古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:スティーヴン・M・ウォルト

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。
 

 第2次ドナルド・トランプ政権は、発足後100日を過ぎて、イーロン・マスクが政権を離れるという報道が出るなど、ひと段落を突けるという状況になっている。政権内部の影響力争いもあり(特に高関税政策において)、マスクが外れ、誰がトランプ大統領に対して影響力を持つかが分からない状況になっている。当初の怒涛の勢いはさすがに続かない。しかし、連邦政府の縮小と関税交渉はこれからなお続く。

 下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは、ジェイムズ・スコットの傑作『国家のように見る:人間の状態を改善するための特定の計画はいかにして失敗したか(Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed)』を敷衍して、トランプ政権が政策に失敗するであろうと予測している。スコットは著書の中で、重大な政策の失敗の原因を 「抑制されない権力(unchecked power)」と「強力な「ハイモダニズム」イデオロギー(“high modernist” ideologies)、つまり合理的かつ準科学的な基盤に基づいているとされる世界観に導かれていたこと」に求めており、結果として、「これら2つの要素が組み合わさると、自信過剰で、細部に頓着せず、地域の状況に無関心で、反対圧力にも動じない指導者が生まれる。このような状況下では、政府は自らの自覚すらなく、甚大かつ永続的な損害を与える可能性がある」としている。ウォルトは、トランプが抑制されない権力を求めているが、ハイモダニズム・イデオロギーには基づかないとしている。そして、以下のように書いている。「白人キリスト教ナショナリズム(ピート・ヘグゼスなど)の宗教的過激主義(the religious extremism)と、シリコンバレーのテクノ・リバタリアン的未来主義[Silicon Valley techno-libertarian futurism](イーロン・マスクなど)が融合しているからである。前者は多様性への攻撃、女性や少数派の権利を後退させようとする動きの原動力であり、後者は政府の制度や政策に対する軽率な破壊工作の背後にいる。この運動のどちらの勢力も、自分たちが神の意志を実行していると信じているか、あるいは自らを、テクノロジーを駆使して未来を操れる魔法使いだと信じているかのどちらかで、自らが正しいと確信している。彼らは大統領が全権を握ることに満足している。それは、彼らのユートピア的な(そして場合によっては利己的な)計画を実行するための手段だからだ」

 このウォルトの分析は需要だ。それは、トランプ政権内部の大きなグループ分けを示しているからだ。白人ナショナリズムとテクノリバータリアニズムの同居ということになる。これら2つのグループが呉越同舟である時は良いが、問題は、トランプ政権の施策が人々の支持を失う時だ。トランプ政権の施策はアメリカ国民を甘やかすものではない。「製造業の雇用を作れと言うからそのようにしている。実際にあなたたちはきちんと働いて、諸外国の労働者と競争しなくてはいけない(あなたたちは自分たちが世界一の労働者だと言っているのだからできるだろう)」ということになる。しかし、アメリカを外から眺める目で見てみれば、アメリカの労働者が世界一の質であるなどと考える人は少数だろう。

 状況が悪化していけばおそらく仲間割れを起こして、政権内は混乱するだろう。そうなったときに、トランプがどのような選択をするかである。トランプが3期目を目指すという話も出ているが、彼はそこまでは自分の仕事ではないと思っているはずだ。泥船のアメリカを劇的に救うことなど神様でもない限りできないだろう。そんな仕事を後7年もやるなんて、そんなバカげたことはない。トランプは何とか条件を整えるだけで精一杯だろう。そして、アメリカ国民は失敗してしまうだろう。そして、アメリカは世界覇権国の座から退いていく。それが国家の繁栄と衰退のサイクルということになるだろう。

(貼り付けはじめ)

アメリカは自らの最大の敵だ(America Is Its Own Worst Enemy

-強大な国家が自らの足を撃つことは前例のないことではない。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年2月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/02/12/trump-democracy-america-own-worst-enemy/

外交政策や国際安全保障を取り扱っている私たちは、主に外部からの脅威と、それを最小化し、抑止し、打ち負かすために何ができるかに焦点を当てがちである。しかし最近、私は奇妙な理由から、指導者が自ら愚かな行動(a foolish course of action)を選択し、手遅れになるまで軌道修正することができないか、あるいはしようとしない場合に、国が自らに与える甚大な損害について考えている。

もちろん、国家には外敵を心配する十分な理由がある。外敵の危険を真剣に受け止め、それらに知的に対応することを怠れば、痛ましい結果を招きかねない。自己満足も危険の1つだが、不必要な戦争を仕掛けて外的危険に過剰反応する国も、第二次世界大戦でドイツや日本が、イラクでアメリカが、そしてウクライナでロシアがしたように、大きな代償を払うことになる。したがって、私のような人間が国際的な問題を評価し、それに対処する様々な方法を提案することに多くの注意を払うのは当然のことである。

しかし、誤った外交政策や国家安全保障政策だけが国家が問題に陥る原因ではない。毛沢東が率いた、気まぐれで強引な中国共産党指導部は、40年近く経済発展を阻害し、1958年の大躍進政策(the Great Leap Forward)や1960年代の文化大革命(the Cultural Revolution)といった愚かな運動は何百万人もの不必要な死をもたらし、中国を本来よりもはるかに貧しく弱体化させた。ヨシフ・スターリンによる集団農業の強制(collectivized agriculture)はソ連でも同様の影響を及ぼし、ニキータ・フルシチョフによる、1950年代の考えなしの「処女地」計画(“Virgin Lands” program)も同様の影響を及ぼした。アルゼンチンは20世紀初頭には1人当たりの所得が世界第12位を誇り繁栄していたが、数十年にわたる政治の機能不全と度重なる政策ミスが発展を阻み、度重なる経済危機を引き起こした。ヴェネズエラはかつて南米で最も豊かな国だったが、ウゴ・チャベスとニコラス・マドゥロ政権の無能な指導力によって経済は破壊され、数百万人が国外に逃れる事態となった。これらの惨事の主たる責任は外国の敵ではなく、ほぼ全てが権力者たちが負うべきだ。

同様に、いかなる外国の敵がアメリカに対して、アメリカが自らに与えたほどの損害を与えたとは言い難い。死傷者数で言えば、南北戦争は依然としてアメリカ史上最も犠牲の大きい紛争である。アルカイダは2001年9月11日に約3000人を殺害し、数十億ドルの物的損害を引き起こしたが、世界的な対テロ戦争は、はるかに多くのアメリカ人の命と莫大な費用を費やす結果となった。1990年以降、100万人以上のアメリカ人が銃による暴力で亡くなっている。これは他のどの先進国よりも人口に占める割合がはるかに高い。そして、この悲惨な統計は、もっぱら国内政策の決定によるものだ。少なくとも50万人の死者を出したオピオイド危機は、主に製薬会社の強欲の結果であり、現在のフェンタニルの危険性は、薬物乱用を公衆衛生問題ではなく、外国の犯罪者に対する戦争として扱うという長年の傾向に大きく起因している。アメリカが中国の世界貿易機関(WTO)加盟を時期尚早に支持したり、金融業界の規制緩和を強制して金融危機を不可避にするような事態を招いたりした外国人は誰もいない。また、外国の敵が次の危機の引き金となり得る仮想通貨やミームコインの熱狂を煽っている訳でもない。

この状況はそれほど驚くべきものではない。アメリカは豊かで強力であり、地理的にも有利なため、いかなる外国勢力もアメリカに、アメリカが自らに与えるほどの損害を与えることは難しい。そこで当然の疑問が浮かぶ。アメリカの指導者が自国に打撃を与える可能性を高める条件とは一体何なのか?

以前にも述べたように、この問題を最もよく理解するための手引きの1つは、故ジェイムズ・スコットの傑作『国家のように見る:人間の状態を改善するための特定の計画はいかにして失敗したか(Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed)』である。本書は、各国が自らの判断で、これらの政策が劇的で好ましい結果をもたらすと確信し、破滅的な政策を実行した一連の事例を検証している。

ジェイムズ・スコットは、これらの重大な政策の失敗は主に2つの要因に起因すると主張する。1つ目は、抑制されない権力(unchecked power)である。これらの国の指導者たちは、やりたいことを何でも自由に行うことができ、彼らに誤りを正すよう強制できる強力な機関は存在しなかった。2つ目は、これらの指導者たちは、強力な「ハイモダニズム」イデオロギー(“high modernist” ideologies)、つまり合理的かつ準科学的な基盤に基づいているとされる世界観に導かれていたことである。スターリンと毛沢東の両方を導いたマルクス・レーニン主義は、社会問題に対する唯一の真の答えを提供すると主張した点で、まさにその好例である。これら2つの要素が組み合わさると、自信過剰で、細部に頓着せず、地域の状況に無関心で、反対圧力にも動じない指導者が生まれる。このような状況下では、政府は自らの自覚すらなく、甚大かつ永続的な損害を与える可能性がある。

さて、話を今日のアメリカ合衆国に戻そう。スコットの洞察は、私たちの目の前で展開している出来事について何を示唆しているのだろうか?

良いことは何もない。

ドナルド・トランプ大統領が抑制されない行政権を望んでいることは今や明白であり、連邦下院も連邦上院も、合衆国憲法が連邦議会に与えている権限を奪取しようとする政権の試みに抵抗する意志も能力も持ち合わせていないようだ。資格のない閣僚任命を承認すること自体が懸念材料だが、政府支出に関する権限を放棄することはさらに深刻だ。

裁判所はこの権力掌握を阻止するだろうか? おそらくそうするだろう。しかし、最高裁判事の過半数が行政府の権限拡大を支持しており、連邦最高裁判所がトランプの行動を阻止するほどの力を発揮するとは思えない。それでは、もし阻止しようとしたらどうなるだろうか? 重要な訴訟で最高裁が政権に不利な判決を下し、トランプが任命した職員に判決を無視して命令を実行するよう命じたとしよう。一部のキャリア官僚は従わないかもしれないが、休職処分や解雇の対象になる可能性がある。FBI、司法省、シークレットサーヴィス、連邦保安官、軍が最高司令官の命令に従うのであれば、ジョン・ロバーツやエレナ・ケーガン、その他の判事たちは、特に任命された職員が、後に法的トラブルに巻き込まれたとしても大統領が恩赦を与えてくれると知っていたとしたら、行政府の行動を阻止するために何をするだろうか?

第二に、政権の指針となっているのは、知識の限界、予期せぬ結果の必然性、現代社会の複雑さ、あるいは地域事情を考慮する必要性(スコットなら助言しただろう)といった認識ではなく、共産主義者やファシスト、その他の狂信者たちと同様に、自分たちがあらゆる問題に対する唯一の真の答えを持っているという信念である。これはスコットが用いた意味でのハイモダニズム(high modernism)とは全く異なる。白人キリスト教ナショナリズム(ピート・ヘグゼスなど)の宗教的過激主義(the religious extremism)と、シリコンバレーのテクノ・リバタリアン的未来主義[Silicon Valley techno-libertarian futurism](イーロン・マスクなど)が融合しているからである。前者は多様性への攻撃、女性や少数派の権利を後退させようとする動きの原動力であり、後者は政府の制度や政策に対する軽率な破壊工作の背後にいる。この運動のどちらの勢力も、自分たちが神の意志を実行していると信じているか、あるいは自らを、テクノロジーを駆使して未来を操れる魔法使いだと信じているかのどちらかで、自らが正しいと確信している。彼らは大統領が全権を握ることに満足している。それは、彼らのユートピア的な(そして場合によっては利己的な)計画を実行するための手段だからだ。

数週間前、私は「トランプのピーク」が既に到来しつつあると述べ、政権が当初立て続けに打ち出した大統領令や突飛な提案は、最終的には裁判所、連邦議会、そして日々の統治の現場で行き詰まるだろうと予測した。しかしながら、連邦議会がトランプの行動に承認を与えることに甘んじ、裁判所の動きは鈍く、第四権力は分裂して無知であり、大学や有力な専門家団体は身を守ろうとしているように見えることから、既存のアメリカの諸機関がその任務を果たせるかどうかについては、ますます自信を失っている。高校の社会科の授業で習った抑制と均衡(the checks and balances)の仕組みは、今のところあまりうまく機能していないようだ。

この取り組みを崩壊させる可能性が高いのは、組織的かつ非暴力的な市民の抵抗とともに、現実世界での出来事だろう。白人のキリスト教ナショナリストとテック・ブラザーズとの間の便宜的な結婚(the marriage of convenience between the white Christian nationalists and the tech bros)は長続きしないかもしれない。特に、国内情勢が膠着し始め、トランプ大統領が非難するスケープゴートを必要とした場合(あなたのことだよ、イーロン)。もっと重要なのは、政権が現在進めている政策が、何百万人もの人々に深刻な悪影響を及ぼすということだ。連邦政府の予算が枯渇し、庶民は職を失い、病院は削減され、基本的なサーヴィスは脅かされる。中国の大学や研究機関が新たな高みへと急上昇しているように見える今、科学研究は機能不全に陥るだろう。かつては頼もしい親米だった国々も距離を置き始め、新たな市場や、場合によっては新たな友好国を探し始めるだろう。トランプ大統領の関税フェチが完全には実行に移されないとしても、国内外の企業は彼の予測不可能性を警戒し、脆弱性を減らすことに目を向けるだろう。私たちが向かうかもしれない先についての恐ろしい予測は、ノーベル賞受賞者ダロン・アセモグルが『フィナンシャル・タイムズ』紙に寄稿した、あまりにも現実的なエッセイをご覧いただきたい。

スコットや他の著名な学者たちが警告しているように、抑制のきかない権力の危険性は、独裁者が(部下や下僕が言わないために)自分たちの政策が失敗していることに気づかない可能性があること、そして、たとえ言われたとしてもそれを止められる立場にある者が誰もいないことだ。トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が、トルコ経済に甚大なダメージを与える異例の経済政策を追求するのを誰も止めることができなかった。最終的に軌道修正を余儀なくされたのは、高騰するインフレと世界市場の反応だった。

アメリカの民主政治体制、アメリカ経済、そして過去の成功の原動力となった知識生産機関へのダメージが修復不可能になる前に、事態が一刻も早く悪化することを願ってやまない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント: @stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
trumpnodengekisakusencover001

『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。

 今回は、国際関係論の泰斗、ハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルトによる、国際関係論の理論を使っての第2次ドナルド・トランプ政権の分析を行っている論稿をご紹介する。ウォルトによると、2つの理論で説明できるということで、1つの理論は「力の均衡・脅威理論(balance-of-power/threat theory)」、もう1つは「
the theory of collective goods)」だ。

脅威の均衡理論の論理は単純明快で、中央権力のない世界では、ある国家が強くなりすぎると、その国家が利用可能な権力をどのように使うか不透明なため、全ての国家が懸念を持つ傾向がある。弱小国は強国を牽制し、攻撃される場合には団結して抵抗しようとする。特に、近隣に悪意を持つ強国が存在する場合、バランスをとる必要性は強まる。

この理論は、アメリカが第二次世界大戦以来、世界最強の経済・軍事大国であったにもかかわらず、ほとんどの国がアメリカとバランスを取るよりも協調することを選んできたという異常事態を説明する。多くの国々は、近隣の危険な国々に対抗するためにアメリカと協力し、冷戦時代の同盟体制が崩壊する結果となった。アメリカは、他国から脅威視されていないため、強力なバランシング連合には直面しなかった。

アメリカの地理的な位置は依然として大きな資産だが、トランプ政権の好戦的なアプローチは前例のないもので、アメリカのパートナー諸国は信頼が揺らいでいる。トランプが新たな脅威を持って現れたことで、他の国々は次に標的になるのではと懸念している。特に、トランプによる大胆な行動が他国の指導者たちを結束させ、トランプの政策に抵抗する動きを生んでいる。 カナダの政治家がトランプに対抗するための会議を提案したり、中東の政府がトランプの提案を拒否したりすることは、トランプの外交政策が新たな抵抗を引き起こしている証拠である。アメリカの外交政策には、大きな変化が生じており、他国が取るべき対応策や、アメリカとの関係を再評価する必要性が増大している。短期的には譲歩を得られるかもしれないが、トランプのアプローチは長期的には裏目に出て、アメリカのライヴァル諸国に新たなチャンスを与える可能性がある。

集合財理論(the theory of collective goods)が作用するには、協調行動と代償を払う意志が不可欠であり、他国がまったくの無策でいることが許される訳ではない。特に政治的に緊張している国々には、バランスを取ることが難しい。

アメリカの力を行使するには一定の自制心が求められるが、トランプ政権にはその意識が欠けている。約束を守り、他国を尊重することがなければ、外交政策の影響力は衰えてしまう。アメリカは個別に譲歩して他国を引き離すことができ、それゆえにアメリカの立場は揺らいでいる。アメリカの強力な武器が存在することは明らかだが、強硬な外交手段がどのような帰結をもたらすかは、これからの課題である。威圧や罰の手段によって、他国との関係は悪化し、アメリカの影響力は減少する恐れがある。現在、我々が目にしているのは、今後の国際政治がどのように変化していくのかを示す重要な分岐点である。

 これら2つの理論を用いての分析は、アメリカがこれまでの役割を放棄し、世界各国にとっての不安定要素や脅威となるために、アメリカに対して対抗するために世界各国がまとまるという未来図を提示している。アメリカは成果の警察官であることを辞め(これはバラク・オバマ政権からの動きであるが)、西半球にこもろうとしている。これは、アメリカの国是である「モンロー主義」への回帰である。こうした大きな動きによって、アメリカへの信頼は低下し、世界各国は大変化に備えるために、協調して行動することになる。これは、最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)で分析した通りだ。世界は大きな構造変化によって大変化を迎える。私たちはそうした世界史でも稀有な時代に際会していることになる。

(貼り付けはじめ)

国際関係論の理論が予測するトランプ2.0の内容(What IR Theory Predicts About Trump 2.0

-米大統領の外交政策革命(foreign-policy revolution)に関する学術的評価はこうなる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年2月3日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/02/03/ir-theory-trump-balance-power/

私は誓う。今週はドナルド・トランプ米大統領以外の話題を書くつもりだったが、ホワイトハウスから噴出する悪質な政策の嵐を無視することはできない。重要な事柄について書くべきであり、世界最強国の外交政策はまさにその1つだ。特に、それが突如として広範囲に及ぶ奇怪な事態へと突入する時はなおさらだ。従って、トランプ政権が実行しようとしている外交政策の革命に焦点を当て続けることをどうか許して欲しい。

重要な問題は、トランプによる関税課税、世界保健機関(the World Health OrganizationWHO)からの脱退、そしてその他最近の取り組みがアメリカ国民の生活にどのような影響を与えるかということだ。そして、その答えの一部は、トランプによる強引な威圧と脅迫の試み(Trump’s heavy-handed attempts to browbeat and bully them)に、世界がどう反応するかにかかっている。まずは、最も親密な同盟諸国から。この問題については数週間前にも書いたが、今日は、その根底にあるより広範な概念的・理論的な問題について考察したいと思う。

私が見たように、ここにあるのは、世界の仕組みに関する対立理論の衝突(a clash of rival theories about how the world works)である。1つは、私の古くからの友人である「力の均衡・脅威理論(balance-of-power/threat theory)」であり、もう1つは「集合財理論(the theory of collective goods)」である。どちらの視点も、世界がどのように機能しているのか、その仕組みについて重要なことを教えてくれる。ここで起きる疑問は、今起こりそうなことについて、どちらが最も明確な洞察を与えてくれるかだ。

脅威の均衡理論から始めよう。その論理は単純明快だ。中央権力のない世界では、ある国家が強くなりすぎると、その国家が自由に使える権力をどのように使うか分からないため、全ての国家が懸念する傾向がある。その結果、弱小国は力を合わせて強国を牽制し、強国が弱小国を征服・支配しようとすれば打ち負かそうとする傾向が強くなる。強い国が近くにある場合、他国を征服することを主目的としていると思われる強力な軍隊を持っている場合、特に悪意を持っていると思われる場合、バランスを取る傾向は強まる。

とりわけ、この理論は、世界政治における顕著かつ永続的な異常事態(a striking and enduring anomaly)を説明するのに役立つ。アメリカは第二次世界大戦以来、世界最強の経済・軍事大国であったが、世界の大国や中堅国のほとんどは、アメリカとバランスを取る(balance against it)よりも、アメリカと協調する(to align with it)ことを好んだ。彼らは、アメリカのバンドワゴンに飛び乗る[jumping on the U.S. bandwagon](すなわち、ワシントンをなだめるために同調する[aligning with Washington in order to appease it])のではなく、彼らのすぐ隣にあり、危険な野望を抱いていると思われる国々(ソ連など)に対して、アメリカとバランスを取っていたのである。その結果、アメリカの冷戦同盟体制は崩壊した。 アメリカの冷戦時代の同盟システムは、モスクワと同盟を結ぶ様々なパートナーよりも常に豊かで、軍事的に強く、影響力があった。

アメリカは、その巨大な力にもかかわらず、同等に強力なバランシング連合(an equally powerful balancing coalition)に直面したことがない。これは、他の主要な世界大国から地理的に離れていることも一因だが、カナダなどの近隣諸国を含む多くの主要諸国がアメリカを特に脅威とは見なしていなかったことも一因である。この状況は、アメリカが単独で世界大国の頂点に立ち、他国がその影響力を抑制するためにもっと努力するはずだった一極化時代(the unipolar era)にも続いた。「ソフト・バランシング(soft balancing)」を試みる、ささやかな試みもあったが、ほとんどは中東の「抵抗枢軸(Axis of Resistance)」のような比較的弱いアクター群の間で行われた。アメリカの同盟諸国は、しばしばアメリカの判断力に疑問を呈し、アメリカの政策が意図せず自国に損害を与えるのではないかと懸念していたが(2003年のイラク侵攻は、こうした懸念が正しかったことを裏付けた)、全体としては依然としてアメリカを深刻な脅威ではなく、有用なパートナーと見なしていた。アメリカの優位性(U.S. primacy)は、民主党政権と共和党政権の両方がNATOのような多国間機関を通じて大きな影響力を行使し、同盟諸国の指導者たちにワシントンの要求に応じるよう圧力をかけているときでさえ、一般的に敬意を持って接していたため、容認可能でもあった。

もちろん、アメリカの地理的な位置は変わらず、依然として大きな資産だ。しかし、カナダやデンマークといった伝統的に親米的な国々に対するトランプ政権の好戦的なアプローチは前例のないものだ。アメリカのパートナー諸国は、アメリカがもはや信頼できないのではないかと懸念しているだけでなく(トランプはルールなど無意味だと考えており、火曜日に何かを約束して金曜日に撤回することに何の抵抗も感じないため)、アメリカが積極的に悪意を持っているのではないかとも懸念している。トランプ大統領がパナマ運河の奪還(retake the Panama Canal)、グリーンランドの征服(conquer Greenland)、カナダを51番目の州にする(make Canada the 51st state)と脅迫すれば、既存の条約の内容やパナマ、デンマーク、グリーンランドの人々がそれについてどう思っているかに関わらず、全ての国が次は自分たちかもしれないと懸念してしまうことになる。

脅威均衡理論(balance-of-threat theory)が予測するように、これらの国々の指導者の一部は既に、トランプの危険な政策に抵抗するための協調的な取り組みを提唱している。先週、カナダのクリスティア・フリーランド元財務大臣(ジャスティン・トルドー首相の後任として自由党党首に就任することを目指している)は、トランプの関税と主権侵害への共同対応策を策定するため、メキシコ、パナマ、カナダ、ヨーロッパ連合(European UnionEU)の首脳会議の開催を求めた。カナダのホッケーのファンたちがアメリカ国家「星条旗(The Star-Spangled Banner)」の演奏にブーイングをしたのは(今週末のように)、何か深刻な問題があることを意味している。エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、パレスティナ自治政府、アラブ連盟は、ガザ地区とヨルダン川西岸地区からパレスティナ人を民族浄化する(to ethnically cleanse)という、トランプの提案を断固として拒否する共同声明を発表した。トランプが現在の路線を継続するならば、こうした動きは必然的に拡大し、一部の国々は、たとえワシントンに対する影響力を高めるためであっても、北京の支援を求めることになるだろう。

これは米国の外交政策における大きな変化(a sea change)であり、アメリカとその主要な大国であるライヴァル諸国との間に認識される差異を必然的に狭めることになる。アメリカのアジアのパートナー諸国は、地域のパワー・バランス(power balance、力の均衡)を懸念し、その維持にアメリカが協力することを望んでいるため、ワシントンと協力することを熱望してきた(アメリカの指導者たちを満足させるために、政策の一部を調整してきた)。しかし、アメリカがロシアや中国のように振る舞い始め、新たな貿易戦争の脅威(threatening new trade wars)を与え続ければ、ワシントンと緊密に結びついていることの利点は薄れていくだろう。アメリカに追従することに慣れている国々は、アメリカの気まぐれから自国を守るためにヘッジをかけ、他の戦略を模索するだろう。

まとめると、世界政治のより永続的で強力な理論の1つは、トランプ大統領の外交政策への急進的なアプローチが裏目に出ることを示唆している。短期的には多少の譲歩(concessions)を勝ち取るかもしれないが、長期的には世界的な抵抗が強まり、アメリカのライヴァル諸国にとっては新たなチャンスとなるだろう。

しかし、ここで集合財理論が作用し、それは逆の方向を指し示している。アメリカの力を抑制するには、協調行動(coordinated action)と、反対に伴うコストを負う意図(a willingness to bear the costs of opposition)が必要だ。他国をトランプに対抗させるには時間がかかり、一部の政府はただ乗りして、誰かが大変な仕事をしてくれることを期待する誘惑に駆られるだろう。このような状況下では、アメリカは分割統治(divide-and-conquer)を行い、個別に譲歩することで一部の州を引き離そうとする可能性がある。バランスの取れた連合を組織することの難しさは、特に政治体制自体が緊張状態にある国々にとっては、決して軽視すべきではない。そして、トランプがまさにそれを当てにしている。

しかし、特記すべき点がある。世界を「不均衡(off-balance)」な状態に維持するには、アメリカの力を選択的に行使し、相当の自制心を持つことが求められる。それは、より弱い国々やそれらの指導者たちを屈辱させる機会を常に探そうとしないことである。他国は、アメリカが約束を守ること、そして合意や譲歩が新たな要求を招くだけではないこと(Washington will keep its promises and that cutting a deal or making a concession won’t simply invite new demands)を確信しなければならない。残念ながら、自制心(restraint)を発揮し、約束を守り、他者を尊重することは、トランプの戦略には含まれていなかった。そして、彼が公務員を骨抜きにする一方で、任命した有能な人材は、アメリカの外交政策が巧みに遂行される可能性をさらに低くしている。

アメリカ合衆国が強力な武器(a mailed fist)を持っていることは誰も疑わない。しかし、そのヴェルヴェットの手袋を脱いだ時に何が起こるのか、我々はこれから発見することになる。リアリストたちが何十年も警告してきたように、そして過去の侵略者たちの行動が私たちに思い出させてくれるように、他国を威圧し罰するために強硬な外交手段を用いる国家は、最終的には当初のバランスへの抵抗や集団行動の障害を乗り越え、友好国は減り、敵は増え、影響力ははるかに弱まることになる。アメリカ合衆国が最も近い隣国や多くの長年のパートナーを永久に疎外するなど考えられなかったが、まさに今、我々はその方向に向かっている。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ブルースカイ・アカウント:: @stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
trumpnodengekisakusencover001

『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。

 ドナルド・トランプには大統領としては残り4年間弱しか時間がない。そのうち、最終年はレイムダック化と呼ばれる、次はないのだからということで、人々が離れて実質的に力を失う時期があるとなると、3年間ほどしかない。2026年11月には中間選挙(連邦上院議席の一部と連邦下院の全議席の選挙)が実施され、だいたい与党側が議席を減らすので、連邦上下両院での優位も崩れるかもしれない。そうなれば、政権運営は難しくなるので、最初の2年間で勝負を決しておかねばならない。

トランプは、アメリカの抱える財政赤字と貿易赤字を何とかしようと、電撃作戦を仕掛けた。巨大な連邦政府(職員は約200万人)と巨額の連邦政府予算(約7兆ドル、約1000兆円に達する)の削減を行うために、イーロン・マスクを政府効率化省のトップに据えた。私たちは新自由主義全盛の頃に、アメリカは小さい政府で効率が良い、決定スピードが速いなどと嘘を教えられてきたが、共和党と民主党の大統領、連邦議会は、アメリカ連邦政府を巨大化させてきた。そのくせ、日本は国家予算を削り、人員を減らすことを、アメリカの手先にして売国奴、買弁の小泉純一郎や竹中平蔵に強要されてきた。話が逸れたので元に戻す。

 貿易赤字に対しては、高関税を課すことになった。関税を支払うのは、輸入する業者たちだ。そして、関税が上がった分で業者や取引業者が吸収できない分は消費者が価格の上昇ということで支払うことになる。物価上昇については、トランプ大統領はエネルギーの増産で対処しようとしているが、アメリカ政府の輸出増加を狙う、ドル安誘導で物価上昇は避けられない。アメリカ国民は、強いドルのおかげで世界中から製品を比較的安価に手に入れることができた。そして、外国に支払ったドルは、「世界で最も安全な資産」である米国債購入で、アメリカに戻るというシステムを作り上げ、借金漬けの生活を送ることが可能になった。

 トランプはそのような戦後のシステムとそれが生んだひずみを解消しようとしている。もちろん、それはうまくいかないだろう。はっきり言って、アメリカの製造業が復活するなんてことはないし、アメリカの借金が全てチャラになることはない。多少の延命になるかどうかだ。しかし、これまでの政治家たちが先送りにしてきたことを何とかしようという姿勢を見せているだけでも、アメリカ国民の評価を得るだろう。

 以下の論稿にあるように、これまでの常識で見ていけば、トランプはすぐに失敗することになるだろう。しかし、現状はこれまでとは大きく異なっている。戦後の世界構造、いや、近代600年の世界構造が大きく動揺している。その中で、時代精神、心性を体現する人物としてトランプは出現した。このことを分からなければ、右往左往するだけのことになってしまう。

(貼り付けはじめ)

これは「トランプのピーク」になるかもしれない(This Could Be ‘Peak Trump’

-彼の権力への復帰は印象的なものだが、これから困難な仕事が始まる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年1月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/01/27/peak-trump-war-diplomacy-tariffs-economy/

トランプ政権の発表だけを聞いたり、これまでに業績を上げてきたジャーナリストたちによる、まるで目の前の出来事に戸惑うような(the deer-in-the-headlights)説明だけを読んだりすれば、トランプ新政権は既に抗えないほどの勢いを増大させているという結論を皆さんは持つかもしれない。トランプの君主的な野心(Trump’s monarchical pretensions)を考えると、彼は間違いなく、自分には制限がなく、抵抗は無駄だと皆に思わせたいと思っているだろう。しかし、それは事実ではない。トランプの華々しい復帰と初期の広範な取り組みを、止められない勢いだと誤解すべきではない。むしろ、後になって、この時期を振り返ったえら、トランプ的傲慢さの頂点(the highwater mark of Trumpian hubris)だったということになるだろう。大袈裟な約束をするのは簡単だが、実際に成果を上げるのは非常に困難なのだ。

もちろん、トランプの手腕を過小評価すべきではない。彼は、疑わしい事業に銀行から融資を取り付け、騙されやすい顧客に、決して実現しないものに金を支払わせることに大いに長けている。彼は、事実がどうであろうと、アメリカは絶望的な状況にあり、自分だけがそれを解決できると有権者を説得することに驚くほど長けていることを証明してきた。これは、様々な問題の責任を負わせる架空の敵(fictitious enemies)を見つけることにも同様に長けているからだ。過去の犯罪に対する処罰を逃れることにかけては並外れた技能を持っており、自身、家族、そして仲間に利益をもたらすことにも長けている。そして正直に言って、彼は疑問視されるべき正統性(orthodoxies that deserved to be questioned)、特にアメリカを不必要で失敗に終わる戦争に引きずり込む外交政策エスタブリッシュメントの傾向に、果敢に挑戦してきたことでも恩恵を受けている。

トランプが才能を発揮できていないのは、政府を運営し、首尾一貫した政策を立案し、一般のアメリカ国民に広範かつ具体的な利益をもたらすことにおいてだ。彼の最初の任期における実績は忘れてはならない。貿易赤字は改善するどころか悪化し、不法移民は大幅に減少せず、パンデミックへの対応の失敗で何千人ものアメリカ人が不必要な死を遂げ、北朝鮮は核兵器を増強し、イランはウラン濃縮を再開し、大々的に宣伝されたアブラハム合意は、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃の布石となった。彼はアメリカ・メキシコ国境に壁を建設することはなく、メキシコは費用を負担しなかった。中国は、トランプが交渉した大規模貿易協定で約束した2000億ドル相当のアメリカ製品を購入しなかった。まさに多くの勝利を得た!

今回はもっと良い結果になるだろうか? もしかしたらその可能性はある。2017年とは異なり、今回は彼には要職に忠実な側近が就いており、ホワイトハウスには有能で有能な首席補佐官(chief of staff)がいると誰もが認めるだろう。しかし、こうした強みをもってしても、トランプの政治政策に潜む深刻な矛盾(deep contradictions)や、彼が直面するであろう障害(obstacles)を解消することはできない。

それらの点を列挙してみよう。

第一に、偉大な平和調停者(a great peacemaker)として歴史に名を残したいというトランプ氏の願望と、自分の思い通りにするために相手を威圧し、武力行使で脅すという彼の根強い特長との間には、明らかな緊張関係がある。巧みな強制外交の使用(the adroit use of coercive diplomacy)は和平努力を促進することもあるが、あらゆる方向に大きな棒を振り回すトランプの特長は、どこでも通用する訳ではない。遅かれ早かれ、彼のブラフは見破られ、彼は引き下がるか、行動を起こさなければならないだろう。彼の怒りの矛先となっている相手の中には、「泥沼(quagmire)」に陥っている存在もおり、武力行使の脅しは、従わせるどころか、抵抗を強める傾向がある。彼はまた、ロシアによるウクライナ戦争と、ほぼ確実に崩壊するイスラエルとハマスの停戦という、特に厄介な2つの紛争を引き継いだ。そして、後者については24時間以内に解決できると選挙運動中に自慢していたことを、既に撤回している。

第二に、トランプの経済政策は到底納得のいくものではなく、彼は自らが表明した目標の一部を犠牲にするか、経済破綻の危機(a potential economic trainwreck)に直面することになるだろう。減税(tax cuts)の延長、関税(tariffs)の導入、そして労働者の国外追放(deporting)は、いずれも財政赤字の拡大とインフレの再燃を招く恐れがあり、トランプが得意とする予測不可能性(unpredictability)によって生じる不確実性(uncertainty)は、企業の足かせにもなるだろう。トランプと支持者たちは、規制緩和(deregulation)と「無駄な(wasteful)」支出の削減でこの矛盾は解消されると主張しているが、国防総省への支出を増やすのであれば、多くのアメリカ人が依存し支持している社会保障制度を大幅に削減しない限り、大した節約にはならない。トランプ大統領は、ジョー・バイデン前大統領から極めて健全な経済を引き継いだ。更に重要なのは、トランプ大統領が実施すると約束した政策が、この落ち込みをより悪化させるということだ。

第三に、トランプが他国(特にメキシコ)を罰すると脅すことと、反移民政策の間には明らかな矛盾がある。メキシコへの関税は、多くのアメリカの製造業が依存するサプライチェインを混乱させるだけでなく、メキシコ経済に打撃を与え、より多くの人々がリスクを無視してアメリカへの移住を試みるようになるだろう。不法移民を阻止する最良の方法は、近隣諸国を不況に陥れるのではなく、経済的に繁栄させることだが、トランプはこのことを理解しているのだろうか?

第四に、政府機関を骨抜きにし、公務員にリトマス試験を課し、不適格者や深刻な問題を抱えた人物を主要な政府機関の責任者に据えることは、不可欠な公共サーヴィスの低下を確実に招く。政府機関は政治の格好の標的だが、億万長者ではないアメリカ人は、特に緊急事態において、それらの機関が円滑に機能することを頼りにしている。公共サーヴィスが低下した場合、一般のアメリカ人は憤慨するだろうし、トランプには他に責める相手はいないはずだ。

第五に、大学やその他の知識生産組織を攻撃することは、アメリカを愚かにし、人的資本を減退させ、他の国々の追い上げを助長することになる。大学を標的にするなら、技術革新を推進し、効果的な公共政策の策定に貢献し、社会全体の幸福に貢献する将来の科学者、エンジニア、医師、芸術家、社会科学者、弁護士、その他の専門家を誰が教育することになるのだろうか? 大学、非政府組織、シンクタンクにMAGAアジェンダを押し付けることで、各国が致命的な過ちを避けるための健全な議論が阻害されてしまう。これは、アメリカのような開かれた社会が、権威主義的なライヴァル国よりも一般的に豊かで、強く、過ちを犯しにくい理由を説明するものだ。賢明な大統領なら、この優位性を手放したいと思うだろうか?

第六に、トランプ氏が政府の腐敗を全く新しいレヴェルに引き上げると信じるに足る理由は十分にある。彼は既に、金持ちでテクノロジー業界の大富豪たちからの金銭と譲歩を強要している。彼らは金銭の授受に躍起になっている。関税やその他の貿易制限を課すことで、企業は例外を求め、それを得るために金銭を投じるため、腐敗が蔓延する新たな機会が生まれる。腐敗が蔓延すると、資源は人材買収に浪費され、投資は最も優秀なイノベーターや最も有望な事業ではなく、独裁者の言いなりになる忠誠心の高い層に流れていく。開発専門家たちは、腐敗の削減と法の支配の強化が経済成長を促進すると強調しているが、トランプはアメリカを逆の方向に導こうとしているようだ。彼と彼の仲間はより豊かになるだろうが、あなたはそうならないだろう。

第七に、トランプの二期目は、ある意味で、共和党が長年追求してきたいわゆる統一された行政権の実現に向けた集大成と言えるだろう。行政権の集中(the concentration of executive power)は1世紀以上にわたり着実に進んできたが、近年の最高裁判決はこの傾向を加速させ、トランプの君主制的な本能(Trump’s monarchical instincts)を強めている。抑制されない権力の問題は、独裁者の過ちを正す術がないことだ。特に、情報環境も掌握し、自らの失策を指摘する者を排除したり、沈黙させたりできる場合、猶更だ。人間は誤りを犯す生き物であり、過ちは避けられないが、抑制されない権力を持つ指導者は、大きな過ちを犯しがちだ。ヨシフ・スターリン、毛沢東、アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、サダム・フセイン、ムアンマル・カダフィ、そして北朝鮮の金王朝が、権力を掌握し、やりたい放題になった時にどれほどの損害を与えたかを考えてみて欲しい。中国の習近平国家主席の最近の一連の失策もまた、警告となる具体例となる。

就任演説でトランプは、アメリカ合衆国を新たな「黄金時代(golden age)」へと導くと宣言した。しかし、寡頭政治家たち(oligarchs)が政治を支配し、縁故資本主義(crony capitalism)が蔓延し、政府が市民社会(civil society)の独立した機関を威圧し、嘘が政治言説の常套手段となり、宗教的教義が公共政策の主要要素を左右し、問題は常に変化する内外の「敵(enemy)」のせいにされるような国のヴィジョンとは、到底合致しない。これはアメリカ合衆国というより、ロシア、中国、あるいはイランに近い。そして、大多数のアメリカ人が本当に望んでいるのは、そのような状況ではないだろう。

良いニューズなのは、そこに到達するにはまだ道のりが長く、独裁政治(autocracy)への道には落とし穴がたくさんあるということだ。22024年11月5日のアメリカ大統領選挙以来、トランプが続けてきた勝利のラップソングは終わりを迎え、彼の突飛な公約を全て実現するという困難な仕事が始まる。特に誠実さや清廉さといった基本的規範を軽蔑する人物には嫌悪感を抱いているものの、もしトランプが私の予想を覆し、専門家の予想を覆し、アメリカをより豊かで、より団結し、より安全で、より尊敬され、より平穏な国にしてくれるなら、嬉しい驚きを感じるだろう。しかし、私はそれに賭けるつもりはない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Bluesky: @stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
shuuwasystemrealshotenranking202503310406001
trumpnodengekisakusencover001

『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。

下記論稿の著者であるスティーヴン・M・ウォルトは2020年の大統領選挙ではジョー・バイデン、2024年の選挙ではカマラ・ハリスに投票した。トランプ支持ではない。そうした人物(しかも、国際関係論の大物学者である)から見た、ジョー・バイデン政権の外交はどうだったかということは興味をそそる話題である。論稿の中で、ウォルトはバイデン政権の外交は、「成功ではなかった」という評価をしている。

 バイデン政権の外交は、エスタブリッシュメントの意向に沿った外交となり、よく言えば、国際協調主義、悪く言えば、事なかれ主義となった。バイデン政権下における、世界の重要な出来事・事件は、やはり、ロシアによるウクライナ侵攻・ウクライナ戦争だ。ウォルトも指摘している通り、ウクライナ戦争は、アメリカと西側諸国によるロシアへの挑発が原因で、NATOの拡大とウクライナへの軍事に偏った支援(火遊び)をロシアが安全保障上の脅威に感じ、最終的に侵攻を誘発した。

バイデン政権は、戦争を短期間で終結させるための努力をせず、重要な武器、具体的には制空権を確保するための戦闘機をウクライナに供給しなかった。もっとも、アメリカがウクライナに戦闘機を供給していたら、ロシアの対アメリカ、対ヨーロッパへの出方は厳しいものとなっていただろうことは容易に推測できる。戦争がウクライナを超えてヨーロッパに拡大し、アメリカが米軍派遣にまで追い込まれ、戦争は泥沼化するということになった可能性もある。そうなれば、アメリカは大きく傷つき、中国の世界覇権国化を早めることになっただろう。結局、バイデン政権はウクライナ戦争に対処する意図も能力も持たずに、事なかれ主義で時間を経過させるだけで、ウクライナとロシアの国民の被害を拡大し、アメリカ国民の税金を無駄に注ぎ込むだけになってしまった。

 

ウクライナ戦争に次いで、世界的な出来事・事件となったのは、イスラエルとハマス間の戦争だ。イスラエルのガザ地区への攻撃になって、民間人に多数の死者が出て、地区が大きく破壊されることで、国際的な批判を招いた。バイデン政権がそうした批判に応えることなく、イスラエル支持を貫き、攻撃を継続させた。結果として、アメリカは人道を叫びながら、イスラエルには好き勝手させている、という「二枚舌」だという批判がなされ、アメリカに対する信頼を損なうことになった。

バイデン政権のウクライナや中東での政策は、アメリカの国際的地位やルールに対する信頼性に打撃となった。バイデン政権の外交は「成功ではなかった」ということになる。しかし、これは、バイデン政権だけの責任ではない。そもそも、アメリカの国力が落ちたこと、アメリカ国内政治の混乱、アメリカ国民の自分たちの生活に対する不満と不安と言ったことも要因として挙げられる。アメリカが世界の覇権国・超大国として行動することができなくなっている。これをバイデン政権だけで何とかしようとしてできるということではない。大きな構造転換に即した大きな変化が必要であり、アメリカ国民はそのためにトランプを大統領に選んだということになる。

(貼り付けはじめ)

ジョー・バイデンの外交政策最終報告書(Joe Biden’s Final Foreign-Policy Report Card

-退任するアメリカ大統領の国際的な功績を容赦なく検証する。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年1月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/01/14/joe-biden-final-foreign-policy-report-card-ukraine-israel-gaza-afghanistan/

私は2020年にジョー・バイデン米大統領に投票した。そして、ここの読者の皆さんもご存知の通り、昨年11月には、バイデン政権の外交政策への対応に懸念を抱きながらも、カマラ・ハリス副大統領を支持した。バイデンが国際舞台での最後の退任を迎えるにあたり、彼と彼のティームはどれほどの成果を上げたのだろうか? 当然のことながら、バイデンの最後の外交政策演説では、素晴らしい成果を挙げたと述べられていた。しかし、私の評価は大きく異なる。

最も大まかに言えば、バイデン政権は、かつてのアメリカの穏健な国際的リーダーシップの時代へと時計の針を戻そうとした。「アメリカ・ファースト」ではなく、アメリカは、台頭する独裁政治(autocracy)の波に対抗するため、他の仲間の民主政体諸国と連携し、いわゆる自由世界のリーダーを自称する、役割を再開しようとした。

大西洋を越えた友好関係(trans-Atlantic amity)は回復され、アジアにおける同盟関係は強化され、アメリカは人権といった自由主義的価値観を外交政策の「中心(center)」に据えるだろう。ワシントンは主要な国際機関を支援し、気候変動を阻止するための取り組みを主導し、イランの核開発計画の撤回に成功した合意に復帰し、中国やロシアといった大国によるライヴァルを封じ込めるために多くの同盟諸国を動員するだろう。軍事費の増額(increased military spending)と技術優位性を維持する(preserve technological supremacy)ための積極的な措置は、アメリカの優位性(U.S. primacy)を将来にわたって長期化させるだろう。

確かに、バイデンは、冷戦終結から2017年に当時のドナルド・トランプ大統領がホワイトハウスに就任するまでアメリカの外交政策を導いてきた「自由主義的な覇権(liberal hegemony)」の青写真を完全に受け入れた訳ではない。それどころか、バイデンはトランプのグローバライゼーションからの撤退を継続した。トランプの関税をそのまま維持し、輸出規制やその他の経済制裁を更に積極的に行使し、製造業の雇用を復活させる(これは実現しなかった)とともに、半導体、人工知能、その他の先端技術におけるアメリカの支配(U.S. dominance)を確保するために国家産業政策(national industrial policies)を採用した。

しかし、全体として見ると、バイデンのアプローチは、数十年にわたってアメリカの外交政策を導いてきた主流派エリートのコンセンサスにすんなりと収まっていた。それは、同じ世界観を共有する経験豊富なティームによって運営され、進歩主義派や外交政策のリアリストたちは脇に追いやられていた。

彼らはどれほどうまくやったか? 公平を期すために言えば、実績には確かにいくつかの重要な成功が含まれている。

2021年のバイデンの就任を、ヨーロッパにおけるアメリカの同盟諸国の多くは明らかに安堵感を持って迎えた。バイデンとアントニー・ブリンケン国務長官は共に筋金入りの大西洋主義者(die-hard Atlanticists)であり、彼らは迅速に行動して、アメリカがヨーロッパの同盟諸国の安全保障に引き続き確固たる関与を維持することをヨーロッパの同盟国に保証した。

もちろん、ヨーロッパの好意的な反応は驚くべきことではなかった。アメリカを事実上の第一対応国(first responder 訳者註:現場に第一に到着して対応する人)とすることは、ヨーロッパにとって非常に有利な取引だからだ。この立場は2つの点で成果を上げた。1つは、2022年にロシアがウクライナに侵攻した際に、政権が迅速な対応を調整するのに役立ったこと(下記参照)。もう1つは、インフレ抑制法やCHIPS・科学技術法といった保護主義的な側面、そして中国に対する様々な輸出規制を、これらの措置に伴うコストを承知の上で、一部の主要同盟国に受け入れるよう説得できたことだ。

バイデン政権はまた、中国の台頭に対抗するための幅広い取り組みの一環として、アジアにおけるアメリカのパートナーシップを強化したことでも評価に値する。これらの措置には、フィリピンの基地へのアクセス拡大、キャンプ・デイヴィッドでの韓国と日本の首脳の接遇(新たな三国間安全保障協定の締結につながった)、そしてオーストラリア、イギリス、アメリカ間のAUKUSイニシアティヴを通じたオーストラリアとの安全保障関係の強化などが含まれる。

バイデン政権は、いくつかの主要技術分野における中国の進出を阻止するためのアメリカの取り組みも改善したが、この取り組みの長期的な影響は依然として不透明である。また、米中関係は依然として激しい競争状態にあるものの、あからさまな対立に発展することはなく、政権は米中関係の大幅な悪化を招くことなくこれらの目標を達成したとも言える。

確かに、バイデン政権の取り組みは、中国の不利な人口動態と経済の失策(これらは北京に緊張を抑制する十分な理由を与えた)と、中国の修正主義(Chinese revisionism)に対する地域的な懸念に後押しされた。バイデン政権はアジアに向けて有意義な経済戦略を実行できなかったことで非難されるかもしれないが、国内で超党派が保護主義(protectionism)に傾倒していたことを考えると、戦略を策定するのは困難な道のりだっただろう。

最後に、バイデンは、アフガニスタンにおけるアメリカの無益な戦争を終わらせるという、勇気ある、そして私の考えでは正しい決断をしたにもかかわらず、不当に批判された。アフガニスタン政府は、アメリカが撤退を選べばいつ崩壊するか分からない、いわば砂上の楼閣(a house of cards)のような存在だったため、撤退は悲惨な結果に終わる運命にあった。更に言えば、駐留期間が長引いたとしても、結果は大きく変わらなかっただろう。

バイデンは短期的には政治的な代償を払ったが、彼の決断は2024年までにほぼ忘れ去られ、先の選挙ではほとんど影響を与えられなかった。アメリカが撤退して以来、アフガニスタンで起きた出来事を喜ぶべき人は誰もいないが、アメリカは自らの行動を全く理解しておらず、決して勝利するつもりはなかったことはますます明らかになっている。この事実を認識し、それに基づいて行動する勇気を持ったバイデンには、十分な評価を与えるべきだ。

残念ながら、これらの成果は、より深刻ないくつかの失敗と比較検討されなければならない。

最初の失敗はウクライナ戦争である。バイデン政権はウクライナへの支援とロシアに課したコストをことごとく誇示したがるが、この主張を支持する人々は、ウクライナが払った莫大な代償と、この戦争がヨーロッパ諸国に与えた損害を無視しがちである。

ここで重要なのは、この戦争が突如としてどこからともなく現れたのではなく、ワシントン自身の行動が生み出した問題であることを認識することである。もちろん、ロシアは違法な戦争を開始したことに全責任を負っているが、バイデンとそのティームに非難の余地がない訳ではない。特に、彼らは自らの政策がこの戦争を不可避なものにしていることに気づかなかった。具体的には、彼らはNATOの無制限拡大(open-ended NATO enlargement)と、ウクライナを西側諸国との緊密な安全保障パートナーシップに、そして最終的にはNATOに加盟させることに固執し続けた。

ウラジーミル・プーティン大統領だけでないロシアの指導者たちが、この事態の進展を存亡の危機と捉え、武力行使による排除も辞さない姿勢を明確に示していたにもかかわらず、彼らはこの危険な行動方針を固守した。戦争の脅威が迫る中、政権は外交的解決を模索し衝突を回避するための努力を中途半端なものにとどめた。

戦争が勃発すると、バイデン政権は可能な限り速やかに戦争を終結させようとしなかったという過ちを犯した。バイデン政権はロシア軍がどうしようもなく無能であり、「前例のない(unprecedented)」制裁を課せばロシア経済が破綻し、プーティン大統領に方針転換を迫られると確信していたが、これは後に過度に楽観的な想定であったことが判明した。

こうした誤った判断の結果、政権は戦争終結に向けた初期の取り組みをほとんど支援せず、むしろ頓挫させてしまった可能性さえある。また、2022年秋にウクライナ情勢の見通しが一時的に改善した際にも(マーク・ミリー統合参謀本部議長が助言したように)、停戦の見通しを探ることもなかったし、ロシアの防衛網の正面に大規模な攻勢をかけることは失敗する運命にあるとウクライナの指導者に伝えることもなかった。

残念ながら、この戦争はウクライナとその西側諸国にとって重大な敗北に終わる可能性が高い。アメリカとNATOの当局者たちは同盟の結束はかつてないほど強固だと主張しているが、彼らの楽観的なレトリックは、この戦争がヨーロッパの安全保障と政治に及ぼした甚大な損害を無視している。この紛争は、ほとんどのヨーロッパ諸国政府(その多くは今や手に負えない財政的圧力に直面している)に多大な経済的負担を強い、エネルギーコストの上昇はヨーロッパの競争力を更に低下させ、右翼過激派の復活を助長し、ヨーロッパ内部の分裂を深刻化させた。また、中国との均衡を保つために投入できたはずの関心と資源を逸らした。

確かに、ロシアも莫大な犠牲を払ったが、モスクワが北京とより緊密に結びつき、西側諸国を弱体化させる、更なる機会を模索することは、アメリカやヨーロッパにとって決して利益にならない。この戦争が起こらなかった方が、ヨーロッパ、アメリカ、そして特にウクライナにとってはるかに良い状況になっていただろう。そして、戦争の可能性を高めた政策に対して、バイデン政権は大きな責任を負っている。

二つ目の災難は、言うまでもなく中東情勢だ。あらゆる大統領の夢がここで潰えてしまうかのようだ。バイデンの最大の失策は、選挙公約を放棄し、トランプから引き継いだ誤った政策を継続したことだった。彼はイラン核合意に復帰すると公約していたにもかかわらず、復帰しなかった。その結果、テヘランは爆弾級に近いレヴェルの核濃縮(nuclear enrichment)を再開し、強硬派の影響力を強化した。

また、政権はトランプと同様にパレスティナ人の将来に関する問題を無視し、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化に向けた努力に注力したが、その試みは失敗に終わった。このアプローチは、パレスティナ人が永久に疎外されるのではないかという恐怖を強め、ハマスの指導者たちが2023年10月7日にイスラエルに対する残虐な攻撃を開始するきっかけとなった。

バイデン政権の状況判断の誤りは、ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官が、ハマスの攻撃のわずか8日前に、この地域は「ここ20年で最も静かだ(quieter than it had been in two decades)」と宣言したことで、痛ましいほど露呈した。

それ以来、バイデンと彼のティームは、イスラエルが最低限の自制を求める要請を無視し、少なくとも4万6000人、おそらくははるかに多くのパレスティナ人を殺害した容赦ない無差別軍事作戦を遂行したにもかかわらず、あらゆる場面でイスラエルを支持してきた。この猛攻撃はガザ地区の大部分を居住不能にし、全ての大学とほぼ全ての病院を破壊し、数百人のジャーナリストを殺害し、200万人以上の民間人に甚大な苦しみと永続的なトラウマを与えた。

イスラエルが10月7日以降に対応したことが正当であったことを否定する良識ある人はいないが、イスラエルの報復キャンペーンは戦略的、道徳的な理由から弁解の余地のないものであった。とりわけ、この容赦ない暴力の行使は、ハマスを壊滅させ、残りの人質を解放するという公約を達成することができなかった。そして、バイデン政権は、それを可能にした爆弾投下と外交的保護を提供したのだ。

少し立ち止まって、これが何を意味するのか考えてみて欲しい。アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国際司法裁判所(ICJ)、国際刑事裁判所(ICC)、複数の独立救援機関、そしてジェノサイドに関する著名な専門家たちは皆、イスラエルが重大な戦争犯罪を行い、「おそらく(plausibly)」アメリカの全面的な支援を受けてジェノサイドを行っていると結論付けている。国連事務総長のアントニオ・グテーレスは、ガザ地区の状況を「道徳的な暴挙(moral outrage)」と称した。虐殺の様子を捉えた動画はソーシャルメディアで容易に見ることができる。

これらの自称「ルールに基づく秩序(rules-based order)」の擁護者たちは、イスラエルを遮断し、その不均衡な対応を非難するどころか、停戦と残りの人質の解放を求める国連安全保障理事会の決議を複数回拒否し、ICJICCへの攻撃を開始した。また、ヨルダン川西岸の占領下で暮らすパレスティナ人に対する暴力の増大を阻止するための真剣な努力も行っていない。これらの行動は、複数の政府高官が抗議の辞任に追い込まれ、国務省をはじめとする関係機関の士気を著しく低下させたとみられる。

22025年1月13日に国務省で行った退任演説で、バイデンはこれらの政策が功を奏したと示唆したようだ。ハマスとヒズボラは大幅に弱体化し、シリアのバシャール・アル=アサド大統領は失脚し、イランは深刻な打撃を受け、イランの核インフラを破壊するための空爆作戦を実施するリスクは減少した。この観点からすれば、これらの目的は手段を正当化すると言えるだろう。

この弁明は道徳的に空虚(vacuous)であり、戦略的にも近視眼的(shortsighted)だ。イスラエルとサウジアラビアの関係正常化は先送りされ、ジハード主義的なテロリズムの新たな波が目前に迫っているかもしれない。ハマスとヒズボラは弱体化したものの壊滅した訳ではない。イエメンのフーシ派は依然として抵抗を続けている。パレスティナ人が自らの国家、あるいは「大イスラエル(greater Israel)」における政治的権利を求める願望は消えることはないだろう。イランの指導者たちは、ムアンマル・アル=カダフィとアサドに降りかかった運命を回避するには、核兵器開発こそが最善の方法だと結論付ける可能性が高い。もしそうすれば、中東は再び不必要な戦争に見舞われ、原油価格は上昇し、アメリカは莫大な損失を伴う破綻に巻き込まれることになるだろう。たとえ消えることのない道徳的汚点を無視したとしても、これらの展開はどれもアメリカの利益にはならない。

バイデン政権によるイスラエル・ハマス戦争への対応は、差し迫った戦略的必要性によって強いられたのではないことを忘れてはならない。それは意識的な政治的選択だった。政府は存亡の危機に直面した際に、時に道徳的原則を妥協することがあるのは誰もが認めるところだが、ガザ地区の状況はアメリカにとってほとんど、あるいは全く危険をもたらすものではなかった。ワシントンはイスラエルによるジェノサイドへの支持を拒否しても、自国の安全や繁栄を少しでも危険に晒すことなく、行動できたはずだ。

バイデンとブリンケンがそうしなかったのは、選挙の年にイスラエル・ロビー(Israel lobby)の政治的影響力を恐れたか、イスラエルは通常のルールから除外される特別なケースだと考えていたからだろう。こうした露骨な二重基準(double standard)は、既存の秩序の正当性を必然的に損ない、アメリカの衰退しつつある道徳的権威(moral authority)を浪費した。今後、中国の外交官たちが他国に対し、西側諸国の人権観は偽善的な戯言だと説得しようとする時、イスラエルとハマスとの戦争はまさにその好例となるだろう。バイデンは、アメリカは「模範を示す力によって(by the power of our example)」主導するとよく言うが、今回の場合、他国が拒否することを願うべき模範を示したことになる。

バイデンは自称シオニストだが、ネタニヤフ首相の行動を無条件に支持したことはイスラエルにとっても良いことではなかった。イスラエルの首相と元国防大臣は、現在、国際刑事裁判所(the International Criminal Court)から逮捕状が出されている。これはプーティンと共通の問題であり、その汚点は消えることはないだろう。イスラエルのメシアニック過激派(Messianic extremists)は懲らしめられるどころか、むしろ強化され、世俗派と宗教派のイスラエル人の間の溝を深め、ヨルダン川西岸併合への圧力を強めている。

イスラエルがこの目標を推し進めれば、第二次世界大戦後の領土獲得を禁じる規範は更に弱まり、他の指導者たちは自らが切望する土地を奪取するよう促されるだろう。また、このような措置はヨルダン川西岸地区とイスラエル本土との区別を消し去り、イスラエルがアパルトヘイト国家であるか否かをめぐる議論に終止符を打つことになるだろう。これは容易に新たな民族浄化(ethnic cleansing)につながり、ヨルダンなどの近隣諸国に恐ろしい人道的被害と危険な影響を及ぼす可能性がある。私には、これらがイスラエルの利益となるとは到底考えられない。

最後に、ウクライナと中東における戦争(バイデン政権の政策が一因となって引き起こされた戦争)は、膨大な時間と関心を費やし、長期的に見てより重要な問題に十分な重みを与えることを困難にした。将来のパンデミックへの備えは停滞し、気候変動対策の進展は必要な水準を大きく下回った。そして、政権が信頼できる移民政策を打ち出せなかったことは、昨年11月にハリスに大きな痛手を与えた。

アフリカは重要性が増しているにもかかわらず、非常に軽視されてきた。過去4年間で、ブリンケンはイスラエル(人口1000万人弱)を16回、ウクライナ(人口3560万人)を7回訪問したが、人口約15億人のアフリカ大陸を訪問したのはわずか4回だった。

バイデン政権発足時の最重要目標は、「ルールに基づく秩序(rules-based order)」を強化し、独裁政治(autocracy)に対する民主政治体制(democracy)の優位性を示すことだった。しかし、バイデンとブリンケン国務長官は、都合の良い場合には躊躇なくルールを破り、ルールの執行を試みていた複数の機関(世界貿易機関、国際司法裁判所、国際刑事裁判所など)を積極的に弱体化させた。

他国はもはや、このような行動をトランプのような異端者(a rouge outlier)のせいにすることはできない。彼らは、これをアメリカの対外姿勢の本質的な要素として正しく認識するだろう。一方、バイデン政権が大々的に宣伝した「民主政治体制サミット(democracy summits)」にもかかわらず、世界中で民主政治体制は後退し続けており、強固な民主政治体制への関与が紙一重の人物が来週ホワイトハウスに復帰することになる。

ここに悲しい皮肉がある。確かにいくつかの成果はあったものの、バイデンのウクライナと中東情勢への対応の誤りは、彼が強化したいと述べていた「ルールに基づく秩序(rules-based order)」に甚大な、そしておそらくは致命的なダメージを与えた。バイデンとそのティームは、いくつかの重要な国際規範を一貫して遵守しなかったことで、次期政権(第2次トランプ政権)がそれらを完全に放棄することを容易にし、多くの国々が喜んでそれに追随するだろう。

こうなる必要はなかったが、ジョー・バイデンの外交政策の遺産は、ルールに縛られなくなり、繁栄が失われ、そして非常に、より危険な世界となるだろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Bluesky@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
trumpnodengekisakusencover001

『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。

 ウクライナ戦争は現在も継続中であるが、大きな展開は見られない。そうした中で、トランプ政権が発足して、サウジアラビアで、アメリカとロシアによる停戦に向けた交渉が行われている。その場にウクライナはいない。私がこれまでの著作で書いてきているように、残念なことであるが(悲しいことであるが)、ウクライナはその交渉には参加できない。

ウクライナ戦争はアメリカがウクライナに代理で行わせた戦争であり、当初の目論見通りに進まず(ロシアが早期に手を上げると思っていた)、完全に失敗した中で、トランプ政権になって、停戦に向けた動きが始まっている。ウクライナは米露間で決まった条件を飲むしかない(多少の変更はできるだろうが)。そして、それを飲まないということになれば、ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、アメリカによって失脚させられるだろう。気の毒なのはウクライナ国民であり、ロシア国民だ。早く戦争が止まれば助かった命は多くあっただろう。アメリカと西側諸国の「火遊び(NATOの東方拡大)」によって、貧乏くじを引かされたのはウクライナ国民だ。

 停戦の条件はどうなるか分からないが、現状のままということになる可能性が高い。そうなれば、ウクライナは東部4州が独立するということになり、国土を失うということになる。ウクライナと西側諸国が「勝利」で終わるということはないだろう。そうなれば、「誰のせいで、誰の責任で、このような失敗をしてしまったのか、どうして戦争が起きてしまったのか」という話は当然出てくるだろう。

 下記論稿にあるように、責任の所在について色々と考えが出てくるだろうが、そもそも論で、西側諸国全体に責任を期する考えは大っぴらに出てくることはないだろう。アメリカとヨーロッパ諸国が、実際にウクライナを支援する意図はないが、ロシアを刺激し、ロシアに手を出させて戦争を起こさせて、打撃を与えるというような、稚拙な考えで、ウクライナの軍事部門だけを支援した結果が現在である。しかし、そのようなことを言えば、アメリカとヨーロッパ諸国のエスタブリッシュメントに責任が及んでしまうので、そのようなことは言えない。だから、もっと小さな、枝葉末節なことを言って、煙に巻いてしまおうということになるだろう。武器を与える与えないというのは、ウクライナ戦争において重要な要素ではある。しかし、それよりも重要な論点がある。

 アメリカをはじめとする西側諸国(the West)の失敗と減退をウクライナ戦争は象徴している。そして、日本に住む私たちが得るべき教訓は、西側諸国の火遊びに巻き込まれず、決して戦争を起こさないということだ。

(貼り付けはじめ)

「ウクライナを失ったのは誰か?」についてのユーザーガイド(A User’s Guide to ‘Who Lost Ukraine?’

-長期にわたる議論にどのように備えるか。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年1月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/01/08/users-guide-to-who-lost-ukraine/

ロシアのウクライナ戦争がどのように、そして、いつ終結するのか、正確なところは誰にも分からないが、その結末はキエフとその西側諸国の支持者にとって失望となる可能性が高い。そうなれば、次の局面では誰が責任を負ったのかをめぐる激しい論争が繰り広げられるだろう。参加者の中には、悲劇的な出来事から真摯に学びたいという思いから行動する者もいれば、責任を回避したり、他者に責任を転嫁したり、政治的な利益を得ようとしたりする人もいるだろう。これはよくある現象だ。ジョン・F・ケネディの有名な言葉がある。「勝利には100人の父親がおり、敗北は孤児だ(Victory has 100 fathers, and defeat is an orphan[訳者註:勝利の際にはたくさんの人が自分のおかげだと名乗り出るが、敗北の際には自分が原因だと名乗り出る人はいない]」。

この思想戦(this war of ideas)が勃発するのを待つ必要はない。なぜなら、いくつかの対立する立場は既に存在しており、他の立場は容易に予測できるからだ。ここで、それらの詳細な評価を示すつもりはない。このコラムは、戦争がなぜ起こったのか、そしてなぜ私たちの大多数が期待したようには進まなかったのかという、対立する説明をまとめた便利なチェックリストに過ぎない。

論点1:ウクライナが核兵器を放棄したのは間違いだった。一部の専門家によると、最初の大きな誤りは、ウクライナに旧ソ連から継承した核兵器を、実効性のない安全保障上の保証と引き換えに放棄させたことだ。もしキエフが独自の核兵器を保有していれば、ロシアの軍事介入を心配することなく、自らが望む経済協定や地政学的連携を自由に追求できたはずだというのがこの論点の趣旨だ。この論点は、最近ビル・クリントン元米大統領によっても引用されているが、ロシアは2014年にクリミアを占領したり、2022年に核兵器を保有するウクライナの残りの地域に侵攻したりする勇気はなかっただろう、なぜならそのようなことをするリスクが大きすぎるからだという主張である。この論点には技術的な反論(つまり、ウクライナが核兵器を保有していたとしても、使用できたかどうかは明らかではない)もあるが、それでもなお、検討に値する反事実的仮定(a counterfactual worth pondering)である。

論点2:ウクライナのNATO加盟招請は、戦略上極めて重大な失策だった。1990年代、洗練された戦略思想家たちが、NATOの拡大は最終的にロシアとの深刻な問題につながると警告したが、彼らの助言は無視された。こうした専門家の一人であるイェール大学の歴史家ジョン・ルイス・ギャディスは1998年に次のように述べている。「国務省は、NATOの新規加盟国が誰になるかを決めるまでの間、モスクワとの関係は正常に進展すると保証している。おそらく次は豚でも空を飛べるぞとでも言おうとするだろう(Perhaps it will next try to tell us that pigs can fly)」。ブッシュ政権が2008年のブカレスト首脳会議でジョージアとウクライナのNATO加盟を提案した際、アメリカ政府内からの警告は強まったが、加盟への機運を断ち切ることはできなかった。ロシアの抗議活動と安全保障上の懸念は軽々しく無視され、キエフと西側諸国間の安全保障上の結びつきが着実に強まったことで、最終的にロシアのウラジーミル・プーティン大統領は2022年に違法な戦争を開始するに至った。

この見解によれば、要するに、拡大論者がロシアの懸念の深さを理解せず、モスクワの反応を予測できなかったためにウクライナが侵略されたということになる。この主張は、ウクライナの最も熱烈な支持者にとっては忌まわしいものだ。彼らは、プーティン大統領はNATOが何をしようと遅かれ早かれ攻撃してきたであろう、なだめることのできない侵略者だから戦争が起きたのだと主張する。しかし、戦争が起きた理由に関するこの説明は論理的に一貫しており、それを裏付ける十分な証拠もある。こう言ってもロシアの行動を少しも正当化するものではないが、西側諸国の指導者たちはNATOの東方拡大(expanding NATO eastward)を始めた時点で、モスクワが何か酷いことをする可能性を考慮すべきだったことを示唆している。彼らはおそらく自らの行動が戦争の可能性を高めたことを認めることはないだろうが、他国を支援しようとする西側諸国の善意の努力が裏目に出るのはこれが初めてではないだろう。

論点3:NATOの拡大速度が遅すぎた。この論点は論点2の裏返しである。真の誤りはNATO拡大の決定や、後にウクライナに加盟行動計画の策定を要請したことではなく、キエフをより早く加盟させ、自衛手段を提供できなかったことだと主張する。この論点は、キエフが北大西洋条約第5条の保護と西側諸国の直接的な軍事支援の見込みを享受していれば、モスクワは軍事行動を取らなかっただろうと想定している。少なくとも、NATOは2014年にロシアがクリミアを占領した後、ウクライナの軍事力拡大をより迅速に支援すべきだった。そうすれば、将来のロシアの侵攻を抑止または撃退する上で、ウクライナはより有利な立場に立つことができたはずだ。この見方では、NATOの優柔不断さ(そして、バラク・オバマ政権がウクライナへの実質的な軍事支援に消極的だったこと)が、キエフを最悪の立場に追い込んだ。モスクワはキエフの西側への傾きを存亡の危機と見なしていたが、ウクライナはロシアの予防戦争(a Russian preventive war.)に対する十分な防御手段を欠いていたのだ。

論点4:西側諸国は2021年に真剣な交渉に失敗した。ウクライナが西側諸国(the West)への接近を着実に続ける中で、危機は2021年に頂点に達した。ロシアは3月と4月にウクライナ国境に軍事力を動員した。アメリカとウクライナは9月に新たな安全保障協力協定(a new agreement for security cooperation)に署名し、ロシアは軍備を強化し、12月にはモスクワがヨーロッパ安全保障秩序(the European security order)の抜本的な改革を求める2つの条約案を発表した。これらの条約案は真剣な提案ではなく、戦争の口実と広く見なされ、アメリカとNATOはロシアの要求を拒否し、控えめな軍備管理案を提示したにとどまった。その結果、米露両国はウクライナの地政学的連携について真剣な交渉を行うことはなかった。ロシアの要求全体が受け入れられなかった可能性もあるが、この見解は、アメリカとNATOはそれらを「受け入れるか、拒否するか」の最後通牒(a take-it-or-leave-it ultimatum)ではなく、最初の試みと捉えるべきだったと主張する。もしワシントン(そしてブリュッセル)がモスクワの要求の一部(全てではないが)についてもっと妥協する姿勢を持っていたら、この戦争は避けられ、ウクライナは多くの苦しみから逃れることができただろうか?

論点5:ウクライナとロシアは共に戦争を早期に終結させなかったために敗北した。後知恵(hindsight)で言えば、ウクライナとロシアは共に、戦争開始直後に終結していればより良い結果になっていただろう。この論点の1つは、2022年4月にイスタンブールでウクライナとロシアの両国は合意に近づいたものの、西側諸国が提案された条件に反対したため、最終的にウクライナは合意から離脱したというものだ。もう1つの論点は、2023年まで米統合参謀本部議長を務めたマーク・ミリー退役大将の主張と関連付けられることもある。それは、ハリコフとヘルソンにおけるウクライナの攻勢がロシアを一時的に不利な状況に追い込んだ後、ウクライナとその支援諸国は2022年秋に停戦を推進すべきだったというものだ。戦争を早期に終結させようとする努力が成功したかどうかは分からないが、戦闘が終結し、特に条件がキエフにとって不利なものであれば、これらの論点は再び注目を集めるだろう。モスクワがその侵略行為に対して支払った莫大な代償を考えれば、2022年初頭に交渉によって合意に達していた方がモスクワにとってもずっと良かったかもしれない。

論点6:ウクライナは背後から刺された。当然のことながら、ウクライナ国民と西側諸国の最も熱烈な支持者たちは、キエフへの支援が不十分で、そのスピードも遅く、支援内容にも制限が多すぎると長年不満を訴えてきた。もしキエフがロシアの凍結資産(Russia’s frozen assets)に加えて、エイブラムス戦車、F―16、パトリオット、ATACMS、ストームシャドウ、砲弾などをもっと多く受け取り、これらの兵器を自由に使用することができていたなら、ロシアは今頃決定的に敗北し、ウクライナは失った領土を全て取り戻していただろう。この見解は、西側諸国の強硬派(hard-liners)を今回の惨事の責任から見事に免責するものだ。問題は彼らの助言が間違っていたのではなく、十分な熱意を持ってそれに従わなかったことにあると示唆しているからだ。結果として、今後、様々な方面から、いわば、陰謀(dolchstoss、ドルクストス)の復活とも言える批判が聞かれることが予想される。

論点7:それはキエフの失敗だ。ウクライナ人がロシアの手によって耐え忍んできた苦しみを考えると、結果を自らの戦略的ミスのせいにするのは無神経であり、残酷ですらある。とはいえ、戦後、何が間違っていたのかを評価する試みには、2023年夏のウクライナ軍の不運な(ill-fated)攻勢(西側諸国の評論家の多くが不可解にも成功すると確信していた)と、戦術的には成功していたものの戦略的には疑問視されていた、2024年夏のクルスク侵攻が間違いなく含まれるだろう。ウクライナ軍は英雄的に戦い、印象的な戦術的創意工夫(impressive tactical inventiveness)を見せたが、戦後の批評家たちは、内部腐敗による戦力の消耗、防衛体制の構築に十分な努力を払わなかったこと、そしてキエフが若い世代を戦闘に動員する意欲、あるいは能力がなかったことに焦点を当てるだろう。

論点8:これは現実政治(realpolitik)だ。プーティン大統領をはじめとするロシア人は、この戦争をアメリカ主導によるロシアの弱体化維持のための執拗な努力の一環と見ているが、西側諸国の中には、ウクライナはロシアを長期にわたる莫大な費用を伴う戦争に巻き込むための単なる犠牲の駒に過ぎないと考える人もいるのではないかと思う。これはまさにマキャベリズム的な見方で、NATOの拡大とウクライナ加盟はモスクワを激怒させ、最終的には軍事的対応を引き起こすことを西側諸国のエリート層(特にアメリカ人)が理解していたことを示唆している。もし戦争がウクライナを越えて拡大せず、西側諸国の軍隊が介入しなければ、はるかに裕福な西側諸国はウクライナを長期間戦闘に引き留め、ロシアを徐々に疲弊させていくことができるだろう。同様の戦略は1980年代のアフガニスタンでソ連に対して効果を発揮しており、ロシアが最近シリアとモルドヴァで後退していることは、それが効果を上げていることを示唆している。私自身、この説明には大きな疑問を抱いているが、時が経てばアーカイブから何が明らかになるのか興味がある。

論点9:他の全てが失敗したらトランプのせいにする。ジョー・バイデン米大統領はある意味で幸運だった。アフガニスタンの終盤とは異なり、ウクライナの決着は他の誰かの監視下で起こるだろう。結果がウクライナに不利になれば、批評家たちは責任の一部を次期大統領のドナルド・トランプに押し付けるだろう。トランプは自分が弱いと思われ、結果の責任を負わされることを恐れ、これまで示唆してきた以上の支援をウクライナに与えるかもしれないが、バイデンほどの言論的、物質的な支援は行わないだろう。もしウクライナがロシア占領下の4州とクリミアを永久に失うか、新たな凍結紛争(frozen conflict)に巻き込まれることがあれば、トランプの政敵は喜んで彼に責任を負わせるだろう。

ウクライナで何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのかを健全かつ公平に議論すれば、正しい教訓を学び、将来に向けてより良い行動を選択できるだろう。しかし、過去の失敗から正しい教訓を学べる保証はない。このコラムの常連の読者の皆さんは、私がこれらの様々な議論の中でどれが最も説得力があると考えているか既にご存知だろうが、ここでの私の目的は誰かを責め立てることではない。今は、このコラムを切り取って、非難の矛先が向けられ、激しい論争が始まるのを待ちたい。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ブルースカイ・アカウント:@stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
shuuwasystemrealshotenranking202503310406001
trumpnodengekisakusencover001

『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ