古村治彦です。
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第2次ドナルド・トランプ政権の発足後100日の中心人物であり続けたのは、イーロン・マスクだった。政府効率化省(Department of Government Efficiency、DOGE)を率いて、各政府機関を回り、情報を収集し、米国国際開発庁(USAID)の閉鎖を決定するなど、華々しい動きをしてきた。連邦政府職員の削減はOPM()
マスクは自身の世界観を物理学に基づいており、第一原理思考を通じて複雑な問題をシンプルな公理から解決するアプローチを重視している。マスクはペンシルヴァニア大学で経済学と物理学で学士号を取得し、物理学を専攻するためにスタンフォード大学大学院に進学した(後に中退)。マスクは数学と物理で天才的な才能を示した。そして、彼はこの物理の才能を経営や政策に応用しようとしている。以下の論稿では、イーロン・マスクが物理学の第一原理思考(first principles thinking)で物事を捉えようとしていると主張している。以下に重要な部分を引用する。
(引用はじめ)
「第一原理思考(first principles thinking)」はマスクの世界におけるマントラのようなものになっている。それは、どんなに複雑な問題に対しても、厳格さと子供のような無邪気なアプローチの両方を呼び起こす。
この考え方は、自動車であれロケットであれ、あらゆる技術的問題を分解し、ゼロから始めるというものだ。そして、非常に基本的な公理から解決策を導き出す。そしてこのプロセスにおいて、それまでに誰かが行ったこと、受け継がれてきた伝統など、何一つ考慮されない。実際、その根底にある前提は、受け継がれてきた思考や実践は全て、古臭く、埃をかぶった、悪いお荷物であり、それらを手放して先に進んだ方がよい、というものだ。
(引用終わり)
橘玲著『テクノ・リバタリアン』で、著者である橘玲氏は、ピーター・ティールやイーロン・マスクを「テクノ・リバタリアン(techno libertarians)」と定義し、彼らは数学的に物事を捉えると分析している。そして、引用したように、非常に明晰に、明快に原理に則り、物事を進めていくということになる。私たち一般人ではしり込みしてしまうようなことを、彼らは平気で進めてしまう。今までのしがらみや伝統から抜け出せないということがイーロン・マスクたちには理解できないだろう。天才的な頭脳を持つ彼らにはヴィジョンが見えており、それに向かって進んでいく。トランプ大統領も一種の天才であり、ヴィジョンが見えている。それを理解できない一般人はついていけない。
しかし、残念なことだが、数学の天才でも間違うことがある。人間や社会の理解に限界がある。天才的な人間が全能の力を持つことはある種の理想であるが、それはまた危険なことでもある。人間や社会は大変革を短期間で起こすことは難しい。また、短期間で起きた大変革は深刻な副作用をもたらす。そのことは歴史が証明している。
(貼り付けはじめ)
イーロン・マスクの第一原理(Elon Musk’s First Principles)
-世界一の富豪は、物理法則を政治に応用しようとしている。一体何が問題になるのだろうか?
アダム・トゥーズ筆
2025年3月25日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/03/25/elon-musk-trump-doge-physics-principles/
イーロン・マスクは世界で最も裕福な人物であり、歴史上最も裕福な人物の1人でもある。しかし、マスクの権力はもはやテスラやX、スペースXから得られる金銭的な富だけに結びついている訳ではない。マスクはドナルド・トランプ大統領との親密な関係によって、新たに設立された政府効率化省(Department of Government Efficiency、DOGE)を通じて、アメリカ政府全体の政策に影響を与えるという大役を与えられている。起業家としての彼の人生は、政治家としての彼の仕事に重要な光を当てている。
マスクはしばしば、物理学が彼の世界観の中心にある(physics is at the
center of his worldview)と主張してきた。彼は、ビジネスや生活全般における行動の動機として、自然な第一原理の探求(the search for natural first principles)について語っている。そして、「第一原理思考(first principles thinking)」はマスクの世界におけるマントラのようなものになっている。それは、どんなに複雑な問題に対しても、厳格さと子供のような無邪気なアプローチの両方を呼び起こす。
この考え方は、自動車であれロケットであれ、あらゆる技術的問題を分解し、ゼロから始めるというものだ。そして、非常に基本的な公理から解決策を導き出す。そしてこのプロセスにおいて、それまでに誰かが行ったこと、受け継がれてきた伝統など、何一つ考慮されない。実際、その根底にある前提は、受け継がれてきた思考や実践は全て、古臭く、埃をかぶった、悪いお荷物であり、それらを手放して先に進んだ方がよい、というものだ。
テスラとスペースXの成功が証明しているように、このアプローチには利点がある。しかし、有能な自動車評論家なら誰でも言うように、大きな欠点もある。テスラの車はまるで火星人が設計したかのようだ。まるで、現代の高性能車のシャシー、ステアリング、ブレーキを設計、最適化し、効率的に製造する方法について、業界が何十年もの経験を持っていないかのように。
そして、政治となると、この「ゼロから始める(start from scratch)」アプローチの利点ははるかに曖昧になる。マスクと彼のDOGEティームは、彼の思考習慣を利用して、政府機関、特に米国国際開発庁(U.S.
Agency for International Development、USAID)を破壊し、財務省決済システムという形でアメリカ政府の仕組みそのものに干渉しようとしている。
もちろん、物理学との類似性から政治や倫理へのインスピレーションを得られることは事実だ。アイザック・ニュートンが現代の政治思想に与えた影響を考えてみて欲しい。経済における均衡の概念(the notions of equilibrium in economics)、均衡の安定性(the stability of equilibria)といった概念は、物理学の類似性、多くの場合は力学から派生したものだ。あるいは、初期のコンピュータ時代におけるサイバネティクス(cybernetics)の影響を考えてみて欲しい。そして、物理学の近いいとこである工学(engineering)について考えると、このことはさらに顕著だ。ウラジーミル・レーニンは、共産主義をソヴィエト権力とロシアの電化(Soviet power plus the electrification of Russia)と定義したことで有名だ。1930年代から1940年代にかけての権威主義的なテクノクラシー運動も、工学から同様のインスピレーションを得た。後にカナダから南アフリカに移住することになるマスクの母方の祖父もこの運動に関わっていた。
物理学を政治に類似させるこうした立場の波及効果(knock-on effect)は2つある。第一に、それは誤った物理学である可能性が高いということだ。第二に、たとえ物理学に基づくアナロジーからイデオロギーを導き出せたとしても、最終的に得られるものは本当に政治的なものなのだろうか?
政治とは議論、意見の相違、人間の感情や思想の戯れであるならば、工学や物理学のアナロジーから政治を導き出すことは、決して額面通りに受け止められるべきではない。それは政治的であり、自らそれを自覚している(ただし、その場合、物理学や力学は単なる比喩に過ぎないことを認めざるを得なくなるだろう)。そうでなければ、それは政治ではなく、実際には政治を抑圧しようとする権威主義的なテクノクラート的ヴィジョンである。
マスクの政策に対する白紙姿勢(Musk’s blank-slate approach)は、そもそも彼がアメリカ政治に前例のない形で関与してきたことの裏返しだ。2024年のトランプ勝利に賭けることで巨額の富を得る方法は数多くあった。しかし、マスクはトランプの個別的な取引の最大の受益者というだけではない。寄付、X、そして個人的な支持を通して、彼はその実現に貢献した。彼はトランプの政治的成功に全面的に関わっている。
紛れもない事実は、マスクが政治関与によって個人的に利益を得てきたということだ。現在、マスクの個人資産は3300億ドルから3500億ドルと推定されている。これは株式市場の動向に応じて変動し、100億ドル上昇したり、100億ドル下落したりしている。つい最近の2024年夏には、彼の資産は1700億ドルと評価されていたが、2023年には1300億ドルまで落ち込んでいた。
その間に何が変わったのだろうか? マスクの個人資産の中核であるテスラの事業見通しについては、根本的な変化は見られない。実際、テスラは苦境に立たされている。消費者がトランプとの新たな関連性を理由にテスラを拒否し始めているからだ。マスクの巨額の個人資産が2倍以上に増加した明白な理由は、トランプの大統領選出馬が成功し、マスクが最大の寄付者であり、そして今やトランプに最も近い人物となったことだ。トランプとのパートナーシップは、マスクの個人的な利益と国家の利益を融合させている。
不正行為(malfeasance)は一切必要ない。利益相反(conflict of interest)さえも必要ない。トランプにとって良いことは、マスクにとって良いことであり、アメリカにとって良いことだ。彼らはそう想像し、それに従って行動するだろう。例えば、スペースXは、その絶え間ない革新と投資によって、既にアメリカの宇宙計画の中核を担う地位を確立している。大統領就任時にアメリカ宇宙軍を創設したトランプは、この計画とスペースXの地位を容易に拡大することができる。そして、マスクは常に自らを歴史の正しい側にいると考えるだろう。
マスクから見れば比較的取るに足らない投資で、彼は自身のヴィジョンの力強さを示し、今や現場で事実を生み出している。おそらく疑問なのは、なぜこれまで誰もこれをしなかったのかということだろう。トランプは明らかに、この種の特異な個人的な影響力に、非常に影響を受けやすい。トランプはビジネスの成功を愛している。マスクほどの資金力を持つ者はいないものの、それでも数十億ドルの富を持つ人は数多く存在する。なぜ大富豪たちは政治システムへの寄付、そして政治全般を操ろうとする努力を、口先だけで済ませているのだろうか?
確かに、数百万ドルが費やされていることは目に見えている。しかし、マスクはツイッター社を買収し、2024年の大統領選挙でトランプをはじめとする共和党候補に2億7700万ドルを投じた。そして、その見返りを見れば、それは目覚ましい成功を収めた投資と言えるだろう。
唯一思い浮かぶ明確な類似点は、ナレンドラ・モディ首相とアンバニ家のようなインドの寡頭政治の支配者たち(oligarchs)との関係だろう。彼らは、単に狭い意味でではなく、より広い意味で、自分たちに有利な方向に流れを変えてくれる政治家に、真に長期的かつ大規模な投資を行った。
この「政治への投資(investment in politics)」は、マスクの事業を活気づけるヴィジョンを取り巻く環境を積極的に形作る、つまり、更なるリスクテイクを可能にするものと考えることもできる。あるいは、彼の政治介入をより防御的なものと捉えることもできる。
歴史が自分に降りかかるのを待ちながら、ただ傍観し、自分の道を進み、富を享受する方が良いのか? それとも、真剣に賭けに出て、どうにかしてこの対立を乗り切ろうとする方が良いのか?
マスクは明らかに後者の道を選んだ。リスクや矛盾はあるのだろうか? もちろんある。テスラは中国で大きなリスクを負っている。中国はテスラにとって最大の市場の1つであり、世界の生産量に占める割合は更に大きい。
これがトランプ大統領の貿易政策や、よりタカ派的な側近たちの地政学政策と衝突しないという保証はあるだろうか? もちろんない。しかし、政権内部にいる方が、事態の行方に影響を与え、自社にとって効果的な現実的な解決策を見つける可能性が高くなるだろうか?
もちろんある。第1次トランプ政権下で関税免除のロビー活動を成功させたアップルは、その可能性を実証した。マスクは更に上を行くだろう。アップルのCEOティム・クックと同様、マスクも中国の上層部から下層部まで強力な人脈を持っている。おそらく彼は何らかの方法で矛盾を解消できるだろう。マスクが選択肢として考えていないのは、架空の中立の立場に後退することだ。
マスクが極右イデオロギーに傾倒しているのは、南アフリカで育ったせいではないかとの議論が盛んだ。土地再分配や黒人の所有権に関する政策をめぐって、トランプ政権が南アフリカの現政権をいじめようとしていることは、今や明らかだ。マスクが糸を引いているかどうかは別として、トランプの周囲には、より広範な南アフリカの白人グループが存在し、その中でマスクは最も権力を握っている。彼らがこの話題に関する彼の見解を形成していないとは考えにくい。
しかし、より深いレヴェルでは、1970年代から1980年代にかけての南アフリカ政治という実に変幻自在な環境で育ったことが、マスクの政治の根底にあるリスクテイクの形、つまり憲法の腐敗可能性や歴史そのものに対する理解を形成した可能性を考えることは有益である。
アパルトヘイト体制が崩壊し、人種戦争(race war)という終末論的なシナリオ(これは今日でも南アフリカに色濃く残っている)が政治生活に影を落としていた。あらゆるものが争奪戦に晒されていた。いかなる政治体制も排除することはできなかった。リベラルな想像力を育むには不向きな環境だった。マスクの父親はリベラルだったと言われているが、南アフリカの文脈では、それは黒人の代表をある程度認めるための多院制議会について議論することを意味していた。マスクによれば、彼自身はアパルトヘイトの柱であった南アフリカ軍への徴兵を避けるために国を離れたという。
マスクやピーター・ティール、そしてシリコンヴァレーの仲間たちに共通しているのは、あらゆる物事について「考えられないことを考える(think the unthinkable)」のが好きだということだ。それは、科学的な公理に基づいて政治を考える習慣につながる。アパルトヘイト後期の南アフリカのような状況では、全てが修正される可能性がある。第一原理に立ち戻るしかない。
しかし、ヨーロッパの右翼政策におけるマスクの冒険は、彼の動機が彼自身も認めているほど明らかではないことを示唆している。ベルリン郊外に建設した工場周辺では、ドイツ政界から度々ビジネスプランへの抵抗を受け、不快な思いをしてきた。報道によると、マスクはベルリンの極端にヒップなパーティーシーンの一部と険悪な関係にあるという。現時点では、報復のためにドイツを混乱させるという考えをマスクはかなり好んでいるのだろう。そして、その感情的な計算に第一原理を当てはめてみると、ドイツの極右は強力な支持に値するという結論がすぐに導き出される。
極右政党「ドイツのための選択肢[Alternative for Germany](AfD)」の共同党首アリス・ヴァイデルとの会話を目にすると、マスクはほとんど世間知らずに思える。政策面では、AfDは一般的に極右とされているものの、アメリカの共和党よりも右翼的という訳ではない。唯一の違いは歴史であり、だからこそマスクは、ドイツ人はナチスの過去をあまり心配する必要はないと結論づけたのだ。
マスクが決してしないのは、マイクロソフトで築いた莫大な財産を、世界の公衆衛生や教育といった従来型の慈善事業に注ぎ込んだビル・ゲイツのような人物の、おとなしく追随することだ。ゲイツはベビーブーマー世代で、伝統的な趣味を育み、定評のあるアメリカ美術コレクションを所有している。一方、マスクは1970年代から1980年代にかけて、社会化が乏しく、やや野性的なコンピュータキッズだったが、型破りなエネルギーによって、自らを世界一の富豪へと押し上げた。型破りな思考(thinking outside)こそが、彼が知っている唯一無二の道なのだ。
政府効率化省におけるマスクの最終目的が何なのか、そして彼の政治哲学が最終的にどこへ向かうのかは、誰にも分からない。マスク自身も含めて誰にも分からない。
政府インフラへの侵入やオフィスビルの占拠といった形で行われる敵対的な監査(hostile
audits)は、政治史において決して珍しいことではない。例えば、ユーロ危機の後期には、いわゆるトロイカ(ヨーロッパ委員会、ヨーロッパ中央銀行、国際通貨基金)の検査官がギリシャ政府庁舎を訪れ、コンピュータやファイルにアクセスし、ギリシャの将来の支出形態を決定した。
しかし、これには何年もかかり、一定の手続きが踏まれた。第二次トランプ政権発足後数週間で私たちが目にしたのは、2021年1月6日の暴動に似た攻撃だ。予算400億ドルの米国国際開発庁は、アメリカ政府機関の中では小さな部分を占めるに過ぎないが、世界の政府開発援助(official development assistance、ODA)の20%以上を占めている。この機関の破壊は、近年の政府改革において前例のない事態だ。
おそらく戦略があるのだろう。マスクは現状打破を望んでいるようだ。アメリカ政府を混乱させることで、想像を絶するほどの効率化が実現できると考えているのかもしれない。
彼が変革を推進するために活用しているティームは、10代のエンジニア、彼の様々な事業からの出向者、そして一流弁護士といった構成だ。レイオフは、教育省から中小企業庁、消費者金融保護局に至るまで、ほぼ全ての連邦政府機関に及んでいる。もし彼らが何らかの計画を実行しているとすれば、それは場当たり的なものに思える。
しかし、そこには戦略があるのかもしれない。マスクは物事を打破したがっているようだ。アメリカ政府を混乱させることで、想像もできなかったほどの莫大な効率化が実現できると考えているのかもしれない。スペースXがNASAで事実上実現したように、政府の大部分を民間企業に置き換えることさえ構想しているのかもしれない。しかし最近、彼は自身のヴィジョンを説明するのに、醜悪なガーデニングの比喩に頼っている。
機関の一部を残すのではなく、機関全体を削除する必要があると私は考える。それは雑草を放置するのと似ている。雑草の根を抜かなければ、雑草は簡単にまた生えてくる。しかし、雑草の根を取り除いても、雑草が再び生えてこなくなる訳ではなく、生えにくくなるだけだ。
庭師とは、もちろん、雑草を識別し、手入れが必要な植物と区別するための実践的な知識を培った人のことだ。言い換えれば、原則に従って仕事をする人ではない。
※アダム・トゥーズ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。コロンビア大学歴史学教授、ヨーロッパ研究所部長。経済、地政学、歴史のニューズレター「チャーターブック」著者。Xアカウント:@adam_tooze
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』