古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 中国政治

 古村治彦です。

 副島先生の最新刊『中国はアメリカに戦わずして勝つ』(ビジネス社)が2025年10月1日に発売になる。
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『中国はアメリカに戦わずして勝つ』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます

本書は副島先生の中国研究本は18冊目になる。本書の注目点は、体調不良が噂される習近平の後継者は誰になるのかという点で、副島先生は陳吉寧(ちんきつねい)という人物の名前を挙げている。全く聞いたことがない人物であり、日本での紹介は初と言えるだろう。
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陳吉寧

 以下に、まえがき、目次、あとがきを掲載する。参考にしていただき、是非手に取ってお読みください。

(貼り付けはじめ)

まえがき 副島隆彦(そえじまたかひこ)

この本の書名(タイトル)「中国はアメリカに戦わずして勝つ」にある、「戦わなくても勝てる」は何故か。第3章で説明する。

この本で、一番の大事は、「習近平の次は誰になるか」である。きっとこの問題には多くの人が関心を持つだろう。

どうも噂(うわさ)どおり習近平の体調は良くないようだ。この噂(ルーマー)が5月から世界中に広がった。だから中国の次のトップは誰かが問題になる。私は、ここではっきりその名前を書く。最有力は陳吉寧(ちんきつねい)(チェン・ジーニン 1964年生まれ、現在61歳)という人物である。日本人は誰も聞いたことがない名前の男だ。

私のこの予測(予言)についても、本書の第1章に書く。中国のトップ人事のことに、多くの人が関心を持つだろう。

3ページに載せた、米と中の関税(タリフ)(貿易)交渉についての最新の動きを説明する。去る7月28、29日にアメリカ財務長官のスコット・ベッセントと、中国の何か立峰(かりつほう)副首相が交渉した。この記事にあるとおり、どうせトランプは習近平と2人で直接、サシで話し合おうとしている。果たして、この秋から来年にかけて首脳会談となって習近平がトランプの要望(その実は哀(あい)願、願訴である)に応じるかまだ分からない。

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中国は、アメリカにヘコヘコしない。日本、欧州(EU)、イギリスのように「関税(タリフ)を15%にしてくれて、よかった!」というような軟弱野郎ではない。中国は〝音無しの構え”である。自分の方からは、尻尾(しっぽ)を出さない。余計なことは一切言わない。何故なら、アメリカ(トランプ)は、強大国で強そうなことをさんざん言っているが、本当は、国家財政(ファイナンス)がボロボロの借金(負債)大国だ。だから、世界中に関税(タリフ)(外国への税金(タックス))をかけて、おカネをぶったくって国家予算に回しているのである。日本からは7月22日に、合意で(ただし、まだ合意文書なし)80兆円〈5500億ドル〉を払わせる。トランプは、これを日本からの投資(インヴェストメント)(自由に使える)だ、と強弁(きょうべん)する。しかし日本側の赤沢(あかさわ)大臣は、「これは融資(ゆうし)(ローン)です(厳しいヒモ付き)」と言った。

日本のメディア〈テレビ・新聞〉は、この初原(しょげん)(そもそも)の「アメリカは破産している」を言わない。トランプが狂ったように、外国への課税をしているのだ、と書かない。説明しない。

 現在の最先端の半導体(はんどうたい)戦争の主役は、① 台湾TSMC(ティエムエスシー)(モーリス・チャン元会長、94歳)と、中国ファーウェイ(華為技術。任正非(じんせいひ)CEO、80歳)と、それからこの3年で急激に出現したNVIDIA(エヌビディア)(米国企業。しかし台湾人のジェンスン・フアン社長・CEO、62歳)と、それから、中国 DeepSeek(ディープシーク)というAI(エイアイ)企業の40歳(1985年)のガキンチョの梁文鋒(りょうぶんぽう)である。

この4社の競争のことも説明する。なんだ、みーんな中国人じゃないか。

加えて、Apple(アップル)社の最新のスマホiPhone(アイフォーン)16(シックスティーン)は、ぜーんぶ、本当は中国製じゃないか。フォックスコン(富士康(こう)、郭台銘(グオダイミン)会長、74歳)が中国各地で作っている。

これらのことも全部ぶちかまして真実(本当のこと)を私は書く。

 この本の仕上がりに石破辞任のニューズが流れた。石破首相は、よく頑張った。アメリカに80兆円(5500億ドル)の貢(みつ)ぎ金(がね)を、最後の最後まで、払わないと、頑張った。日本国民の為(ため)である。それで自民党内でイジめが続いて辞任表明した(9月7日午後6時)。

 このあと、日本に反共(はんきょう)右翼の政権ができるだろう。参政党と国民民主党と連合する。新しい政党になるかも。そうなると自民党は分裂する。残った全国の温厚な保守の経営者、資産家たちの意向を受けた、自民党ハト派(中国、ロシアとも仲良く付き合う)の政党ができるだろう。私はこの動きを支持する。

副島隆彦(そえじまたかひこ)

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『中国はアメリカに戦わずして勝つ』 目次

まえがき ──

第1章  習近平の次のトップが分かった

「戦わずして勝つ」は「孫子兵法」に書いてある ──14

習近平の次のトップは誰か ──20

アメリカのトランプ大統領の動揺が中国に影響している ──30

第2章  日本人よ、バカ右翼に乗せられるな。日米中の背景を理解せよ

日本の過去のあやまちを昭和天皇は鄧小平に詫びた ──40

松下幸之助は鄧小平に「よろしおます」と言った ──47

こういう流れで中国はアメリカと組んだ ──51

第3章 米中半導体戦争

米中の関税交渉と半導体交渉が重なり合う ──58

スマホ屋の時価総額が日本のGDPに匹敵する異常事態 ──75

半導体は6つある ──76

「線幅2ナノ」の技術競争に中国企業が加わった ──7

 TSMCとトヨタとソニーの関係──79

日本のロジック半導体で起きた〝問題〟 ──82

中国は台湾に攻め込まなくても奪い返せる ──84

この状況下でさらにバカさが目立ってきた日本人 ──87

商売人は商売になる方に付くのが当たり前なのだ ──90

台湾のTSMCの争奪戦というのが、米中問題の正体 ──92

台独の人たちはすでに台湾脱出の準備を終えている ──94

TSMCのモーリス・チャンが開き直ったから恐ろしい ──96

半導体が中国人にしか作れなくなったから、台湾が中国に帰ってくる ──98

第4章  「中国が衰退し、日本が復活する」の大ウソ。煽動する者たち

ソロスのブレーンが突然表に出てきた ──102

バブル崩壊後の1992年からが、「失われた30年」 ──111

1995年に、斎藤ジン氏はサイスを卒業 ──117

2009年から2017年がバラク・オバマ大統領 ──119

その国のことは、その国の頭のいい原住民に聞かないと分からない ──122

同性愛者特有の「血の命脈」 ──123

第5章  「日本を中国にぶつけよ」

参政党を操るアメリカの新戦略参政党躍進の裏にあるもの ── 134

神谷宗幣を操っているのはこの男だ ──147

「日本を中国にぶつける」という戦略 ──150

第6章  トランプは、参院選を利用して

石破を脅して日本から70兆円を奪ったトランプが自讃した「史上最大の取引」 ──154

変質するトランプ政治 ──160

日本人が理解しようとしない「ファースト!」の真の意味 ──166

日本の操り方を変えてきたアメリカに備えよ ──171

第7章 習近平と父習仲勲の苦難の人生の物語

育ての親の胡錦濤を平然と切り捨てた習近平 ──182

「大長征」の真実は地獄の逃走劇だった ──186

毛沢東は裏で日本とつながっていた ──190

フランスに通行料を払って中国を侵略しに行った日本軍 ──193

習仲勲の失脚と文化大革命 ──198

凄さと曲解を合わせ持つ、遠藤誉の習近平論 ──201

鄧小平を嫌う中国のインテリたち ──210

毛沢東が死ぬまで、中国は堕ち続けた ──215

中国人エリートたちが海外留学で獲得するもの ──220

集団発狂した人間の群れの恐ろしさ ──223

善人は使い物にならないと分かった鄧小平 ──226

女も稼げという客家の精神 ──231

習近平は戦争ができる男だと鄧小平に見込まれた ──234

天安門事件の学生たちは留学したあと海亀になった ──236

葉剣英が鄧小平と習近平をつなげた ──238

サッチャーは鄧小平の脅しに震えた ──244

1992年に天皇は夫婦が中国に行ったことの重要性 ──248

あとがき ──250

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あとがき 副島隆彦

この本は、私の18冊目の中国研究本である。これまでの18年間(2007年末から)に私は年に1冊の割合で、コツコツと自分の中国本を書いてきた。その全18冊の表紙を小さな画像(写真)にして、表題(タイトル)を1ページの一覧表にしようと企てたが、今回はできなかった。来年やります。

私は、18年前の2007年(アメリカでリーマン・ショックの金融危機が起きる前年。私は54歳だった)に、中国旅行から帰ったあと、猛然と中国の政治経済についての本を書きたくなった。いや、どうしても書かなければいけないのだと激しく焦(あせ)った。

中国は巨大な成長を始めていた。そのことに私は現地(広東(カントン)省の東莞(トンガン)市)で気づいたからだ。中国の現在を、日本の政治的0 知識人の眼を通して「中国で何が起きているのか」を通史として書き残さないといけない、と強く思った。

それは司馬遷(しばせん)が『史記(しき)』(紀元前90年)を編年体(へんねんたい)で書いたことの伝統に従ったものである。18年前の第1巻の私の中国本の書名(タイトル)は、『中国 赤い資本主義は平和な帝国を目指す』(ビジネス社、2007年12月刊)である。ここに刻印された文字たちは、やがて歴史の証拠となる。

私の志(こころざしを理解してくれた、この本の版元(はんもと)(出版社のこと。あるいは書肆(しょし))の社長が、私が毎年、時間を見つけて、中国の現地の各都市(その年に大事件が起きた都市)に現地調査に行く費用を出してくれた。毎回100万円の出費がかかった。担当の岩谷健一氏が同行して写真を撮り、資料集めを手伝ってくれた。有難いことである。

私には今に至るも、たった一人の中国人の親友もいない。中国語もできない。人物名を漢字で表現する拼音(ピンイン)さえ読めない。それなのに私はずっと、中国の各地を見て、そして次々に起きた政治動乱の跡の気配(けはい)を感じに現地に行った。住民たちは何事(なにごと)も無かったように静かに暮らしている。中国報道プロパーの新聞記者たちではない者が、厳格で冷酷な政治知識人の目を通して、中国を観察しその記録を残さなければいけないのだ、との強烈な自我(信念)がこの作業を私に続けさせた。漱石や芥川が書いた中国探訪記に続くものだ。

「中国は崩壊する。中国共産党の一党独裁に反抗する民衆反乱が起きて、中国は必ず滅びる」と書いて多くの本にした、数十人の、歪(ゆが)んだ精神をした反共(はんきょう)右翼たちは、全員が、その本たち(証拠として残っている)と共に滅び去った。あ、まだ、何人か残党(リメインンズ)が残っているか。

今の巨大中国(私が作ったコトバ。書名にも使った)に戦争を挑(いど)む、そして勝てると思う馬鹿はいなくなった。

それでもまだアメリカが「日本を上手に騙(だま)して、唆(そそのか)して、中国にぶつけろ。台湾有事(ゆうじ)を嗾(けしか)けて、戦争をさせろ」という悪辣(あくらつ)な戦略で動いている。そのことを本書で書いた。

日本人は動かない。全くと言っていいぐらいに動かない。押し黙っている。「なんで、また(英と米に)騙(だま)されて戦争なんかするものか。真平御免(まっぴらごめん)だ」と、腹の底で思っている。しかし、口には出さない。まだあと日本だけでも500万人はいる反共右翼たちが残存しているが、あと数年で勢力として消えるだろう。私の冷静な客観予測(近(きん)未来への予言(プレディクト))である。

なぜ日本人の大半は、そして台湾人も、「戦争になる」の煽動(せんどう)に乗らないか。その理由の一つは、倨傲(きょごう)に聞こえるかもしれないが、私、副島隆彦が、この30年間、「アジア人どうし戦わず。戦争だけはしてはいけない」と書き続けたからだ。日本国における私の地位は自(おの)ずとそれぐらいはある。

この本の最終章だった「台湾は今どうなっているか」の台湾現地調査の報告は、50ページ分もあって浩瀚(こうかん)(分厚い)になるので、来年に回した。今の私には、もう1、2年を争うということがなくなった。遅らしてもどうということはない。

この本では、3年前の中国本で約束した「習仲勲(しゅうちゅうくん)、習近平親子の2代に渡る苦労」(第7章)をようやく完成させたことがよかった。この2人が分かれば、現代中国のこの100年間の苦闘の歴史が分かり、大きく概観(アウトルック)できると考えたからである。

最後に、私は上野千鶴子(ちづこ)女史(東大の女性学の講座を護(まも)った。私より5歳上)が、そのマルクス主義フェミニズム(略称マルフェミ)の立場から、戦闘的に男女の性愛論を書き並べた本たちが北京大学の超(ちょう)秀才の女子学生たちの話題になり深い感動を与えていることを知っている。

現在の中国共産党(中共(ちゅうきょう))研究の最先端(せんたん)はまさしく、この中国で起きている、「私たちエリート女たちにもっと男女の性愛の自由を認めよ。日本の自由さを見よ」という女性闘争である。これには、中共の幹部の男たちが動揺してオロオロしているはずである。

まるで、1919年の五四(ごし)運動(中国の現代政治闘争の始まり)の再来だ。

中国社会科学院は、まさしく金看板のマルクス主義フェミニズムの上野千鶴子を招いて、新たなる意識(文化)革命を中国で開始すべきだ。中国が文化の先進国0 0 0 0 0 0 である日本から学ぶことは、まだまだたくさんある。私は、中国人指導者と知識人層が( 魯迅(ろじん)のときと同じく)今も日本人を深いところで尊敬していることを鋭く知っている。箸の上げ下ろしから鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)の食べ方まで、日本人の一挙手一投足を凝視している。日本を通して世界を学べ、は今も中国で生きている。

それでもアメリカ帝国の属国(ぞっこく)を長くやり過ぎた日本は、この40年間で本当に貧乏になった。中国どころか台湾、韓国からさえ哀(あわ)れみ(憐憫(れんびん))で見られる。

それなのに、何と、私たち日本人は、恐れ入ることに今も威張っている。襤褸(ぼろ)は着てても心は錦、の構えを、一般庶民でも持っている。愚かと言うか、何と言うか。40年も経済成長が止(と)まって貧乏なくせに。全く以(もっ)て明(あき)れ返(か)える。全てが見通せる私のような総合知識人の目には何でも映(うつ)る。

上野千鶴子女史は、女性学(ウィメンズ・スタディーズ)が流行廃(はやりすた)れしたあと、さらに才長(さいた)けて、老人(老女)評論家になって、名著『おひとりさまの老後』(2007年、法研刊)を書いた。人は老いて末期(まっき)を迎えたら、施設に入らないで(収容されないで)自分の家で死ぬべきだ論に私は深く同感した。だから私も自分の家で死ぬ(直前にだけ病院に入院する)と決めた。この意味でも、私は上野千鶴子が老いて、ますます中国に乗り込んで勇ましく中国の知識人層と権力者層に、いろいろと号令を掛けることを望む。

 最後の最後に。この本を書き上げる最後の1カ月は、この夏の猛暑と共に私の地獄だった。モノカキ人生を40年もやって、200冊も書いて、それでもまだ、このように、1冊の本を仕上げるのに、のたうち回っている。私には人生の達観はない。サラサラと書かれた本に碌(ろく)な本はない。このことを痛感している名うての編集者であり、苦しい本作りに同伴してくれた大久保龍也氏に記して感謝します。

2025年9月

副島隆彦(そえじまたかひこ)

(貼り付け終わり)

(終わり)

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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 高校入試や大学入試に嫌な思い出がある人は多いだろう。もしかしたら、小学校入試、中学校入試から試験を経験している人もいるだろう。日本の試験地獄は「良い会社に入るためには良い大学に行かねばならない、良い大学に入るためには良い高校に入らねばならない」ということが基本にある。良い会社とは有名な会社で、給料が良くて、潰れなくい会社のことであり、良い大学とは世間の評価が高く、入学で高い成績が求められる学校のことだ。東アジア各国はこうした受験地獄の傾向が強く、日本でも、中国や韓国の大学入試がいかに大変かということが報道されている。

 「良い会社に入るために、良い大学に」という受験戦争は日本では戦後に加熱したものと私は考える。戦前は上級学校、高等教育を受けるためには上流階級に生まれることが前提で、国民の大多数(過半数が農民)にとっては、あまり意味のないことだった。時たま、神童と呼ばれるくらいに頭の良い子供が、地域の地主の助けを受けて進学するということはあったようだが、基本的には全員が上級学校に行けるわけではないという階級社会を前提にした諦めがあった。

 戦後、日本の高度経済成長に伴う、産業社会の到来と中間階級の誕生で、「誰でも勉強して試験に突破すれば大学に行って良い会社に入って良い生活ができる」ということになった。そのために、結果として受験戦争が過熱することになった。進学校に進み、大学に行くことができる、活かせることができる過程が増えた、そうすれば良い生活ができるということになった。また、戦後のベイビーブームで子供たち(1940年代後半から50年代前半生まれ)の数が多かったのも競争に拍車がかかった。そして、ベイビーブームの子供たちの世代(1970年代生まれ)もまた加熱する受験戦争を戦った。

 そうして、偏差値輪切り教育が行われ、大学入試に向けた教育を行う普通科高校の人気が上がる一方で(進学実績が高ければ高いほど人気で偏差値が高くなる)、大学入試に向けた勉強は少なく、専門的な勉強を行う、職業高校、商業高校や工業高校の人気は下がっていった。

現在では大学への推薦入学も多く、資格も勉強しやすいという面もあり、職業高校の人気も上がっているそうだ。しかし、正直に言って、私が中学生くらいの頃は、そうではなかった。更に言えば、昔であれば、「刻苦勉励して、苦学して東大に」という美談がそこかしこで聞かれた。教育が社会的流動性を高めた。今では東大の入学者の家庭環境は裕福で、裕福であるから子供の教育にお金をかけられるから、東大に入学できる。教育が社会的流動性を促進する機能を失いつつある。

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 こうした状況は中国でも似たようなものであるようだ。中国でも進学用の普通科高校と職業高校に分かれていて、大学進学熱の高さもあって高校入試も過熱しているようだ。今回、中国国内の数学コンテストで、職業高校の女子学生が上位12位に入るという快挙を達成し(上位30名に女性はこの学生だけ)、中国国内の教育制度が抱える問題に注目が集まっているようだ。それは、日本と同じく、社会的流動性を促進する機能を失っているということのようだ。金持ちは子供に多くのお金をかけて勉強させて、大学に行かせる。貧乏な家庭の子供は学校の勉強だけでは勝てないので、大学に行けないということになっているようだ。経済成長して、中間層が増えると、子供の教育問題が大きくなるというのはどこも同じようだ。

(貼り付けはじめ)

中国の中等学校は平等ではない(China’s Secondary Schools Are Not Equal

-職業学校のある学生が数学コンテストで予想外の順位を獲得したことにより教育格差に注目が集まっている。

ジェイムズ・パーマー筆

2024年6月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/18/china-secondary-education-unequal-math-competition-zhongkao/

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「高考(gaokao)」として知られる全国大学入学試験の初日に学校に入る学生(6月7日)

数学競争コンテストは格差(inequality)を浮き彫りにする。

数学競争コンテストでの予期せぬ結果により、中国人学生が英雄となったと同時に、この国の教育制度における格差にも注目が集まった。

17歳の姜萍(Jiang Ping)は、2024年アリババ世界数学コンテストの予選ラウンドで12位に入った。残りのファイナリスト(合計801名)のほとんどは大学生だ。トップ30に入った女子は姜萍だけだったが、彼女が本当に際立っているのは、彼女が中国の職業学校のファッションデザイン科の学生だということだ。

今回の話は、中国の高校制度の階級差別的な基盤(classist underpinnings of China’s high school system.)のせいでもあり、すぐに話題になった。中国の厳格な大学入学試験(高考)の方がよく知られているが、高校入学試験[中考、zhongkao](ほとんどの生徒が16歳になる9年生以降に受験する高校入学試験)は、中国人学生を、持つ者と持たざる者(haves and have-nots)に分ける始まりとなった。

現在は高校入試の季節で、試験は6月から7月上旬まで実施される。各都市は試験の入学基準値を異なるように設定している。全国的には、毎年約60% の生徒が合格し、伝統校に通うことができる。大学入試と同様、このテストには学力評価、体育に関する小さな要素、および政治的に正しい答えを要求する問題が組み合わされている。中国の中学最後の1年間は主にテスト指導に費やされる。

残りの約40% の生徒は、中専)[zhongzhuan]として知られる職業高校に通うか、比較的まれですが教育制度から完全に中退する。理論的には、中(専)はドイツなどの国の専門学校モデルで代替教育コースを提供することを目指している。実際には、資金が不足しており、訓練を受けた教師が大幅に不足しており、しばしば非難されている。

その汚名が、数学大会での江さんの成功を目覚ましいものにしている。中(専)の学生には大学への進学ルートが限られており、雇用の機会が用意されているはずだが、給与は通常の高校卒業生よりも低い。中(専)のプログラムでは搾取的なインターンシップが求められることが多く、これが虐待につながっている。 2021年に工場で働いていた専門学生の自殺は、中国で一時的にスキャンダルを引き起こした。

過去と現在の入学試験と同様、階級と富(class and wealth)が高校入試における学生の成績を左右する重要な要素だ。中国の居留許可制度(China’s residence permit system)である戸口(hukou)は、徐々に崩壊しつつある田舎の学校から成績の良い都市部の学校に至るまで、まず子供たちが受けられる教育の質を決定する。

大学入試準備には個別指導(private tutoring)が必要となるが、高校入試にも同様に費用がかかる。政府は2021年に家庭教師を禁止しようとしたが、結果的に授業料は更に値上がりした。

生徒が高校入試に合格すると、大学入学に関しては最高レヴェルの高校と平均的な高校との間に大きな差が生じる。当然のことながら、試験のストレスにより、親による革新的な不正行為が発生している。たとえば、子どもにドーピングをして体育の得点を上げることや、入学基準がより有利な都市に子どもを移動させることなどが挙げられる。

高校入試後の教育には補助金が出ているが、無料ではない。貧しい家庭の生徒が普通高校に入学する場合、親はより良い学校が課す高額な授業料を支払う余裕がない場合がある。一方、裕福な学生が高校入試に落ちた場合でも、インターナショナルスクールを含む私立学校の選択肢があり、大学への進学の道が用意されていることが多い。

職業教育(stigma around vocational education)に対する偏見は比較的新しいものだ。1980年代と1990年代、大学に進学する中国人学生はほとんどいなかったので、技術教育は良い仕事に就くための名誉ある手段だった。 2022年、中央政府はこれまでの変化を踏まえ、中国の大学卒業生の失業危機も一因となり、職業教育を再び有意義な道に変える計画に着手した。

しかし、その計画は大きな障害に直面している。現在、中国社会では熟練技能者が経済的、社会的に過小評価されている。配管工事やガラス張りなどの仕事は、訓練を受けた専門家によって行われるのではなく、一般の便利屋として働く低賃金の地方からの労働者に任されることがよくある。学生の50%に職業教育を受けさせるという政府の目標は、親たちの間でパニックを引き起こしており、姜萍のような特別な少数の人だけが逃れることができる限られたルートに子どもたちが行くことになるのではないかと懸念している。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 改革開放以降の中国の経済発展は、あらゆる人々の予測を超えるものとなった。一世代(30年間)で年率10%以上の成長を達成したのは人類史上でも例を見ないほどだ。1984年、私は地元の新聞社が企画した、子供たちだけの訪中団(「こども遣唐使」という企画名だった)に参加し、上海と無錫を訪問した。当時の中国はまだまだ貧しかった。私たちは何も上等の服を着ていた訳ではないが、私たちの後をぞろぞろと、ついてくる中国の子供たちの格好はランニングに半ズボンで、「写真や映像で見る戦後すぐの子供たちのようだ」と妙に大人びていた私は感じていた。

 あの当時に見た、私たちと同年代の上海の子供たちは、今頃どんな生活をしているんだろうか、と考えることがある。あれから40年近く経過し、上海の彼らは怒涛の経済発展と開発を、私たちはバブル崩壊と深刻なデフレ経済を経験した。今は、私が彼らを驚きの目で、仰ぎ見る方になっているだろう。実際、私は遅ればせながら、中国語の勉強を始めている。

 中国の奇跡の経済成長はどのようにしてもたらされたのかについては多くの研究がなされている。最近、カリフォルニア大学アーヴァイン校の王丰[王豊](ワン・フェン)という社会学者が『中国の豊かさの時代:起源、隆盛、そして余波(China’s Age of Abundance: Origins, Ascendance, and Aftermath)』を出版した。これがアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』誌で取り上げられていた。

 中国の経済発展は農村部における初期工業化によって始まった。私が小学校で習った言葉に「万元戸」という言葉がある。農村部で市場経済が導入され、個人の農産物生産ができるようになり、才覚のある農民たちが生産を拡大し、農産物の売り上げを拡大して、年に1万元を稼ぐ農家が出るようになったというものだ。そして、万元戸は製造業に従事するようになり、農村部で初期工業化が始まった。そして、そこで経験を積んだ農民=労働者たちはより高い賃金を求めて、都市部に流入し、質の高い労働者となった。

 『中国の豊かさの時代』の著者の王丰[王豊]は、文化大革命の重要性について指摘している。以下の論稿から引用する。

「文化大革命の暴力と混乱(violence and disarray of the Cultural Revolution)が、1976年以降の急速な成長を促進する上で強力な役割を果たしたと説得力を持って主張する。王は次のように述べている。「毛沢東の死で終わったこの激動の10年間の終わりに、中国国民はひどく混乱し、失望し、完全に疲れきっていた。彼らは変化、より物質的な豊かさ、社会の安定、そして人間の礼儀を備えた生活を切望していた」。私たちが見てきたように、鄧小平もこうした考えに大まかに同意したようだ。王は、文化大革命についての鄧小平の発言を「文化大革命は悪いことのように見えた。しかし、結果的にはそれが良かったのだ。それは人々に考えさせ、私たちが抱えている問題を認識させた。私たちが1970年代と1980年代に政策を実施できたのは、まさに当時の教訓を学んだからだ」と引用している」。

日本では中国の経済発展は嘘だ、あんなものはすぐに崩壊するという主張が20年以上にわたって続いている。私たちは中国の経済発展についてより冷静に分析していくことが必要なのだろうと思う。

(貼り付けはじめ)

何が中国の奇跡を生み出したのか?(What Produced the China Miracle?

-北京の台頭における国家の役割について、従来の常識に挑戦する力強い新著。

ハワード・フレンチ筆

2024年5月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/05/22/china-economic-rise-state-deng-xiaoping-history-beijing-state-future-demographics/?tpcc=recirc062921

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中国の驚異的な台頭、その巨大な世界的野心、そしてその将来について、息を呑むような台頭の第一段階が終わりを迎え、重力が人口の高齢化とますます時代遅れになりつつある経済モデルと政治モデルに結びついている今、中国をどう評価すべきか? 今日の世界には、これより重要な疑問はほとんどないし、答えるのが難しい疑問もほとんどない。

私がここ数年で遭遇した、これらの疑問に対処する最も印象的な試みの1つは、予想されるような経済学者、歴史家、政治学者の作品ではない薄い新著だ。この著作『中国の豊かさの時代:起源、隆盛、そして余波(China’s Age of Abundance: Origins, Ascendance, and Aftermath)』は、カリフォルニア大学アーヴァイン校の、中国生まれの社会学者である王丰[王豊](ワン・フェン)によって書かれており、これら全ての分野からの情報が網羅されている。

王の新著を読んで、私は謙虚な思いになった。私は今世紀最初の10年間、『ニューヨーク・タイムズ』紙の特派員として中国に住み、その後も中国を訪れ、中国に関する本を書き、中国問題に関する無数の著作を読み、しばしば書評も書いてきた。しかし、『中国の豊かさの時代』には驚かされた。この本では間接的に述べられているが、王が最近、私が勤務するコロンビア大学で行った公開講演では正面から述べられているのは以下の主張だ。1976年に毛沢東が死去してから、中国が経済的に飛躍したことは、ルネサンス、啓蒙主義、産業革命と並んで、過去1000年で最も衝撃的な現象の1つとして考察に値する、人類にとって重要な出来事だ。

最近グッゲンハイム・フェローシップを受賞した王が、この主張の先頭に立っているという証拠を踏まえると、この枠組みがこれまで、人々のイメージに定着していなかったことは、私自身だけでなく、私自身の職業にとっても少し恥ずかしいことだと感じている。これほど広範囲の人類に良い影響を与えた出来事が他にどれだけあるだろうか?  1978年に始まった改革期間を通じて、中国は世界人口の約5分の1を占めた。そして、一人当たり所得の25倍の増加など、中国の発展のスピードを考慮すると、西洋の歴史的類似点でさえ不十分であるように見え始める。

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上海の少年宮(Children’s Palace)で誕生日を祝うピクニックに集まる若者たち(1987年5月)。

王は社会学(sociology)という学術的ルーツに基づいて、GDPの測定にどうしてもつきまとう、特有の精度の疑わしさや抽象性をはるかに超えて、中国経済の台頭が一般の人々の生活に及ぼしてきた影響について、より具体的なベンチマークを読者に提供しており、それらは息を呑むほどのものだ。

王は本の冒頭で、著者自身ではないかと思われる名前のない子供の物語について語る。1972年、この少年は空腹を感じ、泣き叫ぶ祖母が捕まえる前にゆで卵をひったくって飲み込み、小さな家族危機を引き起こした。その後、その子供は、その卵が肝臓病に苦しむ父親のために処方された栄養補助食品として入手されたものであることを知った。当時、人口のおよそ80%が農業に従事していたが、中国は国民を養うために毎週1人あたり 、1個未満の卵しか生産できなかった。

王は、生活必需品の供給が次から次へと爆発的に増えていく様子を記録し、彼の人生の初期がいかに厳しい状況であったか、そしてそれ以降、国の大部分に、豊かに供給され、あるいは彼が書いているように、それが当たり前になったことで、当たり前のように暴飲暴食(commonplace gluttony)の状況にまで至ったかを描いている。卵に関しては、1978年から1983年の間に、消費量が50%増加したことから始まり、1988年までに更に 3倍に増加し、その後も増加し続けた。他の主要な食品についても同様だった。王が提示したデータによると、1978年から1983年にかけて、1人当たりの豚肉消費量は61%、植物油消費量は151%、家禽肉消費量は268%増加し、その後それぞれの物品の消費量(そして他のほとんど全ての食料生産)は急激に増加し続けた。

この豊かさは、全体的な健康状態の大まかな指標である中国人の平均身長に明らかな影響を与えた。毛沢東時代に既に大幅に伸びていた平均寿命は、中国が急速に豊かになるにつれて伸び続けた。「わずか20年の間に、中国の子どもたちは歴史的なペースで成長しました」と王は書いている。王は続けて「7歳で小学校に入学した時点で、中国の都市部では、2002年の男子の身長は、1992年よりも5.2センチ高く、女子の身長は5.7センチ高かった。あまり裕福ではない田舎の子供たちの身長の伸びはより際立ったものとなっている」と書いている。

1981年、平均的な中国人は、1.3足の靴下と1組の下着と一緒に、安い綿の靴を一足購入したと王は書いている。しかし、2000年の段階で、中国は15億6000万足の靴を輸出しており、その半分以上が革製でした。5年後、その数字は24億8000万に達し、中国は世界最大の衣料品製造者への道を順調に進んでいた。

今日では、専門家も素人も、中国が世界の支配的な製造大国であることはほぼ誰もが知っている。しかし、国の隆盛を示すあまり馴染みのない指標について考えてみよう。1980年代の終わりには、中国には約62万マイルの道路があったが、高速道路はほとんどなかった、と王は書いている。2000年までに、1万100マイルの高速道路が建設された。20年後、中国は10万マイルの高速道路網を誇っている。現在、これらの高速道路では、過去1年間で世界最大のEVメーカーの座をテスラと交換した中国企業BYD製のものも含め、電気自動車が走行している。現在、アメリカや他の西側諸国は電気自動車などの安価な(そして多くの場合多額の補助金を受けている)中国製品から身を守ろうとしており、第二の「チャイナ・ショック(China shock)」が起きると警戒している。

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2017年2月11日、中国東部福建省の古田村付近の畑で、高速道路下のトンネルを、龍を掲げて練り歩く村民たち(2017年2月11日)。

北京の地下鉄は、中国に数多くある新しい都市交通システムの1つであり、2010年代には、ロンドンの地下鉄が150年間をかけて達成した以上の成長を遂げた。今世紀の最初の10年間は、中国の歴史における成長と変革のピーク期であったが、私は世界有数の大都市である上海が完全に生まれ変わるのを目の当たりにした。毎週毎週、古くからの住民が住む古い町並みが取り壊され、息をのむような速さできらびやかな高層ビルが立ち並ぶ新しい地区に変わっていく様子を私は撮影した。そして、それらの写真をまとめて本として出版した。

1980年、人口約10億人に対して年間航空旅客数がかろうじて350万に達していた頃、ほとんどの中国人は飛行機を見たこともなかったと王は書いている。1990年までに、航空旅行の総数は1660万回に増加した。航空旅行は増加を続け、2017年の段階で、中国人航空旅客数は5億5200万に達した。この結果の1つは、海外旅行の爆発的な増加だった。私が初めて中国を訪れた1990年代には、海外旅行はまだ非常にまれだった。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの前年である2019年、中国からプライヴェートの海外旅行に出発したのは延べ1億6200万人となった。

王は、旅行の機会が拡大したことが中国人の思考を開放することに貢献したと確信しており、中国の並外れた成長とそれに伴う社会変革にとって、従来の経済政策よりも、更に重要であると考えている。

英国人ジャーナリストのタニア・ブラニガンが、中国に関するもう1つの印象的な近著『レッド・メモリー:中国文化大革命後の生活(Red Memory: The Afterlives of China’s Cultural Revolution)』で詳細に詳しく述べているように、暴力的で政治的に混乱した毛沢東の時代は、息苦しい政治的・社会的服従(political and social conformity)によって特徴付けられていた。ブラニガンは、当時の中国を毛沢東の思考というただ1つの思考によって支配された国家として描写した、中国の哲学者である徐友漁の言葉を引用している。ブラニガンが引用した、当時よく話された皮肉は、毛沢東主義による芸術に対する息苦しいイデオロギー統制のせいで、人口8億の国で承認されたオペラはわずか8本しかなかったというものだ。

毛沢東の死後、教育と思想の流通が本格化した。王は、年間出版される本の数が、1977年の1万3000冊弱から、 1982年には約3万2000冊に増加し、1990年までに再び2倍以上に増加したと書いている。学校への入学者数も爆発的に増加した。高校入学者数は、1995年から2010年の間に、300%以上増加し、職業教育も急速に成長したと王は書いている。しかし、最も印象的だったのは、高等教育における中国の成果だ。 1995年から2005年のわずか10年間で、大学の年間入学者数は5倍に増加し、500万人に達した。今世紀初頭、大学進学年齢に達した若い中国人の中で、高等教育に進んだのは50人に1人だけだった。それが、2020年までに、その数字は世代の半分以上にまで増加した。

ある情報提供者がブラニガンに語ったところによると、中国は毛沢東の肖像が入った小さなアルミのラペルピンを何十億個も生産しており、その製造に使われる金属の量は、4万機の航空機を製造するのに十分な量になるという。

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深圳の羅湖地区で撮影された鄧小平の肖像画(2015年1月30日)。

中国の貧困と低開発からの脱却(China’s breakout from poverty and underdevelopment)に関する、各種の伝統的な説明は、決して完全に満足のいくものではなく、時には知的怠惰(intellectual laziness)に近いものもある。私はその要素を自分自身で引き出している者としてこれを言っている。アナリストの一部は、1980年代以降に他の主要経済大国を上回り、中国は長期的な歴史的軌道(longer-term historical trajectory)に戻り、世界経済における主導的地位を取り戻しているだけだと主張している。それは19世紀初頭まで、過去 1000年の大部分にわたって維持されてきた。しかし、そこで止まるということは、目的論(teleology)、つまり決定論(determinism)を信じることを意味し、私(そしてほとんどの歴史家)にとって、それではまったく説明ができていないということになる。

もう1つの一般的な説明は、毛沢東の死後、中国共産党は、多くの深刻な間違いを犯すのを止め、経済発展の邪魔をしなくなっただけだというものだ。この主張の一般的な変形は、南部の都市深圳などにおける経済特区(special economic zonesSEZ)の創設を含む、有名な政府改革を評価するものだ。 1980年に鄧小平が深圳を経済特区に指定して以来、この目立たない漁村が中国最大かつ最も裕福な都市の1つとなり、近隣の香港にますます影響を与える大都市となったことについては際限なく語り継がれている。この理論の支持者たちは、1980年代初頭に初めて着手された、外国投資の誘致と輸出の創出を伴う他の象徴的な改革にも言及している。

他の多くの分析は、中国の歴史的幸運(historical good fortune)を強調している。1980 年頃、西側企業が海外の安価な場所に製造拠点を置こうとしていたのと同じように、中国は人口ボーナス(demographic dividend)、簡単に言うと若者の増加(youth bulge)が始まっていた。中国は繊維、プラスティック、単純な組み立てなどのアウトソーシング産業を発展途上国の中でいち早く受け入れたことで、この新たなグローバライゼーションの流れの最大の受益者となった。そして、設計されたものであるかどうかにかかわらず、中国の優位性により、中国のような発展を望む他の国々が、中国の影響によって、同じ開発のはしごを上がることが非常に困難になった。

確かに、これらの説明の中には真実の要素も含まれている。しかし、完全に間違っている訳ではないにしても、それらがあまりにも安易に行われている理由を理解するために、王は、改革時代の初期に中国の成功の範囲を予測することがいかに困難だったかを実証している。彼はその一部として、2004年に世界有数の経済学者の多くの予測を共有することによってそのことを明らかにした。その年、ウォールストリート・ジャーナルは12人のノーベル経済学賞受賞者に、75年の2079年に、アメリカ、ヨーロッパ連合、または中国のどれが世界最大の経済大国になると思うかどうかを質問した。中国経済が既に20年以上にわたって好況を呈してきたが、中国を勝者として挙げたのは経済学者の半数だけだった。他の経済学者たちは、中国が西側諸国との差を縮めることができるかどうかについて、曖昧なこたえをするか、疑念を抱いていたかであった。

偶然にも、特定の国で通貨単位で買える金額を示す富の尺度である購買力平価(purchasing power parity)から判断すると、2004年のウォールストリート・ジャーナルの調査からわずか12年で中国は世界最大の経済大国になった。より広く引用されているものの、おそらく精度が低い名目 GDP を基準にすると、中国は現在でもアメリカに次いで世界第2位に位置している。しかし、その経済規模は米国経済の約64%であり、その差は劇的に縮まった。比較すると、ソ連経済は1970年代半ばに米国経済の約57% に達した。
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深圳市の陵定陽橋の建設現場で吊り上げられる鋼鉄製箱桁(2023年2月22日)。

世界銀行や多くのジャーナリストの説明では、しばしば何億人もの人々を貧困から「引き上げた(lifting)」と称賛する中国自身の指導者たちでさえ、自国の経済実績を一貫して過小評価しており、そうすることで中国の驚異的な成長についてほとんど理解を裏切ってきた。この誤った判断の記録は、中国の台頭を設計したとほぼ広く認められている指導者、鄧小平自身によって始まったが、決して終結した訳ではない。

1979年、鄧小平は、多少の困難はあるものの、中国は今世紀末までに一人当たり所得1000ドルを達成できるだろうと推測した。中国が先進国の地位に近づくには、さらに30年から50年かかるだろうと鄧小平は考えた。しかし、1982年までに、彼はすでに2000年の目標が高すぎると公の場で懸念を表明していた。そして、これは決して無意味な歴史的事実ではない。1980年代後半に中国ではインフレが制御不能になりかけ、1989年の天安門事件とその致命的な弾圧につながる主な原因となった。

1992年、87歳になった鄧小平は再び未来を見つめようとした。中華人民共和国建国100周年となる2049年までに、中国は中所得国(middle-income countries)の仲間入りをすることができ、それは目覚ましい成果となるだろうと鄧小平は述べた。王が辛辣に指摘しているように、57年間待つ代わりに、5年後に亡くなった鄧氏は生きてこの目標が達成されるのを見届けた。1980年から1997年にかけて、中国の一人当たり所得は4倍以上に増加した。

中国の指導者たちは中国の経済発展に影響を与える変化の力を過小評価する傾向を持っている。鄧小平時代以降も長く続いた。例えば、1995年に中国政府は2000年から2010年の間にGDPを倍増させるという目標を発表した。しかし、その10年間に、中国は経済規模を2兆7700億ドルから、7兆5500億ドルへと270%以上成長させた。一人当たりの収入は2194ドルから​​5647ドルへと2.57倍も増加し、目標を29%上回ったと王は書いている。中国の指導者たちは、国運を変えた最大の原因は中国の政策ではなかったため、現実を把握するのに非常に苦労した。王は、北京にはこれほどの経済的成功を達成するための一貫したロードマップがなかったと主張する。

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北京南郊外に最近建設された製造組立工場の端まで続く土地で働く農民(2008年10月14日)。

それでは、中国の驚異的な成功は何によって説明できるのか? ここが王の仕事が最も価値を持つところだ。著書『中国の豊かな時代』は、単一の要因を強調するのではなく、複雑かつ予期せぬ形で国の躍進に貢献した一連の相互に絡み合った原因を明らかにしている。

中国の有名な農業分野における実験は、農民を農村部の共同体(コミューン、communes)、人民公社のためだけに生産する義務から解放するもので、重要な改革として長らく喧伝されてきた。これに、王は、あまり注目されていないもう一つの決定的な変化を加えている。それは、農村部における初期工業化の恐るべき波(formidable wave of early industrialization in the countryside)だ。王は、第一段階では工業化が「現場で始まった(took off in situ)」と書いている。農民たちは都市に移住するのではなく、村で産業労働者(industrial laborers)として働き始めた。王は次のように書いている。「1990年代半ばまでに、中国の農村労働力の40%が中国の田舎で工業製品を生産していた。1995年、中国の農村労働者は中国の工業生産高の半分以上を生み出した」。 1987年、鄧小平はユーゴスラビアからの訪問者にこのことへの驚きを明かした。鄧小平は「農村改革における私たちの最大の成功は、そしてそれは我々が全く予想していなかったことであったが、村や郡区が運営する多数の企業が出現したことだ。彼らは自然発生的に生まれた新しい力のようなものだ」と述べた。

中国の都市への人口流出が本格的に始まったのは、地方の工業化が始まってからずっと後の1990年代後半に入ってからのことだった。歴史的に、都市化(urbanization)は、日本やそれ以前のアメリカを含め、経済発展の重要な特徴だった。しかし、中国の都市化には 2つの固有の特徴があった。都市への新参者の多くは産業経験を持っていたため、工場での仕事に直接取り組む準備がはるかに整っていた。第二に、中国は戸口(hukou)制度、戸籍制度(長年の都市居住者を優遇する一種のソフト・アパルトヘイト[soft-apartheid])に基づく二重構造の社会構造を強制しているため、地方から移住してくる新たな産業労働者には、より低い賃金が与えられる可能性がある。既存の都市居住者よりも手厚い社会保障。更には、工場労働者は、歯が立たず政府の管理下にある労働組合からの保護をほとんど享受できなかった。

ここまで述べてきたことは、中国が離陸期(takeoff period)に、膨大な安価な労働力を保有してだけだという理論と一致する。しかし、王は、これは物事を非常に単純化しすぎている(oversimplifies things)と正しく指摘している。戸籍制度が裕福な大都市の出身でない人々を差別していることは否定できない。しかし、それでも都市部への新参者たちは、高い識字率と概して良好な健康状態を誇ったという、国の急成長を促進する上で極めて重要な特別な属性を持ってやって都市部にやって来た。

これらはいずれも、毛沢東時代の懲罰的な時代に、社会的平等(social equality)を重視したことの目に見える成果だった。王にとって、これは中国の都市部への新参者が単なる安価な労働力源ではなかったことを意味する。また、彼らは複雑なタスクを実行することもできた。これは、コストと同じくらい重要な要素であると彼は考えている。これは、2010年代後半に中国で先進的な製品を製造する企業であるアップル社とその製造パートナーで働いていた約300万人の人々(そのほとんどが都市部への新参者)であったことを説明するのに役立つ。

これらの変革はいずれも国家によって開始されたものではない。王は次のように書いている。「むしろ、それらは全て、自分たちの生活を改善しようと必死で決意した人々の強い願望から生まれた。このような草の根の取り組み(grassroot initiatives)は、受け入れられる前に、最初は政府に抵抗されることがよくあった」。「中国の奇跡(China miracle)」を生み出したのは中国人民であり、指導者ではないと王は何度も主張する。

私が特に興味深いと思っているのは、中国の台頭における他の2つの要因は、歴史と文化に関係している。王は、文化大革命の暴力と混乱(violence and disarray of the Cultural Revolution)が、1976年以降の急速な成長を促進する上で強力な役割を果たしたと説得力を持って主張する。王は次のように述べている。「毛沢東の死で終わったこの激動の10年間の終わりに、中国国民はひどく混乱し、失望し、完全に疲れきっていた。彼らは変化、より物質的な豊かさ、社会の安定、そして人間の礼儀を備えた生活を切望していた」。私たちが見てきたように、鄧小平もこうした考えに大まかに同意したようだ。王は、文化大革命についての鄧小平の発言を「文化大革命は悪いことのように見えた。しかし、結果的にはそれが良かったのだ。それは人々に考えさせ、私たちが抱えている問題を認識させた。私たちが1970年代と1980年代に政策を実施できたのは、まさに当時の教訓を学んだからだ」と引用している。

王の説明パズルの最後のピースには、中国の改革期に相対的に栄えた、新しいアイデア、議論、様々な言説に対する寛容さが含まれている。王は、中国の経済成長は2007年にピークに達し、その開放性と寛容さ(openness and tolerance)はその後の10年間にピークに達したと書いている。2012年に習近平が権力の座に就いて以来、成長と知的自由の両方が急激に低下している。
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中国中部湖南省衡陽で、旧正月を控えた旅行のピーク時に鉄道駅に到着する乗客たち(2024年1月31日)。

 中国社会の原動力としての政党国家の圧倒的な復活と、一種の中国の啓蒙活動の時期尚早な縮小は、この国の将来にとって良い前兆ではない。王の本の中で今後数十年を展望した比較的短い部分は、中国が強い逆風に直面することを明らかにしている。これは崩壊や衰退を予測するものではない。しかし、王は、高い成長率は過去のものだと確信している。最も重要な逆風の1つは、王の専門分野である人口動態(demographics)に直接当てはまる。人口減少への記念碑的な傾向を逆転させることはできないだろう。国連人口部の予測中央値によれば、現在約14億人の中国の人口は2100年までに8億人未満に減少するだろう。

高齢化の加速により、退職、慢性疾患、高齢者の介護に関連する膨大な社会的コスト(social costs)が発生する。王の予測では、これらのプログラムへの人々の寛大な支出が増えないと仮定すると、中国政府は2030年までに全歳入のほぼ半分を教育、医療、年金に費やす必要があるだろう。たとえば、中国が経済協力開発機構加盟国(Organization for Economic Cooperation and Development)の2009年の平均に匹敵する水準の医療と年金支援を提供したいと考えた場合、2030年までに政府歳入の3分2をこれらのサーヴィスだけに充てる必要があるだろう。巨大な高速鉄道網の旅客運賃を大幅に値上げするという中国の最近の決定が予告しているように、人口とともに利用者層が縮小する中、新たな交通インフラの維持費さえも大きな財政的負債になる可能性がある。

この人口動態の将来とその過酷な結果は、私が何年も書いてきたテーマだが、国民に情報を提供せず、有意義な議論を妨げる極めて非民主的な制度を痛烈に試す、気の遠くなるような政治的決定を暗示している。

最近、私が勤める大学のキャンパスで、中国人学生たちから、私が中国に住んでいた時代のこと、特に、今ではほとんど想像もできないような、表現と結社の相対的な自由について不思議そうに質問された。インターネット(中国のような厳しく取り締まられたものでさえ)、高等教育への幅広いアクセス、海外旅行によって、かつて毛沢東にはできたことだが、1人の指導者が一国の人々の心を完全に支配するような状況に戻ることはありえない。しかし、それが習近平の挑戦を妨げている訳ではない。かつて、中国の指導者たちは、自分たちの社会とその成長の可能性を把握するのが遅かった。今、どちらかといえば、王は、中国の指導者たちが支配的な国家の復活がもたらすマイナス面をひどく過小評価していると考えているようだ。

王は次のように結論付けている。「ほんの一世代前には想像もできなかった物質的豊かさのレヴェルを達成した中国は、豊かさの時代(age of abundance)を経て、自己満足の新たな段階(new phase of complacence)に入った。法的・合理的な権限が欠如すると、不透明な政策設定を伴う国家権力の官僚化(state power bureaucratization)は停滞を招くことになる。これは、中国の歴史を通じて繰り返されてきたテーマである。神のような指導者である毛沢東に別れを告げてからほぼ半世紀が経った今、この国は再びカリスマ的権威の時代(era of charismatic authority)に耐える用意をしているように見える」。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新作に黒人として生まれて:アフリカ、アフリカの人々、そして近代世界の形成、1471年から第二次世界大戦まで(Born in Blackness: Africa, Africans and the Making of the Modern World, 1471 to the Second World War.)』がある。ツイッターアカウント:@hofrench

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)が発売になりました。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界は、「西側諸国(ザ・ウエスト、the West)」と「西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)」の分立構造になっている。中国は西側以外の国々の旗頭(はたがしら)になっている。中国は、自国の政治モデルや経済モデルを他国に宣伝し広めるということも視野に入れている。「魅力攻勢(charm offensive)」という言葉になるが、外交には厳しく対応する面と、相手を取り込もうとする面が存在する。

 中国の外交では「戦狼外交(せんろうがいこう、Wolf warrior diplomacy)」という言葉が有名である。これは中国版「ランボー」と呼ばれる映画のタイトルから引っ張ってこられた言葉だ。外交部長(外相)にまで昇進したがその後失脚した秦剛や最近まで外交部報道局副局長を務めた趙立堅がこの戦狼外交の代表的な外交官だった。

 中国の外交姿勢は鄧小平以来の「韜光養晦(とうこうようかい)」、爪を隠して低姿勢で時期が来るのを待つというのが基本だった。しかし、21世紀に入り、日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、アメリカにも迫ろうという状況で、攻撃的、積極的な外交姿勢を取るということになり、これが戦狼外交である。アフリカへの積極的な進出や経済面での圧力など、これまでの中国にはなかった外交姿勢である。

 そうした中で、重要なのは、「魅力攻勢」である。厳しいだけ、経済面だけの外交進出だけでは、他国を中国になびかせることは難しい。より包括的な、より多方面の外交姿勢が重要である。そのためには、中国の芸術文化やスポーツなどの進出も必要である。これは、アメリカの学者ジョセフ・ナイが提唱した「ソフト・パワー」にも通じる考え方である。更に言えば、中国の成功、発展をアピールし、政治モデルや経済モデル、社会モデルを積極的に外国に売り込む、そのために海外からの留学生を積極的に受け入れ、手厚く遇するということも重要になっている。中国は実際に留学生の受け入れを拡大している。ここで重要なのは、アメリカがやる「押し付ける」方法は駄目だということだ。

 中国はその点で、自国の価値観を押し付けるということは少ない。それは西側以外の国々、様々な政治体制を保持する国々にとって魅力的である。日本はアメリカの一部となって、価値観外交を行おうとしているが、それは時代遅れのものとなりつつある。

(貼り付けはじめ)

中国は「魅力攻勢」を成功させられるか?(Can China Pull Off Its Charm Offensive?

-北京の外交リセットはなぜうまくいくのか、あるいはなぜうまくいかないのか。

スティーヴン・M・ウォルト筆
2023年1月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/01/23/can-china-pull-off-its-charm-offensive/

独裁国家の利点の1つは、状況の変化に応じて急対応できることだと言われている。1人の人間が最高の権力を持ち、官僚の硬直性(bureaucratic rigidity)、厄介な報道機関、国内の反対勢力、影響力のある利益団体、独立した司法機関、その他民主政治体制に付随する厄介なもの全てを心配する必要がないのであれば、理論的には、ただ新しい勅令を発し、国家という船を新たな航路に進ませることができる。

俊敏で順応性のある独裁者というこのイメージは、おそらく間違いか、少なくとも不完全なものだろう。一見無敵に見える独裁者でも、潜在的なライヴァルや権力中枢の競合、遠く離れた役人たちが指示を実際に効果的に実行するかどうかなどを心配するのが普通だ。専制君主は、部下が本当のことを教えてくれないために、時には失敗した政策に行き詰まることもあるし、弱いと思われたくないために軌道修正を拒むこともある。さらに、ナマケモノのように機能不全に陥っているはずの民主政治体制国家が、特に緊急時には驚くほどの活力と迅速さで行動することもある。

これらの注意点はともかく、習近平国家主席が最近行なった変革の範囲とスピードには目を見張るものがある。2022年10月に開催された中国共産党第20回全国代表大会で権力を固めた習近平は、予期せぬ国民の抗議デモの発生に対応するため、それまで支持してきた硬直的でコストのかかる新型コロナウイルス・ゼロ政策を突然放棄した。習近平は中国経済に対する国家主義的、レーニン主義的アプローチを部分的に緩和し、貧弱な経済成長とアリババ社のような飛ぶ鳥を落とす勢いのある中国企業の翼を切り取ろうとした過去の努力に直面して、中国の民間部門を安心させ、再活性化させようとしている。(これらの措置の詳細については、アジア・ソサエティの有益な論文を参照されたい)。

私たちの目的にとって最も重要なことは、中国は現在、世界的なイメージを向上させ、経済成長を再燃させ、いくつかの主要国を緩やかな反中連合にまとめようとするアメリカの努力を妨害するための広範な努力の一環として、外の世界と仲直りしようとしていることである。この最新の「魅力攻勢(charm offensive)」はうまくいくだろうか?

習近平がなぜこのような行動をとるのか、天才でなくとも理解できるだろう。習近平の外交政策に対する基本的なアプローチがうまくいかなかっただけなのだ。今世紀半ばまでに(世界一ではないにせよ)世界をリードする大国になるという目標を公然と宣言したのは間違いだった。それは立派な目標かもしれないが、そのような大胆な自慢は確実にアメリカを警戒させ、他の多くの国も警戒させた。大規模な軍備増強と南シナ海での軍事化された「島建設(island-building)」を組み合わせたのは間違いだった。この重要な水路における中国の領有権主張を退けた国際法廷の判決を拒否したのは近視眼的であり、紛争地域に飛行機や船を送り込んで台湾や日本を脅したのは逆効果だった。中国軍が人里離れたヒマラヤ山脈でインド軍と衝突するのは、ほとんど意味がない。ロシアがウクライナに侵攻する前夜に、中国をロシアと密接に連携させたのは間違いだった。習近平が騙されたのか(ロシアのプーティン大統領が習近平に計画を伝えていなかったとすれば)、それとも習近平が考えていたよりも能力も実力もないことが判明した残忍なパートナーを黙認する道を選んだのか。いずれにせよ、良い印象ではない。最悪なのは、こうした懸念すべき政策が、攻撃的で超戦闘的な「戦狼(wolf-warrior)」外交によって追求し、擁護されてきたことだ。外国の外交官や政府高官を繰り返しいじめ、侮蔑することで、友好国を獲得し、中国の影響力を高めることができるという奇妙な考えに基づいている。

習主席の外交政策の対応の結果はあまりにも明白だ。アメリカでは「中国の脅威(China threat)」に対抗することを支持する超党派の合意が得られた。中国のハイテク産業を阻害することを目的とした輸出規制を含む、ますます激化するハイテク貿易戦争が起きている。アメリカ、日本、インド、オーストラリアのいわゆるクアッド連合(Quad coalition)の強化も進んでいる。日本は、2027年までに防衛費を倍増させ、アメリカと更に緊密に協力するという決定をした。韓国は核兵器を取得する可能性をほのめかしているが、これは部分的には北朝鮮の行動への反応であるが、中国に対する懸念の反映でもある。そして欧州連合、オーストラリア、その他いくつかの場所における中国の公的イメージの劇的な悪化が起きている。

リセットの必要性は明らかであったため、中国はこのところ仲良くしている。習近平とジョー・バイデン米大統領はバリG20サミットでそれなりに友好的な会談を行った。習近平はドイツのオラフ・ショルツ首相を国賓として北京に迎え、習近平自身も東南アジアの国家元首と会談し、サウジアラビアの指導者ムハンマド・ビン・サルマンが企画した一連の首脳会談のためにサウジアラビアを訪れた。中国の劉鶴副首相はダボス会議の聴衆に「中国は復活した」「ビジネスのために開かれている」と語り、党の中央経済工作会議は経済成長を促進することを目的としたビジネスに優しい指針を発表している。劉はまた、ジャネット・イエレン米財務長官と面会し、彼女を北京に招待した。

短期的には、狼戦外交を放棄し、中国が他国との緊密な経済関係を望んでいることを改めて表明すれば、多くの地域で受け入れられよう。今日の中国の世界における地位と影響力は、その経済規模と高度化する技術力によるものである。対照的に、その軍事力の増大は他国を神経質にさせている。アメリカの親密な同盟国でさえ、中国の人権慣行や地域の現状に挑戦しようとする努力には異論があるにもかかわらず、中国との経済的関係を断ち切ろうとはしていない(はっきり言って、多くのアメリカ企業も同様である)。オランダのマーク・ルッテ首相が先週のダボス会議の聴衆に語ったように、「『正当な安全保障上の懸念』が存在するとしても、中国は『巨大な可能性を秘めた巨大な経済であり、巨大なイノベーションの基盤』である」。フランスのブリュノ・ルメール財務相もこの意見に賛同し、「アメリカは中国に対抗したがっているが、私たちは中国に関与したい。私は、世界のゲームにおいて、中国は参加しなければならず、中国は参加できないことはないと強く信じている」と述べている。

この言葉から分かるのは、中国は無理に変化のペースを上げようとするのを止め、戦略的忍耐の政策を採用すべきだということだ。特に先端技術という重要な分野での国内経済発展に重点を置くべきで、そうすることで他国は中国との緊密な関係を維持したいと思うようになり、ワシントンが中国の成長を減速させるために展開しているアメリカの輸出規制やその他の措置に全面的に参加することを思いとどまるだろう。中国はまた、既存の国際機関の中で影響力を構築する努力を続けるべきである。この努力は、他の国家が北京の影響力強化を将来どのように利用するかを心配しなければ、成功する可能性が高くなる。

このアプローチは、ウェストファリア式の国民主権に対する中国の強いコミットメント(完全に一貫しているわけではないにせよ)を利用するものでもある。中国独自の政治モデルは普遍的な魅力に乏しいが、他国に内政のあり方を指図することはほとんどなく、自国がどのように統治されたいかは各国が自ら決めるべきだという考え方を明確に受け入れている。対照的にアメリカは、他国がどのように統治すべきかについて説教するのが大好きで、他国にリベラルな価値観を受け入れさせようとし続けている。他の条件が同じであれば、二国間関係に対する北京のあまり押しつけがましくないアプローチは、他の非民主政体国家にとって特に魅力的であろう。ここで、今日の世界では非民主政体国家が真の民主政体国家をかなりの差で上回っていることを覚えておく価値がある。

しかし、中国が以前の「平和的台頭(peaceful rise)」戦略に近いものに戻ることができなければ、中国が現在試みているリセットは失敗に終わるだろう。習近平が存命中に特定の目標(台湾との統一など)を達成することに全力を注いでいるため、台湾への軍事攻撃は危険な提案であり、中国に対する恐怖心を新たな高みへと押し上げることになるにもかかわらず、リセットは失敗するかもしれない。あるいは、中国の指導者たちが、中国の力はピークに達しており、人口動態、経済の停滞、地域の均衡が重なって手が届かなくなる前に、必要な現状変更(necessary changes in the status quo)を達成し、それを強固なものにする必要があると考えているために、失敗するかもしれない。

ここには、すべての大国(および一部の小国も)の指導者が熟考すべき、より広範な教訓がある。外国経済が急速に成長している場合、国際システム内の国家が強く否定的な反応を示すことはほとんどない。それどころか、経済的機会の拡大から恩恵を受けることができるため、歓迎することが多いものだ。この政策により、挑戦者が他の政策よりも早く立ち上がることができるのであれば、近視眼的かもしれないが、依然として広く普及している傾向であるようだ。台頭する大国が新たに獲得した勢力を振りかざし始めたとき、特に、ロシアが現在ウクライナで試みているように、力による現状変更を試みることによって初めて、他の国々が完全に警戒し、問題に対して直接行動をとり始めるのである。問題を含んでいる。

アメリカは非常に幸運だった。19世紀のアメリカの台頭は、他の大国から遠く離れていたため、敵対的な反応を引き起こすことはなく、諸大国はお互いをより心配しており、アメリカは諸大国と戦う必要がなく、北米全域に拡大することができた。現在の中国の立場はそれほど好ましいものではなく、台湾の国民は依然として北京による統治に強く反対しており、軍事行動を通じてのみ統一を強いられる可能性がある。中国政府の最新の魅力攻勢が成功するかどうかは主に、習主席とその仲間たちがこの問題を認識し、国家主義的な野心を抑制し、国内の経済力の構築を継続することに努力を集中するかどうかにかかっている。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 今や世界において中国の動向は重要な要素となっている。中国がどのように動くかで国際社会の動向が決まるということになっている。アメリカも重要であるが、中国もその重要度を増している。2023年の中国はどのように動くかということに多くの人々は関心を持っている。

 最近の中国に関する報道と言えば、「新型コロナウイルスゼロ」政策を放棄し、行動の緩和が実施されている。そのために新型コロナウイルス感染者数が増大しているが、公式発表では死者数が極端に抑えられているということだ。中国はこれだから信用できないということになる。

対外的には台湾問題に注目が集まっている。昨年2月24日のウクライナ戦争勃発後、「ウクライナの次は台湾だ」、つまり「中国が台湾に侵攻する」という主張が声高に叫ばれ、米中間の関係も緊張をはらむものとなった。最近では台湾からも「あまり危機感を煽らないで欲しい(特に日米両国)」という声が出ている。中国は国内問題もあり、また、現在の国際秩序の中で経済力を高める段階にあり、保守的な状況である。

 下に紹介にした論稿では5つのポイントで中国に関する予測を行っている。簡単にまとめると、「(1)新型コロナウイルス感染拡大で死者数が増える、(2)経済の回復は遅い、(3)旅行業界だけは活況を呈する、(4)人々の不満が小規模な抗議活動ということで噴出する、(5)米中関係は穏やかになり、台湾問題は静けさを保つ」ということになる。

 上記の予測ポイントについて、私なりの考えを書いていきたい。新型コロナウイルス感染拡大に関しては、中国は世界で最初に対処した国であり、その対処方法を模索し、開発し、改善してきた。病院の整備などのスピード感は群を抜いていた。自然免疫に方向転換を行っても、ある程度の管理を行うものと思われる。経済活動は、世界経済と連動している部分もあるが、国内需要がこれから増大していくだろう。そのスピードと規模をうまく予測できる人はいないだろう。ただ、国内需要が経済回復をけん引するだろう。旅行については既に私たちが目撃しているように活況を呈している。人々の不満が収まれば抗議活動は沈静化するだろう。国際関係について言えば、アメリカが敵対姿勢を弱めれば中国も穏やかになるだろうし、台湾問題もアメリカが煽動しなければ落ち着いたまま進んでいくだろう。

 新型コロナウイルス対策もウィズコロナに変更されていく中で、経済と社会が少しずつ動き始めているのは世界共通だ。中国も例外ではない。巨大船舶と同じで、少しの動きが他の小さな船舶に比べれば大きなものとなる。あまりに急激な動きは世界に及ぼす波も大きくなってしまう。中国はそろりそろりと動いてくれるのが最善なのである。

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2023年の中国に関する5つの予測(5 Predictions for China in 2023

-新型コロナウイルスをめぐる悲劇から弱体化する習近平まで、来年に起こる可能性があることを述べていく。

ジェイムズ・パーマー筆

2022年12月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/12/28/china-predictions-2023-covid-xi-jinping/

今年(2022年)は中国にとって非常に悪い年であった。しかし、このニューズレターが昨年予測したように、事態は常に更に悪くなる可能性がある。14億人の人口を抱える国について推測するのは難しいし、中南海(中国政府中枢)のシャッターの内側を覗き込もうとするのもまた難しい。しかし、2023年にどのような悪いことが起き、そしてどのような良いことが起こるかについて、以下に私が最善を尽くして行った予想を書いていく。

(1)新型コロナウイルスに関する悲劇(A COVID-19 Tragedy

中国はつい2度目の新型コロナウイルス感染拡大の危機に直面しており、その様相は悲惨なものとなっている。中国疾病予防管理センター(Center for Disease Control and PreventionCDC)の内部ブリーフィングによると、2022年12月1日から12月20日の間に2億5000万人が感染したと推定され、12月7日に政府が新型コロナウイルスゼロ政策を解除したのは封じ込めシステムの失敗に対する性急な対応だったことが明白に確認された。中国疾病予防管理センターの推定では、先週の火曜日の1日だけでおよそ3700万人が感染していることになる。

中国の医療制度は、長年の準備不足と治療よりも封じ込めに重点を置いてきたこともあり、既に対応に追われている状況だ。オミクロンBA.2亜型の致死率0.3%に基づいて計算すると、2億5000万人の感染者の中から75万人が死亡する可能性があることになる。この指数関数的な増加率からすると、第一波は2023年1月末までに中国の人口の60%に到達する可能性があります。この場合、9億人が感染し、270万人が死亡することになる。

もちろん、未知の部分も多く、現在中国で流行している変異株は致死率が低い可能性もある。私はそうであって欲しいと願っている。『フォーリン・ポリシー』が正式に確認したのではないが、中国の友人たちは、家から一歩も出ていないのに、新型コロナウイルスに感染したという話を語っており、アパートの集中空調システムを通じて感染している可能性を示唆している。

多数の死者が出れば、特に新型コロナウイルスゼロの価値があるかどうかという点では、心理的に大きな影響を与えるだろう。インドの新型コロナウイルス感染拡大の経験から、中国でもウイルスが猛威を振るえば、2020年には数百万人の死者が出る可能性があった。しかし、救われた命では、それぞれの喪失の悲しみや辛さを軽減することはできない。しかし、中国で公的な政治的危機が起こるとは思わないで欲しい。新型コロナウイルスによる死亡の影響は、犠牲者の多い国においても、世界的には驚くほど小さい。

更に言えば、2億5千万人の感染を経て、12月23日現在、中国が公式に報告した死者はわずか8人である。中国が死者数について明らかに嘘をつき、馬鹿げた計算方法を用い、メディアで危機を取り上げないようにしているのは、国民の怒りを恐れてのことだ。たとえ公式発表の数字が事実でないと分かっていても、危機的状況をテレビ画面から遠ざけることで、かえって危機を身近なものとして感じられるかもしれない。

(2)弱含みの経済回復(Weak Economic Recovery

中国の新型コロナウイルスの死者数は2023年の怪しいデータだけしか存在しないのではない。政治体制は、プロパガンダのためと内部の政治的理由のために、たとえ判断が不可能であっても統計事態は要求する。今回の新型コロナウイルス感染の波の規模からすると、ヴェトナムなどのように新型コロナウイルス感染対策を解除したからと言って、中国経済が以前のレヴェルに回復することはないだろう。

中国においては、消費者の潜在的な需要はたくさん存在が、新型コロナウイルスに感染することへの不安やリスクを回避しようとする志向が強いため、その需要は少しずつ出てくるのではないかと考えられる。厳しい2年間を経て、地方政府も中央政府もポジティブなデータを出すようにという政治的圧力が非常に強くなっている。それは人口の数字にも影響を及ぼしている。研究者たちは、中国の人口はすでに減少しており、新型コロナウイルスによる死亡はその問題をより厳しいものにすると主張している。

更に言えば、新型コロナウイルスは、病気や死亡によって主要な労働者がいなくなることで、サプライチェインに打撃を与える。また、最悪のシナリオでは、大きな流行を経験していない村や小さな町が、感染拡大当初と同じように、訪問者を隔離し、旅行を阻止する方法を採用する可能性がある。中央政府は2020年よりもずっとこうした方法を敵視するだろうが、地方における中央政府の執行能力は遅くしかも弱くなる可能性が高い。

挙句の果てに、中国は新型コロナウイルス感染拡大の結果ではない、多くの経済問題を抱えている。経済成長の大半を支えてきた不動産セクターはゆっくりとした崩壊を続け、アメリカは自国経済と中国経済を切り離す試みを本格化させ、世界的な景気後退の危機が迫っている。中国政府は、景気刺激策で不動産ブームを少しは下支えできるかもしれないが、いつかは現実を直視しなければならないだろう。

同様に、中国のテクノロジーを標的にしたアメリカの政策は、中国のテクノロジー産業に対する中国の公式な巨額の投資を生み出す可能性が高い。しかし、それは政府のコネに依存し、半導体向けのビッグファンドの失敗のように、多くの腐敗を伴うことになるだろう。

(3)旅行ブーム(A Travel Boom

2023年に甦る可能性があるのは旅行業界だ。国内需要は現在の新型コロナウイルス感染の波が過ぎるまで回復しないが、10月の大型連休には過去最高を記録する可能性がある。また、海外旅行もより早く回復するだろう。検疫期間が短縮され、完全に終了する可能性が高いため、中国人は大量に海外旅行に出かけることになる。この記事はクリスマス前に書いたが、検疫は12月26日に終了し、飛行機の予約ラッシュとなった。3年間も世界から隔離されていたため、旅行する余裕のある人は、アメリカの学校に通う子供たちを訪ねたり、タイのビーチに行ったりなど、国外に出ることに必死だ。

また、若者の間では、常に後退しているように見えるこの国から移住したいという願望も存在する。欧米諸国は、移民に対する偏執的な嫌悪感を維持するのではなく、潜在的な才能の大きな波を拾い上げることに目を向けるべきだ。

(4)より小規模な抗議運動(More Small Protests

2022年末の抗議デモの波の後、中国では来年も小規模なデモが続くと考えられる。新型コロナウイルスゼロ政策終了を求めるデモのような統一されたシナリオはないだろう。しかし、不正な金融会社から盗まれたお金を取り戻すか、新型コロナウイルス感染拡大による封鎖を終わらせるかにかかわらず、当局に圧力がかかる可能性があることは明白だ。

習近平国家主席の退陣を求める思想的なデモ参加者は嫌がらせや逮捕を受けたが、新型コロナウイルスゼロ政策反対のデモ参加者のほとんどは報復を免れた。このことは、人々が他の問題についても限界に挑戦することを促すかもしれない。残念ながら、不動産業界にとっては更に悪いニュースだ。過去10年間、中国で最も一般的で成功した抗議活動の1つは、資産税導入の試みに反対するものであった。

また、習近平の立場も非常に弱くなっている。習近平は、中国メディアが常にその成功を誇っていた「新型コロナウイルスゼロ」政策と密接に結びついていた。これに加えて、経済が減速しているため、中国の政治エリートは習近平の指導力に対して深刻な疑念を抱いている。問題は、2022年10月の中国共産党大会で習近平がいかにうまく立ち回ったかを考えると、彼らが何かできるのかということだ。

今年、習近平が国民と中国共産党の両方に対する権力を再強化するために、政治的統制を強化することはあり得る。しかし、長年にわたるイデオロギー的な弾圧の後に、何を締め付けるのだろうか?

(5)より穏健な言葉と静かな海峡(Softer Words and a Quiet Strait

中国の国内問題の数々は、国際舞台では、主に非公式な場でではあるが、より良い言葉につながっているようだ。アメリカをはじめとする外交官たちは、中国側が以前よりも対話に前向きになっていると報告しており、2022年11月のG20サミットでジョー・バイデン米大統領と会談した習近平国家主席は、両国間の経済摩擦の激しさにもかかわらず、笑顔のトーンを維持する可能性がある。

しかし、その部分的な雪解けは非常に不透明であり、ちょっとした危機でも関係が再び凍結する可能性がある。中国の国営メディアは、10年前よりも外国嫌いで反米的であり、中国の問題をアメリカのせいにしようとする強い動機がある。

これら全ての問題は、今年、台湾をめぐる大きなトラブルを期待しない方が良いということを示唆している。中国政府は単に国内で対処すべき問題が多すぎて、戦争はおろか、新たな危機を迎える余裕もないのだ。ナンシー・ペロシ米連邦下院議長の台湾訪問をめぐる一時的な騒動は、結局のところ大げさなものであったことが判明した。だからといって、いわゆる統一への執着や台湾への政治的干渉がなくなる訳ではなく、おそらく現状維持にとどまるだろう。

※ジェイムズ・パーマー:『フォーリン・ポリシー』誌副編集長。ツイッターアカウント:@BeijingPalmer

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