古村治彦です。

 アメリカのドナルド・トランプ大統領とロシアのウラジーミル・プーティン大統領は個人として良好な関係を続けているが、米露関係は停滞気味である。スティーヴ・ウィトコフ特使とトランプの娘婿ジャレッド・クシュナーがウクライナ戦争停戦に向けて動いているが、進展はない。戦争が長引けば長引くほど、ウクライナにしても、ロシアにしても戦争を停止するハードルが上がる。戦争は止め時が難しい。一方的に勝利できる場合(第二次世界大戦における連合国と枢軸国の関係)であれば、武力的な抵抗が終わり、降伏の意思表示ということになるが、戦争が大きな進展がないままに、日常化してしまうと、結局、その状態が固定化されてしまう。ウクライナ戦争で言えば、ロシア側は攻撃初頭でウクライナ軍が崩壊し、降伏するという計算違いを起こし、ウクライナ側は大攻勢をかけようとして失敗してしまった。現状は大きな進展はない。疲れ果てるまでこの状況を続けるしかない。しかし、ヨーロッパ諸国をはじめとする西側諸国は、ウクライナが死なない程度に「輸血」をして(ロシアに対して大きな効果を持つ武器は与えないが、小競り合い程度には勝つ武器を与え)、ロシアに対して出血を強要するという状況の維持を行っている。それは、ロシアの弱体化が自分たちの国益につながると考えているからだ。ロシアからの安いエネルギー資源輸入で生きてきたヨーロッパ諸国はなんと愚かだろうか。

 下記論考では、トランプ大統領がプーティン大統領との良好な関係を利用して、停戦を進める、そのためにロシアに条件を受け入れ、ロシアと「ウィン・ウィン」の関係を築こうとやっきになっていることに警鐘を鳴らしている。その根拠として、サブプライムローン危機で、アメリカ経済が厳しい状況だった際に、プーティン大統領が中国に、「債権を売り払って暴落させて、アメリカ経済に大ダメージを与えよう」と持ち掛けたことを取り上げている。中国側は断ったが、プーティンは時刻も大きなダメージを受けるが、アメリカのダメージを優先するような人物だとザカリアは述べている。

 この主張には説得力があるが、2008年当時と現在の世界の状況が大きく変化をしているとも考慮しなければならない。当時のロシアはジョージア侵攻を行っており、アメリカはそれに対して厳しい態度で臨んでいた。ロシアとしては戦争に負ける訳にはいかない。アメリカを牽制するためにもそのような行動に出た。重要なことは、債券を売るということがアメリカ側に伝わるように、中国側に話を持ち掛けたことである。中国に断られたので取りやめたが、自分たちはやる気だとアピールすることで、アメリカを怯えさせ、牽制する動きに出たのである。もちろん、アメリカに打撃を与えるという意図もあっただろう。しかし、本気でアメリカに大打撃を与える意図はなかったと考える方が合理的だ。そして、この時から、ロシアは外貨準備高におけるドルの割合を減らし、金保有を進めて、また、決済システムの構築を行ってきた。ウクライナ戦争が継続できているのもこれらが要因になっている。

 トランプ大統領はウクライナ戦争を停戦することを公約として当選した大統領である。公約実現のために、プーティンとの関係を利用するのは当然のことだ。それが米露両国にとって利益になれば良いことである。プーティンと「ウィン・ウィン」の関係を築けないと考えるのは浅慮であると言わざるを得ない。そのような関係を築かざるを得ない方向に進めることが外交の巧者であると言えるだろう。現在のアメリカにそのような匠はいない。

(貼り付けはじめ)

ウラジーミル・プーティン大統領との「ウィン・ウィン」という危険な幻想(The Dangerous Fantasy of a Win-Win With Putin)

-ロシアの大統領は取引の成立を目指すビジネスマンではない。

ファリード・ザカリア筆

2026年9月11日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/09/11/putin-trump-united-states-russia-ukraine-negotiations-deal-foreign-policy/

vldimirputin20260909001

モスクワで拍手を送るロシアのウラジーミル・プーティン大統領(9月9日)

ドナルド・トランプ大統領の交渉担当者であるスティーヴ・ウィトコフとジャレッド・クシュナーは、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領との最近の会談に、心底圧倒された様子だった。ウィトコフは、これらの会談は自身の人生における経験の中で「最高(thee top)」のものだと熱っぽく語っている。ウィトコフとクシュナーは両方ともロシアを潜在的なパートナーと見なし、トランプと同様に、プーティンとの「ウィン・ウィン(win-win)」な解決策を模索するビジネスマンの視点でロシアに向き合っている。

そこで、同じくビジネスの世界から政府高官に転身した人物、ゴールドマン・サックスの元CEOのハンク・ポールソンがプーティンについて学んだ教訓を振り返る価値があるだろう。財務長官だったポールソンは、2008年8月の北京オリンピックに合わせて訪中した。当時、世界金融危機が深刻化しつつあり、市場はアメリカの住宅ローンの大半を保証する巨大機関であるファニーメイ(Fannie Mae、連邦住宅抵当公庫)とフレディマック(Freddie Mac、連邦住宅金融抵当公庫)をめぐって懸念を強めていた。

北京でポールソンは、「息が止まるほど驚いた(took my breath away)」と述べた知らせを受けた。ロシア当局者が中国に接触し、中露両国でファニーメイとフレディマックの証券を大量に売却しようと持ちかけたというのだ。その狙いは、すでに揺らいでいたアメリカ経済への圧力を強め、おそらくは破綻へと追い込むことにあった。中国はこの提案を拒否した。

このストーリーが何を物語っているかを考えて欲しい。アメリカの金融システムが大恐慌以来最悪の危機に瀕していたその時、プーティンはアメリカが窮地に陥っている隙を突く方法を探っていた。たとえアメリカの深刻な経済崩壊が、ロシアを含む世界全体に必然的に打撃を与えることになる可能性があってもそのようなことをしていたのである。プーティンは、アメリカに大打撃を与えられるのであれば、共倒れ(lose-lose)の結果を招くリスクさえも受け入れる姿勢を見せていた。

それは、ビジネスマンの思考とは正反対に近いものだ。しかし、プーティンはこれまで一度も、取引(deal、ディール)を求めるビジネスマンであると自称したことはない。彼はロシアのナショナリストであり、経済的、人口動態的、そして政治的に世界の舞台で国力が後退していく中でも、ロシア帝国やソヴィエト帝国の崩壊とともに失われた力と領土を回復しようと目指している人物だ。

アメリカとその影響力を弱めることを目指した外交政策をプーティンが長年追求してきたことを、現在のドナルド・トランプ政権が認識するには何が必要なのだろうかという疑問が出てくる。トランプとイランとの対立について考えてみよう。イランにとって最大の軍事同盟国である大国はどこか? ロシアはテヘランに対し、最新鋭の航空機や戦車、その他多数の兵器を供給してきた。ロシアはイランと情報を共有しており、ウクライナの戦場で鹵獲(ろかく)したアメリカの兵器をイランに送っている。これは、イランがそれらを逆行分析(reverse engineer)し、アメリカに対して使用できるようにするためだ。『フィナンシャル・タイムズ』紙は最近、ロシアがアメリカの空母を脅かす能力を持つラムジェット推進の超音速巡航ミサイルの開発を、イランに対して密かに支援してきたことを明らかにした。これらは、抽象的な地政学的ゲームのための兵器ではない。アメリカの防衛網を突破し、米兵を殺傷するために設計されたものだ。

トランプは、アメリカが圧倒的な優位に立つ西半球(a Western Hemisphere in which the U.S. reigns supreme)というヴィジョンを抱いている。そのヴィジョンに反する動きを長年続けてきた大国はどこだろうか? 2001年から2018年にかけて、ヴェネズエラの武器輸入の70%以上をロシアが占めていた。現在、トランプ政権はキューバやニカラグアにも目を向けているが、キューバやニカラグアの軍事装備もまた、その大部分がロシア製だ。

こうした動きはアフリカにも及んでいる。モスクワは武器、資金、政治的支援、そして傭兵を活用して影響力を拡大し、西側諸国を排除しようとしてきた。ワグネル・グループは当初、ロシアの国家権力と連携して活動する組織として始まったが、やがてリビアからサヘル地域に至るまで、モスクワの野望を遂行するための手段となっていった。さらにロシアは、アメリカを主要な戦略的敵対国とみなす他の2つの核保有国、北朝鮮や中国との軍事的な連携も強化している。

ロシア・ウクライナ戦争を終わらせるためのトランプ政権のアプローチは、基本的にこの紛争においてモスクワの側に立つというものだった。トランプは、ウクライナが開戦したという誤った主張を行い、ウォロディミール・ゼレンスキー大統領を独裁者と呼んだ。トランプ政権は、ウクライナをNATO(北大西洋条約機構)に加盟させないこと、ロシアが占領した領土の多くを返還させないこと、そしてウクライナの軍事力を制限することなど、ロシア側の主張をあらかじめ容認する姿勢を示してきた。

アメリカの軍事支援は縮小し、一時は極めて重要な情報共有さえも停止されていた。キエフ訪問中に話を聞いたウクライナの将軍や兵士たちは、アメリカの支援が失われたことを、ロシアによる侵攻以来、ウクライナが被った最大の戦略的打撃だと語った。ウクライナとそのヨーロッパのパートナーたちは、ロシアの攻撃に耐え、それに対抗する術を見出してきた。しかし彼らが何よりも懸念しているのは、アメリカに見捨てられることによる、より深刻で長期的なダメージだ。

プーティンとの取引を模索することや、全ての当事者が何らかの利益を得られるような解決を望むこと自体に、何ら問題はない。しかし、外交とは、交渉の相手を理解することから始まる。ウィトコフやクシュナーは、プーティンを「ウィン・ウィン」を求めるビジネスマンだと見なしている。しかし、プーティンのこれまでの行動は、彼が全く異なる人物であることを示唆している。彼は、アメリカを弱体化させることができるのであれば、自国ロシアに犠牲を強いたり、他国を不安定化させたり、あるいは自ら損失を被るリスクを冒したりすることも厭わない人物だ。

ハンク・ポールソンは18年前、北京でその教訓を学んだ。現在、外交の場に立つアメリカのビジネスマンたちもまた、モスクワでその教訓を学んでくれることを期待したい。

※ファリード・ザカリア:CNNの番組「ファリード・ザカリアGPS」の司会者であり、近著に『革命の時代(Age of Revolutions)』がある。彼は『ワシントン・ポスト』紙に週刊コラムを執筆しており、そのコラムは『フォーリン・ポリシー』誌にも配信されている。Xアカウント:@FareedZakaria
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