ドナルド・トランプという人物の人生を語る際に、必ず出てくる人物がロイ・コーン(Roy Cohn、1927-1986年、59歳で没)である。ロイ・コーンはトランプにとっての師(master)である。逆の言い方をすれば、1970年代、トランプはコーンの弟子(apprentice)であった。コーンについては、昨年のブログでも取り上げているので、その記事をぜひ読んでいただきたい。また、映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」(2アリ・アッバシ監督、025年)も是非ご覧いただきたい。トランプを理解する上で非常に重要な映画となっている。
※古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ:2025年03月05日 映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」を見てきた
アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方←※アマゾン・プライムのページに進みます
下記論考は、ドナルド・トランプを分析した2冊の著作をベースにして、第二次政権について分析した内容になっているが、ロイ・コーンは死後もトランプにとって重要な存在であり、影響を与え続けているということを主張している。トランプの行動原理は、ロイ・コーンから習得したものであり、それは以下のようなものである。引用する。
(引用はじめ)
トランプが政治的権力を掌握する過程で見せたおなじみの戦術の多くは、ロイ・コーンの「作戦書(playbook)」から生まれたものだと著者たちは主張する。その戦術には、次のようなものがある。公衆に対して矛盾を恐れることなく執拗に嘘をつくこと(lie to the public relentlessly and without fear of contradiction)、自分に不利な事実を否定し、激しい反論でかき消すこと(deny unflattering facts and drown them out with strident
counterclaims)、過ちや敗北を決して認めないこと(never admit error or
defeat)、政敵を絶えず挑発し脅すこと(goad and threaten your political
enemies constantly)、批判的な報道機関を訴えると脅すこと(threaten to sue
offending press outlets)、証拠となる文書を残さないこと(never leave a
paper trail)、そして常に「告発者を告発する」形で反撃すること(always
counterattack by accusing the accuser)だ。何よりも、決して謝罪してはならない。
(引用終わり)
映画にも出てきたが、これがトランプの人生の指針となっている。若き日のトランプ、20代のトランプは少し気弱で押しの弱い、どこにでもいそうな人物だった。それが、コーンと出会い、催眠というか一種の洗脳を受けて、才能を開花させていく。そして、不動産王となっていった。そして、トランプはロイ・コーンとの関係を徐々に切っていく。コーンは最後、HIVで亡くなったが、その頃には立場は逆転していた。
トランプの第一次政権と第二次政権の比較で、「第一次政権の方がまだ抑制が効いていた」ということはよく言われている。トランプの言うことを聞かない人物たちが多く入閣しており、トランプを苛つかせたが、同時に大きく逸脱することはなかった。しかし、それがトランプには気に入らない。自分に忠実ではない人物たちということになる。自分のためなら危ない橋を渡る、違法な行為も厭わない、そんな人物を第二次政権では多く起用した。その結果、政権運営は混沌としているという評価になっている。
これは非常に簡単な話だ。イエスマンだけを起用すれば組織はうまく機能しない。日本でもよくあることだ。ワンマン経営者、起業家が口うるさい側近を排除したり、イエスマンだけを登用したりして、結局失敗するということは少し調べてみれば、その具体例は枚挙にいとまがないほどだ。冷静で時に批判をする側近やナンバー2が必要となる。トランプ政権で言えば、J・D・ヴァンス副大統領がその役割を果たすこと期待されているだろうが、彼自身が次の大統領選挙に出馬するということもあり、その役割に徹することは難しい。他の閣僚たちはイエスマンばかりということになる。忠実な部下の「忠実」ということの意味は不浄に複雑である。
(貼り付けはじめ)
ロイ・コーンで満ちている内閣(A Cabinet Full of Roy Cohns)
-トランプの長年の師こそがトランプの2期目における権力乱用の真の生みの親(true
father)であると1冊の新刊書が指摘している。
マイケル・ハーシュ筆
2026年8月27日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/08/27/roy-cohn-american-scoundrel-regime-change-book/
ドナルド・トランプのある程度抑制の効いていた大統領第1期と、常軌を逸した権力乱用が目立った第2期との違いを理解するには、この大統領の亡き師(mentor)が死後もなお及ぼし続けている影響を知る必要がある。
ロイ・マーカス・コーンは、地獄から来たキングメーカー(kingmaker)だった。コーン家のある人が「意地悪で、残忍で、醜悪で、口汚い」と評したドーラ・コーンという忌まわしい母親から生まれた、同じく忌まわしい人物であるコーンは、裕福な家の跡取り娘だった母親に溺愛され、際限なく甘やかされて育った一人っ子だった。コーンの法律事務所の共同経営者の1人は後に、ドーラが「あなたや私、あるいは大多数の人が従うようなルールとは無縁の人間(a person who was totally free of the rules that you and I or most
people go by)」を作り上げたと語っている。
20歳でコロンビア大学法科大学院を卒業した優秀な弁護士だったコーンは、その残忍な気質を携えて表舞台に登場し、政治的な策謀に満ちた異例のキャリアを歩んだ。そのキャリアは、1950年代のマッカーシズム[McCarthyism](コーンはこの「アメリカ版異端審問」の黒幕[the
brains behind that American Inquisition]だった)から始まり、ロナルド・レーガン時代には、汚い手口の達人(dirty-trickster)であるロジャー・ストーンを指導し、さらには1970年代のニューヨークで、野心的な若き不動産業者ドナルド・トランプを作り上げること(molding)にまで及んだ。

カイ・バード著、スーザン・ゴールドマーク協力『アメリカの卑劣漢:ジョー・マッカーシーからドナルド・トランプまで続いたロイ・コーンの暗黒の道のり(American Scoundrel: Roy Cohn’s Dark Journey From Joe McCarthy to
Donald Trump)』
権力の中枢を突き進んだコーンの粗暴な生き方は、トランプが後に歩む道のひな型(template)となった側面が大きい。伝記作家のカイ・バードと、その妻であり主任リサーチャーでもあるスーザン・ゴールドマークは、新著『アメリカの卑劣漢:ジョー・マッカーシーからドナルド・トランプまで続いたロイ・コーンの暗黒の道のり』の中で、ある「自己愛の強い詐欺師(narcissistic con artist)」(彼らはコーンをそう評している)が、いかにしてもう1人の人物、今や世界で最も強力な地位にある男を創り上げることに多大な役割を果たしたかという、長く醜聞に満ちた物語を語っている。
トランプとコーンは、政治の暗黒街(political netherworld)における「血の兄弟(blood brothers)」のような関係だった。共にニューヨークの裕福な家庭に生まれ、親に際限なく甘やかされて育った2人は、特権意識(entitlement)を共有し、道徳心に欠けていた。2人とも、自分自身の権勢(aggrandizement)を拡大すること以外、何ものも信じてはいなかった。彼らの反エスタブリッシュメント的なポピュリズム(anti-establishment populism)は「純粋な日和見主義(purely
opportunism)」に過ぎなかったとバードとゴールドマークは記している。
トランプが政治的権力を掌握する過程で見せたおなじみの戦術の多くは、ロイ・コーンの「作戦書(playbook)」から生まれたものだと著者たちは主張する。その戦術には、次のようなものがある。公衆に対して矛盾を恐れることなく執拗に嘘をつくこと(lie to the public relentlessly and without fear of contradiction)、自分に不利な事実を否定し、激しい反論でかき消すこと(deny unflattering facts and drown them out with strident
counterclaims)、過ちや敗北を決して認めないこと(never admit error or
defeat)、政敵を絶えず挑発し脅すこと(goad and threaten your political
enemies constantly)、批判的な報道機関を訴えると脅すこと(threaten to sue
offending press outlets)、証拠となる文書を残さないこと(never leave a
paper trail)、そして常に「告発者を告発する」形で反撃すること(always
counterattack by accusing the accuser)だ。何よりも、決して謝罪してはならない。
トランプは、コーンやそのかつての上司であるジョセフ・マッカーシー連邦上院議員が用いた、残酷なあだ名(cruel nicknames)で政敵をこき下ろす手法さえも採用した。当時のドワイト・D・アイゼンハワー大統領の側近C・D・ジャクソンが「マッカーシズムを共和党の主義(Republicanism)として定着させようとした」と評したコーンやマッカーシーと同様に、トランプもまた、現在「トランプイズム(Trumpism)」と呼ばれるものでほぼ同じことを行い、党のイデオロギーを自身のイメージに合わせて根本から作り変えてきた。また、生涯で複数回起訴されたコーンと同様に、トランプの周囲にも金銭的な不正疑惑が渦巻いている。
ドナルド・トランプと弁護士のロイ・コーン(1984年)
「ロイ・コーンはドナルド・トランプの指導者であっただけでなく、多くの点でロイ・コーンこそがドナルド・トランプそのものだった」と1970年代から80年代にかけてニューヨークで両者を取材したヴェテランのジャーナリストのスティーヴン・ブリルは語った。「トランプの使う決まり文句は全てコーンの決まり文句だ」。
この視点は今まさに重要である。なぜなら、トランプの2期目となる今日私たちが目にしているのは、実質的にロイ・コーンのような人物ばかりで構成された政権だからだ。
マギー・ハーバーマンとジョナサン・スワンが別の新刊『体制転換:ドナルド・トランプの皇帝型大統領制の内幕(Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump)』で詳述しているように、1期目とは対照的に、トランプは自身の内閣を、盲目的なまでにへつらう忠実な側近たち(slavishly obsequious loyalists)で固めた。そして彼らの多くは、コーン同様に、トランプが望むならどんな嘘でも広め、どんな敵でも排除し、どんな法でも犯すことを厭わない(to promote any lie, take out any enemy, and break any law that he
desires)ように見える。
8月、トランプは自身の献身的な個人弁護士であるトッド・ブランシュを、強引な手法で米司法長官として連邦上院の人事承認を通過させた。その結果、トランプに仕えることになるのは、数ある側近の中でも最も「コーン的」な忠実な手先(the most Cohn-ish apparatchik of them all)、すなわち、政敵を徹底的に追い詰め、訴追することも厭わない人物ということだ。
ワシントンで開かれたアメリカ連邦上院公聴会でのジョセフ・マッカーシー連邦上院議員とロイ・コーン(1954年6月7日)
コーンは、大衆を扇動する「闇の術」(the dark arts of
demagoguery)を完成させるまでに長い時間を費やした。まだ20代半ばだった1950年代、初めて脚光を浴びた時期に、彼は上司であるマッカーシーを「扇動家(demagogue)」として成功させるべく尽力した。
連邦上院調査小委員会という強力な組織で上院議員の首席顧問を務めていたコーンは、アイゼンハワーやジョージ・C・マーシャルといった著名なアメリカの政治家に対し、常軌を逸した、そして一度も立証されることのなかった告発をでっち上げるために、幾度となく偽証を重ねた。後にトランプが自身のパブリックイメージを形成するためにソーシャルメディアを巧みに利用したのと同様に、コーンもまた、インターネット以前の時代において、ウォルター・ウィンチェルやジョージ・ソコルスキーといった有力コラムニストから「噂を植え付ける(世間に流布させる)方法(how to plant gossip)」を学び、ほのめかしや暗示を駆使する手法を習得していたとバードとゴールドマークは書いている。
一方、マッカーシーには深刻な欠陥があった。コーンがかつて「分身(alter ego)」と呼んだその男は、大酒飲みであり、決して聡明とは言えなかった。恐怖と虚偽を広め続け、しかも政府内に共産主義者が1人でも存在することを何一つ証明できないまま、数年後、マッカーシーは連邦上院から問責決議を受け、屈辱のうちに表舞台から姿を消した。
ワシントンのエスタブリッシュメントを打ち砕こうとしたマッカーシーの試みは失敗に終わったのである。
しかし、それから約60年後、コーンの戦術はついに、彼の死後ではあったが、大衆扇動において「金脈」(demagogic gold)を掘り当て、政治的エスタブリッシュメントを破壊するという成果を上げた。今回、コーンの手元には、より「有望な素材(more promising material)」があった。マッカーシーよりもはるかに才能ある「客引き(huckster)」であったトランプは、1970年代から80年代にかけてニューヨークの若き不動産王として活動する中で、コーンの薫陶を受け、こうした闇の術の多くを、あるいはそのほとんどを学んだのである。当時、コーンはマンハッタンの上流社会において、極めて強力な人脈を持つ「フィクサー(fixer)」であった。実際、トランプをニューヨークで有名にした最初の案件、1970年代のコモドア・ホテルの改装事業において、コーンはその場に立ち会い、減税を約束することで違法に票を買うといった工作に関与していた。
多くの証言によれば、コーンはトランプを全国的な舞台に立つ人物へと育て上げることに特別な関心を抱いていた。バードとゴールドマークのインタヴューに対し、トランプは、1986年にコーンがエイズで亡くなる前に、彼から何度もこう言われていたと語っている。「君はその気になれば、いつか大統領になれる(You’re going to be president someday. If you want to)」。
マッカーシー、コーン、そしてトランプに共通している主要なポイントは、アメリカの政治においてそれまでほとんど見られなかったような冷酷さと冷笑的な態度(ruthlessness and cynicism)だった。バードとゴールドマークは次のように書いている。「彼ら3人は、個人的な怨念を利用して、アメリカ社会に長年くすぶっていたポピュリズムの剥き出しの感情を煽り立てた。いずれも常習的な虚言癖があり、タブロイド紙の見出しを飾るような話を恥ずかしげもなくでっち上げた。彼らは、移民、知識人、科学的専門知識、フェミニスト、そして何よりも黒人やその他の非白人マイノリティに対する政治的な怨念を解き放った」。
バードは『フォーリン・ポリシー』誌へのメールの中で、マッカーシー個人はともかく、「マッカーシズムは失敗に終わった」と結論づける歴史家の見解は間違っていると述べた。「それは打ち負かされたのではない。ロイが解任され、ジョーが酒の飲み過ぎで死んだ後も、それは生き残ったのだ」。バードによれば、その理由は、アイゼンハワーやエスタブリッシュメントがそれに対して本気で立ち向かわなかったからであり、それはちょうど、今日の共和党がトランプに立ち向かっていないのと同じ構図だという。
「ロイの物語はアメリカのダークサイドであり、繰り返され続ける物語だ」。
ワシントンのホワイトハウスで行われた会合で閣僚たちに囲まれて発言するトランプ(3月26日)
コーンの物語と彼がトランプに与えた影響を知ることは、現在起きている事態を理解する助けとなる。トランプは今や、立憲共和制国家(a constitutional republic)におけるルールや法に対して、ますます露骨な軽視の姿勢を示しているからだ。
大統領としての任期が始まって間もない頃、当時のジェフ・セッションズ司法長官が自身の「個人的な揉め事の処理役(fixer)」になることを拒んだことに激怒したトランプは、側近たちにこう不満を漏らした。「俺のロイ・コーンはどこにいるんだ?」。ロシアによる選挙介入疑惑の捜査から自らを退かせたことで新大統領を激怒させたセッションズは、ルールを曲げたり破ったりすることを拒み、トランプを苛立たせたエスタブリッシュメントの1人に過ぎなかった。ホワイトハウス首席補佐官ジョン・ケリー、国家安全保障問題担当大統領補佐官H・R・マクマスター、財務長官レックス・ティラーソン、国防長官マーク・エスパーなど、トランプの判断にたとえ些細なことでも異を唱えようとした多くの人々は、例外なく即座に解任され、トランプ氏の「敵リスト(enemies list)」に加えられた。
トランプは2期目を迎えるにあたり、1期目の自身の言動に疑問を呈した人物を、たとえ長年の支持者であっても排除することで、この問題を解決した。ましてや、ほんの少しでも誠実さや良心を持ち合わせた人物など、論外であった。

マギー・ハーバーマン、ジョナサン・スワン著『体制転換:ドナルド・トランプの皇帝型大統領制の内幕(Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump)』
「1期目に自らを『裏切り者(traitors)』と見なしたスタッフとの経験に苦い思いをさせられたトランプは、些細な非難であっても即座に疑念や被害妄想を抱くようになっていた」とハーバーマンとスワンは『体制転換』の中で記している。『体制転換』は『アメリカの卑劣漢』と同様、見事な取材に基づいた作品だ。「ワシントン行きに向けてすでに荷造りを始めていた候補者たちの中には、不明確な批判や『連座(guilt by association)』が浮上しただけで、起用の話が白紙撤回された人たちもいた」。
トランプ氏の1期目における「教義(liturgy)」、とりわけ、2020年の大統領選挙でトランプが勝利したという明白な嘘から少しでも逸脱することは、2期目において追放される理由となった。
例えば、ロバート・オブライエン氏国家安全保障問題担当大統領補佐官としてトランプの1期目を全うし、メディア出演の際には繰り返しトランプを擁護していた。「しかし、トランプは記憶力が良かった」とハーバーマンとスワンは書いている。特に、2021年1月6日に支持者たちが連邦議事堂を襲撃したあの悪名高い事件の後、スタッフがどのような発言をしたかについてはなおさらだった。当時、「オブライエンはトランプの判断において『大罪(a cardinal sin)』を犯していた。ジョー・バイデンの勝利を確定させる手続きを主導したマイク・ペンス(副大統領)を称賛した」。2024年の政権移行期にテレビでオブライエンが自分を擁護する姿を目にしたトランプは、側近たちに「あいつを画面から消せ」と命じたと著者たちは書いている。「彼もポンペオのような人物だ」。
トランプの元国務長官であり、長年にわたり忠実な側近でもあったマイク・ポンペオもまた、罪を犯してしまった。それは、2024年の共和党大統領候補指名をめぐってトランプに挑む可能性を検討し、トランプの財政政策に疑問を呈したことだった。
「トランプにとって、これは許しがたいことだった」とハーバーマンとスワンは書いている。そして、新大統領にとって何よりも重要だったのが司法省の人事であったと、著者たちは、トランプに忠実に仕えてきた最後の司法長官ウィリアム・バーでさえ、「選挙が盗まれた」とするトランプ氏の陰謀論に同調することを拒んでいたからだと指摘している。
「トランプはやがて、司法省の上層部を最も熱烈な忠誠心を持つ側近たちで固めることになる。それによって、ウォーターゲート事件以降に築かれた司法省の独立性の歴史は打ち砕かれ、司法省の指導部は事実上、彼個人の法律事務所と化した」とハーバーマンとスワンは書いている。
そして、この点においてコーンこそが真の先例を作ったと言える。なぜなら、トランプの2期目において何よりも明白に重要視されていたのは、たとえ根拠が薄弱あるいは荒唐無稽なものであっても、1期目からの政敵を執拗に攻撃し、追及することだったからだ。トランプは昨年9月、その姿勢を如実に示した。彼は、本来なら非公開でパム・ボンディ司法長官を叱責するつもりだった内容を、誤ってトゥルース・ソーシャルに投稿してしまった。その叱責の内容は、以下の人物たちを起訴する動きが遅いことへの不満だった。すなわち、元FBI長官ジェームズ・コミー(「86 47」という数字を形作った貝殻の写真を投稿したことで、トランプの取り巻きたちから「大統領の殺害を望んでいる」と決めつけられていた)、トランプに対する1期目の弾劾裁判を主導したアダム・シフ連邦上院議員、そして詐欺の疑いでトランプを提訴したニューヨーク州のレティシア・ジェイムズ司法長官である。
トランプは、自分の師であるコーンの手法を再び踏襲し、ジェイムズに対する告発の真偽などどうでもいいと語った。「大統領の真の狙いは、自身に対して5億ドル近い民事詐欺の賠償判決を勝ち取ったニューヨーク州司法長官を法廷に引きずり出すことだった」とハーバーマンとスワンは書いている。「彼女の人生を惨めにしてやりたい」とトランプは言った。
コーンなら心から賛同したことだろう。

2019年のドキュメンタリー映画『ロイ・コーンの真実(Where's My Roy Cohn?))』に登場するコーンの肖像
コーンの手法がマッカーシーの時代には失敗したのに、トランプと共にワシントンのエスタブリッシュメントを打ち負かすことには成功した理由を問うてみる価値はあるだろう。
確かに、トランプの方が明らかに才能ある扇動家であったことは間違いない。トランプは誰よりも早く、コーンの死後ずいぶん経ってからではあるが、論争を求めるケーブルテレビの飢餓状態につけ込み、事実に基づかないインターネットの世界を操り、常軌を逸したほのめかし(outrageous innuendo)を拡散させて「確かな事実(certainty)」へと変貌させる方法を編み出したのだ。
それでも、バードとゴールドマークが指摘するように、全盛期のマッカーシーもしばしば同様に見られていた。彼らは、著名な政治ジャーナリストであるリチャード・ロヴェールが1954年3月に記した言葉を引用している。それによれば、マッカーシーは「単なる扇動家ではなく、一流の政治家(a political figure of first rank)」であり、その支持層は「巨大かつ狂信的(large and fanatical)」なものだったという。どこかで聞いたような話だ。
結果が異なった理由の1つとして、著者たちは「共和党と民主党のエスタブリッシュメントが、性的スキャンダルのほのめかしを用いてマッカーシーを失脚させた」ことを挙げている。コーンは同性愛者であり、上司であるマッカーシーを破滅に追い込む大きな要因となった悪名高い「陸軍・マッカーシー公聴会」の焦点も、若い男性補佐官に対するコーンの執着に向けられていた。
しかし、もう一つの可能性として、1950年代の旧秩序は、2000年代ほどには崩壊の機が熟していなかったということも考えられる。
歴史上、社会や政治が極度に常軌を逸し、恐怖が蔓延することで、人々の最悪の側面、そして当然ながら、最悪の指導者たちが引き出されてしまう時代がある。その例として挙げられるのが、フランス革命期の「恐怖政治」(the Reign of Terror during the French Revolution)だ。当時は旧体制(ancien régime)や外国の侵攻に対する恐れから、妄想的な疑心暗鬼が制御不能な状態(out-of-control paranoia)に陥った。また、ナチス・ドイツの台頭も同様だ。不公平なヴェルサイユ条約、ワイマール共和国の混乱、そして世界恐慌といった災厄の連続が恐怖を煽り、アドルフ・ヒトラーを、嘲笑の的だった無名の政治家から絶対的な独裁者へと押し上げた。さらに、ソヴィエト連邦崩壊後のロシアでも、外国の陰謀に対する恐怖がウラジーミル・プーティンの台頭を後押しした。
『悪への変貌:平凡な人々はいかにしてジェノサイドや大量殺戮を行うのか(Becoming
Evil: How Ordinary People Commit Genocide and Mass Killing)』の著者であるジェイムズ・ウォーラーは、こうした時代に共通するのは「社会的な恐怖(societal fear)」であり、指導者はその恐怖を「存亡の危機という感覚へと操作し得る(leaders can manipulate into a sense of existential threat)」と指摘している。
911同時多発テロやイラク戦争に端を発するグローバライゼーションとアメリカのリーダーシップの失敗、そして拡大する所得格差(income inequality)を背景に、そうした恐怖の多くが蔓延し、扇動的な政治手法が入り込む余地を大きく広げている。ウォーラーは、「今日、あまりにも多くの場所で、指導者の高潔な資質よりも、むしろ暗い側面が優勢になりつつあるという結論を避けられなくなっている」と述べている。
冷戦という現実的な脅威があったにもかかわらず、1950年代のアメリカはそうした状況にはなかった。少なくとも今日ほどではなかった。社会的な公平性が脅かされることも、もちろんディープサウス(the Deep South)と呼ばれる南部深部を除けば、それほどなく、政治もはるかに安定していた。
「マッカーシー時代にも恐怖は存在したが、それはバラク・オバマ政権後に見られ、大きな反動の舞台となったような、存亡に関わる深い恐怖や『過去への郷愁(longing for the past)』とは異なるものだった」とウォーラー氏は述べている。
それでもなお、類似点は憂慮すべきものだ。コーンとマッカーシーは、トランプが今日行っているのと非常によく似た、ナショナリズムという「悪魔(demons)」を呼び起こした。もっとも、コーンによる初期の扇動は、表向きには冷戦の最中に共産主義を根絶するためのものではあった。
「数十年後に出てきたドナルド・トランプの『アメリカを再び偉大に(Make
America Great Again、MAGA)』運動を支える強固な支持層と同様に、マッカーシーの支持基盤にも中西部の農業従事者やポピュリストが含まれていた。彼らはしばしば、都会の洗練された人々、大学教授、ピンストライプのスーツを着た外交官、ユダヤ人、移民、黒人など、『異質な存在(the other)』と見なされうる人々に対して疑念を抱いていた。彼らの本能的な志向は、アイソレイショニズム的や排外主義的(nativist)な考えに根ざしていた」と、バードとゴールドマークは書いている。
現代においてトランプがより大きな成功を収めた要因の1つとして、マッカーシーにはできなかった「資本を所有する階級[the capital-owing class](経済的エリート層[the
economic establishment])」を味方につけたことが挙げられる。この点でも、コーンはトランプにとって極めて重要な師だったと言えるだろう。マッカーシー時代が終わった後、弁護士であったコーンは、ジョージ・スタインブレナー、ルパート・マードック、サイ・ニューハウス、ロナルド・ペレルマンといったニューヨークの富裕層との関係を巧みに築き上げ、自身の「恩義の貯蓄(favor bank)」を蓄積していった。トランプも後にその手法を踏襲したのだ。
「ロイ(・コーン)の物語は、トランプが決して異例の存在(aberration)ではないことを如実に物語っている」と、バードは『フォーリン・ポリシー』誌へのメールで述べている。「ジョー・マッカーシーもまた、異例の存在ではなかった。・・・近年のグローバル化やAIの急速な進展を背景に、多くのアメリカ人がエリートやエスタブリッシュメントのせいで取り残されるのではないかという正当な不安を抱いている。コーンやトランプのような人物は、そうした不安を巧みに利用する。彼らは『怨念(resentment)の政治』を操ることに極めて長けている」。
バードとゴールドマークが歴史家リチャード・ホフスタッターの言葉を引用して記しているように、1950年代当時でさえ、マッカーシー主義の真の機能は「スパイを摘発したり諜報活動を阻止したりするといった単純かつ合理的なものではなく・・・怨念や不満を吐き出すことにあった。・・・共産主義は標的ではなく、武器だった」のである。
不穏な形で歴史が繰り返される中、トランプとその陣営は今再び「共産主義(communism)」を標的に据え、「赤狩り(the Red Scare)」を蘇らせようとしている。そして、中道派であれ社会主義者であれ、全ての民主党員に対し、かつてコーンが用いたのと同じ有害なレッテルを貼っている。
こうした傾向は、バードの指摘、マッカーシズムは決して完全には消え去っていなかったということを裏付けているように見える。それこそが、コーンという人物の影響力が死亡した後もこれほど長く続いている理由なのである。
※マイケル・ハーシュは『フォーリン・ポリシー』コラムニスト。『資本攻勢:ワシントンの賢者たちはいかにしてアメリカの未来をウォール街に売り渡したのか(Capital Offense: How Washington’s Wise Men Turned America’s Future
Over to Wall Street)』と『私たち自身との戦い:なぜアメリカはより良い世界を築くチャンスを無駄にしているのか(At War With Ourselves: Why America Is Squandering Its Chance to
Build a Better World)』の著者。Xアカウント:@michaelphirsh
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』

シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』







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