古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。

タグ:インド

 古村治彦です。

 冷戦期においてアメリカとソ連という二大超大国は核兵器軍備管理に関しては協力した。核兵器開発と貯蔵を進めていたが、それは同時に世界を核戦争に巻き込む脅威となり、人類の存続も危険に晒すという判断もあった。1962年のキューバ危機で米ソ両国と世界は核戦争に近づき、軍備管理の方向に舵を切った。そして、核兵器の削減を行うという合意も形成できた。ソ連が崩壊しても、米露両国は核兵器の軍備管理と削減の体制を維持してきた。
nptstructuremap001

 しかし、現在は中国が核兵器の製造と貯蔵を進め、米露に迫るようになっている。冷戦期は米ソ両国の二極(bilateral)で済んだ話に、新しいプレイヤーが登場し、米中露の3カ国、三極(trilateral)の構造になり、プレイヤーが増えたことで格段に難しくなる。物理学における三体問題(three-body problem)のようなことになる。米中露における新たな核兵器軍備管理、削減の枠組が構築されることが望まれるが、それぞれの思惑もあり、難しい。
nptstructure001

 しかし、米中露は世界の大国であり、国連安全保障理事国の常任理事国であり、核兵器不拡散条約(NPT)にも加盟している。また、米中露は中国を中心とした「ヤルタ2.0」体制を構築し、相互不可侵の状態になっている。米中露での核戦争の可能性は限りなく低い。 

核不拡散条約(NPT)は国連安保理常任理事国である米中露英仏の5カ国を核保有国とし、それ以外の国の核兵器製造と保有を禁じている。しかし、実際には核不拡散条約から脱退、もしくは加入を拒む、核保有国があり、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルの4カ国である。パキスタンはサウジアラビアと相互防衛協定を結んでおり、パキスタンはサウジアラビアに核兵器による防衛(核の傘)を提供している。ここで重要なのは、イスラエルの核兵器である。

 核不拡散(NPT)体制は現在の不平等条約と言っても良いだろう。なぜ国連安保理常任理事国だけが核兵器を独占できるのかと不満を持つ国が出てくるのは自然であろう。そして、この枠組みから外れれば核兵器が持てるではないということになり、4カ国は加盟していない。こうなると、国際社会による監視も行き届かない。どれだけの核兵器を持っているのかが分からないし、適切な環境で危険がないように管理されているかも心もとない。核兵器が「横流し」されてしまっても誰にも分からない。インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルを国家として信用するとしても、それにも限界がある。

 米中露英仏に関してはある程度の信用はできる。しかし、NPT外の4カ国に関しては、枠組みに入らない(入ってしまえば核兵器を廃棄しなければならない)ということで信用はできない。米中露に関しては保有する核兵器の数量に危険を感じるが、NPT外の国々関しては保有そのものが危険である。そして、何よりNPT体制外の国々に関しては、その使用可能性についても米中露英仏に比べて格段に高いと言わざるを得ない。

(貼り付けはじめ)

ポスト冷戦の核時代は終焉を迎えたのかもしれない(The Post-Cold War Nuclear Era Might Have Just Ended)

-新戦略兵器削減条約(New START)の期限切れと中国の核兵器保有量の増加により世界はより危険な場所となった。

ファリード・ザカリア筆

2026年2月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/02/09/cold-war-nuclear-new-start-treaty/

世界がより不確実な局面に入りつつあることを私たちは皆感じている。同盟関係は不安定になり、貿易は細分化され、大国間の駆け引きはより露骨になっている。しかし、こうした目に見える変化の裏には、あまり議論されていない、より危険な何かが潜んでいる。それは、核の安定性の緩やかな崩壊(the slow collapse of nuclear stability)だ。

冷戦期間の大半において、人々は核兵器が存在する世界は必然的に核拡散(proliferation)を招き、戦争は核戦争へと発展するだろうと恐れていた。実際、人類の歴史において、兵器庫に未使用のまま保管された兵器はほとんどなかった。しかし、まさにそれが現実となった。兵器庫は存在し続けたが、それらは条約、慣習、そして自制に関するドクトリンによって制約されていた。軍備管理協定によって核兵器の数は制限され、抑止力関係は比較的明確だった。核拡散は、不完全ながらも、規範と圧力によって抑制されていた。安全な世界ではなかった、安定した世界だった(It was not a safe world—but it was a stable one)。

しかし、この時代は終焉を迎えているかもしれない。

最も明確な兆候は、今週、アメリカとロシアの間で唯一残っていた核軍備管理条約(nuclear arms control treaty)である新戦略兵器削減条約(新START)が失効したことである。世界最大の核兵器保有国である米露両国に対し、50年以上ぶりに法的拘束力のある制限がなくなった。この状況が一時的なものに終わることを期待する声もあり、後継条約の締結に向けた取り組みが始まっている。しかし、より広い視点で見ると、楽観できる状況にはない。

2010年に新STARTが署名された当時は、世界情勢は今とは異なっていた。ロシアの戦略兵器は老朽化が進み、中国の核兵器保有量は少なく、「最小限抑止(minimum deterrence)」と呼ばれる戦略に基づいていた。しかし、エリック・エデルマンとフランクリン・ミラーが『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いているように、もはやそのような世界は「存在しない(no longer exists)」。

ロシアは戦略核戦力の約95%を近代化したとウラジーミル・プーティン大統領は主張している。さらに懸念されるのは、モスクワが広大な地域核兵器庫を構築したことである。専門家たちは、陸海空から展開可能な戦術核兵器を約1500発保有していると推定している。これらのシステムは新戦略兵器削減条約(新START)の対象外である。ウクライナ戦争中、プーティン大統領は繰り返し核の脅威をちらつかせ、恐ろしい脅迫ゲームを仕掛けてきた。

中国の動向はさらに重大な影響を及ぼす可能性がある。習近平国家主席が2012年に政権を握った当時、中国は約240発の核弾頭を保有していた。現在、中国は600発以上を保有しており、アメリカの推定によれば、2030年までに1000発に達する見込みである。中国は地上配備型ミサイル、弾道ミサイル潜水艦、空中発射型ミサイルという完全な核戦力三本柱(a full nuclear triad)を配備し、警戒態勢の頻度を高めている。これには、敵のミサイルがまだ空中にある間に発射できる「警告発射(launch on warning)」能力も含まれる。

ジョー・バイデン政権は対話を通じてこの軍備増強を抑制しようと試み、北京に核軍縮協議への参加を促した。しかし、中国の反応は冷淡だった。中国は、自国の核兵器保有量がアメリカとロシアのそれとより近い水準に達した場合にのみ、真剣に協議に応じるとした。エデルマンとミラーが指摘するように、北京は透明性と検証を信頼醸成措置ではなく、むしろ弱点とみなしている。軍備管理は、避けるべき制約と捉えられているのだ。

その結果、冷戦時代の二極対立よりもはるかに複雑な、三つ巴の核競争が繰り広げられている。『エコノミスト』誌はこの変化を鮮やかな比喩で表現している。原子爆弾の父であるロバート・オッペンハイマーがかつて「瓶の中の2匹のサソリ(two scorpions in a bottle)」と呼んだものが、今や3匹になった。瓶の中が混み合っているということは、サソリの動きが予測しにくくなるということだ。

これは重要な問題だ。なぜなら、システムが複雑化するにつれて抑止力は脆弱になるからだ(deterrence grows more fragile as the system grows more complex)。二極化した核世界は危険ではあったが、その構造は明確だった。しかし、三極化(tripolar)、あるいは多極化(multipolar)の世界はそうではない。ロシアと中国は緊密に協力し、技術交流や合同軍事演習を実施しており、時には核保有能力を持つ部隊も参加している。2023年、超党派のアメリカ戦略態勢委員会は、「日和見主義的な侵略(opportunistic aggression)」、あるいは複数の戦域にわたる協調的な圧力のリスク(coordinated pressure across multiple theaters)について警告した。主に二国間競争を想定して設計されたアメリカの核戦力は、2つの同等の敵対国を同時に抑止することを目的としたものではない。

軍拡競争(arms races)は危険だ。核兵器の数は徐々に増加し、ドクトリンは曖昧になる。誤算のリスク(the risk of miscalculation)は高まる。それは戦争時だけでなく、危機、演習、あるいはパニック状態においても同様だ。現代の核システムは、サイバーネットワーク、宇宙空間に配備されたセンサー、そして短縮された意思決定時間とますます密接に結びついている。誤報や信号の誤読は、過去よりもはるかに速いスピードで事態をエスカレートさせる可能性がある。

危険は主要大国だけに留まらない。『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば、約40カ国が核兵器製造技術を有している。

数十年にわたり、核不拡散(nuclear nonproliferation)は一種の取引の上に成り立っていた。ほとんどの国は、安全保障の保証(security guarantees)と核保有国が核兵器について責任を持って管理するという約束(the promise that nuclear states would manage their arsenals responsibly)と引き換えに、核兵器を放棄するというものだった。しかし、この2つの柱は今、危機に瀕している。

アメリカが同盟諸国を一貫して守る意思があるのか​​どうか疑念が深まるにつれ、一部の国は静かに選択肢の見直しを始めている。韓国では、独自の核抑止力獲得に関する議論が、これまで周縁的なものだったのが主流へと移行しつつある。日本では、かつては考えられなかったような議論が、戦略家たちの間で囁かれるようになっている。こうした動きが北東アジアで始まれば、そこで終わることはないだろう。

私たちは、管理された抑止力(managed deterrence)から競争的な再軍備(competitive rearmament)へ、制限(limits)から蓄積(accumulation)へ、予測可能性(predictability)から即興(improvisation)へと漂流しつつある。

何十年もの間、私たちは歴史上最も強力な兵器の脅威の下で暮らし、それらをどのように使ってはいけないかを不完全に学んだ。この成果は画期的なものだが、脆弱で、一時的なものに終わる可能性もある。

※ファリード・ザカリア:CNNの番組「ファリード・ザカリアGPS」の司会者であり、近著に『革命の時代』がある。彼は『ワシントン・ポスト』紙に週刊コラムを執筆しており、そのコラムは『フォーリン・ポリシー』誌にも配信されている。Xアカウント:@FareedZakaria

(貼り付け終わり)

(終わり)
thefunal202607cover001

ザ・フナイ vol.225(2026年7月号)
sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 イラン戦争は開始から2カ月近くが経過しており、現在は停戦状態になっている。ホルム海峡封鎖をめぐり、アメリカとイラン両国は緊張関係にあるが、2回目の和平交渉に向けて、仲介国のパキスタンが動いている。その裏では中国もまたイランとの交渉を行っている。戦争はイランに有利な状況になっており、イランはそう簡単にアメリカに対して譲歩をすることはなく、かなり有利な条件での交渉を求めていると考えられる。それに対して、中国はあまり欲をかくと大きな失敗をするとイランを説得していると考えられる。
bricsmap201
BRICS加盟諸国の地図

 イランに対して、BRICSは積極的な支援をしていないように見える。また、国際的な問題に関して、足並みを揃えて行動していないように見える。しかし、それは当然のことだ。BRICSはもともとゴールドマンサックスが「21世紀において経済成長著しい国々」の総称として発表した言葉であって、それらの国々が自発的に集まったものではない。2009年になって初めて5カ国の首脳会談が開催された。その歴史はまだまだ浅い。これから枠組みを作っていく段階である。しかし、2010年代から、BRICSを中心とする西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)の経済成長や台頭が続き、世界の構造は大きく変わっている。G7よりもG20の枠組みが重要性を増しているのもその証拠である。

 BRICSは軍事同盟や集団安全保障の枠組みではない。それぞれの国家体制も違う。宗教や価値観も異なる。それでも協力できるところから協力し、問題が起きれば話し合いで解決を目指すという、ASEAN(東南アジア諸国連合)スタイルの枠組みである。一種の緩さこそが枠組みの柔軟性と多様性を担保している。これが、アメリカ主導、西側主導になれば、「非民主的な国家は入れない」「近代的、啓蒙主義的価値観を共有しない国家は入れない」という「排除の論理」が先に立つ。西側諸国では「多様性(diversity)」「平等(equity)」「包摂性(inclusiveness)」という「DEI」が尊重されるが、国際関係においてそれらは全く尊重されない。本音と建前の使い分け、西洋支配の継続性のみが重視される。

 建前だけの排除の論理がまかり通る国際秩序はこれから大きく変化していくだろう。西洋支配は終焉に進んでいくだろう。そうした中で柔軟性のある、包摂性の高い国際的な枠組みがこれから拡大していくだろう。BRICSはその中心となっていく。

(貼り付けはじめ)

BRICSはイラン問題で意見が分かれている。NATOやG7も同様だ(BRICS Is Divided on Iran. So Are NATO and the G-7.)

―BRICSは地政学的な同盟ではなくそうであるべきでもない。

オリバー・シュトゥンケル筆

2026年3月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/03/18/iran-war-brics-nato-g7-economics-security/
写真

2025年7月6日にリオデジャネイロで開催されたBRICS首脳会議に出席したイランのアッバース・アラグチ外相とエジプトのモスタファ・マドブーリー首相

2月28日にアメリカとイスラエルがイランへの攻撃を開始して以来、多くのアナリストがBRICSは幻想に過ぎないと断言している。

イランは2024年に新規加盟国としてBRICSに加わった。しかし、BRICSは紛争に対する統一的な対応を示すことができていない。ブラジルや中国など一部の加盟国はアメリカとイスラエルの攻撃を非難したが、インドは非難していない。南アフリカは態度を保留している。こうしたBRICS批判者にとって、これらの意見の相違は、『ウォールストリート・ジャーナル』紙コラムニストであるサダナンド・ドゥームが先週主張したように、BRICSは一貫性を欠き、「全く無力(utterly ineffectual)」であるというおなじみの結論を裏付けるものとなっている。

しかし、この主張は誤った前提に基づいている。BRICSは安全保障に関する共通の立場を持つ正式な同盟のように振る舞うべきだという前提に立っている。実際には、BRICSは地政学的なブロックではないし、これまでもそうであったことはない。

BRICSは発足当初から、地政学的な優先事項が大きく異なる国々を結集させてきた。ブラジル、ロシア、インド、中国の首脳が初めて会合を開いたのは2009年で、その1年後に南アフリカが加わった。当時でさえ、加盟国は統一された世界観を共有していなかった。ロシア、そして程度は低いものの中国は、特に2014年のロシアによるクリミア侵攻以降、G7や西側諸国への対抗勢力としてBRICSを利用しようと長年努めてきた。一方、ブラジル、インド、南アフリカは、多国間連携戦略を追求してきた。

BRICSは発足当初から西側諸国の観察者から批判にさらされてきた。2011年、『フィナンシャル・タイムズ』紙のフィリップ・スティーヴンスは「モルタルなきBRICSに別れを告げる時が来た(“time to bid farewell” to the “Brics without mortar”)」と宣言した。ジャーナリストのマーティン・ウルフは2012年のインタヴューで、BRICSは「グループではない(not a group)」とし、加盟国には「共通点が全くない(nothing in common whatsoever)」と断言した。他の評論家もBRICSを「ばらばらの四人組(disparate quartet)」「奇妙なグループ(odd grouping)」「寄せ集め(motley crew)」「無作為な集団(random bunch)」と表現し、「やや滑稽な(faintly ridiculous)」構想に基づいていると評している。

中国とロシアが賛成し、ブラジル、インド、南アフリカが反対した近年のBRICS拡大は、こうした矛盾をより顕著にした。2024年にエジプト、エチオピア、イラン、アラブ首長国連邦が加盟したことで、このグループはさらに多様化し、分裂が激しくなった。イランのドローンがアラブ首長国連邦を攻撃する映像―BRICS加盟国同士の攻撃―は、多くの新メンバーの加入によってもたらされた地政学的な対立を如実に物語っている。

『フォーリン・ポリシー』誌のC・ラジャ・モハンが指摘するように、BRICSの拡大はグループ内の結束を弱体化させた。グループが拡大する以前は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領やブラジルのジャイル・ボルソナーロ前大統領のように、西側諸国から経済的あるいは外交的に孤立する恐れのある加盟国にとって、BRICS諸国との関係は外交上の救命ボートとして頼りにできるという利点があった。2014年には、BRICS諸国はロシアのG20継続参加を支持した。5年後、アマゾン熱帯雨林の火災をめぐって西側諸国からブラジルへの圧力が高まる中、中国はボルソナーロ大統領の環境政策を称賛した。

BRICSの拡大は、特に国連安全保障理事会の改革問題において、グループ内の意思決定を麻痺させている。ブラジル、インド、南アフリカは長年、常任理事国入りを目指してきた。しかし、たとえ新たなBRICS加盟国が安保理改革を支持したとしても、その具体的な内容についてグループ内で合意は得られていない。エジプトやエチオピアを含むアフリカ諸国は、自国の議席獲得よりも南アフリカの議席獲得を優先しているように見える表現に抵抗している。

昨年開催されたBRICS外相会議では、参加国代表がグループ史上初めて共同声明で合意に至らず、緊張は頂点に達した。

BRICSは、過去にアメリカがイランに対する攻撃をエスカレートさせた際にも同様の優柔不断な態度を示してきた。昨年6月にアメリカがイランを攻撃した際、BRICSは比較的穏やかな声明を発表し、「深刻な懸念(grave concern)」を表明するとともに、攻撃を国際法違反と非難した。しかし、この声明はワシントンに言及しておらず、特にインドなど一部の加盟国がアメリカとのデリケートな関税交渉を行っていた時期に、ドナルド・トランプ米大統領との摩擦を避けることを意図したものとみられる。

イラン情勢の再燃をめぐるBRICSの分裂は、さほど驚くべきことではなく、特に何かを明らかにしているわけでもない。もし重大な軍事危機をめぐる意見の相違が、ある組織が無能であることの証拠だとすれば、西側諸国の多くの同盟も同じ試練に合格することはないだろう。

NATOとG7は、イラン戦争をめぐって意見が分かれている。スペインは、NATOの主要加盟国であるアメリカによる攻撃を国際法違反だと非難している。マドリードはまた、アメリカ軍が共同運営基地を攻撃に使用することを拒否し、ワシントンとの公然とした対立を招き、トランプ大統領からは貿易報復の脅迫を受けている。他のヨーロッパ各国政府も介入に消極的だ。ドイツのボリス・ピストリウス国防相は月曜日、「これは私たちの戦争ではない(This is not our war)」と述べた。

アメリカがカナダやデンマーク領グリーンランドの併合または侵攻をちらつかせた際、NATOもG7も統一的な対応を示すことができなかった。2003年にアメリカがイラクに侵攻した際、フランスやドイツを含む複数のヨーロッパ諸国は戦争に強く反対した。国連安全保障理事会の改革といったより根本的な問題についても同様である。ドイツは常任理事国入りを目指しているが、イタリアはこれに反対している。しかし、G7が無力であるとか、崩壊寸前であると考える人はほとんどいないだろう。

BRICSについても同様の分析基準が適用されるべきだ。BRICSは、あらゆる地政学的危機に対して統一的な立場を取るために設立された訳ではない。むしろ、その目的は異なる。BRICSは、主要な新興国が選択的に協調(coordinate selectively)し、地政学的不確実性に対するヘッジを行い(hedge against geopolitical uncertainty)、依然として西側諸国が支配する世界において影響力を高めるためのプラットフォームなのである。

例えば、BRICSは2022年のウクライナ侵攻後、西側諸国がロシアを経済的に孤立させるよう求めたにもかかわらずこれに抵抗した。これは、加盟国が、プーティン大統領が国際法に違反したという西側諸国の評価に異議を唱えたからではなく、ますます不安定化する世界において、経済的・地政学的な選択肢を確保しておきたかったからである。こうした現実的な判断は、グローバル・サウス(the global south)に限ったことではない。アメリカは最近、イラン戦争に関連した原油価格の高騰を受け、ロシアに対する石油関連の制裁を緩和した。

BRICSは設立以来、安全保障よりも経済・制度面の問題に重点を置いてきた。特に、国際通貨基金(IMF)と世界銀行の改革、新開発銀行(New Development Bank)を通じた開発金融の道筋の構築、そして米ドルへの依存度低減(reducing dependence on the U.S. dollar)といった点において顕著である。BRICS首脳は今年後半、インドで第18回首脳会議を開催し、デジタルインフラと人工知能(AI)分野における協力について協議する予定だ。

こうした取り組みはしばしば進展が遅いものの、多くの新興国が、自国の影響力の増大をより適切に反映するよう世界秩序を適応させようとする共通の関心を示している。さらに、ブラジルや南アフリカといった国々にとって、BRICSはアジアの意思決定者と直接対話できる貴重な場であり、経済的にますます統合が進むアジア地域において、その存在感は際立っている。

このように、BRICSは同盟(an alliance)というよりも外交的な場(a diplomatic space)、つまり、西側諸国の支配に対する懸念を共有する国々が、単一の戦略的アジェンダに縛られることなく、代替案を模索するためのフォーラム(a forum for countries that share concerns about Western dominance to explore alternatives without committing themselves to a single strategic agenda)として機能していると言えるだろう。イランをめぐる現在の対立は、BRICSの本質を改めて示すものに過ぎない。BRICSとは、利害が一致する部分では協力し、一致しない部分では対立する、緩やかでしばしば混乱した国家連合である。

むしろ、イラン戦争はBRICS諸国の多方面にわたる連携と、より大きな戦略的自律性の追求を改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。一部の評論家がBRICSの解体を提唱しているのとは裏腹に、これまでBRICSから脱退を決めた国は一つもない。実際、BRICSは大きく成長を遂げている。最近では、トランプが主導する平和評議会(the Trump-led Board of Peace)に加盟したものの、その後参加を停止したインドネシアのような新興国も加わっている。

BRICSという枠組みを誤解しているだけでなく、BRICSに対する批判は、世界政治におけるより根本的な変化を見落としている。世界は、同盟関係によって形成される秩序から、場当たり的な連合、課題別協力、そして短期的な利益とニーズに基づくトランプ流の取引的な関係へと移行しつつある。

イラン核戦争の最初の数週間は、この新たな現実を如実に示している。アメリカがロシアへの制裁緩和を決定すると、つい最近ウクライナの領土保全を認める国連決議への支持を拒否したペルシア湾岸諸国は、イランのドローン攻撃から自国領土を守るため、キエフに軍事顧問の派遣を要請した。その後、トランプ大統領は中国に対しホルムズ海峡の防衛支援を要請したが、中国はこれを拒否した。これらの行動は、長年の原則や同盟関係に基づくものではなく、差し迫った戦略的・経済的ニーズに基づくものだった。

BRICSは決して統一されたブロックにはならないだろう。それは主に、加盟国の利益にならないからだ。ブラジルは、アメリカとの交渉においてBRICSという枠組みを利用して交渉力を高めるのと同様に、アメリカとの関係や、最近締結されたヨーロッパ連合とメルコスール間の貿易協定を利用して、中国との交渉における交渉力を強化している。BRICSは、多くの国が、より細分化され、激動する世界に備えている方法の一つに過ぎない。

※オリヴァー・ストゥエンケル:ワシントンDCにあるカーネギー国際平和財団の民主政治体制・紛争・ガヴァナンスプログラムの上級研究員であり、サンパウロにあるジェトゥリオ・ヴァルガス研究所の国際関係学准教授。Xアカウント:@OliverStuenkel

(貼り付け終わり)

(終わり)

sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 第二次ドナルド・トランプ政権の肝いり政策である高関税に対して、米連邦最高裁判所が差し止め判決を出した。9名の最高裁判事のうち、判決に賛成が6名、反対が3名となった。共和党政権時に指名された保守派の判事が多い構成で、差し止め判決が出たことは衝撃となった。トランプ大統領は判事たちを口汚く非難した。
trumptariffslaws001

 高関税政策は保護貿易政策であり、国内の産業を守り、育てるためのものだ。たとえば、自国内で自動車産業を育成したいということであれば、外国から入ってくる自動車(輸入車)に高関税を掛け、国内では高価格となるようにし、自国の自動車産業が製造する自動車が自国内で多く購入され、利益が出て、それが設備投資や研究開発に回るようにするということである。アメリカは、第二次世界大戦直後において、世界を凌駕する製造業の国であった。しかし、今は見る影もない。トランプ大統領は造船業や自動車産業、更に鉄鋼、そして、エネルギー産業を復活させるということで高関税政策を実施した。高関税の値上げ分を負担するのは消費者である。価格が上昇した輸入品を買わなくなることで、貿易赤字を減らすという目論見もあった。さらに、ドル安誘導にもなるということであった。

しかし、このような政策は1年くらいでやっても効果はない。製造業の設備投資だけでも数年の計画になる。保護貿易は長期間の見通しと計画が必要である。実は、第一次トランプ政権の後の、民主党のジョー・バイデン政権も保護貿易政策であった。第二次トランプ政権ほど激しい政策ではなかったが、保護貿易路線であった。それが、今回、最高裁判所の差し止め判決が出てしまった。

トランプ政権は一時的に、150日間、世界的に15%の関税を課すことになった。日本は交渉して既に15%になっていたので関税の引き下げの恩恵を受けない。加えて、80兆円規模の投資ということになると、実質的にはマイナスである。ここで恩恵を受けるのは、アメリカが貿易赤字を抱えるとして、高い税率を課されていた国々である。中国やブラジルは15%への引き下げで恩恵を受ける。トランプ政権はこの差し止め判決で打撃を受ける。中国やインド、ブラジルからの輸入品が安くなるというメリットがある。ドル安傾向のために効果は薄れるだろうが、それでも大きい。
trumptarriffsrates2025001

 トランプ政権は今年11月の中間選挙での共和党の連邦議会過半数維持を目指している。しかし、これまでのところ、経済政策などで支持が高まっていない。そうであれば、国内の不満を逸らすために、外国の脅威を喧伝し、外国への攻撃を企図することは可能性として高い。具体的には、イランへの攻撃ということも考えられるが、イランの実力はヴェネズエラ以上であり、アメリカ軍の制服組の最高機関である統合参謀本部は、イラク攻撃はリスクが高いという報告書をトランプ大統領に提出し、一蹴されたという報道も出ている。ウクライナ戦争停戦の仲介も進まない状況で、外交や軍事に支持率上昇のきっかけを見出すのも難しい。そうなると、今回の最高裁判決はトランプ政権にとって大きな打撃ということになる。

(貼り付けはじめ)

ドナルド・トランプ大統領の貿易戦争は次はどうなるか(What’s Next for Trump’s Trade War)

-米連邦最高裁の判決は、米大統領の関税戦略と貿易協定を混乱に陥れた。

キース・ジョンソン筆

2026年2月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/02/23/trump-tariffs-trade-deals-supreme-court/

写真

左から右へ:ワシントンのホワイトハウスで実施された記者会見に出席した米訟務長官D・ジョン・ザウアー、米大統領ドナルド・トランプ、米商務長官ハワード・ラトニック、米通商代表ジェイミーソン・グリア(2026年2月20日)

ドナルド・トランプ米大統領は、金曜日の最高裁判所の不利な判決、国内の政治的支持の欠如、そしてこれまでのところ貿易政策による経済効果の不在にもかかわらず、週末にかけて関税を二度引き上げた。

米連邦最高裁判所が、トランプ大統領が関税賦課に用いてきた主要な権限を無効とした後、トランプ政権は1974年の法律のかつて用いられたことのない条項を、一時的な措置としてアメリカ企業と消費者への高税率を維持するための措置として利用した。この措置は5カ月後に失効するが、政権は年内に、より強力で包括的な関税権限を整備するための時間を稼ぎたいと考えている。

新たな権限の下での関税の即時再導入は、いくつかの疑問を提起する。今や違法となった関税の脅威の下でトランプ政権と貿易協定を交渉してきた国々は、この事態をどう見ているのだろうか? トランプ政権の関税に関するプランBはそもそも合法なのだろうか? プランCとDは合法なのだろうか? これら全ては、連邦議会が貿易政策に対する伝統的な統制を取り戻すきっかけとなるだろうか? なぜ逆効果をもたらす政策がこれほど熱心に推進され、国民の議論がほとんど行われていないのだろうか?

第一に、トランプ政権との貿易協定で妥協・修正(accommodation)に至った国々は、偽りの商品を買ってしまったのではないかと自問している。皮肉なことに、アメリカの同盟諸国(イギリスなど)は1週間前よりも高い輸出障壁に直面する一方で、名目上の経済ライヴァル諸国(中国など)はより低い障壁に直面している。

例えば、ヨーロッパ連合(EU)はアメリカと貿易戦争休戦(a trade truce)について交渉した(まだ批准していない)。この休戦協定では、アメリカのEU製品に対する関税は15%という高水準に据え置かれる一方、アメリカからの輸出に対するEUの関税は引き下げられる。しかし、それは過去の話だ。最近発表されたアメリカの関税率では、EUは実際には交渉時よりも高い関税率に直面する可能性がある。EUは「合意は合意(deal is a deal)」であり、「関税の引き上げはなし(no increases in tariffs)」と主張している。ヨーロッパ議会のベルント・ランゲ通商担当委員長は、関税に関するおとり商法(bait-and-switch)は当初の合意に違反する可能性があると示唆した。

イギリスは、自国の輸出品にわずか10%の関税を課すという甘い協定を結んだと思っていたが、現在では自国の製品に対する障壁がさらに高まっており、トランプ政権との自国の貿易協定の運命がどうなるのか明確になることを切望している。

ヴェトナム、マレーシア、日本、韓国を含むアジア諸国も、懲罰的関税の脅威(the threat of punitive levies)に晒されながら、トランプ政権との合意を急いだが、その関税は後に違法と判明し、今や自らの約束に疑問を呈している。

もう一つの大きな疑問は、トランプ政権が関税維持のために講じた代替措置、すなわち1974年通商法第122条だ。トランプ政権は最高裁判決を受け、直ちに全ての国に10%(後に15%に引き上げ)の関税を課すことを発表した。第122条は、5カ月間最大15%の関税を課すことを可能にしており、その後関税を継続するには議会の承認が必要だ。(政権が新たな大統領令で関税を再び延長できるかどうかは不明だ。)

しかし、真の疑問は、これらの代替関税が合法なのか、それとも先週金曜日に無効とされた関税のように違法なのかということだ。第122条に基づく関税は、国際収支危機への対処を明確に意図している。これは、アメリカがまだ金本位制(the gold standard)だった。1960年代と1970年代に苦闘していた問題だ。その後、アメリカは通貨を自由変動相場制に移行しており、理論的には国際収支危機は発生し得ないため、新たな関税も違法となった。国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストのジーナ・ゴピナスは、世界最大かつ最も流動性の高い経済が国際収支危機に直面しているとは考えていない。

しかし、誰もが同意している訳ではない。現在外交問題評議会に所属する、尊敬を集める元米財務省高官のブラッド・セッツァーは、アメリカの経常収支状況は1974年の法律で定められた条件を基本的に満たしていると主張した。

また注目すべきは、トランプ政権が最高裁判所への提出書類の中で、第122条に基づく関税は現在の状況には適用できないと主張し、だからこそカーター政権時代の法律を前例のない形で適用し、各国により高い関税を課さざるを得なかったと主張した点である。

新たな関税はほぼ確実に訴訟を呼ぶだろうが、近い将来には問題にはならず、あるいは審理されることさえないだろう。(裁判所が最終的に、広範な新たな関税概念を持つ行政府に敬意を払うならば問題は生じるだろう。)新たな関税は、連邦議会が更新を決定しない限り、7月下旬に失効する。

それまでに、トランプ政権はプランCとDを準備したいと考えている。これらには、1974年通商法第301条の更なる活用が含まれる。これは、政権が「差別的(discriminatory)」行為を理由に中国に関税を課す際に繰り返し利用してきた、より明確な貿易救済措置である。第301条関税をめぐる法的疑問は少ないものの、実施には時間がかかる。米通商代表部(USTR)はその件で残業を続けている。

その他の可能性のある措置としては、1962年通商拡大法第232条に基づく「国家安全保障」関税(the “national security” tariffs)の更なる活用が挙げられる。米商務省は既に、木材や大型トラック部品といった分野の国家安全保障を守るために関税を利用する件について、12件の調査を進めている。別の選択肢としては、1930年スムート・ホーレー関税法(そう、あのスムート・ホーレー法だ)の新たな斬新な活用が挙げられ、これは更なる法的争点を招く可能性がある。

法的措置に関しては、直ちに行われる措置として、アメリカ政府が輸入業者から徴収した1300億ドルから1750億ドルの税金の還付が行われる予定だ。これは後に違法と判明した。昨年の法廷闘争中、アメリカ政府は、還付は容易かつ自動的に行われると述べていた。しかし、最高裁判所で敗訴した際には、還付は不可能であり、そうでなければ「企業福祉(corporate welfare 訳者註:政府が特定の企業や産業に対して行う補助金、減税、優遇措置)」に当たると警告した。既に数千社の企業が救済措置を申請している。高額な輸入品に高い代金を支払った消費者たちは、いずれにせよ還付を受けられないが、経験豊富な法律事務所の中には還付を受けられるところもある。

より大きな疑問は、最高裁判所のニール・ゴーサッチ判事が金曜日の判決に賛成する中で提起した疑問であるが、それは、連邦議会がほぼ1世紀を経て、アメリカの貿易・関税政策の立案者であり裁定者としての役割を取り戻すかどうかである。トランプ大統領の第二期目において、これまでのところ、貿易権限を行政府から奪還しようとする臆病で不運な試みはほんのわずかしかなかった。

さらに大きな疑問は、最高裁判所の非難と、トランプ政権が輸入品に課税するための未検証の方法を必死に模索していることが、過去半世紀以上にわたり前例のない繁栄の促進に貢献してきた貿易の流れを阻害することの有用性をめぐる、より広範な政治的議論を巻き起こすかどうかである。

トランプ大統領の関税は、アメリカの貿易赤字削減や製造業の再建という目標を達成していないものの、企業と消費者のコストを上昇させ、世界の他の経済圏に取引相手を見直すよう促すことには成功している。自由貿易への強い政治的支持があることを考えると、最高裁の重大判決と政権の慌ただしい対応は、行き詰まりを招いてきた政策を見直す機会となるかもしれない。

※キース・ジョンソン:『フォーリン・ポリシー』誌スタッフライター(地経学とエネルギー担当)。Blueskyアカウント:@kfj-fp.bsky.social、Xアカウント:@KFJ_FP

(貼り付け終わり)

(終わり)

sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 カマラ・ハリス米副大統領の外交政策に関しては今の段階ではほぼ分かっていない。そもそもハリスはカリフォルニア州で検察官としてキャリアを重ね、州の司法長官(検事総長のような存在)となり、その後は連邦上院議員となったが1期目途中で、副大統領となった。副大統領時代の主な仕事は南部国境対策で、外交政策らしいものと言えば、この時が初めての経験ということになるだろう。米副大統領が独自に外交政策を行うことはできず、大統領の代理で外国訪問をするとかそういうことが主な仕事となる。

 それでも、これまでのハリスの発言などをまとめた素晴らしい記事が出ていたので紹介する。簡単に言えば、ハリスはヒラリー・クリントンのエピゴーネンに過ぎず、「ヒラリー2.0」という存在でしかない。口を開けば「人権、人権」と相手を責め立て、交渉も何もあったものではない。ヒラリーの人道的介入主義派の一部と言わざるを得ない。
kamalaharrishillaryclinton001

 例えば、自身の母親の出身国インドに関しては、祖父は高名な外交官で、子供時代に何度も訪れ、祖父の影響で公職を目指したそうだが、アメリカのインド太平洋戦略における最重要の存在という位置づけで、アメリカ政府もインド政府も、ハリスの存在には期待感を持っているだろうに、カシミール地方の人権問題をわざわざ取り上げている。これではインド政府としては、「せっかくインド系と言ってもこれじゃあなぁ」ということになる。

 対ロシアに関しては、ロシアを強硬に非難し、交渉相手になれそうにもない。ウクライナとロシアの間の停戦交渉では「誠実な仲介人(honest broker)」が必要であるが、ハリスではその役割を果たすことはできない。ロシア側はハリスに対して既に、「ロシア国営メディアは直ちに民主党の新たな旗手への攻撃を開始した。モスクワ国立大学国際政治学部長のアンドレイ・シドロフは、ロシア国営テレビのウィークリー・トーク番組で、「核のボタンを持ったカマラは手榴弾を持った猿よりも悪い(Kamala with the nuclear button is worse than a monkey with a grenade)」と語った」と酷評している。対中国でもバイデン政権移譲のことはできない。関税の引き上げ競争クライで済めばよいが、ハリスが対中国で緊張を増大させ、戦争の危険が高まるということが考えられる。

 ハリスは、非常に定式的な外交を展開することが考えられる。「善か、悪か」の二元論、理想主義で、突っ走るのは非常に危険である。アメリカ国民には本格的な「ヒラリー・クリントン政権」の誕生を阻止してもらえるように期待したい。

(貼り付けはじめ)

カマラ・ハリス・ドクトリン(The Kamala Harris Doctrine)

―民主党大統領選挙候補に内定しているハリスの外交政策の見解について私たちが知っていること全て。

『フォーリン・ポリシー』誌執筆陣

2024年7月26日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/07/26/kamala-harris-policy-china-russia-trade-immigration-israel-gaza-india/

kamalaharrisforeignpolicy001
カマラ・ハリス米副大統領が2024年大統領選挙の民主党候補指名をほぼ確実にしたように見える今、ワシントンと外国資本の周りで渦巻いている最大の疑問の一つは、ハリスが11月に選出された場合の外交政策の原則がどのようなものになるかである。

ジョー・バイデン米大統領の外交政策観とハリスの外交政策観の違いを正確に指摘するのは容易なことではない。両者が4年近く外交政策と国家安全保障問題で完全に足並みを揃えていると見せようとしてきたからだ。しかし、彼女は短期間ではあるが大統領選挙に立候補したことがあり、2017年から2021年まで、連邦上院議員を務めていたため、全くの白紙ということではない。

『フォーリン・ポリシー』誌は、彼女の記録と過去の発言を検討することに加え、ハリスの主要な地域や外交政策問題についての彼女の立場についてさらに学ぶために、十数人の現役と元アメリカ政府当局者、連邦議会職員、専門家、ハリスの元補佐官たちと面談した。中国からロシア・ウクライナ戦争、そして中東、加えてその先まで、アメリカが関与している問題について取材した。私たちが発見したことは次の通りだ。

●中国(China)

kamalaharrisforeignpolicy002

フィリピンのプエルトプリンセサ港に停泊中のフィリピン沿岸警備隊の艦船上での演説を終えたカマラ・ハリス米副大統領が記者団と話す(2022年11月22日)

ハリスの中国との関係は、2020年の候補者として、オバマ政権の副大統領として中国の習近平国家主席と多くの時間を過ごしたと自慢できるバイデンと比べると、比較的験的敵だった。ハリスは、2022年にバンコクで開催されたアジア太平洋経済協力サミット(Asia-Pacific Economic Cooperation summit)に向かう際、「習主席に挨拶した(greeted President Xi)」と記録されているだけで、中国の指導者と顔を合わせたのはほんの一瞬だ。

ハリスにとっての最も強力な中国関係の経験は、副大統領としてより広範なインド太平洋地域におけるアメリカの同盟関係を強化するために費やした時間かもしれない。彼女は副大統領として、3回東南アジアを訪れ、シンガポール、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシアを訪問した。フィリピン訪問では、南シナ海に浮かぶパラワン諸島に立ち寄り、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領との会談で、同盟国に対するアメリカの「揺るぎない関与(unwavering commitment”)」を強調した。 昨年9月にジャカルタで開催されたアメリカ・東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議を含め、この地域の会議でもバイデンの代役を務めることが多かった。

2020年の大統領選挙候補として、中国に対して彼女が提起した立場は、競争と協力(competition and cooperation)を同時に追求するという過去4年間のホワイトハウスの政策と密接に一致している。2019年9月の予備選挙討論会で、彼女は中国について、「彼らは知的財産を含む私たちの製品を盗んでいる。彼らは規格外の製品を私たちの経済に投げ込んでいる。彼らは責任を負う必要がある」としながら、アメリカは気候変動などの重要な問題で中国と協力すべきだと付け加えた。

しかしながら、ハリスのヴィジョンは、ある点で現在の政策とは異なっていた。彼女は当時のドナルド・トランプ大統領の対中関税を批判し、自分は以前「保護主義的な民主党員(protectionist Democrat.)」ではないと述べていた。しかし、バイデン政権は、トランプ関税をほぼ維持しており、ジャネット・イエレン財務長官を含め、これまで関税に反対していた民主党の議員や重要人物の多くは、新型コロナウイルス感染拡大や中国との競争激化(rising competition with China)を受けてトランプ関税を支持している。

ハリスにとって、連邦上院議員としても大統領候補としても、人権は特に注目すべき分野だ。彼女と他の55人の連邦上院議員は、物議を醸している引き渡し法案に対する大規模な抗議活動中に香港で人権を侵害した当局者に制裁を課す「香港人権・民主政治体制法(Hong Kong Human Rights and Democracy Act)」法案を共同提案した。

翌年、彼女は新疆における中国の人権侵害に同様の戦略を適用する法律の共同提案者となった。ハリスはまた、新疆ウイグル自治区における中国政府の出生率制限の取り組みを詳述する報道が出たことを受け、その後の書簡で当時の国務長官マイク・ポンペオに対し、更なる行動を取るよう求めた。彼女の見解は、中国の人権問題に対して強硬なバイデン政権の政策に反映されている。

専門家たちは、全体として、対中政策に対するハリスのアプローチがバイデンと大きく乖離する可能性は低いと述べた。

「バイデンの対中政策は、ある意味、民主党のコンセンサスを反映している」と、かつて国務省中国調整室の初代室長を務めたユーラシア・グループの中国担当マネージング・ディレクター、リック・ウォーターズは次のように述べている。「私はカマラ・ハリスに劇的に異なる中国政策を期待している訳ではない。枠組みと構造はほぼ決まっていると思う」。

-リリ・パイク筆

●インド、南アジア、そしてインド太平洋(India, South Asia, and the Indo-Pacific)

kamalaharrisforeignpolicy003

インド首相ナレンドラ・モディがホワイトハウスにジョー・バイデン大統領と到着した際に握手をするハリス(2023年6月22日)

インドは、バイデン政権の二国間関係において最も輝かしいスポットの一つであり、アメリカ政府はインドを中国に対する極めて重要なカウンターバランスであり、アメリカの広範なインド太平洋戦略における重要なパートナーであるとの見方を強めている。防衛とテクノロジーは米印関係の特に強力な柱であり、昨年インドのナレンドラ・モディ首相がワシントンDCを国賓訪問(state visit)した際にいくつかの協定や取り組みが発表された。

他のパートナーシップや地域と同様、専門家たちは、ハリスのインド政策がバイデンの政策と大きく乖離する可能性は低いと述べた。アメリカとインドの関係は、トランプ政権下も含めて数十年にわたって確実に超党派の支持を得ており、依然として双方にとって重要すぎるため、大きく揺るがすことはできない。

ハリスは、これまでの米大統領選挙候補者よりもインドと個人的なつながりを持っている。母親のシャマラ・ゴパランは、インドからアメリカに移住しており、ハリスは、自身の人生や考え方に対する母親の影響について繰り返し言及している。しかし、政治的には大きな役割を果たす可能性は低い。ウィルソン・センター南アジア研究所所長でフォーリン・ポリシー『南アジア・ブリーフ』の執筆者であるマイケル・クーゲルマン氏は次のように述べている。「確かに、ハリスの先祖代々のインドとのつながりは、ハリス自身のインドへの親近感を伝えるために利用される可能性が高い。しかし、インド政策に関して言えば、彼女とバイデンの間に日の目を見ることはないだろう」。

ハリスは実際、過去にはバイデンよりもインドに対して厳しい姿勢を示しており、連邦上院議員時代にモディ政権下でのインドの人権状況、特にカシミール問題を批判しており、副大統領時代にワシントンでモディ首相と複数回会談した際にも、より微妙な方法で批判していた。しかし、ハリスが大統領になれば、その批判は和らげられるかもしれない。クーゲルマンは「ハリスが権利に関して、バイデンよりも厳しいとは思わない。少なくともアメリカの戦略的利益が許す以上に厳しくはないだろう」と述べた。

同時に、ハリスは若いので、常にオンラインでのサポート基盤があるため、彼女はそうした不快な会話をすることに積極的になる可能性がある。ハドソン研究所インド・イニシアチティヴ所長のアパルナ・パンデは、「彼女は次世代の民主党政治家でもある。彼女は、バイデン大統領の世代の政治家ではない」と述べ、党の将来の基盤の大部分を占める若いアメリカ人は、宗教の自由と世界的不正義(religious freedom and global injustices)に対してはるかに大きな関心を持っていると付け加えた。これがハリスの政治的傾向もある。パンデ氏は「ハリスは、ある程度民主党の左派、つまり進歩主義派の出身なので、民主政治体制自体が重要であり、民主政治体制の価値観が重要だ」と続けて述べた。

より広い地域に関して言えば、ハリスは、東南アジアを何度も訪問しており、バイデン政権のインド太平洋戦略の重要な人物の一人である。しかし、大統領としてのバイデンの外交政策で最悪の時期、つまりタリバンを政権に復帰させた混乱に満ちたアメリカのアフガニスタンからの撤退が、大統領選挙期間中にどれほど彼女に負担を与えているかはまだ分からない。トランプは最初の討論会でこのエピソードをバイデンに対する棍棒として繰り返し利用しており、ハリスに対しても同じことをする可能性があるが、専門家たちは、それが同じ効果をもたらすことはないかもしれないと述べている。

ホワイトハウス、CIA、国務省で勤務し、現在は新アメリカ安全保障センター (CNAS)インド太平洋安全保障センターのディレクターを務めるリサ・カーティス氏は次のように語っている。「共和党がアフガニスタン問題でカマラ・ハリスを非難するのは難しいだろう。私たちのような悲惨なやり方で完全撤退したのは、バイデンの個人的な決断であったことは明らかだ」。

しかし、ハリスが大統領になれば、アフガニスタンは、彼女に外交政策に大きな影響を与える機会を与えることになる。カーティスは「カマラ・ハリスが女性大統領として当選すれば、アフガニスタン女性の支援にもっと注力してくれることを期待したい。アメリカで、女性の権利のために戦っている者として、アフガニスタンの女性​​に起きていること、つまりアフガニスタンが女性と少女への教育を否定している世界で唯一の国であるという事実を無視するのは難しいだろうと思う」。

-リシ・イエンガー筆

●通商政策(Trade Policy)

kamalaharrisforeignpolicy004

ロサンゼルスで社長兼CEOのマット・ピーターセン氏とともにLAクリーンテック・インキュベーターを視察するハリス(2023年3月17日)

連邦上院議員時代も副大統領時代も、ハリスは決して貿易通(trade wonk)ではなかった。しかし、大まかに言えば、連邦上院議員時代から2020年の大統領選出馬に至るまで、ハリスは労働者中心で環境に優しく、経済的な見識に富んだ貿易のヴィジョンを提唱してきた。それは今日の民主党にかなりしっくりとなじむものであり、トランプやその副大統領候補であるオハイオ州選出のJ・D・ヴァンス連邦上院議員の立場とは明らかに対照的である。

ハリスは在任中、トランプ前大統領の関税を一貫して批判し、関税はアメリカ企業と消費者に対する追加課税であり、貿易相手国からの反発や国内の更なる経済的苦痛につながったと正しく認識した。

しかし、バイデンも当時ほぼ同じことを言っていて、重要な分野を保護することを目的とした、より的を絞った戦略的義務であったとしても、新たな関税を追加する前にトランプ大統領の当初の関税の多くを維持し続けた。おそらく、保護主義のバグが民主、共和両党に十分に浸透しており、輸入関税のような自滅的な考えでさえ、どの候補者にとっても振り払うのは難しいことだろう。

貿易協定に関して言えば、ハリスを理解するのは少し難しい。彼女は、レーガン・ブッシュ時代の共和党が発案し、今では共和党の鬼っ子となった当初の北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement、NAFTA)や、トランプ大統領のNAFTA2.0にも反対票を投じていただろうと言う。ハリスは、カナダとメキシコとの改定貿易協定には労働と環境保護が十分に盛り込まれていないため、反対すると述べた。彼女はバラク・オバマ前大統領の署名である環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Partnership)にも同様の反対意見を持っていたが、この協定はすぐに民主、共和両党にとって有害となり、トランプ前大統領の就任最初の週に打ち切られた。

ほぼ全てのアメリカの政治家と同様に、ハリスは、中国が知的財産(intellectual property)を盗み、貿易を不正行為していると非難しているが、エスタブリッシュメント派の政治家たちと同様に、北朝鮮や気候変動を含む地域的および世界的な問題への対処には、中国政府との協力関係が必要だとも主張してきた。

-キース・ジョンソン筆

●ロシア・ウクライナとNATO(Russia-Ukraine and NATO)

スイスのルツェルン近くで開催されたウクライナ和平サミットで、ウクライナのウォロディミール・ゼレンスキー大統領と握手するハリス(2024年6月15日)

バイデンは、ミュンヘン安全保障会議やウクライナ和平サミットなど多くの大きな国際会議にハリスを代表として派遣している。

ハリスは、バイデンのような大西洋を越えた実績はないが、ヨーロッパ有数の対話の場であり、アメリカの政策について神経を落ち着かせるために政府高官たちが訪れる場所であるミュンヘンにおいて3年連続で、アメリカのトップの高官として期待される成果を挙げている。

NATOに対するアメリカの関与は「揺るぎない(unwavering)」ものであり、「鉄壁(ironclad)」であると、ハリスは、2022年2月のミュンヘンでの演説で述べた。彼女はまた、トランプ大統領が同盟のGDP比2%の支出を満たしていない同盟国には敬意を払わないと脅しているNATOの第5条の自衛権の誓約は「神聖なもの(sacrosanct)」だとも述べた。

2023年、ハリスはミュンヘンに戻り、NATOについては同様の論点を話したが、当時1年を経過していたロシアの侵略については、より厳しい言葉を述べた。ハリスは、バイデン政権はロシアが戦争で人道に対する罪を犯したと結論づけたと述べた。

そして、バイデンの大統領選挙活動を事実上終わらせることになる討論会の約2週間前、ハリスは、スイスで開催されたウクライナ和平サミットにバイデンの代理として出席し、そこで「公正かつ永続的な平和(just and lasting peace)」を訴えた。

クレムリンは、これまでハリスの大統領選挙への立候補について、ほぼ沈黙を保っており、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官はハリス副大統領の「非友好的な発言(unfriendly rhetoric)」に言及したが、ロシアはまだハリスの立候補を正式に評価できていないと付け加えた。

しかし、ロシア国営メディアは直ちに民主党の新たな旗手への攻撃を開始した。モスクワ国立大学国際政治学部長のアンドレイ・シドロフは、ロシア国営テレビのウィークリー・トーク番組で、「核のボタンを持ったカマラは手榴弾を持った猿よりも悪い(Kamala with the nuclear button is worse than a monkey with a grenade)」と語った。

-ジャック・ディッチ

●イスラエル・パレスティナ紛争(Israeli-Palestinian Conflict)

kamalaharrisforeignpolicy005

ワシントンDCの国立建築博物館でイスラエル国家樹立75周年の独立記念日レセプションに出席するハリスとエムホフ(2023年6月6日)

外交問題全般に言えることだが、ハリスのイスラエル・パレスティナ紛争の歴史は、大統領執務室に入るまでに異例の外交経験を積んだバイデンに比べると浅い。しかし、ハリスの投票記録や公の演説をよく読むと、彼女がガザ地区での戦争やより広範なイスラエル・パレスティナ紛争に対する、アメリカのアプローチに大きな変化をもたらす可能性は低いことが分かる。イスラエル・パレスティナ交渉担当米特使の元上級補佐官のデイヴィッド・マコフスキーは、「彼女の発言からすると、バイデンとの継続性があると思う」と語った。

2023年6月、ハリスは、イスラエルの独立記念日を記念してワシントンで開かれたレセプションで演説し、イスラエルに対するアメリカの「揺るぎない(unwavering)」関与と対イスラエル安全保障支援を支持してきた連邦上院議員としての実績をアピールするとともに、反ユダヤ憎悪があるからと言って、イスラエルを特別視することはしないと警告を発した。ハリスの夫のダグ・エムホフはユダヤ人で、反ユダヤ主義に対処する政権の取り組みで重要な役割を果たしてきた。ハリスは、スピーチの中で、副大統領公邸で初めて過越祭の祭典を主催したことへの誇りを語った。

2023年10月7日のハマス攻撃以来、ハリスは、バイデン政権の政策にほぼ堅持しており、バイデン政権はイスラエルの自国防衛の権利を肯定する一方で、イスラエルの軍事行動の容赦ない性質に対する批判を徐々に強め、人質の解放も保証する停戦を推進している。しかし、少なくとも言葉の上では、相違点がいくつかあった。外交問題評議会の上級研究員で、フォーリン・ポリシー誌コラムニストのスティーヴン・クックは、「ハリスは時に、表に出てきて、バイデン大統領よりもイスラエルに対して批判的になった」と述べている。

ハリスは、公式声明の中で、ガザ地区でのパレスティナ人の苦しみをより重視し、より共感を示してきた。これは、彼女が人道危機(humanitarian crisis)について、更なる懸念を表明するようホワイトハウスに圧力をかけたとの昨年末からのメディア報道と一致している。バイデン政権はこれらの報道に異議を唱えている。

12月にドバイで行った演説で、ハリスは、戦争のきっかけとなったハマスの攻撃の残忍な性質を再考したが、同時にガザ地区の民間人を保護するためにイスラエルに更なる努力をするよう求めた。3月にアラバマ州セルマで行った演説で、ハリスは、人質解放とガザ地区への援助流入を可能にする即時停戦を求めた。彼女の発言は停戦合意を仲介するための政権の外交努力と一致していたが、彼女の熱のこもった発言に聴衆から大きな拍手が送られた。

国務省でイスラエル・パレスティナ交渉担当特使を務めたフランク・ローウェンスタインは、ハリスの紛争に関する政策は継続性を重視するものになる可能性が高いが、バイデンとは異なるトーンを打ち出す可能性があると述べた。この認識は、戦争について、彼女と個人的に話した人たちからも同様の意見が寄せられている。

4月2日、バイデン政権のガザ政策について話し合うためにホワイトハウスでイスラム教徒コミュニティの指導者たちと会談した際、今年初めに医療任務で、ガザ地区で働いていたシリア系アメリカ人医師のザヘル・サルールは、ハリスはガザ政策に関する彼らのプレゼンテーションに感動していたと述べた。ガザ地区の人々に対する戦争の影響を懸念し、会議後に彼に近づき、人道状況について地上からの更なる報告を求めた。サルール医師は、「ハリス副大統領は共感を示していると感じた。彼女はガザ地区の民間人の窮状を明らかに気にかけていました」。また、政策に関してはバイデンと乖離はなかったものの、紛争に対するアメリカのアプローチについての彼女の表現はより明確かつ詳細だったとサルール医師は述べた。

木曜日のイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相との会談後の公の場での発言で、ハリスは強い口調で語った。ハリスは、イスラエルには自国を守る権利があるというバイデン政権の立場を繰り返したが、その方法が重要だと述べた。ガザ地区について、ハリスは、「私たちは苦しみに対して無感覚になることを許すことはできない。私は沈黙しない」と語った。

ハリスが選挙に勝ったとしても、彼女が就任するのは2025年1月になるため、その間の戦争で多くのことが変わる可能性がある。ガザ地区の状況は依然として厳しいものであるが、戦争の性質は既に大規模な作戦から、より標的を絞った(依然として致命的ではあるが)作戦へと変化している。マコフスキーは、「戦争は過去9カ月のようなものにはならないだろう。だから、ハリスが同じような選択に直面するかどうかは分からない」と語った。

-エイミー・マキノン筆

●アフリカ(Africa)

kamalaharrisforeignpolicy006
ワシントンがアフリカ大陸における外交関係の強化を目指す中、アフリカ3カ国歴訪中のハリスがガーナのケープコースト城で演説(2023年3月28日)

2022年、ワシントンで開催された主要なアメリカ・アフリカ首脳会談で、バイデンは、翌年アフリカを訪問すると誓った。しかし、彼はそうしなかった。 5月にケニアのウィリアム・ルト大統領がワシントンを国賓訪問した際、バイデン氏は再選されれば来年2月にアフリカを訪問すると約束した。今、彼は選挙戦から脱落した。

アフリカの指導者たちは長い間、ワシントンとの関与が他の地政学的優先事項のために後回しにされてきたことを批判してきた。バイデンが全く参加しなかったことは、トランプが大統領としてサハラ以南のアフリカに足を踏み入れなかったことに続くもので、アフリカ諸国のいくつかを 「くそ溜め国家(shithole countries)」と呼んだことで悪名高い。

ティーム・バイデンは、アメリカ・アフリカ首脳会談を企画し、定期的にバイデン政権の閣僚たちをアフリカ大陸に派遣することで、トランプ大統領との差別化を図った。ハリスは、アフリカ大陸を訪問した政府高官の中で最上級であり、昨年ガーナ、タンザニア、ザンビアを訪問した。

現・元政権当局者らは、ハリスのホワイトハウスも、バイデンのアフリカへのアプローチと同様の方針をとる可能性が高いと述べている。それは、閣僚レヴェルの訪問を着実に続け、アフリカ大陸が悲惨な不況に直面する中、民主政治体制と法の支配の促進について得意げにと述べるだろうということだ。民主政治体制の進歩において、地政学的な影響力を巡ってロシアや中国と競争している。

しかし、ハリス政権が誕生すれば、アフリカの指導者や住民に、アメリカ・アフリカの協力と民主政治体制に対する、アメリカの公約が単なるレトリックにとどまらないことを納得させるには、険しい戦いに直面することになるだろう。バイデン政権は、真の民主促進運動を支援するよりも、脆弱な独裁政権との短期的な安全保障上の提携を優先するという、アメリカの外交政策上の長い伝統に従ってきたためだ。西アフリカでクーデターが相次ぎ、アメリカの対テロ作戦が失敗したことで、サヘル地域は以前にも増して独裁的で、テロに脆弱で、ロシアのような、アメリカのライヴァルと手を組むことを許している。

多大な負担にもかかわらず、ハリス政権は、アメリカとアフリカの関係において、いくつかの良い方向に進むだろう。バイデン政権がビジネスとインフラ関係の拡大に重点を置いたことで、新たに約142億ドルの双方向貿易と投資が生まれ、アメリカのアフリカへの直接投資は、新型コロナウイルスの世界的大流行で急激に落ち込んだ後、再び増加に転じている。

バイデンティームはまた、政権末期のスーダン戦争(スーダンの民主政体移行にワシントンが関与して失敗したことを受けて勃発した戦争)の和平交渉を開始するために、「万歳のメリー号」を投げかけているが、その交渉がどのように行われたのかは不明だ。その間、ハリス政権はアフリカ諸国の政府を、大国間競争(great-power competition)の地政学的チェス盤の駒のように扱うことなく、大陸におけるロシアや中国との競争のバランスをとる必要がある。

-ロビー・グラマー筆

●移民(Immigration)

kamalaharrisforeignpolicy007

フロリダ州ホームステッドにある移民児童収容施設を訪れる連邦上院議員(当時)で大統領候補だったハリス(2019年6月28日)

移民は、外交政策問題の一つであり、ハリスの副大統領としてのポートフォリオの重要な部分を占めていることから、ハリスの潜在的な戦略がどのようなものになるかを評価するのがおそらく最も簡単な問題である。

共和党はハリスをバイデン政権の「国境皇帝(border czar)」と名付け、元サウスカロライナ州知事ニッキー・ヘイリー氏の言葉を借りれば、「国境を修復する(fix the border)」という一つの任務を達成できなかったとされるハリスを攻撃した。しかし移民専門家たちは、彼女の任務の範囲ははるかに限定的であり、彼女がバイデン政権の「国境皇帝」に任命されたことは一度もなかったと強調している。国土安全保障長官のアレハンドロ・マヨルカスと保健福祉長官のザビエル・ベセラが国境問題に責任を負っている。

実際には、ハリスはバイデン政権が中米3カ国(ホンジュラス、グアテマラ、エルサルヴァドル)と協力し、経済的苦難、暴力、政治的抑圧といった移民の「根本原因(root causes)」に取り組むための取り組みの陣頭指揮を任されていた。ハリスは、「根本的な原因を緩和するために、これらの国々への民間投資に関するイニシアティヴを主導する」責任を与えられた、と元米移民帰化局長官で、現在は移民政策研究所に在籍するドリス・マイスナーは述べている。

この取り組みの一環として、ハリスは、3カ国の民間セクターへの関与に対して合計52億ドル超を支出すると発表した。ホワイトハウスによれば、この公約は50以上の企業や団体から寄せられたもので、メタ、エルサルヴァドル第2位の銀行バンコ・クスカトラン、ターゲットなどが含まれる。

2021年、ハリスが副大統領就任後初の外遊でグアテマラを訪れた際、潜在的な移民に対して鋭い警告を発したことで波紋を呼んだ。「アメリカとメキシコの国境への危険な旅に出ようと考えているこの地域の人々にはっきりと言いたい。来ないように、来ないように」。この声明は、進歩主義派や移民擁護団体の一部から批判を浴びた。

南部国境に対するバイデン政権の広範なアプローチから、ハリス戦略がどのようなものになる可能性があるかが見えてくる。バイデン大統領が、移民が国境を通過する頻度が高い間は亡命を求めることを禁止するという物議を醸す大統領令に署名した後、6月の不法越境は、3年ぶりの低水準に落ち込んだ。この大統領令は「バイデン大統領によって制定された最も制限的な国境政策であり、トランプ前大統領が2018年に行った移民遮断の取り組みと呼応するものだ」とACLUは述べている。国境を越える移民は、過去最高レヴェルにまで急増していた。昨年、国土安全保障省は2000年以来、国境での月間移民数で最高を記録した。

マイスナーは、「バイデン政権は、効果的な取締り政策と同時に、私たちが移民の国であることを認識し、移民が継続できるような政策を打ち出そうと懸命になっている。そのバランスがどのようなものであるかは、まだはっきりしていない」と述べている。

カリフォルニア出身、元州司法長官、移民の子供として、ハリス自身の経歴が移民問題に対する彼女の視点を形成してきた。マイスナーは、「カリフォルニアはもちろん、現在も将来も移民によって完全に形作られている。ハリスは、個人的にも、仕事上でも、自身の経験からこれらの問題を強く把握していることは間違いない」と述べている。

-クリスティーナ・リュー筆

(貼り付け終わり)

(終わり)

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界の構造について大きく分類すると、一極(超大国が1つ)、二極(超大国が2つ)、多極(大国が多く存在する)ということになる。一極の例で言えば、ソヴィエト連邦崩壊後、世界ではアメリカのみが超大国として君臨する状態ということになる。二極は、冷戦期の米ソ、現在の米中ということになる。多極は第一次世界大戦前、第二次世界大戦前のような状況だ。ヨーロッパではヨーロッパの協調ということで、複数の大国が平和を維持するという体制になっていたが、相互に誤解と誤った認識をしてしまうと、平和が破綻するということが起きた。このことから、二極の方がお互いの意図を誤らずに認識できるということで、平和が続くということが言われている。冷戦期は世界各地で戦争や紛争は起きたが、米ソ双方が直接戦い、核戦争まで至らなかったということで、「長い平和(Long Peace)」という評価がなされている。

 一極体制は最も安定しているように見えるが、新興大国が出てくると、不安定さが増す。また、一極体制の支配国、覇権国が安全保障などで、不公平な取り扱いをするということになれば、各国が反感や怒りを持つということもある。アメリカの一極体制は、アメリカが介入した外国からの反感による「ブローバック(blowback、吹き戻し)」に遭った。

 現在の世界は、米中による「G2」体制(Great of Two)となっている。そして、世界は、これから多極化していくという予想も出ている。

下に掲載した論稿の著者ジョー・インゲ・ベッケウォルトは以下のように主張している。

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが世界の多極化に関する議論を展開しているが、現実はまだ多極化していない。現在、アメリカと中国のみが経済的、軍事的に大国として存在し、他の国はそのレベルに達していない。インドやロシアも有力候補として挙げられるが、極になるには経済力や軍事力の面で足りていない。

多極化論が人気の理由は、規範的概念としての魅力や対立回避の希望があるからだ。一極、二極、多極体制では行動や政策が異なり、誤解は誤った政策を生む可能性がある。多極化は未来に期待される可能性もあるが、現状では二極化した世界に生きる必要があり、戦略と政策はその状況に応じて考えられるべきだ。

 私は、現在は二極体制であるが、これはあくまで、アメリカがまだまだ強く、中国が弱いというところであり、二極体制の性格がこれから変化していく途中であり、しばらくは多極化しないと考えている。アヘン戦争勃発200周年の2040年、中華人民共和国建国100周年の2049年、この2040年代に中国はアメリカを追い抜くということを考えていると思う。この時期でも米中に匹敵する国は出てこず、それ以降は、中国が大、アメリカが小の二極体制が続くものと考える。その時期には、ヨーロッパ連合、インド、ロシアなどが米中に続く存在となっているだろうが(日本は脱落しているだろう)、世界の重要な決定に関与できるまでは行っていないだろう。短期的(10~30年)、中期的(30~50年)でみれば、米中二極体制が関係性の面で変化を起こしながら、続いていくことになるだろう。二極体制が安定し、平和が続いていくためには、相互の正しい理解と認識が必要ということになる。

(貼り付けはじめ)

いいえ、世界は多極的ではない(No, the World Is Not Multipolar)

-新興大国の出現という考えは人気を集めているが、間違っている。そして、深刻な政策の誤りを導くことになるだろう。

ジョー・インゲ・ベッケウォルト筆

2023年9月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/22/multipolar-world-bipolar-power-geopolitics-business-strategy-china-united-states-india/

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが主張する最も根強い議論の1つは、世界は多極化(multipolar)している、あるいはまもなく多極化するだろうというものだ。ここ数カ月、この議論は国連事務総長のアントニオ・グテーレス、ドイツのオラフ・ショルツ首相、ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領によってなされてきた。ヨーロッパ連合(EU)のジョゼップ・ボレル外務上級代表は、2008年の世界金融危機以来、世界は「複雑な多極化(complex multipolarity)」のシステムになっていると主張している。

この考え方はビジネス界でも普及しつつある。投資銀行のモルガン・スタンレーは最近、「多極化した世界を乗り切る」ための戦略文書を発表し、ヨーロッパの名門ビジネススクールであるINSEADは、そのような世界におけるリーダーシップ能力について懸念している。

しかし、政治家、専門家、投資銀行家たちが言うことに反して、今日の世界が多極化に近いというのは単なる神話に過ぎない。

その理由は単純明快だ。極性とは、国際システムにおける大国の数のことだ。そして、世界が多極化するには、そのような大国が3カ国以上存在する必要がある。現在、極を形成できるほどの経済規模、軍事力、世界的な影響力を持つ国は、アメリカと中国の2カ国だけだ。他の大国はどこにも見当たらず、当分の間は見当たらない。人口が多く経済が成長している中堅国や非同盟国が台頭しているという事実だけでは、世界が多極化する訳ではない。

国際システムにおける他の極の不在は、明らかな候補を見れば明らかだ。2021年、急成長を遂げるインドは、力を測る指標の1つである防衛費支出で第3位だった。しかし、ストックホルム国際平和研究所の最新の数字によると、インドの軍事予算は中国の4分の1にすぎない。(そして、中国の数字は一般に信じられているよりも更に高いかもしれない。)今日、インドは依然として主に自国の発展に集中している。インドの外交サーヴィスは規模が小さく、インド太平洋での影響力の重要な尺度である海軍は、過去5年間で5倍の海軍トン数を進水させた中国と比較すると小さい。インドはいつかシステムの極になるかもしれないが、それは遠い将来のことだ。

経済的な豊かさは、権力を行使する能力を示すもう1つの指標である。日本は世界第3位の経済大国だが、国際通貨基金の最新の数字によると、日本のGDPは中国の4分の1以下である。ドイツ、インド、イギリス、フランスという日本に続く、4つの経済大国は、更に小さい。

また、エマニュエル・マクロンや他の多くの人々がそのような主張を精力的に展開してきたとしても、EUは第三極(third polar)ではない。ヨーロッパ諸国には様々な国益があり、ヨーロッパ連合には亀裂が生じやすい。ヨーロッパ連合(EU)のウクライナ支援は一見結束しているように見えるが、ヨーロッパの防衛、安全保障、外交政策は統一されていない。北京、モスクワ、ワシントンがパリやベルリンと対話し、めったにブリュッセルを訪れないのには理由がある。

もちろん、ロシアは国土の広さ、膨大な天然資源、膨大な核兵器の備蓄から、大国になる可能性のある候補である。ロシアは、国境を越えて影響力を持っていることは確かだ。大規模なヨーロッパ戦争を繰り広げ、フィンランドとスウェーデンをNATOに加盟させた。しかしながら、経済規模はイタリアより小さく、軍事予算はせいぜい中国の4分の1に過ぎないため、ロシアは国際システムの第三極にはなれない。せいぜい、ロシアは中国を支援する役割しか果たせない。

多極化を信じる人々の間で広く議論されているのは、グローバルサウスの台頭と西側の地位の低下だ。しかし、インド、ブラジル、トルコ、南アフリカ、サウジアラビアなどの新旧中堅大国(middle powers)の存在は、システムを多極化するものではない。これらの国はいずれも、自国の極となるための経済力、軍事力、その他の影響力を持っていないからだ。言い換えれば、これらの国にはアメリカや中国と張り合う能力がないのだ。

アメリカの世界経済におけるシェアが縮小しているのは事実だが、特に中国と合わせると、依然として優位な立場にある。この二超大国は世界の防衛費の半分を占めており、両国のGDPを合計すると、それから下の経済大国33カ国の合計とほぼ同等となる。

先月ヨハネスブルグで開催されたBRICSサミットでBRICSフォーラムが拡大したこと(以前はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのみだった)は、多極秩序(multipolar order)が到来したか、少なくとも前進しつつある兆候と解釈されている。しかし、ブロックは極(poles)として機能するにはあまりにも異質であり、簡単に崩壊する可能性がある。BRICSは首尾一貫したブロックには程遠く、加盟諸国は国際経済秩序に関する見解を共有しているかもしれないが、他の分野では大きく異なる利益を持っている。協調関係を示す最も強力な指標である安全保障政策では、2大加盟国である中国とインドは対立している。実際、北京の台頭により、インド政府は米国とより緊密に協調するようになっている。

従って、世界が多極化していないのなら、どうして多極化論はこれほど人気が​​あるのだろうか? 国際関係に関する事実や概念を無視するという怠惰なやり方に加えて、3つの明白な説明が浮かび上がる。

第一に、多極化の考えを推し進める多くの人々にとって、それは規範的な概念である。それは、西洋の支配の時代は終わり、権力は分散している、あるいは分散しているべきだと言っている、あるいは望んでいることの別の言い方である。グテーレスは、多極化(multipolarity)を、多国間主義(multilateralism)に修正し、世界システムに均衡(equilibrium)をもたらす方法と見なしている。多くのヨーロッパ各国の指導者たちにとって、多極化(multipolarity)は二極化(bipolarity)よりも好ましい選択肢とみなされている。なぜなら、多極化はルールによって統治される世界をより良く実現し、多様な主体とのグローバルなパートナーシップを可能にし、新しいブロックの出現を防ぐと考えられているからだ。

実際に、多国間枠組は確かに想定通りに機能しておらず、西洋の人々の多くは、多極化の考えをより公平なシステム、多国間主義を復活させるより良い方法、そして、グローバルサウスとの拡大する断絶を修復する機会と見ている。言い換えれば、存在しない多極化を信じることは、世界秩序に対する希望と夢の花束の一部だ。

多極化の考え方が流行している2つ目の理由は、30年にわたるグローバル化(globalization)と比較的平和な状況の後、政策立案者、専門家、学者たちの間で、アメリカと中国の間にある激しく、包括的で、二極化した対立の現実を受け入れることに非常に抵抗感があることだ。この点で、多極化を信じるということは、一種の知的回避(intellectual avoidance)であり、冷戦が再び起こらないようにという願いの表れだ。

第三に、多極化に関する議論はしばしば権力争いの一部である。北京とモスクワは、多極化をアメリカの力を抑制し、自国の立場を前進させる手段と見なしている。アメリカが圧倒的な優位を占めていた1997年に遡ると、ロシアと中国は多極化世界と新国際秩序の確立に関する共同宣言に署名した。中国は今日では大国であるが、依然としてアメリカを主な課題と見なしている。北京はモスクワとともに、多極化という概念は、南半球を喜ばせ、自国の大義に引き付ける手段として利用している。多極化は2023年を通じて中国の外交的魅力攻勢の中心テーマであり、プーティン大統領は7月のロシア・アフリカ首脳会談で、出席した指導者らが多極化世界を推進することで合意したと宣言した。同様に、ブラジルのルラ大統領のように台頭する中堅国の指導者が多極化という概念を推進する場合、それは自国を主要な非同盟国として位置づけようとする試みであることが多い。

極、そしてそれに関する誤解が広まっていること自体が重要なのかと疑問に思う人もいるかもしれない。簡単な答えは、世界秩序における極の数は非常に重要であり、誤解は戦略的思考を不明瞭にし、最終的には誤った政策につながるということだ。極が重要な理由は2つある。

第一に、一極(unipolar)、二極(bipolar)、多極(multipolar)体制では、国家の行動に対する制約の度合いが異なり、異なる戦略と政策が必要となる。例えば、6月に発表されたドイツの新しい国家安全保障戦略では、「国際および安全保障環境は多極化が進み、不安定になっている」と述べている。多極体制は確かに一極や二極体制よりも不安定であると見なされている。多極体制では、大国は同盟や連合を結成して、1つの国が他の国を支配することを避ける。大国が忠誠心を変えた場合、継続的な再編や突然の変化につながる可能性がある。二極体制では、2つの超大国が主にお互いのバランスを取り、主なライバルが誰であるかを疑うことはない。したがって、ドイツの戦略文書が間違っていることを願うべきだ。

極は企業にとっても重要だ。モルガン・スタンレーと INSEAD は、顧客と学生を多極化した世界に向けて準備させているが、二極化したシステムで多極化戦略を追求することは、高くつく間違いとなる可能性がある。これは、貿易と投資の流れが極の数によって大きく異なる可能性があるためだ。二極化システムでは、二大国は相対的な利益を非常に気にするため、経済秩序はより二極化し、分裂する。秩序の種類ごとに異なる地政学的リスクが伴い、企業が次の工場をどこに建設すべきかという戦略を誤ると、非常に高くつく可能性がある。

第二に、明らかに二極化している世界が多極化すると、友好国にも敵国にも同様に誤ったシグナルを送る可能性がある。4月のマクロン大統領の中国訪問中に発せられた発言が引き起こした国際的な騒動が、この点を物語っている。ヨーロッパに帰る途中の機内でのインタヴューで、マクロン大統領はヨーロッパが第三の超大国になることの重要性を強調したと伝えられている。マクロン大統領が多極化について熟考する姿勢は、ワシントンやヨーロッパのフランスの同盟諸国には受けが悪かった。中国側のホストは喜んでいるように見えたが、マクロン大統領の多極化に関する考えを、米中対立で中国を支持するフランスや欧州の姿勢と混同すれば、誤ったシグナルを受け取ったことになるかもしれない。

多極体制は、敵対する超大国が2つある世界ほど、露骨に二極化していないかもしれないが、必ずしもより良い世界につながるわけではない。多国間主義の手っ取り早い解決策ではなく、更なる地域化(regionalization)につながる可能性もある。多極化を望み、存在しないシステムにエネルギーを費やすよりも、より効果的な戦略は、既存の二極体制内で対話のためのより良い解決策とプラットフォームを探すことである。

長期的には、世界は確かに多極化する可能性があり、インドはアメリカと中国に加わる最も明白な候補である。しかし、その日はまだ遠い。私たちは予見可能な将来、二極化した世界に生きることになるだろう。そして、戦略(strategy)と政策(policy)はそれに応じて設計されるべきである。

※ジョー・インゲ・ベッケウォルト:ノルウェー国防研究所中国担当上級研究員、元ノルウェー外務省外交官。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

>
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 来年2025年に、名目GDPでインドが日本を抜いて世界第4位になるという予測が日本でも報道された。日本は世界第5位に下がる。日本の衰退が印象付けられるものだが、インドの躍進スピードが大きい。現在第3位のドイツと日本の差は小さいことから、インドがドイツを抜いて世界第3位になるのも近いということになる。インドは、「西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)」の中で、存在感を増している。

 インドは中国を抜いて、世界最大の人口を抱えている。14億1700万人を誇る。名目GDPは世界第4位であるが、一人当たりのGDPにすればまだ3000ドル程度だ(中国は約1万ドル、韓国は約3万ドル)。まだまだ貧しいのであるが、これから伸びしろが大きいということになる。人口ボーナス(15歳から64歳までの人口が、それ以外の人口の2倍いる状態)もあり、これから国内需要が増大し、国内市場が巨大になっていく。外国企業にとっても魅力的な市場である。
 2014年に就任したナレンドラ・モディ首相のインフラ整備と「メイク・イン・インディア」政策という製造業育成政策で、自動車生産が伸びている。もちろん、IT関係のサーヴィス業もお家芸であり、経済成長をけん引している。ヒンドゥー・ナショナリズムを経済ナショナリズムに転化させて、国内産業を育成し、雇用を確保し、国民生活を改善していくという流れになっている。それでは、インドは、中国のように世界覇権を握るほどの大国になるかどうかであるが、世界第一の経済大国にまでなれるかどうか、については疑問が残る。しかし、これからインドは注目に値する国である。

(貼り付けはじめ)

インド経済の躍進:世界をリードする成長とチャンスの地

NEW 2024/5/23

Global X Japan

https://media.rakuten-sec.net/articles/-/45248

indianeconomicgrowthillustration001
●歴史的な高成長が続くインド経済

●モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

●インドの経済成長をまるっと捉える

■歴史的な高成長が続くインド経済

 インドの直近3年間の実質GDP(国内総生産)成長率は9.69%(2021年)、6.99%(2022年)、7.83%(2023年)と高水準です。2024年は6.81%と予測*されており、世界経済の成長率がおおむね3%で推移していることを踏まえるとインド経済の力強さが際立ちます。

 また、2023年の名目GDPは日本に次ぐ5位となり、2027年には日本とドイツを抜いて世界3位の経済大国になるとみられています*。

*IMF(国際通貨基金)による予測

 力強い経済成長を支えるのは世界一の人口、特に生産年齢人口が多いことです。国連の推計では、インドの人口は2023年に中国を抜き世界一となりました。さらに人口ボーナス期(15~64歳の生産年齢人口がそれ以外の人口の2倍以上に達する状態)が2050年ごろまで続く見通しであり、今後も巨大な人口に支えられた経済成長が持続すると考えられます。

 一方で、1人当たりの名目GDP(約2,410ドル、2022年)は1970年代の日本と同水準と低く、伸びしろが十二分にあります。2010年当時の中国でも同様に言われていたことですが、国民一人一人の所得水準が増加することで、その後中国経済は急速に拡大、今や米国を脅かす超巨大経済大国となりました。

 なお、一般的に1人当たりの名目GDPが3,000ドルを超えると家電製品や家具などの耐久消費財の売れ行きが加速し、7,000~1万ドルに達すると自動車や高級家電の普及に拍車がかかります。

indianeconomicgrowth001
(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

 インドのナレンドラ・モディ首相は現在2期目です。1期目(2014年~)ではインフラ整備や法税制改革を推進し、2期目(2019年~)では法人税引き下げや補助金制度の導入で製造業振興策に取り組みました。3期目については現在行われている総選挙の結果次第ですが、選挙公約として高速鉄道網の拡張などさらに積極的なインフラ政策を盛り込んでいます。

 また、インドは外国資本が参入しやすいビジネス環境となっています。英語が第二公用語であることや、初等教育の段階からプログラミングの授業が行われているためIT人材が豊富なことが主な背景です。

 そのため、先進国企業の業務のアウトソースを受託できる素地があります。IT分野はカースト制度の概念にない新しい職種であり、それ故、低カースト出身者が経済的に成功するための機会にもなっています。

 歴史的には中国、パキスタンなどともめる場面もありましたが、近年は経済優先の全方位外交を行っており、G7を中心とする民主主義的な国だけでなく、ロシアや中国などの権威主義的な国々とも中立的な立場で貿易を行うなど、結果として外国資本をうまく誘致できています。

 今後も外国資本により新たな雇用が生まれ、その結果として中間層を中心に所得水準が上がり、消費が拡大するという内需主導型の成長が続くと期待されます。

indianeconomicgrowth002
(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■インドの経済成長をまるっと捉える

 上記のような背景からインドの株式市場には海外投資家から資金が流入しており、インドにおける個人の資産運用への関心の高まりも相まって、主要株価指数は最高値を更新しています。

 しかし、バリュエーションの面では高い利益成長からPER(株価収益率)は横ばいで推移しており、相場に過熱感はみられません。今後も良好なファンダメンタルズを支えに中長期的な株価上昇が期待されます。

indianeconomicgrowth003

(注)株価指数はNifty50を使用。期間は2018年12月末から2024年4月末、株価は起点を100として指数化(月次、インドルピー建て)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 5月23日に、インド全体の経済成長を取りにいくETF(上場投資信託)が東証に上場しました。【188A】グローバルX インド・トップ10+ ETFは、インドが強みを持つ情報技術やコミュニケーション・サービスを含む9つのセクターを投資対象とし、各セクターを代表する大型の15銘柄を厳選します。ウエートは特定のセクターに偏らないようにするため均等にします。

 一般的なインドの株価指数(Nifty50やSENSEXなど)は時価総額加重平均のため、時価総額の大きい金融が30~40%と大きくなる傾向があります。過去のインドのGDPのセクター別の内訳をみると農業、工業、サービスの3大項目が大きく、比率を変えることなく推移しています。

 インド経済は特定のセクター、分野に偏った成長ではなく、ある程度均等に成長していることから、セクターを分散している当ETFに投資することでインド経済全体の成長を享受できます。

indianeconomicgrowth004

※四捨五入の関係で必ずしも100にならないことがあります。(注)2024年4月30日時点(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 このようにセクターを分散・銘柄を厳選することで、当ETFの対象株価指数(Mirae Asset India Select Top 10+ Index)は他のインド株価指数を上回っており、今後も相対的に高いパフォーマンスが期待されます。なお、当ETFはNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の成長投資枠の対象銘柄です。

indianeconomicgrowth005

(注)Mirae Asset India Select Top 10+ Indexの算出開始日は2024年4月5日。算出開始日以前の指数に関する情報は全て指数算出会社がバックテストしたデータ。期間は2008年6月20日から2024年4月30日。起点を100として指数化(インドルピー建て、配当込み、日次)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

=====

インドは本当に次の中国なのか?(Is India Really the Next China?)

-インド経済上昇の可能性は高いが、政府の政策が妨げになっている。

ジョシュ・フェルマン、アルビンド・スブラマニアン筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/is-india-really-the-next-china/

indiachinaeconomicgrowthillustration001

インドは中国になるだろうか? 中国経済が下降線をたどり、インドの成長に対する楽観論が世界中に広がる中で、この疑問はもはやナショナリストの熱狂的な妄想として片付けることはできない。なぜなら、少なくとも、世界は既にインドを大国のように取り扱っているからだ。

次のことについて考えてみて欲しい。2023年、カナダ国内で起きたカナダ人殺害事件と、アメリカ国内で起きたアメリカ人殺害計画にインド政府が関係しているという疑惑が持ち上がった。しかし、疑惑以上に注目すべきはその反応である。アメリカ政府は、煽動的になりかねない事態を鎮火させるために、ほとんど何も語らず、ただ裁判を無事に終わらせることを選択した。つまり、インドの傲慢さは非難されることなく容認された。これは、インドの政治的地位が新たに確立されたことを示す証拠である。

経済面に関して言えば、過去40年間の中国の経験が非常に特殊なタイプの奇跡であり、再現できる可能性が低いことは事実である。しかしながら、そうではありながらも、インドはもはやかつてのような経済的に制約された大国ではないため、中国のようになる可能性は存在する。

過去四半世紀にわたり、インドの発展はインフラによって妨げられ、インド自身の製造ニーズを満たすには、インフラの納涼区が不十分であり、インドを輸出基地として検討する外国企業にとってもまた明らかに不十分だった。しかし、過去10年間で、インドのインフラは大きく変化した。ナレンドラ・モディ首相の政府は、道路、港湾、空港、鉄道、電力、電気通信を大量に建設し、以前のインドの姿が認識できないほどになった。ほんの一例を挙げると、2014年にモディ政権が発足して以来、約3万4000マイルの国道が建設された。

インドのデジタルインフラも大きく姿を変えた。かつてはギシギシと音を立て、技術的にも後進的だったデジタルインフラは、今や最先端を行くようになり、一般的なインド人は、ごく日常的な買い物でさえスマートフォンで決済するようになった。より重要なのは、デジタル・ネットワークが全てのインド国民をカバーするようになったことで、政府は困っている人に現金を直接給付するなどのプログラムを導入できるようになり、民間企業は起業や技術革新のプラットフォームとして活用している。

同時に、モディ政権の「新福祉主義(New Welfarism)」はインド国民の生活の質を向上させた。この特徴的なアプローチは、基本的に私的な財やサーヴィスを公的に提供することを優先し、有権者にクリーンな燃料、衛生設備、電力、住宅、水、銀行口座を提供する一方で、恩恵を受けるのはモディ首相であることを明確にしている。こうしたプログラムの結果、新型コロナウイルス感染拡大のような苦難の時期にも、国家は雇用や無料の食料で弱者を救済できるようになった。インドが国家として、より良いものを構築し、提供する能力には目を見張るものがある。

これらは主要な政策成果であり、累積的な国家的努力の成果だ。これらの取り組みの多くは、実際には、モディ政権前の中央政府および州政府によって開始されたものだが、その進歩を加速させている点でモディ政権は重要な称賛に値する。そして、その成果が出ている兆しも見えている。

第一に、インドは、技能ベースのサーヴィス輸出に新たな大きな弾みをつけている。インドのサーヴィス産業は2000年代初頭にブームになったが、2008年から2009年にかけての世界金融危機の後に停滞した。そして今、再生が見られる。2022年、インドの世界市場シェアは1.1%ポイント(約400億ドル)増加し、これはスキルの重要なジャンプアップを反映している。(2023年、インドは更に世界市場シェアを拡大する可能性が高いが、そのペースはそれほど速くない)。

以前は安価なコードを書いたり、コールセンターで働いたりしていたインド人が、今では世界規模の能力センターを運営し、高いスキルを持った人材が世界のトップ企業で分析業務を行っている。JPモルガン・チェースだけでも、インドに5万人以上の従業員がおり、ゴールドマン・サックスのニューヨーク以外で最大のオフィスはベンガルールにある。アクセンチュアやアマゾンなども大規模な拠点を構えている。このブームが高層マンションの建設に火をつけ、アーメダバード、ベンガルール、ハイデラバード、ムンバイ、プネーといったハイテク都市のスカイラインに点在するようになった。建設業も大いに発展している。SUVの販売台数は急増し、高級ショッピングモールや高級レストランが誕生している。

第二に、インドで最も人口が多く、最も開発が遅れているウッタル・プラデシュ州が復活の兆しを見せている。ウッタル・プラデシュ州は、老朽化したインフラ(多くの寺院は言うまでもない)を改修し、財政を管理下に置き、自警団のヒンドゥー教の僧侶から政治家に転身したカリスマ的な宗派指導者の下、汚職や暴力を激減させている。ウッタル・プラデシュ州が最終的に魅力的な投資先になることができれば、その人口的な重さによって国全体の軌道を変える可能性がある。その変革は、インドのヒンディー語中心地域(最近までバイマル(bimaru、病んだ地域[diseased region])と蔑称されていた)が永久に低開発(underdevelopment)を強いられる訳ではないというシグナルを送ることになるだろう。

最後に、習近平国家主席の下で中国経済の下降スパイラルが加速している。その結果、資本は驚くべきペースで中国から流出し、公式の数字によれば、2023年には企業や家計の資金が正味690億ドルも流出したという結果になっている。

こうした資本のうち、わずかではあるが、インドに流れ込んでいるものがある。最も顕著なのは、アップルがインドの多くの州に工場を設立したことで、インド国内市場への供給が容易になり、特に米中間の経済的緊張が高まっている現在、輸出基盤が多様化している。その結果、国内の電子機器供給のためのチェーンが構築され、特にインド南部では2万人以上の労働者を雇用する大規模な工場の設立を計画しているところもある。これは、常に小規模で非効率な製造業を特徴としてきたインドにおいて、驚くべき現象である。

このような大規模工場が実現可能であることが証明されれば、商品輸出の急増に火をつけることになる。それは、長年苦境に立たされてきたインドの製造業だけでなく、高スキルの輸出サーヴィス・ブームを享受できなかった、低スキル労働者にとっても、展望を大きく変えることになるだろう。この計算は考慮に値する。インドの低スキル輸出は、40%を超える世界市場シェアに反映される中国の競争力レヴェルには決して到達しない。それは、先進諸国が産業基盤の多くを、1国(中国)だけにシフトすることを促した政治的・経済的な特殊事情が、もはや存在しないからだ。しかし、今後10年間で、インドが現在の3%程度のシェアを5~10ポイント高めることは十分に可能であり、これは数千億ドルの追加輸出に相当する。

良好な前兆にもかかわらず、インドが中国を追い越すという宣言は時期尚早である。それは、明るい兆しはまだ経済データには説得力を持って反映されておらず、政府の政策も新たなチャンスを実現するには不十分なままだからだ。

経済データについて考えてみよう。私たちはしばらくの間、インドが2010年代の失われた10年間を本当に脱却することができたという主張に懐疑的であった。この時代は、緩やかな成長、ほとんど構造的変化が見られず、雇用創出も弱かった。確かに、新型コロナウイルス感染拡大後に経済は回復したが、その方法は不平等であり、労働力よりも資本が、中小企業よりも大企業が、そして非公式経済で雇用されている数百万の人々よりも給与をもらっている中産階級や富裕層が優遇されている。

問題の一部は、インドがこれまで、中国の相対的な経済衰退によって生まれた新たな機会のごく一部しか活用できていないことだ。政府が「メイク・イン・インディア(インドで製品を作ろう、Make in India)」というキャンペーンを決然と展開しているにもかかわらず、多くの企業にインドでの事業拡大を納得させるまでには至っていない。実際、外国直接投資(foreign direct investment、FDI)の流入は減少している。また、中国を除く新興市場への外国直接投資の流入に占めるインドの割合も小さくなっている。

これは慎重な外国人だけの話ではない。政府が整備したインフラ整備や補助金、そして場合によっては製造業に対しての惜しみない保護主義(protectionism)にも関わらず、国内企業でさえ投資に消極的だ。プラントや機械への民間投資は、過去10年間の低迷した水準から依然として回復していない。そして、この状況が好転していることを示す説得力のある兆候はない。実際、2023年の新規プロジェクトの発表は、前年のレヴェルと比較して名目上において、減少した。

その結果、膨大な非熟練労働力の雇用創出の源泉であるインドの製造業輸出は低迷を続けている。実際、世界金融危機以降、アパレルなどの主要分野におけるインドの世界市場シェアは低下している。このような事態はモディ政権やインド中央銀行にとっても大きな懸念材料であり、中央銀行は最近、民間セクターが「行動を共にし(get its act together)」、政府の投資負担を軽減するよう促す報告書を発表した。

なぜ企業は、目の前にあるチャンスをつかむことに消極的なのだろうか? 基本的には、インドで事業を拡大することのリスクが高すぎると認識しているからである。

企業の懸念は主に3つの分野にある。第一に、彼らは政策決定の「ソフトウェア(software)」が依然として脆弱であることを懸念している。少数の国内複合巨大企業と一部の大手外資企業が有利な企業と見なされており、競争の場は平等ではなく、広範な投資環境に悪影響を及ぼしている。結局のところ、リスクが低減されたという理由で投資を引き受けるあらゆる好意的な企業に対し、リスクが増大したために投資を削減した競合他社も数多く存在する。彼らにとって、国家の恣意的な行動の犠牲者となるリスクは依然として大きい。

第二に、インド政府は輸出を促進する必要性を認識しながらも、内向き志向(inwardness)、つまり、輸入障壁には依然として強い執着を持っている。この保護主義には新たな魅力がある。それは、インドの国内市場は今や非常に大きく、国内企業は非常に発展しているため、政府の後押しを受けさえすれば、外国企業に取って代わることは容易だと多くの人が考えているからだ。当然のことながら、経済的ナショナリズム(economic nationalism)は必然的に政治的ナショナリズム(political nationalism)を伴う。

しかし、インドの国内市場は、少なくともグローバル企業が売ろうとしている、中産階級向けの商品については、特別に大きくはないというのが現実だ。また、保護主義的な措置が頻繁に発表されると、企業は遅かれ早かれ重要な海外からの供給を断たれるかもしれないとリスクを回避するようになり、実際に国内投資が減退する。例えば、昨年(2023年)8月に発表されたノートパソコンの輸入規制は、重要なIT部門の企業にパニックを引き起こした。結局、規制は緩和されたが、他のセクターでも同様の措置が実施されたため、その懸念はいまだに残っている。

結局のところ、政治と経済の間に、くさびのようにして、はまり込んでいる問題が立ちはだかっている。政治体制が安定している限り、制度の崩壊に直面しても、投資と成長は生き残り、さらには繁栄することができる。そして、モディ首相の人気は安定を予感させている。しかし、インド北部の少数民族コミュニティ、南部諸州、反政府派、農民の間で不満と反抗心が高まり、突発的な事件発生の可能性が高まっている。経済学者のジョン・メイナード・ケインズが述べた有名な言葉にあるように、「避けられないことは決して起こらない。それはいつも予想外のことだ(The inevitable never happens. It is the unexpected, always.)」。

※ジョシュ・フェルマン:JHコンサルティング社代表。国際通貨基金(IMF)インド事務所長を務めた。

※アルビンド・スブラマニアン:ピーターソン国際経済研究所上級研究員。モディ政権の首席経済補佐官を務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 BRICS、グローバル・サウス、西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)の一角を占める新興大国インドについては、最近、「2025年には、名目GDPで日本を抜いて世界第4位になる」という報道がなされた。

インドについては、旅行記などで、大変に貧しい人たちが多くいる、衛生状態が良くない、とにかく人口が多い(約14億2000万人で中国を僅差で抜いて世界第1位)などの印象があり、インドの経済大国化は信じられないという人も多いと思う。

「何で儲かっているのか?」と不思議に思う人も多いと思う(私もその1人)。なんでも、IT(インド人の数学の強さと関連して)、製造業(タタ・グループの自動車産業や製鉄など)、農業が主要産業であり、世界最大の人口を誇るので、巨大な国内市場がある。インドのGDP成長率は、新型コロナウイルス感染拡大前は、安定して5%前後を推移してきたがその後急落したが、現在は持ち直している。インドの人口ピラミッドは釣り鐘型であり、若い人たちが多く、これが「人口ボーナス」となり、これから国内市場の消費はどんどん伸びていく。
indianeconomicgrowthratesgraph20012023001
indianpopuationandgdpgraph20202027001

indianandjapanesepopulationpyramids2023001

 インドのナレンドラ・モディ首相は高い支持率を誇る。経済成長を実現し、人々の生活を改善し(トイレの建設に力を注いできた)、インド国内のナショナリズムを高揚させてきた。一方で、人口の大部分を占めるヒンドゥー教徒優先の政策を実施し、マイノリティのイスラム教徒(それでも2億人もいる)への憎悪が増大しているという面もある。インドは独立以降は、世俗国歌として、宗教は政治の中心から排除されてきたが、ヒンドゥー教徒中心になりつつある。それに対して懸念する声もある。また、インド国内の「南北問題」、貧しい北部と豊かな南部という分裂も存在する。現在のモディ首相を支える与党は、インド国民党(BJP)であり、その基盤はヒンドゥー教至上主義の民族義勇団(RSS)だ。彼らがよりナショナリズムを高揚させていくと、外交政策にも影響を与えかねないが、中国との関係が平穏であることは大きい。インドにとって重要なのは中国、そしてロシアとの距離感である。西側諸国(ザ・ウエスト、the West)とも良好な関係を維持しながら、西側以外の国々の中で存在感を増していくということになるだろう。アメリカとしては、地理的な位置関係も含めて、インドと中国の接近は防ぎたいところだが、インドはアメリカの意図を見透かして、自国の利益になるような行動を選択的に取っている。インドについてはこれからも注視していかねばならない。
narendramodi006
ナレンドラ・モディ

(貼り付けはじめ)

インドについての新しい国家像に関する思想(The New Idea of India)

-ナレンドラ・モディの統治は、リベラルではないが、より確固とした国家を生み出しつつある。

ラヴィ・アグロウアル筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/india-modi-bjp-elections/?tpcc=recirc_latest062921

4月中旬から6月上旬にかけて、数週間にわたり、世界最大の選挙が行われる。人口14億人のうち9億6000万人以上のインド国民がインド連邦議会選挙の投票権を持ち、世論調査ではナレンドラ・モディ首相と彼の率いるインド人民党(Indian People's Party、Bharatiya Janata Party、BJP)が3期連続で政権に就くことが強く示唆されている。

モディはおそらく世界で最も人気のある指導者だろう。最近のモーニング・コンサルタント社による最近の世論調査では、インド人の78%が彼の指導力を支持している。(次に支持率の高いメキシコ、アルゼンチン、スイスの指導者の支持率の数字は、それぞれ63%、62%、56%である)。モディが賞賛される理由を理解するのは難しくない。彼はカリスマ的指導者であり、ヒンディー語の巧みな演説家であり、勤勉で国の成功に尽力していると広く認識されている。彼は縁故主義(nepotism)や汚職(corruption)に手を染める可能性がほぼないとみなされているが、これは彼が73歳の男性で、パートナーも子供もいないことに起因することが多い。モディには真のライヴァルはほとんどいない。彼の党内での権力は絶対的であり、対立候補は分裂し、弱く、家柄だけは立派な王朝的と言えるものだ。G20を主催する機会を最大限に活かし、注目を集める海外訪問を行うことで、モディは世界の舞台でインドの存在感を高めた。それに伴って、モディ自身の人気も高めることに成功した。ニューデリーは外交政策でも自己主張を強め、イデオロギーや道徳よりも自己利益を優先している。これが国内向けに大きなアピールとなっている。

モディの成功は彼を非難する人々を混乱させる。結局のところ、彼は権威主義的な傾向をより強めている。モディは記者会見にほとんど出席せず、難しい質問をする数少ないジャーナリストたちとのインタヴューにも応じず、議会での議論もほとんど避けてきた。モディは権力を集権化し、カルト的な人格を構築する一方で、インドの連邦制(federalism)を弱体化させている。彼の指導の下、インドの多数派であるヒンドゥー教徒が支配的になった。このような1つの宗教の優位は、少数派に害を及ぼし、世俗主義(secularism)への国の関与に疑問を投げかけるなど、醜い影響をもたらす可能性がある。報道の自由や独立した司法など、民主政治対英の重要な柱は傷つけられている。

しかし、モディは民主的に勝利した。政治学者のスニル・キルナニは、1997年に出版した著書『インドの思想(The Idea of India)』の中で、当時、建国以来50年の歴史を持つインドを形作ったのは、文化や宗教よりもむしろ民主政治体制であると主張した。キルナニによれば、この思想の第一の体現者はインドの初代首相であり、ケンブリッジ大学出身のジャワハルラール・ネルーである。ネルーは、イスラム教徒の祖国として明確に形成されたパキスタンとは対照的な、リベラルで世俗的な国というヴィジョンに確信を持っていた。モディは多くの点でネルーとは正反対である。下層カーストの中流以下の家庭に生まれたモディ首相は、ヒンドゥー教徒のコミュニティ・オーガナイザーとして国内を何年も旅し、一般庶民の家に寝泊まりして、彼らの不満や願望への理解を深めることから、政治に関する教育を受けた。モディのインド思想は、選挙民主政治体制と福祉優先主義(welfarism)を前提としながらも、ネルーのそれとは大きく異なっている。文化や宗教を国家の中心に据え、ヒンドゥー教を通じて国家・国民であることの意識を定義し、個人の権利や市民的自由を縮小することを意味するとしても、強力な最高責任者がリベラルな指導者よりも望ましいと考えている。この全くの別の選択肢のヴィジョン、すなわち非自由主義的民主政治体制(illiberal democracy)は、モディと彼の率いるインド人民党にとって、自分たちにより大きな勝利をもたらす提案となっている。

ヒンドゥー教徒はインドの人口の80%を占める。インド人民党は、彼らが自分たちの宗教や文化に誇りを感じるように仕向けることで、このインド国民の大多数の支持を追求している。時には、人口の14%を占める2億人のイスラム教徒への憤りを煽動することで、このプロジェクトを助長することもある。インド人民党はまた、ヒンドゥー教徒が歴代の侵略者の大群によって犠牲になったと解釈する歴史も進めようとしている。ヒンドゥー教徒はカーストや言語によって分断されており、一枚岩とは言い難いが、インド人民党が国政選挙で勝利するためには、ヒンドゥー教徒の半分の支持を得るだけで十分なのだ。2014年、インド人民党は国政選挙で31%の得票率を記録し、30年ぶりに単独政党として、議会の過半数の議席を制した。2019年はより成功し、37%の得票率を記録した。

非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはジャワハルラール・ネルーを含む他のインドのこれまでの考えに挑戦している。

インド人民党の成功の少なくとも一部の要因としては、モディの知名度の浸透(name recognition)と選挙戦での精力的なパフォーマンスに起因している。しかし、1人の人物に注目しすぎることは、インドの軌跡を理解することから目を逸らすことになりかねない。モディがここ数世代でインドのどの指導者よりも権力を集中させたとはいえ、彼の中核的な宗教的アジェンダは、インド人民党や、そのイデオロギー的母体である民族義勇団(Rashtriya Swayamsevak Sangh、RSS、ラシュトリヤ・スワヤムセバク・サング、National Volunteers Organization)、500万人以上の会員を数えるヒンドゥー教社会団体・準軍事組織によって、長い間伝えられてきた。モディは2014年以来、インド人民党にとっての主要な顔であるが、党自体は1980年から現在の形で存在している。(モディの真のイデオロギー的ルーツである民族義勇団はさらに古い。来年には創立100周年を迎える)。インド人民党のヴィジョン、つまりインドについての考え方は、新しいものでもなければ、隠されているものでもない。それは選挙マニフェストに明確に記載されており、モディのセールスマンシップと相まって、投票箱の中でますます成功を収めている。

言い換えると、インドの現在の政治的状況は、一世代に一人の(once-in-a-generation)、不世出な指導者と、説得力のある代替案の少なさという供給と大いに関係があるが、需要の変化とも関係があるかもしれない。インド人民党の政治プロジェクトの成功は、インドがどのような国になりつつあるのかをより明確に示している。インドの人口の半分近くは25歳以下である。こうした若いインド人の多くは、新しい文化的、社会的な国家像を主張しようとしている。非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはネルーを含む他のインドの考え方に挑戦している。このことは、国内政策と外交政策の双方に重大な影響を与える。インドのパートナーやライヴァルとなるべき国々がこのことに早く気づけば、ニューデリーの世界的影響力の増大にうまく対処できるようになるだろう。『モディ以前のインド』の著者であるヴィナイ・シタパティは、「ネルー的なインド国家像思想は死んだ。何かが失われたのは間違いない。しかし、問題は、新しい考えがそもそもインドにとって異質なものであったかどうかである」と述べている。

インド人は、市民社会の健全性を示す重要な指標において、インドが近年どれほど落ち込んでいるかを示す報告に歯がゆさを感じている。しかしながら、こうした評価に異議を唱える価値はある。「国境なき記者団」によると、インドは報道の自由度において、2002年の139カ国中80位から、2023年には180カ国中161位にランクを落とした。世界中の民主政体を測定するフリーダム・ハウスは、2024年の報告書でインドを「部分的に自由(partly free)」としか評価せず、インド統治下のカシミール地方は「自由ではない(not free)」と判定された。過去10年間でインドよりも自由度が低下したのは、ロシアや香港などほんの一握りの国と地域だけである。世界経済フォーラムの2023年グローバル・ジェンダー・ギャップ指数では、インドは146カ国中127位だった。ワールド・ジャスティス・プロジェクトは、法の支配の遵守について、インドを142カ国中79位とし、2015年の59位からランクを下げた。ある法学者が「Scroll.in」で書いているように、司法は「急進的な多数民族決定優先決主義的アジェンダを追求するために、政府が自由に使える巨大な武器を形成している(placed its enormous arsenal at the government’s disposal in pursuit of its radical majoritarian agenda)」。ウェブへのアクセスについても考えてみよう。インドは、過去10年間で、どの国よりもインターネットを遮断しており、イランやミャンマーよりもその程度が高くなっている。

インドを観察している専門家たちが最も心配している社会的指標は、宗教の自由(religious freedom)である。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間のトラブルは今に始まったことではない。しかし、モディの率いるインド人民党は、政権に就いてからの10年間、立法を通じてヒンドゥー第一主義(Hindu-first agenda)のアジェンダを推進することに著しい成功を収めてきた。2019年には、イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方の準自治領の地位を剥奪し、同年末には選挙の年であるにもかかわらず、イスラム教徒が多数を占める近隣3カ国からの非イスラム教徒に市民権を与える移民法を成立させた。この法律は、インドのイスラム教徒が市民権を証明することをより困難にするもので、2020年3月に施行された。この発表のタイミングは、選挙上の利点を強調するものだったと考えられる。

このような立法措置よりも有害なのは、モディ政権の沈黙であり、インドのイスラム教徒にとってますます脅威を感じる状況の中で、しばしば、ヒンドゥー教至上主義への励ましの口笛を吹くことである。かつてネルーが世俗主義を強調したことで、公の場では暗黙のルールが課せられたが、今ではヒンドゥー教徒はイスラム教徒のインドへの忠誠心に比較的平気で疑問を呈することができる。ヒンドゥー至上主義(Hindu supremacy)が基準となり、これに対する批判者たちは「反国家的(anti-national)」の烙印を押される。このヒンドゥー至上主義は、2024年1月22日、モディがインド北部の都市アヨーディヤでヒンドゥー教の神ラムを祀る巨大な寺院を奉献したことで頂点に達した。2億5000万ドルをかけて建設されたこの寺院は、1992年にヒンドゥー教徒の暴徒によって取り壊されたモスクの跡地に建てられた。30年前にこの事件が起きたとき、インド人民党の指導者たちは自分たちが引き起こした暴力に反発した。今日、その恥辱は国家的誇りの表現へと姿を変えた。ボリウッド(Bollywood)のトップスターやこの国のビジネスエリートが集まった聴衆の前で、寺院の開院式で、ヒンドゥー教の僧侶の衣装を身にまとったモディは、「新しい時代の始まりだ(It is the beginning of a new era)」と述べた。

インド人であることの意味に関する、モディのヴィジョンは、少なくとも部分的には世論に表れている。ピュー・リサーチ・センターが、2019年末から2020年初めにかけてインドの宗教に関する大規模な調査を実施したところ、ヒンドゥー教徒の64%がヒンドゥー教徒であることは「真のインド人(truly Indian)」であるために非常に重要だと考えており、59%がヒンディー語を話すことも同様にインド人であることを定義する上で基礎になると答え、84%が宗教は生活において「非常に重要」だと考え、59%が毎日祈りを捧げていることが分かった。シヴ・ナダル・チェンナイ大学で法律と政治を教えているシタパティは、「インド人民党の優勢は主に需要主導型だ。しかし、進歩的な人々はこのことを否定している」と述べている。

シタパティに対しては、「彼の研究がインド人民党と民族義勇団の過激派のルーツを過小評価し、彼らのイメージ回復に役立っている」と主張する左派の批評家たちがいる。しかし、需要と供給の問題については インド人民党の優勢は、国民の多くがヒンディー語を話す北部に限られている。ハイテク企業が栄え、識字率が高く、ほとんどの人がタミル語、テルグ語、マラヤーラム語などの言語を話す裕福な南部では、インド人民党の人気は明らかに低い。南部の指導者たちは、自分たちの税金が北部のヒンディー語地帯に補助金として出されているという憤りを募らせている。この地理的な亀裂は、全国的な区割りが行われる2026年に表面化する可能性がある。野党指導者たちは、インド人民党が議会の選挙区を自分たちに有利なように変更することを恐れている。もしインド人民党が成功すれば、モディが他印した後も、ずっと選挙で勝ち続けることができるだろう。

こうした状況にもかかわらず、シタパティはこの国が民主政治体制であり続けていると主張し、「政治参加(political participation)はかつてないほど高まっている。選挙は自由かつ公正だ。インド人民党は、州選挙で定期的に負ける。あなたの民主政治体制の定義が選挙の神聖さと政策の内容に焦点を当てているのであれば、インドの民主政治体制は繁栄していることになる」と述べた。シタパティは、インド社会では文化は自由主義や個人の権利を中心としていないと語った。モディ首相の台頭はその文脈で見られなければならない。

反対を唱えるようなリベラル派のインド人たちは、表舞台から姿を消しつつある。明らかな例外は、ブッカー賞を受賞した小説家アルンダティ・ロイである。昨年(2023年)9月、スイスのローザンヌでロイは、ファシズムに堕しつつあるインドについて次のように語った。「与党インド人民党のヒンドゥー至上主義のメッセージは、14億人の国民に執拗に流布されている。その結果、選挙は殺人、リンチ、犬笛(dog-whistling)の季節となった。私たちが恐れなければならないのは、もはや指導者たちだけでなく、国民全体なのだ」。

10億人以上のヒンドゥー教徒の動員(mobilization)は、多数派の暴政(tyranny of the majority)の一形態なのだろうか? プリンストン大学で教鞭をとるインドの政治学者プラタップ・バヌ・メータはそうではないと言う。メータは「ヒンドゥー教の民族主義者は、自分たちのプロジェクトは古典的な国家建設プロジェクトだと言うだろう」と述べ、インドは独立国としてまだ若い国であるかを強調した。ポピュリズムもまた、モディ首相の政治を説明するのに満足のいく言葉ではない。彼は控えめな経歴を誇示しているが、決して反エリート主義者ではなく、実際、インドや世界のトップビジネスリーダーにインドへの投資を頻繁に勧めている。エリートたちは、時に、モディ首相の成功に直接資金を提供することもある。2017年の選挙公債規定により、インド人民党への匿名の寄付が6億ドル以上もたらされた。最高裁判所は2024年3月に、この制度を「違憲(unconstitutional)」として廃止したが、今回の選挙で大口献金者の影響を防ぐには判決が遅すぎた可能性が高い。

ニューデリーを拠点とする歴史学者ムクル・ケサヴァンは、インド人民党のアジェンダを多数民族決定優先決主義(majoritarianism)と表現する方がより正確だと主張する。ケサヴァンは、「多数民族決定優先決主義には少数派を動員する必要がある。インドはその先陣を切っている。私たちがやっているようなことをやっているのはインドだけだ。西側諸国がこのことに気づかないことに、私はいつも驚かされる」と述べている。

西側諸国がいつも気づかないのは、モディがアメリカのドナルド・トランプのような強権者とは大きく異なるということだ。トランプが共和党を凌駕するイデオロギーを広めたのに対し、モディはインド人らしさをヒンドゥー教とより密接に同一視するという、民族義勇団の100年来の運動を実現している。世論調査の結果でも選挙の結果でも、この運動が実現する時期が来ていることが明らかになっている。

前述のメータは、「人々は偏狭な考えを持っていない。トレードオフを受け入れることを厭わない」と述べ、たとえそのプロジェクトに不快な要素があったとしても、インド人民党のヒンドゥー国家という前提を受け入れるインド人が増えていることを説明した。「彼らは多数民族決定優先主義的なアジェンダが交渉決裂になるとは考えていない。少なくとも今のところは。重要な問題は、多数民族決定優先決主義がこのトレードオフを国民が受け入れることを困難にするような事態を引き起こしたときに何が起こるかということである。ここでの最大のリスクは、インドの歴史に刻まれたような、共同体による暴力が急増する可能性にある。例えば2002年、西部のグジャラート州ゴードラで、アヨーディヤから戻る列車が炎上し、58人のヒンドゥー教徒巡礼者が死亡した。当時のグジャラート州首相であったモディは、この事件をテロ行為であると宣言した。イスラム教徒が火事の犯人だという噂が流れた後、暴徒が3日間にわたって州内で暴力を振るい、1000人以上が死亡した。死者の圧倒的多数はイスラム教徒だった。モディはいかなる関与でも、有罪判決を受けたことはないが、この悲劇はモディにとって不利にも有利にも作用した。リベラルなインド人たちは、モディが暴力を止めるためにそれ以上のことをしなかったことに怯えたが、相当数のヒンドゥー教徒にとっては、モディは自分たちを守るためには手段を選ばないというメッセージになった。

それから22年後、モディはグジャラートよりもはるかに多様な国民を対象とする主流派の指導者となっている。かつて暴動は彼の経歴の中で大きな位置を占めていたが、今やインド人は、暴動を世間の注目を浴びる複雑なキャリアのほんの一部としか見ていない。共同体による暴力が再び大量に発生した場合にインド人がどのような反応を示すか、また市民社会が国民の最悪の行き過ぎを抑制する力を保持しているかどうかは未知数である。楽観主義者たちは、インドが厳しい局面を乗り越えて強くなってきたことを指摘するだろう。1975年にインディラ・ガンディー首相が非常事態を宣言し、政令による支配を許可したとき、有権者は最初のチャンスで彼女を政権から追い出した。しかし、モディは国をより強く掌握し、投票箱で勝利しながら権力を拡大し続けている。

市民たちが世俗主義や自由主義の理想だけでは生きていけないように、ナショナリズムや多数民族決定優先決主義も同じだ。最終的には、国家が成果を出さなければならない。この点で、モディの記録は複雑だ。「モディは日本をモデルとしている。文化的な意味での西洋ではなく、工業的な意味での近代的なモデルとして見ている。彼はヒンドゥー教復興主義(Hindu revivalism)と工業化(industrialization)を混合させたイデオロギー的プロジェクトを実現した。

インドはモディ首相の下、国家建設(state-building)という巨大な国家プロジェクトに取り組んでいる。2014年以降、交通インフラへの支出は対GDP比で3倍以上に増加している。インドは現在、年間6000マイル以上の高速道路を建設しており、2014年以降、農村部の道路網の距離は倍増している。2022年、ニューデリーは活況を呈している航空市場を利用し、経営難に陥っていた国営航空会社エア・インディアを民営化した。インドには現在、10年前の2倍の空港があり、国内線の利用客は2億人を超えて、2倍以上に増えている。中間層の消費支出も増えている。都市部における一人当たりの消費支出は、過去10年間で月平均146%増加した。一方、インドは悪名高い官僚主義的なハードルを取り払い、産業界にとって使いやすい国になりつつある。世界銀行が毎年発表している、「ドゥーイング・ビジネス・レポート」によると、インドは2014年の134位から2020年には63位に上昇している。投資家たちは強気のようだ。インドの主要株価指数であるBSE Sensexは、過去10年間で250%上昇した。

強権的な実力者という存在は、通常、女性よりも男性の間で人気がある。したがって、インド人民党が2019年の国政選挙で記録的な女性票を獲得し、有権者の参加と女性の投票が増加し続けているため、2024年にも再び女性票を獲得すると予測されているのは奇妙な矛盾である。モディ首相は、家庭生活を楽にするサーヴィスを巧みに展開することで女性有権者をターゲットにしてきた。例えば、地方での水道へのアクセス率は、2019年のわずか16.8%から75%以上に上昇した。モディ首相は、1億1千万個以上のトイレを建設するキャンペーンの後、2019年にインドでは屋外排泄(open defecation)が根絶されたと宣言した。また、国際エネルギー機関(International Energy Agency)によると、インドの送電線の45%が過去10年間に設置されたということだ。

私が2018年に出版した『インディア・コネクティッド(India Connected)』で書いたように、この国で最も大きな変革をもたらしているのは、インターネットの普及である。100年以上前に自動車が発明され、それに伴って州間高速道路や郊外住宅地が形成され、現代アメリカが形成されたように、安価なスマートフォンによって、インド人は急成長するデジタル・エコシステム(digital ecosystem)に参加できるようになった。スマートフォンとインターネットのブームとはあまり関係がなかったが、政府はそれを利用した。政府が運営する即時決済システム(government-run instant payment system)であるインドのユニファイド・ペイメント・インターフェイス(Unified Payments Interface)は、今や国内の現金以外の小売取引の4分の3を占めている。デジタル・バンキングと新しい国民生体認証システム(national biometric identification)の助けを借りて、ニューデリーは補助金を国民に直接送金することで汚職を回避し、何十億ドルもの無駄を省いている。

民間部門は、インドの新しいデジタル経済と物理的経済に進んで参加してきた。しかし、本号(42ページ)で2人の一流エコノミストが述べているように、民間部門は更なる投資に対して奇妙な警戒心を抱いている。例えば、モディはインドの2人の大富豪、ムケシュ・アンバニとゴータム・アダニ(ともに出身はグジャラート州)と癒着しすぎていると見られている。ニューデリーの遡及課税(retroactive taxation)と保護主義の歴史が、せっかくの企業計画を台無しにしてしまうのではないかという懸念が渦巻いている。

モディ首相は強大な権力を掌握しているため、失策をするとその影響は大規模になりがちだ。2016年、モディは突然、法定通貨としての高額紙幣を回収し、通貨廃止(demonetization)のプロセスを発表した。この動きは、多額の非課税所得を持つ人々を排除することで汚職を減らそうとしたものであったが、実際にはインドの成長を2%近く引き下げる大失敗だった。同様に、2020年に新型コロナウイルス感染症の発症にパニックに陥り、モディ首相は突然の国家封鎖(national lockdown)を発表し、その結果何百万人もの出稼ぎ労働者が急いで帰国することになり、ウイルスが蔓延する可能性が高まった。 1年後、新型コロナウイルス感染症のデルタ変種が国内に蔓延し、数え切れないほどのインド人が死亡したとき、ニューデリーはほとんど傍観していた。あの時、国家が国民を失望させたという事実は、どんなにナショナリズムやプライドでも覆い隠すことはできなかった。

朗報に飢えた国民を抱えるインドは今、最高の外交政策取引を利用しようとしている。移り変わる世界秩序の中で、方法はいくらでもある。アメリカの力は相対的に低下し、中国は台頭し、いわゆるミドルパワー諸国(middle powers)と呼ばれる国々がその地位を高めようとしている。モディは、より力強く、たくましく、誇り高き国家像を打ち出しており、インド人はその自画像に夢中になっている。

昨年(2023年)9月、カナダのジャスティン・トルドー首相が、ブリティッシュコロンビア州でインド政府の諜報員がシーク教徒のコミュニティリーダーの殺害を画策したという「信頼できる疑惑(credible allegations)」をオタワが調査中であると発表した。ニューデリーはトルドーの告発を「馬鹿げている(absurd)」と真っ向から否定した。殺害されたハルディープ・シン・ニジャールは、彼の出身地であるインド北西部のパンジャーブ州を領土とする、カリスタン(Khalistan)と呼ばれる国家の樹立を目指していた。2020年、ニューデリーはニジャールをテロリストと宣告した。

トルドー首相がカナダ国内で起きた殺人事件を公にインドを非難することは、モディにとって大恥をかくことになりかねなかった。しかしながら、この事件はモディの支持者を活気づかせた。国民的なムードは、ニューデリーはやっていないという、政府の公式見解に同意しているように見えたが、そこには重要な背景があった。それは、「もしやったのなら、正しいことをしたのだ」ということだ。

シタパティは、「それは、『私たちはやっとここまで来た。これで白人と対等に話ができる』という考えだ」。作家で国会議員のシャシ・タローが指摘したように、「略奪(loot)」という言葉さえヒンディー語から盗用されたものなのだ。インド人民党の国家建設プロジェクトは、ヒンドゥー教徒を何世紀にもわたる、過ちの犠牲者でありながら、いまや真の地位を主張するために目覚めた者として描くことで、しばしば自尊心を取り戻そうとしている。だからこそ、2024年1月22日のラム寺院の開院式は、ヒンドゥー教徒の間に、かつて自分たちが享受していた優位性を正当に主張しているという感覚を蘇らせることになった。

ステージは派手であればあるほど良い。インドは2023年の間、他のほとんどの国がおざなりにしている、輪番の議長国としてG20首脳会談の主催で力を誇示した。モディ首相にとって、それはマーケティングマシーンとなり、ニューデリーのホスト役としての誇りを宣伝する巨大な看板が設置された(常に首相の肖像画と並んで設置されていた)。2023年 9月にサミットが始まると、テレビ局は律儀に主要部分を生中継し、モディ首相が一連の世界のトップ指導者たちを歓迎する様子を放映した。

その数週間前、インド人は別の祝賀の瞬間に団結した。インドが2台のロボットを月面に着陸させ、月面に着陸した4番目の国となり、月の南極に到達した最初の国となった。テレビ局が着陸の生中継を流すなか、モディ首相は着陸の重要な瞬間にミッション・コントロールを行い、彼の顔が着陸の様子と分割された画面に映し出された。このような自己宣伝は派手に見えるかもしれないが、集団的な達成感や国民的アイデンティティにつながるものだ。

また、ウクライナ侵攻後にロシアへの制裁を求める西側諸国を嘲笑っている、モスクワに対するニューデリーの姿勢も人気がある。2022年以前、ロシアがインドに輸出していた原油は全体の1%にも満たなかったが、現在は半分以上をインドに供給している。中国とインドは合わせてロシアの海上輸出原油の80%を購入しており、西側諸国が課した価格制限のために、市場価格よりも安い価格で購入している。インド人もグローバル・サウスの多くの人々と同様、西側諸国が世界情勢に二重基準(double standards)を適用していると広く認識するようになったこともあり、道徳に対する配慮はほとんどない。その結果、道徳的な基準がないのだ。インドにとって、有利な石油取引はまさにそれである。インドとロシアは歴史的な友好関係を共有しており、双方はその継続を望んでいる。

ニューデリーが外交政策で自己主張を強めているのは、他国からより必要とされているという認識からきている。同盟諸国はこの新たな動きを認識しているようだ。アメリカにとっては、台湾海峡における中国との潜在的な争いでインドが助けに来なかったとしても、ニューデリーが北京に接近するのを防ぐだけでも、地政学的な勝利となり、他の意見の相違を覆すことになる。他国にとっては、成長するインド市場へのアクセスが最も重要である。インド人民党がイスラム教徒を敵視しているにもかかわらず、モディはペルシャ湾諸国を訪問するとレッドカーペットを敷かれての式典が行われる歓迎(red-carpet welcome)を受ける。

インドが自国の戦略的利益を把握し、その選択を明確にすることに自信を持っていることは、自国をどう見るかという広範な変化と一体のものである。モディとインド人民党は、西洋式のリベラリズムを犠牲にして自国の利益を追求することを美徳とするインドの国家像を推進することに成功している。若者の経済的願望と、相互の結びつきが強まる世界におけるアイデンティティへの欲求に訴えることで、インド人民党は一世代前には想像もできなかったような宗教的・文化的アジェンダを推進する余地を見出した。このヴィジョンは純粋なトップダウンではありえない。将来的には、インドをめぐる様々な構想が更に競われることになるだろう。しかし、モディのインド人民党が投票箱で勝ち続ければ、歴史はこの国のリベラルな実験が中断されただけでなく、異常であったことを示すかもしれない。

※ラヴィ・アグラワル:『フォーリン・ポリシー』誌編集長。ツイッターアカウント:@RaviReports
(貼り付け終わり)
(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生の書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界で核兵器を持つ国々としては、国連安全保障理事会常任理事国(アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア)、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮となっている。アメリカが開発し、ソ連が追い付き、英仏、そして中国が開発していった。そして、他の国々に拡散していった。冷戦下の米ソは、核兵器の管理とそれ以上の拡散を防ぐために、核不拡散条約を締結し、世界各国にも批准を求めた。しかし、その後も核兵器所有を望む国々はあり、実際に核兵器所有に到る国々も出てきた(南アフリカは計画を断念した)。その後、米ソ間で、核兵器削減が始まり(両国が持つ核兵器の数は他国を大きく凌駕する)、核兵器の不拡散(non-proliferation)から軍備管理(arms control)へと進む中で、米中露の間での軍備管理は難しくなっている。

 「核兵器を持てば他国からの攻撃を受けなくなる」という核抑止力思想は、冷戦期には有効であっただろうが、現在はその有効性は疑問視されている。核兵器を先制攻撃用の武器として使うことは、世界各国の非難を浴び、国家として存続できない状態になり、自国の崩壊を意味する。自国の防衛のために持った核兵器が自国の崩壊を招いてしまっては本末転倒だからだ。アメリカは報復兵器として核兵器を保有しており、アメリカに向けて核兵器を使った国を消滅させるだけの核兵器を持つということになっている。

しかし、アメリカは核兵器を自国に打たれない限り、報復手段として核兵器を使用できない。そうなれば、困った問題も出てくる。特に、国土を持たないテロリスト組織に対しては核兵器を使用できない。そうなると、核兵器を持っていても、自国への攻撃を防ぐことはできないということになる。国家間戦争では事情は異なるが、テロ組織との非対称的な戦争では、核兵器を持っても何の効果もない。また、通常兵器で攻撃された場合には、通常兵器で報復するということになる。アメリカの軍事力を考えれば、通常兵器だけでも、ほとんどの国を消滅させることが可能であるが、ブッシュ政権以降の、イラクとアフガニスタンの泥沼化を見てみると、アメリカの軍事力が有効性を持つということについては疑問符がつく。

 アメリカでは歴代政権がアメリカの「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」を行う。バイデン政権でもNPRは行われており、削減よりも核抑止力の維持を基本線としている。中国の台頭とロシアの脅威を受けて、削減傾向からの転換を図っている。しかし、核兵器を持っていることがどれほどの効果を持つのかということについて、その前提を疑うということはしていないようだ。米中露が直接的に核兵器を撃ち合う状況にならないように、管理することが基本線であるが、核兵器の抑止力に今も頼ろうと考えているようだ。

 インドとパキスタン、イスラエルとイラン(核開発進行中)といった敵対国同士が核兵器を撃ち合うという可能性についても私たちは考えておかねばならない。しかし、核兵器は使用にかなりの高いハードルがあり、「伝家の宝刀」「最終秘密兵器」ということになる。結局、使えない、持っているだけということであるならば、今からおっとり刀で、日本でも核兵器保有を行おうと考えることは愚の骨頂だ。

(貼り付けはじめ)

バイデンの核戦略は危険な世界と共存するための戦略である(Biden’s Nuclear Strategy Is About Living With a Dangerous World)

-「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review)」から5つの教訓が得られる。

マシュー・ハリス筆

2022年11月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/11/15/biden-nuclear-posture-review-deterrence-russia-china/

先月、新たな「国防戦略(National Defense Strategy)」の一環として、またロシアがウクライナで核の威嚇を続ける中、バイデン政権は「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」の公開文書を発表した。何故核兵器を保有するのか、いつ、どのように使用を検討するのか、今後どのような核兵器が必要なのか、といった方針を示すもので、ビル・クリントン大統領以降の各米大統領は1期目の早い段階で、核態勢の見直しを実施してきた。しかし、ウクライナで敗走するロシアが核兵器を振り回し、中国との緊張が高まる中、アメリカの立ち位置には注意を払う価値がある。25ページに及ぶ「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」から、5つのポイントを挙げる。

(1)中国も核兵器による威圧を試みる可能性がある(China could try nuclear coercion, too)

戦略に関する見直しは、しばしば「最後の戦争を戦う(fighting the last war)」と非難される。バイデンによる「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、現在の戦争と戦うことに大きな焦点を合わせている。ロシアは核兵器のレトリックを使って、ウクライナと西側諸国に戦争目的を縮小するよう説得しようとしている。そして、ロシアが自分たちにとっての有利な条件で戦争を終わらせるために少数の核兵器を使用するかもしれないという懸念が、この「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」に大きく関わっている。ロシアの指導者たちは、核兵器を「近隣諸国に対する不当な侵略を行うための盾(shield behind which to wage unjustified aggression against their neighbors)」と考えており、「地域紛争におけるロシアの限定的核使用の阻止は、アメリカとNATOの高い優先事項である(deterring Russian limited nuclear use in a regional conflict is a high U.S. and NATO priority)」と報告書は述べている。

最近の米国家安全保障戦略は、ウクライナにおけるロシアの通常兵器の災禍が、将来的に核兵器への依存を強めることになるため、この問題が更に悪化する可能性が高いことを示唆している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、中国がアジアで同様の戦略を採用する可能性を指摘している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」によれば、中国の驚くべき核兵器増強は、核兵器による強制や限定的な先制使用など、地域の危機や戦争における選択肢を増やすことになるという。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」が中国の将来の核兵器を「多様(diversity)」であり、「高度な生存性、信頼性、有効性(high degree of survivability, reliability, and effectiveness)」を持つと表現している点は、核兵器で先制攻撃された場合に大規模な報復を行えることに重点を置いてきた中国の歴史的に初歩的な態勢とは大きく異なる。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」自体には、これ以上具体的なことは書いていない。しかし、中国の目標は、アメリカとの本格的な核戦争にまでエスカレートすることなく、この地域での通常型紛争に勝利するために、低程度・短距離のシステムで限定的な核攻撃を用いると威嚇したり、実際に実行したりできるようにすることだという憶測に信憑性を与えている。

ワシントンは、核兵器による強制、あるいは限定的な使用が勝利の戦略であるという考えを打ち砕くことに明確な関心を持っている。これは、核のリスクそのものだけでなく、アメリカ軍の行動の自由に関するものである。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、「限定的な核兵器使用を抑止する能力は、非核兵器の通常兵器による侵略を抑止する鍵である」と述べている。敵対国が、核兵器によるエスカレーションで脅せば思い通りになると知れば、「我が国の指導者たちが、重要な国家安全保障上の利益を守るために通常の軍事力を行使するという決断を下すことはより難しくなり、その決断を下すことははるかに危険になる」と「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は述べている。

こうした懸念からは2つの現実的な意味が読み取れる。まず、広範な『国家防衛戦略(National Defense Strategy)』の他の施策と同様に、この見直しでは、限定的な核攻撃に対する回復力を高めるよう求めている。これには、通常兵器システムの防護強化、アメリカ軍と同盟諸国の軍隊の防護装備、通常戦に使用される宇宙システムの「任務保証の強化(enhanced mission assurance)」などが含まれる。その論理は、アメリカの同盟諸国が限定的な核兵器使用後も戦い続けられることを敵対国が知れば、核兵器使用は戦争を終わらせるクーデターとしての魅力を失うというものである。しかし、それは次の点を示唆している。

(2)核兵器削減は限定的であり、新兵器も準備中である(Nuclear cuts will be limited, and new weapons are in the pipeline)

バイデン政権は、限定的な核兵器使用を抑止するには、比較的限定的な核攻撃で報復を脅かすことができる必要があると考えている。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、この目的のために航空爆弾と巡航ミサイルを保持しているだけでなく、潜水艦発射弾道ミサイル用のW76弾頭タイプの低出力ヴァージョンであるW76-2弾頭も保持している。バイデンは大統領候補として、トランプ政権時代に開発されたW76-2を「悪いアイデア(bad idea)」と呼んだ。しかし、「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、「W76-2は現在、限定的な核使用を抑止するための重要な手段を提供している」と率直に述べ、ロシアと中国に対する抑止力の一環としてそれを挙げている。

トランプ政権はまた、核兵器を搭載した海上発射巡航ミサイル(sea-launched cruise missile、SLCM-N)を提案し、計画を開始していた。バイデン政権の「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」によれば、この兵器は、W76-2の追加により、アメリカには限定的な核戦争を遂行するための十分な選択肢があることを根拠に削減されるということだ。連邦議会の共和党所属議員と一部の民主党所属議員は別の考えを持っている。連邦上下両院の軍事委員会は、来年の国防権限法案(draft defense authorization bill)にSLCM-Nを再び盛り込むべく奮闘している。連邦議会がバイデン政権に研究開発費の支払いを継続するよう強制する可能性は十分にあり、共和党はバイデン政権の任期切れを待って、共和党側から出た大統領の就任によって、SLCM-Nを手に入れることを期待していると指摘している。SLCM-Nは、米戦略軍司令官の声高な支持を受けている。同様の力関係が、バイデン政権が退役を決定し、連邦議会がまだ維持しようとしている可能性がある高出力重力爆弾であるB83-1に関しても働いている。

一方、バイデン政権が新世代の大陸間弾道ミサイルを製造せず、代わりにミニットマンIII(Minuteman III)を延命させるのではないかという一部の擁護者たちの期待は完全に裏切られた。「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、NPR)」は、そのような決定は「リスクとコストを増大させる(increase risk and cost)」と断言し、後継のセンチネルミサイルに全面的なゴーサインを出した。イギリスが自国の後継核弾頭の基礎としているW93/Mk7核弾頭も、続行される。アメリカの核弾頭製造コンプレックスは、過去数十年の「部分的改修(partial refurbishment)」戦略から脱却し、ゼロから新兵器を製造するための態勢を再び整えることになる。

(3)核抑止力と非核抑止力の統合は、依然として目標である(Integrating nuclear and nonnuclear deterrence is still a goal)

「核態勢の見直し(NPR)」の中核をなす国家防衛戦略は、「統合抑止(integrated deterrence)」という考えを大々的に打ち出している。バイデン政権によれば、これは「戦闘領域、戦域、紛争範囲、米国のあらゆる国力手段、同盟とパートナーシップのネットワークをシームレスに連携する(working seamlessly across warfighting domains, theaters, the spectrum of conflict, all instruments of U.S. national power, and our network of Alliances and partnerships)」ことを意味する。従来の軍事領域では、この概念が有用かどうかについて活発な議論が行われている。そのリスクには、抑止の概念を拡大し過ぎたり、各軍が既にやりたいと考えていることを「統合抑止」として再ブランド化することを奨励したりすることだけでなく、実際に変化を導くことに失敗したりすることが含まれる。

戦略の領域では、統合には明確で具体的な意味があり、その中には物議を醸すものもある。 「核態勢の見直し(NPR)」は、どの非核兵器が抑止態勢において核兵器を「補完(complement)」できるかを評価し、「これらの能力を作戦計画に適切に組み込む(integrate these capabilities into operational plans, as appropriate)」と約束している。国家防衛戦略は、アメリカがロシア国境にある同盟諸国やパートナーが「コストの賦課を可能にする対応オプション(response options that enable cost imposition)」を開発するのを支援すると述べているのは的を射たものである。つまり、アメリカは同盟諸国の防衛を強化するだけでなく、同盟諸国がロシアの侵略を積極的に懲罰する準備を支援するだろう。バイデンの「核態勢の見直し(NPR)」はまた、核と非核の計画と演習の「より適切な同期(better synchronizing)」の必要性を強調することで、トランプ大統領時代の見直しの重要な特徴を基礎にしている。限定的核攻撃(limited nuclear attacks)に対する回復力を強化するという決定と、限定的核使用の抑止が通常戦争の抑止の一部であるという主張に加えて、今回のバイデン政権での「核態勢の見直し(NPR)」は、核と非核の政策と計画の間に明確な防火帯を避けることで、前任者の道を踏襲している。

(4)中国の核兵器増強は厳しい変化を意味するかもしれない(China’s buildup might mean tough changes)

ロシアが数千の核兵器を保有しているのに対し、中国の核兵器は現在数百に過ぎないという事実は、中国が「アメリカの防衛計画における全体的なペース配分の課題」である国家防衛戦略と、ロシアがアメリカ本土に対する唯一の存立的脅威であり続けるとされるNPRとの間で、焦点の必要な非対称性をもたらしている。しかし、この見直しは、大きく変化しつつある世界を正しく指摘している。中国は「核戦力の野心的な拡大、近代化、多様化に着手し、初期の核三極体制を確立した(embarked on an ambitious expansion, modernization, and diversification of its nuclear forces and established a nascent nuclear triad)」国であり、「我が国の核抑止力を評価する上で、ますます重要な要素となっている(growing factor in evaluating our nuclear deterrent)」と「核態勢の見直し(NPR)」は指摘している。

この変化の意味は斜めに表現されている。「核態勢の見直し(NPR)」では、「安全保障環境が進化するにつれて、米国の戦略と兵力態勢を変更することが、ロシアと中国の両国の抑止、保証、雇用の目標を達成する能力を維持するために必要になる可能性がある(as the security environment evolves, changes in U.S. strategy and force posture may be required to sustain the ability to achieve deterrence, assurance, and employment objectives for both Russia and [China])」と述べている。しかし、この答えに踊らされている疑問を解くのにそれほど解読は必要ない。中国がロシアの核保有国に加わった場合、アメリカは更に核兵器を必要とするのだろうか?

ロシアのウクライナ戦争と、中国がアメリカと同格の核兵器保有国の地位(nuclear peer status)に達するまでにはまだ長い距離があることを考慮すると、この議論はまだアメリカの公的領域に本格的に現れていない。しかし、誤解しないで欲しいのだが、それは現実のものであり、最初の警告射撃はすでにいくつか行われている。例えば、ジョージ・W・ブッシュ政権下の高名な元高官2人は2022年9月、連邦上院軍事委員会で次のように指摘した。他の核兵器保有諸国は、先制攻撃を吸収し、侵略者に報復すると同時に、他の近隣諸国を阻止するのに十分な兵力を予備として保持するために、将来的には、新STARTで現在許可されているよりも多くの弾頭の配備が必要となる可能性がある。将来、ロシアと米国の間に残された最後の核軍備管理条約である「新START」で現在許可されているよりも多くの弾頭の配備を必要とする可能性がある。

アメリカの核兵器計画に質的な変化がない場合、そしてアメリカが、核兵器で対抗する2カ国の同時先制攻撃を吸収し、なおかつその2カ国の標的を現在と同等に攻撃できるようにしなければならないと考えている場合、この論理は成り立つ。アメリカがロシアと中国の核兵器保有量に追いつくためには、より多くの核兵器が必要になる。しかし、それは物理的にも財政的にも不可能かもしれないし、ロシアや中国の反応や世界の核不拡散規範への影響という点で、受け入れがたい政治的・戦略的結果をもたらすかもしれない。バイデン政権のNPRはこの疑問に答えられなかったかもしれないが、次のNPRはおそらく答えなければならないだろう。

(5)抑止力は削減よりも優先される(Deterrence is placed over reduction)

クリントン以降の全ての大統領が、戦力と政策の変更を行う手段として、アメリカの核態勢の見直しを命じてきた。しかし、大きな変化はなかなか起きていない。バラク・オバマは、アメリカの同盟諸国がこのニューズをどう受け止めるかという懸念から、彼が望んだよりも野心的でない軍縮策を受け入れるよう説得され、アメリカ連邦上院が新STARTを批准した代償として、アメリカの核兵器インフラに彼が望んだ以上の支出を強いられた。ブッシュは、新たな抑止コンセプト[deterrence concept](いわゆる新トライアド[new triad])と新しい核兵器(強力地中貫通型核兵器[Robust Nuclear Earth Penetrator]と信頼性の高い代替弾頭[Reliable Replacement Warhead ])に関する挑発的なアイデアを持っていた。連邦議会は両方の新兵器を否決し、新抑止コンセプトは定着しなかった。

バイデンは40年以上にわたって核戦略に関する議論に熱心に参加し、一貫して軍備管理(arms control)を主張してきた。昨年(2021年)3月に発表された、バイデンの暫定戦略指針は、「わが国の安全保障における核兵器の役割を減らすための措置を講じる(take steps to reduce the role of nuclear weapons in our national security)」という指示から始まった。それは実現していない。ロシアのウクライナ侵攻以前から、核兵器の「唯一の目的(sole purpose)」は他国による核兵器の使用を抑止することであるとアメリカが言うべきだという重要な提案は失敗に終わっていた。これはバイデンが副大統領として提唱していたものであり、バイデンは国内の反対派から、「この政策は弱さを露呈している」、もしくは「核兵器の先制使用はしないと約束したに等しい、政治的な妥協に過ぎる」といった批判を受けることは避けられないと覚悟していたに違いない。しかし、アメリカの同盟諸国は、バイデン政権に対して、「唯一の目的(sole purpose)」と言えば、ロシア、中国、北朝鮮がアメリカの核兵器をあまり心配しなくなり、アメリカの「核の傘(U.S. nuclear umbrella)」の抑止効果が損なわれ、核兵器開発の意思と能力を持つ国々(the nuclear threshold)の間で、侵略を助長することになりかねないと伝えた。

トランプ政権時代に傷ついた同盟諸国との関係を揺るがしたくないと決意した政権にとって、これは殺し文句(killer argument)となった。昨年(2021年)の今頃には、「唯一の目的(sole purpose)」が事実上消滅したことは既に明らかだった。核態勢の見直し(NPR)は、「核兵器の基本的な役割は、アメリカ、同盟諸国、パートナーに対する核攻撃を抑止すること(fundamental role of nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States, our Allies, and partners)」というオバマ政権時代の公式見解を繰り返し、「核兵器は、核攻撃だけでなく、狭い範囲の他の高い影響力を持つ戦略レヴェルの攻撃を抑止するためにも必要だ(nuclear weapons are required to deter not only nuclear attack, but also a narrow range of other high consequence, strategic-level attacks)」と説明している。

このように宣言的な政策が後退し、通常兵器と核兵器の統合(conventional-nuclear integration)が重視され、限定的な核オプションの必要性が主張され(そして核戦争が「限定的(limited)」にとどまる可能性があるという前提を暗に容認している)、トランプ大統領の核兵器ポートフォリオにおけるいくつかの能力を除く、全てのの能力が維持されていることから、核兵器の役割を減らすことよりも抑止力を強化することに価値を置く見直しが行われている。

この見直しは、アメリカがこれから迎える核の10年がもたらすリスクについて、バイデン政権の少なくとも一部が真剣に考えていることを示している。それは、抑止戦略(deterrence strategy)を設計する際に守るであろう危機安定のための原則と、(アメリカとその反対国の両方による)誤った認識を回避するためのメカニズムを特定しており、核兵器の無許可発射に対する予防措置についてある程度詳細に踏み込んでいる。新STARTの後継を求め、中国との対話の優先事項を示している。しかし、アメリカは「軍備管理、核不拡散、リスク削減に改めて重点を置いている(placing renewed emphasis on arms control, nuclear nonproliferation, and risk reduction)」という「核態勢の見直し(NPR)」の主張は空虚に聞こえる。トランプ政権と比較すると、確かに改めて強調されているが、それはハードルが低いままである。

これは全て正当化できる。「核態勢の見直し(NPR)」はしっかりとした主張を行っている。戦争が起こり、継続中だ。戦争を始めた張本人は、ロシアの核兵器を誇示してアメリカ人やヨーロッパ人を威嚇しようとしている。ヨーロッパとアジアの同盟諸国を念頭に置くアメリカは、弱さを示すメッセージを送ることを懸念しただろう。そして、好むと好まざるとにかかわらず、世界的な傾向として、核兵器の重要性は低下するどころか高まっている。

バイデン政権は、核の世界を変えるために一方的なリスクを冒すのではなく、来るべき核の世界で、可能な限り生き残ることを決断した。この決断は、政府外にいる、軍備管理擁護を主張する人々(arms control advocates)を失望させ、おそらく政府内部にも失望している人々がいるだろう。いつの日か、将来の「核態勢の見直し(NPR)」は、核抑止力に依存することの長期的なリスクが大きすぎると大統領が判断し、アメリカの核兵器の役割を抜本的に縮小することが、政治的コストと敵対勢力が優位に立つ危険性の両方に見合うと決断する瞬間を示すかもしれない。しかし、今回の見直しはそうではない。

※マシュー・ハリス:ロンドンに本部を置くロイヤル・ユナイテッド・サーヴィシズ研究所核拡散・核政策部門部長。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。西側諸国が600年間も握り続けた世界覇権が西側以外の国々に移動しつつある現在を詳しく分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 西側先進諸国の政治家たちの支持率が軒並み20%台、30%台であり、40%もあれば立派なものという状況になっている。不支持率は50%、60%を超えており、単純に言えば、有権者の過半数が支持していないということになる。これに対して、アジア諸国の、民主的な選挙で選ばれた国々の指導者たちの支持率は高いということを西側のメディアも注目している。
globalleadersapprovalratings202401300205graph001

globalleadersapprovalratings202401300205graph002

 その理由は極めて単純だ。新興諸国は、国力が伸び、経済状況が改善される中で、国民にどのように還元するか、再分配するかということに集中すれば済む。日本でも高度経済成長期は、国土の発展と国民生活の向上のための再分配に集中していればよかった。公害問題などもあったが、基本的には伸びゆく日本ということで、ある程度の大盤振る舞いができた。しかし、高度経済成長が終わり、低成長、ゼロ成長の時代には大盤振る舞いどころではなくなった。また、少子高齢化など社会の構造を根本から揺さぶる問題もあり、政治家たちにしてもどう対処したらよいのか、アイディアもないという状況だ。先進諸国はどこもそうだ。結果として、国民には不満が募り、政治家たちは非難され、支持率は低下する。
ferdinandmarcosjr001
フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領(フィリピン)
narendramodi006
ナレンドラ・モディ首相(インド)

 しかし、逆に言えば、国民のニーズをつかみ、国民生活の向上ということをやれば、世界共通で支持率が上がるということになる。日本を含む先進諸国ではそれができていないということになる。

 私が注目してきたインドネシアの大統領選挙は、大統領候補プラボウォ・スビアントと副大統領候補ギブラン・ラカブミン・ラカ(ジョコ・ウィドド大統領の長男)のコンビが58%の得票率で、三つ巴の選挙戦を制した。ジョコ・ウィドド大統領が実質的に支持してきたことで、このコンビの大統領選挙での勝利は確実視されていたが、三つ巴の戦いということで、1回目の投票で過半数を得られないので、2回目の決選投票が行われると予想されていた。しかし、結果は1回目の投票で過半数を得る圧勝だった。それだけ、ジョコ大統領の人気が高いということになる。プラボウォは過去にジョコ大統領と選挙で争った間柄であったが、ジョコ大統領の路線を引き継ぐということで、彼の後継者となった。プラヴウォの次は、ジョコ大統領の長男ギブランになる可能性が高い。これから「院政」を敷くであろうジョコ大統領に鍛えられていくだろう。
prabowosubiantogibranrakabumingraka006
プラヴウォ(左)とギブラン(右)

 先進諸国のリーダーと言うのは大変なことであり、支持率が上がらないのは仕方がないことだろう。しかし、国民生活の改善、向上を行えば、支持率は上がる。そのような当たり前のことができないほどに先進諸国の置かれている状況は悪化しているということも言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

アジアの民主的に選ばれた指導者たちはどうしてこうも人気なのか?(Why Are Asia’s Democratic Leaders So Popular?)

-西側諸国の政治家たちに比べて、アジア諸国の政治家たちは正しいことをしている。

ジェイムズ・クラブトゥリー筆

2024年2月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/22/asia-democracy-politics-election-modi-prabowo-marcos-india-indonesia-philippines/

プラヴウォ・スビアントが三つ巴の厳しい選挙戦の末、インドネシア大統領選挙で圧勝した。2024年2月14日の選挙戦に関する各種世論調査の結果では、プラヴウォの勝利が確実視されていたが、専門家の多くは、1回目の投票で過半数を獲得する候補者が現れず、2回目の決選投票になるだろうと予測していた。しかし、プラヴウォ国防相は58%の得票率で記録し、予想外の大勝利を収めた。

プラヴウォの勝利には多くの原因が存在した。しかし結果が示しているのは、「アジアの新興市場民主政体国家の多くで政治指導者が驚くべき人気を得ている」という、より広範な流れを示している。豊かな西側諸国の政府首脳たちは、ほぼ例外なく、国民から非難され、多くの議会では、衰退しつつある諸政党が、連立与党を形成することさえ難しくなっている。

対照的にインドネシアでは、80%の支持率を記録して、任期を終えたジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコウィ)の後任として、プラヴウォが大統領に就任する。フィリピンでは、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領が、前任のロドリゴ・ドゥテルテ大統領と同様に好感を持たれている。そして、4月に始まるインドの選挙では、ナレンドラ・モディ首相が3回連続の圧勝を収めることがほぼ確実視されている。

このように人気の高い指導者たちにポピュリストというレッテルを貼りたいのはやまやまだ。そして、ドゥテルテのようにその言葉に当てはまる人物もいる。パキスタンの元首相イムラン・カーンもそうだ。彼の激しい反体制的なレトリックは、パキスタンの最近の世論調査で彼の政党に関連する無党派層を予想外の成功に導いた。しかし、多くの政治家たちはそうではない。プラヴウォの選挙運動では、多くの仕掛けが施されたが、一般的にポピュリストの選挙運動で見られるような、エリートへの攻撃はほとんどなかった。ジョコウィは、開発、インフラ、社会サービスに重点を置き、クリーンな統治を評価され、インドネシアの有権者から賞賛されている。彼はまた慎重な政治家でもある。

それぞれの指導者が、それぞれの国が置かれている状況の産物であることも明らかだ。プラヴウォの勝利の規模は、ジョコウィ自身の支持によるところもあるが、それはプラヴウォがジョコウィの息子を伴走者に選んだというエリートの策略に従ったものだ。フィリピンでは、有権者はマルコスの冷静な統治スタイルに好感を抱いている。インドでは、モディの人気はその宗教的ナショナリストとしての魅力に起因しており、この要素がジョコウィと世界の主要民主政体国家で、最も人気のある指導者の座を争う一因となっている。

とは言うものの、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家たちが、西側諸国の政治家をはるかに凌ぐ支持率を維持する理由を説明するのに役立つ3つの要素がある。ジョー・バイデン米大統領は先日のスーパーボウルでTikTokデビューを果たした。しかし、アジアの政治家たちは長い間、このようなプラットフォームをキャンペーンの目玉としてきた。元陸軍大将のプラヴウォは、TikTokを利用して軍人としての硬派なイメージを和らげ、漫画のような童顔のおじいさんに扮したクリップを流した。モディの再選に向けた選挙運動は既に始まっており、これもまた非常に洗練されたデジタルキャンペーンを展開している。こうしたことはすべて、人口が若い国々では重要である。インドネシアの2億人の有権者の約半数は40歳以下であり、インドの有権者たちは更に若い。

経済運営に対する特徴的なアプローチは、1つ目の要素と関連する、2つ目の要素となる。多くの場合、これは政治家が無料で物品を配ることに関係している。プラヴウォの選挙運動では、学生に無料の給食と牛乳を提供すると公約した。2022年に勝利したマルコスの選挙運動は、米の価格上限設定の公約によって助けられた。モディの選挙での支持は、調理用コンロの配布やトイレの建設といった政策によって強化されてきた。

インド政府の最高経済顧問を務めたアルビンド・スブラマニアンは、これを「新しい福祉主義(new welfarism)」の一形態と表現している。政治家が、民間セクターが提供するはずの財やサービスを提供したり、補助金を出したりする。この戦略は、経済運営が混乱している場合には有権者の支持を得にくい。しかし、力強い成長と汚職がほとんどないと思われる指導者が組み合わされれば、有権者に広くアピールするレシピとなる。

3つ目の、そして最後の問題は安全保障である。西側諸国と同様、アジアの有権者も、地政学的リスクの高まりの中で、自分たちを取り巻く世界がより危険になりつつあることを感じている。その結果、有権者は国際的な信頼性を示す指導者に投票するようになっているようだ。ここでのアピールは、伝統的な「ストロングマン(strongman、暴力使用もいとわない実力者)」指導者ではなく、世界の舞台で自国の安全を守ることを正しく主張できる指導者である。フィリピンでは、南シナ海での一連の軍事衝突の後、中国に立ち向かうマルコスの姿勢に有権者は好意的に反応した。モディは昨年のG20サミットのホスト国としての役割を巧みに利用し、世界的な政治家としてのイメージを強調した。

特に経済的な後退に直面した場合、このような高騰した支持率がいつまでも維持できるという訳ではない。例えば、マルコスの支持率は2023年後半、インフレの高騰により多少低下したが、ある世論調査によれば、80%という高い支持率から、65%にまで低下した。人気のある政治家はアジアだけの現象ではない。メキシコでは、左派の現職大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが、6年の任期満了に近づいても常に60%以上の支持率を維持している。彼の後継者であるクラウディア・シャインバウムは、6月2日に行われる国政選挙を前に、対立候補を25ポイントの大差をつけてリードしている。

アジアの指導者の多くが人気を集めていることを認めることは、アジア諸国の民主政体の状態についての懸念を軽視することでもない。スウェーデンのイェーテボリ大学のVデム研究所の報告書によれば、インド、インドネシア、フィリピンはいずれも2022年までの10年間で独裁色を強めた。プラヴウォは軍事指導者として疑わしい記録を持っているため、人権侵害の疑いでアメリカへの入国を禁止されており、ジョコウィの息子を副大統領候補に据えるという裏取引と同様に、インドネシアの民主政体の軌道について多くの懸念を起こさせている。モディのヒンドゥー教ナショナリズム政策は、2億人のイスラム教徒人口をはじめとする、インドの少数民族から警戒の目を向けられている。

しかし、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家の人気は、少なくとも、世界の民主政体の健全性について、よりポジティヴなシグナルを示している。西側諸国では、いわゆる民主政治体制の後退に関する報道は、ポピュリズム、ナショナリズム、無謀な指導者によって空洞化した独裁といった悲惨な構図を描いている。しかし、現実は必ずしもそれほど厳しいものではない。プラヴウォが勝利したからといって、インドネシアの民主政治体制が崩壊する訳ではない。マニラでマルコス王朝が復活したからといって、一族がかつて率いていた独裁体制に戻るわけではない。

もちろん、アジアの民主的な選挙で選ばれた指導者たちが完璧であるとは言えない。しかし、有権者は彼らのパフォーマンスに満足している。そして、民主政体が本当に世界中で維持されるのであれば、民主的に選ばれた、人気のある政治家たちを政府の指導的な立場に据えることは、良いスタートになるだろう

※ジェイムズ・クラブトゥリー:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。アジア国際戦略研究所元上級部長。著書に『億万長者による支配:インドの新しい黄金時代を通じての旅路(The Billionaire Raj: A Journey Through India’s New Gilded Age)』がある。ツイッターアカウント:@jamescrabtree

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行いたしました。前半はアメリカ政治、後半は世界政治の分析となっています。2024年にアメリカはどうなるか、世界はどうなるかを考える際の手引きになります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 今回は地政学の大きな流れをまとめた優れた論稿をご紹介する。著者のハル・ブランズはジョンズ・ホプキンズ大学教授で、『フォーリン・ポリシー』誌や『フォーリン・アフェアーズ』誌に多くの論稿を発表し、著書『デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突』(飛鳥新社)もある。ハルフォード・マッキンダー、アルフレッド・セイヤー・マハン、ニコラス・スパイクマン、カール・ハウスホーファーといった、地政学の大立者の思想を簡潔にまとめている。また、現代にまで引き付けて、分析を加えている。

 地政学の有名な理論としては、「ランドパワー・シーパワー」「ハートランド・リムランド」「生存権(レーベンスラウム)」といったものがあるが、簡潔に述べるならば、「イギリス、後にはアメリカが、世界を支配するためには、ユーラシア大陸から有力な挑戦者が出てこないようにする」ということである。地政学がドイツに渡れば、「ドイツが生き残るためには拡大していかねばならない」ということになった。
geopoliticsmap001

 現在に引き付けて考えてみると、「ロシアと中国を抑え込むために、アメリカは、ヨーロッパ(とイギリス)、日本を使う」ということであり、「インド太平洋」という概念を用いるということになる。これは逆を返して考えれば「ユーラシアでロシアと中国が団結して強固な結びつきで一大勢力となって、アメリカやイギリス、日本を“辺境化”する」ということになる。今、私たちは世界の中心がアメリカやイギリスであると考えるが、ユーラシアに世界の中心が移れば、アメリカもイギリスも世界の外れということになる。世界は大きな構造変化を起こしつつある。これからはユーラシア大陸の時代ということになるだろう。

 世界を大きく、俯瞰で見るために地政学は有効である。地政学的な素養は学者だけではなく、多くの人々にとっても必要である。現在の世界を説明するために、そして、新たな状況の出現を予測したり、考えたりすることは有意義なことだ。そして、新たな時代には新が地政学の思想が出てくることだろう。それが今から楽しみだ。

(貼り付けはじめ)

地政学は期待と危機の両方をもたらす(The Field of Geopolitics Offers Both Promise and Peril)

-世界で最も悲惨な学問(science)は、ユーラシア大陸を非自由主義や略奪にとって安全なものにするかもしれないし、そうした力から守るかもしれない。

ハル・ブランズ筆

2023年12月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/12/28/geopolitics-strategy-eurasia-autocracies-democracies-china-russia-us-putin-xi/

アレクサンドル・ドゥーギン(Aleksandr Dugin、1962年-、62歳)はちょっとした狂人だ。このロシアの知識人は2022年、ドゥーギン自身を狙ったと思われる、ウクライナの工作員が仕掛けたモスクワの自動車爆弾テロで、彼の娘が殺害され、西側で大きな話題となった。ドゥーギンが標的にされたのは、ウクライナでの大量虐殺を伴う征服戦争(genocidal war of conquest in Ukraine)を何年も前から堂々と提唱していたからだろう。「殺せ! 殺せ! 殺せ!」。2014年、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が初めてウクライナに侵攻した後、彼はこう叫んだ。更に、「これは教授としての私の意見だ」と述べた。娘の葬儀でも、ドゥーギンはメッセージに忠実だった。幼児だった娘の最初の言葉の中に、「私たちの帝国(our empire)」という言葉があったと彼は主張した。

本当かどうかは別として、このコメントはプーティン大統領の外交政策を形作る熱狂的なナショナリズムを知る窓となった。それはまた、よく誤解されている伝統である、地政学(geopolitics)への窓でもある。単に力の政治(power politics)の同義語として使われることも多い地政学は、実際には19世紀後半から20世紀初頭にかけて現れた、国際関係に対する独特の知的アプローチであり、その洞察(insights)と倒錯(perversions)が現代を深く形作ってきた。

ドゥーギンは1990年代、アメリカに対抗するためにユーラシア帝国を再建することで、落ちぶれた(down-and-out)ロシアがその偉大さを取り戻すことができると主張し、一躍有名になった。これは、1904年にイギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダー(Halford John Mackinder、1861-1947年、86歳で没)が提唱した「これからの時代はユーラシアに依拠する侵略者とオフショアのバランサーとの衝突(clashes between Eurasian aggressors and offshore balancers)によって定義される」という論文の奇妙な世界への応用であった。マッキンダーの論文は、地政学という学問分野の確立に貢献した。ドゥーギンの暴言やプーティンの犯罪が示すように、地政学は今日でも知識人や指導者に影響を与えている。

地政学は、地理学が、テクノロジーと相互作用するかを研究する学問であり、グローバルパワーをめぐる絶え間ない争いに関して研究する学問である。地政学が注目されるようになったのは、ユーラシア大陸という中心的な舞台を支配することで、現代世界を支配しようとする巨人同士の衝突の時代が始まってからだ。そして、冷戦後の時代に地政学が時代遅れのものに思えたとしても、酷い戦略的対立関係が再登場している今、その重要性は急劇に高まっている。しかし、20世紀の歴史と現代の戦略的要請を理解するには、地政学の伝統は1つではなく、2つあることを理解する必要がある。

マッキンダーと彼の知的継承者たちに代表される、地政学の民主的な伝統が存在する。これは恐ろしいが悪とは​​言い難い。それは、猛烈な無政府状態の世界で自由主義社会がどのように繁栄できるかを理解することを目的としているからだ。そして、ドゥーギンに象徴される独裁的な地政学学派があり、それはしばしば純粋かつ単純な毒である。この独裁学派地政学はプーティン大統領と中国の習近平国家主席の政策によく表れている。民主諸国家の政策立案者たちが新たな時代を形作るには、自らの地政学の伝統を再発見する必要がある。

経済学が陰鬱な学問だとすると、地政学はそれほど明るい科学ではない。地政学は1890年代から1900年代にかけて出現した。この時代は、帝国間の競争が激化し、交通と通信の革命により世界が1つの戦場となり、戦略家たちが危険で相互につながりのある世界で生き残るための絶対条件を見極めようとしていた時代だった。地政学の研究は常に、世界中の自由の運命の中心となりつつある超大陸であるユーラシアに特別な焦点を当ててきた。

マッキンダーが論文「歴史の地理的軸(The Geographical Pivot of History)」で説明しているように、テクノロジーはユーラシア大陸の地理を紛争の温室(hothouse of conflict)にしてきた。鉄道の普及は軍隊の移動時間を大幅に短縮し、野心的な国家、特に急速に近代化する独裁国家が陸地の端から端まで覇権を求める時代を予見していた。それらの国家が資源豊富な超大陸を征服した後は、比類なき海軍の建設に目を向けることになる。

マッキンダーの厳しい予測は、大陸の諸大国がユーラシア大陸を支配することを目指し、やがて世界を支配するというものだった。マッキンダーは、やがてロシアが世界を支配すると懸念していた。マッキンダーの言う、リベラルな超大国は、ユーラシア大陸の分断を維持することで、この世界的専制主義(global despotism)を阻止しなければならない。マッキンダーにとって、そのリベラルな超大国はイギリスだった。イギリスは、陸と海で覇権を狙う国々をけん制しながら、その周辺では、危険に晒されている「橋頭堡(bridge heads)」を保持しなければならないとマッキンダーは考えた。

アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan、1840-1914年、74歳で没)は、アメリカに出現したマッキンダーの分身のような存在であった。シーパワー(sea power)の伝道師であるマハンは、中米地峡に運河を建設し、戦艦軍団を編成し、難攻不落の海洋強国を築き上げるようアメリカに働きかけ、知的キャリアを積んだ。しかし、マッキンダーのように、マハンも超大陸を神経質に見つめていた。彼は次のように見ていた。蒸気の時代(age of steam)には、ユーラシア大陸の統合は海を隔てた国々を脅かすかもしれない。もしかしたら、ロシア皇帝が中東や南アジアを突破して、より温暖な海域とより広い地平線を目指すかもしれない。あるいは、日本やドイツが自国内の支配を確立した後、海を越えてさらに遠くを見据えるかもしれない。

マッキンダーが卓越した陸の力が卓越した海の力につながると考えたとすると、マハンはユーラシア大陸内の危険をコントロールするには、その周辺の海域を支配する必要があると考えた。そこでマハンは、米英の海洋同盟(maritime alliance between the United States and Britain)に狙いを定め、2つの海洋民主政治体制国家が海を取り締まり、それぞれの自由の伝統にふさわしい世界システムを維持することを目指した。マハンは1897年、「英語を話す民族の心情の統一(unity of heart among the English-speaking races)」こそが、「この先の疑わしい時代における人類の最良の希望となる(lies the best hope of humanity in the doubtful days ahead)」と書いている。

地政学の闘技場で重要な3人目の人物は、第二次世界大戦の世界的混乱の中で頭角を現したオランダ系アメリカ人の戦略家であるニコラス・スパイクマン(Nicholas J. Spykman、1893-1943年、49歳で没)だ。スパイクマンはマッキンダーの主張や考えを次のように改造した。最も鋭い挑戦は、荒涼としたロシアの「ハートランド(heartland)」ではなく、ユーラシア大陸に深く切り込みながら、隣接する海を越えて攻撃することができるダイナミックで工業化された、「リムランド(rimland)」の国々、すなわちドイツと日本だ。鉄道がマッキンダーを魅了し、戦艦がマハンを夢中にさせたとすれば、スパイクマンを悩ませたのは爆撃機(bomber)であった。ひとたび全体主義国家がヨーロッパとアジアを制圧すれば、彼らの長距離航空戦力(long-range airpower)が新世界(西半球)の海洋進入路を支配し、その一方で封鎖と政治戦争がアメリカを弱体化させ、殺戮に向かうとスパイクマンは考えた。ユーラシア大陸内のパワーバランスを冷酷に調整することによってのみ、ワシントンは致命的となりかねない孤立を避けることができると主張した。

現在、これらの思想家たちを分析することは憂鬱であり、逆行的でさえある。マハンは誇らしげに自らを「帝国主義者(imperialist)」と呼び、マッキンダーは中国に「黄禍(yellow peril)」のレッテルを貼った。地政学が拠り所とする二重の決定論(dual determinism)、すなわち地理が世界の相互作用を強力に形成し、世界は過酷で容赦のない場所であるということを、全員が受け入れていた。スパイクマンは1942年に「国家が生き残れるのは、絶えずパワーポリティックスに献身することによってのみである」と書いている。

それは正しくなかった。マッキンダー、マハン、そしてスパイクマンは、新しいテクノロジーと、より凶暴な暴政の夜明けによって、より恐ろしくなった世界規模での対立の時代を乗り切ろうとしていた。マハンが言うところの「個人の自由と権利(the freedom and rights of the individual)」を尊重する民主的な社会が、「個人の国家への従属(the subordination of the individual to the state)」を実践する社会からの挑戦を生き残ることができるかどうか、3人とも最終的にはそれを懸念していた。つまり3人とも、どのような戦略、マッキンダーの言葉を借りれば「権力の組み合わせ(combinations of power)」が、許容可能な世界秩序を支え、ユーラシア大陸の統合が新たな暗黒時代の到来を告げるのを防ぐことができるかを見極めようとしていた。

この民主学派地政学(democratic school of geopolitics)は、非自由主義的な諸大国によって運営される超大陸を、避けるべき悪夢とみなした。権威主義学派地政学(authoritarian school)は、それを実現すべき夢と考えた。

自由主義の伝統に彩られた地政学が英米の創造物であるとすれば、より厳しく独裁的な倫理観を持つ地政学はヨーロッパ大陸で生まれたものだ。後者の伝統は、19世紀後半にスウェーデンの学者ルドルフ・チェーレン(Rudolf Kjellen、1864-1922年、58歳で没)とドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel、1844-1904年、59歳で没)が始まりである。これらの思想家たちは、ヨーロッパの窮屈で熾烈な地理学の産物であり、当時の最も有害なアイデアのいくつかを生み出した。

チェーレンとラッツェルは社会ダーウィニズム(social Darwinism)の影響を受けていた。彼らは、国家を拡大しなければ滅びる生命体とみなし、国民性を人種的な用語で定義した。彼らの一派は、1901年にラッツェルが作り出した「生存圏(Lebensraum)」、生活空間(living space)の探求を優先した。この伝統は、大陸の征服と開拓に成功したアメリカからインスピレーションを得ることもあったが、帝国ドイツのように、拡張主義的なヴィジョンと非自由主義的、軍国主義的な価値観が両立していた国々で最も開花した。そしてその後の数十年の歴史が示すように、この反動的でゼロサムの傾向を持つ地政学は、前例のない侵略と残虐行為の青写真(blueprint)となった。

このアプローチの典型は、カール・ハウスホーファー(Karl Haushofer、1869-1946年、76歳で没)である。彼は第一次世界大戦時には砲兵司令官を務め、1918年の敗戦後、ドイツ復活(German resurrection)の大義を掲げた。ハウスホーファーにとって、地政学は拡大と同義だった。第一次世界大戦後、ドイツは連合国によって切り刻まれた。ドイツが取るべき唯一の対応は、「現在の生活空間の狭さから世界の自由へと爆発することだ(out of the narrowness of her present living space into the freedom of the world)」と彼は書いている。ドイツは、ヨーロッパとアフリカにまたがる資源豊富な自国の帝国を主張しなければならない。抑圧され、持たざる国、すなわち日本とソヴィエト連邦が、ユーラシア大陸と太平洋の他の地域でも同様のことをすると、彼は信じていた。

ハウストホーファーが「汎地域(pan-regions)」と呼ぶものを統合することによってのみ、修正主義諸国は敵に打ち勝つことができた。また、協力することによってのみ、敵、すなわちイギリスによる分割統治(divide-and-conquer)を阻止することができた。この地政学の目標は、独裁的な軸によって支配されるユーラシアであった。マッキンダーが警告していたことを、ハウシュホーファーは彼の著作から惜しみなく借用し、実現する決意を固めた。

騒乱や殺人なしにこれが達成できるという気取りはなかった。ハウスホーファーは「世界は、政治的な整理整頓(political clearing up)、権力の再分配を必要としていた。小国はもはや存在する権利がない」と書いている。ハウストホーファーは、1930年代後半から1940年代初頭にかけてドイツが行った「生存圏」の獲得という殺人行為を支持することになった。

ハウスホーファーは、アドルフ・ヒトラーが1920年代に収監されている間、アドルフ・ヒトラーの相談役を務めていた。ヨーロッパのライヴァルを排除することの重要性、東方における資源と空間の必要性など、ヒトラーの『我が闘争(Mein Kampf)』の中心的主張は、純粋なハウスホーファーの主張であったと歴史家のホルガー・ヘルヴィッヒは書いた。ヒトラーが英米のシーパワーへの回答として提唱した広大なユーラシア陸軍帝国も、同様にハウスホーファーの思想に影響を受けたものだった。歴史上最も大胆な土地強奪は、ヒトラーの誇大妄想(megalomania)、病的な人種差別主義、権力への壮大な渇望に起因する。それはまた、悪の地政学(geopolitics of evil)に支えられていた。

国家と国家の衝突は思想の衝突である。20世紀を解釈する1つの方法は、民主学派地政学が独裁主義的な地政学を打ち負かしたということである。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして冷戦において、根本的に修正主義的な諸国家(radically revisionist states)は、ハウストホーファーの脚本をそのまま実行に移した。ドイツ、日本、ソヴィエト連邦はユーラシア大陸の広大な土地を占領し、近隣の海と争った。支配地域は、時には殺人的な残虐性をもって統治された。しかし、リベラルな超大国が指揮を執り、民主国家が持つ最高の地政学的洞察に導かれた世界連合によって、彼らは最終的に敗北した。

マッキンダーによれば、これらのオフショア(ユーラシア大陸から離れた)諸大国(offshore powers)は、ユーラシア大陸の捕食者たちが超大陸を蹂躙し、彼らの注意が完全に海洋に向くのを防ぐために、陸上に同盟諸国を育成した。マハンが予見したように、米英は大西洋を支配し、ワシントンの圧倒的なパワーを発揮させるために同盟を結んだ。そして、スパイクマンが推奨したように、アメリカは大西洋と太平洋にまたがる同盟関係を構築し、かつての同盟国であったソ連を封じ込めるために、日本とドイツという改心した敵を利用することで、ユーラシア大陸の分断を維持することに最終的に関与することになる。

実際、こうした闘いでは道徳的な妥協が繰り返された。西側民主政体諸国は、第二次世界大戦ではソ連の指導者ヨシフ・スターリンと、冷戦後期では中国の指導者毛沢東と悪魔の取引(devil’s bargains)をした。彼らは、封鎖、爆撃、クーデター、秘密介入といった戦術を用いたが、それはより高い善への貢献によってのみ正当化できるものだった。スパイクマンは、「全ての文明的生活は、最終的にはパワーにかかっている。と書いている。民主政体諸国は、世界最悪の侵略者が最も重要な地域を支配するのを防ぐために、冷酷にパワーを行使した。

1991年のソヴィエト連邦の戦略的敗北と解体によって頂点に達したこれらの勝利の報酬は、繁栄する自由主義秩序と、グローバル化と民主化によって地政学が時代遅れになったという感覚であった。しかし残念なことに、世界は今、独裁的な挑戦者たちが古い地政学的思想を武器とする、新たな対立の時代に突入している。

プーティンの新帝国主義プログラム(neoimperial program)について考えてみよう。1990年代から、ドゥーギンは、ロシアは覇権主義的な「大西洋主義者」連合(“Atlanticist” coalition)によって存在を脅かされていると主張し、ロシアの安全保障エリートたちの間でその名を知られるようになった。ハウホーファーと同様、ドゥーギンはマッキンダーを逆転させることで活路を見出した。ドゥーギンは2012年に、モスクワにとっての最良の戦略は「私たち自身の手でロシアのために偉大な大陸ユーラシアの未来を作ることだ(great-continental Eurasian future for Russia with our own hands)」と書いている。旧ソ連の諸共和国を取り戻し、不満を抱く他の国々と結びつきを強めることで、ロシアはユーラシア修正主義者のブロック(bloc of Eurasian revisionists)を構築することができる。「ロシアの核心地域(The heartland of Russia)」は「新たな反ブルジョア、反米革命の舞台(“staging area of a new anti-bourgeois, anti-American revolution)」だとドゥーギンは1997年に書いた。西側諸国ではプーティンとドゥーギンの結びつきはしばしば誇張されてきたが、後者の著作は前者が何をしたかを知る上で悪くない指針となる。

プーティンのロシアは、その支配から逃れようとした近隣諸国(グルジアとウクライナ)の領土を分割し、一方で毒殺、戦略的腐敗、その他の戦術を駆使して他のポスト・ソヴィエト諸国を従属させ、隷属させてきた。西側諸国の政治的不安定を煽り(これもドゥーギンが提唱した共同体を崩壊させる戦術である)、その一方で、プーティンの言葉を借りれば、「現代世界の両極の1つ(one of the poles of the modern world)」として機能しうるユーラシアの制度を構築しようとしている。その一方で、プーティンはユーラシアを独裁的で反米的な大国の要塞とすることを目指して、中国やイランと擬似的な同盟関係を結んでいる。プーティンはまたもやドゥーギンの言葉を引用し、ロシアは「リスボンからウラジオストクまで」広がる「共通地帯(common zone)」を作らなければならないと述べている。プーティンはまた「ユーラシア超大陸は、ロシアが守るべき“伝統的価値”の避難所(a haven for the “traditional values”)であり、ロシアが利用すべき“大いなる機会”の源泉(a source of “tremendous opportunities”)である」と述べた。

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻は、広々としたユーラシア大陸の中心地とダイナミックなヨーロッパ大陸の縁を結ぶウクライナを征服することで、この計画を加速させることを意図していた。ここでプーティンは、ドゥーギンが規定した血なまぐさい倫理観をもって、ロシアの「偉大な大陸ユーラシアの未来(great-continental Eurasian future)」を追求した。拷問、強姦、殺人、去勢、大量拉致、ウクライナの民族的アイデンティティを抹殺する組織的な努力は、専制的な政権の残虐性を帯びたユーラシア拡張の地政学の再来を示している。

中国の国家運営もまた、おなじみの弧を描いている。第二次世界大戦以来最大の海軍増強を行うことで、北京は台湾を奪取し、スパイクマンが西太平洋の「限界海域(marginal seas)」と呼ぶ重要な海域を支配する力を身につけようとしている。この目標を達成すれば、中国はユーラシア大陸で最も活気のある地域の覇者となる。また、世界中に基地を持つブルーウォーター・ネイヴィー(外洋海軍)への投資を自由に行うことで、習近平の言葉を借りれば「海洋大国(great maritime power)」となる。マハンが生きていれば、きっとこの中国の動きに注目していたことだろう。

マッキンダーの思想を応用した考えが中国の戦略にも反映されている。習近平の「一帯一路(the Belt and Road)」構想は、それに続くいくつかのプログラムと同様、東南アジアから南ヨーロッパ、そしてそれより遠方の国々を、経済的、技術的、外交的、そしておそらくは軍事的な影響力で包み込むことを意図している。これがうまくいけば、中国は中国中心の超大陸の周縁部(periphery of a Sino-centric supercontinent)にしがみつこうとしているヨーロッパに対して、圧倒的な地位を占めることになり、おそらくは北京が管理するシステムの中で、アメリカを二流の地位に追いやることさえできるだろう。学者ダニエル・S・マーキーは著書『中国の西方水平線』の中で、「ユーラシア大陸の資源、市場、港湾へのアクセスは、中国を東アジアの大国から世界の超大国へと変貌させる可能性がある」と書いている。習近平の中国は、人民解放軍の劉亜州上将が2004年に提言したように、「世界の中心を掌握する(seize for the center of the world)」ことを決意した。

しかし、中国の国家運営がマハンとマッキンダーの見識を採用しているとすれば、その意味するところは独裁的な伝統に沿ったものということになる。中国の外交官たつは、台湾が中国と統一された後に台湾の住民を「再教育(reeducate)」することを約束しているが、この脅しは20世紀最悪の犯罪の記憶を呼び起こさせる。中国が支配するユーラシア大陸は、ハウスホーファーが誇りに思うような権威主義的な汎地域となるだろう。北京とモスクワは、時には上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)を通じて協力し、中央アジアにおける潜在的なカラー革命(color revolutions)を阻止し、国境を越えて逃亡する反体制派を追い詰めてきた。その一方で、専制政治の近代化は北京の積極的な援助によって続けられている。「中国のデジタル・シルクロード(China’s Digital Silk Road)」は、最先端の監視装置を装備することで、非自由主義的な政府を強化している。

膨張と抑圧がどのように相互作用しているかを示す最も明確な例は、中国国内において見られる。習近平政権は新疆ウイグル自治区を、ウイグル族を強制収容所に押し込め、容赦ないデジタル弾圧を実施することで、人道上のホラーショーと化している。北京は「独裁の器官(organs of dictatorship)」を駆使し、「絶対に容赦しない(absolutely no mercy)」と習近平は2014年に指示した。この政策の根拠は地政学にある。新疆ウイグル自治区は、中国のユーラシア大陸への重要な輸送ルートの上に位置しているため、「新疆ウイグル自治区は特別な戦略的意義を持つ(Xinjiang work possesses a position of special strategic significance)」と習近平は述べている。それは、中国の力によって残虐行為が拡散することを予感させるものだ。

ハウホーファーの後継者たちは、非自由主義と略奪にとって安全なユーラシアを求めている。民主世界はその試練に応えるため、自らの地政学的系譜を復活させる必要がある。

ワシントンは今、マハンが夢見たような艦隊のような戦艦を必要としているわけではない。

技術革新は、その本質ではないにせよ、ライヴァル関係のリズムを変化させる。今日の競争は、新しい能力と新しい戦争領域を特徴としており、かつてないほど長距離の敵を攻撃することが容易になっている。しかし、いくつかの現実は変わらない。グローバル秩序を安定させるには、その中心にある悪意ある覇権主義(hegemony)を回避する必要がある。民主学派地政学は、このように常に変化しながらも、私たちが考えているほど斬新ではない世界をナビゲートするための心象地図(mental map)と一連の原則を提供している。

第一に、地政学とリベラルな価値観は相反するものではない。後者を守るには前者をマスターすることが不可欠だ。自由主義世界は理性、道徳、進歩を称賛するが、地政学的伝統は闘争と争いを強調する。しかし、西側の自由主義秩序の前提条件は、二度の世界大戦と冷戦において、自由の最も恐ろしい敵を打ち砕くか封じ込める力の組み合わせを生み出すことであった。世界が、ほんの数年前に出現した、破滅的な戦争や独裁的な優勢から安全ではなくなっていることを考えると、リベラルな価値観の隆盛には、パワーポリティックスにおいて地政学をスムーズに応用できる能力を国家が持つことが再び必要となるだろう。

地政学を学ぶ者なら、2つ目の洞察も理解できるだろう。スパイクマンは、ユーラシア大陸が枢軸諸国(the Axis)に制圧されそうになっていた1940年代初頭に、彼の代表的な著作を執筆した。リベラル勢力がどん底状態に陥ったことが、ユーラシア大陸の均衡が新たに崩れないようにすることで、次の戦争を防ぐ戦略を求めるスパイクマンの主張につながった。

スパイクマンが着想した戦略の歴史的成果のおかげで、西側諸国は、プーティンがウクライナに強硬に攻撃しないように、重要な援助を提供することで、東ヨーロッパの奥深くでロシアと均衡を保つことができるようになった。ワシントンとその同盟諸国は、中部太平洋ではなく台湾海峡で北京の力を牽制することができる。このような立場を維持するための軍事的・外交的要求は重いが、修正主義者たちが勢いづいた後に、より弱い立場からバランスを取ることに比べれば、その要求が少ないことは確かである。

ポジションを維持するためには、第3の原則を守る必要がある。それは、地政学とは同盟政治(alliance politics)であり、ユーラシア大陸の覇権をめぐる戦いは、同盟の構築と破棄の競争ということだ。スパイクマン、マッキンダー、マハンが把握していたように、海外の大国は、たとえ超大国であっても、最前線の同盟国の助けがあって初めてユーラシア大陸の情勢を調整することができる。逆に、覇権国家を目指す国は、海外からの支援を阻止し、隣国を孤立させることによってのみ、隣国を制圧することができる。

したがって、ユーラシア大陸のバランスは、アメリカが旧世界の周辺地域に介入するために必要な主権的、軍事的優位性を維持できるかどうかにかかっている。しかし、たとえ強制、賄賂、選挙妨害、その他の介入戦術を用いる敵対者に対して、遠く離れた大陸にアクセスし、影響力を与え、追加の能力を与える同盟と安全保障ネットワークをワシントンが適応させて強化すればそれは問題ではない。それらの同盟は全く別のもとして考える必要がある。

マッキンダーが思い起こさせるように、パートナーのタイプや場所も重要である。中国との戦いは主に海洋問題である。しかし、これは4つ目の教訓であるが、ランドパワーとシーパワーは、たとえその相対的なメリットが際限なく議論されるとしても、互いに補完し合うものである。ワシントンが太平洋で孤立無援の敵に直面することを望むならば、ヴェトナムや特にインドなど、中国の脆弱な陸上国境に沿ってディレンマを生み出すような友好諸国の存在が必要になる。

ヴェトナムもインドも理想的なパートナーではないが、これは第5の原則を強調している。アメリカにとって戦略とは、民主的な団結と卑劣な妥協を融合させる技術である(art of blending democratic solidarity with sordid compromises)。ユーラシア大陸の大西洋と太平洋の縁に広がる自由民主諸国は、ワシントンの連合の中核である。しかし、バランスを維持するには、常に非自由主義的なアクターたちと非自由主義的な行為が関与してきた。

この世代の修正主義者たちを封じ込めるには、シンガポールからサウジアラビア、トルコに至るまで、友好的な、あるいは単に二律背反的な権威主義者の弧に対峙する必要がある。ライヴァル関係の激化によって、ワシントンが秘密裏の謀略、経済的妨害工作、代理戦争に手を染めることになっても、ショックを受ける必要はない。覇権をめぐる争いは、比較的立派な民主国家に醜いことをさせるものである。

しかし、第6の教訓を忘れてはならない。ユーラシアの争いは一次元的なものでも、単地域的なものでもない。マハン、マッキンダー、そしてスパイクマンはみな、ユーラシア大陸を巨大で相互に結びついた舞台と見なしていた。最近では、アメリカにとって本当に重要なのは台湾だけであり、軍事力だけが真に重要なパワーの一種であるという、より還元主義的な見方(reductionist view)をする分析者たちもいる。西太平洋で中国に敗戦した場合の結果は、確かに画期的なものとなるだろう。しかし、自由世界が直面している問題はそれだけではない。

今日のウクライナにおける仮定の話ではない戦争の結果は、バルト海から中央アジアまでの戦略的バランスを形成し、ユーラシアの独裁国家とそれに対抗する自由民主政体国家との間の優位のバランスを形成する。だからこそ、ウクライナを切り離せという声は、ワシントンの最も脆弱な西太平洋の同盟諸国からはほとんど聞こえてこないのだ。

更に言えば、マッキンダーが1904年の論文で書いたように、中国は対外的にも対内的にも拡大することができる。ユーラシア大陸に進出すれば、「偉大な大陸の資源に海洋の出入り口を加える(add an oceanic frontage to the resources of the great continent)」ことができる。また、スパイクマンが付け加えるように、政治戦争(貿易、技術、その他の非軍事的手段の利用)は、戦争そのものと同様に敵を軟化させることができる。つまり、これらの思想家たちは、北京の経済的・技術的影響力を封じ込めることは、その軍事力を牽制するのと同じくらい重要であり、ワシントンがユーラシア大陸の一部分に焦点を当て、他の地域を排除するような単純なことはできないということを理解している。

その多くは、将来に対する厳しい見通しを示している。しかし、民主学派地政学が冷徹なパワーに関する計算の専門知識を必要とするのであれば、それだけに限定することはできない。最後の洞察は、世界的な危機は創造の機会であるということだ。

20世紀において、ユーラシア大陸における挑戦諸国の活動は、世界の民主国家に前例のない協力を呼び起こした。ユーラシアの挑戦諸国の活動は、世界の民主国家にかつてない協調を呼び起こし、侵略の計画を退けるとともに、世界の多くの地域にかつてない繁栄と幸福をもたらした自由主義秩序の基礎を築いた。現在の対立関係の中で成功する連合とは、20世紀の時と同様に、地球規模のグループが、かつてないほど軍事的、経済的、技術的、外交的に団結して、この時代の最も差し迫った課題に対処するものである。マッキンダーは、「反感を買う個性(A repellent personality)」には「敵を団結させる(uniting his enemies)」という美点があると書いた。民主学派地政学の目標は、今日また新たな時代の創造を可能にする安全保障を提供することであるべきだ。

ハル・ブランズ:ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ記念高等国際関係大学院(SAIS)ヘンリー・A・キッシンジャー記念特別教授、アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員。ツイッターアカウント:@HalBrands
(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ