古村治彦です。
2024年は選挙の年だった。世界各国で選挙が実施された。アメリカ、イギリス、フランス、インド、インドネシア、日本などで選挙が実施され、イギリスでは政権交代が起きた。しかし、日本人である私たちにとって関心が高かったのは、自国内の与党である自民党の総裁選挙で石破茂氏が総裁に選ばれたことと首相となった石破氏がすぐに仕掛けた総選挙で自公連立政権が衆議院で過半数割れとなり、少数与党になったことと国民民主党が躍進したことである。そして、これらの次としては、アメリカの大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ前大統領が民主党のカマラ・ハリス副大統領を破り、大統領に返り咲いたことだ。共和党は連邦議会上下両院で過半数を獲得し、更には連邦最高裁の判事構成でも保守派が過半数を占める状態となり、「クオドルプル・レッド(quadruple red)」状態になった。
アメリカ大統領選挙の結果は、トランプが激戦州を全て制し、かつ、得票総数でもハリスを上回った。民主党は惨敗であるが、ブルーステイトを中心に支持は根強い。トランプ嫌いの人々もまた、アメリカには多くいる。それは当然のことだ。私がこのブログで論稿を紹介しているハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルトもその一人だ。彼は、民主党内の介入主義派や共和党のネオコンを厳しく批判してきた。国際関係論においては、リアリズムという立場を取っている。リアリズムの立場からすると、トランプのアイソレイショニズムやアメリカ・ファーストの方が支持しやすいと考えられるが、ウォルトは選挙の前に、ハリス支持を表明した。アメリカの高名な知識人がどのように考えていたかを示すためにも、彼の論稿を紹介したい。
ウォルトは下の論稿の中で、トランプの一期目の政権の外交を厳しく批判している。まとめると、「トランプが大統領だった際の彼の行動は、リアリストとしての資質を欠いていた。彼は粗野なナショナリストであり、北朝鮮、中国、ロシアとの外交の失敗に直面している。さらに、彼は「永遠の戦争」を終結させることなく、無謀な軍事行動を続け、アブラハム合意は中東での混乱の原因となっている。トランプの外交政策は、イランとの合意破棄やパリ協定の撤回などを通じてアメリカの国益を損ねており、リアリストとして支持されるべきではない。トランプは、あた、有能な人材を雇うことに興味を示さず、忠実な部下を求める傾向があるため、政府の機能に問題が生じる」ということである。また、経済政策についても、ハリスの方がよく分かっているという主張を行っている。
ウォルトのトランプ批判についてはおそらく正しい。ウォルトは冷静な分析と判断をしている。トランプになったからと言って、バラ色の未来がアメリカに待っている訳ではない。トランプが実施するであろう関税の引き上げと不法移民の大量送還や厳しい国境政策によって経済はダメージを受ける可能性が高い。インフレが起きて、利上げを迫られて、景気が冷え込む可能性もある。しかし、人々はトランプを選んだ。ウォルトのやったような分析や判断は折り込み済みだろう。それでもなお、民主党、ジョー・バイデンとカマラ・ハリスの行ったことよりも、「少しはまし」になるだろうということでトランプが選ばれた。しかし、トランプにとってもできることは少ない。4年間の任期は長いようで短い。この間をうまく取り繕って、次にバトンを渡すということになるだろう。そもそもアメリカにとってできることは既に限られている。そして、衰退は既に止められない状況になっている。その衰退の速度を弱めることがこれからのアメリカにとって大事なことになる。
(貼り付けはじめ)
カマラ・ハリスはリアリストではない。しかし、とにかく私は彼女に投票する(Kamala
Harris Is Not a Realist. I’m Voting for Her Anyway)
-今年の選挙におけるリアリストの唯一の選択はトランプを拒絶することだ。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2024年10月16日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/10/16/kamala-harris-realist-trump-election/?tpcc=recirc_trending062921
現時点では、アメリカには数十人の未決定有権者しか残っていないかもしれないのだから、正しい投票をするよう説得するコラムを書くことは無意味かもしれない。しかし、選挙が激戦州の数票の差で決着するかもしれないことを考えると、できる限りのことをしておかなければ後味が悪い。そこで、私がカマラ・ハリスに投票する理由と、あなたもそうすべき理由を説明しよう。
私のようなリアリスト・抑制主義者(realist/restrainer)は、ドナルド・トランプやJ・D・ヴァンスに傾倒していると思うかもしれない。特にバイデンやその同僚たちのガザ地区やウクライナ戦争、その他の外交問題への対応に失望していることを考えればそう思うのも当然だ。ハリスはそれらの政策に責任を負っていないのであるが、機会を与えられても、それらの政策が間違っていたと言うことを拒否してきた。彼女の主要な外交政策アドヴァイザーであるフィリップ・ゴードンはアメリカの力の限界や、私たちのイメージ通りに地域全体を作り変えようとすることの愚かさについて賢明なことを書いてはいるが、ハリス自身の外交政策に対する見解が、ワシントンのコンセンサスから外れたものであったり、国際問題に対するリアリスト的な見方を反映したものであったりする気配はない。対照的に、トランプとヴァンスは、ヨーロッパとアジアの同盟諸国に、自国の防衛に関してもっと負担して欲しいと言い、ウクライナでの戦争を終結させるべき時だと考え、外交政策の「専門家たち(ブロブ、Blob)」を軽蔑とまではいかないまでも懐疑的に見ている。だから自称リアリストたちは彼らに熱狂するのであり、私が彼らと同じ考えを持っていると結論づけるのは簡単だろう。
では、なぜ私はトランプとヴァンスの厄介な欠点を無視し、前庭にトランプとヴァンスの看板を立てないのだろうか? その理由を数えてみよう。
第一に、トランプが大統領だったときに何度も指摘したように、彼はリアリストではなく、トランプ大学から教育を受けるのと同じように、彼から賢明な外交政策を学ぶことはできない。彼は粗野なナショナリストであり、一極主義者であり、彼を最もよく表す「イズム」はナルシシズム(narcissism)である。そのため、北朝鮮の金正恩委員長、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領とのリアリティショー的な首脳会談は失敗に終わった。彼は最初の任期中に「永遠の戦争(forever wars)」を終結させることなく、国防総省に必要以上の予算を与え、気に入らない指導者を殺すために外国にミサイルを撃ち込むことに完全に満足した。彼は衝動的で、粗野で、不注意で、明確な戦略を立て、それを貫くことができなかった。大々的に宣伝されたアブラハム合意は、評論家たちが警告していたように、現在中東を混乱させている大虐殺の土台を築くのに役立った。(大統領が無資格の娘婿に不安定な地域で外交官をやらせるからこうなったのだ)。
そして、忘れてならないのは、トランプはイランに包括的共同行動計画からの離脱による核開発再開を許し、パリ協定を放棄し、環太平洋経済連携協定(TPP)を破棄してアジアの同盟諸国に喧嘩を売ることで、中国とのバランスを取ろうとする努力を弱めたことだ。このような外交政策は、まともなリアリストなら支持すべきではない。また、リアリストなら、分断の種をまき、アメリカ人に互いを恐れろと言うことが、国を強くする最善の方法であり、ましてや国を偉大にすることだとは考えないだろう。しかし、それこそがトランプがそのキャリアを通じて、そして特に今回の選挙戦で行ってきたことなのだ。
トランプのビジネスキャリアが長い無能の記録であることを考えれば、どれも驚くべきことではない。その特徴は、巧みな取引や抜け目のない経営ではなく、度重なる破産、騙されて食い物にされた顧客、終わりのない訴訟、そして重罪の税金詐欺の長い歴史である。彼の支持者たちは、最初の任期で自分の部下を信頼することを学んだと主張するが、残念ながら、彼は才能を見極めるのが下手なことが証明されている。彼の最初の国家安全保障問題担当大統領補佐官は1カ月も持たず、トランプは任期中で更に3人、複数の国務長官と国防長官を使い果たした。トランプ大統領のホワイトハウスにおけるスタッフの離職率は過去最高レヴェルであり、トランプ大統領と直接仕事をした何十人もの人々が、トランプ大統領にもう一度チャンスを与えることに断固反対している。
もちろん、トランプは政府で働く有能な人材を雇うことに興味がある訳ではなく、自分の決定がどんなに馬鹿げていても、違法であっても、自分の言いなりになってくれる忠実な人材を求めている。彼の専門知識蔑視は、彼が何も知らない科学へのアプローチに特に顕著に表れている。この盲点は、新型コロナウイルスのパンデミックに対する彼の対応や、気候危機を否定し続ける姿勢を見ても明らかだ。ハリスは、気候が大きな問題であり、温室効果ガスの排出を制限し、すでに経験している影響に適応するためにもっと努力する必要があることを理解している。フロリダ州の住民の方々にはご注意いただきたい。
憲法を守ると宣誓し、職務に有能で国民への奉仕に尽力する人物を任命する代わりに、トランプは行政府に個人として変人を配置したいと考えている。これは極めて深刻な問題だ。なぜなら、自分たちが何をしているのかを理解し、政治的圧力に弱い、よく訓練された有能な人材が大勢いない限り、複雑な現代社会を運営することはできないからだ。私が話しているのは、財務省、国立気象局、連邦準備制度、連邦航空局、国土安全保障省、日常生活が依存している様々な送電網、IRS、食品医薬品局、行政、そして私たちの社会が機能することを可能にするその他の全ての機関を運営する公務員のことだ。
これらの機関は完璧だろうか? いや、誤りを犯しやすい人間で構成された組織が完璧であるはずがない。無知で意地悪な大統領の腐敗した取り巻きが責任者であれば、これらの組織がない方が良いのだろうか?
そうではない。アメリカは何十年もの間、主要な公共機関への資金が組織的に不足しており(そのため、政府のパフォーマンスはしばしば期待外れに終わっている)、トランプは(そして彼のために「プロジェクト2025」を起草した過激派は)この問題を更に悪化させようとしている。必要なサーヴィスを全て購入できる富裕層は困らないだろうが、それ以外の人々にとっては、アメリカはますます不快で非効率な場所になるだろう。
第三に、トランプ大統領の対外経済政策へのアプローチは悲惨なものになることが予想される。貿易赤字を縮小することも、中国の経済政策を変えることもできず、アメリカ経済の一部の部門にかなりの損害を与えた。トランプは今、関税を2倍、3倍に引き上げると約束している。現在でも彼は、外国製品に対する関税はアメリカの消費者に対する税金であり、外国の輸出業者が私たちに支払うペナルティではないことを理解していない。(馬鹿げた国境の壁の費用を払うのはメキシコではなく、アメリカの納税者であるということと同様だ)彼が提案する関税は、インフレを再燃させ、基軸通貨としてのドルの魅力を低下させ、アメリカの輸出企業に損害を与えるだろう。私の身勝手な考えではなく、『フィナンシャル・タイムズ』紙のマーティン・ウルフの簡潔で破壊的な評価を見て欲しい。ハリスは経済政策で私が望むことをすべてやるとは限らないが、何十年も拒否されてきた通商政策へのアプローチを採用するつもりもないだろう。
より重要なことは、トランプは今回の選挙で、アメリカの民主政体に真の脅威をもたらす唯一の人物であるということだ。我が国の政治システムには欠点もあるが、それでもほとんどの国民に多大な自由を与えており、改革と刷新(reform and renewal)が可能である。トランプのキャリア全体、とりわけ政治家としてのキャリアを見れば明らかなように、彼は法の支配(rule of law)を軽んじており(前科持ちで性犯罪者であることが確定していることを考えれば、驚くにはあたらない)、憲法秩序(constitutional order)を守ることにまったく関与していない。ハリスが当選すれば、間違いなく私が反対することをするだろうが、権威主義的なシステムを押し付けたり、2028年の再選に敗れても退任を拒否したりはしないだろう。トランプはすでに後者をやろうとしているし、前者もやりたがっているようだ。
私が大げさに言っていると思うだろうか? 私は2016年当時、トランプがもたらす危険性を過小評価していたことを告白するが、証拠が積み重なるにつれて見解を改めた。最も明確な兆候は、トランプが誰を尊敬しているかを見れば分かる。彼は、エイブラハム・リンカーンやFDR、ネルソン・マンデラのような人物ではなく、ウラジーミル・プーティン、ビクトル・オルバン、ムハンマド・ビン・サルマン、ベンヤミン・ネタニヤフのような独裁者であり、彼と同様にルールや規範を軽んじている人物である。プーティンは彼らと同じようにチェック・アンド・バランスに無関心でありたいと考えており、もし彼の思い通りになれば、時計の針を戻すことは容易ではなく、不可能になるかもしれない。ひとたび民主政治体制が独裁に崩壊すれば、それを取り戻すのは困難で不安定なプロセスだ。
トランプは才能あふれる詐欺師(gifted con man)であるため、過去30年間にアメリカで起きたいくつかの変化に対する不安を利用して、多くの一般人を惑わすことができたとしても、それほど驚くことではない。驚くべきは、高学歴で大成功を収めた人々の中に、トランプは自分たちの味方であり、自分たちを裏切ることはないと考えている人々が大勢いることだ。私はピーター・ティールやイーロン・マスクのような人々をそのように考えているが、彼らはアドルフ・ヒトラーをコントロールできると考えていたナイーヴで生意気なドイツの政治家たちを思い出させる。トランプについてはっきりしていることがあるとすれば(それは変幻自在のヴァンス[the shape-shifting Vance]についても同じようなことが言えるようだ)、自分の利益になると思えば誰であろうと裏切るということだ。ボリス・ベレゾフスキーやミハイル・ホドルコフスキーのようなロシアのオリガルヒは、プーティンをコントロールでき、自分たちの富が報復から守ってくれると考えていた。もしあなたがハイテク業界の億万長者で、トランプが信頼できる同盟者だと考えているなら、マイク・ペンス前米副大統領に起きたことを反省したほうがいい。そしてこの警告は、彼の集会に行き、彼が自分たちのために何かしてくれると純粋に思っているように見える全ての人々にも当てはまる。
だから11月5日には、ハリスに一票を投じるつもりだ。奇跡を期待している訳ではないが、彼女は過去30年間、アメリカの外交政策がいかに大きく舵を切ってきたかを理解し、新たな方向に舵を切り始めるかもしれない。私はすでにトランプのショーを見たが、続編はオリジナルよりも更に悪いものになるだろう。私のようなリアリストにとって、これは簡単な決断だ。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。「X」アカウント:@stephenwalt
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