古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:スティーヴン・M・ウォルト


 古村治彦です。
 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 イランは核兵器保有を目指して、核開発を続けており、それを中東各国は脅威に感じている。特にイスラエル(核兵器を既に保有していると言われている)はその脅威を強く感じている。イスラエルは、1981年にイラクに建設中だった原子力発電所を空爆し、破壊した(オペラ作戦)。イスラエルは自国の核保有を否定も肯定もしない形で、核兵器による優位な立場を堅持してきた。イラン側にすれば、核兵器を持つことで、他国からの攻撃を抑止しようという核抑止力(nuclear deterrence)の獲得を目標にしている。

 国際関係論のネオリアリズムの大家として知らエルケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz、1924-2013年、88歳で没)は、最晩年の2000年代に、「核兵器を持つ国が増えれば世界は安定する」という主張をして、論争が起きた。

ウォルツは、核抑止力は安全保障を確保し、他国への攻撃を抑止すると主張した。ウォルツは核抑止が戦争を抑制する要因とし、冷戦時代の成功例を挙げている。ある国が核武装をすると、周辺諸国も追随する可能性があり、そこに核バランスが生まれ、平和的共存を促す可能性もあるとしている。

指導者たちは核兵器を使った際の惨禍については知識があり、そのために核兵器使用は慎重になる。更には、核兵器による反撃があるとなれば、なおさら使用を躊躇する。しかし、人間は完璧ではなく、徹底して合理的な存在でもない。何かの拍子で核兵器発射のボタンを押すことも考えられる。

 こうした考えを敷衍すると、イランが核兵器を持てばイスラエルとの間にバランスが生じて、中東地域は安定するということになる。しかし、同時に核兵器開発競争を中東知己にもたらす可能性もある。核兵器による抑止力がどこまで有効かということを考えると、イスラエルにしても、アメリカにしても、核兵器を保有しているが(保有していると見られる)、通常兵器による攻撃を抑えることはできていない。だからと言って、イスラエルもアメリカも核兵器を使うことはできない。しかし、それは合理的な考えを持っている場合ということになる。どのようなことが起きるか分からない。

 核拡散には「nuclear proliferation」「nuclear spread」の2つの表現がある。どちらも拡散と訳している訳だが、微妙に異なる。「proliferation」は、虫や病原菌が増えることに使う表現であり、「蔓延」と訳した方が実態に即していると思う。「spread」は、ある考えの「拡大」「普及」に使われる。ウォルツは「spread」を使っている。「核不拡散(核拡散防止)条約」は、「Non-Proliferation TreatyNPT」の訳語であるが、これは、「核兵器を持つのは世界政治を動かす諸大国(powers)≒国連安保理常任理事国に限る、それ以外の小国には認めない」という意味も入っている。「合理的に動けない小国に核兵器が蔓延することは危険だ」という考えが基本にある。

 核兵器を所有しても核抑止力が期待できない、そもそも核兵器使用はハードルが高いとなれば、核兵器を所有することのメリットは少ない。あまり意味がない。ケネス・ウォルツも世界中の国々が核兵器を持つべきとは言っていない。これから世界構造が大きく変化していく中で、これまでの核兵器「信仰」は考え直されるべきだろう。

(貼り付けはじめ)

イランが核兵器を保有して以降の時代(The Day After Iran Gets the Bomb

-学者や政策立案者たちは、テヘランが核兵器を獲得した後に何が起こるかを理解しようとして努力している。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年5月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/05/14/iran-nuclear-weapon-strategy/

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短・中距離ミサイルの試射中に双眼鏡を覗き込むイランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイと当時のイラン軍トップ、ハッサン・フィルーザバディ(2004年9月8日)

イランが核兵器を保有することはあるのか? もしそうなったらどうなるのか? 最初の質問に対する答えは、ますますイエスになりつつあるようだ。しかし、2つ目の疑問の答えは相変わらず不明確である。

イスラム共和国としてのイランは、1979年に国王(シャー、shah)を打倒した革命以来、45年間にわたり、アメリカおよび多くの近隣諸国と対立してきた。アメリカはイラン・イラク戦争中(バグダッドが戦争を始めていたにもかかわらず)サダム・フセインを支援した。紛争)、そして当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領はイランを悪名高い「悪の枢軸(axis of evil)」に含めた。バラク・オバマ政権は最終的にイランと核合意を結んだが、イスラエルとも協力して、イランの濃縮インフラに大規模なサイバー攻撃を行った。それに劣らずに、当時のドナルド・トランプ大統領も最終的にはイスラム革命防衛隊コッズ部隊司令官カセム・スレイマニ将軍を殺害する無人機攻撃を承認し、「最大限の圧力(maximum pressure)」プログラムを通じて政権を弱体化させようとした。

イランは、シリアのバシャール・アサド政権を支援し、ロシアや中国に接近し、レバノン、イラク、イエメン、ガザで民兵を武装・訓練することで、こうしたさまざまな活動やその他の活動に対応してきた。また、ラファエル・S・コーエンが最近、『フォーリン・ポリシー』誌で概説したように、イスラエルとイランの秘密戦争は今後も長く続きそうであり、更に悪化する可能性もある。

ここで問題が起こる可能性は明らかだ。1人の著名な国際関係理論家は、それを軽減する明白な方法があると考えた。故ケネス・ウォルツが最後に発表した論文によると、この地域を安定させる最も簡単な方法は、イランが独自の核抑止力(nuclear deterrent)を獲得することだという。うぉるつは、イランが核兵器を保有すれば、イランの安全保障への懸念が軽減され、イランが他国に迷惑をかける理由が減り、地域のライヴァル諸国に対し、不用意に核兵器攻撃につながる可能性のある形でのイランに対する武力行使を自制させることができると主張した。ウィンストン・チャーチルが冷戦初期に述べたように、安定は「恐怖の頑丈な子供」になるだろう(stability would become “the sturdy child of terror.”)。

ウォルツは、基本的な核抑止理論に基づいて、この議論の中心的な論理を説明した。彼の説明がなされた著書は1981年に出版させ、物議を醸した。彼は、無政府状態(anarchy)にある国家は、主に安全保障に関心があるというよく知られた現実主義的な仮定(realist assumption)から説明を始めた。核兵器のない世界では、そのような恐怖はしばしば誤算(miscalculation)、リスクの高い危険な行動(risky behavior)、そして戦争(war)につながる。核兵器は、最も野心的、もしくは攻撃的な指導者でさえも尊重しなければならないレヴェルの破壊力で脅かすことで、この状況を一変させた。ウォルツは核抑止力が究極の安全保障の保証(a nuclear deterrent as the ultimate security guarantee:)となると考えた。賢明な指導者であれば、核武装したライヴァルを征服したり、打倒したりしようとはしないだろう。そうするためには、核攻撃の危険が避けられないからである。自国の複数の都市を失うほどの政治的利益は考えられないし、核兵器による反撃の可能性が低いながらも存在するだけでも、他国の独立に対する直接攻撃を抑止するには十分だろう。核兵器を使った攻撃がどのような影響をもたらすかは、最低限の知性を持った人なら誰でも容易に理解できるため、誤算の可能性は低くなるだろう。したがって、安全な第二攻撃能力(secure second-strike capability)を持つ国家は、自国の生存についてそれほど心配することはなく、国家間の競争は、相互の恐怖(mutual fear)によって(消滅されはしないものの)制約されることになる。

ウォルツは、核抑止力が安全保障競争の全要素を排除するとは示唆しなかった。また、どの国も原爆を持ったほうが良いとか、核兵器の急速な拡散が国際システムにとって良いことになるとも主張しなかった。むしろ、核兵器のゆっくりとした拡散は状況によっては有益である可能性があり、それを阻止するための全面的な努力よりも望ましい可能性さえあると示唆した。ウォルツは、冷戦時代にアメリカとソ連が直接の武力衝突を回避するのに役立ち、インドとパキスタン間の戦争の規模と範囲を縮小させた、エスカレーションに対する相互の恐怖は、戦争を含む他の場所でも同様の抑制効果をもたらすだろうと考えていた。戦争で引き裂かれた中東でも同じだった。

ウォルツの逆張りの立場は多くの批判を呼び、彼のオリジナルの著書は最終的にスタンフォード大学教授のスコット・セーガンとの広範で啓発的な交流につながった。懐疑論者たちは、新たな核保有国は、抑止できない非合理的、あるいは救世主的な指導者によって率いられる可能性があると警告したが、それらが既存の核保有国の指導者たちよりも合理的であったり、用心深かったりするかどうかは決して明らかではない。また、新興核保有国には高度な安全対策や指揮統制手順が欠如しており、そのため兵器が盗難や不正使用に対してより脆弱になるのではないかと懸念する人たちもいた。タカ派の人々は、既存の核保有国で、これまで成功した例がないにもかかわらず、新興核保有国が他国を脅迫したり、侵略の盾(shield for aggression)として核使用をちらつかせて脅迫したりする可能性があると主張した。他の批評家たちは、イランによる核開発により、近隣諸国の一部が追随することになるだろうと予測したが、初期の「拡散カスケード(proliferation cascades)」の証拠はせいぜい複雑だった。

もちろん、アメリカ政府はウォルツの立場を受け入れようと考えたことはなく、もちろんイランのような国に関してもそうではなかった。それどころか、アメリカはほぼ常に他国が自国の核兵器を開発するのを思いとどまらせようとしており、イランがそうするのを阻止するために時間をかけて取り組んできた。民主党所属と共和党所属の歴代大統領は、イランが実際の核爆弾を製造しようとする場合にはあらゆる選択肢がテーブルの上にあると繰り返し述べて、イランに濃縮計画を放棄するよう説得しようとしたが、こうした試みはほぼ失敗に終わり、ますます厳しい経済制裁を課している。バラク・オバマ政権は最終的に、イランの濃縮能力を大幅に縮小し、核物質の備蓄を削減し、イランの残存する核活動の監視を拡大する協定(2015年の包括的共同行動計画[Joint Comprehensive Plan of ActionJCPOA])を交渉した。驚くべき戦略的失敗により、ドナルド・トランプ大統領は2018年に協定を破棄した。その結果はどうなったか? イランはさらに高レヴェルなウラン濃縮を開始し、今では、これまで以上に爆弾の保有に近づいている。

JCPOAとは別に、アメリカ(そしてイスラエル)は、イラン政府に、自国の抑止力なしには安全を確保できないことを説得するために、あらゆることをしてきた。連邦議会はイラン亡命団体への資金提供など、イランを対象とした「民主政治体制促進(democracy promotion)」の取り組みに資金を提供している。アメリカ政府は、関係改善を目指すイランのいくつかの試みを阻止し、ペルシャ湾でイラン海軍と衝突し、イラン政府高官を意図的に暗殺し、イラン国内で一連の秘密活動を行ってきた。アメリカ政府は、この地域における反イラン連合(anti-Iranian coalition)の結成を公然と支持しており、(ロシア、中国、そしてアメリカの同盟諸国のほとんどとは異なり)テヘランとは外交関係を持っていない。イラン政権について誰がどう考えても、そしてイラン政権には嫌な点がたくさんあるが、こうした措置やその他の措置により、イスラエル、パキスタン、北朝鮮を含む他の9カ国が現在享受しているのと同じ抑止力の保護に対するイランの関心が高まっていることは間違いない。

では、なぜイランはまだ核保有の一線を超えていないのか? その答えは誰にも分からない。1つの可能性は、最高指導者アリ・ハメネイ師が核兵器はイスラム教に反しており、一線を越えることは道徳的に間違っていると心から信じているというものだ。私自身はその説明にはあまり興味を持てないが、その可能性を完全に排除することはできない。また、特にイラク、アフガニスタン、リビア、その他数カ所での体制変更(regime change)に向けたアメリカの悲惨な努力について考慮すると、イランの指導者たちは(公の場で何を言おうと)アメリカの直接攻撃や侵略についてそれほど心配していない可能性もある。彼らは、誰がアメリカ大統領になるにしても、そのような経験を追体験したいとは思わないだろうし、特にイラクのほぼ4倍の面積と2倍の人口を有する国イランを相手にしたい訳ではないだろうと認識しているかもしれない。アメリカは危険な敵ではあるが、存在の脅威ではないため、急いで爆弾を使って狙う必要はない。テヘランはまた、実用的な兵器を製造する試みが探知される可能性が高く、イランが多くの犠牲を払って構築した核インフラを、アメリカやイスラエル(あるいはその両方)に容易に攻撃されてしまう可能性がある限り、予防戦争(preemptive war)の脅威によって抑止される可能性がある。緊急の必要がなく、状況が好ましくない場合、イランにとっては核拡散ラインのこちら側に留まる方が理にかなっている。

アメリカやその他の国々が事態をこのまま維持したいのであれば、イランが兵器保有能力を回避し続ければイランは攻撃されないという保証と、ライン突破の試みによって起こり得る結果についての警告を組み合わせる必要がある。イスラエルとイランの間の秘密戦争を鎮圧することも同様に役立つだろうが、ネタニヤフ政権がその道を選択したり、バイデン政権からそうするよう大きな圧力に直面したりすることは想像しにくい。

私の頭を悩ましていることがある。現在の敵意のレヴェルが続くなら、イランが最終的に独自の核抑止力が必要だと決断しないとは信じがたいが、そのとき何が起こるかは誰にも分からない。それは再び中東戦争を引き起こす可能性があり、それは誰にとっても最も避けたいことだ。イランが独自の核爆弾製造に成功すれば、サウジアラビアやトルコなどの国も追随する可能性がある。

そうなれば何が起きるか? それは、ウォルツがずっと正しかったこと、そして中東における核のバランスが荒いことで、絶え間なく争いを続ける国々が最終的には敵意を和らげ、平和的共存(peaceful coexistence)を選択するよう仕向けるであろうということを明らかにするかもしれない。しかし、正直に言うと、これは私がやりたくない社会科学実験(social science experiments)の1つでもある。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)が刊行されました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 外交政策について語る際に、よく引き合いに出されるのが、「ミュンヘンの教訓(lessons of Munich)」だ。これは、1938年に、イギリスのネヴィル・チェンバレン首相、フランスのエドゥアール・ダラディエ首相、ドイツのアドルフ・ヒトラー総統、イタリアのベニート・ムッソリーニ総統が会談を持ち、ドイツの東方への拡大要求を受けて、チェコスロヴァキアのズデーデン地方をドイツに割譲するという合意を行った。チェコスロヴァキアの意向は全く無視された。チェンバレンは戦争を避けた英雄としてイギリスで歓迎されたが、結果としては、ドイツはポーランドに侵攻することで、平和は破綻し、英仏はドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦となった。「独裁者の言うことを真に受けて、譲歩することで宥めようとしても失敗する」という「宥和(appeasement)」の失敗、として、ミュンヘン会談は「ミュンヘンの教訓」と呼ばれている。

 「宥和」という言葉は外交政策分野では評判が悪い。それは、「独裁者に譲歩しても、つけあがらせるだけで、何の得もない」のだから、「独裁者とは交渉しない、叩き潰すのみだ」ということになるからだ。しかし、下の記事にあるように、「宥和」は有効な外交手段になり得る。「ミュンヘンの教訓」で、後任首相のウィンストン・チャーチルに比べて評判の悪いチェンバレンの意図や計画を考えると、ミュンヘン会談での譲歩は間違っていなかったという評価になる(結果は良くなかったかもしれないが)。

 そして、「宥和の過小評価」は、アメリカ式の「独裁者とは交渉取引などしない、叩き潰すのみ」という介入主義的外交政策を正当化する際に使われる。しかし、アメリカは、自分たちに大きな被害が出そうだと考える相手とは事を構えない。自分たちの被害がほとんど出ないだろうと考える相手には威丈高に対応する。しかし、それが失敗に終わることがある。アフガニスタンやイラクに関しては失敗だった。そして、ウクライナ戦争に関しても、計算間違い、認識間違い、誤解を山ほどしてしまい、現状のようになっている。

 「独裁者が攻撃的だ(他国を侵略する)」ということも、詳しく調べてみれば、ほとんど当てはまらない。ヒトラー(ヨーロッパや北アフリカ)やムッソリーニ(エチオピア)といった少数の例を過度に単純化して、一般化してしまうのは危険なことだ。そして、「だから、宥和してはいけない、交渉取引をしてはいけない」となるのは、外交政策を制限してしまい、結局、武力による排除しかなくなる。それでは、アメリカがロシアや北朝鮮を攻撃するだろうか。彼らにはそこまでのチキンゲームをやる度胸があるだろうか。核兵器を積んだミサイルがアメリカ領内に飛んでくる危険性が少しでもある場合、アメリカは攻撃できない。

 交渉取引をして、独裁者とも共存すると書けば、非常に悪いことのように思われるが、それが外交であり、国際関係であり、リアリズムということになる。そして、リアリズムを貫くためには、単純な一般化ではなく、歴史をはじめとする知識を積み重ねての判断が必要となる。

(貼り付けはじめ)

宥和は過小評価されているAppeasement Is Underrated

-ネヴィル・チェンバレンのナチスとの取引を引き合いに出して外交を否定するのは、故意に歴史を無視している。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年4月29日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/29/appeasement-is-underrated/

私は検閲には反対だが、政治家や評論家たちがネヴィル・チェンバレンやいわゆる「ミュンヘンの教訓(lessons of Munich)」を引き合いに出して、自分たちの提言を擁護するのを止めれば、ここアメリカでの外交政策論争は劇的に改善するだろう。この歴史的エピソードが、今日アメリカが何かをすべき理由を説明していると言われるたびに、私はいらない商品を売りつけられたのではないかと疑いたくなる。

私が何について話しているか、読者の皆さんはお分かりだろうと思う。今から約86年前、当時のイギリス首相ネヴィル・チェンバレンがミュンヘンでナチス・ドイツの代表と会談したのは、ドイツにスデーテンラント(当時のチェコスロヴァキアの一部で、ドイツ系民族の割合が多い)を獲得させれば、アドルフ・ヒトラーの修正主義的野心が満たされ、「我々の時代の平和(peace for our time)」が保証されると考えたからだと思われる。

しかし実際にはそうならなかった。ヒトラーはチェコスロヴァキアの残りを占領し、1939年9月にはポーランドに侵攻した。その結果、第二次世界大戦が勃発し、数百万人が悲惨な死を遂げた。それ以来、政治家や評論家たちは、ミュンヘンでヒトラーを阻止できなかったことを、おそらく世界史上最も教訓的なエピソード、二度と繰り返してはならない国家運営の誤りとして扱ってきた。

これらの人々にとって、いわゆる教訓とは、独裁者は不変の攻撃性を持っており、決して彼らを宥めようとしてはならないということである。それどころか、彼らの目的には断固として抵抗しなければならず、現状を変えようとするいかなる試みも断固として阻止し、必要であれば完膚なきまでに打ち負かさなければならない。ハリー・トルーマン元米大統領は、朝鮮戦争へのアメリカの参戦を正当化するためにミュンヘンを持ち出し、アンソニー・イーデン英首相(当時)は1956年のスエズ危機の際にエジプト攻撃を決断した。ミュンヘンの教訓は今日でも大いに流行している。今年2月、大西洋評議会のフレデリック・ケンペ会長は、ウクライナに関する議論に「宥和の悪臭(stench of appeasement)」が漂っていると書いた。そしてつい先週、米連邦下院外交委員会のマイケル・マコール委員長は、ウクライナに対する最新の支援策の採決を控えた同僚たちに次のように促した。「皆さん、自分に次のように問いかけて欲しい。私はチェンバレンか、それともウィンストン・チャーチルか?」

はっきりさせておきたい。もし私が米連邦議員だったら(これは確かに恐ろしい考えであるが)、私は、窮地に陥っているウクライナ人にさらなる援助を提供することを支持するだろう。しかし、それは、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が、ナチス・ドイツと同じようにヨーロッパ全土で戦争を仕掛けることに熱中している、もう一人のヒトラーであると私が考えているからではない。1938年にミュンヘンで起こったことは、今日私たちが直面している問題とはほとんど無関係であり、それを持ち出すことは、情報を与えるというよりも誤解を招く可能性が高い。これはバンパーステッカーに書いてある「シリアス・アナリシス(Serious Analysis)」のようなことだ。

第一に、ミュンヘンの教訓を引き合いに出す人は、1938年に実際に何が起こったのかをほとんど理解していない。その後の神話とは対照的に、チェンバレンはヒトラーについて世間知らずではなかったし、ナチス・ドイツがもたらす危険性にも気づいていない訳ではなかった。とりわけ、チェンバレンは1930年代後半のイギリスの再軍備の取り組みを支持した。しかし、彼はイギリスが戦争の準備ができているとは考えておらず、ミュンヘンでの合意は英国の再軍備を進めるための時間稼ぎの方法であると考えていた。ミュンヘンで合意された内容が、ヒトラーを満足させ、ヨーロッパの平和を確保することを望んでいたが、それがうまくいかなかった場合、最終的に戦争が起こったときにイギリス(とフランス)はより有利な立場で戦うことになるだろう、とチェンバレンは考えていた。

チェンバレンの考えは正しかった。1940年の春までに、イギリスとフランスはドイツよりも多くの兵力を準備しており、低地地方の戦いでの彼らの急速かつ予想外の敗北は、戦車、兵員、戦闘機の不足のせいではなく、戦略と諜報の失敗によるものだった。

更に言えば、1938年により強硬な姿勢を取ったとしても、ヒトラーの戦争開始を阻止できなかったであろう。ヒトラー自身も、ミュンヘンでの成果に深く失望していたことが分かっている。ヒトラーは、開戦理由(casus belli)を手に入れることを望んでいたが、チェコスロヴァキアを軍事的に粉砕するという、彼が熱望していた機会は、チェンバレンの外交によって否定された。ヒトラーが攻撃を命令していれば、侵略に反対したドイツ軍将校たちは、彼を追放できたかもしれないが、たとえ試みられたとしてもそのような陰謀が成功するという保証はない。不愉快な真実は、ヒトラーは遅かれ早かれ戦端を開こうと考えていて、1938年の結果が異なっていても、第二次世界大戦は防げなかったであろうということだ。

第二に、ミュンヘンの教訓への永続的な執着は、1つの個別の出来事に重きを置きすぎており、大国間で生じた妥協や合意を本質的に無関係なものとして扱っている。歴史を利用するこれほど愚かな方法を想像するのは困難だ。このことはつまり、あるエピソードを普遍的に有効なものとして扱い、別の物語を伝える出来事を注意深く無視することである。中華料理店でたまたまおいしくない食事を食べたとしても、全ての中華料理店はまずいと結論付け、二度と中華料理店などでは食事をしないと決意するのは愚かなことだと分かるだろう。しかし、指導者や評論家たちは、あたかもミュンヘンの教訓だけが歴史から得られるものであるかのように、ミュンヘンでの出来事をこのように利用している。

より具体的に言えば、ミュンヘンの教訓について、繰り返し激しく議論することは、大国がライヴァル国と相互に利益をもたらす協定を結ぶことで、戦争をせずに自らの安全を確保した、全ての機会を都合よく切り捨てることになる。私たちは、適応の成功例を見逃しがちだ。なぜなら、結果が目立ったものでなくても、人生は続いていき、私たちの注意を引く大きな戦争が起こらないからだ。しかし、この種の「非出来事(nonevents)」は、国家が意見の相違を解決できずに戦争に突入したというより、劇的な状況と同じくらい有益である可能性がある。

宥和の成功例を探している? 中立宣言(declaration of neutrality)と引き換えにソ連軍を同国から撤去させた、1955年のオーストリア国家条約はどうだろうか? あるいは、軍備競争を安定させ、核戦争の可能性を低くするのに役立った、アメリカとソ連の間で交渉された、各種の軍備管理条約(arms control treaties)について考えてみよう。ジョン・F・ケネディ米大統領は、ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフがキューバに設置しようとしていた核搭載ミサイルについて、フルシチョフがそれらを撤去する代わりに、トルコに配備していたジュピター・ミサイルを撤去することに同意することで、ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフを宥めた。リチャード・ニクソン米大統領とヘンリー・キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官(当時)は、中国の最高指導者の毛沢東が、冷酷な独裁者であり、数百万の人々の氏に責任があったにもかかわらず、毛沢東率いる中国との「一つの中国」政策(“One China” policy)に合意した際に、同様のことを行った。これは冷戦におけるアメリカの立場を改善する動きだった。何百万もの人々の死の原因となった。

そして、歴史家のポール・ケネディがかなり前に主張したように、大英帝国がこれほど長く存できた理由の1つは、潜在的な挑戦者に対して限定的な譲歩をする、つまり、彼らを宥めようとする指導者たちの意欲があったことで、それによって、直面する敵の数が減ったからだ。帝国の領土を複数の敵から同時に防衛しようとする負担を軽減した。1938年に焦点を当てるのを止めて、より広範囲に目を向けると、時代を超越していると思われるミュンヘンの教訓は、はるかに説得力がなくなるように思われる。

第三に、ミュンヘンの教訓が独裁者への対処法を教えてくれているという主張には、注目すべき矛盾が含まれている。第二次世界大戦の犠牲とホロコーストの恐怖を考えると、当然のことながら、私たちはヒトラーを歴史上最も邪悪な人物の1人と見なすようになった。良いニューズは、ヒトラーほど堕落して、無謀な指導者は珍しいということだ。もしそうだとすれば、そして、ヒトラーの誇大妄想(megalomania)、人種差別(racism)、リスクを冒す自殺願望(suicidal willingness)の組み合わせが、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の主な原因であるとすれば、ミュンヘン会談は広範囲に影響を与える非常に代表的な出来事としてではなく、次のように見られるべきである。この非常に珍しい出来事は、大国間のほとんどの相互作用についてはほとんど何も語っていない。私たちは独裁者全てをヒトラーであるかのように扱うのではなく、彼のような指導者が稀であることに感謝し、今日私たちが直面している指導者に賢明に対処することに焦点を当てるべきだ。

全ての独裁者が同様に野心的で、攻撃的で、リスクを受け入れ、危険であると考える理由はほとんどない。確かに、フランスのナポレオン・ボナパルト、イタリアのベニート・ムッソリーニ、そして大日本帝国の軍事指導者たちなど、世界舞台(world stage)で大問題を起こした独裁者も数人いるが、他の著名な独裁者は、民主政治体制の指導者たちほど、武力行使をする傾向はなかった。

ミュンヘンの想定される教訓は、何が国家をそのように行動させるのかについての単純化した見方にも基づいている。この政策を発動する人々は、独裁者たちは常に他国と戦争を始める機会を狙っており、独裁者たちを阻む唯一のものは他国(特にアメリカ)が独裁者たちに立ち向かう意欲だけであると想定している。しかし、ほとんどの指導者にとって、軍事力で現状維持(status quo)に挑戦するという決定は、脅威、能力、機会、流れ、国内の支持、軍事的選択肢などのより複雑な評価から生じており、指導者たちの計算では、他国がそれに反対する可能性はその計算の一項目にすぎない。

ミュンヘンの明白な教訓は、独裁者を決して宥めるべきではないということだが、バイデン政権は、2021年後半にプーティンを宥める努力をせず、代わりに様々な抑止力の脅しを行い、プーティンは本格的なウクライナ侵攻を強行した。同様に、アメリカは、1941年に日本を宥めなかった。日本への圧力を徐々に強め続け、日本からの要求を再検討することを拒否した。ミュンヘンの教訓は忠実に守られましたが、その結果は真珠湾攻撃となった。

ミュンヘンの教訓への執着はコストがかからない訳ではない。アメリカが嫌う全ての独裁者をヒトラーの生まれ変わりであるかのように扱うことは、アメリカの利益を促進し、戦争のリスクを軽減する可能性のある、堅実な妥協を追求することをより困難にする。例えば、イラン・イスラム共和国をナチス・ドイツのシーア派版とみなすことは、イランの核開発計画を後退させた協定を弱体化させ、最終的には破壊することに貢献し、イランは今日、核兵器保有に大きく近づいている。そのアプローチはアメリカや中東地域の同盟諸国の安全を高めたのだろうか?

同様に、プーティンをヒトラーの生まれ変わりだと考え、イギリスのチャーチル首相(チェンバレンの後任)のように行動すべきだと主張することは、ウクライナの更なる破壊を避け、アメリカが他の優先事項に集中できるような外交的解決策を得ることを難しくする。ミュンヘン会談のアナロジー(類推、analogy)は、外交的なギブ・アンド・テイクのいかなる形も侵略への誘いのように思わせることで、アメリカ政府の高官たちが持つ選択肢を、要求を出すか、脅しをかけるか、武器を送るか、自ら戦闘に参加するかに限定している。しかし、このように手段の選択肢を限定する理由は何だろうか?

宥和は常に良い考えであるだろうか? もちろんそうではない。指導者たちは、力の均衡(バランス・オブ・パウア)が相手に有利に大きく変わるような譲歩をすることには特に注意すべきである。相手に有利になるような譲歩をすれば、相手は将来的に譲歩を要求しやすい立場に立つことになるからである。この種のいわゆる宥和は、他に選択肢がない限り避けるべきだ。実際、1950年に次のように指摘したのはチャーチルだった。チャーチルは次のように述べた。「宥和それ自体は、状況によって、良い考えとも、悪い考えともなり得る。弱さと恐怖からの宥和(appeasement from weakness and fear)は、同様に無駄であり致命的だ。力からの宥和(appeasement from strength)は寛大かつ高貴であり、世界平和への最も確実かつ唯一の道かもしれない。」

アメリカの多大な強みと有利な立地を考慮すると、アメリカの外交政策当局者たちは一般に「寛大で高貴な(magnanimous and noble)」道を模索し、慎重に検討された交渉と相互調整のプロセスを通じて、価値観や興味が自分のものと相反する敵対者との相違を解決しようとするべきである。

外交政策コミュニティが「ミュンヘンの教訓」に対する特有の執着を捨てれば、このアプローチはずっと容易になるだろう。早ければ早いほど良いと私は言っておきたい。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生の書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻が起きて以来、人々の不安を煽る主張が多く出ている。「ロシアはウクライナの次として●●(バルト三国や隣接している国々の名前が入る)を狙っている、攻める」とか、「ウクライナの次は台湾だ(中国がロシアの成功を見て台湾侵攻を行う)」といった主張がなされてきた。「ロシアのプーティンも中国の習近平も共に独裁者で、自分たちの思うとおりに軍隊を動かして、他国を攻める」「ロシアも中国も膨張主義(expansionism)だ」という粗雑な、浅はかな考えが基本になっている。プーティンも習近平も、こうした浅はかな主張をする人間たちよりも、はるかに頭が良く、自分の欲望だけで何かをするという次元の人間ではない。また、ロシアも中国も国土に関して野心を持っていない。

 プーティンのウクライナ侵攻の原因をきちんと精査し、分析し、合理的な判断もしないで、粗雑な前提で、「攻めてくる、攻めてくる」と騒ぎ立てるのは、人々の不安を煽って、自分の金儲けに使おう、商売にしようというさもしい根性から出ている。独裁者だから連続してどんどん侵略するということはない。ヒトラーやナポレオンがいるではないか、という声も出るだろうが、独裁者が全員、ヒトラーやナポレオンのような行動を取った訳ではない。

 プーティンが独裁者だから必ず、ウクライナ以外にも侵略戦争を仕掛けるというのは粗雑な考えであり、プーティンがどうしてウクライナに侵攻したのか(2014年の時も含めて)を考えるならば、NATOの拡大が理由として挙げられる。NATOとは対ソ連、今では対ロシア軍事同盟だ。ロシアの側か見れば、それがどんどん東側に拡大して、自国に迫ってくる。東欧諸国やバルト三国が加盟してNATOと隣接することになる。それでもロシアは自制した。しかし、ウクライナはロシアにとっては喉首のような場所であり、NATO拡大は看過できない(EU加盟には賛成している)。こうして考えると、西側諸国がロシアの意向を無視して、ロシアを煽ったということになる。ロシアは乾坤一擲、ウクライナを抑えた。それ以上のことをする意図はない。

 これは中国にも言えることで、台湾が現状のままならば、わざわざ侵攻することはない。既に両岸関係は緊密に絡まり合って、経済的には一蓮托生の状態になっている。アメリカをはじめとする西側諸国が余計なことをしなければ、そのままの状態で、経済が発展していく。西側諸国という存在が世界にとって大いなる邪魔者になっているということを私たちは良く考えねばならない。そして、過度に単純化された、不安を煽る言説に惑わされてはいけない。

(貼り付けはじめ)

ロシアが次に何をするかを実際のところは誰も知らない(Nobody Actually Knows What Russia Does Next

-ウラジーミル・プーティンの将来に関する計画に対して西側諸国の警告はますます大きくなっているが、説得力は増していない。

The West’s warnings about Vladimir Putin’s future plans are getting louder—but not any more convincing.

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年4月2日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/02/russia-putin-nato-warning-war-west/?tpcc=recirc062921

どうやら、西側諸国の外交政策エリートの主要メンバーたちは読心術者(mind readers)であるようだ。彼らは、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の意図が何であるかを正確に知っていると主張している。著名な当局者や政治評論家たちは、プーティンの野心は無限であり、ウクライナは単なる最初の標的に過ぎないとの意見で一致している。

ロイド・オースティン米国防長官は、「プーティンはウクライナに止まらないだろう」と述べた。デイヴィッド・ペトレイアス元CIA長官は、CNNのクリスティアン・アマンプール記者に「プーティンはウクライナに止まらないだろう」と語った。ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、「次はリトアニア、ラトビア、エストニア、モルドバになるかもしれない」と警告し、ジェーン・ハートリー駐英米大使は、「ロシアがこの後止まるかもしれないと考える人は誰でも間違っている」と述べた。リトアニアのガブリエリウス・ランズベルギス外相も同じ考えだ。「ロシアは止まらないだろう。プーティンは、明らかに更なる計画を持っている」と述べている。ジョー・バイデン米大統領も2023年12月に同じ警告を発し、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長も同じ警告を発した。西側諸国の政府関係者たちは、ロシアがいつNATOを狙うのか定かではないが、モスクワを断固として打ち負かさなければ、より広範な戦争は避けられないと考える声が高まっているようだ。

ウォルター・リップマンが警告したように、「全ての人が同じように考えるとき、誰もあまり考えない」。ウクライナ戦争が終結し、ロシアが2022年以前のウクライナの領土の一部を支配することになる場合、プーティンやロシアがどのような行動に出るかは、これらの人々の誰も、何も分からないというのが明白な事実である。私もそうだし、プーティン自身(そしてプーティン自身もはっきりとは知らないかもしれない)を除いて、他の誰も分からない。プーティンが大きな野心を持っていて、ウクライナでの高価な成功に続いて、どこか別の場所で新たな攻撃を試みる可能性はある。しかし、プーティンの野望が、ロシアが莫大な犠牲を払って勝ち取った以上のものには及ばず、それ以上のギャンブルをする必要も欲望もないという可能性も十分にある。例えば、プーティンは最近、ロシアはNATOを攻撃するつもりはないと宣言したが、ウクライナに供与されるF-16やその他の航空機がウクライナに配備されれば、合法的な標的になるとも指摘した(当たり前だ)。プーティンの保証を額面通りに受け取るべき人はいないが、彼の言うことは何でも全て嘘だと決めつけるべきではない。

もちろん、プーティンの将来的な行動について、薄気味悪い警告を発している西側の専門家たちは、西側諸国の人々(そしてアメリカ連邦議会)を説得して、ウクライナへの援助を増やし、ヨーロッパの防衛費を増額させようとしている。はっきり言って、私もウクライナへの援助を継続することには賛成だし、NATOの加盟国であるヨーロッパ各国が通常戦力を増強することで抑止力(deterrence)を強化することを望んでいる。私が気になるのは、このような宣言に触発される反射的な脅威を危険視する不安感の急速な膨張であり、このような暗い予測をあたかも確立された真実であるかのように扱い、それに疑問を呈する者を考えが甘い人間、親ロシアでロシアの手先、あるいはその両方と決めつける傾向があることだ。

プーティンに無限の野望があるという、偏った、信仰に近い考えは、全ての独裁者は生来攻撃的で抑止が難しいという、おなじみのリベラル派の主張にもとづいている。その論理は単純だ。「全ての独裁者は拡大を求める。プーティンは独裁者だ。だからプーティンはウクライナで止まらない。証明終わり」。この三段論法(syllogism)はリベラルなエリートたちの間では信条(article of faith)になっているが、この主張を裏付ける証拠はほとんどない。確かに、ナポレオンやアドルフ・ヒトラーのように危険な連続侵略者だった独裁者もいる。だから、現在私たちが偶然対峙することになっている独裁者は誰でも、必然的に「もう1人のヒトラー(another Hitler)」というレッテルを貼られる。しかし、他の独裁者たちは、国内での行いがいかに酷いものであったとしても、国際舞台ではむしろ品行方正(well-behaved)であった。毛沢東は誰がどう見ても暴君であり、彼の政策は何百万人もの同胞を死に至らしめたが、毛沢東の征服戦争(war of conquest)は1950年のチベット占領だけだった。オットー・フォン・ビスマルク率いるプロイセンは、8年間に3度にわたって戦争を繰り返したが、1871年に誕生した統一ドイツは、それから19世紀が終わるまで、断固として現状維持(status quo)に努めた。スタニスラフ・アンドレスキーが何年も前に論じたように、多くの軍事独裁政権は平和的な姿勢を取る傾向がある。プーティンが国内のライヴァルを投獄したり殺害したりする冷酷な独裁者であり、その他の卑劣な行為を行っているという事実は、彼がロシアの近隣諸国を征服したいと思っているかどうか、あるいはそうできると信じているかどうかについては、ほとんど何も語っていない。そして、いわれのない違法で破壊的な戦争を仕掛けるのに、独裁者である必要はほぼないのである。

第二に、ウクライナでの戦争が最終的に終わったとき、ロシアは新たな侵略戦争(new wars of aggression)を仕掛けることができる状態にはないだろう。アメリカの情報諜報機関は、ロシアがウクライナで死傷した兵力は30万人を超え、数千台の装甲車や数十隻の船舶・航空機も失ったと考えている。プーティンは、(「再選[reelection]」が終わった今、そうするかもしれないが)追加出動(additional troop mobilizations)を命じることに消極的だ。そのような措置はロシア経済をさらに弱体化させ、民衆の不満を煽る危険があるからだ。西側の制裁措置(sanctions)は、アメリカとその同盟諸国が期待したほどにはロシア経済に打撃を与えなかったが、ロシアにとって長期的な経済的影響は依然として深刻なものになるだろう。長い通常戦争(conventional wars)を戦うにはコストがかかる。現在の戦争が終わるたびに次の戦争を始めるのは、プーティンが簡単だと信じていた「特別軍事作戦(special military operation)」を開始するという当初の決断以上に無謀なことだ。ウクライナでのロシアの困難は、たとえプーティンの軍隊が最終的にピュロスのような勝利を収めたとしても、プーティンを今後はるかに慎重にさせる可能性が高いのではないだろうか?

第三に、プーティンが侵攻を決意した大きな理由が、ウクライナが西側の軌道に乗り、いつの日かNATOに加盟するということを阻止するためだったとすれば、その後の和平協定でその可能性が封じられれば、プーティンは満足するかもしれない。国家はしばしば、貪欲さ(greed)よりも恐怖(fear)から戦争に踏み切るものであり、ロシアが持つ安全保障上の恐怖が弱まれば、ヨーロッパ地域の他国を狙うインセンティヴ(誘因)もおそらく低下するだろう。もちろん、NATO加盟諸国はこの可能性を当然と考えるべきではないが、プーティンの狙いに際限がないという仮定と同程度には、説得力を持つ話だ。

ヨーロッパの専門家たちの一部は、ロシアのウクライナ侵攻に、NATOの拡大は関係ないと主張し、プーティンが侵略したのは、ウクライナ人とロシア人は文化的・歴史的に深いルーツを共有しており、形式的には統一されていなくても、政治的には同盟を結ばなければならないと考えているからだと主張している。この見解では、NATOの拡大は開戦の決断とは無関係であり、古き良きロシアの文化的帝国主義(cultural imperialism)の一例に過ぎない。しかし、もしそうだとすれば、プーティンの思考においてウクライナは特別な存在であり、プーティンが侵攻した理由(そして侵攻が容易だと考えた理由)は他の国には当てはまらないということになる。興味深いことに、この結論は、2008年にウィリアム・バーンズ駐ロシア米大使(当時)がワシントンに警告した「ウクライナのNATO加盟は(プーティンだけでなく)ロシアのエリートにとって最も明白なレッドラインだ」という指摘と一致している。ロシアはそれ以前のNATO拡大についてはしぶしぶ容認していたが、ウクライナはまったく異なるカテゴリーだった。プーティンの「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性(historical unity of Russians and Ukrainians)」についての錯綜した主張をどう考えるかにしても、プーティンはフィンランドやスウェーデンやポーランドや他の誰をも同じようには見ていない。バルト三国におけるロシア語を話す少数民族の地位は、その後のロシアの干渉の口実になるかもしれないが、プーティンは、国民のほとんどがロシア人ではなく、再統合されることを断固として反対して、ロシアを敵視している国々をめぐって、NATOと直接武力で衝突する危険を冒すだろうか?

私が指摘したいのは、プーティンがロシア人とウクライナ人を「ひとつの民族(one people)」だと考えているから侵略したと考えるのであれば、プーティンの野望はこの特殊なケースに限定されると結論づけるのが合理的だということになる。

最後に、プーティンは完全敗北させなければ新たな戦争を仕掛ける、容赦のない連続侵略者だという主張は、戦争を終結させ、ウクライナのさらなる被害を免れる努力を妨げている。プーティンが新たな戦争を始めるのを防ぐには、完全な敗北しかないと考えるのであれば、ウクライナが全ての領土を取り戻すまで現在の戦闘を続けなければならないということになる。私はウクライナが領土を回復して欲しいと考えているが、西側欧米諸国の追加支援があったとしても、その可能性はますます低くなっているようだ。昨夏のウクライナの反転攻勢(Ukraine’s counteroffensive last summer)が成功すると誤って予測した、考えの足りない楽観主義者たちは、その誤りを謝罪し、なぜ間違っていたのかを説明しただろうか?

繰り返す。私はプーティンが何をするか知っていると言っていない。また、ウクライナでの戦争が終われば、プーティンの意図は良性となり、ヨーロッパの現状を確実に維持するだろうと単純に考えるべきだとも思わない。私が反対しているのは、彼が何をするか正確に知っていると主張し、単なる推量(mere guesswork)に基づいて非現実的な目標を追求し続ける影響力のある声全てに対してだ。

ウクライナでの戦争がウクライナの完全勝利に満たないもので終わるのであれば、適切な対応とは、将来的に他の国がウクライナのような運命をたどる可能性を低くすることだ。プーティンが何をしでかすかは誰にも分からないのだから、NATOのヨーロッパ加盟諸国は防衛能力を高め、明らかな脆弱性(vulnerabilities)について是正すべきだ。しかし同時に、アメリカとNATOの同盟諸国は、ロシアの正当な安全保障上の懸念(全ての国がそうであるように、ロシアにも実際に懸念はある)を認め、それを和らげるために何ができるかを検討すべきである。そのような努力は、ロシアが行ったことに対して「代償を払わせる(make Russia pay)」という願望が残っていることを考えれば、物議を醸すだろうし、こんなことになるだろう。しかし、賢明な国家運営とは将来を見据えたものであり、将来の戦争を防ぐことが優先されるべきだ。そのためには、信頼できる抑止力と信頼できる保証を組み合わせる必要がある。そうすれば、プーティンやその後継者たちが持つ、武力行使を考える必要性も、武力行使をすればロシアが有利になるという確信も減るだろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。週刊ダイヤモンド2024年3月2号にて、佐藤優先生にご紹介いただきました。ウクライナ戦争の分析に関して「説得力がある」という評価をいただきました。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ウクライナ戦争は開戦から2年半が過ぎ、現在は膠着状態、ロシア側が有利な展開となっている。ウクライナ側は2023年に春季大攻勢(Spring Offensive)を実施してロシアに打撃を与えると内外に宣伝し、ロシア側がそれを受けて守りを固めているところに、攻撃を仕掛けて、結果的に失敗に終わった。それ以降はウクライナには厳しい状況が続いている。アメリカ連邦議会、共和党が過半数を握っている連邦下院で、ウクライナ支援のための予算が否決されるなど、共和党とアメリカ国民の過半数はウクライナ支援に反対である。もう止めたい、十分にしてやったではないか、もう疲れた、というのがアメリカ国民の本音だ。
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 それでは、ウクライナを今すぐNATO(北大西洋条約機構)に入れて、ヨーロッパ全体で守ってやるべきだ、もしくは停戦してから加盟させて、今後のロシアの侵攻に備えるべきだという意見もある。しかし、こうした意見が無視しているのは、2014年のロシアによるクリミア半島併合の前後に、NATOはウクライナを加盟させなかったということだ。ウクライナを本気で守ってやろう、ロシアの侵攻に徹底的に対抗してやろうということならば、欧米諸国が実質的にどんどん軍事物資や要員、資金を提供して、ウクライナの軍事強化を行って、「実質的に」加盟させているような状況を作りながら、正式には「ウチとは関係ありませんから」という極めて無責任は態度を取るはずがない。NATOは分かっている、ウクライナなんぞを正式加盟させたら、自分たちがロシアからの攻撃を受ける、最悪の場合には核兵器による攻撃があるということを。

 また、ロシアの今回のウクライナ侵攻は、ウクライナのNATO加盟阻止という目的もあるので、ウクライナがNATOに加盟すれば、その目的が達成されないということになるので、戦争が長引く。ロシアとしては、ウクライナがEUに加盟することは認めているので(EUが赤字財政と腐敗と人権侵害のウクライナの世話をしてみろという態度)、中立化するということであれば停戦も可能である。こうしたことは2022年の段階で既に話されているもので、今更目新しく述べるようなことでもない。しかし、こうしたことは、再確認するためにも改めて書かねばならない。それが戦争を早期に集結させ、戦争に関わって苦しんでいる人たちを救うことにつながると私は確信している。

(貼り付けはじめ)

NATOは、ウクライナのために、ウクライナを受け入れるべきではない(NATO Should Not Accept Ukraine—for Ukraine’s Sake

-西側同盟の拡大がキエフをさらに不利にする5つの主要な理由について語る。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年3月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/05/nato-ukraine-membership-russia-war-west/

戦局がウクライナに不利に傾き、アメリカ連邦議会が新たな支援を承認するかどうかが疑問視される中で、元NATO司令官アンダース・フォッホ・ラスムッセンや元NATO米常任代表イヴォ・ダールダーといった影響力のある専門家たちは、ウクライナを早急にNATOに加盟させるべきだという以前の呼びかけを繰り返している。この措置は、ロシアにその軍事作戦ではウクライナを同盟から締め出すことはできないと納得させる方法であると同時に、最終的に戦争が終結したときにウクライナに十分な安全保障を提供する必要があるとして売り込まれている。

合理的な人々は、この勧告の賢明さについて同意できないし、また同意しないだろう。なぜなら、対立する立場は不確実な将来についての予測に基づいているからだ。事実上、私たちは皆、ウクライナを持ち込むことでどのような影響があるかについて賭けをしているのだ。私自身の立場を明確にしておくと、もし私がアメリカ連邦議員だったら、躊躇することなく、追加支援策に投票するだろう。なぜなら、私はウクライナが依然として支配する領土を固守することを望んでおり、ロシアにはその努力を理解させたいからである。ロシアが更に多くのウクライナの領土を占領することはコストがかかり、困難になるだろう。今日の追加援助は、おそらく11月の米大統領選挙後に本格的な議論が始まる際に、キエフの交渉上の立場を改善するだろう。そうは言っても、今ウクライナをNATOに加盟させるのは悪い考えであり、戦争が長引き、時間の経過とともにキエフはより悪い立場に置かれることになる。

まず、北大西洋条約(North Atlantic Treaty)が、一定の基準を満たせばどの国にも加盟する権利を与えている訳ではないことを思い出して欲しい。第10条では、「締約国は、全会一致の合意により、この条約の原則を促進し、かつ、北大西洋地域の安全保障に貢献する立場にある他のヨーロッパ諸国に対し、この条約に加盟するよう要請することができる」と述べているだけである。NATOの現在の「門戸開放(open door)」政策は、より最近のことである。NATOの加盟基準を満たせば、加盟を希望するいかなる国も加盟できるという正式な約束と見なされることもある。事実上、門戸開放政策はNATOから加盟希望国へと微妙に主体を移すものであり、加盟希望国に対して「門戸は開かれており、私たちの基準を満たせば自由に加入してよい」と告げるものだ。既存の加盟諸国が、新加盟国を受け入れることが「条約の原則を促進し、北大西洋地域の安全保障に貢献する」と集団的に合意するまで、ドアは閉ざされているのだ。その時点で加盟諸国はドアを開け、招待状を出すことを決定できる。当初の条約が同盟の拡大に積極的であるという前提を設けていない以上、この違いは重要である。スウェーデンのNATO加盟を数年間遅らせようとしたハンガリーの最近のキャンペーンは、このプロセスが実際にどのように機能しているかを思い起こさせる。スウェーデンには、他の加盟国全てが同意するまで加盟する「権利(right)」はないのだ。

ウクライナに目を向けると、今(あるいは近い将来)にウクライナをNATOに加盟させるのは賢明ではないという私の信念は、いくつかの前提に基づいている。1つは、ウクライナが昨年の挫折を経て、より多くの兵器を入手し、軍隊を再編成する時間がない場合、戦場で状況を逆転させ、失われた領土を再征服することはできないということだ。深刻な(おそらくは回復不可能な)人的資源不足に悩まされており、無人偵察機、大砲、ロシアの広大な要塞の組み合わせにより、キエフが領土の面で大規模に進出することは困難あるいは不可能になるだろう。西側諸国というウクライナ応援団は昨春、その後の反撃について楽観的な予想を示したのは間違いだったが、彼らはウクライナが形勢を変える方法はまだたくさんあると示唆して、この間違いを繰り返している。そうでなければ良いのだが、私たちは、世界がどうなりたいかではなく、世界の現状に基づいて政策を選択する必要がある。

私の第二の前提は、ロシアの指導者たちは欧米諸国よりもウクライナの運命を気にかけているということだ。もちろん、ウクライナ人以上に気にしている訳ではないが、彼らにとっては、ほとんどのNATO諸国の指導者や国民よりも重大な関心事なのだ。ロシアのウラジーミル・プーティン大統領とその側近たちは、ウクライナで戦って死ぬために何千人もの兵士を送ることを厭うことはない。先週、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が不意にNATO軍派遣の可能性を提起した際、彼は即座にドイツのオラフ・ショルツ首相とNATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長に叱責された。これは、NATOがウクライナの運命に関心がないということではなく、ロシアがもっと関心を持っているということだ。

第三に、プーティンが2022年2月に違法な侵攻を開始した主な理由の1つは、ウクライナが西側諸国に接近し、最終的に同盟に加盟するのを阻止するためだったと私は推測している。CIAとウクライナの諜報機関との協力関係が着実に深まっていることが最近明らかになったこと、2014年以降、欧米諸国がウクライナの防衛力強化に努めてきたこと、そしてNATOがウクライナを同盟に参加させるという約束を何度も繰り返していることが、モスクワの懸念を煽ったことは間違いない。プーティンの行動には、ウクライナ人とロシア人の文化的一体性に関するある種の信念も反映されているかもしれないが、ウクライナがNATOに加盟するという見通しがプーティンに行動を取るように駆り立てたという証拠を否定することはできない。実際、ストルテンベルグNATO事務総長はこのことを何度も公然と認めている。プーティンはNATOの意図を読み違え、彼らがもたらす脅威を誇張したかもしれないが、外国の危険を誇張した世界の指導者は彼だけではない。

これら3つの前提を踏まえて、ウクライナがNATOに加盟すべきでない理由の主要な5つは以下の通りとなる。

(1)ウクライナは加盟基準を満たしていない。ウクライナの民主政治体制はまだ脆弱である。汚職はいまだに蔓延しており、選挙は戦争が始まって以来実施されておらず、ウクライナ社会には民主政体規範への関与について疑問視される有力者たちがまだ存在する。エコノミスト・デモクラシー・インデックスは昨年、こうした理由も含めて、ウクライナを「ハイブリッド政治体制(hybrid regime)」と評価した。加えて、ウクライナは標準的なNATO加盟行動計画の条件をまだ満たしていない。この事実を認識したNATOは、昨年夏の年次首脳会議でこの基準を免除することに合意し、事実上、ウクライナの加盟プロセスを「2段階プロセスから1段階プロセス」に変更した。同盟加盟の基準を水増し(緩和)することで、この決定は将来的に悪しき前例となる可能性がある。

(2)NATOが第5条の約束を守るかどうかは定かではない。以前の記事でも指摘したように、北大西洋条約第5条は、他の加盟国が攻撃された場合に、加盟国が参戦を約束する仕掛けになっていない。アメリカの主張により、第5条は加盟国に対し、ある加盟国への攻撃を全ての加盟国への攻撃とみなし、「必要と考える行動(such actions as it deems necessary)」を行うことを義務づけているだけである。それにもかかわらず、この条項は、攻撃を受けている加盟国を防衛することを約束するものと広く解釈されており、重大な侵略があった場合にどの加盟国も助けに来なければ、同盟全体が疑問視されることになる。したがって、新たな加盟国を受け入れる前に、同盟の他の国々は、自国が攻撃された場合に自国の軍隊を危険にさらす意思があるかどうか、じっくりと考えるべきである。

これまでの私の指摘を繰り返す。これまでのところ、アメリカも他のNATO諸国も、ウクライナのために軍隊を派遣する意志を示していない。武器と資金は支援している。もしその意志があるのなら、既に軍隊を派遣しているはずだ。今やる気がないのに、5年後、10年後、20年後にウクライナのために戦うと暗黙のうちに約束することに意味があるのだろうか?

更に言えば、アメリカ連邦上院がウクライナの加盟を批准するかどうかも決して明らかではない。条約を批准するには3分の2以上の賛成が必要で、十分な票を集めるのは難しいかもしれない。確かに、今回の支援策には70人の連邦上院議員が賛成票を投じたが、その法案にはイスラエルへの追加支援も含まれており、それが票を動かした可能性もある。より重要なのは、共和党の事実上の指導者であるドナルド・トランプがNATOにウクライナを参加させることに反対していることで、彼の反対によって十分な数の共和党議員が反対票を投じ、批准に手が届かなくなる可能性がある。

(3)NATO加盟は魔法の盾(magic shield)ではない ウクライナを早急に加盟させる主な根拠は、そうすることでロシアが後日に戦争を再開するのを阻止できるというものだ。キエフが追加の保護を望む理由は簡単に理解できるが、この議論は、NATOに加盟することが、ほぼ全ての状況下でロシアの軍事行動を確実に阻止する魔法の盾であると仮定している。これと同じ仮定が、NATO をバルト三国のような脆弱な地域に拡大するという以前の決定を引き起こした。NATO拡大の支持者らは、延長される安全保証は決して現金化されない小切手であると単純に想定していた。

NATO加盟は多くの状況で攻撃を抑止するかもしれないが、魔法の盾ではない。実際、最近になって、今後数年のうちにロシアがNATOに挑戦してくる可能性について憂慮すべき警告を発する声が高まっている。もしプーティンがウクライナでの戦争を終結させ、ボロボロになった軍隊を再建するために小休止を取り、フィンランドやエストニア、あるいは他のNATO加盟国に新たな攻撃を仕掛けると本当に信じているのなら、魔法の盾がそれほど信頼できるものだとは思っていないはずだ。となると、NATOの現在の加盟諸国は、自国の死活的利益とは何か、どの国を守るために本当に戦う気があるのか、じっくり考えなければならないということだ。そこで2番目の理由に戻る。

(4)今の時点でのNATO加盟は戦争を長引かせるだけだ。キエフのNATO加盟を阻止するためにモスクワが攻撃したというのが私の見立て通りだとすれば、ウクライナを今加盟させることは、ウクライナが現在負けている戦争を長引かせるだけだ。そのためにプーティンが「特別軍事作戦(special military operation」」を開始したのだとすれば、自軍の戦力が中々に健闘し、ウクライナのNATO加盟がまだテーブルの上にあるのであれば、プーティンが戦争を終わらせることはないだろう。その結果、ウクライナは更に大きなダメージを受けることになり、自国の長期的な将来が危険にさらされることも考えられる。ウクライナは開戦前からヨーロッパで最も急速に人口が減少している国の1つであり、戦闘の影響(難民の逃亡、少子化[declining fertility]、戦場での死亡など)はこの問題をさらに悪化させるだろう。

(5)中立(neutrality)はそれほど悪いことではないかもしれない。ロシアとウクライナの関係の歴史(過去10年間の出来事も含めて)を考えれば、多くのウクライナ人が中立の立場を受け入れたくないのは理解できる。しかし、ロシアに近接する国家にとって、中立は必ずしも悪いことばかりではない。フィンランドは1939年から1940年にかけてソ連と戦い、戦費がかさみ、最終的には不成功に終わり、戦前の領土の約9%を割譲しなければならなかった。しかし、今日のウクライナのように、フィンランドは英雄的に戦い、はるかに大きなソ連に大きな代償を払わせた。その結果、当時のソ連の指導者ヨシフ・スターリンは、第二次世界大戦後にフィンランドをソ連に編入したり、ワルシャワ条約機構に加盟させたりすることはなかった。その代わり、フィンランドは中立国として民主政治体制を維持し、ソ連と西側の両方と貿易を行う市場経済を持った。

この結果は「フィンランド化(Finlandization)」と揶揄されることもあったが、かなり成功した方式であることが証明された。もしフィンランドがこの時期にNATOに加盟しようとしていたら、ほぼ間違いなく大きな危機、あるいは予防戦争(preemptive war)を引き起こしただろう。この2つの状況は完全に類似している訳ではないが(特に、ロシア人とウクライナ人の文化的一体性[cultural unity]についてのプーティンの見解を考えると)、形式的な中立が、ウクライナが強固な民主政体を確立し、西側諸国と広範な経済的結びつきを持つことを妨げるものではないことを示唆している。

これらの理由から、ウクライナのNATO加盟を急ぐのは得策ではない。その代わりに、西側諸国のウクライナ支持者たちは、戦後の休戦協定や和平協定の文脈においてウクライナを安心させることができる別の安全保障体制を創造的に考える必要がある。キエフは、モスクワが戦争を再開させないように安全確保する必要がある。モスクワを刺激して戦争を再開させない方法で、十分な保護を提供する方法を見つけ出すのは容易ではない。戦争を長引かせ、長年苦しんできたウクライナをこれまで以上に不利な状況に追いやる可能性が高い。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント: @stephenwalt

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(終わり)
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。アメリカの衰退が明らかになりつつある中で、世界の構造が大きく変化していることを分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは第二次世界大戦後、世界覇権国となり、セ狩りを支配し、リードしてきた。冷戦期にはソヴィエト連邦というライヴァルがいたが、ソ連崩壊により、冷戦に勝利し、世界で唯一の超大国となった。ソ連崩壊の前後、アメリカには戦勝気分があった。2000年代以降は、中国の台頭があり、現在は冷戦期のソ連寄りも軍事的、経済的に強大となり、アメリカが中国に追い抜かれるのも時間の問題となっている。そして、世界は、「ザ・ウエスト(the West、西側諸国)対ザ・レスト(the Rest、西側以外の国々)」の二極構造に分裂しつつある。

 アメリカは世界の警察官としてふるまってきたが、直接武力を使ったのは、「自分が確実に勝てると考えた相手」に対してのみだった。その想定がそのままであれば、アメリカの思い通りになったのであるが、ヴェトナムやアフガニスタン、イラクではアメリカの想定通りにはいかず、苦戦し、最終的には撤退することになった。世界で唯一の超大国であるアメリカが、国力で言えば全く相手にならない、問題にならない国々に敗れさったというのは、確かに、周辺諸国からの支援ということもあるが、「決意(resolve)」の問題もあったと、下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは主張している。

 アメリカは自国の周辺に深刻な脅威は存在してこなかった。カナダもメキシコもアメリカ侵略を虎視眈々と狙うような国ではなかったし、これからもそうだと言える。東側と西側は大西洋と太平洋によって守られている。大陸間弾道弾(ICBM)の時代となったが、それでもアメリカの存在している、北アメリカ地域、そして、大きくは米州地域に脅威は存在しない。キューバ危機で、キューバにソ連のミサイルが設置される瀬戸際まで行った時が、アメリカにとっての最大の脅威であったと言えるだろう。

 アメリカが軍隊を送ったり、何かしらの問題解決のために介入したりする際には、自国から遠く離れた地域ということになる。世界の様々な問題は、アメリカにとっては遠い世界のことでしかない。敵対国にしても、アメリカ本土に直接進行してくる懸念はない。ミサイルは怖いが、「アメリカにミサイルを発射すれば、その国が終わりになる、なくなってしまうことくらいはよく何でも分かっているだろう」という前提で行動している。アメリカの決意は当事者の中では低くならざるを得ない。結果として、アメリカによる問題解決はうまくいかないということになり、「アメリカは駄目になっている」という印象だけが強まっていく。

 これは世界帝国、世界覇権国の隆盛と衰退のサイクルを考えると仕方のないことだ。ローマ帝国や秦帝国以来、衰退しなかった世界覇権国、世界帝国は存在しない。このことは、『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』の第5章で詳しく紹介した。国旅国の低下に合わせて、決意も低下し、問題解決もできずに力の減退だけが印象付けられる。大相撲、日本のスポーツ界で一時代を築いた、大横綱であった千代の富士が、当時伸び盛りだった、貴花田(後の横綱貴乃花)に敗れ、引退を決意した際の言葉「体力の限界、気力も失せて引退することになりました」はアメリカにも当てはまるようだ。

(貼り付けはじめ)

アメリカは決意の固さの格差に苦しんでいる最中だ(America Is Suffering From a Resolve Gap

-敵国群が自分たちの思い通りにしようとする決意を固めた時にワシントンがすべきこと。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年1月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/30/biden-america-foreign-policy-middle-east-jordan-china/

近年のアメリカの外交政策は、イラクとアフガニスタンでの戦争の失敗、中東での和平努力の失敗、対立している大国の一部の核能力増強、その他数多くの不祥事など、一連の不幸のように見えることがある。そして、親イラン民兵組織による無人機(ドローン)攻撃でヨルダンで3人のアメリカ兵が死亡した最近の逆境は、アメリカ軍がこれらの激動の地域で何をしているのか、そしてアメリカ軍をそこに駐留させておくのは理にかなっているのかという新たな疑問を引き起こしている。

こうした度重なる失敗を、民主、共和両党の無能なアメリカの指導力や、間違った大戦略(grand strategy)のせいにしたくなる誘惑に駆られるが、世界政治を形成しようとするアメリカの取り組みは、次のようなより深刻な構造的問題に直面している。私もその種の批判をたくさん書いてきた。私たちは時々見落としてしまっている。アメリカの取り組みが失敗することがあるのは、アメリカの戦略が必ずしも悪いからでも、政府職員たちの熟練度が思ったほど低いからでもなく、敵対者が結果に大きな利害関係を持ち、彼らの思い通りにするために我々よりも大きな犠牲を払うことをいとわないためである。このような状況では、アメリカの優れた力が敵の優れた決意によって打ち破られる可能性が存在する。

このような問題が生じるのは、アメリカが現代史においてはるかに安全な大国だからである。自国の領土の近くには強力なライヴァルがおらず、大規模で洗練された多様な経済を持ち、数千発の核兵器を保有し、非常に有利な地理的条件を享受している。現在の安全保障と繁栄が永遠に続くとは限らないが、今日、これほど恵まれた立場にある国は他にない(このような大国は他に存在しない)。

その結果、矛盾が生じることになる。アメリカは武力攻撃から自国の国土を守ることを心配する必要がないため、世界各地に進出し、遠く離れた多くの問題に介入できる。しかし、これらの有利な状況は、これら遠く離れた地域で起こっていることがアメリカの生存にとって重大であることはほとんどなく、長期的な繁栄とは、ほぼ関係していない可能性があることも意味している。とりわけ、これは、アメリカが戦ったほぼ全ての主要な対外戦争が、ある程度、選択された戦争(a war of choice)であることを意味する。敵対的な侵略者や急速に悪化する治安状況に直面している国家には、独立を維持するために戦う以外に選択肢はないかもしれないが、アメリカは19世紀以来、こうした問題に直面していない。二度の世界大戦へのアメリカの参戦ですら、厳密に言えば、必要ではなかった可能性が高い。私は、二度の世界大戦に参戦したことは戦略的および道徳的見地から正しい決断だったと信じているが、アメリカの関与については当時激しく議論されており、それには当然の理由がある。

それ以来、アメリカは頻繁に、自国の海岸から遠く離れた敵と、敵の領土の近くまたは領土内で敵と戦うようになった。アメリカに比べてはるかに弱体だった中国が朝鮮戦争に介入したのは、アメリカ軍が中国国境に迫っていたためであり、毛沢東はアメリカとその同盟諸国が朝鮮半島全体を支配するのを阻止するために10万人以上の軍隊を犠牲にすることを厭わなかった。アメリカはヴェトナムに200万人以上の軍隊を派遣し、そのうち5万8000人以上を失うほどヴェトナムに深く介入した。しかし、北ヴェトナムは私たち以上に決意をもって戦い、より深刻な損失に耐え、最終的には勝利した。 2001年9月11日の同時多発攻撃の後、アメリカはアフガニスタンでアルカイダに対して積極的に攻撃な加え、タリバンが権力を取り戻すのを阻止するために何年も留まり続けることさえ厭わなかった。しかし最終的には、タリバンは私たちよりもアフガニスタンの運命を真剣に捉え、決意をもって戦った。同様の状況はウクライナでも明らかだ。アメリカと西側諸国はキエフを支援するために資金や武器を送るなど、費用のかかる手段をウクライナに提供する用意をしているが、ロシアの指導者たちは現地で戦って死ぬために兵士を派遣する強い決意を持っている。ウクライナを支援する諸外国はそうではない。それは、西側諸国の指導者たちが軽薄だからではなく、モスクワ(そしてウクライナ)にとって、それが世界の他の国々よりも大きな問題だからだ。台湾に関する議論にも同じ不快な問題が潜んでいる。アメリカ政府当局者や国防専門家たちが台湾の自治はアメリカにとって極めて重要な国益であるとどれほど強調しても、彼らがこの問題を中国政府よりも重視していると確信するのは難しい。

ここで注意して欲しい。敵国がより多くの利害関係を持ち、より大きな決意を持つという事実は、アメリカがグローバルな関与を引き受けるべきでない、あるいは遠くの紛争に介入すべきではないということを意味するものではない。例えば、相手が危険な行動を選択しないように抑止するためには、同等の決意は必要ないかもしれない。また、1991年のイラク、1999年のセルビア、そしてイラクのイスラム国との対立が示しているように、決意の固い敵が必ずしも勝つということでもない。しかし、アメリカは通常、自国から遠く離れた場所で活動しており、それゆえ敵対する相手が、アメリカより強い決意を持つ傾向があるという事実は、より広範な戦略環境の繰り返し見られる特徴である。

実際、アメリカはこの問題に対して、2つの方法で対処してきた。第一の方法は、アメリカの決意と信頼性に対する評判を、特定の紛争の結果に結びつけることだ。たとえ利害関係がそれほど大きくなくても、アメリカ政府高官たちは、将来どこかで起こる挑戦を抑止するためには、自分たちは勝たなければならないのだと主張する。この戦略は事実上、ある問題に対するアメリカの関心は、当初考えられたものよりも大きく、それはアメリカが過去に行ったかもしれない他のあらゆる公約や関心と結びついていると主張して、アメリカの政策に反対する国々や敵対勢力を納得させようとするものだ。

ヴェトナム、イラク、アフガニスタンで私たちが見てきたように、このやり方は、うまくいっていない戦争や、利益がコストを上回ると思われる戦争に対する国民の支持を維持するのに役立つ。しかし、アメリカに敵対する、もしくは不満を持っている国々を納得させることはできないかもしれない。特に、敵たちの決意が固まる、もしくは他の同盟諸国から、「自国を守るために使えるはずの資源を浪費している」と不満が出たりすればなおさらだ。更に言えば、1つの国家がより多くの関与を引き受ければ引き受けるほど、それら全てを一度に守ることは難しくなり、それぞれの関与の信頼性も低下する。挑戦者たちはいずれこのことを理解し、優位に立つ機会を待つことになる。ドミノ理論(domino theory)の応用形態を持ち出しても、それだけでは効果的な戦略にはならない。

2つ目の解決策は、アメリカが自国にほとんど、またはまったく犠牲を与えずに敵国を倒すことができるように、十分な軍事的および経済的優位性を維持することだ。敵対勢力は、深刻になっている問題により懸念を持つので、彼らが目的を達成するために高い代償を払わなければならないかどうかは、彼らにとって問題にはならないかもしれない。しかし、私たちはそうではない。サダム・フセインが1990年にアメリカに反抗したのは、アメリカ社会が1回の戦争で1万人の兵力を失うことを受け入れないだろうと考えたからだ。ところが、アメリカ政府の指導者たちは、アメリカがそのような多大な犠牲を払って戦いに舞えるということはないということを確信しており、「砂漠の嵐」作戦は、アメリカ政府の指導者たちが正しかったことを証明した。実際、この原則がアメリカの国防と外交政策全体のアプローチを支えていると主張する人もいるだろう。比較的低コストで敵を倒すことができる能力を獲得するために多額の資金を費やしている。アメリカは、多種多様な武力による保護手段に多くの資源を投入し、世界金融システムの主要な結節点に対する支配を利用して他国に一方的な制裁を課している。そして可能な限り、問題が起きている国の地上軍(例えば、イラク特殊部隊対イスラム国、今日のウクライナ軍対ロシア軍といった形)に依存している。

 

 

 

 

 

問題は、特に一極時代(unipolar moment)が終わり、諸大国のライヴァルたちが再び台頭しつつある現在、アメリカがこの規模での優位性を維持するのが難しいことだ。更に言えば、反乱やその他の形態の局地的な抵抗に直面すると、アメリカの軍事的優位性は低下する。テクノロジーの発展(具体例:無人機、監視強化、ミサイル能力の普及など)は、イエメンのフーシ派などの比較的軍事力の弱い主体にも、全体的な能力がはるかに強い敵にコストを課す能力を与えている。ヨルダンで無人機攻撃を行った民兵組織など、弱いながらも意欲的な現地主体は、アメリカに自分たちの望むことを強制することはできないかもしれないが、アメリカが思い通りに行動することが困難にすることはできる。アメリカはこれまで数十年にわたり思い通りに行動することができた。

もし世界が防衛力優位の時代に突入し、ほとんどの国家の決意が身近な地域を対象にすることで最大になるのであれば、どの国にとっても、広大で揺るぎない世界的影響力を行使する能力は低下するだろう。5つ以上の大国が、自国が存在する地域である程度の影響力を行使するが、自国の領土から離れれば離れるほど、その影響力は急速に低下するという多極的な秩序(multipolar order)が出現することも想像できる。影響力が低下するのは、パワーを投射する能力(the ability to project power)が距離とともに低下するためでもあるが、遠くへ行けば行くほど、決意のバランスが他国へシフトするためでもある。

このような世界では、アメリカはこれまでよりも慎重に戦いを選択する必要があるだろう。なぜなら、どこにでも行き、あらゆることを行うコストは上昇し、遠く離れた敵国は、自分たちが存在する地域内で、それらのコストをより喜んで支払うようになる。私たちよりも彼らがコストを負担する決意を持っている。良いニュースとしては、アメリカの現在の同盟諸国の一部が、自分たちの利益になるということで、自分たちと自分たちの周囲を守るためにもっと行動し始める世界になるかもしれないということだ。私たちが過去75年暮らしてきた世界とは異なる世界になるだろうが、アメリカ人はそれを過度に心配する必要はない。以前にも主張したように、それはアメリカ人にとって有利な世界になる可能性さえある。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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