古村治彦です。
「勢力圏(sphere of influence)」という考え方がある。これはある国が自分の国がある地域や周辺において、優先的に影響力を行使して支配するという考え方だ。アメリカのモンロー主義は「孤立」を強調されるが、実際には、「アメリカは南アメリカを影響圏として、スペインやイギリスの影響力を排除して支配する。ヨーロッパには関心を持たない」ということであり、南米を支配するための原理原則であった。南米を支配するために棍棒外交も採用して、武力的に介入することもできるという考えでもある。ロシアはソ連時代も含めて、自国の周囲に緩衝地帯(buffer zone)、衛星諸国(satellite states)を作り、本国ロシアを守るという考えを持っている。
現在の世界は、アメリカの一極支配(unipolar dominance)が崩れつつある。アメリカを中心とする西側諸国(the West、ジ・ウエスト)と中国とBRICSを中核とする西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)に分かれている。アメリカは世界から撤退して、西半球(Western
Hemisphere)を勢力圏として押さえるということになる。アメリカと中国の間にある太平洋をどうするかであるが、アメリカはハワイやグアムまで退くということになる。日本や台湾を嫌がらせのようにして、空母のようにして中国の沿岸に張り付ける形になっているが、これもやがて終わっていく。アメリカに日本にアメリカ軍を駐留させるだけの力がなくなり、日本にもそれを支えるだけの経済力がなくなり、日本の軍事力もそれを支える経済力も低下していくことになる。アジアと西太平洋は中国の勢力圏ということになる。ロシアは隣接する各国への影響力を維持するだろうが、それも中国との協力関係を維持しながらということになる。
勢力圏内であれば、協力は何をしてもよいということにはならない。そんなことをすれば、勢力圏自体が崩壊する。強国を「脅威」と見なす各国が合同して、強国に対峙することになる。さらに、圏外の強国に支援を求めるという動きも出てくるだろう。南アメリカ最大の強国はブラジルであり、ブラジルはBRICSの一角を占めている。アメリカが南アメリカから「西側以外の国々」の影響を排除することはできない。
アジア地域は共存共栄の勢力圏を目指すべきであり、中国は実際にそのように動くだろう。アメリカと違って馬鹿ではない。ヨーロッパが進出してくる前のアジアの状態に戻るということになるだろう。
(貼り付けはじめ)
勢力圏とは何か-そして何でないか(What Spheres of Influence
Are—and Aren’t)
-国際政治において最も誤解されている概念の一つが力によって戻ってきている。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2026年1月19日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/01/19/sphere-influence-trump-venezuela-donroe-doctrine/
最近、「勢力圏(spheres of influence)」について多くの議論が交わされているが、これは主にアメリカの最新の「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」、ドナルド・トランプ政権によるヴェネズエラでの最近の行動、そしてグリーンランドの占領に向けた新たな試みに対する反応だ。大国は自国の「近隣地域()neighborhoods」において誰にも邪魔されることのない影響力を行使すべきだという考えは、ドナルド・トランプ米大統領の信念とも一致している。彼は、強国の強力な指導者が世界を統治し、国際法や普遍的な道徳原則、その他の理想主義的な考えを気にすることなく、互いに取引を行うべきだと考えている。
残念なことに、勢力圏を支持する人も反対する人も、世界政治におけるその位置づけを十分に理解していない可能性がある。現実の世界では、勢力圏は廃止できる時代遅れの慣行でもなければ、大国間の競争を最小限に抑える効果的な方法でもない。むしろ、勢力圏は国際的な無政府常態(international anarchy)の必然的な結果であると同時に、国際的な無秩序状態が生み出す競争インセンティヴに対する不完全な解決策でもある。
大国勢力圏構想に対する反対意見のほとんどは規範的なものであり、批評家たちはそのような取り決めは本質的に不公平だと主張する。主権国家の世界では、各国は国際法の下で平等な地位を享受している(例えば、国連憲章第2条を参照)。したがって、強国が経済的または軍事的強制力によって弱い隣国に大きな支配力を及ぼすことは、本質的に間違っていることになる。例えば、ウクライナのNATO加盟への傾倒(将来の正式加盟の可能性も含む)をロシアが懸念する理由があるかもしれないと認識している人々でさえ、そのような決定はNATOとキエフの判断に委ねられるべきであり、ロシアの拒否権(veto)に左右されるべきではないと主張する。この見方に立てば、中国がアジア諸国に対しアメリカや台湾から距離を置くよう圧力をかけること、あるいはアメリカが(最近の「国家安全保障戦略」にあるように)「私たちの半球(西半球)外の競争国が西半球に軍事力やその他の脅威となる能力を配置したり、戦略的に重要な資産を所有・管理したりする能力を否定する(deny non-Hemispheric competitors the ability to position forces or
other threatening capabilities, or to own or control strategically vital
assets, in our Hemisphere)」と宣言することなどは、同様に不当である。こうした批判者たちは、全ての国が自らの判断で自由に連携すべきであり、強力な隣国には、誰と貿易し、誰から投資を受け、誰と軍事協力できるかを指図する権利はないと主張する。
そのような規範に支配された世界に住めたら素晴らしいだろうが、このヴィジョンは到底現実的ではない。勢力圏は国際政治において繰り返し出現する特徴であり、それを完全に排除できる可能性は低い。ホワイトハウス補佐官スティーヴン・ミラーが世界政治のいわゆる「鉄則(iron laws)」について無知な大言壮語をするのを鵜呑みにする必要もなく、強大な国家は自国の領土周辺で何が起きているかに常に敏感であり、自国の安全保障を強化すると信じる方法で周囲の状況を形作るために、自らの持つ力を利用するだろうことを認識すべきである。
勢力圏が生じる理由は3つある。第一に、大国は通常、遠隔地の大国よりも自国の近隣地域に強い関心を持つ。そして自国に近い地域で不利な動向が勢いを増すのを防ぐため、リスクを冒しコストを負担する意思が、遠隔地の大国が同じ動向を支援する意思よりも強い。後述するように、遠方の大国は他の大国に近い地域に重要な利益を有する場合もあるが、その利益は通常小さく、防衛のために多大な資源を犠牲にする意思も通常低くなる。2015年に私が主張したように、これがウクライナを西側の自由主義圏に組み入れようとする試みが危険であった理由の1つだ。ロシアは私たちよりも(ほとんどのウクライナ人よりもという訳ではないが)ウクライナを気にかけており、したがって私たちとは異なる方法でエスカレートする意思があったはずだ。同じ論理で、アメリカが本当に動揺しているときに、ロシア、中国、イランからの支援がラテンアメリカ諸国にとってほとんど役に立たない理由も説明できる。この事実は、大国による干渉が正当または道徳的であることを示すものではないが、なぜそのような干渉が起こるのかを理解する上で役立つ。
第二に、ヨーロッパ連合(EU)、アメリカ・メキシコ・カナダ貿易協定、そして東アジアにおける中国の経済的影響力が示すように、グローバル化の時代においても、貿易は依然として地域的に集中する傾向がある。その結果、地域最大の経済大国は、近隣諸国の選択に対して相当な(無限ではないものの)影響力を持つのが一般的である。なぜなら、近隣諸国は、支配的な大国が自国の市場へのアクセスを拒否したり、主要輸出品を制限したりする可能性のある措置を講じた場合の経済的影響を考慮しなければならないからである。
第三に、軍事力を自国に近い場所に展開することが容易であるため(そして、遠方の大国が遠方の国を支援することはより困難であるため)、大国は反抗的な近隣諸国に対してより説得力のある軍事行動の脅しをかけることができる。例えば、ロシアがラテンアメリカ、中東、アフリカに50万人以上の兵士を輸送し、維持することはほぼ不可能であるが、隣国ウクライナには(困難を伴うものの)同数の部隊を配備することが可能であり、実際に配備している。
世界政治において勢力圏が頻繁に見られるという認識から、批評家の一部は、勢力圏について、世界を組織化し、大国間の対立を緩和する潜在的に有用な手段と捉えている。大国が互いの勢力圏を認め、尊重することに合意すれば、潜在的な利益相反(conflicts of interest)は減少し、それぞれの大国の安全保障は強化されるはずだ。理論上は、大国が境界線の位置について合意し、それぞれの勢力圏において「互いに尊重し合う(live and let live)」ことを約束すれば、それぞれが自らの地域を自由に管理できるようになり、潜在的な摩擦点(points of friction)は減少するはずだ。
歴史が示しているのは、私たちはこの処方箋にある程度懐疑的な見方をしているようだ。主張者たちは、このアプローチの成功例として、冷戦時代のヨーロッパ分断を挙げるかもしれない。何世紀にもわたる戦争の繰り返しの後、ヨーロッパはアメリカとソ連がそれぞれ大陸の半分を支配し、互いに抑止力となり、従属諸国(clients)を統制していたため、平穏を保っていた。 NATOとワルシャワ条約機構の直接衝突は計り知れないほどの破壊をもたらすことは誰もが知っていたため、双方とも相手の領域に過度に干渉することに警戒していた。
しかし、この例は一見するほど説得力があるようには思えない。1950年代(特にベルリンの壁が建設される前)のヨーロッパは、危機が繰り返し発生していただけでなく、核兵器を保有する2つの超大国(two nuclear-armed superpowers)が「鉄のカーテン(the
Iron Curtain)」を挟んで睨み合っていたという事実に、平和は大きく依存していた。ヨーロッパが2つの対立圏(rival spheres)に分断されていたことで、開戦の可能性は低かったかもしれないが、冷戦(the Cold War)下の競争は依然として激しく、どちらの側も、相手が自らの勢力圏で優位な影響力を行使する「権利(right)」を完全には認めていなかった。もしアメリカ人がそうしていたら、ロナルド・レーガン大統領がベルリンでソ連の指導者たちに「この壁を壊せ(tear down this wall)」と演説することは決してなかっただろう。
さらに言えば、諸列強帝国(great-power empires)の初期の歴史は、誰が異なる地域に支配的な影響力を及ぼすかについて相互合意(mutual agreement)によって平和を確保しようとすることの難しさを如実に示している。様々な植民地大国(colonial powers)は海外に帝国を築く権利を認め、時には世界のどの地域が誰のものであるかについて暫定的な合意に達したものの、こうした取り決めは流動的であり、時に激しい論争を巻き起こした。イギリスとフランスは、北アメリカにおける支配的な影響力をめぐって争い(最終的にはどちらにもならなかった)、アフリカ、中東、南アジア、太平洋におけるそれぞれの植民地領有権をめぐって繰り返し衝突した。したがって、歴史が示すように、地図上に線を引いて各列強の領域を画定することは、問題の解決に長くは続かないだろう。
今日ではどうだろうか? 一方で、諸大国は確かに国益を有しており、特に自国領土に近い地域においては、これを無視して自国の戦略を策定するのは愚かな行為である。後知恵(hindsight)で言えば、アメリカの指導者たちは、旧ソ連に隣接する地域で政治的連携を再構築しようとする試みは逆効果になると警告した多くの声に耳を傾けるべきだった。そして、もし遠く離れた大国がアメリカ本土付近で同様のことを行おうとしたら、自分たちはどう反応するだろうかと自問すべきだった。他者の感受性(sensitivities)に配慮することは、道徳的な放棄ではなく、単に賢明な国家運営に過ぎない。
しかし他方で、勢力圏モデルを採用することで世界政治を平和化しようとしても、大国間の競争に終止符を打つことはできない。その理由は次の通りだ。
始めに、大国は自国地域内では相当な経済的影響力を持っているものの、今日の世界経済は高度に、そしておそらくは不可逆的にグローバル化しており、世界中の生活水準は、製造品の複雑なサプライチェインと、世界中から流入する原材料や食料資源に依存している。その結果、様々な地域を外部の経済力から完全に遮断することは(かつてのスターリン主義ロシアのように)、誰もが著しく貧しくなることなしには実現不可能だ。もしアメリカがラテンアメリカ諸国による中国製品の購入、原材料や大豆の輸出、そして切望されている中国からの投資の受け入れを阻止できると考えるなら、同等の価値を持つ代替品を提供するか、地域全体の人々の怒りを募らせるかのどちらかを迫られるだろう。同じ原則は、中国が東アジアにおいて外部勢力を排除する経済秩序を押し付けようとする試みにも当てはまる。そしてこれは、非常に深刻なコストを負わない限り、ライヴァル大国の影響力を自国の領域から排除することはできないことを意味する。
さらに、たとえ全ての主要国がそれぞれの領域を何らかの形で正式に承認したとしても、彼らは互いに警戒を強め、力と優位性を競い合うことになるだろう。そして、たとえ潜在的なライヴァル国に自国に近い地域への関心と資源を集中させるためだけでも、他の領域への様々な形での干渉に誘惑されるのは避けられないだろう。これが、ヨーロッパやアジア(そして程度は低いがペルシャ湾岸地域)における地域覇権国(regional hegemons)の台頭を阻止しようとアメリカが繰り返し試みてきた中心的な論理であり、こうした覇権国が台頭するには、時にアメリカの積極的な介入(active U.S. intervention)が必要だった。アメリカの指導者たちは、ヨーロッパやアジアにおける覇権国は、自らの領域内では誰にも挑戦されず、西半球を含む世界中でより自由に介入できるだろう。そして、この可能性はアメリカが長らく享受してきた「無料の安全保障(free security)」を低下させるだろうと理解していた。ライヴァル関係にある諸大国が互いの領域に干渉し始めると、たとえそれが限定的なものであっても、各国は警戒感を抱き、反発する可能性が高い。そのため、互いに譲り合い、ライヴァルの領域に介入しないという合意は、特に力のバランスが変化し、魅力的な新たな機会が生まれる場合には、極めて脆弱であることが判明する可能性が高い。
加えて、東ヨーロッパにおけるソ連の経験や、アメリカとラテンアメリカ諸国との関係史が示唆するように、大国の勢力圏内にある弱小国家の中には、その優位性に憤り、それを弱める方法を模索する国も出てくる。これは、遠方のライヴァル大国に介入の機会を与え、優位な大国を不利な立場に追い込むことになる。例えば、アメリカは1953年、1956年、1968年といった時期に、ワルシャワ条約機構加盟国の反乱軍をほとんど支援しなかった。また、1962年のキューバ危機を除けば、ソ連はフィデル・カストロ率いるキューバやサンディニスタを支援するために大きなリスクを冒すことはなかった。むしろ、米ソ両国は主に、ライヴァル国が弱い隣国に高圧的な干渉を行っていることを強調することで、プロパガンダの得点を稼ごうとした。そして、大国が自国の勢力圏内の反体制勢力を弾圧しなければならない状況では、こうした種類の正統性を失わせる動きが必ず起こるのである。
この状況はまた、勢力圏が最も効果的に機能するのは、それがほとんど目に見えない時、支配的な大国が近隣諸国を従わせるために多くのことをする必要がなく、自らの役割を本質的に善意あるものとして見せることができる時であることを私たちに思い出させる。とりわけ、だからこそトランプ政権は、「私たちの(our)」半球に自らの意志を押し付けると豪語しながらも、他国の資源や領土を支配したいという願望を公然と宣言している。これは外交上の失策であり、半球内でさらなる反感を醸成し、大国同士がアメリカを危険なならず者(a dangerous rogue)と描写するための十分な材料を与えることになるだろう。
最後に、たとえ中国、アメリカ、ロシア、そしておそらく他の1、2カ国が互いの勢力圏を認め、尊重することを約束したとしても、アフリカと中東は現在、どの大国の勢力圏にも入っていない。そのため、大国が富、力、影響力を求めて競争できる場所は依然として多く存在し、各大国が争っている地域への安全な通信回線を確立し、他の地域へのアクセスを拒否しようとするため、ある地理的領域での競争は他の地域にも波及する傾向がある。
結局のところ、世界が能力の大きく異なる独立国家に分断されている限り、勢力圏は国際情勢の不可避的な特徴であると同時に、平和を促進することにとっては、頼りない手段でもある。より平穏で繁栄した世界を築きたいのであれば、まずは他国の勢力圏に挑戦することは危険な試みであることを認識する必要がある。しかし、それだけでは終わらない。安定した平和の構築は、少数の世界指導者が地図を取り出して誰がどこに何を得るかを決めるだけでは到底できるものではない。たとえ今日、何とか合意に至ったとしても、将来、互いの地域的宗主権(regional suzerainty)の主張に挑む、微妙な、あるいはそれほど微妙ではない試みを含め、優位性を競い合うことを止めることはできない。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』



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