古村治彦です。

 今年2026年7月4日、アメリカは建国250周年を迎える。1776年7月4日、フィラデルフィアで建国の父(Founding Fathers)と呼ばれる人々が独立宣言(the Declaration of Independence)に署名した日、現在の状況を想像していただろうかという疑問を自らに問うとき、彼らの思い通りの国家にはなっていないであろうと私は考えてしまう。この250年の間、アメリカは国力を増進し、やがて世界最大、もっとも豊かな国になっていったが、

それと同時に世界最強の国家として多くの戦争を戦ってきた。そして、今も戦っている。

少なくとも、1992年の大統領選挙以降、新大統領になる人々は、自分は戦争をしないで、平和の構築者になると訴えて当選してきたが、その約束はことごとく破られてきた。下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトはアメリカについて戦争中毒(addicted to war)と指摘している。そして、戦争中毒になってしまった理由として次の5点を挙げている。番号を振って当該箇所を引用する。

(引用貼り付けはじめ)

(1)冷戦初期から進行し、対テロ戦争中にさらに拡大した、大統領権力の長期的な強化(the long-term consolidation of executive power)である。私たちは大統領に、戦争と平和に関する決定、外交の遂行、巨大な情報機関の活動、そして秘密工作能力に関して、途方もない裁量権(enormous latitude)を与えてきた。

(2)アメリカ大統領は戦争に踏み切る自由があるのは、国民に直接費用を負担させないことを学んだからだ。朝鮮戦争は、国民が直接増税して費用を賄った最後の戦争だった。それ以降、大統領は借金をして財政赤字をさらに膨らませ、将来の世代にそのツケを押し付けてきた。

(3)志願制軍隊は戦争の意思決定を容易にする側面もある。なぜなら、危険に身を投じる人々は皆、その可能性を承知の上で志願しており、無作為に徴兵された者よりも不満を漏らす可能性が低いからだ。

(4)軍産複合体(the military-industrial complex)を非難することはできる。ただし、ロッキード・マーティンやボーイングが誰かに戦争を働きかけたと言っている訳ではない。しかし、武器を売るビジネスをしている以上、不安を売るビジネスをしているのと同じなのだ。つまり、脅威が満ち溢れた世界(中には先制攻撃が必要な脅威もある)を描き、外交の価値を貶め、武力による解決策を過剰に推し進めるということだ。

(5)武力行使があまりにも容易になり、リスクがほとんどないように思えるようになったからだ。巡航ミサイル、ステルス機、精密誘導爆弾、ドローンのおかげで、アメリカ(およびその他数カ国)は地上部隊を派遣することなく、また直接的な報復を(少なくとも当初は)あまり心配することなく、大規模な空爆作戦を展開することが可能になった

(引用貼り付け終わり)

 アメリカは戦争をしやすい体制を作り上げてきたということが言える。それがアメリカを帝国に押し上げた。しかし、アメリカの最盛期はすでに過ぎ去った。その国力は低下し続け、世界支配は過重な負担になっている。アメリカは世界支配を止め、西半球に立てこもろうとしている。アメリカが世界支配を止め、帝国であることを止めるということは、戦争中毒からの脱却、回復を目指すということである。その過程は数十年単位ということになるだろうが、これからはそのリハビリ期間ということになる。

(貼り付けはじめ)

アメリカは今でもまだ戦争中毒だ(The United States Is Still Addicted to War

―なぜ歴代のアメリカ大統領全員が大規模な軍事作戦に巻き込まれるのか

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年3月2日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/03/02/trump-iran-war-united-states-addicted/

彼らが何を言おうと、戦争を避けることは不可能だ。1992年、ビル・クリントンは「問題は経済だ、馬鹿(it’s the economy, stupid)」と述べ、勢力政治(power politics)の時代は終わったと宣言して大統領選挙に勝利した。しかし、就任後、クリントンは複数の国へのミサイル攻撃を命じ、イラク上空に飛行禁止区域を設定し(時には爆撃も行った)、1999年にはセルビアに対する長期にわたる空爆作戦を展開した。

2000年、ジョージ・W・ブッシュはクリントンの過剰な外交政策を批判し、有権者に力強いが「謙虚な」(strong but “humble”)外交政策を約束してホワイトハウスを勝ち取った。その結果は皆さんがご存じの通りだ。8年後、バラク・オバマという若い連邦上院議員が大統領に就任したが、その大きな理由の一つは、彼が2003年のイラク侵攻に反対した数少ない民主党員の一人だったことだ。就任からわずか1年で、彼は何の功績もないにもかかわらずノーベル平和賞を受賞した。それは、人々が彼を真の平和構築者(peacemaker)だと信じたからに他ならない。オバマ大統領はいくつかの問題で努力を重ね、最終的にはイランの核開発計画を縮小する合意に達したが、同時にアフガニスタンへの無意味な「増派(surge)」を命じ、2011年にはリビア政権の転覆を支援し、様々な標的に対する標的攻撃やその他の暗殺をますます躊躇なく命じるようになった。2期目の任期が終わる頃には、アメリカは依然としてアフガニスタンで戦闘を続けており、勝利には全く近づいていなかった。

そして2016年、平凡な実業家でリアリティ番組スターのドナルド・トランプが大統領選挙に出馬し、「永久戦争(forever wars)」を公然と非難し、外交政策のエスタブリッシュメントを糾弾し、「アメリカ・ファースト(America First)」を掲げた。選挙での予想外の勝利の後、彼もまたアフガニスタンへの一時的な増派を発表し、対テロ戦争を全速力で継続させ、イラン高官のミサイル暗殺を命じ、軍事予算の着実な増加を主導した。トランプは最初の任期中に新たな戦争を始めなかったが、終結させた戦争もなかった。

ジョー・バイデンは、アメリカの無益なアフガニスタン侵攻作戦を中止することで戦争を終結させたが、前任者たちが無視してきた現実を認識したことで激しい非難を浴びた。バイデンは2022年のロシアによるウクライナ侵攻に対し、西側諸国の積極的な対応を主導したが、ウクライナを西側陣営に取り込もうとした彼の以前の努力が、戦争の可能性を高めたという事実を、多くの有機者が無視した。大統領就任後最初の2年間、パレスティナ問題を無視していたバイデンは、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃に対するイスラエルのジェノサイド的報復に対し、数十億ドル相当の武器供与と外交的保護を提供した。

バイデンの失策(そして再選を目指す彼の頑固な姿勢)は、トランプの大統領復帰を後押しし、トランプは再び平和の大統領となり、アメリカ国民に数兆ドルの損失と数千人の命を奪ってきた絶え間ない介入主義(interventionism)を終わらせると誓った。しかし、過去との決別どころか、トランプ2.0はかつて嘲笑していた歴代大統領よりもさらに好戦的な人物であることが判明した。アメリカはトランプ政権復帰後最初の1年間で少なくとも7カ国を爆撃し、カリブ海と太平洋では麻薬密輸の疑いだけで船舶乗組員を次々と殺害している。ヴェネズエラの石油資源を掌握するため、指導者を拉致し(その一方で、ヴェネズエラは新たな独裁者の手に委ねられた)、そして今、1年足らずで2度目のイランへの戦争を開始した。昨年夏にはイランの核インフラが「壊滅した(obliterated)」と世界に宣言していたにもかかわらず、今や「差し迫った脅威(imminent threats)」を阻止するために爆撃せざるを得なかったと主張している。

一体何が起こっているのだろうか? 1992年以来、民主、共和両党の歴代大統領は平和構築者(peacemaker)となり、前任者の行き過ぎた行為や過ちを繰り返さないと誓って選挙に立候補してきたが、就任すると遠い異国で軍事行動を起こす衝動を抗することができなかった。私たちは再び自問自答しなければならない。アメリカは戦争中毒になっているのだろうか?

トランプ大統領の2期目までは、この傾向は、軍事力をグローバルな自由主義秩序を推進するための有効な手段とみなしていた超党派の外交政策における「ブロブ(Blob エスタブリッシュメント)」の傲慢な考え方によって説明できたかもしれない。しかし、この説明ではトランプ大統領の2期目の行動をうまく説明できない。トランプ大統領は依然として既成勢力(いわゆる「ディープステート(the deep state)」)を憎み、1期目の失敗を彼らのせいにし、国家安全保障機関を骨抜きにし、自分の意のままに動く忠実な部下を要職に任命した。今回の戦争は、もはや「ブロブ」のせいにはできない。

こうした政策を擁護する人々は、アメリカには他に類を見ない世界的な責任があり、大統領は就任当初は武力行使を減らすという理想主義的な考えを抱いていても、すぐに世界中でアメリカの力を行使する必要性を痛感させられると主張するかもしれない。しかし、この説明の問題点は、これほど頻繁に爆撃を繰り返しても根本的な政治問題が解決されることはほとんどなく、アメリカの安全保障も向上せず、ましてや攻撃を受けているほとんどの国にとって良いことではないということだ。学習能力の低いアメリカでさえ、今頃はもうこのことを理解しているはずだ。だからこそ、疑問は残る。真の平和賞(FIFAから授与された偽りの賞ではなく)を熱望する大統領の下でさえ、なぜワシントンはこうした行為を続けるのか?

明白な理由の一つは、冷戦初期から進行し、対テロ戦争中にさらに拡大した、大統領権力の長期的な強化(the long-term consolidation of executive power)である。私たちは大統領に、戦争と平和に関する決定、外交の遂行、巨大な情報機関の活動、そして秘密工作能力に関して、途方もない裁量権(enormous latitude)を与えてきた。そして、行政府が必要に応じて嘘をつきやすくするような、ある程度の秘密主義を容認してきた。民主、共和両党の大統領は、この行動の自由を喜んで受け入れ、その権限を縮小しようとする試みを歓迎することはほとんどなかった。行政権の強化(the consolidation of executive power)は、連邦議会によって助長され、促進されてきた。連邦議会は、武力行使の決定に対して、意味のある監督を行うことにますます消極的になっている。そのため、オバマ政権が(テロとの戦いとイラク侵攻を承認した時代遅れの決議に代わる)新たな武力行使承認を積極的に求めた際、連邦議会は議員たちが記録に残ることを望まなかったため、承認を拒否した。そして今、彼らはトランプ政権がイランに対する無益な戦争を始める前に、自分たちの許可を求めなかったと不満を述べている。

第二に、サラ・クレプスとロゼラ・ジエリンスキーが指摘しているように、アメリカ大統領は戦争に踏み切る自由があるのは、国民に直接費用を負担させないことを学んだからだ。朝鮮戦争は、国民が直接増税して費用を賄った最後の戦争だった。それ以降、大統領は借金をして財政赤字をさらに膨らませ、将来の世代にそのツケを押し付けてきた。その結果、少なくとも5兆ドルもの費用がかかったイラク戦争やアフガニスタン戦争のような長期にわたる高額な戦争でさえ、ほとんどのアメリカ国民は経済的な影響を感じていない。

志願制軍隊は戦争の意思決定を容易にする側面もある。なぜなら、危険に身を投じる人々は皆、その可能性を承知の上で志願しており、無作為に徴兵された者よりも不満を漏らす可能性が低いからだ。また、トランプ(とその子供たち)のようなエリート層が兵役を完全に免れることを可能にし、富裕層や政治的コネを持つ人々がこうした決定によって個人的に影響を受ける度合いを低下させ、職業軍人を、本来守るべき社会との繋がりが希薄な、いわば「分離した階級(a separate caste)」へと徐々に変貌させている。しかし、こうした度重なる武力行使の決定を軍のせいにしてはならない。この流れを操っているのは非軍人の民間人なのだ。

しかしながら、軍産複合体(the military-industrial complex)を非難することはできる。ただし、ロッキード・マーティンやボーイングが誰かに戦争を働きかけたと言っている訳ではない。しかし、武器を売るビジネスをしている以上、不安を売るビジネスをしているのと同じなのだ。つまり、脅威が満ち溢れた世界(中には先制攻撃が必要な脅威もある)を描き、外交の価値を貶め、武力による解決策を過剰に推し進めるということだ。防衛企業が多くの外交政策シンクタンクの有力な支援者となっているのは偶然ではない。これらのシンクタンクは、脅威は至る所に潜んでおり、アメリカは地球上のどこで発生しようとも軍事行動を取らざるを得ない可能性があり、国防予算の増額こそが当然の解決策であると、アメリカ国民を説得しようと努めている。こうした能力を一度手に入れてしまえば、それを行使したいという誘惑に抵抗するのは難しい。AIPACやイスラエル・ロビーの強硬派といった特殊利益団体も存在し、大統領を説得して戦争に同意させたり、立場の弱い連邦議会指導者に反対させないように説得したりすることに成功することもある。

アメリカ大統領が戦争に中毒になった最後の理由がある。それは、武力行使があまりにも容易になり、リスクがほとんどないように思えるようになったからだ。巡航ミサイル、ステルス機、精密誘導爆弾、ドローンのおかげで、アメリカ(およびその他数カ国)は地上部隊を派遣することなく、また直接的な報復を(少なくとも当初は)あまり心配することなく、大規模な空爆作戦を展開することが可能になった。イランはアメリカや同盟諸国に対して様々な方法で報復するかもしれないが、アメリカがイランに与えることができるような規模の損害をアメリカ本土に与えることは期待できない。したがって、厄介な外交上の課題に直面したとき、あるいは国民の目を国内の問題やスキャンダル(ジェフリー・エプスタイン事件など)から逸らす方法を探しているとき、軍事的選択肢に頼りたくなる誘惑は非常に大きい。あるいは、決してハト派ではなかったリチャード・ラッセル連邦上院議員が1960年代に述べたように、「どこへでも行き、何でもできるのであれば、私たちは常にどこかへ行き、何かをするだろう」と考える理由がある。

私は時々これを「大きな赤いボタン(big red button)」の問題だと考えている。まるでどの大統領も机の上に大きな赤いボタンを置いていて、外交上の問題が発生すると(あるいは気を紛らわせる必要があると)、側近たちが大統領執務室にやって来て問題を説明するかのようだ。彼らは、ボタンを押せば決意を示すことができ、大統領が行動を起こしていることを示せる、そして良い結果が生まれるかもしれないと指摘する。彼らが正直であれば、ボタンを押す絶対的な必要性はなく、そうすることで事態が悪化する可能性もあると認めるかもしれない。しかし、リスクは小さく、コストも許容範囲内であり、ボタンを押さなければ問題はほぼ確実に悪化し、大統領は優柔不断に見えるだろうと彼らは大統領に念を押す。そして、彼らは厳粛な口調でこう締めくくる。「あなたの選択です、大統領閣下(It’s your choice, Mr. President.)」。このような甘言に一貫して抵抗できるのは、近年の大統領のほとんどよりも優れた判断力を持つ指導者だけだろう。

明確に言えば、今回の暴力の嵐は、2003年のイラク侵攻以来、アメリカ軍による最も不必要な流血行為と言えるだろう。しかし、この出来事がアメリカの戦争中毒(America’s addiction to war)について物語っていることは、現アメリカ大統領について語っていることと同じくらい重要だ。

骨棘の話は徴兵を逃れるための口実だったのではないか? そうだとすれば、トランプ自身は志願兵制の原則には当てはまらないということになるのだろうか?

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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