古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。

タグ:ジョン・J・ミアシャイマー

 古村治彦です。

 私はこれまでこのブログで、アメリカの海外介入主義を批判してきた。アメリカの外交政策には大きくはリアリズム(Realism)と介入主義(Interventionism)の流れがあり、介入主義が共和党に流れるとネオコンになり、民主党に流れると人道的介入主義派となる。ジョージ・W・ブッシュ(子)政権時代、ネオコンが政権幹部を独占し、911事件を契機として、アフガニスタンとイラクに侵攻し、それぞれの戦争が泥沼化し、アメリカ軍将兵の議席者が増え、最終的にはアメリカ軍は両国から撤退した。残されたのは不安定な政権による支配だけだった。

下記論考は、カナダで開催されたディベートで、スティーヴン・M・ウォルトが参加して発言した内容をまとめたものだ。ウォルトは『イスラエル・ロビー』の共著者であるシカゴ大学教授ジョン・J・ミアシャイマーと組んで、第一次ドナルド・トランプ政権のCIA長官と国務長官を務めたマイク・ポンぺオ、ジョー・バイデン政権で国務次官を務めたヴィクトリア・ヌーランドのティームと対峙した。テーマは「決議される:怪物を退治しに出かけるな(Be It Resolved: Do Not Go Hunting Monsters)」というもので、カナダ人の聴衆を前にしてディベートを行ったということだ。結果は56対44でウォルトとミアシャイマーのティームに軍配が上がった。

 アメリカは世界各地に資本主義と民主政治体制と西洋的価値観(自由、人権、平等、法の支配など)を拡散する使命を持つというのが介入主義の基本的な前提である。簡単に言えば、「世界各国をアメリカのようにすれば、戦争は起きない、平和になる」ということだ。しかし、それはあくまで理想論に過ぎない。実際には、アメリカが「良かれと思って」介入して「あげて」、民主的な政府を作るまでやってもうまくいかないことが多い。それは「上からの民主化(democratization from above)」でしかなく、根無し草のようなものだからだ。

 アメリカはその力をおせっかいな押し付けに使うべきではない。もう自国内もインフラが老朽化し壊れ始めている(日本も他人事ではない)。国内でその日暮らしの人々が多く、絶望死の増加という状況になっている。国内問題が山積状態であるならば、それに対応するのが当然だ。そして、アメリカは世界支配から静かに少しずつ撤退していくということになるだろう。それがアメリカのためでもあり、世界のためだ。

アメリカ一極支配後は米中G2による世界分割管理路線となる。それぞれの下にG7とBRICSがあり、それらは協調体制を組むべきで、その枠組みがG20となる。こうした中で、中国に対してむき出しの鄭が維新を燃やしている頓珍漢の頭の悪い国がある。それが日本だ。中国に意味もなく喧嘩をふっかける様子は哀れである。国民も政治家もこの点で愚かであると言わざるを得ない。第二次世界大戦、太平洋戦争でもその愚かさで酷い目に遭った。私たちは学ぶことを止め、考えることを止め、再び愚行を繰り返そうとしている。極めて残念なことである。
(貼り付けはじめ)
怪物退治はもう止める時である(It’s Time to Stop Hunting Monsters

-外国への介入(foreign intervention)は破滅的な結果を招いてきた長い歴史を持つ政策だ。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年6月16日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/06/16/us-intervention-regime-change-hunting-monsters-debate/

5月20日、トロントで開催された「マンク・ディベート(Munk Debates)」主催の公開討論会に参加する機会を得た。私の討論のパートナーはジョン・ミアシャイマーで、対戦相手はマイク・ポンペオ元米国務長官とヴィクトリア・ヌーランド元米国務次官だった。今回の議題は「決議される:怪物を退治しに出かけるな(Be It Resolved: Do Not Go Hunting Monsters)」というものだった。本サイトの読者の皆さんならご想像の通り、ジョンと私はこの方針を支持する立場から議論を展開した。

ライヴストリーミングの視聴パスを購入すれば、討論の全編をご覧いただける。私の冒頭陳述や結びの言葉に関心をお持ちの『フォーリン・ポリシー』誌の読者のために、以下に、イヴェント会場で聴衆に向けて語った内容を一部編集したものを掲載する。

これは、「抑制派(restrainers、レストレイナーズ)」と「十字軍派(crusaders、クルセイダーズ)」の間の論争だ。私たちは皆、アメリカが世界に積極的に関与し(actively engaged in the world)、ルールに基づく秩序(a rules-based order)を支持すべきだと考えている。議論の焦点は、アメリカが他国の政権を打倒して世界を作り変えようとする「十字軍国家」(a crusader state that tries to remake the world by overthrowing other governments)であるべきかどうかという点にある。私たちの対戦相手は「イエス(そうあるべきだ)」と主張し、私たちは「ノー(そうあるべきではない)」と主張している。

私たちの見解では、アメリカはその力を、自国への攻撃を抑止または撃退すること(to deter or defeat attacks on itself)、そして、重要かつ戦略的な地域における勢力均衡を維持すること(to uphold the balance of power in critical and strategic regions)に用いるべきだ。例えば、アメリカが第二次世界大戦に参戦したのは理にかなった判断だった。日本はアメリカを攻撃し、ドイツは宣戦布告を行った。そして日独両国とも、大規模な侵略戦争を遂行する大国だった。冷戦期において、アメリカの指導者たちがソ連を封じ込めるための同盟を構築し、主導したことは正しい判断だった。また、ジョージ・HW・ブッシュ(父)政権が、イラクによるペルシャ湾の支配を防ぐために、イラクをクウェートから排除する取り組みを主導したことも正しかったと考えている。しかし、ブッシュ(父)は抑制的な姿勢を取った。彼は賢明にも、サダム・フセインを打倒するためにバグダッドへ進軍しないという選択をした。一方、息子のジョージ・W・ブッシュは2003年に異なる選択をした。当時、イラクはもはや主要な脅威ではなく、大量破壊兵器も保有していなかったにもかかわらず、進行するという決定を下した。その「十字軍」のような軍事介入がどのような結末を迎えたかは、皆さんのご存知の通りだ。

今夜の決議案は、1821年7月4日に行われたジョン・クインシー・アダムズ元米大統領の有名な演説に基づいている。アダムズは、アメリカが自由の原則(the principle of liberty)の上に建国されたことを強調し、次のように述べた。「自由の基準(旗印)が・・・掲げられた場所、あるいは今後掲げられる場所はどこであろうとも、[アメリカの]心があり、祝福があり、祈りがあるだろう。しかし、アメリカは打ち倒すべき怪物を求めて海外へ進出することはない(Wherever the standard of freedom … has been or shall be unfurled, there will [America’s] heart, her benedictions, and her prayers be. But she goes not abroad in search of monsters to destroy)」。

現代の言葉で言えば、アダムズが説いているのは、アメリカは「体制転換(regime change、レジーム・チェンジ)」を行うために自国の力を行使すべきではないということだ。私たちもこの考えに同意する。なぜなら、民主政治体制(democracy)を推進するために外国の政権を打倒することは、ほとんどの場合、事態を悪化させる結果を招くからだ。他国の政治体制を入れ替えるという行為は、極めて巨大な「社会工学」的試み(a vast social engineering project)であり、通常、我々が十分に理解していない地域で行われる。その典型的な結末は、活気ある民主政体の実現ではなく、混乱、破壊、そして数千人もの罪なき人々の死(chaos, destruction, and thousands of innocent people dead)である。疑いを持つならば、イラク、アフガニスタン、リビアで何が起きたかを見て欲しい。あるいは、イランに対する現在の戦争が、わずか3カ月の間にどれほどの被害をもたらしたかを考えてみて欲しい。

外国の政権を打倒することはまた、「ルールに基づく秩序(a rule-based order)」の基盤である主権の原則(the principle of sovereignty)を損なうことである。もし、自国を攻撃していない政権を転覆させることが許されるなら、他国の領土を奪う行為(ロシアのウラジーミル・プーティン大統領によるクリミア併合や、アメリカのトランプ大統領がグリーンランドに対して行おうとしたことなど)を誰が止められるのか? 気に入らない政権を武力で打倒することが容認されるならば、指導者の暗殺や、数千人の罪なき市民に害を及ぼす制裁の実施、さらには敵の捕虜への拷問さえも正当化しやすくなってしまう。アブ・グレイブ刑務所でのあの写真や、2カ月前にアメリカ軍の空爆で命を落とした約120人のイランの小学生たちのことを思い出してみてはどうだろうか? 私たちが怪物を退治しようと乗り出した結果、私たち自身が怪物のような行いをしてしまうことになるのである。

リアリストとして、私たちが理解しているのは、国家が時に、自らの価値観を妥協せざるを得ない状況に追い込まれるということだ。例えば第二次世界大戦中、アメリカは、より大きな脅威に対処するために、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリン(彼は間違いなく「怪物」だった)と同盟を結んだ。しかし、世界を作り変えようと十字軍としての戦いを繰り広げ、その過程で暴力と苦しみ(violating and suffering)を撒き散らすことは、私たちの安全を高めることにも、自由の大義(the cause of liberty)を前進させることにもつながらない。自由を促進するどころか、他者に自らの意志を押し付けることで、私たちはむしろ自由を否定している。しかも、その実行には多くのルールを破る必要があるため、この政策は「ルールに基づく秩序」を支持するという主張の信憑性を失わせ、他国にもルールを破るよう促す結果を招いてしまう。

明確にしておこう。私たちは、アメリカは海外における自由の拡大を支援すべきだと考えている。ただし、それは、他国に人々から反感や恐怖を抱かれる(they resent and fear)ような社会ではなく、他国が憧れ、真似をしたいと思うような社会(a society in our own country that others will admire and want to emulate)を自国で築くことによって成し遂げるべきだ。

具体的に説明しよう。アメリカと韓国は75年にわたる同盟関係にある。1980年代後半まで、韓国は軍事独裁政権(a military dictatorship)の支配下にあり、民主化勢力を暴力的に弾圧し、権力を維持するために拷問(torture)や強制労働(forced labor)、時には虐殺(massacres)さえも行っていた。北朝鮮ほどではなかったにせよ、自由とは程遠い状態だった。アメリカはその政権を打倒しようとしていたか?答えはノー 、そうではなかった。アメリカは、より良い道があることを韓国に納得させるべく、忍耐強く働きかけた。金大中のような民主化運動の亡命者を受け入れ、彼が安全に帰国できるよう手配した。そして、1987年、韓国の人々は自らの力で立ち上がり、軍事支配の終結を求めた。今日、韓国は世界有数の経済大国となり、フリーダム・ハウスの評価によれば、アメリカ以上に民主的な社会となっている。抑制こそが功を奏するのであり、「十字軍」のような介入は機能しない。

結論として、アダムズの考えは正しかったと言える。アメリカが国益を守り、自由を促進し、安定した国際秩序を築く最善の方法は、新たな怪物を退治しようと終わりのない戦いを繰り広げることではなく、自らが良き模範を示すことだ(America can best defend its interests, promote freedom, and foster a stable world order by setting a good example, not by engaging in an endless search for some new monster to slay)。私たちは「十字軍」のような存在になるのではなく、知恵と抑制(wisdom and restraint)を持って力を行使すべきだ。

相手となる参加者たちも冒頭の主張を述べ、続いて正式な反論、そして活発な討論が行われた。私の結びの言葉を述べる番になったとき、私は次のように述べた。

皆さんは今、アメリカの外交政策のあり方をめぐる4人のアメリカ人による討論を聞かれた。最後に、カナダ人の皆さんにもこの問いについて考えていただきたいと思う。カナダは長年にわたり、積極的に国際情勢に関与し、外交を重視してきた。カナダ人は自ら進んでトラブルを起こすことはしないが、第二次世界大戦の際に見せたように、トラブルを押し付けられれば、断固として立ち向かう姿勢を持っている。そして、世界で最も親切な国民の1つとして、その名声は広く認められている。

さて、もし何らかの奇妙な理由で、カナダの指導者たちが怪物退治(to slay monsters)に乗り出すと決めたらどうなるか、想像してみて欲しい。つまり、外国に介入し、その国の指導者を打倒し、自国のような体制に変えようとすることだ。そのためには、はるかに大規模な軍隊と、おびただしい数のスパイが必要になるだろう。多くの新たな敵を作り出すことになり、中にはそうした転換の試みに抵抗する人たちもいるはずだ。そうなれば、国内の安全をより強く懸念せざるを得なくなり、敵に同調する者たちが共同謀議(conspiring)を企てていないか、互いに監視し合う必要も生じるだろう。政府高官は多くのことを秘密裏に行うようになり、真実を隠蔽し、数多くの嘘をついて、自らの行動を正当化するようになるはずだ。

カナダの安全や繁栄とは何ら関係のない理由で、遠い異国の地でカナダ人が命を落とすことになるだろう。「親切な国」という評判の代わりに、他国からは独善的で、他者を裁こうとし、自分たちの拙劣な「聖戦」の犠牲となった罪なき人々の命に無関心な国(self-righteous, judgmental, and indifferent to the lives of the innocent victims of your clumsy crusading)だと見なされるようになるはずだ。たとえ当初は世界をより良くしたいと心から願っていたとしても、気づいたときには、世界は以前よりも疑問に満ち、暴力的な場所になっていることだろう。あなた方が変えようとしていた国々があなた方に似るのではなく、あなた方自身がそうした国々に似てしまっているはずだ。今日私たちが知っているカナダは、永遠に失われてしまう。

もしそのような未来が望ましくないと思われるなら、この決議に賛成票を投じるべきだ。そして、私の国が正気を取り戻し、怪物退治という愚かな試みを放棄して、代わりに「抑制(restraint)」の政策を採用することを願って欲しい。そうすれば、アメリカ人だけでなく、同盟諸国や世界中の人々にとっても、より良い結果がもたらされるはずだ。以上、ご清聴に感謝を申し上げる。

観客たちの投票の結果、56対44で決議案が支持されたということを報告できることを私は嬉しく思う。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ウォルトは現代世界を読み解くために不可欠な主要概念を解説する5つのパートを持つニューズレター・マスタークラス『新しい地政学(The New Geopolitics)』の著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)



sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2022年2月24日からのウクライナ戦争について理解する上で、国際関係論のリアリズムに基づいた分析は非常に有効だと私は考えている。現在のリアリズムを代表する、ジョン・J・ミアシャイマーとスティーヴン・M・ウォルトの論稿を数々ご紹介しているのはそのためだ。
stephenmwaltjohnjmearsheimer513
ウォルト(左)とミアシャイマー

 今回、ウォルト教授が「どうしてリアリズムは憎まれるのか」というテーマで書いた論稿をご紹介する。リアリズムはウクライナ戦争を理解する上で重要な分析を提供してくれる。また、このような事態を引き起こすことになるので、EUNATOを東方に拡大することでロシアを刺激するな、と警告を発してきた。そして実際に戦争という悲劇が起きてしまった。

 リアリズムは基本的に物事を悲観的にとらえる。明日に向かって希望がある、理想に向かって良くなるという考え方をしない。そのために、どうしても「暗く」なってしまう。それが嫌われる原因になってしまう。しかし、これは私個人の意見であるが、物事を過剰に心配しすぎるのは良くないが、心配を持ちながら対処するのは人生において重要なことではないかと思う。「転ばぬ先の杖」という言葉もある。悪いことが起きると備えておくことは人生訓として重要だ。これで理想主義的な考えを持つ人々に好かれない。

 リアリズムはどのような形態の国家でもあっても、それが一般的に「良い国家」と見られていようが、「悪い国家」と見られていようが、国家は生存と国益のために行動し、生存と国益が危ういとなればどんなことでもするという考え方だ。それがたとえ民主国家であろうが、独裁国家であろうがそれは変わらないと考える。このような考えをすれば、自国至上主義的なナショナリストたちに嫌われる。

 そして、リアリズムに基づく予測や分析が正しいほどに嫌われることもある。それは、リアリズムの予測や分析が「暗い」ものであるからだ。しかし、結局それらが当たってしまうというところに現実世界の厳しさがある。現実世界がそのように厳しいものだというところから世界観を構築することが「転ばぬ先の杖」ということになるだろう。

(貼り付けはじめ)

人々は何故リアリズムをそこまで憎むのか?(Why Do People Hate Realism So Much?

-この学派が全てを説明できる訳ではない。しかし、この学派の信奉者たちは、ウクライナ戦争が勃発するかなり前からウクライナをめぐり戦争が起きる可能性を予測していた。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年6月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/06/13/why-do-people-hate-realism-so-much/

政治学者ロバート・ギルピンは、かつて「誰も政治的リアリストを愛さない」と書いた。ウクライナの悲劇が現実主義バッシングを引き起こした今日、彼の嘆きは特に適切であるように思われる。バッシングをしている人物たちの一部を挙げる。『アトランティック』誌のアン・アップルバウムとトム・ニコルス、コロンビア大学教授で本誌コラムニストアダム・トゥーズが『ニュー・ステイツマン』誌に掲載した論稿、トロント大学のセヴァ・ガニツキー教授、ランド研究所のマイケル・マザールといった人々がリアリズムを批判した。アメリカと世界の政策について常に最も洞察力のある主張をする、オブザーバーの一人である『フィナンシャル・タイムズ』紙のエドワード・ルースでさえ、最近「外交政策の“リアリズム”派は最近酷い報道を受けているが、そのほとんどは当然といえば当然だ」と論評している。

この怒りの多くは私の同僚で以前共に著書を出したジョン・J・ミアシャイマーに向けられたものだ。怒りの理由の一つはロシア・ウクライナ危機を引き起こしたのは欧米が大きな役割を果たしたからだという彼の見解が、彼は「親プーティン」になっているのだという奇妙な主張と、彼の攻撃的リアリズム(offensive realism)の理論に対する重大な誤読に基づくものだ。

もう一人の怒りの対象は元国務長官ヘンリー・キッシンジャーである。キッシンジャーは最近、モスクワとの和平交渉、ウクライナの領土問題での妥協、ロシアとの永久的な断絶の回避などを求める発言を行っている。こうした発言は現実主義の道徳的破綻を露呈したものと見なされている。以下に述べるように、キッシンジャーは現実主義の伝統の中では外れ者であるが、リアリズムの批判者たちにとっては都合のよい引きたて役の対象であることは間違いない。

この皮肉は見逃せない。リアリストたちの中にはいろいろな考えがあるが、リアリストたちは全体として西側の対ロシア、対ウクライナ政策が深刻な事態を招くと繰り返し警告していた。しかし、NATOの門戸開放政策がヨーロッパの恒久平和につながると主張する人々は、その警告を平然と無視したのだ。戦争が始まり、人命が失われ、ウクライナが破壊されている現在、NATOの開放的な拡大を支持する人々は、理想主義的な幻想を捨て、これらの問題について、ようやく冷静にそしてリアリズムに基づいて考えているだろうとリアリストたちは考えた。しかし、その逆が起きている。NATOを拡大すればヨーロッパに広大な平和地帯が生まれると信じていた人々は、ロシアが完全に敗北し、大きく弱体化するまで戦争を続けるよう主張している。

この現象は、アメリカ国内でリアリズムがほぼ人気がないことを考えれば、それほど驚くことでもない。国際関係学の重要な伝統としてリアリズムは認識されているが、かなりの反感を買うこともある。例えば、2010年にカリフォルニア大学サンディエゴ校のデイヴィッド・レイク教授が世界国際関係学会の会長講演で、リアリズムやその他のパラダイムを「宗派(sects)」「病理(pathologies)」と批判し、「重要な研究」から注意感心をそらすものだと指摘した。1990年代、リベラルな価値観が世界に広がっていると多くの人が信じていた頃、政治学者のジョン・ヴァスケスは『アメリカ政治学レヴュー』に浩瀚な論文を発表し、リアリズムは「退化した」研究プログラムであり、破棄されるべきものであると主張した。

それでは、何故これほど多くの人々がリアリズムを激しく憎むのだろうか? 私はこの問題に関して最も客観的な判断ができないかもしれませんが、次のように考えている。

リアリズムというのは、たとえ穏健なものであっても、政治に対してより暗い見方をする。人間には救いようのない欠陥があり、個人や人々が形成する社会集団の利害対立を全て排除する方法はないと想定しているのだ。さらに、リアリズムの全てのバージョンは、合意を強制し、国家が互いに攻撃するのを防ぐことができる包括的な世界的権威の不在から生じる不安を強調する。暴力が起こりうる場合、部族、都市国家、ストリートギャング、民兵、民族、国家など、あらゆる種類の人間集団は、自分たちをより安全にする方法を模索し、つまり、権力争いに強く傾斜していくことになる。

批判者の一部が主張するのとは逆に、リアリストたちはこれらの特徴を、国家がとりうるあらゆる行動を決定する鉄則とは考えていない。また、協力が不可能であるとか、国際的な制度に価値がないとも考えていないし、人間が自国の利益を守るために様々な選択をする主体性を欠いているとも考えていない。リアリストたちは、国際的な無秩序(つまり、包括的な中央政府の不在)が国家間の競争と競合の強力な誘因を生み出すと主張している。

多くの人々にとってこのような悲観的な人間観を受け入れることに抵抗があるのは理解することは難しくない。特にそうした悲観的な状況から抜け出す術はないとなれば尚更のことだ。しかし、本当の問題は、「リアリズムは国際政治についての正確に見る考え方なのか?」ということだ。人類の歴史を通じて起こり、今日まで続いている紛争や争い、そして国家が自国の安全保障に懸念を持つ傾向を考えると、リアリズムの明白な根拠は強い。

第二に、リアリズムがパワーポリティクスを重視することから、リアリズムの支持者たちは軍事力に過度に固執し、タカ派的な解決策を好む傾向があると考える人が多い。しかし、この考え方は誤りである。キッシンジャー(彼はヴェトナム戦争ではタカ派で、2003年のアメリカのイラク侵攻を支持した)を除けば、最も著名なリアリストたちは概してハト派に傾いていた。ジョージ・F・ケナン、ラインホルド・ニーバー、ウォルター・リップマン、ハンス・J・モーゲンソー、ケネス・ウォルツはいずれも米国のヴェトナム参戦について早くから批判しており、彼らの学問的後継者たちは2003年のブッシュ政権のイラク戦争への進撃に強硬に反対した。

第三に、リアリズムは、倫理的・道徳的配慮に無関心である、もしくは敵対的であるとさえ見なされている。リアリズムの理論的枠組みが明示的に価値や理想を組み込んでいない以上、この主張には一部の真実がある。リアリズムとは、その名の通り、世界をありたい姿ではなく(not as we might like it to be)、「ありのまま(as it really is)」に世界を捉えようとするものである。しかし、マイケル・デッシュやその他の専門家たちが指摘するように、リアリストの多くは深い道徳的コミットメントに導かれており、国際政治の悲劇性と、そうでない行動を取るべきという圧力にもかかわらず道徳的に行動しようとすることの重要性の両方を意識している。リアリストたちにとって、高貴な目標や善意は、その結果としての選択がより大きな不安や人間の苦しみをもたらすのであれば、十分なものではないということになる。

第四に、リアリズムがアメリカで不人気なのは、アメリカの例外主義(American exceptionalism、アメリカは唯一無二の道徳的存在であり、常に人類のより大きな利益のために行動するという考え)の広範な信条と相反するためだ。リアリストたちにとって、中央政府のない世界で安全と独立を維持する必要性から、まったく異なる特徴を持つ国家が驚くほど似たような行動を取ることがよくある。例えば、アメリカと旧ソヴィエト連邦は、国内秩序、政治イデオロギー、経済システムの面でこれ以上ないほど異なっていた。しかし、冷戦時代の競争の圧力により、それぞれが大規模な同盟を結び、それを主導し、できる限りそれぞれのイデオロギーを広め、何万もの核兵器を作り、他国に介入し、破壊的な代理戦争を行い、外国の指導者を暗殺するようになった。競争の中にあって、この全く異なる2つの国は、むしろ類似した外交政策を生み出した。

確かに、リアリストたちは、国際政治は国内政治と無関係ではないと認識している。例えば、ナチス・ドイツとエドワード朝時代のイギリスとの間には重要な違いがあることを理解している。しかし、リアリストたちが世界を「良い」国家と「悪い」国家に分け、世界の問題のほとんどを後者のせいにしているのに対し、リアリストたちは、確立された民主政治体制国家でさえ、自国の重要な利益が危うくなると、他国に対して恐ろしいことをすることを認めている。

例えば、1960年代、ジョンソン政権は南ヴェトナムが共産主義世界の一部になることを心配し、太平洋を渡って戦うために50万人近い兵士を送り込んだが、そのうちの5万8千人は帰って来なかった。米軍はナパーム弾や枯葉剤を使用し、約800万トンの兵器を投下した。それがうまくいかないと、ニクソン政権はカンボジアに侵攻し、脆弱な政府を弱体化させ、大量虐殺を行うクメール・ルージュ政権を知らず知らずのうちに手助けしてしまった。ヴェトナムは弱小国であり、アメリカ本土から8000マイル以上離れていた。しかし、その指導者たちは、これらの行動がアメリカの国家安全保障のために必要であると自分たちに言い聞かせていたのだ。

1979年7月、それから10年も経たないうちに、カーター政権は、ニカラグアの民衆蜂起が親アメリカの独裁者アナスタシオ・ソモサを倒したことに危機感を持った。それは、2014年2月にウクライナのマイダン蜂起が親ロシアのヴィクトール・ヤヌコビッチ大統領を倒したのと同じである。1981年1月に政権の座に就いたレーガン政権は、ロシアがウクライナの分離主義勢力民兵を支援したように、反政府軍(コントラ)を組織して武装化することで対応した。ニカラグアは人口400万人の貧しい国であったが、アメリカはこれを深刻な脅威とみなした。ニカラグアは人口400万人の貧しい国であったが、アメリカはこれを脅威とみなし、コントラ戦争で約3万人のニカラグアの人々が犠牲になった(人口比では約250万人のアメリカ人が犠牲になったことに相当する)。

これらのアメリカの過去の不正行為の例は、今日のロシアの行為を少しも正当化するものではない。もし私たちが一貫しているならば、これらの行動(イラク侵攻を含む)は全て、戦略的・道徳的な理由から徹底的に非難されるべきものである。しかし、どのようなタイプの政府であれ、脅威を感じれば、その恐怖が時に幻想であったとしても、残忍なことを行うものだということを思い起こさせるものである。しかし、アメリカのように自らを徳の高い国だと考え、トップが過ちを認めたり、その責任を受け入れたりすることがほとんどない国では、アメリカの指導者が時に今日のウラジミール・プーティン大統領のような行動を取ってきたことを人々に思い出させることは、おそらく人々を説得する最善の方法ではないだろう。

この現象は戦時中に特に顕著であり、国民の支持を集めたいという自然の欲求から、政府は自国の大義を完全な正義であると表現し、敵対者を悪の権化のように描き出すことになる。ウクライナの悲劇にアメリカの過去の行動が関係している可能性を示唆することは、プーティンの侵攻の決定やロシア軍の行動を弁解するものではないが、この紛争を残忍な侵略者と無実の犠牲者、そして後者の善意と同様に無実の友人との単純な道徳劇として捉えようとする人々からは厳しい反応が出るに違いない。

リアリストたちは、悪事が行われること、一部の国家が他国よりも悪い行動をとることを認識している。しかし、全ての国家が不完全な世界で安全保障のために競争し、いかなる国の行動も非難を浴びない訳ではないことも理解している。このため、リアリストたちは、外交と妥協を、意見の相違を管理し、軍事力を使わずに相違を解決するための重要な手段であると考える。これに対して、リベラル派やネオコン派などの理想主義者たちは、世界のあらゆる問題の原因が悪い指導者や政権にあると考え、唯一の解決策は悪人を一掃することということになる。しかし、問題は、悪とみなされる政府を排除しようとすると、多くの人々が殺されることになる。そして、現在のウクライナ戦争のように、より広範で危険な紛争に発展しかねない状況もある。

最後に、リアリズムが不人気なのは、その支持者が正しいという厄介な傾向を持っているからである。もちろん、常にという訳ではないが、外交政策とは不確実性が蔓延する複雑な活動であり、政策立案者たちの指針となる様々な理論はせいぜい粗雑なものでしかないからだ。例えば、私自身を含め、ほとんどのリアリズムたちは、NATOが冷戦後も存続し、拡大していることに驚いた。

しかし、NATOの拡大、ペルシャ湾の二重封じ込め、イラク戦争、ウクライナの核放棄という不運な決断、中国の台頭の意味、アフガニスタンでの国づくりの愚かさなど、いくつかの例を挙げれば、リアリストたちは正しかったのである。

リアリズムを批判する多くの人々と比べれば、これは悪い記録ではない。しかし、多くの国家が多かれ少なかれリアリズムの描く通りに行動し続けたとしても、リアリズムがより一般的になるとは思えない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー記念国際関係論教授。

(貼り付け終わり)

(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 今回は、シカゴ大学教授ジョン・J・ミアシャイマー教授のインタヴュー記事をご紹介する。ミアシャイマー教授は、このブログで良く取り上げるハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルト教授と一緒に『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 1』を書いた人物だ。また、日本語で読める文献としては、『新装完全版 大国政治の悲劇』『なぜリーダーはウソをつくのか - 国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」 (中公文庫) 』がある。国際関係論の中でもリアリズムという流れに属する学者だ。
johnjmearcheimer511

ミアシャイマー
 ミアシャイマーはウクライナ危機をアメリカの介入主義に責任があると断じている。ミアシャイマーは「2008年4月、ルーマニアのブカレストで開催されたNATOサミットで、NATOはウクライナとグルジアをNATOの一部にするだろうという声明を発表したのが、この問題の始まりだと考える。ロシアは当時、これを存亡に関わる危機(existential threat)と見なし、越えてはならない一線を明確に設定した。それでも、時間の経過とともに何が起こったかと言うと、ウクライナをロシアとの国境の西側の防波堤(bulwark)にするために、ウクライナを西側に入れるという方向に進んだ。もちろん、これにはNATOの拡大だけではない。NATOの拡大は戦略の中心ですが、EUの拡大も含まれるし、ウクライナを親米の自由主義民主政治体制国家(pro-American liberal democracy)に変える(turning)ことも含まれ、ロシアから見れば、これは存亡に関わる危機なのだ」と述べている。

 ロシアが軍事侵攻を行ったことは断罪されるべきだ。ウクライナの国民にしてみれば、ロシアの都合など私たちとは関係ないということになる。しかし、大きな勢力や大国の近くにある中小国は常にそれらの角逐に神経を尖らせ、どちらか一方に賭けるのではなく、常に両方とつながるということが生き残る秘訣だ。日本はどうだろうかと考えると、ため息しか出ない。

(貼り付けはじめ)

ジョン・ミアシャイマーはなぜウクライナ危機をアメリカの責任だと批判するのか(Why John Mearsheimer Blames the U.S. for the Crisis in Ukraine

-政治学者ジョン・ミアシャイマーは長年、プーティンのウクライナへの侵略は西側諸国の介入(Western intervention)によるものだと主張してきた。最近の出来事で彼の考えは変わったのだろうか?

アイザック・コテイナー筆

2022年3月1日

『ニューヨーカー』誌

https://www.newyorker.com/news/q-and-a/why-john-mearsheimer-blames-the-us-for-the-crisis-in-ukraine?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=onsite-share&utm_brand=the-new-yorker&utm_social-type=earned

政治学者のジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)は、冷戦終結後のアメリカの外交政策に対する最も有名な批評家の一人である。ミアシャイマーは、スティーヴン・ウォルトと共著した著作『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』で最も良く知られているだろうが、大国間政治の主唱者だ。国家の安全を守るために、国家は敵対者を想定して事前に行動するとする国際関係論の一派であるリアリズムを信奉者である。ミアシャイマーは長年にわたり、アメリカがNATOの東方への拡大(to expand NATO eastward)やウクライナとの友好関係を推進した(establishing friendly relations with Ukraine)結果、核武装した大国間の戦争の可能性(likelihood of war between nuclear-armed powers)が高まり、ウラジミール・プーティンのウクライナに対する攻撃的な姿勢の下地(groundwork)ができたと主張してきた。実際、ロシアがクリミアを併合した後の2014年、ミアシャイマーは「この危機の責任の大半はアメリカとヨーロッパの同盟国が負っている(the United States and its European allies share most of the responsibility for this crisis)」と書いている。

今回のロシアによるウクライナ侵攻は、米露関係をめぐるいくつかの長年の議論を再燃させるものだ。プーティンは欧米の関与に関係なく旧ソ連圏内で積極的な外交政策を取るという批判が多いが、ミアシャイマーはプーティンを刺激したアメリカに責任があるとする立場を貫く。最近、私はミアシャイマーと電話で話した。ミアシャイマーとの会話の中で、今回の戦争は防げたのか(the current war could have been prevented)、ロシアを帝国主義的大国と考えることができるのか(whether it makes sense to think of Russia as an imperial power)、プーティンのウクライナに対する最終的な計画(Putin’s ultimate plans for Ukraine)などについて、長さと分かりやすさを重視して編集したものとなっている。

コテイナー:現在のロシアとウクライナの状況を見て、世界はどうしてこうなったのだと考えるか?

ミアシャイマー:2008年4月、ルーマニアのブカレストで開催されたNATOサミットで、NATOはウクライナとグルジアをNATOの一部にするだろうという声明を発表したのが、この問題の始まりだと考える。ロシアは当時、これを存亡に関わる危機(existential threat)と見なし、越えてはならない一線を明確に設定した。それでも、時間の経過とともに何が起こったかと言うと、ウクライナをロシアとの国境の西側の防波堤(bulwark)にするために、ウクライナを西側に入れるという方向に進んだ。もちろん、これにはNATOの拡大だけではない。NATOの拡大は戦略の中心ですが、EUの拡大も含まれるし、ウクライナを親米の自由主義民主政治体制国家(pro-American liberal democracy)に変える(turning)ことも含まれ、ロシアから見れば、これは存亡に関わる危機なのだ。

コテイナー:あなたは、「ウクライナを親米的な自由民主主義国家に変えること」と述べた。私は、アメリカがある場所を自由主義民主政治体制国家に「変える」ということに(“turning” places into liberal democracies)、あまり信頼や信用を置いていない。アメリカがそのようなことは実施するのは難しいと考えている。ウクライナが、ウクライナの人々が実際に本心から、親米的な自由民主主義国家に住みたいと言ったらどうするのか?

ミアシャイマー:ウクライナが親米的な自由主義的民主政治体制国家になり、NATOに加盟し、EUに加盟すれば、ロシアはそれを断固として容認しないだろう。もしNATOの拡大やEUの拡大がなく、ウクライナが単に自由主義的民主政治体制国家となり、アメリカや西側諸国と一般的に友好的であれば、おそらくそれで済ませることができるだろう。ここでは、3つの戦略が存在することを理解する必要がある。EUの拡大、NATOの拡大、そしてウクライナを親米的な自由主義的民主政治体制国家にすることだ。

コテイナー:NATOは誰を受け入れるかを決めることができる。しかし、2014年には多くのウクライナ人がヨーロッパの一部とみなされることを望んでいるように見受けられた。自由主義的民主政治体制国家になれないと言うことは、ほとんどある種の帝国主義(imperialism)のように思われる。

ミアシャイマー:それは帝国主義ではなく、大国間政治(great-power politics)だ。ウクライナのような国が、ロシアのような大国の隣に住んでいる場合、ロシアが何を考えているのか、注意深く観察しなければならない。棒で相手の目を突けば報復されるだろう。西半球の国々は、アメリカに関して、このことを十分に理解している。

コテイナー:本質的にモンロー・ドクトリン(Monroe Doctrine)だ。

ミアシャイマー:もちろんだ。西半球には遠い大国が軍隊を持ち込むことをアメリカから許されるような国は存在しない。

コテイナー:そうだ。しかし、西半球の国々(その多くは民主政治体制国家)が自分たちの外交政策を決めることをアメリカは許さないというのは、それが良いとも悪いとも言えるが、それは帝国主義ではないのか?私たちは本質的に、民主政治体制国家がどのように政策を決定し実施するかについて、アメリカに対してある種の発言権を持っていると私は考える。

ミアシャイマー:私たちが言えることは、冷戦時代には民主的に選ばれた西半球の国々の指導者たちをその政策に不満があるからということでアメリカが倒したことがある。これが大国の行動なのだ。

コテイナー:もちろん、アメリカはそのようなことを行った。しかし、そのような行動をするべきなのかについて私は疑念を持っている。外交政策について考える時、アメリカもロシアもそのような行動をしない世界を作ろうと考えるべきなのだろうか?

ミアシャイマー:それは世界が機能する方法ではない。そのような世界を作ろうとすると、アメリカが一極集中時代(unipolar moment)に追求した悲惨な政策に行き着く。私たちは自由主義的民主政治体制を構築するために世界中に手を出した。もちろん、主な対象は中東たったが、それがどれほどうまくいったかあなたは知っているはずだ。知っての通り、あまりうまくはいかなかった。

コテイナー:第二次世界大戦後の75年間、あるいは冷戦終結後の30年間のアメリカの中東政策は、中東に自由主義的民主政治体制国家を作ることだったと言い難いと私は考える。

ミアシャイマー:一極集中時代のブッシュ・ドクトリンがそうだったと思う。

コテイナー:イラクでそうだった。しかし、パレスチナ自治区やサウジアラビア、エジプト、その他の場所ではそうではなかったはずだが?

ミアシャイマー:いや、そうではない。サウジアラビアもエジプトではそうではなかった。そもそもブッシュ・ドクトリンでは、イラクで自由主義的民主政治体制を実現できれば、それがドミノ効果(domino effect)を起こして、シリアやイラン、ひいてはサウジアラビアやエジプトといった国々が民主政治体制に転換すると考えていた。それがブッシュ・ドクトリンの基本的な考え方だった。ブッシュ・ドクトリンは、イラクを民主化するためだけに作られたわけではない。もっと壮大な構想(grander scheme)があった。

コテイナー:ブッシュ政権の責任者たちが、どれだけ中東を民主政治体制国家の集まりにしたかったのか、本当にそうなると思っていたのかは、議論の余地がある。私の考えでは、サウジアラビアを民主政治体制に転換しようという実際の熱意はほぼなかったということだ。

ミアシャイマー:そうだ、サウジアラビアに焦点を当てるというのは、あなたの立場からすると、容易な事例だと思う。サウジアラビアは石油のために私たちに対して大きな影響力を持っており、民主政治体制国家ではないことは確かだ。しかし、当時のブッシュ・ドクトリンは、中東を民主化できるという信念に基づいている。一朝一夕にはいかないかもしれないが、いずれは実現するはずだ。これがブッシュ・ドクトリンの基本信念だ。

コテイナー:私が言いたいのは「行動は言葉よりも雄弁である(actions speak louder than words)」ということだ。ブッシュの華々しい演説がどうであれ、アメリカの最近の歴史のどの時点でも、世界中の自由主義的民主政治体制を保証しようとする政策が取られてきたとは思えない。

ミアシャイマー:一極集中の時代にアメリカが取った行動と、これまでの歴史の中でアメリカが取った行動には大きな違いがある。アメリカの外交政策について、広範な歴史の流れの中であなたは語るが、その大きな流れについて私はあなたに同意する。しかし、一極集中の時期は、非常に特殊な時期だった。一極集中の時代、私たちは民主政治体制を広めることに深く関与していたと思う。

ウクライナについては、2014年まで、ロシアを封じ込める(containing Russia)ための政策としてNATOの拡大やEUの拡大を想定していなかったことを理解することが非常に重要だ。2014年2月22日以前、誰もロシアが脅威だとは本気で思っていなかった。NATOの拡大、EUの拡大、ウクライナやグルジアなどを自由主義的民主政治体制国にすることは、ヨーロッパ全域に広がる、東ヨーロッパと西ヨーロッパを含む巨大な平和地帯を作るためのものだった。ロシアを封じ込めることが目的ではなかった。しかし、このような大きな危機が発生し、私たちは責任を負わなければならなくなった。もちろん、私たちは自分たちを責めるつもりなど微塵もなく、ロシアだけを責めるつもりだった。そこで私たちは、ロシアが東欧への侵略を企んでいるというストーリーを作り上げた。プーティンは大ロシア、あるいはソヴィエト連邦の再興に関心を持っているというストーリーを作り上げた。

コテイナー:その時期とクリミア併合について話を移そう。古い記事を読んでいたら、「欧米の通説では、ウクライナ危機はほぼ全面的にロシアの侵略のせいとされている」とあなたは書いていた。「ロシアのプーティン大統領は、ソヴィエト帝国を復活させたいという長年の願望からクリミアを併合し、いずれはウクライナの他の地域や東欧諸国を狙うかもしれない」というのが通説だ。そして、あなたは「しかし、この説明は間違っている」と述べた。ここ数週間の出来事で、通説が思ったより真実に近かったと思うことはないか?

ミアシャイマー:いや、私は正しかったと考えている。2014年2月22日以前は、彼が侵略者だとは思っていなかったという証拠は明らかにあると思う。これは、私たちが彼を非難するために捏造した話なのだ。私の主張は、西側、特にアメリカがこうした厄災の主な原因であるということだ。しかし、アメリカの政策立案者は誰も、そしてアメリカの外交政策の確立者のほとんど誰も、その論旨を認めようとはせず、ロシアに責任があると言うだろう。

コテイナー:あなたはそれでロシアが併合して侵攻したと言うのか?

ミアシャイマー:その通りだ。

コテイナー:その論稿に非常に関心を持った。それは論稿の中で、プーティンがいずれウクライナの他の地域や東欧諸国を狙うかもしれないという考え方は間違っているとあなたが書いていたからだ。現在、プーティンはウクライナの他の地域を狙っているようだが、その当時は分からなかったとしても、後から考えると、その主張の方が正しいかもしれないと考えるか?

ミアシャイマー:ウクライナの他の地域を狙うというのは、細かいことを言うようだが、ウクライナ全土を征服し、バルト三国に目を向け、大ロシアやソ連の再興を目指すことを意味する。それが本当だという証拠は今のところ見当たらない。現在進行中の紛争の地図を見ても、彼が何をしようとしているのか、正確に把握することは困難だ。ドンバス地方を占領し、ドンバスを2つの独立国か1つの大きな独立国にするつもりであることは明らかなようだが、その先どうするつもりなのかは不明だ。つまり、プーティンはウクライナ西部には手を出さないように見える。

コテイナー:プーティンの爆弾が実際に降っているではないか?

ミアシャイマー:しかし、それは重要な問題ではない。重要な問題は以下の通りだ。「どの領土を征服し、どの領土に固執するのか?」というものだ。先日、クリミアから出てきた部隊がどうなるかについてある人と話したのだが、その人は、彼らは西に回ってオデッサを取ると考えると言っていた。最近、別の人と話したら、それはないだろうと言っていた。何が起こるかを分かることがあるだろうか? いや、何が起こるかは誰にも分からない。

コテイナー:プーティンがキエフを狙っているとは考えないか?

ミアシャイマー:いや、私はプーティンがキエフに侵攻意図を持っているとは考えない。彼は少なくともドンバスを、そしておそらく更にウクライナ東部の領土を奪おうと考えている。そして2つ目は、キエフに親ロシア政府、つまりモスクワの利益に同調する政府を設置しようと考えているだろう。

コテイナー:あなたはキエフを手に入れることに興味はないと私に言ったのではないか?

ミアシャイマー:いや、プーティンは体制転換(regime change)のためにキエフを手に入れることに興味があるということだ。分かるだろうか?

コテイナー:何がどう違うのか?

ミアシャイマー:キエフを永続的に征服することはないということだ。

コテイナー:ロシアに友好的な政府が樹立され、プーティンは何らかの発言権を持つということか?

ミアシャイマー:その通り。しかし、それはキエフを征服して保持することとは根本的に異なることを理解することが重要だ。私の言っている内容を理解できるか?

コテイナー:帝国の領地では、たとえ本国が実質的に支配していても、ある種の人物が形式的に王位に就いていることは、誰しも考えることではないか? そのような場所は征服されていることになるではないか?

ミアシャイマー:「帝国」という言葉の使い方に問題がある。この問題を帝国主義という観点から語る人がいることを私は承知していない。これは大国間政治であり、ロシアが望んでいるのは、ロシアの利益に同調するキエフの政権だ。最終的には、ロシアは中立的なウクライナと共存することを望んでおり、モスクワがキエフの政府を全面的に支配する必要はないと考える。親米的でなく中立的な政権を望んでいるだけかもしれないのだ。

コテイナー:「誰も帝国主義として語らない」とあなたは述べた。しかし、プーティンの演説では、特に「旧ロシア帝国の領土(territory of the former Russian Empire)」に言及し、それを失うことを嘆いている。プーティンが帝国主義について話しているではないか?

ミアシャイマー:あなたの発言内容は間違っていると考える。なぜなら、西側諸国のほとんどの人がそうしているように、あなたはプーティンの演説原稿の前半からのみ引用しているからだ。彼は「ソヴィエト連邦を恋しく思わない者は心がない(Whoever does not miss the Soviet Union has no heart)」と述べた。そしてその後で、「それを取り戻したいと思う者は考えが足りない(Whoever wants it back has no brain)」と続けたのだ。

コテイナー:プーティンはウクライナが本質的にでっち上げの国家(essentially a made-up nation)だと述べ、そして現在侵略しているように見える。そうではないか?

ミアシャイマー:分かった。それでは、この2つの出来事を合わせて、その意味を私に教えて欲しい。私はよく理解できないのだ。プーティンはウクライナがでっち上げだと確信している。私は彼に、「全ての国家はでっち上げである」と指摘したい。ナショナリズムを勉強している学者や学生たちなら誰でもそう言うはずだ。私たちは国家のアイデンティティという概念を作り上げた。あらゆる種類の神話(myths)で構成されている。だから、ウクライナについては、アメリカやドイツについてそうであるように、プーティンが正しいのだ。もっと重要なのは、ウクライナを征服して、大ロシアや旧ソヴィエト連邦の再興に組み込むことはできないということをプーティンが理解しているということだ。彼にはそれが不可能だ。プーティンがウクライナで行っていることは、大ロシアや旧ソ連の再興とは根本的に異なっている。彼は明らかにいくつかの領土を切り取っている。2014年にクリミアで起きたことに加え、ウクライナから領土を奪おうとしている。更に言えば、彼は間違いなく体制転換(regime change)に関心を持っている。その先に何があるのかは、彼がウクライナ全土を征服するつもりがないことを除けば、はっきりとしたことは言えない。そんなことをしようものなら、プーティンは極めて深刻な失態を犯すことになるだろう。

コテイナー:もしプーティンが大ロシアや旧ソ連の再興を試みようとしたら、私たちが目撃した事柄についての分析内容も変化すると考えているか?

ミアシャイマー:全くその通りだ。私の主張は、プーティンはソヴィエト連邦の再興や大ロシアを築こうとはしていない、ウクライナを征服してロシアに統合しようとはしていない、というものだ。プーティンは非常に攻撃的で、このウクライナの危機の主な原因は彼にあるというストーリーを私たちが作り出したということを理解することが非常に重要だ。アメリカや西側諸国の外交政策当局が作り出した議論は、プーティンが大ロシアや旧ソヴィエト連邦の再興に関心を抱いているという主張を中心に展開されている。ウクライナを征服し終えたら、バルト三国に目を向けるだろうと考えている人たちがいる。彼はバルト三国には向かわないだろう。まずもって、バルト三国はNATOのメンバーなのだから。

コテイナー:それは良いことか?

ミアシャイマー:そうではない。

コテイナー:あなたはNATOの一部だから侵攻しないということを理由の一つとして挙げている。しかし、ウクライナはNATOに加盟してはいけないとも述べているが?

ミアシャイマー:その通りだ。しかし、この2つは全く異なる問題だ。なぜこの2つを結びつけるのか分からない。私がNATOに加盟すべきだと考えることと、実際に加盟しているかどうかとは無関係だ。バルト三国はNATOに加盟している。北大西洋条約第5条で保証されている、それが全てだ。更に言えば、プーティンはバルト三国を征服することに関心があるという証拠を示したことはない。また、実際、彼はウクライナを征服することに関心があるという証拠を示したことはない。

コテイナー:プーティンが復活させたいのは、ソ連より前にあったロシア帝国のように思える。彼はソ連にとても批判的なようだが?

ミアシャイマー:どうだろうか、プーティンが旧ソ連に対して批判的かどうかは分からない。

コテイナー:プーティンは昨年書いた重要な論稿でもそう言ったし、最近の演説でもそう述べたが、ウクライナなどのソヴィエト共和国にある程度の自治を認めたことを本質的にソ連の政策の失敗だと述べている。

ミアシャイマー:しかし、私が以前にあなたにお知らせしたように、プーティンは「ソヴィエト連邦を恋しく思わない者は心がない」とも語っている。今の話とは少し矛盾している。つまり、プーティンは事実上、ソ連を恋しがっていると言っている訳だが? 彼はそう言っているのだ。ここで言っているのは、彼の外交政策だ。自問自答しなければならないのは、ウクライナにその能力があると考えるかどうかです。ウクライナはテキサスより小さなGNPしかない国だと分かっているはずだ。

コテイナー:国家というものは常々能力のないことをやろうとするものだ。「アメリカがイラクの電力システムをすぐに使えるようにできるなんて誰が思うんだ、アメリカ国内にだって同じような問題が山積しているのに?」とあなたは言うかもしれない。その通りだ。しかし、それでも私たちはそれができると考え、実行しようとして、失敗したのだ。そうではないか? ヴェトナム戦争でアメリカはやりたいことができなかった。それが、様々な戦争をしない理由だとあなたは言うだろうし、私もそう考える。しかし、だからと言って、私たちの能力について正しかった、もしくは合理的だったということにはならない。

私が言っているのは、ロシアの潜在的な力、つまり経済力の大きさについてだ。軍事力は経済力の上に成り立っている。本当に強力な軍隊を作るには経済的な基盤が必要だ。ウクライナやバルト諸国を征服し、東欧に旧ソ連や旧ソ連帝国を再興するには、大規模な軍隊が必要であり、それには現代のロシアが持っていない経済的基盤が必要となる。それでもロシアがヨーロッパの地域覇権(regional hegemony)を握ることを恐れる理由はない。ロシアはアメリカにとって深刻な脅威ではない。しかし、私たちは国際システムにおいて深刻な脅威に直面している。私たちは、同世代の競争相手に直面している。それは中国である。東欧における私たちの政策は、今日私たちが直面している最も危険な脅威に対処する私たちの能力を損なっている。

コテイナー:今、ウクライナに対してどのような政策を取るべきだと考えるか? また、中国政策が損なわれるようなことをしているのではないかという懸念はないだろうか?

ミアシャイマー:第一に、ヨーロッパから中国にレーザーのような方法で対処するための軸足を移すべきだろう。そして第二に、ロシアとの友好的な関係を構築するために時間をかけて取り組むべきだ。ロシアは中国に対する均衡連合(balancing coalition)の一員となる。中国、ロシア、アメリカという3つの大国が存在し、そのうちの1つである中国が同党の競争者となる世界において、アメリカが望むことは、ロシアを味方につけることだ。しかし、私たちが東欧で行った愚かな政策は、ロシアを中国の側に引き入れさせることになってしまった。これは力の均衡政治学入門のレッスンに反するものだ。

コテイナー:2006年に『ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス』誌に掲載された、イスラエル・ロビーについてのあなたの記事を読み返してみた。あなたはパレスチナ問題について書いていたが、私はその内容に非常に同意する。「ここには道徳的な側面もある。アメリカ国内でのロビー活動のおかげで、占領地におけるイスラエルの占領政策を事実上容認することになり、結果としてパレスチナ人に対して行われた犯罪にアメリカが加担することになってしまった」とあなたは書いている。あなたは自分を道徳について語らないタフで堅苦しい老人のように思っているよう見える。私には、ここに道徳的な側面があることをあなたが示唆しているように思えた。現在ウクライナで起きていることに道徳的な側面があるとすれば、それについてはどう考えるか?

ミアシャイマー:国際政治におけるほとんど全ての問題には、戦略的な側面と道徳的な側面があると考える。その道徳的な側面と戦略的な側面が一直線に並ぶこともあると思う。つまり、1941年から1945年までナチスドイツのことを考えれば、理解できると思う。一方、戦略的に正しいことをしても道徳的に間違っているような、それらの矢印が反対方向を向いている場面もある。ナチスドイツと戦うためにソ連と同盟を結んだことは、それは戦略的には賢明な方策だったが、道徳的には間違った方策だったと私は考える。しかし、戦略的に仕方がないからそうするしかなかったのだ。言い換えれば、私があなたに言いたいのは、いざとなれば、戦略的配慮が道徳的配慮を圧倒するということだ。理想的な世界では、ウクライナ人が自分たちの政治体制を自由に選択し、自分たちの外交政策を選択することができれば素晴らしいことではあるのだが。

しかし、現実の世界では、それは不可能なことなのだ。ロシア人が自分たちに何を求めているのかに真剣に耳を傾けることがウクライナ人にとっての国益となるのだ。もし、根本的なところでロシアを疎外するようなことがあれば、大変なリスクを負うことになる。ウクライナがアメリカや西ヨーロッパの同盟諸国と協調していることが、ロシアにとって存亡に関わる危機であるとロシア側が考えるなら、それはウクライナに甚大な損害を与えることになる。もちろん、現在まさにそれが起こっている。従って、私の主張は、ウクライナにとって戦略的に賢明な戦略は、西側諸国、特にアメリカとの緊密な関係を断ち、ロシアに迎合しようとすることである、ということだ。もしNATOを当方に拡大してウクライナを含めるという決定がなければ、クリミアとドンバスは現在もウクライナの一部であり、ウクライナでの戦争もなかっただろう。

コテイナー:その忠告は、今となってはちょっと現実的ではないと思われる。現地の状況から見て、ウクライナがロシアを何とかなだめる時間はまだあるだろうか?

ミアシャイマー:私は、ウクライナ人がロシア人とある種の共存関係(modus vivendi)を築ける可能性は十分にあると考える。それは、ロシア側は、ウクライナを占領してウクライナの政治を動かそうとすると、大きなトラブルを招くことに気付きつつあるからだ。

コテイナー:つまり、ウクライナを占領するのは大変なことになるということか?

ミアシャイマー:その通りだ。だから私は、ロシアが長期的にウクライナを占領するとは思えないと言ったのだ。しかし、はっきりさせておきたいのは、少なくともドンバスは占領するだろうし、できればウクライナの最東部をこれ以上占領しないだろうと言いたい。ロシア人は頭が良いので、ウクライナの全土占領を行うことはないと考える。

(貼り付け終わり)

(終わり)


bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ