古村治彦です。
私は映画については全くの門外漢である。しかし、私が毎日目を通している『フォーリン・ポリシー』誌のウェブサイトには、映画評論や文化評論が掲載される。先日は映画「国宝」の評論が掲載されておりそのことを紹介した。映画や文化は人間社会の重要な一要素であり、映画や演劇、小説、絵画などから歴史や社会について学ぶことが出来る。これらは人間社会にとって必要不可欠な要素である。
1950年代から1960年代にかけて、フランスで「ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれる、一連の新しい手法を取り入れた映画が多く出てきたことは知識として知っており、写真や映像でそのスタイリッシュな様子は見たことがある。しかし、昨年、「ヌーヴェルヴァーグ」をテーマにした映画「ヌーヴェルヴァーグ」がNetflixで公開されたことは知らなかった。
今回ご紹介する映画評論でヌーヴェルヴァーグについて少しだけ分かったような気がする。第二次世界大戦後の混乱が収まり、社会に安定がもたらされる中で、若者たちの既存の価値への反逆ということがあったのだろうと月並に考えている。これから様々な映画にも興味関心をもって接していきたいと思えるようになった。是非これからヌーヴェルヴァーグの映画を見ていきたい。
(貼り付けはじめ)
フレンチ・ヌーヴェルヴァーグは今でも新しい(The French New Wave
Is Still New)
-リチャード・リンクレイター監督の映画「ヌーヴェルヴァーグ(Nouvelle
Vague)」は、私たちがまだ「勝手にしやがれ(Breathless)」の余韻から立ち直れていないことを示している。
ジョーダン・ホフマン筆
2025年11月21日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/11/21/nouvelle-vague-linklater-review-french-new-wave/

オーブリー・デュリンがジャン=ポール・ベルモンド役、ゾーイ・ドゥイッチがジーン・セバーグ役、そしてギヨーム・マルベックが監督のジャン=リュック・ゴダール役で出演する映画「ヌーヴェルヴァーグ」の1シーン
Netflixで配信中のリチャード・リンクレイター監督の最新作「ヌーヴェルヴァーグ」の、特に活気に満ちた場面で、パリの街角でカメラの前で準備をしている2人の俳優を通りすがりの人が見かけ、何を撮影しているのか尋ねる。「ドキュメンタリーなんだ」とジャン=リュック・ゴダール役のギヨーム・マルベックは言い放つ。「ジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグがフィクションを演じているドキュメンタリーなんだけどね」。
ゴダールの画期的な長編映画「勝手にしやがれ」の制作過程を再現した、「ヌーヴェルヴァーグ」は、自らが神話を弄んでいることを十分に承知している。このやり取りが実際にあったかどうかは問題ではない。映画界に最も大きな衝撃を与えたムーヴメントの1つに対するリンクレイターのこの大胆な賛辞は、いわゆるヌーヴェルヴァーグの何がそんなに新しかったのか、そしてリンクレイター自身を含め、あらゆる革新的な映画監督がいかにその影響を受け続けているのかを的確に捉えている。

パリの『カイエ・デュ・シネマ』編集部で新聞を読むジャン=リュック・ゴダールとクロード・シャブロル(1959年)
ヌーヴェルヴァーグ(このムーヴメントのフランス語名)とは、1950年代末から1960年代にかけて、主に型破りな『カイエ・デュ・シネマ』誌で批評家として地位を確立した後、映画製作に乗り出した、意欲的な映画監督たちのグループを指す言葉だ。会員証は発行されず、彼らの作風は多種多様であったが、彼ら(全員ではなかった)が若い(全員ではなかった)男性監督たちに共通していたのは、古臭く、陳腐で、確立されたフランス映画を打破したいという強い思いだった。彼らはまた、映画監督の作品には繰り返し現れるテーマや作風の特徴があるという、現在では定説となっている「作家主義」理論(the auteur theory)の普及にも貢献した。さらに、このグループの多くは、他の多くの真面目な批評家が低俗な芸術として切り捨てたものの中に芸術的価値を見出す先駆者であった。例えば、アルフレッド・ヒッチコックは興行的に大きな成功を収め(アカデミー作品賞も受賞した)、多くのエリート層は彼を研究対象としてふさわしくないと考えていた。フランスの批評家たちは、彼を偉大な芸術家として最初に称賛した人々であった。
しかし、ヌーヴェルヴァーグに明確な最終目標があったとすれば、それは革命的なリアリズムの実現だった。フランソワ・トリュフォーにとってそれは、たまたま犯罪者であったとしても共感を呼ぶ登場人物(sympathetic characters who may just happen to be lawbreakers)を描いた、重厚な人間ドラマを意味した。アラン・レネにとっては、現代の観客が「雰囲気だけで成り立っている(today’s audiences would say were entirely powered by vibes)」と評するような、夢のような映像交響曲だった。2022年に91歳で亡くなったフランス系スイス人監督ジャン=リュック・ゴダールにとって、それは映画の慣習を無視するだけでなく、むしろ嫌悪感を抱くことを意味した。彼の代表作「勝手にしやがれ(Breathless)」は、ごく基本的なあらすじを基に、ほぼ即興で制作された。
具体的な例を挙げると、映画「ヌーヴェルヴァーグ」で描かれているように、「勝手にしやがれ」の架空の制作現場で、あるスタッフが基本的な映画製作のガイドラインが無視されていることに懸念を表明する。「彼女は以前、別のストライプのセーターを着ていた」「視線がおかしい」
「君は何度も一線を越えている。編集の時、みんな同じように見ているだろう」。
「分かっている」とマルベック演じるゴダールは言う。「だが、気にしない。」

「ヌーヴェルヴァーグ」の1シーンでゴダールを演じるマルベック
この(架空の)口論の最中にゴダールが撮影しているシーンは、「勝手にしやがれ」の中で最も長く、最も影響力のあるシーンだ。そこでは、警察から逃亡中のチンピラであるミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)と、彼の新しいアメリカ人の恋人パトリシア(ジーン・セバーグ)が、彼女の切手ほどの広さのアパートで、のんびりとした午後を過ごし、軽妙な会話を交わし、本を引用し、音楽を聴き、そして愛を交わす。私はこのシーンを人生で10回以上観たが、一度たりとも映像の矛盾を気にしたことはない。
これにはいくつかの理由がある。まず、この時点で私たちはすでにゴダールの世界に浸っており、そこでは「正しい」編集とされるものがしばしば無視され、ジャンプカットによるコラージュ効果が用いられている。今日ではこのような手法に驚くことはほとんどないが、「勝手にしやがれ」が公開された1960年当時は、映写室の故障でもない限り、このような映像を見ることはなかった。ゴダールは意図的にこの手法を用いた最初の映画監督ではないが、その使用は最も大きな影響力を持ったと言えるだろう。
ジャンプカットを用いた最も有名なシーンは、ミシェルとパトリシアがオープンカーで疾走する場面で、彼らの旅路を軽快に駆け抜けていくように編集している。これは現実の再現よりも、出来事のよりリアルな記憶を優先している。このシーンには、映画全体に流れるジャズのスコアが使われており、ゴダールがメロディーから予測可能なフレーズを削ぎ落とし、即興演奏を行うジャズ的な姿勢を反映している。
ゴダールの手法がこれほど好評を博したもう1つの重要な理由(これは「ヌーヴェルヴァーグ」でもはっきりと述べられている)は、1959年の「勝手にしやがれ」の撮影当時、ジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグほど写真映えする人物は他にいないということだ。ファッションの流行は移り変わるが、映画公開から数十年経った今でも、セバーグの短く刈り込んだブロンドの髪型とストライプのシャツ、そしてベルモンドのタバコとフェドーラ帽(それ自体がハンフリー・ボガートへの直接的なオマージュである)が似合わなくなった瞬間はない。「勝手にしやがれ」は時代を超越した作品なのだ。さらに、『パリ・マッチ』誌や『ルック』誌で活躍した戦場カメラマンを経験したラウル・クタールが撮影監督を務めたことも、成功の要因の1つだった。

左:ゴダールの「勝手にしやがれ」の1シーンのベルモンドとシーバーグ。右:「ヌーヴェルヴァーグ」の1シーンのベルモンド役のデュランとセバーグ役のドイッチュ。
映画「勝手にしやがれ」が長年にわたり人を保っていることの理由として面白いのは、ストーリーがほとんどないことだ。ミシェルは自動車泥棒で、マルセイユからパリへ向かう途中、警官を追い越し、そのうちの一人を撃ってしまう。警官がミシェルのことを知っていたのかどうかも定かではない。ともあれ、彼は指名手配犯となるが、パリに戻ってからの彼の主な関心事は、少なくとも2人いる恋人のうちの1人、パトリシアを口説くことだった。(彼は短い滞在中に別の恋人から盗みを働く。)パトリシアは両親の金でパリに滞在し、ソルボンヌ大学で授業を受けながら、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙で中身の良く分からない仕事をしている。空港での記者会見に派遣されることもあるが、ブランドTシャツを着て路上で新聞を売っている姿も目撃されている。
とにかく、ミシェルとパトリシアは愛や運命、幸福について語り合い、映画を見に行き、フォークナーの言葉を引用し合う。そしてついに、警察がミシェルを逮捕する。フランソワ・トリュフォーは、新聞で読んだ同様の事件の記事を基に短い脚本を書き、カイエ・デュ・シネマの仲間で、初の長編映画製作を熱望していたゴダールは、トリュフォーの脚本に忠実に従うことで、ほぼ資金を確保することができた。(トリュフォーの「大人は判ってくれない(the 400 Blows)」は既にヒットしていた。)しかし、いざ撮影が始まると、ゴダールは毎日即興で撮影を進めた。新しいアイデアが浮かばないと撮影を中断したり、街中でこっそり撮影したり、カフェテリアを駆け回ったり、カメラの後ろから俳優にセリフを指示したりする
ドリー撮影用機材を用意する資金がなかったため、撮影監督クタールは手持ちカメラで撮影し、車椅子に乗って移動した。街中で撮影する際に通行人の視線を避けるため、カメラレンズ用の穴を開けた郵便配達車にクタールを隠した。(映画「ヌーヴェルヴァーグ」はこのちょっとした仕掛けを再現しているが、ファンの中には、ベートーヴェンが交響曲第5番の冒頭の音符を夢想する様子を見ているような気分になる人もいるだろう。)
こうした逸話は、長年にわたり映画制作の教授陣と1年生の間で多くの論争を引き起こしてきた。どの学生も、カメラを手に取り、気ままに動き回れば、何の準備もなしに「勝手にしやがれ」のような映画が作れると思っている。しかし、ベルモンドやセバーグのようなカリスマ性を持つ俳優や、クタールのような撮影監督の技術を持つ俳優は滅多に見つからない。ましてや、最終的にスクリーンに映し出された時に何がダイナミックに見えるかを直感的に理解できる人はなおさらだ。

映画「ヌーヴェルヴァーグ』撮影現場でのマルベックとリチャード・リンクレイター監督
ジャン=リュック・ゴダールの途方もないエゴを証言する文章やドキュメンタリーは数えきれないほど存在する。特筆すべきは、映画「ヌーヴェルヴァーグ」がゴダールを貶めるような描写を一切していないことだ。(最近のゴダールの伝記映画であるミシェル・アザナヴィシウス監督の映画「グッバイ・ゴダール!」にはもう少し辛辣な描写がある。)リチャード・リンクレイターは、「ぶらぶらする」映画(“hanging out” film)というジャンルに回帰した最も偉大な監督の一人である。オースティンを拠点とするこの映画監督の経歴には、「バッド・チューニング(Dazed and Confused)」(1993年)、「6才のボクが、大人になるまで(Boyhood)」、(2014年)そして「ビフォア(Before)」三部作(1995年、2004年、2013年)といった、人間味あふれる作品が含まれている。これらの作品はどれもストーリー展開は極めてシンプルだが、魅力的で立体的な登場人物描写で観客を魅了する。リンクレイター監督は、パトリシアの寝室でのあの長く「不適切な」シーンから生まれたかのような映画をいくつも作っている。
映画「ヌーヴェルヴァーグ」は「勝手にしやがれ」の編集スタイルを模倣している訳ではないが、リンクレイターはゴダールが使用したのと同様のモノクロフィルムで撮影し、長年のキャリアで初めてフランス語で作品を制作した。さらに重要なのは、オリジナル作品に見られたジャジーなクールさと若々しい活力をそのまま維持している点だ。彼の描くゴダールは相変わらず少し風変わりだが、脅威というよりはグルーチョ・マルクスのようなキャラクターに近い。彼が考えをまとめるためにその日の撮影を中断すると、キャストとスタッフは苛立ちを隠せないが、その後、皆で飲みに行って語り合う。
リンクレイターが、映画史における激動の時代の1つである「勝手にしやがれ」の伝説的な瞬間を、臆することなく再現できるのは当然のことだろう。彼自身のデビュー作である「スラッカー」は1990年に公開された、筋書きのない独白を繰り広げる奇人たちの連続を描いた作品だが、「勝手にしやがれ」に匹敵するほどの影響力を持っていると言えるだろう。これはアメリカのインディペンデント映画運動における最初期かつ最も影響力のある作品の1つであり、ケヴィン・スミスやクエンティン・タランティーノの同様に会話の多い作品に先駆けて作られた。全ての道はシャンゼリゼ通りに通じており、そこでジーン・セバーグは「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン!」と叫ぶ。
■「勝手にしやがれ」を超えて:フランス・ニューウェーブのおすすめ作品5選(Beyond Breathless: 5 Additional French New Wave Recommendations)
映画「気狂いピエロ」の撮影現場(フランス)でのゴダール、アンナ・カリーナ、ベルモンド(1965年)
(1)「大人は判ってくれない()」(1959年)、監督:フランソワ・トリュフォー。多くの人がこれをヌーヴェルヴァーグ最初の作品と位置づけている。ジャン=ピエール・レオは、14歳のトリュフォーをモデルにした架空の人物を演じ、学校をサボってパリの無法地帯で危険な目に遭う。監督と主演俳優はその後20年以上にわたり、このキャラクターを何度も演じることになる。
(2)「気狂いピエロ(Pierrot le Fou )」(1965年)、監督:ジャン=リュック・ゴダール。この映画を最も簡潔に表現するなら、「勝手にしやがれ」をさらに過激に、より多くのルールを破り、カラーで描かれた作品と言えるだろう。
(3)「5時から7時までのクレオ(Cléo From 5 to 7)」(1962年)、監督:アニエス・ヴァルダ。20世紀の多くの芸術運動と同様に、フランスのヌーヴェルヴァーグも少々男性中心の傾向があったが、アニエス・ヴァルダはその中でも際立った女性の声を示す存在であった。彼女の2作目の長編映画は、リアルタイムで撮影され、生検の結果から癌の診断を受けるかどうか、医師からの連絡を待つパリの歌手を描いている。
(4)『コレクションする女』(1967年)、監督:エリック・ロメール。監督の道徳物語シリーズの4作目となるこのゆったりとしたペースの海辺の物語は、フランス人がどれほど休暇を取るかという神話を払拭するには至らない。
『去年マリエンバートで』(1961年)、監督:アラン・レネ:映画界に『フィネガンズ・ウェイク』があるとすれば、それはこの作品だろう。謎めいた、しかし精緻な構図で描かれた、不気味なシャトーを舞台にした豪華なミステリーである。当時のレネの作品は、ヌーヴェルヴァーグのスピード感あふれる同僚たちとは対照的だったが、フランス映画界の常識を覆すものだった。
(5)「去年マリエンバートで」(1961年)、監督:アラン・レネ。映画界に小説『フィネガンズ・ウェイク』があるとすれば、それはこの作品だろう。謎めいた、しかし精緻な構図で描かれた、不気味なシャトーを舞台にした豪華なミステリーである。当時のレネの作品は、ヌーヴェルヴァーグのスピード感あふれる同僚たちとは対照的だったが、フランス映画界の常識を覆すものだった。
※ジョーダン・ホフマン:ニューヨーク市クイーンズ在住の映画評論家兼エンターテインメント・ジャーナリスト。Xアカウント:@jhoffman
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(終わり)

シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』






