古村治彦です。

 スティーヴン・M・ウォルトが昨年に発表した論考をご紹介したい。イラン戦争が始まる前の論考であり、そんなものを今更読んでどうするのかという考えもあるだろうが、イラン戦争を突然起きた、突発的な事件と捉えるのではなく、中東地域の大きな構造と中期的な地域内での動きの中でとらえることもまた必要である。ウォルトは中東について、変化は起きているが、中東は大きく変化していないと主張している。
middleeastmap201
middleeastrelationsmap201

 ウォルトは、「新しい中東」が出現しつつあると多くの人々が考える理由を4つを挙げている。それらは以下の通りだ。

第一に、新しい側面として「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」と呼ばれる、イラン、ハマス、ヒズボラ、イラク民兵、アサド政権、フーシ派が劇的に弱体化したことが挙げられる。イスラエルはハマスの10月7日攻撃を契機に各構成員に大規模攻撃を仕掛け、ハマスやヒズボラの戦力は低下し、シリアの武器庫やイランの標的にも空爆が及んだ。しかし枢軸は完全には消滅しておらず、各勢力はいまだに抵抗し続けている点が重要であるとウォルトは指摘している。この部分については異論がある。抵抗の枢軸は弱体化していると述べているが、現在もまだ頑強に抵抗している。また、これまでの通常兵器で言えばアメリカ軍やイスラエル軍に歯が立たないが、ドローンなど安価で大量に配備できる兵力で打撃を与えている。

第二に、アラブ世界内部での権力と影響力の緩やかなシフトが進行している。エジプトやイラクの相対的地位は低下し、サウジアラビアやUAEなど湾岸の産油王国が経済の近代化と外交的野心を高めているため、これらの国々が地域の仲介役や新たな影響の担い手として台頭する可能性がある。ただし彼らは何より「安定」を求めており、現状の紛争やイスラエルの軍事行動はその安定志向に反することが多い。中東地域の「安定」志向とイスラエルが「ならず者国家」となっている現状はこれまでこのブログでもご紹介している。

第三に、ロシアの地域的影響力は低下している。シリアにおけるアサド政権の崩壊を防げず、ウクライナ戦争の重圧下でモスクワは従来のような力を行使できなくなっており、これは地政学的な転換点を示す。ここに出てきているのは、中国である。中国が仲介役を果たして、サウジアラビアとイランの国交正常化を成功させたことは記憶に新しい。

第四に、外部大国の役割、とりわけアメリカの関与は変質しつつある。トランプ政権下で一時的に攻撃的姿勢を示したり、イランへの圧力を強めたりする一方で、アメリカ内外でイスラエルへの支持は弱まっており、世論や主要メディア、国際社会の批判が高まった結果、アメリカの政策と支援のあり方にも変化が生じている。トランプが石油富豪の歓心を買う姿勢を示すならば、イスラエルに対する抑制的圧力がかかる可能性もある。中東地域におけるアメリカの影響力低下はその通りであり、アメリカが完全に撤退してしまう前に、イスラエルとしてはイランを叩いておこうという意図もあり、イラン戦争を開戦したとも考えられる。その目論見は見事に失敗してしまったが。

こうした理由はあるが、ウォルトは、中東が「新しく」根本的に変わったとは言えないと主張している。その理由として、中東地域において地域覇権を確立できる国家は存在せず、そのために無秩序な武力闘争が続くという点を指摘している。軍事力的に見ればイスラエルが地域覇権を握りそうだが(アメリカの手厚いバックアップもある)、ウォルトは、イスラエルに対しては批判的な評価をしている。ウォルトは、イスラエルについて、数百万人規模の非ユダヤ系人口を抱える現状とアメリカ依存の現実、そして枢軸諸勢力の存続と抵抗性を鑑みれば、永続的支配は現実的ではないと指摘している。イスラエルは根本的に永遠に武力紛争に巻き込まれ続け、平安を手に入れることはできない。

ウォルトは、中東地域に恒久的な安定秩序をもたらすには、力と正統性のより均衡のとれたバランス、すなわち正義、公平性、政治的権利の保障が不可欠であり、これらが欠けている限り、変化は表面的にとどまるという悲観的な見方をしている。

 アメリカのドナルド・トランプ大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イランに対する大規模攻撃によって、イランを弱体化させ、あわよくばイランの体制転換までできれば、イラン戦争が「最後の戦争」になると考えていたが、それは失敗した。イスラエルがガザ地区とヨルダン川西岸地区でアパルトヘイト的、かつ非人道的な政策を続ける限り、中東地域に平和と安定は訪れない。

(貼り付けはじめ)

古くからの中東地域と同じである新しい中東と出会う(Meet the New Middle East, Same as the Old Middle East)

-この地域では全てが変わったが何も違っていない。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年8月7日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/08/07/new-middle-east-israel-palestine-saudi-iran-lebanon/

ここ数年の激動の出来事を考えると、「新たな中東(new Middle East)」の出現を予感させる誘惑に駆られる。しかし、私たちは一体何度そのような言葉を耳にしただろうか? 第三次中東戦争(六日間戦争)は重要な転換点だと考えた人もいた。イスラエルのアラブ諸国は今頃和平を結ぶはずだと。しかし、それは実現しなかった。エジプト・イスラエル和平条約、第一次湾岸戦争、オスロ合意、アメリカのイラク侵攻、そしてアラブの春も同様である。しかし、9月11日の同時多発テロ、シリア内戦、2023年10月7日のハマスによる攻撃、ガザ地区における継続的なジェノサイド、レバノンの度重なる破壊、フーシ派による紅海船舶への攻撃、そして最近のイランへの空爆といった出来事は、今もなお続いている。

過去10年間、特に2023年10月7日以降、私たちは驚くべき展開を目の当たりにしてきた。しかし、この地域が長きにわたり紛争に苛まれてきた根本的な状況は、依然として変わっていない。一部の勢力は去り、他の勢力は権力を増減し、多くの勢力は異なる政策を採用したが、より根本的な不安定要因は依然として存在している。

従って、新しい中東という言葉を聞くと、私は懐疑的になってしまう。

その理由を理解するには、まず何が新しく、次に何が変わらないのかを考えてみよう。

ここ数年で最も明白かつ重要な展開は、「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」(イラン、ハマス、ヒズボラ、イラク民兵、シリアのバッシャール・アサド政権、イエメンのフーシ派)の劇的な弱体化だ。2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの残忍な攻撃を受けて、イスラエルはこの緩やかな連合のあらゆる構成員に対して大規模な攻撃を開始し、大きな効果を上げた。ハマスは深刻な弱体化を遂げたが、まだ壊滅には至っておらず、イスラエルの大量虐殺行為に抵抗し続けている。ヒズボラの最高指導者の多くは殺害され、その軍事力は2年前よりもはるかに弱体化している。支援を失ったアサド政権は崩壊し、イスラエルはこの好機を捉えてシリアの武器庫を爆撃し、イスラエルの領土の拡大を図った。イエメンではフーシ派と空爆を繰り広げた。そして、イスラエルは6月にイランに対する野心的な空爆作戦を開始した(その後、アメリカが支援を強化した)。これは、イランの核インフラを破壊し、ひいてはイスラム教シーア派政権そのものを転覆させることを狙ったものだ。アサド政権を除くと、いわゆる「枢軸(axis)」を構成する勢力はいずれも壊滅しておらず、いずれも頑強に抵抗を続けている。しかし、各勢力は数年前と比べて大幅に弱体化している。

第二に、アラブ世界における権力と影響力の緩やかな移行が挙げられる。エジプトとイラクからサウジアラビアやペルシア湾岸の裕福な産油国へと勢力が移りつつある。エジプトは依然として経済的に苦境に立たされている一方、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は経済の近代化と多角化、そしてより積極的な外交的役割の発揮を急いでいる。当然のことながら、一部の専門家は、これらの国々が、たとえ必要に迫られてであっても、地域における仲介役を担う可能性があると考えている。

第三に、シリアのアサド大統領の失脚と、長期にわたる多大な犠牲を伴うウクライナ戦争の重圧により、ロシアの地域における影響力は大きく低下した。モスクワはアサド政権の崩壊を防ぐことができず、ウクライナ戦争勃発以来、イランがロシアに様々な形で支援を提供してきたにもかかわらず、イランへの支援はほとんど行っていない。ウラジーミル・プーティン大統領率いるロシアは、ここ数十年果たしてきたような影響力を行使できなくなっており、この変化はもう一つの重要な転換点と言えるだろう。

最後に、アメリカを含むその他の外部勢力の役割が大きく変化しつつある。アメリカは数十年にわたりイランに敵対的な姿勢をとってきたが、ドナルド・トランプ政権がイスラエルの爆撃作戦に積極的に参加するという決定は、特にトランプ大統領はイランが核兵器開発に邁進すれば攻撃を再開すると脅迫していることを考えると、重大な一歩と言える。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とアメリカのイスラエル・ロビーの一部は長年この動きを推し進めており、ついにその望みが叶った。

しかし同時に、イスラエルによるガザ地区攻撃の残虐性は、アメリカの民主、共和両党および世界中でイスラエルへの政治的支持を弱体化させている。元イスラエル外交官のアロン・ピンカスが最近『ニューリパブリック』誌で指摘したように、現在アメリカ人の60%がイスラエルのガザ地区作戦に反対しており、最近の世論調査では過半数(53%)がイスラエルに対して好ましくないイメージを持っていることが示されている。主要新聞各紙はイスラエルの行動をますます頻繁に非難しており、イスラエル国内を含む著名なジェノサイド専門家も、イスラエルをこの凶悪な犯罪で告発するケースが増えている。たとえこの特定の用語を拒否するとしても、イスラエルが大規模な戦争犯罪を起こしたことは疑いの余地がない。ハマスが10月7日に自ら罪を犯したという事実は、無力な住民を爆撃し飢餓に陥れ続けることを正当化するものではない。民主党はこの問題で深刻な分裂状態にあり、かつては揺るぎない支持基盤であった共和党の親イスラエル感情も崩れつつある。タッカー・カールソン、スティーヴ・バノン、そして筋金入りのトランプ支持派であるマージョリー・テイラー・グリーン連邦下院議員といった人物を失った時点で、状況が変わりつつあることは明らかだ。

同様の傾向は世界中で見られる。ピュー・リサーチ・センターが最近実施した24カ国を対象とした世論調査では、24カ国中20カ国でイスラエルに対する否定的な見方が多数を占め、フランス、イギリス、カナダ、そしておそらくオーストラリアの政府はパレスティナ国家の承認を表明している。トランプ大統領はイスラエル(あるいは他のどの国に対しても)に特別な愛着を持っておらず、むしろ裕福なアラブの石油王たちの歓心を買うことに関心があることを考えると、アメリカがついにその影響力を行使し、イスラエルに無益な戦争を止めさせ、ヨルダン川西岸を併合した「大イスラエル(greater Israel”)」建国への試みを中止させる可能性は十分にある。

こうした状況を総合すると、なぜ一部の人々がこの地域で大きな変化が起きていると考えているのか理解できる。確かに重要な要素は変化しているだろうが、「新しい中東」が到来したと言えるだろうか? そう簡単にはいかない。

そもそも、中東は依然として無秩序で多極的な状況にあり、秩序を確立できるような支配的な覇権国は存在しない。ブッシュ政権は、アメリカの短い「一極支配の時代(unipolar moment)」にこの地域を変革しようと試みたが惨めに失敗した。ネタニヤフ首相をはじめとするイスラエルの強硬派は、最近の勝利によってこの地域の覇権国としての地位を確立できると期待していたかもしれないが、以前のコラムで説明したように、約750万人のユダヤ人(約200万人のイスラエル系アラブ人を含む)によって統治され、依然としてアメリカの寛大な支援に大きく依存している国家が、数億人のアラブ系およびペルシア系イスラム教徒に対する永続的な支配を確立できるはずがない。繰り返すが、ハマス、ヒズボラ、フーシ派、そしてイランは消滅しておらず、いずれも依然として反抗的である。湾岸諸国やアラビア半島で影響力を増している国々も、イスラエルの最近の行動に満足していない。なぜなら、彼らは何よりも安定を求めており、イスラエルが提供しているのはまさにその安定ではないからだ。

つまり、中東地域は今後も様々な国家が力、安全保障、そして影響力を巡って争う地域であり続けるということだ。イランは依然としてイスラエルに対抗するために潜在的な核兵器保有能力を望んでおり、イスラエルとアメリカによる爆撃作戦の後、自国の抑止力への欲求は間違いなく高まっている。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、エジプトはアラブ世界における地位と影響力を巡って競争を続け、トルコは自国の利益を守るために時折介入するだろう。そしてこれらの国々は全て、自国の立場を強化するために外部勢力に接近しようとするだろう。ここ数年の出来事はいずれも、この地域政治のこうした繰り返される特徴を変える可能性は低く、由緒あるアラブ連盟や、ほぼ機能不全に陥っている湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council)のような組織は、大きな変化をもたらすにはあまりにも弱体化している。

さらに言えば、アメリカは依然としてこの地域に存在している。アメリカの指導者たちは、ワシントンがアジアに注力するためという理由もあって、中東地域から撤退しようと繰り返し試みてきたが、いずれも成功していない。トランプ大統領は最初の任期中にシリアからのアメリカ軍撤退を試みましたが失敗に終わり、アメリカ軍の駐留規模は2017年の就任当時とほぼ変わっていない。前述の通り、イランへの直接攻撃というトランプ大統領の決定は、決して撤退の兆候とは言えず、アメリカ特殊部隊は最近、アサド政権崩壊後のシリアでイスラム国残党の指導者らを攻撃した。トランプ大統領はフーシ派への爆撃も行ったが(効果はほとんどなかった)、スティーヴ・ウィトコフ大統領特使はガザ地区の惨状を終わらせようと、今のところ成果のない努力を続けている。そして、国民の不満が高まっているにもかかわらず、アメリカ政府は依然としてイスラエルに資金と武器を注ぎ込んでいる。「変われば変わるほど、何も変わらない(Plus ça change; plus c’est la même chose)」という状況だ。

残念なことに、このような状況はイスラム過激主義の再燃を招く絶好の機会であり、過去数年間の出来事を受けて新たなテロの波が起こらないとしたら、それは奇跡と言えるだろう。その恐怖こそが、アラブ産油国がイスラエルの行動にこれほど警戒している理由の一つだ。彼らはパレスティナ人に対して真の同情心を持っているわけではないかもしれないが、パレスティナ人の窮状が過激派にとって強力な勧誘手段であり、自らがこの問題に対処できていないことを浮き彫りにしていることを認識しているのだ。

変わらないことがもう一つある。パレスティナ問題の政治的解決には全く近づいておらず、むしろ遠ざかっている可能性が高いということだ。2023年10月以降、ガザ地区とヨルダン川西岸地区で殺害された6万人以上のパレスティナ人を考慮しても、イスラエルが支配する地域には依然としてほぼ同数のパレスティナ系アラブ人とイスラエル系ユダヤ人が暮らしている。これらのパレスティナ人のほとんどは政治的権利を持たず、主体性もほとんどなく、自らの国家を持つ現実的な見込みもない。この状況が変わるまで、彼らの一部は、シオニストがイギリスに対して行ったように、また、もし立場が逆であれば今日のイスラエル系ユダヤ人が行うであろうように、イスラエルの支配者に対してできる限りの抵抗を続けるだろう。もし、おそらくそうなるであろうように、二国家解決がもはや実現不可能であれば、イスラエル人、パレスティナ人、そして世界の他の人々は、他のヴィジョンを模索しなければならないだろう。(こうした提案の一例として、マイケル・シェーファー・オメルマンとサラ・リー・ウィットソンによる近刊の研究を参照して欲しい)。彼らがそうしない限り、この地域紛争の根源は依然として存在し続けるだろう。

まとめると、中東地域は依然として深刻な政治的分断を抱えた地域であり、最も力のある勢力が他の勢力を支配し、権利、主体性、そして承認を否定している。制裁、非承認、地域外交努力からの排除、そして最近では空爆といった手段でイランを孤立させようとする度重なる試みに、その実態が表れている。パレスティナ人に自らの国家を否定する(あるいは「パレスティナ国家など存在しない」と主張する)長年のキャンペーンにも、その実態が表れている。そして、アラブ世界内部においても、君主や軍事独裁政権がより大きな開放と政治的権利を求める声に抑圧を続けている(アラブの春を覚えているだろうか?)。

こうした状況は必然的に反発を生み出し、それがさらに厳しい弾圧行為へとつながり、ひいては不安定な状況の継続を招くことになる。成功体験をひたすら繰り返す(Rinse and repeat)。安定した地域秩序には、力と正統性のより均衡のとれたバランス(a more even balance between power and legitimacy)が必要であり、正当性には最終的に一定の正義、公平性、そして政治的権利の保障が不可欠である。これらの特徴が残る限り、「新しい」中東は古い中東とほとんど変わらないだろう。このことをしっかりと心に留めておけば、歌にあるように「二度と騙されることはない(won’t get fooled again)」。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

sekaiwashuukyousensounitotsunyuushita002
『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』

sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める