古村治彦です。
※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。
トランプ関税は世界を震撼させた。そのショックから世界はだいぶ回復している。最近、本のおかげもあって、色々な人に「トランプ政権やアメリカはどうなるんですか」「トランプはどうしたいんですか」という質問を受けることがある。ドナルド・トランプは有言実行の人物であり、発言したことをそのまま実行している。その点で非常に分かりやすい。そして、トランプは、ロナルド・レーガン政権をモデルとしているので、レーガン政権の政策も考えれば、トランプ政権の基本の柱は「2つの赤字、財政赤字と貿易赤字の解消」である。そのために、連邦政府の職員の大量解雇や政府機関の閉鎖を進めているし、高関税(とドル安誘導)もその一環だ。
トランプ大統領の経済アドヴァイザーで、大統領経済諮問会議議長のスティーヴン・ミランの「マール・ア・ラーゴ合意(協定)」については以前にもこのブログでご紹介した。高い関税とドル安合意(1985年のプラザ合意の同様の)は各国経済に大きな影響を与えるが、各国はアメリカからの安全保障を受けているので、それを取引材料にして、それを受け入れるという考えになっているようだ。アメリカが国を守ってやる代わりに(それでも自分たちでも防衛費を増額せよということはある)、その代償を支払うのが当然だということになる。
先日、赤沢亮正経済産業大臣が訪米し、トランプ大統領とも会談を持ったが、席上で、日本のアメリカ軍駐留経費負担の5倍増(年間約2600億円から年間約1兆3000億円への増額)を求められたというのは、日本からは、なんでも搾り取ろう、それができる相手だというアメリカの意向がはっきりと見えて、属国の悲哀を感じる。それなら、今まで貯め込んできたアメリカ国債(世界で第1位の保有額を誇る)を売って資金を調達しますと言えないのが辛いところだ。他国であればそれくらいの交渉をするだろう。しかし、アメリカの衰退ぶりをトランプ政権が見せてくれていることは象徴的な出来事であり、にほんもいつまでも「従米一辺倒」では国益を大きく損なうことになる。
アメリカが抱える深刻な問題である、財政赤字と貿易赤字は、アメリカが「強いドル」で、世界中から安い価格で物品を購入、それをドルで支払い、外国に支払ったドルは米国債という形でアメリカに戻るというシステムが生み出した結果である。結局、アメリカは借金で生きる国柄となった。トランプ大統領はそこを何とかしようとしている。彼が「製造業の国」という言葉を大統領就任式の演説で使ったのは極めて重要である。しかし、残念ながら、アメリカが製造業の国として復活するにはもう手遅れである。それだけのインフラも質の高い、生産性の高い労働者も既にアメリカには存在しない。
歴史的に見ても、貿易や製造業で大きく発展した国では、成功者たちは金融の投資によって、安定的な収入を得られる形にして、富裕層となっていく。そして、金融の割合が大きくなり、貿易や製造業は衰退していく。アメリカも既にその段階になっている。汗水たらして働くのが尊い、それが正しい生き方だという倫理感もなくなっている。日本も既にそうなっている。それは国家の衰退に兆候なのである。
ドナルド・トランプはアメリカの衰退を象徴する人物として、後の歴史書に記録されるだろう。彼が衰退を招いたということではなく、アメリカが衰退していることを初めて明確にした人物として、そして、その時代の時代精神、心性を象徴する人物として記録されるだろう。
(貼り付けはじめ)
トランプ大統領の貿易に関する矛盾が現実のものとなった(Trump’s Trade
Contradictions Come Home to Roost)
-ドルは上昇するどころか下落している。これは関税に関する理論に反する行動であり、投資家たちがアメリカへの信頼を失っていることを示している。
ピーター・コイ筆
2025年4月8日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/04/08/trump-trade-tariff-dollar-markets-confidence/
ドナルド・トランプ米大統領は、長らくドルについて2つの考えを抱いてきた。世界市場でアメリカ製品を安くするためにドルを弱めたいと述べる一方で、世界の主要な準備通貨(reserve currency)としての地位を維持するためにドルを強くしたいとも主張してきた。
これら2つの目標は決して両立しない。そして今、彼の関税戦争(tariff war)がアメリカ経済を脅かす中、現実が厳しくなっている(we’re seeing reality bite)。トランプは望んだ通りドル安を実現している。1月の就任以来、ドルは主要通貨に対して5%下落している。しかし、彼が約束したドル高はどこにも見られない。
昨年、トランプの主要アドヴァイザーの1人であるスティーヴン・ミランは、いわゆる「マール・ア・ラーゴ協定(Mar-a-Lago Accord)」を構想した。これは、アメリカが貿易相手国に対し、事実上ドルの価値下落への協力を求めるというものだ。理論的には、これは強い立場から切り下げを画策することになる。
むしろ、ドルが下落しているのは、アメリカの弱体化に対する認識によるものだ。投資家たちは、短期的には貿易戦争(trade war)がアメリカの景気後退を引き起こし、長期的にはアメリカへの信頼の喪失が世界貿易の中心であるドルの役割を危うくするのではないかと懸念している。INGのグローバル市場責任者であるクリス・ターナー氏は顧客向けメモの中で、「アメリカの関税がアメリカ経済に逆風を吹き込むことで、ドルは無防備な状態になっている」と述べた。
トランプは、強いドルは一長一短(mixed blessing)だと正しく指摘している。輸入品は安く、輸出品は高くなるため、グローバル市場で競争する企業の労働者たちは打撃を受ける。トランプは、自ら「アメリカ経済の空洞化(the hollowing out of the American economy)」と呼ぶ状況を逆転させると公約しており、関税と並んでドル安は彼の政策の重要な柱となっている。
しかし、強いドルはアメリカの消費者たちにとって物価も下げることになる。そして、アメリカがドルの価値を維持するという確信こそが、他国が緊急時の準備金(emergency reserves)としてドルを保有し、国際取引で米ドルを使用することに積極的かつ熱心に取り組んできた主な理由である。
ブルッキングス研究所の昨年の分析によると、ドル資産は世界の外貨準備高の59%を占め、ユーロ圏内の決済を除く国際決済の58%でドルが利用されている。これは、世界の経済生産高に占めるアメリカのシェアが約4分の1に縮小しているにもかかわらず、準備高と決済の割合は大きい。
この優位性は、アメリカに重要な地政学的影響力を与えている。2024年11月30日のTruth
Socialへの投稿で、トランプ大統領はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカに対し、ドルに挑戦しないよう警告した。トランプは、「彼らは新たなBRICS通貨を創設することも、強力な米ドルに代わる他の通貨を支持することもないだろう。もしそうするならば、100%の関税に直面することになるだろう」と書いている。
トランプ大統領の目標は、強いドルの良い部分は維持しつつ、その負担を軽減することだった。しかし、負担軽減は決して痛みを伴わないものではなかった。輸入価格は上昇し、貿易相手国はアメリカの輸出品に対して報復措置を取っており、トランプ大統領は「貿易戦争は良いことだし、勝つのも簡単だ(trade wars are good, and easy to win)」という1期目の任期中のメッセージから、偉大さへの道には「多少の混乱はあるだろう(there’ll be a little disturbance)」という警告へと方向転換した。
過去の経済混乱期において、アメリカ金融市場は比較的好調だった。それは、アメリカが投資家たちにとって安全な避難先とみなされていたためだ。世界的な金融危機のように、アメリカが問題の主因となった局面でさえも同様だった。しかし、今回はそうではない。アメリカの株価指数は、ヨーロッパ、中国、日本の株価指数と足並みを揃えて下落している。これは、アメリカが国際金融における特権的な地位を失いつつあることを改めて証明している。投資家や政府は、もはや信頼できる富の貯蔵庫ではないドル資産を保有したがらない。
確かに、これまでのドルの下落幅は株価の下落幅よりも小さいが、驚くべきことにドルは下落している。経済理論によれば、国が関税を引き上げると、通常はその国の通貨が上昇するはずだ。
なぜ関税がドルを押し上げるのだろうか? それは需要と供給(supply and
demand)だ。関税は当初、アメリカの輸入需要を減少させるため、海外に流出するドルは減少する。ドルが比較的不足しているとき、他の通貨に対するドルの価格は上昇する。ドル高は輸入品を安くすることで、関税の初期効果を部分的に相殺する。経済学者のオリヴィエ・ジャンヌは2020年に、関税関連のニューズが2018年の中国人民元の下落の約3分の1を説明すると推定した。
貿易介入が通貨市場に相殺効果をもたらすという考えは、決して新しいものではない。1752年、スコットランドの哲学者であり、経済学者でもあるデイヴィッド・ヒュームは、輸出制限(restrictions on exports)は「それらに対する為替レートを上昇させる以外に何の目的も持たない」と記した。
貿易理論に反して、今回の件でドルが上昇していない理由は、アメリカ経済の健全性に対する懸念がドルに下押し圧力(downward pressure on the dollar)をかけており、それが予想される貿易フローから生じる上昇圧力(the upward pressure)を圧倒しているためである。
トランプのドル高に対する複雑な感情は、彼の貿易政策における唯一の矛盾ではない。トランプは、関税によって歳入が増加し(おそらく所得税を廃止するのに十分な額になるだろう!)、製造業の雇用がアメリカに戻ってくると約束している。
しかし、ドル安・ドル高のディレンマと同様に、これら2つの目標を同時に達成することは不可能である。関税によって多額の収入が生まれるのは、外国製品が依然としてアメリカに流入しているからに過ぎない。その場合、関税によって製造業の雇用が回復することはない。逆に、関税によって製造業の雇用が回復するとすれば、それは輸入が枯渇するからに過ぎず、つまり関税によって多額の収入が戻ってくる訳ではない。経済の基本原則は、(イギリスの元首相ボリス・ジョンソンの発言にもかかわらず)ケーキを食べて、それをまた食べることはできない、ということだ。
オランダの経済学者ヤン・ティンベルゲンがまだ生きていたら、トランプ大統領に対し、関税で一度に多くのことを達成しようとしていると指摘できただろう。1969年に第1回ノーベル経済学賞を受賞したティンベルゲンは、それぞれの政策目標にはそれぞれ独自の手段が必要だと述べた。パイロットが2つの空港の平均に着陸することはできないという直感的な理解だ。
(最近CNNに出演したスコット・ベセント米財務長官は、この難問は段階的に解決できると述べた。当初は関税による収入は多額になるだろうが、それは「縮む氷の塊(shrinking ice cube)」のようなものだ。時間が経つにつれて輸入は減少し、国内製造業が成長していく。そして、その経済活動への課税が関税収入に取って代わるだろう。まあ、そうかもしれない。)
さらに、トランプ関税のコストを負担するのはアメリカ人か外国人かという永遠の疑問がある。関税は輸入時点で支払われることになっているが、それでは最終的に誰がそのコストを負担するのかという疑問には答えられない。ベセントはその答えを知っていると考えている。ベセントはボスであるトランプの発言に同調し、3月初旬にCBSニューズに対し、中国は「いかなる関税も負担するだろう(will eat any
tariffs that go on)」と語った。
しかし、経済学者たちは、それはどちらが市場力(market power)を持っているかにかかっていると指摘する。もし中国の各メーカーがアメリカの顧客を維持するために関税コストを負担しなければならないと感じれば、関税コストの全額を負担することになるだろう。これがベセントのシナリオだ。一方、もし中国のメーカーが関税コストを顧客に押し付けることで済むなら、最終価格は関税分だけ上昇し、アメリカ人がそのコストの全額を負担することになるだろう。
現実はおそらく、これらの両極端の間のどこかにあるだろう。トランプ氏が前回大統領を務めた際、中国やその他の輸出国は関税の恩恵を受けなかった。受けたのはアメリカ国民だ。経済学者のメアリー・アミティ、スティーブン・J・レディング、そしてデビッド・E・ワインスタインは、2018年と2019年に課された関税に関する、2020年の記事の中で、「アメリカの関税は、依然としてほぼ全額をアメリカ企業と消費者が負担し続けている(U.S. tariffs continue to be almost entirely borne by U.S. firms and
consumers)」と述べている。
多くの主流派経済学者たちは、関税が特定の状況下では正当な手段となり得ることに同意している。例えば、世界貿易機関(World Trade Organization、WTO)は、貿易相手国による補助金などの不公正な慣行から自国を守るために、各国が関税を課すことを認めている。また、成長過程にある「幼稚産業(infant industries)」、つまり、競争(competition)から保護する必要がある産業を保護する関税を擁護する経済学者もいる。
しかし、トランプは、関税を必要悪(necessary evils)ではなく、それ自体が善であると考えている。最近NBCニューズに対し、輸入車への25%の関税は「完全に」恒久的だと語った。また、不法移民やフェンタニルの密売の削減など、貿易とはかけ離れた目標を達成するために関税を利用することも志向している。最近では、ロシアがウクライナ停戦への取り組みを妨害した場合、ロシア産原油を購入する国に関税を課すと警告した。
トランプの思考に一貫した方向性を見出すのは難しいがアドヴァイザーたちの一部は試みている。
前述のミランは、トランプ大統領の大統領経済諮問委員会(Council of
Economic Advisors)の委員長を務めており、11月にトランプの広範な関税政策の少なくとも一部、すなわち「マール・ア・ラーゴ合意」の枠組みを示した。そこにはドルの評価を正す試みも含まれており、準備金や取引の主要通貨であり続けながらドルをいかに安くできるかを示した。
ミランは、他国がアメリカ資産への投資のためにドルを蓄積しているため、ドルが過大評価されており、その結果、アメリカ製品の価格が高騰し、産業が空洞化していると主張した。
ミランは論文の中で、貿易赤字の削減はドルを弱めるのではなく、上昇圧力をかけることを認めている。彼の解決策は、市場の力に逆らってドルを押し下げるために介入する意思のある国々の連合を形成することだ。これは、1985年のプラザ合意の現代版であり、日本円、西ドイツのドイツマルク、その他の通貨に対するドルの価値を下落させた。
ミランは、高関税(high tariffs)はアメリカに貿易相手国からドルを押し下げるための協力を得るための「交渉力(negotiating leverages)」を与えると記している。それでも通貨切り下げ計画に同意しない貿易相手国は、高関税に直面し、アメリカ軍の保護を失うリスクを負うだろうとミランは付け加えた。この華々しい発言は、トランプへの支持を一層高めたかもしれない。
ミランは、ドル操作(dollar manipulation)のいかなるシナリオも「友好国、敵国、そして中立貿易相手国の間のより明確な線引き(a much stronger demarcation between friend, foe and neutral trading
partner)」を必要とすると述べた。ベセントも同様の表現を用い、アメリカの要求に従う意思に応じて各国を緑、黄、赤の「バケツ(buckets)」に分類することについて言及した。
この春、経済学者モーリス・オブストフェルドは、3月27日に開催されたブルッキングス研究所の経済活動に関する論文会議で発表した論文の中で、トランプ政権の関税政策とドル政策を分析した。カリフォルニア大学バークレー校のオブストフェルド教授は、国際通貨基金(International Monetary Fund、IMF)の元チーフエコノミストである。
オブストフェルドは、提案されているマール・ア・ラーゴ協定をあまり高く評価していない。オブストフェルドは次のように書いている。「約束されたマクロ経済のファンダメンタルズの変化が実現しない限り、為替レートへの影響は短命に終わる可能性が高い。また、他国がなぜ同調するのかは不明だ。それは、自国通貨が過小評価されていると考える国はほとんどないからだ」。
アメリカの貿易相手国との関税戦争を煽ったことで、トランプ大統領は意図せぬ結果の渦に巻き込まれた。それは、経験の浅い旅人にとっては方向感覚を失わせる場所であり、行き止まりや曲がり角、そして上っているように見えて実際には下っているエッシャーの絵にある階段が数多く存在する。トランプ大統領は、抜け出す道を見つけるために専門家たちの指導を受けることができるかもしれない。
※ピーター・コイ:経済を専門とするジャーナリスト。
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』
コメント