古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:インド

 古村治彦です。

 カマラ・ハリス米副大統領の外交政策に関しては今の段階ではほぼ分かっていない。そもそもハリスはカリフォルニア州で検察官としてキャリアを重ね、州の司法長官(検事総長のような存在)となり、その後は連邦上院議員となったが1期目途中で、副大統領となった。副大統領時代の主な仕事は南部国境対策で、外交政策らしいものと言えば、この時が初めての経験ということになるだろう。米副大統領が独自に外交政策を行うことはできず、大統領の代理で外国訪問をするとかそういうことが主な仕事となる。

 それでも、これまでのハリスの発言などをまとめた素晴らしい記事が出ていたので紹介する。簡単に言えば、ハリスはヒラリー・クリントンのエピゴーネンに過ぎず、「ヒラリー2.0」という存在でしかない。口を開けば「人権、人権」と相手を責め立て、交渉も何もあったものではない。ヒラリーの人道的介入主義派の一部と言わざるを得ない。
kamalaharrishillaryclinton001

 例えば、自身の母親の出身国インドに関しては、祖父は高名な外交官で、子供時代に何度も訪れ、祖父の影響で公職を目指したそうだが、アメリカのインド太平洋戦略における最重要の存在という位置づけで、アメリカ政府もインド政府も、ハリスの存在には期待感を持っているだろうに、カシミール地方の人権問題をわざわざ取り上げている。これではインド政府としては、「せっかくインド系と言ってもこれじゃあなぁ」ということになる。

 対ロシアに関しては、ロシアを強硬に非難し、交渉相手になれそうにもない。ウクライナとロシアの間の停戦交渉では「誠実な仲介人(honest broker)」が必要であるが、ハリスではその役割を果たすことはできない。ロシア側はハリスに対して既に、「ロシア国営メディアは直ちに民主党の新たな旗手への攻撃を開始した。モスクワ国立大学国際政治学部長のアンドレイ・シドロフは、ロシア国営テレビのウィークリー・トーク番組で、「核のボタンを持ったカマラは手榴弾を持った猿よりも悪い(Kamala with the nuclear button is worse than a monkey with a grenade)」と語った」と酷評している。対中国でもバイデン政権移譲のことはできない。関税の引き上げ競争クライで済めばよいが、ハリスが対中国で緊張を増大させ、戦争の危険が高まるということが考えられる。

 ハリスは、非常に定式的な外交を展開することが考えられる。「善か、悪か」の二元論、理想主義で、突っ走るのは非常に危険である。アメリカ国民には本格的な「ヒラリー・クリントン政権」の誕生を阻止してもらえるように期待したい。

(貼り付けはじめ)

カマラ・ハリス・ドクトリン(The Kamala Harris Doctrine

―民主党大統領選挙候補に内定しているハリスの外交政策の見解について私たちが知っていること全て。

『フォーリン・ポリシー』誌執筆陣

2024年7月26日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/07/26/kamala-harris-policy-china-russia-trade-immigration-israel-gaza-india/

kamalaharrisforeignpolicy001
カマラ・ハリス米副大統領が2024年大統領選挙の民主党候補指名をほぼ確実にしたように見える今、ワシントンと外国資本の周りで渦巻いている最大の疑問の一つは、ハリスが11月に選出された場合の外交政策の原則がどのようなものになるかである。

ジョー・バイデン米大統領の外交政策観とハリスの外交政策観の違いを正確に指摘するのは容易なことではない。両者が4年近く外交政策と国家安全保障問題で完全に足並みを揃えていると見せようとしてきたからだ。しかし、彼女は短期間ではあるが大統領選挙に立候補したことがあり、2017年から2021年まで、連邦上院議員を務めていたため、全くの白紙ということではない。

『フォーリン・ポリシー』誌は、彼女の記録と過去の発言を検討することに加え、ハリスの主要な地域や外交政策問題についての彼女の立場についてさらに学ぶために、十数人の現役と元アメリカ政府当局者、連邦議会職員、専門家、ハリスの元補佐官たちと面談した。中国からロシア・ウクライナ戦争、そして中東、加えてその先まで、アメリカが関与している問題について取材した。私たちが発見したことは次の通りだ。

●中国(China

kamalaharrisforeignpolicy002

フィリピンのプエルトプリンセサ港に停泊中のフィリピン沿岸警備隊の艦船上での演説を終えたカマラ・ハリス米副大統領が記者団と話す(2022年11月22日)

ハリスの中国との関係は、2020年の候補者として、オバマ政権の副大統領として中国の習近平国家主席と多くの時間を過ごしたと自慢できるバイデンと比べると、比較的験的敵だった。ハリスは、2022年にバンコクで開催されたアジア太平洋経済協力サミット(Asia-Pacific Economic Cooperation summit)に向かう際、「習主席に挨拶した(greeted President Xi)」と記録されているだけで、中国の指導者と顔を合わせたのはほんの一瞬だ。

ハリスにとっての最も強力な中国関係の経験は、副大統領としてより広範なインド太平洋地域におけるアメリカの同盟関係を強化するために費やした時間かもしれない。彼女は副大統領として、3回東南アジアを訪れ、シンガポール、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシアを訪問した。フィリピン訪問では、南シナ海に浮かぶパラワン諸島に立ち寄り、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領との会談で、同盟国に対するアメリカの「揺るぎない関与(unwavering commitment”)」を強調した。 昨年9月にジャカルタで開催されたアメリカ・東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議を含め、この地域の会議でもバイデンの代役を務めることが多かった。

2020年の大統領選挙候補として、中国に対して彼女が提起した立場は、競争と協力(competition and cooperation)を同時に追求するという過去4年間のホワイトハウスの政策と密接に一致している。2019年9月の予備選挙討論会で、彼女は中国について、「彼らは知的財産を含む私たちの製品を盗んでいる。彼らは規格外の製品を私たちの経済に投げ込んでいる。彼らは責任を負う必要がある」としながら、アメリカは気候変動などの重要な問題で中国と協力すべきだと付け加えた。

しかしながら、ハリスのヴィジョンは、ある点で現在の政策とは異なっていた。彼女は当時のドナルド・トランプ大統領の対中関税を批判し、自分は以前「保護主義的な民主党員(protectionist Democrat.)」ではないと述べていた。しかし、バイデン政権は、トランプ関税をほぼ維持しており、ジャネット・イエレン財務長官を含め、これまで関税に反対していた民主党の議員や重要人物の多くは、新型コロナウイルス感染拡大や中国との競争激化(rising competition with China)を受けてトランプ関税を支持している。

ハリスにとって、連邦上院議員としても大統領候補としても、人権は特に注目すべき分野だ。彼女と他の55人の連邦上院議員は、物議を醸している引き渡し法案に対する大規模な抗議活動中に香港で人権を侵害した当局者に制裁を課す「香港人権・民主政治体制法(Hong Kong Human Rights and Democracy Act)」法案を共同提案した。

翌年、彼女は新疆における中国の人権侵害に同様の戦略を適用する法律の共同提案者となった。ハリスはまた、新疆ウイグル自治区における中国政府の出生率制限の取り組みを詳述する報道が出たことを受け、その後の書簡で当時の国務長官マイク・ポンペオに対し、更なる行動を取るよう求めた。彼女の見解は、中国の人権問題に対して強硬なバイデン政権の政策に反映されている。

専門家たちは、全体として、対中政策に対するハリスのアプローチがバイデンと大きく乖離する可能性は低いと述べた。

「バイデンの対中政策は、ある意味、民主党のコンセンサスを反映している」と、かつて国務省中国調整室の初代室長を務めたユーラシア・グループの中国担当マネージング・ディレクター、リック・ウォーターズは次のように述べている。「私はカマラ・ハリスに劇的に異なる中国政策を期待している訳ではない。枠組みと構造はほぼ決まっていると思う」。

-リリ・パイク筆

●インド、南アジア、そしてインド太平洋(India, South Asia, and the Indo-Pacific

kamalaharrisforeignpolicy003

インド首相ナレンドラ・モディがホワイトハウスにジョー・バイデン大統領と到着した際に握手をするハリス(2023年6月22日)

インドは、バイデン政権の二国間関係において最も輝かしいスポットの一つであり、アメリカ政府はインドを中国に対する極めて重要なカウンターバランスであり、アメリカの広範なインド太平洋戦略における重要なパートナーであるとの見方を強めている。防衛とテクノロジーは米印関係の特に強力な柱であり、昨年インドのナレンドラ・モディ首相がワシントンDCを国賓訪問(state visit)した際にいくつかの協定や取り組みが発表された。

他のパートナーシップや地域と同様、専門家たちは、ハリスのインド政策がバイデンの政策と大きく乖離する可能性は低いと述べた。アメリカとインドの関係は、トランプ政権下も含めて数十年にわたって確実に超党派の支持を得ており、依然として双方にとって重要すぎるため、大きく揺るがすことはできない。

ハリスは、これまでの米大統領選挙候補者よりもインドと個人的なつながりを持っている。母親のシャマラ・ゴパランは、インドからアメリカに移住しており、ハリスは、自身の人生や考え方に対する母親の影響について繰り返し言及している。しかし、政治的には大きな役割を果たす可能性は低い。ウィルソン・センター南アジア研究所所長でフォーリン・ポリシー『南アジア・ブリーフ』の執筆者であるマイケル・クーゲルマン氏は次のように述べている。「確かに、ハリスの先祖代々のインドとのつながりは、ハリス自身のインドへの親近感を伝えるために利用される可能性が高い。しかし、インド政策に関して言えば、彼女とバイデンの間に日の目を見ることはないだろう」。

ハリスは実際、過去にはバイデンよりもインドに対して厳しい姿勢を示しており、連邦上院議員時代にモディ政権下でのインドの人権状況、特にカシミール問題を批判しており、副大統領時代にワシントンでモディ首相と複数回会談した際にも、より微妙な方法で批判していた。しかし、ハリスが大統領になれば、その批判は和らげられるかもしれない。クーゲルマンは「ハリスが権利に関して、バイデンよりも厳しいとは思わない。少なくともアメリカの戦略的利益が許す以上に厳しくはないだろう」と述べた。

同時に、ハリスは若いので、常にオンラインでのサポート基盤があるため、彼女はそうした不快な会話をすることに積極的になる可能性がある。ハドソン研究所インド・イニシアチティヴ所長のアパルナ・パンデは、「彼女は次世代の民主党政治家でもある。彼女は、バイデン大統領の世代の政治家ではない」と述べ、党の将来の基盤の大部分を占める若いアメリカ人は、宗教の自由と世界的不正義(religious freedom and global injustices)に対してはるかに大きな関心を持っていると付け加えた。これがハリスの政治的傾向もある。パンデ氏は「ハリスは、ある程度民主党の左派、つまり進歩主義派の出身なので、民主政治体制自体が重要であり、民主政治体制の価値観が重要だ」と続けて述べた。

より広い地域に関して言えば、ハリスは、東南アジアを何度も訪問しており、バイデン政権のインド太平洋戦略の重要な人物の一人である。しかし、大統領としてのバイデンの外交政策で最悪の時期、つまりタリバンを政権に復帰させた混乱に満ちたアメリカのアフガニスタンからの撤退が、大統領選挙期間中にどれほど彼女に負担を与えているかはまだ分からない。トランプは最初の討論会でこのエピソードをバイデンに対する棍棒として繰り返し利用しており、ハリスに対しても同じことをする可能性があるが、専門家たちは、それが同じ効果をもたらすことはないかもしれないと述べている。

ホワイトハウス、CIA、国務省で勤務し、現在は新アメリカ安全保障センター (CNAS)インド太平洋安全保障センターのディレクターを務めるリサ・カーティス氏は次のように語っている。「共和党がアフガニスタン問題でカマラ・ハリスを非難するのは難しいだろう。私たちのような悲惨なやり方で完全撤退したのは、バイデンの個人的な決断であったことは明らかだ」。

しかし、ハリスが大統領になれば、アフガニスタンは、彼女に外交政策に大きな影響を与える機会を与えることになる。カーティスは「カマラ・ハリスが女性大統領として当選すれば、アフガニスタン女性の支援にもっと注力してくれることを期待したい。アメリカで、女性の権利のために戦っている者として、アフガニスタンの女性​​に起きていること、つまりアフガニスタンが女性と少女への教育を否定している世界で唯一の国であるという事実を無視するのは難しいだろうと思う」。

-リシ・イエンガー筆

●通商政策(Trade Policy

kamalaharrisforeignpolicy004

ロサンゼルスで社長兼CEOのマット・ピーターセン氏とともにLAクリーンテック・インキュベーターを視察するハリス(2023年3月17日)

連邦上院議員時代も副大統領時代も、ハリスは決して貿易通(trade wonk)ではなかった。しかし、大まかに言えば、連邦上院議員時代から2020年の大統領選出馬に至るまで、ハリスは労働者中心で環境に優しく、経済的な見識に富んだ貿易のヴィジョンを提唱してきた。それは今日の民主党にかなりしっくりとなじむものであり、トランプやその副大統領候補であるオハイオ州選出のJD・ヴァンス連邦上院議員の立場とは明らかに対照的である。

ハリスは在任中、トランプ前大統領の関税を一貫して批判し、関税はアメリカ企業と消費者に対する追加課税であり、貿易相手国からの反発や国内の更なる経済的苦痛につながったと正しく認識した。

しかし、バイデンも当時ほぼ同じことを言っていて、重要な分野を保護することを目的とした、より的を絞った戦略的義務であったとしても、新たな関税を追加する前にトランプ大統領の当初の関税の多くを維持し続けた。おそらく、保護主義のバグが民主、共和両党に十分に浸透しており、輸入関税のような自滅的な考えでさえ、どの候補者にとっても振り払うのは難しいことだろう。

貿易協定に関して言えば、ハリスを理解するのは少し難しい。彼女は、レーガン・ブッシュ時代の共和党が発案し、今では共和党の鬼っ子となった当初の北米自由貿易協定(North American Free Trade AgreementNAFTA)や、トランプ大統領のNAFTA2.0にも反対票を投じていただろうと言う。ハリスは、カナダとメキシコとの改定貿易協定には労働と環境保護が十分に盛り込まれていないため、反対すると述べた。彼女はバラク・オバマ前大統領の署名である環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Partnership)にも同様の反対意見を持っていたが、この協定はすぐに民主、共和両党にとって有害となり、トランプ前大統領の就任最初の週に打ち切られた。

ほぼ全てのアメリカの政治家と同様に、ハリスは、中国が知的財産(intellectual property)を盗み、貿易を不正行為していると非難しているが、エスタブリッシュメント派の政治家たちと同様に、北朝鮮や気候変動を含む地域的および世界的な問題への対処には、中国政府との協力関係が必要だとも主張してきた。

-キース・ジョンソン筆

●ロシア・ウクライナとNATORussia-Ukraine and NATO

スイスのルツェルン近くで開催されたウクライナ和平サミットで、ウクライナのウォロディミール・ゼレンスキー大統領と握手するハリス(2024年6月15日)

バイデンは、ミュンヘン安全保障会議やウクライナ和平サミットなど多くの大きな国際会議にハリスを代表として派遣している。

ハリスは、バイデンのような大西洋を越えた実績はないが、ヨーロッパ有数の対話の場であり、アメリカの政策について神経を落ち着かせるために政府高官たちが訪れる場所であるミュンヘンにおいて3年連続で、アメリカのトップの高官として期待される成果を挙げている。

NATOに対するアメリカの関与は「揺るぎない(unwavering)」ものであり、「鉄壁(ironclad)」であると、ハリスは、2022年2月のミュンヘンでの演説で述べた。彼女はまた、トランプ大統領が同盟のGDP比2%の支出を満たしていない同盟国には敬意を払わないと脅しているNATOの第5条の自衛権の誓約は「神聖なもの(sacrosanct)」だとも述べた。

2023年、ハリスはミュンヘンに戻り、NATOについては同様の論点を話したが、当時1年を経過していたロシアの侵略については、より厳しい言葉を述べた。ハリスは、バイデン政権はロシアが戦争で人道に対する罪を犯したと結論づけたと述べた。

そして、バイデンの大統領選挙活動を事実上終わらせることになる討論会の約2週間前、ハリスは、スイスで開催されたウクライナ和平サミットにバイデンの代理として出席し、そこで「公正かつ永続的な平和(just and lasting peace)」を訴えた。

クレムリンは、これまでハリスの大統領選挙への立候補について、ほぼ沈黙を保っており、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官はハリス副大統領の「非友好的な発言(unfriendly rhetoric)」に言及したが、ロシアはまだハリスの立候補を正式に評価できていないと付け加えた。

しかし、ロシア国営メディアは直ちに民主党の新たな旗手への攻撃を開始した。モスクワ国立大学国際政治学部長のアンドレイ・シドロフは、ロシア国営テレビのウィークリー・トーク番組で、「核のボタンを持ったカマラは手榴弾を持った猿よりも悪い(Kamala with the nuclear button is worse than a monkey with a grenade)」と語った。

-ジャック・ディッチ

●イスラエル・パレスティナ紛争(Israeli-Palestinian Conflict

kamalaharrisforeignpolicy005

ワシントンDCの国立建築博物館でイスラエル国家樹立75周年の独立記念日レセプションに出席するハリスとエムホフ(2023年6月6日)

外交問題全般に言えることだが、ハリスのイスラエル・パレスティナ紛争の歴史は、大統領執務室に入るまでに異例の外交経験を積んだバイデンに比べると浅い。しかし、ハリスの投票記録や公の演説をよく読むと、彼女がガザ地区での戦争やより広範なイスラエル・パレスティナ紛争に対する、アメリカのアプローチに大きな変化をもたらす可能性は低いことが分かる。イスラエル・パレスティナ交渉担当米特使の元上級補佐官のデイヴィッド・マコフスキーは、「彼女の発言からすると、バイデンとの継続性があると思う」と語った。

2023年6月、ハリスは、イスラエルの独立記念日を記念してワシントンで開かれたレセプションで演説し、イスラエルに対するアメリカの「揺るぎない(unwavering)」関与と対イスラエル安全保障支援を支持してきた連邦上院議員としての実績をアピールするとともに、反ユダヤ憎悪があるからと言って、イスラエルを特別視することはしないと警告を発した。ハリスの夫のダグ・エムホフはユダヤ人で、反ユダヤ主義に対処する政権の取り組みで重要な役割を果たしてきた。ハリスは、スピーチの中で、副大統領公邸で初めて過越祭の祭典を主催したことへの誇りを語った。

2023年10月7日のハマス攻撃以来、ハリスは、バイデン政権の政策にほぼ堅持しており、バイデン政権はイスラエルの自国防衛の権利を肯定する一方で、イスラエルの軍事行動の容赦ない性質に対する批判を徐々に強め、人質の解放も保証する停戦を推進している。しかし、少なくとも言葉の上では、相違点がいくつかあった。外交問題評議会の上級研究員で、フォーリン・ポリシー誌コラムニストのスティーヴン・クックは、「ハリスは時に、表に出てきて、バイデン大統領よりもイスラエルに対して批判的になった」と述べている。

ハリスは、公式声明の中で、ガザ地区でのパレスティナ人の苦しみをより重視し、より共感を示してきた。これは、彼女が人道危機(humanitarian crisis)について、更なる懸念を表明するようホワイトハウスに圧力をかけたとの昨年末からのメディア報道と一致している。バイデン政権はこれらの報道に異議を唱えている。

12月にドバイで行った演説で、ハリスは、戦争のきっかけとなったハマスの攻撃の残忍な性質を再考したが、同時にガザ地区の民間人を保護するためにイスラエルに更なる努力をするよう求めた。3月にアラバマ州セルマで行った演説で、ハリスは、人質解放とガザ地区への援助流入を可能にする即時停戦を求めた。彼女の発言は停戦合意を仲介するための政権の外交努力と一致していたが、彼女の熱のこもった発言に聴衆から大きな拍手が送られた。

国務省でイスラエル・パレスティナ交渉担当特使を務めたフランク・ローウェンスタインは、ハリスの紛争に関する政策は継続性を重視するものになる可能性が高いが、バイデンとは異なるトーンを打ち出す可能性があると述べた。この認識は、戦争について、彼女と個人的に話した人たちからも同様の意見が寄せられている。

4月2日、バイデン政権のガザ政策について話し合うためにホワイトハウスでイスラム教徒コミュニティの指導者たちと会談した際、今年初めに医療任務で、ガザ地区で働いていたシリア系アメリカ人医師のザヘル・サルールは、ハリスはガザ政策に関する彼らのプレゼンテーションに感動していたと述べた。ガザ地区の人々に対する戦争の影響を懸念し、会議後に彼に近づき、人道状況について地上からの更なる報告を求めた。サルール医師は、「ハリス副大統領は共感を示していると感じた。彼女はガザ地区の民間人の窮状を明らかに気にかけていました」。また、政策に関してはバイデンと乖離はなかったものの、紛争に対するアメリカのアプローチについての彼女の表現はより明確かつ詳細だったとサルール医師は述べた。

木曜日のイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相との会談後の公の場での発言で、ハリスは強い口調で語った。ハリスは、イスラエルには自国を守る権利があるというバイデン政権の立場を繰り返したが、その方法が重要だと述べた。ガザ地区について、ハリスは、「私たちは苦しみに対して無感覚になることを許すことはできない。私は沈黙しない」と語った。

ハリスが選挙に勝ったとしても、彼女が就任するのは2025年1月になるため、その間の戦争で多くのことが変わる可能性がある。ガザ地区の状況は依然として厳しいものであるが、戦争の性質は既に大規模な作戦から、より標的を絞った(依然として致命的ではあるが)作戦へと変化している。マコフスキーは、「戦争は過去9カ月のようなものにはならないだろう。だから、ハリスが同じような選択に直面するかどうかは分からない」と語った。

-エイミー・マキノン筆

●アフリカ(Africa

kamalaharrisforeignpolicy006
ワシントンがアフリカ大陸における外交関係の強化を目指す中、アフリカ3カ国歴訪中のハリスがガーナのケープコースト城で演説(2023年3月28日)

2022年、ワシントンで開催された主要なアメリカ・アフリカ首脳会談で、バイデンは、翌年アフリカを訪問すると誓った。しかし、彼はそうしなかった。 5月にケニアのウィリアム・ルト大統領がワシントンを国賓訪問した際、バイデン氏は再選されれば来年2月にアフリカを訪問すると約束した。今、彼は選挙戦から脱落した。

アフリカの指導者たちは長い間、ワシントンとの関与が他の地政学的優先事項のために後回しにされてきたことを批判してきた。バイデンが全く参加しなかったことは、トランプが大統領としてサハラ以南のアフリカに足を踏み入れなかったことに続くもので、アフリカ諸国のいくつかを 「くそ溜め国家(shithole countries)」と呼んだことで悪名高い。

ティーム・バイデンは、アメリカ・アフリカ首脳会談を企画し、定期的にバイデン政権の閣僚たちをアフリカ大陸に派遣することで、トランプ大統領との差別化を図った。ハリスは、アフリカ大陸を訪問した政府高官の中で最上級であり、昨年ガーナ、タンザニア、ザンビアを訪問した。

現・元政権当局者らは、ハリスのホワイトハウスも、バイデンのアフリカへのアプローチと同様の方針をとる可能性が高いと述べている。それは、閣僚レヴェルの訪問を着実に続け、アフリカ大陸が悲惨な不況に直面する中、民主政治体制と法の支配の促進について得意げにと述べるだろうということだ。民主政治体制の進歩において、地政学的な影響力を巡ってロシアや中国と競争している。

しかし、ハリス政権が誕生すれば、アフリカの指導者や住民に、アメリカ・アフリカの協力と民主政治体制に対する、アメリカの公約が単なるレトリックにとどまらないことを納得させるには、険しい戦いに直面することになるだろう。バイデン政権は、真の民主促進運動を支援するよりも、脆弱な独裁政権との短期的な安全保障上の提携を優先するという、アメリカの外交政策上の長い伝統に従ってきたためだ。西アフリカでクーデターが相次ぎ、アメリカの対テロ作戦が失敗したことで、サヘル地域は以前にも増して独裁的で、テロに脆弱で、ロシアのような、アメリカのライヴァルと手を組むことを許している。

多大な負担にもかかわらず、ハリス政権は、アメリカとアフリカの関係において、いくつかの良い方向に進むだろう。バイデン政権がビジネスとインフラ関係の拡大に重点を置いたことで、新たに約142億ドルの双方向貿易と投資が生まれ、アメリカのアフリカへの直接投資は、新型コロナウイルスの世界的大流行で急激に落ち込んだ後、再び増加に転じている。

バイデンティームはまた、政権末期のスーダン戦争(スーダンの民主政体移行にワシントンが関与して失敗したことを受けて勃発した戦争)の和平交渉を開始するために、「万歳のメリー号」を投げかけているが、その交渉がどのように行われたのかは不明だ。その間、ハリス政権はアフリカ諸国の政府を、大国間競争(great-power competition)の地政学的チェス盤の駒のように扱うことなく、大陸におけるロシアや中国との競争のバランスをとる必要がある。

-ロビー・グラマー筆

●移民(Immigration

kamalaharrisforeignpolicy007

フロリダ州ホームステッドにある移民児童収容施設を訪れる連邦上院議員(当時)で大統領候補だったハリス(2019年6月28日)

移民は、外交政策問題の一つであり、ハリスの副大統領としてのポートフォリオの重要な部分を占めていることから、ハリスの潜在的な戦略がどのようなものになるかを評価するのがおそらく最も簡単な問題である。

共和党はハリスをバイデン政権の「国境皇帝(border czar)」と名付け、元サウスカロライナ州知事ニッキー・ヘイリー氏の言葉を借りれば、「国境を修復する(fix the border)」という一つの任務を達成できなかったとされるハリスを攻撃した。しかし移民専門家たちは、彼女の任務の範囲ははるかに限定的であり、彼女がバイデン政権の「国境皇帝」に任命されたことは一度もなかったと強調している。国土安全保障長官のアレハンドロ・マヨルカスと保健福祉長官のザビエル・ベセラが国境問題に責任を負っている。

実際には、ハリスはバイデン政権が中米3カ国(ホンジュラス、グアテマラ、エルサルヴァドル)と協力し、経済的苦難、暴力、政治的抑圧といった移民の「根本原因(root causes)」に取り組むための取り組みの陣頭指揮を任されていた。ハリスは、「根本的な原因を緩和するために、これらの国々への民間投資に関するイニシアティヴを主導する」責任を与えられた、と元米移民帰化局長官で、現在は移民政策研究所に在籍するドリス・マイスナーは述べている。

この取り組みの一環として、ハリスは、3カ国の民間セクターへの関与に対して合計52億ドル超を支出すると発表した。ホワイトハウスによれば、この公約は50以上の企業や団体から寄せられたもので、メタ、エルサルヴァドル第2位の銀行バンコ・クスカトラン、ターゲットなどが含まれる。

2021年、ハリスが副大統領就任後初の外遊でグアテマラを訪れた際、潜在的な移民に対して鋭い警告を発したことで波紋を呼んだ。「アメリカとメキシコの国境への危険な旅に出ようと考えているこの地域の人々にはっきりと言いたい。来ないように、来ないように」。この声明は、進歩主義派や移民擁護団体の一部から批判を浴びた。

南部国境に対するバイデン政権の広範なアプローチから、ハリス戦略がどのようなものになる可能性があるかが見えてくる。バイデン大統領が、移民が国境を通過する頻度が高い間は亡命を求めることを禁止するという物議を醸す大統領令に署名した後、6月の不法越境は、3年ぶりの低水準に落ち込んだ。この大統領令は「バイデン大統領によって制定された最も制限的な国境政策であり、トランプ前大統領が2018年に行った移民遮断の取り組みと呼応するものだ」とACLUは述べている。国境を越える移民は、過去最高レヴェルにまで急増していた。昨年、国土安全保障省は2000年以来、国境での月間移民数で最高を記録した。

マイスナーは、「バイデン政権は、効果的な取締り政策と同時に、私たちが移民の国であることを認識し、移民が継続できるような政策を打ち出そうと懸命になっている。そのバランスがどのようなものであるかは、まだはっきりしていない」と述べている。

カリフォルニア出身、元州司法長官、移民の子供として、ハリス自身の経歴が移民問題に対する彼女の視点を形成してきた。マイスナーは、「カリフォルニアはもちろん、現在も将来も移民によって完全に形作られている。ハリスは、個人的にも、仕事上でも、自身の経験からこれらの問題を強く把握していることは間違いない」と述べている。

-クリスティーナ・リュー筆

(貼り付け終わり)

(終わり)

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界の構造について大きく分類すると、一極(超大国が1つ)、二極(超大国が2つ)、多極(大国が多く存在する)ということになる。一極の例で言えば、ソヴィエト連邦崩壊後、世界ではアメリカのみが超大国として君臨する状態ということになる。二極は、冷戦期の米ソ、現在の米中ということになる。多極は第一次世界大戦前、第二次世界大戦前のような状況だ。ヨーロッパではヨーロッパの協調ということで、複数の大国が平和を維持するという体制になっていたが、相互に誤解と誤った認識をしてしまうと、平和が破綻するということが起きた。このことから、二極の方がお互いの意図を誤らずに認識できるということで、平和が続くということが言われている。冷戦期は世界各地で戦争や紛争は起きたが、米ソ双方が直接戦い、核戦争まで至らなかったということで、「長い平和(Long Peace)」という評価がなされている。

 一極体制は最も安定しているように見えるが、新興大国が出てくると、不安定さが増す。また、一極体制の支配国、覇権国が安全保障などで、不公平な取り扱いをするということになれば、各国が反感や怒りを持つということもある。アメリカの一極体制は、アメリカが介入した外国からの反感による「ブローバック(blowback、吹き戻し)」に遭った。

 現在の世界は、米中による「G2」体制(Great of Two)となっている。そして、世界は、これから多極化していくという予想も出ている。

下に掲載した論稿の著者ジョー・インゲ・ベッケウォルトは以下のように主張している。

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが世界の多極化に関する議論を展開しているが、現実はまだ多極化していない。現在、アメリカと中国のみが経済的、軍事的に大国として存在し、他の国はそのレベルに達していない。インドやロシアも有力候補として挙げられるが、極になるには経済力や軍事力の面で足りていない。

多極化論が人気の理由は、規範的概念としての魅力や対立回避の希望があるからだ。一極、二極、多極体制では行動や政策が異なり、誤解は誤った政策を生む可能性がある。多極化は未来に期待される可能性もあるが、現状では二極化した世界に生きる必要があり、戦略と政策はその状況に応じて考えられるべきだ。

 私は、現在は二極体制であるが、これはあくまで、アメリカがまだまだ強く、中国が弱いというところであり、二極体制の性格がこれから変化していく途中であり、しばらくは多極化しないと考えている。アヘン戦争勃発200周年の2040年、中華人民共和国建国100周年の2049年、この2040年代に中国はアメリカを追い抜くということを考えていると思う。この時期でも米中に匹敵する国は出てこず、それ以降は、中国が大、アメリカが小の二極体制が続くものと考える。その時期には、ヨーロッパ連合、インド、ロシアなどが米中に続く存在となっているだろうが(日本は脱落しているだろう)、世界の重要な決定に関与できるまでは行っていないだろう。短期的(10~30年)、中期的(30~50年)でみれば、米中二極体制が関係性の面で変化を起こしながら、続いていくことになるだろう。二極体制が安定し、平和が続いていくためには、相互の正しい理解と認識が必要ということになる。

(貼り付けはじめ)

いいえ、世界は多極的ではない(No, the World Is Not Multipolar

-新興大国の出現という考えは人気を集めているが、間違っている。そして、深刻な政策の誤りを導くことになるだろう。

ジョー・インゲ・ベッケウォルト筆

2023年9月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/22/multipolar-world-bipolar-power-geopolitics-business-strategy-china-united-states-india/

政治家、外交官、国際政治の専門家たちが主張する最も根強い議論の1つは、世界は多極化(multipolar)している、あるいはまもなく多極化するだろうというものだ。ここ数カ月、この議論は国連事務総長のアントニオ・グテーレス、ドイツのオラフ・ショルツ首相、ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領によってなされてきた。ヨーロッパ連合(EU)のジョゼップ・ボレル外務上級代表は、2008年の世界金融危機以来、世界は「複雑な多極化(complex multipolarity)」のシステムになっていると主張している。

この考え方はビジネス界でも普及しつつある。投資銀行のモルガン・スタンレーは最近、「多極化した世界を乗り切る」ための戦略文書を発表し、ヨーロッパの名門ビジネススクールであるINSEADは、そのような世界におけるリーダーシップ能力について懸念している。

しかし、政治家、専門家、投資銀行家たちが言うことに反して、今日の世界が多極化に近いというのは単なる神話に過ぎない。

その理由は単純明快だ。極性とは、国際システムにおける大国の数のことだ。そして、世界が多極化するには、そのような大国が3カ国以上存在する必要がある。現在、極を形成できるほどの経済規模、軍事力、世界的な影響力を持つ国は、アメリカと中国の2カ国だけだ。他の大国はどこにも見当たらず、当分の間は見当たらない。人口が多く経済が成長している中堅国や非同盟国が台頭しているという事実だけでは、世界が多極化する訳ではない。

国際システムにおける他の極の不在は、明らかな候補を見れば明らかだ。2021年、急成長を遂げるインドは、力を測る指標の1つである防衛費支出で第3位だった。しかし、ストックホルム国際平和研究所の最新の数字によると、インドの軍事予算は中国の4分の1にすぎない。(そして、中国の数字は一般に信じられているよりも更に高いかもしれない。)今日、インドは依然として主に自国の発展に集中している。インドの外交サーヴィスは規模が小さく、インド太平洋での影響力の重要な尺度である海軍は、過去5年間で5倍の海軍トン数を進水させた中国と比較すると小さい。インドはいつかシステムの極になるかもしれないが、それは遠い将来のことだ。

経済的な豊かさは、権力を行使する能力を示すもう1つの指標である。日本は世界第3位の経済大国だが、国際通貨基金の最新の数字によると、日本のGDPは中国の4分の1以下である。ドイツ、インド、イギリス、フランスという日本に続く、4つの経済大国は、更に小さい。

また、エマニュエル・マクロンや他の多くの人々がそのような主張を精力的に展開してきたとしても、EUは第三極(third polar)ではない。ヨーロッパ諸国には様々な国益があり、ヨーロッパ連合には亀裂が生じやすい。ヨーロッパ連合(EU)のウクライナ支援は一見結束しているように見えるが、ヨーロッパの防衛、安全保障、外交政策は統一されていない。北京、モスクワ、ワシントンがパリやベルリンと対話し、めったにブリュッセルを訪れないのには理由がある。

もちろん、ロシアは国土の広さ、膨大な天然資源、膨大な核兵器の備蓄から、大国になる可能性のある候補である。ロシアは、国境を越えて影響力を持っていることは確かだ。大規模なヨーロッパ戦争を繰り広げ、フィンランドとスウェーデンをNATOに加盟させた。しかしながら、経済規模はイタリアより小さく、軍事予算はせいぜい中国の4分の1に過ぎないため、ロシアは国際システムの第三極にはなれない。せいぜい、ロシアは中国を支援する役割しか果たせない。

多極化を信じる人々の間で広く議論されているのは、グローバルサウスの台頭と西側の地位の低下だ。しかし、インド、ブラジル、トルコ、南アフリカ、サウジアラビアなどの新旧中堅大国(middle powers)の存在は、システムを多極化するものではない。これらの国はいずれも、自国の極となるための経済力、軍事力、その他の影響力を持っていないからだ。言い換えれば、これらの国にはアメリカや中国と張り合う能力がないのだ。

アメリカの世界経済におけるシェアが縮小しているのは事実だが、特に中国と合わせると、依然として優位な立場にある。この二超大国は世界の防衛費の半分を占めており、両国のGDPを合計すると、それから下の経済大国33カ国の合計とほぼ同等となる。

先月ヨハネスブルグで開催されたBRICSサミットでBRICSフォーラムが拡大したこと(以前はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのみだった)は、多極秩序(multipolar order)が到来したか、少なくとも前進しつつある兆候と解釈されている。しかし、ブロックは極(poles)として機能するにはあまりにも異質であり、簡単に崩壊する可能性がある。BRICSは首尾一貫したブロックには程遠く、加盟諸国は国際経済秩序に関する見解を共有しているかもしれないが、他の分野では大きく異なる利益を持っている。協調関係を示す最も強力な指標である安全保障政策では、2大加盟国である中国とインドは対立している。実際、北京の台頭により、インド政府は米国とより緊密に協調するようになっている。

従って、世界が多極化していないのなら、どうして多極化論はこれほど人気が​​あるのだろうか? 国際関係に関する事実や概念を無視するという怠惰なやり方に加えて、3つの明白な説明が浮かび上がる。

第一に、多極化の考えを推し進める多くの人々にとって、それは規範的な概念である。それは、西洋の支配の時代は終わり、権力は分散している、あるいは分散しているべきだと言っている、あるいは望んでいることの別の言い方である。グテーレスは、多極化(multipolarity)を、多国間主義(multilateralism)に修正し、世界システムに均衡(equilibrium)をもたらす方法と見なしている。多くのヨーロッパ各国の指導者たちにとって、多極化(multipolarity)は二極化(bipolarity)よりも好ましい選択肢とみなされている。なぜなら、多極化はルールによって統治される世界をより良く実現し、多様な主体とのグローバルなパートナーシップを可能にし、新しいブロックの出現を防ぐと考えられているからだ。

実際に、多国間枠組は確かに想定通りに機能しておらず、西洋の人々の多くは、多極化の考えをより公平なシステム、多国間主義を復活させるより良い方法、そして、グローバルサウスとの拡大する断絶を修復する機会と見ている。言い換えれば、存在しない多極化を信じることは、世界秩序に対する希望と夢の花束の一部だ。

多極化の考え方が流行している2つ目の理由は、30年にわたるグローバル化(globalization)と比較的平和な状況の後、政策立案者、専門家、学者たちの間で、アメリカと中国の間にある激しく、包括的で、二極化した対立の現実を受け入れることに非常に抵抗感があることだ。この点で、多極化を信じるということは、一種の知的回避(intellectual avoidance)であり、冷戦が再び起こらないようにという願いの表れだ。

第三に、多極化に関する議論はしばしば権力争いの一部である。北京とモスクワは、多極化をアメリカの力を抑制し、自国の立場を前進させる手段と見なしている。アメリカが圧倒的な優位を占めていた1997年に遡ると、ロシアと中国は多極化世界と新国際秩序の確立に関する共同宣言に署名した。中国は今日では大国であるが、依然としてアメリカを主な課題と見なしている。北京はモスクワとともに、多極化という概念は、南半球を喜ばせ、自国の大義に引き付ける手段として利用している。多極化は2023年を通じて中国の外交的魅力攻勢の中心テーマであり、プーティン大統領は7月のロシア・アフリカ首脳会談で、出席した指導者らが多極化世界を推進することで合意したと宣言した。同様に、ブラジルのルラ大統領のように台頭する中堅国の指導者が多極化という概念を推進する場合、それは自国を主要な非同盟国として位置づけようとする試みであることが多い。

極、そしてそれに関する誤解が広まっていること自体が重要なのかと疑問に思う人もいるかもしれない。簡単な答えは、世界秩序における極の数は非常に重要であり、誤解は戦略的思考を不明瞭にし、最終的には誤った政策につながるということだ。極が重要な理由は2つある。

第一に、一極(unipolar)、二極(bipolar)、多極(multipolar)体制では、国家の行動に対する制約の度合いが異なり、異なる戦略と政策が必要となる。例えば、6月に発表されたドイツの新しい国家安全保障戦略では、「国際および安全保障環境は多極化が進み、不安定になっている」と述べている。多極体制は確かに一極や二極体制よりも不安定であると見なされている。多極体制では、大国は同盟や連合を結成して、1つの国が他の国を支配することを避ける。大国が忠誠心を変えた場合、継続的な再編や突然の変化につながる可能性がある。二極体制では、2つの超大国が主にお互いのバランスを取り、主なライバルが誰であるかを疑うことはない。したがって、ドイツの戦略文書が間違っていることを願うべきだ。

極は企業にとっても重要だ。モルガン・スタンレーと INSEAD は、顧客と学生を多極化した世界に向けて準備させているが、二極化したシステムで多極化戦略を追求することは、高くつく間違いとなる可能性がある。これは、貿易と投資の流れが極の数によって大きく異なる可能性があるためだ。二極化システムでは、二大国は相対的な利益を非常に気にするため、経済秩序はより二極化し、分裂する。秩序の種類ごとに異なる地政学的リスクが伴い、企業が次の工場をどこに建設すべきかという戦略を誤ると、非常に高くつく可能性がある。

第二に、明らかに二極化している世界が多極化すると、友好国にも敵国にも同様に誤ったシグナルを送る可能性がある。4月のマクロン大統領の中国訪問中に発せられた発言が引き起こした国際的な騒動が、この点を物語っている。ヨーロッパに帰る途中の機内でのインタヴューで、マクロン大統領はヨーロッパが第三の超大国になることの重要性を強調したと伝えられている。マクロン大統領が多極化について熟考する姿勢は、ワシントンやヨーロッパのフランスの同盟諸国には受けが悪かった。中国側のホストは喜んでいるように見えたが、マクロン大統領の多極化に関する考えを、米中対立で中国を支持するフランスや欧州の姿勢と混同すれば、誤ったシグナルを受け取ったことになるかもしれない。

多極体制は、敵対する超大国が2つある世界ほど、露骨に二極化していないかもしれないが、必ずしもより良い世界につながるわけではない。多国間主義の手っ取り早い解決策ではなく、更なる地域化(regionalization)につながる可能性もある。多極化を望み、存在しないシステムにエネルギーを費やすよりも、より効果的な戦略は、既存の二極体制内で対話のためのより良い解決策とプラットフォームを探すことである。

長期的には、世界は確かに多極化する可能性があり、インドはアメリカと中国に加わる最も明白な候補である。しかし、その日はまだ遠い。私たちは予見可能な将来、二極化した世界に生きることになるだろう。そして、戦略(strategy)と政策(policy)はそれに応じて設計されるべきである。

※ジョー・インゲ・ベッケウォルト:ノルウェー国防研究所中国担当上級研究員、元ノルウェー外務省外交官。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

>
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 来年2025年に、名目GDPでインドが日本を抜いて世界第4位になるという予測が日本でも報道された。日本は世界第5位に下がる。日本の衰退が印象付けられるものだが、インドの躍進スピードが大きい。現在第3位のドイツと日本の差は小さいことから、インドがドイツを抜いて世界第3位になるのも近いということになる。インドは、「西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)」の中で、存在感を増している。

 インドは中国を抜いて、世界最大の人口を抱えている。14億1700万人を誇る。名目GDPは世界第4位であるが、一人当たりのGDPにすればまだ3000ドル程度だ(中国は約1万ドル、韓国は約3万ドル)。まだまだ貧しいのであるが、これから伸びしろが大きいということになる。人口ボーナス(15歳から64歳までの人口が、それ以外の人口の2倍いる状態)もあり、これから国内需要が増大し、国内市場が巨大になっていく。外国企業にとっても魅力的な市場である。
 2014年に就任したナレンドラ・モディ首相のインフラ整備と「メイク・イン・インディア」政策という製造業育成政策で、自動車生産が伸びている。もちろん、IT関係のサーヴィス業もお家芸であり、経済成長をけん引している。ヒンドゥー・ナショナリズムを経済ナショナリズムに転化させて、国内産業を育成し、雇用を確保し、国民生活を改善していくという流れになっている。それでは、インドは、中国のように世界覇権を握るほどの大国になるかどうかであるが、世界第一の経済大国にまでなれるかどうか、については疑問が残る。しかし、これからインドは注目に値する国である。

(貼り付けはじめ)

インド経済の躍進:世界をリードする成長とチャンスの地

NEW 2024/5/23

Global X Japan

https://media.rakuten-sec.net/articles/-/45248

indianeconomicgrowthillustration001
●歴史的な高成長が続くインド経済

●モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

●インドの経済成長をまるっと捉える

■歴史的な高成長が続くインド経済

 インドの直近3年間の実質GDP(国内総生産)成長率は9.69%(2021年)、6.99%(2022年)、7.83%(2023年)と高水準です。2024年は6.81%と予測*されており、世界経済の成長率がおおむね3%で推移していることを踏まえるとインド経済の力強さが際立ちます。

 また、2023年の名目GDPは日本に次ぐ5位となり、2027年には日本とドイツを抜いて世界3位の経済大国になるとみられています*

*IMF(国際通貨基金)による予測

 力強い経済成長を支えるのは世界一の人口、特に生産年齢人口が多いことです。国連の推計では、インドの人口は2023年に中国を抜き世界一となりました。さらに人口ボーナス期(1564歳の生産年齢人口がそれ以外の人口の2倍以上に達する状態)が2050年ごろまで続く見通しであり、今後も巨大な人口に支えられた経済成長が持続すると考えられます。

 一方で、1人当たりの名目GDP(約2,410ドル、2022年)は1970年代の日本と同水準と低く、伸びしろが十二分にあります。2010年当時の中国でも同様に言われていたことですが、国民一人一人の所得水準が増加することで、その後中国経済は急速に拡大、今や米国を脅かす超巨大経済大国となりました。

 なお、一般的に1人当たりの名目GDP3,000ドルを超えると家電製品や家具などの耐久消費財の売れ行きが加速し、7,0001万ドルに達すると自動車や高級家電の普及に拍車がかかります。

indianeconomicgrowth001
(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■モディ政権による経済政策、外国資本が参入しやすいビジネス環境

 インドのナレンドラ・モディ首相は現在2期目です。1期目(2014年~)ではインフラ整備や法税制改革を推進し、2期目(2019年~)では法人税引き下げや補助金制度の導入で製造業振興策に取り組みました。3期目については現在行われている総選挙の結果次第ですが、選挙公約として高速鉄道網の拡張などさらに積極的なインフラ政策を盛り込んでいます。

 また、インドは外国資本が参入しやすいビジネス環境となっています。英語が第二公用語であることや、初等教育の段階からプログラミングの授業が行われているためIT人材が豊富なことが主な背景です。

 そのため、先進国企業の業務のアウトソースを受託できる素地があります。IT分野はカースト制度の概念にない新しい職種であり、それ故、低カースト出身者が経済的に成功するための機会にもなっています。

 歴史的には中国、パキスタンなどともめる場面もありましたが、近年は経済優先の全方位外交を行っており、G7を中心とする民主主義的な国だけでなく、ロシアや中国などの権威主義的な国々とも中立的な立場で貿易を行うなど、結果として外国資本をうまく誘致できています。

 今後も外国資本により新たな雇用が生まれ、その結果として中間層を中心に所得水準が上がり、消費が拡大するという内需主導型の成長が続くと期待されます。

indianeconomicgrowth002
(出所)世界銀行よりGlobal X Japan作成

■インドの経済成長をまるっと捉える

 上記のような背景からインドの株式市場には海外投資家から資金が流入しており、インドにおける個人の資産運用への関心の高まりも相まって、主要株価指数は最高値を更新しています。

 しかし、バリュエーションの面では高い利益成長からPER(株価収益率)は横ばいで推移しており、相場に過熱感はみられません。今後も良好なファンダメンタルズを支えに中長期的な株価上昇が期待されます。

indianeconomicgrowth003

(注)株価指数はNifty50を使用。期間は201812月末から20244月末、株価は起点を100として指数化(月次、インドルピー建て)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 523日に、インド全体の経済成長を取りにいくETF(上場投資信託)が東証に上場しました。【188A】グローバルX インド・トップ10+ ETFは、インドが強みを持つ情報技術やコミュニケーション・サービスを含む9つのセクターを投資対象とし、各セクターを代表する大型の15銘柄を厳選します。ウエートは特定のセクターに偏らないようにするため均等にします。

 一般的なインドの株価指数(Nifty50SENSEXなど)は時価総額加重平均のため、時価総額の大きい金融が3040%と大きくなる傾向があります。過去のインドのGDPのセクター別の内訳をみると農業、工業、サービスの3大項目が大きく、比率を変えることなく推移しています。

 インド経済は特定のセクター、分野に偏った成長ではなく、ある程度均等に成長していることから、セクターを分散している当ETFに投資することでインド経済全体の成長を享受できます。

indianeconomicgrowth004

※四捨五入の関係で必ずしも100にならないことがあります。(注)2024430日時点(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

 このようにセクターを分散・銘柄を厳選することで、当ETFの対象株価指数(Mirae Asset India Select Top 10+ Index)は他のインド株価指数を上回っており、今後も相対的に高いパフォーマンスが期待されます。なお、当ETFNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の成長投資枠の対象銘柄です。

indianeconomicgrowth005

(注)Mirae Asset India Select Top 10+ Indexの算出開始日は202445日。算出開始日以前の指数に関する情報は全て指数算出会社がバックテストしたデータ。期間は2008620日から2024430日。起点を100として指数化(インドルピー建て、配当込み、日次)(出所)BloombergよりGlobal X Japan作成

=====

インドは本当に次の中国なのか?(Is India Really the Next China?

-インド経済上昇の可能性は高いが、政府の政策が妨げになっている。

ジョシュ・フェルマン、アルビンド・スブラマニアン筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/is-india-really-the-next-china/

indiachinaeconomicgrowthillustration001

インドは中国になるだろうか? 中国経済が下降線をたどり、インドの成長に対する楽観論が世界中に広がる中で、この疑問はもはやナショナリストの熱狂的な妄想として片付けることはできない。なぜなら、少なくとも、世界は既にインドを大国のように取り扱っているからだ。

次のことについて考えてみて欲しい。2023年、カナダ国内で起きたカナダ人殺害事件と、アメリカ国内で起きたアメリカ人殺害計画にインド政府が関係しているという疑惑が持ち上がった。しかし、疑惑以上に注目すべきはその反応である。アメリカ政府は、煽動的になりかねない事態を鎮火させるために、ほとんど何も語らず、ただ裁判を無事に終わらせることを選択した。つまり、インドの傲慢さは非難されることなく容認された。これは、インドの政治的地位が新たに確立されたことを示す証拠である。

経済面に関して言えば、過去40年間の中国の経験が非常に特殊なタイプの奇跡であり、再現できる可能性が低いことは事実である。しかしながら、そうではありながらも、インドはもはやかつてのような経済的に制約された大国ではないため、中国のようになる可能性は存在する。

過去四半世紀にわたり、インドの発展はインフラによって妨げられ、インド自身の製造ニーズを満たすには、インフラの納涼区が不十分であり、インドを輸出基地として検討する外国企業にとってもまた明らかに不十分だった。しかし、過去10年間で、インドのインフラは大きく変化した。ナレンドラ・モディ首相の政府は、道路、港湾、空港、鉄道、電力、電気通信を大量に建設し、以前のインドの姿が認識できないほどになった。ほんの一例を挙げると、2014年にモディ政権が発足して以来、約3万4000マイルの国道が建設された。

インドのデジタルインフラも大きく姿を変えた。かつてはギシギシと音を立て、技術的にも後進的だったデジタルインフラは、今や最先端を行くようになり、一般的なインド人は、ごく日常的な買い物でさえスマートフォンで決済するようになった。より重要なのは、デジタル・ネットワークが全てのインド国民をカバーするようになったことで、政府は困っている人に現金を直接給付するなどのプログラムを導入できるようになり、民間企業は起業や技術革新のプラットフォームとして活用している。

同時に、モディ政権の「新福祉主義(New Welfarism)」はインド国民の生活の質を向上させた。この特徴的なアプローチは、基本的に私的な財やサーヴィスを公的に提供することを優先し、有権者にクリーンな燃料、衛生設備、電力、住宅、水、銀行口座を提供する一方で、恩恵を受けるのはモディ首相であることを明確にしている。こうしたプログラムの結果、新型コロナウイルス感染拡大のような苦難の時期にも、国家は雇用や無料の食料で弱者を救済できるようになった。インドが国家として、より良いものを構築し、提供する能力には目を見張るものがある。

これらは主要な政策成果であり、累積的な国家的努力の成果だ。これらの取り組みの多くは、実際には、モディ政権前の中央政府および州政府によって開始されたものだが、その進歩を加速させている点でモディ政権は重要な称賛に値する。そして、その成果が出ている兆しも見えている。

第一に、インドは、技能ベースのサーヴィス輸出に新たな大きな弾みをつけている。インドのサーヴィス産業は2000年代初頭にブームになったが、2008年から2009年にかけての世界金融危機の後に停滞した。そして今、再生が見られる。2022年、インドの世界市場シェアは1.1%ポイント(約400億ドル)増加し、これはスキルの重要なジャンプアップを反映している。(2023年、インドは更に世界市場シェアを拡大する可能性が高いが、そのペースはそれほど速くない)。

以前は安価なコードを書いたり、コールセンターで働いたりしていたインド人が、今では世界規模の能力センターを運営し、高いスキルを持った人材が世界のトップ企業で分析業務を行っている。JPモルガン・チェースだけでも、インドに5万人以上の従業員がおり、ゴールドマン・サックスのニューヨーク以外で最大のオフィスはベンガルールにある。アクセンチュアやアマゾンなども大規模な拠点を構えている。このブームが高層マンションの建設に火をつけ、アーメダバード、ベンガルール、ハイデラバード、ムンバイ、プネーといったハイテク都市のスカイラインに点在するようになった。建設業も大いに発展している。SUVの販売台数は急増し、高級ショッピングモールや高級レストランが誕生している。

第二に、インドで最も人口が多く、最も開発が遅れているウッタル・プラデシュ州が復活の兆しを見せている。ウッタル・プラデシュ州は、老朽化したインフラ(多くの寺院は言うまでもない)を改修し、財政を管理下に置き、自警団のヒンドゥー教の僧侶から政治家に転身したカリスマ的な宗派指導者の下、汚職や暴力を激減させている。ウッタル・プラデシュ州が最終的に魅力的な投資先になることができれば、その人口的な重さによって国全体の軌道を変える可能性がある。その変革は、インドのヒンディー語中心地域(最近までバイマル(bimaru、病んだ地域[diseased region])と蔑称されていた)が永久に低開発(underdevelopment)を強いられる訳ではないというシグナルを送ることになるだろう。

最後に、習近平国家主席の下で中国経済の下降スパイラルが加速している。その結果、資本は驚くべきペースで中国から流出し、公式の数字によれば、2023年には企業や家計の資金が正味690億ドルも流出したという結果になっている。

こうした資本のうち、わずかではあるが、インドに流れ込んでいるものがある。最も顕著なのは、アップルがインドの多くの州に工場を設立したことで、インド国内市場への供給が容易になり、特に米中間の経済的緊張が高まっている現在、輸出基盤が多様化している。その結果、国内の電子機器供給のためのチェーンが構築され、特にインド南部では2万人以上の労働者を雇用する大規模な工場の設立を計画しているところもある。これは、常に小規模で非効率な製造業を特徴としてきたインドにおいて、驚くべき現象である。

このような大規模工場が実現可能であることが証明されれば、商品輸出の急増に火をつけることになる。それは、長年苦境に立たされてきたインドの製造業だけでなく、高スキルの輸出サーヴィス・ブームを享受できなかった、低スキル労働者にとっても、展望を大きく変えることになるだろう。この計算は考慮に値する。インドの低スキル輸出は、40%を超える世界市場シェアに反映される中国の競争力レヴェルには決して到達しない。それは、先進諸国が産業基盤の多くを、1国(中国)だけにシフトすることを促した政治的・経済的な特殊事情が、もはや存在しないからだ。しかし、今後10年間で、インドが現在の3%程度のシェアを5~10ポイント高めることは十分に可能であり、これは数千億ドルの追加輸出に相当する。

良好な前兆にもかかわらず、インドが中国を追い越すという宣言は時期尚早である。それは、明るい兆しはまだ経済データには説得力を持って反映されておらず、政府の政策も新たなチャンスを実現するには不十分なままだからだ。

経済データについて考えてみよう。私たちはしばらくの間、インドが2010年代の失われた10年間を本当に脱却することができたという主張に懐疑的であった。この時代は、緩やかな成長、ほとんど構造的変化が見られず、雇用創出も弱かった。確かに、新型コロナウイルス感染拡大後に経済は回復したが、その方法は不平等であり、労働力よりも資本が、中小企業よりも大企業が、そして非公式経済で雇用されている数百万の人々よりも給与をもらっている中産階級や富裕層が優遇されている。

問題の一部は、インドがこれまで、中国の相対的な経済衰退によって生まれた新たな機会のごく一部しか活用できていないことだ。政府が「メイク・イン・インディア(インドで製品を作ろう、Make in India)」というキャンペーンを決然と展開しているにもかかわらず、多くの企業にインドでの事業拡大を納得させるまでには至っていない。実際、外国直接投資(foreign direct investmentFDI)の流入は減少している。また、中国を除く新興市場への外国直接投資の流入に占めるインドの割合も小さくなっている。

これは慎重な外国人だけの話ではない。政府が整備したインフラ整備や補助金、そして場合によっては製造業に対しての惜しみない保護主義(protectionism)にも関わらず、国内企業でさえ投資に消極的だ。プラントや機械への民間投資は、過去10年間の低迷した水準から依然として回復していない。そして、この状況が好転していることを示す説得力のある兆候はない。実際、2023年の新規プロジェクトの発表は、前年のレヴェルと比較して名目上において、減少した。

その結果、膨大な非熟練労働力の雇用創出の源泉であるインドの製造業輸出は低迷を続けている。実際、世界金融危機以降、アパレルなどの主要分野におけるインドの世界市場シェアは低下している。このような事態はモディ政権やインド中央銀行にとっても大きな懸念材料であり、中央銀行は最近、民間セクターが「行動を共にし(get its act together)」、政府の投資負担を軽減するよう促す報告書を発表した。

なぜ企業は、目の前にあるチャンスをつかむことに消極的なのだろうか? 基本的には、インドで事業を拡大することのリスクが高すぎると認識しているからである。

企業の懸念は主に3つの分野にある。第一に、彼らは政策決定の「ソフトウェア(software)」が依然として脆弱であることを懸念している。少数の国内複合巨大企業と一部の大手外資企業が有利な企業と見なされており、競争の場は平等ではなく、広範な投資環境に悪影響を及ぼしている。結局のところ、リスクが低減されたという理由で投資を引き受けるあらゆる好意的な企業に対し、リスクが増大したために投資を削減した競合他社も数多く存在する。彼らにとって、国家の恣意的な行動の犠牲者となるリスクは依然として大きい。

第二に、インド政府は輸出を促進する必要性を認識しながらも、内向き志向(inwardness)、つまり、輸入障壁には依然として強い執着を持っている。この保護主義には新たな魅力がある。それは、インドの国内市場は今や非常に大きく、国内企業は非常に発展しているため、政府の後押しを受けさえすれば、外国企業に取って代わることは容易だと多くの人が考えているからだ。当然のことながら、経済的ナショナリズム(economic nationalism)は必然的に政治的ナショナリズム(political nationalism)を伴う。

しかし、インドの国内市場は、少なくともグローバル企業が売ろうとしている、中産階級向けの商品については、特別に大きくはないというのが現実だ。また、保護主義的な措置が頻繁に発表されると、企業は遅かれ早かれ重要な海外からの供給を断たれるかもしれないとリスクを回避するようになり、実際に国内投資が減退する。例えば、昨年(2023年)8月に発表されたノートパソコンの輸入規制は、重要なIT部門の企業にパニックを引き起こした。結局、規制は緩和されたが、他のセクターでも同様の措置が実施されたため、その懸念はいまだに残っている。

結局のところ、政治と経済の間に、くさびのようにして、はまり込んでいる問題が立ちはだかっている。政治体制が安定している限り、制度の崩壊に直面しても、投資と成長は生き残り、さらには繁栄することができる。そして、モディ首相の人気は安定を予感させている。しかし、インド北部の少数民族コミュニティ、南部諸州、反政府派、農民の間で不満と反抗心が高まり、突発的な事件発生の可能性が高まっている。経済学者のジョン・メイナード・ケインズが述べた有名な言葉にあるように、「避けられないことは決して起こらない。それはいつも予想外のことだ(The inevitable never happens. It is the unexpected, always.)」。

※ジョシュ・フェルマン:JHコンサルティング社代表。国際通貨基金(IMF)インド事務所長を務めた。

※アルビンド・スブラマニアン:ピーターソン国際経済研究所上級研究員。モディ政権の首席経済補佐官を務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 BRICS、グローバル・サウス、西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)の一角を占める新興大国インドについては、最近、「2025年には、名目GDPで日本を抜いて世界第4位になる」という報道がなされた。

インドについては、旅行記などで、大変に貧しい人たちが多くいる、衛生状態が良くない、とにかく人口が多い(約14億2000万人で中国を僅差で抜いて世界第1位)などの印象があり、インドの経済大国化は信じられないという人も多いと思う。

「何で儲かっているのか?」と不思議に思う人も多いと思う(私もその1人)。なんでも、IT(インド人の数学の強さと関連して)、製造業(タタ・グループの自動車産業や製鉄など)、農業が主要産業であり、世界最大の人口を誇るので、巨大な国内市場がある。インドのGDP成長率は、新型コロナウイルス感染拡大前は、安定して5%前後を推移してきたがその後急落したが、現在は持ち直している。インドの人口ピラミッドは釣り鐘型であり、若い人たちが多く、これが「人口ボーナス」となり、これから国内市場の消費はどんどん伸びていく。
indianeconomicgrowthratesgraph20012023001
indianpopuationandgdpgraph20202027001

indianandjapanesepopulationpyramids2023001

 インドのナレンドラ・モディ首相は高い支持率を誇る。経済成長を実現し、人々の生活を改善し(トイレの建設に力を注いできた)、インド国内のナショナリズムを高揚させてきた。一方で、人口の大部分を占めるヒンドゥー教徒優先の政策を実施し、マイノリティのイスラム教徒(それでも2億人もいる)への憎悪が増大しているという面もある。インドは独立以降は、世俗国歌として、宗教は政治の中心から排除されてきたが、ヒンドゥー教徒中心になりつつある。それに対して懸念する声もある。また、インド国内の「南北問題」、貧しい北部と豊かな南部という分裂も存在する。現在のモディ首相を支える与党は、インド国民党(BJP)であり、その基盤はヒンドゥー教至上主義の民族義勇団(RSS)だ。彼らがよりナショナリズムを高揚させていくと、外交政策にも影響を与えかねないが、中国との関係が平穏であることは大きい。インドにとって重要なのは中国、そしてロシアとの距離感である。西側諸国(ザ・ウエスト、the West)とも良好な関係を維持しながら、西側以外の国々の中で存在感を増していくということになるだろう。アメリカとしては、地理的な位置関係も含めて、インドと中国の接近は防ぎたいところだが、インドはアメリカの意図を見透かして、自国の利益になるような行動を選択的に取っている。インドについてはこれからも注視していかねばならない。
narendramodi006
ナレンドラ・モディ

(貼り付けはじめ)

インドについての新しい国家像に関する思想(The New Idea of India

-ナレンドラ・モディの統治は、リベラルではないが、より確固とした国家を生み出しつつある。

ラヴィ・アグロウアル筆

2024年4月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/08/india-modi-bjp-elections/?tpcc=recirc_latest062921

4月中旬から6月上旬にかけて、数週間にわたり、世界最大の選挙が行われる。人口14億人のうち9億6000万人以上のインド国民がインド連邦議会選挙の投票権を持ち、世論調査ではナレンドラ・モディ首相と彼の率いるインド人民党(Indian People's PartyBharatiya Janata PartyBJP)が3期連続で政権に就くことが強く示唆されている。

モディはおそらく世界で最も人気のある指導者だろう。最近のモーニング・コンサルタント社による最近の世論調査では、インド人の78%が彼の指導力を支持している。(次に支持率の高いメキシコ、アルゼンチン、スイスの指導者の支持率の数字は、それぞれ63%、62%、56%である)。モディが賞賛される理由を理解するのは難しくない。彼はカリスマ的指導者であり、ヒンディー語の巧みな演説家であり、勤勉で国の成功に尽力していると広く認識されている。彼は縁故主義(nepotism)や汚職(corruption)に手を染める可能性がほぼないとみなされているが、これは彼が73歳の男性で、パートナーも子供もいないことに起因することが多い。モディには真のライヴァルはほとんどいない。彼の党内での権力は絶対的であり、対立候補は分裂し、弱く、家柄だけは立派な王朝的と言えるものだ。G20を主催する機会を最大限に活かし、注目を集める海外訪問を行うことで、モディは世界の舞台でインドの存在感を高めた。それに伴って、モディ自身の人気も高めることに成功した。ニューデリーは外交政策でも自己主張を強め、イデオロギーや道徳よりも自己利益を優先している。これが国内向けに大きなアピールとなっている。

モディの成功は彼を非難する人々を混乱させる。結局のところ、彼は権威主義的な傾向をより強めている。モディは記者会見にほとんど出席せず、難しい質問をする数少ないジャーナリストたちとのインタヴューにも応じず、議会での議論もほとんど避けてきた。モディは権力を集権化し、カルト的な人格を構築する一方で、インドの連邦制(federalism)を弱体化させている。彼の指導の下、インドの多数派であるヒンドゥー教徒が支配的になった。このような1つの宗教の優位は、少数派に害を及ぼし、世俗主義(secularism)への国の関与に疑問を投げかけるなど、醜い影響をもたらす可能性がある。報道の自由や独立した司法など、民主政治対英の重要な柱は傷つけられている。

しかし、モディは民主的に勝利した。政治学者のスニル・キルナニは、1997年に出版した著書『インドの思想(The Idea of India)』の中で、当時、建国以来50年の歴史を持つインドを形作ったのは、文化や宗教よりもむしろ民主政治体制であると主張した。キルナニによれば、この思想の第一の体現者はインドの初代首相であり、ケンブリッジ大学出身のジャワハルラール・ネルーである。ネルーは、イスラム教徒の祖国として明確に形成されたパキスタンとは対照的な、リベラルで世俗的な国というヴィジョンに確信を持っていた。モディは多くの点でネルーとは正反対である。下層カーストの中流以下の家庭に生まれたモディ首相は、ヒンドゥー教徒のコミュニティ・オーガナイザーとして国内を何年も旅し、一般庶民の家に寝泊まりして、彼らの不満や願望への理解を深めることから、政治に関する教育を受けた。モディのインド思想は、選挙民主政治体制と福祉優先主義(welfarism)を前提としながらも、ネルーのそれとは大きく異なっている。文化や宗教を国家の中心に据え、ヒンドゥー教を通じて国家・国民であることの意識を定義し、個人の権利や市民的自由を縮小することを意味するとしても、強力な最高責任者がリベラルな指導者よりも望ましいと考えている。この全くの別の選択肢のヴィジョン、すなわち非自由主義的民主政治体制(illiberal democracy)は、モディと彼の率いるインド人民党にとって、自分たちにより大きな勝利をもたらす提案となっている。

ヒンドゥー教徒はインドの人口の80%を占める。インド人民党は、彼らが自分たちの宗教や文化に誇りを感じるように仕向けることで、このインド国民の大多数の支持を追求している。時には、人口の14%を占める2億人のイスラム教徒への憤りを煽動することで、このプロジェクトを助長することもある。インド人民党はまた、ヒンドゥー教徒が歴代の侵略者の大群によって犠牲になったと解釈する歴史も進めようとしている。ヒンドゥー教徒はカーストや言語によって分断されており、一枚岩とは言い難いが、インド人民党が国政選挙で勝利するためには、ヒンドゥー教徒の半分の支持を得るだけで十分なのだ。2014年、インド人民党は国政選挙で31%の得票率を記録し、30年ぶりに単独政党として、議会の過半数の議席を制した。2019年はより成功し、37%の得票率を記録した。

非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはジャワハルラール・ネルーを含む他のインドのこれまでの考えに挑戦している。

インド人民党の成功の少なくとも一部の要因としては、モディの知名度の浸透(name recognition)と選挙戦での精力的なパフォーマンスに起因している。しかし、1人の人物に注目しすぎることは、インドの軌跡を理解することから目を逸らすことになりかねない。モディがここ数世代でインドのどの指導者よりも権力を集中させたとはいえ、彼の中核的な宗教的アジェンダは、インド人民党や、そのイデオロギー的母体である民族義勇団(Rashtriya Swayamsevak SanghRSS、ラシュトリヤ・スワヤムセバク・サング、National Volunteers Organization)、500万人以上の会員を数えるヒンドゥー教社会団体・準軍事組織によって、長い間伝えられてきた。モディは2014年以来、インド人民党にとっての主要な顔であるが、党自体は1980年から現在の形で存在している。(モディの真のイデオロギー的ルーツである民族義勇団はさらに古い。来年には創立100周年を迎える)。インド人民党のヴィジョン、つまりインドについての考え方は、新しいものでもなければ、隠されているものでもない。それは選挙マニフェストに明確に記載されており、モディのセールスマンシップと相まって、投票箱の中でますます成功を収めている。

言い換えると、インドの現在の政治的状況は、一世代に一人の(once-in-a-generation)、不世出な指導者と、説得力のある代替案の少なさという供給と大いに関係があるが、需要の変化とも関係があるかもしれない。インド人民党の政治プロジェクトの成功は、インドがどのような国になりつつあるのかをより明確に示している。インドの人口の半分近くは25歳以下である。こうした若いインド人の多くは、新しい文化的、社会的な国家像を主張しようとしている。非自由主義的で、ヒンディー語が支配的で、ヒンドゥー教を第一とする国家が出現しつつあり、それはネルーを含む他のインドの考え方に挑戦している。このことは、国内政策と外交政策の双方に重大な影響を与える。インドのパートナーやライヴァルとなるべき国々がこのことに早く気づけば、ニューデリーの世界的影響力の増大にうまく対処できるようになるだろう。『モディ以前のインド』の著者であるヴィナイ・シタパティは、「ネルー的なインド国家像思想は死んだ。何かが失われたのは間違いない。しかし、問題は、新しい考えがそもそもインドにとって異質なものであったかどうかである」と述べている。

インド人は、市民社会の健全性を示す重要な指標において、インドが近年どれほど落ち込んでいるかを示す報告に歯がゆさを感じている。しかしながら、こうした評価に異議を唱える価値はある。「国境なき記者団」によると、インドは報道の自由度において、2002年の139カ国中80位から、2023年には180カ国中161位にランクを落とした。世界中の民主政体を測定するフリーダム・ハウスは、2024年の報告書でインドを「部分的に自由(partly free)」としか評価せず、インド統治下のカシミール地方は「自由ではない(not free)」と判定された。過去10年間でインドよりも自由度が低下したのは、ロシアや香港などほんの一握りの国と地域だけである。世界経済フォーラムの2023年グローバル・ジェンダー・ギャップ指数では、インドは146カ国中127位だった。ワールド・ジャスティス・プロジェクトは、法の支配の遵守について、インドを142カ国中79位とし、2015年の59位からランクを下げた。ある法学者が「Scroll.in」で書いているように、司法は「急進的な多数民族決定優先決主義的アジェンダを追求するために、政府が自由に使える巨大な武器を形成している(placed its enormous arsenal at the government’s disposal in pursuit of its radical majoritarian agenda)」。ウェブへのアクセスについても考えてみよう。インドは、過去10年間で、どの国よりもインターネットを遮断しており、イランやミャンマーよりもその程度が高くなっている。

インドを観察している専門家たちが最も心配している社会的指標は、宗教の自由(religious freedom)である。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間のトラブルは今に始まったことではない。しかし、モディの率いるインド人民党は、政権に就いてからの10年間、立法を通じてヒンドゥー第一主義(Hindu-first agenda)のアジェンダを推進することに著しい成功を収めてきた。2019年には、イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方の準自治領の地位を剥奪し、同年末には選挙の年であるにもかかわらず、イスラム教徒が多数を占める近隣3カ国からの非イスラム教徒に市民権を与える移民法を成立させた。この法律は、インドのイスラム教徒が市民権を証明することをより困難にするもので、2020年3月に施行された。この発表のタイミングは、選挙上の利点を強調するものだったと考えられる。

このような立法措置よりも有害なのは、モディ政権の沈黙であり、インドのイスラム教徒にとってますます脅威を感じる状況の中で、しばしば、ヒンドゥー教至上主義への励ましの口笛を吹くことである。かつてネルーが世俗主義を強調したことで、公の場では暗黙のルールが課せられたが、今ではヒンドゥー教徒はイスラム教徒のインドへの忠誠心に比較的平気で疑問を呈することができる。ヒンドゥー至上主義(Hindu supremacy)が基準となり、これに対する批判者たちは「反国家的(anti-national)」の烙印を押される。このヒンドゥー至上主義は、2024年1月22日、モディがインド北部の都市アヨーディヤでヒンドゥー教の神ラムを祀る巨大な寺院を奉献したことで頂点に達した。2億5000万ドルをかけて建設されたこの寺院は、1992年にヒンドゥー教徒の暴徒によって取り壊されたモスクの跡地に建てられた。30年前にこの事件が起きたとき、インド人民党の指導者たちは自分たちが引き起こした暴力に反発した。今日、その恥辱は国家的誇りの表現へと姿を変えた。ボリウッド(Bollywood)のトップスターやこの国のビジネスエリートが集まった聴衆の前で、寺院の開院式で、ヒンドゥー教の僧侶の衣装を身にまとったモディは、「新しい時代の始まりだ(It is the beginning of a new era)」と述べた。

インド人であることの意味に関する、モディのヴィジョンは、少なくとも部分的には世論に表れている。ピュー・リサーチ・センターが、2019年末から2020年初めにかけてインドの宗教に関する大規模な調査を実施したところ、ヒンドゥー教徒の64%がヒンドゥー教徒であることは「真のインド人(truly Indian)」であるために非常に重要だと考えており、59%がヒンディー語を話すことも同様にインド人であることを定義する上で基礎になると答え、84%が宗教は生活において「非常に重要」だと考え、59%が毎日祈りを捧げていることが分かった。シヴ・ナダル・チェンナイ大学で法律と政治を教えているシタパティは、「インド人民党の優勢は主に需要主導型だ。しかし、進歩的な人々はこのことを否定している」と述べている。

シタパティに対しては、「彼の研究がインド人民党と民族義勇団の過激派のルーツを過小評価し、彼らのイメージ回復に役立っている」と主張する左派の批評家たちがいる。しかし、需要と供給の問題については インド人民党の優勢は、国民の多くがヒンディー語を話す北部に限られている。ハイテク企業が栄え、識字率が高く、ほとんどの人がタミル語、テルグ語、マラヤーラム語などの言語を話す裕福な南部では、インド人民党の人気は明らかに低い。南部の指導者たちは、自分たちの税金が北部のヒンディー語地帯に補助金として出されているという憤りを募らせている。この地理的な亀裂は、全国的な区割りが行われる2026年に表面化する可能性がある。野党指導者たちは、インド人民党が議会の選挙区を自分たちに有利なように変更することを恐れている。もしインド人民党が成功すれば、モディが他印した後も、ずっと選挙で勝ち続けることができるだろう。

こうした状況にもかかわらず、シタパティはこの国が民主政治体制であり続けていると主張し、「政治参加(political participation)はかつてないほど高まっている。選挙は自由かつ公正だ。インド人民党は、州選挙で定期的に負ける。あなたの民主政治体制の定義が選挙の神聖さと政策の内容に焦点を当てているのであれば、インドの民主政治体制は繁栄していることになる」と述べた。シタパティは、インド社会では文化は自由主義や個人の権利を中心としていないと語った。モディ首相の台頭はその文脈で見られなければならない。

反対を唱えるようなリベラル派のインド人たちは、表舞台から姿を消しつつある。明らかな例外は、ブッカー賞を受賞した小説家アルンダティ・ロイである。昨年(2023年)9月、スイスのローザンヌでロイは、ファシズムに堕しつつあるインドについて次のように語った。「与党インド人民党のヒンドゥー至上主義のメッセージは、14億人の国民に執拗に流布されている。その結果、選挙は殺人、リンチ、犬笛(dog-whistling)の季節となった。私たちが恐れなければならないのは、もはや指導者たちだけでなく、国民全体なのだ」。

10億人以上のヒンドゥー教徒の動員(mobilization)は、多数派の暴政(tyranny of the majority)の一形態なのだろうか? プリンストン大学で教鞭をとるインドの政治学者プラタップ・バヌ・メータはそうではないと言う。メータは「ヒンドゥー教の民族主義者は、自分たちのプロジェクトは古典的な国家建設プロジェクトだと言うだろう」と述べ、インドは独立国としてまだ若い国であるかを強調した。ポピュリズムもまた、モディ首相の政治を説明するのに満足のいく言葉ではない。彼は控えめな経歴を誇示しているが、決して反エリート主義者ではなく、実際、インドや世界のトップビジネスリーダーにインドへの投資を頻繁に勧めている。エリートたちは、時に、モディ首相の成功に直接資金を提供することもある。2017年の選挙公債規定により、インド人民党への匿名の寄付が6億ドル以上もたらされた。最高裁判所は2024年3月に、この制度を「違憲(unconstitutional)」として廃止したが、今回の選挙で大口献金者の影響を防ぐには判決が遅すぎた可能性が高い。

ニューデリーを拠点とする歴史学者ムクル・ケサヴァンは、インド人民党のアジェンダを多数民族決定優先決主義(majoritarianism)と表現する方がより正確だと主張する。ケサヴァンは、「多数民族決定優先決主義には少数派を動員する必要がある。インドはその先陣を切っている。私たちがやっているようなことをやっているのはインドだけだ。西側諸国がこのことに気づかないことに、私はいつも驚かされる」と述べている。

西側諸国がいつも気づかないのは、モディがアメリカのドナルド・トランプのような強権者とは大きく異なるということだ。トランプが共和党を凌駕するイデオロギーを広めたのに対し、モディはインド人らしさをヒンドゥー教とより密接に同一視するという、民族義勇団の100年来の運動を実現している。世論調査の結果でも選挙の結果でも、この運動が実現する時期が来ていることが明らかになっている。

前述のメータは、「人々は偏狭な考えを持っていない。トレードオフを受け入れることを厭わない」と述べ、たとえそのプロジェクトに不快な要素があったとしても、インド人民党のヒンドゥー国家という前提を受け入れるインド人が増えていることを説明した。「彼らは多数民族決定優先主義的なアジェンダが交渉決裂になるとは考えていない。少なくとも今のところは。重要な問題は、多数民族決定優先決主義がこのトレードオフを国民が受け入れることを困難にするような事態を引き起こしたときに何が起こるかということである。ここでの最大のリスクは、インドの歴史に刻まれたような、共同体による暴力が急増する可能性にある。例えば2002年、西部のグジャラート州ゴードラで、アヨーディヤから戻る列車が炎上し、58人のヒンドゥー教徒巡礼者が死亡した。当時のグジャラート州首相であったモディは、この事件をテロ行為であると宣言した。イスラム教徒が火事の犯人だという噂が流れた後、暴徒が3日間にわたって州内で暴力を振るい、1000人以上が死亡した。死者の圧倒的多数はイスラム教徒だった。モディはいかなる関与でも、有罪判決を受けたことはないが、この悲劇はモディにとって不利にも有利にも作用した。リベラルなインド人たちは、モディが暴力を止めるためにそれ以上のことをしなかったことに怯えたが、相当数のヒンドゥー教徒にとっては、モディは自分たちを守るためには手段を選ばないというメッセージになった。

それから22年後、モディはグジャラートよりもはるかに多様な国民を対象とする主流派の指導者となっている。かつて暴動は彼の経歴の中で大きな位置を占めていたが、今やインド人は、暴動を世間の注目を浴びる複雑なキャリアのほんの一部としか見ていない。共同体による暴力が再び大量に発生した場合にインド人がどのような反応を示すか、また市民社会が国民の最悪の行き過ぎを抑制する力を保持しているかどうかは未知数である。楽観主義者たちは、インドが厳しい局面を乗り越えて強くなってきたことを指摘するだろう。1975年にインディラ・ガンディー首相が非常事態を宣言し、政令による支配を許可したとき、有権者は最初のチャンスで彼女を政権から追い出した。しかし、モディは国をより強く掌握し、投票箱で勝利しながら権力を拡大し続けている。

市民たちが世俗主義や自由主義の理想だけでは生きていけないように、ナショナリズムや多数民族決定優先決主義も同じだ。最終的には、国家が成果を出さなければならない。この点で、モディの記録は複雑だ。「モディは日本をモデルとしている。文化的な意味での西洋ではなく、工業的な意味での近代的なモデルとして見ている。彼はヒンドゥー教復興主義(Hindu revivalism)と工業化(industrialization)を混合させたイデオロギー的プロジェクトを実現した。

インドはモディ首相の下、国家建設(state-building)という巨大な国家プロジェクトに取り組んでいる。2014年以降、交通インフラへの支出は対GDP比で3倍以上に増加している。インドは現在、年間6000マイル以上の高速道路を建設しており、2014年以降、農村部の道路網の距離は倍増している。2022年、ニューデリーは活況を呈している航空市場を利用し、経営難に陥っていた国営航空会社エア・インディアを民営化した。インドには現在、10年前の2倍の空港があり、国内線の利用客は2億人を超えて、2倍以上に増えている。中間層の消費支出も増えている。都市部における一人当たりの消費支出は、過去10年間で月平均146%増加した。一方、インドは悪名高い官僚主義的なハードルを取り払い、産業界にとって使いやすい国になりつつある。世界銀行が毎年発表している、「ドゥーイング・ビジネス・レポート」によると、インドは2014年の134位から2020年には63位に上昇している。投資家たちは強気のようだ。インドの主要株価指数であるBSE Sensexは、過去10年間で250%上昇した。

強権的な実力者という存在は、通常、女性よりも男性の間で人気がある。したがって、インド人民党が2019年の国政選挙で記録的な女性票を獲得し、有権者の参加と女性の投票が増加し続けているため、2024年にも再び女性票を獲得すると予測されているのは奇妙な矛盾である。モディ首相は、家庭生活を楽にするサーヴィスを巧みに展開することで女性有権者をターゲットにしてきた。例えば、地方での水道へのアクセス率は、2019年のわずか16.8%から75%以上に上昇した。モディ首相は、1億1千万個以上のトイレを建設するキャンペーンの後、2019年にインドでは屋外排泄(open defecation)が根絶されたと宣言した。また、国際エネルギー機関(International Energy Agency)によると、インドの送電線の45%が過去10年間に設置されたということだ。

私が2018年に出版した『インディア・コネクティッド(India Connected)』で書いたように、この国で最も大きな変革をもたらしているのは、インターネットの普及である。100年以上前に自動車が発明され、それに伴って州間高速道路や郊外住宅地が形成され、現代アメリカが形成されたように、安価なスマートフォンによって、インド人は急成長するデジタル・エコシステム(digital ecosystem)に参加できるようになった。スマートフォンとインターネットのブームとはあまり関係がなかったが、政府はそれを利用した。政府が運営する即時決済システム(government-run instant payment system)であるインドのユニファイド・ペイメント・インターフェイス(Unified Payments Interface)は、今や国内の現金以外の小売取引の4分の3を占めている。デジタル・バンキングと新しい国民生体認証システム(national biometric identification)の助けを借りて、ニューデリーは補助金を国民に直接送金することで汚職を回避し、何十億ドルもの無駄を省いている。

民間部門は、インドの新しいデジタル経済と物理的経済に進んで参加してきた。しかし、本号(42ページ)で2人の一流エコノミストが述べているように、民間部門は更なる投資に対して奇妙な警戒心を抱いている。例えば、モディはインドの2人の大富豪、ムケシュ・アンバニとゴータム・アダニ(ともに出身はグジャラート州)と癒着しすぎていると見られている。ニューデリーの遡及課税(retroactive taxation)と保護主義の歴史が、せっかくの企業計画を台無しにしてしまうのではないかという懸念が渦巻いている。

モディ首相は強大な権力を掌握しているため、失策をするとその影響は大規模になりがちだ。2016年、モディは突然、法定通貨としての高額紙幣を回収し、通貨廃止(demonetization)のプロセスを発表した。この動きは、多額の非課税所得を持つ人々を排除することで汚職を減らそうとしたものであったが、実際にはインドの成長を2%近く引き下げる大失敗だった。同様に、2020年に新型コロナウイルス感染症の発症にパニックに陥り、モディ首相は突然の国家封鎖(national lockdown)を発表し、その結果何百万人もの出稼ぎ労働者が急いで帰国することになり、ウイルスが蔓延する可能性が高まった。 1年後、新型コロナウイルス感染症のデルタ変種が国内に蔓延し、数え切れないほどのインド人が死亡したとき、ニューデリーはほとんど傍観していた。あの時、国家が国民を失望させたという事実は、どんなにナショナリズムやプライドでも覆い隠すことはできなかった。

朗報に飢えた国民を抱えるインドは今、最高の外交政策取引を利用しようとしている。移り変わる世界秩序の中で、方法はいくらでもある。アメリカの力は相対的に低下し、中国は台頭し、いわゆるミドルパワー諸国(middle powers)と呼ばれる国々がその地位を高めようとしている。モディは、より力強く、たくましく、誇り高き国家像を打ち出しており、インド人はその自画像に夢中になっている。

昨年(2023年)9月、カナダのジャスティン・トルドー首相が、ブリティッシュコロンビア州でインド政府の諜報員がシーク教徒のコミュニティリーダーの殺害を画策したという「信頼できる疑惑(credible allegations)」をオタワが調査中であると発表した。ニューデリーはトルドーの告発を「馬鹿げている(absurd)」と真っ向から否定した。殺害されたハルディープ・シン・ニジャールは、彼の出身地であるインド北西部のパンジャーブ州を領土とする、カリスタン(Khalistan)と呼ばれる国家の樹立を目指していた。2020年、ニューデリーはニジャールをテロリストと宣告した。

トルドー首相がカナダ国内で起きた殺人事件を公にインドを非難することは、モディにとって大恥をかくことになりかねなかった。しかしながら、この事件はモディの支持者を活気づかせた。国民的なムードは、ニューデリーはやっていないという、政府の公式見解に同意しているように見えたが、そこには重要な背景があった。それは、「もしやったのなら、正しいことをしたのだ」ということだ。

シタパティは、「それは、『私たちはやっとここまで来た。これで白人と対等に話ができる』という考えだ」。作家で国会議員のシャシ・タローが指摘したように、「略奪(loot)」という言葉さえヒンディー語から盗用されたものなのだ。インド人民党の国家建設プロジェクトは、ヒンドゥー教徒を何世紀にもわたる、過ちの犠牲者でありながら、いまや真の地位を主張するために目覚めた者として描くことで、しばしば自尊心を取り戻そうとしている。だからこそ、2024年1月22日のラム寺院の開院式は、ヒンドゥー教徒の間に、かつて自分たちが享受していた優位性を正当に主張しているという感覚を蘇らせることになった。

ステージは派手であればあるほど良い。インドは2023年の間、他のほとんどの国がおざなりにしている、輪番の議長国としてG20首脳会談の主催で力を誇示した。モディ首相にとって、それはマーケティングマシーンとなり、ニューデリーのホスト役としての誇りを宣伝する巨大な看板が設置された(常に首相の肖像画と並んで設置されていた)。2023年 9月にサミットが始まると、テレビ局は律儀に主要部分を生中継し、モディ首相が一連の世界のトップ指導者たちを歓迎する様子を放映した。

その数週間前、インド人は別の祝賀の瞬間に団結した。インドが2台のロボットを月面に着陸させ、月面に着陸した4番目の国となり、月の南極に到達した最初の国となった。テレビ局が着陸の生中継を流すなか、モディ首相は着陸の重要な瞬間にミッション・コントロールを行い、彼の顔が着陸の様子と分割された画面に映し出された。このような自己宣伝は派手に見えるかもしれないが、集団的な達成感や国民的アイデンティティにつながるものだ。

また、ウクライナ侵攻後にロシアへの制裁を求める西側諸国を嘲笑っている、モスクワに対するニューデリーの姿勢も人気がある。2022年以前、ロシアがインドに輸出していた原油は全体の1%にも満たなかったが、現在は半分以上をインドに供給している。中国とインドは合わせてロシアの海上輸出原油の80%を購入しており、西側諸国が課した価格制限のために、市場価格よりも安い価格で購入している。インド人もグローバル・サウスの多くの人々と同様、西側諸国が世界情勢に二重基準(double standards)を適用していると広く認識するようになったこともあり、道徳に対する配慮はほとんどない。その結果、道徳的な基準がないのだ。インドにとって、有利な石油取引はまさにそれである。インドとロシアは歴史的な友好関係を共有しており、双方はその継続を望んでいる。

ニューデリーが外交政策で自己主張を強めているのは、他国からより必要とされているという認識からきている。同盟諸国はこの新たな動きを認識しているようだ。アメリカにとっては、台湾海峡における中国との潜在的な争いでインドが助けに来なかったとしても、ニューデリーが北京に接近するのを防ぐだけでも、地政学的な勝利となり、他の意見の相違を覆すことになる。他国にとっては、成長するインド市場へのアクセスが最も重要である。インド人民党がイスラム教徒を敵視しているにもかかわらず、モディはペルシャ湾諸国を訪問するとレッドカーペットを敷かれての式典が行われる歓迎(red-carpet welcome)を受ける。

インドが自国の戦略的利益を把握し、その選択を明確にすることに自信を持っていることは、自国をどう見るかという広範な変化と一体のものである。モディとインド人民党は、西洋式のリベラリズムを犠牲にして自国の利益を追求することを美徳とするインドの国家像を推進することに成功している。若者の経済的願望と、相互の結びつきが強まる世界におけるアイデンティティへの欲求に訴えることで、インド人民党は一世代前には想像もできなかったような宗教的・文化的アジェンダを推進する余地を見出した。このヴィジョンは純粋なトップダウンではありえない。将来的には、インドをめぐる様々な構想が更に競われることになるだろう。しかし、モディのインド人民党が投票箱で勝ち続ければ、歴史はこの国のリベラルな実験が中断されただけでなく、異常であったことを示すかもしれない。

※ラヴィ・アグラワル:『フォーリン・ポリシー』誌編集長。ツイッターアカウント:@RaviReports
(貼り付け終わり)
(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生の書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界で核兵器を持つ国々としては、国連安全保障理事会常任理事国(アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア)、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮となっている。アメリカが開発し、ソ連が追い付き、英仏、そして中国が開発していった。そして、他の国々に拡散していった。冷戦下の米ソは、核兵器の管理とそれ以上の拡散を防ぐために、核不拡散条約を締結し、世界各国にも批准を求めた。しかし、その後も核兵器所有を望む国々はあり、実際に核兵器所有に到る国々も出てきた(南アフリカは計画を断念した)。その後、米ソ間で、核兵器削減が始まり(両国が持つ核兵器の数は他国を大きく凌駕する)、核兵器の不拡散(non-proliferation)から軍備管理(arms control)へと進む中で、米中露の間での軍備管理は難しくなっている。

 「核兵器を持てば他国からの攻撃を受けなくなる」という核抑止力思想は、冷戦期には有効であっただろうが、現在はその有効性は疑問視されている。核兵器を先制攻撃用の武器として使うことは、世界各国の非難を浴び、国家として存続できない状態になり、自国の崩壊を意味する。自国の防衛のために持った核兵器が自国の崩壊を招いてしまっては本末転倒だからだ。アメリカは報復兵器として核兵器を保有しており、アメリカに向けて核兵器を使った国を消滅させるだけの核兵器を持つということになっている。

しかし、アメリカは核兵器を自国に打たれない限り、報復手段として核兵器を使用できない。そうなれば、困った問題も出てくる。特に、国土を持たないテロリスト組織に対しては核兵器を使用できない。そうなると、核兵器を持っていても、自国への攻撃を防ぐことはできないということになる。国家間戦争では事情は異なるが、テロ組織との非対称的な戦争では、核兵器を持っても何の効果もない。また、通常兵器で攻撃された場合には、通常兵器で報復するということになる。アメリカの軍事力を考えれば、通常兵器だけでも、ほとんどの国を消滅させることが可能であるが、ブッシュ政権以降の、イラクとアフガニスタンの泥沼化を見てみると、アメリカの軍事力が有効性を持つということについては疑問符がつく。

 アメリカでは歴代政権がアメリカの「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」を行う。バイデン政権でもNPRは行われており、削減よりも核抑止力の維持を基本線としている。中国の台頭とロシアの脅威を受けて、削減傾向からの転換を図っている。しかし、核兵器を持っていることがどれほどの効果を持つのかということについて、その前提を疑うということはしていないようだ。米中露が直接的に核兵器を撃ち合う状況にならないように、管理することが基本線であるが、核兵器の抑止力に今も頼ろうと考えているようだ。

 インドとパキスタン、イスラエルとイラン(核開発進行中)といった敵対国同士が核兵器を撃ち合うという可能性についても私たちは考えておかねばならない。しかし、核兵器は使用にかなりの高いハードルがあり、「伝家の宝刀」「最終秘密兵器」ということになる。結局、使えない、持っているだけということであるならば、今からおっとり刀で、日本でも核兵器保有を行おうと考えることは愚の骨頂だ。

(貼り付けはじめ)

バイデンの核戦略は危険な世界と共存するための戦略である(Biden’s Nuclear Strategy Is About Living With a Dangerous World

-「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review)」から5つの教訓が得られる。

マシュー・ハリス筆

2022年11月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/11/15/biden-nuclear-posture-review-deterrence-russia-china/

先月、新たな「国防戦略(National Defense Strategy)」の一環として、またロシアがウクライナで核の威嚇を続ける中、バイデン政権は「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」の公開文書を発表した。何故核兵器を保有するのか、いつ、どのように使用を検討するのか、今後どのような核兵器が必要なのか、といった方針を示すもので、ビル・クリントン大統領以降の各米大統領は1期目の早い段階で、核態勢の見直しを実施してきた。しかし、ウクライナで敗走するロシアが核兵器を振り回し、中国との緊張が高まる中、アメリカの立ち位置には注意を払う価値がある。25ページに及ぶ「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」から、5つのポイントを挙げる。

(1)中国も核兵器による威圧を試みる可能性がある(China could try nuclear coercion, too

戦略に関する見直しは、しばしば「最後の戦争を戦う(fighting the last war)」と非難される。バイデンによる「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、現在の戦争と戦うことに大きな焦点を合わせている。ロシアは核兵器のレトリックを使って、ウクライナと西側諸国に戦争目的を縮小するよう説得しようとしている。そして、ロシアが自分たちにとっての有利な条件で戦争を終わらせるために少数の核兵器を使用するかもしれないという懸念が、この「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」に大きく関わっている。ロシアの指導者たちは、核兵器を「近隣諸国に対する不当な侵略を行うための盾(shield behind which to wage unjustified aggression against their neighbors)」と考えており、「地域紛争におけるロシアの限定的核使用の阻止は、アメリカとNATOの高い優先事項である(deterring Russian limited nuclear use in a regional conflict is a high U.S. and NATO priority)」と報告書は述べている。

最近の米国家安全保障戦略は、ウクライナにおけるロシアの通常兵器の災禍が、将来的に核兵器への依存を強めることになるため、この問題が更に悪化する可能性が高いことを示唆している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、中国がアジアで同様の戦略を採用する可能性を指摘している。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」によれば、中国の驚くべき核兵器増強は、核兵器による強制や限定的な先制使用など、地域の危機や戦争における選択肢を増やすことになるという。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」が中国の将来の核兵器を「多様(diversity)」であり、「高度な生存性、信頼性、有効性(high degree of survivability, reliability, and effectiveness)」を持つと表現している点は、核兵器で先制攻撃された場合に大規模な報復を行えることに重点を置いてきた中国の歴史的に初歩的な態勢とは大きく異なる。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」自体には、これ以上具体的なことは書いていない。しかし、中国の目標は、アメリカとの本格的な核戦争にまでエスカレートすることなく、この地域での通常型紛争に勝利するために、低程度・短距離のシステムで限定的な核攻撃を用いると威嚇したり、実際に実行したりできるようにすることだという憶測に信憑性を与えている。

ワシントンは、核兵器による強制、あるいは限定的な使用が勝利の戦略であるという考えを打ち砕くことに明確な関心を持っている。これは、核のリスクそのものだけでなく、アメリカ軍の行動の自由に関するものである。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、「限定的な核兵器使用を抑止する能力は、非核兵器の通常兵器による侵略を抑止する鍵である」と述べている。敵対国が、核兵器によるエスカレーションで脅せば思い通りになると知れば、「我が国の指導者たちが、重要な国家安全保障上の利益を守るために通常の軍事力を行使するという決断を下すことはより難しくなり、その決断を下すことははるかに危険になる」と「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は述べている。

こうした懸念からは2つの現実的な意味が読み取れる。まず、広範な『国家防衛戦略(National Defense Strategy)』の他の施策と同様に、この見直しでは、限定的な核攻撃に対する回復力を高めるよう求めている。これには、通常兵器システムの防護強化、アメリカ軍と同盟諸国の軍隊の防護装備、通常戦に使用される宇宙システムの「任務保証の強化(enhanced mission assurance)」などが含まれる。その論理は、アメリカの同盟諸国が限定的な核兵器使用後も戦い続けられることを敵対国が知れば、核兵器使用は戦争を終わらせるクーデターとしての魅力を失うというものである。しかし、それは次の点を示唆している。

(2)核兵器削減は限定的であり、新兵器も準備中である(Nuclear cuts will be limited, and new weapons are in the pipeline

バイデン政権は、限定的な核兵器使用を抑止するには、比較的限定的な核攻撃で報復を脅かすことができる必要があると考えている。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、この目的のために航空爆弾と巡航ミサイルを保持しているだけでなく、潜水艦発射弾道ミサイル用のW76弾頭タイプの低出力ヴァージョンであるW76-2弾頭も保持している。バイデンは大統領候補として、トランプ政権時代に開発されたW76-2を「悪いアイデア(bad idea)」と呼んだ。しかし、「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、「W76-2は現在、限定的な核使用を抑止するための重要な手段を提供している」と率直に述べ、ロシアと中国に対する抑止力の一環としてそれを挙げている。

トランプ政権はまた、核兵器を搭載した海上発射巡航ミサイル(sea-launched cruise missileSLCM-N)を提案し、計画を開始していた。バイデン政権の「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」によれば、この兵器は、W76-2の追加により、アメリカには限定的な核戦争を遂行するための十分な選択肢があることを根拠に削減されるということだ。連邦議会の共和党所属議員と一部の民主党所属議員は別の考えを持っている。連邦上下両院の軍事委員会は、来年の国防権限法案(draft defense authorization bill)にSLCM-Nを再び盛り込むべく奮闘している。連邦議会がバイデン政権に研究開発費の支払いを継続するよう強制する可能性は十分にあり、共和党はバイデン政権の任期切れを待って、共和党側から出た大統領の就任によって、SLCM-Nを手に入れることを期待していると指摘している。SLCM-Nは、米戦略軍司令官の声高な支持を受けている。同様の力関係が、バイデン政権が退役を決定し、連邦議会がまだ維持しようとしている可能性がある高出力重力爆弾であるB83-1に関しても働いている。

一方、バイデン政権が新世代の大陸間弾道ミサイルを製造せず、代わりにミニットマンIIIMinuteman III)を延命させるのではないかという一部の擁護者たちの期待は完全に裏切られた。「核態勢の見直し(Nuclear Posture ReviewNPR)」は、そのような決定は「リスクとコストを増大させる(increase risk and cost)」と断言し、後継のセンチネルミサイルに全面的なゴーサインを出した。イギリスが自国の後継核弾頭の基礎としているW93/Mk7核弾頭も、続行される。アメリカの核弾頭製造コンプレックスは、過去数十年の「部分的改修(partial refurbishment)」戦略から脱却し、ゼロから新兵器を製造するための態勢を再び整えることになる。

(3)核抑止力と非核抑止力の統合は、依然として目標である(Integrating nuclear and nonnuclear deterrence is still a goal

「核態勢の見直し(NPR)」の中核をなす国家防衛戦略は、「統合抑止(integrated deterrence)」という考えを大々的に打ち出している。バイデン政権によれば、これは「戦闘領域、戦域、紛争範囲、米国のあらゆる国力手段、同盟とパートナーシップのネットワークをシームレスに連携する(working seamlessly across warfighting domains, theaters, the spectrum of conflict, all instruments of U.S. national power, and our network of Alliances and partnerships)」ことを意味する。従来の軍事領域では、この概念が有用かどうかについて活発な議論が行われている。そのリスクには、抑止の概念を拡大し過ぎたり、各軍が既にやりたいと考えていることを「統合抑止」として再ブランド化することを奨励したりすることだけでなく、実際に変化を導くことに失敗したりすることが含まれる。

戦略の領域では、統合には明確で具体的な意味があり、その中には物議を醸すものもある。 「核態勢の見直し(NPR)」は、どの非核兵器が抑止態勢において核兵器を「補完(complement)」できるかを評価し、「これらの能力を作戦計画に適切に組み込む(integrate these capabilities into operational plans, as appropriate)」と約束している。国家防衛戦略は、アメリカがロシア国境にある同盟諸国やパートナーが「コストの賦課を可能にする対応オプション(response options that enable cost imposition)」を開発するのを支援すると述べているのは的を射たものである。つまり、アメリカは同盟諸国の防衛を強化するだけでなく、同盟諸国がロシアの侵略を積極的に懲罰する準備を支援するだろう。バイデンの「核態勢の見直し(NPR)」はまた、核と非核の計画と演習の「より適切な同期(better synchronizing)」の必要性を強調することで、トランプ大統領時代の見直しの重要な特徴を基礎にしている。限定的核攻撃(limited nuclear attacks)に対する回復力を強化するという決定と、限定的核使用の抑止が通常戦争の抑止の一部であるという主張に加えて、今回のバイデン政権での「核態勢の見直し(NPR)」は、核と非核の政策と計画の間に明確な防火帯を避けることで、前任者の道を踏襲している。

(4)中国の核兵器増強は厳しい変化を意味するかもしれない(China’s buildup might mean tough changes

ロシアが数千の核兵器を保有しているのに対し、中国の核兵器は現在数百に過ぎないという事実は、中国が「アメリカの防衛計画における全体的なペース配分の課題」である国家防衛戦略と、ロシアがアメリカ本土に対する唯一の存立的脅威であり続けるとされるNPRとの間で、焦点の必要な非対称性をもたらしている。しかし、この見直しは、大きく変化しつつある世界を正しく指摘している。中国は「核戦力の野心的な拡大、近代化、多様化に着手し、初期の核三極体制を確立した(embarked on an ambitious expansion, modernization, and diversification of its nuclear forces and established a nascent nuclear triad)」国であり、「我が国の核抑止力を評価する上で、ますます重要な要素となっている(growing factor in evaluating our nuclear deterrent)」と「核態勢の見直し(NPR)」は指摘している。

この変化の意味は斜めに表現されている。「核態勢の見直し(NPR)」では、「安全保障環境が進化するにつれて、米国の戦略と兵力態勢を変更することが、ロシアと中国の両国の抑止、保証、雇用の目標を達成する能力を維持するために必要になる可能性がある(as the security environment evolves, changes in U.S. strategy and force posture may be required to sustain the ability to achieve deterrence, assurance, and employment objectives for both Russia and [China])」と述べている。しかし、この答えに踊らされている疑問を解くのにそれほど解読は必要ない。中国がロシアの核保有国に加わった場合、アメリカは更に核兵器を必要とするのだろうか?

ロシアのウクライナ戦争と、中国がアメリカと同格の核兵器保有国の地位(nuclear peer status)に達するまでにはまだ長い距離があることを考慮すると、この議論はまだアメリカの公的領域に本格的に現れていない。しかし、誤解しないで欲しいのだが、それは現実のものであり、最初の警告射撃はすでにいくつか行われている。例えば、ジョージ・W・ブッシュ政権下の高名な元高官2人は2022年9月、連邦上院軍事委員会で次のように指摘した。他の核兵器保有諸国は、先制攻撃を吸収し、侵略者に報復すると同時に、他の近隣諸国を阻止するのに十分な兵力を予備として保持するために、将来的には、新STARTで現在許可されているよりも多くの弾頭の配備が必要となる可能性がある。将来、ロシアと米国の間に残された最後の核軍備管理条約である「新START」で現在許可されているよりも多くの弾頭の配備を必要とする可能性がある。

アメリカの核兵器計画に質的な変化がない場合、そしてアメリカが、核兵器で対抗する2カ国の同時先制攻撃を吸収し、なおかつその2カ国の標的を現在と同等に攻撃できるようにしなければならないと考えている場合、この論理は成り立つ。アメリカがロシアと中国の核兵器保有量に追いつくためには、より多くの核兵器が必要になる。しかし、それは物理的にも財政的にも不可能かもしれないし、ロシアや中国の反応や世界の核不拡散規範への影響という点で、受け入れがたい政治的・戦略的結果をもたらすかもしれない。バイデン政権のNPRはこの疑問に答えられなかったかもしれないが、次のNPRはおそらく答えなければならないだろう。

(5)抑止力は削減よりも優先される(Deterrence is placed over reduction

クリントン以降の全ての大統領が、戦力と政策の変更を行う手段として、アメリカの核態勢の見直しを命じてきた。しかし、大きな変化はなかなか起きていない。バラク・オバマは、アメリカの同盟諸国がこのニューズをどう受け止めるかという懸念から、彼が望んだよりも野心的でない軍縮策を受け入れるよう説得され、アメリカ連邦上院が新STARTを批准した代償として、アメリカの核兵器インフラに彼が望んだ以上の支出を強いられた。ブッシュは、新たな抑止コンセプト[deterrence concept](いわゆる新トライアド[new triad])と新しい核兵器(強力地中貫通型核兵器[Robust Nuclear Earth Penetrator]と信頼性の高い代替弾頭[Reliable Replacement Warhead ])に関する挑発的なアイデアを持っていた。連邦議会は両方の新兵器を否決し、新抑止コンセプトは定着しなかった。

バイデンは40年以上にわたって核戦略に関する議論に熱心に参加し、一貫して軍備管理(arms control)を主張してきた。昨年(2021年)3月に発表された、バイデンの暫定戦略指針は、「わが国の安全保障における核兵器の役割を減らすための措置を講じる(take steps to reduce the role of nuclear weapons in our national security)」という指示から始まった。それは実現していない。ロシアのウクライナ侵攻以前から、核兵器の「唯一の目的(sole purpose)」は他国による核兵器の使用を抑止することであるとアメリカが言うべきだという重要な提案は失敗に終わっていた。これはバイデンが副大統領として提唱していたものであり、バイデンは国内の反対派から、「この政策は弱さを露呈している」、もしくは「核兵器の先制使用はしないと約束したに等しい、政治的な妥協に過ぎる」といった批判を受けることは避けられないと覚悟していたに違いない。しかし、アメリカの同盟諸国は、バイデン政権に対して、「唯一の目的(sole purpose)」と言えば、ロシア、中国、北朝鮮がアメリカの核兵器をあまり心配しなくなり、アメリカの「核の傘(U.S. nuclear umbrella)」の抑止効果が損なわれ、核兵器開発の意思と能力を持つ国々(the nuclear threshold)の間で、侵略を助長することになりかねないと伝えた。

トランプ政権時代に傷ついた同盟諸国との関係を揺るがしたくないと決意した政権にとって、これは殺し文句(killer argument)となった。昨年(2021年)の今頃には、「唯一の目的(sole purpose)」が事実上消滅したことは既に明らかだった。核態勢の見直し(NPR)は、「核兵器の基本的な役割は、アメリカ、同盟諸国、パートナーに対する核攻撃を抑止すること(fundamental role of nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States, our Allies, and partners)」というオバマ政権時代の公式見解を繰り返し、「核兵器は、核攻撃だけでなく、狭い範囲の他の高い影響力を持つ戦略レヴェルの攻撃を抑止するためにも必要だ(nuclear weapons are required to deter not only nuclear attack, but also a narrow range of other high consequence, strategic-level attacks)」と説明している。

このように宣言的な政策が後退し、通常兵器と核兵器の統合(conventional-nuclear integration)が重視され、限定的な核オプションの必要性が主張され(そして核戦争が「限定的(limited)」にとどまる可能性があるという前提を暗に容認している)、トランプ大統領の核兵器ポートフォリオにおけるいくつかの能力を除く、全てのの能力が維持されていることから、核兵器の役割を減らすことよりも抑止力を強化することに価値を置く見直しが行われている。

この見直しは、アメリカがこれから迎える核の10年がもたらすリスクについて、バイデン政権の少なくとも一部が真剣に考えていることを示している。それは、抑止戦略(deterrence strategy)を設計する際に守るであろう危機安定のための原則と、(アメリカとその反対国の両方による)誤った認識を回避するためのメカニズムを特定しており、核兵器の無許可発射に対する予防措置についてある程度詳細に踏み込んでいる。新STARTの後継を求め、中国との対話の優先事項を示している。しかし、アメリカは「軍備管理、核不拡散、リスク削減に改めて重点を置いている(placing renewed emphasis on arms control, nuclear nonproliferation, and risk reduction)」という「核態勢の見直し(NPR)」の主張は空虚に聞こえる。トランプ政権と比較すると、確かに改めて強調されているが、それはハードルが低いままである。

これは全て正当化できる。「核態勢の見直し(NPR)」はしっかりとした主張を行っている。戦争が起こり、継続中だ。戦争を始めた張本人は、ロシアの核兵器を誇示してアメリカ人やヨーロッパ人を威嚇しようとしている。ヨーロッパとアジアの同盟諸国を念頭に置くアメリカは、弱さを示すメッセージを送ることを懸念しただろう。そして、好むと好まざるとにかかわらず、世界的な傾向として、核兵器の重要性は低下するどころか高まっている。

バイデン政権は、核の世界を変えるために一方的なリスクを冒すのではなく、来るべき核の世界で、可能な限り生き残ることを決断した。この決断は、政府外にいる、軍備管理擁護を主張する人々(arms control advocates)を失望させ、おそらく政府内部にも失望している人々がいるだろう。いつの日か、将来の「核態勢の見直し(NPR)」は、核抑止力に依存することの長期的なリスクが大きすぎると大統領が判断し、アメリカの核兵器の役割を抜本的に縮小することが、政治的コストと敵対勢力が優位に立つ危険性の両方に見合うと決断する瞬間を示すかもしれない。しかし、今回の見直しはそうではない。

※マシュー・ハリス:ロンドンに本部を置くロイヤル・ユナイテッド・サーヴィシズ研究所核拡散・核政策部門部長。

(貼り付け終わり)

(終わり)
bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ