古村治彦です。
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拙著『トランプの電撃作戦』(秀和システム)の第1章で、私は、ドナルド・トランプ大統領とJ・D・ヴァンス副大統領と、シリコンヴァレーの大立者で大富豪のイーロン・マスク、そして、ピーター・ティールとの関係を分析し、イーロン・マスクとピーター・ティールがトランプとヴァンスの影響力を行使して、アメリカ政府との数兆円規模の巨額な契約を自分たちが所有するテック大企業(スペースXとパランティア・テクノロジーズ社)と結び、新たな軍産複合体づくりを行おうとしていると結論づけた。
リバータリアニズム(Libertarianism)を信奉するのがリバータリアン(Libertarian)と呼ばれる人々である。リバータリアニズムは故人の自由を至上の価値として尊重し、政府についてはそれを邪魔する存在する存在として敵とみなす。反福祉、反中央政府でもある。シリコンヴァレーの大立者であるイーロン・マスクやピーター・ティールは「テクノリバータリアン」である。彼らからすれば、自分たちのヴィジョンに基づいて生み出す最先端の技術に規制をかけて邪魔をしたり、企業や大富豪に高い税金を掛けたりすることは、敵対行為ということになる。ところが、実際には、ピーター・ティールは第1次ドナルド・トランプ政権誕生の立役者になり、イーロン・マスクはトランプの最側近の立場に就いた。テクノリバータリアンたちは政府を忌避するはずだが、正否を利用しようという立場になっている。
トランプを大統領にまで押し上げたのは、一般のアメリカ国民、有権者である。彼らは、既存の政治が自分たちの利益を反映していない、ワシントン政治は汚れているのでそれを掃除しなければならないということで、自分たちの代表として、ワシントン政治とは無縁のアウトサイダーだったトランプを送り込んだ。これはポピュリズムである。このポピュリズム政権であるトランプ政権に世界で最も富裕なイーロン・マスクが参加している訳であるが、トランプを支持する貧しい白人労働者と世界で最も金持ちのイーロン・マスクの共通点は、「(現在の)中央政府、政治エスタブリッシュメントを敵とみなす」ということだ。そして、「中央政府を自分たちの利益になるように作り替える」ということだ。
第2次トランプ政権は大きな矛盾を抱えた政権である。中央政府を敵とみなすアメリカ人が作り上げた政権が中央政府を運営することになる。しかし、それはうまくいかないだろう。高関税の被害を受けるのはアメリカ国民である。アメリカはドル安に向かい、輸入が減り、物価は高くなる。アメリカ国内で輸入に代替して物品を製造しなければならなくなるが、アメリカの労働者たちの賃金の上昇は厳しいだろう。誰かが低賃金で安い物品を作らねばならない。イーロン・マスクやピーター・ティールたちは最先端の技術をアメリカの軍事に利用させようとして多額の契約を結ぶ。結果として、彼らは大儲けということになる。アメリカの未来については悲観的にならざるを得ないが、これは大きな流れであり、人為的に止めることや流れを逆転させることはできないだろう。大きな流れに乗ったアメリカの衰退の後始末をトランプが実行するということになる。トランプは歴史の悲劇と喜劇の上に、名を残す大統領となるだろう。
(貼り付けはじめ)
テクノリバータリアンたちはいかにして大きな政府に恋をしたのか(How
techno-libertarians fell in love with big government)
-国家が主要な顧客になるとすぐに彼らの原則的な反対は消え去る。
クイン・スロボディアン筆
2024年6月19日
プロジェクト・シンディケイト
『ジャパン・タイムズ』紙
https://www.japantimes.co.jp/commentary/2024/06/19/japan/techno-libertarians-big-government/
マサチューセッツ州ケンブリッジ発。億万長者のテック投資家バラジ・スリニヴァサンは、2013年にシリコンヴァレーの、アメリカからの「最終的な撤退(ultimate exit)」について講演し、反政府運動家として名を馳せた。彼はアメリカを「国家のマイクロソフト(Microsoft of nations)」と呼びました。
おそらく最も印象深いのは、スリニヴァサンがアメリカの「ペーパーベルト(Paper
Belt)」、つまり、法律と規制のワシントン、高等教育のボストン、エンターテインメントのロサンゼルス、広告と出版のニューヨークを現代のラストベルトと表現したことだ。
彼の考えでは、シリコンヴァレーは、規制に先行し、学術的権威を軽蔑し、ストリーミングサーヴィスを導入し、消費者直販マーケティングを刷新することで、かつて戦後アメリカの権力の中心であった全4都市を奪いつつあると見られていた。その後数年間、スリニヴァサンはテクノリバータリアンのメッセージをさらに強めた。政府への軽蔑を長々と語る演説を行い、敵対者に対しては攻撃的な姿勢を見せ、「ネットワーク国家(network state)」、つまり所有(ownership)、同意(consent)、契約(contract)を通じて全ての決定が行われる新しいタイプの政治体制について熱弁をふるった。
そして、2017年初頭、スリニヴァサンはTwitterの履歴を削除した。彼はどこへ行ってしまったのだろうか?
連邦政府が彼の専門知識を求めて彼を訪れていたことが判明した。新しく大統領に選出されたドナルド・トランプは、スリニヴァサンの友人であり、同じくリバータリアンであるテック投資家のピーター・ティールを閣僚の編成に任命し、スリニヴァサンは食品医薬品局(Food and Drug Administration、FDA)の長官候補に挙がっていた。スリニヴァサンが昔ながらの政治権力を握ろうとした瞬間、何年にもわたる激しい反政府声明は消え去った。
これは孤立した事件ではない。実際、このような偽善は新たな規範となっている。近年、テクノリバータリアンたちは、コバンザメのように(remora-like)アメリカ政府に取り入ろうとしている。何が起こっているのか? 単なる軽率な行動なのか、それとも何か深い理由があるのか。
シリコンヴァレーを代表するテクノリバータリアンたちは、自分たちが個人的に豊かにならない場合に限り、国家に反対している。政府が主要な顧客になるという見通しに直面すると、国家権力に対するかつての原則的な反対は消えてしまう。
この変化はティール自身にも見て取れる。2009年、ティールは「リバータリアンにとっての重大な課題は、全ての形態の政治から脱出することだ(the great task for libertarians is to find an escape from politics
in all its forms)」と宣言した。しかし、2016年には共和党全国大会で演説し、党派政治(partisan
politics)に完全に関与するようになった。それから数年の間に、彼が共同設立したデータ分析企業パランティアは巨大企業へと成長し、巨額の政府契約の恩恵を受けている。現在では、収益のほぼ半分を公的資金から得ている。
もう1つの具体例は、シリコンヴァレーを代表するベンチャーキャピタル企業アンドリーセン・ホロウィッツ(a16zとしても知られる)の創業者マーク・アンドリーセンだ。スリニヴァサンはa16zのパートナーを一時期務めていた。2023年10月、アンドリーセンは「テクノ・オプティミスト宣言(The Techno-Optimist Manifesto)」を執筆した。これは、自由市場と起業家精神を持つ技術者のプロメテウス的な力を称賛する、話題を呼んだ文書である。5000語のテキストには「政府(government)」という言葉は一度も登場せず、「国家(state)」という言葉が言及されたのはわずか2回で、国家を敵(the enemy)と位置づけていた。
しかし、国家はアンドリーセンにとって必要不可欠な生活手段だ。アンドリーセンは、彼が最初のインターネットブラウザの開発に携わった土地付与大学の資金を国家が拠出した。そしてブルームバーグの報道によると、a16zは近頃ワシントンではよく知られた存在となり、「アメリカン・ダイナミズム」構想(“American
Dynamism” initiative)を推進するために、他のベンチャーファンドよりもはるかに多くのロビー活動費を投じている。この構想は、政府の防衛、エネルギー、物流契約の獲得を目指す企業を支援するものだ。
このシフトの内部論理は、今ではほとんど見られなくなったティールの公的な執筆活動の1つで説明することができる。2020年、彼はジェームズ・デール・デイヴィッドソンとウィリアム・リーズ=モッグの1999年の著書『主権を持つ個人(The Sovereign Individual)』の序文を新たに執筆した。この本では、サイバー通貨や従来の市民権の放棄など、国家からの脱却の可能性を描いている。ティールは、著者が説明できなかった2つの発展、すなわち中国の台頭(the rise of China)と人工知能の進歩(advances in
artificial intelligence)を指摘した。
1990年代のシリコンヴァレーでは、大躍進の裏には政府からの資金援助があったという事実を隠蔽し、代わりに自作の天才(self-made genius)という神話を育てることが可能だった。しかし、2000年代からの中国の急速な台頭は、ハイテク覇権には別の要素が必要であることを示唆した。テスラCEOのイーロン・マスクは、ティールと同様、かつては大量監視(mass
surveillance)に反対していたはずだが、最近、まさにその種のデータを確保するために中国を訪れたことから、その立場は逆転した。
テスラの株価は低迷しているが、マスクは現在、アメリカの人工衛星の主要な打ち上げ会社であるスペースXや、現在ウクライナの戦争努力を支えている衛星インターネット・サーヴィスであるスターリンクといった、彼のポートフォリオのより強固な要素に頼ることができる。しかし、これらのヴェンチャーは、『主権を持つ個人(The Sovereign Individual)』で想像されたような、才能ある認知エリートと国家の関係を根本的に見直すというよりは、伝統的な軍産複合体(the traditional military-industrial complex)の反映である。
シリコンヴァレーがアメリカから撤退するという話は、いつも別の名前でフリーライド(ただ乗り)してきたものだ。そして今、それは究極の、ありのままの姿に達し始めている。テクノリバータリアンたちには、華やかさはないにせよ、より正確なレッテルが必要なのかもしれない。結局のところ、彼らは遠い惑星はおろか、大陸の果てや世界の海で政治を超えた神秘的な世界を築いている訳でもなければ、必ずしもテクノ封建主義(techno-feudalism)への転落を加速させているわけでもない。実際、彼らはテクノ・コントラクター(techno-contractors)に過ぎず、次の請求書をペーパーベルトに提出しているに過ぎない。
※クイン・スロボディアン:ボストン大学フレデリック・S・パーディー記念国際研究大学院国際史教授。最新刊に『資本主義の崩壊:市場急進派と民主政治体制なき世界の夢(Crack-Up Capitalism: Market Radicals and the Dream of a World
Without Democracy)』(メトロポリタン・ブックス刊、2023年)がある。
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』
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