古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:アメリカの世紀

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。
 

 私は拙著『トランプの電撃作戦』(秀和システム)の帯で、「アメリカと日本は友達(TOMODACHI)ではない」と書いた。これは、2011年の東日本大震災発生後に、在日アメリカ軍を中心となって、「トモダチ作戦(Operation TOMODACHI)」なる支援活動を行ったことから由来している。世界各国からの支援について私たちは感謝すべきであるが、アメリカが「トモダチ」という言葉を使ったのが私には何とも違和感があったので、このことをずっと覚えていた。「同盟」と「友達(トモダチ)」は全く異なる。そもそも、国際関係において、国に「友達」は存在しない。自国の利益のために協力するパートナーは存在するが、個人間の友達関係のようなある種のウエットさを持つ関係は存在しない。

 アメリカが日本と日米安全保障条約を結び、アメリカ軍を10万人単位で日本に駐留させているのは(駐留経費は日本負担)、アメリカの国益に資するからだ。「日本が友達だから、損得抜きで守ってあげよう」ということはない。しかも、駐留経費は日本持ちだ。世界規模で見れば、「アメリカが世界の警察(world police)で、世界の平和と秩序を守るために日本にアメリカ軍を駐留させる」という理屈になる。そして、現在では、「拡大を続ける中国を抑えるために、アメリカを中心とするアジア地域の同盟諸国を団結するためにアメリカ軍は存在する」という理屈で、アメリカ軍が日本にいる存在理由になっている。そして、「トランプは内向きで、アメリカを世界から撤退させる、つまり、アメリカ軍を世界から撤退させる方針である。そうなれば、アジアは中国のものになる。それは危険だ」ということが声高に主張されている。果たしてそうだろうか。

 アジアという地域を定義するのは意外と難しい。どこからどこまでがアジアかと言われると、東は日本から東南アジア、ユーラシア大陸のヨーロッパ地域以外というのが一般的な捉え方となるだろう。そして、中国が拡大して云々というのは、主に東南アジア地域と東アジア地域ということになるだろう。ここに、アメリカが存在しているから、中国の拡大を押さえ、アジアの平和を守れるという理屈だ。果たしてそうだろうか。第二次世界大戦後、アジア地域で起きた戦争(朝鮮戦争やヴェトナム戦争)や国内紛争(インドネシアでの架橋虐殺やクーデターなど)を見てみれば、アメリカが当事者(直接的にも間接的にも)となってきた。アメリカがいたからアジア地域の平和が乱されたと言うこともできる。

アジアでは、ASEANという枠組み、更にASEANプラス3(日中韓)という枠組み、中国の一帯一路計画、BRICSという多国間の枠組みが重層的に積み上がっている。この多国間枠組みで、地域の平和と安全を担保しようとしている。「中国を押さえる」というアメリカの意図を、同盟諸国という名の下請け国家にやらせようというのが、アメリカが現在やっていることだ。それに面従腹背で、だらだらとお付き合いをしているのが日本以外の国々だ。

 アメリカの国力の衰退は大きな流れである。いつまでも世界の警察をやってはいられない。撤退の時期が刻々と近づいている。それを何とかしようと色々と画策するのは、「引かれ者の小唄」である。私たちは「アメリカの世紀(American Century)」の黄昏を目撃している。

(貼り付けはじめ)

アジアは危険なまでに不均衡に陥っている(Asia Is Getting Dangerously Unbalanced

-ドナルド・トランプ政権は依然として注目を集めているが、真の物語は別のところにあるのかもしれない。
スティーヴン・M・ウォルト

2025年4月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/04/01/asia-trump-china-xi-hegseth-japan-south-korea-balance/

現在、アメリカの外交政策を揺るがす混乱の中で、国際政治のより根本的な側面を見失いがちだ。シグナルゲート事件(Signalgate)、ロシア・ウクライナ交渉(the Russia-Ukraine negotiations)、トランプ政権のますます明らかにするヨーロッパへの敵意(the Trump administration’s increasingly obvious animus toward Europe)、迫り来る貿易戦争(a looming trade war)、悪化する米加関係による自業自得の傷(the self-inflicted wound of a deteriorating U.S.-Canada relationship)、そしてアメリカ国内の民主政治体制への組織的な攻撃など、私たちは皆、気を取られている。こうした混乱についていくのに苦労しているのなら、それはあなただけではない。

少しの間、ニューズの見出しから少し離れて、長期的な影響を持つ大きな問題、つまりアジアにおけるアメリカの同盟諸国の将来について考えてみよう。ピート・ヘグゼス米国防長官は、同僚たち(とあるジャーナリスト)にイエメン攻撃計画についてメッセージを送るために安全でないアプリを使うのを止め、アジアの同盟諸国を安心させるために奮闘している。ヘグゼスの経験不足とこれまでの政権の政策を鑑みると、容易な話ではないだろうから、彼の成功を祈る。

つい最近まで、私はこのテーマを、古き良きリアリスト的な勢力均衡・脅威論(good old-fashioned, realist balance of power/threat theory)に基づいた、シンプルで馴染み深く、むしろ安心感を与える物語で説明していた。その物語は、中国が貧困(poverty)、技術力不足(technological deficiency)、軍事力の弱さ(military weakness)から世界第2位の地位へと驚異的な台頭を遂げ、南シナ海の領有権を主張し、国際社会および地域の現状維持(the international and regional status quo)におけるその他の重要な側面を見直そうとする継続的な努力から始まる。

この物語において、これらの劇的な展開は最終的にアメリカと中国の近隣諸国のほとんどを警戒させた。その結果、バランスをとる連合(a balancing coalition)が形成され始めた。当初はアメリカの既存のアジア同盟諸国が中心となり、徐々に他のいくつかの国も加わって拡大していった。この連合の明確な目的は、中国によるこの地域支配(dominating the region)を阻止することであった。その取り組みの主要な要素は、この地域へのアメリカ軍の追加配備、オーストラリア、英国、米国間のAUKUS協定の交渉、アメリカ、韓国、日本の安全保障協力強化のためのキャンプ・デイヴィッド合意への署名、フィリピンに方針転換を促し、アメリカとの関係強化(アメリカ軍のプレゼンス拡大を含む)、インドとの安全保障協力の拡大、そしていわゆるクアッド[QUAD](アメリカ、インド、日本、オーストラリアを含む)の活動継続であった。もう1つの兆候は、台湾に対する地域の支持の強化であり、2021年6月に当時の岸信夫防衛大臣が「台湾の平和と安定は日本に直結している(the

この物語の教訓は明白だ。誰がホワイトハウスに就任しようとも、アメリカとそのアジアのパートナー諸国には同盟関係を継続・深化させる強力かつ明白な理由がある。また、楽観的な結論も導き出されている。すなわち、力のバランスは前述の通り機能し、中国がこの地域を支配しようとする試みは自滅的となるだろう、ということだ。

誤解しないで欲しい。私は自分のシンプルな物語を気に入っており、そこにはかなりの真実が含まれていると考える。しかし、この物語に疑問を抱く理由も増えている。そして何よりも、過度に油断すべきではない。

第一に、中国は手をこまねいている訳ではない。新たな状況に適応し、場合によっては成功を収めている。ディープシーク(DeepSeek)の人工知能モデルの発表は「スプートニクの瞬間(Sputnik moment)」とまでは言えないが、アメリカが中国の技術開発に課そうとしてきた障壁の一部を克服する革新能力を示した。中国は国内の半導体製造能力と量子コンピューティングに多額の資金と労力を注ぎ込み続けており、アメリカが背を向けている多くのグリーンテクノロジー(電気自動車など)で既に優位に立っている。トランプ政権がアメリカの大学を不当な理由で標的にし、アメリカの科学者と外国の研究者の共同研究を困難にし、研究開発への連邦政府資金を削減している中で、中国の大学や研究機関は発展を続けている。アメリカが常に技術の最先端をリードするだろうと考えることに慣れているなら、もう一度考え直した方がいい。

第二に、アメリカにとって最も重要なアジアの同盟諸国の1つである韓国は、弾劾訴追された尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が2024年12月に戒厳令を布告しようとして失敗に終わった後、政治的混乱に陥っている。たとえ現在の危機が最終的に解決され、安定が回復したとしても、韓国社会は依然として深刻な分極化が続く可能性が高いだろう。野党の李在明(イ・ジェミョン)が最終的に大統領に就任する可能性も十分にある。李は米韓関係に懐疑的で、これまで中国と北朝鮮に対してより融和的なアプローチを好んできた。

第三に、中国は深刻な人口動態問題に直面しているが、日本と韓国も同様だ。台湾の年齢の中央値は44歳、韓国は45歳近く、日本は50歳近くになっている。アメリカは約38歳、中国は40歳を少し超える程度だ。対照的に、インド、インドネシア、フィリピンの人口ははるかに若く、年齢の中央値は30歳未満だ。前者のグループの場合、人口減少と高齢化が進むことで、若い男女を労働力から引き離して軍人にすれば経済の生産性が低下するという理由だけでも、軍事力を大幅に増強することが難しくなるだろう。

そして、集団行動(collective action)の問題がある。たとえ各国が共通の脅威に直面し、互いに協力して対処する明らかなインセンティヴがある場合でも、他国に重労働を委ねたり、最大のリスクを負わせたりしようとする誘惑に駆られる。これはもちろん新しい現象ではないが、今後もなくなることはない。強力な同盟諸国のリーダーシップと持続的な外交によって克服することは可能だが、今後数年間、どちらも豊富に得られるとは考えにくい。

ここでトランプ政権についてお話しする。

Which brings me to the Trump administration.

一方で、ドナルド・トランプ大統領は中国を経済的および軍事的なライヴァルだと述べており、政権の要職には著名な対中強硬派がいる。中国との対峙は、超党派の幅広い支持を得られる数少ない課題の1つでもある。しかし他方では、アメリカのビジネスリーダー(特にイーロン・マスクのような人物)は、中国との衝突によって自国と北京との商業取引が阻害されることを望んでいない。トランプ大統領は過去に台湾防衛に懐疑的な姿勢を示しており、政権が最初に取った行動の1つは、台湾の半導体メーカーTSMCに対し、今後数年間でアメリカに約1000億ドルを投資するよう圧力をかけることだった。トランプ大統領は(実績こそパッとしないものの)自らを交渉の達人だと自認しており、良好な関係にあると主張する中国の習近平国家主席と何らかの取引を成立させたいと考えている。しかし、その際に彼が何を譲歩するかは誰にも分からない。結局のところ、トランプ政権が中国をどのように見ているのか、そしてアジアで何をする(あるいはしない)用意があるのか​​を正確に知ることは難しい

さらに、中国に対抗するという戦略的目標と、同盟国・敵対国を問わずトランプの保護主義的なアプローチとの間には、深刻な矛盾がある。トランプが最初の任期開始時に環太平洋パートナーシップ協定(the Trans-Pacific PartnershipTPP)を破棄して以来、アメリカはアジアに対する真剣な経済戦略を持たず、バイデン政権も同様に戦略を打ち出していない。先日発表された外国製自動車・自動車部品への関税は、韓国と日本に大きな打撃を与えるだろう。これは、両国との戦略的連携を強化する理想的な方法とは到底言えない。北京はこの好機を逃さず利用し、王毅外相は先日、日本と韓国の当局者との会談で貿易と安定の「大きな可能性(great potential)」を強調し、「近い隣国は遠く離れた親戚よりも良い(close neighbors are better than relatives far away.)」と述べた。

トランプとマスクは、重要な政府機関を混乱させ、経験豊富な政府関係者を忠実な人物に交代させ、国家安全保障会議(the National Security CouncilNSC)と国防総省で素人同然の活動を続けている。もし私がアジアにおけるアメリカの同盟国だったら、専門知識の喪失と大統領の気まぐれに対する制約の撤廃を心配するだろう。それも非常に心配する。

最後に、アメリカ政府の基本的な性格が、これまでアメリカとアジア諸国の同盟関係を結びつけてきた絆を弱めるような形で変容しつつあるのかどうかを検討する必要がある。これらの同盟関係は、共通の価値観や制度に依存してきた訳ではない(例えば、韓国、台湾、フィリピンはいずれも長期にわたって独裁政権下にあった)が、近年、アジアにおけるアメリカのパートナー諸国のほとんどが志を同じくする民主政治体制国家であったという事実は、これらの絆を強化するのに役立ってきた。しかし、アメリカ自身が独裁政治体制(autocracy)への道を歩んでいるのであれば、このもう1つの結束の源泉(そして、これまで明確に区別されていた米中の政治秩序も)は失われてしまうだろう。

私はリアリストだが、それでも私のシンプルな物語には一理あると考えている。世界には国家以上の上位存在がない、つまり無政府状態の中にある国家は脅威に対して極めて敏感になる傾向があり、強大で野心をますます強める中国は、近隣諸国とアメリカが協力して北京の影響力を抑制する十分な理由を与えている。強いて推測するなら、アメリカのアジア同盟は存続するだろう。なぜなら、アメリカは中国がアジアで覇権大国(hegemonic power)となることを望んでいないからだ。地域におけるパートナーなしではそれを阻止することはできない。そして、潜在的なパートナーは中国の勢力圏内に居ることを望んでいない。しかし、以前ほどこの予測に自信を持っているわけではない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント: @stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt
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(終わり)
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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 20世紀後半、第二次世界大戦以降の世界は、アメリカが超大国として君臨したことを否定できる人はほぼいないだろう。冷戦期、アメリカのライヴァルと目されたソヴィエト連邦とその同盟諸国も20世紀末には社会主義を捨て去ることになった。冷戦後、「アメリカは勝った」という多幸感に包まれたが、2001年の同時多発テロでそれも雲散霧消した。その後は、中国の台頭もあり、超大国、アメリカ帝国中心の世界秩序が揺らいでいる。大雑把に書けばこのような流れになると思う。

 第二次世界大戦後の政界秩序はアメリカ中心であったことは否めない。ソ連を中心とすする、社会主義諸国、東側陣営にしても、アメリカと対校する形は取っていたが、貿易決済はドルで行っていたし、東川陣営の国々に住む人々もアメリカ発の様々な文化や製品に魅了されていたのも間違いない。反米という考え方もまた超大国アメリカがなければ存在しえない考えだ。人間関係とも似ているが、ある人が「好き」もしくは「嫌い」というのは、その人から影響を受けていることであり、関心を持っているということになる。「人間関係では無関心が一番良くない」と言われる。20世紀後半の世界秩序はアメリカ中心であり、アメリカに無関心ということは不可能であった。

 それでは20世紀、特に20世紀後半からの世界は「アメリカの世紀」と言ってよいのか、解釈してよいのかということになるが、単純にはそうは言えないというようだ。下に2本の記事を紹介しているが、どちらも単純に「アメリカの世紀だった」ということは言っていない。1つ目の記事はアメリカ中心の世界秩序に対する反発があった、「反米の世紀だった」と主張している。2つ目の記事は、アメリカの世紀ということはなかった、アメリカの思い通りには世界各国は動いてくれなかった、という主張だ。

 どちらもその前提には「アメリカは世界のために尽くしているのに」「アメリカは全井手世界中を助けてあげているのに」という傲慢さがある。アメリカ性善説がある。この傲慢さは多くの人々を苛つかせる。そして、「アメリカ人は世界のことを知らないのだ」と軽蔑することになる。しかし、アメリカ人たちも薄々感じているようであるが、アメリカは超大国の地位を失いつつある。その終わりの始まりがすでに現実のものとなっている。ドルの信頼性やアメリカ軍の卓越した軍事力はまだまだ存在していくであろうが、中国という強力な挑戦者の存在に怯えている。日本に対して行ったように、中国を簡単に叩き潰せるということはない。アメリカは中国の存在に怯えながら、超大国の地位から少しずつ軟着陸していくようにしていくことになる。無理に何かをしようとすれば、大きな痛手を負うことになるだろう。

(貼り付けはじめ)

反米の世紀(The Anti-American Century

-古臭いアメリカ主導の秩序は崩壊しつつある。それに代わるものは、世界と、そしてアメリカが必要としているものであるかもしれない。

ザッカリー・カラベル筆

2020年7月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

BY ZACHARY KARABELL | JULY 13, 2020, 12:45 PM

https://foreignpolicy.com/2020/07/13/anti-american-century-united-states-order/

1941年、『タイム』誌と姉妹誌である『ライフ』誌と『フォーチュン』誌の創刊者ヘンリー・ルースは有名な「20世紀はアメリカの世紀だ(the 20th Century is the American Century)」という言葉を残した。比類なき他国を圧倒するパワーと揺るぎない決意をもって、アメリカは世界を「全ての人間の自由、成長、満足の増大のための安全な場所(safe for the freedom, growth and increasing satisfaction of all)」にするということだ。そして、それはアメリカのパワーと威信の組み合わせによって、ほぼ普遍的な「アメリカ国民全体の善意と究極の知性と究極の強さへの信頼」を生み出すことになるということだ。

その後、アメリカは、良くも悪くも、世界を支配する大国として君臨することになった。しかし、ルースの言う通り、20世紀はアメリカの世紀(少なくとも半世紀)であった。しかし、2020年現在、21世紀は「反米の世紀(Anti-American Century)」となっている。このアイデンティティ、「反米の世紀」は、新型コロナウイルス感染拡大以前から既に確立されていたが、新型コロナウイルス感染拡大によって確実に加速され、強固なものとなっている。

反米の世紀は、アメリカに対して積極的に敵対するようになるということであろう。しかし、今のところ、アメリカの世紀という考えに対立するという意味で、反米であることがほとんどである。20世紀を特徴づけた軍事、経済、政治というアメリカの強さの三本柱は、消滅しないまでも、それぞれ弱体化した。今、この瞬間、これらの失敗はアメリカらしさに対しての深い否定のように見えるかもしれない。評論家のロバート・ケーガンは、最新作の中で、世界中でアメリカのリーダーシップがなければ、ジャングルが再び生えてくると嘆いている。アメリカがいなくなれば、中国政府はより自由主義的ではない世界秩序を定義することができるかもしれない。アメリカの国内政治の面では、左派が人種間格差と政府の無策の時代におけるアメリカによる実験の失敗を嘆き、右派が「アメリカを再び偉大にする(Make America Great Again)」という考えを全面的に擁護するように、アメリカの世紀への浸食に対する絶望で左右両派が奇妙な一致をしている。

しかし、「反米の世紀」の幕開けは、世界と米国が今日の特別な諸課題に対処するために、まさに必要なことなのかもしれない。78億人近い人口を抱える地球では、1つや2つの覇権を争うのではなく、複数の支援のためのネットワークと結節点が必要とされる。そして、豊かさと欠乏を同時に持つアメリカは、自らが主導権を握ることを運命づけられていないこと、そして投資家が好んで口にするように、過去の実績は何の保証もないことを受け入れる必要がある。問題解決の第一歩は、問題があることを認めることである。これを怠り、自国が唯一無二の力を持ち、歴史と文化によって偉大になることを運命づけられているとだけ信じることは、転落のレシピとなるのである。新しいミレニアム(千年紀)の幕開けからわずか20年、まるで永遠のように感じられるが、アメリカは民主政治体制を管理する方法について他に類を見ない強力な方式を見出したと、自国と世界に宣言することができた。世界の超大国としての役割と、弾力的で豊かな経済が強調された。また、先進的な研究、教育、技術革新に優れ、世界の国々の模範となってきたとアメリカは主張してきた。このような強さは、アメリカ人がそうあって欲しいと願うほどのレヴェルではなかったが、世界の多くの国々と比べても、否定できないものだった。

新型コロナウイルス感染拡大はアメリカ国内の構造的な亀裂を露呈させた。また、中央政府が連邦政府の三権分立の構造だけでなく、地方や州の自治によって制約されている国であるアメリカは、実際の戦争ではない、強力な国家的努力を結集することが必要な事態に適していないことも強調された。しかし、新型コロナウイルスの大流行に対する米国の貧弱な対応(「世界はわれわれに同情している(The world is taking pity on us)」というのが、ある著名なコラムや他の多くのコラムの決まり文句となっている)に比べ、海外に対して不満や目くじらを立てるのは、20年間続いているプロセスの繰り返しに過ぎない。

アメリカの世紀を支える第一の柱が軍事的なもので、それが打ち捨てられつつあるのだ。9911事件後のアフガニスタン侵攻は、タリバンがアルカイダとオサマ・ビンラディンを匿ったことに対する正当な対応として、国際的に大きな支持を得た。しかし、その後の2003年3月のイラク侵攻は、国際的な支持が得られないまま、占領が失敗し、アメリカ軍に対するゲリラ戦が何年も続いたことから、ヴェトナム戦争を想起させるものだった。しかし、その後の2003年3月のイラク侵攻は、国際的な支持が得られないまま、占領が失敗し、アメリカ軍に対するゲリラ戦が何年も続いたことから、ヴェトナム戦争を想起させるものだった。

しかし、イラクやグアンタナモ湾など世界各地で、アメリカが長年守ってきたジュネーブ条約に明らかに違反する拷問がアメリカによって行われていることが明らかになり、当初の不安はさらに大きくなった。更に、国家安全保障や対テロ戦争の名目でアメリカ市民を監視していた事実が発覚し、アメリカの強さを示す多くの信条が崩れ去った。2008年、アメリカはイラク問題から脱し、軍事的な規模や能力はまだ誰にも負けないが、そのイメージは大きく損なわれてしまった。

崩れつつある第二の柱は経済である。ルースの「アメリカの世紀」の中心的な構想の1つは、アメリカの経済システムが持つ独自の美徳が、共産主義に対する強力な反撃として機能するというものだった。ソ連が崩壊した後も、アメリカ経済の繁栄は、1990年代の第一次インターネットブーム、2000年代の次の波を作ったアメリカのテクノロジー企業にとって、人材とイノベーションの宝庫となったのである。

一方、1980年代に自由市場のあり方についてまとめられた「ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)」は、1989年以降の東欧とロシア復興の青写真となった。また、国際通貨基金と世界銀行は、貿易障壁の撤廃、国営企業の廃止、資本勘定の開放を世界各国に働きかける際の緩やかな枠組みとしても利用された。この薬で大きな被害を受けた国もあった。特にロシアはアメリカの経済力に圧倒された。しかし、ほとんどの国にとって代替手段がなかった。中国は例外だった。その規模と、世界貿易機関(WTO)に加盟した後はいずれアメリカ型に移行するという認識が広まったことで、独自の道を歩むことができたのだ。

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アメリカの世紀とは何か?(What American Century?

―アメリカの世紀の消滅を心配する人々もしくは喜ぶ人々は、アメリカの世紀などなったことを認識していない。

ジェレミ・スリ筆

2020年7月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/07/17/no-american-century-demise/

「アメリカの世紀」の終わりを嘆いたり、喜んだりする主張の問題は、「アメリカの世紀」など存在しなかったということだ。第二次世界大戦後、アメリカが経済と核兵器の面で世界で超越的な地位にあった時期が存在したのは確かだが、アメリカはすぐにソヴィエト連邦から戦略的な挑戦を受けることになり、それからすぐに共産中国やそのほかの国々からの挑戦を受けることになった。どちらかと言えば、1945年のアメリカ市民は、その10年前に比べて、外国の敵からの攻撃に対して安全でないと感じるようになっていた。

冷戦は、生死を賭けた戦いの継続を意味していた。東京湾での日本の降伏から5年後、アメリカ兵は再びアジアで戦闘に参加することになった。1950年から1953年にかけて、3万3千人以上のアメリカ将兵が朝鮮半島で命を落とした。朝鮮半島は、紛争が始まった場所近くに分断されたままとなった。北朝鮮、中国、北ヴェトナムの敵意むき出しの攻撃的な各政府は、日本周辺での米国の利益を損なう努力を特に増大させた。ジョセフ・マッカーシー連峰上院議員は、アメリカ国民の大多数に、共産主義者が国内社会のあらゆる面に入り込んでいると信じ込ませてしまった。これがアメリカの世紀の内容だ。

冷戦期を通じて、アメリカの軍事力がアメリカの指導者や国民が期待するようなレヴェルで、戦場において優越的な支配力を発揮することはほとんどなかったのが現実だ。韓国、レバノン、キューバ、ヴェトナム、アンゴラなどでは、アメリカ兵とその代理人たちが、小規模で強固な敵に対して戦い、結局膠着状態に陥ってしまうことが多くあった。同様に、寛大な対外援助は、アメリカの指導者が望むような影響力を与えることはほとんどなかった。冷戦期を専門とする歴史家たちは、パリ、ボン、東京、テヘラン、テルアビブに至るまで、同盟諸国がアメリカの保護、市場、資源の恩恵を受けながら、いかにワシントンに抵抗し、操ってきたかを詳細に記録している。同盟諸国は、アメリカが自分たちを必要としていることを理解していた。アメリカの指導者たちの恐怖、希望、傲慢さが混在して存在していることを利用することができた。同盟諸国がワシントンの改革と忠誠の要求に抵抗しても、援助を送り続けることを正当化するほどの脅威となる敵が常に存在したのだ。アメリカの利益にならないプロジェクトや紛争に、より小さなパートナーがアメリカを引き込むことはよくあることだった。フランスの植民地であったヴェトナムは、多くの例の中で最も悪名高いものだった。

ワシントンの国際的な指導力常に制限され、不確実で、争いの絶えないものであった。最も効果的だったのは、多様な同盟諸国やかつての敵対国の間で、協力を促進した時だった。西ヨーロッパでは、マーシャル・プラン、欧州石炭鉄鋼共同体(後の共通市場、欧州連合)、NATOなどを通じて、経済統合と集団安全保障のための制度構築を支援した。東アジアでは、アメリカは、日本、韓国、台湾の経済発展、貿易、安全保障上の協力を促進した。より大きな世界規模では、アメリカは、国際連合とその関連諸機関の設立を支援し、原子力、平和維持から保健医療、教育、通信に至るまで、技術的、政治的協力の網を構築することに貢献した。また、世界銀行や国際通貨基金など、アメリカが主導する機関を通じて、多くの国々が協力して世界の貧困や経済的不安定に対処できるよう支援した。

戦後の国際主義(internationalism)は、世界をより安全で安定したものにすることでアメリカの利益に貢献し、アメリカ国民だけでなく、多くの人々の繁栄に貢献した。アメリカの外交と対外援助は、共産主義、戦争、不況に代わる選択肢を提供したのである。1980年以前のアメリカの外交政策担当者は皆、第二次世界大戦前の孤立した紛争環境が、あの大惨事(訳者註:第二次世界大戦)の一因となったことを記憶していた。民主党も共和党も、核兵器時代において、大惨事の再発を何としても防ごうと多くの努力を傾けた。「二度と起こさない(Never again)」という言葉は、アメリカが世界を支配することを意味しなかった。「二度と起こさない」とは、米国が多様な国々の集まりを率いて、共通の利益に向かって協力を構築しなければならないということを意味した。

戦後の国際的な関与と協力に取り組んできたこのアメリカの姿勢には、多くの欠陥があった。それは、共産主義者や多くの民族主義者の提示した代案に対して不寛容であったことだ。西洋、特にアメリカの優位性を前提にしていた。そして、資本や権威ある機関、専門的な知識を持つ人物(「エスタブリッシュメント(the establishment)」)に不釣り合いな発言権を与えていたのである。国内外を問わず、多くの声がアメリカの政策議論から閉め出されたのである。戦後アメリカの指導者たちは、民主化について絶え間なく主張していたにもかかわらず、アメリカの指導者たちは「白人、男性、イェール大学卒(pale, male, and Yale)」というステレオタイプな表現に当てはまっていた。彼らは同じ志を持つ大西洋を越えた人物たちの間で、一種の友愛協力関係をしばしば奨励した。

これらの深刻な限界がある中で、アメリカの指導力は20世紀の後半において、多くの国々を結びつけ、人々の生活の向上に協力させたという点で、大きな役割を果たしたと言える。アメリカと同盟を結んだ多くの社会は、戦争の代わりに、貿易と消費を拡大した。特にヨーロッパと東アジアの多くの同盟国は、より開放的で民主的になった。また、中東やラテンアメリカでは、抑圧的な状況が続いたが、改革、開放、人権を求める声が高まった。アメリカは、実際には必ずしもそれを支持しなかったが、改革や解放、人権擁護を正当化することに取り組まなければならなかった。アメリカが支援する機関、特に国連は、米国自身がこれらの優先事項を放棄しているにもかかわらず、しばしば国家の独立と人権を推進した。アメリカが支援する機関、特に国連は、アメリカ自身がこれらの優先事項を放棄しているにもかかわらず、しばしば国家の独立と人権を推進した。

戦後、米国の指導力によって築かれた国際的な生態系は、弾圧の正当化や無視を難しくし、米国の現実主義者たち(realists)は物語をコントロールすることができなくなった。海外での自由と正義に関するアメリカの主張は、国内でも反響を呼び、公民権運動に拍車をかけ、ジム・クロウ(訳者註:アメリカ)の冷戦戦士を守勢に追いやったのだ。

この国際的な生態系を中心に発展したインフラは、アメリカ的であると同時にグローバルなものであり、ワシントンに独自の影響力を与えたが、完全にコントロールすることはできなかった。これこそが戦後の国際秩序の特性だった。ドル基軸の世界金融体制の出現は、その好例である。戦後間もない頃から、アメリカの印刷した通貨は、最も活気のある経済圏の商業の潤滑油となった。20世紀末までには、国際金融はほとんどドル建てとなり、アメリカ財務省と連邦準備制度理事会が、特に危機の際に十分な資金を流通させ、支出や借入の過剰によるインフレを防ぐ能力に依存するようになった。この微妙なバランスを保つために、ワシントンの通貨印刷業者、世界中の銀行家たち、そして大きな経済圏の統治者たちが協力し合う必要があった。アメリカの指導力の偉大さと永続的な成功は、ドルの流通によって日本や中国といった新たな競争相手が生まれたとしても、このプロセスを管理することであった。アメリカ人は、代替案よりも、自分たちが規制することはできてもコントロールすることはできない国際規模の資本主義システムによって、より良いサーヴィスを受けることができたのだ。

近年、アメリカの政策は戦後の国際主義を弱体化させ、外国のライヴァルから新たな挑戦を受けた。しかし、真の意味でのアメリカの指導力は依然として重要である。新型コロナウイルスの大流行は、脅威の監視、サプライチェインの管理、被災者へのサーヴィス、弱体化した経済の活性化にとって、国際協力がいかに不可欠であるかを示している。アメリカを中心に新型コロナウイルスの感染力と致死率が高まっているのは、アメリカ主導の国際協力が欠如しているからだ。そして、自力でうまく対処してきた国々も、新型コロナウイルス感染拡大によるアメリカや世界経済のダメージが深まることで、まだまだ苦しむことになるだろう。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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