古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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カテゴリ: 世界政治

 古村治彦です。

 下記論考は外交・国際関係専門誌『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載されたものだ。これは、アメリカの新右派(New Right)と呼ばれる、アメリカの新思想潮流と外交政策潮流のつながりを検討した内容になっている。アメリカの新右派はドナルド・トランプを支持する人々たちが所属する思想潮流である。この新右派が外交政策における新潮流である「文明主義(Civlizationism)」を生み出していると下記論考の著者レオナール・A・シュッテは述べている。私は新しい言葉を生み出して、いかにも素晴らしい発見ですというようなことを装うことには懐疑的であり、「文明」という言葉を使うのは煽り文句の様にも感じている。

 文明主義という言葉について、シュッテは発展途上としながら、文明主義を主張する人々は、「それぞれが覇権国(a hegemon)に主導される「境界を持った文明圏(bounded civilizational spaces)」を基盤として世界を構成することだ。彼らは、アメリカこそが正当な西洋の覇権国(rightfully the hegemon of the West)であると確信し、アメリカは、西洋の覇権国として、世界規模でのリーダーシップを目指すのではなく、文明の境界を防衛し、ヨーロッパに対して西洋的とされる価値観を堅持するよう促し、中国のような他の文明との共存(coexistence)を図ることが役割であると考えている」と述べている。

 文明主義とは、アメリカが西洋文明の覇権国であると考えることであり、西洋とは「特定の地理的領域(a specific geographic territory)、共有された祖先(a shared ancestry)、そしてキリスト教(Christianity)によって定義される」ということである。簡単に言えば、ヨーロッパ、白人、キリスト教ということになる。アメリカはヨーロッパの派生物(derivatives)ということになる。南米も同様だ。しかし、ここで不思議なのは、文明主義は、アメリカが西半球(the Western Hemisphere)の優位性を確保することを目指している点だ。西半球は南北アメリカ大陸と大西洋と太平洋の一部で構成される。ヨーロッパはそこには入っていない。それなのに、アメリカは西洋文明の覇権国となる。ここの整合性が取れていない。また、わざわざ文明主義という言葉を用いなくても、モンロー主義(Monroe Doctrine)という言葉もあり、それをもじったドンロー主義(Donroe Doctrine)という言葉がある。

 アメリカが世界帝国を維持する国力を失い、世界覇権国の地位から脱落する流れとなっており、現在は、アメリカを中心とする西側諸国(the West)と中国を中心とする西側以外の国々(the Rest)の構造になっている。シュッテはいくつかの文明圏が分立し、それぞれに地域大国、地域覇権国がそれぞれを統治するという形になると主張している。これは、サミュエル・P・ハンティントンの「文明間の衝突(the clash of civilizations)」とどこが違うのだろうか。ドンロー主義と文明間の衝突を混ぜ合わせると、このような考えができて、それに勝手に文明主義という言葉を使っているだけに過ぎない。

 アメリカが西半球に引きこもる、それ以外の地域については中国が指導的な立場に立つだろうが、介入主義的なアメリカと異なり、それぞれの体制を尊重し、イデオロギーを押し付けることはないだろう。アメリカは民主政治体制と資本主義と近代的な価値観を押し付けたが、そのようなことはないだろう。従って、ある程度の地位的なまとまりで、地域大国が出てくるということはあるだろう。しかし、そのようなことは誰でも考え付くことで、そこに大仰に「文明主義」などという言葉を使う必要があるのだろうかと私は今でも疑問に思っている。

(貼り付けはじめ)

トランプ後の新右派の大戦略(The New Right’s Grand Strategy After Trump

文明主義Civilizationism)はいかにして世界におけるアメリカの役割を根底から覆すのか。

レオナール・A・シュッテ

2026年8月25日

『フォーリン・アフェアーズ』誌

https://www.foreignaffairs.com/united-states/new-rights-grand-strategy-after-trump?check_logged_in=1

アメリカの大戦略(grand strategy)をめぐる議論は、長らく「抑制(restraint)」、「リベラル・インターナショナリズム(liberal internationalism)」、「卓越性(primacy)」といったよく知られた思想的潮流によって形作られてきた。しかし、ドナルド・トランプ大統領の台頭に思想的推進力を与えた「新右派(the Hew Right)」という知的潮流は、これらに代わる新たな有力な考え方を打ち出しつつある。それを「文明主義(civilizationism)」と呼ぶことができるだろう。トランプ政権の主要メンバーによる戦略文書や演説には、「西洋文明(Western Civilization)」についての言及が至る所に見られる。JD・ヴァンス副大統領は、2025年2月のミュンヘン安全保障会議での演説においてその基調を打ち出し、「私たちが共有する文明(our shared civilization)」を特徴づける根本的な価値観に対する「内部からの脅威(threat from within)」を強調した。トランプ政権の「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」は、「文明の消滅(civilizational erasure)」に対する警告を発している。今年1月のダヴォス会議でトランプは「文明としてヨーロッパと共有する絆(the bonds we share with Europe as a civilization)」を強調し、翌月にはマルコ・ルビオ国務長官が、大西洋を挟んだパートナー諸国に対し、「人類史上最も偉大な文明を更新する(renew the greatest civilization in human history)」よう呼びかけた。

西洋文明が存在し、それが優れているという考え方は、もちろん新しいものではない。しかし、新右派が掲げる「西側諸国[西洋]the West)」の概念―そしてその概念がいかにアメリカの大戦略を導くべきかという点―は、それまで多くの人々が抱いていた理解とは根本的に異なる。それは、立憲民主政治体制(constitutional democracy)、自由(liberty)、平等(equality)といった、出発点を問わず誰もが信奉しうる一連の共有された原則に根ざした、信条に基づく西洋的アイデンティティの理解(a creedal understanding of Western identity)に立脚するものではない。むしろ、新右派の思想家たちにとって、西洋とは、特定の地理的領域(a specific geographic territory)、共有された祖先(a shared ancestry)、そしてキリスト教(Christianity)によって定義される。

西洋文明の基盤を再考するこの動きを外交政策の領域にまで広げると、そこには新たな、そして明確に異なる大戦略が求められることになる。「文明主義」は、まだ発展途上の概念だ。外交政策に関する「新右派」の思想家たちによる著作は限られており、彼らの陣営内でも意見の対立がある。しかし、そうした文献を検討し、この運動が国内政策について掲げる理念を論理的に突き詰めていけば、彼ら特有の世界観が見えてくる。文明主義者たち(civilizationists)が目指すのは、それぞれが覇権国(a hegemon)に主導される「境界を持った文明圏(bounded civilizational spaces)」を基盤として世界を構成することだ。彼らは、アメリカこそが正当な西洋の覇権国(rightfully the hegemon of the West)であると確信し、アメリカは、西洋の覇権国として、世界規模でのリーダーシップを目指すのではなく、文明の境界を防衛し、ヨーロッパに対して西洋的とされる価値観を堅持するよう促し、中国のような他の文明との共存(coexistence)を図ることが役割であると考えている。彼らは、圧倒的な優位性を求めて普遍的な覇権を志向することや、リベラル・インターナショナリズムによってアメリカの主権が制約されることを拒絶する。また、文明主義は「抑制」とも異なる。文明主義は、必要とあれば軍事介入(military intervention)を行ってでも西半球(the Western Hemisphere)における優位性を確保することを求めるからだ。そして、大国が正当な安全保障上の利益(legitimate security interests)を根拠に自国の「裏庭(backyard)」を支配することを正当化するリアリストの構想とは異なり、文明主義は勢力圏(spheres of influence)とその境界線に対してイデオロギー的な正当性を与えるものだ。

トランプ政権は文明をめぐるレトリック(civilizational rhetoric)を頻繁に使用しているが、実際の外交政策は、文明主義が提唱する内容や、トランプの支持者の多くが期待していた方針とは異なるものだった。仮に202年の大統領選挙で共和党が再び勝利したとしても、直ちに文明主義がアメリカの大戦略になることはない。そのためには、新右派が党内のエスタブリッシュメントに勝つ必要がある。しかし、党内抗争において新右派に有利に働く要因が少なくとも2つあるようだ。一つは人口動態(demographic)だ。多くの世論調査が示すように、共和党内には世代間の分断(a generational divide)があり、若い有権者は、中東地域におけるアメリカの役割縮小や、中国を主要な脅威と見なす姿勢からの転換といった立場をより強く支持している。もう一つは、トランプによるイラン戦争だ。戦略的に破滅的とも言えるこの戦争の結果がますます明らかになるにつれ、当初からこの戦争に反対していた新右派の影響力は高まっていくだろう。

●ワシントンの新しい外交エリート層(A NEW BLOB IN TOWN

数十年にわたり、ワシントンの外交政策のエスタブリッシュメントは、様々な形の「リベラルな覇権(liberal hegemony)」を提唱してきた。トランプの第1期政権下でさえ、外交政策の伝統的なエリート層は大きな影響力を行使し、対外政策において相対的な継続性を保っていた。しかし、トランプの第2期政権は、長らく外交政策の議論を支配してきた知的合意を根本から覆し、アメリカの戦略を形成する議論の場に「新右派」を参加させた。ローラ・フィールドがその権威ある著書『激怒する精神(Furious Minds)』で要約しているように、この運動は様々な派閥で構成されている。「ポスト・リベラル派(postliberals)」は、カトリック的な「共通善(common good)」や道徳(morality)を社会に浸透させようとしている。建国時の米国を理想とする「クレアモント派(Claremonters)」は、同意、行政国家(官僚主導の統治機構)の打破、そして市民的徳性(civic virtue)の醸成を目指し、急進的かつ反革命的な行動を提唱している。「ナショナル・コンサバティブ(国家保守主義者)」はキリスト教ナショナリズムを掲げ、リベラリズムの脅威から同質的な国民国家を守ろうとしている。

これら異なる陣営を結びつけているのは、制限された政府(limited government)、新自由主義経済学(neoliberal economics)、タカ派的な外交政策(hawkish foreign policy)といった伝統的保守主義(traditional conservatism)の核心的な信条を拒絶し、理念や信条に基づくアメリカのアイデンティティの概念に反対するという点である。その代わりに、新右派はアメリカのアイデンティティを民族・宗教的かつ集団的な条件(ethnoreligious and collective terms)から捉え、アメリカを本質的に白人、キリスト教徒、そして同質的な国民に光栄される、ヨーロッパ文明にその起源を持つ国だと見なしている。彼らは、個人の自由と権利の最大化を執拗に追求した結果、共同体(community)、宗教(religion)、伝統的な規範(traditional norms)が犠牲にされてきたと考えている。言い換えれば、この運動はリベラリズムを西洋文明の基盤ではなく、その「癌(cancer)」であると見なしているのである。

新右派は今や権力の中枢に前例のないほど接近している。彼らは、自らを「現状を破壊する大統領(a self-advertised disruptor president)」と称するトランプの台頭を千載一遇の好機と捉え、それを掴み取ったからだ。この運動は、ヴァンスという著名かつ影響力のある人物を筆頭に、フロリダ州知事ロン・デサンティス、ミズーリ州選出上院議員ジョシュ・ホウリー、メディア・パーソナリティのタッカー・カールソンといった指導者たちをその脇に配している。また、保守派の知的エコシステムの中で、その影響力を制度化しつつある。かつては周辺的な存在だったクレアモント研究所(the Claremont Institute)、かつてはエスタブリッシュメント寄りだったが今やトランプ派の牙城となったヘリテージ財団(the Heritage Foundation)、そして「アメリカ・ファースト政策研究所(the America First Policy InstituteAFPI)」、「センター・フォー・リニューイング・アメリカ(the Center for Renewing America)」、「アメリカン・モーメント(American Moment)」といった新興勢力が、現在、貿易や外交政策など多岐にわたる問題について、右派の議論を主導している。これらの組織は、トランプ政権に政治任用された多数の人材を育成してきた。ある集計によれば、ホワイトハウス行政管理予算局(the White House Office of Management and Budget)局長や国家安全保障担当大統領副補佐官を含む少なくとも70人のクレアモント・フェローシップ出身者が、現政権で要職に就いている。

●文明主義の揺りかご(THE CRADLES OF CIVILIZATIONISM

新右派のアメリカについてのヴィジョンは、アメリカ社会の非リベラルな基盤を強化し、彼らが考える「西洋文明の遺産(Western civilizational heritage)」を守ろうとする独特な外交政策に変換している。文明とは―少なくとも、政治学者の故サミュエル・ハンティントンが広めた単純化された理解においては―宗教(religion)、歴史(history)、言語(language)といった継承された特性によって定義される、同質的な文化的実体(homogeneous cultural entities)と見なされる。ハンティントンは、文明間の差異は単なる政治的イデオロギーの違いよりも根本的かつ不変なものであり、それらは「何世紀にもわたって生み出された産物(the product of centuries)」であると主張した。ハンティントンは、文明間で力が分散するにつれて文化的差異は解消不可能となり、対立を生むようになる。そして、とりわけ西洋の優位性(the West’s dominance)や普遍主義的な野心(universalist ambitions)が激しく異議を唱えられる中で、そうした事態が加速すると予測した。

しかし、新右派の文明主義の論理は、ハンティントン的というよりはむしろシュミット的である。「敵味方の区別(he friend-enemy distinction)」に関する理論で知られるナチス時代の法学者カール・シュミットは、新右派の思想家の間で広く読まれており、国際秩序(the international order)をいかに構築するべきかという議論も展開していた。シュミットは、世界は地域的な覇権国が支配する空間的ブロック、すなわち「広大地域(グロースラウム、Grossräume)」によって適切に組織化されるだろうと提唱した。シュミットは、それぞれの広大地域を支配する覇権国は、必要とあれば強圧的に支配を行うべきだと考えていた。しかし同時に、そのような秩序は安定したものになる(such an order would be stable)とも予測していた。なぜなら、普遍主義的なイデオロギーとは異なり、異なる政治体制の共存を受容するからだ。

安定(stability)と共存(coexistence)を重視するシュミット的な視点は、「永久戦争(forever wars)」への反対や普遍主義的な構想の拒絶といった新右派の姿勢と共鳴している。文明主義が示す相対的な抑制の姿勢は、軍事介入を正当化するためにしばしば西洋文明の防衛を掲げた「十字軍的(crusading)」なネオコンサヴァティヴィズム(neoconservativism)や、文明の衝突を予言する(prediction that civilizations will clash)ハンティントンの説とも区別されるものだ。したがって、文明主義とは、地域的な帝国主義(regional imperialism)こそが世界秩序を形成する上で最も正当かつ有望な手段であると見なす、階層的かつ反普遍主義的な(hierarchical and antiuniversalist)大戦略として定義するのが最も適切だろう。具体的には、この大戦略は次のように主張する。すなわち、アメリカは西半球における優位性(dominance over the Western Hemisphere)を追求すべきであり、文明主義的な世界観を共有する極右勢力を支援するためにヨーロッパの情勢に介入すべきであり、一方で他の文明の勢力圏からは手を引きつつも、それらを尊重すべきであるというものだ。

文明主義は、トランプの世界に対するアプローチとは著しく異なる。トランプ政権はしばしば文明主義的な言葉を使うが、トランプ自身の行動は、個人的な不満(personal grievance)や取引的な衝動(transactional impulse)、そして身内や側近(kin and clique)の財産を最大化しようとする私的な関心に主に突き動かされている。トランプ政権の外交政策と文明主義との間の最大の乖離は、中東政策に見られる。選挙公約とは裏腹に、トランプはこの地域から撤退するどころか、当初はイランに対する体制転換(regime change)を目的とした戦争と銘打った行動に踏み切った。イスラエルを特権的な同盟国として扱うその態度は、故リンジー・グラム連邦上院議員のようなネオコンのタカ派の姿勢と似通っている。

■「文明主義 は、アメリカがヨーロッパの情勢に介入すべきだと主張する。」

一方、アメリカの新右派は、イスラエルを擁護することにはそれほど関心を持っていない。右派層に陰謀論的な反ユダヤ主義が広がっていることが要因の1つだ。また、イスラエルを聖書の預言の成就(the fulfillment of biblical prophecies)であり、それゆえに文明的な同盟国として不可欠な存在と見なす「キリスト教シオニズム(Christian Zionism)」の人気が、アメリカの保守層の間で低下していることも挙げられる。しかし、戦略的な理由もある。新右派の多くの人々は、イスラエルとの同盟関係によってアメリカが中東地域に縛り付けられ、不必要かつ莫大なコストのかかる戦争を強いられてきたと考えている。ガザ地区でのイスラエルの軍事作戦がもたらした暴力の規模もまた、特に若い保守層の間でイスラエル支持から離れる動きを加速させた。

文明主義はまた、中国に対してトランプが採用してきたものとは異なるアプローチを提唱している。トランプ政権は、中国を危険なライヴァルとして敵対的に扱うことと、東アジアから撤退することの間で、一貫性を欠いた揺れ動きを見せてきた。トランプ政権支持者は、こうした方針の揺れを、対決に向けてアメリカがより有利な立場を築くための時間を稼ぐ「巧妙な策略(cunning ploy)」だと見ている。アジアへの軸足の転換(pivot to Asia)は事実上頓挫したと考える人々もいる。いずれにせよ、文明主義が提唱するのは、アジア地域からの軍事撤退という、より一貫した戦略だ。これは、中国の勢力圏内における中国の覇権を容認することに等しい方針と言える。例えば、新右派の著名な論客であるソーラブ・アーマリ、パトリック・デニーン、グラッデン・パッピンが2022年に『ニューヨーク・タイムズ』紙に共同寄稿した論説では、中国を「文明的に対等(civilizational equal)」と位置づけ、「無思慮な対中タカ派姿勢(mindless China hawkism)」ではなく、実践的な協力(pragmatic cooperation)を呼びかけている。新右派を代表する外交政策の論客であるマイケル・アントンは、台湾をめぐって戦う価値はない(Taiwan is not worth fighting over)と明確に発言している。

文明主義は、西半球やヨーロッパに対するトランプの外交政策にすでに強い影響を及ぼしている。文明主義的な見方によれば、地域覇権国は秩序を維持し外部勢力を排除するために、自らの「裏庭」に対して支配力を主張すべきとされる。西半球の管理は、新右派にとって特に切迫した懸念事項である。なぜなら、異質とされる文化圏からの移民や麻薬の流入が、彼らが望む社会の同質性や安定を損なうからだ。文明主義者はヨーロッパを、西洋文明の歴史的発祥地であると同時に、その最大の脅威であるリベラリズム(liberalism)の主要な発生源とも見なしている。したがって、ヘリテージ財団のケビン・ロバーツ会長が「文明の自殺(civilizational suicide)」と呼んだ事態を防ぐためにヨーロッパの情勢に強引にでも介入することは、ある種の内政の一環として正当化されることになる。しかし文明主義は、リベラルなヨーロッパ連合(EU)諸国政府を弱体化させ、最終的にヨーロッパを文化的に従属させようとするトランプ政権の、往々にして場当たり的かつ象徴的なアプローチをさらに激化させるだろう。

文明を基軸とした大戦略をとれば、ロシアは脅威とは見なされず、結果としてヨーロッパに対するアメリカの安全保障上の関与も維持されなくなるだろう。新右派の中には、ロシアとの文明的な親和性を強調し、二国間関係の深化を主張している人たちもいる。ロシアは「反ウォーク(反進歩主義的、anti-woke)」な国であり、タッカー・カールソンの言葉を借りれば、アメリカと「多くの共通点を持つ(a lot in common with)」「キリスト教国(Christian country)」だからだ。また別の勢力は、東ヨーロッパにおけるロシアの勢力圏を容認するような、モスクワとの現実的な妥協を提唱している。

●新右派、新世界(NEW RIGHT, NEW WORLD

もしワシントンが一貫した文明を基礎に下大戦略を採用すれば、アメリカの外交政策は根本から覆されることになるだろう。それは、地政学的なライヴァル国に対して、従来は考えられなかったような譲歩を許容することにつながる。文明主義は、すでに揺らいでいる大西洋同盟関係に歴史的な試練を突きつけるだろう。ロシアに東ヨーロッパの実質的な支配権を与えたり、モスクワを共通の西洋文明の一部と見なしたり、あるいはヨーロッパの現職政府に対してより公然と敵対的な動きを見せたりすることになるからだ。アメリカの他の歴史的な同盟関係も打撃を受けるだろう。中国の地域覇権を容認すれば東アジアの同盟諸国を見捨てることになり、中東地域から撤退すればイスラエルは孤立無援の状態に置かれることになる。

しかし、文明主義には矛盾が山積しており、もしそれがワシントンの指針となる政策になれば、そうした矛盾はすぐに露呈するだろう。学者アミタヴ・アチャリヤが書いているように、文明とは「分析的な意味での神話(myths in the analytical sense)」に過ぎないからだ。長い時間の経過の中で、民族的・文化的な純粋さ(ethnically or culturally pure)を保ち続けたり、あるいは同じ国境の枠内に留まり続けたりした文明は1つとして存在しない。実際、文明の境界線を引くことは容易ではない。ロシア文明はどこで終わるのか? ジョージア、バルト諸国、あるいはフィンランドまでを含めるべきなのか? また、アメリカの文明圏はラテンアメリカのどこまで及んでいるのか?

文明に基づく秩序が平和的なものになるとも考えにくい。文明間の主張が競合し、地域戦争(regional wars)の火種となる可能性があるからだ。ある文明が他の文明を「異質な文化(alien cultures)」と定義するような文明論的大戦略をとれば、差異を容認するどころか、むしろ敵対心を煽ることになりかねない。実際、ヨーロッパの極右政党でさえ、アメリカの極右勢力から露骨な支援を受けることに、次第に関心を示さなくなっているようだ。仮に大国間衝突(great-power conflict)を回避できたとしても、文明内部での暴力や紛争が頻発するだろう。日本、パキスタン、ポーランドといった国々が、それぞれ中国、インド、ロシアによる地域覇権を容認するとは考えにくいからだ。

新右派もまた、統一された陣営(a unitary camp)ではない。例えば、国家保守主義者たちは、アメリカとイスラエルの関係を弱めることや、中国やロシアの帝国主義を容認することに反対している。一方で、中国やイランといった「文明上の敵(civilizational enemies)」に対する「十字軍(a crusade)」を支持する人々も依然として存在する。さらに、新右派の最大の関心事はあくまで国内政策にあり、外交政策は往々にして二の次にされてきた。

しかし、アメリカの右派の思想的未来、そしてアメリカの大戦略の行方は、依然として不透明なままだ。トランプ政権は、冷戦後の「リベラルな覇権(liberal hegemony)」をめぐる超党派の合意を打ち破ったものの、それに代わる一貫性のある代替案を提示することには失敗した。ワシントンの外交政策のあり方をめぐる今後の論争において、文明主義は有力な選択肢の1つとなるだろう。

※レオナール・A・シュッテ:カーネギー国際平和財団のヨーロッパ・プログラム研究員。2025年から2026年にかけて、ハーヴァード大学ケネディスクール・ベルファー記念センターの国際安全保障プログラム研究員を務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

 スティーヴン・M・ウォルトが昨年に発表した論考をご紹介したい。イラン戦争が始まる前の論考であり、そんなものを今更読んでどうするのかという考えもあるだろうが、イラン戦争を突然起きた、突発的な事件と捉えるのではなく、中東地域の大きな構造と中期的な地域内での動きの中でとらえることもまた必要である。ウォルトは中東について、変化は起きているが、中東は大きく変化していないと主張している。
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 ウォルトは、「新しい中東」が出現しつつあると多くの人々が考える理由を4つを挙げている。それらは以下の通りだ。

第一に、新しい側面として「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」と呼ばれる、イラン、ハマス、ヒズボラ、イラク民兵、アサド政権、フーシ派が劇的に弱体化したことが挙げられる。イスラエルはハマスの10月7日攻撃を契機に各構成員に大規模攻撃を仕掛け、ハマスやヒズボラの戦力は低下し、シリアの武器庫やイランの標的にも空爆が及んだ。しかし枢軸は完全には消滅しておらず、各勢力はいまだに抵抗し続けている点が重要であるとウォルトは指摘している。この部分については異論がある。抵抗の枢軸は弱体化していると述べているが、現在もまだ頑強に抵抗している。また、これまでの通常兵器で言えばアメリカ軍やイスラエル軍に歯が立たないが、ドローンなど安価で大量に配備できる兵力で打撃を与えている。

第二に、アラブ世界内部での権力と影響力の緩やかなシフトが進行している。エジプトやイラクの相対的地位は低下し、サウジアラビアやUAEなど湾岸の産油王国が経済の近代化と外交的野心を高めているため、これらの国々が地域の仲介役や新たな影響の担い手として台頭する可能性がある。ただし彼らは何より「安定」を求めており、現状の紛争やイスラエルの軍事行動はその安定志向に反することが多い。中東地域の「安定」志向とイスラエルが「ならず者国家」となっている現状はこれまでこのブログでもご紹介している。

第三に、ロシアの地域的影響力は低下している。シリアにおけるアサド政権の崩壊を防げず、ウクライナ戦争の重圧下でモスクワは従来のような力を行使できなくなっており、これは地政学的な転換点を示す。ここに出てきているのは、中国である。中国が仲介役を果たして、サウジアラビアとイランの国交正常化を成功させたことは記憶に新しい。

第四に、外部大国の役割、とりわけアメリカの関与は変質しつつある。トランプ政権下で一時的に攻撃的姿勢を示したり、イランへの圧力を強めたりする一方で、アメリカ内外でイスラエルへの支持は弱まっており、世論や主要メディア、国際社会の批判が高まった結果、アメリカの政策と支援のあり方にも変化が生じている。トランプが石油富豪の歓心を買う姿勢を示すならば、イスラエルに対する抑制的圧力がかかる可能性もある。中東地域におけるアメリカの影響力低下はその通りであり、アメリカが完全に撤退してしまう前に、イスラエルとしてはイランを叩いておこうという意図もあり、イラン戦争を開戦したとも考えられる。その目論見は見事に失敗してしまったが。

こうした理由はあるが、ウォルトは、中東が「新しく」根本的に変わったとは言えないと主張している。その理由として、中東地域において地域覇権を確立できる国家は存在せず、そのために無秩序な武力闘争が続くという点を指摘している。軍事力的に見ればイスラエルが地域覇権を握りそうだが(アメリカの手厚いバックアップもある)、ウォルトは、イスラエルに対しては批判的な評価をしている。ウォルトは、イスラエルについて、数百万人規模の非ユダヤ系人口を抱える現状とアメリカ依存の現実、そして枢軸諸勢力の存続と抵抗性を鑑みれば、永続的支配は現実的ではないと指摘している。イスラエルは根本的に永遠に武力紛争に巻き込まれ続け、平安を手に入れることはできない。

ウォルトは、中東地域に恒久的な安定秩序をもたらすには、力と正統性のより均衡のとれたバランス、すなわち正義、公平性、政治的権利の保障が不可欠であり、これらが欠けている限り、変化は表面的にとどまるという悲観的な見方をしている。

 アメリカのドナルド・トランプ大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イランに対する大規模攻撃によって、イランを弱体化させ、あわよくばイランの体制転換までできれば、イラン戦争が「最後の戦争」になると考えていたが、それは失敗した。イスラエルがガザ地区とヨルダン川西岸地区でアパルトヘイト的、かつ非人道的な政策を続ける限り、中東地域に平和と安定は訪れない。

(貼り付けはじめ)

古くからの中東地域と同じである新しい中東と出会う(Meet the New Middle East, Same as the Old Middle East

-この地域では全てが変わったが何も違っていない。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年8月7日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/08/07/new-middle-east-israel-palestine-saudi-iran-lebanon/

ここ数年の激動の出来事を考えると、「新たな中東(new Middle East)」の出現を予感させる誘惑に駆られる。しかし、私たちは一体何度そのような言葉を耳にしただろうか? 第三次中東戦争(六日間戦争)は重要な転換点だと考えた人もいた。イスラエルのアラブ諸国は今頃和平を結ぶはずだと。しかし、それは実現しなかった。エジプト・イスラエル和平条約、第一次湾岸戦争、オスロ合意、アメリカのイラク侵攻、そしてアラブの春も同様である。しかし、9月11日の同時多発テロ、シリア内戦、2023年10月7日のハマスによる攻撃、ガザ地区における継続的なジェノサイド、レバノンの度重なる破壊、フーシ派による紅海船舶への攻撃、そして最近のイランへの空爆といった出来事は、今もなお続いている。

過去10年間、特に2023年10月7日以降、私たちは驚くべき展開を目の当たりにしてきた。しかし、この地域が長きにわたり紛争に苛まれてきた根本的な状況は、依然として変わっていない。一部の勢力は去り、他の勢力は権力を増減し、多くの勢力は異なる政策を採用したが、より根本的な不安定要因は依然として存在している。

従って、新しい中東という言葉を聞くと、私は懐疑的になってしまう。

その理由を理解するには、まず何が新しく、次に何が変わらないのかを考えてみよう。

ここ数年で最も明白かつ重要な展開は、「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」(イラン、ハマス、ヒズボラ、イラク民兵、シリアのバッシャール・アサド政権、イエメンのフーシ派)の劇的な弱体化だ。2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの残忍な攻撃を受けて、イスラエルはこの緩やかな連合のあらゆる構成員に対して大規模な攻撃を開始し、大きな効果を上げた。ハマスは深刻な弱体化を遂げたが、まだ壊滅には至っておらず、イスラエルの大量虐殺行為に抵抗し続けている。ヒズボラの最高指導者の多くは殺害され、その軍事力は2年前よりもはるかに弱体化している。支援を失ったアサド政権は崩壊し、イスラエルはこの好機を捉えてシリアの武器庫を爆撃し、イスラエルの領土の拡大を図った。イエメンではフーシ派と空爆を繰り広げた。そして、イスラエルは6月にイランに対する野心的な空爆作戦を開始した(その後、アメリカが支援を強化した)。これは、イランの核インフラを破壊し、ひいてはイスラム教シーア派政権そのものを転覆させることを狙ったものだ。アサド政権を除くと、いわゆる「枢軸(axis)」を構成する勢力はいずれも壊滅しておらず、いずれも頑強に抵抗を続けている。しかし、各勢力は数年前と比べて大幅に弱体化している。

第二に、アラブ世界における権力と影響力の緩やかな移行が挙げられる。エジプトとイラクからサウジアラビアやペルシア湾岸の裕福な産油国へと勢力が移りつつある。エジプトは依然として経済的に苦境に立たされている一方、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は経済の近代化と多角化、そしてより積極的な外交的役割の発揮を急いでいる。当然のことながら、一部の専門家は、これらの国々が、たとえ必要に迫られてであっても、地域における仲介役を担う可能性があると考えている。

第三に、シリアのアサド大統領の失脚と、長期にわたる多大な犠牲を伴うウクライナ戦争の重圧により、ロシアの地域における影響力は大きく低下した。モスクワはアサド政権の崩壊を防ぐことができず、ウクライナ戦争勃発以来、イランがロシアに様々な形で支援を提供してきたにもかかわらず、イランへの支援はほとんど行っていない。ウラジーミル・プーティン大統領率いるロシアは、ここ数十年果たしてきたような影響力を行使できなくなっており、この変化はもう一つの重要な転換点と言えるだろう。

最後に、アメリカを含むその他の外部勢力の役割が大きく変化しつつある。アメリカは数十年にわたりイランに敵対的な姿勢をとってきたが、ドナルド・トランプ政権がイスラエルの爆撃作戦に積極的に参加するという決定は、特にトランプ大統領はイランが核兵器開発に邁進すれば攻撃を再開すると脅迫していることを考えると、重大な一歩と言える。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とアメリカのイスラエル・ロビーの一部は長年この動きを推し進めており、ついにその望みが叶った。

しかし同時に、イスラエルによるガザ地区攻撃の残虐性は、アメリカの民主、共和両党および世界中でイスラエルへの政治的支持を弱体化させている。元イスラエル外交官のアロン・ピンカスが最近『ニューリパブリック』誌で指摘したように、現在アメリカ人の60%がイスラエルのガザ地区作戦に反対しており、最近の世論調査では過半数(53%)がイスラエルに対して好ましくないイメージを持っていることが示されている。主要新聞各紙はイスラエルの行動をますます頻繁に非難しており、イスラエル国内を含む著名なジェノサイド専門家も、イスラエルをこの凶悪な犯罪で告発するケースが増えている。たとえこの特定の用語を拒否するとしても、イスラエルが大規模な戦争犯罪を起こしたことは疑いの余地がない。ハマスが10月7日に自ら罪を犯したという事実は、無力な住民を爆撃し飢餓に陥れ続けることを正当化するものではない。民主党はこの問題で深刻な分裂状態にあり、かつては揺るぎない支持基盤であった共和党の親イスラエル感情も崩れつつある。タッカー・カールソン、スティーヴ・バノン、そして筋金入りのトランプ支持派であるマージョリー・テイラー・グリーン連邦下院議員といった人物を失った時点で、状況が変わりつつあることは明らかだ。

同様の傾向は世界中で見られる。ピュー・リサーチ・センターが最近実施した24カ国を対象とした世論調査では、24カ国中20カ国でイスラエルに対する否定的な見方が多数を占め、フランス、イギリス、カナダ、そしておそらくオーストラリアの政府はパレスティナ国家の承認を表明している。トランプ大統領はイスラエル(あるいは他のどの国に対しても)に特別な愛着を持っておらず、むしろ裕福なアラブの石油王たちの歓心を買うことに関心があることを考えると、アメリカがついにその影響力を行使し、イスラエルに無益な戦争を止めさせ、ヨルダン川西岸を併合した「大イスラエル(greater Israel”)」建国への試みを中止させる可能性は十分にある。

こうした状況を総合すると、なぜ一部の人々がこの地域で大きな変化が起きていると考えているのか理解できる。確かに重要な要素は変化しているだろうが、「新しい中東」が到来したと言えるだろうか? そう簡単にはいかない。

そもそも、中東は依然として無秩序で多極的な状況にあり、秩序を確立できるような支配的な覇権国は存在しない。ブッシュ政権は、アメリカの短い「一極支配の時代(unipolar moment)」にこの地域を変革しようと試みたが惨めに失敗した。ネタニヤフ首相をはじめとするイスラエルの強硬派は、最近の勝利によってこの地域の覇権国としての地位を確立できると期待していたかもしれないが、以前のコラムで説明したように、約750万人のユダヤ人(約200万人のイスラエル系アラブ人を含む)によって統治され、依然としてアメリカの寛大な支援に大きく依存している国家が、数億人のアラブ系およびペルシア系イスラム教徒に対する永続的な支配を確立できるはずがない。繰り返すが、ハマス、ヒズボラ、フーシ派、そしてイランは消滅しておらず、いずれも依然として反抗的である。湾岸諸国やアラビア半島で影響力を増している国々も、イスラエルの最近の行動に満足していない。なぜなら、彼らは何よりも安定を求めており、イスラエルが提供しているのはまさにその安定ではないからだ。

つまり、中東地域は今後も様々な国家が力、安全保障、そして影響力を巡って争う地域であり続けるということだ。イランは依然としてイスラエルに対抗するために潜在的な核兵器保有能力を望んでおり、イスラエルとアメリカによる爆撃作戦の後、自国の抑止力への欲求は間違いなく高まっている。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、エジプトはアラブ世界における地位と影響力を巡って競争を続け、トルコは自国の利益を守るために時折介入するだろう。そしてこれらの国々は全て、自国の立場を強化するために外部勢力に接近しようとするだろう。ここ数年の出来事はいずれも、この地域政治のこうした繰り返される特徴を変える可能性は低く、由緒あるアラブ連盟や、ほぼ機能不全に陥っている湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council)のような組織は、大きな変化をもたらすにはあまりにも弱体化している。

さらに言えば、アメリカは依然としてこの地域に存在している。アメリカの指導者たちは、ワシントンがアジアに注力するためという理由もあって、中東地域から撤退しようと繰り返し試みてきたが、いずれも成功していない。トランプ大統領は最初の任期中にシリアからのアメリカ軍撤退を試みましたが失敗に終わり、アメリカ軍の駐留規模は2017年の就任当時とほぼ変わっていない。前述の通り、イランへの直接攻撃というトランプ大統領の決定は、決して撤退の兆候とは言えず、アメリカ特殊部隊は最近、アサド政権崩壊後のシリアでイスラム国残党の指導者らを攻撃した。トランプ大統領はフーシ派への爆撃も行ったが(効果はほとんどなかった)、スティーヴ・ウィトコフ大統領特使はガザ地区の惨状を終わらせようと、今のところ成果のない努力を続けている。そして、国民の不満が高まっているにもかかわらず、アメリカ政府は依然としてイスラエルに資金と武器を注ぎ込んでいる。「変われば変わるほど、何も変わらない(Plus ça change; plus c’est la même chose)」という状況だ。

残念なことに、このような状況はイスラム過激主義の再燃を招く絶好の機会であり、過去数年間の出来事を受けて新たなテロの波が起こらないとしたら、それは奇跡と言えるだろう。その恐怖こそが、アラブ産油国がイスラエルの行動にこれほど警戒している理由の一つだ。彼らはパレスティナ人に対して真の同情心を持っているわけではないかもしれないが、パレスティナ人の窮状が過激派にとって強力な勧誘手段であり、自らがこの問題に対処できていないことを浮き彫りにしていることを認識しているのだ。

変わらないことがもう一つある。パレスティナ問題の政治的解決には全く近づいておらず、むしろ遠ざかっている可能性が高いということだ。2023年10月以降、ガザ地区とヨルダン川西岸地区で殺害された6万人以上のパレスティナ人を考慮しても、イスラエルが支配する地域には依然としてほぼ同数のパレスティナ系アラブ人とイスラエル系ユダヤ人が暮らしている。これらのパレスティナ人のほとんどは政治的権利を持たず、主体性もほとんどなく、自らの国家を持つ現実的な見込みもない。この状況が変わるまで、彼らの一部は、シオニストがイギリスに対して行ったように、また、もし立場が逆であれば今日のイスラエル系ユダヤ人が行うであろうように、イスラエルの支配者に対してできる限りの抵抗を続けるだろう。もし、おそらくそうなるであろうように、二国家解決がもはや実現不可能であれば、イスラエル人、パレスティナ人、そして世界の他の人々は、他のヴィジョンを模索しなければならないだろう。(こうした提案の一例として、マイケル・シェーファー・オメルマンとサラ・リー・ウィットソンによる近刊の研究を参照して欲しい)。彼らがそうしない限り、この地域紛争の根源は依然として存在し続けるだろう。

まとめると、中東地域は依然として深刻な政治的分断を抱えた地域であり、最も力のある勢力が他の勢力を支配し、権利、主体性、そして承認を否定している。制裁、非承認、地域外交努力からの排除、そして最近では空爆といった手段でイランを孤立させようとする度重なる試みに、その実態が表れている。パレスティナ人に自らの国家を否定する(あるいは「パレスティナ国家など存在しない」と主張する)長年のキャンペーンにも、その実態が表れている。そして、アラブ世界内部においても、君主や軍事独裁政権がより大きな開放と政治的権利を求める声に抑圧を続けている(アラブの春を覚えているだろうか?)。

こうした状況は必然的に反発を生み出し、それがさらに厳しい弾圧行為へとつながり、ひいては不安定な状況の継続を招くことになる。成功体験をひたすら繰り返す(Rinse and repeat)。安定した地域秩序には、力と正統性のより均衡のとれたバランス(a more even balance between power and legitimacy)が必要であり、正当性には最終的に一定の正義、公平性、そして政治的権利の保障が不可欠である。これらの特徴が残る限り、「新しい」中東は古い中東とほとんど変わらないだろう。このことをしっかりと心に留めておけば、歌にあるように「二度と騙されることはない(won’t get fooled again)」。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

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(終わり)

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世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 日本国内には「日本は核武装すべきだ」という考えを持つ人々が数百万人単位でいる。彼らは自分たちこそが「大人の態度」を取っており、「日本は戦争被爆国であり、その惨禍を経験している以上、核兵器の存在自体に反対し、また、日本の核武装に反対する」という主張に対して、「お花畑」「平和ボケ」という悪罵を投げつける。日本の核武装が実現する時は、世界が第三次世界大戦に近づくときである可能性が高い。もっとも、日本が核武装をするということは国民世論の反対が大きいので可能性が高くはないと考えられる。

 このブログで頻繁にご紹介しているスティーヴン・M・ウォルトの論考をここでご紹介したい。その内容は「核の優位性を追求することは大いなる無駄だ」という内容だ。アメリカは世界最大の国防予算を誇る。第2位から第10位の国の国防予算を足し合わせても、アメリカ一国には及ばないほどだ。その中にはどうしても無駄や浪費が出てくるが、その改善策は無駄なプログラムへの支出を削減、もしくは停止することだとウォルトは指摘している。

 ウォルトは、核兵器の拡大や近代化は無駄だと述べている。それは、核兵器の本質は「相互確証破壊(Mutually Assured DestructionMAD)」による威嚇・抑止にあり、すでに十分な第二次打撃能力(報復能力)を備えている場合、それ以上に核弾頭や送達兵器を増やしても、安全保障上の優位性はほとんど高まらないからだ。「相互確証破壊(MAD)」とは、核兵器で攻撃を受けても、残った核攻撃能力で相手国を完全に破壊できるという状態のことで、MADによって、相手国は先制攻撃を思いとどまるという論理構成になる。アメリカ、ロシア(ソ連)、中国はお互いにそのような状態にある。これ以上、いくら改善や増大を進めても抑止効果は高まらないということになる。必要最低限の核兵器保有で十分であるのに、「相手を上回って屈服させる」という方向で、増大を進めた結果が地球を難渋会も破壊しても足りないほどの核弾頭保有ということになった。ウォルトの議論は簡単に言えば、「最低限の核武装で良い」ということになる。

 それならば、「日本も最低限の核武装をすべきじゃないか」という主張が出てくるだろう。日本の防衛に核兵器が必要であろうかというそもそものところから考えてみたい。日本を攻撃する合理性を持つ国は存在しない。日本の通常兵器と自衛隊の実力を考えると、日本を攻撃することはかなりの困難を伴う。その困難さを超える利益ということを考えると、今の日本を攻撃して得られるものはない。そんなことをするくらいなら、円安で安くなった日本を金で買いあさる方がずっと安上がりで、しかも感謝される。日本を軍事的に攻撃する国は国際社会から大きな制裁を受けることになる。ましてや核攻撃をするような国はその存立自体が危ぶまれる。現在の国際社会で核兵器を使用するということはそれだけで実質的に犯罪行為である。日本人を奴隷化すると言っても、これだけ少子高齢化が進んだ国の国民を奴隷にして何の意味があるのか。膝が痛い、腰が痛いという高齢者たちばかりの国だ。

 日本は核武装をする方がかえって危険である。日本が核武装することで、周辺諸国との関係では緊張感が高まる。「日本が再びアジア侵略の野望を持つようになっているのではないか」という懸念を持たれて、警戒感を持たれ、世界の成長エンジンである東アジア、東南アジアとの関係が悪化することも考えられる。日本は国際協調の途を堅持しなければならない。そして、アメリカとの関係を維持しながらも、多角的な外交関係も志向すべきである。そのために最も邪魔となるのが核武装論である。

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核の優位性を追求することは意味を持たない(The Quest for Nuclear Superiority Makes No Sense

-政府にとって最善の節約策は完全に不要な兵器に資金を浪費するのを止めることだ。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年6月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/06/25/nuclear-arsenal-modernization-weapons-no-sense/

世界各国は毎年、国防に数十億ドルを費やしているが、その資金の一部はどうしても浪費されてしまう。「無駄、詐欺、乱用(waste, fraud, and abuse)」を好む人はいないが、多岐にわたる軍事計画に巨額の資金を投じる以上、それらを完全に排除することは不可能だ。この問題に対処するためのより効果的な取り組み(例えば、米国防総省がたまには会計監査に合格できるようになることなど)が望まれるが、国防費を節約する最も明白な方法は、単に、不必要な能力や実現不可能な目標の追求に資金を浪費しないこと(to simply not waste money pursuing unnecessary capabilities and impossible goals)だ。

具体例を挙げる。主要な軍備管理条約(the major arms control treaties)の多くが失効または破棄された今、アメリカ、ロシア、中国は、核戦力の近代化と拡大に数千億ドルを費やそうとしている。他の核保有諸国も、規模はより控えめとはいえ、戦力の強化を進めている。

しかしながら、この場合、「近代化(modernizing)」とは単に老朽化したり時代遅れになったりしたシステムをより信頼性の高いものに置き換えることだけを意味する訳ではない。それは、戦力の致死性、精度、ステルス性、標的変更の迅速性(lethal, accurate, stealthy, rapidly retargetable)などを高め、保有する核弾頭の数を大幅に増やすことも意味する。そして、こうした支出の背後にある根本的な目標は、単に各国の「第二次攻撃能力(second-strike capability)」を維持することではない。なぜなら、主要諸国にとってその能力を維持することは比較的容易だからだ。むしろアメリカ(そしておそらく他のいくつかの国)は、容認しがたい被害を受けることなく核戦争を遂行できる「信頼できる能力(a credible ability)」を獲得しようとして、多額の資金を費やすことになる。

ここで問題となるのは次の点だ。核時代の当初から明らかだったことではあるが、核兵器の性質上、ある程度の能力を持つ敵対国に対して「完全な無敵性(攻撃を一切受けない状態)」(genuine invulnerability against any reasonably capable adversary)を確保することは極めて困難ということだ。現代の核兵器は小型・軽量で隠しやすく、かつ甚大な破壊力を持っている。どの国であれ、主要都市に5発や10発の原爆や水爆が着弾すれば、政治的に得られるいかなる利益をもはるかに上回る、恐ろしい規模の惨事となるだろう。ニューヨーク、ボストン、ロサンゼルス、シアトル、あるいはワシントンDCを失うこと、あるいは中国が上海、北京、香港、広州を失うことと引き換えに、どのような利益が得られるのか想像してみて欲しい。

敵方の「セカンド・ストライク(second strike、報復攻撃)」を完全に回避できるという確信がない限り、一国の指導者が核のボタンを押すことはないだろう。例外があるとすれば、無人の地域への示威攻撃によって自らの決意を示そうとする場合か、あるいは戦争が不可避だと確信し、先制攻撃を仕掛けようとする場合くらいである。しかし、何十年にもわたって批判者が警鐘を鳴らしてきたように、より破壊力の高い先制攻撃能力を保有することは、後者の危険性を高め、危機の安定性を損なうことになる。

ライヴァル諸国による攻撃や独立への脅威を抑止するために必要なのが比較的少数の兵器による報復能力(to retaliate with a relatively small number of weapons)という「もっともらしい能力(a plausible capacity)」だけであれば、潜在的な敵国の戦力を完全に無力化する能力を得るために巨額の資金を投じることはほとんど意味がない。

この考え方の論理―かつて国家安全保障問題担当米大統領補佐官のマクジョージ・バンディが「存立抑止(existential deterrence)」と呼んで有名になったものは、これまで説得力を持って反論されたことはない。しかし、アメリカも旧ソ連も、これを政策の基本として受け入れることはなかった。それどころか冷戦中、双方は巨額の資金を投じて、より精度の高いミサイル、優れた偵察・対潜水艦戦能力、ミサイル防衛システムなどを開発した。その理由は、「相互確証破壊(mutually assured destructionMAD、訳者註:敵から核攻撃を受けても生き残った核戦力で報復し、相手国を完全に破壊できる状態にすることで先制攻撃ができないようにすること)」という論理から脱却できると信じていたからか、あるいは敵の攻撃を抑止するには核による全面的な壊滅という脅しが必要だと考えていたからか、あるいは防衛関連企業が大きな政治的影響力を持っていたからか、あるいはこれら全てが複合的に絡み合っていたからだった。

こうした取り組みは長らく、「核の優位性(nuclear superiority)」の必要性や想定される利点に関する、専門的で難解な議論によって正当化されてきた。まず、専門家の多くは、「拡大抑止(extended deterrence)」に信憑性を持たせるためには、核を用​​いた戦闘において優位な能力が必要だと考えている。非核保有国の同盟諸国を防衛するためにアメリカが核兵器を使用する可能性があると敵国に確信を持たせるには、アメリカが敵国に与える損害が、敵国からアメリカに与えられる損害を上回る能力をアメリカが持っている必要がある、とされた。もしアメリカが「エスカレーション・ドミナンス(escalation dominance、紛争激化の段階において優位に立つ能力)」を有していれば、敵国は、紛争をどの段階までエスカレートさせたとしても最終的には自国が相対的に不利な立場に置かれることを理解し、武力行使を思いとどまるだろうという論理構成だ。

しかし、この議論は説得力に欠けるものであった。なぜなら、相手がより大きな被害を受けると分かっていれば、事態をエスカレートさせ、自らも甚大な損害を被ることを厭わないだろうと想定しており、しかも、同盟諸国も敵対国もそのように信じていると仮定していたからである。

しかし、アメリカの経済学者トマス・シェリングや他の学者たちが何十年も前に指摘したように、危機における「決意(resolve)」は、単に戦力の均衡やどちらがより大きな被害を受けるかによって決まるものでない。特に、双方が破滅的な結果に直面するような状況ではなおさらだ。本当に重要なのは、どちらがその争点となっている問題をより重視し、最大のリスクを冒したり最大のコストを負担したりする覚悟があるかという点だ。

国家は通常、他者から何かを奪うことよりも、自国がすでに持っているものを守ることを重視する。そのため、核抑止の論理(the logic of nuclear deterrence)は、たとえ戦力が相手より多少劣っていたとしても、現状維持(the status quo)を図る側に圧倒的に有利に働く。

ここ最近、学者の中には、優れた核戦力を持つ国家の方が危機において優位に立つ可能性が高いと主張する人たちもいるが、そうした研究には概念的・方法論的に深刻な問題があり、政策の根拠とすべきではない。そもそも、もし核の優位性がそれほど強力な威圧の手段であるならば、なぜロシアは核兵器を誇示してウ​​クライナにドンバス地方を放棄させることができないのか、また、なぜアメリカは核使用の脅しを使ってイランに自国の意思を押し付けることができないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最小限の抑止(minimum deterrence、ミニマム・ディターランス)」や「存立のための抑止(existential deterrence、エグジステンシャル・ディターランス)」がいかに強力なものであるかは、アメリカが他国による少数の原始的な核兵器の保有さえも阻止しようとどれほど尽力してきたかを考えれば明らかだ(アメリカ自身は何千発もの核兵器を保有しているにもかかわらず)。それはなぜか? それは、たとえ小規模な核戦力しか持たない核保有国であっても、対峙するのは危険だとアメリカの指導者たちが理解しているからだ。また、アメリカはリビア、イラク、イランといった非核保有国への攻撃を思いとどまることはなかったが、北朝鮮に対しては武力行使を行っていないという事実も考慮すべきだろう。北朝鮮が保有する核兵器は数十発程度であり、運搬手段も(向上しつつあるとはいえ)限定的なものだ。アメリカは平壌に対して圧倒的な「核の優位性(nuclear superiority)」を誇っているが、それが金正恩の決断に対して大きな(あるいは何らかの)影響力を与えているようには見えないし、米大統領に彼との戦争を始めようという気にさせている訳ではない。アメリカの核兵器は、金正恩がアメリカの死活的利益(vital interests)を脅かすのを抑止してはいないが、その効果はせいぜいその程度にとどまっている。

アメリカの核戦力増強を支持する論拠は、技術の進歩によって既存の核戦力の多くが生存の危機に直面し、アメリカが(将来的には他国もそうなるかもしれないが)長年追い求めてきた「第一撃能力(first strike capability、先制攻撃能力)」の獲得に近づいていると主張する学者たちによっても補強されてきた。彼らの主張によれば、ミサイルの精度、監視能力、標的変更能力、弾道ミサイル防衛、対潜水艦戦能力の向上により、アメリカは強力に武装した敵対国であっても第一撃で武装解除させることが可能になり、敵に残されるのはごく少数の兵器だけとなるため、それらはアメリカのミサイル防衛システムによって迎撃できるということだ。

「核の優位性」は莫大な戦略的利益をもたらすものであり、かつその獲得は手の届くところにあるという2つの主張を合わせると、多額の費用を投じた核戦力の近代化や、ロシアと中国を相手に同時に核戦争を戦い「勝利(win)」できるだけの戦力増強を行うことへの説得力ある根拠が形成されるように見える。

しかし残念なことに、アメリカが確実な第一撃能力をすでに保有している、あるいはその獲得が目前にあるという主張は疑わしい、さらには危険な前提に基づいている。例えば、他国の核戦力に対する大規模攻撃(ロシアの場合、数百もの標的をほぼ同時に攻撃する必要がある)を、事前の十分な演習や敵への察知なしに、現実の状況下で最初の一回目にして成功させられると仮定している点だ。複雑な軍事作戦に精通している人なら誰でも、そのようなことが起こる可能性がいかに低いかを知っている。歴史上最も成功した奇襲攻撃でさえ、少なからぬ手違いや標的の取りこぼし、その他の不具合を伴っていた。

さらに言えば、アメリカが平時に何の警告もなしに、数百から数千発の核兵器を用いた「青天の霹靂(へきれき)」のような攻撃(a bolt-from-the-blue attack)を仕掛けると想定しない限り、議論の対象となるのは、双方がすでに厳戒態勢にあり、攻撃の兆候を察知すれば即座に警告下攻撃(launch on warning)を行う可能性が高い危機的状況だ。理論上のモデルやウォーゲーム(war game、机上演習)とは異なり、現実的な核シナリオにおいては、人的ミスや過度に楽観的な計画の前提が1つあるごとに、アメリカ本土に向けて飛来する核弾頭の数が増えることを意味する。

さらに、第一撃攻撃を受けることを懸念する敵対勢力が、ある程度の数の兵器をうまく隠匿し、それらを運搬するための非従来型の手段を周到に検討していないという前提に立っている。北朝鮮やロシア、中国、あるいはその他の国々が、漁船やプレジャーボートを装ってボストン港に爆弾を送り込み、報復攻撃を行うのを何が阻止できるだろうか? 密輸業者が毎月何トンもの違法薬物をアメリカに持ち込めるのであれば、外国の敵対勢力もまた、必要だと判断したり、単なる報復を望んだりした場合、同様の手法を考案してアメリカ本土に爆弾を持ち込む可能性があると考えられる。実際、分別ある米大統領であれば、そうした可能性を否定するようなことはしないはずだ。

まとめると、アメリカが今後数年間で費やすと見込まれる数兆ドルもの資金の一部は不必要なものであり、実質的には兵器研究所や航空宇宙関連企業のための「完全雇用政策(a full-employment policy)」に過ぎない。もちろん、これは既存の兵器の老朽化に伴う核戦力の近代化を行うべきではないとか、アメリカの抑止力の生存性を脅かすような動向を監視すべきではないと言っているのではない。当然ながら、アメリカはその双方を行うべきだ。

真の問題は、ロシアや中国の核抑止力を明確に脅かすような形で攻撃戦力やミサイル防衛を増強すべきかどうかという点にある。そのような増強を行えば、必然的に相手側もそれに対抗して戦力を増強することになるでしょう。これこそまさに「軍拡競争(arms race)」と言える事態ではないか?

あるいは、アメリカは妥協を受け入れ、相手国を交渉による何らかの自制へと導き、より低いコストとリスクで自国の抑止力を維持しようとするだろうか? もし、アメリカにその意思がなければ、アメリカ人、ロシア人、中国人、そしてその他の国の人々は皆、経済的に困窮することになり、国家の力をより有益な分野に充てるべき資源が浪費され、核戦争のリスクも高まることになるだろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。彼は、現代世界を理解・展望する上で不可欠な主要概念を解説する5部構成のニューズレター・シリーズ『新しい地政学(The New Geopolitics)』著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social Xアカウント:@stephenwalt

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 古村治彦です。

 以下のスティーヴン・M・ウォルト教授の論考は、是非多くの方々に読んでいただきたい内容だ。タイトルの通り、「戦争は無意味(pointless)になってきている」という内容だ。冷戦期から現在まで、アメリカは多くの戦争を戦ってきた。大きな戦争で言えば、朝鮮戦争やヴェトナム戦争であるが、これらの戦争は多額の戦費を支出し、多くの人命を失いながら、勝利することはできなかった。最近で言えば、アフガニスタン戦争やイラク戦争、イラン戦争について評価をすると、敗北となる。アメリカは自分が必ず勝てると「事前評価」をしている国に対してのみ軍事行動を取っている。それなのに失敗続きである。例外は、ジョージ・HW・ブッシュ政権下での第一次湾岸戦争である。この時はイラクをクウェートから排除するという目的を堅持し、それ以上に拡大しなかったこともあり、戦争を無駄に拡大せずに成功を収めた。アメリカは多くの戦争を戦いながら、目的を達成できず、かえって外交での方が成功を収めている。米中国交正常化やオスロ合意、イランとの核開発に関する合意などである。

 今回のイラン戦争について考えてみると、軍事力の面で言えば、アメリカが圧倒している。イランは中東地域に限れば、軍事大国であるが、それでもアメリカには遠く及ばない。しかし、世界にとって重要なチョークポイントであるホルムズ海峡を確保し、レバノンのヒズボラ、ガザ地区のハマス、イエメンのフーシ派といった新イラン勢力を支援しながら、アメリカとイスラエル、ペルシア同盟諸国に揺さぶりをかけ、こちらも紅海の出入り口として重要なチョークポイントであるバブ・エル・マンデブ海峡にも影響を与えるという戦術で、アメリカとイスラエルに対抗し、成功している。イランも国内数千カ所を攻撃され、最高指導者アリ・ハメネイ師をはじめとする最高指導層を殺害され、また、子供を含む多くの民間人にも犠牲が出ているが、崩れることなく、対抗している。ナショナリズムと宗教の強靭さとドローンやAIなどのテクノロジーの低コストがイランに味方をしている。まさに「アメリカは戦闘(battle)には勝っているが、戦争(war)には負けている」ということになる。
 アメリカや日本でも米中戦争を懸念するふりをして、使嗾している勢力がいる。しかし、米中戦争は最も無意味な戦争になるだろう。そして、日本がそれに巻き込まれて、唆されて、中国と軍事衝突するなどということも無意味である。

 19世紀のアメリカ、そして、現在の中国は戦争から遠ざかることで国力の充実に成功した。このことを私たちは教訓として拳拳服膺すべきである。そして、日本が日本国憲法で定めている「戦争放棄」、専守防衛こそはこの教訓に当てはまるものであるということを再認識したい。

(貼り付けはじめ)

戦争は無意味なものとなってきている(War Has Become Pointless

-軍事紛争(miliary conflict)はこれまで常に存在してきた。それがもはや意味をなさなくなってきている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年7月6日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/07/06/war-iran-ukraine-israel-united-states-russia-pointless/

vladimirputinbenjaminnetanyahudonaldtrump2025001

アラスカ州アンカレッジでのロシアのウラジーミル・プーティン大統領(2025年8月15日);ワシントンでのイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(2025年4月7日);ワシントンでのドナルド・トランプ大統領(2025年8月14日)

『戦争論(On War)』を読んだことがなくても、カール・フォン・クラウゼヴィッツの有名な格言「戦争とは他の手段による政治の延長である(war is the continuation of politics by other means)」は知っているかもしれない。彼の主張しているポイントは、戦争には常に明確な政治的目的が必要であり、その目的こそが戦略の選択や軍事力の行使のあり方を導くべきだということだ。望ましい政治的成果をもたらさない限り、戦場での華々しい戦果も無意味なものとなる。

私は最近この問題についてよく考えているが、現代世界における戦争はますます無意味なものになりつつあるのではないかと考え始めている。その様に述べるのにはかなりの躊躇がある。それは、戦争はコストが増大し、発生頻度は減るだろうという過去の予測は、ことごとく外れてきたからだ。例えば、1849年、ラルフ・ワルド・エマーソンは「戦争はもはや末期状態にあり、文明が野蛮に打ち勝つことが確実であるのと同様に、普遍的な平和もまた確実である(War is on its last legs, and universal peace is as sure as is the prevalence of civilization over barbarism)」と書いた。第一次世界大戦前には、ポーランドの銀行家ジャン・ド・ブロッホが、軍事技術の進歩によって戦争はあまりに危険なものとなり、「自滅という代償を払う以外には」不可能になりつつあると論じた。

同様の文脈で、1909年に初版が出版されたノーマン・エンジェルの『大いなる幻想(The Great Illusion)』は、相互依存関係(interdependence)にある以上、大国間戦争(great power war)がもたらすコストは、得られるいかなる利益をも上回るだろうと警告した。より最近では、ジョン・ミューラーやスティーヴン・ピンカーといった学者たちが、戦争は「時代遅れ(obsolete)」とまではいかなくとも「廃れつつある(obsolescent)」と論じたが、彼らの予想をはるかに超える規模の新たな紛争が勃発するのを目の当たりにすることになった。軍事史家の故マイケル・ハワードは、ミューラーの著書『破滅からの後退(Retreat from Doomsday)』の書評の中で、戦争が消滅しつつあるという記述を読んだ慎重な人物なら、「自分の防空壕がきちんと整備されているか確認するだろう」と皮肉を込めて述べている。

従って、戦争が消滅しつつあるとは私は言わない。戦争がなくなることはない。ただ、その無意味さが増しているだけだ。近年の歴史について考えてみよう。

第二次世界大戦以降、アメリカは数多くの戦争を行ってきたが、対等なライヴァルや他の大国を相手にした戦争はなかった。その代わり、強力な同盟国を持たない弱小国を相手に戦うことがほとんどだった。それにもかかわらず、1991年の第一次湾岸戦争や、1983年の強力なグレナダへの取るに足らない侵攻を除けば、その戦績は芳しいものではない。朝鮮戦争は引き分けに終わり、ヴェトナム戦争は明らかな敗北だった。湾岸戦争で勝利できたのは、アメリカが戦争を始めたのではなく、多くの同盟諸国の支援があり、そしてジョージ・HW・ブッシュ大統領が「イラクをクウェートから追い出し、その軍事力を大幅に解体する」という限定的な政治目標を堅持するという賢明な判断を下したことが大きな要因だった。ソマリアへの介入は屈辱的な撤退に終わり、コソヴォ紛争は実質的に引き分け、そして現在「終わりのない戦争(forever war)」として知られるイラクやアフガニスタンでの紛争は、多大な犠牲を伴う敗北となった。ドナルド・トランプによるイランへの愚かな攻撃は戦略的な大失敗であり、支持者たちは必死になって(しかし説得力に欠ける形で)それを否定しようとしている。

これらの戦争のほとんどは、アメリカをより安全にしたり繁栄させたりするどころか、むしろ戦わなかった場合よりも悪い状況を招いた。このリストには、ピート・ヘグセス国防長官による、ラテンアメリカからの麻薬密輸容疑者を標的とした殺人を伴う作戦も加えられるだろう。この作戦は数十億ドルの費用を費やし、罪のない人々を殺害し、国際法に違反しているにもかかわらず、違法薬物の供給にはほとんど、あるいは全く効果を上げていない。一言で言えば、これらの戦争は無意味なのだ。

それでは、旧ソ連や今日のロシアはどうだろうか? 1979年のアフガニスタン侵攻は、ソ連の経済問題を悪化させ、最終的な崩壊の可能性を高めることになった大きな失策だった。2022年のウクライナ侵攻も同様に、多大な犠牲を伴う泥沼の戦いとなっている。4年にわたる戦争と数十万人の死傷者を出した末にウラジーミル・プーティンが得たものといえば、ウクライナの当初の領土の約20%に過ぎない。ロシアがこの戦争を始めた主な狙いは、ウクライナが西側諸国に接近するのを阻止することにあったかもしれないが、プーティンは自軍の能力、ウクライナ側の抵抗の粘り強さ、そしてキエフが他国から支援を取り付ける能力を明らかに読み違えていた。たとえこの戦争が、ロシア側の切実な安全保障上の懸念に一部起因していたとしても、今となってはその意義はますます失われているように見える。さらに忘れてはならないのは、シリアのバシャール・アサド政権を支えようとしたロシアの試みが結局は失敗に終わったこと、そしてアフリカ各地の独裁者への支援も、最近になって考えると、決して得策とは言えない状況にあるということだ。

イスラエルについて考えてみよう。イスラエルは数多くの戦術的勝利を収めてきたが、それらが永続的な戦略的利益をもたらすことはないようだ。ガザ地区でのジェノサイドはハマスを壊滅させていないし、幾度となく繰り返される爆撃やレバノン南部への再占領も、ヒズボラを排除するには至っていない。爆撃によって勝利を手にできるという信念は、イスラエルを安全にするどころか、むしろ「ならず者国家(a pariah state)」へと変貌させ、アメリカとの特別な関係を危うくしている。ヨルダン川西岸地区におけるパレスティナ人への継続的な不当な扱いに加え、イスラエルの戦争中毒(Israel’s addiction to war)は、近隣諸国の多くとの関係正常化を阻んでいる。本来なら、こうした国々との終わりのない戦争よりも、関係正常化こそがイスラエルの長期的な未来にとって遥かに有益なはずなのだ。(ちなみに、ハマスについても同様のことが言える。2023年10月7日にイスラエルに対して行った殺戮を伴う攻撃は戦争犯罪であり、パレスティナ独立国家の樹立という目標を前進させることには何も貢献しなかった。)

実際、どこを見ても、無意味な紛争の例ばかりを目にする。サダム・フセインは2つの戦争、イランへの侵攻と1990年のクウェート占領を始めたが、そのどちらも完全な失敗に終わった。スーダンやリビアの内戦における各勢力は、自国を疲弊させただけであり、最終的に勝利を収める側にとっても、それは「ピュロスの勝利(a pyrrhic victory、訳者註:損害ばかりが大きく割に合わない勝利)」となるだろう。サウジアラビアのイエメン介入は、数万人もの不必要な死者を出した以外には何の結果ももたらさなかったし、インドとパキスタンが時折繰り広げる国境衝突も、成功や決定的な成果とは程遠いものだ。長引くコンゴ紛争に至っては語り始めるのも嫌なほどだ。

その一方で、誰がうまくやっているだろうか? それは中国だ。それは、中国はこうした戦争の全てに関与せず、国内での国力増強(building power at home)に専念してきたからだ。科学と技術における支配の追求(pursuing scientific and technological dominance)、貿易、投資、多国間外交の場での関与、そしてグリーン技術の提供を通じて、世界的な影響力を築き上げてきた(building global influence through trade, investment, diplomatic engagement at multiple forums, and the provision of green technologies)。19世紀の大半を通じてアメリカがそうであったように、他の大国が破滅的な戦争で互いに消耗し合う間に、距離を置いて関与を避けるというのは賢明な戦略である(remaining aloof while the other major powers punch themselves out in ruinous wars turns out to be a smart strategy)ことが証明されている。

今は何が起きているだろうか? なぜ、クラウゼヴィッツの基準である、開戦者が明確な政治的目標を掲げ、それを妥当なコストで達成できたという基準を満たす戦争を見つけるのはこれほど難しいのだろうか? 考えられる理由は少なくとも4つある。

第一に、核兵器の存在が理由として挙げられる。主要大国(および一部の他の国々)にとって、核兵器を保有していることは、他国が自国に対して行える行動に明確な制約を課すことになる。核兵器は実際の戦争遂行にはあまり役に立たないが、他国による征服の試みを抑止する上では極めて有効だ。確かに、核保有国が攻撃を受けた例はある(1973年10月のエジプト・シリアによるイスラエル攻撃や、インド・パキスタン間の深刻な国境紛争など)。しかし、こうしたケースで攻撃を仕掛けた側は限定的な目標しか持っておらず、相手国を征服しようとは考えていなかった。核兵器の影が「決定的な勝利(decisive victories)」を不可能にするため、戦争の政治的目標は必然的に限定的なものとならざるを得ない。しかし、戦争で達成できる目標が限定的であれば、その目標達成のために国家が費やそうとするコストもまた、自ずと制限されることになる。

第二に、決定的な政治目標の達成をさらに困難にしているのが、現代のナショナリズムの力だ。ナショナリズムは、外国からの侵略者に対して社会が猛然と戦うよう駆り立てるからだ。アメリカはこのことをヴェトナム戦争で思い知らされたが、その教訓をすぐに忘れ、イラクやアフガニスタンで再び思い知らされることになった。プーティンもウクライナで同様の過ちを犯した。イスラエルのシオニストとパレスティナのナショナリストは互いに、相手側の国民的アイデンティティの強靭さや、自らの共同体を守るために戦う意志の強さを過小評価してきた。これこそが、あの紛争が最終的な解決を見ないまま続いている理由の1つだ。

第三に、戦争はますます無意味なものとなっているのは、グローバライゼイションと相互依存(globalization and interdependence)によって、国家は領土を拡大しなくても豊かになれるようになったからだ。アメリカは、グリーンランドのような地域を支配しなくても、そこに存在する資源や資産から利益を得ることができる。真に有望な機会があればアメリカ企業が投資を行えばよいし、あるいはそうした投資を行う外国企業とアメリカが貿易を行えばよい。また、アンドリュー・コーやジョナサン・マーコウィッツが示したように、たとえ(豊富な油田のような)極めて価値の高い領土を征服したとしても、すでに大規模かつ多様な経済を持つ国家にとって、そこから得られる経済的利益は比較的小さいものだ。極端な例を挙げれば、もし中国が台湾を円滑に併合したとしても、中国のGDP全体に上乗せされるのはわずか5%に過ぎない。これは決して無視できない数字ではあるが、それ単独で情勢を一変させるようなものではない。しかも台湾は、すでに高度に発展した経済を持っている。小規模な経済圏を持つ国では計算が異なるが、そうした国々にとっても、経済的利益のために領土を奪取するより、国内の発展を通じて豊かになる方がはるかに賢明な選択と言える。

注意:私は経済的な相互依存によって戦争が不可能になったと言わないし、ホルムズ海峡のような重要な地理的チョークポイント(chokepoints)を支配することが、一部の国家に強力な交渉力を与えるという事実を否定することもない。私が指摘したいのは、単に、国家にとって戦争よりも貿易を通じて目的を達成する方が一般的に容易だということだ。さらに、他国が「相互依存を武器化(weaponize interdependence)」できるという事実は、戦闘のコストを増大させ、大国を含むあらゆる国家にとって野心的な政治目標の達成を困難にする可能性がある。国家は今後も戦争を行うだろうが、だからといってそれが賢明な選択であるとはならない。

そして、テクノロジーとそれが現代の戦場に与える影響についても考える必要がある。F-35が誇る驚異的な技術力や、アメリカやイスラエルなどが実施する複雑な諸兵科連合(combined arms、訳者註:歩兵、戦車、航空機など異なる兵科を連携させ効果を向上させる戦術)作戦の能力に目を奪われるあまり、戦争の様相が、一見して圧倒的に優勢な敵を相手にする場合であっても、徐々に地元の防衛側に有利な方向へと変化していることを見落としてしまいがちだ。アメリカはイラクやアフガニスタンにおいて、制空権を確保し、複雑な戦場をリアルタイムで監視する能力を持ち、圧倒的な火力を誇っていたが、それでも敗北した。ロシア軍はウクライナ軍を数で圧倒しており、2022年以降、その軍事的な遂行能力も大幅に向上させているが、それでも領土を1平方キロ獲得するたびに甚大な損害を被っている。

こうした傾向は、安価でありながら高度化が進むドローンの登場(もちろんそれらも重要だが)だけが原因ではない。小火器の拡散、標的捕捉・監視能力の向上、即席爆発装置(IED)の開発、そして自爆攻撃の利用といった要因も関係しており、これら全てが敵対的な地域の占領や維持を困難にしている。言い換えれば、こうした事態の進展は、かつてアメリカが支配していた「グローバル・コモンズ(the global commons)」の範囲を縮小させ、MITのバリー・ポーゼンが「係争地帯(contested zone)」と呼んだ領域を拡大させた。この領域では、より弱い敵対勢力であっても、強大な力を持つ大国に対して甚大なコストを強いることが可能だ。アメリカ海軍は依然として強力な戦力だが、今日、ペルシア湾内を自由に航行していないのには理由がある。こうした戦争の様相の変化は、強力なナショナリズムと相まって、外国政府に圧力をかけたり、不穏な動きを見せる住民を鎮圧したりすることを、より困難なものにしている。

誤解しないで欲しいのだが、私は各国が安全保障への懸念を捨て、剣を鋤に持ち替えて軍備を放棄すべきだと言っているのではない。結局のところ、ある国が自衛のための備えを固めているからこそ、他国は費やすコストに見合うだけの利益を得ることが難しくなる。つまり、有利な勢力均衡(a favorable balance of power)を維持し、信頼に足る抑止力(a credible deterrent)を備えておくことは、依然として重要だということだ。しかし、私たちはこの状況が何を意味するのかを認識する必要がある。それは、自衛(self-defense)は容易になる一方で、侵略戦争(aggressive wars)はますます無意味になりつつある。侵略戦争は、アメリカにとっても、その他のどの国にとっても、うまくいっていない。よって、ある国について、「直ちに阻止しなければならない致命的な脅威(mortal danger that must be stopped immediately)」と「容易に崩れ去る砂上の楼閣(a fragile house of cards that will be easy to topple)」ということを同時に主張する、言葉巧みなシンクタンクの研究員やロビイスト、あるいは私利私欲に走る外国の指導者が説いてきたときは、このことを思い出して欲しい。彼らの主張は間違っているということを。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ウォルトは現代世界を読み解くために不可欠な主要概念を解説する5つのパートを持つニューズレター・マスタークラス『新しい地政学(The New Geopolitics)』の著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 ドナルド・トランプ大統領は、ジェイムズ・モンロー大統領が1823年に提唱した、ヨーロッパとアメリカによる西半球をめぐる相互不干渉主義であるモンロー主義(Monroe Doctrine)をもじって、「ドンロー主義(Donroe Doctrine)」を標榜している。モンロー主義は「ヨーロッパの争いにアメリカは干渉しないので、ヨーロッパ諸国は西半球に介入しないように」というものであり、「西半球(Western Hemisphere)」は、アメリカの勢力圏(Sphere of Influence)であるということを宣言したものである。20世紀はアメリカが超大国として世界を支配してきたが、アメリカの国力の低下(decline)もあり、アメリカの一極支配構造は崩れている。そして、米中二極構造になりつつある。G2体制と呼ばれることもある。また、ロシアを入れて、「ヤルタ2.0」とも言われる。アメリカの一極支配の終焉に続くものとして、「アメリカは西半球、南北アメリカ大陸の支配を続ける」ということが、「ドンロー主義」である。世界の他の地域については、「アメリカは撤退する」ということになる。そうなれば、頼るのは中国ということになる。実際に中国が進出している。
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 アメリカにとって問題は、ラテンアメリカに中国が進出し、地歩を固めているということだ。2000年頃は貿易額で見ても分かる通り、中国の影響力は小さかった。しかし、今や南米諸国のほとんどにとって中国は最大の貿易相手国となっている。また、中国から多くの投資が行われている。その間にアメリカは何もしなかった。それが今になって急に、「南米はアメリカの勢力圏、属国だ。昔からそうだった」と言われて、「はい、その通りでございます」とは言わないし、言えない。「ヤンキー帝国主義(Yankee Imperialism)で酷い目に遭った。アメリカが行ったり、支援したりした選挙干渉や内戦などで酷いことになった」という反感がある。投資や経済協力は歓迎するが、アメリカが今になって、宗主国気取りでやって来て「言うことを聞け」は通用しない。
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 トランプ政権はヴェネズエラを攻撃し、キューバに厳しい経済制裁を科している。新中国派の牙城であるこれらの国々を崩して、中国の影響力を削ごうとしている。これはアメリカにとって非常に簡単な仕事だ。しかし、その効果は一過性でしかなく、これらの国々の国民はキューバ革命とシモン・ボリヴァルの独立革命の誇りを維持している。アメリカからの攻撃がかえって国民に反米意識と団結を生み出してしまうという逆効果になってしまう。この点はイランに似ている。中国は「民間企業がビジネスでやっていることなので」という建前で粛々と進出を続けていく。アメリカがやるべきことは「長期的な経済面を中心とした投資や経済協力」である。こうした長期的な仕事はアメリカにとっては苦手な分野である。どかーん、ぼこーんと一気に壊してしまえということになってしまう。そうして、世界に反米の種をまき続けてきた。もうすでに中国の存在感を簡単などかーん、ぼこーんで排除することはできないし、短期間で、中国に取って代わることもできない。それでも、地道に続けていけばまだ良いのであるが、それは今のアメリカには極めて困難であり、ほぼ不可能なことであろう。

(貼り付けはじめ)

アメリカはラテンアメリカから中国を排除することはできない(The U.S. Can’t Exclude China From Latin America

-ワシントンは中国をラテンアメリカから排除しようとするのではなく各国に対してより優れた戦略的選択肢を提示すべきである。

ブライアン・フォンセカ筆

2026年6月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/06/08/latin-america-us-china-national-security-strategic-displacement/

写真

ペルーのチャンカイにあるチャンカイ港の様子(2025年9月30日)

アメリカのジェイムズ・モンロー大統領がヨーロッパ列強に対し、西半球(the Western Hemisphere)への介入を戒める警告を発してから2世紀近くが経過した今、アメリカはこの地域における地政学的な課題に再び直面している。過去20年間で、中国は中南米およびカリブ海地域において、経済、技術、戦略面でのプレゼンスを劇的に拡大させてきた。しかし、今日の状況はモンロー・ドクトリンが掲げられた当時とは根本的に異なっている。

モンロー・ドクトリンは排除の戦略(a strategy of exclusion)であった。すなわち、西半球において外部勢力が領土的・政治的な支配権を確立することを阻止しようとするものだった。しかし、そうした枠組みは21世紀の競争の現実を反映していない。中国は征服や占領(conquest or occupation)によって中南米での影響力を拡大しているわけではない。むしろ中国は、中南米のインフラ、貿易ネットワーク、エネルギー・システム、デジタル・エコシステム、そして戦略的産業の内部へと深く入り込んでいる。

中国が行使する影響力は、武力によるものではなく、経済的な統合、技術への依存、そして構造的な優位性を利用したものだ。中国は今や、中南米における主要な貿易相手国であり、重要な資金提供元であり、さらには一次産品や農産物輸出の重要な市場となっている。インフラの慢性的な不足、低成長、長年にわたる投資不足に直面する多くの中南米諸国にとって、中国との関わりはイデオロギーの問題ではなく、経済的な必要性に基づいているのである。

アメリカが現実的に中国を中南米から排除することは不可能である。また、中南米の各国政府に対し、ワシントンか北京かの二者択一を迫るようなこともすべきではない。西半球に位置する国々の大半が求めているのは、単に多角化された経済関係(diversified economic relationships)と、より大きな戦略的自律性(greater strategic autonomy)なのである。

中国による関与の全てが、同レヴェルの戦略的重要性を有するということはない。アメリカは、ラテンアメリカおよびカリブ海地域における中国のあらゆる商業活動に反射的に反対するのではなく、地政学的および国家安全保障上の影響が最も大きい分野において、中国の影響力を置き換える(displace)ために選択的に競争すべきだ。アメリカにとってこれは、「戦略的拒否(strategic denial)」から、私が「戦略的置換(strategic displacement)」と呼ぶアプローチへと転換することを意味する。

第一に、アメリカは戦略的インフラを優先事項とすべきである。中国企業は、ラテンアメリカ全体にわたり、港湾、物流回廊、輸送ハブ、エネルギー・システムといった分野でその存在感を拡大してきた。これらの資産は単なる商業事業にとどまらない。それらは貿易の流れ、サプライチェインへのアクセス、海上輸送の接続性、そして戦略的な機動力を左右するものだ。重要インフラや通商を支配することは、永続的な政治的・経済的影響力を行使する手段となり得る。

2024年に開港したペルーのチャンカイ港は、こうした力学を如実に示している。中国の海運大手である中遠海運(Cosco)が主導して開発されたこの港は、南アメリカとアジア市場をより直接的に結びつけると同時に、太平洋の貿易回廊や地域のサプライチェインにおける中国の役割を強化するよう設計されている。アメリカは単にこうしたプロジェクトに反対するのではなく、より競争力のある資金調達手段やインフラ整備の代替案をラテンアメリカ諸国に提示しなければならない。

第二に、アメリカはラテンアメリカ全域において、デジタル・インフラ、通信、データ・ガヴァナンスの分野で、より積極的に競争を展開する必要がある。ファーウェイ(Huawei)やZTEといった中国のハイテク企業は、通信インフラ、クラウド・システム、監視技術、スマートシティ構想、デジタル決済プラットフォームなど、ラテンアメリカのあらゆる分野に深く浸透している。

これらのシステムは政治的に中立なものではない。それらはデータ・ガヴァナンスの基準を形成し、サイバーセキュリティ上の脆弱性を生み出すほか、将来的には中国による情報収集や政治的影響力工作の機会を拡大させる恐れもある。ZTEの支援を受けて開発されたヴェネズエラの「祖国カード(fatherland card)」システムは、デジタル・システムがいかにして政治的監視や社会統制の手段へと変貌し得るかを示す極端な事例である。

第三に、アメリカ政府は、重要鉱物(critical materials)に対する高まる関心を、持続的な対米州戦略へと転換しなければならない。ラテンアメリカは、先端製造業、半導体、エネルギー技術、防衛システムに不可欠なリチウム、銅、レアアース(希土類)などの鉱物資源を豊富に埋蔵している。中国はすでに、これらの資源に関連する採掘、加工、輸送の各ネットワークにおいて、特にアルゼンチン、ボリヴィア、チリからなる「リチウム・トライアングル(lithium triangle)」を中心に、強固な地位を築いている。

アメリカは、アルゼンチンやチリのように市場環境がパートナーシップの構築に適した国々において、融資可能な(bankable)プロジェクトへの資金提供に注力すべきだ。同時に、加工、精錬、およびオフテイク(offtake、生産物の引き取り)に関する取り決めを支援し、ヴァリューチェインのより多くの部分を西半球内に留めるようにすべきである。目指すべきは単なる原材料の確保ではなく、中国が支配する加工・物流への依存を低減させる、強靭な鉱物サプライチェインの構築である。

第四に、アメリカは西半球におけるエネルギーの強靭性を戦略的優先事項と位置づけるべきである。中国の国営・政府系企業は、西半球全域で送電、再生可能エネルギー、石油生産、および広範なエネルギーインフラへの投資を拡大してきた。例えばペルーのリマでは、中国企業が発電、送電、配電の各システムにおいて支配的な地位を占めている。

これらのプロジェクトの多くは、個々に見れば商業的に合理的であるかもしれないが、それらが複合的に組み合わさることで、国家の強靭性や長期的な経済発展にとって極めて重要な分野における中国の関与を深めることになっている。

第五に、アメリカは西半球全域における宇宙関連およびデュアルユース(dual-use、軍民両用)のインフラに対し、より一層の注意を払う必要がある。衛星システム、航空宇宙分野での協力、人工知能(AI)、高度な通信技術に関連する中国の投資は、正当な商業目的を支えるものであると同時に、中国による戦略的なアクセスや情報収集能力を拡大させる可能性も秘めている。

アルゼンチンのネウケンにある中国運営の深宇宙探査施設は、こうしたプロジェクトの多くを取り巻く不透明さを象徴する事例である。表向きは民生用とされているものの、この施設の透明性の欠如や、中国の軍事関連宇宙機関とのつながりは、アメリカや地域の当局者の間で根強い懸念を招いている。

ラテンアメリカにおける米中間競争は、本質的にイデオロギー的なものではなく、構造的なものだ。アメリカはこの地域に対し、長きにわたり「放置(neglect)」と「過剰な警戒(alarmism)」の間で揺れ動いてきた。そのアプローチは一貫性を欠いており、中国の活動のほぼ全てを脅威と見なす一方で、信頼に足るアメリカの経済的代替案を十分に提示できていない。こうした戦略は、中国の国家運営のあり方や、ラテンアメリカの各国政府が直面している経済・開発上の切迫した課題を誤解している。

例えば、ボゴタで建設中の中国製地下鉄システムを見てみよう。アメリカはこのプロジェクトを地政学的な競争という観点から捉えてきた。しかし、このプロジェクトと中国との関わりが、西半球の勢力均衡を決定づける可能性は低いと言える。ワシントンは、こうした個別の商業的案件を戦略的な勝利であるかのように扱う一方で、長期的により大きな影響を及ぼす分野を疎かにすることも多い。

アメリカは、中国が支援する象徴的なインフラ・プロジェクトを阻止することに固執するのではなく、長期的な戦略的強靭さを形作る分野において、より積極的に競争を展開すべきだ。

西半球における中国の優位性は、単にコストの低さやインフラ建設のスピードに由来するものではない。それは、中国政府が長期的な地政学的目標の達成に向けて、金融、外交、産業政策、そして企業活動を一体化させる能力を持っていることに起因している。アメリカが中国の国家資本主義モデル(state-capitalist model)を模倣する必要はないが、国家安全保障上、戦略的に重要な意味を持つ分野でアメリカ企業が競争できるよう促すための、組織的かつ統合された枠組みは必要だ。

この戦略的な置換には必然的に制約が伴う。ブラジル、メキシコ、コロンビア、チリといった国々は、大国間競争の受動的な競技場(passive arenas)ではない。それらの国々は独自の国益や開発の優先順位、そして「戦略的自律性(strategic autonomy)」に対する独自の考え方を持っている。ラテンアメリカ諸国の政府の多くは、二者択一的な地政学的陣営への参加を強いるように見えたり、アメリカの「パターナリズム(paternalism、父権的干渉主義)」に対する懸念を再燃させたりするような枠組みには抵抗感を示している。

例えば、ブラジルは、北京とワシントンの双方と多角的なパートナーシップを追求する、自立したグローバルな主体としての自意識を強めている。中国はブラジルにとって最大の貿易相手国であり、農業、エネルギー、インフラ、技術といった各分野における主要な投資国でもある。

南アメリカの多くの国でも同様の状況が見られる。中国を全面的に排除することを軸にしたアメリカの戦略は、政治的にも経済的にも失敗に終わるだろう。さらに、中国が戦略的な足場を簡単に明け渡すことはない。中国はこの地域全体で、長年にわたり商業関係の構築、金融面での依存関係の形成、外交的影響力の拡大、そして制度的なプレゼンスの確立に投資を続けてきたからだ。

アメリカ企業がラテンアメリカの重要分野でより効果的に競争できるよう望むのであれば、ワシントンはこの地域への長期投資に伴う財務的・政治的リスクを低減させる必要がある。つまり、民間部門の関与を促進するために、アメリカ国際開発金融公社(the U.S. International Development Finance CorporationUSIDFC)や輸出入銀行(the Export-Import Bank)、その他の公的金融メカニズムといった機関をより積極的に活用すべきだ。

何よりも重要なのは、アメリカが真剣かつ一貫した姿勢で、経済面からこの地域との関わりを再構築することだ。ラテンアメリカの多くの国において中国の影響力が拡大したのは、アメリカが不在であったり、対応に一貫性がなかったり、あるいは地域へのアプローチにおいて安全保障上の懸念を過度に重視しすぎたりしたためだった。この地域の国々は、地政学的な争いの場となることを望んではいない。彼らが求めているのは、投資(investment)、近代化(modernization)、そして信頼できる長期的なパートナーシップ(reliable long-term partnerships)だ。

ラテンアメリカおよびカリブ海地域において、アメリカは依然として中国に対して圧倒的な優位性を保っている。地理的な近接性、深い文化的つながり、教育ネットワーク、民間部門の技術革新、金融の厚み、そして長年にわたる民主政治体制に基づくパートナーシップなどがその強みだ。こうした優位性を活かすには、単なる反応的なレトリック(rhetoric)ではなく、競争力のある国家統治術(statecraft)が求められる。

※ブライアン・フォンセカ:フロリダ国際大学の国防・国家安全保障研究担当副アカデミック責任者(provost)兼ジャック・D・ゴードン公共政策研究所所長。ワシントンDCを拠点とするシンクタンク「ニュー・アメリカ」国際安全保障フェロー。Xアカウント:@BrianPFonseca

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(終わり)

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 古村治彦です。

 「スピード信仰」が蔓延している。「ファストフード」「ファストファッション」「タイムパフォーマンス」「倍速視聴(ドラマや映画を倍速で見る)」「本を読まないでAIに内容をまとめさせて読む」といったことが行われている。時間がかかること、手間がかかること、面倒くさいことは確かに嫌だ。しかし、それが行き過ぎているようだ。佐藤優先生との対談本『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』でも、このことについては話をした。ますます急速に変化し続けていき、複雑化していく社会を深く理解するためには、本を読むこと、できれば古典を読むことが重要だということで意見が一致した。通り一遍の表面的な情報を知って理解した気持ちになっていてはいけないということである。
sekaiwashuukyousensounitotsunyuushita002

 「スピード信仰」は政治にも向けられている。「何も決まらない・何も決められない政治」「アメリカをはじめとする外国の政治はスピーディ」という誤ったイメージを前提にして、日本政治が改悪されてきた。そもそもが民主政治体制は議論が基礎基本であり、様々な意見や考えが集約されて方向性を見出すということであり、時間がかかり、手続きが煩雑で、迂遠なものである。それが嫌なら、独裁政治が一番良いのである。民主政治体制など廃止してしまえばよいということになる。そのように言ってしまえば身も蓋もないことになるのでより検討してみる必要がある。

 現代の「スピード信仰」は最新の技術革新の結果である。簡単に言えば「便利な生活になればなるほどこらえ性が亡くなっている」ということである。技術革新によって私たちの生活は便利になっているのは間違いない。しかし、同時にこれまでなかった技術に振り回されることにもなり、不安を感じる。そのために政治に対する要求も高まる。以下の論考から引用する。

(引用貼り付けはじめ)

偉大な政治学者サミュエル・ハンティントンは、「政治における根本的な問題は、社会や経済の変化に対して政治制度の発展が遅れてしまうことにある(the primary problem of politics is the lag in the development of political institutions behind social and economic change)」と指摘した。大規模な変化は不安を招く。そして不安を抱えた社会は、政治に対してより多くのことを求める。市民は指導者に対し、秩序を回復し、安全を確保し、そして誰の手にも負えないように思える力に対して自分たちが再びコントロールを取り戻せるよう支援することを望む。

しかし、今日のテクノロジーは人々の期待を劇的に高める一方で、それと比較すると、民主的な政府の対応能力を低下させてもいるものだ。

(引用貼り付け終わり)

 国民は民主政治体制の存続を望むのならば、その本質を理解し、安易な方向に流れないということが重要である。しかし、それは非常に困難なことでもある。

(貼り付けはじめ)

世界中の有権者が激怒している真の理由(The Real Reason Voters Everywhere Are Furious

-ロンドンから東京に至るまで各国政府は技術革命がもたらした期待に応えられずにいる。

ファリード・ザカリア筆

2026年7月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/07/24/technology-revolution-ai-democracy-voters-politics-populism-fear-anxiety/

emmanuelmacron2026001

パリで開催された技術革新の展示会「VivaTech(ヴィヴァテック)」で演説を行うフランスのエマニュエル・マクロン大統領(6月19日)

今週、イギリスはわずか10年余りで7人目となる首相を迎えた。フランスでも、ここ数年の間にほぼ同数の首相が入れ替わっている。次期大統領には、かつては「のけ者(outcast)」扱いされていたマリーヌ・ル・ペンが選ばれる可能性も十分にある。ドイツでは、数年前までは小規模な勢力に過ぎなかった極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、現在世論調査で首位に立っている。安定していて慎重、あるいは退屈でさえあると見なされがちな東アジアの民主政治体制諸国でさえ、日本、韓国、台湾の政権は、高まる国民の怒りの中で苦境に立たされている。ポピュリストが政権を握っている国々でも、状況はそれほど変わらない。ドナルド・トランプは現在、任期のこの時点における歴代のアメリカ大統領の中で、最低水準に近い支持率にとどまっている。

今日の民主政治体制は機能できるのだろうか?

民主政治体制諸国の多くで、政府は巨額の税収を確保し、借入を行い、支出を続けている。経済協力開発機構(OECD)加盟国における政府支出は現在、平均して国内総生産(GDP)の40%以上となっており、中央政府の対GDP債務比率は過去30年間で2倍以上に膨れ上がった。しかし、国民は自分たちがその恩恵を受けているとは感じていないようだ。

なぜこのようなことが起きたのか? その要因の一部は経済にある。住宅価格の高騰、所得の伸び悩み、そして格差の拡大が、国民の怒りを増幅させてきた。しかし、経済的な要因は物語のほんの一部に過ぎない。アメリカは他の多くの先進国よりも力強い経済成長を遂げてきた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領の下では失業率が低下し、アーンスト・アンド・ヤング(EY)の分析によれば、フランスは7年連続でヨーロッパ最多の外国直接投資案件を獲得している。韓国は経済的な成功を収めた国であり、日本もかつては復活の兆しを見せていた。それにもかかわらず、至る所で民主政体政権は不人気だ。

より大きな要因として挙げられるのは、私たちが歴史的な大技術革命(great technological revolutions)の只中に生きているという点だ。こうした変革は、常に深い不安や恐怖を伴うものだ。

これほどの規模の技術的変革(technological transformation)が前回起きたのは、おおよそ1880年から1920年にかけてのことだった。電気、電話、鉄道、自動車、そして映画といった技術が、あらゆる産業や人々の生活様式を一変させた。何百万人もの人々が農村を離れて都市へと移り住み、世界貿易が地域経済を揺るがした。一夜にして巨万の富を築く者が現れる一方で、古くからの職業は姿を消していった。こうした激動の中で、人々の不満や怒りは政治的な動きへと結びついていった。左派は共産主義へ、右派はファシズムへと傾倒していった。その後に続いたのは、新たな大衆運動、文化的な激変、そして世界大戦だった。

私たちが今経験している革命は、電気ではなくデジタル技術によるものだ。コンピュータに始まり、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディア、そして現在は人工知能(AI)へと進化してきた。中でもAIは、最も大きな変革をもたらすものとなるかもしれない。先週、ディープマインド社のデミス・ハサビスが語ったように、「私たちは本質的に、砂に思考させる方法を見つけ出した(We’ve essentially found a way to make sand think)」のだ(シリコンチップは砂から作られている)。知能を大量生産する能力それも、月を追うごとに強力になっていく知能を生み出す能力は、間違いなく史上最大の技術的偉業と言えるだろう。しかし、それは同時に、社会に最も大きな混乱をもたらす可能性を秘めていることも意味する。

偉大な政治学者サミュエル・ハンティントンは、「政治における根本的な問題は、社会や経済の変化に対して政治制度の発展が遅れてしまうことにある(the primary problem of politics is the lag in the development of political institutions behind social and economic change)」と指摘した。大規模な変化は不安を招く。そして不安を抱えた社会は、政治に対してより多くのことを求める。市民は指導者に対し、秩序を回復し、安全を確保し、そして誰の手にも負えないように思える力に対して自分たちが再びコントロールを取り戻せるよう支援することを望む。

しかし、今日のテクノロジーは人々の期待を劇的に高める一方で、それと比較すると、民主的な政府の対応能力を低下させてもいるものだ。

私たちは車を3分で呼べ、荷物はその日のうちに届く。AIは複雑な質問に数秒で答え、人間なら数カ月かかるような難題をわずか数分で処理する。当然ながら、市民は政府にも同様の効率性を求めるようになる。しかし、民主政治体制はスピードを重視するようには設計されていない。その設計の根底にあるのは「正統性(legitimacy)」だ。民主政治体制は交渉や妥協を重ね、司法の判断を仰ぎ、弱者を保護し、対立する利害のバランスを取る。こうした歯止めこそが、民主政治体制を権威主義(authoritarianism)から区別する要素なのである。それにもかかわらず、テクノロジーが猛スピードで進化する現代において、それらのプロセスはしばしば「機能不全(paralysis)」のように見えてしまう。

ソーシャルメディアはこの溝をさらに広げている。政府の失策は即座に露見し、期待外れの出来事は瞬く間に拡散して論争となる。不満を抱いた市民は、政府が対応を始める前に、何千人もの人々を動員することさえできる。

こうした状況は、現代のポピュリズムがたどる奇妙な軌跡を説明する一助となる。トランプ(アメリカ)、ボルソナーロ(ブラジル)、ミレイ(アルゼンチン)といった政治家たちは、制度的な行き詰まりを強引に打破すると約束することで台頭した。しかし、いざ政権の座に就くと、彼らの多くは、自らが取って代わった指導者たちと同じ現実に直面することになる。今日の「反体制派の挑戦者(insurgents)」も、明日には「期待外れの現職指導者(disappointing incumbents)」に早変わりしてしまう。

人々が民主政治体制への信頼を失ったようには見えない。選挙や憲法、独立した司法制度に背を向けてはいない。しかし、民主政治体制のパフォーマンスには強い不満を抱いている。民主政治体制国家は今一度、住宅やインフラの建設、公共サーヴィスの近代化、技術変化への対応、不平等の是正といった課題を、迅速かつ効果的に成し遂げられることを証明しなければならない。

歴史を振り返れば、楽観視できる根拠も見えてくる。自由な社会は、技術の激変期には往々にして最も脆弱に見えるものだ。動きが遅く、絶えず議論を繰り返すからだ。しかし長い目で見れば、自由な社会は権威主義体制よりも優れた適応力を見せてきた。なぜなら、暴力や弾圧に頼ることなく、学び、過ちを正し、進路を変更することができるからだ。

民主政体の指導者たちは、テクノロジーとスピードを競おうとすべきではない。それは不可能だからだ。しかし、粘り強い取り組みと有能さを示すことで、民主政治体制が確実に成果を上げられることを証明すべきだ。そうすれば人々は理解するだろう―説明責任(accountability)に伴う「摩擦(friction)」や正統性の重みは、システムの「欠陥(bugs)」などではないのだということを。それらこそが、私たちの自由を守るのである。

※ファリード・ザカリア:CNNの番組「ファリード・ザカリアGPS」の司会者であり、近著に『革命の時代(Age of Revolutions)』がある。彼は『ワシントン・ポスト』紙に週刊コラムを執筆しており、そのコラムは『フォーリン・ポリシー』誌にも配信されている。Xアカウント:@FareedZakaria

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

 人間は愚かだ。必ず間違う。必ず失敗する。どんな大天才でも凡才でも、天皇だろうが、国王だろうが、教祖だろうが、法王だろうが、首相だろうが、国会議員だろうが、大学者だろうが、高級官僚だろうが、天才経営者だろうが、間違うし、失敗する。ここで問題になってくるのは、失敗や間違いをした後だ.素直に認めて、どこをどのように間違ったか、失敗したかを明らかにするということは言うのは簡単だが、実際にじっこうすることはかなり難しい。権威や地位のある人々にとっては特にそうだ。無誤謬性(間違わないこと)が基礎になっている場合には権威や地位を失うのではないかという懸念から失敗や間違いを糊塗したり、隠蔽したり、強弁したりということが起きる。「謝ったら負け」という言葉を耳にすることがあるが、そのような状態になる。官僚や政治家、学者にその傾向が強い。

 スティーヴン・M・ウォルトの下記論考は、失敗や誤り、間違いが明らかになった後で、人々はどのような行動を取り、発言をするかということを分析している興味深い内容だ。大きく分けると5つになるようだ。つまり、「(1)「私のせいではない。誤って誘導されたのだ」(1: “It’s Not My Fault; I Was Misled.”)、(2)「私の素晴らしい計画が計画通りに正確に実行されなかった」(2: “My Brilliant Plan Wasn’t Implemented Correctly.”)、(3)「歴史が私の主張の正しさを証明してくれるだろう」(3: “History Will Vindicate Me.”)、(4)「私は間違っていなかった。ただ、私たちはもっと激しく戦う必要があるのだ!」(4: “I Wasn’t Wrong; We Just Need to Fight Harder!”)、(5)「不平を言わず、弁解もせず、二度と言及しない」(5: “Never Complain, Never Explain, Never Mention It Again.”)」ということだ。私たちの身近でもこれらの言い訳の分類に入る言い訳を聞いたことがあるのではないだろうか。失敗や間違いを絶対に認めないという人もいるだろうが。

 イラン戦争に関しては、戦争の終わりが見えず、アメリカに戦争の出口の糸口がない中で、苦境に立っている。そうした中で、ドナルド・トランプ大統領は強気の発言を続けている。もちろん、「失敗した」と認めることは難しいだろうが、彼の融通無碍さであれば、素直に「失敗した」と認めて、国民と世界に向けて謝るということをすれば、人気は少しア回復するかもしれない。しかし、トランプであっても、それはできない。それほどに失敗や間違いを認めることは難しい。

(貼り付けはじめ)

良くない助言に対する非難をどのように免れるか(How to Escape Blame for Bad Advice

-重要な戦略的判断を誤ったとしても責任を避ける方法がある。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年6月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/06/09/iran-advice-blame-accountability-escape/

donaldtrumpmarcorubio2025001

ワシントンDCのホワイトハウスにある「ステート・ダイニング・ルーム(公式晩餐会室)」で開かれた「アンティファ(Antifa)」に関する円卓会議でドナルド・トランプ大統領の耳元で言葉を交わすマルコ・ルビオ米国務長官(2025年10月8日)

政治家たちが自らの誤りを認めることに消極的であることは周知の事実だが、国際政治を研究し、時事問題について論評し、時には実行すべきことについて助言を行う私たちのような人間はどうだろうか? 誰もが過ちを犯す可能性を持ち、予測や提言を行う以上、時には判断を誤ることも避けられない。もしある専門家が不運にも(あるいは単に国際政治に関する疑わしい信念に固執していたために)誤った見解を述べ、それが政府の要人に採用されて深刻な悪影響を招いてしまったとしたら、その専門家はどう振る舞うべきだろうか?

前回のコラムで私は、ドナルド・トランプ米大統領がイランとの開戦という大きな過ちを犯したことを素直に認めれば、トランプ自身にとっても、アメリカ全体にとっても、そして世界にとっても有益だろうと述べた。しかし、繰り返し開戦を訴え、戦争は短期間で低コストに済み、多大な利益をもたらすと説くことで、その過ちへの道筋をつけた人々についてはどう考えればよいのか? 私がここで彼らにさらなる恥をかかせようとしているのではない(私が何もしなくても、事態そのものが彼らの過ちを浮き彫りにしている)。むしろ、重要な戦略的問題において判断を誤った後、どのような対応があり得るのかを考察したい。

もちろん、自らの誤りが明らかになった際の最も率直な対応は、その過ちを公に認め、そこから教訓を得ようとすることだ。私自身、過去に何度かそうした試みを行ってきたが、自身の過ちを認めるという点でどれほど成功したかについては、読者の皆様の判断に委ねたい。こうした姿勢をとったのは私だけではない。例えば、ジャーナリストのアンドリュー・サリヴァンは、2003年のイラク侵攻を支持したことが誤りであったという趣旨の長文を書いた。『ニューヨーク・タイムズ』紙の元編集主幹ビル・ケラーも、ニューヨーク・タイムズによる開戦に向けた報道姿勢について、ある種の「自己批判(mea culpa)」を行った。著名な「リベラル・ホーク(liberal hawks、介入主義的なリベラル)」であるアン・マリー・スローターも同様だ。彼女は後に、侵攻は不必要かつ無謀であると警告していた人々の声にもっと耳を傾けるべきだったと認めた。

自分の過ちを認めることには多くの利点がある。誠実さを保てるだけでなく、他者がその失敗から学ぶ助けにもなるし、何より正直かつ現実的な姿勢を示すことで、かえって周囲からの尊敬を集めることさえあるからだ。こうした利点を考えれば、事態が予想通りに進まなかった際、より多くの評論家や政治アナリストがこの道を選ばないというのは、少々不可解に思う。その代わりに彼らは、誤った助言をしたことの責任を回避するための「手段トップ5」のいずれか(あるいは複数)に頼る。

(1)「私のせいではない。誤って誘導されたのだ」1: “It’s Not My Fault; I Was Misled.”

隠せない失敗を犯したものの、自分のミスを認めたくない場合、他者から提供された不正確な情報のせいにすることは明白な戦術だ。典型的な例として、イラク侵攻への支持を「不正確な諜報情報(faulty intelligence)」のせいにした多くの人々が挙げられる。当時、イラクが大量破壊兵器を多数保有し、核兵器の開発を積極的に進めているといった主張がなされていた。しかし、こうした弁明は往々にして不誠実だ。なぜなら、開戦前のイラクに関する諜報情報が、戦争を正当化するために意図的に歪められていたことを示す証拠が少なからず存在したからだ。それを信じることを選んだのは、あくまで自分自身の責任だ。イランとの戦争について同様の主張をする人はまだ見かけないが、そうなるのも時間の問題だろう。

(2)「私の素晴らしい計画が計画通りに正確に実行されなかった」(2: “My Brilliant Plan Wasn’t Implemented Correctly.”

責任を回避するもう1つの一般的な方法は、自分の提言は正しかったものの、担当者がそれを適切に実行できなかったと主張することだ。この言い訳(alibi)には長い歴史がある。ジョン・F・ケネディ大統領が「勝利には千人の父がいるが、敗北は孤児である(victory has a thousand fathers and defeat is an orphan、勝利の功績は多くの人が主張するが、敗北の責任は誰も負おうとしない)」と嘆いた言葉にもその傾向が表れている。実際、敗北の後には決まってスケープゴート探しが行われ、戦争を支持していた人々が「どうすれば勝てたか」という持論を展開するものだ。しかも、この主張は「もっと有能な指揮官がいれば」「別の戦略をとっていれば」「もう少し運が良ければ成功していただろう」といった、証明不可能な反事実(counterfactuals)に基づいているため、完全に反証することができない。これほど多くの人がこの言い訳を使うのも無理はない。

(3)「歴史が私の主張の正しさを証明してくれるだろう」(3: “History Will Vindicate Me.”

責任を回避するためのもう1つの古くからの手法は、今日では大失敗に見える事態も、やがては「天才的な一手(a stroke of genius)」として称賛されるだろうと主張することだ。前述の2番目の手法と同様、こうした主張は反証が難しいため好まれる。十分な時間を待てば状況はいずれ好転するだろうし、そうなれば、その惨状を招いた張本人たちが手柄(credit)を主張し、自分たちは最初から正しかったのだと言い張ることができるからだ。例えば、イランの現体制は永遠には続かない。もし将来、より好ましい方向へ体制が変化すれば、現在の戦争を声高に求めた人々は(もし彼らがまだ存命であれば)、自分たちの助言に従わなければそのような変化は決して起こらなかったはずだと間違いなく主張するだろう。

この論法のヴァリエーションとして、「現状がいかに悪くとも、何もしなければ事態はさらに悪化していただろう」と主張するものがある。この種の議論は、「今の戦争がなければ、イランは(いずれ)核兵器を手にしていただろう」という決まり文句によく見られる。しかし、以下の事実は無視されている。すなわち、アメリカの情報機関は、テヘラン(イラン政府)が過去20年間にわたり積極的な核兵器開発計画を持っていなかったと繰り返し結論付けていること、トランプが2018年に破棄した核合意によってイランの核兵器保有への道が大幅に断たれていたこと、そしてイスラエルの指導者たちが30年にわたって「イランが核兵器を手にする寸前だ」と警告し続けてきたものの、その予測が当たったことは一度もないということだ。

(4)「私は間違っていなかった。ただ、私たちはもっと激しく戦う必要があるのだ!」(4: “I Wasn’t Wrong; We Just Need to Fight Harder!”

戦争を主張したもののうまくいかなかった場合、自説を曲げずに(文字通り「銃を構えたまま」)強硬姿勢を貫き、事態を激化させ、決意を固め、当初の方針を維持することこそが必要だと主張する方法もある。これは、ウクライナへの初期侵攻が失敗した際にロシアのウラジーミル・プーティン大統領がとった対応であり、今日、ブレット・スティーヴンスのような戦争支持派のコラムニストたちがイランに関して主張し続けていることでもある。これに付随する主張として、たとえ開戦の当初の判断が軽率だったとしても、今や私たちの「信頼性(credibility)」が懸かっている以上、勝利のためにあらゆる手段を講じるべきだというものがある。こうした考え方をする人々は、往々にして開戦を正当化した際と同じ論拠に頼る。すなわち、敗北を認めれば破滅的な結果を招くとか、敵は追い詰められているとか、あと少しの時間と圧力をかければ輝かしい勝利を収められるといった主張だ。そして、紳士淑女の皆さん、これこそが「終わりのない戦争(forever wars)」が生まれる仕組みなのだ。

(5)「不平を言わず、弁解もせず、二度と言及しない」(5: “Never Complain, Never Explain, Never Mention It Again.”

最後に、失態を演じてしまった専門家たちは、イギリスのベンジャミン・ディズレーリ首相の言葉とされる「不平を言わず、弁解もせず(Never complain, never explain)」という助言に従うこともできる。自分の過ちを認めたり、こじつけの言い訳をしたりする代わりに、単に「なかったこと」にし、失言に飛びつく批判者たちを無視して、そのまま先へ進む。著名なシンクタンクや有力メディアで安泰な地位(あるいは立派な大学での終身在職権)を確保しているなら、自分の間違いを認めたり、それについて思い悩んだりする必要はほとんどない。確かに、過去の過ちを認めようとしない態度は決して称賛されるべきものではないし、なぜ大きな間違いが起きたのかを私たちが理解する助けにもならない。しかし、現代の大衆の記憶は長く続かない。集団的な記憶喪失(collective amnesia)を当てにすれば、誤った予測を繰り返す専門家(や元政府高官)は、自らの助言がどのような結果をもたらしたかにかかわらず、その地位や影響力を維持できる。

不完全な点はあっても、私は依然として、対立する見解が自由に表明される「アイデアの市場(marketplace of ideas)」こそが、強制された思想の正統性よりも優れていると確信している。だからこそ、多くの人々が外交政策について深く考え、検討すべきアイデアを提示してくれることを望んでいる。しかし、そうした貢献の質を時間の経過とともに評価し、誰が正確で有益な助言をする傾向があり、誰の処方箋が事態を悪化させる傾向があるのか​​を見極めることができれば、そのプロセスはよりうまく機能するだろう。たとえ誤りを犯しがちな専門家が自分の間違いを認めたがらなくても、こうした評価の視点を持っていれば、彼らが間違いを犯した後に自身の評判を守ろうとして起こす「煙幕(dust-kicking)」を見抜き、誰の助言を受け入れるべきかを判断する助けになるはずだ。

自国の外交政策のあり方を提言する仕事に携わっている人々への助言としては、自分の過ちを素直に認めることを勧めたい。マーク・トウェインの賢明な言葉を借りれば、「正しいことをしなさい。そうすれば、ある人々は喜び、残りの人々は驚くでしょう(Do the right thing. It will gratify some people and astonish the rest)」ということだ。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ウォルトは現代世界を読み解くために不可欠な主要概念を解説する5つのパートを持つニューズレター・マスタークラス『新しい地政学(The New Geopolitics)』の著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)



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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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 古村治彦です。

 イラン戦争はアメリカとイスラエルの失敗(敗北)という評価で定まっている。そのために犠牲になった人々のことを思うとやりきれない気持ちになり、ご冥福をお祈りすることしかできない。人間はなんと愚かであろうかということを認識するとともに、ドナルド・トランプとベンヤミン・ネタニヤフの誤った判断に関しては、政治指導者としてそれ相応の責任を負わせることが必要だ。

 今回のイラン戦争に関して中国は表舞台で目立った活動はしていない。米中首脳会談やイランのアッバース・アラグチ外相の訪中があり、そこでイラン戦争について議論されたことはあるだろうし、アメリカとイランによる和平交渉実現には、パキスタンが仲介国として大きな役割を果たしたが、同時に裏方として中国がサポートをしたことは知られている。
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 また、アメリカがイラン戦争で失敗することで、相対的に中国が成功を収めることになっている。それは、中東地域におけるアメリカの存在感と影響力が低下しており、イラン戦争がそれに拍車をかけることになっているからだ。中東地域はイランを除いて、親米の国々ばかりであり、石油取引は米ドルのみで行うというペトロダラー体制によってウィンウィン関係になっていた。しかし、世界経済で少しずつであるが「脱ドル化(dedollarization)」の動きが始まっている。サウジアラビアは中国向けの石油取引で人民元での取引を行うようになっているのはその一例だ。

 下記論考にある通り、中国は「棚ぼた(windfall)」で相対的な成功を収めている。そして、イラン戦争は、国際政治の構造に大きな影響を与える。それは、アメリカへの信頼性の低下によって、アメリカの世界支配の終焉を早めるということになる。アメリカとイスラエルが大規模攻撃を行ったことで始まったイラン戦争であり、和平となるためには、アメリカとイスラエルがイランの提示する条件を受け入れることが基本となる。もちろん核開発に関しては国際的に受け入れがたいものはあるが、賠償やホルムズ海峡の管理については、イランの条件を受け入れるべきということになる。アメリカはイランに対して、再度の大規模攻撃がしにくい状況であり、イラン側としてはある程度交渉を引き延ばして、アメリカの苦境を長引かせることも可能となる。そうなると、アメリカへの信頼性も揺らぎ、同盟関係が変化していくことになる。そうなれば、相対的に中国の存在感と信頼性が高まることになる。

 私はトランプ大統領を「アメリカの世界支配を終わらせる墓掘り人」と表現したことがある。しかし、それは、アメリカの内向き志向をさらに強めるという意味であった。まさか、海外への介入で大きな失敗をして、アメリカの衰退を加速させる役割を果たすとは思っていなかった。しかし、現実にはトランプはそのような役割を果たしている。「敵に塩を送る」どころではない、利敵行為ということになる。

(貼り付けはじめ)

イラン戦争は中国への「贈り物」だ(The Iran War Is a Gift to China

-一発の銃弾も撃つことなく、中国は湾岸地域における行動の自由を拡大し、自国産業の促進と新たな信頼を手に入れた。

ファリード・ザカリア筆

2026年7月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/07/17/iran-war-china-benefit-united-states-energy-economics-geopolitics-trump-xi/

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北京のショッピングモールの屋外大型スクリーンに映し出された世界人工知能大会の開会式で演説する中国の習近平国家主席(7月17日)

イランとの戦闘が激化と沈静化(blows un and cools down)を繰り返す中、1つの傾向が明らかになっている。それは、この紛争から最大の利益を得ているのが中国ということだ。

中国は一発の銃弾を撃つ必要もなく、巨額の資金を投じる必要もなく、政治的資本を費やす必要なかった。しかし、過去30年間でどの危機よりも多くのものをこの事態から得ている。この紛争は、中国が長年掲げてきた3つの目標の実現を加速させた。すなわち、アメリカへの依存度が低い中東地域の実現、中国の重要技術への依存度が高い世界、そして真剣かつ安定した世界大国としての中国の評価の確立(a Middle East less dependent on America; a world more dependent on critical Chinese technology; and a reputation for Beijing as a serious and steady world power)だ。

中国政府は、中東地域における軍事的な安全保障の保証者としてアメリカに取って代わろうとはしていない。そうした役割には多大なコストを伴う関与が必要だからだ。中国の狙いはもっと単純かつ巧妙なものだ。それは、ペルシア湾岸諸国をアメリカの影響圏からある程度引き離すことにある。そして、ドナルド・トランプ大統領が、中国の習近平国家主席のためにその役割の多くを担ってくれている。

アメリカのペルシア湾岸の同盟諸国は、アメリカが混乱したやり方でこの戦争を遂行し、現地の都市やインフラ、経済に及ぶ被害をほとんど顧みない様子を目の当たりにしてきた。現在、ペルシア湾岸地域は2つの陣営に分かれつつある。アラブ首長国連邦(UAE)はイスラエルやアメリカとの関係を深めている。しかし、サウジアラビアを筆頭に、カタール、オマーン、さらにはイラクやトルコを含むより大きなグループは、バランスを取ることで長期的な安全を確保しようとするだろう。つまり、アメリカとの関係を維持しつつ、イランとの対話や中国との関係改善も図るということである。

これこそが、北京が志向してきた地域秩序そのものだ。2023年、中国はサウジアラビアとイランの国交正常化を仲介した。それ以来、サウジアラビアはアメリカ主導のデータセンターや半導体関連のプロジェクトへの参加を見送ってきた。サウジアラビアは中国製のミサイルやドローンを購入し、中国海軍との合同演習を実施したほか、戦闘ドローン「翼竜(Wing Loong)」の現地生産についても検討を進めている。2016年から2025年にかけて、中国から中東地域への防衛関連輸出の80%以上をペルシア湾岸諸国が占めた。アメリカの安全保障の枠組みに取って代わろうとする国は存在しないが、各国は選択肢を求めており、選択肢が増えることはアメリカの影響力を低下させることになる。

中国にとってより大きな成果と言えるのは地形学分野での勝利だ。一見すると、石油の約7割を輸入に頼る中国は、この戦争による最大の敗者の1人になるはずだった。しかし、長年にわたる備えのおかげで、中国はこの衝撃を他国の多くよりも巧みに乗り切った。中国は供給源を多角化し、世界最大級と推定される石油備蓄を構築し、石炭の利用を継続し、原子力発電を拡大するとともに、他の主要国が追随できない規模で経済分野における電化を進めてきた。

現在、中国のエネルギー消費に占める電力の割合は約30%に達しており、これはアメリカやヨーロッパを4割近く上回る水準だ。2024年には、世界で新たに導入された風力および太陽光発電設備の半分以上を中国が占めるまでになった。こうした要因が重なり、中国は戦時中、石油の輸入量を日量約400万バレル削減することができた。

イラン戦争は、中国の重要技術にとって巨大な宣伝の場となっている。世界各国の政府が、太陽光発電、蓄電池、風力タービン、電気自動車(EV)、送電網の整備を進めようとしている。中国は世界の太陽光パネル製造能力の約91%、リチウムイオン電池製造能力の約89%を掌握している。ブルームバーグが追跡調査しているクリーンエネルギー関連技術のほぼ全てにおいて、中国企業が少なくとも70%の製造を担っている。エネルギー供給への不安が長引くほど、世界は中国が支配的な地位にある産業への依存を強めることになるだろう。

また、この戦争は中国の重要な目標である「世界貿易における米ドルの支配力の弱体化(weakening the dollar’s hold over global commerce)」を後押ししている。報道によれば、イランはホルムズ海峡を通過する一部のタンカーに対し、取引を中国の人民元[renminbi](または暗号通貨[cryptocurrency])で決済することを条件に許可を与えた。中国とそのパートナー国は、アメリカの制裁によるリスクを低減するため、人民元建ての貿易を事実上拡大させている。移行は緩やかなものとなるだろうが、米ドル支配からの脱却という傾向は今や明白となっている。

最後に、評判の面での「棚ぼた(windfall)」とも言える利益がある。ドナルド・トランプ政権は、体制転換(regime change)、イランの核開発計画の破棄、弾道ミサイル能力および地域内の代理勢力への支援の終了といった壮大な目標を掲げてこの戦争に臨んだ。しかし、そのいずれも恒久的な成果としては達成できていない。それどころか今や、事態が始まる前から開かれていたホルムズ海峡を単に開放することさえも希望するような状況になっている。

トランプ大統領はこの対立を選び取った結果、数百億ドルを費やし、アメリカの弾薬を浪費し、アジアから軍事資産を転用し、同盟諸国を動揺させた。そして、アメリカの圧倒的な力をもってしても、誤った戦略と一貫性のない戦術では悪い結果しか生まないことを露呈させた。

一方、中国の動きは極めて限定的だ。イラン産原油の購入を続け、湾岸諸国との関係を維持しながら、イランの防衛や湾岸地域の警備に伴うコストは回避した。これこそ北京が志向するアプローチであり、劇的な対立を避け、着実に影響力を蓄積していく方法だ。

過去25年間、アメリカが中東地域での3つの大規模な軍事介入で疲弊する一方で、中国は製造業の力、技術力、そして外交関係を蓄積してきた。ワシントンが行動するのに対し、北京は機会を待つという姿勢を取った。もちろん、中国もエネルギー価格の高騰、サプライチェインの混乱、世界的な需要の減退といった形で、この対立による代償を支払っている。

しかし、力とは常に相対的なものだ。アメリカの目標、同盟関係、そして信頼性が受けた損害と比較すれば、中国は優位に立ったと言えるだろう。

※ファリード・ザカリア:CNNの番組「ファリード・ザカリアGPS」の司会者であり、近著に『革命の時代(Age of Revolutions)』がある。彼は『ワシントン・ポスト』紙に週刊コラムを執筆しており、そのコラムは『フォーリン・ポリシー』誌にも配信されている。Xアカウント:@FareedZakaria

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(終わり)



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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 イラン戦争は、アメリカの脆弱さと共に、イランの強靭さを明確に示した。長年にわたる経済制裁によって厳しい状況にありながら、アメリカとイスラエルによる大規模攻撃に寄ってもイランは崩れなかった。もちろん、国内の締め付け、弾圧があることは承知している。そのために国民が声を上げられない、行動できないということはあるだろう。しかし、アメリカとイスラエルが事前に期待していた、イラン国内での反政府運動の発生や民衆蜂起は起きなかった。イラン国民は、もちろんイラン政府に対して不満を持っているだろうが、それよりもアメリカとイスラエルへの反撃と政府への支持のためにまとまってしまったようだ。アメリカとイスラエル、特にイスラエルの事前の期待は大きく外れることになった。

 それは、イランが、イスラム体制であると同時に、ペルシア帝国以来の「誇り」を保持して言うことを示している。紀元前550年のアケメネス朝ペルシアが成立した。アケメネス朝ペルシアは世界初の帝国(広大な領土と他民族を支配する中央集権的な政治体制)である。イランでは、イスラム体制になって、それまでの歴史、特にイスラム前の歴史について否定的な評価をして、そのように教育していた時代もあったが、今では、肯定的な評価となっている。イラン国内にはナショナリズムが残っている。その後の歴史では、モンゴルやトルコなどの侵略を受けながらも、独自の言語や文化を守ってきたという誇りがある。
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 「ペルシア以来の歴史」と「イスラム体制」の2つがイランのアイデンティティとなっており、それに対する外部からの攻撃はイラン国民を団結させることになる。そして、どんなに苦しくても、外部勢力に対抗するということになる。それは命がけの行為となる。今回のイラン戦争で亡くなった人々は犠牲者(victims)であるにとどまらず、殉教者(martyr)である。イスラム今日の側面と殉教者であると同時に、ペルシア帝国以来の歴史の殉教者ということになる。こういった分析を『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』で行っている。是非お読みいただきたい。
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 イランは誇り高く、独立を守るということに最上の価値を置いている。そのための犠牲は殉教ということになる。これでは安易に手を出して、攻撃をしてしまうと、大変なことになる。容易に戦争は終わらない。アメリカとイスラエルが敗北を認め、謝罪し、イラン側の条件をのまない限り、戦争は終わらない。そんなことはできないので、ズルズルとなってしまう。アメリカとしては泥沼に引きずり込まれ、ホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡封鎖の責任を取らされるということになる。イラン側もあまり条件を吊り上げると、アメリカとイスラエルが嫌気をさして大規模攻撃を行う可能性があるので、出方を注意しなければならない。そのためには中国とロシアと連携し、ドナルド・トランプ政権の意向をうまくくみ取る必要がある。

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世界はイランに間違った質問を投げかけ続けている(The World Keeps Asking Iran the Wrong Question

-イスラム共和国が成立する以前からこの国は常に同じことを望んできた。

アリ・ハシェム筆

2026年5月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/05/19/iran-politics-strategy-war-sanctions-hormuz/?tpcc=recirc_featured_horizontal051524

過去半世紀にわたり、イランに関する本格的な分析の多くを方向づけてきた問いは、「イスラム共和国は何を求めているのか」というものだった。これは合理的な疑問だが、正しい疑問ではない。イスラム共和国の歴史は47年だが、現代のまとまりある政治的実体としてのイランの歴史は5世紀続いている。この2つを混同したことが、半世紀近くにわたるアメリカの政策の失敗、合意の崩壊、そして現在の形で予測した者がほとんどいなかった戦争を招く結果となった。

より有益な問いは、「イランは何を求めているのか」というものだ。ここで言うイランとは、現在の政府や最高指導者のことではなく、革命よりはるか以前にその戦略的本能が形成され、それ以降のあらゆる体制の変化を生き抜いてきた国家そのもののことだ。サファヴィー朝、ガージャール朝、パラヴィー朝、そしてイスラム共和国は、いずれも同じ地理的・歴史的遺産を基盤として活動してきた。政府は変わっても、その論理は変わらなかった。

イラン高原は西をザグロス山脈、北をアルボルズ山脈に囲まれ、世界でも有​​数の過酷な砂漠によって分断されており、中央アジア、南アジア、中東の結節点に位置している。主要な陸上帝国は全て、この土地に関与しなければならなかった。インド洋への野心を抱く海洋勢力も全て、その南端にある海峡を考慮に入れざるを得なかった。

こうした地理的条件は、歴代の王朝に一貫した教訓をもたらした。それは「内陸部を守るだけでは内陸部を確保できない」ということだ。高原内部に戦略を限定した支配者は、やがてその一部を失うことになった。一方、外へと勢力を広げ、高原を単なる標的(a target)からハブ(hub、拠点)へと変えた支配者こそが、最も長く存続した。

現代において、この論理が最も明確に表れているのがホルムズ海峡だ。世界の石油供給の約5分の1がこの海峡を通過している。2026年のイラン戦争の初期段階でイランが通航制限の動きを見せた際、実際にタンカーが停止させられる前に、エネルギー市場は反応を示した。核兵器を持たず、アメリカに対抗しうる通常戦力も持たない国であっても、その地理的位置ゆえに世界の市場を動かすことができる。これこそが地理的遺産(a geographical inheritance)であり、政府の交代によって崩れ去るものではない。

誰が権力を握ろうとも、イランの戦略的行動を貫く3つの確信がある。

第一の確信は、弱さは他国からの介入を招くという認識である。1813年のグリスタン条約と1828年のトルクメンチャーイ条約により、イランはコーカサス地方の領土を奪われた。1907年の英露協約では、イラン側の意向を無視して勢力圏に分割された。それ以降の歴代政権は、これらの出来事を構造的な警告として捉えてきた。すなわち、抑止力(deterrence)を発揮できない国家は、その主権(sovereignty)を外部から管理されることになるという教訓である。核開発計画、地域的なネットワーク、そしてミサイル戦力といった要素は、ある側面において、いずれもこの警告に対する対応策なのである。

第二の確信は、主権は決して譲歩の対象にはなり得ないという点だ。1890年代初頭のタバコ・ボイコット運動や1951年のアングロ・イラニアン石油会社の国有化は、単発的な出来事ではない。それらは時代を超えて繰り返された、同一の反射的反応であった。1976年、リチャード・ヘルムズ駐イラン米大使がヘンリー・キッシンジャー国務長官に行った報告の中で、この点が的確に表現されている。「核をめぐる緊張が存在するのは、イランが、自国の主権を損ないかねない外部からの干渉を一切容認しようとしないからである」。この一文は、2015年、2021年、そして、2026年に行われた核交渉に関するあらゆる報告書においても、そのまま当てはまるものであった。

そして第三の確信であり、最も一貫して過小評価されてきたのが、イランは自らを単なる「地域大国(a regional power)」とは見なしていないという点である。1979年の革命は、一般的に地域的な文脈シーア派政治勢力の台頭、湾岸地域の安全保障体制の再編、統治勢力としての政治的イスラムの出現で語られることが多い。

しかし、その革命がもたらした最も直接的かつ重大な影響は、世界規模のものだった。わずか1年の間に、イランはワシントンにとっての極めて重要な戦略的パートナーという立場から、超大国とは異なる「第三の道(a third path)」を追求する国家へと変貌を遂げた。人質事件は、その後一世代にわたってアメリカの国内政治のあり方を変えた。イラン・イラク戦争には、米ソ超大国やヨーロッパ諸国の大部分の諜報機関や兵器産業が巻き込まれた。イラン製の無人機「シャヘド(Shahed)」は、ヨーロッパでの戦争にまで投入されるに至った。2026年の紛争は世界のエネルギー市場を動かし、複数の海上ルートにおける海運保険に混乱を招き、湾岸地域の石油に依存するあらゆる経済―すなわち世界の大多数の経済―に、戦略の再考を迫ることとなった。最高指導者であったルーホッラー・ホメイニ師は、革命を世界の隅々にまで輸出すると語った。彼は本気だった。

半世紀の隔たりがある2つの発言が、その継続性を如実に物語っている。1つ目は1960年代、イラン秘密警察の中東担当局長モジタバ・パシャイ大佐によるものだ。彼は、シャー(shah、国王)がレバノンの諸政党を支援していた理由をこう説明した。「イラン国内での流血を防ぐためには、地中海東岸において(ナセル主義[Nasserism]という)脅威と戦い、これを封じ込めなければならない」。2つ目は2016年1月、最高指導者アリ・ハメネイ師がシリアやイラクで戦死した兵士の遺族に向けて語った言葉である。「もし彼らが現地へ赴き敵と戦っていなかったら、敵は国内に侵入していただろう。私たちはケルマンシャーやハマダーンで敵と戦わなければならなくなっていただろう」。2つの発言の論理は、両政権の性質は異なっていたとしても、同一である。

外部から見れば、シャーの親欧米的な姿勢はこのパターンから逸脱しているように見えたかもしれない。だが、実際はそうではなかった。彼もまた、イスラム共和国と同様の論理に基づいて核能力の獲得を追求していた。シャーはイスラエルとの軍事提携も模索した。ワシントンが外部の監視を伴う核の安全保障措置を求めた際、彼がそれに抵抗したのはイデオロギー上の理由からではない。そのような監視を受け入れることは、過去どの時代のイランの統治者も決して容認できなかった「従属的な地位(a subordinate status)」を認めることになってしまうからだった。

同じパターンは現在も見られる。パキスタンでの協議において、最高指導者モジタバ・ハメネイ師は、他者が設定した条件でイランが交渉に応じることはないと同席した当局者たちに明言した。ワシントンとテルアビブは、核開発計画、ミサイル、地域的なネットワークへの圧力といった形で事態を「封じ込める(contained)」ことを意図して2026年の戦争に臨んだ。しかし、イランはその枠組みを拡大させた。軍事的圧力が一定の閾値に達すると、テヘランはホルムズ海峡を封鎖し、対立を世界的な経済危機へと変貌させたのである。ワシントンが「ゲームのルール(the rules of the game)」を定めようとするたびに、テヘランは「競技の場(the playing field)」そのものを変えてしまうのだ。

包括的な制裁、特定の対象を狙った制裁、暗殺作戦、サイバー戦、代理勢力への支援、直接的な軍事行動―これら全てが試みられてきた。しかし、いずれも当初期待されたような戦略的変革をもたらすことはなかった。それどころか、それらは一貫して(この一貫性自体が重要なデータとして扱われるべきだが)事態を加速させる結果を招いた。すなわち、核開発の加速、地域ネットワークの深化、そして政治体制のさらなる強固化である。

2002年の「悪の枢軸」演説(“axis of evil” speech)は、最も明確なケーススタディとなる。911同時多発テロ後の数ヶ月間、テヘラン(イラン政府)はアフガニスタン問題で協力し、アフガニスタンの政治的将来を議論するボン会議に参加し、ワシントンとの間接的な対話ルートを開設した。モハンマド・ハタミ大統領を中心とする改革派陣営は、こうした行動を取ることで、国内政治における現実的なリスクを負った。イラン当局者は、自らが歩み寄りの姿勢を示した以上、相手からの応酬(互恵性[reciprocity])も期待できると考えていた。ロイヤル・ホロウェイ(ロンドン大学)で行った私自身のこの時期に関する研究でも、ジョージ・W・ブッシュ米大統領の演説について、ジャック・ストロー元英外相の表現と同様の証言が一貫して得られた。それは「彼らが冒したリスクに対する裏切り(a kick in the teeth for the risks they had taken)」というものだ。イランのモハンマド・ジャヴァド・ザリフ元外相は後に、わずか数日のうちに「協力の政策(policy of cooperation)」が「対立の政策(policy of confrontation)」に変貌した経緯を語っている。

その後に続いた事態は、構造的に予測可能なものでした。ワシントンの目的は共存ではなく体制転換(regime change)にあるというハメネイ師の確信は、この出来事によって揺らぐどころか、むしろ裏付けられる結果となった。核開発計画は加速し、地域的なネットワークは深化し、抑止の枠組みは拡大した。これは強硬派がその局面を操作したからではなく、協力の申し出が無視された瞬間に、根底にある論理が再び支配的になったからである。

圧力をかけられているイランの行動は、主にイデオロギーに基づくものではなく、戦略的なものだ。イランに対し抑止の枠組みを解体するよう要求することは、イスラム共和国に穏健化(to moderate)を求めている訳ではない。それは、過去5世紀の歴史が「破局を招く条件(the condition from which catastrophe comes)」であると示してきた状況を、イランに受け入れるように迫ることに等しい。いかなるイラン政府もそれを受け入れることはできない。なぜなら、それを受け入れることは、「弱さは介入を招く(Weakness invites intervention)」という根本的な教訓を認めることになるからだ。譲歩(concession)を引き出すための圧力が、かえって阻止しようとしていた行動を誘発している。

キッシンジャーはヴェトナム問題の処理に長年携わった末に、北ヴェトナムが彼自身の想定とは全く異なるもの―すなわち時間、忍耐、そして米国の政治的意志の漸進的な摩耗―のために戦っているのだと結論付けた。テヘランも同じ論理で動いている。イランはこの局面での勝利を目指しているのではない。アメリカが「出口(exit)」を必要とする時が来た際に、存続可能な状態を維持しようとしている。ヴェトナムにおけるキッシンジャーの過ちは、紛争を拡大させたことではなく、相手も自分と同じ「勝利(victory)」の定義を共有していると思い込んだことにあった。ドナルド・トランプ政権も今、同様のディレンマに直面している。国内で正当化できる条件で戦争を終わらせることもできなければ、テヘランが拒否し続けている枠組みなしに撤退することもできない。対立が長引けば長引くほど、その痛みはイランや石油市場、海運、サプライチェイン、そして湾岸地域の安定に依存する経済圏の枠を超えて広がっていく。ホルムズをめぐる問題で打撃を受けるのは、イランだけではない。

核拡散のリスクは現実のものだ。その地域的ネットワークは、実際に暴力を引き起こしてきた。分析上の見解を修正したからといって、こうした懸念が消え去る訳ではない。修正によって変わるのは、それらの懸念に対処するための条件だ。

真の安全保障を保証し、イランを単なる「管理すべき問題(a problem to be managed)」ではなく「正当な抑止の利益を持つ当事者(a party with legitimate deterrence)」として扱い、さらに、歴史的経緯から構造的に受け入れがたい「従属的な地位(subordinate status)」をイランに強いないような取り決めであれば、それは維持される可能性がある。一方、イランが近代史を通じてあらゆる時代に拒絶してきた条件を強いるような取り決めは、どの政府が担当しようともうまくいかないだろう。自国の戦略的論理が禁じていることを実行できるイランの政府など存在しないからだ。

ワシントンが現在直面している困難は、テヘランに対話の相手がいないことではない。依然として、間違った問いを立てていることにある。

※アリ・ハシェム:中東地域における戦争、外交、政治の変革を取材するジャーナリスト・研究者。アルジャジーラの特派員、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ・イスラム教・西アジア研究センター研究員。Xアカウント:@alihashem

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 古村治彦です。

 アメリカの国力低下、衰退が続く中で、世界構造も大きく変化していく。アメリカが世界の警察官として世界各地の安全保障に責任を持つということはなくなる。アメリカは世界から撤退していく。世界各国は「自力」で防衛をしなければならないということになるが、これは同時に、アメリカ抜きで地域的な枠組みを構築し、防衛費を抑制する機会でもあるが、現状はそのようになっていない。各国は防衛費増額を進めている。

 アメリカは同盟諸国に防衛費増額を厳命している。NATOのヨーロッパ諸国は防衛費の対GDP比5%への引き上げを決定している。これは防衛費3.5%にプラスして関連インフラ整備1.5%という内訳になっている。2010年代には1%台だったが、現在は2%台になっている。日本も防衛費の対GDP比3%に向けて動いている。少子高齢化で国力が低下していく中で、防衛費だけは増額していく。「周辺の安全保障環境の悪化」という宣伝が日米両政府からなされているが、その環境悪化を招いているのは周辺諸国だけではなく、日米両国の武力増強の動きでもある。「安全保障のディレンマ(Security Dilemma)」と呼ばれるが、近接する国同士が安全保障に不安を持ち、防衛力を増強し合い、結局のところ、お互いの安全は低下するということになる。東アジアの現状はこの安全保障のディレンマの状況でもなく、アメリカ(の一部)に踊らされた日本の政治家たちが勝手に独り相撲で安全保障環境の悪化を喚いているだけのことである。

 NATO諸国が防衛費を増額することで、自分たちの防衛を自分たちで考えるようになると、アメリカの意向に反するようになる、アメリカの言う通りには動かなくなるということになる。これが通常の動きである。「自分でお金を払っているのだから他人にとやかく言われる筋合いはない」ということになる。しかし、日本の場合には、防衛費を増額したところで、アメリカの属国であることは変わらない。「アメリカの属国であるから、アメリカの厳命通りに防衛費を増額し、その多くをアメリカからの武器購入に充てる」ということになる。日本の防衛費増額は「貢物の増額」ということでしかない。この点がヨーロッパと異なる。

 日本がアメリカの属国状態から脱することは非常に困難である。戦後日本の80年間がそうであった。あらゆるシステムが属国であり、アメリカに奉仕することを前提にして作られている。属国であることを止めるということは国家をもう一度作り変える必要があるからだ。それには非常な痛みが伴うし、そのきっかけをつかむことも難しい。しかし、アメリカが衰退し、世界から退場していくという状況になっている。日本も一緒に沈み、衰退していくことになるだろう。しかし、アメリカが世界を手放すと決めた時、日本の属国状態にも変化が起きるだろう。

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古いNATOが失われればアメリカはその存在を懐かしむことになるだろう(The United States Will Miss the Old NATO When It’s Gone

-防衛費を増額するヨーロッパはワシントンへの依存度を下げ、同時にその意向を過度に尊重することもなくなる。

ファリード・ザカリア筆

2026年7月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/07/10/trump-nato-summit-rutte-defense-spending-greenland/

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トルコのアンカラで開かれたNATO首脳会議にて写真撮影に応じるトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領、NATOのマーク・ルッテ事務総長、そしてアメリカのドナルド・トランプ大統領(左から)(7月8日)

それは、NATO(北大西洋条約機構)諸国に「公平な負担(fair share)」を求めたことだ。歴代の米大統領も長らく負担の分担について不満を漏らしてきたが、トランプのやり方は粗野で芝居がかっており(theatrical)、取引的なものだった。しかし、彼が示したその考え方自体は、広く共有されていたものでもある。そして、ヨーロッパ側もそのメッセージを理解した。アメリカ以外のNATO諸国の防衛費は、2014年には合計GDP(国内総生産)の1.4%だったが、2025年には約2.3%に達している。

しかし、望んだことの実現については注意深くあらねばならない。

一般的には、ヨーロッパの支出が増えればアメリカの支出は減ると考えられがちだ。それは明らかに誤りだ。ヨーロッパの防衛費がここ数十年で最高水準にあるにもかかわらず、トランプは2027年度予算として1兆5000億ドルという巨額の国防予算を提案している。

アメリカの防衛費は、これまで一度もNATOの必要性だけで決定されたことはない。それは、世界中に基地や艦隊を配備し、様々な責務を負う「世界規模の超大国(a global superpower)」としてのアメリカの役割を反映したものだ。アメリカは、ロシアの抑止、中国への対抗、中東での軍事力行使、世界の海上交通路(シーレーン)の保護、本土防衛、核の優位性維持、宇宙空間での優位確保、ドローンや人工知能(AI)分野での主導権、そして遠隔地で戦闘を行う能力の維持などを求めている。実際、国際戦略研究所(International Institute for Strategic StudiesIISS)の2018年の試算によれば、ヨーロッパにおける直接的な防衛支出は、アメリカの防衛費総額の5%ほどに過ぎなかった。

ヨーロッパの支出が増加するにつれ、ヨーロッパ大陸はアメリカへの依存度を下げ、アメリカに対して従順ではなくなっていくだろう。

75年以上にわたり、NATO内での圧倒的な優位性は、アメリカに多大な利益をもたらしてきた。アメリカはヨーロッパ全域に30以上の軍事基地を保持し、それらの基地はヨーロッパのみならず、アフリカ、中東、アジアにおいても軍事力を展開する足掛かりとなってきた。イラクやアフガニスタンでの戦争、そして最近の対イラン情勢を含む中東でのアメリカの軍事作戦は、ヨーロッパにおける基地利用や領空通過の権利に大きく依存してきた。NATO諸国は、行われている戦争に反対の立場であっても、アメリカによる施設利用を容認することが頻繁に起きた。しかし、アメリカを信頼できない、あるいは敵対的だと見なすようになれば、ヨーロッパ諸国はアメリカの意向に配慮する必要性を感じなくなるはずだ。

アメリカはこれまで、経済的な対抗措置を含む広範な戦略において、同盟諸国が常に自国の方針に追随すると想定してきた。しかし、元国防総省高官セレステ・ワランダーが『フォーリン・アフェアーズ』誌上で指摘しているように、ヨーロッパはすでに独自の国益と手段を有している。ヨーロッパはロシアの凍結資産の大部分を保有しており、ロシアの海運、金融、技術分野に対して独自の制裁を科している。また、ロシアの主要銀行を排除したことで極めて重要な役割を果たした決済システム「SWIFT」の本拠地もヨーロッパにある。もしアメリカがウラジーミル・プーティン大統領との取引のためにモスクワへの圧力を緩和しようとしても、ヨーロッパはそれを拒否するかもしれない。あるいは、アメリカがイランや中国への圧力を強めようとしても、ヨーロッパは二の足を踏む可能性がある。

さらに、兵器の問題もあります。NATOにおけるアメリカのリーダーシップがもたらした隠れた利点の1つは、ヨーロッパ諸国がアメリカの兵器を購入してきたことだ。F-35戦闘機、高機動ロケット砲システム(ハイマース、HIMARS)、パトリオット・ミサイル、P-8哨戒機など、数多くのシステムが購入されてきたが、その理由は単にそれらが優れているからだけではない。それらの兵器がヨーロッパとアメリカを結びつける役割を果たしてきたからだ。装備を共通化すれば共同作戦が容易になるし、アメリカ軍が関与し続けるという安心感を最前線の国々に与えることにもなる。

しかし現在、ヨーロッパの当局者たちはアメリカのハードウェアへの依存を減らす必要性について公然と語るようになっている。彼らは、将来的にトランプ政権がソフトウェアの更新や予備部品の供給、あるいは運用支援を差し止める事態を懸念している。アメリカの大統領がグリーンランドに対して脅しをかけるような状況を目の当たりにすれば、デンマークは次世代兵器の調達先としてアメリカを選ぶかどうか、慎重に再考せざるを得なくなるだろう。

アメリカの防衛関連企業にとって、これは大きな損失となり得る。そしてアメリカの戦略にとっても、その影響はさらに甚大なものとなる可能性がある。兵器の販売は単なる商取引ではない。それは協力関係や戦略の共有といった慣行を醸成するものでもあるからだ。

最後に、もう1つの危険がある。「ヨーロッパ」が支出を増やすと軽々しく述べるが、防衛予算は依然として各国の管轄下にある。しかも、ヨーロッパの政府の多くは財政難に陥っている。アナリストのリアナ・フィックスが『フォーリン・アフェアーズ』誌上で指摘しているように、支出能力が最も高い国はドイツだ。そして今、ドイツは驚くべき規模でその支出を拡大し始めている。

これは必要なことだ。ドイツはあまりにも長い間、消極的な姿勢を取り過ぎてきた。ドイツはヨーロッパに深く根を下ろしたリベラルな民主政治体制国家であり、その政治的DNAに攻撃的な衝動が潜んでいるなどと恐れる理由はない。しかし、国際政治においては規模と力が重要だ。近隣諸国をはるかに上回る額を防衛費に充てるドイツの姿は、必然的にフランスやポーランド、そして周辺の小国に不安を抱かせることになるだろう。

1945年以降のアメリカの戦略が際立っていたのは、まさにこの問題を解決した点にある。その戦略のおかげで、ヨーロッパ諸国は、かつての大国のように振る舞ったり考えたりする必要がなくなった。アメリカの「傘(umbrella)」の下で、フランスとドイツは互いに勢力均衡を図る必要がなくなった。アメリカは、何世紀にもわたって壊滅的な戦争を引き起こしてきたヨーロッパ域内の対立を抑え込み、安定的かつ平和で、親米的な体制を築き上げた。

私たちは連鎖反応を引き起こしている。やがてアメリカ人は、かつてのNATOを懐かしく思うようになるだろう。それはNATOが公平だったからではなく、アメリカを中核に据えた、世界史上最も成功した安全保障体制だったからだ。

※ファリード・ザカリア:CNNの番組「ファリード・ザカリアGPS」の司会者であり、近著に『革命の時代(Age of Revolutions)』がある。彼は『ワシントン・ポスト』紙に週刊コラムを執筆しており、そのコラムは『フォーリン・ポリシー』誌にも配信されている。Xアカウント:@FareedZakaria

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