古村治彦です。
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ドナルド・トランプは、2期目の大統領就任演説や連邦議会での演説でもはっきりと述べているが、アメリカ製造業の復活を公約としている。そのための方策として、高関税とドル安を主張してきた。簡単に言えば、高関税によって、他国からの輸入を減らし、アメリカ国内での生産を増やし、ドル安によって価格競争力を高めて、他国への輸出を増やすということだ。アメリカが製造業で復活できるなどと考えている人は少数だろう。アメリカ国民は自分たちを過大評価しているが、低い賃金で働く、質の高い労働者をアメリカ国内で探すことは難しいだろう。経済学者たちは、これらの関税がアメリカの製造業を再生するかどうか疑問視しており、サプライチェインの再構築と必要な技術投資が行われていないことから、その実現は困難だと見ている。ここまではよく述べられていることだ。
下記論稿の著者ジュリアン・E・ゼリザーは、1940年代から1950年代にかけて、アメリカ経済が世界で独占的な力を持つようになっていた時期に、労働組合が重要な役割を果たしており、トランプ大統領が労働組合の役割を軽視していると批判している。ゼリザーは次のように主張している。アメリカの製造業の存在は、労働組合の交渉によって生まれたものであり、これが現代の経済的利益と雇用の安定を生んできた。1970年代から1980年代にかけて、労働条件の悪化は労働組合が弱体化したことに起因しており、トランプ政権が現在政策としている関税の効果がないことを証明している。
労働組合は、戦後の労働者生活の向上に大きく寄与しており、労働条件の改善に重要な役割を果たしてきた。しかし、1970年代以降、製造業は労働組合の存在しない地域へ移転し、労働条件が悪化していった。トランプ政権による関税は、労働者に適切な保護や給与をもたらさず、工場にはロボットが仕事をする可能性もあり、結果的に働く家族を支援するような政策は見られないと批判されている。トランプ政権が夢見る工場の建設が進んだとしても、確実に労働者に利益をもたらす環境が整っているとは限らず、真の経済的成長には労働組合を支援する政策が不可欠だ。
トランプはアメリカ国内に製造業を誘致し、国内企業や外国企業が積極的に投資を行い、工場など、生産拠点を整備するように求めている。しかし、その実現は難しい。自動車や家電、鉄鋼などの生産拠点となると莫大な投資を必要とする。そして、生産効率、生産性を上げるためにはロボットの導入や省人化が必要となる。そして、最先端の工場で働くためには質の高い労働力である必要がある。そうなると、トランプが望むような形になる可能性は低くなる。労働組合が適正な力を持つことは重要だが、会社側との妥協もできなければ、生産拠点の増加を見込むことは難しい。
関税と労組の復活を論稿の著者であるセリザーは主張しているが、アメリカはそのような段階ではないと思われる。アメリカ人が他国の人々のように勤勉にかつ、高い生産性で、競争力を持つ製品を製造できるかは疑問である。経済のサイクルとして既に衰退局面に入っており、衰退には複数の絡み合った要因があり、いくつかの要員を改善させても、もしくは改善させようとしても、他の要員が悪化するなどして、状況が好転するということは難しいだろう。
(貼り付けはじめ)
アメリカの製造業の栄光の時代を取り戻すことは関税だけでは十分にできない(Tariffs
Aren’t Enough to Bring Back the Glory Days of U.S. Manufacturing)
-雇用の安定(job security)と経済的利益(economic benefits)は労働組合のおかげだった。
ジュリアン・E・ゼリザー筆
2025年4月21日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/04/21/tariffs-trump-manufacturing-unions-industry/?tpcc=recirc_latest062921
ドナルド・トランプ米大統領は、1940年代と1950年代にアメリカの製造業がかつて持っていた地位を復活させるという公約を柱に、経済政策全体を組み立ててきた。環境関連産業や半導体への最近の注目を無視し、トランプ大統領は敵対国と同盟国を問わず大規模な関税を課し、労働者に対し、アメリカを1940年代と1950年代の状態に回復させると約束している。
いわゆる「解放記念日(Liberation Day)」で世界経済を混乱に陥れる前に、トランプは「2025年4月2日は、アメリカの産業が再生し、アメリカの運命が回復し、アメリカを再び豊かにし始めた日として永遠に記憶されるだろう」と約束した。
これまでのところ、この政策展開は必ずしも期待通りには機能していない。数日間で1兆ドル以上の富が失われた後、トランプは最終的に脅しを撤回した。トランプ大統領は、中国への関税を除き、高関税の大半を一時停止した。他国に交渉の猶予を与えた後、関税を再検討すると約束した。さらに譲歩し、スマートフォン、コンピューター、半導体をこのプログラムから除外した。
他の関税が実際に発効した場合について、経済学者のほとんどは、製造業がアメリカに戻ってくるかどうか疑問視している。現代経済の中核を成すサプライチェインと生産システムを迅速に再構築することはできない。また、アメリカは、そのような工場を稼働させるために必要な知識に基づく研究や技術への投資も行っていない。
そして、たとえ経済的知識(economic wisdom)が間違っていて、関税によって奇跡的にアメリカ中に工場が出現したとしても、大統領は1940年代と1950年代に労働者階級と中流階級のアメリカ人の生活をこれほど豊かにした重要な要素、つまり労働組合を見落としている、あるいは、より正確に言えば無視している。
アメリカにおける豊富な製造業の存在は、労働力が繁栄した唯一の理由ではない。むしろ、実質的な団体交渉協定を生み出した勤勉さこそが、今日の有権者の大部分が切実に求めている経済的利益と雇用の安定を生み出したのだ。
75年前、ミシガン州では労働の力が発揮された。1950年5月23日、全米自動車労働組合(United Autoworkers 、UAW )とゼネラルモーターズは、ジャーナリストのダニエル・ベルが『フォーチュン』誌で「デトロイト条約(Treaty of Detroit)」と呼んだ歴史的な団体交渉協定に署名した。
この協定に至るまでの数十年間、アメリカ経済における組織化された労働組合の役割は飛躍的に拡大していた。アメリカ労働総同盟(American Federation of Labor、AFL)は20世紀初頭までに業界労働者の擁護者としての地位を確立していたが、産業別組織会議(Congress of Industrial Organizations、CIO)はニューディール政策時代に、消費経済を牽引する自動車などの製品を製造する何百万人もの現場労働者を代表する組織として設立された。
CIOは、業界ではなく産業を超えて労働者を組織した。この組合は、労働者に団結権(the right to organize)を保障し、使用者に団体交渉権(to
enter into negotiations over collective bargaining agreements)を義務付ける1935年のワグナー法が連邦議会で可決された後に誕生した。この法律の成立により、企業は労働組合を抑圧するような行為を行うことが禁じられた。また、この法律を執行するために全米労働関係委員会(National Labor Relations Board)も設立された。ニューヨーク州選出の連邦上院議員ロバート・ワグナーが法案をフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領に提出したのと同じ年に、全米自動車労働組合(United Auto Workers、UAW)も正式に設立された。
ワグナー法成立後の20年間、労働力は政治的に絶頂期を迎えた。1950年代末までに、労働力の30%以上が組織化された。
新たに得た力で、労働組合は企業に対し、工場労働者の生活改善を迫った。1945年と1946年には、国が戦時から平和へと移行し、インフレによって多くの労働者世帯にとって、物価が上昇する中で、大規模なストライキの波が起こった。
UAWをはじめとする労働組合は、賃上げと福利厚生の改善を求めただけでなく、経営判断においてより大きな影響力を持つことを決意していた。例えば、UAW会長のウォルター・ルーサーは、ゼネラルモーターズのCEOであるチャールズ・ウィルソンが労働者に有利な条件を与えることを避けるために巨額の利益を隠蔽していると主張した。ルーサーは経営陣に帳簿開示を義務付けることを求めた。
成功への道のりは絶え間ない闘いだった。ビジネスリーダーたちはこれらの要求に抵抗し、闘った。1946年の中間選挙で共和党が連邦議会の支配権を奪還すると、翌年、連邦上下両院はハリー・トルーマン大統領の拒否権を覆し、タフト=ハートリー法を可決した。この法律は労働組合に壊滅的な打撃を与え、「不当労働行為(unfair labor practices)」の定義を、一部労働組合活動を含むように変更し、二次ボイコット(secondary boycotts)や山猫ストライキ(wildcat strikes)といった特定の戦術を違法とした。組合員のみが働くことができるクローズドショップは禁止された。州にはいわゆる労働権法を制定する権限が与えられ、特定の施設の労働者に組合への加入を義務付けることを禁止した。タフト=ハートリー法は「積極的な解決を必要とする問題へのアプローチに対して消極的なアプローチであるため、産業の安定を達成できないだろう」とルーサーは述べた。彼は更に、「自由な人間の社会では、労働者と資本家の平和は、労働者が自身と家族のために経済的安定と社会正義を実現できる場合にのみ可能となる」とも述べた。
ルーサーはかつて社会党員だったが、組合の政治的立場を強化するため、共産主義シンパとされる者を組合から追放することを決意した。彼は、当時の右派による反共産主義の圧力に屈したとして、同盟者を含む多くの左派から激しい批判を受けた。
ルーサーをはじめとする組合幹部は、ゼネラルモーターズに帳簿を開示させたり、経営判断における労働者の役割を強化したりすることはできなかったが、UAWはその後数年間の交渉で一連の団体交渉協定を締結した。1947年、フォード社は賃金の引き上げに同意した。1948年、ゼネラルモーターズは、賃金が物価に追いつくよう、UAW労働者に生活費調整(cost-of-living adjustments、COLA)の一種を提供することに同意した。ルーサーはまた、健康保険と年金制度も確保した。1949年、フォード社は、勤続30年の従業員に全額積立の年金制度から月100ドルを支給する契約を締結した。ストライキを終結させるため、クライスラー社も翌年、同様の措置を取ることに同意した。
ストライキと交渉は続き、1950年5月、前述のフォーチュン誌のジャーナリストであり、後に社会学者となるベルが「デトロイト条約」と呼ぶことになる条約が締結された。
この画期的な協定は5年契約を定めたもので(ゼネラルモーターズは数年間の安定を確保するためにこれを主張した)、UAWがストライキを行わず、条件の再交渉を要求しないことに同意する代わりに、ゼネラルモーターズは生活保護基準を上回る年次賃金の引き上げと積立年金制度を提供した。ルーサーの伝記作家ネルソン・リヒテンシュタインが著書『ウォルター・ルーサー:デトロイトで最も危険な男』の中で述べているように、この協定は「戦前以来、大規模組合が獲得した最大の経済的成果」であった。
ルーサーはこの協定を「歴史的な協定(historic agreement)」と呼び、「1936年から1937年に大量生産産業が組織化されて以来、労使関係における最も重要な発展」であると自慢した。モーリス・トービン米労働長官(当時)は、この契約は「この産業の将来の繁栄、そして高い賃金を支払い続けることができるほど効率的に生産する能力、そして同時に労働者が病気になった時や退職した時により大きな保障を保証できるという確信を意味する」と主張した。
確かに、デトロイト条約は相当な批判にさらされた。団体交渉に重点を置いたことで、民主党連合(the Democratic Party’s coalition)における最も強力な勢力である労働組合の、より強力な連邦政府を目指して闘う決意が弱まったのではないかという懸念は(今日に至るまで)残っている。リヒテンシュタインは、1960年代までに多くの労働者が「二重課税(double tax)」を感じている、つまり、政府と労働組合の両方に税金を納めているように感じていたと記しており、他のリベラル団体が万人の安全のために行っている闘争への支持を弱めていた。
さらに、リヒテンシュタインが著書で主張するように、この条約は労働者を経営者に比べて弱い立場に置いていたため、長期的には労働者にとって不利な取引だった。
しかしながら、こうした欠陥にもかかわらず、この条約は労働者の生活の質の向上に不可欠であった。デトロイト条約は、段階的に給付を拡大する将来の条約(1964年の早期退職給付の導入など)の基礎となった。5年間の契約にもかかわらず、朝鮮戦争終結後、ストライキによって生産が停止した1953年、ゼネラルモーターズは渋々再交渉に同意した。UAW労働者は賃金の上昇、生活費の改善、そして年金の増額を獲得した。
歴史家ジェームズ・パターソンが1997年に著した同名の著書で「大いなる期待(Grand
Expectations)」と呼んだ1950年代から1960年代の時代は、労働組合の影響に大きく依存していた。労働組合がなければ、同じ工場が20世紀初頭と変わらず搾取的な操業を続けていた可能性は容易に想像できた。賃金はわずかで、現場の危険は甚大で、長期の雇用保障は存在しなかっただろう。
産業労働者にとって好ましい労働条件は、製造業が労働組合のない規制緩和されたアメリカ南部へ、そしてその後海外へと移転した1970年代から1980年代にかけて悪化し始めた。ハイテク産業、サーヴィス部門、金融部門といった、アメリカの新たな経済の強みを持つ分野は、労働組合が弱体、あるいは全く存在しない分野だった。そして、1990年代に入り、北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement、NAFTA)が発効し、リチャード・ニクソン大統領の退任以来、ラストベルト(Rust Belt)の住民が経験してきた多くの潮流が加速した。
近年の討論会では、トランプがノスタルジーで語る時代を支えてきた労働組合の重要な役割について、驚くほど近視眼的な議論が展開されている。限定的な関税と新たな製造業への公共投資を優先する多くの民主党員もある程度はこの点を軽視している。
団体交渉制度に対する批判は、左派からは、福祉国家への労働者階級の支持を弱めるという批判(for the effect of weakening working class support for the welfare
state)、右派からは、企業のコスト増加(for increasing costs on business)という批判など、多岐にわたるが、20世紀の中流階級の経済的安定にとって、組織がいかに重要であったかを無視することはできない。
実際、トランプ政権は「アメリカの世紀(American Century)」におけるこの極めて重要な要素を無視しているだけでなく、労働者に対して極めて敵対的でもある。トランプ政権が2期目を開始した際に最初に行った措置の1つは、ジョー・バイデン前大統領によって任命された全米労働関係委員会の委員であるグウィン・ウィルコックスを解任することだった。この措置により、5人いた委員が定足数に満たない2人にまで減少したため、委員会はいかなる措置も講じることができなくなった。(連邦裁判所は3月初旬、この解任は「明白な法律違反(a blatant violation of the law)」であるとの判決を下した。トランプ政権はこの判決を不服として控訴しており、この訴訟は最高裁判所に持ち込まれる可能性がある。)
トランプ政権はまた、安全衛生局(Office of Safety and Health
Administration、OSHA)の執行活動も縮小した。トランプ大統領が新たに設置した政府効率化省(Department of Government Efficiency)は、数千人の連邦職員を解雇した。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、政権は鉱山労働者を危険なガスの吸入から保護する規則に加え、病気休暇や残業手当といった重要な福利厚生を受けられる労働者の数を拡大した労働省の規制の廃止を目指していると報じた。
共和党の予算案は、多くの労働者とその家族が頼りにしているメディケイドなどの福利厚生にも打撃を与えている。労働安全衛生局(OSHA)などの政府機関は、トランプ大統領のアドヴァイザーであるイーロン・マスクの容赦ない選挙運動の標的となっている。最低賃金の引き上げ、保育料の補助、大学授業料の補助といった、働く家族を支援する実際の政策は、政権の関心事ではないようだ。あらゆる観点から見て、政権による一連の関税措置は、利益よりも弊害をもたらすだろう。
アメリカで建設される工場は、必ずしもトランプ大統領が約束するような経済的保護を享受できる労働者で満たされる訳ではない。多くの工場では、ロボットが仕事をすることになるだろう。
アメリカの労働者の強化には、労働組合を支援する政権が必要だ。たとえ工場が何とか建設されたとしても、適切な保護や給与を期待できないロボットと労働者で満たされる状況では、大した成果は得られないだろう。
※ジュリアン・E・ゼリザー:『フォーリン・ポリシー』誌のコラムニスト。プリンストン大学で歴史と公共政策の教授を務めている。最新刊『党派性擁護論(In Defense of Partisanship)』(コロンビア・グローバル・リポーツ社)にある。また、ニューズを客観的に捉えるニューズレター「長期視点(The Long View)」の著者でもある。Xアカウント:@julianzelizer
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』
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