古村治彦です。
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ドナルド・トランプ新政権はアメリカの内外で大きな不協和音を起こしている。トランプ政権の打ち出す政策に不安や不満を抱いている人はアメリカ国内、海外に多くいる。これまでにないスピート間で次々と予想を超える政策を打ち出していて、人々が振り回されているということはある。
「トランプが世界を脅迫している」という考えも出てきている。高い関税を課して、経済にダメージを与えようとしているという考えだ。これについては、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」から考えると、国内問題解決を優先しようとしているために、外国のことまで構っていられないということはある。
しかし、トランプ関税を見ていると、追加関税の課税延期や中国のスマートフォンや周辺機器について例外とするといった措置が取られている。アメリカ国債の金利が上昇したことで、それに不安を覚えたトランプ政権がこのような措置を取ったと考えられている。アメリカは万能ではない。そして、アメリカの問題を解決しようとして、1つの方策を取れば、新たな問題が起きるということで、いたちごっこの状態になっている。アメリカの抱える様々な問題に対する簡潔な処方箋ということはない。はっきり言ってしまえば、アメリカが世界覇権国の地位から退く際に、どれだけ被害を少なくするかという程度のことしかできない。
トランプ政権はアメリカの抱える貿易赤字を何とかしたいと考えており、そのために、高関税を課すのだが、これはアメリカ国民に対しても、相当な負担を強いることになる。それでも、「アメリカを、アメリカ国民を汗水流して働く製造業の国にする」ということであれば、こうするしかないということで実行される。しかし、アメリカ国内の生産能力が、トランプの掲げる理想にどれだけ近づけるか甚だ疑問である。
アメリカが万能の神のように最大の力を持って、世界を従わせることができる時代は終わった。中国をはじめとする新興諸大国が一致協力して対処すれば、アメリカに対抗することができるようになっている。日本は、この大きな世界構造の大転換をまずしっかりと把握し、アメリカの脅しに負けずに、「正しく」恐れながら、交渉して国益を追求することができる。そのことを私たちはまず知るべきだ。
(貼り付けはじめ)
トランプは全世界を脅迫することはできない(Trump Can’t Bully the
Entire World)
-声高に脅迫するだけでは外交政策とは言えない。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2024年12月30日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/12/30/trump-bully-world-america-foreign-policy/
本や映画では、いじめっ子の運命は容易に予測できる。しばらくは主人公を苦しめるだろうが、やがて誰かが立ち上がり、弱点を暴き、報復する。読者であるあなたも何度も目にしてきただろう。ハリー・ポッターはドラコ・マルフォイを屈辱させ、ヴォルデモートを倒す。マーティ・マクフライはビフを一度ならず三度も打ち負かす。シンデレラはハンサムでチャーミングな王子を手に入れ、意地悪な義理の妹たちは何も得られない。トム・ブラウンはフラッシュマンに勝利し、エリザベス・ベネットはキャサリン・ド・バーグ夫人に逆らい、ダーシーの愛を勝ち取る。このおなじみの筋書きは、善が最終的に悪に打ち勝つという、心強い教訓を与えてくれる。
問題は、残念ながら、現実は本やハリウッド映画の世界ではないということだ。実際、2024年はいじめっ子にとってまさに絶好の年だった。ロシアのウラジーミル・プーティン大統領は、恐ろしい代償を払っているとはいえ、ウクライナで勝利を収めている。ハンガリーのヴィクトル・オルバーン首相率いる非自由主義的なポピュリズムは、ヨーロッパで勢いを増している。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、2023年10月に自国をハマスの攻撃にさらし、何万人もの罪のないパレスティナ人の命を奪った大量虐殺キャンペーンを主導し、国際刑事裁判所(International Criminal Court)から逮捕状が出ているにもかかわらず、依然としてイスラエルの実権を握っている。そして、アメリカの次期大統領ドナルド・トランプは、(今のところは)世界一の富豪、イーロン・マスクを傍らに、ホワイトハウスに復帰する。
トランプ、マスク、そして彼らの部下たちは、全世界を脅迫できる(they can
bully the entire world)と確信しているようだ。就任宣誓もしていないのに、要求を受け入れなければ関税やその他の制裁措置をちらつかせている。批判する新聞社を訴え、従わない企業幹部を処罰するとも警告している。トランプが指名したFBI長官と共和党所属の連邦議員の一部は、彼の政敵を攻撃することに躍起になっているようだ。このやり方は、単なる取引主義(quid-pro-quo transactionalism)の域をはるかに超えている。トランプが自分たちに危害を加えるかもしれないという恐怖を煽り、脅迫し、先手を打って譲歩を強要しようとする露骨な試みだ。
トランプがこのやり方が通用すると考えているのも無理はない。私がかつて所属していた共和党は、ゼリー一杯分の骨を持つ、節操のない日和見主義者の哀れな集団であることが露呈した。裕福な企業のリーダーたちはトランプ大統領の機嫌取り(to curry favor)に躍起になり、ABCや『ロサンゼルス・タイムズ』紙といったかつて名声を博した報道機関は白旗を揚げ、風に指を突っ込んだ骨のない評論家たちは共犯へと転じている。大学やその他の独立した思考の源泉も、身を潜め、帆を絞り始めるだろうと私は予想している。
彼らの後ろには、世界の星々も並んでいるようだ。ヨーロッパは経済的に停滞し、政治的にも分裂している。カナダのトルドー政権は生命維持装置に頼っている。ロシアは過剰拡大(overstretched)状態になっている。中国経済はデフレに陥り、圧力に対してより脆弱になっている。中東の抵抗枢軸(the Axis of Resistance in the Middle East)は混乱しており、シリアのアサド大統領の追放は、アメリカとイスラエルの優位性に挑戦する取り組みに対する最新の打撃に過ぎない。驚くことではないが、次期米政権は、今こそトランプ大統領の要求に応じないあらゆる者に対し、アメリカが最大限の圧力をかける時だと考えている。そして、一見すると、このアプローチは効果を上げているように見える。カナダのジャスティン・トルドー首相はすでにマール・アー・ラーゴへの旅を済ませ、NATO加盟諸国は現在、国防費のGDP比3%目標について話し合っている。イランの大統領は、外部世界との緊張緩和を望んでいると繰り返し述べている。アメリカ、そして暗にトランプ大統領も、勢いに乗っているようだ。
アメリカは今、トランプやマスクの気まぐれで世界政治を再構築しようとしているのだろうか? かつてアメリカを窮地に陥れた、ナイーヴなリベラルな理想主義(the naive liberal idealism)を捨て、一極体制(the
unipolar moment)への回帰を目の当たりにしているのだろうか? トランプは本当に世界全体を脅迫できるだろうか?
私はそのことに疑いを持っている。
私が懐疑的な理由の1つは、この映画を以前に見たことがあるからだ。1990年代当時、アメリカの政治家や評論家たちは、歴史はアメリカが有利に進み、次々と国々がアメリカの圧倒的な力と自由民主政体資本主義(liberal democratic capitalism)の抗しがたい魅力に屈するだろうと考えていた。抵抗するのは、指導者たちがその指示を受け取っていない少数の「ならず者国家(rogue states)」だけで、彼らは抑制され、最終的には従わざるを得なくなるだろう。それがうまくいかなければ、政権交代という選択肢は常にあった。しかし、楽観主義者の予測通りには物事は進まなかった。それがそもそもトランプのような人物が誕生した理由の1つである。
第二に、抑制されない権力は他者を不安にさせ、あからさまな威圧は人々を怒りと恨み(angry
and resentful)に駆り立てる。典型的な反応は、アメリカの圧力に対抗しようとすることだ。それは、ロシア、中国、イランが行ったように公然と、あるいは前回の一極体制下でアメリカの同盟諸国が行ったように「ソフト・バランシング(soft balancing)」によって行われる。繰り返し屈服する指導者たちは、国内から抵抗圧力(domestic pressures to resist)に直面することになるだろう。特に、トランプ大統領の要求に応じることが自国の国民に大きな負担を強いる場合は猶更だ。
この問題は、トランプの政治に対する純粋に取引的なアプローチ(Trump’s
purely transactional approach to politics)によって更に悪化している。アメリカはこれまで、その優位性を武器に同盟諸国に圧力をかけ、自国の望む行動を取らせてきた。しかし、それは共通の価値観を強調し、自国の利益だけでなく、主に志を同じくする国々からなるより広範な共同体の利益のために行動していると主張しながら行われてきた。武力(mailed fist)はあったが、同時にヴェルヴェットの手袋も備えていた。アメリカの権力に一定の制限を課す多国間機関の範囲内で行動する意思があったため、アメリカの優位性は脅威が少なくなり、そのリーダーシップは他国にとってより受け入れやすいものとなった。トランプはこうした点を全く考慮しておらず、長年のパートナー諸国でさえ、安易に従いすぎて新たな要求を招くことを警戒するだろう。
更に言えば、トランプは大げさな脅しをかけることで短期的には損失を被らないが、実際に実行に移せば損失を被ることになる。アメリカは他国よりも大きく強いため、関税やその他の制裁措置を課すことは、アメリカ自身よりも他国に打撃を与える可能性がある。しかし、関税やその他の強制措置を課すことは、特に中国のような大国や、アメリカ産業が主要な原材料や製品を依存している国々を相手にする場合、コストがないということはない。加えて、はるかに弱い国でさえ、自国の重要な利益が危機に瀕している場合、セルビアがコソヴォ問題で行ったように、そしてイランが数十年にわたって行ってきたように、大きな代償を払うことを躊躇しないということはある。つまり、トランプが誰に対しても要求できる金額には限界があるということだ。
第四に、トランプのような強引な人物は、ターゲットと一対一で交渉することを好む。そうすることで自身の影響力を最大化できるからだ。彼は、かつてアメリカの「敵(foes)」の1
つと表現したヨーロッパ連合(European Union、EU)と直接交渉することを望まないだろう。彼は、個々のヨーロッパ諸国と直接交渉し、それぞれ個別に協定を結ぶことを望んでいる。しかし、このアプローチは非効率的で時間がかかるため、多くの新しい協定は成立しないだろうと私は推測する。
第五に、威圧的な国に直面している国々は、実際には従わずとも、従っているふりをする方法を数多く持っている。既に見てきたように、抜け目のない外国の指導者の中には、トランプのエゴをくすぐり、彼の考えを何でも話し合う用意があると言いながら、実際には些細な、あるいは象徴的な譲歩(symbolic concessions)しか示さない人もいる。カナダは国境の厳格化とフェンタニル前駆物質のアメリカへの輸送規制に全く抵抗がないと述べているが、カナダは不法移民や前駆物質の主要な供給国ではないため、これは意味のない約束だ。他の国々も同様のアプローチを取るだろう。トランプに「彼の要求に応じる」と言いながら、その後は中国がトランプの最初の任期中に成功したように、足踏みするのだ。これは、純粋に取引中心で、主に二国間主義的なアプローチが破綻するもう1つの例である。世界全体と一対一で交渉する場合、誰が約束を果たし、誰が怠慢をしているのかを監視するのは、非常に困難な作業となる。
第六に、トランプは実際の成果よりも体裁を重視していることを忘れてはならない。彼は、北朝鮮の金正恩委員長とのリアリティ番組のような首脳会談は大成功だったと考えている。世界中が注目し、視聴率も高かった。しかし、大騒ぎは何も生みださず、勝者はトランプではなく金だった。金は米大統領との直接会談に付随する威信と正当性を獲得し、トランプは何も得られなかった。
アメリカは万能(all-powerful)ではない。例えば、債券市場は独自の思惑を持っており、アメリカの財政赤字が爆発したり、インフレが急激に再燃したりすれば、トランプは債券市場の影響力の大きさに気づくかもしれない。トランプの国内政治への影響力は揺るぎないものということではない。連邦上下両院における共和党の議席差は僅差で、大統領選挙での圧勝は、彼が主張するような地滑り的勝利には程遠いものだった。少しでもつまずけば、2026年に再選を目指す全ての連邦議員は、トランプから距離を置く方法を模索し始めるだろう。最近の政府歳出法案をめぐって数十人の共和党議員がトランプに反対する姿勢を見せていることは、彼が直面するであろう制約のもう1つの兆候である。そして、世界中の全ての大言壮語やソーシャルメディアの誇大宣伝も、物理、化学、生物学の法則を変えることはできない。トランプがトゥルース・ソーシャルで何を吐き出そうと、環境は注意を払わないし、保健福祉長官に指名されたロバート・F・ケネディ・ジュニアが何を信じていようと、フォックス・ニューズのコメンテイターが何を言おうと、ウイルスは進化し続けるのだ。
最後に、歴代米大統領は皆、予想も計画もしていなかった問題や危機といった厄介なサプライズに直面する。ジョージ・W・ブッシュにとっては9月11日、バラク・オバマにとってはアラブの春(the Arab
Spring)とロシアによるクリミア併合(the Russian seizure of Crimea)、ジョー・バイデンにとってはロシアによるウクライナ侵攻(Russia’s invasion of Ukraine)とガザ、レバノン、ヨルダン川西岸地区での大虐殺(the carnage in Gaza, Lebanon, and the West Bank)だ。トランプ政権の最初の任期では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがそれに当たり、この予期せぬ危機への対応の失敗が2020年の大統領選挙での敗北の主因の1つとなった。主要分野に無能な変わり者を擁し、まるで道化師のような政権を作り上げてきたトランプ2.0は、どんな予期せぬ問題が大統領の座に降りかかっても、準備不足なのかもしれない。
明確にしておきたい。トランプが大きな棍棒を振りかざして、一部の国々に自分の望むものの一部を与えさせることができないと私は言っているのではない。十分な数の人々を脅せば、標的となった国々のいくつかは間違いなく従うだろう。彼はそうした事態が起きるたびに(たとえ実際の利益がわずかであっても)、自らの手柄を全て自分のものにし、裏目に出たり失敗に終わったりした脅しを皆が見逃してくれることを願うだろう。トランプは多くの事実無根のことを人々に信じ込ませる能力が実証されている一方で、報道機関も同様に彼に責任を負わせることができない。このアプローチは、アメリカ国民に彼が素晴らしい仕事をしていると思わせる可能性もある。しかし、外交政策において真の成果を着実に生み出すことは不可能だ。小説家や脚本家が好むような、ある種の報いを受けることになるかもしれない。そんな映画を私は見たい。
※スティーヴン・M・ウォルト:『』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ブルースカイ・アカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』
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