古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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カテゴリ: 東南アジア政治

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカはインドネシアとより緊密な関係を築くべきだ。これが下に掲載した論稿の筆者の主張だ。そのためには、二国間の自由貿易協定から始めることができる。インドネシアはこれまでに何度も紹介したが、電気自動車のバッテリーの原材料であるニッケルの産出で世界をリードしている。精製されたニッケルの輸出を行っている。アメリカは、電気自動車の分野で中国と競争しているが、インドネシアとの関係を軽視している。一方で、中国は既にインドネシアに多額の投資を行っている。

 アメリカの電気自動車メーカーであるテスラを率いるイーロン・マスクが先月中旬、インドネシアを訪問した。イーロン・マスクが展開している衛星通信サーヴィスであるスターリンクのインドネシアでの運用を行うための訪問であったが、訪問の目的はそれだけではないだろう。バッテリー工場の建設など、電気自動車に関することも話し合われたことだろう。イーロン・マスクは中国を訪問して、中国最高指導部層と緊密な関係を築くなど、独自の動きをしている。彼にはインドネシアの重要性が分かっている。

 インドネシアは、中国一辺倒でもなく、アメリカ一辺倒でもない。全方位外交とも言うべき方針で、実力を貯めて、21世紀中の大国化を目指している。東南アジア地域の地域大国となっているが、ブリックスでの地位向上、G20での地位向上を通じて、世界政治での大国の立場を獲得することになるだろう。アメリカとしては、中国包囲網の重要なピースとして考えているようだが、20世紀のように、アメリカが一声かければ、誰でもついていくという時代ではない。インドネシアは、グローバルサウスに属しながら、西側諸国ともうまく付き合っていく。力関係が大きく変化していく中で、賢い選択を行っている。

 アメリカが中国包囲網にインドネシアを組み込むためには、それ相応の見返りが必要であるが、アメリカにインドネシアが満足するだけの見返りを与えるほどの力はないし、インドネシアは既に施しをもらって喜ぶ段階にはない。世界は大きく変化している。

(貼り付けはじめ)

インドネシアはアメリカのインド太平洋戦略にとって欠けている部分だ(Indonesia is the missing piece in America’s Indo-Pacific strategy

フィリップ・シェトラー=ジョーンズ筆

2024年6月9日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/4712299-indonesia-is-the-missing-piece-in-americas-indo-pacific-strategy/

週末にシンガポールで開催されたシャングリラ対話年次総会(annual Shangri-La Dialogue)の結果から判断すると、中国がインド太平洋地域で覇権を獲得するのを阻止する、アメリカの戦略は前進している。

アメリカの支持が確実視される中、基調講演者であるフィリピン大統領フェルディナンド・“ボンボン”・マルコスは、「フィリピンは中国からの圧力に屈しない」と宣言した。アメリカ、日本、韓国の三国間の防衛協力を深めるための新たな取り組みが発表された。インド太平洋地域における不用意なエスカレーションを防ぐため、米中軍事対話は2年間の中断を経てトップレヴェルで再開された。

しかし、満足する余地はほとんどない。アメリカのインド太平洋政策には、依然として矛盾が多すぎる。これらの矛盾を未解決のまま放置すると、時間の経過とともに、同盟諸国を中立的な方向へ、現在および潜在的なパートナーを更に悪い方向へと押しやる可能性がある。このリスクはインドネシアに関して最も顕著だ。

西側諸国の間で、インドネシアの重要性を理解し、研究している人がほとんどいないことを理解するには、今年初めにインドネシアの現国防大臣であるプラヴウォ・スビアントが9600万票を超える票を獲得して、インドネシアの大統領選挙に勝利したことを考えてみよう。

この選挙結果だけでも、世界第2位と第3位の民主政体国家間の密接な関係を示す理由になるはずだ。特に、中国が西側型の民主政治体制が中国の経済発展への道とは相容れないことをグローバルサウスに説得しようと努めている場合にはそうだ。

それでも、単に選挙を実施するだけでは、その国はアメリカの同盟国にはなれない。しかし、国際ルールに基づく秩序に関しては、インドネシアはまったく警戒していない。ジョコ・ウィドド現大統領が2023年11月にジョー・バイデン米大統領と会談した際、共同声明はロシアに対しウクライナ領土からの完全撤退を求めた。

しかし、プラヴウォはシャングリラでの演説の中で、ガザ紛争に対するインドネシアの立場は、同じ国際秩序の遵守を前提としていると述べた。プラヴウォは、多くのグローバルサウス諸国の間で幻滅が高まっていることを警告し、インドネシアの外交政策の原理原則は、アジアにおけるルールに基づく秩序の強化ということである、と述べた。これは、アメリカの利益に有利に働いているという、見落とされているが重要な真実をほのめかしたことである。

インドネシアを揺るぎないパートナーにするためには、インドネシア人が大切にしているものについてもっと譲歩する必要がある。民主党も共和党もこれを優先する必要がある。人口約3億人のイスラム教徒が多数を占めるこの国は、2050年までに世界第4位の経済大国になると予測されている。東南アジアにおける影響力をめぐる地政学的競争において、インドネシアは究極のアメリカの帰趨を決める国家(swing state)である。

より良い連携を図るために、アメリカは貿易から始めるべきだ。残念ながら、この政策分野におけるバイデン政権のアプローチは、インドネシアを疎外させ、アメリカの主な競争相手との関係を緊密化させる危険性がある。そして、バイデン大統領のインフレ抑制法(Inflation Reduction ActIRA)が最大の妨害要因(spoiler)である。

インフレ抑制法は、重要な鉱物がアメリカまたは自由貿易協定(free trade agreementFTA)を結んでいる国から供給される場合、アメリカの製造業者に税額控除を認めている。しかし、こうした贅沢な補助金が共謀して、インドネシアのような国をサプライチェーンから締め出している。インドネシアは回避策として重要な鉱物のみを対象とする限定的なFTAを提案している。しかし、完全に否定されていないものの、アメリカ政府の鈍行状態にある。

これは自分の足を2回撃つ事件のようなものだ。これはG20諸国に、その重要な鉱物産出量に飢えている他の国々との経済連携を深めるよう促すだけでなく、アメリカが自国の電気自動車(EV)産業を創設するために必要な主要なサプライチェーンから切り離すことにもなる。 EVにはニッケルが必要で、インドネシアには世界最大の埋蔵量がある。2030年までに世界の供給量の65%を占めるようになり、ヴァリューチェーンの上位への移行を支援するパートナーを探している。アメリカはこの機会を捉えるべきだ。その後、加工済みの原材料をインドネシアから調達し、アメリカの消費者が米国製のEVを購入できるようにする。それが中国の言うところの「ウィンウィン(win-win)」だ。

第二に、アメリカはインドネシアとの防衛関係にもっと努力しなければならない。中国は、日本、フィリピン、ヴェトナム、マレーシアとの領土紛争に関して、国際法に何の根拠もなく組織的に一方的な主張を行っている。南シナ海のインドネシアのナトゥナ諸島に狙いを定めるのも時間の問題だ。

インド太平洋におけるインドネシアの重要な位置を考慮すると、アメリカは海洋安全保障協力に関する二国間作業計画への投資を強化すべきである。これは、領土の隅々まで、そして国際法によって認められた海洋経済的権利のあらゆる側面を保護するための、列島国家の海洋安全保障能力を囲い込むことになるだろう。アメリカのインド太平洋戦略の観点から見ると、より有能なインドネシアは、マラッカの要所をより強固に守り、オーストラリアの上空を守る盾となる。プラヴウォが2023年11月にロイド・オースティン米国防長官と署名した防衛協力協定を完全に履行するには一刻の猶予もない。

インドネシアは、アメリカの政策がインド太平洋における優先事項と交差する目的でどのように機能するかを例示している。世界秩序と経済が崩壊する中、重要な同盟を維持し発展させるために、政府の全ての部門が同じ方向に取り組む必要がある。アメリカは、世界で2番目に大きい民主政体国家であるインドネシアを経済的に受け入れることから始めることができる。

※フィリップ・シェトラー=ジョーンズ:世界で最古の、イギリスにある国防と安全保障専門のシンクタンクである英国王立防衛安全保障研究所(Royal United Services InstituteRUSI)国際安全保障担当上級研究員(博士)。最近の研究テーマはインド太平洋地域安全保障である。
(貼り付け終わり)
(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)が刊行されました。「西側諸国対西側以外の国々」という構造で国際政治を分析しています。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 インドネシアの新大統領に選出されたプラヴウォ・スビアント国防相が選挙後の初めての外遊として、中国と日本を訪問した。中国だけ、日本だけではなく、両国を訪問したという点はインドネシアの置かれている立場をよく表している。インドネシアは東南アジアの地域大国として、アジア全体の地域大国である中国と日本の橋渡しができる国である。思い返せば、北朝鮮の拉致被害者曽我ひとみさんが夫ジェンキンズ氏と娘たちと再会を果たしたのはインドネシアの首都ジャカルタでのことだった。

 プラヴウォ国防相(新大統領)は、インドネシア共和国の建国の父スカルノを失脚させ、第2代大統領となり、独裁者として権勢を振るったスハルトの娘婿だ(1983年に結婚・現在別居中という話がある)。陸軍の中で栄進を重ね、陸軍中将となった時に、民主化でスハルトが失脚し、軍を追われることになった。軍籍をはく奪された後は海外で亡命生活をしながら、ビジネスを展開し成功、資産は約1億5000万ドル(約225億円)と見られている。スハルトの娘婿、東ティモール派遣軍の司令官時代に、独立運動の活動家の殺害や弾圧、人権侵害に関わった疑いというマイナス面がありながら、政界に進出し、大統領選挙に何度も出馬している。

 2019年の大統領選挙では、二期目を目指すジョコ・ウィドド大統領の対抗馬として出馬し、選挙後には選挙に不正があったと主張し、プラヴウォ支持者が暴動をおこし、死者が出る騒ぎとなった。それほど対立した関係であったが、ジョコ大統領は、プラヴウォを自分の政権の国防相に迎え入れた。そして、今回の大統領選挙では、ジョコ大統領の長男ギブランが、プラヴウォの副大統領となり、実質的に、ジョコ大統領が「後継者」としてプラヴウォを指名し、「お目付け役」として長男をつけるということになった。選挙結果は、プラヴウォの勝利だった。1回目の投票で過半数を取れないので、2回目の決選投票になると思われていたが、1回目の投票で、プラヴウォは58%の得票率で勝利を決めた。

 ジョコ大統領はこれから院政を敷くことになる。プラヴウォは、ジョコ大統領の路線を継承することを公約に掲げている。そして、アメリカをはじめとする西側諸国と、中国をはじめとする西側以外の国々との間でうまくバランスを取りながら、国内経済成長路線を維持する。もし、何か反する動きがあれば、プラヴウォのマイナス面である、過去を掘り返して、大統領の座から追われるということになるだろう。副大統領となるジョコ大統領の長男ギブランが、大統領になるかどうかは不明だが、それもこれから5年での成果にかかっている。インドネシア政治はこれから注目される。

(貼り付けはじめ)
インドネシア次期大統領 中国 習主席と会談 関係強化を確認

202442 633分 NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240402/k10014409911000.html
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インドネシアの次期大統領のプラボウォ国防相は、当選後、初めての外国訪問先として中国を訪れて習近平国家主席と会談し、双方とも両国関係のさらなる強化を確認しました。

ことし2月に行われたインドネシアの大統領選挙で当選したプラボウォ国防相は、当選後初めての外国訪問として習近平国家主席の招きを受けた中国を訪れていて、1日、北京で習主席と会談しました。

インドネシア国防省によりますと、会談でプラボウォ氏は「防衛分野の協力において、中国は地域の平和と安定を確保するのに鍵となるパートナーの1つだ」と述べ、中国との関係を重視していく姿勢を強調したということです。

中国外務省によりますと、これに対し習主席はプラボウォ氏の当選を祝福し「中国とインドネシアはともに新興国の代表であり、主権や安全保障、発展の利益を守る上で互いをしっかり支持すべきだ」と述べ、両国関係の強化を確認しました。

また、南シナ海をめぐってASEAN=東南アジア諸国連合の一部の国との領有権争いを念頭に「海洋協力を引き続き深めることを望んでいる」と述べ、インドネシアに理解を求めました。

中国としては、ASEANの大国であるインドネシアとの連携を重視する姿勢を改めて示し、地域での影響力を強めるねらいがあるとみられます。

プラボウォ氏は2日、日本も訪れる予定で、岸田総理大臣との会談が調整されています。
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【インドネシア】プラボウォ氏と岸田首相会談、協力強化確認

4/4() 11:31配信  NNAKyodo News Group

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e93ecdf6cc95647af589409f4383d76e4abd06d

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 インドネシア次期大統領のプラボウォ・スビアント国防相は3日、訪問中の日本で岸田文雄首相と会談した。2国間関係や地域情勢について意見交換し、協力関係を強化していくことを確認した。プラボウォ氏の大統領選当選後の外遊先としては、日本が中国に続いて2カ国目となった。

 プラボウォ氏と岸田氏の会談は、午前9時15分から約35分間実施された。岸田氏は、プラボウォ氏に当選の祝意を改めて示し「早々の訪日は日本重視の姿勢と受け止め、大変心強い」と述べた。また「基本的な価値や原則を共有する『包括的・戦略的パートナー』として、2国間関係や地域・国際情勢に係る協力をさらに進めていきたい」とした。

 岸田氏は、2国間関係において、インフラやエネルギー分野で協力するほか、インドネシアが目指している経済協力開発機構(OECD)への加盟に向けて支援することも伝えた。

 プラボウォ氏は「インドネシアと日本は旧友であり、重要なパートナーだ。これまでの良好な関係をさまざまな分野でさらに強化したい」と述べた。安全保障協力をはじめ、農水産業や防災などの分野で、2国間関係を深めることに期待を示した。

 地域情勢を巡っては、東シナ海や南シナ海情勢、北朝鮮への対応、ミャンマー情勢などでも意見交換し、連携を継続していくことを確認した。

 プラボウォ氏は、2月に実施された大統領選の正式結果が3月20日に発表され初当選した。当選後初の外遊で同月31日~4月2日に中国を訪問し、習近平国家主席や李強首相と会談した。

 プラボウォ氏は、憲法上3選が認められておらず2期・10年で退任するジョコ・ウィドド大統領の後任として、1020日に就任する。

 ■木原防衛相とも会談

 プラボウォ氏は3日、木原稔防衛相とも会談した。両者は、防衛省で午前1028分から約50分間会談し、2国間・多国間の防衛協力や交流を強化していくことで一致した。木原氏は、南シナ海での力による一方的な現状変更や緊張を高める行為に強く反対すると表明した。中国の海洋進出を念頭に置いた発言とみられる。

 また木原氏は、海洋国家の両国間において「法の支配に基づく『自由で開かれたインド太平洋』を維持・強化していきたい」と述べた。 

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プラヴウォはインドネシアをどのように主導するか?(How Will Prabowo Lead Indonesia?

-今回の大統領選挙の勝者プラヴウォは選挙運動の中で過去を葬ろうとした。指導者として成功するために、彼は歴史が繰り返されないことを期待している。

サリル・トリパティ筆

2024年2月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/28/indonesia-elections-prabowo-leader-human-rights-jokowi/

大統領選挙において2度の失敗を経験した末、今年の2月14日、インドネシアのプラヴウォ・スビアント国防相が大統領選挙で念願の勝利を収めた。プラヴウォは自分の勝利が自分の政治の結果だと考えたいように見えるが、彼の成功はジョコウィとして知られるインドネシアのジョコ・ウィドド現大統領の人気に負うところが大きい。プラヴウォは2014年と2019年にジョコウィの対抗馬として出馬し、いずれも敗れた。しかし、ジョコウィは2019年にプラヴウォを国防相に任命することで、専門家と支持者の多くを驚かせた。ジョコウィの長男であるギブラン・ラカブミン・ラカは、プラヴウォの副大統領候補として出馬した。

インドネシアにおける選挙の最終結果は数週間以内に発表されるが、初期の集計によると、プラヴウォが得票率58%でリードしており、対抗馬のガンジャル・プラノウォとアニエス・バスウェダン(いずれも元州知事)を大幅に上回っている。他の候補者は2月14日の選挙に関して不正があったと主張し、投票結果に異議を唱えるつもりだと述べている。広範な操作の証拠があれば、憲法裁判所は結果を取り消す可能性がある。新大統領は10月まで就任しない。

任期制限により、ジョコウィ大統領は3度目の出馬を妨げられた。今回の選挙は、ジョコウィなら簡単に勝てたであろう。ギブランが副大統領として勝利すると予想されているため、多くのインドネシア人は次期政権がジョコウィの事実上の3期目、あるいは少なくとも継続性を示すものと見なしている。しかし、ジョコウィは大統領職を辞し、未知の領域に入りつつある。プラヴウォを支援することで、自身が今でも関係を持っている、インドネシア闘争民主党(Indonesian Democratic Party of Struggle PDI-P)との架け橋をジョコウィが燃やしてしまうことになった。闘争民主党候補者のガンジャールが3位に終わって、裏切られたと感じるのには十分な理由がある。ガンジャールは、自分の得票数がこれほど少ないとは信じていないと述べている。

プラヴウォはジョコウィの支援なしでは勝利できなかったが、統治するにあたり、ジョコウィに依存する必要はもはや存在しない。退任する大統領のテクノクラート出身の閣僚のうち、プラヴウォの下で引き続き職務を続ける者はほとんどいないと見られているが、プラヴウォはそれを気にしないかもしれない。彼の経済政策はポピュリズム的であり、特にインドネシアの財政赤字を増大させる学校給食プログラムなど補助金の増額提案などがある。対照的に、ジョコウィ政権の財務大臣、尊敬を集める経済学者スリ・ムリャニ・インドラワティは改革派として知られ、かつては世界銀行の専務理事を務めたこともある。彼女がプラヴウォの下で職務を継続する可能性は低い。

タイミングは選挙において、プラヴウォに対してもう1つの利点をもたらした。プラヴウォは、人々の記憶が薄れつつあることを利用して、権力を固めようとしている。選挙期間中、彼はソーシャルメディアを使って若い有権者に自分をアピールし、過去を覆い隠すような、かわいらしいおじいさんとしてのイメージを打ち出した。元陸軍中将の人権に関する記録はあまりに酷いもので、何年もの間、アメリカへの入国が事実上禁止されていた。興味深いことに、プラヴウォは3人の候補者の中で唯一、ヒューマン・ライツ・ウォッチが行った「インドネシアの次期大統領として人権を守るために何をするか」という質問に答えなかった。インドネシアの有権者の半数以上は1980年代以降に生まれており、プラヴウォが東ティモール(現東ティモール民主共和国)で特殊部隊の司令官を務めていたことなど、おぼろげな記憶しかないことになる。人権団体は、プラヴウォが東ティモールでの人権侵害に関係していると主張しているが、プラヴウォはこれを否定している。

もしプラヴウォが東ティモールでの勤務していた時代以降、ある種の免罪符を持っているように見えたとしたら、それは彼が長年、インドネシアを32年間統治したスハルト元大統領の次女、シティ・ヘディアティ・ハリジャディ(別名ティティーク)と結婚していたからだ。スハルトの息子たちはビジネスに専念し、婿のプラヴウォは軍隊で華々しいキャリアを積んだ。プラヴウォとティティークの結婚はかなり前に終わったが、ティティークは彼の立候補を支持し、今年最後の選挙集会にも彼の側に姿を見せた。2023年12月、プラヴウォは元妻ティティークを自身が率いる政党グリンドラ党の顧問に任命した。

スハルトの長期にわたる統治の間、インドネシアは多くの社会経済指標を改善し、食糧生産を増加させ、識字力を向上させ、外国からの投資を誘致した。しかし、この時代には寡頭制文化の台頭も見られた。スハルトの子供たちは事業で繁栄し、指導者と協力する縁故資本家たち(crony capitalists)が経済を支配した。1980年代に経済を安定させようとした努力にもかかわらず、汚職(corruption)は1990年代半ばまでに大幅に増加した。1997年7月にタイの通貨バーツが急落し、他のアジア通貨もその影響に巻き込まれた。

当時、インドネシアは公的債務を比較的うまく管理していたが、民間部門は、過大評価されているインドネシア・ルピアが安定的に続くとの前提で無謀な借り入れを行い、短期債務を積み上げていた。何かが与えられなければならず、市場はルピアに賭けて、ルピアを暴落させた。インフレと物資不足は避けられず、金融危機は本格的な経済危機(economic crisis)に変わり、その後、政治危機(political crisis)に発展した。スハルトは国際通貨基金(International Monetary Fund)に緊急支援を求め、その後はより実質的なパッケージを求めた。

世情不安(public unrest)が高まり、首都ジャカルタ全土でデモ行進が行われた。1998年5月、治安部隊はトリサクティ大学の学生活動家たちを取り締まり、少なくとも4人の学生が殺された。他にも多くの学生が拉致され、何人かは帰ってこなかった。その後の数日間、大きな変化が迫っていた。戦車が首都を走り回り、煙が充満し、デモ隊は企業を破壊し、スハルトに近い大物たちの邸宅を襲撃した。1998年5月21日、スハルトは辞任した。この出来事はプラヴウォのキャリアを後退させ、今も彼を苦しめている。

プラヴウォは予備役に編入された。プラヴウォは当初、学生拉致の責任を否定していたが、2014年の大統領選挙においては、命令を実行しただけだ、と自らの役割を認めた。

南東アジアはノスタルジックな局面を迎えているようだ。古い秩序への憧れが地域全体の選挙で繰り広げられている。フィリピンを統治するフェルディナンド・"ボンボン・マルコス・ジュニア(Ferdinand “Bongbong” Marcos Jr.)大統領は、彼の父親が1965年から1986年まで大統領を務め、民衆蜂起の後に倒され、1989年にハワイに亡命した。一方、マレーシアでは、1990年代に副首相を務めたアンワル・イブラヒムが首相を務めている。アンワルは1981年から2003年まで、そして2018年から2020年まで再びマレーシアを統治したマハティール・モハマド首相(当時)と対立し、アンワルは1998年に淫行と汚職の罪で投獄された。アンワルは最終的に2022年に首相となった。

多くの国民がスハルト時代の暗黒面を忘れていることを願いつつも、プラヴウォがインドネシアで政権を取ったことは、この傾向を裏付けているようだ。残る疑問は、プラヴウォとジョコウィの同盟関係がいつまで続くかということだ。ジョコウィの息子であるギブランは、スラカルタ市長を務めただけで、政治経験は浅いが、いつかは大統領になりたいと考えているようだ。もしプラヴウォがギブランを脅威と見なせば、2人の同盟関係に綻びが生じるかもしれない。72歳のプラヴウォは、スハルトが辞任したときより5歳若いだけで、選挙チームは選挙運動中に脳卒中の治療を受けたという噂を否定しなければならなかった。

インドネシアの専門家たちは、ワヤン・クリット[wayang kulit](影絵人形劇[shadow puppetry])と呼ばれる民俗劇を、この国の表向きには不可解な政治のメタファーとして用いることが多い。人々はスクリーンの向こう側で何が起きているのかを垣間見ることしかできないし、目に見えるものが正確に出来事を表しているとは限らない。スハルトはそのような曖昧さの達人(the master of such ambiguities)だった。しかし、プラヴウォはもっと率直で険悪で、短気なことで知られている。彼がインドネシアを統治する際に、ジェモイ(gemoy、かわいい)イメージを維持できるかどうかは未知数だ。

プラヴウォの闘争的な性格は、西側の諸大国に説教することを厭わないということであり、有権者にアピールできるかもしれない。過去には、インドネシアにとって他国からの民主政治体制に関する教訓は必要ないと発言し、ジャカルタのパーム油輸出への依存をめぐるヨーロッパ諸国からの批判には、植民地時代の歴史を引き合いに出して歯向かった。大統領選挙期間中、ヨーロッパ連合(EU)の森林破壊に対する政策を批判し、プラヴウォは次のように述べた。「茶、コーヒー、ゴム、チョコレートを植えさせたのはヨーロッパ人だ。そして今、私たちが森林を破壊していると言うのか? 私たちの森林を破壊したのはあなたたちだ」。この態度は、礼儀正しいポピュリスト(polite populist)というジョコウィの評判とは対照的である。

更に、狭い目的によって同盟関係が変化する多極化した世界では、プラヴウォはスハルトの型にはまり、独立した路線を作り上げるかもしれない。インドネシアと中国は南シナ海の係争中の島々の所有権を主張している国の1つだが、プラヴウォは中国への投資にヨーロッパの投資家たちよりも制約が少ないため、中国に言い寄っている。 2023年6月にシンガポールで開催されたシャングリラ対話(Shangri-La Dialogue)で、プラヴウォはモスクワで作成された可能性が高い、ロシアのウクライナ戦争に対する和平案を提案し、多くの地域アナリストやインドネシアのメディアを驚かせた。

プラヴウォは、インドネシアの広大な群島全域で学校給食費の補助を拡大する計画など、国内の支持を補強するために危険なポピュリスト的施策に頼ることになりそうだ。彼のチームは、初年度に76億8000万ドルもの費用がかかる可能性があると述べている。それは称賛に値するが、給食費補助計画はインドネシアの予算を圧迫し、財政赤字を拡大させる可能性がある。そうなればインフレにつながり、プラヴウォの側にはジョコウィ政権のテクノクラート的な有能な大臣たちはいなくなるだろう。プラヴウォは、ジョコウィのようなテクノクラート的な大臣たちを味方につけることはできない。彼の過去の気質がどうであれ、それはインドネシアに危険をもたらすかもしれない。

結局のところ、過去はインドネシアに必要なことの序章であってはならない。世界で4番目に人口の多い国として、その安定は重要であり、民主政治体制への移行(transition to democracy)を確固たるものにしなければならない。成功するためには、プラヴウォはインドネシアの若い人々の願望に応えることができる21世紀のリーダーになる必要がある。そして、技術力だけでなく、実質を提供する必要がある。

※サリル・トリパティ:ニューヨークを拠点とするライター。1990年代から東南アジアから報道を続け、その中にはジャカルタからスハルト政権崩壊も含まれている。著書に『悔い改めない大佐:バングラデシュ戦争とその不穏な遺産(The Colonel Who Would Not Repent: The Bangladesh War and its Unquiet Legacy)』があり、現在はグジャラートについての本を執筆中。

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インドネシア大統領選挙の勝者には暗い過去とかわいいイメージがある(Indonesia’s Election Winner Has a Dark Past and a Cute Image

-プラヴウォ・スビアントの記録は民主政治体制にとって良い兆候ではない

ジョセフ・ラックマン筆

2024年2月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/14/prabowo-indonesia-election-democracy-jokowi/

ジャカルタ発。「神のご加護で、1ラウンド、1ラウンド、1ラウンドだ。プラヴウォ、プラヴウォ」。歓喜に沸く群衆が、ジャカルタのスタジアムで次期大統領に決まったプラヴウォ・スビアントが勝利演説をするために到着したときにこのように大合唱した。約2億人のインドネシア国民が投票権を持ち、その52%が40歳以下という圧倒的な差で、旧独裁政権と深いつながりを持つ72歳の元陸軍中将を選んだ。

彼は変わったと言う人たちもいる。また、ジョコ・ウィドド現大統領(通称ジョコウィ)の選挙運動への暗黙の支援によって、既に緊張状態にあるインドネシアの民主政治体制にとって、ジョコウィの登場は悪い知らせになると懸念する声もある。ジョコ・ウィドド現大統領は、かつてのライバルの選挙運動を黙認していた訳ではない。インドネシアのヒューマン・ライツ・ウォッチのヴェテランのメンバーであるアンドレアス・ハルソノは、「ジョコウィは、インドネシアをかつての独裁者スハルトの、新秩序の闇に逆戻りさせる扉を開いてしまった」と語った。

最も明らかな心配の種は、プラボヴウォの伴走者であるギブラン・ラカブミン・ラカがジョコウィの息子であるという事実だ。父親が政治家としてのキャリアをスタートさせた、スラカルタ市長として2年強の政治経験を持つ、この36歳が立候補資格を得たのは、40歳以上という従来の制限を例外とする憲法裁判所の判決が最終的に下ったからだ。

国家は選挙運動の他の部分でも同様の判断を下している。党指導者たちに対する汚職捜査が浮上したが、ジョコウィがプラヴウォを支援することになった後は消えた。野党陣営は警察が嫌がらせをし、人々にプラヴウォを支持するよう圧力をかけていると訴えた。そして、インドネシア人への社会援​​助への支出が急増しただけでなく、場合によってはプラヴウォの選挙運動に関係する人々によって配られたとさえ伝えられている。前述のハルソノは「多くの法学教授や他の学者は、これはスハルト後のインドネシアでこれまで行われた中で最も汚い選挙であると述べた」と述べた。

大統領選挙に敗れた2人の候補は現在、開票における大規模な不正を主張している。結果を覆すのに必要な規模の、信頼に足る証拠はまだない。インドネシアの世論調査の専門家であるセス・ソダーボーグは、「あちこちに不正や問題があるのは確かだと思う。しかし、何千万票もの偽の投票があれば、その痕跡が残るだろう」と語った。

それでも、選挙運動中の選挙妨害は、多くの人々にとって、特にプラヴウォ自身の過去と組み合わせれば、懸念が存在することになる。特にプラヴウォ自身の過去と合わせればなおさらだ。彼が最初に注目されるようになったのは、東ティモールでの流血の対反乱作戦中にインドネシアの特殊部隊を指揮していた時だ。プラヴウォは将官として、抵抗運動の指導者ニコラウ・ロバトの殺害に関与した。プラヴウォは東ティモールと西パプアの虐殺の責任者として告発されているが、彼は疑惑について常に激しく否定している。

スハルトの娘との結婚により、プラヴウォは政治的に有名になり、一部の人は彼を潜在的なスハルトの後継者と見なしている。1998年に民主化運動がスハルト政権を崩壊させたとき、プラヴウォは23人の民主活動家誘拐に関与し(うち13人は行方不明で死亡と推定されている)、自ら権力を掌握しようとしたという疑惑がある。

新しい政権によって一時的に失脚させられたプラヴウォは、すぐにインドネシア政界に復帰した。2004年に大統領候補に指名され、2009年には副大統領候補として出馬し、2014年と2019年には大統領選に出馬した。

いずれの時もプロヴウォはジョコウィに敗れた。2019年に敗れたジョコウィは当初、大規模な不正を主張して結果を否定し、8人の死者を出す暴動を引き起こした。ジョコウィはプラヴウォを国防相として政権に参加させることで事態を打開し、多くの人々を驚かせた。

これにより、プラヴウォはジョコウィの後継者となり、多くの若い有権者にとってはかわいらしい老人へと変貌を遂げることになった。それ以前の10年間、プラヴウォの選挙運動は熱狂的な「強者のナショナリズム(strongman nationalism)」によって特徴づけられ、彼はスタジアムの馬の後ろに乗って、熱狂する群衆に対して、外国の破壊的勢力や共産主義について警告を発していた。彼は明らかに日和見主義(opportunism)であるにもかかわらず、過激派イスラム主義グループと同盟を結び、脅威を増大させた。プラヴウォの母親はキリスト教徒であり、彼の兄もキリスト教徒である。

今回、プラボウォは、かつて彼の陣営が、秘密共産主義者・中国系無神論者・キリスト教徒と中傷したジョコウィへの忠誠を仰々しく、繰り返し宣言し、その政策を継続することを計画した。選挙戦では、ナショナリズムの隆興が、外国人たちがインドネシアを没落させ、富を盗むことへの警告として感じられた。しかし、選挙戦で最も目立ったのは、「ジェモイ(gemoy、かわいい)」というイメージの宣伝だった。ソーシャルメディアは、父親のように不器用に踊ったり、猫を抱っこしたりする動画や、彼の顔をピクサーのアニメのように描いたもので埋め尽くされた。

特に若い有権者たちは、プラヴウォのイメージが気に入り、おそらく彼の過去を知らずに、彼に群がった。プラヴウォの勝利演説を待つ群衆の中で、大学の工学部で学ぶ学生のファウザン・ディスマスは、プラヴウォは「タフ(tough)」だから好きだと明言した。しかし、過去の人権侵害疑惑やスハルトとのつながりについて尋ねられると、ディスマスは「そのことについてはよく知らない」と言葉を濁した。彼は「私はまだ生まれていなかった」とも述べた。

それでは、次はどうなるのか?

国際的には、インドネシアの姿勢や立場が大きく変わることはないだろう。アメリカも中国もインドネシアに言い寄ってきているが、インドネシアは長い間、国際問題における中立(neutrality)と非同盟(nonalignment)の原則を堅持してきた。プラヴウォは、インドネシアの立場を冷戦時代のスイスやフィンランドに例えて、この姿勢への関与を強調している。

それでも、プラヴウォの大げさな性格と鋭敏なナショナリズムは、時折驚きをもたらすかもしれない。インドネシアは南シナ海における中国の領有権に異議を唱え続けており、その領有権はインドネシアが「北ナトゥナ海(North Natuna)」と呼ぶ海域と重なっている。昨年8月、プラヴウォはロイド・オースティン米国防長官との共同声明を発表し、一時的に対中強硬路線を取るように見えた。しかし、その2カ月前、シンガポールで開かれたシャングリラ・ダイアログで、彼はウクライナ和平案を提案した。

国内的には、民主政治体制の衰退(democratic decline)を心配する以上に、プラヴウォとジョコウィの同盟関係がいつまで続くかが重要な問題かもしれない。大統領選挙期間中、詳細な政策論議は欠けていたが、プラヴウォはインフラ整備、インドネシアの天然資源の「川下化(downstreaming)」、ボルネオ島への新首都建設などでジョコウィに追随することを声高に約束した。しかし、プラヴウォは気性が激しいことで知られ、何十年もの間、指導者への野心を抱いてきた。果たして彼は前任者の影に隠れていることに満足するのだろうか?

もしプラヴウォがこれに反旗を翻す場合、ジョコウィの影響力は限られたものになるかもしれない。ジョコウィの息子は副大統領かもしれないが、その役割にはアメリカと同様、大統領が譲り渡したいと思う以上の正式な権限はほとんどない。

ジョコウィはまた、自分自身の政治的手段も持っていない。彼はまだ形式的にはインドネシア闘争民主党(PDI-P)のメンバーだが、闘争民主党が推薦した候補者ガンジャル・プラノウォ元中部ジャワ州知事よりもプラヴウォを非公式に支援したことで、その闘争民主党との関係を繋ぐ橋は完全に焼け落ちてしまった。一方、彼のもう一人の息子であるケーサン・パンガレップが9月に引き継いだインドネシア連帯党という小政党は、国民評議会に議席を得るのに十分な票を得ることができなかった。

プラヴウォも72歳で、健康状態が良くないと噂されている。世界第3位の民主政体国家が、事業経営にはある程度成功したが、かつて父親が市長をしていた市の市長を2年間務めた経験しかない若者の手に委ねられることになるかもしれない。インドネシアのヴェテランのテクノクラートの中には、どちらがより心配なのか分からないというひとたちもいる。 プラヴウォ大統領か、ギブラン大統領か、どちらの方が酷いことになるのか?

※ジョセフ・ラックマン:インドネシアと東南アジアからの報道を行うフリージャーナリスト。ツイッターアカウント:@rachman_joseph

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)が刊行されました。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2024年2月にインドネシア大統領選挙が実施され、プラヴウォ・スビアントが大統領に当選した。インドネシアはジョコ・ウィドド大統領政権下、経済発展を遂げ、国際政治、世界経済においてその存在感を増している。これからの10年間で更に成長を遂げ、重要な国となるだろう。今回は、少し長くなるが、インドネシア政治について書いていく。

インドネシアは東南アジアにある島国だ。以下の地図にあるように、約1万5000の島からなり、広大な国土を誇る。スマトラ、ジャワ、カリマンタン、スラウェシ、ニューギニアが主要な島だ。この国土に、約2億7000万人(世界第4位)が住んでいる。世界最大のイスラム教国だ。

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インドネシアの地図

2020年のインドネシアの年齢の中央値は約31歳(2024年)だ。日本は世界第2位の48.6歳だ(1位はモナコの55.4歳)。インドネシアは大変若い国であり、これから若い人々が労働者・消費者として、元気に経済活動、社会活動をしていく。それが更なる経済発展につながる。若い人々が多い状況を「人口ボーナス」と呼ぶ。インドネシアは人口の面から見ても、これから大きく発展していく国だ。以下に、インドネシアと日本の「人口ピラミッド(population pyramid)」を載せる。図の下の方が若者層で、インドネシアは「釣り鐘型(若年層から中年層が多い)」、日本は「極端なつぼ型(老年層が多く、若者層が少ない)」となっている。私が最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』で紹介した世界で言われている言葉「ヨーロッパは博物館(美術館)、日本は老人ホーム」そのものだ。

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インドネシアの人口構成(2020年)

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日本の人口構成(2021年)

●優秀な指導者の下で着実に経済成長を続けている

インドネシアの名目GDPは約1兆ドル(約143兆円)であり、現在のところ、世界第16位に位置している。GDPが1兆ドルを超える国々で構成される「1兆ドルクラブ(Trillion Dollar Club)」に2017年に入った。「1兆ドルクラブ」に入るということは、発展途上国から脱し、地域の大国になったということだ。インドネシアは東南アジア初の「1兆ドルクラブ」のメンバーとなった。更に言えば、西側以外の国々(ザ・レスト)の中核をなす国になった。

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世界のGDP上位国のリスト

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「1兆ドルクラブ」のメンバー国

以下のグラフにある通り、インドネシアはこれまで5%以上の経済成長率を維持し、着々と経済発展を続けている。インドネシアは21世紀に入って、安定的に経済成長を続けている。これは、天然資源に恵まれたということもあるが、何よりも国家の指導者がしっかりしているからだ。下のグラフにあるように、2004年から2014年まで大統領を務めたスシロ・バンバン・ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono、1949年-、74歳)、2014年から大統領を務めるジョコ・ウィドド(Joko Widodo、1961年-、62歳)の下で、インドネシアは着実な経済成長を続けている。

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2005年から2019年まで(コロナ前)のグラフ

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2019年(コロナ期間を含む)からのグラフ

●「インドネシアの田中角栄」と言うべき偉大な指導者ジョコ・ウィドド(愛称はジョコウィ)大統領

インドネシアは1945年にオランダから独立してから、初代大統領スカルノ(Sukarno、1901-1970年、69歳で死 在任:1945-1966年)と第2代スハルト(Soeharto、1921-2008年、86歳で死 在任:1967-1998年)の政権が長く続いた。1998年にスハルトが失脚後、第3代バハルディン・ユスフ・ハビビ(Bacharuddin Jusuf Habibie、1936-2019年、83歳で死 スハルト失脚後に副大統領から昇格、在任:1998-1999年)、第4代アブドゥルラフマン・ワヒド(Abdurrahman Wahid、1940-2009年、69歳で死、国会で罷免された、在任:1999-2001年)、第5代メガワティ・スティアワティ・スカルノプトゥリ(Megawati Setiawati Sukarnoputri、1947年-、76歳、副大統領から昇格 在任:2001-2004年)と短命な大統領が続いた。

国民による大統領直接選挙で選ばれた、第6代ユドヨノ、第7代ジョコがそれぞれ、憲法で定められた任期(2期10年まで)を全うしている。インドネシア政治が安定したのは2004年からだ。ユドヨノ大統領、ジョコ大統領がインドネシアの経済成長をけん引したのは既に書いた通りだ。安定した政権の下、工業化とインフラ整備が進んだ。特に、ジョコ大統領の経済政策は、ジョコ大統領の愛称の「ジョコウィ」を取って、「ジョコウィノミクス(Jokowinomics)」と呼ばれ、高く評価されている。

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インドネシア歴代大統領の一覧

現在のジョコ・ウィドド(愛称はジョコウィ)大統領(第7代)は、「父が誰々」「祖父が誰々」というようなエリートの出身ではない。スラム街で育ち、苦労して大学を卒業し、元々は家具製造業で成功したビジネスマンだった。20代で自分の会社を興したが、騙されて会社を倒産させたこともある。その後に見事に復活するなど、苦労を重ねた。2005年に闘争民主党に所属して、ジャワ島中部の小さな町スラカルタの市長(在任期間:2005-2012年)、首都ジャカルタの知事(在任期間:2012-2014年)を務めた。都市計画で立ち退きを迫られて、反対運動を起こした住民たちのところに直接出向いて、何十回も一緒に食事をし、最終的に説得に成功したり、自然災害が起きた際にはいち早く駆け付けたりなど、類まれな行動力を見せた。スラカルタ市長、ジャカルタ知事としての実績を積んだジョコは国民的人気を高めていった。

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メガワティ(左)とジョコ大統領

1998年の結党以来、闘争民主党の党首を務めているメガワティ元大統領は、スカルノの長女ということで、スハルト政権末期の1990年代に国民的人気を得た。しかし、2004年、2009年の大統領選挙で、ユドヨノに敗れた。この雪辱を果たし、党勢の拡大を図るため、メガワティは2014年の大統領選挙に自分が出るのではなく、国民的人気の高いジョコ・ウィドドを大統領選挙に出馬させることにした。ユドヨノ側は、右派政党の「グリンドラ党(Partai Gerakan Indonesia RayaGerindra Party)」の党首で、スハルトの娘婿、元陸軍中将というエリートのプラヴウォ・スビアント(Prabowo Subianto Djojohadikoesoemo、1951年-、72歳)を候補者に立てた。2014年の大統領選挙は、メガワティにとっての大きな賭けとなったが、この賭けに勝った。ジョコは大統領になり、闘争民主党は党勢を拡大し、国会で第一党となった。2019年の大統領選挙でも、ジョコ大統領がプラヴウォを破った。

ここで、インドネシアの政党について簡単に説明すると、インドネシアは、30年にわたって大統領として君臨した、スハルト時代に、政権を支える与党として「ゴルカル(Golkar)」という組織があった。そして、政府が認める合法野党として、イスラム系の「開発統一党(Partai Persatuan PembangunanPPPUnited Development Party)」と非イスラム系の「インドネシア民主党(Partai Demokrasi IndonesiaPDIIndonesian Democratic Party)」があった。メガワティは元々インドネシア民主党に所属していたが、島内の権力争いのために、追い出される形になって、「闘争民主党(Partai Demokrasi Indonesia-PerjuanganPDI-PIndonesian Democratic Party of Struggle)」を結成した。現在、インドネシアには10くらいの政党があるが、大きいものは、ゴルカルと闘争民主党だ。

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現在のインドネシアの政党一覧

ジョコ大統領の人気ぶり(支持率は70%を超える)に危機感を募らせたメガワティは、「憲法を改正して大統領の人気制限を撤廃しよう」「新型コロナ騒ぎで活動が停滞した2年分は延長しても良いではないか」という声を潰し、ジョコ大統領の任期延長の動きを阻止した。このために、ジョコ大統領とメガワティの間はうまくいっていない。

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ジョコ大統領の支持率の変遷

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インドネシアの現在の政治状況

今回の大統領選挙では、ジョコ大統領が所属する闘争民主党からガンジャル・プラノウォ(Ganjar Pranowo、1968年-、55歳)という人物が出馬している。しかし、ジョコ大統領は、どの候補者に対しても公的に支持を表明していない。

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大統領選挙候補者の顔ぶれ

ジョコ大統領は、自分が2014年、2019年の大統領選挙で戦ったプラヴウォを閣内に防衛相として起用し、今回の大統領選挙では、自分の長男ギブラン(Gibran Rakabuming Raka、1987年-、36歳)を副大統領候補としてプラヴウォつけるという、乾坤一擲(けんこんいってき)の、政治的に素晴らしい一手を打った。こうして、メガワティを抑えることに成功した。ギブランも父ジョコ大統領と同じく、闘争民主党に所属していたが、離党して副大統領候補となった。

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ギブラン(左)とプラヴウォ

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プラヴウォ(左)とジョコ大統領

プラボウォは、政敵であった、ジョコ・ウィドドに、2015年から、ジョコ大統領と協力関係にあり、後継者に選ばれた。もっと露骨に言えば、ジョコウィは、プラヴウォに自分の長男を副大統領として監視役をさせて、院政を敷く。プラヴウォはどうしてもなりたかった大統領になる、その代わりに、ジョコウィ路線を継承する。このようにして、ジョコ大統領は大統領を退任しても、後任の大統領になるプラヴウォに、自分の政策を継続遂行させる手はずを整えた。しかし、だからと言って、メガワティと喧嘩をして、闘争民主党を割るとか、メガワティを党から追い出すということはしない。大きく、長期的な構えをしている。ここもまた政治家として凄いところだ。闘争民主党は今回、プラヴウォに敗れたが、国民評議会選挙では第一党になった。闘争民主党は野党の立場となるが、ジョコ大統領路線の警鐘をプラヴウォが堅持する限り、政権に対して敵対的な姿勢を取ることはないだろう。

ジョコ大統領は、2023年9月に次男のケーサン・パンガレップ(Kaesang Pangarep、1994年-、29歳)をインドネシア連帯党(Partai Solidaritas IndonesiaPSIIndonesian Solidarity Party)の党首に就任させた。この政党は2014年にできたばかりで、若者や女性の権利を主張する政党だ。現在は国会議員を出していない。しかし、今回の大統領選挙と同時に実施される国会議員選挙では、国会での議席獲得が期待されている。インドネシア連帯党が国会で議席を得れば、プラヴウォ大統領とギブラン副大統領を支える与党の立場になる。ジョコ大統領は自分の息子たちを政界に送り込み、自分の政策の継続性を確保する。

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ケーサン・パンガレップ(右)、オバマ元大統領、ウィドド大統領

インドネシアは、ジョコ・ウィドド大統領が敷いた経済成長路線を継続する。そのために、ジョコ大統領は着々と段取りを整えている。自分が所属している闘争民主党のメガワティ党首・元大統領と喧嘩をしないが、政治的なライヴァルだったプラヴウォを取り込むことで、結果として、メガワティの力を抑えることに成功した。ジョコ大統領はまだ62歳と若い。これから少なくとも10年は仕事ができる。そして、この10年は世界にとっても、インドネシアにとっても重要な10年となる。それは、これからの10年で世界の構造が大きく変化するからだ。これから伸びていく、非西側陣営の重要なメンバーとして、インドネシアは偉大な指導者の下、発展を続けていく。

(貼り付けはじめ)

インドネシアの選挙は与党である闘争民主党にとって何を意味するか(What Indonesia’s Election Result Means For the Ruling PDI-P

20年ぶりに野党に転落した闘争民主党(PDI-P)は次期政権の権力をチェックする重要な役割を担うことになる。

ヴィルディカ・リスキー・ウタマ筆

2024年2月16日

『ザ・ディプロマット』誌

https://thediplomat.com/2024/02/what-indonesias-election-result-means-for-the-ruling-pdi-p/

水曜日、インドネシアでは、大統領選挙と国民議会および地方議会の選挙が同時に行われた。その結果、複雑な政治情勢が明らかになった。各調査機関と「コンパス」の毎日の研究開発からの簡単な集計に基づくと、与党インドネシア闘争民主党(PDI-P)は大統領選挙で後退に直面したが、国民議会選挙では好成績を収めた。公式結果は来月まで発表されないが、闘争民主党の現在の位置と果たすべき役割を明確に示している。

闘争民主党は、最近まで中央ジャワ州知事を務めていた大統領候補ガンジャール・プラノウォが得票率約16から18%に留まり、大統領選挙戦で大きな課題に直面した。これは、24から26%を獲得した元ジャカルタ知事アニエス・バスウェダンや、各種速報結果によると約56から58%の得票率で圧倒的な勝利を収めた最終的な勝利者プラヴウォ・スビアント国防大臣を大きく下回った。プラヴウォの勝利はインドネシア政治の極めて重要な瞬間を示し、有権者の志向の変化と政治勢力の再編の可能性を示している。

特に中央ジャワ、東ジャワ、バリといった伝統的な闘争民主党の拠点でのガンジャール・マフフドの敗北は、党への忠誠心を超えた有権者の力関係の複雑な相互作用を明らかにしている。大統領選挙での敗北にもかかわらず、闘争民主党は国民議会選挙で好成績を収めた。「リトバン・コンパス」の速報集計結果によると、闘争民主党は得票率17から18%を獲得し、国民議会で最も高い得票率を確保し、ゴルカル党、ゲリンドラ党、国民覚醒党がそれに続いた。

闘争民主党の立法府部門での成功は、闘争民主党がインドネシア政治の雄として不朽の強さと回復力を保持していることを再確認させるものだ。この逆説的な変化は、政治的再編成とインドネシアの有権者における新たな分断線の出現という、より広範な物語を強調するものである。また、過去10年間与党であった闘争民主党は、その戦略を再評価し、進化する政治情勢における自らの役割を再定義する必要に迫られている。

立法府選挙における闘争民主党の好成績は、闘争民主党の永続的な強さと回復力の証である。この結果は、立法部門における闘争民主党の本拠を再確認するものである。闘争民主党が政治戦略を立て直し、強大な野党勢力としての影響力を再強化するための重要な足場を提供するものである。

しかしながら、インドネシアにおける競争的権威主義(competitive authoritarianism)への移行を示唆する可能性があるプラヴウォ・スビアントの大統領就任という文脈において、闘争民主党の立法府選挙での勝利の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。公平性と平等の原則が侵食される一方で、選挙競争の幻想を特徴とする競争的権威主義は、ウラジーミル・プーティン政権下のロシアの政治路線を彷彿とさせる。

この文脈において、与党政権に対するカウンターバランスとしての闘争民主党の役割は、国の民主政体構造を維持するために不可欠である可能性がある。この変化に対する懸念は、ジョコ・ジョコウィ・ウィドド大統領が選挙結果を自分たちに有利に操作しようと努めたと主張する先週公開された映画「汚い投票」で強調された選挙不正疑惑など、いくつかの要因によるものだ。プラヴウォと副大統領候補ギブラン・ラカブミン・ラカはジョコウィの長男である。さらに、プラヴウォは独裁者スハルトの義理の息子という経歴と人権侵害の経歴から、民主的な原則への取り組みに懸念が生じている。

更に言えば、プラヴウォの支持者の中には、異論を唱える者を警察に通報することで批判を封じ込めようとする傾向があり、民主政治体制の基本的な柱である表現の自由に対する不寛容さを反映している。これらの要素を総合すると、プラヴウォの大統領就任は、選挙の装いはあるが民主政治体制の本質が損なわれた、より権威主義的な統治スタイルへとインドネシアを導く可能性があることを示唆している。

闘争民主党がもたらす反対派としての資産は、この重大な局面において非常に貴重なものとなる可能性がある。国民議会で重要な議席数を獲得している闘争民主党には、民主政治体制の完全性、透明性、説明責任の大義を擁護する機会が出てくる。闘争民主党は立法上の影響力を活用して政府の政策を精査し、改革を主張し、民主的な原則を支持する世論を動員することができる。

更に言えば、闘争民主党が10年間の政権運営を経て野党のベンチに戻ったことは、その政治的アイデンティティを再定義し、草の根の支持基盤とのつながりを取り戻すまたとない機会となる。社会正義、経済的公正、政治的包摂の大義を唱えることによって、闘争民主党はそのイデオロギー的な魅力を若返らせ、インドネシアにおける民主政治体制の先駆者としての地位を強化することができる。

闘争民主党が野党としての役割を受け入れる必要性は、単なる立法バランスの仕組みにとどまらない。それは闘争民主党のイデオロギー的基盤と、インドネシア社会の恵まれない人々や社会から疎外された人々を擁護するという歴史的関与に根ざしている。闘争民主党の左派的傾向は、スカルノ主義(Sukarnoism)または「マルヘーニズム(Marhaenism)」に触発されたもので、社会正義、ナショナリズム、そして庶民(マルヘーン、ordinary people)の力をつけてやること(empowerment)を強調している。このようなイデオロギー的スタンスは、闘争民主党を、エリートの利益を優遇したり、社会的公正を損なうような政策を効果的に批判し、対抗できる政党として自然に位置づける。

野党の役割への復帰は、戦闘的で忠実な草の根基盤を持つ政党としての闘争民主党の本質的な特徴とも一致している。数十年にわたって培われたこの草の根ネットワークは、東証民主党に世論を動員し、非民主的な統治の転換に対する抵抗を組織するための強力なプラットフォームを与えている。闘争民主党にはスハルト時代の、強力な反政府勢力としての名高い歴史があり、その回復力と民主的価値観への献身を示してきた。その後、メガワティ・スカルノプトリの指導の下で闘争民主党は権力を掌握し、スシロ・バンバン・ユドヨノ(2004年-2014年)およびジョコウィ(2014年-2024年)の大統領時代を通じて、政治情勢におけるその重要性をさらに強固なものとした。これら全てによって、闘争民主党はプラヴウォ政権に対する強力な野党勢力となる理想的な立場にある。

強力な野党としての役割は、競争力のある独裁政権の状況において極めて重要であり、与党はしばしば潜在的な挑戦者を取り込むか無力化しようとする。 闘争民主党は、その明確な政治的アイデンティティとイデオロギーの明確さを維持することで、民主的規範への侵食を防ぎ、政治の場が真の論争と議論のための空間であり続けることを保証することができる。これは、少数派の権利を保護し、政府が社会のあらゆる層に対して責任を負い続けることを保証するために特に重要だ。

闘争民主党にとって、野党の地位を受け入れることは、党の将来にとって戦略的な意味を持つ。それは、闘争民主党が不人気な政府の政策から距離を置き、国民の利益、特にウォン・シリク(wong cilik、庶民)のチャンピオンとして自らを位置づけ直すことを可能にする。これは、党のイメージを再構築し、国民の信頼を回復する上で、特に選挙での敗北の余波を受けた場合には、貴重な財産となりうる。闘争民主党は、インドネシアのための明確で首尾一貫した代替ヴィジョンを明示することで、支持基盤を活性化し、現状に幻滅した新たな支持者たちを引きつけることが可能となる。

しかし、野党としての闘争民主党の前途は多難である。建設的な批判と協力の間で微妙なバランスを取らなければならない。闘争民主党の野党共闘が妨害的なものとしてではなく、ガバナンス(統治)を強化し民主的価値を守るための真の努力として受け止められることが肝要である。更に言えば、闘争民主党は、その政治的正当性を損ない、国民議会での発言力を抑圧しようとする試みに対して警戒を怠らないようにしなければならない。闘争民主党は、デジタルメディアと草の根動員の力を活用し、メッセージを増幅させ、その民主的アジェンダに対する国民の支持を喚起しなければならない。

今週のインドネシアでの選挙は、国の民主政体を守る上で、活気と回復力のある野党が極めて重要であることを浮き彫りにした。闘争民主党は国民議会選挙で一貫して成功を収めており、闘争民主党を政治情勢において極めて重要な勢力として位置づけ、プラヴウォ次期政権への動きに対抗できる立場にある。速報結果が、総選挙管理委員会が発表した公式の選挙結果と厳密に一致する場合、闘争民主党は警戒を怠らず、プラヴウォの選挙後の団結という物語の魅力に屈しないことが不可欠である。プラヴウォ政権に協力することは、インドネシアにおける野党の役割を軽減することになる。

政府機構内に強力な抑制と均衡が存在しないことは、国の民主政治体制の健全性に悪影響を及ぼす。インドネシア国民は、十分な情報に基づいた、回復力のある、批判的で明確な反対派を切実に必要としている。歴史的な先例は、闘争民主党が希望すればこの役割を果たす独自の立場にあることを示している。

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元陸軍の実力者がインドネシア大統領選挙での勝利を確実のものとした(Ex-army strongman leader claims victory in Indonesian presidential election

ヘザー・チェン、アンガス・ワトソン、ソフィー・ジオン、キャサリーン・マグラモ(CNN)筆

2024年2月14日

CNN

https://edition.cnn.com/2024/02/14/asia/indonesia-election-prabowo-subianto-intl-hnk/index.html

CNN発。議論が続いている過去を持つ元陸軍大将がインドネシア大統領選挙が勝利を確実のものとした。

国営報道機関アンタラ、CNN系列局CNNインドネシア、ロイター通信が報じた非公式結果によると、プラヴウォ・スビアント(72歳)が開票率約85%の段階で、大統領選挙決選投票を回避するには十分な得票率60%近くを獲得したということだ。初期の集計は非政府シンクタンクによって行われた。水曜日の午後早くに全国の投票所が閉鎖された。

プラヴウォ候補は、水曜日の投開票を前にジャカルタの支持者に対し、ジョコ・ウィドド大統領の長男であるギブラン・ラカブミン・ラカ候補とともに「インドネシア国民全員のため(for all the people of Indonesia)」に政治を行うと語った。

プラヴウォは次のように宣言した。「感謝はしているが、私たちは傲慢になってはいけないし、有頂天になってはいけない。今回の勝利は全てのインドネシア国民のための勝利でなければならない。部族、民族、人種、宗教、社会的背景に関係なく、インドネシアの全ての人々を育て、守り、守るために、私はギブランとともに先頭に立つ」。

非公式の開票速報によると、人気の高いアニエス・ベスワダン前知事は22%弱の得票率で2位となり、ライヴァルのガンジャール・プラノウォが3位となった。

ロイター通信が引用したアニエス陣営、ガンジャール陣営のスポークスマンによれば、両陣営とも初期の結果に異議を唱えており、勝利者が確定したとするには時期尚早だという。

CNNは、早期の投票結果の数字を独自に検証することはできないが、信頼できるシンクタンクによる集計は、インドネシアの過去の選挙で正確であることが証明されている。

水曜日の演説の中で、プラヴウォは支持者たちに対し、インドネシア選挙管理委員会が正式な投票結果を発表するのを「静かに待つ(calmly wait)」よう呼び掛けた。選挙管理委員会は3月に正式な結果を発表する予定だ。

2019年の前回選挙後、敗れたプラヴウォが結果に異議を唱え、激しい暴動が発生した。

インドネシアは世界で4番目に人口の多い国であり、世界最大のイスラム教徒人口を抱えている。世界最大規模の1日限りの選挙とされる今回の選挙では、水曜日に38の州の2億人以上が投票する資格を持っている。

しかし、世界最大の群島国家であるインドネシアで投開票を実施するのは大変な労力が必要である。国土はアメリカよりも広く、3つの時間帯にまたがっている。1万8000以上の島と小島で構成され、そのうち6000に人が住み、150以上の言語が話されている。

専門家たちは、今年の投票では若い有権者が鍵を握っており、総選挙管理委員会によると、登録有権者の約半数が40歳未満であると指摘している。

プラヴウォの後にステージに登場したギブランは、今回の選挙における若者有権者の影響力を認め、支持者たちに「将来、私たちは若者を巻き込んでいくことになる」と語った。

●プラヴウォの大統領就任は何を意味するか?(What will a Prabowo presidency mean?

プラヴウォはエリート政治家一族の出身だが、彼の過去、特に義父でもあった故独裁者スハルトの時代については議論を呼んでいる。軍人としての過去における人権侵害の告発は、彼の政治家としてのキャリアを通してずっとつきまとってきた。

プラヴウォの父親スミトロ・ジョジョハディクスモは元財務・貿易大臣で、祖父マルゴノはネガラ・インドネシア銀行を設立し、大統領諮問委員会委員長を務めいた。

プラヴウォは1970年にインドネシア陸軍士官学校に入学し、特殊部隊の司令官となり、インドネシアが24年間東ティモールを軍事占領した際、独立派に対する作戦を指揮した。

プラヴウォはまた、スハルト独裁政権の最後の数か月間、民主化活動家たちの誘拐を命令したと非難されている。

その後、プラヴウォはインドネシアの活気ある民主政体を支持する人物へと変身し、最近では親しみやすいが頼りになるおじいさんのような人物というイメージを築き上げ、過去10年間にわたり政界の主要人物として存在感を増してきた。

プラヴウォは2014年と2019年に大統領選に出馬したが、ジョコウィの名で親しまれているジョコ・ウィドド現大統領に2度とも敗れた。

かつてのライヴァル2人は、ジョコウィがプラボウォを国防相として入閣させたことで対立は解消した。

今年、プラヴウォはジョコウィの長男であるギブラン・ラカブミン・ラカを副大統領候補として指名して、コンビを組んだが、この決定は議論を巻き起こした。ジョコウィが大統領職を退く準備を進める中、妨害の疑いでジョコウィに対する激しい批判を巻き起こした。

インターナショナルIDEAアジア太平洋ディレクターであるリーナ・リッキラ・タマンは、「大統領が選挙で中立を保つことは広く予想されている。プラヴウォの勝利は『ジョコウィの政策の継続』と見なされるだろう」と述べた。

プラヴウォの人気が2019年の選挙以降上昇しているのは、ジョコウィの暗黙の支持によるところが大きいと専門家たちは指摘している。

ジョコウィは貧しい家族の出身で、インドネシア政治の伝統的な裕福なエリートからの脱却を掲げて選挙戦を戦ったジョコウィは、目覚ましい経済成長を主導し、人気を博して政権を去ることになる。しかし、ジョコウィが在任中、インドネシアは人権問題や汚職指数で後退した。プラヴウォはジョコウィの遺産を受け継ぐ後継者という位置づけが強い。

ヴェリスク・メープルクロフト社の東南アジア担当上級アナリストであるローラ・シュワルツは次のように述べている。「プラヴウォ大統領の就任に関する懸念は、彼が以前から大統領の任期制限撤廃、大統領直接選挙の廃止、人権保護の縮小を主張していることから、非自由主義的な行動が増加する可能性が高まると考えられることだ。このような動きは、インドネシアの評判を落とし、外国投資を誘致する能力を低下させるだろう」。

ワシントンDCのアメリカ合衆国国防大学で東南アジアの政治と安全保障問題を研究するザカリー・アブザ教授は、CNNの取材に対し、「プラヴウォは自分自身を再創造し、過去を白紙に戻そうと懸命に努力してきた」と語った。

アブザは、元軍人をトップに据えることは、権威主義的支配の暗黒時代への回帰を意味すると続けて指摘した。アブザは、「ジョコウィは多くの陸軍大将に囲まれ、コロナウィルスのパンデミックのような多くの問題を『安全化(securitize)』する傾向があったが、プラヴウォでは事態が悪化する可能性がある」と述べた。

アブザは、「プラヴウォは、退役軍人たちを顧問や閣僚の地位に就けるだろうと私は考えている。しかし、より大きな懸念は、彼が軍の政治への復帰を加速させることだ」と述べている。

ジャカルタの有権者たちはCNNの取材に対し、今回の選挙の結果は「王朝政治(dynasty politics)」の復活を示唆するものになるだろうと述べた。ヨハネス・グレゴリウス・トゥカン氏(41歳)は、プラヴウォとギブランの選挙運動は、「ニュアンスの違う縁故主義と腐敗(nuanced nepotism and corruption)」を示していると語った。もう1人の有権者であるクンコロ・リコニは「権威主義的支配への回帰(a return to authoritarian rule)」を恐れていると述べた。

リコニは「1998年に血と涙を流して戦い取った民主政治体制を失いたくない」と述べた。

CNNのアレックス・スタンボー、ティール・レバンが今回の記事の作成に貢献した。ジャーナリストのアウグスティヌス・ベオがジャカルタからの報道に貢献した。

(貼り付け終わり)

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 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。BRICS(ブリックス)を中心とする非西洋諸国(the Rest、ザ・レスト)の台頭と重要性について書きました。是非手に取ってお読みください。

 世界規模で電気自動車の需要が高まる中(電気自動車の有効性については疑問がある)、電気自動車の肝となる電池(バッテリー)に使われるニッケルでは、世界最大の埋蔵量(約23%)を占め、鉱石生産量の約半分(約48%)を占めるのがインドネシアだ。

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 インドネシア成否はニッケルの重要性を理解しており、精製していないニッケルの輸出を禁じている。国内に精製工場を建設し、精製済みのニッケルの輸出が必要となっている。世界の電気自動車競争において、電池(バッテリー)が重要だ。インドネシアは電池を製造するところまではいっていないが、精製する段階までは来ている。そのために、電気自動車分野で世界をけん引する中国企業がインドネシアに投資を行っている。インドネシア国内への産業投資の約3分の1は金属部門に流れているが、その多くはニッケル分野だ。

インドネシア政府はこれから電池製造に進もうとしているが、まずはニッケル精製を行っている。これは、2000年代のユドヨノ政権から始まり、2010年代のジョコ政権と続き、今年の選挙で当選したプラヴウォ政権でもこの動きは続く。

 日本ではパナソニックが電気自動車用の電池(バッテリー)を製造している。日本にとって重要なのは、テスラだけではなく、中国電気自動車企業BYDにも電気自動車用の電池(バッテリー)を供給することである。そのために、インドネシアとの友好関係をしっかりと固めることである。日本からも積極的に投資を行うべきだ。それこそは日本の経済だけではなく、安全保障にとっても重要である。

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インドネシアはニッケル産業に大きな野望を抱いている(Indonesia Has Grand Ambitions for Its Nickel Industry

-同国が今週投票に向かう中、ジャカルタの大統領府の将来により焦点が当てられることになる。

クリスティナ・ルー筆

2024年2月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/13/indonesia-election-nickel-economy-energy-jokowi-prabawo/

世界中でエネルギー転換の機運が高まるずっと以前から、ニッケル大国(powerhouse)インドネシアは、豊富な鉱物資源を活用して自国の経済を変革し、国際市場においてより大きな影響力を行使することを夢見てきた。

化石燃料からの世界規模での脱却と、グリーン・テクノロジーの原動力となる重要鉱物の需要の高まりが、ジャカルタの野心を加速させている。ニッケルは電気自動車用バッテリーの主要部品に使用される。インドネシアは世界最大級のニッケル埋蔵量を誇り、2022年には世界供給量の半分を採掘したインドネシアほど、世界のニッケル分野で大きな権益を主張できる国はない。

現在、水曜日には1億人以上の有権者たちが10年ぶりのインドネシアの新しい大統領を選出するために投票所に向かうことが予想されており、ジャカルタの大統領府の将来により焦点が当てられることになる。現在のジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコウィ)は、許容される最長任期である10年間権力を握った後、2024年10月に退任する予定であり、彼の後継者が国の急成長するセクターを具体的にどのように形成し続けるのかについて疑問が生じている。

ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンス社の政策アナリストであるアレックス・ベッカーは、「インドネシアが、世界の他の地域でより価値の高い原料を生産することを望んでいる訳ではないことは明らかだ。本格的な電池とまではいかなくても、少なくとも精製ニッケルを生産することで、自分たちの世界での価値を高めたいのだろう」と述べた。

こうした野望は、ジョコ政権下で具体化され、ジョコウィは世界的な投資を呼び込み、インドネシアを地域の電池製造大国に作り変える努力を強め、一時はOPECと同様の、ニッケルカルテルの設立を提案したこともあった。より付加価値の高い製造能力(川下化[downstreaming]として知られるプロセス)を構築することに熱心なジョコウィは、2020年に未加工ニッケルの輸出を禁止した。この動きは、主に中国企業など、関心を持つ投資家たちに対して、代わりにインドネシアで製錬所を開発し、国内で鉱物を加工するよう促した。ジョコウィは大統領在任中、ジャカルタはボーキサイト、パーム油、石炭の輸出を様々な時点で制限してきた。5月には銅鉱石の輸出の禁止が実効化される予定だ。

ジョコウィの後継者をめぐる競争は始まっている。 3人の候補者が大統領の地位を争っている。その3人は、残忍な独裁者スハルトの親族であり、人権侵害を行ったとして告発されている現国防大臣プラヴウォ・スビアント、元中部ジャワ知事ガンジャール・プラノウォ、元ジャカルタ知事アニエス・バスウェダンだ。

プラヴウォは、ジョコウィの実の息子であるギブラン・ラカブミン・ラカを副大統領候補としているが、最近の世論調査では、水曜日に50%以上の票を獲得すると予測されており、現在のところ最有力視されている。どの候補者も50%以上の得票を得られなかった場合、選挙は6月の決選投票に持ち越される。2人はジョコウィの政策の継続を誓い、経済的繁栄への道を歓迎しており、ギブランはライヴァルたちを「反ニッケル(anti-nickel)」だと非難している。

プラヴウォは投票を前の声明で次のように宣言した。「この粘り強さこそ、私たちが維持しなければならないものだ。私たちは電気自動車のバッテリーや電気自動車を輸出した方がいいのであって、他国に加工してもらうために生のニッケルを輸出した方がいいということはない」。

オーストラリア国立大学インドネシア研究所所長で『インドネシアの資源ナショナリズム』の著者イヴ・ウォーバートンは、「彼らの主張は、私たちは鉱物の下流部門で多くのことを達成しており、プラヴウォ・ギブラン政権の任期中も同じ道を歩み続けるだろう、ということだ。この特定の政策介入に関して、他の候補者たちがプラヴウォやギブランと差別化を図るのは困難なことだった。なぜなら、政府および政府の数字によれば、それは大成功だったからである」と述べた。

例えば、2014年にジョコウィ政権が誕生した当時、インドネシアのフェロニッケル(ニッケルの加工品)の輸出額は8300万ドルだったが、2022年には58億ドルにまで膨れ上がった。輸出だけでなく、インドネシアでは現在、外国直接投資(foreign direct investment)が記録的な水準に達しており、その約3分の1が同国の金属・鉱業部門に注ぎ込まれている。

インドネシアのニッケル産業育成への取り組みは、ジョコウィの在任期間よりも10年以上前に遡る。当時のスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は2009年、企業に国内の鉱山労働者たちを雇用するよう命じる法律を導入し、全ての鉱山への取り組みは国益の増進に焦点を当てるべきだと強調した。外国からの投資を誘致するために、ユドヨノ大統領は2014年にインドネシア初のニッケル未加工品の輸出禁止も課したが、その制限は2017年に緩和された。

ウォーバートンは、「インドネシアのニッケル部門に対する野望は、ユドヨノ時代と2009年の鉱山法にまでさかのぼる。それ以来、インドネシアは鉱物からより多くの価値を引き出すべきだと法律で定められている」と述べた。

しかし、その後数年間、この業界は多くの課題に直面し、特に製錬所の爆発やその他の死亡事故の報告を受けて業界の汚染、環境への被害、安全上の問題に対する懸念が高まっている。最も致命的な事件の1つとして、12月に中国のニッケル工場で爆発があり、21人が死亡、数十人が負傷した。

インドネシアの政治リスク分析コンサルタント会社リフォルマシ・インフォメーション・サーヴィス代表ケヴィン・オルークは、「ニッケル川下政策の本当の問題は、セーフガードが全くないように見えることだ」と言う。

ニッケル部門の将来には、他の課題も立ちはだかる。中国の大手投資家たちやBYDを含むEVメーカーが数十億ドルの投資をインドネシアに集めている一方で、ジャカルタのアプローチは他の有望なパートナーたちやアメリカを含む国際市場からインドネシアを遠ざける危険性がある。

ジャカルタはワシントンとともに、インドネシア企業がインフレ抑制法を通じて多額の税額控除を利用できる限定的重要鉱物貿易協定の締結を推進していた。しかし、この入札はワシントンで激しい反発を引き起こし、昨年10月には9名のアメリカ連邦上院議員がそのような協定に反対する書簡を書いた。

アメリカ連邦上院議員たちは書簡の中で、「私たちは、インドネシアの労働権、環境保護、安全性、人権に関する基準に懸念を抱いている」と書いている。また、中国企業のインドネシアへの投資やジャカルタのニッケル鉱石輸出禁止に対する懸念も書簡の中で挙げられていた。結局、貿易協定は実現しなかった。

エネルギー転換の需要が新型EVバッテリーの開発を後押しする中、専門家たちによると、技術状況の変化もジャカルタの将来計画を複雑にする可能性があるという。ニッケルは、現在普及している強力なニッケル・マンガン・コバルト(NMC)電池の重要な構成要素だが、企業の一部はニッケルを使用しない新型電池に目を向けている。

ピーターソン国際経済研究所のシニアフェローであるカレン・ヘンドリックスは昨年11月、「インドネシアのニッケル埋蔵量と産業への野心は、電池化学の変化によって価値が低下する恐れがある。NMCバッテリーの優位性はつかの間かもしれない」と書いている。

その一例がテスラだ。ジャカルタは数年にわたりテスラからの投資誘致に努めてきたが、テスラはインドネシアへの投資に難色を示し、代わりにインドネシアの豊富な鉱物資源を必要としないバッテリーを採用している。

オーストラリア国立大学のウォーバートンは次のように述べている。「その多くは、技術の進化の早さにかかっている。当初の計画では、ニッケルがこの産業を本格的に立ち上げるために必要な主成分であるという考えに長い間基づいていた。市場は、それが転換する可能性を示唆しているようだ」。

※クリスティナ・ルー:『フォーリン・ポリシー』誌特派員。ツイッターアカウント:@christinafei
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2020年の新型コロナウイルス感染拡大で経済はスローダウンし、その後、経済が少しずつ回復する中で、2022年のウクライナ戦争が勃発し、エネルギー価格や食料価格の高騰により、経済が減速する可能性も出てきている。

 そうした中で、アジア地域の経済成長は続いているようだ。特に東南アジアは世界の成長エンジンと言われている。東南アジア諸国は体制の違いを脇に置いて東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asia NationsASEAN)を結成し、地域の安定を促進し、経済成長に邁進している。東南アジア諸国の経済成長率(予測も含む)は以下のグラフにある通りだ。

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ASEANの地図

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世界各地域の経済成長率(予測を含む)

 東南アジア諸国の中で経済的な大国はインドネシアである。インドネシアは世界で17番目の経済力を持つまでになっている。まだまだ世界的にはひよっこであるが、そのうちに順位をどんどんと上げていくだろう。資源やエネルギー価格の高騰もあり、税収も伸びているようだ。

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GDPのランキング

 ウクライナ戦争を受け、世界は西側諸国(the West)対それ以外の国々(the Rest)の対立構造になっている。西側諸国は先進国ばかりであるが、先進国は少子高齢化と国内の分断状況に苦しんでいる。そうした中で明るい未来への展望は開けない。それ以外の国々は新興諸国であり、これから伸びていくぞという希望が溢れている。

 このような世界構造を理解し、日本は衰退する西側にいるのだということを理解し、それを前提にして世界を見ていくことが肝心だ。このような魅力のない国を誰が攻めようと思うだろうか。占領してみたところで何の意味があるだろうか。日本などよそから見れば勝手に自滅していく国である。そのまま放っておいてもっと弱ってから何かすれば済む話だ。防衛力強化などは恐怖心を煽られて、お金をアメリカに貢ぐための口実に過ぎない。

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アジア新興諸国の成長率が30年ぶりに中国を上回る(Emerging Asia growing faster than China for 1st time in 30 years

-アジア開発銀行は、インドネシアとフィリピンが明るい場所にいるが、インドとパキスタンは失速していると述べた

クリフ・ヴェゾン(日経スタッフライター)筆

2022年9月21日

『日経アジア』誌

https://asia.nikkei.com/Economy/Emerging-Asia-growing-faster-than-China-for-1st-time-in-30-years?utm_campaign=GL_asia_daily&utm_medium=email&utm_source=NA_newsletter&utm_content=article_link&del_type=1&pub_date=20220921123000&seq_num=2&si=d3f405dd-1c11-4b5c-a514-610716136630#

マニラ発。中国の新型コロナウイルス感染対策のロックダウンにより中国の経済成長は、30年以上ぶりに他のアジア新興諸国よりも鈍化した、とアジア開発銀行が新しい報告書の中で述べた。

水曜日に発表されたアジア開発銀行の最新レポートでは、中国の2022年の成長率予測が4月段階での5.0%から3.3%に引き下げられた。また、来年の予測も4.8%から4.5%に引き下げた。

ゼロ・新型コロナウイルス感染戦略のもと、他の国々が経済再開のために規制を緩めたにもかかわらず、地域最大の経済大国である中国は感染症対策としてロックダウンを実施した。

アジア開発銀行は、これらのロックダウンは、アジア地域が直面している他の経済的課題に拍車をかけていると述べている。その主な原因は、ロシアのウクライナ侵攻が長引き、世界の食料および燃料価格を押し上げ、先進国の金利引き上げを招いたことにある。

アジアの新興諸国全体の2022年の成長率は4.3%と、4月の予測値(5.2%)を下回る見込みだ。中国を除いたアジア地域の成長率は5.3%と予測されるとアジア開発銀行は発表している。

2023年については、アジア新興国地域の成長率は5.3%ではなく、4.9%と予測されている。

アジア開発銀行のチーフエコノミストであるアルバート・パーク氏は声明の中で、「アジアの新興諸国は回復を続けているが、リスクは大きく立ちはだかっている」と述べている。

パークは次のように述べている。「世界経済が大幅に悪化すれば、アジア地域の輸出需要は大きく損なわれる。先進諸国での予想以上の金融引き締めは、金融不安につながる可能性がある。また、中国の成長は、度重なるロックダウンと弱い不動産部門による課題に直面している」。

アジア開発銀行は、今年の域内インフレ率が、前回予想の3.7%から4.5%に加速すると予想している。来年の物価上昇率は4.0%で安定すると予想されるが、それでも前回予想の3.1%より高くなる。

アジア開発銀行によると、インフレ率の上昇は南アジアの回復を阻害し、今年の成長率は7.0%から6.5%になると予測されている。南アジア最大の経済大国であるインドの成長率予測は7.5%から7.0%に引き下げられ、来年は7.2%と予測されている。

危機的状況にあるスリランカ経済は、今年8.8%縮小し、2023年には3.3%に縮小が緩和されると予測されている。パキスタンは、6月に終了した2022年の会計年度に6.0%成長したが、国際通貨基金が支援する同国の財政赤字を修正するための努力が経済活動を抑制するため、2023年には3.5%と遅いペースで拡大すると予測されている、とアジア開発銀行は述べている。

それでも、アジア地域の他の地域には明るい兆しがある。

東南アジアの今年の成長率予測は4.9%から5.1%に引き上げられ、2023年には5.0%の拡大が予測されている。

これは、東南アジア最大の経済大国であるインドネシアの内需が拡大し、5.0%から5.4%に成長すると予測されたことによる。フィリピンは6.0%から6.5%に拡大する見込みだ。

=====

インドネシアは2023年に経済成長率5.3%を目しており、財政赤字削減も視野に入っている(Indonesia eyes 5.3% growth, cuts to fiscal deficit in 2023

-来年度の予算計画では選挙と首都移転が優先事項になっている。

エルウィダ・マウリア(日経スタッフライター)筆

2022年8月16日

『日経アジア』誌

https://asia.nikkei.com/Economy/Indonesia-eyes-5.3-growth-cuts-to-fiscal-deficit-in-2023

ジャカルタ発。インドネシアは、火曜日に発表された2023年度予算案で、地政学的に厳しい状況にもかかわらず、政府は来年の国内総生産(GDP)成長率を5.3%と予測し、財政赤字を新型コロナウイルス大流行前の水準に戻すことを目指しており、経済の見通しには明るい兆しがある。

ジョコ・ウィドド大統領は、国会での国民演説で予算案を発表し、総支出は3041兆7000億ルピア(約2059億ドル)となっている。これは2022年の数字より2%低い。政府は、主に燃料補助金の急増により、今年は合計502兆ルピアになると発表した補助金支出の膨張を反映し、5月に引き上げられた数字である。

政府は来年の税収を大幅に増やし、今年より13%多い2016兆9000億ルピアを目標にしている。インドネシアは、ロシアのウクライナ侵攻により、パーム油や石炭など主要輸出品目の価格が高騰している。インドネシア財務省は先週、7月の時点で税収が1213兆ルピアに達し、2022年全体の目標のほぼ7割を達成したと発表した。これは、新型コロナウイルスの大流行以前から、同省が何年も収入目標を逃してきたことに続くものだ。

商品価格の高騰による歳入の押し上げは来年まで続かないと予想されるが、ウィドド大統領は、政府は引き続き、県レヴェルの課税ベースを広げ、法令遵守を向上させるための税制改革を推進すると述べた。

ウィドド大統領は「2023年の財政赤字は、GDPの2.85%、すなわち598兆2000億ルピアと計画されている」と述べた。

新型コロナウイルス感染拡大と経済の減速に対処するため、2020年にインドネシア議会は、国内総生産の3%と定められているインドネシアの財政赤字の法的上限を3年間停止することを承認した。上限の停止は来年までとなる。

今年の財政赤字はGDPの4.5%と予測されていたが、輸出と税収の高さにより、7月時点でインドネシアはGDPの0.57%に相当する黒字となった。

ウィドドは、2024年の大統領選挙、連邦議会議員選挙、地方選挙の準備に加え、ジャカルタからボルネオ島のヌサンタラへの首都移転計画を含む人的資本とインフラ整備が来年の政権の優先事項であることに変わりはないと述べた。

ウィドド大統領は次のように語った。「世界経済が不安定な中、インドネシア経済のファンダメンタルズは依然として強固である。一方で、私たちは警戒を怠らず、慎重に行動しなければならない。一方で、先進的なインドネシアを実現するために、国家の大きな課題への対応を継続しなければならない」。

来年の支出計画には、教育に608兆ルピア、社会的セーフティネットに479兆ルピア、インフラに392兆ルピア、保健医療に169兆8000億ルピアが含まれている。

来年の経済成長目標は、今年の政府目標である5.2%より若干高くなっている。東南アジア最大の経済大国であるインドネシアは、個人消費の改善と輸出の増加により、4月から6月にかけて5.44%成長し、アナリストの予測を上回り、今年1~3月の5.01%成長よりも高い伸びを示した。

来年のインフレイションは3.3%と予測されており、これは今年のインドネシア政府の3%目標よりも少し高いものだ。インドネシアの最近7年間における最高のインフレイションは今年7月の4.94%であった。

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 古村治彦です。

 今回は、タイ南部に建設計画があるタイ運河に関する論考を紹介する。タイ南部半島部の一番狭い地峡(ちきょう)に2本の運河を建設するというものだ。これで、現在、マラッカ海峡に集中している海運が分散されることになる。また、日本や朝鮮半島、中国に向かう航路がだいぶ短縮されることになる。

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タイ運河の計画地図

 このタイ運河を中国の戦略から見れば、「真珠の首飾り(String of Pearls)」と呼ばれる、「インド包囲網」計画と海上の「一対一路」計画において重要な役割を果たすことになる。中国は東南アジア地域に勢力を伸ばしつつあり、インドはそれを警戒している。中国はインド洋にも進出しようとしている。アフリカ東部地域には既に中国から多額の資金が投じられており影響下に入っている。「真珠の首飾り」計画の地図を見ると、インド包囲網計画は進んでいるようである。

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「真珠の首飾り」

 真珠の首飾りの拠点となるのが、カンボジアのシアヌークヴィルとミャンマーのチャウピューだ。タイ運河が完成すれば、この2地点を結ぶことは容易になる。また、タイ運河に関して言えば、シンガポールやマレーシアに封鎖されてしまえば、マラッカ海峡で身動きが取れない(チョークポイントと呼ばれる)ことになり、現在この航路が主要航路であるため、中国にとっては不安材料ということになる。タイ運河計画が決まれば中国は資金と技術を惜しみなく注ぎ込み、すぐに完成させるだろう。インドもただただ黙っている訳ではない。アンダマン・ニコバル諸島のインド空軍と海軍の能力を増強して、中国の進出に対抗しようとしている。

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シアヌークヴィルとチャウピューの地図

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アンダマン・ニコバル諸島の地図

 タイの動きが重要となってくるが、下の論稿ではタイはアメリカの同盟国であるが、ここのところだいぶ中国寄りの姿勢を強めているということだ。それであるならば、タイ運河建設計画も進む可能性がある。もちろん、タイ国内の親米派はそれに反対するだろう。実際に、「運河ではなく、鉄道と高速道路を建設して代替にしてはどうか」ということを、運輸大臣が述べている。

 タイは新中国と親米、2つの姿勢を使い分けて自分たちにとって最良の利益を引き出すことだろう。これこそが強国ではない国が生き残る術だ。日本もタイに学ぶということをやるべきだ。アメリカにばかり賭けるというのは大変危険で、愚かしいことなのだ。

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インドと中国との争いの次の最前線はタイ運河となるだろう(The Next Front in the India-China Conflict Could Be a Thai Canal

-中国政府がインド洋へより早く着くルートを求めている中でインドは島嶼部防衛を増強しつつある。

サルヴァトーレ・バボーンズ筆

2020年9月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/09/01/china-india-conflict-thai-kra-canal/

アメリカと中国との間の太平洋での新たな冷戦について忘れよう。現在、インドと中国との間のより熱い戦争が起きている。ヒマラヤ山脈地域の高地地域において国境争いがあり、既に少なくとも20名が死亡している。海洋地域では、中国は、同盟諸国と海軍基地でインドを包囲しようとしている。同盟諸国と海軍基地のつながりは刺激的な言葉「真珠の首飾り(string of pearls)」として知られている。中国の、インドを支配するための、対インド洋・インド戦略における最大の脆弱性は、マラッカ海峡にある。マラッカ海峡はシンガポールとスマトラを分ける狭い海洋航路である。この航路を海運のほとんどが通過しなければならず、中国の海運貿易にとっての命綱であり、中国海軍が南アジア、さらに西側に向かう際の主要航路である。中国とインドのライヴァル関係を考慮し、かつ中国のアフリカ、中東、地中海地域などに対する戦略的な野心も考慮すると、敵意を持つ超大国間にある狭いチョークポイントへの依存を削減するものは何であっても、中国にとっては極めて重要である。

中国政府の、賛否両論のある社会資本プロジェクトの一対一路の中で最も野心的なものがある。それはタイ南部のクラ地峡に運河を通すという計画で、長年議論が続けられてきた。クラ地峡はマレー半島の中で最も狭い場所になっている。この運河が開設されると、中国からインド洋につながる2つ目の海上ルートとなるだろう。その結果、中国海軍は、マレーシアを遠回りする700マイルの航路をショートカットして、南シナ海とインド洋に新たに建設した各基地の間で艦船をすばやく移動させることができるようになるだろう。そのため、タイ運河は中国にとって重要な戦略的財産となるだろう。そして、タイの狭い南部半島地域を取り巻く引き縄となる可能性もある。タイが中国に対して運河建設のために300億ドルの投資を認めるならば、中国に関係する弧が永続的に接続されることになるだろう。

長年議論が続いたが、タイ運河は対国内の政治エリートの間で支持が拡大しているように見える。今月に入り、議会の委員会はタイ運河プロジェクトについての勧告を行った。歴史的に政府に対して批判的な『バンコク・ポスト』紙でさえもタイ運河プロジェクトに好意的な論説を発表した。タイ国内における中国の影響力浸透計画は世論形成に大きに寄与している。タイは名目上アメリカと同盟関係を結んでいるが、2014年にアメリカがタイ国軍のクーデターによる政権掌握を承認することを拒絶して以降、タイ政府は中国寄りに大きく傾いている。

タイ運河プロジェクトは「インドを包囲する」という中国政府の計画に適するものとなる。中国海軍はベンガル湾とインド洋に勢力を拡大しようとしている。アフリカ東部にジブチに物資基地を開設し、ミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、イラン、そしてロシアの各海軍と同地域で共同軍事演習を行っている。同地域の中国が資金を出している港湾整備計画はインド包囲網を印象付けている。インドは将来の中国との海上での衝突の可能性に備えて海軍を増強している。今年8月、『ヒンドゥスタン・タイムズ』紙は、インド軍は、中国と対抗するために、アンダマン・ニコバル諸島(Andaman Nicobar Islands)にある空軍基地と海軍基地の能力を増強する計画を持っていると報じた。これらのインド領の人口は50万以下であるが、これらの島々はマラッカ海峡とインド洋の航路を結んでいる。また、これらのインド領の島々は、「タイ運河は脅威とはならない」という主張を行う際の根拠となるものだ。

マラッカ海峡は数千年とは言わないが何世紀にもわたり国際商業にとって重要な回廊であった。イタリアの冒険家マルコ・ポーロはフビライ・ハーンの宮廷から帰国する途中でマラッカ海峡を通った。1292年のことだった。1400年代初頭、中国の明王朝の提督であった鄭和はインド、アフリカ、中東に向かう航海でマラッカ海峡を通過した。現在、年間に8万隻以上の船舶がマラッカ海峡を通過している。マラッカ海峡は東アジアにオイルを運び、工業製品を輸出するための重要な回廊となっている。現在のシンガポールの繁栄は戦略的な位置の上に作り出されたものだ。シンガポールは間が狭いマラッカ海峡の東南部の出入り口に位置している。

タイ運河協会(Thai Canal Association)は政治的に有力なタイ国軍と緊密な関係にある。タイ運河協会はタイの発展のために、タイ運河の両端に工業団地と物流拠点の建設することで、アジア地域の物流の大動脈となることができると主張している。確かにその主張には一理ある。工業関係の専門家たちの試算によると、現在の海運のレートと燃料コストを考えるとタイ運河は不経済(儲からない)ものとなるが、現在の航路となっているマラッカ海峡は海運量の点からその対処機能は限界に近付いている。マラッカ海峡に代わる現在の航路としてはインドネシアのスンダ海峡があるが、東側と西側を結ぶ海運にとっては大きな遠回りを強いられることになる。

現在のタイ運河計画は、「9Aルート」計画と呼ばれている。この計画では2つの運河の建設が提案されている。それぞれが30メートルの深さを持ち、幅は180メートルであり、全長は75マイルとなっている。タイ湾のソンクラー(Songkhla)からアンダマン海のクラビー(Krabi)を結ぶ計画となっている。

この提案された計画を進めることで、タイは2つに分裂するリスクを抱えることになる。タイ国内では現在、南部の3つの州で活発な反乱に直面している。これらの地域の人口の過半数はイスラム教徒であり、民族的にはマレー人である。タイ運河は北部のタイ「本土」と南部の分離運動との間の象徴的な境目となるだろう。タイ国軍の反乱に対する攻勢を止めることはできないだろうが、タイ運河はタイを数世紀にわたり分断することになるだろう。ひとたび運河が完成したら、そこには海水が流れ込む。そうなればタイは2つに分断され、タイ運河はタイ政府にとって大いなる失敗ということになるだろう。

これは、コロンビアがかつてパナマと呼ばれる北西部の地峡を掌握していたことを思い出させるだろう。パナマの独立論者たち(分離主義者たち)が1903年に反乱を起こした際、アメリカ海軍は新国家の独立を確保するために介入した。アメリカのパナマ運河地帯委員会(Isthmian Canal Commission)がその1年後にパナマに介入した。そして、1914年にパナマ運河は最終的にビジネスのために開放された。パナマはこれ以降、アメリカの実質的な保護国となっている。スエズ運河は1869年に開業した。1956年までイギリスとフランスの軍事介入の標的となった。スエズ運河は1975年まで地政学的なゲームの対象となった。そして、今日においても、エジプト政府はスエズ運河の対岸のシナイ半島でのイスラム原理主義者の反乱に直面している。

今日、タイの領土保全は比較的安定している。しかし、タイ運河プロジェクトが成功すると、東南アジアの政治的地理を再設定することになるだろう。それによって、中国は永続的な安全保障に関するパートナーとして迎えられることになるだろう。そうなれば、中国を追い出すことは容易なことではなくなる。このことはパナマの事例を見れば明らかだ。カンボジアのシアヌークヴィル(Sihanoukville)とミャンマーのチャウピュー(Kyaukphyu)のような港湾開発への投資計画とまとめて、中国はタイ運河を、「真珠の首飾り」をつなぐための戦略的な運河と考えるだろうタイ政府が中国に対して敵対する姿勢を取るならば、この繁栄の弧を切断する脅威となる。中国が国益を守る必要性を正当化の理由として、対国内に介入し、タイ南部の独立運動を支援し、タイ運河のコントロール権を掌握するという話は全く荒唐無稽ということではない。繰り返しになるが、パナマ建国の事例が教訓になる。

タイ運河が持つ危険性を嗅ぎ取ったのだろうか、タイの運輸大臣サックサヤーム・シットチョーブは最近になって、運河に代わって、地峡に鉄道と高速道路を建設する方が良いと発言するようになった。シットチョーブは、地峡の2つの面に建設する2つの港湾に関する研究のためにタイ政府は資金を提供すると発言した。そして、「大地の橋梁」で2つを結んで物資を運ぶとした。

タイ運河はアメリカ、アメリカの同盟諸国、インドにとってさえも大きな脅威にならないだろう。インドはアンダマン・ニコバル諸島の前進基地の機能を強化することで、中国の拡張主義に効果的に(しかしかなりの予算が必要となるが)対抗することが可能である。本当の懸念は、ミャンマーやカンボジアのような貧しい東南アジア諸国の独立を更に損なうことになるだろうというものだ。これらの国々は国内の市民社会が弱体であり、中国の介入に対して脆弱である。そして、これは究極的にタイにとって大きな危険となる。マラッカ海峡はシンガポールにとって恩恵となってきた。それは、シンガポールが外国からの影響から比較的自由である開放経済体制を持っているからである。タイは、中国に近づいて敢えて危険を冒す前に、これまでの教訓について熟慮すべきなのだ。

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amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。

 

 3月25日から28日にかけて北朝鮮の最高指導者である金正恩朝鮮労働党委員長が中国・北京を非公式訪問し、中国の習近平国家主席と会談を行いました。

 

 ジョン・ボルトンが大統領国家安全保障問題担当補佐官になったことで北朝鮮側、そして中国側に焦りが出ているように感じました。今回の訪問は習近平国家主席の招待を受けてということになっていますが、これは中国が北朝鮮問題はあくまで中国の問題であるということを示したかったのだろうと考えられます。

 

金正恩は中国と関係の深かった叔父である張成沢を粛清して中国との関係を悪化させましたが、背に腹は代えられぬということで、訪中したということでしょう。指導者として初めての外国訪問の訪問先を中国にしたということも中国のメンツを立てるという意味もあるでしょう。

 

 新華社通信では会談の内容について詳細に報じていますが、中朝の親善関係の称賛と確認、更なる発展を目指す、ということが何度も話されています。また、金正恩はアメリカと韓国が北朝鮮の努力に対して適切に対応したら、朝鮮半島の非核化を進めることが出来ると述べています。習近平国家主席は政治的安定と平和ということをひたすら述べています。

 

 私が注目したいのは、今回の金正恩の訪中に際して、同行した人々、アテンドした人々です。中国側は政治局常務委員ではなく、習近平の側近たちと外交関係の責任者がアテンドしたようです。同時期にアメリカ連邦議会の議員訪問団が訪中しており、こちらには李克強国務院総理が対応したようです。

 

 北朝鮮側では金正恩の側近たちが随行したようです。金正恩の妹金与正朝鮮労働党副部長の名前は新華社通信の報道にはありませんでした。配偶者である李雪柱氏は同行していたのは写真で確認できます。以下にそれぞれの名前を挙げます。肩書以外の説明は私が付けました。

 

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■中国側

 

・丁薛祥(Ding Xuexiang、ていせつしょう、1962年):中国共産党第19期中央政治局委員、党中央弁公庁主任、党総書記弁公室主任。習近平の側近(浦江旧部[ほこうきゅうぶ]・上海時代からの側近たち)で第六世代の実力者。

 

・楊潔篪(Yang Jiechi、ようけっち、1950年):中国共産党第19期中央政治局委員、過去に外交部長(外相)を務め、現在は国務委員(外交)を務めている。

 

・郭声琨(Guo Shengkun、かくせいこん、1954年-):中国共産党第19期中央政治局委員、中国共産党中央弁公庁委員、中国共産党中央政法委員会書記。公安畑。

 

・黄坤明(Huang Kunming、おうしんめい、1956年):中国共産党第19期中央政治局委員、中国共産党中央弁公庁委員, 中国共産党中央委員会中央宣伝部長。習近平の浙江省、福建省勤務以来の側近(浙江省以来の側近を示す之江新軍[しこうしんぐん]・福建省以来の側近を示す閩江旧部[びんこうきゅうぶ])。

 

・蔡奇(Cai Qi、さいき、1955年-):中国共産党第19期中央政治局委員、北京市中国共産党委員会書記、国務委員。習近平の浙江省、福建省勤務以来の側近(浙江省以来の側近を示す之江新軍[しこうしんぐん]・福建省以来の側近を示す閩江旧部[びんこうきゅうぶ])。

 

・王毅(Wang Yi、おうき、1953年):中国共産党第19期中央政治局委員、国務委員。外交部長(外相)。

 

 

■北朝鮮側

 

・崔竜海(Choe Ryong Hae、1950年):朝鮮労働党中央委員会副委員長、朝鮮労働党組織指導部部長、朝鮮人民軍次帥、序列3位、金正恩の妹金与正と同じく実質的ナンバー2。

 

・朴光浩(Pak Kwang Ho、?):朝鮮労働党中央委員会副委員長、朝鮮労働党宣伝扇動部副部長、序列第6位、金正恩の側近。

 

・李洙墉(Ri Su Yong、1940年);朝鮮労働党中央委員会副委員長、朝鮮労働党国際部長、外交官、金正恩の側近。

 

・金英哲(Kim Yong Chol、1940年):朝鮮労働党中央委員会副委員長、朝鮮労働党統一戦線部長、平昌オリンピック閉会式に出席、朝鮮人民軍上将、朝鮮人民軍のエース。

 

・李容浩(Ri Yong Ho、1956年):外相、朝鮮労働党中央委員会政治局員、外交官。

 

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 アメリカ政府は「最大限の圧力」を賭けることで対話ムードを醸成できていると述べています。アメリカが言うのは分かりますが、日本でも安倍首相が同様のことを国会で発言していますが、中朝両首脳は日本についての言及をしなかったようです。日本は主要なアクターではないのに、国内向けの発言として、いかにも主要なアクターであるかのように発言しているというのは悲しいことです。インターネットが発達して情報がすぐに手に入るようになっている今、そのような態度はかえって哀れを誘うものとなります。

 

 今回の中朝首脳会談についてアメリカが、トランプ大統領がどのように反応するのか、注目です。

 

(貼り付けはじめ)

 

ホワイトハウス:北朝鮮に対する「最大限の圧力」キャンペーンが機能している(White House: 'Maximum pressure' campaign on North Korea is working

 

ルイス・サンチェス筆

2018年3月27日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/homenews/administration/380585-white-house-maximum-pressure-campaign-on-north-korea-is-working

 

ホワイトハウスは火曜日夜、金正恩が習近平国家主席と北京で会談を行った直後、北朝鮮に対する「最大限の圧力」キャンペーンが効果的に機能している、と発表した。

 

ホワイトハウスのサラ・ハッカビー・サンダース報道官によると、中国政府はアメリカ政府に対して、習近平と北朝鮮の最高指導者金正恩との会談について報告を行ったということだ。

 

サンダースは次のように語った。「アメリカは同盟国である韓国と日本と緊密に連携を取り続ける。今回の動きは、私たちの最大限の圧力をかけるというキャンペーンが北朝鮮との対話に向けての適切な環境を作りつつあるということを示している」。

 

金は火曜日から中国に滞在している。今回の訪中は2011年に最高指導者になって以来、金正恩にとって初めて北朝鮮国外に出たということになる。

 

中国国営新華社通信は、金正恩が習近平と複数回にわたり会談を持ったと伝えている。

 

北朝鮮の最高指導者金正恩は、アメリカと韓国と提携して非核化を進めたいという希望を持っていると語ったと伝えられている。

 

今月初め、トランプ大統領は金ジョンウンと会談しても良いと述べ、5月の会談に関していくつか計画が存在する。

 

トランプと金正恩はこれまでけなし合ってきたが、首脳会談の発表があってからは、金正恩はミサイル実験を停止したいと述べた。

 

来月、北朝鮮と韓国との間でいくつかのレヴェルで対話が行われる予定になっており、今回の訪中はその前に実行された。

 

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Xi Jinping, Kim Jong Un hold talks in Beijing

 

Source: Xinhua| 2018-03-28 07:43:07|Editor: Xiang Bo

http://xinhuanet.com/english/2018-03/28/c_137070598.htm

 

BEIJING, March 28 (Xinhua) -- At the invitation of Xi Jinping, general secretary of the Central Committee of the Communist Party of China (CPC) and Chinese president, Kim Jong Un, chairman of the Workers' Party of Korea (WPK) and chairman of the State Affairs Commission of the Democratic People's Republic of Korea (DPRK), paid an unofficial visit to China from Sunday to Wednesday.

 

During the visit, Xi held talks with Kim at the Great Hall of the People in Beijing. Xi and his wife Peng Liyuan held a welcoming banquet for Kim and his wife Ri Sol Ju and watched an art performance together.

 

Li Keqiang, Chinese premier and member of the Standing Committee of the Political Bureau of the CPC Central Committee, Wang Huning, member of the Standing Committee of the Political Bureau of the CPC Central Committee and member of the Secretariat of the CPC Central Committee, and Chinese Vice President Wang Qishan attended related activities, respectively.

 

During the talks, Xi expressed warm welcome on behalf of the CPC Central Committee to Kim for his first visit to China.

 

Xi said he appreciated that Kim sent him a congratulatory message after the 19th CPC National Congress on his re-election as general secretary of the CPC Central Committee and the assumption of office of chairman of the CPC Central Military Commission (CMC).

 

Xi was also grateful to Kim for congratulating him again several days ago immediately after he was re-elected China's president and chairman of the CMC of the country.

 

Xi said Kim's current visit to China, which came at a special time and was of great significance, fully embodied the great importance that Comrade Chairman and the WPK Central Committee have attached to the relations between the two countries and the two parties.

 

"We speak highly of this visit," Xi told Kim.

 

For his part, Kim said a series of major and happy events have taken place consecutively in China recently, as the 19th CPC National Congress was held victoriously last year, and the annual sessions of the National People's Congress and the National Committee of the Chinese People's Political Consultative Conference were successfully held not long ago.

 

Kim said Comrade Xi Jinping enjoyed the support of the CPC and the people of the whole country, became the core of the leadership and was re-elected Chinese president and CMC chairman. He said it is his obligation to come to congratulate Xi in person, in line with the DPRK-China friendly tradition.

 

At present, the Korean Peninsula situation is developing rapidly and many important changes have taken place, Kim said, adding that he felt he should come in time to inform Comrade General Secretary Xi Jinping in person the situation out of comradeship and moral responsibility.

 

Xi said the China-DPRK traditional friendship, established and cultivated meticulously by the elder generations of leaders of both parties and both countries, was the precious wealth of both sides.

 

Sharing common ideals and beliefs as well as profound revolutionary friendship, the elder generations of leaders of the two countries trusted and supported each other, and wrote a fine story in the history of international relations, said Xi.

 

He said several generations of the leaders of China and the DPRK have maintained close exchanges and paid frequent calls on each other like relatives.

 

The two parties and countries have supported each other and coordinated with each other during long-term practices, making great contributions to the development of the socialist cause.

 

"Both Comrade Chairman and I have personally experienced and witnessed the development of China-DPRK relationship," said Xi, adding that both sides have stated repeatedly that traditional China-DPRK friendship should be passed on continuously and developed better.

 

"This is a strategic choice and the only right choice both sides have made based on history and reality, the international and regional structure and the general situation of China-DPRK ties. This should not and will not change because of any single event at a particular time," Xi said.

 

The CPC and the Chinese government highly value China-DPRK friendly cooperative ties, Xi stressed. It is an unswerving principle of the CPC and the Chinese government to maintain, consolidate and develop good relations with the DPRK, he said.

 

"We are willing to work together with DPRK comrades, remain true to our original aspiration and jointly move forward, to promote long-term healthy and stable development of China-DPRK relations, benefit the two countries and two peoples, and make new contribution to regional peace, stability and development," Xi said.

 

Xi made four proposals concerning the development of China-DPRK relations.

 

Firstly, continue giving play to the guiding role of high-level exchanges. High-level exchanges have always played the most important guiding and promoting role in the history of China-DPRK relations. Under the new circumstances, I am willing to keep frequent contacts with Comrade Chairman through various forms such as exchange of visits, and sending special envoys and letters to each other.

 

Secondly, make full play of the time-tested valuable practices of strategic communication. It is the splendid tradition of the two parties to have frequent in-depth exchange of views on major issues. Both sides should maximize the important role of party-to-party exchanges, promote exchanges and cooperation between the two countries in various areas, and strengthen communication and mutual trust.

 

Thirdly, actively advance peaceful development. Socialism with Chinese characteristics has entered a new era, and the DPRK's socialist construction has also ushered in a new historical period. We are ready to make joint efforts with the DPRK side, conform to the trend of the times, hold high the banner of peace, development, cooperation and mutual benefit, continuously improve the wellbeing of the two peoples, and make positive contribution to regional peace, stability and development.

 

Fourthly, cement the popular will foundation for China-DPRK friendship. The two sides should, through various forms, enhance people-to-people exchanges, consolidate the foundation of popular will for bilateral friendly relations, especially enhance youth exchanges, inherit and carry forward the fine tradition of China-DPRK friendship.

 

Kim said he was greatly encouraged and inspired by General Secretary Xi's important views on DPRK-China friendship and the development of relations between the two parties and countries.

 

The DPRK-China friendship, which was founded and nurtured by the elder generations of leaders of both countries, is unshakable, he said. It is a strategic choice of the DPRK to pass on and develop friendship with China under the new situation, and it will remain unchanged under any circumstances.

 

Kim said his current visit aims to meet Chinese comrades, enhance strategic communication, and deepen traditional friendship, hoping to have opportunities to meet with Comrade General Secretary Xi Jinping often, and keep close contacts through such forms as sending special envoys and personal letters to each other, so as to promote to a new level the guidance of high-level meetings to the relations between the two parties and countries.

 

The two sides informed each other of their respective domestic situation. Xi said the 19th CPC National Congress had drawn a grand blueprint for building China into a great modern socialist country in all respects -- building a moderately prosperous society in all respects by 2020, having basically achieved modernization by 2035 and building a great modern socialist country that is prosperous, strong, democratic, culturally advanced, harmonious, and beautiful by the middle of the century.

 

The CPC will lead the Chinese people of all ethnic groups in keeping on working with great determination and continuously striving for the realization of the Chinese Dream of national rejuvenation, Xi said.

 

"We have noticed that Comrade Chairman has led the WPK and the people of the DPRK in taking a series of active measures and scoring achievements in developing economy and improving people's wellbeing in recent years," Xi said.

 

The Chinese side expects political stability, economic development and people's happiness in the DPRK, and supports the WPK, led by Comrade Chairman, in leading the people of the DPRK to advance along the path of socialism, as well as the endeavors by comrades of the DPRK in developing economy and improving people's livelihood, Xi said.

 

Kim said, since the 18th CPC National Congress, the CPC Central Committee with Comrade Xi Jinping at the core has, with tremendous political courage and a strong sense of responsibility, developed new thinking and new ideas, put them into action, and solved many tough problems that were never resolved and accomplished many big things that were long on the agenda but never got done. These achievements fully proved that the lines of the CPC are correct lines that accord with the national conditions. In particular, Comrade General Secretary has put forward the requirements that the Party should exercise effective self-supervision and practice strict self-governance in every respect, which has contributed greatly to Party building and realized the overall Party leadership over all work. At present, the WPK is also intensifying its efforts in fighting against arrogance, bureaucracy and corruption.

 

Kim said he sincerely hoped that China will continuously make new great achievements in the course of building a moderately prosperous society in all respects and a great modern socialist country.

 

The two leaders thoroughly exchanged views on the situation of the world and the Korean Peninsula.

 

Xi said that positive changes had taken place on the Korean Peninsula since this year, and China appreciates the important efforts made by the DPRK.

 

On the Korean Peninsula issue, Xi said that China sticks to the goal of denuclearization of the peninsula, safeguarding peace and stability on the peninsula and solving problems through dialogue and consultation.

 

China calls on all parties to support the improvement of inter-Korean ties, and take concrete efforts to facilitate peace talks, said Xi, noting that China will continue to play constructive role on the issue and work with all parties, including the DPRK, toward the thaw of the situation on the peninsula.

 

Kim said that the situation on the Korean Peninsula is starting to get better, as the DPRK has taken the initiative to ease tensions and put forward proposals for peace talks.

 

"It is our consistent stand to be committed to denuclearization on the peninsula, in accordance with the will of late President Kim Il Sung and late General Secretary Kim Jong Il," he said.

 

Kim said that the DPRK is determined to transform the inter-Korean ties into a relationship of reconciliation and cooperation and hold summit between the heads of the two sides.

 

The DPRK is willing to have dialogue with the United States and hold a summit of the two countries, he said.

 

"The issue of denuclearization of the Korean Peninsula can be resolved, if south Korea and the United States respond to our efforts with goodwill, create an atmosphere of peace and stability while taking progressive and synchronous measures for the realization of peace," said Kim.

 

The DPRK hopes to enhance strategic communication with China during the process, jointly safeguard the trend of consultation and dialogue as well as peace and stability on the peninsula, said Kim.

 

Before the talks, Xi held a welcoming ceremony for Kim at the North Hall of the Great Hall of the People.

 

After the talks, Xi and Peng held a welcoming banquet for Kim and Ri. While delivering an address, Xi said that in the beautiful season of spring when everything is coming back to life, the unofficial visit of Comrade Kim Jong Un and Lady Ri Sol Ju to China is of great significance for the two countries to deepen communication, strengthen coordination and promote cooperation, and will push the relations between the two parties and the two countries to a new high in the new historical phase, as well as make important contributions to pushing forward the peace, stability and development in the region.

 

Xi said he had candid and friendly talks with Chairman Kim Jong Un. "We agreed that carrying forward the traditional friendship between China and the DPRK accords with the common interests of both sides, and is the common strategic choice of both sides."

 

"No matter how the international and regional situation changes, we will both firmly grasp the global development trend and the overall situation of the China-DPRK relationship, strengthen our high-level exchanges, deepen our strategic communication, expand our exchanges and cooperation, and benefit the people of both countries and the people of all countries," he said.

 

While addressing the banquet, Kim said that as the situation of the Korean Peninsula is undergoing unprecedented changes, he paid a swift visit to China, out of good wishes for promoting peace and stability on the peninsula, and carrying on and developing the DPRK-China friendship.

 

He said the fact that he chose China as the destination of his first overseas visit showed his will to carry forward the tradition of DPRK-China friendship, and how he valued the friendship between the two countries.

 

"I have had successful talks with General Secretary Xi Jinping on developing relations between the two parties and the two countries, our respective domestic situation, maintaining peace and stability on the Korean Peninsula, and other issues," he said.

 

"In this spring full of happiness and hopes, I believe my first meeting with General Secretary Xi Jinping will yield abundant fruits of DPRK-China friendship, and facilitate peace and stability on the Korean Peninsula," he said.

 

During the visit, Xi and Peng held a luncheon for Kim and Ri in the Yangyuanzhai Room of the Diaoyutai State Guesthouse. Xi said that the Diaoyutai State Guesthouse has witnessed the development of the traditional friendship between the two countries, and the close relations between leaders of the elder generations of the two parties and two countries "have set an example for us."

 

"We welcome Chairman Kim Jong Un and Lady Ri Sol Ju to visit China now and again," Xi said.

 

Kim said that the DPRK-China friendship is especially precious, adding he would like to join hands with Xi to follow the noble will of leaders of the elder generations, carry on and develop the DPRK-China friendship that remains unchanged despite winds and rains, and elevate it to a new high under new circumstances.

 

Kim also visited an exhibition showcasing the innovation achievements of the Chinese Academy of Sciences since the 18th CPC National Congress. Kim showed his admiration for China's accomplishments in the development and innovation of science and technology, and wrote an inscription to mark the visit.

 

Ding Xuexiang, member of the Political Bureau of the CPC Central Committee, member of the Secretariat of the CPC Central Committee and director of the General Office of the CPC Central Committee; Yang Jiechi, member of the Political Bureau of the CPC Central Committee; Guo Shengkun, member of the Political Bureau of the CPC Central Committee, member of the Secretariat of the CPC Central Committee and head of the Commission for Political and Legal Affairs of the CPC Central Committee; Huang Kunming, member of the Political Bureau of the CPC Central Committee, member of the Secretariat of the CPC Central Committee and head of the Publicity Department of the CPC Central Committee; Cai Qi, member of the Political Bureau of the CPC Central Committee and secretary of the CPC Beijing Municipal Committee; and State Councilor and Foreign Minister Wang Yi attended the activities.

 

Choe Ryong Hae, vice-chairman of the WPK Central Committee and director of the Organization and Guidance Department; Pak Kwang Ho, vice-chairman of the WPK Central Committee and director of the Propaganda and Agitation Department; Ri Su Yong, vice-chairman of the WPK Central Committee and director of the International Department; Kim Yong Chol, vice-chairman of the WPK Central Committee and director of the United Front Department and Foreign Minister Ri Yong Ho, accompanied Kim Jong Un on his China tour and attended related activities.

 

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 古村治彦です。

 

 2015年3月23日、シンガポールの建国の父であるリー・クアンユー元首相が91歳で亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りします。


leekuanyew001

 

 今回記事を書いている、パラグ・カンナについてですが、私は『ネクスト・ルネサンス』(講談社、2011年)という本を翻訳しました。若手の国際政治学者です。

 


 リー・クアンユーについて、そしてシンガポールについて、この論文を通じて学んでいきたいと思います。

 

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リー・クアンユーのライオン・シティーよ、永遠なれ(Long Live Lee Kuan Yew’s Lion City

―シンガポールを長年にわたって率いた指導者が亡くなった。しかし、彼の考えは彼が作り上げた国でこれからも生き続けることだろう

 

パラグ・カンナ筆

2015年3月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/22/long-live-lee-kuan-yew-s-lion-city-singapore/

 

 ヘンリー・キッシンジャーは彼を「歴史上の非対称」と呼んだ。マーガレット・サッチャーは「彼は決して間違わなかった」と言った。バラク・オバマは彼を「アジアにおける伝説的な人物の一人」と呼んだ。トニー・ブレアは「私がこれまで出会った中で最も優秀な指導者」だと語った。サミュエル・ハンチントンは、彼は20世紀の「優秀な建設者」の一人だと述べた。

 

 シンガポールの建国の父リー・クアンユーが2015年3月22日に亡くなった。彼について言えることは単純なことである。それは、21世紀において彼は最も称賛される指導者の一人だということだ。

 

 リーはこの8月に迎えるシンガポール建国50周年まで数カ月を残して亡くなったことを残念に思っていることだろう。しかし、彼が1959年から1990年まで率いた国シンガポールが植民地から独立した国々の中で最も成功を収めた国であることを知りながら安らかに眠りについたかもしれない。ペルシア湾岸地域の諸王国はうわべだけ立派だが、戦争、クーデター、石油価格の低落に苦しんでいる。アフリカは植民地時代の傷を癒すのに半世紀を要している。インドはようやく力を結集して経済成長を始めたばかりだ。更に言えば、シンガポールは経済成長を遂げた。1965年の一人あたりのGDPは516ドルであったが、現在では5万5000ドルにまでなっている。

 

 シンガポールは元植民地の国々と自国を比較することを止めて久しい。シンガポールは、競争力、住みやすさ、義塾革新、その他の指標で世界のトップグループに入っている。シンガポールはサウジアラビアよりもスイスに近い。最近、ある西洋人のジャーナリストがシンガポールに仕事で赴任した。彼はシンガポールの切れ目のない効率性、伝説的な清潔さ、超高層ビルと浜辺の適切な混合に魅了されていった。彼と私がお酒を飲んでいる時、彼は「近代性は今や東から始まり、西に流れている」と呟いた。私も2年前に事実上のアジアの首都シンガポールに居を移したが、同じことを感じている。シンガポールは驚くほど住みやすい都市だ。飛行機で4時間の範囲に40億人が住んでいるのである。(情報公開:私はこれまでいくつかのシンガポール政府の各部署と企業の有給の顧問を務めている)

 

シンガポールは、1963年にイギリスから、1965年にはマレーシアから独立した。独立当時、リーが参考にすべき国家建設モデルはほぼ存在しなかった。1950年代と60年代、リーはスリランカからジャマイカまで各国を訪問し、イギリスの元植民地の国具で真似ることが出来る国を探した。幸運なことに、リーは全く別のモデルを選んだ。彼はオランダの都市計画と埋め立て、石油・天然ガス会社最大手のロイヤル・ダッチ・シェルの経営構造、シナリオを中心とした戦略作成を学ぶ決心をした。「シンガポールは世界で最もうまく経営されている会社だ」とよく冗談のネタにされている。こんな冗談がうまれるのもリー・クアンユーがいたからだ。

 

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 アジア的な方式は借りることと改善することで成り立っていると考えられている。リーはそれをかなりうまくやってのけたのだ。その一つがイスラエルの徴兵制である。しかし、彼はまたシンガポールで生み出し世界で真似られているオリジナルのそして革新的な政策を実行した。交通渋滞を緩和するための電子道路課金システムはロンドンとストックホルムで利用されている。一方、エストニアと韓国では個人特定パスワードであるシングパスの自国版を利用している。これはデジタル身分認証システムで、政府のデータとサーヴィスをインターネットで利用できる。

 

 シンガポールは人口当たりの大富豪の割合が最も高い国の一つである。収入格差は大きいままだ。しかし、シンガポールで最低の収入層で生まれ、トップの収入層にまで上昇する人々の数はアメリカの2倍になる。コロンビア大学経済学教授ジョセフ・スティグリッツは、2013年に有名な記事を発表した。この中で、アメリカはシンガポール様式の効果的な公共住宅と年金システムの必要性を強調した。


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 リーはシンガポールを東京に次いで世界第2位(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット調べ)の安全な大都市に作り上げた。「法と秩序」の順番は逆だとリーは主張した。秩序が最初に来て、法は次だというのだ。もちろん、リーにとって秩序は公共の安全と政治の予測性が高いことを意味していた。リーはイギリスのケンブリッジ大学で法律家としての訓練を受けた。リーは政治の世界に入って来て自分のライヴァルになりそうな人物たちを躊躇なく排除した。作家、大学教授、ジャーナリスト、法律家、批評家といった人々が排除された。彼らは破産させられたり、投獄されたりした。もっと酷い場合には破産させられた上に投獄された。西洋諸国のマスコミがチューインガムと落書きに対する厳しい罰則に目を向けている間に、リーは政治的なライヴァル、チー・スウンジュアンとJB・ジェイアレトナムを排除した。

 

リーは頑固であったが、それまでのやり方を変化させることを恐れなかった。社会主義からリバータリアニズムまで、彼は、シンガポールにとって適切なモデルを見つけるまで、実践的に思想の良い部分を取り入れた。このモデルが、自由奔放に動き回る乳母国家(freewheeling nanny state)である。彼はこの複雑な世界において矛盾を恐れてはならないと考えた。彼が残した有名な言葉に「私は常に正しくあろうとしたが、それは政治的な正しさという意味ではない」がある。

 

リーは権力の継承者を探すのに苦労した。まず、1990年から2004年まで首相を務めたゴー・チョクトンに権力を譲った。その次にリーの息子であるリー・シェンロンが首相になった。リー・クアンユーは、彼個人ではなく、シンガポールのシステムに対して世界が注目することを望むだろう。リー・クアンユーが存命中であれば、彼が力強い実力者であるか、目立つ人物であるかについて考えることも良いだろうが、今では、基準となっているのは、個人や個性ではなく、機構なのである。リー・クアンユー主義はリー・クアンユー個人ではない。これこそは、リー・クアンユーが21世紀を象徴する人物である理由であり、西洋民主政治体制の象徴的人物であるトーマス・ジェファーソンやヨーロッパ連合の創設の父ジャン・モネが21世紀を象徴する人物ではないことの理由でもある。

 

 20世紀、超大国がブロック化し、それぞれが争っていた。21世紀は自治都市国家と州(省)が数多く共存する時代である。約150の国々は人口1000万人以下である。こうした国々の指導者たちは、ワシントン(アメリカの首都)、ブリュッセル(EUの中心)、北京(中国の首都)ではなく、シリコンヴァレー、ドバイ、シンガポールに目を向け、インスピレーションを受けている。

 

 当時の中国の最高指導者鄧小平は、1978年、シンガポールを訪問した後に深圳経済特区を創設した。30年に及ぶ前代未聞の中国の近代化がここから始まった。これ以降、シンガポールは、中国全土に工業化された都市を建設し、統治する際に参考となってきた。インドの政府高官たちはインド首相ナレンドラ・モディが選挙期間中に100の「スマート都市」建設を公約に挙げるのを手伝った。21世紀は都市化の世紀であるが、世界第1位、第2位の国家がそれぞれ、シンガポールのような繁栄した都市の集合体として主権国家になろうとしているのだ。

 

 シンガポールには統治がある。シンガポールのスタイルは、西洋諸国の政府が行っているようなひどい行き当たりばったりの対処は言うまでもなく、テクノクラートをうまく使い、現代の民主政治体制の欠点を少なくすることは明らかだ。シンガポールのスタイルが持つ解決法、それは、データ主導の統治であり、実力主義の公務員システムである。

 

シンガポールの公務員システムは螺旋階段のようなものだ。各段階で公務員たちは、全く別の省庁でキャリアを積み、幅広い知識と実戦的な経験を積む。対照的に、アメリカ政治はエレベーターみたいなものだ。ある人がシステムの一番下に入って、そこから一気にトップにまで行くことが可能なのだ。その間で学ぶべきことをスキップすることが出来るのだ。選挙前、選挙期間中、選挙後、国民に対して常に問いかけ、主要な指標で進歩を測定することがシンガポールの特徴なのである。そこにあるのは政策であって、政治ではない。

 

現在、シンガポールの最高指導部は、「情報国家(info state)」と私が呼ぶ適応力の高いモデルを構築中である。このモデルでは、データと民主政治体制を混合した形での統治が行われる。データは、シンガポールの「スマート国家」戦略において具体化されている。この戦略では、全ての国民が年金から納税までをそれぞれの持つモヴァイル装置で行えるようにするというものだ。

 

 民主政治体制の構築は進行中である。2011年、与党人民行動党は得票で過半数を得られなかったが、何とか議会で過半数を維持した。2016年、有権者たちは政治的な多様性をより推し進めていくだろう。政治的な多様性の欠如のために、シンガポール国民の「幸福度」調査の結果はいつも低いものとなっている。本当のところは、シンガポール国民は他の国々の人々同じく位に幸せではあるが、決して満足している訳ではない。建国の父と同じくらいに、若いシンガポール国民は矛盾を抱えている。彼らは不平不満を漏らす完璧主義者でありながら、野心的な怠け者である。リーは、複雑になり続ける世界における創造的な問題快活者である。シンガポール国民の次世代は、リー・クアンユーのようにならねばならない。これからのシンガポールはリー・クアンユーと同じくらいに時代を象徴する存在となっていくのだから。

 

(終わり)














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