古村治彦です。
イラン戦争は現在のところ、停戦になっているが、ホルムズ海峡をめぐり、イランとアメリカがお互いに海上封鎖を行い、にらみ合いという状況になっている。イラン側も石油輸出ができないということになると、世界は本格的な石油欠乏に陥る可能性が高く、非常に厳しい状態が続く。価格が上昇するだけならまだしも、物品がないという状態になることが恐ろしい。
アメリカの外交政策の大きな潮流として、介入主義とリアリズムがあり、介入主義には、共和党系となるとネオコンサヴァティヴィズム、民主党系となると人道的介入主義がある。介入主義は海外の非民主的な国家の民主化(democratization)を求める。もっとも、アメリカの利益にかなう非民主的な国家の民主化は求められない(例:サウジアラビア、中央アジア諸国)。最悪の場合には、戦争に訴えてでも民主化するということになる。
イランに関しては、1979年のイスラム革命によって、中東における親米の非民主的な王政から反米のイスラム共和国となって以来、アメリカの介入主義にとっては攻撃材料となってきた。1980年から1988年のイラン・イラク戦争は、アメリカがイラクのサダム・フセイン大統領を支援して、イスラム革命の拡大を防ぎ、イランの弱体化を進めるために行われた戦争だ。イスラム革命に関しては、中東地域の国々にとっても迷惑な話ということになる。
アメリカ国内にはイラン攻撃を主張する人々がいた。今回ご紹介する論稿ではそのような人々の実名が出ている。そして、論稿の著者スティーヴン・M・ウォルト教授は、そうした人々に責任を取ることを求めている。それは何も引退せよとか筆を折ってしまえ、職を辞せよということではなく、彼らが間違っていた点を分析し、反省し、誠実にそのことを述べることである。彼らの主張を封じてしまうことではない。思想の自由、表現の自由は誰であっても守られねばならない。反省について私たちは歓迎し、その誠実さを称揚すべきである。しかし、こうしたことは非常に難しい。しかし、過ちを繰り返さない、未来において過ちの可能性を少しでも減少させるためには、間違いや誤りについて「寛容」でなければならない。
(貼り付けはじめ)
アメリカの戦争推進派エリートたちは責任を取らされるべきだ(America’s
Pro-War Elites Must Be Held Accountable)
―イランにおける破滅的な冒険を擁護した者たちは責任を逃れることはできない。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2026年4月9日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/04/09/america-pro-war-elites-accountable-responsibility/?tpcc=recirc_latest062921
アメリカは多くの点で優れているが、エリートたちに責任を取らせること(holding
elites to account)は得意ではない。ジェラルド・フォード大統領はリチャード・ニクソンを恩赦し、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領はイラン・コントラ事件の責任者を恩赦し、バラク・オバマ大統領は拷問の違法使用を承認した者たちを訴追しなかった。ヴェトナム戦争とイラク戦争という悲惨な戦争の立案者たちは、その後も生涯にわたりエスタブリッシュメント側の尊敬される一員であり続け、場合によっては著名な機関で指導的地位や閑職に就き、望む時にいつでも外交問題について意見を述べ続けた。2008年の金融危機を引き起こした詐欺師たちも責任を問われることはなく、私たちはただ過去を水に流して前に進んだだけだった。こうした経緯を考えると、アメリカが過去の過ちを繰り返す傾向があるのも不思議ではない。
イランとの戦争はその典型的な例である。火曜日に発表された停戦が維持されるかどうかはまだ分からないが、2025年6月のイラン攻撃以降に、再び戦争に突入したことがとんでもない失策であったことは既に明らかだ。2カ月前、ホルムズ海峡は開かれており、イランは封じ込められ、その指導者たちは不人気で、石油と天然ガスの価格は低く、アメリカの兵器備蓄は豊富だった。今日、石油と天然ガスの価格は高騰し、インフレは上昇し、イランは海峡を支配し、通行料で収入を得ている。そして、イラン政府はより若くなり、より強硬路線で、国民の支持も高まっている。アメリカのミサイル備蓄は枯渇し、中東地域の主要施設のいくつかは深刻な被害を受けている。そして全世界は、自分が何をしているのか全く分かっていない衝動的な老人にアメリカが率いられていることを思い知らされた。この時点で、不必要な戦略的大惨事(an unnecessary strategic disaster)となった事態の責任者に責任を負わせることを遅らせる理由はない。
戦争という愚かな決断の責任は誰にあるのか、そして誰に責任がないのかについて、既にいくつかの予備的な見解を述べた。もちろん、第一の責任はドナルド・トランプ米大統領、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフ、そして彼らを支援した側近たちにある。しかし、このような決断は突如として起こるものではない。民主政治体制国家においては、愚かな選択戦争への道は、評論家、ロビイスト、補佐官、そしてその他の自称専門家によって舗装される。彼らは時に何年もかけて、戦争という名の犬を解き放てば厄介な外交問題が消え去ると政策決定者を説得しようとする。彼らの努力によって、軍事力行使という考え方が徐々に常態化し、何千もの命がかかっている重大かつ運命的な決断が、数ある選択肢の1つに過ぎないように思えてしまう。
戦争の公式はほぼ常に同じだ。まず、選んだ敵を悪の権化(the epitome of
evil)であり、改革不可能な存在として描き出す。次に、戦争推進派は、作戦は迅速かつ容易で、費用もかからず、広範囲にわたる長期的な利益をもたらすと断言する。そして、残り時間がなくなりつつあり、今行動を起こさなければ悲惨な結果を招くと繰り返し警告する。彼らは、多くのものを爆破した後に犠牲となる罪のない民間人や、生き残った人々が直面する苦難については意図的に沈黙を守り、攻撃対象となっている住民は私たちの行動を歓迎するだろうと自信満々に予測する。このお決まりのパターンは、好機が訪れ、愚かな指導者が戦争推進派の主張が正しいと判断するまで、延々と繰り返される。
それでは、トランプ大統領の開戦決定を正当化するのに一役買った主要人物は誰だろうか? 『ニューヨーク・タイムズ』紙のブレット・スティーヴンスは間違いなくその1人だ。スティーヴンスは長年にわたりイランとの戦争を声高に主張しており、2003年のイラク侵攻を支持し(そして今も擁護している)のと同様である。世界有数の報道機関の要職に就く彼は、2024年に「私たちは絶対にイランへの攻撃をエスカレートさせる必要がある」と書いた。開戦前夜にも「イラン攻撃の論拠」と題したコラムでこの見解を改めて表明した。現在もなお、彼はこの戦いに全力を注いでおり、その後もコラムを執筆し、戦争は順調に進んでいると読者に保証し、アメリカの努力を緩めることを戒めている。もしあなたが税金を戦争犯罪に使われることを喜び、ガソリン価格に1ガロン6ドル以上払うことを楽しんでいるなら、彼に感謝の手紙を送っても構わない。
スティーヴンスと同様、アトランティック・カウンシルのマシュー・クローニグも、2012年の記事「イラン攻撃の時」をスタートにして、10年以上にわたりイランへの戦争を主張してきた。この記事は、戦略分析の失敗例の典型例と言えるだろう。クローニグは、戦争がどのような結果になるかという最良のシナリオと、戦争が起こらなかった場合に何が起こるかという最悪のシナリオを混同していた。クローニグはその後の著書でも同様の主張を繰り返し、以来、その見解を微塵も変えていない。2025年にも再び戦争を主張し、イランが報復措置を取ることはないだろうから、大規模な戦争に発展する危険性はほとんどないと主張した。(どうやらイランの指導者たちは彼の分析を読んでいないようだ。もし読んでいたとしても、明らかに納得しなかっただろう。)
アメリカン・エンタープライズ研究所のダニエル・プレトカ、マーク・ティーセン、マイケル・ルービンもまた、戦争の熱烈な支持者として知られている。開戦前夜、これらの筋金入りのタカ派は長時間のポッドキャスト対談を行い、トランプ大統領が政権交代(体制転換、regime change)を主導することを期待する理由を説明し、イラン政府の転覆は容易だと予測し、指導者暗殺の是非について何気なく議論した。プレトカは、戦争の費用増大とトランプ大統領の明らかな焦りにもかかわらず、依然として戦争を擁護しており、3人とも戦争による人的被害、度重なる国際法違反、あるいは戦争犯罪の可能性について、全く懸念を示していないようだ。
フーヴァー研究所のナイオール・ファーガソンも同様に責任を問われるべきだ。2003年のイラク侵攻を支持した人物にふさわしく、ファーガソンは2026年初頭のポッドキャストで、アメリカは昨年夏に始めた「仕事を完遂するべきだ(finish the job)」と述べた。ファーガソンは、「この邪悪な政権を地球上から排除することは、間違いなくイランの一般市民にとって有益であり、地域全体、ひいては世界にとっても有益となるだろう。さあ、実行しよう」と述べた。トランプ大統領がファーガソンの願いを叶えた際、ファーガソンは『フリー・プレス』誌の読者に対し、「アメリカとイスラエルによるイラン・イスラム共和国との戦争について、私が自信を持って約束できることが1つある。それは、戦争は長くは続かないということだ」と断言した。常に柔軟な姿勢を見せるファーガソンは、最近では当初の楽観論から後退し、戦争が「世界規模(global)」に拡大する可能性について疑問を呈しているようだ。戦争を煽る前に、その可能性についてもう少し考えてくれていたらよかったのにと思う。
ジャック・キーン退役大将(四つ星)も注目に値する。他の退役軍人たちは今回の戦争の是非を問うているが、キーン大将は特に一貫して戦争を支持してきた。開戦前、彼はフォックス・ニューズに対し、軍事力行使は「最善の選択肢(the best option)」であり、政権交代のための「歴史的な機会(historic
opportunity)」だと述べた。開戦後もキーン大将は戦争を擁護し続け、トランプ大統領の決定を称賛し、戦争はすぐに終結すると予測している。
対イラン好戦主義者について語る上で、マーク・デュボウィッツと、彼が率いる民主政治体制防衛財団(the Foundation for Defense of Democracies、FDD)の様々な関係者を外すことはできない。イスラエル・ロビー(the Israel Lobby)の主要組織であるFDDは、イランのウラン濃縮能力と濃縮ウランの備蓄量を大幅に削減し、イランが核兵器を開発するまでの時間を延長するはずだった包括的共同行動計画(核開発合意、JCPOA)に最も積極的に反対した組織の1つだ。当初の合意を阻止できなかったFDDは、イランが完全に合意を遵守していたにもかかわらず、トランプ大統領が最初の任期中にJCPOAから離脱し、聖職者政権を打倒することを目的とした「最大限の圧力(maximum
pressure)」政策を採用するよう説得するのに貢献した。批評家たちは、合意を破棄すればイランはウラン濃縮を再開し、核兵器開発に近づく(そして実際にそうなった)ことになり、アメリカは最終的に武力行使という決断を迫られ、現在我々が経験しているようなあらゆる悪影響が生じるだろうと警告した。しかし、デュボウィッツはその可能性について考慮せず、2月初旬に前米公共ラジオに対し、アメリカは「まず攻撃し、それから話し合うべきだ(strike first and then talk)」と語った。それ以来、トランプ大統領の判断ミスや、戦争が世界中でもたらした人的被害を示す証拠が増えているにもかかわらず、FDDは一貫して戦争を応援し続けている。
そして、第一次トランプ政権で米国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトンも挙げられる。ボルトンはトランプ大統領の戦争対応を含め、トランプを厳しく批判するようになったが、イラン政権打倒のための武力行使を長年支持し、ワシントンとテヘランの関係改善に向けた外交努力に反対してきた。2015年の核開発合意に反対し、トランプ政権1期目の失敗に終わった「最大限の圧力(maximum pressure)」キャンペーンを支持し、2026年3月初旬にはPBSのインタヴューで、2月の開戦決定は「完全に正当化される(totally justified)」と述べ、「20年前に開戦していれば、世界はもっと安全だっただろう」と続けた。したがって、トランプ大統領と対立したとはいえ、ボルトンはこの戦争を引き起こした人物の1人として挙げるべきだろう。
2026年2月28日以前にイラン攻撃を主張し、その後も戦争を擁護し続けている著名人は、これらの名前だけではない。リンジー・グラハム連邦上院議員やトム・コットン連邦上院議員といった共和党の政治家、そしてフォックス・ニューズのマーク・レヴィンやショーン・ハニティといったコメンテーターは、ここでは除外した。世界経済や、より深刻な国家安全保障上の課題への対応能力に甚大な影響を与えるにもかかわらず、アメリカの指導者たちが再び中東地域における無期限の紛争を開始するという政治的風潮を作り出した、他にも重要な人物が間違いなくいるだろう。私のリストに名前を追加して、彼らのうち誰かが最終的に自分たちの助言が間違っていたと認めるかどうかを確かめて欲しい。
もし戦争が本当にアメリカの大敗で終わるとしたら、現状ではその可能性が極めて高いように見えるが、戦争を推進した人々は、戦争は正しい判断だったと主張し、トランプ大統領、ピート・ヘグセス国防長官、マルコ・ルビオ国務長官、J・D・ヴァンス副大統領たちを、彼らの巧妙な計画を適切に実行できなかったとして非難するだろう。しかし、この言い訳は通用しないだろう。攻撃命令が出る前からトランプ政権の無能さは明らかだったし、戦争が順調に進むと信じる理由はほとんどなかったからだ。
アメリカ人が同じ過ちを繰り返さないようにするには、こうした悪質な助言を繰り返す人間たちの意見に耳を傾けるのを大幅に減らす必要がある。確かに、説明責任(accountability)を求めるあまり行き過ぎてしまうこともある。外交政策は不確実なものであり、誰もが常に正しい判断を下せるわけではないからだ(私も含めて)。しかし、分別のある人は過ちを認め、経験から学ぶ。一方、イデオロギーに凝り固まった人や活動家は、ますます頑固になる傾向がある。同じ処方箋を繰り返し提示し、毎回同じように悪い結果を招き、決して学ぼうとしない人がいるなら、別の助言を求めるべき時だ。
ここは依然として自由な国であり、今回の愚かな戦争を煽った者たちを訴追したり、解雇したり、罰したり、その他の形で虐待したりすべきだと言っている訳ではない。ジョン・スチュアート・ミルが「思想と議論の自由(the liberty of thought and discussion)」と呼んだものが、長期的にはより良い政策を生み出すと今でも信じているし、意見の異なる見解を抑圧しようとするべきではない。しかし、表現の自由と反対意見への寛容さを守ることは、全ての声に等しく注目したり、同等の重要性を与えたりすることを要求するものではない。
誤った助言を繰り返す人々に責任を問う第一歩は、誰がそのようなことをしているのかを特定し、彼らの発言を記録することだ。私がこのコラムを書いたのもそのためだ。今後、記事のために専門家の助言を求める記者が、名簿にあるお馴染みの名前ばかりに頼るのではなく、もっと多様な意見に耳を傾けるようになることを期待したい。学術誌の編集者は、好戦的な論客の投稿をより懐疑的に扱うべきであり、啓発的な解説を求めるニュースネットワークやポッドキャスターは、こうした失敗した預言者を今よりも頻繁に取り上げるべきではない。そして何よりも重要なのは、困難な外交問題について賢明な助言を求める政策立案者は、他者の洞察と助言に頼るべきだ。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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