古村治彦です。
今回はハーヴァード大学教授スティーヴン・M・ウォルトによる大学院進学を考えている方への助言が詰まった内容の論考をご紹介する。特に社会科学系の大学院進学をお考えの方には大変有益な内容になっている。大学院進学を考えていない方にはあまり興味を持てない内容であろうが、是非お読みいただきたい。
重要なことは、「大学名が有名かどうか」ではなく、「自分に合っているかどうか」ということであり、更には「入学後には興味関心が変化することは往々にしてある」ということである。
今回はいつもとは毛色の違う話をお読みいただければと思う。
(貼り付けはじめ)
国際関係論(IR)の大学院について知っておくべきことの全て(Everything You Always Wanted to Know About IR Grad School)
-長年教鞭をとる教授から志望者への率直な助言
スティーヴン・M・ウォルト筆
2026年8月25日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/08/25/ir-graduate-school-apply-phd-ma/
北京の清華大学で行われた卒業式での学生たち(2007年7月18日)
あなたは国際関係論を学ぶために大学院へ進学しようと考えているか? もしそうなら、このコラムはあなたのために書かれたものだ。ここでは、(1)この進路をどう検討すべきか、そして、(2)志望校に合格する可能性を最大限に高めるにはどうすればよいか、という点について、私なりの最善の助言をまとめたいと思う。
まず、いくつか注意をしておきたい。これはあくまで私個人の意見であり、教員や実際に一緒に仕事をした雇用主など、他の人からは異なる(そして、もしかするとより有益な)助言が得られるかもしれない。以下に述べる内容は、主にアメリカやカナダの大学院教育に当てはまるものだ。これらは私が最もよく知っている学術環境だ。そのため、私の助言の一部は、他国の大学院プログラムには当てはまらない可能性がある。さらに、私の専門分野は政治学と公共政策に限られている。したがって、j法科大学院、生化学、コンピュータサイエンスなどに関心がある場合、私のコメントはあまり役に立たないだろう。また、学術機関やそれに関連する労働市場は急速に変化しており、私が長年かけて得た知見の価値も低下しているかもしれないという点に留意して欲しい。「買い手よ、用心せよ(Caveat emptor、Let the buyer beware)」。
そうは言っても、もしあなたが私の研究室を訪ねてきて、助言を求めたとしたら、次のように言うだろう
●結局のところ、あなたは大学院に進学すべきだろうか?
最も重要な問いは、そもそも大学院に進学することが良い考えかどうか、そして関連して、どのような学位を取得したいかということだ。もし国際情勢に関心があり、法科大学院やビジネススクールには進みたくない場合、選択肢は「公共政策や国際関係論の修士号」か「博士号(Ph.D.)」のいずれかに絞られる。どちらがあなたに適しているだろうか?
学術的なキャリアに関心がないのであれば、修士号を取得するのがおそらく最善の道だろう。修士課程の期間は約2年です(学生ローンの負担が少なく、労働市場から離れる期間も短くて済む)。また、分析能力や専門職としてのスキル、そして特定の分野に関する専門知識を高めることができる。修士課程は人脈を広げる絶好の機会でもあり、多くのプログラムではインターンシップが推奨・支援されている。インターンシップは、キャリアの次の段階へ進むための足掛かりとなるだろう。一部の学生にとっては、修士課程を修了することで、より深い研究への意欲が湧き、やはり博士号こそが自分にとって本当に必要なものだと確信するきっかけになることもある。
博士号の取得を目指すとなると、話は全く別物となる。本格的な研究者としてのキャリアを築くにはほぼ必須と言えるし、シンクタンクや政府機関、あるいは民間企業で働くことになったとしても、博士号は知識や資格、そして就職の可能性を広げてくれるだろう。しかし、博士号の取得は長く険しい道のりであり、少なくとも5年はかかると覚悟しなければならない。さらに悪いことに、学術界の雇用情勢は不安定で、学位を取得した後に良い仕事が待っているという保証もない。もし「これが本当に自分のやりたいことだ」という確信が持てないのなら、迷いがなくなるまで待つことをお勧めしたい。明確な目的意識と強い決意を持ってこの道に進まなければ、博士課程の学生なら誰もが経験するであろう浮き沈みや、自分自身への疑念を乗り越えるのは難しいかもしれない。
何よりも、幼稚園の頃から優秀な学生で、学校という環境に居心地の良さを感じていて、学部を卒業する時に他にやりたいことが見つからなかったから、という理由だけで博士課程に進むのは止めておくべきだ。一見すると、それが最も安易で抵抗の少ない道のように思えるかもしれないが、断言しておく。決してそんなことはない。博士号の取得は、学部時代の経験とは根本的に異なる。それは単なる知識の「消費者(consumer)」ではなく、新しい知識の「創造者(a creator)」になることを意味するからだ。そして、実際にやってみるまでは、自分がその適性を持っているかどうかなど、誰にも分からないものなのだ。
一言注意しておきたい。私は博士号の取得を目指すことを思いとどまらせようとしている訳ではない。特に、本格的な知的探求を愛し、教えることに喜びを感じ、それ以外の道を想像できないという人にとっては素晴らしい選択肢だろう。ただ、心から「これだ」と確信できない限りは、止めておくべきだということだ。
●大学院は何を探しているのか?
近年、入学希望者の選考はますます困難になっている。第一に、成績のインフレ(訳者註:成績評価が甘くなり良い成績を取る人が増えている)が進んだことで、本当に傑出した学部生と、優秀ではあるものの最高レヴェルではない学生とを見分けるのが難しくなっている。第二に、ChatGPTやClaudeといったAIツールの登場により、志望理由書や提出を求められることのあるライティング・サンプル(writing samples)を通じて応募者の文章力を評価することが難しくなっている。卒業論文や勤務先での業務として作成された研究論文をどう評価すべきかさえ、明確にはなっていない。応募者がそのプロジェクトを完了するにあたり、どの程度AIに頼ったのかを知る術がないからだ。
こうした理由から、大学院はテストのスコア(GREなど)に加え、履修した科目や推薦状の内容を非常に重視する。修士課程の多くや博士課程のほぼ全てにおいて、何らかの形での量的分析(quantitative)に関するトレーニングが求められるため、選考委員会は、応募者に十分な数学的スキルがあることを示す明確な証拠を確認したいと考える。しかし、GREの量的セクションで満点(800点)を取るような数学の天才である必要はない。しかし、高校卒業以来数学の授業を一度も受けておらず、かつ学業をこなせるかという懸念を払拭できるような高いGREスコアも持っていないとなれば、合格への道のりは厳しいものとなるだろう。
推薦状については、推薦者があなた自身やあなたの能力を深く理解していることが伝わる内容であればあるほど、高く評価される。著名人や高名な学者に推薦状を依頼したくなるかもしれないが、あなたやあなたの仕事をよく知る人物による、具体的かつ個人的な内容の推薦状の方が、VIPによる中身の薄い定型文(数段落程度のもの)よりもはるかに重みがある。もちろん、著名な人物の下で直接働き、その人が熱意のこもった推薦状を書いてくれるのであれば、ぜひ依頼すべきだ。ただし、選考委員に対して、あなたを採用すべき説得力のある具体的な理由を提示できる推薦者を、少なくとも数名は確保しておくことが重要だ。
判断基準は、志望するプログラムの種類によって異なる。例えば、公共政策の修士課程の場合、選考委員会は、あなたが単なる気まぐれではなく、公共奉仕や公共政策全般に対して心から関心を抱いているという具体的な証拠を求める。リーダーシップ能力や、他者と協力して働く能力を示す実績もプラスに働く。政治学や経済学といった関連分野を専攻していたり、NGOを立ち上げたり、被災地で救援活動を行ったりしている必要はないが、学生の政治団体で積極的に活動したり、政治家やシンクタンクでインターンを経験したり、あるいは関連する政策分野で数年間働いたりした経験があれば、大きな強みとなる。理学士号を持つ人物であっても環境政策を扱うNGOでの勤務経験を持つ化学専攻の志願者は、地元の議員の下で働いた経験のある政治学専攻の志願者と同様に、魅力的な候補者となり得る。重要なのは、政策課題や外交政策の何らかの側面に対して心から関心を抱いていることを示すことにあるからだ。さらに、修士課程の多くは、数年間の実務経験を持つ志願者を好む傾向がある。その理由は、年長者の方が自身の進みたい方向性をより明確に把握していることが多く、また、彼らが公共の事柄を真剣に重視していると確信しやすいためだ。
あなたが考えることとは反対かもしれないが、あなたの政治的見解は合否にほとんど関係ない。データセンターに放火して有罪判決を受けたとか、KKKの支部を率いていたといった経歴があれば合格の可能性は極めて低いだろうが、支持政党や一般的な政治的スタンスが問題になることはまずない。実際、リベラルな傾向で知られる大学は保守的な学生の獲得に関心を強めているし、逆に保守的な傾向の強いプログラムはリベラルな学生を呼び込もうとしている。
博士課程に関しては、選考委員会は知的探究心、創造性、そして研究能力の証拠を求めている。志願者は学部時代に卒業論文を書いただろうか?
その論文は賞を受賞し、指導教官がその優れた点を説明する推薦状を書いてくれるだろうか? NGOやシンクタンクでの勤務経験がある場合、その仕事には研究業務や共同執筆が含まれていただろうか?
それによって何らかの出版物(論文など)が生まれただろうか? 難問について深く考えることを好み、かつそれに長けていることを示す証拠を多く提示できればできるほど、合格の可能性は高まる。
●「すべきこと」と「すべきでないこと」
第一に、事前のリサーチを徹底的に行おう。大学によって修士課程や博士課程には多くの共通点があるが、それぞれ独自の要件も設けている。出願前にはそれらを慎重に確認すべきだ。どのようなコースが開講されているか、あるいは必修とされているか。修了生はどのような職に就いているか。博士課程であれば、教員や学生がどのような研究を行っており、それは自分自身が取り組みたい研究内容と合致しているか。本格的な博士課程は、学生を大きく変容させるものだ。もし、ある学科が輩出する「完成形」を自分が望まないのであれば、別の大学を検討すべきだ。
第二に、自分が重点的に取り組みたいと考えているテーマに関心を持つ教員が在籍しているプログラムを選ぼう。最も権威や学術的評価が高いと思われる大学に進学したくなる気持ちは理解できるし、それなりの理由もある。しかし、そこに進学しても自分の関心事を研究しにくいのであれば、良い選択とは言えない。特定の専門分野(例:国際安全保障、環境政治、人権など)に関心があるなら、その分野を専門とする教員が充実している大学に出願すべきだ。自分の関心とプログラムの重点分野を一致させることは、合格の可能性を高めることにもつながる。学科の教員陣の専門性と合致しない学生を受け入れることに対し、選考委員会が慎重になるのは当然だからだ。ただし、後述するように、合格の可能性を高めるために自分の関心を偽るようなことは避けるべきだ。もし合格できたとしても、結局は自分に合わないプログラムに入ることになってしまうからだ。
ここで、いくつか注意点を挙げておく。ある教授の研究を長年高く評価しており、その教授の下で学ぶことを強く望んでいる場合でも、入学後にその教授が退職したり、別の大学へ移籍したりする可能性があることを認識しておく必要がある。また、遠くからその学問的業績を称賛していたとしても、実際に知的相性が良いとは限らないし、その人が自分にとって最良の指導者になるとも限らない。迷った場合は、特定の個人ではなく、プログラム全体として最も優れたものを選ぶべきだ。また、大学院での研究においてどのようなテーマに重点を置くつもりか尋ねられることもあるだろうが、授業や研究を進めるうちに考えが変わり、最終的には全く異なるテーマに取り組むことになるかもしれない。私自身、志望校にはナショナリズムを研究の柱にすると伝え(実際そのつもりだった)、そのテーマの講義を1つ受講しはしたものの(ちなみに素晴らしい講義だった)、結局は全く別のテーマで論文を執筆することになった。優れた博士課程というものは、学生に新たな考察の対象や物事の捉え方を数多く提示することで、必然的にこうした知的な方向転換を促すものなのだ。
第三に、特に博士課程への進学を目指す場合は、複数の大学に出願する必要がある。リソースが減少するにつれ、大学院の選抜は厳しさを増しており、たとえ極めて優秀な志願者であっても、多くの大学に合格できるという保証はない。例えば、私は6つの博士課程プログラムに出願し、そのうち4つに合格した(皮肉なことに、最終的には不合格だった2つの大学の両方で教鞭をとることになった)。もっとも、それは随分前の話だ。今なら、おそらく8校か10校に出願するだろう。
第四に、合格通知を受け取ったら、真剣に進学を検討している大学を実際に訪問してみるべきだ。現地では、できるだけ多くの大学院生と話し、彼らの経験について聞いてみて欲しい。教員から聞くどんな話よりも、彼らの生の声の方が、実情を如実に物語っているからだ。私の場合、合格した大学のうち2校については、大学院生との会話を通じて深刻な疑問を抱いたため、進学を見送ることにした。最終的にカリフォルニア大学バークレー校を選んだ大きな理由は、訪問時に出会った大学院生たちがプログラムに対して心から熱意を持っており、かつ、私が目指すような学者像へと着実に歩んでいるように見えたからだ。
第五に、前述の通り、自分を偽って選考委員会を欺こうとしないで欲しい。例えば、特定の専門分野やトピックに興味がないにもかかわらず、それが志望校の強みであることを知っているからといって、選考を行う教員に気に入られようと興味があるふりをするのは止めよう。自分に向いていないのにアーカイヴ調査や事例研究に深い関心があるように装ったり、ゲーム理論や高度な計量経済学を使うつもりが全くないのに、それらに興味があるふりをしたりしてはいけない。目指すべきは、自分の希望するキャリアに向けて準備ができるプログラムを見つけることだ。出願時に自分を偽ると、結局は自分に合わない学科に入り、不幸な結果を招く可能性が高まるだけだ。
最後に、個々の教員に直接連絡を取ることは、合格の可能性を高めるどころか、むしろ下げてしまう可能性があることを認識しておいて欲しい。毎年、世界中の学生から、ハーヴァード大学に来て私の指導の下で学びたいというメールが何通も届く。中には、履歴書やライティング・サンプルを添付してくる学生さえいる。そうした問い合わせをいただけるのは光栄なことだが、個々の教員が入学の可否を決定する訳ではないし、一度も会ったことのない志願者のためにわざわざ口利きをするようなこともまずない。こうした問い合わせを受けると(それがスパムやボットによるものではないと仮定すれば)、その学生は出願の仕組みを理解しておらず、ケネディスクールのウェブサイトで出願手続きについて調べることさえしていないのではないか、と感じてしまっている。
例外として、教員が志望者と事前に知り合い、その人物をよく理解した上で、入学審査委員会に推薦のメッセージを送ろうと考えるようなケースも稀にある。しかし、そのような場合であっても、最終的な決定を下すのはあくまで委員会であり、個々の教員ではない。結論を言えば、すでに入学が許可され、進学先を検討している段階でない限り、個々の教員に連絡を取ることは、あなたにとっても(そして相手にとっても)時間の無駄になる可能性が高いだろう。
この助言が、大学院進学を検討している方々の参考になれば幸いだ。出願締め切りまではまだ数カ月あるが、今年度の選考に参加したいのであれば、早めに準備を始めることを強くお勧めする。GREの受験日程を確保するには時間がかかるし、推薦状についても、余裕を持って依頼するほうが質の高いものを書いてもらえるからだ。世の中には、優秀で十分な訓練を受けた人材が数多く求められている。大学院での研究に関心をお持ちの皆さんが、希望通りの、そしてご自身の能力にふさわしい機会を手にできることを願っている。幸運を祈る!
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。彼は、現代世界を理解・展望する上で不可欠な主要概念を解説する5部構成のニューズレター・シリーズ『新しい地政学(The New Geopolitics)』著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social Xアカウント:@stephenwalt
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(終わり)

『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』

シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』




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