古村治彦です。

 今回は、私の最新刊でも取り上げた論稿をご紹介する。短い論稿なので抵抗は少なく読めると思う。論稿の著者グレアム・アリソンはハーヴァード大学教授で、「トゥキュディデスの罠(Thucydides’s trap)」という言葉を世の中に広めた人物だ。国際関係論分野では常陽な学者である。トゥキュディデスの罠とは、「古代アテネの歴史家トゥキュディデスにちなむ言葉で、従来の覇権国家と台頭する新興国家が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象」のことだ。古代ギリシアのペロポネソス戦争は、ギリシア世界を軍事力で制覇し、覇権国家だったスパルタと、海洋貿易で経済力を高めた新興大国アテネとの戦いだ。これを現代に敷衍すると米中両国のことになる。以下に、論稿の内容を要約する。
grahamtallison201
グレアム・アリソン

中国が南シナ海や東シナ海において攻撃的な姿勢を強めていることは、単なる現象ではなく、今後の国際情勢における重要な兆候だ。アメリカの「パックス・パシフィカ」の下で、アジア諸国は急速な経済成長を遂げてきたが、中国が世界最大の経済大国として台頭する中で、既存のルールの見直しを求めるのは自然な流れだ。

今後の世界秩序において重要な課題は、中国とアメリカが「トゥキュディデスの罠」を回避できるかどうかである。歴史的に見ても、新興勢力の台頭は既存の大国との対立を引き起こし、戦争に至るケースが多かった。特に、アテネとスパルタの例が示すように、台頭と恐怖が競争を生み出し、最終的には紛争に発展することがある。

中国の急速な台頭は、アメリカにとって脅威であるが、国際関係においてより多くの発言権を求めることは自然なことである。アメリカ自身も過去に同様の行動をとっており、その歴史を振り返る必要がある。アメリカは、他国に対して自国の価値観を押し付けるのではなく、相手の立場を理解し、対話を重視する姿勢が求められる。

中国とアメリカの指導者たちは、歴史の教訓を踏まえ、対立を避けるために率直な対話を行い、互いの譲れない要求に応じるための調整を始める必要がある。これにより、将来的な大惨事を回避するための道筋を見出すことができるだろう。

 米中両大国が直接武力衝突を起こす可能性は今のところ低い。それでも、経済面だけではなく、最先端のテクノロジー開発の面で、激しいつばぜり合いを展開している。それは、この面での勝者が軍事面でも有利になるからだ。しかし、こうした競争は良いとしても、それが武力衝突まで進まないようにすることが重要だ。そのためには、米中両国の指導者たちの対話と交渉が必要だ。取引を重視するドナルド・トランプ政権はその点で、ジョー・バイデン前政権よりもずっと期待が持てる。

(貼り付けはじめ)

太平洋でトゥキュディデスの罠が発動した(Thucydides’s trap has been sprung in the Pacific

-中国とアメリカは現代のアテネとスパルタだとグレアム・アリソンは言う

グレアム・アリソン

2012年8月22日

『フィナンシャル・タイムズ』紙

https://www.ft.com/content/5d695b5a-ead3-11e1-984b-00144feab49a

中国が南シナ海や東シナ海の尖閣諸島に対して攻撃的な姿勢を強めていることは、それ自体が重要なのではなく、来るべき事態の兆候として重要なのだ。第二次世界大戦後の60年間、アメリカの「太平洋の平和(Pax Pacifica、パックス・パシフィカ)」は安全保障と経済の枠組み(security and economic framework)を提供し、その中でアジア諸国は歴史上最も急速な経済成長を遂げてきた。しかし、今後10年でアメリカを抜いて世界最大の経済大国になる大国として台頭してきた中国が、他国が築いたルールの見直しを要求するのは当然のことである。

今後数十年の世界秩序に関する決定的な問題は、「中国とアメリカがトゥキュディデスの罠(Thucydides’s trap)から逃れられるか?」どうかだ。歴史家の比喩は、台頭する大国が支配的な大国に対抗するときに米中両陣営が直面する危険を思い起こさせる。紀元前5世紀のアテネや19世紀末のドイツがそうだったように。こうした挑戦のほとんどは戦争で終わった。平和的なケースでは、関係する米中両国の政府と社会の姿勢と行動に大きな調整が必要だった。

古代アテネは文明の中心だった。哲学、歴史、演劇、建築、民主政治体制-全てがそれまでの想像を超えていた。この劇的な台頭は、ペロポネソス半島の既存のランドパウア(land power)であったスパルタに衝撃を与えた。スパルタの指導者たちは恐怖に促され、対応せざるを得なくなった。脅威と反脅威(threat and counter-threat)が競争(competition)を生み、対立(confrontation)を生み、ついには紛争(conflict)に発展した。30年にわたる戦争の末、両国は滅亡した。

トゥキディデスはこの出来事を次のように書いている。「戦争が避けられなくなったのは、アテネの台頭(rise of Athens)と、それがスパルタに与えた恐怖(fear that this inspired in Sparta)のせいである」。台頭と恐怖(rise and fear)という2つの重要な変数に注目してほしい。

新しい勢力が急速に台頭することは、現状を混乱させる。21世紀において、ハーヴァード大学の「アメリカの国益に関する委員会(Commission on American National Interests)」が中国について述べたように、「このような割合の歌姫が、影響なしに舞台に上がることはありえない」のだ。

国家がこれほど急速に、あらゆる面で国際ランキングを駆け上ったことはかつてなかった。一世代の間に、国内総生産がスペインより小さかった国が、世界第2位の経済大国になったのだ。

歴史的な根拠に基づいて賭けをするのであれば、トゥキディデスの罠に関する質問の答えは明白に見えてくる。1500年以降、支配勢力に対抗する新興勢力が台頭した15件のうち11件で、戦争が起きている。ヨーロッパ最大の経済大国としてイギリスを追い抜いた統一後のドイツについて考えてみよう。1914年と1939年、ドイツの侵略とイギリスの対応が世界大戦を引き起こした。

中国の台頭はアメリカにとって不愉快なものだが、強大化する中国が国家間の関係においてより多くの発言権とより大きな影響力を要求することは何も不自然なことではない。アメリカ人、特に中国人に「もっと私たちのようになれ(more like us)」と説教する人たちは、自分たちの歴史を振り返るべきだ。

1890年頃、アメリカが西半球(western hemisphere)で支配的な勢力として台頭したとき、アメリカはどのように行動したか? 後の大統領セオドア・ルーズヴェルトは、次の100年はアメリカの世紀になると絶対的に自信のある(supremely confident)国家の典型だった。第一次世界大戦前の数年間、アメリカはキューバを解放し、イギリスとドイツに戦争で脅してヴェネズエラとカナダでの紛争に関するアメリカの立場を受け入れさせ、コロンビアを分裂させてパナマという新しい国を作った反乱を支援し(パナマ運河建設の譲歩を直ちにアメリカに与えた)、イギリスの支援とロンドンの銀行家たちの資金提供を受けたメキシコ政府を打倒しようとした。その後の半世紀で、アメリカ軍は「私たちの半球(our hemisphere)」に30回以上介入し、アメリカ人に有利な条件で経済紛争や領土紛争を解決したり、受け入れられないと判断したりした指導者たちを追い出したりした。

強力な構造的要因を認識することは、指導者たちが歴史の鉄則の囚人(prisoners of the iron laws of history)であると主張することではない。むしろ、課題の大きさを理解するのに役立つ。中国とアメリカの指導者たちが古代ギリシャや20世紀初頭のヨーロッパの先人たちよりも優れた行動をとらなければ、21世紀の歴史家たちはその後に起こる大惨事(catastrophe)を説明するためにトゥキュディデスを引用するだろう。戦争が米中両国にとって壊滅的である(devastating)という事実は重要だが、決定的ではない。全ての戦闘員たちが最も大切なものを失った第一次世界大戦を思い出して欲しい。

このような結果のリスクを考慮すると、中国とアメリカ両国の指導者たちは、起こりうる対立や火種(flash points)についてもっと率直に話し合う必要がある。さらに困難で苦痛なことに、米中両国は、相手の譲れない要求に応えるために大幅な調整を始めなければならない。

※筆者はハーヴァード大学ベルファー科学・国際問題センター所長。

(貼り付け終わり)

(終わり)

sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める