古村治彦です。
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ドナルド・トランプ大統領は、鉄鋼とアルミニウムに対する関税を25%から50%に倍増させる政策を正式に発効した。トランプ大統領が高関税を志向するのは、アメリカの国内産業を保護し、法律的な権限を拡大することが理由だ。具体的には、通商拡大法第232条に基づいて適用される関税が、ほとんど監視を受けずに貿易制限を行うための新たな手段となる可能性がある。
トランプ大統領は、金属輸入税の引き上げが国家安全保障を守るために必要だと述べている。また、外国が米国市場に流入させている低価格の過剰鋼材に対抗し、アメリカの製鉄所を再稼働させる効果を期待している。しかし、下記論稿によると、専門家たちは、トランプ大統領の主張は誤りで、アメリカの鉄鋼輸入は過去1年で減少していることを指摘している。実際、アメリカの製鉄所の稼働率は近年よりも高くなっている。日本製鉄のUSスティール買収の判断もそうしたことが影響しているのだろうと考えられる。
トランプ関税によって、鉄鋼業が復活するのかということだが、これは難しいだろう。既に中国やインドの後塵を拝している状況だ。ドル安に誘導して(ドルの価値を下げて)、人件費の対外競争力を下げる必要があるが、それは、労働者たちの生活を改善することにはつながらない。輸入品が高くなることで、アメリカ国内の物価は高くなる。物価上昇率が給料の上昇率を上回れば、生活は苦しくなる。現在のアメリカの状況はまさにこれだ。トランプ大統領としては、石油や天然ガスのエネルギー増産で物価上昇を抑えることを考えているようだが、そう簡単にはいかない。
直近では、日本とアメリカの関税をめぐる交渉では赤澤大臣が何度もワシントンと東京の間を往復して交渉を行っているが、妥結には至っていない。アメリカはこれから15カ国に対して関税通知書を送付するとしている。日本が送付対象に入っているかは分からないが、ギリギリのところに来ている。トランプとしては、高関税を受け入れるか、受け入れないならアメリカの国益に資する内容の譲歩を引き出すという強気の交渉態度であろうが、日本としては日本の国益のために交渉を続けている。これが故安倍晋三政権時代だったら、このような粘り腰は発揮されず、アメリカの国益のために、さっさと妥協がなされていただろう。石破政権は参院選でも苦しい状況にあり、選挙後は政局になることが考えられるが、粘り腰で、世界構造の大転換に臨んでもらいたい。そして、私たちは再び、対米隷従の安部は路線に戻ってはならない。それは大いなる退化である。
(貼り付けはじめ)
ドナルド・トランプ大統領の関税は鉄鋼産業を改善させない(Trump’s Tariffs Won’t Fix
the Steel Industry)
-鉄鋼とアルミニウムの価格が上昇しても、国内の製鉄所に大きな利益をもたらすことはなく、むしろ製鉄所に打撃を与えるだろう。
キース・ジョンソン筆
2025年6月5日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/06/05/trump-trade-tariffs-steel-aluminum/
ドナルド・トランプ米大統領は水曜日、鉄鋼とアルミニウムへの関税(tariff)を25%から50%に倍増する措置を正式に発効させた。しかし専門家たちは、この関税はトランプ大統領のアメリカ産業再建計画を阻害し、海外のパートナーとの進行中の貿易交渉を複雑化し、何十年にもわたって世界の鉄鋼業界を悩ませてきた構造的な問題への対策には全く役立たないと指摘している。
トランプ大統領の視点から見ると、この関税には国内産業を優遇するだけでなく、先週裁判所が無効とした関税権限よりも、より防御力の高い法的権限を用いて実施できるという利点がある。これは、水曜日に鉄鋼とアルミニウムに適用された通商拡大法第232条の権限など、実績のある貿易権限への転換の一環となる可能性が高い。これらの権限は、ホワイトハウスに、ほとんど監視や法的手段を必要とせずに貿易制限を課す広範な裁量を与えている。
トランプ大統領は大統領令の中で、金属およびそれらから作られる全ての製品に対する輸入税の倍増は「こうした輸入品が米国の国家安全保障を損なう恐れがないようにするため(so that such imports will not threaten to impair the national
security)」必要だと述べた。さらに、「関税の引き上げは、低価格で余剰となった鉄鋼やアルミニウムを米国市場に流出させ続ける諸外国に、より効果的に対抗し、最終的にアメリカの製鉄所の操業再開を促すだろう(The increased tariffs will more effectively counter foreign
countries that continue to offload low-priced, excess steel and aluminum)」と付け加えた。
しかし、トランプ大統領が大幅な関税引き上げの根拠として挙げた2つの論拠はいずれも誤りだ。アメリカの鉄鋼輸入量は、トランプ大統領による最初の関税導入後も含め、過去1年間で減少しており、急増している訳ではない。また、アメリカの製鉄所(steel mills)の稼働率は近年よりも高い。
ケイトー研究所の国際貿易弁護士スコット・リンシカムは「トランプ大統領の主張は的外れだが、232条に基づく貿易措置によって、そうする必要がないことが分かった」と述べた。
トランプ大統領は、歴代大統領の多くと同様に、鉄鋼産業を特別に保護主義的に捉えている。これは、サーヴィスとデータの世界ではますます重要性を失っている、煙突駆動型経済(smokestack-powered economy)への数十年にわたるノスタルジーを反映している面もあるが、トランプ大統領の最初の任期が、鉄鋼産業の弁護士、特に通商代表部(U.S. trade representative、USTR)代表のロバート・ライトハイザーに翻弄されたことも一因となっている。
しかし、最新の大統領令で強調したように、トランプ大統領は就任以来、製鉄所から造船所に至るまで、あらゆる経済安全保障問題(matters of economic security)全てを国家安全保障問題(matters
of national security)と捉えてきた。だからこそ、カナダ産木材やメキシコ製自動車シートといった深刻な脅威に対する国家安全保障関連の関税調査も行われている。
リンシカムは次のように語っている。「これは、第232条がいかに無法であるかを如実に示している。彼らは何でも国家安全保障上の脅威だと主張し、どんな理由でも正当化することができ、裁判所がその判断に異議を唱える可能性は極めて低い」。
トランプ大統領の鉄鋼関税の皮肉な点は、存在しない問題に対処する一方で、解決策を切実に求めている問題、すなわち中国などの国々、そして間もなくインドでも発生する鉄鋼生産の過剰な供給能力には対処していないことだ。さらに事態を悪化させているのは、トランプ大統領の新たな関税が、今年初めに導入された軽めの関税と同様に、鉄鋼製品全般に加え、半製品および完成品の輸入も対象としているという事実だ。今回の増税は、ヨーロッパや中国を問わず、既にどの競合相手よりも高い鉄鋼価格を支払っている鉄鋼使用企業の価格を引き上げているだけだ。
金属・鉱物コンサルティング会社CRUグループの主任鉄鋼アナリストであるジョシュ・スポーレスは「関税は国内の鉄鋼価格を引き上げるだけだ」と述べた。
トランプ大統領が輸入品を値上げして以来、アメリカの鉄鋼とアルミニウムの価格は高騰の一途をたどっており、桁(大梁)、パイプ、板、釘、アルミ箔など、あらゆる素材を扱う企業の競争力に悪影響を及ぼしている。経済学者たちは、鉄鋼関税が経済全体にどれだけの純雇用喪失をもたらすかを依然として定量化しようとしている。
トランプ大統領が関税で掲げる表向きの目標は、鉄鋼業界を強化し、自動車、造船、その他の旧来型産業におけるアメリカ製造業の競争力を高めることだが、実際はその逆である。最初の痛みはおそらく石油産業でも感じられるだろう。石油産業もトランプ大統領が好む産業の一つだが、石油産業は既に貿易戦争による原油価格暴落の痛手を被っており、石油掘削は危険な賭けとなっている。
スポーレスは、アメリカの石油・天然ガス産業に必要なパイプ、チューブ、ケーシングの約半分は輸入に頼っていると指摘した。いわゆる「産油国産品(oil country goods)」は、アメリカの鉄鋼輸入量の中で常に最大のカテゴリーの1つだ。関税の有無に関わらず、これらの製品を国内生産するための魔法のスイッチは存在しない。鉄鋼は必需品であり、価格が大幅に上昇しただけだ。あるいは、スポ―レスの言葉を借りれば、「需要が価格とは無関係に発生するという非弾力性に大きく起因していると言える」だろう。
造船や自動車製造についても同様だ。これらはトランプ大統領が優先課題としているもう1つの分野であり、適切に実施すれば大量の鉄鋼を消費する。造船業の問題は、商船であれアメリカ海軍艦船であれ、長期契約が不足していることだ。関税率を気まぐれに引き上げたところで、アメリカの製鉄所が超大型タンカーに使われるような鉄鋼を生産できるとは限らない。
スポーレスは「関税だけで、そのようなプレートを生産するための投資が促進されるとは思えない」と語った。
自動車も同様だ。自動車に使用される鋼材は特殊で、徹底的な品質テストを受けている。数十億ドル規模の投資が関税決定に左右される可能性は低く、関税決定はツイート1つで覆される可能性があり、実際に覆されたこともある。
スポ―レスは、「関税は鋼材価格を上昇させるだけだ。自動車品質の製鉄所を稼働させるには5年ほどかかる」と述べた。
一方、トランプ大統領の最新の貿易攻撃は、数十、数百もの潜在的な貿易相手国との協議の最中に放たれた。これらの国は皆、恐怖に陥り、そのほとんどが調整を進めている。今年、様々な理由で多くの関税を課せられたメキシコとカナダは、両国ともこの関税のエスカレーションの理由を解明しようと努めている。メキシコは報復措置をちらつかせている一方、カナダの新政権は慎重ながらも対応の準備を整えている。
将来の貿易交渉の予備的枠組みに合意したイギリスは、今回の鉄鋼関税が二国間休戦に支障をきたすのではないかと懸念している。特に、イギリスの製鉄所の多くが実際にはインド資本であることから、その懸念は高まっている。ヨーロッパ連合(EU)は最初の鉄鋼関税発動後、報復措置を控えており、交渉の進展に依然として期待を寄せているものの、念のため数十億ドル規模のバッテリー関税対策を再び検討している。
ヨーロッパの交渉担当者、そして鉄鋼業界の専門家全般を悩ませているのは、業界の問題の大部分が中国の過剰生産能力にあるにもかかわらず、トランプ大統領の最新の措置では、それに全く対処されていないことだ。中国は年間10億トン以上の鉄鋼を生産しており、これは世界全体の半分以上に相当する。依然として主要生産国であるアメリカの生産量は約8000万トンである。
近年、アメリカとヨーロッパは、中国の影響力と環境への影響を制限するような鉄鋼生産と貿易に関する妥協点を模索してきた。しかし、ヨーロッパの貿易専門家たちやアメリカの環境保護主義者たちにとって残念なことに、それは壁にさらにレンガを追加することよりも後回しにされている。
※キース・ジョンソン:『フォーリン・ポリシー』誌地経学・エネルギー専門記者。Blueskyアカウント:@kfj-fp.bsky.social、Xアカウント:@KFJ_FP
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『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』