古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:ジョージ・W・ブッシュ

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ジョージ・W・ブッシュ大統領(在任:2001-2009年)の外交政策は、ネオコン派と呼ばれる人々によって牛耳られていた。彼らは、介入主義を基盤とする、外交政策を展開した。2001年9月11日の同時多発テロ「911事件」の報復として、アフガニスタン(2001年)とイラク(2003年)に侵攻した。その当時の両国の政権を倒すことはアメリカにとっては容易(たやす)いことだった。それからはアメリカ軍が占領しながら、新体制、新政権を樹立することになった。それからは厳しい状況が続いた。自爆テロや地元の人々の反感を受けて、アメリカ軍の占領は泥沼状態に陥った。結局、アメリカ軍(と同盟諸国の軍隊)は両国から撤退し、両国の状態は大きく改善(西側の視点から)されることはなかった。ベトナム戦争からの撤退を思い出させる混乱があった。

 そもそも論として、アメリカは外交政策を失敗したのだ。安易な介入主義、「アメリカの力をもってすれば、一国の政治体制を変革し、資本主義と民主政治体制を確立することは可能だ」という介入主義の傲慢さが、泥沼化(quagmire)を招き、最終的にはアメリカ軍は撤退するに至った。ブッシュ政権のネオコン派による外交の失敗、介入主義の失敗が、バラク・オバマ大統領を誕生させた。しかし、オバマ政権(リアリズム外交を志向した)も、1期目にはヒラリークリントンを国務長官に据えて、「アラブの春」を演出した。アメリカ軍が介入することはなかったが、介入主義の外交政策が続き、結局それらは失敗に終わった。アメリカの権威を大いに傷つける結果となった。

 介入しての体制転換、政権交代、新体制樹立が成功したのは、敗戦後の日本だ。アフガニスタンやイラクへの侵攻が行われた後、アメリカ国内のメディアでは、「イラク(アフガニスタン)は次の日本になれるか」というようなタイトルや趣旨の記事が多く出た。結局、失敗したのであるが、日本における、特殊な成功体験が、アメリカを狂わせたということになる。「あれだけ激しく抵抗した日本が戦後はおとなしく属国になり果てた」ということが、歴史的に見れば、アメリカの失敗を引き出したということになる。

(貼り付けはじめ)

バイデン政権の外交政策の原罪(The Original Sin of Biden’s Foreign Policy

-ジョー・バイデン政権の外交的弱点は全て、アフガニスタンからの撤退に既に現れていた。

ジョン・カンプナー筆

2024年5月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/05/05/the-original-sin-of-bidens-foreign-policy/?tpcc=recirc062921

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ワシントンDCのホワイトハウスのイーストルームから、アフガニスタンのカブール情勢について語るジョー・バイデン米大統領(2021年8月26日)。

数週間前、トロントで私は20代半ばの若いアフガニスタン女性に会った。彼女はアフガニスタンの国際援助機関で働いており、精神の健康に関する問題に苦しむ女性たちを支援していた。2021年にタリバン軍が国中に押し寄せる中、彼女は外国人と協力したことで罰せられることを知り、必死に逃げようとした。彼女は最終的に弟と妹と一緒に脱出し、まずイランを経由してブラジルへ逃亡した。その後、彼女は南米を縦断し、パナマのジャングルを抜け、ドナルド・トランプ元大統領の壁を乗り越え、アメリカを通過し、最終的にはカナダに至るという危険な旅を経験した。
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彼女の物語はその勇敢さにおいて並外れたものだが、決して特別なものではない。数え切れないほどのアフガニスタン人が、殺人、拷問、レイプ、強制結婚から逃れるためにできる限りのことをした。カブールの空港から避難する際、西側諸国の軍隊によって空輸された幸運な人たちもいた。多くの人々が故郷に捨てられ、運命に翻弄された。また、危険な旅に出た人たちもいる。幸運な人たちは新しい生活を始めたが、それ以上の人たちは難民キャンプに取り残されている。数え切れないほどの人々が、危険な旅の途中で命を落とした。
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こうした人々は全て、統計の数字であり、より大きなパワーゲームの犠牲者である。彼らは、2001年のアメリカによる侵攻の瞬間から、20年後の悲惨な撤退まで、アフガニスタンにとって何が最善かを知っていると主張していた、アメリカとその同盟諸国に失望させられてきた。3500人以上の外国の将兵たちが戦死された「不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom,)」は、永続する自由をもたらしたわけではなく、アフガニスタン人に与えられた、より良い生活というつかの間の希望だけが、突然そして残酷に打ち消された。

その中で、1人の男が傲慢であった。ジョー・バイデン米大統領は、前任のドナルド・トランプ大統領が打ち出した方針を貫いた。バイデンはホワイトハウスに入るずっと以前から、アフガニスタンとイラクでの無益と思われる軍事作戦に何十万人ものアメリカ軍が投入されることを批判していた。これは、バイデンがトランプの仕事を引き継いだ、アメリカの外交・安全保障政策のいくつかの分野の1つであった。2021年8月にカブール国際空港で起こった、半世紀前のサイゴン陥落を彷彿とさせるような恐ろしい光景の中でさえ、バイデンは自らの評価に固執した。バイデンは「私はこの永久戦争(forever war)を延長するつもりはなかったし、永遠の撤退を延長するつもりもなかった」と述べた。

逆襲の中、連邦議会による多くの調査が行われ、大失敗から数カ月の間に、多くの報告書が発行された。映画も作られ、何が起こったのか、誰に最も重い責任があるのかを説明する本も多く書かれた。それとは対照的に、政策立案者や軍の最高責任者たちはすぐに次の段階に移った。彼らの関心は、ロシアのウクライナ侵攻、そしてイスラエルとハマスの紛争という中東問題へと移った。その間も、中国は西側諸国の利益に対する、長期的な最大の戦略的脅威とみなされている。公平を期すなら、ワシントンやその同盟諸国が、アフガニスタンに駐留し続けるだけの資源や政治的支持を持つとは考えられない。

それにもかかわらず、道徳的な観点だけでなく、政策立案の観点からも、アフガニスタンで何が間違っていたのかに立ち返ることは有益である。アフガニスタンからの撤退は、その後の世界を包んでいる、絶えることのない危機の多くがそうであったように、外交官や軍人たちが善意と誠実な努力で、できる限り多くの人々を守ろうとした物語だった。しかし、それはまた、現地の担当者たちと政治的意思決定者たちの致命的な判断ミスの物語でもあった。

当時のイギリス大使であったローリー・ブリストウによる新たな証言(アメリカでは近日発売予定だが、イギリスではすでに発売されている)は、この大惨事が展開された際の重要な洞察を更に深めるための材料となる。

ブリストウは、2021年6月14日にカブールに到着する前から、自分の任期が短いことを分かっていた。2020年2月29日にトランプ政権が、カタールのドーハでタリバンと署名した「アフガニスタンに平和をもたらす」ための協定(agreement for “bringing peace to Afghanistan”)は、現代の最も評判の悪い協定の1つだった。タリバンが合意されたスケジュールを遵守し、どういう訳か、信じられないことに、より現代的なものに改革したと信じるのは世間知らずだったばかりでなく、キャンペーンを通じて、他の主要な参加者、つまりアフガニスタン政府そのものとアメリカ政府、重要な同盟国、特にイギリスをこれ見よがしに排除した。

2021年前半を通じて、アメリカが兵力を削減することで自国の立場を守ったため、不吉な予感はたちまちパニックにつながった。タリバンはほとんど抵抗を受けることなく、アフガニスタン国内を席巻した。

イギリス大使館にとっての主な任務の一つは、アフガニスタン移転・援助政策(Afghan Relocations and Assistance PolicyARAP)に基づいてどのアフガニスタン人が出国の資格があるかを特定することであった。ブリストウは、日記形式で書かれた自身の説明の中で、運命に見捨てられたらどうなるかを知っていた地元の従業員やアドヴァイザーたちとの困難な会議について説明している。

ブリストウは85日の日記の中で次のように書いている。「私たちは戦没者慰霊碑の隣にある大使館の庭に輪になって座り、必要な人のために男性の1人が通訳となった。私は1人ずつ発言するよう呼びかけた。女性たちが最初に、まとまった長さで話した。そのうちの1人、年配の女性は自信に満ち、自然な威厳をもって話し、男性にまったく譲らなかった。空気には恐怖と怒りがあり、涙も見られたが、アフガニスタン人本来の礼儀と威厳で和らげられた」。ブリストウは続けて次のように書いている。「彼らの目を見て、出国の申請を拒否したのは正当な判断だと思うと言うのは不可能だった」。

何人かは幸運だったが、ほとんどはそうではなかった。いずれにせよ、事態は収拾がつかなくなり、本国の官僚たちが申請を処理し続けることは不可能だった。数日もしないうちに、イギリスをはじめとする、諸外国からの軍隊は大使館を空港に避難させる準備をしていた。彼らはタリバンにプロパガンダの勝利を提供できるものは全て処分した。ブリストウは「女王の写真、旗、公式ワインショップ、全てを撤去するか、破壊しなければならなかった」と書いている。

タリバンによる8月15日の占領宣言から8月21日の最終撤退までの最後の日々の混乱した光景は記憶に刻まれている。ブリストウは次のように回想する。「空港は膨大な数の人々に圧倒されて混雑していた。アメリカ軍だけでも約1万4500人が飛行場にいて、カブールから空輸されるのを待っていた。ゲートや北ターミナルの周り、どこに行っても、どこを見ても、日よけの下、屋外、出入り口に人がいた。子どもたち、年老いた親、惨めな荷物など、ボロボロのケースやスーパーマーケットのビニール袋に人生全体が詰め込まれていた」。

故郷のホワイトホールでは、夏休みのピーク時期だった。ドミニク・ラーブ英外務大臣は家族とともにギリシャに滞在しており、休暇の邪魔をされたくないと怒って主張した。ティームがカブールとロンドンでできるだけ多くの人々を避難させるために24時間体制で活動している一方で、政治工作員たちには別の優先事項があった。ブリストウはこれを「非難と責任転嫁の醜いゲーム(an ugly game of recrimination and buck-passing)」と形容し、次のように付け加えた。「ロンドンの一部の人たちの優先事項は、閣僚とその側近たちに個人的かつ政治的な恥をかかせないことだと私には見えた。現場の人々からの助言、評価、福利厚生は二の次だった」。ボリス・ジョンソン政権時代の最も不運な閣僚の一人であったラーブ外相は、その職をめぐって多くの競争があったが、その後すぐに政治家としてのキャリアが消滅することになった。

ブリストウの全体的な評価は注目に値する。彼は次のように述べている。「アフガニスタン作戦の失敗は、資源不足のためではなかった。2011年、『オバマ・サージ』の最盛期には、NATOは13万人以上の兵力をアフガニスタンに展開していた。イギリスは2001年から2021年にかけて、アフガニスタンへの軍事作戦と援助に300億ポンド以上を費やした。20年間で1兆ドルから2兆ドルで、この間のアフガニスタンのGDPの累計を上回った。しかし、20年近くにわたって行われたこれらの莫大な支出は、アフガニスタンに平和も安定も良い統治ももたらさなかった」。

ブリストウは続けて次のように書いている。「ドーハ合意は、交渉による解決を達成するための真剣な試みとして理解されれば、史上最悪の合意の有力な候補となる」と付け加えている。しかし、そうではなかった。トランプ大統領の合意は、アメリカの選挙日程というかなり異なるものによって推進された」。ブリストウが会ったアフガニスタンに詳しい人は皆、「トランプ大統領とタリバンとの間の酷い内容の合意と、その後のバイデン大統領の失敗に終わった撤退実行に愕然とした」と述べている。

2024年の多くの危機の渦の中で、アフガニスタンは既に歴史の脚注のように感じられる。ブリストウは、アフガニスタンの失敗がもたらした多くの教訓の1つは、アメリカと同盟諸国との間の協力のあり方だと書いている。ブリストウは「イギリスはジュニア・パートナーであり、アメリカの意思決定に対して対等な発言権はなかった。私たちが軍事的撤退を賢明でなく、熟慮が足りないと考えたからといって、アメリカの方針が変わることはなかった」と書いている。これは言い換えれば、トランプ流とバイデン流の「アメリカ・ファースト」(“America First,” Trump-style and Biden-style)の最初の大きな試練であり、他の誰もがその後塵を拝した。バイデンが再選されようがされまいが、他の紛争地域でもこのようなことが起こるのは間違いない。

ジョン・カンプナー:『なぜドイツ人はうまくやれるのか:成熟した国からの教訓(Why the Germans Do It Better: Notes from a Grown-Up Country)』の著者。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。準備中に、イスラエルとハマスの紛争が始まり、そのことについても分析しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは戦後、中東地域で大きな影響力を保持してきた。親米諸国と反米諸国が混在する中で、石油を確保するために、中東地域で超大国としての役割を果たしてきた。1993年にはオスロ合意によって、イスラエルとパレスティナの和平合意、二国間共存(パレスティナ国家樹立)を実現させた。しかし、中東に平和は訪れていない。パレスティナ問題は根本的に解決していない。今回、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスティナ問題を「最終解決」させようとしているかのように、徹底的な攻撃を加えている。アメリカは紛争解決について全くの無力な状態だ。イスラエルを抑えることもできていないし。パレスティナへの有効な援助もできていない。

 アメリカの中東政策について、下の論稿では、「社会工学(social engineering)」という言葉を使っている。この言葉が極めて重要だ。「社会工学」を分かりやすく言い換えるならば、「文明化外科手術」となる。はっきり書けば、非西洋・非民主的な国々を西洋化する(Westernization)、民主化する(democratization)ということだ。日本も太平洋戦争敗戦後、アメリカによって社会工学=文明化外科手術を施された国である。アメリカの中東政策は、アラブ諸国に対して、西洋的な価値観を受け入れさせるという、非常に不自然なことを強いることを柱としていた。結果として、アメリカの註徳政策はうまくいかない。それは当然のことだ。また、アメリカにとって役立つ国々、筆頭はサウジアラビアであるが、これらに対しては西洋化も民主化も求めないという二重基準、ダブルスタンダード、二枚舌を通してきた。

 アメリカの外交政策の大きな潮流については、私は第一作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)で詳しく書いたが、大きくは、リアリズムと介入主義(民主党系だと人道的介入主義、共和党系だとネオコン)の2つに分かれている。第三作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)で、私は「バイデン政権は、ヒラリー・クリントン政権である」と結論付けたが、ヒラリー・クリントンは人道的介入主義派の親玉であり、バイデンはその流れに位置する。従って、アラブ諸国を何とかしないということになるが、それではうまくいかないことは歴史が証明している。それが「社会工学」の失敗なのである。

 最新作『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で、私は世界が大きく「ザ・ウエスト(西洋諸国)対ザ・レスト(西洋以外の国々)」に分裂していくということを書いたが、西洋による社会工学=文明化外科手術への反発がその基底にある。私たちは、文明化外科手術を中途半端に施された哀れな国である日本という悲しむべき存在について、これから向き合っていかねばならない。

(貼り付けはじめ)

「バイデン・ドクトリン」は物事をより悪化させるだろう(The ‘Biden Doctrine’ Will Make Things Worse

-ホワイトハウスは中東に関して、自らの利益のために野心的過ぎる計画を策定している。

スティーヴン・A・クック筆

2024年2月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/09/biden-doctrine-israel-palestine-middle-east-peace/

アメリカに「中東についてのバイデン・ドクトリン(Biden Doctrine for the Middle East)」は必要か? 私がこの質問を発するのは、トーマス・フリードマンが先週の『ニューヨーク・タイムズ』紙でバイデン・ドクトリンについて述べていたからだ。どうやらバイデン政権は、「イランに対して強く毅然とした態度(a strong and resolute stand on Iran)」を採用し、パレスティナの国家化(statehood)を進め、サウジアラビアに対して、サウジアラビアとイスラエルとの関係正常化(normalization)を前提とした、防衛協定(defense pact)を提案する用意があると考えられている。

フリードマンのコラムがホワイトハウス内の考え方を正確に反映しているなら、そしてそうでないと信じる理由はないが、私は「ノー」の評価を下すことになる。これまで中東変革を目的とした大規模プロジェクトを避けてきたジョー・バイデン大統領とその側近たちは、特にパレスティナ国家建設に関しては、噛みつく以上に多くのことを実行しようとしている。これが更なる地域の失敗になる可能性が高い。

第二次世界大戦後のアメリカの中東外交を振り返ると、興味深いパターンが浮かび上がってくる。政策立案者たちがアメリカの力を使って悪いことが起こらないようにした時は成功したが、ワシントンの軍事、経済、外交資源を活用して良いことを起こそうとした時は失敗してきた。

中東地域で国際的な社会工学(social engineering 訳者註:文明化外科手術)にアメリカが公然と取り組もうとしたきっかけは、1991年にまでさかのぼる。その年の1月から2月にかけて、アメリカはイラクの指導者サダム・フセインのクウェート占領軍を打ち破った。そしてその10ヵ月後、ソ連の指導者たちはこの連合を終わらせることを決定した。アメリカは、唯一残された超大国として独り立ちしたのである。冷戦に勝利したワシントンは、平和を勝ち取ること、つまり世界を救済することを決意した。中東でこれを実現するために、アメリカ政府高官が求めた主な方法は「和平プロセス(the peace process)」だった。

フセインによるクウェート吸収への努力が行われ、イスラエルとその近隣諸国との紛争との間に関連性がほとんどなかったにもかかわらず、イスラエルとアラブとの間に和平を築こうとするアメリカの努力は、砂漠の嵐作戦後のワシントンの外交の中心となった。もちろん、抽象的なレベルでは、イラクもイスラエルも武力によって領土を獲得していたが、1990年8月のイラクのクウェート侵攻と1967年6月のイスラエルの先制攻撃はあまりにも異なっていたため、比較の対象にはなりにくかった。

中東和平へのアメリカの衝動は、国際法(international law)というよりも、アメリカの力がより平和で豊かな新しい世界秩序の触媒になりうるという信念に基づくものだった。もちろん、これは主流の考え方から外れたものではなかった。結局のところ、アメリカは世界をファシズムから救ったのであり、ジョージ・HW・ブッシュ大統領がマドリードで平和会議を招集した当時、ソヴィエト共産主義は死にかけていた。

あらゆる努力にもかかわらず、ブッシュの中東における目標は依然として主にアラブとイスラエルの和平問題の解決に限定されていた。和平プロセスが決定的に変化する様相を呈したのはクリントン政権になってからである。 1993年の同じ週、イスラエルのイツハク・ラビン首相とパレスティナ解放機構の指導者ヤセル・アラファトが、当時のアメリカのアメリカ大統領ビル・クリントンと国家安全保障問題担当大統領補佐官アンソニー・レイクの支援と許可のもとでオスロ合意の最初の合意に署名した。ビル・クリントンとアンソニー・レイクは、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題大学院(SAIS)の学生と教職員の前に現れ、冷戦直後の世界におけるクリントン政権の米国外交政策の目標を述べた。クリントン大統領のアプローチの中心は、レイクが「民主政治体制の拡大(democratic enlargement)」と呼んだものだった。

クリントン率いるティームが中東の変化を促進する方法はパレスティナを通じてであった。クリントンは、イスラエル人とパレスティナ人の間の和平は、より平和で繁栄した統合された地域を生み出し、それによって中東の国家安全保障至上国家群の存在の理論的根拠を損なうことになると推論した。平和の後、アラブ世界では権威主義が民主的な政治制度に取って代わられることになる。主要な側近の一人の言葉を借りれば、「クリントンは変革の目標を自らに設定した。それはアラブ・イスラエル紛争を終わらせることによって中東を21世紀に移行させることだ」ということだ。

和平が政治的変化をもたらすという考えは魅力的だったが、クリントンはこの地域の権威主義的な政治の理由を見誤っていた。いずれにせよ、イスラエル人とパレスティナ人の間で紛争終結に向けた合意を成立させようとしたクリントンの努力は、ほぼ10年かけても実を結ばなかった。クリントンが大統領を退任すると、暴力がイスラエルとパレスティナの両地域を巻き込み、第2次インティファーダ(Intifada)が発生した。

クリントンの次の大統領ジョージ・W・ブッシュは当初、クリントンが中東和平に割いた時間とエネルギーに懐疑的だったが、実はブッシュはパレスティナ国家をアメリカの外交政策の目標と宣言した最初の大統領だった。そこに到達するために、彼は前任者の論理をひっくり返した。ブッシュのホワイトハウスにとって、パレスティナの政治機構を民主的に改革し、ヤセル・アラファトを追放して初めて和平が成立するということになっていた。

クリントン前大統領と同様、ブッシュは失敗した。大統領執務室をバラク・オバマ大統領に譲った時、パレスティナの民主政治体制も和平もパレスティナ国家も存在しなかった。クリントンとブッシュは、中東に対するアプローチがまったく異なる2つの政権にもかかわらず、中東の政治的・社会的変革という共通の野心的目標を共有していた。

イラクの変革であれ、いわゆるフリーダム・アジェンダによる民主政体の推進であれ、パレスティナ国家建設の努力であれ、中東においてアメリカは失敗を繰り返していると認識していながら、オバマもドナルド・トランプ大統領もバイデンもそのことを念頭に置いていなかった。新しい中東を社会工学的に設計したいという願望を持っていた。バイデンの場合、彼はイスラエル人とパレスティナ人を交渉させ、和平協定に署名させるための当時の国務長官ジョン・ケリーの奮闘を監督したが、二国家解決には悲観的な見方をした。バイデンの側近たちは就任直後、過去の政権の地域的野望は繰り返さないと明言した。

そして、2023年10月7日、ハマスによる約1200名のイスラエル人の残忍な殺害と、イスラエルによるガザ地区での徹底的な破壊を伴う軍事的対応が始まった。トーマス・フリードマンによれば、イスラエルとハマスの戦争が続き、ほとんどがパレスティナの民間人である死体が積み重なる中、バイデンは中東で成し遂げたいこと、つまり、石油の自由な流れを確保すること、イスラエルの安全保障に対する脅威を防ぐ手助けをすること、中国を出し抜くこと、は、再び外部から中東の変化を促すような新しく野心的なアメリカのドクトリンなしには実現しそうにないという結論に達したということだ。

公平を期すなら、イランがワシントンとの新たな関係を望んでいないことをホワイトハウスが理解したことは好ましい進展だ。また、サウジアラビアとの防衛協定は、中国との世界的な競争という点では理にかなっている。しかし、パレスティナの国家建設にアメリカが多額の投資をすることは、以前の取り組みのように失敗に終わる可能性が高い。

確かに、今回は違いがある。10月7日以降、専門家たちが何度も繰り返してきたように、戦争は新たな外交の機会を開く。しかし、イスラエルとパレスティナという2つの国家が並んで平和に暮らすことで、現在の危機から脱するチャンスが訪れると信じる理由はほとんど存在しない。

バイデンと彼のティームは、二国家解決を追求するしかないと感じているかもしれないが、自分たちが何をしようとしているのかを自覚すべきである。今回のイスラエル・パレスティナ紛争は、アイデンティティ、歴史的記憶、ナショナリズムといった、とげとげしい、しかししばしばよく理解されていない概念に縛られている。

イスラエル人とパレスティナ人の闘争には宗教的な側面もある。特にハマスとメシアニック・ユダヤ人グループ(messianic Jewish groups)は、ヨルダン川と地中海の間の土地を神聖化している。パレスティナの政治指導者たち(ハマスもパレスティナ自治政府も)は、ユダヤ教とパレスティナの歴史的つながりを日常的に否定している。これらの問題から生まれる対立的な物語は、バイデン政権が現在思い描いているような共存には向いていない。

そして、イスラエルとパレスティナの社会における残忍な政治が、長年にわたる当事者間の膠着状態を助長してきた。ガザを中心としたイスラエルとハマスの闘争は、イスラエル人がパレスティナ人の和平のための最低限の要求(完全な主権を持つ独立国家[a fully sovereign independent state]、エルサレムに首都設置[a capital in Jerusalem]、難民の帰還[a return of refugees])を受け入れることをより困難にする可能性が高い。同様に、パレスティナ人は、自分たちの鏡像であるイスラエルの最低限の和平要求に同意することはできないだろう。 イスラエル人が求めているのは、エルサレムをイスラエルの分割されていない永遠の首都とすること、1967年6月4日に引かれた線を越えて領土が広がる国家とすること、そしてパレスティナ難民を帰還させないことである。

新しいアイデアを失い、ガザ戦争で世界の競争相手である中国に立場を譲ることを懸念し、若い有権者たちからの支持の喪失を懸念しているバイデンとそのティームは、和平プロセスにしがみついているが、失敗に終わった事業であり、過去30年間で、今ほど、これ以上成功する見込みはない時期は存在しなかった。

ある意味、大統領を責めるのは難しい。和平プロセスの努力をしていれば安全なのだ。大統領の党内にはそれを支持する政治的支持がある。彼は努力したと言うことができる。中東を変革しようとするこの最新の動きが、おそらく何年にもわたる交渉の結論の出ない交渉の末にパレスティナ国家を生み出せなかった時、バイデンはとうに大統領職を終えていることだろう。

その代わりにアメリカは何をすべきか? これはとても難しい問題だ。それは、この問題が、解決不可能な紛争を解決するためのアメリカの力の限界を認識するように、特にアメリカの政策立案者、連邦議会議員、そしてワシントン内部(the Beltway、ベルトウェイ)の政策コミュニティに求めているからだ。

それでも、アメリカにできる重要なことは存在する。それは、イランがこれ以上地域の混乱を招くのを防がなければならないということだ。ワシントンは、既に起こっている地域統合の後退を食い止めるために努力しなければならない。そしてアメリカの指導者たちは、イスラエル人に対し、なぜイスラエルを支持する政治が変わりつつあるのかを説明することができる。ある意味では、これはイスラエル人とパレスティナ人の間の和平について、より利益をもたらす環境作りに役立つだろうが、それが実現し、実際に利益をもたらす保証はない。

2001年のある出来事を思い出す。イスラエルのアリエル・シャロン首相との記者会見で、コリン・パウエル米国務長官(当時)は「アメリカは当事者たち以上に和平を望むことはできない(The United States cannot want peace more than the parties themselves)」と発言した。これこそがバイデン大統領が陥っている罠なのである。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、米外交評議会中東・アフリカ研究部門エニ・エンリコ・マテイ記念上級研究員。最新作『野心の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、未来(The End of Ambition: America’s Past, Present, and Future in the Middle East)』が2024年6月に発刊予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2月に入り、事務作業や2023年4月9日に東京・御茶ノ水の全電通労働会館において、副島隆彦の学問道場が主催する定例会の準備も少しずつありでブログの更新頻度がだいぶ落ちまして申し訳ありません。もっと多くの方々にお読みいただくためには更新頻度を上げるのが最善だと思いますが、なかなか難しい状況です。ご理解をいただきまして、ご指導、ご鞭撻を賜りますよう、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

 アメリカ外交について皆さんはどのような考えを持っておられるだろうか。ここでは第二次世界大戦後の1946年から現在までについて考えていきたいが、ソ連との二極構造の下、自由主義陣営の旗頭として、ソ連と直接戦争をすることはなかったが、ヨーロッパ、東アジア、中南米といった地域で、ソ連と戦った。影響圏をめぐる戦いだった。社会主義の人気が落ち、社会主義国の生活の苦しさが明らかになるにつれ、共産圏、社会主義圏の敗北ということになり、最終的にはソ連崩壊に至り、冷戦はアメリカの勝利となった。その間には中国とソ連の仲違いを利用して、中国との国交正常化を達成した。アメリカは世界で唯一の超大国となった。日本は先の大戦でアメリカに無残な敗北を喫したが、「反共の防波堤」という役割を与えられ、経済成長に邁進することができた。

 21世紀に入り、2001年の911同時多発テロ事件が起きた。アメリカに対する反撃、ブローバック(blowback)ということになった。アメリカが世界を支配し、管理するまでならまだしも、非民主的な国々、独裁的な国々に対する恣意的な介入(王政や独裁性が良くないというならばどうしてもサウジアラビアや旧ソ連の独裁者が支配する国々の体制転換を行わないのか)を行って、体制転換する(民主政体、法の支配、資本主義、人権擁護などを急進的に実現する)という「理想主義」がアメリカ外交で幅を利かせて、世界の多くの国々が不幸になった。私の考えの根幹はこれだ。共和党のネオコン派(ジョージ・W・ブッシュ政権を牛耳った)、民主党の人道的介入主義派(バラク・オバマ政権第一期やジョー・バイデン政権を主導する、ヒラリー・クリントンを頭目とする人々)は、「理想主義」である。彼らの源流は世界革命を志向したトロツキー主義者である。彼らは世代を超えて、世界を理想的な「民主的な国々の集まり」にしようとしている。こうしたことは拙著『アメリカ政治の秘密』で詳しく分析している。

 イラク、アフガニスタン、アラブの春などでアメリカの外交は失敗した。こうした失敗をアメリカ外交の別の潮流であるリアリズムから見れば当然のことということになる。アメリカが普通の国であればそもそも介入主義など発生しないだろう。世界帝国、超大国であるために、介入できるだけの力(パワー)を持ってしまうのである。経済力も考えれば、世界を牛耳りたいと思うのもまた当然だし、それでうまくいっていたことも事実だ。しかし、アメリカの力が強かったことがアメリカの不幸の始まりであったとも言えるだろう。「外国のことなんてどうでもよいじゃないか、自分たちの国の中で穏やかに暮らせればよいではないか」という考えを持つ人々も多くいるが、彼らの考えはワシントン政治には反映されなかった。一般国民の意思が政治に反映される機会になりそうだったのはドナルド・トランプ政権時代だったがそれもまた逆転された。アメリカはまた不幸な時代を続けていくだろう。そして、世界中が不幸を共有することになる。

(貼り付けはじめ)

アメリカはたとえアメリカ自体が止めたいと望んでも愚かであることは止められないだろう(The United States Couldn’t Stop Being Stupid if It Wanted To

-ワシントンにとって自己抑制は常に矛盾をはらんでいる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年12月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/12/13/the-united-states-couldnt-stop-being-stupid-if-it-wanted-to/

アメリカの「グローバル・リーダーシップ(global leadership)」を擁護する人々は、アメリカが自らを拡大しすぎ、愚かな政策を追求し、外交政策上の目標を達成できず、公然と掲げる政治原則に反したことを認めることがある。しかし、彼らはそのような行為を残念な異常事態(regrettable aberrations)と考え、米国はこうした、数少ない失敗から学び、将来においてより賢明な行動を取ることができると確信している。例えば、10年前、政治学者のスティーヴン・ブルックス、ジョン・アイケンベリー、ウィリアム・ウォールフォースは、イラク戦争が誤りであったことを認めながらも、「深い関与(deep engagement)」という彼らの好む政策がアメリカの大戦略(grand strategy)として正しい選択であることを主張した。彼らの考えでは、アメリカが良性の世界秩序を維持するために必要なことは、既存の関与を維持し、イラクを再び侵略しないことであった。バラク・オバマ前大統領が好んで言ったように、「愚かな行為(stupid shit)」を止めればいいのだ。

ジョージ・パッカーが最近『アトランティック』誌で発表したアメリカのパワーの擁護は、この使い古された論法の最新版となっている。パッカーは論稿の冒頭で、アメリカ人は「海外での聖戦(foreign crusades)をやりすぎ、そして縮小(retrenchments)をやりすぎ、普通の国なら絶妙なバランスを取ろうとするような間合いを決して取らない」と主張し、明らかに誤った比較をしている。しかし、世界中に700以上の軍事施設を持ち、世界のほとんどの海域に空母戦闘群を配備し、数十カ国と正式な同盟関係を結び、現在ロシアに対する代理戦争、中国に対する経済戦争、アフリカでの対テロ作戦、さらにイラン、キューバ、北朝鮮などの各国政府の弱体化と将来の打倒に向けた果てしない努力をしている国(アメリカ)が、過度の「縮小(retrenchment)」を非難されることはないだろう。パッカーの考える「良いバランス(fine balance)」、つまり、暑すぎず、寒すぎず、ちょうど良い外交政策とは、アメリカが世界のほぼ全域で野心的な目標に取り組むことである。

残念ながら、パッカーをはじめとするアメリカの優位性(U.S. primacy)を擁護する人々は、アメリカのような強力な自由主義国家が外交政策の野心を制限することがいかに困難であるかを過小評価している。私はアメリカのリベラルな価値観を好むが、リベラルな価値観と巨大なパワーの組み合わせは、アメリカがやり過ぎること、むしろやり過ぎないことをほぼ必然としている。もしパッカーが絶妙なバランスを好むのであれば、介入主義的な衝動(interventionist impulse)の方向性についてもっと心配する必要があり、それを抑制しようとする人々についてはあまり心配する必要はないだろう。

なぜアメリカは自制を伴う(with restraint)行動を取ることが難しいのだろうか? 第一の問題は、リベラリズム(1liberalism)そのものだ。リベラリズムは、全ての人間は確固とした自然権[natural rights](例えば「生命、自由、幸福の追求」)を持っているという主張から始まる。リベラリズムを信奉する人々にとって、政治的課題の核心は、我々を互いから守るのに十分なほど強力でありながら、同時に人々の権利を奪うほどには強力ではなく、チェックされる政治制度(political institutions)を作り出すことである。リベラルな国家は、政治権力の分割、選挙を通しての指導者の責任追求、法の支配、思想・言論・結社の自由の保護、寛容の規範の重視によって、不完全ながらもこのバランス感覚を獲得している。従って、真のリベラル派にとって、唯一の合法的な政府とは、これらの特徴を持ち、それを用いて各市民の自然権を保護する政府なのだ。

しかし、これらの原則は、全ての人間が同一の権利を有するという主張から始まっているため、リベラリズムは、単一の国家や人類の一部分にさえも限定することができず、その前提に一貫性を保つことができない。アメリカ人、デンマーク人、オーストラリア人、スペイン人、韓国人には権利があるが、ベラルーシ、ロシア、イラン、中国、サウジアラビア、ヨルダン川西岸地区、その他多くの場所に住んでいる人々には権利がない、と宣言できる真のリベラル派は存在しない。このため、自由主義国家はジョン・ミアシャイマーが言うところの「十字軍の衝動(crusader impulse)」、つまり、パワーの許す限り自由主義原則を広めたいという願望に強く傾く。ところで、マルクス・レーニン主義であれ、全人類を特定の信仰の支配下に置くことを使命とする様々な宗教運動であれ、他の様々な普遍主義的イデオロギー(universalist ideologies)にも同じ問題を持っている。ある国とその指導者が、自分たちの理想が社会を組織し、統治するための唯一の適切な方法であると心から信じている場合、その理想を受け入れるように他者を説得し、強制しようとする。少なくとも、そうすれば、異なる考えを持つ人々との摩擦(friction)は避けられない。

第二に、アメリカは強大なパワーを有しているため、自制して行動することが困難である。1960年代、連邦上院軍事委員会の委員長を務めたリチャード・B・ラッセル元連邦上院議員は、「もし私たちがどこに行っても、何をするのも簡単ならば、私たちは常にどこかに行き、何かをすることになるだろう」と述べている。世界のほぼ全域で問題が発生した場合、アメリカは常にそれに対して何かしようとすることができる。弱い国家は同じ自由度を持たず、したがって同じ誘惑に直面することもない。ニュージーランドは健全な自由民主国家であり、多くの立派な資質を備えているが、ロシアのウクライナ侵攻、イランの核開発、中国の南シナ海での侵略に対してニュージーランドが率先して対処するとは誰も考えない。

対照的に、米大統領執務室に座る人は、問題が発生した時、あるいは好機が訪れた時に、多くの選択肢を手にすることができる。米大統領は、制裁(sanctions)を科す、封鎖(blockade)を命じ、武力行使の脅し(あるいは直接の武力行使)を発し、その他多くの行動を取ることができ、しかもほとんどの場合、アメリカを、少なくとも短期的には、深刻な危険に晒すことはない。このような状況下で、行動の誘惑に抗することは極めて困難である。特に、いかなる自制的行動も意志の欠如、宥和的行動(act of appeasement)、アメリカの信頼性への致命的打撃として非難する批判者の大群が控えている場合、なおさらである。

第三に、米国は70年以上にわたって世界のパワーの頂点に君臨してきたため、現在、その卓越した世界的役割を維持することに既得権(vested interests)を持つ官僚や企業の強力な勢力が存在している。ドワイト・アイゼンハワー元米大統領が1961年の大統領退任演説で警告したように、第二次世界大戦と冷戦初期の強力な「軍産複合体(military-industrial complex)」の出現は、アメリカの外交政策をより軍事的で介入的な方向に永久に歪曲させる重大な進展があった。その影響は、特に外交政策シンクタンクの世界において顕著であり、その大部分はアメリカの関与を促進し、アメリカ中心の世界秩序(U.S.-centered world order)を擁護することに専念している。その結果、数年前にザック・ボーチャンプが指摘したように、「ワシントンの外交政策の議論は、ほとんどが中道と右派の間で行われる傾向にある。問題は、アメリカがまったく武力を行使しないかどうかよりも、どの程度武力を行使すべきなのかということである」ということである。

第四に、以前にも述べたように、リベラルなアメリカは、他の多くの国にはない方法で外国の影響にオープンである。外国政府は、ワシントン内部、特に連邦議会で自分たちの主張を通すためにロビー活動会社を雇うことができるし、場合によっては自分たちのために行動を起こすよう圧力をかけてくれる国内団体に頼ることもできる。また、アメリカの大義(cause)を推進するシンクタンクに多額の寄付をしたり、外国の指導者がアメリカの有力な出版物に論説や記事を掲載し、エリートや大衆の意見に揺さぶりをかけたりすることも可能である。もちろん、このような努力は常に成功するわけではないが、正味の効果は、アメリカの行動を減らすのではなく、むしろ増やすように促す傾向がある。

更に言えば、アメリカが新しい同盟諸国、「パートナー」、「特別な関係(special relationship)」を加えるたびに、アメリカの耳元でささやく外国の声の数は増えている。かつて、アメリカの対ヨーロッパ政策を形成しようとするNATOの同盟国は11カ国だったが、現在は29カ国である。これらの国の中には集団防衛(collective defense)に多大な資源を提供している国もあるが、その他の国の中には弱く脆弱で、対等なパートナーというよりは保護国(protectorates)と見るのが適切であろう国も存在する。当然のことながら、これらの国々は、アメリカが公約を守り、自国を保護するよう声高に主張し、グローバルパワーとしてのアメリカの信頼性が危険に晒され、より穏やかな世界秩序への希望は、彼らの助言を受けることにかかっていると警告している。多くのクライアント国によれば、アメリカは深く関与すればするほど、更により深く関与し続けなければならない。

誤解しないでいただきたい。私は同盟諸国の懸念を無視したり、彼らの助言を頭ごなしに否定したりすることを主張しているのではない。同盟諸国の指導者たちは、現代の世界規模の諸問題についてしばしば賢明なことを言うし、アメリカが自国内からの助言だけに頼らず、フランスやドイツの警告に耳を傾けていれば、より良い結果になったであろう例を考えるのは簡単だ(イラクについてはどうだろうか?)。しかし、外交政策分野の「エリートたち(Blob)」の多くが持つ介入主義的衝動(interventionist impulse)と、アメリカの保護と援助を望む国々が外交政策に関する議論に熱心に挿入する利己的な助言の間には、依然として不健康な共生が存在し得る。驚くべきことではないのだが、アメリカの海外パートナーは通常、アメリカに自分たちのためにもっとやってもらうことを望み、アメリカが少し手を引くことを勧めることはほとんどない。

このような様々な要素を組み合わせると、なぜアメリカが愚かなことを止めるのが難しいのかが分かるだろう。イデオロギー、パワー、官僚的な勢い、そしてアメリカのパワーを自国の目的のために利用しようとする他国の欲望が相まって、何かをしたいという強力な原因を生み出し、誘惑が生じた時に明確な優先順位を決めてそれを守ることができない。パッカーや他の人々が望んでいると思われる絶妙なバランスを達成するためには、このような傾向を擁護したり強化したりするのではなく、それに対抗するためにもっと多くのことがなされる必要がある。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 2021年に正式に発足したジョー・バイデン政権1期目は後半戦に入っている。2024年の大統領選挙もスタートに近づきつつある。中間選挙では大敗しなかったということで、バイデン政権の外交政策は及第点だという主張もあるが、果たしてそうであろうか?私はバイデン政権がヒラリー政権であり、オバマ政権の焼き直しだと主張する。

 ヒラリー・クリントン元国務長官をはじめとする人道的介入主義(Humanitarian Interventionism)という民主党の外交政策の流れがある。これは共和党のネオコンと対をなす外交潮流である。外国の諸問題に介入し、問題のある政府や独裁者を打倒し、体制転換を行う。そして、自由、人権、資本主義、民主政治体制といった西側の価値観を人工的に植え付けるということだ。ネオコンと基本的に同じ考えだ。ネオコンが牛耳ったジョージ・W・ブッシュ政権、ヒラリーが外交政策を主導したバラク・オバマ政権1期目は、アメリカの外交政策の失敗の歴史だった。これに嫌気がさしたことで、アメリカ国民は、ヒラリー・クリントンではなく、国内問題解決優先主義(アイソレイショニズム、Isolationism)、「アメリカ・ファースト」のドナルド・トランプを大統領に選んだ。
 しかし、2020年の大統領選挙ではジョー・バイデンが大統領に当選した。バイデン政権の外交政策は基本的にオバマ政権1期目の焼き直しだ。ウクライナをめぐっては、私は今から考えれば、トランプがバイデン父子のウクライナとのかかわりをウクライナに捜査してもらうことの引き換えで軍事支援を行うと述べたことは正しかったと考える。バイデンは副大統領時代からウクライナに深くかかわり、ウクライナの実質的なNATO加盟国化を進め、ロシアに脅威を与えた。そのバイデンが大統領になってウクライナ支援を強化したことがウクライナ戦争につながったということが言える。
 アメリカは海外への積極的な介入を進めることで、再び間違いを犯そうとしている。それを修正しようにもその修正の仕方が分からない、そのまま突っ走るしかないというのが今のバイデン政権の外交政策を立案する面々だ。下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトはこのことを「メカニック(整備士)はいるが設計者がいない」状態と形容している。設計図は既にヒラリー・クリントンが国務長官の時にできていた。その設計図のままに、ところどころ修理をしながらやるしかないというのが現状だ。これでは世界の不幸がこれからも続くということになる。私は常々「アメリカの理想主義(Idealism)が世界を壊す」ということを考えている。理想は暴走を生み、現実を見えなくする。結果として大きな地獄を生み出す。

(貼り付けはじめ)

バイデンがアメリカの外交政策を修理するためには整備士(メカニック)ではなく、設計者(アーキテクト)が必要だ(Biden Needs Architects, Not Mechanics, to Fix U.S. Foreign Policy

-アメリカの中間選挙が近づくにつれ、ワシントンは集団思考とヴィジョンの欠如に悩まされ、新しい時代の問題に対する創造的な解決策を阻んでいる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年7月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/07/12/biden-foreign-policy-outdated-groupthink/

私は休暇から戻ったばかりだが、ジョー・バイデン米大統領は現在中東諸国を訪問している。今回の訪問について私は、バイデン政権の外交政策のパフォーマンスを評価するための絶好の機会だと考えた。私は2020年の大統領選挙でバイデンに投票した。彼が当選して安堵した。それでも、バイデンと内部で競争がない(ノンライヴァル)ティームが21世紀の外交政策と大戦略を設計する任務を果たせないのではないかと心配してきた。明らかな危険(the obvious danger)という概念は、冷戦中にうまく機能したかもしれないが、現在は効果があるのかないのか分からない、様々な特効薬、発言と映像、および政策に頼ってばかりになっている。

バイデン政権が何をすると言ったか覚えているだろうか? アメリカの同盟関係を活性化し、独裁政治の台頭に対抗して民主政治体制世界を団結させる。中国にレーザーのように照準を合わせ、主導権争いに勝利するつもりだと主張していた。気候変動は最優先課題である。アメリカはまた、イランとの核取引に再び加わり、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子を「除け者(pariah)」と呼び、「永遠の戦争(forever wars)」を終わらせ、それがどんな意味であれ「中間層(middle class)」のための外交(経済)政策をアメリカ人に与える位置を持っていた。そして、アントニー・ブリンケン米国務長官は、人権を政権の外交政策の「中心(at the center)」に据えることを約束した。

それで、これまでのところ、どうなっているのだろうか?

公正を期すために言えば、バイデン&カンパニー(バイデン株式会社)は初期の公約のいくつかを実現した。彼はアフガニスタン戦争を終結させたが、結末は混乱してしまった。これはおそらく避けられなかったことだろう。バイデンは、前任者の悪ふざけによって疎外された同盟諸国を宥め、ウクライナでの戦争は、当面の間、NATO(ネイトー)に新しい息吹を与えた。アメリカはパリ協定に再加盟した。バイデンは就任以来、いくつかの失策を犯してきたが(イギリス、オーストラリアとのいわゆるAUKUS[オウカス]潜水艦の素人同然の契約展開や大統領の口が滑ったことを何度も撤回する必要性など)、バイデンの下での18カ月間の失策は、ドナルド・トランプ前米大統領のショーの任意の2週間よりも少なかった。

しかし、全体として、バイデン政権が明確な説得力を持ち、成功する戦略を有している兆候はほとんどない。この1年半の間に追求した様々な取り組みや対応を見てみると、バイデン政権の記録は印象に残らない。

ウクライナについて言えば、バイデンのティームは、ロシアの侵攻に対して大西洋をまたぐ形で対応を行った。実際に開戦に至るまでの諜報活動の巧みで政治的に効果的な活用に始まりうまく指揮を執った。ヨーロッパが(ほぼ)一体となって対応し、ドイツなどが(ほぼ)助け舟を出したのは、バイデンの努力(とウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領の巧みな公共外交[パブリックディプロマシー、public diplomacy])のおかげであり、ウラジミール・プーティン大統領に大きな衝撃を与えたのは間違いないだろう。

しかし、アメリカ人は、ビル・クリントン元大統領の時代に始まり、その後の全ての指導者の時代に続いた一連の間違いである、より大きな状況に対するアメリカの誤った対処から目を背けるべきではない。この問題を提起することは激しい論争となり、これらの不手際の立役者は、西側の政策がこの悲劇と何の関係もないことを否定するために不自然なまでに力を尽くしている。しかし、プーティンの侵攻を古典的な予防戦争(preventive war)と見なさないわけにはいかない。ウクライナを武装化し、欧米の軌道に乗せるというアメリカの加速された努力を挫くために行われた不法な侵攻ということになる。

プーティンが軍隊を動員し、自らの懸念が晴らされねば侵攻すると明言した時、NATO(ネイトー)の「門戸開放政策(open door policy)」の終了を検討することさえ拒否し続けたバイデン政権は戦争の到来を約束する結果となった。1990年代にウクライナに旧ソ連から受け継いだ核兵器を放棄させ、将来のロシアの攻撃に対する強力な抑止力を取り除いたのに、西側がロシアの懸念を認めず、モスクワがどう反応するかも予想しなかったのは、とんでもない戦略的誤算であった。

私が心配なのは(そしてバイデンと民主党側を本当に心配するべきなのは)次の点である。ウクライナの英雄的な抵抗と数十億ドルに及ぶ西側の軍事支援があっても、ロシアがウクライナの領土のかなりの部分を掌握することを防ぐことができていない。制裁は時間をかけてロシアを弱体化させるだろうが、おそらくプーティンをクレムリンから追い出したり、撤退を納得させたりすることはできないだろう。その結果、西側の決定的な勝利ではなく、長引く膠着状態に陥り、ウクライナ(および食糧やエネルギー不足に直面している発展途上諸国)にとって恐ろしいほどの代償を払うことになるだろう。ロシアがより悪い状況に陥ったとしても、これを外交政策の大成功と言い張ることはできないだろう。

更に加えれば、この危機によって、アメリカは冷戦時代の習慣に逆戻りし、再びヨーロッパの第一対応者(ファーストレスポンダー、first responder)として行動するようになった。ヨーロッパの豊かな民主政治体制諸国には自衛のための十分な潜在能力があるが、特にロシアが時間とともにかなり弱体化することを考えると、アメリカ(アンクルサム、Uncle Sam)は再び、彼ら自身と同じ程度に彼らを守るために行動するようになったという点は重要だ。NATO(ネイト―)は新しい戦略コンセプトを掲げているが、ヨーロッパの加盟諸国はそのコンセプトの高尚な美辞麗句に見合うだけのハードパワー(軍事)能力を持っていない。そして、アメリカは更に多くの軍隊、資金、武器をヨーロッパ大陸に送っているが、ヨーロッパ諸国が公約を守り、軍隊を再建すると本気で信じている人がいるだろうか? 歴史を振り返れば、ヨーロッパ諸国が歴史を守る可能性はほとんどない。

アジア地域ではその記録はあまり良くない。バイデンは中国との競争に新たに焦点を当てることを誓って就任したが、実質的な内容を伴う明確で首尾一貫したアジア戦略を探しても無駄なことだ。日米豪印の四極安全保障対話(Quadrilateral Security DialogueQuad)は協議の場ではあっても同盟の場ではないし、大きな話題となったAUKUS(オウカス)協定も、アジアの海軍力のバランスに影響を与えることは(あったとしても)今後10年以上はないだろう。

中国はこの地域で経済的足跡を拡大し続けており、アメリカは最近の「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)」のような限定的な取り組みや、ソロモン諸島のような場所での中国の進出に対するその場しのぎの対応で応じている。しかし、アメリカの公約は連邦議会で承認された正式な貿易協定に組み込まれていないため、アジアのパートナー諸国は、新大統領が方針を転換するかもしれないと当然ながら懸念している。この問題はバイデンの責任ではないが、アジアの同盟諸国はいずれ、アメリカは中国が提供できるような市場アクセスや投資機会を提供できないし、アメリカは他国の出来事に気を取られやすく、信頼できる保証人にはなり得ないと結論付ける可能性がある。

中国自体については、バイデン政権はトランプ大統領の輸出規制を維持し、台湾防衛の公約に近づき、多くの反中国的なレトリックにふけるようになった。しかし、気候変動問題など協力が必要な分野と競争が避けられない分野とを区別して、対中アプローチを継続的に展開する試みが欠落している。中国の行動やレトリックはこれを容易にするものではないが、地球上で2番目に強い国である中国に対処するための明確な戦略の欠如は顕著である。

中東地域では、バイデンはイランとの核合意を回復し、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマンのような不正な指導者に厳しい態度で臨むことを公約に掲げて就任した。また、バイデンとブリンケンは、人権や「ルールに基づく秩序(rules-based order)」を再構築する必要性について多くを語った。しかし、実際には、バイデンとブリンケンはトランプと同様に取引重視であり、実際、この地域に対する政権のアプローチは、本質的に「トランプ・ライト(Trump=lite、訳者註:トランプ色を薄めた戦術)」である。イランのハサン・ロウハニ前大統領が在任中に核合意への復帰を躊躇した結果、新たな合意の見込みはほぼ消滅し、イランはかつてないほど核兵器に近づいた。

アメリカはイエメンでのサウジアラビアの戦争を黙認し続け、バイデンはムハンマド・ビン・サルマンを「除け者」にすると宣言したがそれは頓挫した。ヨルダン川西岸をさらに吸収しようとするイスラエルの執拗な努力は、いつものように意味のない反応を示す。著名なパレスチナ系アメリカ人ジャーナリストであるシリーン・アブ・アクレの射殺事件は様々な調査によれば、ほぼ確実にイスラエル兵によるものだが、彼女がアメリカ国民であったにもかかわらず、政権からは鋭い言葉さえ発せられない。トランプはアメリカの中東の顧客(クライアント)たちが望むことはほとんど何でもさせた。バイデンとブリンケンはそれに倣っている。

バイデンが今週イスラエルとサウジアラビアを訪問するというのも、戦略的な観点からするといささか不可解なことである。ホスト国はバイデンに新たな安全保障の約束を迫るだろうし、それはアメリカを次の地域紛争に容易に引きずり込むことになる。このような措置は、イランがついに核武装に走ることを誘発しかねない。そうなれば、バイデン政権は予防戦争を行うか、核武装したイランという現実を受け入れるかのどちらかを迫られることになる。しかし、バイデンが現地の権力者の誘惑に抵抗すれば、彼らは苛立って失望し、今回の訪問は当然ながら時間の無駄だったと判断されることになる。それではなぜ行くのか?

本誌の寄稿者であるアーロン・デイヴィッド・ミラーとスティーヴン・サイモンは正しい。バイデンは、主に国内的な理由で、ウクライナ戦争によって引き起こされたエネルギーコストの高騰に対処しようとするためにこれをやっている。しかし、その見方は酷いものだ。アメリカ大統領は、非民主的な従属国家にもっと石油を産出させるために、中東に手ぶらで飛び、真の大国のように行動する代わりに、議論したい問題があれば、ワシントンに飛んできて歓迎すると言っているのだ。彼が得る国内的な利益は、ささやかで短期に終わるだろう。

最後に、バイデンとそのティームは、米国の民主的価値の重要性と、独裁政治に対抗する「自由世界(free world)」の団結を繰り返し強調してきた。これは価値ある目標だが、プーティンや中国の習近平国家主席のような人々から意図しない援助を受けたにもかかわらず、それを示すものはあまりない。また、最近開催された米州首脳会議では、メキシコ、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルヴァドルの各首脳が出席を拒否し、出席した一部の首脳がこの地域におけるアメリカの役割を批判する機会として利用したため、その成果は不十分なものとなった。

更に重要なことは、アメリカ自身が深く分裂し、永久に少数派の支配へと向かっているこの時期に、そして正統性が減少している連邦最高裁が、銃製造者や企業には女性よりも権利があると考えるような時に、なぜアメリカは他の国々が「民主的価値(democratic values)」を受け入れることを期待しなければならないのだろうか? もしバイデンが海外で民主主義を拡大したいのであれば、まず手始めに国内でもっとうまく民主政治体制を守ることから始めなければならない。

私は、賢明で経験豊富な外交政策の達人たちが、なぜこのような失敗を犯しているのか、その原因を突き止めたいと考えている。バイデンは、自分と同じように世界を見て、何十年にもわたってアメリカの外交政策に影響を与えてきた使い古された手法にこの上なく慣れている人々を、意図的に一つのティームに集めたのである。

しかし、「グローバル・リーダーシップ(global leadership)」、「共有された価値観(shared values)」、「ルールに基づく秩序(a rules-based order)」、「自由世界(free world)」といったキャッチフレーズは、戦略の代用にはならない。戦略には、国際情勢を形成する中心的な力を特定する一連の一般原則、その論理から導き出される明確な優先順位、そして国をより安全または繁栄(あるいはその両方)させるための一連の政策ステップが必要である。

国家が脅威の均衡(balance threats)を図る傾向を無視したり、経済的相互依存(economic interdependence)や強固な制度が紛争を不可能にすると考えたり、ナショナリズムの力を無視するなど、戦略の基礎となる世界観に欠陥があれば、優先順位が狂ってしまい、いかなる取り組みも裏目に出る可能性が高くなる。

世界は複雑な場所であり、ある分野での行動が他の分野での努力を損なうことも起きる。明確で根拠のある優先順位がない限り、これらの相殺取引(トレイドオフ、trade-offs)を賢く解決することはほとんど不可能だ。明確な戦略がなければ、予期せぬ出来事によって簡単に軌道修正されてしまうし、国内の有権者、外国のロビー団体、自由世界のリーダーとしてのアメリカの自画像に訴える術を身につけた同盟国からの圧力に対抗することも難しくなる。

バイデンとそのティームは、外交政策のマシーンを動かす方法を知っているという意味では、熟練した整備士(メカニック)たちの一群のようなものである。しかし、彼らが操作するために訓練された国内および国際機関は、もはやその目的に適っておらず、経験豊富なフォードやシボレーの整備士がテスラを整備しようとするような結果に終わっている。当然のことながら、機械が生み出す政策対応は、世界が望むような結果をもたらしてはいない。

バイデンに必要なのは整備士ではなく、建築家(アーキテクト)たちだ。今日の課題により適した新しい取り決めとアプローチを生み出す想像力とヴィジョンを持った人たちだ。残念ながら、今日のエスタブリッシュメントは、適合性と、安全でますます懐古的なコンセンサスの中に留まることに高い優先順位を置いているため、創造量とヴィジョンを持つ人々が権力の座に就くことはないのだ。

希望を持てる理由はあるだろうか? 確かに。アメリカ人たちは、主要な敵国が大きな間違いを犯しているという事実に、いくらかの慰めを得ることができるかもしれない。プーティンのウクライナ侵攻は彼の期待通りにはいかず、中国のゼロ新型コロナウイルス感染拡大政策は中国経済の深刻な構造的不均衡を悪化させ、両国ともほんの数年前より強力な世界的敵対勢力に直面している。

しかし、モスクワや北京がワシントンよりも多くの誤りを犯すことを期待することは、長期的なアプローチとして有望とはいえない。他国の失敗を当てにするのではなく、賢明な政策と効果的な実行こそが、成功への唯一の道だ。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 アメリカとキューバはキューバ革命以降、敵対関係にある。アメリカによる禁輸政策によってキューバは厳しい生活を強いられてきたが、バラク・オバマ政権で国交が樹立されて以降、関係は修復されてきた。しかし、ドナルド・トランプ政権は雪解けを逆行させ、バイデン政権もトランプ政権の姿勢を踏襲している。アメリカとキューバの関係は厳しい状態に戻っている。

 アメリカのキューバ政策は国内政治に影響を受けている。国内政治が外交政策に影響を与え、その逆もあるということは、ロバート・パットナムの言葉を借りれば「諸刃の外交(double-edged sword)」ということになる。具体的に述べていく。

 アメリカ政治においては、マイノリティグループが有権者として重要な役割を果たす。非白人のマイノリティグループ、例えばアフリカ系アメリカ人有権者、アジア系アメリカ人有権者は民主党の支持基盤となっている。最近では、スペイン語を母国語とするヒスパニック系有権者が存在感を増している。合法,違法での移民の数が多く、カトリック信者が多いことで避妊に消極的で子沢山ということもあり人口自体も増えている。ヒスパニック系は概して民主党の支持基盤となっている。

 その中で例外はキューバ系アメリカ人たちだ。キューバ系アメリカ人の多くは、キューバ革命勃発後にアメリカに逃れてきた人々だ。キューバ系の多くはフロリダ州に住んで。フロリダ州政治において存在感を保持している。キューバ系はキューバ革命から逃れてきた人々で、コミュニティはその時代の社会階層、階級をそのまま持ち込んでいる。そして、ヒスパニック系では珍しく、共和党支持者が多い。民主党が社会主義的だと見ているからだ。

 フロリダ州はアメリカ政治において重要な州である。大統領選挙ではフロリダ州で勝利することが重要になっている。民主、共和両党はフロリダ州で勝ちたいと考えている。そのために民主党は支持を受けられないキューバ系アメリカ人有権者を引き付けようとして、歴代政権はキューバに対して強硬な姿勢を取り続けた。ビル・クリントン、バラク・オバマ両政権が2期目にキューバに譲歩するような姿勢を見せたところ、その報復として、後継候補であるアル・ゴア、ヒラリークリントンがそれぞれフロリダ州で敗れ、大統領選挙で敗北を喫するということになった。そのために民主党としては、キューバ系アメリカ人有権者は気を遣わねばならない存在ということになる。

 アメリカ政治を見ていく場合には、マイノリティやイデオロギーに基づいた有権者のグループを見ていくことが重要である。

(貼り付けはじめ)

民主党がフロリダ州での勝利について忘れるべき理由(Why Democrats Should Forget About Winning Florida

-そうすればより良い対キューバ政策を採用することができるだろう。

ウィリアム・M・レオグランデ

2022年11月21日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/11/21/democrats-florida-republicans-cuban-american-cuba-trump-biden-obama/?tpcc=recirc_latest062921

民主党がアメリカ全土で予想以上に健闘した選挙の夜、フロリダはその例外として際立っていた。フロリダの海岸を汚した赤い波、つまりフロリダ政治に押し寄せた赤い波は、サンシャイン・ステートと呼ばれるフロリダ州がまだ競争力を持つかもしれないという民主党の幻想を一掃したのである。ロン・デサンティス州知事は、フロリダのヴェテラン政治家で、民主党候補の元知事のチャーリー・クリストに対して地滑り的な勝利を収めた。マルコ・ルビオ連邦上院議員も、民主党が擁立しうる最強候補の一人であったヴァル・デミングス連邦下院議員に対して大差で勝利した。民主党はフロリダ州の連邦下院28議席のうち20議席を失い、2020年に失った後、奪還を目指したフロリダ南部の主要議席(第27選挙区)を取り返すことができなかった。2021年、フロリダ州の近代政治史上初めて、有権者登録された共和党員が民主党員を上回った。民主党は、都市部の拠点であるタンパ、オーランド、マイアミではまだ競争力があるが、州全体では競争力を喪失した。2024年のフロリダ州で、ジョー・バイデン大統領や他の民主党の候補者たちが、デサンティスどころかドナルド・トランプ元大統領を倒すというシナリオは説得力を持たない。

民主党にとって、この暗い選挙状況に明るい兆しもある。フロリダが真っ赤に染まれば(共和党優勢になれば)、マイアミデイド郡のキューバ系アメリカ人有権者に関する予言ではなく、アメリカの外交政策上の利益に基づいてキューバ政策を再構築する自由が得られるからである。しかし、国内政治がアメリカの対キューバ政策を左右するという習慣を断ち切るのは難しいだろう。キューバ系アメリカ人が重要な支持基盤となった1980年代以来、民主党は40年にわたってこの問題に取り組んできたのである。

ビル・クリントン元大統領は、米国の対キューバ禁輸(embargo)が「失敗が証明された政策(policy of proven failure)」であることは、「半分でも頭脳を持っている人なら誰でも(anybody with half a brain)」知っていると認めている。しかし、1992年の選挙戦では、共和党のジョージ・HW・ブッシュ大統領(当時)を出し抜くために禁輸措置を強化する法案を支持し、1996年には禁輸措置を法律で定める法案に署名した。国家安全保障会議のメンバーを務めたリチャード・ファインバーグは「クリントンはどうしてもフロリダを守りたかったのだ。あれは最重要(numero uno)だった」と述べている。1992年、クリントンはフロリダ州で敗れたが、1996年には勝利している。

特にバイデン大統領の首席補佐官であるロン・クレインは、当時のアル・ゴア副大統領の首席補佐官であり、ゴア陣営の再集計委員会の顧問弁護士であった人物である。クリントンが6歳のエリアン・ゴンサレスをキューバにいる父親に返したことへの報復として、キューバ系アメリカ人は「懲罰投票(voto castigopunishment vote)」を行い、ゴアが大統領に就任することを阻止した。こうして、民主党の大統領候補がフロリダ州を制するには、少なくとも共和党の候補と同じくらいキューバに厳しくなければならない、という常識が生まれた。

バラク・オバマ前大統領は、2008年と2012年に、キューバ系アメリカ人の穏健派に対して、家族のつながり、送金や旅行に関する制限の緩和を支持する政策で、限定的にその常識に挑戦した。この戦略は成功し、オバマは2012年にキューバ系アメリカ人の約半数の票を獲得し、民主党にとって最高水準に達した。しかし、オバマでさえも、歴史的な国交正常化政策に着手したのは、無事再選を果たした後であった。

トランプがオバマのハヴァナとの和解を覆し、キューバ系アメリカ人の右派を動員することに成功したことで、一部の民主党議員はオバマの政策の人気は普通のことではないと説得された。バイデンは、共和党と同様にキューバに厳しくあろうとする既定の姿勢に戻り、トランプの経済制裁のほとんどをそのままにして、新たな制裁を追加した。バイデンは更に一歩進めて、キューバ政策を作る上で難民として国外に避難した人々に特権的な役割を与え、キューバ系アメリカ人を「重要なパートナー(a vital partner)」、「この問題についての最高の専門家(the best experts on the issue)」と呼んでいる。

このアプローチの無益さは選挙結果にも表れており、南フロリダのキューバ系アメリカ人を対象とした最近の世論調査がその理由を説明している。バイデンのキューバ政策はトランプと大差なく、圧倒的に支持されたにもかかわらず、回答者は72%対28%と圧倒的にバイデンへの不支持を表明したのだ。キューバ系アメリカ人の民主党に対する反感は、キューバ政策にとどまらず、外交・国内問題の広い範囲に及んでいる。キューバ系アメリカ人の共和党員は党員登録で民主党員を大きく上回り、今回の中間選挙の出口調査によると67%がルビオ(連邦上院議員)に、69%がデサンティス(州知事)に投票した。

フロリダ州で当面の間、民主党が選挙に勝てないので、民主党政権が国益に基づくキューバ政策を立案する自由を得たとしたら、その政策はどのようなものになるのだろうか?

体制転換(regime change)を推進する、あるいはキューバ政府をアメリカの要求に従わせるという前提から始まるだろうが、いずれのアプローチも50年以上前から連綿と続いてきた失敗の歴史がある。民主党の象徴であるフランクリン・D・ルーズベルト元大統領は、こう忠告した。「何かやれ。うまくいくなら、もっとやれ。うまくいったら、もっとやれ。うまくいかなかったら、他のことをやれ」。今こそ、他のことをする時だ。

国益に基づくキューバ政策は、アメリカとキューバが、逃れられない地理的条件によって、移民から環境保護、公衆衛生、麻薬の阻止など、協力によってのみ進展することができる重要な利益を共有していることを認識するものである。

国連でのほぼ満場一致の禁輸反対票が30年連続で記録されているように、ワシントンの敵対政策を支持する国は世界に存在しないことを認めることになる。多くのアメリカの同盟諸国、特にラテンアメリカで現在優勢な左派政権は、最近この地域を訪問したアントニー・ブリンケン米国務長官に語ったように、その政策に積極的に反対している。バイデン政権は、敵対的な政策に固執することで、5月の米州首脳会議の部分的なボイコットが示すように、その西半球の諸議題に関する議論を妨害した。これは、この地域における中国の影響力が高まっている瞬間である。

最後に、政治的・経済的に開かれたキューバを目指す現実的な政策は、ポスト・カストロ時代にキューバで進行している劇的な変化にアメリカがプラスの影響を与えようとするならば、キューバの新しい指導者や活気を増す市民社会と積極的に関わる必要があることを認識することであろう。

簡潔に述べるならば、アメリカの国益に基づく政策は、オバマが2014年12月17日に発表した政策、つまりバイデンが2020年の選挙戦で「大部分は戻す」と約束したが、そうしていない政策によく似ている。オバマの政策は、ラテンアメリカとヨーロッパのアメリカの同盟諸国によって歓迎され、潘基文前国連事務総長とローマ法王フランシスコの両者によって賞賛された。ここ数十年の米国の外交政策で、これほど普遍的な称賛を得たものは他にないだろう。もしバイデンが外交政策として意味のあるキューバ政策を作る用意があるならば、ハンドルを再発明する必要はない。ただ、ハンドルを付け戻すだけで良いのだ。

※ウィリアム・M・レオグランデ:ワシントンDCにあるアメリカン大学政治学教授。ピーター・コーンブルーと共著『キューバとのバックチャンネル:ワシントンとハヴァナとの間の交渉の隠された歴史(Back Channel to Cuba: The Hidden History of Negotiations between Washington and Havana)』がある。ツイッターアカウント:@WMLeoGrande

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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