古村治彦です。
今回は、最近読んで勉強になった本2冊を皆様にご紹介いたします。3月も中旬を過ぎ、暖かい日が続くようになりました。行楽にお出かけになる方も多いと思いますが、数時間でも本をお読みになる時間があり、「それじゃ何を読もうかな」と思う時に、是非読んでいただきたい本たちです。
現在は多くの方々が通販で本を購入されると思います。大田が書店でも閉店を余儀なくされるところも出てきております。お目当ての本を探しに行くついでに、1冊でも2冊でも心惹かれる本に出会う場所である書店にもぜひ足を運んでいただきたいと思います。私もこの2冊を買いに書店に行きまして、見つけることが出来ましたが(自分の本は「在庫なし」であったのは悲しいですが)、他にも何冊か本に出会うことが出来ました。この2冊を買っても1800円もしません。映画を見るようなつもりで是非お買い求めください(宣伝を頼まれたわけではありませんよ、私は自腹で買いました。某映画監督じゃないですが、「こちとら自腹じゃ」です)。
帯には「人類最大の解けない問題―それは余剰(サープラス)。最後に余ったのは“人間”。つまりあなたのことだ!」とあります。これがこの本を貫く主張です。それでも最後には、「生き延びる思想10カ条」(202―203ページ)があります。「余った人間である私」を自覚し、それでも「生きにくい現実」を生きていく、それだけで実はたいしたことなんだろうと思います。
最近、ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス(SNS)であるツイッターやフェイスブックが盛んです。そこには、「幸せそうな家族の肖像」「自分の豊かな生活のさりげない自慢」「友人たちとの“絆”を再確認するためのイベント」の写真が溢れかえり、惨めな我が身を振り返り、暗澹たる気持ちになります。「自分はどうしてこの人たちのように幸せではないんだろう」「生まれ変わったらこんなことにならないようにしよう(来世で本気を出そう)」という「後ろ向きな」「ネガティヴ」な感情、更にねたみそねみのような「劣情」を抱いてしまいます。
しかし、私はこの『余剰の時代』を読んで、程度の差はあれ、生きにくに現実を誰もが引き受けて生きているということが隠されているのだ、それが「楽観主義(optimism)」なのだと分かりました。「あるべき姿(最適解、optimal)こそが幸せ」という「幻想」に私たちは縛られて生きています。だから「あるべき姿」との距離で「自分の幸せ」を計測し、絶望してしまうのです。
このオプティミズムを生み出したのが西洋近代の啓蒙主義であり、それは危険だと言ったのがヴォルテールであり、ニーチェであることがよく分かりました。
ヴォルテールの著作『キャンディード』は英語のcandidにつながる言葉だそうです。candidはありのままのとか率直なという意味になります。私の尊敬する作家・小林信彦氏の著作に、「日本のテレビ局が作る番組ドッキリカメラは、元々アメリカのテレビ局がやっていたcandid cameraから来ている」と会ったように記憶しています。日本の「予定調和的な」ドッキリではなく、アメリカのものは人間の本性を暴くことに主眼が置かれています。日本ではキャンディッドであることはとても難しいし、前近代的な日本人には困難なことだと思います。すぐにただの中傷や罵倒に堕してしまうからです。
こういう読み方が正しいのか分かりませんが、「現実を引き受けて、少し背をかがめて生きていく、そして死が迎えに来たら、まぁ仕方無いんじゃい、生きるって死ぬまでの暇つぶしだしなと思って、出来るだけ痛くないようにしてもらって目を閉じる」のが人生じゃないか、それで良いじゃないか、それ以上は「余禄」なんだと思えるようになりました。
②孫崎享著『カナダの教訓 超大国に屈しない外交』(PHP文庫、2013年)

この本はベストセラー『戦後史の正体』を書いた元外交官(外務省国際情報局長)である孫崎享氏の著作です。1992年に出された『カナダの教訓――「日米関係」を考える視点』(ダイヤモンド社)を一部改題、加筆訂正などして文庫化した本です。この本で述べられているのは、「アメリカと喧嘩をしないようにしながら、毅然とした態度を保ちつつ、両国の利益を追求する外交の仕方をカナダから学ぶ」ということです。
カナダについては、「アメリカの隣にあって、正直言えばアメリカの一部みたいな国なんじゃないの」というのがこれまで私が持っていた意識です。しかし、元々が北米植民地の王党派がアメリカを嫌ってできた国であり、19世紀にはアメリカが「解放」のために戦争を仕掛けてくるなど、生々しい歴史を持っている国なのだそうです。
アメリカに対して、時に高圧的な外交姿勢を取って失敗してみたり、アメリカ国内の勢力争いに巻き込まれてしまったりしながら、カナダは自国の国益を実現するために、「アメリカに影響を与える方法」を体得していきます。「無駄に対決姿勢を鮮明にしたり、すぐに諦めてしまったりする子供みたいなことをしない」で、「アメリカという大きな子供をうまく導く」という方法を採っているようです。こう書いては何ですが、アメリカと対処するには、不合理な子供に対処するような気持ちでいることが肝心なのかもしれません。
今月初め、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がアメリカ連邦下院のジョン・ベイナー下院議長(オハイオ州選出、共和党)の招きで、連邦議会の上下両院合同の場で演説を行いました。これに対して50名以上の民主党所属の連邦議員たちが欠席し、バラク・オバマ大統領、ジョー・バイデン副大統領、ジョン・ケリー国務長官もネタニヤフ首相と会談を行いませんでした。ネタニヤフ首相は、オバマ大統領が進めているイランとの核開発を巡る交渉を批判しました。
この本で勉強になったのは、このようなことが昔もあったということです。ヴェトナム戦争中、アメリカは北ヴェトナムに対する本格的な爆撃(北爆)を行いました。これに対して、レスター・ボールズ・ピアソン・カナダ首相がアメリカのフィラデルフィアにあるテンプル大学で講演を行い、その中で北爆に対する反対を表明しました。これに対して、リンドン・ジョンソン大統領は激怒し、ピアソンをキャンプ・デイヴィッドに「呼び出し」、1時間以上にわたって、詰問しました(私はどうも「手も出てしまった」んじゃないのかと思います)。
この演説は、実はアメリカ国内の分裂を反映したものでした。ジョンソン大統領に対しては、暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の実弟ロバート・ケネディが「兄が始めたヴェトナム戦争でアメリカが勝利を得るまでやり抜け」と激しく圧力をかけていました。一方、ハト派もいて、それがハンフリー副大統領やフルブライト連邦上院外交委員長、マンスフィールド連邦上院民主党院内総務でした。彼らは巻き返しのために、「外国の首脳に北爆反対の演説をアメリカ国内でしてもらって、アメリカ国民の世論に影響を与え」ようとしたのでした。ピアソンにしてみればそれで屈辱的な目に遭ってしまったのですが、このような、「外国を利用する」ということが昔からアメリカで行われていたのは興味深いものです。
これ以外にも面白いエピソードが書かれていますが、それは読んでのお楽しみ、です。
以上、2冊の本をご紹介いたします。
(終わり)









