古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:タカ派

 古村治彦です。

 米中関係は緊張をはらんだものとなっている。特に今年8月下旬にナンシー・ペロシ米連邦下院議長がアジア歴訪の一環で台湾を訪問し、蔡英文相当と会談を持ったことで、中国が反発し、台湾海峡周辺で軍事演習を行った。ウクライナ戦争勃発後、「次は台湾だ(中国が台湾に侵攻する)」という根拠の薄いスローガンもあり、米中間の緊張は高まった。

 アメリカも中国も直接ぶつかって戦闘状態に入る、もしくは大規模な戦争状態に入ることは望んでいない。そんなことになれば世界の成長のエンジンであるアジアに大きな青く影響が出る。その悪影響はウクライナ戦争の比ではない。しかし、「ウクライナの次は台湾だ」「アメリカに協力して日本は中国と戦うべきだ」という空虚ではあるがお勇ましいスローガンを発して、戦争の危機を煽る勢力が世界各国にいる。 日本国内には、「第三次世界大戦の到来を待ち望んでいる」かのように、安全保障に関する話題やテーマを弄ぶ現役の政治家たちが一定数いる。こうした政治家たちの多くは、暗殺された安倍晋三元首相の「遺志」である「日本の核武装」「国民皆兵(徴兵制)」実現を訴えている場合が多い。アメリカが日本の核武装を許すかどうか、少し考えてみれば分かることだ。故安倍元首相を祀り上げる勢力は親米ではあるが、いつ反米に転換するか分からない。なぜなら、彼らは「太平洋戦争で日本は悪くなかった」「日本が太平洋戦争を起こすことでアジア各国の独立が早まった」という歴史修正主義を標榜し、靖国神社・遊就館史観を後生大事に唱えているからだ。これはアメリカにしてみれば全く受け入れられないし、「極東軍事裁判の判決を否定するのですね」ということになる。そうなれば、日本は「敵国」となる。そんな一枚めくれば危うい状況で、日本に核兵器やミサイルの保有を許すことはない。日本の技術力ならば短期間で、アメリカに届く破壊力の大きい核兵器を搭載したミサイルを開発することが出来るのだから。

 話を元に戻すと、バイデン大統領と習近平国家主席の個人的な意思だけでは外交政策は決まらない。中国は独裁体制だが、何でもかんでも習近平が決める訳ではない。アメリカは連邦議会もあり、国務省もあり、ホワイトハウスの中に国家安全保障会議があり、多くのスタッフがいる。そうした人々の影響を受けることになる。国家安全保障会議でアジア太平洋政策を統括するインド太平洋担当調整官カート・キャンベルを始め、中国に対してタカ派的な姿勢を示す政府高官が多い。こうした勢力の声が大きく成れば、バイデンとしても妥協は難しいし、中国の習近平としても、妥協や低姿勢を続けることはできない。そうなれば、緊張関係は高まっていく。

 米中間が緊張をはらむものというのはアジア、太平洋、インド洋といった広範な地域を不安定化させる。これは多くの人々が肯定すると思う。従って、緊張関係を促すような声が大きくなる時にはそれを抑制するというバランスの取り方が重要だ。このバランスが崩れた時に大きな厄災が襲ってくる。

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バイデン・習近平のトップ会談でも米中関係の悪化に歯止めをかけられない(Biden-Xi Meeting Unlikely to Halt U.S.-Chinese Slide

-妥協は段々と難しくなりつつある。特に台湾をめぐってはそうだ。

ジェイムズ・クラブトゥリー筆

2022年8月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/08/25/biden-xi-pelosi-us-china-taiwan-meeting-g20-summit-indonesia-geopolitics/

ジョー・バイデン米大統領と習近平中国国家主席は仕事をしなければならない。ナンシー・ペロシ米連邦下院議長の台湾訪問とその後の中国の軍事的反応を受け、米中間の二国間関係はここ数十年で最悪の状態にある。バイデンと習近平は、2022年11月にインドネシアで開催されるG20サミットで直接会談する可能性があると考えられている。もし、3カ月後に両者が会談するとしたら、両者は現在事態の収拾について考えているはずである。しかし、そのためには、なぜ台湾の情勢がこれほどまでに不安定なのかを明確に分析し、上からの介入なしには情勢が悪化する可能性が高いことを認識する必要がある。

バイデン大統領は就任以来、習近平と4回、電話やヴィデオを通じて会談している。米中関係が着実に悪化しているにもかかわらず、この2回の通話は実に生産的であった。バイデンは、新たな大国間競争(superpower competition)の時代に向けて「ガードレール(guardrails)」を確立する必要性についてしばしば語っている。一方、習近平は、既存のアジアの地域秩序(regional order)を覆す長期的な目標を抱いている。また、台湾をめぐる中国のレッドライン(red lines)についても、一貫して警告を発している。中国外務省は2022年7月の最後の電話会談での習近平の発言から「火を弄(もてあそ)ぶ者は火によって罰せられることになる」という言葉を引用し、台湾の独立に対する中国の懸念に言及した。しかし、少なくとも短期的には、習近平はアメリカとの関係において安定性と継続性を志向しているようにも見える。

バイデンと習近平の友好的な関係の記録から、両首脳は少なくとも一時的にでも関係悪化に歯止めをかけることができる可能性を示唆している。しかし、そのような期待は、2つの理由から大きく裏切られることになる。

第一に、今回の危機から両者が得た教訓である。簡単に言えば、北京とワシントンの双方は、ペロシの台湾訪問からそれなりに良い結果を得たと考えているのだろう。これでは、今後、妥協したり、同じことを繰り返さないようにしたりするインセンティヴが働かない。

中国には喜ぶべき理由がある。基本的に、北京は戦争によらない手段で、時間をかけて台湾を奪還することを目的としている。しかし、アメリカの無謀な干渉に乗せられて、台湾が正式な独立に向かうことを恐れている。しかし、アメリカの無謀な干渉に乗せられて、台湾が正式に独立するような事態になれば、少なくとも現時点では避けたい戦争に発展する可能性がある。このようなシナリオを避けるためにも、北京はペロシの台湾訪問のような動きに対して極度の不快感を示す必要があると感じている。

しかし、ここ数週間、北京は、初めて弾道ミサイルを台湾の上空に発射するなど、他の重要な目標を達成した。また、今回の軍事演習は、人民解放軍の多くの部門による共同作戦、すなわち将来の封鎖の予行演習を行うという貴重な機会を提供した。その結果、台湾海峡を挟んだ軍事的な現状は、永久に北京に有利に変化する可能性が高い。

重要なことは、中国が地域の多くの国々を味方につけながら、このようなことをやってのけたことである。この危機が勃発した頃、オーストラリアのペニー・ウォン外相は、合理的な国家はミサイルの乱射によって国際紛争を解決することを支持すべきではないとの声明を発表した。その内容は「オーストラリアは、中国が台湾沿岸の海域に弾道ミサイルを発射したことを深く憂慮している。これらの演習は不釣り合いであり、不安定化させるものだ」というものだ。しかし、少なくとも東南アジアの多くは、今回の危機の責任は北京ではなくアメリカにあると考え、ペロシの訪問は不必要な挑発行為であると見ている。

アメリカは、ペロシの台湾訪問をめぐるアジアでの広報戦に負ける危険性があることを、少なくとも認識しているようだ。米国家安全保障会議(the U.S. National Security Council)のカート・キャンベル・インド太平洋担当調整官(Indo-Pacific coordinator)は、2022年8月12日金曜日の午後、異例のオフレコで記者会見を行い、ウォンの批判を事実上繰り返した。「中国の行動は、平和と安定という目標とは根本的に相反するものだ。この作戦の目的は明確で、台湾に対して威嚇し、強要し、その回復力を弱めることだ」と示唆した。

それでも、アメリカには最近の出来事に満足する理由が他にもある。どう考えても、バイデンはペロシの訪台を望んでいなかった。しかし、ペロシが行くことが明らかになると、北京の圧力を前にしても、アメリカは引き下がらなかった。その結果、アメリカは、1997年に当時のニュート・ギングリッチ連邦下院議長が行ったように、米連邦下院議長の訪台を認めるべきという方針を再び確立した。より一般的には、ここ数週間の出来事は、アメリカがオーストラリア、日本、インドといった地域のパートナーに対して、台湾有事のために真剣に計画を立てる必要性を印象付けるのに役立っただろう。

バイデンと習近平が2022年11月の会談で何らかの安定を図るためには、双方の相対的な成功という認識を克服することが第一の関門となるだろう。第二の関門は、どちらかと言えばより複雑なものだ。中国もアメリカも、台湾をめぐる現状を支持すると言っている。しかし、実際には、中国、アメリカ、台湾の三者が何らかの形でその現状を損なっている。

中国は明らかに根本的な事実を変更しようとしている。数十年にわたり軍備増強を行い、必要なら武力で島を奪還できる軍事力を作り上げている。中国はグレーゾーンの軍事戦術と経済的威圧で台湾に対して執拗に圧力をかけている。北京が最近発表した「台湾問題と新時代の中国統一」に関する白書では、台湾に中国軍を駐留させないなど、統一中国における台湾の将来の位置づけに関するこれまでの安心感を取り除く内容になっている。

台湾の国内政治も現状を維持できない方向に進んでいる。各種世論調査によれば、バイデン・習近平会談が予定されている11月26日に行われる台湾の国政選挙では、蔡英文総統率いる民進党(Democratic Progressive Party)が勝利し、北京との関係強化を望む野党国民党(Kuomintang party)が再び敗北することが予想されている。中国の軍事演習後に行われたある世論調査では、台湾国民の5割が独立に賛成しており、台湾国民の独立志向は高まっているようだ。このようなデータは、北京に極度の警戒心を抱かせるだろう。

一方、バイデンは、北京から「サラミ・スライシング(salami-slicing 訳者註:情報や条件を小出しにして時間稼ぎをしたり、相手から譲歩を引き出したりする手法)」と非難されても、ワシントンの「一つの中国(One China)」政策を変えるつもりはないことを強調するのに必死だ。この点については、バイデンのティームも誠実だ。しかし、アメリカのエリートや連邦議会が、台湾を含めて北京に対してより厳しい態度を採る方向に動いており、現状を支える基盤が実際に変化していることは十分に明らかである。

より複雑なことには、様々な危機的状況が現状を更に悪化させる可能性がある。台北には、より多くのハイレヴェルなアメリカからの訪問者が訪れることだろう。2022年11月の中間選挙で共和党が連邦下院を奪還した場合、世論調査の通り、別の米連邦下院議長の訪問が容易に想像される。アメリカはまた、台湾を「主要な非NATO同盟国」のカテゴリーに引き上げ、台湾への武器売却を増加させる超党派の新台湾政策法案を間もなく可決する可能性もある。更に2024年の米大統領選に向けて、共和党の候補者が台湾に対して強硬な姿勢を示す可能性がある。

これらの要素を総合すると、バイデンも習近平も妥協することは難しいということになる。どちらのリーダーも弱腰になる訳にはいかない。2022年11月中旬のG20は、バイデンにとって中間選挙での敗北が痛手となった直後に開催され、バイデンは国内の支持を回復する方法を模索することになる。習近平は、ここ数カ月に習近平ティームが打ち出したような厳しい言葉を撤回することはないだろう。中国の魏鳳和国防相は6月にシンガポールで開かれたシャングリラ・サミットで「歴史の歯車は回っており、誰も中国の統一への道を止めることはできない。もし対立を望むなら、私たちは最後まで戦うだろう」と述べた。

そのような事態を避けるためには、信頼(trust)と妥協(compromise)が必要だが、どちらも危ういほど不足している。台湾をめぐって長期的な安定を得るには、バイデンと習近平が崩れかけた現状を補強するだけでなく、それを再構築することが現実的に必要であるが、現状ではほとんど不可能に見える。より現実的な問題は、両首脳に、少なくとも一時的にでも緊張を緩和させるために、双方の強硬論の主張(hard-line voices)を指導する政治的意志と権限があるかどうかである。そうでなければ、ペロシ訪台をめぐる危機を予見したに過ぎない、より重大な対立への転落は続くと思われる。

※ジェイムズ・クラブトゥリー:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、アジア国際戦略研究所上級部長。著書に『億万長者による支配:インドの新しい黄金時代を通じての旅路(The Billionaire Raj: A Journey Through India’s New Gilded Age)』がある。ツイッターアカウント:@jamescrabtree
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 今回は、岸田文雄に関する優れた分析記事をご紹介する。筆者はトバイアス・ハリスで、ハリスはマサチューセッツ工科大学出身で、日本政治研究の泰斗リチャード・サミュエルズの下で勉強した人物だ。ジャパン・ハンドラーズの新世代ということにもなる。

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トバイアス・ハリス
 以下の論稿は、岸田文雄首相就任時に発表されたものだが、非常に優れた分析内容になっている。自民党内のタカ派とハト派、保守傍流と保守本流、安倍晋三と岸田文雄を対照的に描いている。自民党内に派閥(factions)があることは大人であれば誰でも知っているほどの常識であるが、その歴史や総意についてまでは知らないという人が多いだろう。
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 自民党内には保守本流と保守傍流と呼ばれる流れがあり、簡単に言えば、自民党結党時に、吉田茂の流れを汲む自由党系の池田勇人と佐藤栄作が率いる派閥が保守本流、鳩山一郎(のちに河野一郎)と岸信介など日本民主党系の政治家たちが率いた派閥が保守傍流ということになる。池田勇人の派閥が宏池会ということになる。保守本流がハト派、保守傍流がタカ派ということになる。現在の日本政治で言えば、安倍晋三元首相は保守傍流、岸田文雄首相は保守本流ということになる。
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 宏池会は加藤紘一が仕掛けた「加藤の乱」の失敗もあって分裂し、結果として、保守傍流の清和会の天下という状況になった。宏池会は厳しい時代を20年近く過ごすことになった。岸田文雄という次世代のプリンスを守り育てるために、ヴェテランたちが奮闘したということになる。

 簡単に言えば、これから宏池会の復活ということになっていくだろう。宏池会は分裂状態であるが、これを統一して保守傍流である清和会(安倍派)と対校していかねばならない。その際に重要なのは、同じ保守本流である旧田中派・旧竹下派である茂木派(将来は小渕派になる可能性が高い)との協力関係である。そのために、茂木敏充を自民党幹事長に据え、後任の外務大臣に林芳正(宏池会次世代のプリンスに浮上)を起用した意味は大きい。麻生派は河野洋平が作った派閥が源流であり、河野太郎が継承することが既定路線である。これから5年の間の自民党のエースとなるであろう人々は安倍派からは出てこない。福田達夫政調会長が安倍派のプリンスという位置づけになるだろう。しかし、安倍から福田への派閥の禅譲がスムーズに行われるかどうかは不透明だ。

 麻生派も源流をたどれば宏池会である。河野太郎へと派閥が禅譲され、河野派となった後は、安倍派との協力体制が継続するかどうか定かではない。河野太郎が2021年の総裁選挙に出馬した際には安倍晋三は高市早苗を支援した。その点を考えると、河野にとっては岸田の方が総裁選挙で戦った相手とは言いながら、近い関係を築きやすいだろう。

河野太郎は自民党広報本部長に起用されたことで、「降格人事」と評されたが、2021年の総選挙では積極的に日本各地で応援演説を行った。自民党の勝利への貢献は幹事長だった甘利明よりも大きかった。これによって河野太郎は多くの自民党政治家へ「恩を売った」形になり、かつ、足りないと言われていた自民党政治家たちとのコミュニケイションも行われたであろう。河野の広報本部長起用は降格人事ではなく、時宜を得た人事だった。

岸田文雄首相はなかなかの策士である。表面は柔らかく、「頼りない」という印象を述べる人も多い。しかし、保守本流復活と「寛容と忍耐」、日本型資本主義(再分配志向)をこれから行っていくだろう。

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岸田文雄の様々な原理原則が試される局面に面している(Fumio Kishida’s Principles Are About to Be Put to the Test

-日本の新しい首相は右派によって支配されている政党の穏健な顔である。

トバイアス・ハリス筆

2021年10月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2021/10/04/fumio-kishida-new-japanese-prime-minister-ldp/

2017年8月、安倍晋三は首相としての二度目の任期の5年目を迎え、下落していた支持率を安定させるために、内閣改造(cabinet reshuffle)を行った。閣僚の交代が複数行われた中で、安倍首相は2012年12月から外相を務めていた岸田文雄を与党自由民主党の政策責任者(訳者註:総務会長)に起用した。

政府と与党との間で政策を調整する総務会長という新しい地位に就いた直後、岸田は、安倍内閣から離れてすぐに、安倍首相と距離を取ろうとするようになった。岸田は次のように発言した。「安倍首相と私は衆議院議員初当選が同じ同期であり、個人的には極めて近い関係にあります。しかしながら、私たちの政治家としての哲学や信念について簡単に申し上げると、安倍首相は保守派(conservative)、敢えて言えばタカ派(hawkish)となります。私はリベラル派(liberal)であり、ハト派(dovish)です」。

岸田は安倍とはこれからも緊密に協力していくことになるだろうと述べたが、それからの1年は2018年の自民党総裁選挙に出馬するかどうかを熟考する期間に充てた。これにより、自民党内で最もリベラルな派閥である宏池会のリーダー岸田と保守派の安倍が対決することになった。最終的には、岸田は総裁選挙には出馬せず、宏池会は安倍の再選を支持すると述べたことで、支援者たちを失望させた。

しかしながら、先週、岸田の順番が最終的にやって来た。岸田は、菅義偉首相に再選を諦めるように働きかけることに成功し、9月29日の総裁選挙では人気の高かった河野太郎を破り、圧倒的な強さで首相に就任した。10月4日には正式に首相に指名され、宏池会出身の首相は1993年以来のこととなった。

岸田はひとたび安倍に対抗して総裁選挙に出馬することを考えたが、彼の指導者としての成功は主要な問題について保守的な立場を取ることでもたらされた。日本の軍事力の増強、中国に対する強硬姿勢、憲法改正についてそうであった。これらが彼の勝利に貢献した。この変化は、岸田首相が元首相安倍晋三、麻生太郎の保守的な同盟者たちを自民党執行部と内閣の重要な地位に就けることで強化されるだろう。

このような妥協を、単なるご都合主義だと片付けてしまいたくなる。しかし、岸田の成功は、冷戦終結後からの自民党の右傾化に対して、自民党の穏健派がどのように折り合いをつけてきたかを物語っているのである。

冷戦期間中、自民党は、反共産主義(anti-communism)を中心とした党であり、分裂していた。自民党は2つのグループの事実上の停戦状態の産物であった。1つ目のグループは、いわゆる平和憲法を発布し、米国との不平等な安全保障同盟を受け入れ、ささやかな再軍備を支持した戦後の支配的な吉田茂首相の追随者たちであった。2つ目のグループは、吉田派に対する右派の批判者たちであった。その中には安倍晋三の祖父岸信介も含まれていた。岸は日本の再軍備を望み、より自律的な外交政策を追求した。

これら2つのグループに、後に田中角栄首相が糾合した3つ目のグループが加わった。このグループは、日本の経済的奇跡の果実を開発が進んでいない地方に再分配することに注力した。これらのグループは、時折は休戦をしながら激しく争った。

1990年代初頭で、こうした不安定な平和は崩れた。反共産主義はこれらのグループを結び付けるのりの役割を果たせなくなってしまった。政府高官や大物議員たちの汚職スキャンダルや「失われた10年」と呼ばれる経済停滞の始まりにより、党の信用は失墜し、自民党内からも改革を求める声が出てきた。その結果、自民党は分裂し、1993年には自民党の分派と伝統的な左翼野党を含む連立政権に一時的に敗北してしまった。

この混乱をきっかけとして、自民党右派が自民党の主導権の掌握を目指した。冷戦時代に「反主流派(anti-mainstream)」と呼ばれていた右派は、1990年代に登場した新進気鋭の政治家を中心に、日本を強くするための施策や国威発揚などを訴えて力を蓄えていった。

自民党右派は世紀を変わり目で優位を得た。それ以降、自民党右派は自民党を支配してきた。その締めくくりとして、安倍晋三は2012年から2020年まで首相を務め、「史上最長記録を残した。ひとたびは主流派から疎外された右派は主流派となった。そして、穏健派とリベラル派のライヴァルたちが反主流派となった。自民党内で何とか生き残っている状態になった。

岸田のキャリアは、彼が生まれ育った自民党内のリベラル派の長期的な衰退と完全に一致している。岸田は1957年に東京に生まれた。岸田家は広島で長い歴史を誇る一族だ。岸田文雄は岸田文武の長男として生まれた。岸田文武は強力な通商産業省の官僚だった。広島という土地は岸田の政治的アイデンティティにとって極めて重要だ。広島は日本の反軍国主義のシンボル的な拠点であるだけではなく、自民党のリベラル志向の中心地でもある。自民党リベラル派の派閥宏池会の創設者池田勇人は広島県の出身だった。

池田は1960年に首相に就任した。岸信介がアメリカとの新しい安全保障条約締結に邁進し、結果として激しい抗議活動が起き、彼の政権は崩壊した。その後を受けたのが池田だ。池田は、「寛容と忍耐(tolerance and patience)」 の政治を追求し、広範な経済成長に集中することで反応した。これらが池田率いる派閥宏池会の基盤の諸原理となった。

岸田家が自民党リベラル派の伝統に引き寄せられたのは、岸田文雄の父文武が官僚を辞めて政界に転じた1978年のことだった。文武は国会議員になるために広島から立候補した。彼は宏池会のメンバーだった。その他の経験も岸田の、公正さ、公平、平和を強調するリベラリズムへの傾倒を促すことになった。岸田文雄は、父文武が1960年代半ばにアメリカに派遣されたので、彼もアメリカに渡り、ニューヨーク市の公立小学校に入学して人種差別を経験した。父文武が1992年に死去し、岸田文雄は、父の出身地と所属派閥から、選挙に出馬し、宏池会に所属することは当然の成り行きであった。

1993年に岸田は衆議院議員に初当選したが、これは宮澤喜一政権の終焉と共に起きた。宮澤喜一は岸田にとって父方の親戚にあたる。そして、宮沢は岸田が首相になるまで、宏池会出身の最後の首相となった。

その間の数十年間、派閥は何度も衰退し、分裂した。その中には、2000年に、宏池会の指導者が不人気な右派の首相である森喜朗を追い落とそうとしたが、失敗に終わったことも含まれている。岸田は若手代議士としてこの反乱を支持した。派閥が崩壊し、指導者が影響力を失うのを目の当たりにして、右翼の台頭に直接立ち向かうことが不幸な結果を招くことを学んだ。

その代わりに、岸田はスポットライトから外れて経験と専門性を静かに獲得した。一方、岸田と同期当選の安倍は自民党の最高権力レヴェルを争った。岸田は自民党内の下級の職務を経て、2007年の第一次安倍政権の末期に初入閣を果たした。その間に、リベラル派の議員たちと一緒に分裂した宏池会の再結集に取り組んだ。

この期間中、岸田は、保守右派が支配する自民党の中で、リベラル派が果たすべき役割を明確にしようとしていた。岸田にとって、自民党内のリベラリズムは根本的に政治スタイルについてのもので、政策についてではなかった。岸田は彼自身の派閥宏池会の歴史を踏まえた上で、どのような役割を果たすことができるかというビジョンを示している。

第一に、岸田は、自分の政治上の先輩たちが何よりもリアリストであったと主張した。岸田は2015年の国会討論の中で、次のように述べた。「このグループの人々の特性の一つは、戦後政治の中で、特定のイデオロギーや主義主張にとらわれず、極めて現実的に物事を考え、リアリズムに基づいて政策を立案したことだ」。宏池会が主張してきた軽武装の日本が米国と同盟を結び、軍事力よりも経済成長への投資を優先させるという政策は、特定の状況への対応であり、永遠の真実ではないということだ。適切な政策は時間の経過とともに変化し、変化すべきだということになる。

第二に、岸田は、自民党のリベラル派はバランスを取る勢力となるべきだと主張した。例えば、2005年に彼の支持者に宛てた新年の書簡の中で、岸田は「強力な指導力、アメリカ中心の外交、そしてタカ派を新たに協調していること」といった自民党右派の政策だと言及している。しかし、「それぞれの意義を否定するものではないが、バランスが大切だと考えている」と注意を促している。岸田は、自民党保守派が政治的な現実を見失わないようにするためには、自民党リベラル派が必要だと考えていた。

最後に、岸田によると、日本の指導者たちは謙虚に行動しなければならないということだ。自分たちの権力を濫用しないように気を付け、考えが違う人々の考えを受け入れるべきで、一般の人々の同意を取り付けるようにしなければならない。自民党総裁選挙の選挙運動の期間中、彼は、全ては「聞くこと」に尽きると主張した。「人の話に耳を傾けることが、信頼の原点だと思う。私は他の誰よりも菊能力が持っていると考える」と語った。岸田の信念は安倍とは対照的だ。例えば、安倍首相は政策に反対されると、「なぜ自分のやり方が最も良いのか、もう一度説明しなければならない」と強調するが、それとは対照的だ。

最終的に、岸田はこれらの原則なくして日本が直面する深刻な課題を克服することはできないと考えている。岸田は2020年に次のように書いている。「私たちの未来には、想像を絶するような混乱と国家的危機が待ち受けている。そういう時代だからこそ、徹底したリアリズムとバランス感覚が強く求められる。それには、国民の協力が不可欠だ。そして、政治への信頼を回復することなしに、国民に協力を求めることはできない」。

岸田にとって、これらの信念は、自民党右派と争うのではなく、右派と協力する方法を見つけることを正当化するものだった。しかし、安倍政権の外務大臣として政権内に穏健さをもたらしたことと、岸田自身が首相になることには、まったく別の課題がある。強固な保守派が率いる政権内における釣り合いを取るリベラル派という立場ではなくなり、岸田は今でも右派が支配している自民党の穏健派の顔となっている。

これによって、岸田の持つ諸原理が試されることになる。彼は、謙虚な政治スタイルへの志向と、保守派の同盟者たちからの要求との間で板挟みになる可能性がある。国防費、憲法改正、中台関係のバランスなど、いずれにしても、国民や自民党右派を政権から遠ざける可能性のある重大な決断を迫られることになるだろう。その時、自民党リベラル派が冷戦時代の名残なのか、それとも激動の未来に向けて日本を導く重要な役割を担っているのかを、岸田は示すことになるだろう。

※トバイアス・ハリスはセンター・フォ・アメリカン・プログレス上級研究員。『因襲破壊者-安倍晋三と新しい日本(The Iconoclast: Shinzo Abe and the New Japan)』の著者。

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