古村治彦です。
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ウクライナ戦争は現在も継続中であるが、大きな展開は見られない。そうした中で、トランプ政権が発足して、サウジアラビアで、アメリカとロシアによる停戦に向けた交渉が行われている。その場にウクライナはいない。私がこれまでの著作で書いてきているように、残念なことであるが(悲しいことであるが)、ウクライナはその交渉には参加できない。
ウクライナ戦争はアメリカがウクライナに代理で行わせた戦争であり、当初の目論見通りに進まず(ロシアが早期に手を上げると思っていた)、完全に失敗した中で、トランプ政権になって、停戦に向けた動きが始まっている。ウクライナは米露間で決まった条件を飲むしかない(多少の変更はできるだろうが)。そして、それを飲まないということになれば、ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、アメリカによって失脚させられるだろう。気の毒なのはウクライナ国民であり、ロシア国民だ。早く戦争が止まれば助かった命は多くあっただろう。アメリカと西側諸国の「火遊び(NATOの東方拡大)」によって、貧乏くじを引かされたのはウクライナ国民だ。
停戦の条件はどうなるか分からないが、現状のままということになる可能性が高い。そうなれば、ウクライナは東部4州が独立するということになり、国土を失うということになる。ウクライナと西側諸国が「勝利」で終わるということはないだろう。そうなれば、「誰のせいで、誰の責任で、このような失敗をしてしまったのか、どうして戦争が起きてしまったのか」という話は当然出てくるだろう。
下記論稿にあるように、責任の所在について色々と考えが出てくるだろうが、そもそも論で、西側諸国全体に責任を期する考えは大っぴらに出てくることはないだろう。アメリカとヨーロッパ諸国が、実際にウクライナを支援する意図はないが、ロシアを刺激し、ロシアに手を出させて戦争を起こさせて、打撃を与えるというような、稚拙な考えで、ウクライナの軍事部門だけを支援した結果が現在である。しかし、そのようなことを言えば、アメリカとヨーロッパ諸国のエスタブリッシュメントに責任が及んでしまうので、そのようなことは言えない。だから、もっと小さな、枝葉末節なことを言って、煙に巻いてしまおうということになるだろう。武器を与える与えないというのは、ウクライナ戦争において重要な要素ではある。しかし、それよりも重要な論点がある。
アメリカをはじめとする西側諸国(the West)の失敗と減退をウクライナ戦争は象徴している。そして、日本に住む私たちが得るべき教訓は、西側諸国の火遊びに巻き込まれず、決して戦争を起こさないということだ。
(貼り付けはじめ)
「ウクライナを失ったのは誰か?」についてのユーザーガイド(A User’s Guide
to ‘Who Lost Ukraine?’)
-長期にわたる議論にどのように備えるか。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2025年1月8日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/01/08/users-guide-to-who-lost-ukraine/
ロシアのウクライナ戦争がどのように、そして、いつ終結するのか、正確なところは誰にも分からないが、その結末はキエフとその西側諸国の支持者にとって失望となる可能性が高い。そうなれば、次の局面では誰が責任を負ったのかをめぐる激しい論争が繰り広げられるだろう。参加者の中には、悲劇的な出来事から真摯に学びたいという思いから行動する者もいれば、責任を回避したり、他者に責任を転嫁したり、政治的な利益を得ようとしたりする人もいるだろう。これはよくある現象だ。ジョン・F・ケネディの有名な言葉がある。「勝利には100人の父親がおり、敗北は孤児だ(Victory
has 100 fathers, and defeat is an orphan)[訳者註:勝利の際にはたくさんの人が自分のおかげだと名乗り出るが、敗北の際には自分が原因だと名乗り出る人はいない]」。
この思想戦(this war of ideas)が勃発するのを待つ必要はない。なぜなら、いくつかの対立する立場は既に存在しており、他の立場は容易に予測できるからだ。ここで、それらの詳細な評価を示すつもりはない。このコラムは、戦争がなぜ起こったのか、そしてなぜ私たちの大多数が期待したようには進まなかったのかという、対立する説明をまとめた便利なチェックリストに過ぎない。
論点1:ウクライナが核兵器を放棄したのは間違いだった。一部の専門家によると、最初の大きな誤りは、ウクライナに旧ソ連から継承した核兵器を、実効性のない安全保障上の保証と引き換えに放棄させたことだ。もしキエフが独自の核兵器を保有していれば、ロシアの軍事介入を心配することなく、自らが望む経済協定や地政学的連携を自由に追求できたはずだというのがこの論点の趣旨だ。この論点は、最近ビル・クリントン元米大統領によっても引用されているが、ロシアは2014年にクリミアを占領したり、2022年に核兵器を保有するウクライナの残りの地域に侵攻したりする勇気はなかっただろう、なぜならそのようなことをするリスクが大きすぎるからだという主張である。この論点には技術的な反論(つまり、ウクライナが核兵器を保有していたとしても、使用できたかどうかは明らかではない)もあるが、それでもなお、検討に値する反事実的仮定(a counterfactual worth pondering)である。
論点2:ウクライナのNATO加盟招請は、戦略上極めて重大な失策だった。1990年代、洗練された戦略思想家たちが、NATOの拡大は最終的にロシアとの深刻な問題につながると警告したが、彼らの助言は無視された。こうした専門家の一人であるイェール大学の歴史家ジョン・ルイス・ギャディスは1998年に次のように述べている。「国務省は、NATOの新規加盟国が誰になるかを決めるまでの間、モスクワとの関係は正常に進展すると保証している。おそらく次は豚でも空を飛べるぞとでも言おうとするだろう(Perhaps it will next try to tell us that pigs can fly)」。ブッシュ政権が2008年のブカレスト首脳会議でジョージアとウクライナのNATO加盟を提案した際、アメリカ政府内からの警告は強まったが、加盟への機運を断ち切ることはできなかった。ロシアの抗議活動と安全保障上の懸念は軽々しく無視され、キエフと西側諸国間の安全保障上の結びつきが着実に強まったことで、最終的にロシアのウラジーミル・プーティン大統領は2022年に違法な戦争を開始するに至った。
この見解によれば、要するに、拡大論者がロシアの懸念の深さを理解せず、モスクワの反応を予測できなかったためにウクライナが侵略されたということになる。この主張は、ウクライナの最も熱烈な支持者にとっては忌まわしいものだ。彼らは、プーティン大統領はNATOが何をしようと遅かれ早かれ攻撃してきたであろう、なだめることのできない侵略者だから戦争が起きたのだと主張する。しかし、戦争が起きた理由に関するこの説明は論理的に一貫しており、それを裏付ける十分な証拠もある。こう言ってもロシアの行動を少しも正当化するものではないが、西側諸国の指導者たちはNATOの東方拡大(expanding NATO eastward)を始めた時点で、モスクワが何か酷いことをする可能性を考慮すべきだったことを示唆している。彼らはおそらく自らの行動が戦争の可能性を高めたことを認めることはないだろうが、他国を支援しようとする西側諸国の善意の努力が裏目に出るのはこれが初めてではないだろう。
論点3:NATOの拡大速度が遅すぎた。この論点は論点2の裏返しである。真の誤りはNATO拡大の決定や、後にウクライナに加盟行動計画の策定を要請したことではなく、キエフをより早く加盟させ、自衛手段を提供できなかったことだと主張する。この論点は、キエフが北大西洋条約第5条の保護と西側諸国の直接的な軍事支援の見込みを享受していれば、モスクワは軍事行動を取らなかっただろうと想定している。少なくとも、NATOは2014年にロシアがクリミアを占領した後、ウクライナの軍事力拡大をより迅速に支援すべきだった。そうすれば、将来のロシアの侵攻を抑止または撃退する上で、ウクライナはより有利な立場に立つことができたはずだ。この見方では、NATOの優柔不断さ(そして、バラク・オバマ政権がウクライナへの実質的な軍事支援に消極的だったこと)が、キエフを最悪の立場に追い込んだ。モスクワはキエフの西側への傾きを存亡の危機と見なしていたが、ウクライナはロシアの予防戦争(a Russian preventive war.)に対する十分な防御手段を欠いていたのだ。
論点4:西側諸国は2021年に真剣な交渉に失敗した。ウクライナが西側諸国(the
West)への接近を着実に続ける中で、危機は2021年に頂点に達した。ロシアは3月と4月にウクライナ国境に軍事力を動員した。アメリカとウクライナは9月に新たな安全保障協力協定(a new agreement for security cooperation)に署名し、ロシアは軍備を強化し、12月にはモスクワがヨーロッパ安全保障秩序(the European security order)の抜本的な改革を求める2つの条約案を発表した。これらの条約案は真剣な提案ではなく、戦争の口実と広く見なされ、アメリカとNATOはロシアの要求を拒否し、控えめな軍備管理案を提示したにとどまった。その結果、米露両国はウクライナの地政学的連携について真剣な交渉を行うことはなかった。ロシアの要求全体が受け入れられなかった可能性もあるが、この見解は、アメリカとNATOはそれらを「受け入れるか、拒否するか」の最後通牒(a
take-it-or-leave-it ultimatum)ではなく、最初の試みと捉えるべきだったと主張する。もしワシントン(そしてブリュッセル)がモスクワの要求の一部(全てではないが)についてもっと妥協する姿勢を持っていたら、この戦争は避けられ、ウクライナは多くの苦しみから逃れることができただろうか?
論点5:ウクライナとロシアは共に戦争を早期に終結させなかったために敗北した。後知恵(hindsight)で言えば、ウクライナとロシアは共に、戦争開始直後に終結していればより良い結果になっていただろう。この論点の1つは、2022年4月にイスタンブールでウクライナとロシアの両国は合意に近づいたものの、西側諸国が提案された条件に反対したため、最終的にウクライナは合意から離脱したというものだ。もう1つの論点は、2023年まで米統合参謀本部議長を務めたマーク・ミリー退役大将の主張と関連付けられることもある。それは、ハリコフとヘルソンにおけるウクライナの攻勢がロシアを一時的に不利な状況に追い込んだ後、ウクライナとその支援諸国は2022年秋に停戦を推進すべきだったというものだ。戦争を早期に終結させようとする努力が成功したかどうかは分からないが、戦闘が終結し、特に条件がキエフにとって不利なものであれば、これらの論点は再び注目を集めるだろう。モスクワがその侵略行為に対して支払った莫大な代償を考えれば、2022年初頭に交渉によって合意に達していた方がモスクワにとってもずっと良かったかもしれない。
論点6:ウクライナは背後から刺された。当然のことながら、ウクライナ国民と西側諸国の最も熱烈な支持者たちは、キエフへの支援が不十分で、そのスピードも遅く、支援内容にも制限が多すぎると長年不満を訴えてきた。もしキエフがロシアの凍結資産(Russia’s frozen assets)に加えて、エイブラムス戦車、F―16、パトリオット、ATACMS、ストームシャドウ、砲弾などをもっと多く受け取り、これらの兵器を自由に使用することができていたなら、ロシアは今頃決定的に敗北し、ウクライナは失った領土を全て取り戻していただろう。この見解は、西側諸国の強硬派(hard-liners)を今回の惨事の責任から見事に免責するものだ。問題は彼らの助言が間違っていたのではなく、十分な熱意を持ってそれに従わなかったことにあると示唆しているからだ。結果として、今後、様々な方面から、いわば、陰謀(dolchstoss、ドルクストス)の復活とも言える批判が聞かれることが予想される。
論点7:それはキエフの失敗だ。ウクライナ人がロシアの手によって耐え忍んできた苦しみを考えると、結果を自らの戦略的ミスのせいにするのは無神経であり、残酷ですらある。とはいえ、戦後、何が間違っていたのかを評価する試みには、2023年夏のウクライナ軍の不運な(ill-fated)攻勢(西側諸国の評論家の多くが不可解にも成功すると確信していた)と、戦術的には成功していたものの戦略的には疑問視されていた、2024年夏のクルスク侵攻が間違いなく含まれるだろう。ウクライナ軍は英雄的に戦い、印象的な戦術的創意工夫(impressive tactical inventiveness)を見せたが、戦後の批評家たちは、内部腐敗による戦力の消耗、防衛体制の構築に十分な努力を払わなかったこと、そしてキエフが若い世代を戦闘に動員する意欲、あるいは能力がなかったことに焦点を当てるだろう。
論点8:これは現実政治(realpolitik)だ。プーティン大統領をはじめとするロシア人は、この戦争をアメリカ主導によるロシアの弱体化維持のための執拗な努力の一環と見ているが、西側諸国の中には、ウクライナはロシアを長期にわたる莫大な費用を伴う戦争に巻き込むための単なる犠牲の駒に過ぎないと考える人もいるのではないかと思う。これはまさにマキャベリズム的な見方で、NATOの拡大とウクライナ加盟はモスクワを激怒させ、最終的には軍事的対応を引き起こすことを西側諸国のエリート層(特にアメリカ人)が理解していたことを示唆している。もし戦争がウクライナを越えて拡大せず、西側諸国の軍隊が介入しなければ、はるかに裕福な西側諸国はウクライナを長期間戦闘に引き留め、ロシアを徐々に疲弊させていくことができるだろう。同様の戦略は1980年代のアフガニスタンでソ連に対して効果を発揮しており、ロシアが最近シリアとモルドヴァで後退していることは、それが効果を上げていることを示唆している。私自身、この説明には大きな疑問を抱いているが、時が経てばアーカイブから何が明らかになるのか興味がある。
論点9:他の全てが失敗したらトランプのせいにする。ジョー・バイデン米大統領はある意味で幸運だった。アフガニスタンの終盤とは異なり、ウクライナの決着は他の誰かの監視下で起こるだろう。結果がウクライナに不利になれば、批評家たちは責任の一部を次期大統領のドナルド・トランプに押し付けるだろう。トランプは自分が弱いと思われ、結果の責任を負わされることを恐れ、これまで示唆してきた以上の支援をウクライナに与えるかもしれないが、バイデンほどの言論的、物質的な支援は行わないだろう。もしウクライナがロシア占領下の4州とクリミアを永久に失うか、新たな凍結紛争(frozen conflict)に巻き込まれることがあれば、トランプの政敵は喜んで彼に責任を負わせるだろう。
ウクライナで何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのかを健全かつ公平に議論すれば、正しい教訓を学び、将来に向けてより良い行動を選択できるだろう。しかし、過去の失敗から正しい教訓を学べる保証はない。このコラムの常連の読者の皆さんは、私がこれらの様々な議論の中でどれが最も説得力があると考えているか既にご存知だろうが、ここでの私の目的は誰かを責め立てることではない。今は、このコラムを切り取って、非難の矛先が向けられ、激しい論争が始まるのを待ちたい。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ブルースカイ・アカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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