古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:サウジアラビア

 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になりました。よろしくお願いいたします。

 イスラエルを中心として、中東地域では不安定さが増している。中東地域においての地域大国としては、サウジアラビア、イラン、イスラエル、トルコなどが挙げられるが、サウジアラビアの動きがあまり見えてこない。イスラエルのガザ地区攻撃については、ムハンマド・ビン・サルマン王太子は「大量虐殺(ジェノサイド)」と呼んで非難しているが、中東情勢安定化のために、具体的には積極的には動いているようには見えない。自分たちは騒動の輪から外れようとしているようだ。

なによりも、サウジアラビアはバイデン政権下でイスラエルとの国交正常化交渉の下準備を進めており、2023年9月の段階で、国交正常化交渉の準備は順調に進んでいるとジョー・バイデン政権のジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官が発言していた。それから1カ月後にハマスによるイスラエル攻撃が実施された。私は「サウジアラビアとイスラエルの国交正常化を阻むための動き」と見ている。サルマン王太子がイスラエルに対して「大量虐殺」という言葉を使ったことは国交正常化に向けて大きなハードルとなる。サウジアラビアは既に中国の仲介で、イランとの関係を正常化している。それ以上のことは、現在は望まないという意思を示しているかのようだ、

以下の論稿では、サルマン王太子が過去の失敗から学び、地域の混乱を避けるために内向きになっている可能性があると指摘している。彼は、国内の安定を確保することに重きを置いており、イランとの関係を利用して地域の安定を図ろうとしている。サウジアラビアは多額の投資を行っているため、基本的な安定を求めることが重要であり、イランとの関係を悪化させる理由はない。サウジアラビアは安定を求めているということだ。中東地域の安定は、サウジアラビアだけではなく、世界にとっても重要だ。

 サウジアラビアが動かないとなると、中東地域に安定をもたらすにはアメリカが出てこざるを得ない。具体的には、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の戦争拡大を止めるのはトランプの役割ということになる。トランプにそれができるかどうかが注目される。

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サウジアラビアがイランに傾斜する当の理由(The Real Reason for Saudi Arabia’s Pivot to Iran

-テヘランに対するムハンマド・ビン・サルマンの論調の変化は見かけほど混乱していない。

スティーヴン・M・クック筆

2024年12月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/12/02/saudi-arabia-mohammed-bin-salman-pivot-iran/?tpcc=recirc062921

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サウジアラビアの首都リヤドで開催された未来投資イニシアティヴFII会議に到着したムハンマド・ビン・サルマン(2018年10月24日)

ここ数週間、同僚、上司、恩師、そして高校時代の友人たちから、「ムハンマド・ビン・サルマンはどうなっている?」という質問を受けた。11月11日、リヤドで開催されたイスラム諸国首脳会議で、サウジアラビアの王太子は国際社会(翻訳:アメリカ)に対し、イスラエルに「姉妹国であるイラン・イスラム共和国の主権を尊重し、その国土を侵害しない」よう強制するよう呼びかけた。同じ会合で彼は、イスラエル国防軍がガザ地区で行ったことを「集団虐殺(collective genocide)」と表現した。

このレトリックは、ワシントンのほとんどの人々が信じてきたムハンマド・ビン・サルマンについてのすべてに反するものであり、それゆえ「どうなっている?」という疑問が出ている。そして、少なくとも今回は、ワシントンの外交政策関係コミュニティは想像していない。

首脳会談でのムハンマド・ビン・サルマンの言葉は、質的な変化であるように見える。結局のところ、王太子はかつてこう質問した。「イスラム教徒の土地を支配し、(イスラム世界にトゥエルバー・ジャファリ宗派を広めなければならないという)過激派イデオロギーの上に築かれた政権とどのように対話するのか?」。彼は美辞麗句を並べてごまかしていたが、知識がある人が聞けば、彼の発言はイランを指しているのは明らかだった。公平を期すなら、それは2017年のことで、暴徒がテヘランのサウジ大使館を襲撃し、両国関係の断絶を促した翌年のことだった。しかし、中国政府が2023年3月にサウジアラビアとイランの国交再開を仲介した後も、リヤド政府高官はいまだにテヘランの意図に懐疑的で、イラン指導部に対する不信感を抱いている。

イスラエルについて、サウジ当局者は以前から、国交正常化は「もし(可能性)」ではなく「いつ(時期)」の問題だと示唆してきた。彼らはそれを頻繁に発言したので、しばらくすると誰もあまり気に留めなくなった。もちろん、ガザ地区での残酷な戦争によって、サウジアラビアが国交正常化のためにイスラエルに要求する代償は着実に増えている。それでも昨年、リヤドの高官たちはイスラエルとの和解に尽力していたようだ。イスラエルは戦争の初期からジェノサイド(genocide、大量虐殺)で非難されてきたが、11月11日のイスラム諸国首脳会談の前まで、ムハンマド・ビン・サルマンはこの言葉を使うことはなかった。

それでは、いったい何が起きているのか? サウジアラビアは「方向転換(pivoting)」しつつあるのか? 私はサウジのレトリックの変化を説明するために3つの理論を持っている。

第一に、長年議論されてきたアメリカとサウジアラビアの安全保障協定をめぐるドナルド・トランプ次期大統領との交渉の口火を切ることである。ムハンマド・ビン・サルマンはイランに対する態度を変えたかもしれないが、それは皮肉にすぎない。トランプ政権の政権移行関係者がイランに「最大限の圧力(maximum pressure)」をかけ直すと宣言しているのと同時に、サウジアラビアとイランの関係をレトリック的にでも改善することは、サウジアラビアを味方につけておくためにトランプ・ティームから利益を引き出す戦略の一環かもしれない。まるで王太子が、「次期大統領、あなたは交渉の達人気取りのようだ。私がお相手しよう。あなたは何を提供できる?」と述べているかのようだ。

私は数日間、この説に納得していた。しかし、結局のところ、しっくりこない。イラン指導部と仲良くしてアメリカ政府高官を操ろうとするのは、2010年代にトルコのレセップ・タイイップ・エルドアン大統領がやったことだが、サウジアラビアがそれに倣ったようではない。ムハンマド・ビン・サルマンはエルドアンを見習っているのかもしれないが、それが彼のスタイルだとは私には思えない。

第二に、イランに逃げ込むことで、ムハンマド・ビン・サルマンはイスラエルとの国交正常化の可能性から逃げていると考える方が説得力を持つ。ガザ地区におけるイスラエルの軍事作戦の残忍さは、サウジアラビアの多くの人々を激怒させている。最近のサウジアラビア訪問で、私と同僚は、ガザ地区で続いている殺戮をめぐるバイデン政権への批判の集中砲火を浴びた。その中で少なくとも1回は、「恥ずべき(shameful)」という言葉が出てきた。それがムハンマド・ビン・サルマンの考えの一部に違いない。王太子は万能だが、世論と無縁ではない。イスラエルとの国交正常化は、ガザ地区破壊に対する国民の怒りの深さを考えれば、短期的には彼にとってほとんど価値がない。

王太子が「大量虐殺」という言葉を使ったのは、アブラハム合意に続くものとしてイスラエルとサウジアラビアの国交正常化を重視するトランプ次期政権への明確な警告でもある。サウジアラビアの指導者たちは、イスラエルの入植者たちがトランプは併合の邪魔をしないと信じるようになった今、国交正常化に関わりたいはずがない。元アーカンソー州知事のマイク・ハッカビーを駐イスラエル大使に任命したことは、彼らが間違っていないことを示唆している。イスラエルの正式な主権がヨルダン川西岸地区の一部にまで拡大され、トランプ大統領に祝福されるだけで、王太子が国交正常化の道を歩むのは非常に恥ずかしいことだ。大量虐殺を引き合いに出すことで、サウジアラビアは現状では前進する用意がないことを次期大統領に示しているのだ。

最後に、ムハンマド・ビン・サルマンの明らかな方向転換について、最も説得力のある説明がある。それは、イエメン内戦に介入し、カタールを封鎖し、レバノン首相を辞任に追い込み、リビアで国際的に認められた政府の反対派を支援し、失敗した後だというものだ。王太子は、自分の目標を達成するために、この地域を自分の意志通りに変化させることは自分の力の範囲内ではできないと結論づけた。代わりに、彼は今では内向きになり、王国内の安定を確保しようと努めている。イランに傾斜することは、混乱をサウジアラビア国境外に留め続ける1つの方法だ。

ムハンマド・ビン・サルマンはサウジアラビアの将来を形作るために数千億ドルを投じているため、この変化は彼にとって最も重要である。ネオムの新都市やジェッダのキディヤ海岸観光プロジェクトなど、彼のメガプロジェクトやギガプロジェクトの賢明さに疑問を抱く人もいるだろう。しかし、彼が彼らに多額の投資をした今、サウジアラビアの指導者たちが、たとえそれを達成するために我慢しなければならないとしても、彼らに成功のチャンスを与えるために基本的な経済的および政治的安定を求めないのは賢明ではないだろう。サウジアラビアが突然イランを信頼する兆候はないが、サウジアラビアが国内で行っていることを台無しにする口実を彼らに与えたくはない。

それほど遠くない昔、サウジアラビア人はリヤル(サウジアラビアの通貨単位)政治(riyalpolitik)を実践し、基本的に地域問題が王国を取り囲まないようにするためにお金を払っていた。ムハンマド・ビン・サルマンが世界にイスラエルを抑制するよう呼び掛け、イランを(現金の入った袋を持たずに)家族の一員と見なしていることを明らかにしたときの行動には同様の響きがある。皇太子が座っている場所から見ると、これはイランへの傾斜ではなく、むしろサウジアラビアへの傾斜である。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。外交評議会エニ・エンリコ・マッテイ記念中東・アフリカ研究上級研究員。最新作に『野望の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、将来』は2024年6月に刊行予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になりました。よろしくお願いいたします。

 2024年の大統領選挙までは、「ドナルド・トランプとカマラ・ハリスではどちらが勝つか」という質問を受けることばかりだった。選挙が終わって1か月ちょっと過ぎている今まででは、「トランプが大統領になってアメリカはどうなるか、世界はどうなるか、日本はどうなるか」という質問を受ける。予言者ではない身としては答えるのに難しい質問ばかりだ。そこで、ハーヴァード大学のスティーヴン・M・ウォルトはどう考えているかを見ていきたい。ウォルトもまたトランプを「予測不可能だ(unpredictable)」と言っているのではあるが。是非下の論稿を読んで欲しい。

 対中国に関しては、核兵器を使った戦争も辞さないと考える人たちがいる一方で、関わるべきではない、国内問題を優先すべきだと考える人たちもいる。トランプはその間を行ったり来たりするだろうというのがウォルトの見立てである。私は、トランプは中国との戦争を望まないだろうと考える。そして、アメリカが中国と戦うまでには何段階かあり、その中には、日本がけしかけられる形で、中国と戦うという段階があると思われる。そうなれば、世界経済は崩壊してしまうだろうと考えると、トランプは経済面での中国との貿易戦争を行う可能性は高いが、実際の戦争はない。

トランプ自身は戦争を損だと考えると思われるので、ウクライナ戦争も、そして中東地域でも戦争の拡大を望まないだろう。ウクライナ戦争はトランプ政権下で停戦ということになり、NATOに関しては、各国の負担増大を強く望むことになるだろう。中東地域におけるイスラエルの動きは気になるところだ。イランはイスラエルとの全面戦争を望まないだろうが(これはイスラエルもそうだろう)、現状のように押しまくられている状態で、どこかで反撃ということも考えられる。核戦争の脅威があるという懸念がある限り、アメリカはイスラエルを見捨てることはできないだろうが、現在のベンヤミン・ネタニヤフ首相があまりにも戦争を拡大させるようであれば、アメリカは歯止めをかける動きに出るだろう。大きな戦争は起きないだろうが、アメリカの国力の低下と威信の低下によって、各地域での役割が縮小することによって、各地域内での未解決の問題に関して、「自力救済」を求める動きが出て、不安定化したり、小競り合いが起きたりすることがあるだろう。

 トランプは日本に対してあまり関心を持たないだろう。アメリカ国内への投資とアメリカからの輸入増大、更には防衛費の増額(アメリカの負担の軽減)にしか関心がないと言ってよい。現在、日本では防衛費負担増額のための増税が進められているが、これは「防衛費を対GDPの2%まで倍増させよ」というトランプ政権以来の「厳命」に沿った動きである。「予測不可能な」トランプである。「2%?それはまだ低すぎる、3%だ」ということを言ってくる可能性もある。「それに加えて、アメリカ国内に工場を作れ」ということにもなるだろう。更には、「アメリカが産出する石油と天然ガスを買え」という要求も出てくるだろう。これらについて「条件を交渉する」役割が石破茂首相には求められる。石破氏は、トランプにとって、「ゴルフもやらない、おべっかも言わない」初めての日本の首相となる訳だが、タフな交渉相手であるところを見せれば、かえって好意を持つ可能性はある。「話せる奴」という評価を得ることが重要だ。

 アメリカ国内においては、関税引き上げによる経済への影響は気になるところだ。物価高を引き起こし、インフレ懸念が高まる。経済成長と人々の収入の増大を伴う物価高は望ましいが、そうではない場合には、アメリカ国内に生活苦からの不安定な状況が生み出さされる可能性がある。予断を許さない状況だ。

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2024年のアメリカの選挙が外交政策に及ぼす10の影響(The 10 Foreign-Policy Implications of the 2024 U.S. Election

-トランプ2.0について考えるべきこと

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年11月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/11/08/10-foreign-policy-implications-2024-election/

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ミシガン州グランドラピッズでの集会に登場する共和党大統領候補ドナルド・トランプ(11月5日)

映画ファンは、ある映画の続編が良いものであることはほとんどなく、第一作よりも暗い展開になることが多いことを知っている。トランプの大統領としての最初の作品は多くの人を失望させ、一部の人にとっては致命的であった。それが、2020年の選挙でトランプが負けた理由である。リメイク版は更に悪いものとなるだろう。2024年のアメリカ大統領選挙がもたらすであろう影響トップ10を以下に挙げていく。

(1)アメリカ政治はミステリーだ(U.S. politics is a mystery)。
まだ明らかでなかったとしても、今や、誰もアメリカの選挙政治がどのように機能するのか理解しておらず、このテーマに関する従来の常識の多くが大間違いであることは火を見るより明らかだ。世論調査は当てにならないし、「地上戦(ground game)」の重要性についての定説は当てはまらないし、何が起こるか分かっていると思っていた賢い人たちは皆、間違っているだけでなく、大きく外れていた。2016年と同様、ドナルド・トランプ前米大統領とそのティームも、私たちと同様に驚いたのではないかと思う。私の粗雑な見解では、アメリカのエリートたちは、国民(body politic)の中にどれほどの白熱した怒りと恐怖が存在し、その多くが自分たちに向けられているのかをまだ過小評価している。民主党にとって何が問題だったのか、なぜ専門家たちはまたもやそれを見逃してしまったのか、その場しのぎの分析が延々と続くだろう。しかし、同じ「専門家」たちはこれを解明するのに8年を費やしており、今でも検討中である。

(2)トランプは予測不可能であろう(Trump will be unpredictable)。その通りだ。トランプは、予測不可能であることで、他者を不安にさせ続けることができる資産とみなしており、彼の不規則な行動に対する評判は十分に高く、一貫性がないことを批判するのは難しくなっている。このため、支持者を含め、誰も彼が何をするか正確に知っていると自信を持ってはならない。彼が個人的な政治的・経済的利益にならないことはしないのは確実だが、それがどのように政策に反映されるかは計算ができない。選挙期間中、彼はおかしなことをたくさん言ったが、そのどれだけが威勢のよいハッタリで、どれだけが本心なのかはまだ分からない。

更に言えば、共和党内には、いくつかの重要な問題、とりわけ中国をめぐって、重要な分裂がある。リアリストたちは、ヨーロッパ(とおそらく中東地域)から離れて、アジアに集中し、台湾に対するアメリカの関与を強化したいと考えている。一方、アイソレイショニストやリバータリアンたちは、ほとんど全ての地域から離れ、アメリカの行政国家の解体(dismantling the administrative state back home)に集中したいと考えている。そして、これらの人々の中には、アジアでの核兵器の使用について、かなり恐ろしい考えを持っている人たちもいる。誰がどの役職に就くのかに注目して欲しいが、政権内部には両方の派閥が存在し、トランプはその間を単に行ったり来たりかもしれないので、これを知っていても全てが分かるものでもない。

また、トランプが外交問題にどれほどの関心を払うつもりなのかも不明だ。主に民主党のライヴァルへの復讐と、悪名高い「プロジェクト2025」に書かれた過激な国内政策の追求に力を注ぐのか、それとも世界中でアメリカの政策を変革しようとするのか? あなたの推測は私の推測と同じだ。しかし、覚えておいてほしい。トランプはまた、エネルギーと集中力が目に見えて衰えてきている人物でもある(しかも、これらは最初の任期中はそれほど印象的ではなかった)。彼の任命した人たちは、何かがうまくいかなくなり、責任を取らなければならなくなるまで、多くの自由裁量権(latitude)を持つだろう。結論としては、私を含め、誰もトランプが何をするか分かっていると自信を持つべきではないということだ。

(3)リベラルな覇権は死んだ(Liberal hegemony is dead)。
ジョー・バイデン米大統領、アントニー・ブリンケン国務長官、ジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官、カマラ・ハリス副大統領、そしてその他の人々は、冷戦終結以来アメリカの外交政策を導いてきたリベラルな覇権という戦略を復活させ、修正しようとしてきた。彼らの試みは以前のヴァージョン以上に成功せず、有権者は決定的な拒絶を示した。トランプに投票した人々は、民主政治体制を広めることに興味がなく、人権に関心がなく、自由貿易に懐疑的で、外国人を国内に入れたがらず、グローバルな制度に警戒心を抱いている。彼らは、トランプが公然と敵対している訳ではないにせよ、これら全てに無関心であることを知っている。

私がこの失敗した戦略に固執している民主党と共和党の両方を繰り返し批判してきたことを考えると、私が選挙結果に満足していると思う人がいるかもしれない。私は満足していない。なぜなら、トランプ大統領の外交・内政政策へのアプローチは、アメリカ国民を更に貧しく、より分断し、より脆弱なままにすると信じているからだ。そして、現在状況が悪いことが、状況が更に悪化することはないと意味することはないからだ。

(4)来るべき貿易戦争に気をつけろ(Beware the coming trade war)。

トランプ大統領が選挙戦で語った、1930年代にあった関税を全ての人に課すという話は、単なる威勢だけのハッタリだった可能性がある。ロバート・ライトハイザーのような保護主義者にこの問題を委ねるのか、それとも比較的開かれた市場とグローバルなサプライチェインに依存する新しい技術者仲間の意見に耳を傾けるのかにもよる。トランプは現代経済の仕組みについて洗練された理解を示したことがないため、もし彼が深刻な貿易戦争に踏み切った場合、多くの意図しない悪影響が予想される(財政赤字の増加、債券市場の圧力、インフレなど)。彼は自分自身を責めるしかないが、どこかで都合のいいスケープゴートを見つけるだろう。

(5)ヨーロッパは困難な状況にある(Europe is screwed)。
トランプはアメリカのヨーロッパの同盟諸国を戦略的資産とは見ておらず、以前から公然とEUを敵視している。過去にはEUを敵視し、ブレグジット(イギリスのEU離脱)は素晴らしいアイデアだと考えていた。なぜなら、EUは経済問題で声を一つにすることができて団結できるので、アメリカがEUを押し切ることが難しくなると理解していたからだ。共和党は、全てではないにせよ、ほとんどの形の規制に反対しており、イーロン・マスクのような人々は、ヨーロッパのデジタル・プライバシーに関するより厳しい規則に反対している。トランプはブリュッセルを無視し、アメリカがはるかに強い立場にあるヨーロッパ諸国それぞれとの二国間関係に焦点を当て、EU自体を弱体化させたり分裂させたりするためにできることは何でもやるだろう。この危険性によって、(フランスのエマニュエル・マクロン大統領が提唱し続けているように)ヨーロッパ諸国が結束して反対する可能性もあるが、それよりも可能性が高いのは、どの国も自分たちのために気を配るということだ。

NATOに関しては、トランプは完全に脱退することを決めるかもしれない。しかし、NATOはまだ多くのアメリカ人に人気があり、正式な脱退は国防総省や連邦議会共和党の一部から多くの反発を受けるだろう。それよりも可能性が高いのは、トランプがNATOにとどまりながら、ヨーロッパ諸国が十分なことをしていないと非難し続け、アメリカの兵器購入などにより多くの防衛費を費やすよう働きかけることだろう。そのようなアプローチを採用するアメリカ大統領は、トランプが初めてではないだろう。バイデン時代のぬるま湯の後、トランプ2.0はアメリカのヨーロッパのパートナー諸国にとって冷たいシャワーのように感じるだろう。

(6)ウクライナは本当に困難な状況にある(Ukraine is really screwed)。

もしハリスが当選していたら、ウクライナでの戦闘の終結を強く求めていただろうし、可能な限り最良の取引もやはりキエフにとってはかなり不利なものだっただろうと思う。しかし、彼女はウクライナに多少なりとも有利な条件を引き出すために、米国の支援が継続されるという見通しを利用しようとしただろうし、ロシアとの取引が成立した後も、いくらかは安全保障上の支援を提供しただろう。トランプ大統領は、米国の援助を打ち切り、ウクライナは自分たちの問題だとヨーロッパに言う可能性が高い。トランプは確かに、議会が再び大規模な支援策に賛成するよう説得するために政治資金を使うことはないだろう。世論は彼を支持するだろうし、彼の唯一の懸念は、ロシアがウクライナの他の地域を制圧し、彼が腑抜けで弱く、世間知らずだと思われることかもしれない。しかし、ロシアのプーチン大統領が恒久的な分裂を受け入れ、名目上は独立したもののNATO加盟には向かわず、傷ついたウクライナが残ることになれば、ほとんどのアメリカ人はページをめくって前に進むだろう。そうなれば、トランプは戦争終結の手柄を独り占めすることになる。

もしハリスが当選していたら、ウクライナでの戦闘の終結を強く求めていただろうし、可能な限り最良の取引もやはりキエフにとってはかなり不利なものだっただろうと思う。しかし、彼女はウクライナに多少なりとも有利な条件を引き出すために、アメリカの支援が継続されるという見通しを利用しようとしただろうし、ロシアとの取引が成立した後も、いくらかは安全保障上の支援を提供しただろう。トランプ大統領は、アメリカの援助を打ち切り、ウクライナはあなたたちの問題だとヨーロッパに言う可能性が高い。トランプは確かに、連邦議会が再び大規模な支援策に賛成するよう説得するために政治的資本を使うことはないだろう。世論は彼を支持するだろうし、彼の唯一の懸念は、ロシアがウクライナの他の地域を制圧し、彼が腑抜けで弱く、世間知らずだと思われることかもしれない。しかし、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が恒久的な分裂を受け入れ、名目上は独立したもののNATO加盟には向かわず、傷ついたウクライナが残ることになれば、ほとんどのアメリカ人はページをめくって前に進むだろう。そうなれば、トランプは戦争終結の手柄を独り占めすることになる。

(7)中東紛争は続く(Middle East strife will continue)。

バイデンとブリンケンの中東への誤った対応は、非人道的で非効果的な政策から距離を置こうとしないハリスの姿勢と同じくらいに、選挙でハリスを苦しめた。とりわけこの立場は、トランプを人権や民主政治体制、法の支配を気にしない危険な過激派として描こうとする彼女の試みを台無しにした。しかし、トランプが大統領に就任したからといって、事態が好転すると錯覚する人はいないはずだ。彼は最初の任期中、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に望むものを全て与え、イランの核兵器保有を阻止する協定から離脱し、ガザ地区、レバノン、占領下のヨルダン川西岸地区で罪のない人々が直面している悲劇的な損失には涙ひとつ流さないだろう。イスラエルがイランを攻撃するのを手助けするのを嫌がるかもしれないが(特に、彼の友人であるサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子がそうしないように助言するならば)、そうでなければイスラエルはパレスティナ人を根絶やしにしたり追放したりする青信号を持ち続けるだろう。

トランプ大統領が自らを偉大な和平交渉者(grand peacemaker)として位置づけ、失敗に終わったアブラハム合意に沿って、ある種のスーパーチャージされた大取引を追求していると想像する人もいるかもしれない。一期目の任期中に北朝鮮の指導者である金正恩と会談したのと同じように、トランプがイランの新大統領やその最高指導者とさえ喜んで会談すると発表するところを想像することさえできた。しかし、トランプには実際の交渉を行うための忍耐力も余裕もないため、このようなことは、音と怒りに満ちた、何の意味も持たない大々的な宣伝以外には何も生まれないだろう。

(8)縛られない中国(China unbound)。

前述したように、トランプ大統領のアドバイザーたちは中国をどう扱うかについて意見が一致していないため、トランプ大統領が中国にどう対処するか正確に知ることはできない。貿易問題で強硬手段に出るのはほぼ確実で、中国企業への半導体チップなどの技術移転規制を撤回するとは考えにくい。中国への敵意は、おそらくワシントンに残された唯一の超党派の問題であり、そのことがワシントンと北京の間の重要な取引交渉(grand bargain、グランド・バーゲン)を想像しにくくしている。

残念なことに、トランプ大統領はアジアの同盟諸国にも喧嘩を売る可能性が高く、台湾が直接脅かされたり攻撃されたりした場合に台湾を支持するかどうかについては、既に疑念をまき散らしている。中国に立ち向かうためには、アジアのパートナーが不可欠であり、それはアメリカが海を隔てているという明白な理由からである。中国政府関係者はトランプ大統領の再選にやや二律背反的な感情を抱いているかもしれない。しかし彼らは、トランプが衝動的で無能な経営者であり、1期目のアジアへのアプローチが支離滅裂で効果的でなかったことも知っている。トランプの2期目は、バイデンとブリンケンがアジアで達成した成果(これが彼らの外交政策における最大の成果だった)を覆す可能性が高く、北京はそれを歓迎するだろう。

(9)気候に関する危機()。

これは簡単なことだが、やはり憂慮すべきことだ。トランプは気候変動に懐疑的で、化石燃料の「掘れ、ひたすら掘れ」が正しいエネルギー政策だと信じている。この問題に対する世界的な進展は遅れ、アメリカにおけるグリーン転換を加速させる努力は後退し、人類の未来を確保するための長期的な努力は短期的な利益に道を譲ることになるだろう。このようなアプローチは、グリーン技術の優位性を中国などに譲り、アメリカの長期的な経済的立場を弱めるかもしれないが、トランプは気にしないだろう。

(10)分断社会における統一権力(Unified power in a divided society)。

トランプの勝利は国民の団結の証であり、ほとんどのアメリカ人がトランプを全面的に支持していることの表れだと見る人たちもいるだろう。この見方は重大な誤解を招く。民主党はMAGAのアジェンダを受け入れるつもりはないだろうし、特に国内においては、プロジェクト2025で概説された施策は、政治的な分裂をより拡大させるだろう。政敵を追及し、経口中絶薬ミフェプリストンを禁止して、中絶をほとんど不可能にし、ワクチン反対派を重要な公衆衛生機関の責任者に据え、何百万人もの人々を国外追放しようとし、市民社会の他の独立した機関を攻撃しても、国をまとめることにはつながらない。

同時に、統一された行政部を創設するという共和党の長期にわたる取り組みは今や実現に近づき、ホワイトハウス、連邦最高裁判所、連邦上院、そして連邦下院を完全に掌握している。統一されたチェックされていない権力の問題は、間違いを検出して時間内に修正することが難しいということだ。アメリカでは既に説明責任の仕組みが本来よりも弱くなっており、今回の選挙で更にその仕組みが弱体化することが確実視されている。

国民の健康、安全、女性の権利、中央銀行の自主性などに対する国内的な影響とは別に、分極化の深まりは政府の効果的な外交政策能力をも脅かしている。振り子がこれほど大きく揺れ続けているとき、どの国もアメリカが約束したことを政権1期以上続けてくれるとは期待できない。政府が国内の敵の根絶やしに夢中になり、有益な雇用を得ている何百万人もの住民を強制送還し、経験豊かな公務員を忠誠心のあるハッカーに置き換えるような状況では、対外的に賢明なアプローチを行う能力は必然的に弱まる。深く分裂したアメリカはまさに敵の望むところであり、トランプ大統領がそれを悪化させる以外のことをすると考える理由はない。

アメリカの世界的な役割の大きさを考えると、アメリカ人を含む世界の人々は、人間による被験者の規制を全く受けずに行われる大規模な社会実験に参加しようとしている。この実験でいくつかの前向きな結果が得られると信じたいが、たとえささやかな成果が得られたとしても、自らが負った一連の傷によって埋もれてしまうのではないかと懸念している。冬がやって来る。私が警告しなかったとは言わないで欲しい。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。「X」アカウント:@stephenwalt

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 第二次世界大戦後の世界体制において重要なのは米ドル基軸体制である。世界の貿易においてそのほとんどがドルで決済を行われるということだ。アメリカは為替の手間もかからずに、ドルを使って貿易ができるということだ。極端なことを言えば、アメリカはドルを刷りさえすれば、世界中の国々から物品やサーヴィスを買うことができるということだ。世界各国を旅行して、円とドルのお札を出してみて、どちらを取るかと質問されたら、日本以外の国であればほとんどの人がドルを取るだろう。

 この米ドル基軸体制の基本にあるのが、ペトロダラー(petrodollar)体制である。これは、サウジアラビアのアブドゥル・アズィーズ国王とアメリカのフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領の会談の後に決定されたもので、石油取引は、米ドルのみで行うという合意がなされた。その結果、アメリカは最重要物資である石油を自国通貨ドルで買うことができるようになった。産油国は石油と引き換えに手に入れた米ドルで米国債に投資して、利益を得ることができた。アメリカは米国債を使って国内整備を行うことができた。また、日本や西ドイツなどの国々はアメリカに製品を輸出し、稼いだ米ドルで石油や天然資源を買い、戦後復興と経済成長につなげていった。

 米ドルに対する信頼は、アメリカの国力に対する信頼である。アメリカが世界第債の軍事大国であると同時に世界最大の経済大国であることがその基礎にある。それが揺らぐようになっている。アメリカが率いる西側諸国に対して、中露がリードする西側以外の国々が台頭している。これらの国々が「どうして米ドルを使わねばならないのか」ということになっている。米ドル基軸体制に対する疑問が出ている。こうした疑問が出ているだけでも、アメリカの国力の減退が大きいということを示している。

 更に言えば、今年の大統領選挙の結果次第では、アメリカ国内の状況が不安定になり、それがアメリカ経済に大きな影響を与えることになるだろう。アメリカ国内で選挙結果を受けて、暴動や暴力が頻発することになれば、米国債の価値も毀損される。米国債の価値が毀損されれば、米国債崩れということが起きる。そうした事態に備えて西側以外の国々は米国債の保有量を減らし、金の保有量を増やしている。

 米ドルの支配はこれからしばらく続いていくだろう。しかし、その崩壊の足音が聞こえるような状態になっている。私たちはそうした状況に備えなければならない。

(貼り付けはじめ)

米ドルが負ける方になんて賭けるな(Don’t Bet Against the Dollar

-アメリカの競争相手である各国は、米ドルを基軸とするシステム内での自主性の限界に挑戦しているが、真のグローバルな代替手段は存在せず、世界は転換点(inflection)からは程遠い。

ジャレッド・コーエン筆

2024年6月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/10/brics-currency-dollar-yuan-united-states-economy/?tpcc=recirc_trending062921

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地球の玉座の頂上に座るジョージ・ワシントンをドル紙幣から持ち上げる風船として機能するアメリカドルのシンボルが示すイラスト

米ドルが世界経済と米国の経済国家戦略の基軸(central pillar)となったブレトンウッズ会議から80年が経った。そして、80年にわたり、私たちは米ドルの将来の終焉についての予測も目撃してきた。しかし、米ドルの将来に関する議論はほぼ最初から的外れだった。ここで出てくる疑問は、出来事や危機や新技術が米ドルを基軸通貨の台座から追い落とすかどうかではない。むしろ、米ドルが依然優勢であるものの、冷戦後のコンセンサスが崩れつつある世界経済において、アメリカの競争相手、さらにはパートナーがどのようにして金融システムの限界を押し広げているかということである。

数十年にわたり、米ドルの終焉を予感させる出来事は数多く報じられてきた。1971年にリチャード・ニクソン米大統領が米ドルと金のリンクを切り離した(delinked)とき、イギリスのある著名なジャーナリストはそれを「全能の米ドルが正式に廃位された瞬間()」であると宣言した。1990年代のユーロ導入を米ドル終焉の瞬間と見た人も存在した。2010年代の世界金融危機と中国の台頭により、経済学者の多くは人民元(the yuan)が世界の準備通貨(reserve currency)になる可能性があると予測した。最後に、2022年のロシアの本格的なウクライナ侵攻と西側主導の対モスクワ制裁は、きたるべき「ポスト・ドル世界(post-dollar world)」についての疑問を引き起こした。

米ドルには地経学的な逆風(geoeconomic headwinds)が厳しく吹きつけている。各国は貿易における米ドルへの依存を減らし、アメリカの決済システムから距離を置くよう取り組んでいる。しかし、未来は、ドル支配(dollar dominance)と、いわゆる脱ドル化(de-dollarization)の間の二項対立(binary)ではない。アメリカ経済は依然として世界最大であり、最も豊かな資本市場と最も信頼できる金融機関を擁している。米ドルは依然として金融上の安全な避難先(financial safe haven)であり、アメリカだけでなく、世界的に最も信頼できる交換および価値の保存媒体(the most reliable medium of exchange and store of value)である。80年前に米ドルの地位を確立したネットワークと歴史は今も維持されており、米ドルの支配に対する不満の高まりにより、利便性の一部が分かりにくくなっている。変化したのは、アメリカの競合国や一部のパートナー国が、技術の進歩(technological advances)と地経学的修正主義(geoeconomic revisionism)に勇気づけられて、ドルベースのシステム内での金融自主性の限界を押し広げていることだ。しかし、実際にそれを変えるための協調的な取り組みが見られる転換点には程遠い。

米ドルの立場が変わるとしたら、それは革命(revolution)ではなく進化(evolution)によるものとなるだろう。より多くの国が米ドルの到達範囲を制限する措置を試行し、導入するだろう。新興の金融テクノロジーは、新たな変化に関する諸理論と、様々な多国間金融協定を促進するだろう。一方、西側の政策立案者やビジネスリーダーたちは、世界の不安定化でアメリカ経済が多額の債務を負う中でも、米ドルの歴史的な地位を守らなければならないだろう。しかし、米ドルは当面、世界経済を下支えし続けるだろう。

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左:印刷機の彫刻版にシートを敷く米国財務省職員(1935年頃)、右:ニューヨーク連邦準備銀行の金庫室で、国際為替取引に使用される金の延べ棒の計量が行われる(1965年頃)

米ドルのような通貨はかつて存在しなかった。歴史家たちは、スペイン帝国のドル銀貨(Spanish Empire’s pieces of eight)、オランダのギルダー銀貨(Dutch guilders)、または、1920年代まで主要基軸通貨であった英ポンド スターリング(U.K. pound sterling)に米ドルを例えている。しかし、経済学者のマイケル・ペティスが指摘するように、米ドルは「国際通商においてこれほど極めて重要な役割を果たした唯一の通貨(the only currency ever to have played such a pivotal role in international commerce)」だ。米ドルは世界の外貨準備保有額の58%を占めている。全ての外国為替取引の88% に関与している。国際的な影響力により、他国の貿易不均衡は、アメリカの不均衡によって相殺される。

ドルは、アメリカだけでなく世界中の国々と消費者に安定と安全を提供する。アメリカの開かれた市場(open markets)、法の支配(rule of law)、信頼できる諸機関(trusted institutions)、そして深く流動性の高い資本市場(deep, liquid capital markets)により、これは信頼できる資産だ。アメリカ以外では、投資適格資産の供給が限られている。しかし、米ドルに不満がない訳ではない。ここ数年、米ドルを玉座(pedestal)から叩き落とすつもりだと公に表明する世界の指導者たちが増えている。彼らは、世界が分断され、米ドル以外の通貨との取引の効率を高める金融テクノロジーの台頭、財政状況が不透明で経済関係にある国や団体のリストが増え続ける分断されたアメリカを目の当たりにしている。対立が発生し、彼らはそれを利用する立場を公に表明している。

紛争と競争(conflict and competition)が激化する世界では、脱ドル化(de-dollarization)の話は今後も続くだろう。米ドルが世界経済の中心ではなかった場合、敵対者たちはよりうまく制裁を回避でき、より効果的な代替経済圏(more potent alternative economic blocs)が存在する可能性がある。ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領が昨年、上海で行った演説で、「私は毎晩、なぜ全ての国が貿易をドルに基づいて行わなければならないのか自問している(Every night I ask myself why all countries have to base their trade on the dollar)」と劇的に述べたのはそのためだ。アメリカの「制度的覇権(institutional hegemony)」の危険性を警告し、中国外務省は、2023年2月に論文を発表し、アメリカは米ドルを通じて「他国にアメリカの政治経済戦略に奉仕するよう強制している(coerces other countries into serving America’s political and economic strategy)」と主張した。中国外務省は更に、「米ドルの覇権が世界経済の不安定性と不確実性の主な原因である(hegemony of [the] U.S. dollar is the main source of instability and uncertainty in the world economy)」と述べた。

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ロシアがウクライナへの本格的な侵攻を開始した2022年2月24日、モスクワ中心部の両替所の前を通り過ぎる女性

ロシアによるウクライナへの全面侵攻とその後の制裁発動からおよそ1年後という声明のタイミングは、その背後にある真の動機を信じがたい。 80年近くにわたる米ドルの支配により、中国などの国の台頭など、歴史上最も偉大な平和と繁栄が見られた。1944年には、米ドルは世界に課せられていなかった。それは、中国とブラジルを含む44カ国が第二次世界大戦後の金融秩序を決定するためにブレトンウッズに集結したとき、戦後の状況と驚くべき程度の国際的合意から生まれた。今日の不安定を引き起こしているのは米ドルではなく、ヨーロッパと中東での戦争、そしてインド太平洋の緊張だ。これらの地政学的な課題は、中国によるロシアへの支援の深化などを通じて結びついている。モスクワは、その経済的寿命をウクライナへの攻撃を維持するために利用してきたが、戦争は世界中のお金の動き方を変えた。ロシアの侵攻から数週間以内に、世界経済の60%以上を占める、37の同盟諸国とパートナーからなるアメリカ主導の連合は、ロシアに制裁と輸出規制を課した。 2022年4月までに、ロシアの輸入額は戦前の中央値を約43%下回った。その結果は、クレムリンが発表しているよりも深刻で、一般のロシア人は政権が引き起こした苦痛を感じている。しかし、ロシアは新たな市場と経済を戦時態勢に置く手段を見つけたため、アジアへの軸足がモスクワを救った。ロシアは現在、GDP6%を軍事に費やしている。

変わったのは、お金がどこから来たのかだけではなく、そのお金がどのようなものであるかだ。これは中央アジアやコーカサスにある旧ソ連諸国でも見られ、西側の技術を米ドルで購入し、ルーブルでロシアに売っている。ロシアの対中国貿易でもそれが分かる。ウクライナへの本格的な侵攻後の最初の9カ月で、ロシアのルーブルと人民元の貿易は40%以上急増した。一方、中国とロシアの二国間貿易は、2023年に過去最高の2400億ドルに達し、わずか1年で26.3%増加した。人民元は最近、ロシアで米ドルに代わって最も取引されている通貨となり、モスクワ取引所で取引される外貨全体のほぼ42%を占めている。その結果、戦争とロシア政府によるアメリカの決済システム(U.S. payment systems)の回避により、世界最大の国ロシアと、第2位の経済大国中国は、主に米ドル以外の通貨で取引されるようになった。

しかし、米ドル以外の通貨の国際化はまだ遠い先の話だ。米ドルの優位性の継続は、政府から企業、家計に至る数百万の市場参加者からの信任投票によるものだ。もっともらしい代替案を生み出すためには、二国間の変化だけでなく、法の支配(rule of law)、透明性(transparency)、説明責任(accountability)に基づいた信頼できる新たな機関と多国間の連携が必要となるだろう。中国主導のクロスボーダー銀行間決済システム(Chinese-led Cross-Border Interbank Payment SystemCIPS)もそのような試みの1つで、1日当たり2万5900件の処理を行っていると報告されているが、その合計は、1日約50万件、総額18億ドルの取引を行う、アメリカの手形交換所銀行間決済システムには大きく及ばない。数兆の価値。そして、CIPS取引のうち80%は、北京ではなくベルギーに拠点を置くシステムであるSWIFTに依存している。過去80年間に米ドルが獲得してきた信頼が、米ドルを際立たせている。

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2022年8月24日、カイロの通貨両替店から出てくる女性

大規模な非ドル化を主張する人々にとっての最も重大な2つの問題は、何かを無に置き換えることは不可能であること、そしてアメリカの競争相手が、時にはそのレトリックが別のことを示唆しているとしても、現時点では米ドルに取って代わる能力も意思も持っていないことである。だからと言って、米ドルの立場を当然のことと考えるべきだという訳ではない。技術革新(innovation)と地経学的断片化(geoeconomic fragmentation)により、その影響は徐々に薄れていく可能性がある。最も重要な新たなトレンドは、新しい技術モデル、セクター固有の取り決め、二国間および多国間連携だ。これらの取り組みはわずかなものだが、将来的には有意義な代替手段となる可能性がある。

アメリカは、ほとんどの主要市場と同様に発達した金融テクノロジーを持っているが、特定の金融テクノロジーの消費者への導入においては、少数の国は遅れている。これらの比較は、あらゆる範囲で行われている。2021年、エルサルヴァドルは、仮想通貨(cryptocurrency)を法定通貨(legal tender)とした最初の国となった。より重要なことは、大西洋評議会が中央銀行デジタル通貨(central bank digital currenciesCBDC)の普及を追跡しており、世界のGDPの98%を占める、134の国と通貨同盟がCBDCの活用事例(use cases)を模索していると報告している(2020年はわずか35カ国だった)。G20加盟国のうち11カ国でプロジェクトが進行中だが、CBDC を本格的に開始しているのは3カ国だけだ。より分断された世界(more divided world)においては、より多くの CBDC が存在する。大西洋評議会の報告によると、2022年2月以来、「ホールセールCBDC の開発は2倍になっている」ということだ。

1970年代と80年代に、アメリカの消費者がクレジットなどの金融テクノロジーを大量に導入したとき、中国経済は、相対的に混乱に陥り、文化大革命からまだ回復途中だった。 1976年の GDP はわずか1540億ドルだった。しかしながら、今日、中国は世界第 2位の経済大国であり、そのデジタル人民元(digital yuan (e-CNY) は、「脱ドル化」に向けたテクノロジー主導の取り組みについて語る多くの専門家の注目を集めている。e-CNYは、銀行口座を持たない中国国民に更なる効率性と金融包摂を提供する可能性があるが、多くの点で、西側諸国のデジタルおよびモバイル決済システムとほとんど違いはない。

それにもかかわらず、中国は米ドルの代替手段として電子人民元を国際化する努力をしており、中国政府はデジタル通貨のデビュー会場として、2022年の北京冬季オリンピックを選んだことでその意図を明確にした。オリンピック期間中、依然として新型コロナウイルス感染症による厳しい規制下にあった首都北京を訪れる訪問者は税関を通過し、すぐに通貨を電子人民元に両替することができた。しかし、これは海外からの信頼を高めるどころか、金融技術における北京のリーダーシップへの懸念を深めるだけでなく、中国共産党による中国社会への支配を強め、中国が世界に対して利用できる新たな地経学的影響力を生み出す可能性があるとして、警戒を呼び起こした。

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2023年9月2日に北京で開催された2023年中国国際サーヴィス貿易交易会で、来場者は中国のデジタル通貨e-CNYを使って支払いを行っている

他国で目立った普及が見られないという事実は、e-CNYが海外では信頼できる代替手段ではないことを示しており、国内でもまだ試験段階にあり、中国のわずか25都市で2億6000万のウォレットに達している。14億人以上の人口のうち。しかし、中国のデジタル通貨の国際化への取り組みは続いている。プロジェクト「mBridge」は、中国本土、香港、タイ、アラブ首長国連邦と25のオブザーバー諸国が参加する国境を越えた CBDCプログラムであり、そのような取り組みの1つだ。中国政府が世界の多くの地域で電子人民元の信頼を高めるための措置をまだ講じていなかったとしても、ドルに依存する決済レールに代わる、より効率的で低コストの代替手段に国際的な関心が集まっている。

しかし、中国は最も近いパートナーとの間で、限定的な脱ドル化の新たな道を見出している。中国は現在、特に東アジア、サハラ以南のアフリカ、資源豊富な新興市場において、120カ国以上の最大の貿易相手国となっている。世界経済の影響力が拡大する中、中国は国際収支の米ドルからの移行に取り組んでおり、現在では中国の商品貿易総額の23%もが人民元で占められている。

その傾向が最も顕著に見られるのは石油取引だ。石油の価格は米ドルで決められており、世界の石油デリヴァティヴ市場の取引量(1日の平均現物原油フローの約23倍)は完全にドル建てだ。しかし、中国政府は、中国の貿易と世界経済における米ドルの役割を減らすことに取り組んでいる。中国は、大国だが資源に乏しく、主に中東からのエネルギー輸入に依存している。昨年の時点で、中国はサウジアラビアから日量約180万バレルの原油を輸入している。この貿易を米ドルから遮断するために、リヤドと中国は、70億ドルの通貨スワップ協定に署名した。そして、毎日の世界の原油量の約14% が制裁対象国から供給されており、この分野での非ドル化へのインセンティヴは明らかだ。

しかしながら、インドとロシアの間の貿易パターンが示すように、ここでは石油市場の脱ドル化を目指す人々の範囲が彼らの理解を超えている可能性がある。西側主導の対ロシア制裁発動を受けて、インドはロシア海上輸送原油の最大の輸出先となり、2023年5月には、日量215万バレルに達した。しかしニューデリーは、両替と決済にインドルピーを使用することを主張した。この立場は、モスクワに対する制裁や禁輸措置と相まって、それ以来摩擦を引き起こしている。ロシアとインド間の石油貿易は当初の増加にもかかわらず、最近12カ月ぶりの低水準となった。

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2022年2月24日、インド・チェンナイのガソリンスタンドで石油バレル(樽)を積み上げる労働者たち

経済全体を「制裁に耐える(sanctions-proof)」方向への動きは、他に様々な形で行われている。ロシア政府は、長年にわたり米ドル保有を着実に減らしており、アメリカ国債の保有額は2017年12月の1022億ドルから半年後にはわずか149億ドルまで減少させた。同様に、2023年に中国は、アメリカ国債保有を減らし、金購入を30%増額した。こうした傾向は、アメリカの敵対諸国や競争相手に限定されている訳ではない。ゴールドマンサックス・リサーチが指摘しているように、ジョージ・W・ブッシュ政権までは核開発計画をめぐり、アメリカの制裁の対象となっていたインドも、自国の金保有量を増やしているが、世界中の埋蔵量に占める金の割合は依然としてわずかだ。

金はある程度の多様化と制裁からの隔離を提供するが、米ドルの代替品ではない。実際の収益ははるかに予測しにくく、金には多額の輸送コストと保管コストがかかり、貿易決済の交換媒体としての金の機能は低い。一方、現物の金の供給は限られており、金先物はわずか約400億ドル相当の貴金属に裏付けられている。この数字は、多くの資産への分散投資や投資の機会を生み出す上場投資信託を含めるとさらに上昇するが、依然として国際通貨市場には遠く及ばない。

テクノロジーは、世界の金融システムにおける金(ゴールド)の用途と役割も変える可能性がある。歴史的に、金は法定通貨よりも優れた価値の保存手段であることが証明されてきた。しかし、同様の機能が欠けており、言うまでもなく、ストレージと移動のコストが高くなる。しかし、既存の保管システムにおける現物の金のデジタル化により、決済機能の効率が向上する。

技術的進歩がどのようなものであれ、真の脱ドル化には多国間合意に裏付けられた説得力のある代替案が必要となるだろう。上海協力機構(Shanghai Cooperation Organisation)、一帯一路構想(Belt and Road Initiative)、BRICS(現BRICS+)などの中国主導の機構は、それぞれのやり方でそのようなフォーラムを創設しようとしている。ブラジル大統領ルラが南アフリカで昨年開催されたサミットでBRICS諸国に共通通貨の創設を呼び掛け、そのような交換媒体は「支払いの選択肢を増やし、脆弱性を軽減する(increases our payment options and reduces our vulnerabilities.)」と仲間の指導者たちに主張したのはこのためだ。

広く宣伝されているこの取り組みにも落とし穴(pitfalls)がある。元々のBRICS諸国には世界人口の42% が住んでおり、国際通貨基金(International Monetary Fund)によると、世界の経済生産高の3分の1を占めている。しかし、経済的、イデオロギー的、地政学的な相違により、政策が統一される可能性は極めて低い。加盟諸国ですら、BRICS主導の脱ドル化という考えを否定しており、インド外務大臣S・ジャイシャンカールは昨年7月に「BRICS通貨という考えはない(There is no idea of a BRICS currency)」と述べた。

データは、ジャイシャンカール大臣の感情を強調している。国際決済銀行(Bank for International Settlements)によると、BRICS貿易の根幹は米ドルである。2022年には、インドルピーに関する全ての外国為替取引の97%、ブラジルレアルに関する全ての取引の95%、人民元に関するすべての取引の84%に関与した。

一部のセクターでは脱ドルへの取り組みが勢いを増しているが、脱ドル化を巡るレトリックは多くの意味で、真剣な政策というよりも、パフォーマンス的な政治に近い。人民元の魅力を高めるために、中国政府は資本規制を緩和したり、監視国家モデル(surveillance state model)から脱却したりする可能性があるが、その兆候はほとんど見られない。ヨーロッパ連合がアメリカの金融システムを動かすような資本市場を創設すればユーロを押し上げる可能性があるが、実際にはそうはなっていない。こうした動きは、中国国民にとってもヨーロッパ人にとっても同様に有益となるだろう。しかし今のところ、米ドルはアメリカだけでなく、世界のほとんどの国にとって、依然として最も信頼されており、多くの点で最も効率的な通貨である。そして、BRICSは新たな国際金融システムを構築したいという願望を持っているかもしれないが、過去25年間に新興市場の出現を可能にしてきた世界経済は米ドルに基づいて構築された。

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アメリカのライヴァル諸国は、世界を米ドルから引き離すことに成功しないかもしれないが、アメリカ政府も世界の他の国々をその軌道から追い出さないように注意すべきである。制裁のための米ドルの使用は、経済国家戦略の貴重な手段となる可能性があり、ペロポネソス戦争に先立ってアテネが近くの町メガラに通商禁止措置をとった紀元前432年以来、西側諸国政府によって制裁が展開されてきた。しかし、それらが過度に使用されたり乱用されたりすると、信頼が損なわれ、武器化された世界経済(weaponized global economy)から自らを守ろうとする世界の他の国々から離れることになる。

制裁の行使に関する議論はここ2年間でより緊急性を増し、新たな形をとってきた。ロシアのウクライナ侵攻直後、アメリカとその同盟諸国は、西側諸国にある約3000億ドル相当のロシアの主権資産を凍結した。これには、ロシアの金と、ユーロ、米ドル、英ポンド、日本円、その他の通貨建ての外貨準備高の相当部分が含まれていた。世界経済は2年間これらの制裁に適応したが、最近、金融の歴史の新たな章に入った。

今年まで、アメリカは戦争状態にない国の海外資産を押収したことはなかった。しかし、4月24日、ジョー・バイデン大統領はウクライナのための経済的繁栄と機会の再建法(Rebuilding Economic Prosperity and OpportunityREPO)に署名し、まさにそれを実行し、ウクライナを支援するためにロシアの資産を押収する手段を確立した。

REPOの主張は、少なくともワシントンとそのパートナーのほとんどにとって、明白かつ説得力のあるものだった。ウクライナ再建の費用は日を追うごとに増大しており、世界経済フォーラムはその額を約4860億ドルと見積もっている。ロシア資産の再利用は政治的に洗練された解決策であり、アメリカやヨーロッパ連合の納税者に直接コストを課さないという利点がある。しかし、ほとんどの政策と同様、これにはトレードオフが関係しており、最近の5月のG7財務大臣会合でもかなりの議論の対象となった。

このポリシー変更は何をもたらす可能性があるだろうか? アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ストレインは、ロシア資産の差し押さえにより、いつ自国の資産が差し押さえられるか分からないと他国に不安を与える可能性があると批評家たちが主張していると述べた。そのリスクを考慮すると、彼らは西側経済から距離を置くための予防措置を講じ、米ドルやユーロを保有する意欲が減り、西側諸国への投資さえも行わなくなるだろう。ストレインは、REPOに関してはこれらのリスクは「正当だが、最終的には説得力がない(legitimate, but ultimately unpersuasive)」と考えているが、こうした措置を効果的にするために関与が必要となる同盟諸国と協力する場合も含め、無視すべきではない。

これらの会話は、実際の、あるいはそう認識されている経済的強制力の過剰使用が、米ドルに代わるものを見つけたいという、他国の欲求を増大させるだけである可能性を示している。制裁は、対象を絞った多国間で、特定の目的を達成するために設定された場合に最も効果的だ。慎重に使用すれば、それらはアメリカの経済的立場を強化するが、乱用すると国を弱体化させる。

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1944年のブレトンウッズ会議に出席する米財務長官ヘンリー・モーゲンソーと中華民国財務副部長の孔祥熙

米ドルの終焉は、何十年にもわたって過剰予測されてきた。しかし、米ドルが永遠に最高の地位に君臨すると考える人は、チャールズ・クラウトハマーから謙虚さの教訓を学ぶべきである。1990年1月、冷戦終結でアメリカが最高権力を誇っていたとき、彼は次のように書いた。「冷戦後の世界の最も顕著な特徴は、その一極性(unipolarity)である。間違いなく、やがて多極化(multipolarity)が訪れるだろう」。米ドルの一極性の瞬間は終わっていない。しかし、世界は変わる可能性がある。

第二次世界大戦後、米ドルが世界のコンセンサスとして浮上したとき、アメリカ経済は世界のGDPのほぼ半分を占めていた。それ以来、中国は世界第2位の経済大国になった。中国政府はアメリカ主導の秩序に挑戦している。各新興市場は発展し、より大きな自主性を求めている。新しい通貨とテクノロジーがオンラインに登場した。一方、ワシントンは、米ドルが与える特権を常に守っている訳ではない。不必要な関税は、世界経済におけるアメリカの役割と影響力を縮小させる可能性がある。財政の瀬戸際政策(fiscal brinksmanship)は、債務上限をめぐる度重なる対立やデフォルトの脅威と相まって、信頼を損なう。アメリカの国債発行高は35兆ドルに近づき、財政赤字は平時であっても記録的なペースで拡大している。

しかし、もしドルを批判する人々が本当に代替案を求めているのであれば、根本的に異なる政策の採用を余儀なくされるだろう。中国が現在経験している経済問題は、景気循環的なものというよりも構造的なものであるように見える。中国政府の閉鎖資本勘定は取引に利用できる人民元の額を制限しており、昨年、中国は対外直接投資で史上初の四半期赤字を報告した。中国の貿易相手国の多くは、米ドルからの脱却を望んでいるが、ゴールドマンサックス・リサーチは、自国の通貨が米ドルに固定されていることが多いため、中国でも蓄積できる人民元には制限があると指摘している。アメリカの同盟諸国に関して言えば、EUですら、代替手段としてのユーロの魅力を高める可能性のあるはずの、流動性が高い資本市場を創設するための措置を講じていない。

脱ドル化に向けた動きは依然としてわずかだが、意味があり、感動を与えるものである。米ドルがその地位を失うには、ワシントンで一連の政策が失敗し、米ドルを批判する者たちが権威主義的で国家主導の経済(authoritarian, state-led economies)だけでなく、世界的に魅力的な代替案を生み出す必要があるだろう。世界の金融システムは変化しており、確かなことは何もない。しかし、米ドルが負ける方に賭けるのはやはり誤りだろう。

※ジャレッド・コーエン:ゴールドマンサックス国際研究所国際問題部門責任者兼共同会長。ゴールドマンサックスのパートナー兼経営委員会委員を務めている。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 中東におけるキープレイヤーとしては、サウジアラビア、イラン、イスラエル、アメリカが挙げられる。これらの国々の関係が中東情勢に大きな影響を与える。アメリカは、イスラエルと中東諸国との間の国交正常化を仲介してきた。バーレーンやアラブ首長国連邦(UAE)といった国々が既にイスラエルとの国交正常化を行っている。アメリカにとって重要なのは、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化であった。昨年、2023年前半の段階では、国交正常化交渉は進んでいた。こうした状況が、パレスティナのハマスを追い詰めたということが考えられる。

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中東諸国がイスラエルと国交正常化を行うと、自分たちへの支援が減らされる、もしくは見捨てられるという懸念を持ったことが考えられる。ハマスをコントロールしているのはイランであり、イランの影響力はより大きくなっていると考えられる。イランは、レバノンの民兵組織ヒズボラも支援している。イランは、ハマスとヒズボラを使って、イスラエルを攻撃できる立場にいる。イランの大後方には中国がいる。

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 イスラエルとしては、サウジアラビアと国交正常化を行い、中東地域において、より多くの国々をその流れに乗せて、自国の安全を図りたいところだった。イランを孤立させるという考えもあっただろう。しかし、ここで効いてくるのが、2023年3月に発表された、中国の仲介によるサウジアラビアとイランの国交正常化合意だ。これで、イランが中東地域で孤立することはなくなった。イスラエルとすれば、これは大きな痛手となった。そして、アメリカにしてみても、自国の同盟国であるサウジアラビアが「悪の枢軸」であるイランと国交正常化するということは、痛手である。これは、中国が中東地域に打ち込んだくさびだ。

 アメリカはサウジアラビアと防衛協定を結ぼうとしているが、それには、イスラエルとの関係が関わってくる。アメリカはサウジアラビアとイスラエルという2つの同盟国を防衛するということになるが、サウジアラビアとイスラエルとの関係が正常化されないと、アメリカとサウジアラビアとの間の防衛協定交渉も進まない。サウジアラビアのアメリカ離れということもある。ここで効いてくるのはサウジアラビアとイランの国交正常化合意だ。アメリカとイスラエルの外交が難しくなり、中国の存在感が大きくなる。

(貼り付けはじめ)

サウジアラビアは次のエジプトへの道を進んでいる(Saudi Arabia Is on the Way to Becoming the Next Egypt

-アメリカ政府はリヤドとの関係を大きく歪める可能性のある外交協定を仲介している。

スティーヴン・クック筆

2024年5月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/05/08/saudi-arabia-us-deal-israel-egypt/?tpcc=recirc062921

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サウジアラビアの紅海沿岸都市ジェッダのホテルで開催されたジェッダ安全保障・開発サミット(GCC+3)期間中に、家族写真のために到着したジョー・バイデン米大統領とサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子(2022年7月16日)

彼らはそうするだろうか、それとも、しないだろうか? それがここ数週間、中東を観察している専門家たちが問い続けてきた疑問だ。アメリカとサウジアラビアは、両国当局者たちが少なくとも2023年半ばから取り組んでいる大型防衛協定プラス協定(big defense pact-plus deal)を発表するだろうか?

2024年4月末のアントニー・ブリンケン米国務長官のリヤド訪問と、ジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官の保留中のリヤド訪問計画により、合意の可能性の話に緊迫感と期待感が注入された。報道によると、サウジアラビアとジョー・バイデン政権は準備ができているが、「いくつかの障害は残っている(obstacles remain)」という。これはイスラエルを指す良い表現だ。

ワシントンとリヤドの当局者間の協議が始まったとき、バイデン政権はサウジアラビアとの単独合意では、米連邦議会から適切な支持は決して得られないという確信を持っていた。連邦上院で過半数を占める民主党の議員と少数派の共和党の議員(防衛協定に署名する必要がある)は、アメリカをサウジアラビアの防衛に関与させることに二の足を踏む可能性が高い。しかしホワイトハウスは、そのような協定がイスラエルとサウジアラビアの国交正常化を巡るものであれば、連邦議会の支持が得られる可能性が高いと推測していた。

2023年9月時点では、それは素晴らしいアイデアだったが、今ではやや理想的過ぎる考えになっている。ガザでの7カ月にわたる残忍な戦争の後に、サウジアラビアがイスラエルとの国交正常化実現に求めている代償は、イスラエル人にとって大き過ぎ、イスラエル人の約3分の2がこの考えに反対している。それだけに基づいて、国防協定のための正常化協定を追求し続ける正当性はない。

しかし、ワシントンの当局者、そして、特にリヤドは、いずれにせよイスラエルをこの協定案から外したがっているはずだ。そうでなければ、アメリカとサウジアラビアの二国間関係に三国間関係の論理を持ち込むことになる。アメリカとエジプトの関係が何かを示すものであるとすれば、それはワシントンとリヤドの関係を深く不利な方向に歪めかねない。

ジョー・バイデン米大統領がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子を本質的にペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物、persona non grata)であると宣言し、米連邦議会の議員たちがサルマン王太子の人権侵害疑惑の責任を追及するよう要求したのは、ずいぶん昔のことのように思える。

リヤド当局者たちが当時予測していたように、バイデン大統領がサウジアラビアの指導者たちを必要とする時が来るだろう。彼らはそれほど長く待つ必要がなかった。新型コロナウイルス感染拡大後の旅行客の急増とロシアのウクライナ侵攻によるガソリン価格の上昇圧力は、ホワイトハウスに特別な難題を突きつけた。その結果、世界規模のエネルギー価格の高騰はアメリカ経済の健全性を脅かし、ひいてはバイデンの選挙での見通しを脅かした。このためバイデンはリヤドに外交官を派遣し、最終的には2022年7月に自らリヤドを訪問するに至った。サウジアラビア政府高官たちにもっと石油を汲み上げるよう説得し、アメリカ人のガソリン代負担を軽減させ、大統領は低迷する世論調査の数字を少しでも改善することを望んでいた。

そして、エネルギー価格の高騰が部分的に後押ししたインフレと、ヨーロッパにおけるロシアのウクライナ侵攻は、ホワイトハウスの中国に対する厳しいアプローチを背景にしていた。バイデンは政権発足当初から、世界中で北京を出し抜くことを優先課題としていた。最も影響力のあるアラブ国家として、サウジアラビアはその戦略の重要な要素になると期待されていた。

そしてイランの脅威が存在した。ドナルド・トランプ米大統領(当時)が2018年にワシントンを脱退させた核合意である「包括的共同行動計画(Joint Comprehensive Plan of Action)」にテヘランが再加盟するよう、米政府高官たちが政権発足後2年の大半の期間を費やして追い回した結果、バイデンは、イランが実際にはアメリカやペルシャ湾西側の近隣諸国との新たな関係を望んでいないという結論に達したようだ。

結果として、アメリカ政府はイランの封じ込め(containing)と抑止(deterring)を目的とした、地域の安全保障を強化する取り組みに乗り出したが、その取り組みにおいてサウジアラビアが重要な役割を果たすことが期待されている。しかし、核合意と、2019年の自国領土へのイラン攻撃に対するトランプ大統領の反応に消極的だったことを受けて、リヤド当局者らは賢明に振舞った。その結果、彼らは現在、サウジアラビアの安全保障に対するアメリカの取り組みを大枠で規定する、正式な合意を望んでいる。

2017年と2018年に自らが負った傷のせいで、米連邦議事堂内におけるサウジアラビアの不人気が続いており、その結果、かつてはサウド家の忠実な召使であったが、ムハンマド王太子を激しく批判するようになった、ジャーナリストのジャマル・カショギの殺害にまで至ったことを考えると、連邦議会では支持大きいイスラエルが協定を締結するはずだった。しかし、このアイデアはうまく設計されているかもしれないが、サウジアラビアとアメリカとの防衛協定のための、サウジアラビアとイスラエルとの国交正常化は、アメリカとサウジアラビア当局者が最も重要であると信じている関係に、重大な下振れリスクをもたらすことを示している。

アメリカのサウジアラビアへの関与が、サウジのイスラエルとの国交正常化を条件とするならば、その関係、すなわちイスラエルとサウジアラビアの関係の質は、明白な意味でも、そうでない意味でも、ワシントンとリヤドの二国間関係に影響を及ぼす可能性が高い。

エジプトは、このダイナミズムがどのように展開するかを示す典型的な例である。ホスニ・ムバラク前大統領の時代を通じて、とりわけ長期政権末期には、アメリカ・エジプト・イスラエルの三者関係の論理がエジプト政権に対する、破壊的な政治批判をもたらした。ムバラクの敵対勢力、特にムスリム同胞団(Muslim Brotherhood)は、イスラエルのせいで、ワシントンがエジプトをこの地域の二流大国(second-rate power)にしたのだと主張した。

換言すれば、ムバラクと側近たちは、イスラエルが2度にわたってレバノンに侵攻し、ヨルダン川西岸とガザ地区を入植し、イェルサレムを併合するのを傍観していた。そうしなければイスラエルとの関係が危険に晒され、ひいてはイスラエルとの関係が損なわれるからである。そうなれば、エジプトとアメリカとの関係を損なうことになる。その結果、エジプトはイスラエルに直接挑戦するのではなく、国連やその他の国際フォーラムの場でイスラエルに抗議をする、つまり弱者の武器(weapons of the weak)を使うことになった。

2007年頃、エジプトからガザ地区への密輸トンネルの存在が初めて発見されたとき、イスラエルとその支持者たちはワシントンでそれを喧伝した。もちろん、彼らが憤慨するのは当然のことだが、エジプト政府関係者たちは、イスラエルがこの事態を二国間問題として処理せず、ワシントンを巻き込むことを選択したため、エジプトはカイロの軍事支援が危険にさらされることを恐れたと、私的な会話で苦言を呈した。米連邦議会の議員たちも、エジプトの軍事援助を削減し、他の支援にシフトするかどうか公然と議論していた時期だった。エジプトから見れば、特に敏感な時期に密輸トンネルをめぐって批判を浴びせられたことで、エジプトとイスラエルの二国間の問題が、ワシントンとカイロの問題になり、アメリカとエジプト関係に不当に緊張が走ることになった。

サウジアラビアとの安全保障協定を確保する努力にイスラエルを含めることは、既に複雑な二国間関係を更に複雑にすることを求めるだけだ。そのようなことをする価値はほとんどない。もちろん、エジプトとサウジアラビアには多くの違いがある。国境を接していないことから、イスラエルの安全保障上の懸念が、アメリカとエジプトとの関係で見られるような形でアメリカとサウジアラビアとの関係に影響を与えることはないだろう。

それでも、イランを管理するサウジアラビアの微妙なアプローチがイスラエルを怒らせた場合はどうなるのか? エジプトと同様、サウジアラビアは、アメリカの安全保障援助に依存している。イスラエルがサウジアラビア王室の外交政策の進め方を好まなければ、アメリカとサウジアラビアの関係に問題が生じる可能性は現実のものとなる。

バイデン政権がサウジアラビアとの防衛協定を望むなら、締結しよう。協定を結ぶにあたり、十分な根拠があるはずだし、バイデン大統領は懐疑論者を説得できるほど熟練した政治家だ。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。外交評議会エニ・エンリコ・マッテイ記念中東・アフリカ研究上級研究員。最新作に『野望の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、将来』は2024年6月に刊行予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

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(終わり)

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。イスラエルとハマスの紛争についても分析してします。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカはイスラエルの建国以来、イスラエルを支援し続けている。イスラエルに対する手厚い支援は、アメリカ国内にいるユダヤ系の人々の政治力の高さによるものだ。そのことについては、ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策Ⅰ・Ⅱ』(副島隆彦訳、講談社、2007年)に詳しい。

 アメリカが世界帝国、世界覇権国であるうちは、イスラエルもアメリカの後ろ盾、支援もあって強気に出られる。今回、ハマスからの先制攻撃を利用して、ハマスからの攻撃を誘発させて、ガザ地区への過剰な攻撃を行っているのは、二国間共存路線の実質的な消滅、破棄ができるのは今しかない、アメリカが力を失えば、パレスティナとの二国間共存を、西側以外の国々に強硬に迫られ、受け入れねばならなくなる。その前に、実態として、ガザ地区を消滅させておくことが重要だということになる。

 アメリカは自国が仲介して、ビル・クリントン大統領が、パレスティナ解放機構のヤセル・アラファト議長とイスラエルのイツハク・ラビン首相との間でオスロ合意を結ばせた。二国共存解決(two-state solution)がこれで進むはずだった。しかし、イスラエル側にも、パレスティナ側にも二国共存路線を認めない勢力がいた。それが、イスラエル側のベンヤミン・ネタニヤフをはじめとする極右勢力であり、パレスティナ側ではハマスである。両者は「共通の目的(二国共存路線の破棄)」を持っている。そして、残念なことに、イスラエルの多くの人々、パレスティナの多くの人々の考えや願いを両者は代表していない。しかし、武力を持つ者同士が戦いを始めた。ハマスを育立てたのはイスラエルの極右勢力だ、アメリカだという主張には一定の説得力がある。

 アメリカとしてはイスラエルに対しての強力な支援を続けながら、ペトロダラー体制(石油取引を行う際には必ずドルを使う)を維持するためにも、アラブの産油諸国とも良好な関係を維持したい。しかし、中東地域の産油国の盟主であり、ペトロダラー体制を維持してきた、サウジアラビアがアメリカから離れて中国に近づく動きを見せている。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)がブリックスに正式加盟したことは記憶に新しい。

 こうしたこれまでにない新しい状況へのアメリカの対応は鈍い。これまでのような対イスラエル偏重政策は維持できない。しかし、アメリカは惰性でこれからも続けていくしかない。こうして、ますます中東における存在感を減退させ、役割が小さくなっていく。

(貼り付けはじめ)

バイデンの新しい中東に関する計画は同じことの繰り返しである(Biden’s New Plan for the Middle East Is More of the Same

-改訂されたドクトリンでは、変化はほとんど期待できない。

マシュー・ダス筆

2024年2月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/14/biden-middle-east-plan-gaza-hamas-israel-netanyahu/

2023年10月7日の同時多発テロを受け、ジョー・バイデン米大統領とバイデン政権は、10月7日以前の状況に戻ることはあり得ないと強調している。バイデン大統領は10月25日の記者会見で、「この危機が終わった時、次に来るもののヴィジョンがなければならないということだ。私たちの見解では、それは二国家解決(two-state solution)でなければならない」と述べた。

先月(2024年1月)、バイデン大統領は、長年にわたるお気に入りの、『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニストであるトム・フリードマンを通じて、新しい中東に関する計画の予告を発表した。フリードマンは、「ガザ、イラン、イスラエル、そして地域を巻き込む多面的な戦争に対処するため、バイデン政権の新たな戦略が展開されようとしている」と書いた。

フリードマンは、「もし政権がこのドクトリンをまとめ上げることができれば、バイデン・ドクトリンは1979年のキャンプ・デービッド条約以来、この地域で最大の戦略的再編成(strategic realignment)となるだろう」と書いている。

私はフリードマンの熱意には感心しているが、中東に対する「大きく大胆な」ドクトリンに関しては、彼の判断に大きな信頼を置くことはできないということだけは言っておきたい。フリードマンがこれほど興奮しているように見えたのは、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子の革命的ヴィジョンに熱中していたときが最後だった。フリードマンが提示するバイデンの中東に関する計画には、目新しいことや有望なものはほとんどなく、アメリカの政策が何十年も続いてきた同じ失敗の轍にとどめる危険性がある。

フリードマンが伝えるところによると、この計画には3つの部分がある。パレスティナ国家樹立のための再活性化、アメリカが支援するイスラエルとサウジアラビアの国交正常化協定(サウジアラビアとの安全保障同盟を含むが、最初の部分についてはイスラエルの支援が条件となる)、そしてイランとその地域ネットワークに対するより積極的な対応である。

第一に、ポジティヴなことに焦点を当てよう。アメリカが管理する和平プロセスの主な問題の1つは、それが概して弱い側であるパレスティナ人に結果を押し付けていることだ。イスラエルにはニンジン(carrot)のみを与え、パレスティナ人には主に棒(stick)を与える。現在、バイデン政権がこのパターンを変える準備ができているという兆候がいくつかある。ヨルダン川西岸の過激派イスラエル人入植者と彼らを支援する組織に制裁を課すことを可能にする最近の大統領令は、アメリカが最終的に双方に結果を課す用意があることを示す小さいながらも重要な兆候である。この命令が単なる粉飾決算(window dressing)であると主張する人は、米財務省金融犯罪捜査網(Financial Crimes Enforcement NetworkFinCEN)からの通知を見て、その内容について説明できる人を見つけるべきだ。

最近のホワイトハウスの覚書でも同様であり、軍事援助には国際法の遵守が条件となっており、バイデン大統領は以前この考えを「奇妙だ(bizarre)」と述べていた。覚書の必要性には疑問があるが、政府は援助条件を整えるために必要なツールと権限を既に持っている実際、そうすることが法的に義務付けられているため、それは正しい方向への一歩である。もちろん、バイデン政権がその方向に進み続けており、新たなプロセスをイスラエルによる人権侵害に関する信頼できる申し立てを書類の山の仲に隠すための単なる手段として扱っている訳ではない。

しかし、パレスティナ人への配慮を除けば、バイデンの2023年10月7日以降の計画は、バイデンの10月7日以前の計画とよく似ている。それは、根本的な優先順位が同じだからだ。バイデンの新たな計画は、中国との戦略的競争(strategic competition)、つまり、バイデン政権が外交政策全体を見るレンズである。アメリカとサウジアラビアの安全保障協定は、中国を中東地域から締め出すために必要なステップであり、バイデン政権にこのような協定を売り込む唯一の方法は、サウジアラビアとイスラエルの正常化協定(もちろん、両国が独自に追求する自由はある)というお菓子で包むことである。このような合意には多くの疑問があるが、重要な疑問がある。何十年にもわたるイスラエルとアメリカの緊密な関係と比類なき軍事支援によって、アメリカがガザでの戦争の行方に影響を与えたり、イスラエルの武器の誤用を抑制したりすることができなかったとしたら、ムハンマド・ビン・サルマン王太子との合意によって、サウジアラビアによる責任ある武器の使用が保証されるのだろうか?

ここ数カ月の出来事が、アブラハム合意の大前提である「パレスティナ人は全くもって重要な存在ではない」ということを、いかに完全に打ち壊したかを認識するために、時間を使うだけの価値はある。これは、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と、ワシントンにいる彼の同盟者たちにとって、彼らが長年主張してきたことの証明として提示されたものだった。それは政治的動機に基づく願望であることが判明した。これは驚くべきことではなかった。何しろネタニヤフ首相は、イラク侵略もイラン核合意からの離脱も素晴らしいアイデアだと断言した人物なのだ。彼は、この地域についてほとんど完璧なまでに間違っている。

バイデン政権は現在、アブラハム合意の論理を受け入れて、地域住民の間でのパレスティナ解放の永続的な重要性を大幅に過小評価していたことを理解している。これは歓迎すべき修正であるが、まだ不完全なままだ。 2023年10月以前の中東に関する計画は、パレスチティ人への永続的な弾圧を前提としていたという理由だけで欠陥があったのではない。この政策には欠陥があり、安定をもたらすと約束した虐待的で代表性のない政府による、アメリカ主導の地域秩序を再強化しようとして、地域の全ての国民に対する永続的な弾圧を前提としていたからだ。 10月7日に私たちは再び酷いことを学ばなければならなかったので、このような取り決めはしばらくの間は安定しているように見えるかもしれないが、そうでなくなる時期を迎えるだろう。

緊急の優先課題は、ガザでの殺害を終わらせ、ハマスが拘束している人質の解放を確実にすることだ。2023年10月7日の直後から、バイデン政権は「未来(day after)」についての対話には積極的だが、イスラエルが日々、無条件かつ絶え間ないアメリカの支援を受けながら、現場で作り出している恐ろしい現実がある。この現実こそが、アメリカが語る空想上の未来において、実際に何が可能かを決定することになることを、アメリカ側は十分に理解していないようだ。イスラエルの戦争努力は、殺戮の終了同時に自分の政治的キャリアが終わることを知っており、それゆえに戦闘を長引かせる動機を持っているネタニヤフ首相によって率いられているのだから、深刻に継続していくのである。

人命と家屋、地域と世界の安全保障、そしてアメリカの信用に与えたダメージの多くは、既に取り返しのつかない程度にまでなっている。デイヴィッド・ペトレイアスがアブグレイブの拷問スキャンダルについて語ったように、私たちの国の評判への影響は「生分解不可能[微生物が分解できない]non-biodegradable)」となっている。バイデン大統領が任期を越えてもこの状態は続くだろう。しかし、イスラエルとパレスティナの紛争に関するアメリカの政策を国際法に沿ったものに戻すことから始め、ダメージを軽減するために政権が選択することのできる措置はある。1967年に占領された地域が実際に占領地であると明確に表明することだ。これらの領土におけるイスラエルの入植は違法であるという国務省の立場に戻すことだ。ドナルド・トランプ大統領が閉鎖し、バイデンが再開を約束した在エルサレム総領事館を、パレスティナ人のための米大使館として再開することだ。ロシアのウクライナでの戦争と同様に、国際刑事裁判所があらゆる側面の戦争犯罪の可能性を調査することを支持することだ。国連加盟国の72%にあたる139カ国がパレスティナ国家を承認している。

結局のところ、パレスティナの解放を推進する真剣な取り組みには、バイデンがイスラエルに圧力をかける必要がある。それは避けられない。しかし同時に、バイデン政権が現在の危機を単に地域政策への挑戦としてだけでなく、政権が守ると主張する「ルールに基づく国際秩序(rules-based international order)」全体への挑戦として捉えることも必要だ。パレスティナ人への対処を前面に出しても、権威主義的支配の耐久性を前提とした安全保障戦略の論理に根本的な欠陥があることには対処できない。ジョージ・W・ブッシュの「フリーダム・アジェンダ(Freedom Agenda)」のバイデン版を私は求めていない。しかし、たとえブッシュの処方箋が間違っていたとしても、彼の基本的な診断、つまり抑圧的な体制に安全と安定を依存することは悪い賭けだということは、認識する価値がある。私たちの政策は、このことに取り組む必要がある。

※マシュー・デス:センター・フォ・インターナショナル・ポリシー上級副会長。2017年から2022年にかけて、バーニー・サンダース連邦上院議員の外交政策補佐菅を務めた。ツイッターアカウント:@mattduss

(貼り付け終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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