古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:イエメン

 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になりました。よろしくお願いいたします。

 2023年10月以来、イスラエルと中東地域は戦争状態が続いている。共和党の支持者の過半数はイスラエルに対する支援を継続することを望んでいる。また、ドナルド・トランプ次期大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は良い関係と言われている。バラク・オバマ、ジョー・バイデン両民主党政権とは関係がうまくいっていなかったネタニヤフ首相は2023年10月以来、積極的に周辺諸国に攻撃を仕掛けている。これは、再選の道を断たれたジョー・バイデン大統領はレイムダック化(無力化)しているうちに、戦線を拡大しておきたいということ、自分と関係が良いドナルド・トランプが次期大統領になることで、支援は継続されて、攻撃を続けることができるという計算をしているということが考えられる。トランプは2024年10月21日にネタニヤフ首相と電話会談を行い、「(イスラエルの自衛のために)やるべきことをやれ」と述べたとされている。ネタニヤフ首相は「お墨付き」をいただいたような気持であっただろう。
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 イスラエルは、ガザ地区のハマスだけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、更には、これらの組織を支援するイランに対する空爆も行っている。それだけではなく、シリアのバシャール・アサド政権崩壊を受けて、シリア国内の民兵組織にも攻撃を加え、係争地ゴラン高原の緩衝地帯に侵攻し、ゴラン高原の確保を強化している。ネタニヤフ首相は自衛のための行為としているが、中東地域を不安定にさせる危険な動きである。イスラエルと中東のイスラム教国の対立という「中東戦争」になって困るのはトランプだ。

 いくらトランプがイスラエルを支援していると言っても、イランとの戦争状態は望まないだろう。イスラエルとイランが戦争状態になり、核戦争の危機も高まるとなれば、アメリカがこの戦争に引っ張り出される、巻き込まれるということは考えられる。アメリカ軍が派遣され、アメリカ軍に死傷者が出るとなると、トランプ政権にとって大きな打撃である。そこまで事態が悪化しないように、トランプとしては状況をコントロールしたいところだろう。ネタニヤフ首相は自身と家族のスキャンダルを抱えており、首相の座から離れてしまえば逮捕される可能性がある。戦争状態、緊張状態が続くことは彼自身にとっては利益であるが、これはイスラエルと中東地域、世界にとっては好ましい状況ではない。

 ネタニヤフ首相が辞退を悪化させる場合、トランプは態度を変えて、ネタニヤフ首相を支持せず、政敵のベニー・ガンツ元国防相を応援するということも考えられる。トランプ自身の動きは「予測不可能」であり、いつ「You are fired!(お前はクビだ!)」と言われるかは分からないのだ。

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トランプとネタニヤフは歩調を合わせないだろう(Trump and Netanyahu Won’t Get Along

-誰もがトランプとイスラエル首相の親密さを過大評価している。

スティーヴン・A・クック筆

2024年11月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/11/01/trump-and-netanyahu-wont-get-along/

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ドナルド・トランプ前米大統領とベンヤミン・ネタニヤフ・イスラエル首相(2020年1月27日、ワシントンDC)。

『タイムズ・オブ・イスラエル』紙は最近、イスラエル人の3分の2がカマラ・ハリス米副大統領よりもドナルド・トランプ前米大統領を好むと報じた。彼らはトランプがバイデン・ハリス政権よりもイランに対してより厳しく、イスラエルの戦争努力を支持すると明白に信じているが、トランプもハリスもイランとの直接対決を望んでいないという事実を考えると奇妙なことである。

また、トランプとイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が互いに歩調を合わせているという考えが広まっていることも奇妙だ。

私が書評したジャレッド・クシュナーの回顧録の内容を信じるならば、ネタニヤフ首相とトランプ大統領との間には信頼関係が欠如していた。ネタニヤフ首相が1996年に首相として初めてワシントンDCを訪れた際、ビル・クリントン大統領は会談後にスタッフにこう尋ねたと伝えられている。「ここにいる中で誰が超大国だ?」 バラク・オバマ大統領は明らかに、ネタニヤフと同じ部屋にいることに耐えられなかった。そしてトランプは、在任中に行われた一連のイスラエル選挙でベニー・ガンツを応援した。

トランプは明らかに、ハマスとの戦争を、選挙に勝った場合に最初に対処しなければならない問題にはしたくないようだ。だからこそ、トランプは最近になって、ネタニヤフ首相に対して、就任式の日までにガザ地区については決着をつけたほうがいいと述べた。これは以前から何度も言っていることで、イェルサレムの懸念をかき立てている。トランプのタイムラインは、ハマスに多くのダメージを与えたが、今後も続けるつもりのイスラエルのタイムラインとは必ずしも一致しないからだ。もしネタニヤフ首相が大規模な軍事作戦を終了させ、勝利宣言をすれば、国内の右派の同盟者たちとはうまくいかないだろう。

結論: 選挙結果がどちらに転んでも、アメリカ・イスラエル関係に緊張が走る可能性は高い。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。外交評議会エニ・エンリコ・マッテイ記念中東・アフリカ研究上級研究員。最新作に『野望の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、将来』は2024年6月に刊行予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

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(終わり)

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 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になります。予約受付中です。よろしくお願いいたします。

 中東情勢は悪化の一途を辿っている。2023年10月にハマスの攻撃に対する報復として、イスラエル軍はガザ地区での軍事作戦を開始し、民間人に多くの死傷者が出ている。ハマスの人質となった人々の救出は思うように進んでいない。更には、イスラエルは、イランの首都テヘランでハマスの最高指導者を殺害し、イランから報復攻撃を受けている。加えて、レバノンの武装組織ヒズボラに対しても軍事作戦を開始している。ヒズボラのメンバーたちが使用していたポケベルに爆発物を仕込み、一斉に爆発して大きな被害を出したニューズは日本でも多く報道された。このポケベルはイスラエルから輸出されたものということが後に分かった。私は「イスラエルからの輸出された製品というのは怖いな。何が仕込まれているか分からないではないか」という感想を持った。イスラエルは危険な国という印象を多くの人々に与えたと思う。

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 このポケベルでの攻撃は衝撃的であったが、それ以外にも、イスラエルはレバノン、ヒズボラへの攻勢を強めている。ガザ地区に続いて、2つ目の戦線を開いたと言える。イスラエルの軍事的な優位性もあり、二正面作戦はまだ耐えられるだろうが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は戦争の段階を引き上げようとしている。イエメンのフーシ派の空額も実施している。ハマス、ヒズボラ、フーシ派は全部がイランからの支援を受けている。ネタニヤフ率いるイスラエルはイランとの全面戦争(all-out war)へと進む危険性を持っている。

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そうなると、中東全体が戦争地域ということになり、石油の供給に大きな影響が出る。そうなれば、世界経済は大きなダメージを受ける。もっと怖いのは、核戦争勃発の可能性だ。核戦争に対する禁忌が破られるとなると、核兵器使用のハードルが大きく下がることになる。それはまた世界を危機に晒すことになる。戦争の段階を引き上げるべきではない。

 アメリカは現在、大統領選挙期間中で、しかも現職のジョー・バイデン大統領が再選を目指さないということになり、レイムダック化(無力化)している。そうした中で、イスラエルのネタニヤフ首相は暴走している。アメリカはコントロールする力を失っている。イスラエルへの資金援助や武器援助をアメリカが止めない限り、イスラエルはこうした状況を変えることはしないだろう。

 イスラエルのネタニヤフ首相は家族ぐるみでお金に関するスキャンダルを抱えており、平和に復帰すれば、家族ごと有罪判決を受け、牢獄行きとなる。そのために、戦争状態を続けたいということはあるだろう。しかし、それは世界に追って大きな不幸である。

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ヒズボラのポケベル爆発は皆が考える以上に危険だ(The Hezbollah Pager Explosions Are More Dangerous Than You Think

-人権問題を超えて、今回の攻撃は中東におけるアメリカとイスラエルの政策にも疑問を投げかけるものとなった。

ハワード・フレンチ

2024年9月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/09/24/hezbollah-pager-explosions-lebanon-israel-middle-east-iran-us-policy/

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9月18日、ベイルート南部の地区で、前日にレバノン全土で発生したポケベルの爆発で死亡した人々の葬儀でヒズボラの旗を手にする男性。

先週、イスラエルがレバノンとシリアでヒズボラを攻撃した際、地政学的にどのような立場にあったにせよ、専門家の多くが最初に抱いたのは畏怖の感情(awe)だった。

敵対国も友好国も関係なく、作戦をやり遂げるために必要な、イスラエル情報・諜報機関の洗練の度合いに驚嘆した。イスラエルのために働く諜報員たちは、ポケベルやトランシーバーの中に微量の爆発物を仕込む仕事に重視し、これを宿敵の手にうまく渡さなければならなかった。この偉業は、1967年の六日間戦争でのアラブ連合軍に対する勝利、1976年の民間旅客機ハイジャック事件で捕らえられた人質を解放するためのウガンダのエンテベ空港攻撃、1990年代後半にさかのぼる過激派グループを攻撃するためのブービートラップ付き携帯電話の使用など、イスラエルの技術的・作戦的洗練の長い歴史を思い起こさせるものとなった。

今回の攻撃は、技術的なレヴェルでは素晴らしいものだったが、多くの批判も当然出ている。1つには、民間人に壊滅的な打撃を与えたことだ。ポケベルはヒズボラ・メンバーのものだったが、爆発によって少なくとも40人が死亡、3000人以上が負傷し、多くの非戦闘員が危険に晒される結果となった。もし運転手や親族がポケベルを携帯していたら、車の乗客や食卓にいた子どもたちはどうなっていただろうか? ヴィデオ映像によれば、市場や街角で爆発したものもあった。

政治理論家のマイケル・ウォルツァーは、『ニューヨーク・タイムズ』紙の論説ページで、攻撃の瞬間には積極的に戦争に従事していなかったヒズボラの工作員を標的にした爆発は、「戦争犯罪の可能性が非常に高い(very likely war crimes)」と書いている。レオン・パネッタ元国防長官・元CIA長官でさえも、今回の攻撃がテロの一形態であることに「疑問の余地はないと考える(think there’s any question)」と述べている。

 

イスラエルへのロケット弾発射に使われる南部のヒズボラ陣地に対するエスカレートする空からの攻撃など、レバノンにおけるイスラエルの最近の戦術に対する私の懸念は、更にその先にある。ポケベルを爆発させての攻撃という衝撃が落ち着いた後、アナリストたちはイスラエルがこの攻撃で戦略的利益を得たかどうかを問い始めた。その答えは依然として不明だ。イスラエルがガザ地区でハマスに対して1年近く攻撃を続けている間、同じことが言える。そこでは、基本的な疑問が未解決のままである。その疑問とは、イスラエルは軍事作戦が終了した後に、一体何をするのか?

この2つのキャンペーンを結びつけているのは、イスラエルは軍事的優位の政策と無制限の攻撃作戦によって長期的な安全保障を達成できるという、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の明白な見解である。アメリカは、イスラエルに対する弱腰の批判とほぼ無制限の武器供給を通じて、この立場を黙認している。ガザ地区が示し始めたように、またレバノンとの戦争が起これば、それが再確認される可能性が高いように、このアプローチは、イスラエルが平和を達成するために、巻き添え被害の有無にかかわらず「悪者たち(bad guys)」を十分に殺せるという妄信的な希望をもって、近隣の土地を焦土と化すことに等しい。

このアプローチの1つ目の、明確な欠陥は、各軍事作戦が新たな敵を生み出し、イスラエルと近隣諸国との間の敵意を永続させる危険性があることだ。例えば、ガザ地区におけるイスラエルの完全な軍事支配は、パレスチナ人の政治的および領土的権利の差し迫った必要性に対処するものではない。実際、この地域の絶望と支配は、将来、イスラエルに対する新たな形態の抵抗を確実にするだろう。同様に、イスラエルのレバノン南部への侵攻は、両国間に敵対の新たな境地を生み出すだけであり、この作戦による死と破壊により、より多くのレバノン人がイスラエルに対する暴力的報復の方向に駆り立てられるのと同じくらい確実である。

しかし、私が最も懸念しているのは、それだけにとどまらず、イスラエルと同様に、アメリカの戦略にも関わることだ。ここ数十年、同盟関係にある両国は、イランを中東における暴力と不安定化の究極の原因とみなしてきた。しかし、イランに核兵器開発を断念させるための国際的な努力を除いては、イスラエルはともかく、アメリカはイランに政治的に関与する創造性をほとんど示してこなかった。イランと政治的な関わりを持つための非現実的な前提条件、たとえばテヘランがまず自国の政治体制を変えることや、イスラエルの生存権を認めることなどは、その数には入らない。

中東地域の問題を特に扱いにくくしているのは、イスラエルとイランの両方が古い文明的および宗教的アイデンティティの化身であるということだ。西側諸国の多くは、イスラエルが聖書の国であり、多くのユダヤ人がシオニズムへの正当な支持を、部分的には古代イスラエルの存在に基づいており、その物語が旧約聖書の本質を構成していることを知っている。専門家の領域以外ではあまり理解されていないが、イランははるか古代に遡る言語、文化、アイデンティティ、帝国、国家の伝統の継承者でもある。

ガザ地区での終わりの見えない暴力に対し、多くの人々が怒りの声を上げている。ユダヤ人もパレスチナ人も、現在紛争で分断されている土地から消えることはないということを認識することに代わるものはない。つまり、永続的な和平には、この深い溝を隔てた両側の人々、ひいては国家が、互いのニーズと利益を認識することが必要である。

これはイランにも同じことが言える。人口9000万人の国を悪者扱いする政策では、イランを消し去ることはできない。実際、西側諸国がイランの孤立化を図ろうとしても、イランはヒズボラやイエメンのフーシ派といった非国家的な代理勢力を増強し、ロシアや中国との関係を深めようとする決意を強めるだけである。

イスラエルと同様、西側諸国でも中心的な関心事となっているのは、イランの核開発計画であり、テヘランが長引く研究・精製段階を脱し、すぐにでも使用可能な核兵器を開発するのではないかという見通しである。残念ながら、核保有国の核軍縮に関する世界的な実績は極めて芳しくない。ウクライナは、ソ連時代から受け継いだ核兵器を廃棄した唯一の例であり、このことが悲しいことに、ウラジーミル・プーティンのロシアに対して脆弱な国になってしまった。例えば、北朝鮮をめぐる欧米諸国とアジアの長年にわたる外交は、平壌に核プログラムを放棄するよう説得することができなかった。好むと好まざるとにかかわらず(私は好まないが)、それは北朝鮮の体制がその将来について根本的な不安を感じているからだ。更に言えば、イスラエルは公式には認めていないが、何十年もの間、核兵器を保有していることは広く知られている。

イランの核開発プログラムに対する懸念は、テヘランともっと話をし、この地域の敵対関係を和らげる方法を模索する妨げになるはずはない。イスラエルを含む中東地域の広範な安全保障を確保する唯一の方法は、何らかの形でイランを西側諸国とより深く接触させ、最終的にはイスラエルやサウジアラビアなどの他国、パレスチナ人とともに、イランの安全保障上の懸念に対処することである。欧米諸国がそうするのは早ければ早いほどよい。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新作に黒人として生まれて:アフリカ、アフリカの人々、そして近代世界の形成、1471年から第二次世界大戦まで(Born in Blackness: Africa, Africans and the Making of the Modern World, 1471 to the Second World War.)』がある。ツイッターアカウント:@hofrench

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 古村治彦です。

 2023年10月7日にガザ地区を実効支配するイスラエル過激派ハマスのイスラエルに対する攻撃、人質連れ去りとイスラエルのガザ地区への報復攻撃はまだ継続している。停戦交渉も行われているようだが、まだ厳しい状態だ。ガザ地区での民間人犠牲者が増加していること、イスラエルから連れ去られた人質たちの解放が進まないことに対して、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に対する批判が大きくなっている。

 今回のイスラエル・ハマス紛争に対しては、イスラエル北部国境を接するレバノンの過激派民兵組織ヒズボラ、イエメンのフーシ派がハマスを支援する形で、攻撃を行っている。イスラエルはヒズボラとも戦闘状態にある。イスラエルは南部ガザ地区でハマス、北部国境地帯でヒズボラと二正面作戦を展開しなければならない。ヒズボラはイランからの支援を受けやすく、装備や訓練がハマスに比べて上回っている。また、ヒズボラがレバノンの北部に撤退しながらの戦闘ということになれば、イスラエルはレバノン国内に入っての戦闘を行うことになり、そうなれば、戦争はどんどんエスカレートしてしまう危険がある。
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 イスラエルはハマスとヒズボラとの戦闘を、イランのとの戦争の一部と見なしている。この二正面作戦はイランとの戦争における2つの戦線ということになる。二正面作戦はあまり得策ではない。各個撃破が戦術の基本だ。ハマスもヒズボラもイスラエル国防軍にしてみれば強敵という訳ではない。将兵の人数や装備で言えばイスラエル国防軍が圧倒している。しかし、これまで殲滅できなかったのは、ハマスやヒズボラが正規軍ではないからだ。イスラエルが戦線を拡大し、ヒズボラとも激しい戦いということになれば、イスラエル国内も不安定になり、また、中東全体も不安定になる。今のところ、全ての当事者がエスカレートを望んでいないようであるが、戦闘で予想外の出来事が起きればどうなるか分からない。まずは、停戦が何よりも重要である。

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イスラエルとヒズボラの間の戦争はどのようなものになるのか(What a War Between Israel and Hezbollah Might Look Like

-レバノンの武装集団はハマスよりもかなり優れた訓練と装備を備えている。

エイミー・マキノン筆

2024年6月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/18/israel-hezbollah-lebanon-conflict-war-border-gaza/?tpcc=recirc_latest062921

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イスラエル軍とヒズボラ戦闘員の間で国境を越えた衝突が続く中、6月16日、レバノンとの国境に近いイスラエル北部の町キルヤット・シュモナで、ヒズボラのロケット弾が当たった家を確認するイスラエル兵士

ガザ地区でのイスラエルとハマスとの戦争は過去8カ月間、世界の多くの注目を集めてきたが、第二前線(second front)、つまりレバノンとの北部国境での戦闘は現在激化している。

レバノンの過激派組織ヒズボラは先週、ヒズボラ幹部を殺害したイスラエルの空爆への報復として、これまでで最も大規模なロケット攻撃をイスラエルに対して開始し、紛争が急速に悪化する可能性があるとの懸念が高まった。

イランの支援を受けるヒズボラが数千発のロケット弾、対戦車ミサイル、無人機をイスラエルに発射し、イスラエル空軍も数千回の空爆で対抗しており、北部国境での戦闘は何か月も継続している。国境の両側で約14万人が家を追われている。

火曜日、アントニー・ブリンケン米国務長官は、イスラエルもヒズボラもより広範な戦争を求めていないと信じているが、それでも「潜在的にその方向への勢い(momentum potentially in that direction)」があると述べた。イスラエル側のカウンターパートであるイスラエル・カッツ外相は火曜日、イスラエルが開戦するかどうかの決定に近づいていると指摘し、「総力戦になればヒズボラは破壊され、レバノンは大きな打撃を受けるだろう(in a total war, Hezbollah will be destroyed and Lebanon will be hit hard)」と警告した。

しかし、イスラエルも血にまみれることになるだろう。国際戦略研究センター(Center for International and Strategic StudiesCISS)によると、ヒズボラはハマスよりもはるかに手強い敵である。ヒズボラは世界で最も重武装した非国家主体であると考えられているからだ。このグループはイラン、シリア、ロシアの援助を受けて洗練された兵器を獲得している。

オバマ政権時代に駐米イスラエル大使を務めたマイケル・オーレンは「ハマスはイスラエル国家に対する戦術的脅威(tactical threat)を表している。ヒズボラはイスラエル国家にとって戦略的脅威(strategic threat)だ」と語った。

ヒズボラは約13万発のロケットとミサイルを保有していると推定されており、これらはすぐに国の高度な防空システムを制圧し、最大都市を攻撃する可能性がある。

オーレンは「ヒズボラが3日間で私たちに何をするかという試算を読んだことがあるが、それはまさに恐ろしいことだ」と語った。オーレンは、イスラエルの核研究施設の敷地について言及し、「我が国の重要なインフラ、製油所、空軍基地、ディモナの全てを破壊することについて話している」と語った。

火曜日、ヒズボラは、レバノン国境から27マイル離れたイスラエルのハイファ港のドローン映像を公開したが、これは明らかにイスラエルの防空網を突破して国内奥深くまで到達する能力を実証する目的で行われた。

イスラエルとヒズボラは、2006年に34日間の戦争を戦い、緊迫した膠着状態に終わった。それ以来、ヒズボラは兵器を強化し、シリアで重要な戦場経験を積み、内戦中に窮地に陥ったシリアの指導者バッシャール・アル・アサドを支援するために、イランのイスラム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard Corps)と共闘した。ヒズボラの司令官は2016年にヴォイス・オブ・アメリカに対し、この紛争は次のイスラエルとの戦争に向けた「予行演習(dress rehearsal)」だったと語った。

ハマスと同様、ヒズボラもレバノン地下を通るトンネル網を開発したと考えられており、イスラエルのアナリストの一部は、そのトンネル網はハマスが使用したものよりも、更に広範囲であると主張している。そして、テヘランの支援者から地理的に孤立しているガザ地区とは異なり、イランは、全面戦争の際にヒズボラ軍を維持するために使用できる、イラクとシリアを経由してレバノンに至る地上および空からの補給ルートを確立している。

イスラエルがレバノンの首都ベイルートやその他の都市を標的にする可能性が高く、ヒズボラが「国家の中の国家(state within a state)」を運営していると評されているレバノンにとっても、エスカレーションは壊滅的な打撃となるだろう。

イスラエルのヨアヴ・ガラント国防大臣は、戦争が起きた場合、イスラエルは「レバノンを石器時代に戻す(return Lebanon to the Stone Age)」だろうと警告を発した。

ガザ地区のハマスと同様、ヒズボラはレバノンの民間人に深く浸透している。2006年の戦争中、イスラエルは過剰な武力行使を行い、銀行、学校、政治事務所などヒズボラに関連する各種の非軍事目標を攻撃し、国の民間インフラを攻撃したとして、人権団体から広く批判された。

シンクタンクの民主政治体制防衛財団の研究担当上級副会長ジョナサン・シャンツァーは、「その計画は、ヒズボラが支配するこの国におけるヒズボラの支配の見せかけをすべて破壊することを目的とするだろう。私たちは多大なる被害について懸念している」と語った。

2006年の戦争後の数年間の比較的平穏な日々は、2023年10月7日の攻撃を受けてヒズボラが明らかにハマスとの団結を示し、イスラエルにロケット弾とミサイルを一斉射撃したことで突然終わった。ジョージタウン大学外交学部のダニエル・バイマン教授は、イスラエル北部国境の危機を緩和する道は、ガザ地区を通る可能性が高いと述べた。

バイマンは、「ハマスが停戦に同意すれば、ヒズボラもそれを尊重すると思う。ヒズボラは、全体として、ハマスの動きに合わせようと努めてきた」と語った。ヒズボラの幹部たちはエスカレーションを望まないとも述べた。

イスラエル内外の当局者やアナリストの多くは、ガザ地区をイランとの広範な戦争における前線の1つにすぎないと見ており、ヒズボラとの衝突激化はほぼ避けられないと確信している。イスラエルの元国家安全保障問題担当補佐官エヤル・フラタは、「彼ら(イラン)が核開発で前例のない進歩を遂げる一方で、ヒズボラとの衝突はそれから目を背けさせるものではないかと心配している」と語った。

ジョー・バイデン米大統領の世界エネルギー担当特使であるエイモス・ホッフスタインは、先月カーネギー基金が主催したイヴェントで、両国が戦争を回避することを望んでいたとしても、戦争に至る可能性があると述べた。ホッフスタインは、「イスラエルとヒズボラはほぼ毎日のように銃撃戦を続けており、事故やミスによって状況が制御不能になる可能性がある」と述べた。

ホッフスタインは、国境沿いの緊張緩和を目指すバイデン政権の交渉の中心人物となった。ホッフスタインは今週、レバノンとイスラエルの代表者らと会談する予定だ。

ホッフスタインは次のように述べている。「私が毎日心配しているのは、計算ミスや事故、目標を狙った誤ったミサイルが目標を外したり、他のものに衝突したりすることだ。そうなれば、どちらかの国の政治体制が、私たちを戦争に引きずり込む形で報復せざるを得なくなる可能性がある」。

イスラエル政府は、9月の新学期開始に合わせて、戦闘によって家を追われた約6万人が北部国境沿いのコミュニティに戻れるような解決策を見出すよう圧力を強めている。

バイマンは「双方向に政治的圧力がある。国中のイスラエル人を避難所に強制収容するような、終わりの見えない大規模な全面戦争は、政治的にもあまり魅力的ではない」と述べた。

アナリストたちは、10月7日のハマス主導の攻撃をヒズボラの戦略の1ページと評し、ハマスがイスラエルへの地上侵攻に備えて何年にもわたって訓練を行っていたことを指摘した。たとえ交渉がロケット弾発射の阻止に成功したとしても、ヒズボラによる更なる攻撃への懸念により、イスラエル国民の安全感を回復する取り組みは困難になる可能性が高い。

ホッフスタインはカーネギー財団のイヴェントで、「双方が発砲を止めただけでは、基本的に10月6日の現状に戻ることだけのことになり、イスラエルの人々が安全に自宅に戻ることはできない」と述べた。ホッフスタインは、民間人が国境の両側の故郷に戻れるようにするためには、より広範な合意が必要だと述べた。

※エイミー・マキノン:『フォーリン・ポリシー』誌国家安全保障・情報諜報担当記者。ツイッターアカウント:@ak_mack

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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 古村治彦です。2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。世界の構造は大きく変化しつつあります。「衰退し続ける西側諸国(ザ・ウエスト、the West)対発展し始めた西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)」の二極構造が出現しつつあります。英米対中露の争いとも言えます。こうしたことを分析しました。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界の物流の重要地域である紅海で、イエメンの反政府組織フーシ派が民間船舶に対する攻撃を断続的に行い、それに対して、イギリスとアメリカが攻撃を行っている。地中海とスエズ運河を通じてつながっている紅海は、そのままインド洋、太平洋ともつながっており、世界の海運の最重要ゾーンと言える。ここを通れない船舶は、アフリカ大陸を迂回するルートを選択することになり、日数と輸送料、保険料が増えていくことになる。結果として、それが物価に影響を与え、食料やエネルギーの価格が高騰することになる。
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 イエメンの反政府組織フーシ派は、イエメン内戦に政府側として介入してきたサウジアラビアと戦っている。しかし、同時にサウジアラビアはフーシ派と交渉を続け、停戦に持っていこうとしていた。しかし、英米による攻撃によって、この交渉が頓挫してしまった。フーシ派と長年にわたり戦ってきたサウジアラビアが英米の攻撃に冷淡なのは、サウジアラビアからすれば、「余計なことをして状況を悪化させやがって」という不快感を持っていることを示している。
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 中国の一帯一路構想は、こうした状況にうまく対処できる方策を示している。それは、ヨーロッパと中国を陸路で結ぶ「シルクロード構想」でる。鉄道や高速、一般道路、パイプラインなどを通じて、海運の代替輸送が可能になっている。ヨーロッパ諸国にとって中国は最大の貿易相手国である。スエズ運河を使えず、紅海を使えないとなればそれは死活問題となるが、陸路という代替手段があることは重要である。中国は現在のような状況を予見していたかのように、2013年から一帯一路構想を推進してきた。
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 私は更に、この一帯一路構想は、インドを締め上げるという意図と、更には、アメリカを国際物流から切断することもできる方策を持つ意図があるのだろうと考えている。BRICSにおいて、西側に一番気を遣っているのがインドである。それはそれで戦略として正しいが、インドが裏切らないようにするために、中露は北と南から包囲する形を取っている。また、ユーラシアとアフリカ、南米をつなぐ、BRICS圏と一帯一路を完成させることで、北アメリカを孤立させることもできる。

 紅海危機(Red Sea Crisis)は、フーシ派はパレスティナ支援の一環として、西側の船舶を対象にして攻撃を行うようになっている。イスラエルの過剰なガザ地区への攻撃は、国際的な非難を浴びている。イスラエルだけではなく、イスラエルを支援するアメリカに対しても非難の声が上がっている。今回の紅海危機は、フーシ派が攻撃を行っていることで起きているが、紅海湾岸の諸国や中東諸国は静観している。英米とは一線を画している。フーシ派にはイランが支援を行っており、イランの大後方には中国が控えている。イギリスとアメリカが中東地域の安全保障分野における大きな役割を果たしてきた。しかし、中東諸国は、今回、そうした動きを謝絶している、そのように私には見える。

(貼り付けはじめ)

紅海危機は中国が先手を打っていたことを証明した(The Red Sea Crisis Proves China Was Ahead of the Curve

-一帯一路構想は邪悪な陰謀ではなかった。それは、不確実性(uncertainty)と混乱(disruption)の時代に全ての国が必要とするものの青写真だった。

パラグ・カンナ筆

2024年1月20日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/20/url-red-sea-houthis-china-belt-road-suez-trade-corridors/

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2021年3月27日、エジプト。紅海の港湾都市スエズ近郊のスエズ運河南口で、スエズ運河通貨を待つために停船している船舶の航空写真。

過去2カ月にわたり、紅海とアラビア海を結ぶ戦略上重要なバブ・エル・マンデブ海峡でフーシ派反政府勢力の攻撃が激化し、世界最大規模の海運各社はスエズ運河の航行を数週間停止し、更にはルート変更をしなくてはならなくなった。アメリカとイギリスがイエメンへの攻撃を開始し、状況がエスカレートしたため、民間の船舶はこの地域を避けるようになった。

地中海やアラビア海峡を行き来する船舶が選択肢を検討している一方で、バブ・エル・マンデブ海峡を完全に迂回する船舶もある。2023年12月中旬、サウジアラビアは、アラブ首長国連邦のジェベル・アリやバーレーンのミナ・サルマンといったペルシア湾の港に滞留している物資について、トラックでイスラエルのハイファ港まで自国領内を通過できるようにするための、アラビア湾から地中海への「陸橋(land bridge)」の構築を承認した。

これで分かるだろう。2023年10月7日のハマスからのイスラエルへの激しい攻撃によってアブラハム合意(UAEとイスラエルの国交正常化合意)が破棄されることはなかった。また、サウジアラビアとUAEは二国家共存によるパレスティナ紛争解決を強く支持しているが、紅海上の混乱に対処するために両国ともイスラエルとのインフラ協力を加速させている。サウジアラビアとUAEはイスラエルとの協力姿勢を崩していない。そして、紅海上の混乱を収めようとするのは、もちろん、通常であればエジプトの金庫に流れ込むであろう通過料金がきちんと徴収されるようにするためでもある。しかし、陸路輸送を促進することで、ペルシア湾岸・イスラエル間の航路が紅海の海上ルートから10日間短縮されるのは大きな利益となる。

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地図が示している通り、アラビア海から紅海に入り、スエズ運河を通って地中海に出る紅海周辺の国々サウジアラビア、イエメン、エジプト、イスラエルは、世界的な貿易の重要地点である。

出典:アメリカエネルギー情報局

紅海での海上テロやロシア・ウクライナ戦争による地政学的ショックは、世界経済、とりわけ発展途上各国が新型コロナウイルス感染拡大(パンデミック)による財政的痛手からの回復に苦闘している中で、物流コストと食料品価格を押し上げている。最近もアイスランドで火山が噴火し、航空運賃が上昇した。

今日の永続的な変動に対する解決策は、北京とワシントンの首脳会談やG7のグループ・セラピー・セッション、あるいは世界経済フォーラムや国連気候変動会議のようなトーク・フェスティバルからは生まれないだろう。その代わりに、深刻な相互不信と予測不可能な危機に悩まされる世界が、世界的な公益のために意味のある集団行動を起こすための道筋は、まさに1つしかない。供給ショックの解決策は、サプライチェィンを増やすことである。経済ベルト(belts)を増やし、通行路(roads)を増やすことだ。

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2023年10月18日、北京の人民大会堂で開催された第3回「一帯一路」国際協力フォーラムの開幕式で演説する中国の習近平国家主席。

中国はこのことを何年も前から認識し、それに基づいて行動してきた唯一の国だ。中国が昨年10月、こうした構想を象徴する、一帯一路構想(Belt and Road Initiative BRI)発足10周年を記念して130カ国以上の指導者や代表を北京に招集した際、10年前と同様、多くの西側諸国の指導者たちは不快感を示した。西側の指導者たちは、中国を世界貿易ネットワークの中心に置くことで西側主導の国際秩序を弱体化させるステルス計画として、一帯一路構想を捉えてきた。

しかし、機能的な観点から見れば、一帯一路構想は全ての国が自国の国益のために行うべきことを象徴している。すなわち、国家の利益は、不測の事態に対するヘッジ(hedge、備え)として、また自国の資源や製品とのアクセス性と影響力を高めるために、需要に見合った供給経路をできるだけ多く構築することである。

このようなヘッジの必要性は、2021年、巨大コンテナ船エバー・ギブン号がスエズ運河で座礁し、新型コロナウイルス感染拡大不況の中で世界が貿易の復活を模索していた矢先、ヨーロッパとアジア間の貿易が全面的に凍結されたことで明らかになった。滞貨の大部分は2週間以内に解消されたものの、世界のジャスト・イン・タイムのサプライチェィンにとっては、摩擦のない貿易を前提に、メーカーや小売業者が部品や商品の在庫を低く抑えている中で、不安な経験となった。また、出荷が遅れた場合の保険料も毎週高額となった。

海上のチョークポイントの脆弱性が、紅海でのフーシ派のテロ、黒海でのロシアの穀物封鎖、パナマ運河の干ばつ、あるいはマラッカ海峡近くの潜在的な南シナ海紛争によって露呈したとしても、世界経済の最大ゾーンである北アメリカ、ヨーロッパ、アジアは、このような散発的で制御不能な出来事の人質とされるべき理由は存在しない。

確かに、船舶はアフリカの喜望峰を巡るスエズ運河以前のルートを選択し、通常の20から 30日の輸送時間に、更に10から14日追加される可能性がある。しかしその代わりに、中国とヨーロッパ諸国(互いの最大の貿易相手国)はより賢明な方法を選択した。ユーラシア大陸横断鉄道の貨物輸送は、2021年初頭に月間1000本の貨物列車となり、列車数が倍増して、信頼性と定時性が向上した。

ユーラシアを網羅する高速道路や鉄道、インド海や北極海沿いの港湾の更なる建設・整備は、世界経済の適切な機能に依存する世界の貨物・商品貿易に柔軟性と代替ルートを生み出すために不可欠である。このような投資は、保護主義、地政学、気候変動から生じるインフレショックに対する効果的な予防措置となる。

一帯一路構想が変革をもたらしていないと主張するのは難しい。 2013年以来、約1兆ドルの資金が建設プロジェクトや非金融投資として一帯一路加盟諸国に流入した。

特に人口過密の発展途上諸国にとって、国内需要に対応し、経済乗数効果(economic multiplier effects)を生み出し、世界経済との接続を構築するには、強固なインフラが不可欠だ。ハンガリーやセルビアなどのヨーロッパの周縁諸国も一帯一路構想の受益者であるが、ザンビアやスリランカなどの他の国々と同様、過剰債務(excessive debt)と中国による一部の政治的支配という代償を払ってこれらを実現した。

西ヨーロッパに関しては、イタリアが2019年に一帯一路構想に加盟し、2023年末に離脱したが、これは大規模な二国間貿易において中国市場への十分な相互アクセスが得られなかったことに対するヨーロッパの不満の表れである。

一方、昨年9月にニューデリーで開催されたG20サミットでは、提案されている200億ドル規模の多様なインド・中東・欧州経済回廊(India-Middle East-Europe Economic Corridor IMEC)は、一帯一路のライバルとして、アメリカによってすぐに歓迎されたが、それははるかに地元密着型である。

一例を挙げると、インドのナレンドラ・モディ首相も、イラン経由でロシアへの貿易回廊(trade corridor)を宣伝しているが、これはワシントンの耳にはまったく愉快な音楽ではない。同様に、サウジアラビアとUAEがアメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国、インド、日本に同時に求愛していることからも明らかなように、自信に満ちた湾岸アラブ諸国は、いわゆる新冷戦でどちらの味方もしている訳ではない。その代わりに、彼らはヨーロッパ、アフリカ、アジアの間の地理的な交差点としての役割を高めるために、巧みな複数の同盟(multialignment)を実践している。

これらの地理を組み合わせた造語は「アフロ・ユーラシア(Afro-Eurasia)」だ。この用語は学者たちが植民地時代以前の文明と商業の軸を指すために使用しており、事実上、いわゆる新世界(the New World)の発見に先立って既知の世界を構成するということになる。

今日、アフリカ・ユーラシアは再び世界の人口動態、経済学、地政学の中心地となっている。このインド太平洋システムに属する全ての国は、グローバライゼーションを低下させるのではなく、更なるグローバライゼーションを望んでいる。最もつながりのある大国は、貿易国家に他国の地理ではなく自国の地理を使用させることで勝利する。

彼らは、分断されるのではなく、ますます混ざり合い、階層化する世界から恩恵を受けている。実際、負けじとばかりに、同じG20サミットで、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領も、イラク南部のバスラ港を経由してトルコを経由してヨーロッパに至る別の貿易通過回廊を提案した。

EU加盟諸国は、インド太平洋における中国の戦略的影響力に対抗し、中国による太陽光パネルや電気自動車のダンピングから自国市場を守るという点でアメリカと歩調を合わせている。しかし、ヨーロッパはまた、各国首脳がインド、ヴェトナム、インドネシア、シンガポールを頻繁に訪問していることから分かるように、アラブ諸国やアジア経済への輸出拡大にも熱心な姿勢を保っている。 2016年に中国企業COSCOがギリシャのピレウス港の株式の過半数を取得したことをめぐる騒動にもかかわらず、それはIMEC複合一貫航路で想定されている終着点と全く同じである。

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2018年11月10日、スリランカのコロンボで建設中の新しい高層ビルが見られる中、ゴール・フェイス・グリーン沿いにたむろするスリランカの若者たち。

西側諸国の外交官やアナリストたちはもはや中国の一帯一路構想を否定はしていないが、根底にある背景をまだ完全には把握していない。一帯一路構想は攻撃的というよりも防御的な試みとして始まった。中国は世界の工場となり、拡大する産業基盤を強化するために大量のエネルギーと原材料の輸入を必要としていたが、今日世界のサプライチェインを悩ませているのと同じ難所に対して脆弱なままだった。同時に、鉄鋼やその他の商品の膨大な余剰生産を吸収できる市場を模索した。

中国の国防費、武器輸出、ならず者国家やアメリカの同盟諸国との戦略的関係が同様に拡大するにつれ、一帯一路構想は中国の大戦略の中核要素であり、世界を切り開く邪悪な陰謀と見なされるようになった。しかし、地政学は非線形(nonlinear)だ。中国は、インドとのヒマラヤ国境を越えて南シナ海への積極的な侵攻と、一部の批評家が「債務罠外交(debt-trap diplomacy)」と呼ぶ厄介な財政条件で、すぐに自ら疑惑を引き起こした。

その後、西側諸国と同盟大国は対抗策を講じ始めた。軍事分野では、オーストラリア、インド、日本、米国のクアッド連合(Quad coalition)はインド太平洋で海洋協力を強化し、ヴェトナムなど南シナ海の沿岸諸国への武器販売を強化し、フィリピンを支援している。中国が埋め立てを行ったのと同じように、島々を要塞化している。

インフラおよび商業分野においては、アメリカの戦略的競争法(the Strategic Competition Act)とCHIPSおよび科学法(the CHIPS and Science Act)、米国際開発金融公社(the U.S. International Development Finance Corp)、EUのグローバル・ゲートウェイ・イニシアティヴ(Global Gateway initiative)、日本とインドの「接続回廊(connectivity corridors)」、多国籍サプライチェィン・レジリエンス・イニシアティヴ(multinational Supply Chain Resilience Initiative)やG7の「より良い世界を取り戻す(Build Back Better World)」は、各国を誘導して、中国の金融機関ではなく多国籍金融機関から優遇金利で借り入れたり、中国の企業(フアウェイ)よりも西側の企業(スウェーデンのエリクソンなど)と契約させたりするために考え出された無数の計画の一部に過ぎない。5G ネットワーク、またはインターネット・ケーブルの分野でこのようなことが起きている。

西側諸国は、口先だけではなく実際に行動することを学びつつある。インフラ整備競争(infrastructure arms race)は現在進行中だ。西側諸国が何十年も無視してきた後、中国は世界の問題として、インフラを強化したことで評価されるべきだが、世界が共同して重要なインフラに投資すればするほど、全ての道が中国に通じている(all roads lead to China)可能性は低くなる。西側諸国はこのグレイトゲームの最新ラウンドには出遅れているかもしれないが、既に競争条件を平等にすることに成功している。

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2020年5月26日に中国東部の海安の物流拠点を出発するヴェトナム行きの輸送コンテナを運ぶ中国・ヨーロッパの貨物列車が写っている。

中国主導対西側主導の取り組みはゼロサムの試みとして描かれているが、ほとんどの場合、港湾や送電網などのインフラは利用を排除できないものであり、競合するものではなく、あらゆる商用ユーザーに開かれており、それらのユーザーに平等なサーヴィスを提供する。パイプラインであれ、送電網であれ、インターネット・ケーブルであれ、それぞれのしっぺ返しプロジェクト(tit-for-tat project)は、意図せずして、世界を相互接続されたサプライチェィンシステムに変えるというはるかに壮大なプロジェクトを前進させる。

今日の激動の世界において、これ以上に伝えるべき重要な真実はない。需要を満たすための供給経路が増えると、インフレショックを回避できる。私たちは、より多くの国でより多くの食料を清算し、より多くの半導体を生産し、より多くのレアアース鉱物を加工し、世界中での移動に単一障害点(single point of failure)を確実になくす必要がある。

輸送手段をスエズ運河からユーラシア鉄道、あるいはよる高速な北極海航路に自発的に移行できることは、まさに世界経済がショックに対してより回復力を持ち、ナシム・ニコラス・タレブの言葉を借りれば「反脆弱性(antifragile)」にさえなれる方法だ。この点だけでも、インフラ的に関連性の高い(hyperconnected)世界は望ましいものであり、現在のシステムよりも優れている。気候変動が加速する中で、それは文明の生存にとっても不可欠だ。

気候ストレスは今世紀中に10億人以上の移動を促す可能性があり、人口は沿岸部から内陸部へ、標高の低い地域からより高い地域へ、そしてより暑い気候からより涼しい気候へ再定住することになる。私たちは既に、南アジアや東南アジアからヨーロッパや中央アジアへといった、これまで経験したことのない大規模な移住の新たなベクトルを目の当たりにしている。人類の大多数がユーラシア大陸に居住していることを考えると、東ヨーロッパや中央アジア全域のより気候変動に強い地域への人々の必然的な循環が予測され、住宅、交通、医療、その他の施設といった必要な都市インフラが構築されていることが重要だ。

石油パイプラインなどの古いインフラが依然として多すぎて、海水淡水化プラント(water desalination plants)、太陽光発電所、エネルギー効率の高い手頃な価格の住宅、水耕栽培食品センター(hydroponic food centers)などの新しいインフラが少なすぎる。これらの投資は、世界経済を促進する大規模な地球規模のリサイクルの一部である。インフラは雇用を創出し、生産性を向上させ、消費と貿易の成長を促進し、人材と資本の流れを引き寄せる。

現代文明を定義する都市部集住(urban settlements)の構築と接続は、過去1万年にわたる人類の物語である。ローマの道路からイギリスの鉄道、アメリカの基地に至るまで、私たちが蓄積したインフラの層は、インフラの管理の権限は変わるものの、長期的にはゼロサムゲームではないという事実の永続的な証拠だ。インフラの運命に関する質問に対する答えは、インフラが支えるグローバライゼーションに対する回答と同じだ。それは、「より多く」である。

※パラグ・カンナ:クライメット・アルファ創設者兼最高経営責任者。最新刊に『ムーヴ:人々はより良​​い未来を求めてどこへ向かうのか(MOVE: Where People are Going for a Better Future』がある。ツイッターアカウント:@paragkhanna

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。近いうちにある週刊誌にて紹介していただけることになりました。詳しくは決まりましたらお知らせいたします。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 イエメン内戦は長期化している。政府側と反政府組織フーシ派の間の戦いとなっているが、政府側をサウジアラビアが支援し、フーシ派側をイランが支援している。あ氏アラビアとイランとの間で国交正常化が合意されたことにより、この構図も変化を見せつつある。サウジアラビアがフーシ派と停戦交渉を行っている。そうした中で、アメリカとイギリスが共同でフーシ派を攻撃した。アメリカとイギリスは、紅海上において、フーシ派が民間船舶(中国やイランの船舶を除く)に対して攻撃を行い、世界の物流に影響を与えていることを理由に挙げている。フーシ派は、イスラエルによるガザ地区への過剰な攻撃に対する攻撃として、紅海上で民間船舶を攻撃している。これを受けて、世界の海運各社は航路変更を余儀なくなされている。これに対して、サウジアラビアは、アメリカやイギリスに同調せず、静観の構えを見せている。
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紅海の地図
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フーシ派の関連地図

 アメリカとイギリスの攻撃は沈静化しかけていた紅海の状況を再び不安定化させている。サウジアラビアとしては、アメリカとイギリスには介入して欲しくなかったところだが、アメリカとイギリスとしては、物流の停滞による物価高もあり、何もしないという訳にはいかなかった。そして、西側諸国においては、「中国はイランとの関係も深いのだから、紅海の状況を何とかせよ、フーシ派をおとなしくさせるために何かやれ」という批判の声が上がっている。中東地域は中国にとっても、エネルギー面において重要な存在であり、中国も中東地域において重要な役割を果たしつつある。サウジアラビアとイランの国交正常化合意を仲介したのは中国である。
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紅海航路と迂回航路の違い
 パレスティナ紛争や紅海の危機的な状況において、中国は何もしていないという批判の声が上がっている。しかし、これはなかなか難しい。中国が中東地域において活発に動き始めてまだ20年くらいだ。それに対して欧米諸国は戦前から植民地にするなど長期間にわたって深くかかわってきた。中東地域においての役割については欧米諸国の方が先輩であり、一日(いちじつ)の長がある。そして、欧米諸国の政策の失敗が現在の状況である。それを修正して、正常化するのは欧米諸国の責任だ。どうしても駄目だ、万策尽きたということならば、他の国々の出番もあるだろう。「中国が何とかせよ」というのが、「自分たちの力ではどうしようもありません、私たちが馬鹿でした、どうもすいません」ということならばまだしも、ただの自分勝手な言い草であるならば、中国が何かをするという義理はない。欧米諸国は一度徹底的に追い込まれて、自分たちの無力を自覚することだ。それが世界の構造の大変化の第一歩である。

 

(貼り付けはじめ)

紅海危機が中国の中東戦略について明らかにする(What the Red Sea Crisis Reveals About China’s Middle East Strategy

-中国は確かに中東地域のプレイヤーになったが、今でもまだ極めて利己的なゲームをしている。

ジョン・B・アルターマン筆

2024年2月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/14/red-sea-crisis-china-middle-east-strategy-egypt-yemen/

昨年(2023年)3月、中国の王毅外相の顔に満足感があったのを見逃すことはできなかった。サウジアラビアとイランの間の和平合意を仲介したばかりの、王毅中国外相(当時)は、二国の代表を優しく近づけた。王毅は彼らの間に立ち、しっかりとコントロールしていた。

王毅外相が満足する理由は複数存在した。多くの人が不可能だと考えていたことを中国がやってのけただけでなく、それが可能な唯一の国でもあった。サウジアラビアとイランの両国は敵対していたが、それぞれが中国を信頼していた。アメリカは中東の安全保障を重視していたが、中国は実際にそれを提供していた。王毅のあり得ない成功は、中東における中国の役割の重要性の高まりを示す新たな兆候となった。

しかし、この4ヵ月の間、2023年3月のような自信に満ちた中国外交は影を潜めている。半世紀以上にわたるパレスティナ人への支援、10年以上にわたるイスラエルとの緊密な関係、イラン、サウジアラビア、エジプトなどへの数百億ドル規模の投資にもかかわらず、最近の中国は静けさを保っている。

さらに明らかなのは、紅海の海運に対するフーシ派による3ヶ月に及ぶ攻撃によって、中国の貿易が大打撃を受け、中国の一部の地域パートナー諸国が首を絞められ始めたとき、北京はしばしば、外交的、軍事的、経済的に、パートナー諸国はおろか、自国の広範な利益を追求するために行動することができないか、あるいはしたくないように見えたことである。

中国は自らを台頭する世界大国(rising global power)として宣伝しようとし、平和と繁栄を確保するという世界的な野望を達成できていないアメリカを非難することを好む。アラブのコメンテイターらは、2022年12月にサウジアラビア・リヤドで行われた中国の習近平国家主席を招いての首脳会談をめぐる温かさを、その5カ月前にジェッダで行われたジョー・バイデン米大統領とサウジアラビア指導部とのより緊迫した会談を対比させた。『アルリヤド』紙は「西側の独立筋」の主張を引用し、「中東地域は中期的には独裁と覇権(hegemony)から離れ、開発、投資、人民の幸福、紛争からの距離に基づく中国の影響力を通じての、戦略地政学的なバランスと政治的正義の段階に移行するだろう」と主張した。

それこそが、中国がこれらの国に望んでいる未来の姿である。間違ってはいけないのは、中国はアメリカを主要な戦略的挑戦と見なしており、それ以外のものは重要ではないということだ。

驚くべきことは、これがどれほど真実であるかということである。過去4カ月間の中国の行動と不作為は、数十年にわたる中東への投資にもかかわらず、北京がこの地域で重視しているのは、依然としてアメリカを弱体化させるためであることを浮き彫りにしている中国は確かに中東地域のプレイヤーになったが、今でもまだ極めて利己的なゲームをしている。

中国の中東への関心の大元はエネルギーだ。中国は30年前に初めて石油の純輸入国となり、過去20年間のほとんどにおいて、世界の石油需要の増加のほぼ半分を中国が占めてきた。この期間を通じて、中国の輸入石油の約半分は中東地域から来ている。

中国にとって、中東への依存は一貫して脆弱性ともなる。アメリカは半世紀にわたり、この地域の安全保障を支配してきた。中国人の多くは、米中両国が敵対した場合、アメリカが中国にとって不可欠なエネルギー供給を遮断することを恐れている。同様に、中東にはホルムズ海峡、バブ・エル・マンデブ海峡、スエズ運河という、世界貿易に不可欠な3つの海運の重要地点(chokepoints)がある。アフリカ、ヨーロッパ、そしてアメリカ東海岸に向かう多くの中国製コンテナは、この3つの地点すべてを通過する。アメリカ海軍は現在、これら全ての重要地点を守る態勢を整えているが、同時に通行を阻害することも可能だ。

中国の戦略は、アメリカと対立するのではなく、アメリカと共存することであり、アメリカとの関係とともに中国との関係も発展させるよう地域諸国を説得することだ。10年ほど前、中国はアルジェリア、エジプトとの「包括的戦略パートナーシップ(comprehensive strategic partnerships)」を宣言し、後にサウジアラビア、イラン、アラブ首長国連邦をリストに加えた。偶然にも、北京は昨年8月、後者4カ国がBRICSブロック(当時はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで構成)に加盟するよう働きかけ、新規加盟国全体の5分の4を占めた。中国は、中東全域で経済関係を深め、その過程で貿易と開発を促進することを主張している。

中東諸国は中国の地域的役割の拡大を歓迎している。その理由として、中国が西側諸国の自由化圧力から解放してくれることが挙げられる。また、中国が厳格な規制よりもスピードを重視する経済パートナーとなってくれるからでもある。中東諸国は中国を台頭する世界大国と見ている。10年以上にわたって歴代米大統領が「ワシントンの主要な利益はアジアにある」と宣言してきたのだから、中東諸国が中国と強固な関係を築かないということはあり得ないのである。

中国が提示している主張は、各国は西側諸国との関係とともに中国との関係も発展させることができるというものだ。原則としては正しいが、現実問題としてはより複雑である。西側諸国の政府は、中国がこの地域に技術投資を行うのは、中国のスパイ活動の道具を組み込むためだと非難している。その結果、西側諸国の政府は、中東地域の各国政府がその技術を獲得することを、安全保障上の多種多様な協力体制の確立にとっての障害と見なしている。

中国の学者たちは、アメリカの地域安全保障の取り組みを厳しく批判してきた。ある著名な中国人学者は、「中国は、アメリカの無謀な軍事行動とプレゼンスの結果としての地域の不安定化の犠牲になっている」と書いている。王毅が2022年1月に中東6カ国の外相と会談したことを伝える中国メディアの記事では、王毅が「中東の主人は中東の人々だと私たちは確信している。『力の空白(power vacuum)』など存在せず、『外からの家父長制(patriarchy from outside)』など必要ない」と述べたことを伝えた。

中国の専門家たちが頻繁に主張しているには、アメリカのアプローチは中東諸国への敬意が不十分だということだ。ある学者は「あまりにも長い間、覇権国であったため、アメリカは自国の利益のために他国に圧力をかけることに慣れているが、他国の懸念には耳を貸さない」と指摘している。

2023年3月にサウジアラビアとイランの合意が成立したとき、中国側はこれを「中東の平和と安定の実現のための道をならすものであり、対話と協議を通じて国家間の問題と意見の相違を解決する素晴らしいモデルとなる」とし、「中国は建設的な役割を継続する」と公約した。

しかし、中東で暴力が勃発してから数カ月、中国は世界的な懸念声明に便乗することはあっても、独自の声明を発表することはほとんどなかった。最も明確に非難したのは、2023年10月にイスラエルがガザ市のアル・アハリ病院を攻撃したと当初は考えられていたが、後にパレスティナ側のロケット弾の誤射によるものと判明した事件に対してである。

中国は、2023年10月7日に発生したハマスによるイスラエル民間人に対する攻撃も非難しておらず、紅海の船舶に対するフーシ派の攻撃も非難していない。和平会議の開催が一般的には望ましいと表明すること以外に、この地域で展開し相互に関連する危機のいかなる要素にも対処するための中国の外交提案はない。中国にとって、高官の訪問、奨励と懲罰、調停などの外交手段は全てが保留されている。

2024年1月のジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官と王毅外相とのタイでの会談での議題は紅海の安全保障についてであった。この会談の前に、中国とイランの政府関係者は口をそろえて、中国はイラン政府に対し、フーシ派への支援について苦言を呈したが無駄だったと主張した。このような発言は、単にアメリカの圧力から王毅を守るためなのか、それとも中国がイランの思惑に影響を与えることができないという現実を反映したものなのかは明らかではない。

一方で、西側諸国と中東諸国の外交官たちは、人命を守り、緊張を緩和し、世界貿易の自由をより促進するための、何らかの方法を見つけようと、互いに深く関わっている。

この地域での出来事が中国の利益を直接的に傷つけるものではないと主張するのは難しい。まずフーシ派から話を始めることができる。彼らはイランから年間約1億ドルを受け取っている。イランは中国との貿易が全体の3分の1を占めているが、その貿易額は中国貿易の1パーセントにも満たない。

中国はイランよりも世界の他の国々に対してより注意を払っている。一部の報告によると、通常は紅海南部を通過するコンテナ船の90%が同海域を避けるために航路を変更したということだ。平常時、紅海航路は世界のコンテナ輸送量の約 3分の1、アジアとヨーロッパ間の全貿易量の40% を占めている。輸送のボトルネック(bottleneck)となっているのは、コンテナ価格が3倍から4倍に高騰しており、ヨーロッパに向かうエネルギー輸送がアフリカを迂回し、配送の遅れによりサプライチェインが麻痺していることだ。

中国は貿易立国(trading nation)であると同時に海洋立国(maritime nation)でもある。世界貿易における争いは中国に直接影響を与えるだけでなく、将来の混乱を避けるために、投資家たちを「ニアショアリング(nearshoring)」(サプライチェインの依存をより近くて友好的な国々にシフトすること)に向かわせる。

混乱はまた、中国の中東への投資にも打撃を与える。中国は紅海の各種施設に数百億ドルを注ぎ込んできた。ジブチの軍事基地だけでなく、東アフリカ、サウジアラビア、スーダンの港湾施設、鉄道、工場、その他無数のプロジェクトに注ぎ込んできた。これらの投資は一帯一路計画の一部だ。これらのプロジェクトは全て、紅海航路の断絶によって危機に瀕している。

中東全域で、イランの代理諸勢力がこの地域を戦争に導くと脅しており、その一部はイスラエルへの攻撃を通じてその脅迫に説得力を持たせている。イスラエル自身もほぼ20年にわたって中国との関係を着実に強化してきた。アメリカン・エンタープライズ研究所の中国グローバル投資トラッカーによると、中国は過去10年間でイスラエルに90億ドル近く投資し、30億ドル相当のプロジェクトを構築した。

中国がイランの代理になるどころか、イランをコントロールできると期待する人はほとんどいないが、中国がそのつもりすらないようであることは注目に値する。しかし、今回の紅海危機において中国はチャンスも見出している。

中国はこの危機を利用するために2つのことを行った。 1つ目は、中東におけるアメリカの役割に対するグローバル・サウスの敵対心を刺激しようとして、アメリカを批判することだ。2023年10月に『チャイナ・デイリー』紙に掲載されたあるコラムは、「アメリカはガザ地区において、『歴史の間違った側(wrong side of history)』に属しており、ガザ地区におけるより大きな人道危機の回避を支援することで、世界唯一の超大国としての世界的責任を果たすべきだ」と主張した。中国メディアは、グローバル・サウスの反米感情と反イスラエル感情両方を煽る形で、アメリカの外交努力を非難し続けている。中国メディアは、今回の紛争を根本的に解決するためには二国家解決策の追求が必要であるが、それを阻害しているのは、根本的に、アメリカのイスラエルの肩入れが存在している(これが今回の紛争の基底にある)、と時に間接的に、時に直接的に、主張している。

 中国が行っている2番目のことは、当面の経済的利益に配慮することだ。中国船舶の需要が高まっており、荷主はフーシ派が中国籍の船舶を攻撃しないと信じている。紅海を航行する一部の船舶は、攻撃を避けるために「全員が中国人の乗組員」を船舶追跡装置に表示されるようにしていると発表している。

中国は中東において、急速に変化する状況に適応するために外交が緊張していることを示している。加えて、共通の利益につながる困難なことを行うことへの嫌悪感を示している。中国当局者たちは協力する代わりに、パートナー諸国や同盟諸国を犠牲にして自国の利益を推進するためのギリギリの方法を模索している。

それは、中国がしばしば名刺代わりとして宣伝するような「ウィン・ウィン(win-win)」の論理ではない。現在、中国を含む全員が負けている中で、中国は状況を傍観している。

※ジョン・B・アルターマン:戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)上級副所長、ブレジンスキー記念国際安全保障・戦略地政学(geostrategy)部門長、中東プログラム部長。

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