古村治彦です。
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アメリカの外交政策において、学識経験者や専門家が重責を担ってきた。その代表例がヘンリー・キッシンジャーだ。彼はハーヴァード大学教授から、国務長官と国家安全保障問題担当大統領補佐官に転身した。その他に、コロンビア大学教授だったズビグニュー・ブレジンスキーやスタンフォード大学教授だったコンドリーザ・ライスといった人々が国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めた。
国家安全保障問題担当大統領補佐官は戦後の1952年にドワイト・アイゼンハワー大統領時代に設置された。今ではホワイトハウスにおける外交政策の指揮官として、国家安全保障会議を主宰するなど最重要のポストになっている。国家安全保障会議のスタッフとして、学識経験者が入ることも多い。
下記論稿の著者ジェレミ・スリは、トランプ大統領が国家安全保障の専門家を排除し、政治家を重視したため、国家安全保障の能力が低下していると批判している。スリは、トランプの政権では、熟練した専門家が解任され、意思決定の質が著しく低下した。これに伴い、無知や不適切な判断がもたらされたとして不安が広がっていると批判している。
アメリカの外交政策の大きな流れには、リアリズム(現実主義)とアイディアリズム(理想主義)とう2つの潮流がある。このことは、このブログでも何度も書いているし、拙著でも何度も触れている。アメリカの外交政策が失敗するのは多くの場合、アイディアリズムが採用されている時だ。アイディアリズムで世界を変えるということで、外国に介入して多くの場合に失敗している。最近の例で言えば、ジョージ・W・ブッシュ政権時代にネオコンが主導したアフタにスタンとイラクへの侵攻が挙げられる。
このような失敗と専門家の学識が結びつけられ、専門家たちへの信頼が揺らいでいる。そのことに、下記論稿の著者スリのような専門家たちが気付くべきだ。学問上の理論であれば、何でも言える。しかし、問題はその理論を実践に使って失敗してしまう時だ。それで大きな傷や負担を追うのは国民である。それに対して、専門家たちは何か責任を取るとか、謝罪をするとか、反省するとかそういう姿勢を見せてきただろうか。この点は学術界全体として大いに反省すべきだと私は考える。専門家たちがアメリカの外交政策に対して大いなる貢献をしたことは間違いないが、専門家たちが増上慢となり、過度なエリート主義を持ってしまえば、大きな失敗をして、民意と乖離する結果となってしまう。その大きな動揺が現状であると言えるだろう。
(貼り付けはじめ)
何世代にもわたる専門家がいかにしてアメリカの力を築き上げてきたか(How
Generations of Experts Built U.S. Power)
-そして今、トランプはそれを全て捨て去ろうとしている。
2025年4月17日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/04/17/trump-national-security-experts-loyalists-intelligence-community-purge-history-geopolitics/
プロイセンの軍事理論家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦争は「政策を別の手段で継続するに過ぎない(mere continuation of policy by other means)」という有名な言葉を残しているが、戦争が単なる政治である(war is merely politics)とは考えていない。1832年に発表されたクラウゼヴィッツの影響力ある論文『戦争論(On War)』は、複雑な国防を管理する上で、訓練(training)、専門性(expertise)、そして卓越した才能(exceptional talent)が果たす重要な役割について深く考察している。戦争には、技術的技能(technical skill)、組織力(organizational acumen)、歴史的知識(historical knowledge)、そして戦略的洞察力(strategic
insights)が必要だ。勇気と強靭さは必要不可欠だが、これらの資質は学問の代わりにはならないとクラウゼヴィッツは述べている。戦争はあまりにも危険であり、素人や偽善者に任せておくべきものではない。
大陸軍(the Continental Army)の創設以来、アメリカ人は常に防衛管理において専門知識を求めてきた。ジョージ・ワシントンが革命軍(the revolutionary military)の指揮官に選ばれたのは、イギリス陸軍での豊富な経験があったからだ。彼の兵士たちは未熟な戦士だったが、彼はそのリーダーシップに知識をもたらした。彼が兵士たちに高く評価された主な理由の1つは、戦闘での波乱に満ちた記録ではなく、知識をもたらす能力だった。
トーマス・ジェファーソン大統領は軍国主義(militarism)を嫌悪していたにもかかわらず、1802年にエリート陸軍士官学校であるウェストポイント陸軍士官学校を設立した。これは、建国間もない国家の防衛を担う最高レヴェルの指導者を育成するためのものだった。ウェストポイントの初代校長ジョナサン・ウィリアムズ陸軍少佐は、軍の指導者にとっての学問の重要性を強調した。ウィリアムズは「私たちの軍の士官は科学者であり、その学識によって学術界から注目されるに値する者でなければならないことを、私たちは常に心に留めなければならない」と述べた。
1884年、アメリカ海軍はさらに一歩進み、「戦争に関するあらゆる問題、そして戦争にまつわる政治手腕、あるいは戦争の予防に関する独創的な研究」を行う大学院機関であるアメリカ海軍戦争大学を設立した。この新設機関の初代学長スティーブン・ルース海軍中佐は、成功する軍の指導者にとって教育がいかに重要であるかを強調した。彼は、経験豊富な海軍司令官がより「完全な存在(complete creature)」となることを望んだ。そうでなければ、「私たちの教育を受けていない船員は、イギリスとフランスの訓練された砲兵に対抗するチャンスはないだろう」とルースは警告を発した。
ウェストポイントと海軍戦争大学は、第二次世界大戦後、アメリカが半球の強国(a hemispheric
power)から卓越した世界覇権国(the preeminent global hegemon)へと成長を遂げた際、アメリカ外交政策の画期的な転換の不可欠な基盤となった。1945年、アメリカ陸軍将兵は各大陸の軍事拠点を占領し、アメリカ海軍将兵は世界の主要な海域を哨戒し、アメリカ空軍将兵は世界中の空を制覇し、アメリカの科学者たちは「絶対兵器(absolute weapon)」である原子爆弾を投下した。
アメリカの力は、最高指導者の訓練や専門知識をはるかに凌駕していた。ハリー・トルーマン大統領は大学の学位を持っておらず、第一次世界大戦での軍事経験も浅く、物理学を学んだこともなかった。彼の最初の陸軍長官であったヘンリー・スティムソンは、アメリカが国際的野心も能力も限られていた1890年代初頭にキャリアをスタートさせていた。ヨーロッパでの連合国軍の勝利を指揮したドワイト・アイゼンハワー大将は、アメリカ軍はすぐにでも大陸から撤退しなければならないと予想していた。1945年当時でさえ、アメリカはグローバルなリーダーシップを発揮した経験がなかった。
トルーマン、スティムソン、アイゼンハワー、そして同世代の多くの人々にとって最大の功績は、国家安全保障に関する新たな機関の創設に資金を投じたことだろう。これらの機関は、国家が新たに獲得した力と責任を担う上で、訓練を受けた専門家で満たされていた。「国家安全保障(national security)」は、近代戦争への軍事、外交、そして技術的準備、そして戦争を阻止するための様々な取り組みが交差する領域を指す新しい専門用語となった。
新たな国家安全保障専門家の育成と配置には、ウェストポイントと海軍戦争大学の経験が活かされた。アメリカの指導者たちは、戦争から帰還した優秀な陸軍兵、水兵、空軍兵を募集し、1947年の国家安全保障法に基づいて設立された新たな機関の一員とした。政府の資金援助を受けて高等教育を受ける機会を得た退役軍人たちは、新設された国防総省、秘密主義のCIA、そして初期の原子爆弾を管理した原子力委員会といった官僚組織に多数参加した。
陸軍や海軍の前任者たちと同様に、第二次世界大戦後の国家安全保障専門家たちは、それぞれの戦争関連分野における最高レヴェルの知見を政府に持ち込み、脅威、機会、そして戦略について政治指導者に助言する任務を負っていた。連邦議会は、大統領、副大統領、そして内閣に政府の最高の専門知識を提供するために、ホワイトハウスに国家安全保障会議(National Security Council、NSC)を設置した。政策決定は政治家に委ねられたが、それは彼らが核時代の戦争と安全保障に関する最も深い知識に触れた後にのみ行われた。
1952年、アイゼンハワーはロバート・カトラーを国家安全保障問題担当大統領特別補佐官[special
assistant to the president for national security affairs](後に「国家安全保障問題担当大統領補佐官(national security advisor)」と呼ばれる)に任命した。ワシントン以外でカトラーの名を知る人はほとんどいなかったが、彼は専大統領と内閣への専門家から情報の流れを管理していた。カトラーとアイゼンハワーにとって、国家安全保障プロセスの目的は、アメリカの力と財源を国益の促進に活用するための最善の選択肢をホワイトハウスに持ち込むことだった。大統領が兵器の配備、援助の分配、同盟の形成、共産主義の進出の阻止について情報に基づいた決定を下すには、技術的な正確さ、問題に関する専門知識、政策経験が不可欠だった。
NSCはワシントンの冷戦政策立案の重要な中心となった。NSCで議論されるブリーフィングやオプションペーパーに情報を提供する専門家は、政府官僚、大学、ランド研究所、ブルッキングス研究所などのシンクタンクに多くいた。アメリカの外交政策は、ヨーロッパや日本の復興、軍備管理の追求、国際的な経済開発など、その最盛期には、最も鋭敏な頭脳の知識を意思決定に反映させていた。アメリカの外交政策において最も影響力のある選挙を経ていない専門家の中には、マクジョージ・バンディ、ヘンリー・キッシンジャー、ズビグニュー・ブレジンスキー、ブレント・スコウクロフト、コンドリーザ・ライスなど、国家安全保障問題担当大統領補佐官として働いていた者もいる。
もちろん、国家安全保障の専門家たちは、特にヴェトナム戦争やイラク戦争を支持したことで、重大な過ちを犯した。しかし、彼らは70年以上にわたって、比較的安定した国際秩序を管理するのに貢献した。アメリカの国家安全保障システムは、軍事力、経済力、ソフト・パワーを駆使して世界に影響を与え、おおむねアメリカの利益に資するような形で、大統領に適切な選択肢を与えた。アメリカは安全保障を維持し、あらゆる大陸で同盟関係を管理し、経済成長の恩恵を受け、ついに主要な敵対国であったソ連が崩壊するのを見た。専門家は、核戦争やその他の世界的大災害を防ぐのに役立った。アメリカの国家安全保障の専門家たちは、海外の専門家たちと協力しながら、国際法や人権を擁護し、外交政策の文明化に貢献したと主張する学者もいる。
ドナルド・トランプ大統領は、アメリカの外交政策から国家安全保障の専門家を排除し、政権の国益追求能力を低下させている。彼は国家安全保障のトップに政策の専門家ではなく、忠実な政治家を据えた。マイク・ウォルツは、選挙で選ばれた政治家として初めて安全保障問題担当大統領補佐官に就任した。マルコ・ルビオ国務長官も選挙で選ばれた政治家であり、ジョン・ラトクリフCIA長官やトゥルシ・ギャバード国家情報長官も選挙で選ばれた政治家だった。ピート・ヘグセス国防長官は二流のTVニューズキャスターだった。これらの人物はいずれも、国家安全保障問題に関して本格的な専門知識を持っている訳でもなく、専門家のコミュニティと深いつながりがある訳でもない。どちらかといえば、彼らは専門家を敵視しているからこそ、トランプに選ばれたのだ。
知識と能力の欠如は、3月にトランプ大統領の国家安全保障の最高責任者が、安全でない、「シグナル」のメッセージング・チャンネルを通じて、アメリカ軍のイエメンに対する攻撃計画に関する詳細な情報を『アトランティック』誌編集者のジェフリー・ゴールドバーグと不注意にも共有したことで、憂慮すべき低水準に達した。彼らが漏らした情報は、敵国が攻撃を妨害し、アメリカ軍関係者の安全を脅かすために使われる可能性があった。この災難に責任のある明らかに無能な役人は、誰も解雇されず、辞任もしていない。
トランプ大統領が4月初旬に行ったのは、国家安全保障システムの最高幹部に近い、最も有能な専門家数名を解雇することだった。極右の911陰謀論者ローラ・ルーマーの助言を受けたとみられるが、トランプ大統領はティモシー・ハウ大将を解任した。ハウ大将は、通信諜報を担当する国家安全保障局(National Security Agency、NSA)と、外国のハッキングやサイバーテロからアメリカを守る任務を担う米サイバー軍の両方を率い、世界的に尊敬されている四つ星将軍だった。ハウ大将の文民副官ウェンディ・ノーブルも解任された。国家安全保障会議(NSC)では、技術と諜報の分野で高く評価されている専門家たちも解任された。トランプ大統領はこれに先立ち、統合参謀本部議長と海軍作戦部長という、更に2人の尊敬される軍指導者を解任している。
その理由は、トランプ大統領への忠誠心が足りなかったからだという。しかし、これらの専門家や解雇された他の数百人の専門家が、研究対象の証拠と論理に従う以外のことをしたという証拠はない。彼らは効果的な政策を行うために必要な知識を追求し、その知識が導く先を大統領とその政治的支持者が好まなかったために職を失った。これはワクチンが効くことを否定することに等しいが、国家安全保障の場合は、サイバー防衛、核兵器、そして中国、イラン、北朝鮮との戦争の見通しなど、賭け金は更に高くなる。
アメリカの最も強力な外交政策手段が、無知で経験が浅く、適切な意思決定に必要な知識から切り離された人々によって管理されていることを、私たちは今認識しなければならない。今後数カ月以内に深刻な軍事衝突が起きれば、トランプ政権は無能さを露呈し、有害な間違いを犯すだろう。最近のウクライナ支援の放棄、明らかに嘘のクレムリンのトーキングポイントを採用するトランプ大統領の奇妙な行動、そして悲惨な関税発表は、国家安全保障に関する行き当たりばったりで無秩序な意思決定の兆候であり、世界はこれから4年近くこのような状況を見ることになるだろう。
反専門家のリーダーシップ(ani-expert leadership)は、第二次世界大戦後のほとんどの時代を特徴づけていた、思慮深く慎重な政策決定を覆すものだ。専門知識は、アメリカの安全保障(security)、安定(stability)、そして繁栄(prosperity)を守る上で役立ってきた。専門知識の欠如は、さらなる不確実性と軽率な行動をもたらすだろう。国家安全保障の専門家がいなければ、アメリカの外交政策は、国家と国民を守るための十分な準備が整わないだろう。
クラウゼヴィッツは私たちに、戦争は政治の問題であるということを思い出させるが、同時に、その問題に対する知的な真剣さも必要だ。テレビやソーシャルメディアで大統領、国防長官、あるいは将軍を演じている者たちは、現代の戦場の複雑さに対応できていない。クラウゼヴィッツが軽蔑した自信過剰なヨーロッパ貴族たちのように、彼らは誇り高き社会を驚くべき敗北へと導くだろう。
※ジェレミ・スリ:テキサス大学オースティン校のマック・ブラウン記念国際問題リーダーシップ特別教授、テキサス大学歴史学部、リンドン・B・ジョンソン公共政策大学院の教授。
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』
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