古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界の構造について大きく分類すると、一極(超大国が1つ)、二極(超大国が2つ)、多極(大国が多く存在する)ということになる。一極の例で言えば、ソヴィエト連邦崩壊後、世界ではアメリカのみが超大国として君臨する状態ということになる。二極は、冷戦期の米ソ、現在の米中ということになる。多極は第一次世界大戦前、第二次世界大戦前のような状況だ。ヨーロッパではヨーロッパの協調ということで、複数の大国が平和を維持するという体制になっていたが、相互に誤解と誤った認識をしてしまうと、平和が破綻するということが起きた。このことから、二極の方がお互いの意図を誤らずに認識できるということで、平和が続くということが言われている。冷戦期は世界各地で戦争や紛争は起きたが、米ソ双方が直接戦い、核戦争まで至らなかったということで、「長い平和(Long Peace)」という評価がなされている。

 一極体制は最も安定しているように見えるが、新興大国が出てくると、不安定さが増す。また、一極体制の支配国、覇権国が安全保障などで、不公平な取り扱いをするということになれば、各国が反感や怒りを持つということもある。アメリカの一極体制は、アメリカが介入した外国からの反感による「ブローバック(blowback、吹き戻し)」に遭った。

 現在の世界は、米中による「G2」体制(Great of Two)となっている。そして、世界は、これから多極化していくという予想も出ている。

下に掲載した論稿の著者ジョー・インゲ・ベッケウォルトは以下のように主張している。

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが世界の多極化に関する議論を展開しているが、現実はまだ多極化していない。現在、アメリカと中国のみが経済的、軍事的に大国として存在し、他の国はそのレベルに達していない。インドやロシアも有力候補として挙げられるが、極になるには経済力や軍事力の面で足りていない。

多極化論が人気の理由は、規範的概念としての魅力や対立回避の希望があるからだ。一極、二極、多極体制では行動や政策が異なり、誤解は誤った政策を生む可能性がある。多極化は未来に期待される可能性もあるが、現状では二極化した世界に生きる必要があり、戦略と政策はその状況に応じて考えられるべきだ。

 私は、現在は二極体制であるが、これはあくまで、アメリカがまだまだ強く、中国が弱いというところであり、二極体制の性格がこれから変化していく途中であり、しばらくは多極化しないと考えている。アヘン戦争勃発200周年の2040年、中華人民共和国建国100周年の2049年、この2040年代に中国はアメリカを追い抜くということを考えていると思う。この時期でも米中に匹敵する国は出てこず、それ以降は、中国が大、アメリカが小の二極体制が続くものと考える。その時期には、ヨーロッパ連合、インド、ロシアなどが米中に続く存在となっているだろうが(日本は脱落しているだろう)、世界の重要な決定に関与できるまでは行っていないだろう。短期的(10~30年)、中期的(30~50年)でみれば、米中二極体制が関係性の面で変化を起こしながら、続いていくことになるだろう。二極体制が安定し、平和が続いていくためには、相互の正しい理解と認識が必要ということになる。

(貼り付けはじめ)

いいえ、世界は多極的ではない(No, the World Is Not Multipolar

-新興大国の出現という考えは人気を集めているが、間違っている。そして、深刻な政策の誤りを導くことになるだろう。

ジョー・インゲ・ベッケウォルト筆

2023年9月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/22/multipolar-world-bipolar-power-geopolitics-business-strategy-china-united-states-india/

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが主張する最も根強い議論の1つは、世界は多極化(multipolar)している、あるいはまもなく多極化するだろうというものだ。ここ数カ月、この議論は国連事務総長のアントニオ・グテーレス、ドイツのオラフ・ショルツ首相、ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領によってなされてきた。ヨーロッパ連合(EU)のジョゼップ・ボレル外務上級代表は、2008年の世界金融危機以来、世界は「複雑な多極化(complex multipolarity)」のシステムになっていると主張している。

この考え方はビジネス界でも普及しつつある。投資銀行のモルガン・スタンレーは最近、「多極化した世界を乗り切る」ための戦略文書を発表し、ヨーロッパの名門ビジネススクールであるINSEADは、そのような世界におけるリーダーシップ能力について懸念している。

しかし、政治家、専門家、投資銀行家たちが言うことに反して、今日の世界が多極化に近いというのは単なる神話に過ぎない。

その理由は単純明快だ。極性とは、国際システムにおける大国の数のことだ。そして、世界が多極化するには、そのような大国が3カ国以上存在する必要がある。現在、極を形成できるほどの経済規模、軍事力、世界的な影響力を持つ国は、アメリカと中国の2カ国だけだ。他の大国はどこにも見当たらず、当分の間は見当たらない。人口が多く経済が成長している中堅国や非同盟国が台頭しているという事実だけでは、世界が多極化する訳ではない。

国際システムにおける他の極の不在は、明らかな候補を見れば明らかだ。2021年、急成長を遂げるインドは、力を測る指標の1つである防衛費支出で第3位だった。しかし、ストックホルム国際平和研究所の最新の数字によると、インドの軍事予算は中国の4分の1にすぎない。(そして、中国の数字は一般に信じられているよりも更に高いかもしれない。)今日、インドは依然として主に自国の発展に集中している。インドの外交サーヴィスは規模が小さく、インド太平洋での影響力の重要な尺度である海軍は、過去5年間で5倍の海軍トン数を進水させた中国と比較すると小さい。インドはいつかシステムの極になるかもしれないが、それは遠い将来のことだ。

経済的な豊かさは、権力を行使する能力を示すもう1つの指標である。日本は世界第3位の経済大国だが、国際通貨基金の最新の数字によると、日本のGDPは中国の4分の1以下である。ドイツ、インド、イギリス、フランスという日本に続く、4つの経済大国は、更に小さい。

また、エマニュエル・マクロンや他の多くの人々がそのような主張を精力的に展開してきたとしても、EUは第三極(third polar)ではない。ヨーロッパ諸国には様々な国益があり、ヨーロッパ連合には亀裂が生じやすい。ヨーロッパ連合(EU)のウクライナ支援は一見結束しているように見えるが、ヨーロッパの防衛、安全保障、外交政策は統一されていない。北京、モスクワ、ワシントンがパリやベルリンと対話し、めったにブリュッセルを訪れないのには理由がある。

もちろん、ロシアは国土の広さ、膨大な天然資源、膨大な核兵器の備蓄から、大国になる可能性のある候補である。ロシアは、国境を越えて影響力を持っていることは確かだ。大規模なヨーロッパ戦争を繰り広げ、フィンランドとスウェーデンをNATOに加盟させた。しかしながら、経済規模はイタリアより小さく、軍事予算はせいぜい中国の4分の1に過ぎないため、ロシアは国際システムの第三極にはなれない。せいぜい、ロシアは中国を支援する役割しか果たせない。

多極化を信じる人々の間で広く議論されているのは、グローバルサウスの台頭と西側の地位の低下だ。しかし、インド、ブラジル、トルコ、南アフリカ、サウジアラビアなどの新旧中堅大国(middle powers)の存在は、システムを多極化するものではない。これらの国はいずれも、自国の極となるための経済力、軍事力、その他の影響力を持っていないからだ。言い換えれば、これらの国にはアメリカや中国と張り合う能力がないのだ。

アメリカの世界経済におけるシェアが縮小しているのは事実だが、特に中国と合わせると、依然として優位な立場にある。この二超大国は世界の防衛費の半分を占めており、両国のGDPを合計すると、それから下の経済大国33カ国の合計とほぼ同等となる。

先月ヨハネスブルグで開催されたBRICSサミットでBRICSフォーラムが拡大したこと(以前はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのみだった)は、多極秩序(multipolar order)が到来したか、少なくとも前進しつつある兆候と解釈されている。しかし、ブロックは極(poles)として機能するにはあまりにも異質であり、簡単に崩壊する可能性がある。BRICSは首尾一貫したブロックには程遠く、加盟諸国は国際経済秩序に関する見解を共有しているかもしれないが、他の分野では大きく異なる利益を持っている。協調関係を示す最も強力な指標である安全保障政策では、2大加盟国である中国とインドは対立している。実際、北京の台頭により、インド政府は米国とより緊密に協調するようになっている。

従って、世界が多極化していないのなら、どうして多極化論はこれほど人気が​​あるのだろうか? 国際関係に関する事実や概念を無視するという怠惰なやり方に加えて、3つの明白な説明が浮かび上がる。

第一に、多極化の考えを推し進める多くの人々にとって、それは規範的な概念である。それは、西洋の支配の時代は終わり、権力は分散している、あるいは分散しているべきだと言っている、あるいは望んでいることの別の言い方である。グテーレスは、多極化(multipolarity)を、多国間主義(multilateralism)に修正し、世界システムに均衡(equilibrium)をもたらす方法と見なしている。多くのヨーロッパ各国の指導者たちにとって、多極化(multipolarity)は二極化(bipolarity)よりも好ましい選択肢とみなされている。なぜなら、多極化はルールによって統治される世界をより良く実現し、多様な主体とのグローバルなパートナーシップを可能にし、新しいブロックの出現を防ぐと考えられているからだ。

実際に、多国間枠組は確かに想定通りに機能しておらず、西洋の人々の多くは、多極化の考えをより公平なシステム、多国間主義を復活させるより良い方法、そして、グローバルサウスとの拡大する断絶を修復する機会と見ている。言い換えれば、存在しない多極化を信じることは、世界秩序に対する希望と夢の花束の一部だ。

多極化の考え方が流行している2つ目の理由は、30年にわたるグローバル化(globalization)と比較的平和な状況の後、政策立案者、専門家、学者たちの間で、アメリカと中国の間にある激しく、包括的で、二極化した対立の現実を受け入れることに非常に抵抗感があることだ。この点で、多極化を信じるということは、一種の知的回避(intellectual avoidance)であり、冷戦が再び起こらないようにという願いの表れだ。

第三に、多極化に関する議論はしばしば権力争いの一部である。北京とモスクワは、多極化をアメリカの力を抑制し、自国の立場を前進させる手段と見なしている。アメリカが圧倒的な優位を占めていた1997年に遡ると、ロシアと中国は多極化世界と新国際秩序の確立に関する共同宣言に署名した。中国は今日では大国であるが、依然としてアメリカを主な課題と見なしている。北京はモスクワとともに、多極化という概念は、南半球を喜ばせ、自国の大義に引き付ける手段として利用している。多極化は2023年を通じて中国の外交的魅力攻勢の中心テーマであり、プーティン大統領は7月のロシア・アフリカ首脳会談で、出席した指導者らが多極化世界を推進することで合意したと宣言した。同様に、ブラジルのルラ大統領のように台頭する中堅国の指導者が多極化という概念を推進する場合、それは自国を主要な非同盟国として位置づけようとする試みであることが多い。

極、そしてそれに関する誤解が広まっていること自体が重要なのかと疑問に思う人もいるかもしれない。簡単な答えは、世界秩序における極の数は非常に重要であり、誤解は戦略的思考を不明瞭にし、最終的には誤った政策につながるということだ。極が重要な理由は2つある。

第一に、一極(unipolar)、二極(bipolar)、多極(multipolar)体制では、国家の行動に対する制約の度合いが異なり、異なる戦略と政策が必要となる。例えば、6月に発表されたドイツの新しい国家安全保障戦略では、「国際および安全保障環境は多極化が進み、不安定になっている」と述べている。多極体制は確かに一極や二極体制よりも不安定であると見なされている。多極体制では、大国は同盟や連合を結成して、1つの国が他の国を支配することを避ける。大国が忠誠心を変えた場合、継続的な再編や突然の変化につながる可能性がある。二極体制では、2つの超大国が主にお互いのバランスを取り、主なライバルが誰であるかを疑うことはない。したがって、ドイツの戦略文書が間違っていることを願うべきだ。

極は企業にとっても重要だ。モルガン・スタンレーと INSEAD は、顧客と学生を多極化した世界に向けて準備させているが、二極化したシステムで多極化戦略を追求することは、高くつく間違いとなる可能性がある。これは、貿易と投資の流れが極の数によって大きく異なる可能性があるためだ。二極化システムでは、二大国は相対的な利益を非常に気にするため、経済秩序はより二極化し、分裂する。秩序の種類ごとに異なる地政学的リスクが伴い、企業が次の工場をどこに建設すべきかという戦略を誤ると、非常に高くつく可能性がある。

第二に、明らかに二極化している世界が多極化すると、友好国にも敵国にも同様に誤ったシグナルを送る可能性がある。4月のマクロン大統領の中国訪問中に発せられた発言が引き起こした国際的な騒動が、この点を物語っている。ヨーロッパに帰る途中の機内でのインタヴューで、マクロン大統領はヨーロッパが第三の超大国になることの重要性を強調したと伝えられている。マクロン大統領が多極化について熟考する姿勢は、ワシントンやヨーロッパのフランスの同盟諸国には受けが悪かった。中国側のホストは喜んでいるように見えたが、マクロン大統領の多極化に関する考えを、米中対立で中国を支持するフランスや欧州の姿勢と混同すれば、誤ったシグナルを受け取ったことになるかもしれない。

多極体制は、敵対する超大国が2つある世界ほど、露骨に二極化していないかもしれないが、必ずしもより良い世界につながるわけではない。多国間主義の手っ取り早い解決策ではなく、更なる地域化(regionalization)につながる可能性もある。多極化を望み、存在しないシステムにエネルギーを費やすよりも、より効果的な戦略は、既存の二極体制内で対話のためのより良い解決策とプラットフォームを探すことである。

長期的には、世界は確かに多極化する可能性があり、インドはアメリカと中国に加わる最も明白な候補である。しかし、その日はまだ遠い。私たちは予見可能な将来、二極化した世界に生きることになるだろう。そして、戦略(strategy)と政策(policy)はそれに応じて設計されるべきである。

※ジョー・インゲ・ベッケウォルト:ノルウェー国防研究所中国担当上級研究員、元ノルウェー外務省外交官。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 来年2025年に、名目GDPでインドが日本を抜いて世界第4位になるという予測が日本でも報道された。日本は世界第5位に下がる。日本の衰退が印象付けられるものだが、インドの躍進スピードが大きい。現在第3位のドイツと日本の差は小さいことから、インドがドイツを抜いて世界第3位になるのも近いということになる。インドは、「西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)」の中で、存在感を増している。

 インドは中国を抜いて、世界最大の人口を抱えている。14億1700万人を誇る。名目GDPは世界第4位であるが、一人当たりのGDPにすればまだ3000ドル程度だ(中国は約1万ドル、韓国は約3万ドル)。まだまだ貧しいのであるが、これから伸びしろが大きいということになる。人口ボーナス(15歳から64歳までの人口が、それ以外の人口の2倍いる状態)もあり、これから国内需要が増大し、国内市場が巨大になっていく。外国企業にとっても魅力的な市場である。
 2014年に就任したナレンドラ・モディ首相のインフラ整備と「メイク・イン・インディア」政策という製造業育成政策で、自動車生産が伸びている。もちろん、IT関係のサーヴィス業もお家芸であり、経済成長をけん引している。ヒンドゥー・ナショナリズムを経済ナショナリズムに転化させて、国内産業を育成し、雇用を確保し、国民生活を改善していくという流れになっている。それでは、インドは、中国のように世界覇権を握るほどの大国になるかどうかであるが、世界第一の経済大国にまでなれるかどうか、については疑問が残る。しかし、これからインドは注目に値する国である。

(貼り付けはじめ)

インド経済の躍進:世界をリードする成長とチャンスの地

NEW 2024/5/23

Global X Japan

https://media.rakuten-sec.net/articles/-/45248

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●歴史的な高成長が続くインド経済

●モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

●インドの経済成長をまるっと捉える

■歴史的な高成長が続くインド経済

 インドの直近3年間の実質GDP(国内総生産)成長率は9.69%(2021年)、6.99%(2022年)、7.83%(2023年)と高水準です。2024年は6.81%と予測*されており、世界経済の成長率がおおむね3%で推移していることを踏まえるとインド経済の力強さが際立ちます。

 また、2023年の名目GDPは日本に次ぐ5位となり、2027年には日本とドイツを抜いて世界3位の経済大国になるとみられています*

*IMF(国際通貨基金)による予測

 力強い経済成長を支えるのは世界一の人口、特に生産年齢人口が多いことです。国連の推計では、インドの人口は2023年に中国を抜き世界一となりました。さらに人口ボーナス期(1564歳の生産年齢人口がそれ以外の人口の2倍以上に達する状態)が2050年ごろまで続く見通しであり、今後も巨大な人口に支えられた経済成長が持続すると考えられます。

 一方で、1人当たりの名目GDP(約2,410ドル、2022年)は1970年代の日本と同水準と低く、伸びしろが十二分にあります。2010年当時の中国でも同様に言われていたことですが、国民一人一人の所得水準が増加することで、その後中国経済は急速に拡大、今や米国を脅かす超巨大経済大国となりました。

 なお、一般的に1人当たりの名目GDP3,000ドルを超えると家電製品や家具などの耐久消費財の売れ行きが加速し、7,0001万ドルに達すると自動車や高級家電の普及に拍車がかかります。

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(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

 インドのナレンドラ・モディ首相は現在2期目です。1期目(2014年~)ではインフラ整備や法税制改革を推進し、2期目(2019年~)では法人税引き下げや補助金制度の導入で製造業振興策に取り組みました。3期目については現在行われている総選挙の結果次第ですが、選挙公約として高速鉄道網の拡張などさらに積極的なインフラ政策を盛り込んでいます。

 また、インドは外国資本が参入しやすいビジネス環境となっています。英語が第二公用語であることや、初等教育の段階からプログラミングの授業が行われているためIT人材が豊富なことが主な背景です。

 そのため、先進国企業の業務のアウトソースを受託できる素地があります。IT分野はカースト制度の概念にない新しい職種であり、それ故、低カースト出身者が経済的に成功するための機会にもなっています。

 歴史的には中国、パキスタンなどともめる場面もありましたが、近年は経済優先の全方位外交を行っており、G7を中心とする民主主義的な国だけでなく、ロシアや中国などの権威主義的な国々とも中立的な立場で貿易を行うなど、結果として外国資本をうまく誘致できています。

 今後も外国資本により新たな雇用が生まれ、その結果として中間層を中心に所得水準が上がり、消費が拡大するという内需主導型の成長が続くと期待されます。

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(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■インドの経済成長をまるっと捉える

 上記のような背景からインドの株式市場には海外投資家から資金が流入しており、インドにおける個人の資産運用への関心の高まりも相まって、主要株価指数は最高値を更新しています。

 しかし、バリュエーションの面では高い利益成長からPER(株価収益率)は横ばいで推移しており、相場に過熱感はみられません。今後も良好なファンダメンタルズを支えに中長期的な株価上昇が期待されます。

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(注)株価指数はNifty50を使用。期間は201812月末から20244月末、株価は起点を100として指数化(月次、インドルピー建て)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 523日に、インド全体の経済成長を取りにいくETF(上場投資信託)が東証に上場しました。【188A】グローバルX インド・トップ10+ ETFは、インドが強みを持つ情報技術やコミュニケーション・サービスを含む9つのセクターを投資対象とし、各セクターを代表する大型の15銘柄を厳選します。ウエートは特定のセクターに偏らないようにするため均等にします。

 一般的なインドの株価指数(Nifty50SENSEXなど)は時価総額加重平均のため、時価総額の大きい金融が3040%と大きくなる傾向があります。過去のインドのGDPのセクター別の内訳をみると農業、工業、サービスの3大項目が大きく、比率を変えることなく推移しています。

 インド経済は特定のセクター、分野に偏った成長ではなく、ある程度均等に成長していることから、セクターを分散している当ETFに投資することでインド経済全体の成長を享受できます。

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※四捨五入の関係で必ずしも100にならないことがあります。(注)2024430日時点(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 このようにセクターを分散・銘柄を厳選することで、当ETFの対象株価指数(Mirae Asset India Select Top 10+ Index)は他のインド株価指数を上回っており、今後も相対的に高いパフォーマンスが期待されます。なお、当ETFNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の成長投資枠の対象銘柄です。

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(注)Mirae Asset India Select Top 10+ Indexの算出開始日は202445日。算出開始日以前の指数に関する情報は全て指数算出会社がバックテストしたデータ。期間は2008620日から2024430日。起点を100として指数化(インドルピー建て、配当込み、日次)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

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インドは本当に次の中国なのか?(Is India Really the Next China?

-インド経済上昇の可能性は高いが、政府の政策が妨げになっている。

ジョシュ・フェルマン、アルビンド・スブラマニアン筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/is-india-really-the-next-china/

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インドは中国になるだろうか? 中国経済が下降線をたどり、インドの成長に対する楽観論が世界中に広がる中で、この疑問はもはやナショナリストの熱狂的な妄想として片付けることはできない。なぜなら、少なくとも、世界は既にインドを大国のように取り扱っているからだ。

次のことについて考えてみて欲しい。2023年、カナダ国内で起きたカナダ人殺害事件と、アメリカ国内で起きたアメリカ人殺害計画にインド政府が関係しているという疑惑が持ち上がった。しかし、疑惑以上に注目すべきはその反応である。アメリカ政府は、煽動的になりかねない事態を鎮火させるために、ほとんど何も語らず、ただ裁判を無事に終わらせることを選択した。つまり、インドの傲慢さは非難されることなく容認された。これは、インドの政治的地位が新たに確立されたことを示す証拠である。

経済面に関して言えば、過去40年間の中国の経験が非常に特殊なタイプの奇跡であり、再現できる可能性が低いことは事実である。しかしながら、そうではありながらも、インドはもはやかつてのような経済的に制約された大国ではないため、中国のようになる可能性は存在する。

過去四半世紀にわたり、インドの発展はインフラによって妨げられ、インド自身の製造ニーズを満たすには、インフラの納涼区が不十分であり、インドを輸出基地として検討する外国企業にとってもまた明らかに不十分だった。しかし、過去10年間で、インドのインフラは大きく変化した。ナレンドラ・モディ首相の政府は、道路、港湾、空港、鉄道、電力、電気通信を大量に建設し、以前のインドの姿が認識できないほどになった。ほんの一例を挙げると、2014年にモディ政権が発足して以来、約3万4000マイルの国道が建設された。

インドのデジタルインフラも大きく姿を変えた。かつてはギシギシと音を立て、技術的にも後進的だったデジタルインフラは、今や最先端を行くようになり、一般的なインド人は、ごく日常的な買い物でさえスマートフォンで決済するようになった。より重要なのは、デジタル・ネットワークが全てのインド国民をカバーするようになったことで、政府は困っている人に現金を直接給付するなどのプログラムを導入できるようになり、民間企業は起業や技術革新のプラットフォームとして活用している。

同時に、モディ政権の「新福祉主義(New Welfarism)」はインド国民の生活の質を向上させた。この特徴的なアプローチは、基本的に私的な財やサーヴィスを公的に提供することを優先し、有権者にクリーンな燃料、衛生設備、電力、住宅、水、銀行口座を提供する一方で、恩恵を受けるのはモディ首相であることを明確にしている。こうしたプログラムの結果、新型コロナウイルス感染拡大のような苦難の時期にも、国家は雇用や無料の食料で弱者を救済できるようになった。インドが国家として、より良いものを構築し、提供する能力には目を見張るものがある。

これらは主要な政策成果であり、累積的な国家的努力の成果だ。これらの取り組みの多くは、実際には、モディ政権前の中央政府および州政府によって開始されたものだが、その進歩を加速させている点でモディ政権は重要な称賛に値する。そして、その成果が出ている兆しも見えている。

第一に、インドは、技能ベースのサーヴィス輸出に新たな大きな弾みをつけている。インドのサーヴィス産業は2000年代初頭にブームになったが、2008年から2009年にかけての世界金融危機の後に停滞した。そして今、再生が見られる。2022年、インドの世界市場シェアは1.1%ポイント(約400億ドル)増加し、これはスキルの重要なジャンプアップを反映している。(2023年、インドは更に世界市場シェアを拡大する可能性が高いが、そのペースはそれほど速くない)。

以前は安価なコードを書いたり、コールセンターで働いたりしていたインド人が、今では世界規模の能力センターを運営し、高いスキルを持った人材が世界のトップ企業で分析業務を行っている。JPモルガン・チェースだけでも、インドに5万人以上の従業員がおり、ゴールドマン・サックスのニューヨーク以外で最大のオフィスはベンガルールにある。アクセンチュアやアマゾンなども大規模な拠点を構えている。このブームが高層マンションの建設に火をつけ、アーメダバード、ベンガルール、ハイデラバード、ムンバイ、プネーといったハイテク都市のスカイラインに点在するようになった。建設業も大いに発展している。SUVの販売台数は急増し、高級ショッピングモールや高級レストランが誕生している。

第二に、インドで最も人口が多く、最も開発が遅れているウッタル・プラデシュ州が復活の兆しを見せている。ウッタル・プラデシュ州は、老朽化したインフラ(多くの寺院は言うまでもない)を改修し、財政を管理下に置き、自警団のヒンドゥー教の僧侶から政治家に転身したカリスマ的な宗派指導者の下、汚職や暴力を激減させている。ウッタル・プラデシュ州が最終的に魅力的な投資先になることができれば、その人口的な重さによって国全体の軌道を変える可能性がある。その変革は、インドのヒンディー語中心地域(最近までバイマル(bimaru、病んだ地域[diseased region])と蔑称されていた)が永久に低開発(underdevelopment)を強いられる訳ではないというシグナルを送ることになるだろう。

最後に、習近平国家主席の下で中国経済の下降スパイラルが加速している。その結果、資本は驚くべきペースで中国から流出し、公式の数字によれば、2023年には企業や家計の資金が正味690億ドルも流出したという結果になっている。

こうした資本のうち、わずかではあるが、インドに流れ込んでいるものがある。最も顕著なのは、アップルがインドの多くの州に工場を設立したことで、インド国内市場への供給が容易になり、特に米中間の経済的緊張が高まっている現在、輸出基盤が多様化している。その結果、国内の電子機器供給のためのチェーンが構築され、特にインド南部では2万人以上の労働者を雇用する大規模な工場の設立を計画しているところもある。これは、常に小規模で非効率な製造業を特徴としてきたインドにおいて、驚くべき現象である。

このような大規模工場が実現可能であることが証明されれば、商品輸出の急増に火をつけることになる。それは、長年苦境に立たされてきたインドの製造業だけでなく、高スキルの輸出サーヴィス・ブームを享受できなかった、低スキル労働者にとっても、展望を大きく変えることになるだろう。この計算は考慮に値する。インドの低スキル輸出は、40%を超える世界市場シェアに反映される中国の競争力レヴェルには決して到達しない。それは、先進諸国が産業基盤の多くを、1国(中国)だけにシフトすることを促した政治的・経済的な特殊事情が、もはや存在しないからだ。しかし、今後10年間で、インドが現在の3%程度のシェアを5~10ポイント高めることは十分に可能であり、これは数千億ドルの追加輸出に相当する。

良好な前兆にもかかわらず、インドが中国を追い越すという宣言は時期尚早である。それは、明るい兆しはまだ経済データには説得力を持って反映されておらず、政府の政策も新たなチャンスを実現するには不十分なままだからだ。

経済データについて考えてみよう。私たちはしばらくの間、インドが2010年代の失われた10年間を本当に脱却することができたという主張に懐疑的であった。この時代は、緩やかな成長、ほとんど構造的変化が見られず、雇用創出も弱かった。確かに、新型コロナウイルス感染拡大後に経済は回復したが、その方法は不平等であり、労働力よりも資本が、中小企業よりも大企業が、そして非公式経済で雇用されている数百万の人々よりも給与をもらっている中産階級や富裕層が優遇されている。

問題の一部は、インドがこれまで、中国の相対的な経済衰退によって生まれた新たな機会のごく一部しか活用できていないことだ。政府が「メイク・イン・インディア(インドで製品を作ろう、Make in India)」というキャンペーンを決然と展開しているにもかかわらず、多くの企業にインドでの事業拡大を納得させるまでには至っていない。実際、外国直接投資(foreign direct investmentFDI)の流入は減少している。また、中国を除く新興市場への外国直接投資の流入に占めるインドの割合も小さくなっている。

これは慎重な外国人だけの話ではない。政府が整備したインフラ整備や補助金、そして場合によっては製造業に対しての惜しみない保護主義(protectionism)にも関わらず、国内企業でさえ投資に消極的だ。プラントや機械への民間投資は、過去10年間の低迷した水準から依然として回復していない。そして、この状況が好転していることを示す説得力のある兆候はない。実際、2023年の新規プロジェクトの発表は、前年のレヴェルと比較して名目上において、減少した。

その結果、膨大な非熟練労働力の雇用創出の源泉であるインドの製造業輸出は低迷を続けている。実際、世界金融危機以降、アパレルなどの主要分野におけるインドの世界市場シェアは低下している。このような事態はモディ政権やインド中央銀行にとっても大きな懸念材料であり、中央銀行は最近、民間セクターが「行動を共にし(get its act together)」、政府の投資負担を軽減するよう促す報告書を発表した。

なぜ企業は、目の前にあるチャンスをつかむことに消極的なのだろうか? 基本的には、インドで事業を拡大することのリスクが高すぎると認識しているからである。

企業の懸念は主に3つの分野にある。第一に、彼らは政策決定の「ソフトウェア(software)」が依然として脆弱であることを懸念している。少数の国内複合巨大企業と一部の大手外資企業が有利な企業と見なされており、競争の場は平等ではなく、広範な投資環境に悪影響を及ぼしている。結局のところ、リスクが低減されたという理由で投資を引き受けるあらゆる好意的な企業に対し、リスクが増大したために投資を削減した競合他社も数多く存在する。彼らにとって、国家の恣意的な行動の犠牲者となるリスクは依然として大きい。

第二に、インド政府は輸出を促進する必要性を認識しながらも、内向き志向(inwardness)、つまり、輸入障壁には依然として強い執着を持っている。この保護主義には新たな魅力がある。それは、インドの国内市場は今や非常に大きく、国内企業は非常に発展しているため、政府の後押しを受けさえすれば、外国企業に取って代わることは容易だと多くの人が考えているからだ。当然のことながら、経済的ナショナリズム(economic nationalism)は必然的に政治的ナショナリズム(political nationalism)を伴う。

しかし、インドの国内市場は、少なくともグローバル企業が売ろうとしている、中産階級向けの商品については、特別に大きくはないというのが現実だ。また、保護主義的な措置が頻繁に発表されると、企業は遅かれ早かれ重要な海外からの供給を断たれるかもしれないとリスクを回避するようになり、実際に国内投資が減退する。例えば、昨年(2023年)8月に発表されたノートパソコンの輸入規制は、重要なIT部門の企業にパニックを引き起こした。結局、規制は緩和されたが、他のセクターでも同様の措置が実施されたため、その懸念はいまだに残っている。

結局のところ、政治と経済の間に、くさびのようにして、はまり込んでいる問題が立ちはだかっている。政治体制が安定している限り、制度の崩壊に直面しても、投資と成長は生き残り、さらには繁栄することができる。そして、モディ首相の人気は安定を予感させている。しかし、インド北部の少数民族コミュニティ、南部諸州、反政府派、農民の間で不満と反抗心が高まり、突発的な事件発生の可能性が高まっている。経済学者のジョン・メイナード・ケインズが述べた有名な言葉にあるように、「避けられないことは決して起こらない。それはいつも予想外のことだ(The inevitable never happens. It is the unexpected, always.)」。

※ジョシュ・フェルマン:JHコンサルティング社代表。国際通貨基金(IMF)インド事務所長を務めた。

※アルビンド・スブラマニアン:ピーターソン国際経済研究所上級研究員。モディ政権の首席経済補佐官を務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 BRICS、グローバル・サウス、西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)の一角を占める新興大国インドについては、最近、「2025年には、名目GDPで日本を抜いて世界第4位になる」という報道がなされた。

インドについては、旅行記などで、大変に貧しい人たちが多くいる、衛生状態が良くない、とにかく人口が多い(約14億2000万人で中国を僅差で抜いて世界第1位)などの印象があり、インドの経済大国化は信じられないという人も多いと思う。

「何で儲かっているのか?」と不思議に思う人も多いと思う(私もその1人)。なんでも、IT(インド人の数学の強さと関連して)、製造業(タタ・グループの自動車産業や製鉄など)、農業が主要産業であり、世界最大の人口を誇るので、巨大な国内市場がある。インドのGDP成長率は、新型コロナウイルス感染拡大前は、安定して5%前後を推移してきたがその後急落したが、現在は持ち直している。インドの人口ピラミッドは釣り鐘型であり、若い人たちが多く、これが「人口ボーナス」となり、これから国内市場の消費はどんどん伸びていく。
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 インドのナレンドラ・モディ首相は高い支持率を誇る。経済成長を実現し、人々の生活を改善し(トイレの建設に力を注いできた)、インド国内のナショナリズムを高揚させてきた。一方で、人口の大部分を占めるヒンドゥー教徒優先の政策を実施し、マイノリティのイスラム教徒(それでも2億人もいる)への憎悪が増大しているという面もある。インドは独立以降は、世俗国歌として、宗教は政治の中心から排除されてきたが、ヒンドゥー教徒中心になりつつある。それに対して懸念する声もある。また、インド国内の「南北問題」、貧しい北部と豊かな南部という分裂も存在する。現在のモディ首相を支える与党は、インド国民党(BJP)であり、その基盤はヒンドゥー教至上主義の民族義勇団(RSS)だ。彼らがよりナショナリズムを高揚させていくと、外交政策にも影響を与えかねないが、中国との関係が平穏であることは大きい。インドにとって重要なのは中国、そしてロシアとの距離感である。西側諸国(ザ・ウエスト、the West)とも良好な関係を維持しながら、西側以外の国々の中で存在感を増していくということになるだろう。アメリカとしては、地理的な位置関係も含めて、インドと中国の接近は防ぎたいところだが、インドはアメリカの意図を見透かして、自国の利益になるような行動を選択的に取っている。インドについてはこれからも注視していかねばならない。
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ナレンドラ・モディ

(貼り付けはじめ)

インドについての新しい国家像に関する思想(The New Idea of India

-ナレンドラ・モディの統治は、リベラルではないが、より確固とした国家を生み出しつつある。

ラヴィ・アグロウアル筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/india-modi-bjp-elections/?tpcc=recirc_latest062921

4月中旬から6月上旬にかけて、数週間にわたり、世界最大の選挙が行われる。人口14億人のうち9億6000万人以上のインド国民がインド連邦議会選挙の投票権を持ち、世論調査ではナレンドラ・モディ首相と彼の率いるインド人民党(Indian People's PartyBharatiya Janata PartyBJP)が3期連続で政権に就くことが強く示唆されている。

モディはおそらく世界で最も人気のある指導者だろう。最近のモーニング・コンサルタント社による最近の世論調査では、インド人の78%が彼の指導力を支持している。(次に支持率の高いメキシコ、アルゼンチン、スイスの指導者の支持率の数字は、それぞれ63%、62%、56%である)。モディが賞賛される理由を理解するのは難しくない。彼はカリスマ的指導者であり、ヒンディー語の巧みな演説家であり、勤勉で国の成功に尽力していると広く認識されている。彼は縁故主義(nepotism)や汚職(corruption)に手を染める可能性がほぼないとみなされているが、これは彼が73歳の男性で、パートナーも子供もいないことに起因することが多い。モディには真のライヴァルはほとんどいない。彼の党内での権力は絶対的であり、対立候補は分裂し、弱く、家柄だけは立派な王朝的と言えるものだ。G20を主催する機会を最大限に活かし、注目を集める海外訪問を行うことで、モディは世界の舞台でインドの存在感を高めた。それに伴って、モディ自身の人気も高めることに成功した。ニューデリーは外交政策でも自己主張を強め、イデオロギーや道徳よりも自己利益を優先している。これが国内向けに大きなアピールとなっている。

モディの成功は彼を非難する人々を混乱させる。結局のところ、彼は権威主義的な傾向をより強めている。モディは記者会見にほとんど出席せず、難しい質問をする数少ないジャーナリストたちとのインタヴューにも応じず、議会での議論もほとんど避けてきた。モディは権力を集権化し、カルト的な人格を構築する一方で、インドの連邦制(federalism)を弱体化させている。彼の指導の下、インドの多数派であるヒンドゥー教徒が支配的になった。このような1つの宗教の優位は、少数派に害を及ぼし、世俗主義(secularism)への国の関与に疑問を投げかけるなど、醜い影響をもたらす可能性がある。報道の自由や独立した司法など、民主政治対英の重要な柱は傷つけられている。

しかし、モディは民主的に勝利した。政治学者のスニル・キルナニは、1997年に出版した著書『インドの思想(The Idea of India)』の中で、当時、建国以来50年の歴史を持つインドを形作ったのは、文化や宗教よりもむしろ民主政治体制であると主張した。キルナニによれば、この思想の第一の体現者はインドの初代首相であり、ケンブリッジ大学出身のジャワハルラール・ネルーである。ネルーは、イスラム教徒の祖国として明確に形成されたパキスタンとは対照的な、リベラルで世俗的な国というヴィジョンに確信を持っていた。モディは多くの点でネルーとは正反対である。下層カーストの中流以下の家庭に生まれたモディ首相は、ヒンドゥー教徒のコミュニティ・オーガナイザーとして国内を何年も旅し、一般庶民の家に寝泊まりして、彼らの不満や願望への理解を深めることから、政治に関する教育を受けた。モディのインド思想は、選挙民主政治体制と福祉優先主義(welfarism)を前提としながらも、ネルーのそれとは大きく異なっている。文化や宗教を国家の中心に据え、ヒンドゥー教を通じて国家・国民であることの意識を定義し、個人の権利や市民的自由を縮小することを意味するとしても、強力な最高責任者がリベラルな指導者よりも望ましいと考えている。この全くの別の選択肢のヴィジョン、すなわち非自由主義的民主政治体制(illiberal democracy)は、モディと彼の率いるインド人民党にとって、自分たちにより大きな勝利をもたらす提案となっている。

ヒンドゥー教徒はインドの人口の80%を占める。インド人民党は、彼らが自分たちの宗教や文化に誇りを感じるように仕向けることで、このインド国民の大多数の支持を追求している。時には、人口の14%を占める2億人のイスラム教徒への憤りを煽動することで、このプロジェクトを助長することもある。インド人民党はまた、ヒンドゥー教徒が歴代の侵略者の大群によって犠牲になったと解釈する歴史も進めようとしている。ヒンドゥー教徒はカーストや言語によって分断されており、一枚岩とは言い難いが、インド人民党が国政選挙で勝利するためには、ヒンドゥー教徒の半分の支持を得るだけで十分なのだ。2014年、インド人民党は国政選挙で31%の得票率を記録し、30年ぶりに単独政党として、議会の過半数の議席を制した。2019年はより成功し、37%の得票率を記録した。

非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはジャワハルラール・ネルーを含む他のインドのこれまでの考えに挑戦している。

インド人民党の成功の少なくとも一部の要因としては、モディの知名度の浸透(name recognition)と選挙戦での精力的なパフォーマンスに起因している。しかし、1人の人物に注目しすぎることは、インドの軌跡を理解することから目を逸らすことになりかねない。モディがここ数世代でインドのどの指導者よりも権力を集中させたとはいえ、彼の中核的な宗教的アジェンダは、インド人民党や、そのイデオロギー的母体である民族義勇団(Rashtriya Swayamsevak SanghRSS、ラシュトリヤ・スワヤムセバク・サング、National Volunteers Organization)、500万人以上の会員を数えるヒンドゥー教社会団体・準軍事組織によって、長い間伝えられてきた。モディは2014年以来、インド人民党にとっての主要な顔であるが、党自体は1980年から現在の形で存在している。(モディの真のイデオロギー的ルーツである民族義勇団はさらに古い。来年には創立100周年を迎える)。インド人民党のヴィジョン、つまりインドについての考え方は、新しいものでもなければ、隠されているものでもない。それは選挙マニフェストに明確に記載されており、モディのセールスマンシップと相まって、投票箱の中でますます成功を収めている。

言い換えると、インドの現在の政治的状況は、一世代に一人の(once-in-a-generation)、不世出な指導者と、説得力のある代替案の少なさという供給と大いに関係があるが、需要の変化とも関係があるかもしれない。インド人民党の政治プロジェクトの成功は、インドがどのような国になりつつあるのかをより明確に示している。インドの人口の半分近くは25歳以下である。こうした若いインド人の多くは、新しい文化的、社会的な国家像を主張しようとしている。非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはネルーを含む他のインドの考え方に挑戦している。このことは、国内政策と外交政策の双方に重大な影響を与える。インドのパートナーやライヴァルとなるべき国々がこのことに早く気づけば、ニューデリーの世界的影響力の増大にうまく対処できるようになるだろう。『モディ以前のインド』の著者であるヴィナイ・シタパティは、「ネルー的なインド国家像思想は死んだ。何かが失われたのは間違いない。しかし、問題は、新しい考えがそもそもインドにとって異質なものであったかどうかである」と述べている。

インド人は、市民社会の健全性を示す重要な指標において、インドが近年どれほど落ち込んでいるかを示す報告に歯がゆさを感じている。しかしながら、こうした評価に異議を唱える価値はある。「国境なき記者団」によると、インドは報道の自由度において、2002年の139カ国中80位から、2023年には180カ国中161位にランクを落とした。世界中の民主政体を測定するフリーダム・ハウスは、2024年の報告書でインドを「部分的に自由(partly free)」としか評価せず、インド統治下のカシミール地方は「自由ではない(not free)」と判定された。過去10年間でインドよりも自由度が低下したのは、ロシアや香港などほんの一握りの国と地域だけである。世界経済フォーラムの2023年グローバル・ジェンダー・ギャップ指数では、インドは146カ国中127位だった。ワールド・ジャスティス・プロジェクトは、法の支配の遵守について、インドを142カ国中79位とし、2015年の59位からランクを下げた。ある法学者が「Scroll.in」で書いているように、司法は「急進的な多数民族決定優先決主義的アジェンダを追求するために、政府が自由に使える巨大な武器を形成している(placed its enormous arsenal at the government’s disposal in pursuit of its radical majoritarian agenda)」。ウェブへのアクセスについても考えてみよう。インドは、過去10年間で、どの国よりもインターネットを遮断しており、イランやミャンマーよりもその程度が高くなっている。

インドを観察している専門家たちが最も心配している社会的指標は、宗教の自由(religious freedom)である。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間のトラブルは今に始まったことではない。しかし、モディの率いるインド人民党は、政権に就いてからの10年間、立法を通じてヒンドゥー第一主義(Hindu-first agenda)のアジェンダを推進することに著しい成功を収めてきた。2019年には、イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方の準自治領の地位を剥奪し、同年末には選挙の年であるにもかかわらず、イスラム教徒が多数を占める近隣3カ国からの非イスラム教徒に市民権を与える移民法を成立させた。この法律は、インドのイスラム教徒が市民権を証明することをより困難にするもので、2020年3月に施行された。この発表のタイミングは、選挙上の利点を強調するものだったと考えられる。

このような立法措置よりも有害なのは、モディ政権の沈黙であり、インドのイスラム教徒にとってますます脅威を感じる状況の中で、しばしば、ヒンドゥー教至上主義への励ましの口笛を吹くことである。かつてネルーが世俗主義を強調したことで、公の場では暗黙のルールが課せられたが、今ではヒンドゥー教徒はイスラム教徒のインドへの忠誠心に比較的平気で疑問を呈することができる。ヒンドゥー至上主義(Hindu supremacy)が基準となり、これに対する批判者たちは「反国家的(anti-national)」の烙印を押される。このヒンドゥー至上主義は、2024年1月22日、モディがインド北部の都市アヨーディヤでヒンドゥー教の神ラムを祀る巨大な寺院を奉献したことで頂点に達した。2億5000万ドルをかけて建設されたこの寺院は、1992年にヒンドゥー教徒の暴徒によって取り壊されたモスクの跡地に建てられた。30年前にこの事件が起きたとき、インド人民党の指導者たちは自分たちが引き起こした暴力に反発した。今日、その恥辱は国家的誇りの表現へと姿を変えた。ボリウッド(Bollywood)のトップスターやこの国のビジネスエリートが集まった聴衆の前で、寺院の開院式で、ヒンドゥー教の僧侶の衣装を身にまとったモディは、「新しい時代の始まりだ(It is the beginning of a new era)」と述べた。

インド人であることの意味に関する、モディのヴィジョンは、少なくとも部分的には世論に表れている。ピュー・リサーチ・センターが、2019年末から2020年初めにかけてインドの宗教に関する大規模な調査を実施したところ、ヒンドゥー教徒の64%がヒンドゥー教徒であることは「真のインド人(truly Indian)」であるために非常に重要だと考えており、59%がヒンディー語を話すことも同様にインド人であることを定義する上で基礎になると答え、84%が宗教は生活において「非常に重要」だと考え、59%が毎日祈りを捧げていることが分かった。シヴ・ナダル・チェンナイ大学で法律と政治を教えているシタパティは、「インド人民党の優勢は主に需要主導型だ。しかし、進歩的な人々はこのことを否定している」と述べている。

シタパティに対しては、「彼の研究がインド人民党と民族義勇団の過激派のルーツを過小評価し、彼らのイメージ回復に役立っている」と主張する左派の批評家たちがいる。しかし、需要と供給の問題については インド人民党の優勢は、国民の多くがヒンディー語を話す北部に限られている。ハイテク企業が栄え、識字率が高く、ほとんどの人がタミル語、テルグ語、マラヤーラム語などの言語を話す裕福な南部では、インド人民党の人気は明らかに低い。南部の指導者たちは、自分たちの税金が北部のヒンディー語地帯に補助金として出されているという憤りを募らせている。この地理的な亀裂は、全国的な区割りが行われる2026年に表面化する可能性がある。野党指導者たちは、インド人民党が議会の選挙区を自分たちに有利なように変更することを恐れている。もしインド人民党が成功すれば、モディが他印した後も、ずっと選挙で勝ち続けることができるだろう。

こうした状況にもかかわらず、シタパティはこの国が民主政治体制であり続けていると主張し、「政治参加(political participation)はかつてないほど高まっている。選挙は自由かつ公正だ。インド人民党は、州選挙で定期的に負ける。あなたの民主政治体制の定義が選挙の神聖さと政策の内容に焦点を当てているのであれば、インドの民主政治体制は繁栄していることになる」と述べた。シタパティは、インド社会では文化は自由主義や個人の権利を中心としていないと語った。モディ首相の台頭はその文脈で見られなければならない。

反対を唱えるようなリベラル派のインド人たちは、表舞台から姿を消しつつある。明らかな例外は、ブッカー賞を受賞した小説家アルンダティ・ロイである。昨年(2023年)9月、スイスのローザンヌでロイは、ファシズムに堕しつつあるインドについて次のように語った。「与党インド人民党のヒンドゥー至上主義のメッセージは、14億人の国民に執拗に流布されている。その結果、選挙は殺人、リンチ、犬笛(dog-whistling)の季節となった。私たちが恐れなければならないのは、もはや指導者たちだけでなく、国民全体なのだ」。

10億人以上のヒンドゥー教徒の動員(mobilization)は、多数派の暴政(tyranny of the majority)の一形態なのだろうか? プリンストン大学で教鞭をとるインドの政治学者プラタップ・バヌ・メータはそうではないと言う。メータは「ヒンドゥー教の民族主義者は、自分たちのプロジェクトは古典的な国家建設プロジェクトだと言うだろう」と述べ、インドは独立国としてまだ若い国であるかを強調した。ポピュリズムもまた、モディ首相の政治を説明するのに満足のいく言葉ではない。彼は控えめな経歴を誇示しているが、決して反エリート主義者ではなく、実際、インドや世界のトップビジネスリーダーにインドへの投資を頻繁に勧めている。エリートたちは、時に、モディ首相の成功に直接資金を提供することもある。2017年の選挙公債規定により、インド人民党への匿名の寄付が6億ドル以上もたらされた。最高裁判所は2024年3月に、この制度を「違憲(unconstitutional)」として廃止したが、今回の選挙で大口献金者の影響を防ぐには判決が遅すぎた可能性が高い。

ニューデリーを拠点とする歴史学者ムクル・ケサヴァンは、インド人民党のアジェンダを多数民族決定優先決主義(majoritarianism)と表現する方がより正確だと主張する。ケサヴァンは、「多数民族決定優先決主義には少数派を動員する必要がある。インドはその先陣を切っている。私たちがやっているようなことをやっているのはインドだけだ。西側諸国がこのことに気づかないことに、私はいつも驚かされる」と述べている。

西側諸国がいつも気づかないのは、モディがアメリカのドナルド・トランプのような強権者とは大きく異なるということだ。トランプが共和党を凌駕するイデオロギーを広めたのに対し、モディはインド人らしさをヒンドゥー教とより密接に同一視するという、民族義勇団の100年来の運動を実現している。世論調査の結果でも選挙の結果でも、この運動が実現する時期が来ていることが明らかになっている。

前述のメータは、「人々は偏狭な考えを持っていない。トレードオフを受け入れることを厭わない」と述べ、たとえそのプロジェクトに不快な要素があったとしても、インド人民党のヒンドゥー国家という前提を受け入れるインド人が増えていることを説明した。「彼らは多数民族決定優先主義的なアジェンダが交渉決裂になるとは考えていない。少なくとも今のところは。重要な問題は、多数民族決定優先決主義がこのトレードオフを国民が受け入れることを困難にするような事態を引き起こしたときに何が起こるかということである。ここでの最大のリスクは、インドの歴史に刻まれたような、共同体による暴力が急増する可能性にある。例えば2002年、西部のグジャラート州ゴードラで、アヨーディヤから戻る列車が炎上し、58人のヒンドゥー教徒巡礼者が死亡した。当時のグジャラート州首相であったモディは、この事件をテロ行為であると宣言した。イスラム教徒が火事の犯人だという噂が流れた後、暴徒が3日間にわたって州内で暴力を振るい、1000人以上が死亡した。死者の圧倒的多数はイスラム教徒だった。モディはいかなる関与でも、有罪判決を受けたことはないが、この悲劇はモディにとって不利にも有利にも作用した。リベラルなインド人たちは、モディが暴力を止めるためにそれ以上のことをしなかったことに怯えたが、相当数のヒンドゥー教徒にとっては、モディは自分たちを守るためには手段を選ばないというメッセージになった。

それから22年後、モディはグジャラートよりもはるかに多様な国民を対象とする主流派の指導者となっている。かつて暴動は彼の経歴の中で大きな位置を占めていたが、今やインド人は、暴動を世間の注目を浴びる複雑なキャリアのほんの一部としか見ていない。共同体による暴力が再び大量に発生した場合にインド人がどのような反応を示すか、また市民社会が国民の最悪の行き過ぎを抑制する力を保持しているかどうかは未知数である。楽観主義者たちは、インドが厳しい局面を乗り越えて強くなってきたことを指摘するだろう。1975年にインディラ・ガンディー首相が非常事態を宣言し、政令による支配を許可したとき、有権者は最初のチャンスで彼女を政権から追い出した。しかし、モディは国をより強く掌握し、投票箱で勝利しながら権力を拡大し続けている。

市民たちが世俗主義や自由主義の理想だけでは生きていけないように、ナショナリズムや多数民族決定優先決主義も同じだ。最終的には、国家が成果を出さなければならない。この点で、モディの記録は複雑だ。「モディは日本をモデルとしている。文化的な意味での西洋ではなく、工業的な意味での近代的なモデルとして見ている。彼はヒンドゥー教復興主義(Hindu revivalism)と工業化(industrialization)を混合させたイデオロギー的プロジェクトを実現した。

インドはモディ首相の下、国家建設(state-building)という巨大な国家プロジェクトに取り組んでいる。2014年以降、交通インフラへの支出は対GDP比で3倍以上に増加している。インドは現在、年間6000マイル以上の高速道路を建設しており、2014年以降、農村部の道路網の距離は倍増している。2022年、ニューデリーは活況を呈している航空市場を利用し、経営難に陥っていた国営航空会社エア・インディアを民営化した。インドには現在、10年前の2倍の空港があり、国内線の利用客は2億人を超えて、2倍以上に増えている。中間層の消費支出も増えている。都市部における一人当たりの消費支出は、過去10年間で月平均146%増加した。一方、インドは悪名高い官僚主義的なハードルを取り払い、産業界にとって使いやすい国になりつつある。世界銀行が毎年発表している、「ドゥーイング・ビジネス・レポート」によると、インドは2014年の134位から2020年には63位に上昇している。投資家たちは強気のようだ。インドの主要株価指数であるBSE Sensexは、過去10年間で250%上昇した。

強権的な実力者という存在は、通常、女性よりも男性の間で人気がある。したがって、インド人民党が2019年の国政選挙で記録的な女性票を獲得し、有権者の参加と女性の投票が増加し続けているため、2024年にも再び女性票を獲得すると予測されているのは奇妙な矛盾である。モディ首相は、家庭生活を楽にするサーヴィスを巧みに展開することで女性有権者をターゲットにしてきた。例えば、地方での水道へのアクセス率は、2019年のわずか16.8%から75%以上に上昇した。モディ首相は、1億1千万個以上のトイレを建設するキャンペーンの後、2019年にインドでは屋外排泄(open defecation)が根絶されたと宣言した。また、国際エネルギー機関(International Energy Agency)によると、インドの送電線の45%が過去10年間に設置されたということだ。

私が2018年に出版した『インディア・コネクティッド(India Connected)』で書いたように、この国で最も大きな変革をもたらしているのは、インターネットの普及である。100年以上前に自動車が発明され、それに伴って州間高速道路や郊外住宅地が形成され、現代アメリカが形成されたように、安価なスマートフォンによって、インド人は急成長するデジタル・エコシステム(digital ecosystem)に参加できるようになった。スマートフォンとインターネットのブームとはあまり関係がなかったが、政府はそれを利用した。政府が運営する即時決済システム(government-run instant payment system)であるインドのユニファイド・ペイメント・インターフェイス(Unified Payments Interface)は、今や国内の現金以外の小売取引の4分の3を占めている。デジタル・バンキングと新しい国民生体認証システム(national biometric identification)の助けを借りて、ニューデリーは補助金を国民に直接送金することで汚職を回避し、何十億ドルもの無駄を省いている。

民間部門は、インドの新しいデジタル経済と物理的経済に進んで参加してきた。しかし、本号(42ページ)で2人の一流エコノミストが述べているように、民間部門は更なる投資に対して奇妙な警戒心を抱いている。例えば、モディはインドの2人の大富豪、ムケシュ・アンバニとゴータム・アダニ(ともに出身はグジャラート州)と癒着しすぎていると見られている。ニューデリーの遡及課税(retroactive taxation)と保護主義の歴史が、せっかくの企業計画を台無しにしてしまうのではないかという懸念が渦巻いている。

モディ首相は強大な権力を掌握しているため、失策をするとその影響は大規模になりがちだ。2016年、モディは突然、法定通貨としての高額紙幣を回収し、通貨廃止(demonetization)のプロセスを発表した。この動きは、多額の非課税所得を持つ人々を排除することで汚職を減らそうとしたものであったが、実際にはインドの成長を2%近く引き下げる大失敗だった。同様に、2020年に新型コロナウイルス感染症の発症にパニックに陥り、モディ首相は突然の国家封鎖(national lockdown)を発表し、その結果何百万人もの出稼ぎ労働者が急いで帰国することになり、ウイルスが蔓延する可能性が高まった。 1年後、新型コロナウイルス感染症のデルタ変種が国内に蔓延し、数え切れないほどのインド人が死亡したとき、ニューデリーはほとんど傍観していた。あの時、国家が国民を失望させたという事実は、どんなにナショナリズムやプライドでも覆い隠すことはできなかった。

朗報に飢えた国民を抱えるインドは今、最高の外交政策取引を利用しようとしている。移り変わる世界秩序の中で、方法はいくらでもある。アメリカの力は相対的に低下し、中国は台頭し、いわゆるミドルパワー諸国(middle powers)と呼ばれる国々がその地位を高めようとしている。モディは、より力強く、たくましく、誇り高き国家像を打ち出しており、インド人はその自画像に夢中になっている。

昨年(2023年)9月、カナダのジャスティン・トルドー首相が、ブリティッシュコロンビア州でインド政府の諜報員がシーク教徒のコミュニティリーダーの殺害を画策したという「信頼できる疑惑(credible allegations)」をオタワが調査中であると発表した。ニューデリーはトルドーの告発を「馬鹿げている(absurd)」と真っ向から否定した。殺害されたハルディープ・シン・ニジャールは、彼の出身地であるインド北西部のパンジャーブ州を領土とする、カリスタン(Khalistan)と呼ばれる国家の樹立を目指していた。2020年、ニューデリーはニジャールをテロリストと宣告した。

トルドー首相がカナダ国内で起きた殺人事件を公にインドを非難することは、モディにとって大恥をかくことになりかねなかった。しかしながら、この事件はモディの支持者を活気づかせた。国民的なムードは、ニューデリーはやっていないという、政府の公式見解に同意しているように見えたが、そこには重要な背景があった。それは、「もしやったのなら、正しいことをしたのだ」ということだ。

シタパティは、「それは、『私たちはやっとここまで来た。これで白人と対等に話ができる』という考えだ」。作家で国会議員のシャシ・タローが指摘したように、「略奪(loot)」という言葉さえヒンディー語から盗用されたものなのだ。インド人民党の国家建設プロジェクトは、ヒンドゥー教徒を何世紀にもわたる、過ちの犠牲者でありながら、いまや真の地位を主張するために目覚めた者として描くことで、しばしば自尊心を取り戻そうとしている。だからこそ、2024年1月22日のラム寺院の開院式は、ヒンドゥー教徒の間に、かつて自分たちが享受していた優位性を正当に主張しているという感覚を蘇らせることになった。

ステージは派手であればあるほど良い。インドは2023年の間、他のほとんどの国がおざなりにしている、輪番の議長国としてG20首脳会談の主催で力を誇示した。モディ首相にとって、それはマーケティングマシーンとなり、ニューデリーのホスト役としての誇りを宣伝する巨大な看板が設置された(常に首相の肖像画と並んで設置されていた)。2023年 9月にサミットが始まると、テレビ局は律儀に主要部分を生中継し、モディ首相が一連の世界のトップ指導者たちを歓迎する様子を放映した。

その数週間前、インド人は別の祝賀の瞬間に団結した。インドが2台のロボットを月面に着陸させ、月面に着陸した4番目の国となり、月の南極に到達した最初の国となった。テレビ局が着陸の生中継を流すなか、モディ首相は着陸の重要な瞬間にミッション・コントロールを行い、彼の顔が着陸の様子と分割された画面に映し出された。このような自己宣伝は派手に見えるかもしれないが、集団的な達成感や国民的アイデンティティにつながるものだ。

また、ウクライナ侵攻後にロシアへの制裁を求める西側諸国を嘲笑っている、モスクワに対するニューデリーの姿勢も人気がある。2022年以前、ロシアがインドに輸出していた原油は全体の1%にも満たなかったが、現在は半分以上をインドに供給している。中国とインドは合わせてロシアの海上輸出原油の80%を購入しており、西側諸国が課した価格制限のために、市場価格よりも安い価格で購入している。インド人もグローバル・サウスの多くの人々と同様、西側諸国が世界情勢に二重基準(double standards)を適用していると広く認識するようになったこともあり、道徳に対する配慮はほとんどない。その結果、道徳的な基準がないのだ。インドにとって、有利な石油取引はまさにそれである。インドとロシアは歴史的な友好関係を共有しており、双方はその継続を望んでいる。

ニューデリーが外交政策で自己主張を強めているのは、他国からより必要とされているという認識からきている。同盟諸国はこの新たな動きを認識しているようだ。アメリカにとっては、台湾海峡における中国との潜在的な争いでインドが助けに来なかったとしても、ニューデリーが北京に接近するのを防ぐだけでも、地政学的な勝利となり、他の意見の相違を覆すことになる。他国にとっては、成長するインド市場へのアクセスが最も重要である。インド人民党がイスラム教徒を敵視しているにもかかわらず、モディはペルシャ湾諸国を訪問するとレッドカーペットを敷かれての式典が行われる歓迎(red-carpet welcome)を受ける。

インドが自国の戦略的利益を把握し、その選択を明確にすることに自信を持っていることは、自国をどう見るかという広範な変化と一体のものである。モディとインド人民党は、西洋式のリベラリズムを犠牲にして自国の利益を追求することを美徳とするインドの国家像を推進することに成功している。若者の経済的願望と、相互の結びつきが強まる世界におけるアイデンティティへの欲求に訴えることで、インド人民党は一世代前には想像もできなかったような宗教的・文化的アジェンダを推進する余地を見出した。このヴィジョンは純粋なトップダウンではありえない。将来的には、インドをめぐる様々な構想が更に競われることになるだろう。しかし、モディのインド人民党が投票箱で勝ち続ければ、歴史はこの国のリベラルな実験が中断されただけでなく、異常であったことを示すかもしれない。

※ラヴィ・アグラワル:『フォーリン・ポリシー』誌編集長。ツイッターアカウント:@RaviReports
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生の書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界で核兵器を持つ国々としては、国連安全保障理事会常任理事国(アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア)、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮となっている。アメリカが開発し、ソ連が追い付き、英仏、そして中国が開発していった。そして、他の国々に拡散していった。冷戦下の米ソは、核兵器の管理とそれ以上の拡散を防ぐために、核不拡散条約を締結し、世界各国にも批准を求めた。しかし、その後も核兵器所有を望む国々はあり、実際に核兵器所有に到る国々も出てきた(南アフリカは計画を断念した)。その後、米ソ間で、核兵器削減が始まり(両国が持つ核兵器の数は他国を大きく凌駕する)、核兵器の不拡散(non-proliferation)から軍備管理(arms control)へと進む中で、米中露の間での軍備管理は難しくなっている。

 「核兵器を持てば他国からの攻撃を受けなくなる」という核抑止力思想は、冷戦期には有効であっただろうが、現在はその有効性は疑問視されている。核兵器を先制攻撃用の武器として使うことは、世界各国の非難を浴び、国家として存続できない状態になり、自国の崩壊を意味する。自国の防衛のために持った核兵器が自国の崩壊を招いてしまっては本末転倒だからだ。アメリカは報復兵器として核兵器を保有しており、アメリカに向けて核兵器を使った国を消滅させるだけの核兵器を持つということになっている。

しかし、アメリカは核兵器を自国に打たれない限り、報復手段として核兵器を使用できない。そうなれば、困った問題も出てくる。特に、国土を持たないテロリスト組織に対しては核兵器を使用できない。そうなると、核兵器を持っていても、自国への攻撃を防ぐことはできないということになる。国家間戦争では事情は異なるが、テロ組織との非対称的な戦争では、核兵器を持っても何の効果もない。また、通常兵器で攻撃された場合には、通常兵器で報復するということになる。アメリカの軍事力を考えれば、通常兵器だけでも、ほとんどの国を消滅させることが可能であるが、ブッシュ政権以降の、イラクとアフガニスタンの泥沼化を見てみると、アメリカの軍事力が有効性を持つということについては疑問符がつく。

 アメリカでは歴代政権がアメリカの「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」を行う。バイデン政権でもNPRは行われており、削減よりも核抑止力の維持を基本線としている。中国の台頭とロシアの脅威を受けて、削減傾向からの転換を図っている。しかし、核兵器を持っていることがどれほどの効果を持つのかということについて、その前提を疑うということはしていないようだ。米中露が直接的に核兵器を撃ち合う状況にならないように、管理することが基本線であるが、核兵器の抑止力に今も頼ろうと考えているようだ。

 インドとパキスタン、イスラエルとイラン(核開発進行中)といった敵対国同士が核兵器を撃ち合うという可能性についても私たちは考えておかねばならない。しかし、核兵器は使用にかなりの高いハードルがあり、「伝家の宝刀」「最終秘密兵器」ということになる。結局、使えない、持っているだけということであるならば、今からおっとり刀で、日本でも核兵器保有を行おうと考えることは愚の骨頂だ。

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バイデンの核戦略は危険な世界と共存するための戦略である(Biden’s Nuclear Strategy Is About Living With a Dangerous World

-「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review)」から5つの教訓が得られる。

マシュー・ハリス筆

2022年11月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/11/15/biden-nuclear-posture-review-deterrence-russia-china/

先月、新たな「国防戦略(National Defense Strategy)」の一環として、またロシアがウクライナで核の威嚇を続ける中、バイデン政権は「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」の公開文書を発表した。何故核兵器を保有するのか、いつ、どのように使用を検討するのか、今後どのような核兵器が必要なのか、といった方針を示すもので、ビル・クリントン大統領以降の各米大統領は1期目の早い段階で、核態勢の見直しを実施してきた。しかし、ウクライナで敗走するロシアが核兵器を振り回し、中国との緊張が高まる中、アメリカの立ち位置には注意を払う価値がある。25ページに及ぶ「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」から、5つのポイントを挙げる。

(1)中国も核兵器による威圧を試みる可能性がある(China could try nuclear coercion, too

戦略に関する見直しは、しばしば「最後の戦争を戦う(fighting the last war)」と非難される。バイデンによる「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、現在の戦争と戦うことに大きな焦点を合わせている。ロシアは核兵器のレトリックを使って、ウクライナと西側諸国に戦争目的を縮小するよう説得しようとしている。そして、ロシアが自分たちにとっての有利な条件で戦争を終わらせるために少数の核兵器を使用するかもしれないという懸念が、この「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」に大きく関わっている。ロシアの指導者たちは、核兵器を「近隣諸国に対する不当な侵略を行うための盾(shield behind which to wage unjustified aggression against their neighbors)」と考えており、「地域紛争におけるロシアの限定的核使用の阻止は、アメリカとNATOの高い優先事項である(deterring Russian limited nuclear use in a regional conflict is a high U.S. and NATO priority)」と報告書は述べている。

最近の米国家安全保障戦略は、ウクライナにおけるロシアの通常兵器の災禍が、将来的に核兵器への依存を強めることになるため、この問題が更に悪化する可能性が高いことを示唆している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、中国がアジアで同様の戦略を採用する可能性を指摘している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」によれば、中国の驚くべき核兵器増強は、核兵器による強制や限定的な先制使用など、地域の危機や戦争における選択肢を増やすことになるという。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」が中国の将来の核兵器を「多様(diversity)」であり、「高度な生存性、信頼性、有効性(high degree of survivability, reliability, and effectiveness)」を持つと表現している点は、核兵器で先制攻撃された場合に大規模な報復を行えることに重点を置いてきた中国の歴史的に初歩的な態勢とは大きく異なる。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」自体には、これ以上具体的なことは書いていない。しかし、中国の目標は、アメリカとの本格的な核戦争にまでエスカレートすることなく、この地域での通常型紛争に勝利するために、低程度・短距離のシステムで限定的な核攻撃を用いると威嚇したり、実際に実行したりできるようにすることだという憶測に信憑性を与えている。

ワシントンは、核兵器による強制、あるいは限定的な使用が勝利の戦略であるという考えを打ち砕くことに明確な関心を持っている。これは、核のリスクそのものだけでなく、アメリカ軍の行動の自由に関するものである。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、「限定的な核兵器使用を抑止する能力は、非核兵器の通常兵器による侵略を抑止する鍵である」と述べている。敵対国が、核兵器によるエスカレーションで脅せば思い通りになると知れば、「我が国の指導者たちが、重要な国家安全保障上の利益を守るために通常の軍事力を行使するという決断を下すことはより難しくなり、その決断を下すことははるかに危険になる」と「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は述べている。

こうした懸念からは2つの現実的な意味が読み取れる。まず、広範な『国家防衛戦略(National Defense Strategy)』の他の施策と同様に、この見直しでは、限定的な核攻撃に対する回復力を高めるよう求めている。これには、通常兵器システムの防護強化、アメリカ軍と同盟諸国の軍隊の防護装備、通常戦に使用される宇宙システムの「任務保証の強化(enhanced mission assurance)」などが含まれる。その論理は、アメリカの同盟諸国が限定的な核兵器使用後も戦い続けられることを敵対国が知れば、核兵器使用は戦争を終わらせるクーデターとしての魅力を失うというものである。しかし、それは次の点を示唆している。

(2)核兵器削減は限定的であり、新兵器も準備中である(Nuclear cuts will be limited, and new weapons are in the pipeline

バイデン政権は、限定的な核兵器使用を抑止するには、比較的限定的な核攻撃で報復を脅かすことができる必要があると考えている。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、この目的のために航空爆弾と巡航ミサイルを保持しているだけでなく、潜水艦発射弾道ミサイル用のW76弾頭タイプの低出力ヴァージョンであるW76-2弾頭も保持している。バイデンは大統領候補として、トランプ政権時代に開発されたW76-2を「悪いアイデア(bad idea)」と呼んだ。しかし、「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、「W76-2は現在、限定的な核使用を抑止するための重要な手段を提供している」と率直に述べ、ロシアと中国に対する抑止力の一環としてそれを挙げている。

トランプ政権はまた、核兵器を搭載した海上発射巡航ミサイル(sea-launched cruise missileSLCM-N)を提案し、計画を開始していた。バイデン政権の「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」によれば、この兵器は、W76-2の追加により、アメリカには限定的な核戦争を遂行するための十分な選択肢があることを根拠に削減されるということだ。連邦議会の共和党所属議員と一部の民主党所属議員は別の考えを持っている。連邦上下両院の軍事委員会は、来年の国防権限法案(draft defense authorization bill)にSLCM-Nを再び盛り込むべく奮闘している。連邦議会がバイデン政権に研究開発費の支払いを継続するよう強制する可能性は十分にあり、共和党はバイデン政権の任期切れを待って、共和党側から出た大統領の就任によって、SLCM-Nを手に入れることを期待していると指摘している。SLCM-Nは、米戦略軍司令官の声高な支持を受けている。同様の力関係が、バイデン政権が退役を決定し、連邦議会がまだ維持しようとしている可能性がある高出力重力爆弾であるB83-1に関しても働いている。

一方、バイデン政権が新世代の大陸間弾道ミサイルを製造せず、代わりにミニットマンIIIMinuteman III)を延命させるのではないかという一部の擁護者たちの期待は完全に裏切られた。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、そのような決定は「リスクとコストを増大させる(increase risk and cost)」と断言し、後継のセンチネルミサイルに全面的なゴーサインを出した。イギリスが自国の後継核弾頭の基礎としているW93/Mk7核弾頭も、続行される。アメリカの核弾頭製造コンプレックスは、過去数十年の「部分的改修(partial refurbishment)」戦略から脱却し、ゼロから新兵器を製造するための態勢を再び整えることになる。

(3)核抑止力と非核抑止力の統合は、依然として目標である(Integrating nuclear and nonnuclear deterrence is still a goal

「核態勢の見直し(NPR)」の中核をなす国家防衛戦略は、「統合抑止(integrated deterrence)」という考えを大々的に打ち出している。バイデン政権によれば、これは「戦闘領域、戦域、紛争範囲、米国のあらゆる国力手段、同盟とパートナーシップのネットワークをシームレスに連携する(working seamlessly across warfighting domains, theaters, the spectrum of conflict, all instruments of U.S. national power, and our network of Alliances and partnerships)」ことを意味する。従来の軍事領域では、この概念が有用かどうかについて活発な議論が行われている。そのリスクには、抑止の概念を拡大し過ぎたり、各軍が既にやりたいと考えていることを「統合抑止」として再ブランド化することを奨励したりすることだけでなく、実際に変化を導くことに失敗したりすることが含まれる。

戦略の領域では、統合には明確で具体的な意味があり、その中には物議を醸すものもある。 「核態勢の見直し(NPR)」は、どの非核兵器が抑止態勢において核兵器を「補完(complement)」できるかを評価し、「これらの能力を作戦計画に適切に組み込む(integrate these capabilities into operational plans, as appropriate)」と約束している。国家防衛戦略は、アメリカがロシア国境にある同盟諸国やパートナーが「コストの賦課を可能にする対応オプション(response options that enable cost imposition)」を開発するのを支援すると述べているのは的を射たものである。つまり、アメリカは同盟諸国の防衛を強化するだけでなく、同盟諸国がロシアの侵略を積極的に懲罰する準備を支援するだろう。バイデンの「核態勢の見直し(NPR)」はまた、核と非核の計画と演習の「より適切な同期(better synchronizing)」の必要性を強調することで、トランプ大統領時代の見直しの重要な特徴を基礎にしている。限定的核攻撃(limited nuclear attacks)に対する回復力を強化するという決定と、限定的核使用の抑止が通常戦争の抑止の一部であるという主張に加えて、今回のバイデン政権での「核態勢の見直し(NPR)」は、核と非核の政策と計画の間に明確な防火帯を避けることで、前任者の道を踏襲している。

(4)中国の核兵器増強は厳しい変化を意味するかもしれない(China’s buildup might mean tough changes

ロシアが数千の核兵器を保有しているのに対し、中国の核兵器は現在数百に過ぎないという事実は、中国が「アメリカの防衛計画における全体的なペース配分の課題」である国家防衛戦略と、ロシアがアメリカ本土に対する唯一の存立的脅威であり続けるとされるNPRとの間で、焦点の必要な非対称性をもたらしている。しかし、この見直しは、大きく変化しつつある世界を正しく指摘している。中国は「核戦力の野心的な拡大、近代化、多様化に着手し、初期の核三極体制を確立した(embarked on an ambitious expansion, modernization, and diversification of its nuclear forces and established a nascent nuclear triad)」国であり、「我が国の核抑止力を評価する上で、ますます重要な要素となっている(growing factor in evaluating our nuclear deterrent)」と「核態勢の見直し(NPR)」は指摘している。

この変化の意味は斜めに表現されている。「核態勢の見直し(NPR)」では、「安全保障環境が進化するにつれて、米国の戦略と兵力態勢を変更することが、ロシアと中国の両国の抑止、保証、雇用の目標を達成する能力を維持するために必要になる可能性がある(as the security environment evolves, changes in U.S. strategy and force posture may be required to sustain the ability to achieve deterrence, assurance, and employment objectives for both Russia and [China])」と述べている。しかし、この答えに踊らされている疑問を解くのにそれほど解読は必要ない。中国がロシアの核保有国に加わった場合、アメリカは更に核兵器を必要とするのだろうか?

ロシアのウクライナ戦争と、中国がアメリカと同格の核兵器保有国の地位(nuclear peer status)に達するまでにはまだ長い距離があることを考慮すると、この議論はまだアメリカの公的領域に本格的に現れていない。しかし、誤解しないで欲しいのだが、それは現実のものであり、最初の警告射撃はすでにいくつか行われている。例えば、ジョージ・W・ブッシュ政権下の高名な元高官2人は2022年9月、連邦上院軍事委員会で次のように指摘した。他の核兵器保有諸国は、先制攻撃を吸収し、侵略者に報復すると同時に、他の近隣諸国を阻止するのに十分な兵力を予備として保持するために、将来的には、新STARTで現在許可されているよりも多くの弾頭の配備が必要となる可能性がある。将来、ロシアと米国の間に残された最後の核軍備管理条約である「新START」で現在許可されているよりも多くの弾頭の配備を必要とする可能性がある。

アメリカの核兵器計画に質的な変化がない場合、そしてアメリカが、核兵器で対抗する2カ国の同時先制攻撃を吸収し、なおかつその2カ国の標的を現在と同等に攻撃できるようにしなければならないと考えている場合、この論理は成り立つ。アメリカがロシアと中国の核兵器保有量に追いつくためには、より多くの核兵器が必要になる。しかし、それは物理的にも財政的にも不可能かもしれないし、ロシアや中国の反応や世界の核不拡散規範への影響という点で、受け入れがたい政治的・戦略的結果をもたらすかもしれない。バイデン政権のNPRはこの疑問に答えられなかったかもしれないが、次のNPRはおそらく答えなければならないだろう。

(5)抑止力は削減よりも優先される(Deterrence is placed over reduction

クリントン以降の全ての大統領が、戦力と政策の変更を行う手段として、アメリカの核態勢の見直しを命じてきた。しかし、大きな変化はなかなか起きていない。バラク・オバマは、アメリカの同盟諸国がこのニューズをどう受け止めるかという懸念から、彼が望んだよりも野心的でない軍縮策を受け入れるよう説得され、アメリカ連邦上院が新STARTを批准した代償として、アメリカの核兵器インフラに彼が望んだ以上の支出を強いられた。ブッシュは、新たな抑止コンセプト[deterrence concept](いわゆる新トライアド[new triad])と新しい核兵器(強力地中貫通型核兵器[Robust Nuclear Earth Penetrator]と信頼性の高い代替弾頭[Reliable Replacement Warhead ])に関する挑発的なアイデアを持っていた。連邦議会は両方の新兵器を否決し、新抑止コンセプトは定着しなかった。

バイデンは40年以上にわたって核戦略に関する議論に熱心に参加し、一貫して軍備管理(arms control)を主張してきた。昨年(2021年)3月に発表された、バイデンの暫定戦略指針は、「わが国の安全保障における核兵器の役割を減らすための措置を講じる(take steps to reduce the role of nuclear weapons in our national security)」という指示から始まった。それは実現していない。ロシアのウクライナ侵攻以前から、核兵器の「唯一の目的(sole purpose)」は他国による核兵器の使用を抑止することであるとアメリカが言うべきだという重要な提案は失敗に終わっていた。これはバイデンが副大統領として提唱していたものであり、バイデンは国内の反対派から、「この政策は弱さを露呈している」、もしくは「核兵器の先制使用はしないと約束したに等しい、政治的な妥協に過ぎる」といった批判を受けることは避けられないと覚悟していたに違いない。しかし、アメリカの同盟諸国は、バイデン政権に対して、「唯一の目的(sole purpose)」と言えば、ロシア、中国、北朝鮮がアメリカの核兵器をあまり心配しなくなり、アメリカの「核の傘(U.S. nuclear umbrella)」の抑止効果が損なわれ、核兵器開発の意思と能力を持つ国々(the nuclear threshold)の間で、侵略を助長することになりかねないと伝えた。

トランプ政権時代に傷ついた同盟諸国との関係を揺るがしたくないと決意した政権にとって、これは殺し文句(killer argument)となった。昨年(2021年)の今頃には、「唯一の目的(sole purpose)」が事実上消滅したことは既に明らかだった。核態勢の見直し(NPR)は、「核兵器の基本的な役割は、アメリカ、同盟諸国、パートナーに対する核攻撃を抑止すること(fundamental role of nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States, our Allies, and partners)」というオバマ政権時代の公式見解を繰り返し、「核兵器は、核攻撃だけでなく、狭い範囲の他の高い影響力を持つ戦略レヴェルの攻撃を抑止するためにも必要だ(nuclear weapons are required to deter not only nuclear attack, but also a narrow range of other high consequence, strategic-level attacks)」と説明している。

このように宣言的な政策が後退し、通常兵器と核兵器の統合(conventional-nuclear integration)が重視され、限定的な核オプションの必要性が主張され(そして核戦争が「限定的(limited)」にとどまる可能性があるという前提を暗に容認している)、トランプ大統領の核兵器ポートフォリオにおけるいくつかの能力を除く、全てのの能力が維持されていることから、核兵器の役割を減らすことよりも抑止力を強化することに価値を置く見直しが行われている。

この見直しは、アメリカがこれから迎える核の10年がもたらすリスクについて、バイデン政権の少なくとも一部が真剣に考えていることを示している。それは、抑止戦略(deterrence strategy)を設計する際に守るであろう危機安定のための原則と、(アメリカとその反対国の両方による)誤った認識を回避するためのメカニズムを特定しており、核兵器の無許可発射に対する予防措置についてある程度詳細に踏み込んでいる。新STARTの後継を求め、中国との対話の優先事項を示している。しかし、アメリカは「軍備管理、核不拡散、リスク削減に改めて重点を置いている(placing renewed emphasis on arms control, nuclear nonproliferation, and risk reduction)」という「核態勢の見直し(NPR)」の主張は空虚に聞こえる。トランプ政権と比較すると、確かに改めて強調されているが、それはハードルが低いままである。

これは全て正当化できる。「核態勢の見直し(NPR)」はしっかりとした主張を行っている。戦争が起こり、継続中だ。戦争を始めた張本人は、ロシアの核兵器を誇示してアメリカ人やヨーロッパ人を威嚇しようとしている。ヨーロッパとアジアの同盟諸国を念頭に置くアメリカは、弱さを示すメッセージを送ることを懸念しただろう。そして、好むと好まざるとにかかわらず、世界的な傾向として、核兵器の重要性は低下するどころか高まっている。

バイデン政権は、核の世界を変えるために一方的なリスクを冒すのではなく、来るべき核の世界で、可能な限り生き残ることを決断した。この決断は、政府外にいる、軍備管理擁護を主張する人々(arms control advocates)を失望させ、おそらく政府内部にも失望している人々がいるだろう。いつの日か、将来の「核態勢の見直し(NPR)」は、核抑止力に依存することの長期的なリスクが大きすぎると大統領が判断し、アメリカの核兵器の役割を抜本的に縮小することが、政治的コストと敵対勢力が優位に立つ危険性の両方に見合うと決断する瞬間を示すかもしれない。しかし、今回の見直しはそうではない。

※マシュー・ハリス:ロンドンに本部を置くロイヤル・ユナイテッド・サーヴィシズ研究所核拡散・核政策部門部長。

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。西側諸国が600年間も握り続けた世界覇権が西側以外の国々に移動しつつある現在を詳しく分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 西側先進諸国の政治家たちの支持率が軒並み20%台、30%台であり、40%もあれば立派なものという状況になっている。不支持率は50%、60%を超えており、単純に言えば、有権者の過半数が支持していないということになる。これに対して、アジア諸国の、民主的な選挙で選ばれた国々の指導者たちの支持率は高いということを西側のメディアも注目している。
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 その理由は極めて単純だ。新興諸国は、国力が伸び、経済状況が改善される中で、国民にどのように還元するか、再分配するかということに集中すれば済む。日本でも高度経済成長期は、国土の発展と国民生活の向上のための再分配に集中していればよかった。公害問題などもあったが、基本的には伸びゆく日本ということで、ある程度の大盤振る舞いができた。しかし、高度経済成長が終わり、低成長、ゼロ成長の時代には大盤振る舞いどころではなくなった。また、少子高齢化など社会の構造を根本から揺さぶる問題もあり、政治家たちにしてもどう対処したらよいのか、アイディアもないという状況だ。先進諸国はどこもそうだ。結果として、国民には不満が募り、政治家たちは非難され、支持率は低下する。
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フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領(フィリピン)
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ナレンドラ・モディ首相(インド)

 しかし、逆に言えば、国民のニーズをつかみ、国民生活の向上ということをやれば、世界共通で支持率が上がるということになる。日本を含む先進諸国ではそれができていないということになる。

 私が注目してきたインドネシアの大統領選挙は、大統領候補プラボウォ・スビアントと副大統領候補ギブラン・ラカブミン・ラカ(ジョコ・ウィドド大統領の長男)のコンビが58%の得票率で、三つ巴の選挙戦を制した。ジョコ・ウィドド大統領が実質的に支持してきたことで、このコンビの大統領選挙での勝利は確実視されていたが、三つ巴の戦いということで、1回目の投票で過半数を得られないので、2回目の決選投票が行われると予想されていた。しかし、結果は1回目の投票で過半数を得る圧勝だった。それだけ、ジョコ大統領の人気が高いということになる。プラボウォは過去にジョコ大統領と選挙で争った間柄であったが、ジョコ大統領の路線を引き継ぐということで、彼の後継者となった。プラヴウォの次は、ジョコ大統領の長男ギブランになる可能性が高い。これから「院政」を敷くであろうジョコ大統領に鍛えられていくだろう。
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プラヴウォ(左)とギブラン(右)

 先進諸国のリーダーと言うのは大変なことであり、支持率が上がらないのは仕方がないことだろう。しかし、国民生活の改善、向上を行えば、支持率は上がる。そのような当たり前のことができないほどに先進諸国の置かれている状況は悪化しているということも言えるだろう。

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アジアの民主的に選ばれた指導者たちはどうしてこうも人気なのか?(Why Are Asia’s Democratic Leaders So Popular?

-西側諸国の政治家たちに比べて、アジア諸国の政治家たちは正しいことをしている。

ジェイムズ・クラブトゥリー筆

2024年2月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/22/asia-democracy-politics-election-modi-prabowo-marcos-india-indonesia-philippines/

プラヴウォ・スビアントが三つ巴の厳しい選挙戦の末、インドネシア大統領選挙で圧勝した。2024年2月14日の選挙戦に関する各種世論調査の結果では、プラヴウォの勝利が確実視されていたが、専門家の多くは、1回目の投票で過半数を獲得する候補者が現れず、2回目の決選投票になるだろうと予測していた。しかし、プラヴウォ国防相は58%の得票率で記録し、予想外の大勝利を収めた。

プラヴウォの勝利には多くの原因が存在した。しかし結果が示しているのは、「アジアの新興市場民主政体国家の多くで政治指導者が驚くべき人気を得ている」という、より広範な流れを示している。豊かな西側諸国の政府首脳たちは、ほぼ例外なく、国民から非難され、多くの議会では、衰退しつつある諸政党が、連立与党を形成することさえ難しくなっている。

対照的にインドネシアでは、80%の支持率を記録して、任期を終えたジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコウィ)の後任として、プラヴウォが大統領に就任する。フィリピンでは、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領が、前任のロドリゴ・ドゥテルテ大統領と同様に好感を持たれている。そして、4月に始まるインドの選挙では、ナレンドラ・モディ首相が3回連続の圧勝を収めることがほぼ確実視されている。

このように人気の高い指導者たちにポピュリストというレッテルを貼りたいのはやまやまだ。そして、ドゥテルテのようにその言葉に当てはまる人物もいる。パキスタンの元首相イムラン・カーンもそうだ。彼の激しい反体制的なレトリックは、パキスタンの最近の世論調査で彼の政党に関連する無党派層を予想外の成功に導いた。しかし、多くの政治家たちはそうではない。プラヴウォの選挙運動では、多くの仕掛けが施されたが、一般的にポピュリストの選挙運動で見られるような、エリートへの攻撃はほとんどなかった。ジョコウィは、開発、インフラ、社会サービスに重点を置き、クリーンな統治を評価され、インドネシアの有権者から賞賛されている。彼はまた慎重な政治家でもある。

それぞれの指導者が、それぞれの国が置かれている状況の産物であることも明らかだ。プラヴウォの勝利の規模は、ジョコウィ自身の支持によるところもあるが、それはプラヴウォがジョコウィの息子を伴走者に選んだというエリートの策略に従ったものだ。フィリピンでは、有権者はマルコスの冷静な統治スタイルに好感を抱いている。インドでは、モディの人気はその宗教的ナショナリストとしての魅力に起因しており、この要素がジョコウィと世界の主要民主政体国家で、最も人気のある指導者の座を争う一因となっている。

とは言うものの、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家たちが、西側諸国の政治家をはるかに凌ぐ支持率を維持する理由を説明するのに役立つ3つの要素がある。ジョー・バイデン米大統領は先日のスーパーボウルでTikTokデビューを果たした。しかし、アジアの政治家たちは長い間、このようなプラットフォームをキャンペーンの目玉としてきた。元陸軍大将のプラヴウォは、TikTokを利用して軍人としての硬派なイメージを和らげ、漫画のような童顔のおじいさんに扮したクリップを流した。モディの再選に向けた選挙運動は既に始まっており、これもまた非常に洗練されたデジタルキャンペーンを展開している。こうしたことはすべて、人口が若い国々では重要である。インドネシアの2億人の有権者の約半数は40歳以下であり、インドの有権者たちは更に若い。

経済運営に対する特徴的なアプローチは、1つ目の要素と関連する、2つ目の要素となる。多くの場合、これは政治家が無料で物品を配ることに関係している。プラヴウォの選挙運動では、学生に無料の給食と牛乳を提供すると公約した。2022年に勝利したマルコスの選挙運動は、米の価格上限設定の公約によって助けられた。モディの選挙での支持は、調理用コンロの配布やトイレの建設といった政策によって強化されてきた。

インド政府の最高経済顧問を務めたアルビンド・スブラマニアンは、これを「新しい福祉主義(new welfarism)」の一形態と表現している。政治家が、民間セクターが提供するはずの財やサービスを提供したり、補助金を出したりする。この戦略は、経済運営が混乱している場合には有権者の支持を得にくい。しかし、力強い成長と汚職がほとんどないと思われる指導者が組み合わされれば、有権者に広くアピールするレシピとなる。

3つ目の、そして最後の問題は安全保障である。西側諸国と同様、アジアの有権者も、地政学的リスクの高まりの中で、自分たちを取り巻く世界がより危険になりつつあることを感じている。その結果、有権者は国際的な信頼性を示す指導者に投票するようになっているようだ。ここでのアピールは、伝統的な「ストロングマン(strongman、暴力使用もいとわない実力者)」指導者ではなく、世界の舞台で自国の安全を守ることを正しく主張できる指導者である。フィリピンでは、南シナ海での一連の軍事衝突の後、中国に立ち向かうマルコスの姿勢に有権者は好意的に反応した。モディは昨年のG20サミットのホスト国としての役割を巧みに利用し、世界的な政治家としてのイメージを強調した。

特に経済的な後退に直面した場合、このような高騰した支持率がいつまでも維持できるという訳ではない。例えば、マルコスの支持率は2023年後半、インフレの高騰により多少低下したが、ある世論調査によれば、80%という高い支持率から、65%にまで低下した。人気のある政治家はアジアだけの現象ではない。メキシコでは、左派の現職大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが、6年の任期満了に近づいても常に60%以上の支持率を維持している。彼の後継者であるクラウディア・シャインバウムは、6月2日に行われる国政選挙を前に、対立候補を25ポイントの大差をつけてリードしている。

アジアの指導者の多くが人気を集めていることを認めることは、アジア諸国の民主政体の状態についての懸念を軽視することでもない。スウェーデンのイェーテボリ大学のVデム研究所の報告書によれば、インド、インドネシア、フィリピンはいずれも2022年までの10年間で独裁色を強めた。プラヴウォは軍事指導者として疑わしい記録を持っているため、人権侵害の疑いでアメリカへの入国を禁止されており、ジョコウィの息子を副大統領候補に据えるという裏取引と同様に、インドネシアの民主政体の軌道について多くの懸念を起こさせている。モディのヒンドゥー教ナショナリズム政策は、2億人のイスラム教徒人口をはじめとする、インドの少数民族から警戒の目を向けられている。

しかし、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家の人気は、少なくとも、世界の民主政体の健全性について、よりポジティヴなシグナルを示している。西側諸国では、いわゆる民主政治体制の後退に関する報道は、ポピュリズム、ナショナリズム、無謀な指導者によって空洞化した独裁といった悲惨な構図を描いている。しかし、現実は必ずしもそれほど厳しいものではない。プラヴウォが勝利したからといって、インドネシアの民主政治体制が崩壊する訳ではない。マニラでマルコス王朝が復活したからといって、一族がかつて率いていた独裁体制に戻るわけではない。

もちろん、アジアの民主的な選挙で選ばれた指導者たちが完璧であるとは言えない。しかし、有権者は彼らのパフォーマンスに満足している。そして、民主政体が本当に世界中で維持されるのであれば、民主的に選ばれた、人気のある政治家たちを政府の指導的な立場に据えることは、良いスタートになるだろう

※ジェイムズ・クラブトゥリー:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。アジア国際戦略研究所元上級部長。著書に『億万長者による支配:インドの新しい黄金時代を通じての旅路(The Billionaire Raj: A Journey Through India’s New Gilded Age)』がある。ツイッターアカウント:@jamescrabtree

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