古村治彦です。
「イラン戦争において勝者はいない」という主張が出てきている。それはその通りだ。攻撃を仕掛けたアメリカとイスラエルは戦争の目的を達成しておらず、それどころか、イランから厳しい反撃に遭い、ホルムズ海峡封鎖をされて、世界経済に大きなダメージを与えている。60日間の停戦合意の覚書が交わされた後もアメリカとイラン双方の攻撃は続いている。戦争は終わっていない。「イラン戦争に勝者はいない」となっているが、戦争を継続することを望んでいたイスラエルは覚書が無効化される方向に動いていることもあり、「勝者」と言うことができる。その代償として、イスラエルに対しての世界各国からの批判の声は大きくなるということはあるが、そんなことよりも自分たち(と言うよりもベンヤミン・ネタニヤフ首相)の利益ということであり、状況はイスラエルの望む方向に進んでいる。
アメリカは「戦闘では勝ちながら、戦争では負ける」という状況であり、軍事力の強さを見せつけてはいる。しかし、戦争自体は自分たちの望むような形で臨む時期に終わらせることができていない。そして、そのような姿を世界中に見せてしまっている。特に中国とロシアが注目し、戦争のデータを集め、分析し、判断している。アメリカは簡単に攻撃をしてしまい、武器を供与していることで、データを中国やロシアに与えていることにもなる。
さらに言えば、中東地域において、アメリカが秩序を構築し、同盟諸国を防衛するという能力を欠いているということが明らかになったことで、中東地域の不安定さを増大させてしまった。中東地域は世界にとって石油資源の重要な供給地である。中東地域の一応の安定は非常に重要であるが、それが確立できないということになれば、世界経済に大きな影響を与える。そして、アメリカとイスラエルが中東地域の安定を損なう要因となってしまったことは両国にとって大きなマイナスと言うことになる。「ならず者国家」などと言って、他国を攻めていたが、お前たちこそがそうではないかということになる。
今回のイラン戦争には今のところ、イスラエル以外には「勝者」はいない。ここで私たちにとって重要なのは、そのような「言葉遊び」に現(うつつ)を抜かすことではない。物事の本質を見ることだ。それは、アメリカとイスラエルこそが「ならず者国家」になりさがってしまったということだ。少なくとも世界各国はイラン戦争について、アメリカとイスラエルの責任を厳しく問い、ドナルド・トランプ大統領とベンヤミン・ネタニヤフ首相の退陣を求めるという強い姿勢が必要だ。
(貼り付けはじめ)
イランとの戦争で全員が敗者になった(Everyone Lost the War
With Iran)
-数カ月に及ぶ争いによって明らかになったのは複数の国がコストを強いることはできても秩序を確立できる国は1つもないという事実だ。
ウィル・トッドマン筆
2026年6月16日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/06/16/iran-war-trump-gulf-china-russia-israel-ceasefire-deal/
イランとの戦争を終結させるための枠組み合意が発表されたことで、アメリカとイスラエルが敗北したということが常識になりつつある。
この視点に立てば、アメリカ軍とイスラエル軍が戦術的・作戦的に収めた成功は、より深刻な戦略的敗北を覆い隠すものに過ぎなかったと言える。両国とも、そもそも戦争を正当化するために掲げた政治的目標を達成できなかったからだ。イランの体制は存続しただけでなく、より強硬な姿勢を強め、ホルムズ海峡封鎖という新たな強力な交渉カードを手にした。アメリカは再び中東地域での多大な犠牲を伴う紛争に巻き込まれ、その結果、パートナーからの信頼を損ない、敵対勢力に対する抑止力を弱め、インド太平洋地域における即応態勢を低下させることとなった。一方、サウジアラビアやその他の湾岸アラブ諸国との関係正常化を進めようとしていたイスラエルの取り組みはさらに後退したと見られ、戦後の地域秩序においてイランの脅威を排除することにも失敗した。
しかし、アメリカとイスラエルの敗北にばかり目を向けていては、関与したほぼ全ての当事者が敗者となったという事実を見落とすことになる。結局のところ、この戦争は、主要な当事者全てにとって自分たちが望む戦略的最終状態を得ることができないという結果となった。戦争は明確な勝者や、より安定した地域秩序をもたらすことはなかった。それどころか、分断を加速させ、不安定さを増大させ、イラン、湾岸アラブ諸国、ロシア、中国を含む、関与した地域および世界の主要国全てに多大なコストを強いることとなった。この戦争は、いかなる国家も、世界的な無秩序という新たな時代を無傷で乗り切ることはできないということを示したのである。
イランは体制の崩壊を避けることができたが、その代償として将来の選択肢を狭めることになった。体制の存続と引き換えに、同盟国・友好国からの信望の低下、抑止環境の不安定化、経済の壊滅的打撃、そして国家再建への道のりの減少という代償を支払った。中国もロシアも、アメリカやイスラエルの攻撃からイランを積極的に守ろうとはしなかった。このことは、それらの関係が真の同盟関係ではなく、あくまで利害に基づく取引的な関係に過ぎないことを浮き彫りにした。戦後、イランはパートナーへの依存を強める必要に迫られるだろうが、それは以前よりも弱体化し、交渉力が低下した立場でのこととなる。
イランにとって、この戦争がもたらす経済的コストは、国家の生き残りに関わるほどになるだろう。戦争は通貨リアルの暴落を加速させ、インフレを助長し、製鉄所、造船所、電力インフラといった主要な産業基盤に打撃を与えた。紛争中に100万人以上の雇用が失われたとする現在の推計が正確であれば、この紛争はイラン・イスラム共和国の歴史において、経済を最も不安定化させた出来事の1つとなるかもしれない。戦後、イラン政権は、軍事力の再建を優先するか、それとも国民が直面する深刻な経済危機への対処を優先するかという選択を迫られることになるだろう。
イラン政権がより安全になったということでもない。戦争はイランの軍・治安エリートへの権力集中を促し、短期的には政権の支配力を強化したように見える。しかし、治安機関が支配する体制は、時間の経過とともに、国民の不満への対処、経済改革の推進、政治的な適応といった能力が低下する傾向がある。したがって、イランは戦争を経て、より「安全保障重視(securitized)」の体制となる一方で、より脆弱な国家として再出発することになるかもしれない。
また、この戦争は、アラブ湾岸諸国が最も恐れていた事態の一部を現実のものとした。湾岸諸国の指導者たちがイランとの大規模な戦争に反対したのは、事態の激化を制御できない一方で、その結果として生じる多くの代償を自らが負うことになるのを理解していた。イランによるホルムズ海峡の封鎖は、地理的条件こそが湾岸諸国の経済モデルの根幹にある根本的な脆弱性であることを露呈させた。湾岸諸国は数十年にわたり、金融、物流、観光、技術の世界的ハブとして、さらには近年では世界的なAIインフラの拠点として自国の地位を転換しようと努めてきた。しかし、戦争は、紛争地域における「安定のオアシス(an oasis of stability)」という彼らのイメージを打ち砕き、イランの攻撃に対する脆弱性が依然として残っていることを明らかにした。この戦争は、炭化水素収入への依存からの脱却と経済の多角化を加速させる必要性を再認識させた一方で、その実現に向けた彼らの構想に課題を突きつけることになった。
さらに、この紛争は湾岸諸国とアメリカの間の不信感を深める結果となった。戦争はアメリカの安全保障の傘(security umbrella)の限界を浮き彫りにし、ワシントンが自国の安全保障上の懸念を十分に優先しなかったことに対する湾岸諸国の不満を増大させた。アラブ湾岸諸国は、アメリカがイランの抑止や制裁において助けとなり得ることを以前から理解していたが、今回の戦争は、テヘランとの対立がもたらす影響から自国の経済やインフラをアメリカが守り切ることはできないという事実を浮き彫りにした。今や彼らは、自国の防衛能力への投資を進めつつ、経済多角化の計画から資源を振り向けざるを得ない状況にある。
ロシアの立場は、当初見られたよりも複雑なものとなっている。モスクワは、原油価格の一時的な上昇や限定的な制裁緩和の恩恵を受けた。しかし一方で、この戦争は中東地域におけるロシアの影響力を弱める傾向を加速させている。イランに配備されたロシア製の防空システムは、アメリカやイスラエルの攻撃に対して無力であることが露呈した。その一方で、ウクライナはこの紛争を利用し、現代戦の最前線に立つ国としての地位を誇示した。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ドローン防衛に関して湾岸の主要国やシリアと提携を結び、中東におけるロシアの戦略的地位をさらに制約することとなった。また、この戦争は、イランとアラブ湾岸諸国との関係のバランスを保つロシアの能力にも試練を突きつけた。ロシアによるイランへの支援、とりわけホルムズ海峡の再開を目指す4月7日の国連安全保障理事会決議に対して拒否権を行使した決定は、アラブ湾岸諸国の激しい怒りを招いた。さらに、モスクワが紛争の行方を左右する上で重要な役割を果たせなかったことから、ロシアの外交的影響力にも限界があることが明らかになった。したがって、ロシアが得た短期的な経済的利益の陰で、中東地域の戦略的地位は徐々に低下している。
中国が得た短期的な利益も同様に、長期的な課題を覆い隠している。中国は、この紛争においてアメリカよりも安定し、抑制的な姿勢をとっているように見せることで利益を得てきた。また、紛争によってアメリカが大量の弾薬を消費し、インド太平洋地域における即応態勢が弱まったことは、中国の相対的な地位を高める結果となった。しかし、中国は重要な痛手も被っている。この紛争は、「一帯一路」構想(Belt and Road Initiative)の一環として中国がイランに行ってきた数十億ドル規模の投資を危うくした。また、アラブ湾岸諸国との関係にも緊張をもたらした。中国はイランを説得してホルムズ海峡を再開させることはできず、それどころかロシアと共にホルムズ海峡に関する国連安保理決議に拒否権を行使した。このことは、テヘランに対する中国の影響力の限界を露呈させ、アラブ湾岸諸国の指導者たちの怒りを買った。彼らは、中国が自国の経済的利益や投資を守る意思も能力もなく、また広範な地域の経済的安定を維持するための行動もとらないと感じたからである。
より広い視点で見れば、この戦争は中国の将来の経済的利益を脅かすものである。中国は、既存の秩序の一部を修正しようと試みてきたとはいえ、世界経済システムの相対的な予測可能性から最大の恩恵を受けてきた国の1つである。今回の戦争は、そうした利益を脅かす危険な「パンドラの箱(Pandora’s box)」を開けてしまったのだ。戦略的チョークポイントの武器化、民間人の生活に不可欠なインフラへの攻撃、そして経済的威圧の常態化、これらは全て、最終的には競合相手と同等か、あるいはそれ以上に中国自身に不利益をもたらしかねない前例を作り出している。
イランとの戦争が示した教訓は、中東地域における新たな地政学的環境下では、いかに強大な国家であっても、軍事的優位を政治的支配へと転換することはできないという点にある。この戦争は、新たな勢力均衡に基づく中東の秩序再編をもたらすことはなかった。むしろ、あらゆる主体が他者に代償(コスト)を強いることはできても、誰も秩序を確立することはできないという、この地域の現実を浮き彫りにしたのである。
※ウィル・トッドマン:戦略国際問題研究所(CSIS)の地政学・外交政策部門の主任スタッフ兼中東プログラムの上級研究員。
(貼り付け終わり)
(終わり)

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