古村治彦です。
2025年11月21日に『シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体』 (ビジネス社)を刊行します。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体
最新刊の刊行に連動して、最新刊で取り上げた記事を中心にお伝えしている。各記事の一番下に、いくつかの単語が「タグ」として表示されている。「新・軍産複合体」や新刊のタイトルである「シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体」を押すと、関連する記事が出てくる。活用いただければ幸いだ。
イスラエルとハマスの紛争、ガザ地区への攻撃と民間人殺傷は、停戦合意によって、小康状態になっているが、民間人の苦境は続いている。イスラエルに対する国際刑事裁判所のカリム・カーン検察官が、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防大臣に対して逮捕状を請求したことによる。カーンは同時にハマスの指導者に対しても逮捕状を請求した。これに対して、ネタニヤフ首相はカーンを反ユダヤ主義者と非難し、法律専門家もカーンがイスラエルとハマスを同じレベルに置いたことに動揺した。多くの一般市民も怒りを抱くが、その感情だけではカーンの訴えの根拠を判断するのは難しい。しかし、カーンは証拠を集めるため、国際法の専門家からなる委員会に相談し、その結果、彼が特定した容疑者が戦争犯罪や人道に対する罪を犯したと信じるに足る合理的な根拠があると結論付けた。ネタニヤフ首相とガラント大臣に対する主な容疑は、ガザの民間人に対する共通の計画として、飢えや暴力を用いた行為に関与した点である。つまり、これは人道支援の妨害が失策ではなく、意図的な行為であったという主張を基にしている。カーンはビデオや衛星画像などを資料として提示しているが、具体的な証拠は公にはされていない。
テオドール・メロン
国際刑事裁判所において重要な役割を果たしたのは、ユダヤ人の著名な法学者テオドール・メロンである。メロンは、入植地の問題についても指摘している。1967年における入植の開始時、彼は法的な観点から問題があることをイスラエル政府に伝えたが、無視された。仮にイスラエル政府が当時のアドバイスに従っていれば、入植地はなかったかもしれず、中東の平和にも違った道があったと考えられる。入植地の存在がイスラエルの外交政策に影響を与え、特にネタニヤフ政権においてその傾向が強化された。そのような人物が国際刑事裁判所で重要な役割を果たした。メロンという人物はイスラエルの愛国者と言える存在だろう。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は私利私欲のために、ナショナリズムを利用し、中東と世界に災厄を与えている。メロンは現在も存命である(95歳)。彼に続き、イスラエルのために、イスラエルの政策を批判する人たちはたくさんいる。私たちはそのことに思いをいたすべきだ。
(貼り付けはじめ)
イスラエルをイスラエル自身から救おうとした男(The Man Who Tried to
Save Israel From Itself)
-今回、イスラエルはテオドール・メロン(Theodor Meron)の警告に従わなければならない。
ガーショム・ゴレンバーグ筆
2024年6月4日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/06/04/israel-settlements-occupation-theodor-meron-gaza-netanyahu/?tpcc=recirc062921
「ハーグの偽善(the Hague’s Hypocrisy)」と、イスラエルの大衆向け日刊紙は見出しに大々的に書き立てた。ライヴァル紙は負けじとばかりに「ハーグの恥辱(the Hague’s Disgrace)」と見出しを付けた。
国際刑事裁判所のカリム・カーン検察官が、人道に対する罪(crimes against
humanity)でイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアヴ・ガラント国防大臣に対して逮捕状を請求すると発表したとき、イスラエル国内で最も明らかな国民の反応は激怒だった。カーン検察官が同時にハマスの指導者3人の逮捕を要請しても、この怒りは収まらなかった。
ネタニヤフ首相は予想通り、カーンが「反ユダヤ主義の火(the fires of
antisemitism)」を煽っていると非難した。しかし、首相に深く批判的なイスラエルの法律専門家ですら、カーンがイスラエルとハマスの司令官を同じカテゴリーに入れているように見えることに動揺している。ある人は「攻撃者(ハマス)と攻撃される側(イスラエル)の間に法的同等性を設けるのは容認できない」と書いた。
私もごく普通のイスラエル人なので、その反射的な怒りをいくらか共有できる。世界はイスラエルの行動に過剰な注目を払い、2023年10月7日にどちらの側が残虐行為を犯し、この戦争を引き起こしたのかを忘れているようだ。
しかし、怒りは、カーンがネタニヤフとガラントを訴える根拠となるかどうかを判断する上で、あまり有効な手段ではない。私にとって、その疑問に答える鍵は、ある名前にある。テオドール・メロンだ。
カーンは、要請書を提出する前に、戦争法に関する主要な専門家で構成される委員会に証拠を提出した。委員会は全員一致で、「カーンが特定した容疑者が、国際刑事裁判所の管轄権の範囲内で戦争犯罪および人道に対する罪を犯したと信じるに足る合理的な根拠がある」と結論付けた。ホロコースト生存者であり、法学者であり、元イスラエル外交官でもある94歳のテオドール・メロンは、これらの専門家の中でも群を抜いて著名な人物である。
私が「T・メロン」という名前に初めて出会ったのは、20年以上前、占領地におけるイスラエル人入植地の歴史に関する著書『偶然の帝国(The Accidental Empire)』の調査中に、イスラエル国立公文書館でのことだった。故レヴィ・エシュコル・イスラエル首相の事務所から機密解除されたファイルのページ下部に、彼の署名があった。ページ上部には「極秘(Most Secret)」と記されていた。その間に記された情報が、私を彼についてもっと知りたいという気持ちにさせた。
メロンは1930年、ポーランドのカリシュで、彼自身が「中流階級のユダヤ人家庭(middle-class
Jewish family)」と表現する家庭に生まれた。「幸せだったが、残念ながら短かった幼少期」は、9歳の時にドイツ侵攻によって終わりを迎えた。ナチスが支配するゲットーや強制労働収容所で暮らしながらも、どうにかホロコーストを生き延びた。しかし、彼の家族のほとんどは生き延びられなかった。終戦直後、15歳の時、彼は当時イギリス領だったパレスティナのハイファ市に移住した。
それからの6年間、彼にとって唯一の学校教育は苦痛に満ちたものとなった。失われた教育の年月は「私に学びへの強い渇望を与えてくれた」と彼は後に語っている。彼は新しい言語で高校を卒業し、ヘブライ大学で法学の学位を取得し、ハーヴァード大学で博士号を取得し、ケンブリッジ大学で国際法の博士研究員として研究を行った。
1957年、学術界のポストに就く見込みのないメロンは、イスラエル外務省からのオファーを受けた。1967年の六日間戦争(第三次中東戦争)直後、37歳にしてイスラエル外務省の法律顧問、つまり事実上イスラエル政府における国際法の最高権威に任命された、天才(wunderkind)なのである。
大使としての10年の任期を経て、彼は学術界に戻った。多くのイスラエル人学者と同様に、これは海外留学を意味した。メロンの場合は、ニューヨーク大学ロースクールへの留学だった。彼の法律に関する論稿は、「国際刑事裁判所(international criminal tribunals)の法的基盤構築に貢献した」と評されている。国際刑事裁判所の始まりは、ユーゴスラビア崩壊後の戦争犯罪を扱うために1993年に国連が設立した裁判所である。
当時アメリカ市民であったメロンは、2001年に国際刑事裁判所の判事に任命された。彼は数年間、同裁判所の所長と控訴裁判所判事を務めた。インタヴューで、彼は自身の立場を「胸が締め付けられる(poignant)」と同時に「気が重くなる(daunting)」と語った。かつてナチスの少年囚人だった彼が、今やジェノサイドを含む犯罪の裁判長を務めているのだ。彼は特に、「レイプと性奴隷制を人道に対する罪と定義した」判決を誇りに思っている。
メロンは、1990年代後半、再びオックスフォード大学の法学教授として、また最近ではイスラエルとハマスの指導者に対する訴訟を担当する国際刑事裁判所所長カーンの顧問も務めている。
カーンの令状請求は有罪判決ではないことを肝に銘じておくことが重要だ。メロンをはじめとする専門家たちが確認したのは、証拠と法律がネタニヤフとガラント、そしてハマス関係者のヤヒヤ・シンワル、モハメド・デイフ、イスマイル・ハニヤを裁く根拠を提供しているということだ。
専門家たちの報告書は、国際刑事裁判所(ICC)に訴訟適格がないとするイスラエルの主張を否定した。「ガザ地区を含むパレスティナは、国際刑事裁判所規程の適用上、国家である」と専門家たちは述べた。イスラエルとは異なり、パレスティナは国際刑事裁判所の管轄権を受け入れている。したがって、国際刑事裁判所はガザ地区における行動、そしてイスラエル領内でのパレスティナ人の行動について判決を下すことができると報告書は述べている。
『フィナンシャル・タイムズ』紙に寄稿した共同意見記事の中で、メロンと同僚たちは「これらの容疑は紛争の理由とは全く関係がない」と強調した。その点を敷衍すると、イスラエルは正当化可能な防衛戦争(a justifiable war of defense)を行っているかもしれないが、政府首脳を含む一部のイスラエル人は、その戦争遂行の過程で罪を犯した可能性がある。
シンワル、デイフ、ハニヤに対する起訴案には、10月7日のイスラエル攻撃における民間人殺害という人道に対する罪である絶滅(extermination)、人質の確保、強姦といった戦争犯罪が含まれている。
ネタニヤフとガラントに対する主な容疑は、ハマスを根絶やしにし、イスラエル人人質を解放し、ガザ地区の住民を処罰するために、「ガザ地区の民間人に対する飢餓やその他の暴力行為を用いるという共通の計画(a common plan to use starvation and other acts of violence against
the Gazan civilian population)」に関与したという点である。言い換えれば、人道支援の妨害は失策ではなく、戦争遂行のための意図的な手段だったとされている。
カーンは、生存者へのインタヴュー、ビデオ資料、衛星画像など、自身が収集した証拠の種類を列挙している。しかし、証拠そのものは公表していない。今のところ、私たちは専門家全員の一致した見解に頼るしかない。そして、カーンの主張が確固たるものかどうかを判断できるのは、おそらくメロン以上に適任な人物はいないだろう。メロンがイスラエルを迫害していると示唆するのは滑稽であり、彼が反ユダヤ主義者だと主張するのは言語道断だ。
これは判決ではない。告発を真剣に受け止めるべき理由だ。
実際、イスラエル政府がテオドール・メロンの訴えをもっと早く、つまり私がアーカイヴで発見した覚書を書いた1967年9月に真剣に受け止めていれば、イスラエルはこのような状況には陥っていなかっただろう。
当時、エシュコル首相は、3カ月前の予期せぬ戦争でイスラエルが征服した領土に入植地を建設すべきかどうかを検討していた。エシュコルは、1948年にアラブ軍に制圧されたキブツ、クファル・エツィオンの再建に傾いていた。その場所は、ヨルダン川西岸地区のヘブロンとベツレヘムの間にあり、その間ヨルダンの支配下に置かれていた。エシュコルはまた、同じくイスラエルに最近征服されたシリア領ゴラン高原への入植にも関心を持っていた。
しかし、閣議において法務大臣は「施政下」地域[“administered” territory](政府が占領地を指す用語)への民間人の定住は国際法違反になると警告していた。エシュコルの局長は外務省の法律顧問に意見を求めた。
メロンの回答は断定的だった。「私の結論は、施政下における民間人の定住は、ジュネーブ条約第4条の明示的な規定に違反となる」。メロンによると、1949年の戦時における文民保護に関する条約は、占領国が自国民の一部を占領地に移動させることを禁じている。この規定は、征服国による「植民地化を防止することを目的としている(aimed at preventing colonization” by the conquering state)」と彼は書いている。
9日後、イスラエルの若者の一団が政府の支援を受けてクファル・エツィオンに入植地を設置した。当初、この入植地は公に軍事前哨基地(a military outpost)とされていた。メロン自身も指摘していたように、占領地に臨時の軍事基地を建設することは合法だった。しかしこれは策略であり、新たな入植地の民間性が高まるにつれ、その効果は急速に薄れていった。
そこでイスラエル政府はすぐに、著名なイスラエル人法学者イェフダ・ブルムとメイア・シャムガルの主張に頼るようになった。彼らは、ジュネーブ条約第4条はヨルダン川西岸地区には適用されないと主張した。ヨルダンの主権は国際的にほぼ完全に承認されていないため(というのが彼らの主張だった)、ヨルダン川西岸地区は占領地ではないという主張だ。
メロン自身が最初の覚書から50年後の2017年に書いたように、この理論は根拠がない。ジュネーブ条約は国家や主権主張を守ることを目的としたものではない。占領下の人々を占領国の行為から守るものだ。
ここで疑問が生じる。もしエシュコル政権が1967年に歯を食いしばり、自国の弁護士の意見を受け入れていたらどうなっていただろうか?
まず、占領地に入植地は存在しなかっただろう。イスラエルの広大な郊外、より小規模なゲート付き郊外、そして小さな前哨基地からなるネットワーク全体は存在しなかっただろう。イスラエル軍はこれらのコミュニティを警備する必要もなく、イスラエルは占領地に自らを縛り付けるために莫大な資源を投入することもなかっただろう。
今頃、イスラエルの隣にパレスティナ国家が誕生していたのか、あるいはどこか別の場所で平和が実現していたのか、私たちには分からない。入植地は和平合意の唯一の障害ではなかった。しかし、大きな障害の1つであることは確かだ。さらに、入植地の一部、つまりイデオロギー的な郊外は、土地の放棄に断固反対するイスラエルの過激な宗教右派の温床となってきた。ネタニヤフ政権の二大極右政党は入植者によって率いられており、入植地を中核的な支持基盤としている。入植地がなければ、イスラエルが現在の苦境を回避できた可能性は高かっただろう。
当時、メロンの意見を受け入れていれば、イスラエルの政治家や軍指導者の間に国際法に対する異なる姿勢、すなわち厳格な遵守の姿勢が確立されていたかもしれない。おそらくそのような姿勢が、ネタニヤフとガラントに、現在の戦争を異なる方法で遂行させ、国際刑事裁判所の検察官が現在主張しているような行為を回避させていたかもしれない。
しかし、キーワードは「疑惑(alleged)」だ。カーンが主張する犯罪の重要な要素は、それらが意図的であったこと、つまり飢餓(starvation)やその他の民間人の死因が政策として設定されていたことだ。
イスラエルの指導者たちが、ガザ地区の人々への食糧やその他の基本的なニーズの供給を意図的に阻止した可能性は確かにある。つまり、援助が遮断されたのは、ハマスに人質解放、あるいはガザの支配権を放棄するよう圧力をかけるためだ。ハマスはガザ地区の民間人を人間の盾として利用してきた。おそらくネタニヤフ首相は、彼らの苦しみをハマスに対する武器として利用しようとしたのだろう。
ガザ地区の人々に食糧を届けられなかったのは、戦闘の混乱、エジプトの失策、ハマスの行動、イスラエル兵が援助活動員に誤射したこと(イスラエル兵が時折、他のイスラエル人に対して誤射したことも同様)、そしてイスラエル政府の無能さ(10月7日にイスラエルを無防備な状態に陥れた悲惨な無能さの継続)といった複数の要因が重なった結果である可能性もある。
世界中のあまりにも多くの人々が、主に先入観やメディア報道の洪水に基づいて、これらの可能性のどれが真実なのかを既に確信しているようだ。しかし、もしカーンがネタニヤフとガラントを裁判にかけることに成功したとしても、確固たる証拠によって意図を立証する必要があるだろう。
メロンの1967年のメモを発見したことで、もう1つ教訓を得た。政府の意図を示す最良の証拠は、しばしば何十年も秘密にされた文書の中に隠されているということだ。これは戦争における決定においてはなおさら当てはまり、イスラエル自身がガザ地区で何が起きたのかを調査すべき理由をさらに強めるものだ。
国際刑事裁判所がイスラエルの機密文書にアクセスする可能性は低い。一方、10月7日の悲惨な情報漏洩以降の戦争遂行の全過程を調査するイスラエルの国家調査委員会は、そのようなアクセスを要求し、政府高官や将校を召喚して証言を求めることができるだろう。
カーンの発表で明確に示されたのは、イスラエルが容疑犯罪について独自に「独立かつ公平な(independent
and impartial)」調査を実施するのであれば、カーンはイスラエルの判断に従うという点だ。これは「補完性(complementarity)」の原則であり、国際刑事裁判所の管轄権は各国の司法制度が機能しない場合にのみ適用される。
調査委員会は刑事手続きではない。しかし、イスラエルが自国で調査を実施するのであれば、カーンには自らの調査を中断または終了する十分な理由があるだろう。
しかし、イスラエル国内では、ネタニヤフ政権が必要な独立性と広範な権限を有する調査委員会を設置することはないのは明らかだ。それは、国の深刻な政治危機が政権の崩壊と新たな選挙に繋がった場合にのみ可能となる。
ネタニヤフ首相は、カーン首相による逮捕状請求に対する国民の反射的な怒りを利用して、失った支持をいくらか回復させようとしている。しかし、理性的な反応は正反対だ。国際刑事裁判所での訴訟の可能性は、ネタニヤフ政権を終わらせ、戦争のあらゆる側面を調査する新たな理由となる。
言い換えれば次のようになる。1967年、占領開始当初、イスラエル政府は国際法に関する非常に若い顧問からの警告を無視した。今日、イスラエルは戦争法に関する非常に老練な権威、つまり同じ人物からの新たな警告に耳を傾ける必要がある。
※ガーショム・ゴレンバーグ:イスラエルのジャーナリスト・歴史家。最新作に『影の戦争:暗号解読者、スパイ、そしてナチスを中東から追い出すための秘密の闘争(War of Shadows: Codebreakers, Spies, and the Secret Struggle to
Drive the Nazis From the Middle East)』がある。ツイッターアカウント:@GershomG
(貼り付け終わり)
(終わり)
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』






