くの国々が中国に懐柔されたトランプ大統領の1期目と同様、この地域に大きな摩擦が生じる可能性がある。トランプ大統領のラテンアメリカに対するアプローチが攻撃的になればなるほど、各国政府は北京との関係を緊密化させることでワシントンとバランスを取ろうとするだろう。
最近のアメリカの歴代政権のほとんどは、1823年にラテンアメリカにおけるヨーロッパ勢力の干渉に対するワシントンの同地域の支配権(authority)を主張したモンロー主義(Monroe Doctrine)から明確に距離を置いてきた。モンロー主義は、西半球(Western Hemisphere)におけるアメリカの軍事的または外交的介入の口実としてしばしば使用され、特に20世紀には主にアメリカ帝国主義(U.S. imperialism)の一形態とみなされていた。 2013年、当時の米国務長官ジョン・ケリーは「モンロー主義の時代は終わった(“The era of the Monroe Doctrine is over)」と発表した。
しかしながら、トランプと支持者たちは、モンロー・ドクトリンを明確に擁護している。2018年の国連総会でトランプは、「この半球と自国の問題に対する外国の干渉を拒否することは、モンロー大統領以来の私たちの国の正式な政策である」と主張した。今回の警告はヨーロッパ諸国ではなく、ロシアと中国に向けられたもので、中露両国は過去10年間にほとんどの南米諸国の主要貿易相手国となった。
おそらくトランプの世界観の最も極端な要素は、トランプの国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトンによって明らかにされた。彼は2020年の著書『ジョン・ボルトン回顧録
トランプ大統領との453日(The Room Where it Happened:A White House Memoir)』の中で、トランプはヴェネズエラに軍事的オプションを求め、そして、『本当にアメリカの一部だから(it’s really part of the United States)』という理由でヴェネズエラを維持すると主張した」と書いている。2019年4月、ボルトンは「今日、私たちは誇りをもって全ての人に宣言する。モンロー・ドクトリンは健在である(Today, we proudly proclaim for all to hear: The Monroe Doctrine is
alive and well)」と述べた。
このことは、世界全体におけるトランプのアイソレイショニズム的な外交政策が、西半球を支配したいという強い衝動につながることを示唆している。ジョンズ・ホプキンス大学のハル・ブランズ教授が『フォーリン・アフェアーズ』誌で論じたように、「『アメリカ・ファースト』はモンロー主義の再活性化(reenergized)を特徴とする。旧世界の前哨基地(Old World
outposts)からのアメリカの撤退は、新世界におけるアメリカの影響力を守り、ライヴァルがそこに足場を築くのを防ぐための、おそらくより強硬な取り組みの強化を予感させる。
振り返ってみると、トランプ大統領のラテンアメリカ戦略は目標を達成することができなかった。破壊的な制裁(crippling sanctions)と威嚇的なレトリック(menacing
rhetoric)にもかかわらず、ボルトンが「暴政のトロイカ(Troika of Tyranny)」と名付けたニカラグア、ヴェネズエラ、キューバの政権は維持されている。トランプがラテンアメリカ諸国政府にファーウェイを禁止したり、中国との関係を格下げしたりするよう説得した努力も、具体的な成果は得られなかった。ボルソナーロ政権時代でさえ、ブラジルの対中貿易は拡大する一方だった。
特にファーウェイに対するトランプ政権の戦略は、ラテンアメリカの政策立案者たちを当惑させた。アメリカは、ファーウェイが中国のスパイ活動のためのトロイの木馬(Trojan horse)として利用される可能性があるとして、ラテンアメリカ諸国に対し、5Gネットワークのコンポーネント・プロヴァイダーとしてファーウェイを排除するよう圧力をかけた。当時、トランプ政権はヨーロッパやラテンアメリカの政府に対し、ファーウェイを利用しないよう脅し、そうすればワシントンがアメリカの情報共有を停止する恐れがあると警告した。
しかし、ワシントンはラテンアメリカの政治的現実を無視し、政治的・経済的エリートの間には北京と対決する意欲がほとんどなかった。更に悪いことに、アメリカは中国の5G技術に代わる真の選択肢を提示しなかった。ファーウェイの競争相手、エリクソン、ノキア、サムスンなどは、より高価であり、ワシントンはその差額を支払うという提案を行わなかった。
ファーウェイがもたらす危険性についてのトランプ大統領の警告も、ほとんど効果を持たなかった。ほとんどのラテンアメリカの国民にとって、中国にスパイされることと、アメリカにスパイされることの間には、ほとんど違いがない。アメリカは、例えば、ブラジルのディルマ・ルセフ前大統領をNSAの監視下に置いたことについて謝罪を拒否しており、その他にも、この地域におけるアメリカの介入主義や秘密活動(covert activities)の多くの事例がある。
トランプ大統領のこの地域に対する強硬なアプローチ(muscular approach)は、北京の利益に大きく貢献した。ラテンアメリカ諸国政府は、トランプ大統領の姿勢とバランスを取るために中国との関係を強化した。北京はラテンアメリカ諸国政府との交流において主権を尊重することを強調しているが、これはグローバルサウス(global south)全域の政府にとっていかに魅力的に聞こえるかを意識してのことである。
トランプ大統領は最終的にヴェネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を打倒するための軍事介入を断念したが、彼の攻撃的なレトリックは地域を緊張させた。アメリカが侵攻するという漠然とした不安でさえ、ヴェネズエラが主権に対する深刻な脅威に直面しているというマドゥロ大統領のシナリオをより強固にする旗を掲げた集会のような効果をもたらした。また、国の経済的苦境をすべてアメリカの制裁のせいにする機会にもなった。その結果、いくつかの地域の指導者たちは、躊躇しながらマドゥロ側についた。
トランプの大統領就任一期目の中南米に対する敵対的なアプローチは失敗したが、ホワイトハウスに戻ったら同じ戦略を繰り返す可能性が高いと、ブエノスアイレスのトルクアト・ディ・テラ大学教授フアン・ガブリエル・トカトリアンは『アメリカズ・クォータリー』誌で、「共和党の上院議員と下院議員は、モンロー主義の有効性を再確認する決議を提出した」と警告を発している。共和党の多くの有力な発言者も、この地域に対して定期的に脅迫的な言葉を使っている。
昨年、トランプはアメリカがパナマ運河の支配権を失ったことを嘆いた。トランプ、副大統領候補のJ・D・ヴァンス、テキサス州選出の連邦上院議員テッド・クルーズ、フロリダ州知事のロン・デサンティス、元国連大使のニッキー・ヘイリーらは皆、麻薬カルテルと戦うためにメキシコを空爆すると脅している。アメリカの国際法違反(U.S. violations of international law)を助長するこのようなレトリックは、反米の主張にとって好都合であり、中国がこの地域でより魅力的なパートナーとして自国を位置づけることを容易にするだろう。
トランプ大統領は、ドル回避(circumvent the dollar)に向けた取り組みを行っている国の製品に高関税を課す可能性がある。これはおそらく、BRICSグループ内の国々との貿易の一部に現地通貨を使用しているブラジルにも当てはまるだろう。メキシコはトランプ大統領の復帰で最も影響を受ける国の1つとなる可能性が高く、メキシコで生産された製品に高額の関税を課し、移民を減らし、アメリカの貿易赤字を削減すると公約している。
しかしながら、トランプ大統領は、ラテンアメリカに対する最も極端な提案の一部を撤回する可能性がある。もしトランプが1000万人以上の不法移民(その大部分はラテンアメリカ出身者)の大量国外追放(mass deportations)を実施するという公約を実行すれば、送金は減少し、帰国した労働者によって労働市場は不安定化する可能性がある。その結果生じる労働者不足はアメリカ経済に悪影響を及ぼし、インフレを上昇させる可能性があり、トランプ大統領が脅しを完全に実行する可能性は低い。
トランプ大統領の最初の任期中、ブラジリアからブエノスアイレスまでの指導者たちは、ワシントンに同調し、中国から離れさせようとするアメリカの圧力にほぼ耐えることができた。この地域全体では、大国間の多角的な連携は、今後数年間は可能であり、中国との関係縮小を求めるアメリカの圧力にはわずかなコストで抵抗できるというコンセンサスが存在し続けている。
トランプはしばしば取引重視的な外交政策観(transactional
foreign-policy view)を持っていると評されるが、これはほとんどのラテンアメリカ政府にも当てはまる。ブラジルはその典型だ。ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領は、ウクライナ戦争に対するロシアへの明確な非難を控えるという決定を下したが、それは西側の偽善(hypocrisy)を非難する道徳的な言葉で表現されている。例えば、ブラジルはウクライナ戦争に反対することで、ロシアのディーゼル燃料や肥料を安く購入し、数百万ドルを節約することができた。モスクワとの関係を守ることは、ブラジルの戦略的余裕を維持し、アメリカを牽制ために極めて重要だと考えられている。
同じ理由で、ラテンアメリカ諸国は、ファーウェイ論争に象徴されるような、中国のような独裁国家に技術的に依存することのリスクについてのアメリカのレトリックをほとんど気にしていない。そうすることで測定可能な経済的利益が生まれるのであれば、各国政府は確かにファーウェイを5Gネットワークから排除することを検討するだろう。しかし、アメリカが具体的なインセンティヴや資金を提供しなければ、その可能性は低いと考えられる。
新たなモンロー主義を通じてラテンアメリカにおける中国の役割を縮小しようとするトランプの試みは、おそらく再び反撃を受けることになるだろう。外交問題に対するトランプの不安定なアプローチに、ラテンアメリカの指導者たちは不安定さを感じ、他の大国との結びつきを強めるためにアメリカとの関係をヘッジ(両賭け)しなければならないと考えている。
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

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