古村治彦です。

 政治家とは自身の間違い、誤りを認められない人たちだ。日本の政治家たちを見てもそうだし、世界中でそうだろうと思われる。人間がそもそも間違いや誤りを認めることに苦痛を感じることが多いので、それは政治家だけの特性ではないかもしれない。人間である以上、誰でも間違う。完璧な人間はいない。「弘法も筆の誤り」という言葉がある。英語では、「Even Homer sometimes nods.」と言う。古代ギリシアの偉大な詩人ホメロスもうっかりミスをしてしまうという意味だ。

しかし、政治家の場合、特に民主政治体制国家の政治家の場合、間違いを認めてしまうと、次の選挙で投票してもらえず、落選してしまうかもしれないという危険性を感じると、頑強に間違いを認めないということになる。それもまた仕方がないことではある。「無誤謬性(infallibility)」に対する過剰な期待と評価を政治家も国民もしてしまうということはある。

 そうした中で、ドナルド・トランプ大統領は特殊な立ち位置の人である。彼は職業政治家ではない。今でもアマチュアのにおいを残している。主張をころころと変えるし、誇張表現は当たり前、嘘もつくということで、これまでの政治家像とは大きくかけ離れた人物である。彼の間違いを数え上げればきりがない。大統領としての伝記が出れば、そこにはありとあらゆる間違いが記載されるだろう。後世の歴史家、後世の人々は「どうしてこんな人が大統領に選ばれたのか」と首をかしげることになるだろう。

 しかし、こうした人物であるがゆえに、型破りであるがゆえに、「間違いを認めて素直に謝る」ということができ、それで支持が落ちるどころか、支持が上昇する可能性がある。イラン戦争の決定に関して彼は決して謝ることはないだろう。正しかったと強弁するだろう。しかし、方針を大転換して、間違いを認めて謝るということがあったらどうだろう。国民は怒り、トランプに対する非難は大きくなるだろう。しかし、同時にその素直さに関しては、一定の評価はあるだろう。今のままではトランプ大統領の支持率の回復は難しい。支持率の平均は40%を切り、不支持率の平均は60%を超えるというところまで来ている。イラン戦争に対する支持率も同様の数字だ。ここで、トランプ大統領が謝罪すれば中間選挙の結果も少しは変わるだろう。しかし、それがどれほど難しいかということも私たちは分かっている。そもそも論で「戦争など始めなければ良かったのだ」ということは全くその通りなのだが。

(貼り付けはじめ)

ドナルド・トランプは失敗を素直に認めるべきだ(Trump Should Just Admit He Screwed Up

-イランとの戦争は明らかに間違いだった。なぜそう言わないのか。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年5月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/05/28/trump-iran-war-mistake-admit/

アメリカとイランの間で取り沙汰されている合意の詳細―そもそも最終的に合意に至るのかどうかさえ―は不明だが、ある程度の知性(IQ3桁あるような人)があれば、イスラエルとアメリカが戦争を始めたことがとてつもない失策だったことは理解できるはずだ。掲げられた目標は1つも達成されていない。イランの体制は崩壊せず、核兵器の備蓄も放棄しておらず、ミサイルやドローンの能力も残っている。それどころか、近隣諸国に甚大な被害を与えようと思えば、いつでもホルムズ海峡を封鎖できることを実証した。過去3カ月間にわたるドナルド・トランプ米大統領やピート・ヘグセス米国防長官の豪語や威勢のいい発言は、全て中身のない空虚なものだったことが露呈した。

合意が成立すれば、トランプ政権はこの「豚に口紅を塗る」(見かけだけ取り繕う)行為を行い、これを何らかの戦略的勝利だと主張するだろう。しかし、それに納得する観察者はほとんどいないはずだし、そうした試みは、大統領とその取り巻きである追従的な顧問団を滑稽に見せるだけだろう。この大失敗を成功として印象付けるような、説得力のある方法は存在しない。そうしようとすればするほど、彼らは現実離れした妄想を抱いているように見えるだけだ。

そこで考えた。もしトランプが間違いを犯したと認めたらどうなるだろうか? 過ちを認めることは彼が得意とすることではないが、その点について彼だけが例外ということではない。政治家というものは、たとえ誰の目にも明らかな失策であっても、間違いを認めようとはしない。特に重要な問題に関してはなおさらだ。例えば、イギリスのボリス・ジョンソン元首相は今でもブレグジット(イギリスのEU離脱)を擁護し続けているし、アメリカのマイク・ポンペオ元国務長官も、2003年のイラク侵攻やトランプの1期目におけるイラン核開発合意の破棄を今なお賢明な判断だったと主張している。

明白な過ちを認めようとしないこの姿勢は少々不可解だ。誰もが、人間は過ちを犯すものだと分かっている、外交とは不確実なもので、どれほど綿密に練られた計画であっても狂いが生じうる。トランプよりも賢明で衝動的でない指導者(もっとも、トランプとの比較ではハードルは低い)であっても、全ての判断を正しく行えるということではない。また、私たちの多くは、失敗したときには過ちを認め、その経験から学び、同じ過ちを繰り返さないようにするのが最善の策だと学んでいる。言うまでもなく、大きな代償を伴う過ちを繰り返すリーダーは、やがてその報いを受けることになるし、それは当然の帰結と言える。しかし、概して有能であり、時には過ちを認める勇気も持ち合わせている公職者であれば、彼らが最善を尽くしていることやその誠実さが国民に理解され、評価されることで、かえって人気が高まる可能性もあるだろう。

しかし、この道を選ぼうとする指導者はほとんどいない。特に独裁者は、自身の権力基盤が個人崇拝や「自分は決して過ちを犯さない」という幻想の維持に依存しているため、間違いを認めることを極端に嫌う。一方、民主政体国家の指導者であっても、在任中に過ちを認めることには消極的だ。ほんの少しでも非を認めれば、対立勢力が即座にそこを突いてくると分かっているからだ。例えば、歴代の米大統領を見てみよう。ジョン・F・ケネディは「ピッグス湾事件」の失敗について全面的に責任を認めたし、バラク・オバマはトム・ダシュルを保健福祉長官に指名した初期の判断(後にダシュルの税務上の不備が発覚し、裏目に出た)について非を認めた。また、ロナルド・レーガンもイラン・コントラ事件が間違いであったことを事実上認めた。しかし、こうした場面は稀だ。2004年、ジョージ・W・ブッシュ大統領が1期目における自身の過ちを問われた際、彼は1つとして挙げることができなかった。政治家が過ちを認める姿を見たければ、通常は回顧録が出版されるのを待つ必要があるが、それでも期待外れに終わるかもしれない。

しかし、トランプは政治家としてのキャリアを通じて既存の規範を打ち破り続けてきた人物であり、その「テフロン加工(批判をものともしない)」のような性質は、レーガンをも凌ぐほどだ。思い出して欲しい。彼はかつて「五番街で誰かを撃ち殺したとしても、支持者を失うことはないだろう」と豪語したが、残念ながら、この言葉は彼の発言の中でも極めて的を射たものの一つとなった。もし、カメラの前で「とんでもない失敗をした」と認め、その上で前に進むことができる最近の米大統領がいるとすれば、それはトランプだろう。実際、彼は過去にもそうした行動をとったことがある(もっとも、その反省の弁が心からのものだったかどうかは疑問の余地がある)。

そして、それはそれほど難しいことではないかもしれない。トランプはまず、イラン問題が長年にわたる厄介な課題であり、歴代の大統領も誰も解決できなかった問題であることを人々に思い出させることから始められるだろう。彼は、この問題を一挙に解決したいと望んでいたことや、新たな爆撃を行えば事態が好転すると考えたのには十分な理由があったことを主張できるはずだ。さらに、現地の政権が不人気であり、その年の初めには大規模なデモの波を力ずくで抑え込まざるを得なかったという事実を指摘することもできるだろう。この計算は大きく外れたが、トランプらしいやり方で、彼は「何事も100%確実なことなどない」と説き、困難な決断を下すのが自身の務めだと主張した上で、その誤りは各方面から受けた悪い助言のせいだと責任を転嫁することもできるだろう。その際、彼はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を槍玉に挙げることも可能だ。ネタニヤフの好戦的な姿勢はトランプにとって何のプラスにもならなかったばかりか、ネタニヤフは今やアメリカでもイスラエルでも不人気な人物となっているからだ。ネタニヤフの評判がこれほど悪化している現状では、彼を切り捨てることは、むしろトランプの人気を高める結果にさえなり得るかもしれない。

トランプは、自身の意図は称賛に値するものであり、その大胆な賭け(ギャンビット)は試みる価値のあるものだったと主張した上で、この一件から多くのことを学んだと述べ、歴代大統領との違いを強調するかもしれない。彼の口調が目に浮かぶようだ。「何事においても考えを変えず、同じ過ちを繰り返すばかりの『眠たいジョー・バイデン』とは違い、私は常に学び、状況に応じて適応する術を知っている、極めて安定した天才なのだ」と。そして、ホワイトハウスの物議を醸したボールルーム(舞踏室)改修計画など、別の話題に話をすり替えることもできるだろう。

数々の失態を重ねてきた2期目において、最も深刻なこの失敗に対し、トランプはそのような対応をとると私が予想しているかと言えば、正直なところ、そうは思わない。過去には(たいていは無能な側近を解任せざるを得なくなった際に)過ちを認めたこともあったが、彼は、重大な過ちを認めれば自身の権威あるイメージが損なわれ、公然と反旗を翻す者が増え、さらには「偉大な大統領」として記憶されたいという夢(今となっては実現の可能性は低い)が打ち砕かれると考えているのだろう。MAGA(「アメリカを再び偉大に」)を掲げる支持基盤は今後も彼を支え続けるだろうが、数カ月後には、彼の手元に残るのがその支持者たちだけになってしまう可能性もある。

破局的な事態のさなかに勝利の幻想を掴み取ろうとして対立の終結を遅らせるトランプの行動は、アメリカとその同盟諸国が被っている苦痛を増大させ、彼自身の評判にもさらなる傷をつけている。失敗を素直に認め、次へ進む方が誰にとっても有益だろう。しかし、年老いた親から車の鍵を取り上げなければならなかった経験のある人なら誰でも知っているように、頑固な高齢者は往々にして、自分にとって何が最善かについて見えなくなってしまうものである。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)



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