古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 中国経済

 古村治彦です。

 2025年11月21日に『シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体』 (ビジネス社)を刊行します。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
 最新刊の刊行に連動して、最新刊で取り上げた記事を中心にお伝えしている。各記事の一番下に、いくつかの単語が「タグ」として表示されている。「新・軍産複合体」や新刊のタイトルである「シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体」を押すと、関連する記事が出てくる。活用いただければ幸いだ。ブログ継続のために書籍の購入をお願いいたします。

 

 アメリカで公開中のドキュメンタリー映画「ザ・デーティング・ゲーム」の紹介記事が興味深かったのでご紹介する。監督は中国系の女性で、中国国内に住む結婚したいのに、出会いに苦労している若い男性たちとそのような男性たちの「コーチ」を登場させている。中国でも日本と同様、正確には日本よりもスピード感を持って、少子高齢化が進んでいる。そして、若者たち、特に男性たちにとって深刻なのは「男余り」だ。記事によると、中国の申請時の男女比は、男性116対女性100となっている。日本やその他の国々では、だいたい男性105対女性100となっている。日本でもそうであるが、伝統や文化の面で、男の子を望む傾向が強く、中国の場合には一人っ子政策という縛りもあり、「1人しか産めないなら男の子」ということになって、男性が多くなっている。そうなると、単純な算数で考えても、結婚適齢期になると、男性が余ってしまう。容姿が良かったり、実家が富裕であったり、学歴が高かったりであれば結婚できるが、「何の取り柄もない」男性は振り向いてもらえない。仄聞するところでは、中国では結婚する際に、男性側が家(マンション)を用意しなければならないということだ。そうなると、経済力がない若い男性は結婚相手に選んでもらえない。

 そこで、結婚相手探しに苦労している若い男性たちに女性と出会って結婚まで持ち込むための技術を教える「コーチ」が登場する。彼らは女性を振り向かせるための技術を持つ、日本語で言えば「ナンパ師(pickup artists)」である。SNSに掲載するプロフィール写真やSNSでのやり取りについてアドヴァイスをする。また、国家が主催するお見合いパーティーも開催されている。日本で言えば、「婚活」が中国でも盛んなようだ。しかし、人口統計的に見れば、どうしても女性と出会えない男性が出てくる。結婚は同い年同士ですることは少ない、年齢差があるのが一般的だが、上下数年で見ても、男性が偏って多い以上、対象を拡大しても厳しい状況は変わらない。私はそのうち、中国でも、外国からお嫁さんを連れてくるということが起きるだろう、いや既に起きているのではないかと考える。日本でも、特に農村部で同様の問題があり、東南アジアの女性を結婚するということがあった。中国もそのようなことになるだろう。

 こうなると、社会に対して不満を持ち、女性を攻撃するマンスフィア(男性優位志向ネットワーク[と私は訳した])が発生する。自身が持つ不安を社会や女性にぶつけるということになる。これは社会にとって大きな不安定要因となる。日本でも、氷河期世代(1970年代から80年代初頭くらいまでに生まれた人たち)も同様の境遇にある。日本の氷河期世代の場合は人口統計上の問題ではなく、経済や社会、政治上の失敗が原因であるが。記事に書かれているが、中国では結婚をすることを諦める若者たちが多く出ている。日本もそうであったが、不満をため込みながら、社会から退くことを選ぶ人たちが多く出ると、社会の運営効率は落ち、社会は崩壊に向かう。身も蓋もない表現をすれば、中国の問題は、最終的には金で解決できるかもしれない。外国から女性に来てもらうということで(そのために経済力や高い生活水準が必要であるが)、解決ができるかもしれない。2024年の新生児出生数が過去最低を記録したという報道を見ながら、日本の場合には既に回復は望めないと悲観的になってしまう。

(貼り付けはじめ)

中国の余剰男性に何が起きているのか?(What Happens to China’s Surplus Men?
-一人っ子政策(one-child policy)による性別間の不均衡(gender imbalance)は、絶望的な独身男性(desperate bachelors)、疑わしい教祖(dubious gurus)、そして男性優位志向ネットワークの台頭(a rising manosphere)を生み出した。

ドリュー・ゴーマン筆

2025年12月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/12/12/china-gender-dating-demographic-population-documentary/

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中国・重慶で、デーティング・ブートキャンプの一環として独身の周がハスキー犬たちとポーズを取り、デーティング・コーチのハオが写真を撮っている(ドキュメンタリー映画「ザ・デーティング・ゲーム」)

恋愛がうまくいかない時は、イメージチェンジが容易に始められる場所となる。問題は、何を変える必要があるのか​​、必ずしも分からないことだ。中国の独身男性、周、呉、李に対し、デート・コーチのハオは率直に次のように答える。「全てを変える」。

ヴァイオレット・ドゥ・フェン監督のドキュメンタリー映画『ザ・デーティング・ゲーム(The Dating Game)』(現在ニューヨークで公開中)は、かつての中国の一人っ子政策を受けて、デートライフを刷新しようとする男性たちの姿を追っている。長年続いた男児優遇政策は、世界でも最も顕著な性別間の不均衡を生み出した。「中国には女性がいない」とハオは語る。実際、この政策が終了に至った2015年には、中国では女児100人に対し男児が約116人が出生しており、おそらく男児のほぼ5人に1人が生涯独身(a lifetime of singledom)を強いられていることになる。

フェンが取り上げる登場人物たちは、恋愛の見込みのなさに自己不信と不安(self-doubt and anxiety)に苛まれている。結婚へのプレッシャーはあらゆる方面から押し寄せてくる。家族、友人、そして若者に結婚と出産を公然と迫る国家さえも。

デート・コーチのハオは3000人以上の顧客を抱えていると言い、そのほとんどが労働者階級の男性だ。アパートを所有することが結婚の必須条件とされるこの国では、妻を見つける可能性が最も低い層だ。ハオは彼らを失敗者(failures)と切り捨てながらも、愛を得るチャンスは与えられるべきだと言う。しかし、独身男性たちの旅が展開するにつれ、視聴者はハオのやり方に疑問を抱き始めるかもしれない。そして、約束された成功をもたらさないデート・システムがもたらす社会的影響を懸念するかもしれない。デート・システムは、男性たちを危険な怨恨政治(the dangerous politics of resentment)へと駆り立てる可能性がある。

私たちは中国・重慶のショッピングモールで初めて、女たらし志願の男たちに出会う。ハオは1週間かけて、現代のデジタル時代に女性を惹きつける方法を教えると約束する。36歳の周は最も懐疑的だ。ハオのファッションアドヴァイスに難色を示し、故郷の人たちは自分が太字のピンクのシャツを着ているのを見たら驚くだろうと言う。美容院では、周が「私はハンサムじゃない。スタイリングする意味がどこにある?」と発言する。スタイリストは「顔の形による弱点を目立たなくしてしまう」と答える。こうした率直な発言は、登場人物たちの尊厳を何度も傷つける。独身男性たちが中国の金銭中心のデート文化について語るのも同様に率直だ。周は、女性をディナーに連れて行き、プレゼントを買い、仲人に料金を払うと、月収の半分にあたる300ドルもかかることを嘆く。その後、ある女性は理想のパートナーは「月に1500ドル以上」稼いでくれる人だと語った。

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独身の李はデートのためのプロフィール写真でポーズを取る

経済的な不利を補うため、ハオは独身男性たちに事実上、偽りの自分を見せることを教え、時にはあからさまに嘘をつくよう助言する。例えば、男性たちが高級高層ビルでデートのプロフィール写真のためにポーズを取る場面が見られる。そして、周は明らかに犬を怖がっているにもかかわらず、ふざけた瞬間に12匹ほどのハスキー犬を連れている場面も見られる(大型犬は中国の多くの都市で厳密には違法であり、ステータスシンボルとなっている)。周は新しいプロフィール写真を使うのをためらう。なぜなら、そこには自分が経験したことのない経験が写っているからだ。女性は見抜くだろうと彼は主張する。ハオは、誰もがオンラインでは騙されていると反論する。呉は「私は偽るのは好きじゃない。私は私だ」と反論する。ハオはただ、本物かどうかなんて気にするなと彼らに告げる。

ハオが男性たちに、路上で見知らぬ女性に声をかけWeChatのアカウント情報を聞き出すなど、過酷なデートの練習を指導するにつれ、視聴者はハオの能力不足を疑い始める。男性たちは昔ながらの方法で真の繋がりを切望しているにもかかわらず、一日中、見境なく右にスワイプして相手を探すように指示されるのだ。

映画監督のフェンは彼らの失敗(そして稀に起こる衝撃的な成功)を一切コメントなしで紹介し、視聴者がハオのやり方について独自の意見を形成できるようにしている。しかし、やがて、これらのいわゆるテクニックは、実際には単なるナンパ師(pickup artistPUA)の行動であることが明らかになる。

1960年代に遡るアンダーグラウンドムーヴメントのようなピックアップ・アートは、ニール・ストラウスの2005年の著書『ザ・ゲーム』の出版をきっかけに、爆発的に主流へと躍り出た。心理操作と安っぽいテクニックで女性を誘惑するナンパ師たちは、女性を物のように扱い、男性に常識的な境界線をはるかに超えた恋愛や性的欲求を抱かせるとして、広く非難されてきた。

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ハオがスプレーを使って髪の毛を整えている

近年、ナンパ師たちは「男性優位志向ネットワーク(manosphere)」という異形の類縁関係を生み出している。男性優位志向ネットワーク(マノスフィア)とは、女性蔑視的な見解を唱え、より狂信的なケースでは、伝統的なジェンダー階層の復活を目的とした暴力を擁護する、緩やかなオンラインコミュニティの集合体のことだ。調査ジャーナリストのジェイムズ・ブラッドワースが著書『ロストボーイズ:マノスフィアを巡る個人的な旅(Lost Boys: A Personal Journey Through the Manosphere)』で記録しているように、男性の権利団体、ナンパ師組織、「非自発的独身(involuntary celibate)」フォーラム、そして過激な女性蔑視的インフルエンサーといった広範なネットワークが相互に関連している。例えば、2014年に殺人事件を起こす前、イギリス系アメリカ人の殺人犯エリオット・ロジャーは恋人ができないことを嘆き、恋愛における失敗の原因の一部はナンパ師のテクニックの失敗にあると非難していた。

ナンパ師からマノスフィアへのパイプラインは、ネガティヴな態度、派手な仕草、あるいは挑発的なタッチなど、適切な条件を揃えればガールフレンドを「獲得(acquire)」できるという、薄汚い思い込みで覆われている。しかし、どれだけ気取った振る舞いをしようと、最初の一言がどれだけウィットに富んでいようと、最終的には他の人間との真の紐帯(a genuine bond with another human being)を築かなければならないのだ。

このことを最も強く裏付ける証拠は、独身男性の試練ではなく、ハオと自身もデート・コーチであるウェンとの結婚生活にある。2人の関係は映画の意外な感情的中心となり、ブートキャンプを覆い隠すほどだ。ブートキャンプが気まずく滑稽な一方で、フェンとハオ、ウェンの接点は親密で緊張感に満ち、ほとんどスキャンダラスだ。私たちは本当にこんな光景を目にするべきなのだろうか?

ウェンは多くの点でハオとは対照的な存在だ。指導する女性たちに、ウェンは本物であることと自己改善(authenticity and self-improvement)を説く。それは勤勉と内省(hard work and introspection)を必要とする。それとは対照的に、ハオのやり方は暗く、醜く、破滅的な印象を与える。ウェン自身も、こうしたやり方こそがハオの当初の嫌悪感であり、不誠実だと感じていた部分だと述べている。この2人のアプローチとメンタリティの乖離は、悲劇的で不可解だ。視聴者として、ウェンがハオの泥沼のようなナンパの嵐をかき分けて彼の良い面を見ようとした理由も、この2人を結びつけている理由も、ほとんど理解できない。2人はデートの仕方だけでなく、人間関係の理解や個人としての尊重の仕方についても、正反対の考え方を持っているように見える。この軋轢は耐え難いものとなり、私は何度も目をそらさざるを得なかった。

この展開を目の当たりにしている視聴者にとって、なぜ何千人もの男性がこのひどいアドヴァイスに賛同しているのか、いささか不可解な点がある。

ハオの主張が魅力的な理由の1つは、農村部の労働者階級の男性の多くが、少女との交流をほとんど持たずに育ったことだ。24歳の李は、自分の村では「少年12人に対して少女は数人しかいない」と語る。一方、多くの親は急速な国家工業化政策に携わるため都市部へ移住し、子供たちは祖父母に育てられた。あるアーカイヴ映像では、当時の指導者である鄧小平が国民に対し、中国を速やかに近代化するよう訴えている。国民に豊かな生活を提供できなければ、国は行き詰まってしまうからだ。

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(左から)ハオ、呉、李、周がモールの中を歩く 

中国が経済減速に直面し、若者の間で不満が広がっている現状を考えると、フェンがこの映像をこの時期に取り上げたことは、非常に的を射ているように感じられる。都市部の若者の公式失業率は約17%、2026年には過去最大の大学卒業者数が見込まれる中、若い中国人は独特の倦怠感(a distinctive malaise)を抱えながら労働力として働き始めている。こうした経済的な課題は、世代全体の恋愛の見通しに暗い影を落としている。そして、「996」労働制度(“996” work system)で悪名高い中国では、これまで必死に追い求めてきたものはすべて幻だったという感覚が広がっている。若者の中には、経済的・社会的に無力感を抱き、収入と恋愛の成功があまりにも密接に結びついているため、恋愛から完全に身を引く男女もいる。

デートのプールにとどまり続ける人々は、型破りな手段に訴えることもある。ハオのコーチングはそうしたアプローチの1つに過ぎないが、フェンはまた、成人した子供たちのパートナーを見つけることを望む親たちの、かなり憂鬱な集まりなど、さまざまなお見合い(matchmaking)の試みも紹介している。

別の場所では、国家が主催するお見合いイヴェントで、共産党代表が集まった独身者たちに「あなたたちは未来だ」と語りかける。参加者たちは、将来のパートナーに求める条件―「従順であること(obedient)」「仕事を持っていること([has] a job)」「太りすぎていないこと(not too fa)」―を挙げ、ぎこちないアイスブレイクゲームで盛り上がる。男女が無事にカップルになると、司会者は2人に抱き合い、手を繋ぐように促し、幸せな結婚を祈る。出生率が急落する中、奥ゆかしさはもはや通用しない。

フェンはここに怒りを露わにしている。一人っ子政策、今や幻想としか思えない経済的利益のために引き離された家族、そして中国の若者の孤独を少しでも和らげようとする努力を妨げる構造への怒りだ。しかし、現代社会を生き抜くのに苦闘する人々への真の同情が、その怒りを和らげている。彼女は主に、国家の失策を繊細に批判している。それらを記録すること自体が、十分な非難なのだ。

彼女の最も直接的な政治的発言は、映画の終盤で現れる。「歴史的に、社会における男性の過剰は、国内および地政学的な不安定化を招いてきた」とスクリーン上のテキストは述べている。この映画の慎重な抑制は、登場人物たちの実体験や、より広く中国におけるデートの苦悩を浮き彫りにする上で素晴らしいものだが、この特定の点は、繊細さだけでは提供できない何かを求めている。「デーティング・ゲーム」は、不満を抱えた何百万人もの男性が社会全体に及ぼす潜在的な危険に言及しているものの、国家がどのようにしてそのような状況に陥ったのかという切実な問いを、あまり時間をかけて検証していない。

中国人男性に押し付けられる恋愛プレッシャーは深刻だ。なぜなら、恋に破れた男性は時に暴力に訴えるからだ。それは、挫折感や憤りを根源的に払拭するための手段であり、今日では、アメリカ、トルコ、イギリスなど、極右運動の旗印の下に長年結集してきたマノスフィア(男性融資志向ネットワーク)のインフルエンサーやライフスタイルの教祖によって、ソーシャルメディア上で育まれている。

この男性の憤りという生態系(ecosystem)は、中国のみならず世界中で勢力を拡大しており、ナンパ技術はその始まりに過ぎない。男性融資志向ネットワーク(マノスフィア)は確かに扱いにくく、支離滅裂な怪物だが、「デーティング・ゲーム」はその毒性に満ちた鉱脈に触れており、それと同等の深掘りを必要とする。

※ドリュー・ゴーマン:『フォーリン・ポリシー』誌版権担当副編集長。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 

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 古村治彦です。

 2025年11月21日に『シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体』 (ビジネス社)を刊行します。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
 最新刊の刊行に連動して、最新刊で取り上げた記事を中心にお伝えしている。各記事の一番下に、いくつかの単語が「タグ」として表示されている。「新・軍産複合体」や新刊のタイトルである「シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体」を押すと、関連する記事が出てくる。活用いただければ幸いだ。

 中国経済は崩壊しているという言説は21世紀になって毎年聞かされている。日本が追い抜かれて遠く置いていかれて、「日本は安い、安い」と買いまくられるようになってもこの言説を頼りに自尊心を慰めている人たちがいる。名目GDPで言えば、日本は世界第2位ではなく、世界第5位に後退している。日本は他国のことを心配している暇はなく、また、中国経済が崩壊してしまえば、その悪影響を浴びてしまうのは日本である。

 中国の経済成長のスピードは落ち着いてきている。中国政府は高度経済成長からの転換を図っている。中国政治において、『人民日報』紙の記事や論説を分析することは重要だ。たとえば、最高幹部クラスの動向、名前が出なくなってしばらくして更迭といったことが記事を一定期間分析することで分かる。また、中国政府が人々に知らせたい、周知させたい政策も分析することで分かる。重要な政策のキーワードの出た回数を統計的に分析するという手法もある。これらの手法を内容分析、コンテンツ分析(content analysis)という。

 中国政府は、人民日報に「中財文」名義で一連の経済に関する論稿を発表した。一連の論稿を通じて、中国指導部が成長鈍化や地政学的制約、構造的成熟という時代状況に対して意図的に優先順位を再編し用としていることが明らかになった、

「中財文」は、中国共産党の指導や長期計画、国家と市場の融合が「管理された均衡」を生むと主張し、現在、国内需要の弱さ、地方財政の圧迫、デフレ傾向、需給ミスマッチといった実際に起きている問題を率直に認めている。これからの中国経済においては、「確実性」に重点を置き、貧困削減やグリーン開発、「一帯一路」といった開放的取り組みを通じて中国の台頭を世界善の力として描き、西側の政策不安定さと対比して方向性と一貫性の維持を強調している。そして、社会セーフティネット強化による予備的貯蓄の削減を通じて消費を間接的に刺激し、保育、介護、医療、教育など需要と供給のギャップが大きい分野への投資拡大を求めている。中財文は、需要喚起重視から事業の拡大・アップグレード重視へのシフトである。

 中国は中長期的な計画を立て、突発的な事象に対応しながら物事を進めている。これは日本でも戦後の高度経済成長の間続けられたことである。それが安易なアメリカ礼讃、アメリカも法によって打ち崩されて「失われた30年」となった。アメリカは行き当たりばったりである。アメリカ型モデルの終焉と中国型モデル(もともとは日本型モデル)の台頭の時代を私たちは生きている。

(貼り付けはじめ)

北京の暗号化された社説が壮大な経済計画を明らかに(Beijing’s Coded Editorials Reveal Big Economic Plans

-『人民日報』紙は産業変容に向けた楽観的な計画を提示した。

リジー・C・リー、シェンイー・ワン筆

2025年10月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/10/14/china-peoples-daily-editorials-zhong-caiwen/

9月30日、中国の市民たちが「ゴールデンウイーク」の連休を迎える中、中国共産党(Chinese Communist PartyCCP)の旗艦紙(flagship newspaper)である『人民日報』紙は、綿密なタイミングを計った社説キャンペーンを開始した。権威ある論評が掲載される2面には、数日連続で「習近平経済思想指導による中国経済特集(Special Series on China’s Economy Under the Guidance of Xi Jinping Economic Thought)」と題された論説が掲載された。それぞれの論説には、中財文というペンネームの書名が付けられていた。

中国の政治コミュニケーションシステムにおいて、こうしたペンネームは無作為なものではない。それは、共産党の諸機関が主要な政策方針を明確にし、検証するためのシグナルであり、集合的な声なのである。

2024年に、人民日報に初めて登場した「中財文」という名称自体は、同音異義語である。「中」は「中央」、「財」は金融と経済、「文」は「記事」または「論評」を意味する。これは、中国共産党の最高経済政策機関である中央財経委員会(Central Commission for Financial and Economic AffairsCCFEA)の集合的な意見を表していると考えられる。

同様に、匿名の情報源が仮名システムと並行して使用され、公式メディアのインタヴュー対象者として取り上げられることも、シグナリングの役割を果たしている。2015年、当時の李克強首相が外遊中、人民日報は匿名の「権威ある人物(authoritative person)」、中央財経委員会委員長の劉鶴と多くの人々が理解している人物へのインタヴューを掲載した。この記事は「供給サイド構造改革(supply-side structural reform)」を提唱し、今後数年間の政策重点をデレヴァレッジ(訳者註:過剰な負債を減らすこと)と効率性(deleveraging and efficiency)へと転換することを示唆した。

このような回りくどい手法の使用は、中国政治における曖昧さと隠喩の文化(a long-standing culture of ambiguity and allusion in Chinese politics)を長年反映しており、それが中国共産党のプロパガンダ活動を形成している。この慣行は、公式メッセージに組織的な権威を与えると同時に、より多元的でメディアに精通した言説にますます敏感になっている国民に向けて、そのトーンを和らげることを可能にしている。

1960年代以降、歴代の中国共産党指導者は、指導原則を明確に示したり、主要な政策転換の基盤を整えたりするために、匿名の執筆グループに依存してきた。その具体例としては、中ソ分裂期における毛沢東時代の論評から、1989年以降の改革再開を促した『解放日報』紙の「黄福平(Huang Fuping)」論文まで多種多様にある。例えば近年、中央規律検査委員会(Central Commission for Discipline Inspection)は、規律上の優先事項を伝え、反腐敗運動(anti-corruption campaigns)に対する国民の理解を深めるために、「鐘紀軒(Zhong Jixuan)」という匿名の著者の論稿を発表した。

専門家の多くは、このシリーズを経済への信頼を高め、前向きな雰囲気を醸成するための単なる政治的な見せかけに過ぎないと断じている。その見方は間違ってはいないが、不完全である。各論文は目新しさに欠けるが、明快さでそれを補っている。これらを併せて読むと、中国指導部が経済移行をどのように捉えているかについて、これまでで最も体系的な説明の1つが提示されている。それは、危機への対応(a response to crisis)ではなく、成長の鈍化(slower growth)、地政学的制約(geopolitical constraints)、そして構造的成熟(structural maturation)を特徴とする時代における、優先順位の意図的な再編である。

中財文シリーズの初期の論稿は、その後の論稿に続く主要な経済メッセージの統一的な概念的基盤を構築している。最初の論稿は、不安定な世界における中国の軌跡を考察する。地政学的不確実性の中で戦略的冷静さを保つ能力は、今や比較優位(comparative advantage)の一形態であると主張する。その根底にあるのは、世界は予測不可能(unpredictable)かもしれないが、計画性と継続性(planning and continuity)に根ざした中国のモデルは、軌道を維持する上で優位な立場にあるということだ。

2番目の論稿は、その安定性(stability)を制度的構造に帰結させる。党の指導、理論的適応性、長期計画、そして国家協調と市場メカニズムの融合(party leadership, theoretical adaptability, long-term planning, and the fusion of state coordination with market mechanisms)が相互に補完し合うものとして強調し、「管理された均衡(managed equilibrium)」とも呼べるものを提唱する。中財文によれば、このシステムは非常に優れているということだ。

3番目の論稿は現在に目を向け、異例の率直さで論じている。中財文は、国内需要の弱さ、地方自治体への財政圧力、デフレ傾向、そして「需給ミスマッチ」の継続(weak domestic demand, fiscal pressures on local governments, deflationary tendencies, and persistent “supply-demand mismatch”)など、一連の経済の逆風を公然と認めている。

中国共産党中央メディアにおけるこうしたリスクの直接的な列挙は顕著であり、今月開催される第4回全体会議(4中全会)での第15次5カ年計画に関する議論を前に、期待感をコントロールしようとする試みを示唆している。しかし、この論文のレトリックの転換も同様に印象的である。これらの弱点を構造的な欠陥として捉えるのではなく、技術革新と産業再編の過渡的な兆候(transitional symptoms of technological upgrading and industrial realignment)として捉えているのだ。

そのメッセージは、現在の「弱点(pain points)」は必要な変革の副産物(by-products)であり、システム全体の不調の兆候ではないということを伝えている。従って、この安心感は自信を示すと同時に、国内外の人々に対し、より緩やかながらもより安定した調整期への備えを促し、減速を変革の証、つまり短期的な摩擦(short-term friction)を乗り越えて長期的な回復力(long-term resilience)を獲得する経済の証として再解釈している。

同様のメッセージが最終回でも再解釈され、シリーズは「確実性(certainty)」そのものを成長の資産(a growth asset)と定義し、中国を世界の善を担う力として描くこと(portraying China as a force for global good)で締めくくられている。貧困削減(poverty reduction)、グリーン開発(green development)、そして「一帯一路」などの取り組みを通じた開放性(openness through initiatives such as the Belt and Road Initiative)における中国の成果を称賛するとともに、世界に対しイデオロギーの違いを乗り越え、中国の台頭を自らの視点で捉えるよう促している。西側諸国の政変と政策の不安定さ(political turnover and policy volatility in the West)を背景に、中国の強みは方向性と一貫性を維持する能力(ability to sustain direction and coherence)にあると主張している。

10月3日号の中間回「中国の経済構造転換と高度化には大きなチャンスがある(China’s Economic Transformation and Upgrading Contain Major Opportunities)」では、具体的な実務の詳細を取り上げている。化学、機械、繊維、軽工業といった伝統的なセクター(traditional sectors such as chemicals, machinery, textiles, and light industry)は、依然として支配的な産業基盤の屋台骨(he backbone of a still-dominant industrial base)であり、置き換えるのではなく、アップグレイド(upgraded)していく必要があると指摘している。

自動化、デジタル化、そして環境改善(automation, digitalization, and environmental retrofitting)は、旧来の産業を生産性の高い研究施設へと変革するメカニズムとして位置付けられている。同時に、先進製造業、人工知能、ロボット工学、バイオ医薬品(advanced manufacturing, artificial intelligence, robotics, and biopharma)は、「産業の自立(industrial self-reliance)」の新たな柱として位置づけられている。

これは、雇用の継続を通じて社会の安定を維持しながら、中国の製造業システムをバリューチェーンの上流へと徐々に移行させるという、共産党の二つの目標を明確に示している。

This clarifies the party’s dual goals: preserving social stability through continuity of employment while gradually shifting China’s manufacturing system up the value chain.

子の論説はさらに、技術革新こそが決定的な変数(the decisive variable)であると述べている。研究開発の集中度(intensity of research and development)が高まり、2024年には3兆6000億元(約5000億ドル、約75兆円)に達し、経済協力開発機構(Organization for Economic Cooperation and DevelopmentOECD)の水準に近づくと予測され、研究と産業応用の融合が進んでいること(the growing integration of research with industrial application.)を称賛している。この論説では、中国で毎年500万人ものSTEM(科学・技術・工学・数学)系の卒業生が輩出されていることを指す「エンジニア配当(engineer dividend)」に言及し、大規模に組織化された人的資本は国家の財産となるという指導部の信念を要約している。これは、自発性(spontaneity)ではなく、協調性(coordination)を通じて制度化された創造性(creativity institutionalized)という明確なヴィジョンである。その長所はスピード、連携、そして安全性といった明白なものだ。しかし、語られないのは、そのコスト、つまりボトムアップ型の実験や分散型のリスクテイクの余地の減少である。

この欠落は重大な結果をもたらす。草の根レベルの取り組みの欠如は、指導部が今や認めている経済の逆風の中で、ますます顕著になっている。深刻な財政的圧力にさらされている地方自治体は、多くの場合、予算の不足を補うために略奪的な料金徴収や恣意的な執行に頼り、民間セクターや起業家セクターに大きな負担をかけている。

That omission is consequential. The lack of grassroots initiative has become increasingly visible in the very economic headwinds the leadership now acknowledges. Local bureaucracies, under acute fiscal pressure, have in many cases turned to predatory fee collection and arbitrary enforcement to fill budget gaps, placing heavy strain on the private and entrepreneurial sector.

多くのスタートアップ企業や小規模民間企業にとって、脆弱なマクロ環境と過剰な規制(the combination of a weak macro environment and regulatory overreach)が相まって、慎重な雰囲気を生み出している。データガヴァナンス、国境を越えた情報の流れ、さらには学術連携にまで及ぶ中国政府の「セキュリティ第一(security first)」の考え方は、この状況を悪化させ、ヴェンチャーキャピタルの活動を鈍化させ、プライヴェートエクイティの流出を加速させている。

中国の技術革新推進における課題は、技術力ではなく、制度の弾力性(institutional elasticity)である。つまり、統制を目的として設計されたシステムが、最終的に世界的な技術リーダーシップに求められる不確実性、長期的な実験、そして失敗への寛容さ(the kind of uncertainty, long-term experimentation, and tolerance for failure)を育むことができるかどうかである。

この緊張関係は消費と社会投資(consumption and social investment,)の領域にも及んでおり、そこでは論文における自信が曖昧さへと変わっていく。本分析は、持続的な需要の最大の障害(the principal obstacle to sustained demand)は流動性の不足(insufficient liquidity)ではなく、家計の信頼感の弱さ(diagnoses weak household confidence)であると正しく診断している。提案されている解決策は、社会セーフティネットを強化して予備的貯蓄(precautionary savings)を減らし、間接的に消費を刺激する(stimulate consumption indirectly)という、長年の処方箋と整合している。

この文書は、保育、高齢者介護、医療、教育(child care, elder care, health care, and education)といった、需要と供給のギャップ(the gap between need and provision)が依然として大きい分野への投資拡大を求めているものの、これらの目標をどのように実現できるかについてはほとんど示唆していない。地方政府は依然として財政的に逼迫しており、家計所得は停滞し、民間企業は依然として慎重な姿勢を崩していない。アナリストたちが指摘するように、「深刻な信頼の危機(massive crisis of confidence)」によって民間企業は投資や雇用に消極的になっており、経済界は民間セクター支援に関する公式の保証を依然として懐疑的に受け止めている。

一連の中財文の政策における最も示唆的なシグナルの1つは、これまでの需要の「喚起」重視(the earlier emphasis on “boosting” demand)から、事業拡大とアップグレードへの重点転換(a focus on expansion and upgrading)にある。この変化は、補助金や下取りプログラム(subsidies and trade-in programs)といった従来の政策手段が概ね効果を発揮しなくなったという認識を反映している。家計が古い自動車、家電製品、電子機器を買い替えることを促すこれらの政策は、耐久財消費の短期的な急増をもたらしたが、持続的な勢いは限定的であった。雇用と所得の伸び悩みが消費の全面的な回復を阻み、ベース効果が高く限界収益が減少するため、その効果は今年後半には弱まる可能性が高い。

伝統的な景気刺激策の限界が明らかになるにつれ、議論はサーヴィス主導型消費(service-led consumption)、特に文化・商業・スポーツ・観光などの分野へと移行している。これらの分野では、地方自治体が活動を活性化させる新たな取り組みを実験的に進めている。

サーヴィス主導型消費の分野は、トップダウン型プロジェクトが特徴の習近平時代において大きく制限されてきた地方の実験的取り組みにとって、最大の政治的余地を秘めている。これにより、地方当局者たちは国家の優先事項に沿いながら、地域の経済的圧力を緩和する、目に見える低リスクプロジェクトを推進できる。とはいえ、サーヴィスインフラ、労働力、制度的支援といった供給側の基盤整備が需要の大幅な回復に先行する必要があるため、短期的な効果は限定的だろう。

しかしながら、このアプローチは政治的意思のレヴェルにおける重要な理念転換を示している。再分配(redistribution)を成長の制約と見なす代わりに、国家はこれを新たな成長の原動力として位置づけるようになった。特に人々の生活向上につながるサーヴィス分野においてそのようになっている。医療、高齢者介護、教育、保育(health care, elder care, education, and child care)はいずれも市場と雇用に富む分野として描かれている。例えば、10月3日付の論稿は、60歳以上の国民が3億人を超える中国が、介護施設ベッドや医師・看護師の深刻な不足に直面していると指摘する。保育・教育から高齢者介護・医療サーヴィスに至るこうした「差し迫った生活課題(urgent livelihood concerns)」への対応は、数百万の新規雇用を生み出し、巨大な国内市場を開拓しうる。それでも、政治的意図と政策実行は必ずしも同義ではない。

次の優先事項は、インフラ整備が依然として国家にとって安定した成長の手段として最も重視されていることを明確に示していると言えるだろう。その目標は、鉄道や高速道路といった分野への物理的な投資と、スマートシティシステムといった技術革新を融合させ、インフラを経済の安定装置として、また発展途上の中部・西部地域への成長の波及経路として活用することだ。

都市化政策(urbanization policy)も同様の論理で進められている。全国の都市化率が頭打ちとなっていることから、重点は都市の拡大から都市の質、すなわち古い地域の改修、公共設備のアップグレード、治水対策の改善、公共交通機関の近代化へと移行している。この再構築は、不動産市場の低迷を変革の機会へと楽観的に転換するものだ。

しかし、この工学的な論理は、経済が直面するより根深い不調、すなわち地方自治体、民間企業、そして家計の間に絡み合う不況を完全に払拭することはできない。問題は景気循環的なものでも、新型コロナウイルス感染症のパンデミックや不動産価格の低迷の名残でもなく、構造的なものだ。

長年にわたり土地売却による資金調達に依存してきた結果、地方自治体は財政的に疲弊し、社会保障支出の能力が制約されている。民間部門は、言葉の上では保証されているものの、依然として規制の曖昧さに直面し、リスク選好度は低下している。一方、家計は人口動態の逆風と将来の所得増加への信頼感の低下を背景に、依然として警戒感を抱いている。

中財文の論稿の最終章では、人口動態の課題を認識しつつも、それを機会として捉え直している。医療、高齢者介護、教育への需要の高まりは、包摂的成長の新たな原動力となり得ると論じている。政府はこれらの分野を拡大することで、人口動態の圧力(demographic pressure)を、当局が「新たな質の高い生産力(new quality productive forces)」と呼ぶものへと転換することを目指している。

労働力を吸収し、サーヴィス部門の技術革新を促進し、国内消費を支える、より強固な「ケア経済(care economy)」の可能性は確かに存在する。しかし、中財文のテクノクラート的楽観主義において未解決のまま、対処されていないのは、中国が直面する移行期の中心的なディレンマである。中国の過去の成功は、まさに国家協調、行政の動員、政策規律(state coordination, administrative mobilization, and policy discipline)といったメカニズムの上に築かれたものであり、それが今、次の成長段階を阻害するリスクをはらんでいるのだ。

中財文の論稿は、回復力を強調する点で正しいが、真の回復力とは、中央集権的な統制だけでなく、適応を伴うものである。不確実性を受け入れ、権限を分散させ、国家、市場、そして社会の間の信頼を再構築する必要がある。

今後の道のりは、成長と再分配、中央主導と地方自治、短期的な確実性と長期的なダイナミズムといった、痛みを伴うトレードオフを伴うだろう。中国がこれらのトレードオフを乗り越えられるかどうかは、近代化の軌跡だけでなく、そのモデルが継続的に刷新できるかどうかも決定づけるだろう。

※リジー・C・リー:中国分析・アジア・ソサエティ政策研究所中国経済専門研究員。

※シェンイー・ワン:中国分析・アジア・ソサエティ政策研究所リサーチアシスタント。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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