古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。

タグ:ディック・チェイニー

 古村治彦です。

 2025年11月21日に『シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体』 (ビジネス社)を刊行します。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
 最新刊の刊行に連動して、最新刊で取り上げた記事を中心にお伝えしている。各記事の一番下に、いくつかの単語が「タグ」として表示されている。「新・軍産複合体」や新刊のタイトルである「シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体」を押すと、関連する記事が出てくる。活用いただければ幸いだ。

 911テロ事件(2001年)が発生した当時のジョージ・W・ブッシュ政権(2001~2009年)の副大統領を務めたディック・チェイニーが今年2025年に死去した。ジョージ・W・ブッシュ(子)政権の副大統領、実質的には大統領として、「影の大統領」として、911テロ事件後のアフガニスタン戦争、イラク戦争を主導し、アメリカを泥沼(quagmire)に引きずり込んだ。毀誉褒貶の多い政治家だった。

 チェイニーはイェール大学に入学したが、勉学に身が入らず、中退する羽目になった。故郷のワイオミング州に戻り、建設業に従事したが、生活は乱れ、酒におぼれ、飲酒運転で逮捕されるということもあった。高校時代からの恋人リンがチェイニーの生活を立て直し、チェイニーはワイオミング大学に編入学し卒業できた。リンと一緒にウィスコンシン大学大学院に進学した(リンは文学専攻、チェイニーは政治学専攻)。大学院在学中にウィスコンシン州のウォーレン・ノールス州知事のスタッフとなり、そこから政治の世界に入った。

連邦議会フェローシップでワシントンに行き、そこで当時若手の連邦下院議員だったドナルド・ラムズフェルドと知り合い、ラムズフェルドがリチャード・ニクソン大統領の辞任後に大統領に昇格したジェラルド・フォード大統領によって大統領首席補佐官に任命された際、チェイニーはラムズフェルドの首席補佐官となり、ホワイトハウス入りした。そして、ラムズフェルドが1年で大統領首席補佐官から国防長官に転身すると、大統領首席補佐官となった。当時34歳、史上最年少の大統領首席補佐官就任だった。フォード政権終了後は1979年から1989年までワイオミング州選出の連邦下院議員(5回当選)を務め、連邦下院共和党内で地歩を固め、政策委員長、共和党連邦下院議員会長(序列第3位)、連邦下院少数党(共和党)院内幹事(序列第2位)を務めた。院内総務、連邦下院議長を狙える位置にいたが、1989年、ジョージ・HW・ブッシュ(父)政権の国防長官に就任した。1991年の湾岸戦争を主導したことで知られる。

ビル・クリントン政権時代は、ハリバートンでCEOを務めた。チェイニーはリバートンの最大の個人株主であった。ハリバートンは、世界最大の石油掘削機の販売会社であり、イラク戦争後のイラクの復興支援事業やアメリカ軍関連の各種サービスも提供したことでも知られている。湾岸戦争と後のイラク戦争で巨額の利益を得た。

 2001年からのジョージ・W・ブッシュ(子)政権では副大統領を務めた。前述した通り、911テロ事件後のアフガニスタン戦争とイラク戦争を主導し、アメリカを泥沼に引きずり込んだ。チェイニーの基本的な考えは、「アメリカ大統領への徹底的な献身」であり、「大統領権限の強化」である。このことを1970年代から半世紀近くにわたって矜持として持っていた。「強い大統領」が多くのことを決定するという考えである。これは、現在で言えば、単一執行権理論(Unitary Executive Theory)と呼ばれる考えであり、その先駆けであった。ジョージ・W・ブッシュ政権下でのアフガニスタン戦争とイラク戦争の遂行で、大統領の権限強化が進められたが、このことを説明する理論が単一執行権理論である。現在のトランプ政権の動きもこの理論で説明できる。もちろん、三権分立(separation of power)を弱めるという批判もある。アメリカの民主政治体制への信頼が揺らぐ中で、賢人王(哲人王)への希求が高まっている。チェイニーはその先駆けとなった人物と言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

対テロ戦争の設計者ディック・チェイニーが死去(Dick Cheney, Architect of the War on Terrorism, Dies

-元アメリカ副大統領は大統領と国家の権力強化を目指したが、最終的には両者を弱体化させた。

ジェフリー・A・エンゲル筆

2025年11月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/11/04/dick-cheney-obituary-legacy-iraq-war-bush-torture-9-11/?tpcc=recirc_latest062921

dickcheney101

2005年12月18日、イラク西部のアル・アサド空軍基地で海兵隊員たちに演説を行うディック・チェイニー米副大統領

1941年、アメリカ合衆国が第二次世界大戦に参戦し、世界との関係を根本的に変革した年に生まれたリチャード・ブルース・「ディック」・チェイニーは、人脈と強い信念を武器に、30代半ばを迎える頃にはアメリカ政界の中心へと華々しく上り詰め、40年近くその地位に留まった。11月3日、肺炎と心血管疾患の合併症により84歳で逝去した。

物腰柔らかで、自らの判断力に極めて自信を持っていたチェイニーのキャリアは、世界におけるアメリカの役割が絶えず変化していく中で、変革をもたらす可能性と、同時に、人々を不安にさせる不安を象徴するものとなった。チェイニーはヴェトナム戦争後に海外でのアメリカ軍の展開に課された制約に難色を示し、1990年代初頭には当初アメリカの冷戦と湾岸戦争での勝利に疑問を呈しながら、その後はアメリカの勝ち誇った態度(triumphalism)を共有し、911テロ攻撃に対するワシントンの恐怖と攻撃的な反応を体現し、そして最終的には混沌とした世界における完璧な安全を求めて、アメリカ史上最悪の戦略的決定の1つに数えられる2003年のイラク侵攻と占領の指揮に協力した。

2009年に正式に公職を退く頃には、彼の助言はほぼ無視され、アメリカは就任時よりも貧しく、弱体化し、分断が進み、国際的な人気も低下していた。また、アメリカ本土で911同時多発テロのような別のテロ攻撃に見舞われることもなかった。

dickcheney102

1975年4月18日、当時大統領次席補佐官だったチェイニー氏は、ワシントンのホワイトハウス閣議室で話を聞いている

ネブラスカ州とワイオミング州で育ったチェイニーは、若い頃から公職で成功するために必要な知性(the intelligence)は備えていたものの、規律(the discipline)は身につけていなかった。「ビールこそが人生に欠かせないものだという信念を共有していた(shared my belief that beer was one of the essentials of life)」同級生たちと過ごす時間が長すぎたため、イェール大学を2度にわたって退学処分された後、故郷に戻り建設業に就き、将来は不透明だった。「イェール大学を退学処分になった後、私は悪い道を歩み始めた。22歳の時、飲酒運転で2度逮捕されてしまった」とチェイニーは2015年に当時を振り返ってこのように語った。「刑務所にも行った。・・・それが私にとっての目覚めの音(a wake-up call)となった」。高校時代の恋人リン・ヴィンセントからの最後通牒(an ultimatum)も同様に彼を突き動かした。リン・チェイニーは後に「最終的には、田舎の電線作業員とは結婚する気はないとはっきりと言った」と述べている。

同時に、チェイニーはヴェトナムにおけるアメリカ軍の泥沼に自ら関与する気はなかった。家族や学業上の理由で5回も徴兵猶予(draft deferments)を受けた。「1960年代は兵役よりも優先すべきことがあった」と彼は数十年後に語っている。そのなかにはウィスコンシン大学大学院での勉学も含まれていた。リンはそこで文学を学び、チェイニー自身も政治学の博士号を取得することを目指していたが、結局は取得しなかった。兵役義務の年齢制限に達すると、チェイニーは連邦議会フェローシップを熱心に受け入れた。このフェローシップは、政治を単に学ぶだけでなく、実際に政治に関わる機会を与えてくれた。

チェイニーは、当時イリノイ州選出の若手連邦下院議員だったドナルド・ラムズフェルドとの最初の面談について「面接で落とされた」と語った。フェローシップは連邦議会のスポンサーを見つける必要があり、ラムズフェルドに十分な印象を与えることができず、彼のスタッフに加わることができなかった。チェイニーは、当初ウィスコンシン州選出のウィリアム・スタイガー連邦下院議員の事務所に入ることができた。それでもラムズフェルドは後にチェイニーをリチャード・ニクソン大統領の経済機会局the Office of Economic OpportunityOEO)に入れた。ラムズフェルドとチェイニーはその後数十年にわたり、政治的にも個人的にも深い結びつきを持ち続けた。1974年、ジェラルド・フォード大統領がラムズフェルドにホワイトハウススタッフのリーダーを任命すると、チェイニーは33歳にしてラムズフェルドの主席補佐官となった。

dickcheney103

1974年11月16日、ホワイトハウスのウエストウイングのオフィスで、ベティ・フォード大統領夫人と話す大統領首席補佐官ドナルド・ラムズフェルド(左)と大統領次席補佐官ディック・チェイニー

チェイニーがわずか5年で連邦議会の一スタッフから大統領補佐官へと驚異的な出世を遂げたことは、近接性と人脈(proximity and personal connections)の力だけでなく、粘り強さ(perseverance)の証明でもあった。チェイニーはラムズフェルドに対する最初の悪い印象を、自ら進んで経済機会局の再編案を提出することで覆し、ラムズフェルドが国家において存在感を増すにつれ、忠実で信頼でき、いつでも対応できる人物であることを示した。ラムズフェルトは「ディックに何かを任せると、それは実現した。必ず実行された」と述べている。

フォードはチェイニーに注目した。1975年に大規模な閣僚の変更でラムズフェルドが国防長官に就任すると、大統領はチェイニーを大統領首席補佐官に昇格させた。34歳という史上最年少の大統領首席補佐官となり、フォード政権が抱える問題に対応できる実務家としての役割を果たした。フォードは後に、「ディックは素晴らしかった。彼は入ってきて、10項目の議題を処理し、処理し終えて去っていった」と語った。

チェイニーはまた、効果的な「嫌な仕事ができる人間(hatchet-man)」としての手腕も示した。「私の方法は直接的だった」とチェイニーは後に、他人を解雇する手腕と評判が高まったことについて説明している。「ほのめかしも、冷たい態度も、苦痛に満ちた長期の退職手続きもなかった。それらは誰にとっても良くない——大統領にとっても、解雇される側にとっても」と述べた。大統領首席補佐官としての彼の支持基盤はただ1つ、最終的に気にかけた意見もただ1つだった。「大統領の利益に反する行動を取る者は——意図的であれそうでなくとも——ただ去るべきだった」とチェイニーは語った。

dickcheney104

1976年8月7日、メリーランド州キャンプ・デイヴィッドへの週末旅行中にアスペン・ロッジのリビングルームで書類に目を通すホワイトハウス首席補佐官チェイニーとジェラルド・フォード大統領

チェイニーが上司の政策を露骨に優先させたことで、政治的傾向は見えにくくなりながらも、職の安定性は確保された。これは意図的なものだった。彼の唯一の政策は、ウォーターゲート事件とニクソン大統領の辞任を受けて昇格した、選挙で選ばれていない大統領フォードの政策だけだった。政治的に穏健派だったフォードは、チェイニーについて「私に絶対的に忠実だ」と結論付けた。しかし、別の側近はチェイニーを「フォード、ラムズフェルド、いや、チンギス・ハーンよりもやや右派」と考えていた。

チェイニーのホワイトハウス初期の経験は、彼の官僚政治(bureaucratic politics)へのアプローチを形作り、大統領権力への制約に対する生来の嫌悪感を強めた。その点で、彼は20世紀における絶え間ない安全保障危機の中で、大統領が外交においてあまりにも全能になりすぎたという通説に反論した。歴史家アーサー・シュレジンジャーが1973年に主張したように、大統領はあまりにも「帝国主義的(imperial)」だった。東南アジアにおける泥沼の混乱と敗北は、統制されない行政権というより大きな問題の兆候であり、憲法の再構築が必要だという論理が展開された。

チェイニーはこれに反対した。大統領による制約はアメリカの力、特に軍事力の有効性を弱めるだけだと彼は主張した。外交政策はしばしば厳しい選択を迫られ、必ずしも公の場で精査されることが最善とは限らない。時には、有能な参謀総長(an effective chief of staff)と同様に、軍最高司令官(the commander in chief)でさえ国家の優先事項を追求するために、真の戦略や動機を隠さなければならない。「ウォーターゲート事件やヴェトナム戦争をめぐる多くの出来事が・・・(大統領の)権威を弱めることになった」と彼は数年後に説明した。

dickcheney105

1976年10月9日、フォードと共にダラスで選挙運動をしていたチェイニーがバンパーカーを運転している

チェイニーは、真の憲法上の問題は、現代世界が、アメリカ合衆国憲法の起草者たちが想像していたよりもはるかに速く、相互に結びついていることだと主張した。「特に私たちが生きているこの時代においてはそうなっている」とチェイニーは2005年に述べた。もっとも、チェイニーの政治活動のどの年代にも同様の感情が見受けられるが、「私たちが直面する脅威の性質を考えると・・・合衆国大統領は憲法上の権限を損なわれてはならない」。ヴェトナム戦争の真の教訓は、卓越した武力が機能しなかったということではなく、武力が過度に抑制されていたということだとチェイニーは結論づけた。

チェイニーは1980年代初頭、アメリカン・エンタープライズ研究所のフォーラムで次のように語った。「ウォーターゲート事件とヴェトナム戦争のトラウマに苛まれ、私たちは行政機関と連邦議会の関係を改変してきた。その主目的は、過去に起きたとされるような権力乱用を将来にわたり回避することにある」チェイニーは「アメリカは1980年代のどこかで、世界のどこかで武力行使に訴えざるを得ない状況に直面するだろう」と警告した。その避けられない決着の日へ備えるため、「ここ数年の傾向を抑制しなければ、大統領の権威を損なうことになる」とも述べた。

dickcheney106

1984年度予算の行き詰まりを協議するため、当時ワイオミング州選出の連邦下院議員だったチェイニーなど共和党指導部と会談するロナルド・レーガン大統領(1983年517日)

フォードは1976年の大統領選挙で敗北し、チェイニーは束縛から解放された。独立性を貫く彼は、1978年のワイオミング州選出の連邦下院議員選挙に出馬し圧勝した。しかし彼には暗い影が差していた。選挙運動中、チェイニーは恐ろしい心臓発作を起こした。これは今後数年間で彼が経験する一連の心臓疾患の始まりであった。この経験に戒められ、彼は1日に3箱も吸っていた喫煙の習慣を止め、コーヒーの摂取も制限した。しかし、家族や友人の助言にもかかわらず、政治から離れることはなかった。チェイニーは近しい人々の考えを次のように説明した。「賢明な人間なら、自分が送っているこの狂った生活を辞めるのが賢明だ。心臓発作を起こしたのだ。もう諦めて家に帰り、ゆっくり休むべきだ。家族への責任を果たしながら、こんな生活を続けて生き延びられると思うか?」

チェイニーは政界に復帰し、共和党内で急速に地位を固めた。共和党政策委員会の委員長に選出された最年少の連邦下院議員となった彼は、選挙区の支持基盤に沿って、議会で最も一貫して保守的な投票記録の1つを積み重ねてきたにもかかわらず、イデオロギー的な硬直性よりも和解(reconciliation)を重視する姿勢で評判を築いた。ある時、深夜の電話で、彼を「穏健派(moderate)」と呼んだ記者を激しく非難したことがある。しかし、その後、連邦議会での交渉のプロであり、約束を守る人物として知られるようになった。

しかし、大統領の権威に対する揺るぎない信念は変わらなかった。ロナルド・レーガン大統領の最初の任期末にチェイニーは次のように書いている。「大統領の外交政策にさらなる制約が必要だと考える人々には、基本的に同意できない。さらなる制約は必要ない。・・・必要なのは、自らの指揮下にある手段を自由に使いこなせる大統領だ」。そして、無知な連邦議員に詮索される恐怖から解放された大統領だ。特にこの時代においては、連邦議員としては異例なことに、チェイニーは行政権を促進し、その効率性、柔軟性、そして他の連邦議員たちが躊躇するだけだった一方で、力強く問題を解決する能力を称賛した。チェイニーは1983年に、「もし大統領が過ちを犯したら、当然その代償を払うことになる。しかし、特定の決定を下す際には、大統領を信頼しなければならない。軍事力が行使される可能性のあるあらゆる状況において、協議と法的議論が可能であるという考えに常に立ち返るのは良いことだが、世の中はそうはいかないのだ」と述べた。

レーガン大統領のホワイトハウスが連邦議会の意見を度々無視したことは、チェイニーの立場を不利に働かせた。レーガン政権第2期には、無許可かつ違法な外交政策の発覚が相次ぎ、イラン・コントラ事件へと発展した。しかし、チェイニーは批判に動じることはなかった。レーガン政権の不正行為に関する正式調査に関する反対意見書(minority report)を主導した際、大統領にも守護者が必要だと考えた。チェイニーは、「連邦下院共和党幹部として、レーガンの選択を支持し擁護するためにできる限りのことをするのが私の責任だ」と述べた。たとえそれが間違っていたとしても、賢明な人物たちが国家の安全保障を念頭に置いて行った選択であり、事後には寛大に評価されるべきであり、あるいは、むしろ全く評価されるべきではないとチェイニーは主張した。

dickcheney107

西ドイツのキルヒ=ゴンスでブラッドレー戦闘車両の能力について説明を受けるチェイニー国防長官(1989年10月26日)

1989年初頭、連邦下院共和党序列第2位だったチェイニーは、連邦下院議長就任を視野に入れつつも、ホワイトハウス復帰への関心を失っていなかった。そして運命と人脈が再び彼を取り巻く。ジョージ・HW・ブッシュ大統領が国防長官に最初に指名した、ブッシュと同じテキサス州出身のジョン・タワーは、その年に連邦上院で否決された。ブッシュ大統領は、主にジェイムズ・ベイカー国務長官とブレント・スコウクロフト国家安全保障問題担当大統領補佐官の助言を受け、チェイニーに目を向けた。2人はフォード大統領時代にチェイニーと仕事をした経験があり、彼の能力を高く評価し、判断力を信頼していた。そしておそらくこの時、最も重要なのは、チェイニーがすぐに承認されるだろうと確信していたことだった。2人はまた、チェイニーが大統領権限にどれほど熱心であるかを身をもって知っていた。 1980年、レーガン政権の首席補佐官に任命された後、ベイカーがチェイニーに助言を求めた際、ワイオミング州唯一の連邦下院議員が最初に助言したのは「行政府の権力と権限を回復すること(restore power and authority to the executive branch)」だった。

国防長官を務めるには、まさに目まぐるしくも気が遠くなるような時代だった。冷戦終結が近づく中、超大国間の関係は流動的であり、その波紋は世界中に広がっていた。そうした波紋の1つが中東で生じた。チェイニーは、1990年から1991年にかけてイラクが隣国クウェートへの征服を試みた動きを阻止するため、アメリカが主導し国連が承認した戦争の主要な立案者だった。しかしチェイニーは戦争の初期段階では支持派ではなかった。チェイニーは、イラクのサダム・フセイン大統領による侵攻後の最初の緊急会議で大統領と国家安全保障会議に「世界は石油を切実に必要としている」と訴えた。チェイニーは、イラクのサダム・フセイン大統領による侵攻後の最初の緊急会議で大統領と国家安全保障会議に「貧しいクウェートにはほとんど関心がない」と述べた。チェイニーは、米国もそうであると主張した。クウェートの石油こそが真に重要なものだった。

チェイニーはソ連の改革や超大国関係における新たな平和的時代の展望に対しても、同様の冷徹な計算を適用した。他の人々がソ連指導者ミハイル・ゴルバチョフの民主化への約束を称賛する中、チェイニーはブッシュ(父)政権最高幹部の中でも、ゴルバチョフが提案した改革の誠実さやその妥当性さえも疑う懐疑派(skeptics)の1人であり続けた。チェイニーは1989年に国防長官に就任して間もなく公の場で次のように主張した。「冷戦の終結を宣言したい人間たちがいる。彼らは脅威が大幅に減ったと認識し、警戒レヴェルをそれに応じて下げられると信じたいのだ。しかし私は慎重さが求められると考える」。この発言はゴルバチョフを不安にさせ、ゴルバチョフはイギリスのマーガレット・サッチャー首相に電話し、ブッシュ大統領がチェイニーのような人物の影響を強く受けており、「我々のペレストロイカの成功、ソ連の新たなイメージの構築が西側にとって有益ではない」と信じていると不満を訴えた。

dickcheney108

ジョージ・HW・ブッシュ大統領とチェイニー国防長官がホワイトハウスのローズガーデン付近を歩きながら、砂漠の嵐作戦の準備について話し合っている(1991年頃)

ゴルバチョフが、チェイニーの真意を聞いていたら、さらに不安になっただろう。「独裁政権に服従している人々に自由の息吹が与えられることを、私たちは十分に期待できる」と、ペンタゴンでの最初の夏にチェイニー副大統領は記している。彼は続けて「しかし、希望だけで国防政策を決定づけることはできない。グラスノスチ(glasnost)とペレストロイカ(perestroika)の結果がどうなるかは確かではないし、ソ連経済がより近代化されたからといって、ソ連軍の脅威が軽減されるとも断言できない」と書いている。したがって、チェイニー副大統領は「(ソ連の力を封じ込めて、対抗するために)効果的な政策を、希望があるという理由によって放棄すべきだと考えるのは危険だ。極めて危険だ」と結論付けた。

ゴルバチョフが嘘をついている可能性、あるいは彼の成功がソ連の強気派の台頭につながるといった可能性は、チェイニーがアメリカの防衛体制強化を勧告するのに十分な理由だった。しかし、チェイニーは大統領の権威を重んじており、上司への揺るぎない忠誠心もその一因となった。自分の見解がブッシュの考えと合致しないと告げられても、チェイニーはソ連問題でもクウェート問題でも、直ちに政権の方針に従った。彼の考えでは、大統領の下で働く者には真の顧客であり支持者となる存在はただ1人しかおらず、その人物こそがたまたま世界で最も権力のある人物、アメリカ合衆国大統領であった。

dickcheney109

1991年、サウジアラビアの某所にある秘密のF-11基地の格納庫で、チェイニーと統合参​​謀本部議長コリン・パウエル将軍がアメリカ軍兵士たちに演説している

クウェートに対する戦争計画を策定し、実行するのはチェイニーと当時統合参謀本部議長だったコリン・パウエルの責務であり、2人はためらうことなく、持てる限りの軍事力の行使を求めた。これはヴェトナム戦争の二の舞ではない。今回は「軍関係者が、文民の支持を得ていないなどと言い訳することは不可能だ」とチェイニーは回想している。

ブッシュ大統領はチェイニーとパウエルの要請を受け、テーブルから立ち上がり部屋を出て行った。その時に「君たちの言うことはよく分かった。アメリカ軍がもっと必要であれば言って欲しい」と述べた。チェイニーは驚きつつも、同時に喜びも覚えていた。「大統領は自分が今承認したことを理解しているのか?」と声に出して自問した。信じられないというよりは、むしろ確認の意味でそのような行動を取った。ブッシュ大統領は戦争担当者たちに、アメリカの力を最大限に活用する自由を与えた。これはヴェトナム戦争時代の前任者たちには与えられなかった裁量権だった。

一世代の中で最大規模のアメリカの海外軍事遠征(the largest U.S. overseas military expedition in a generation)が実施され、それは成功を収めた。しかしチェイニーとパウエルは、クウェートの解放が確実になればブッシュ大統領は戦闘を終結させ、イラクの長期占領につながるようないかなる措置も避けるべきだと助言した。ブッシュ大統領は、彼らの勝利のスピードに驚き、わずか100時間の地上戦で本当に戦争を終わらせるべき時なのかと自問した。チェイニーは後に「そこにいた私たち、軍民の全員の意見はイエスだった。私たちの目的はクウェートの解放だった」と述べた。

その目的が達成され、勝利を宣言し、感謝する同盟国からの称賛を受けると同時に、アメリカの軍事力の鮮明な示威に震え上がった世界中の人々の尊敬を集める時が来た。「この全てを通して、アメリカは明らかに世界唯一の真の超大国(the one real superpower in the world)として出現した」とチェイニーは誇らしげに語った。ヴェトナムの亡霊はついに払拭されたのだ。チェイニーは更に「アメリカのリーダーシップ能力は改めて実証された」と述べた。地球上のどの国も、アメリカのスピード、富、そして殺傷力に匹敵しないものとなった。

dickcheney110

1991年6月10日、ニューヨークで行われた湾岸戦争勝利記念パレードに出席したチェイニー、パウエル、そしてノーマン・シュワルツコフ将軍

この成功の鍵は、アメリカが新たな泥沼、特に自国の軍事力と技術的優位性(military and technological advantages)にそぐわない泥沼に陥らなかったことだった。アメリカ軍は空、夜、そして広大な砂漠地帯を掌握していた。しかし、都市や民間人の統制については同じことが言えなかった。チェイニーはこの点を、耳を傾ける人全員に、特に大統領に強調した。もしアメリカがフセインを捕らえ、その政権を転覆させていたら、「問題は、その代わりに何を置くかだ」とチェイニーは1992年に説明した。彼は次のように述べた。「その時、イラク統治の責任を引き受けることになる。さらに私の頭に浮かぶ疑問は、サダムがどれだけのアメリカ人の犠牲者を生むに値するのかということだ。・・・そして、その答えは、それほど多くはないということになる」。チェイニーは2000年になっても同じ考えだった。「私たちは今でも正しい決断をしたと思っている」と、副大統領退任後に初めて公開された口述記録の中で語っている。「1991年にバグダッドに行くべきではなかったと思う」。

アメリカの歴史がどれだけ長く研究され、教えられても、この言葉の皮肉は薄れることはないだろう。チェイニーは10年後、まさにそのような占領を主張し、彼の当初の評価が正しかったことを証明するために、一世代のアメリカ軍と同盟諸国軍、そして何百万人ものイラク人が血を流した。この10年間で変化したのは、フセインが驚くべきことに生き延びたことだ。これは長引く傷となった。冷戦後の多くの勝利主義者と同様に、チェイニーは、アメリカの指導力に対する危険な非難であり、ひいてはアメリカの覇権にとっての障害だと考えた。

dickcheney111

共和党大統領候補のジョージ・W・ブッシュと副大統領候補のチェイニーはワイオミング州キャスパーでの最初の訪問中に群衆を見渡している(2000年7月26日)

フセイン大統領は1991年の湾岸戦争を辛うじて生き延びたが、その後の10年間は​​国際制裁やアメリカの圧力を無視し続けた。2000年の大統領選挙で共和党が僅差で勝利し、副大統領として権力の座に返り咲いたチェイニーは、この任務を完遂しようと決意していた。「この男(サダム・フセイン)を始末するつもりか、それともしないのか?」と、2003年のイラク侵攻を前に、ブッシュ大統領が新たな外交措置を議論していた際、チェイニーは挑発的に問いかけた。外交ではアメリカの力、そして大統領が持つ強大な力を十分に発揮することはできないとチェイニーは考えていた。

dickcheney112
左:2001年9月11日のテロ攻撃後、ホワイトハウスを出発するチェイニーと妻のリン・チェイニー。右:キャンプ・デイヴィッドへ向かう途中、マリーン・ツーに搭乗するチェイニー

dickcheney113

2001年9月11日のテロ攻撃について話し合うチェイニーとブッシュ

恐怖が変化を促した。キャリアを通じて一貫して大統領権限を擁護してきたチェイニーが、イラク問題、占領の責任を負うことになってもフセイン打倒が必要だという考え(the need to topple Hussein even given the responsibility of occupation)、について心変わりしたのは、2001年9月11日のテロ攻撃が生み出した恐怖によるものだった。ハイジャックされた飛行機がワシントンに急降下する中、地中深くのホワイトハウス地下壕に身を潜めたチェイニーは、初めて暴力と権力の標的となる感覚を味わった(Cheney for the first time felt what it was like to be on the receiving end of violence and power)。それはトラウマ的でありながら、同時に物事を明快にした。あの忘れがたい日の終わりに、煙を上げる国防総省上空を飛行しながら、彼は後に次のように回想している。「私たちはどのように対応すべきか、アメリカの力と影響力をいかに発揮すべきかを考え始めた」。

チェイニーは前年2000年に共和党の副大統領候補に指名された(彼は選考プロセスも主導した)。外交経験の乏しい大統領選挙候補者ブッシュ(子)に重みと経験をもたらすためだった。彼は今や新たなテロ脅威への最大限の攻撃的対応の触媒(a catalyst for a maximally aggressive response to the new terrorist threat)となった。国防長官として復帰した旧友ラムズフェルドと協力し、チェイニーはアメリカの対応を国務省ではなく国防総省と中央情報局(CIA)に集中させることに貢献した。彼は、影響力や威信といったソフトな資源ではなく、アメリカのハードな軍事力を使うことに注力した。アメリカが主導する相互接続性(interconnectivity)、民主的平和(democratic peace)、グローバリズム(globalism)の称賛は、アメリカの国土に死と破壊をもたらした。武力こそがより良く国土を守ることができるということになった。

dickcheney114

2001106日、アメリカがタリバン支配下のアフガニスタン攻撃を開始する前日、ワシントンで会談するチェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官(当時)

チェイニーは、国務省の文化的に根付いた行動前の交渉重視の姿勢について、「私の考えでは、国務省は逆のことをしていた」と書いている。外交は時間がかかるものであり、チェイニーの考えでは、外交推進派は、9月の朝に世界がどれほど変化したかを理解していなかった。チェイニーは、「他国を怒らせることを懸念して国益にかなう政策を妥協するのではなく、同盟諸国やパートナー諸国を説得するための外交努力を行いつつ、自国の安全保障に最も役立つ政策を行うべきだ」と主張した。

当時のチェイニーのメッセージは明確で、率直で、そして警告に満ちていた。「テロリストたちに避難所(sanctuary)を与えれば、アメリカ合衆国の激しい怒りに直面することになる」と、911同時多発テロの数日後に公に警告し、これは映画館で歓声をあげるようなクリーンな紛争ではないと付け加えた。チェイニーは「目的を達成するためには、基本的にあらゆる手段を使うことが不可欠になる。外の世界は卑劣で、下劣で、危険で、汚いビジネスであり、私たちはその中で活動しなければならない」と述べた。アメリカ人は「いわばダークサイドで働かなければならない(work sort of the dark side)」とチェイニーは言った。数日のうちに、チェイニーのオフィスは新たな種類の戦争のガイドライン策定を支援した。それは敵という概念だけでなく、概念に対しても戦うものであり、拷問を含むこれまで考えられなかった手段や戦術が新たな影響力を持つものだった。

全員が同意した訳ではない。当時のFBI長官ロバート・モラーはブッシュ大統領に次のように警告した。「もし私たちがこれらの措置のいくつかを実行すれば、テロ実行犯を訴追する能力を損なう可能性がある」。当時国務長官を務めていたコリン・パウエルもまた、世界が過度に好戦的な対応を取れば、世界貿易センターとペンタゴンの煙と瓦礫の中から生まれた国際的な善意が最終的に損なわれることを懸念していた。『ル・モンド』紙の見出しは「私たちは皆アメリカ人だ(We are all Americans)」(フランス語で「私たちは皆アメリカ人だ(Nous sommes tous Américains)」)と宣言した。「もし私たちが単独で行動し、何が最善かを知っていると主張し、世界の支持を失うならば、私たちは戦略的に誤りを犯すことになるだろう」とパウエルは記者団に語った。

チェイニーは、新たなテロ攻撃から国土を守るという点において、国際世論(world opinion)は有益ではあるものの必ずしも必要ではないと考えていた。そして、1970年代における大統領の行動に対する連邦議会の監視と同様に、国際世論は潜在的に制約となると考えていた。チェイニーは同僚たちに次のように語った。「私たちの任務を他者に決めさせてはならない。私たちはアメリカを守るためにあらゆる手段を講じる義務があり、そのために賛同してくれる連合パートナーが必要だった」。しかし、そのような連合はワシントンの行動能力を決して阻害してはならない。そして、国土安全保障の「任務(the mission)」が「連合を定義づけるべきであり、その逆ではない」と彼は述べた。

dickcheney115

2006年4月18日、カンザス州フォート・ライリーで行われた部隊集会でアメリカ軍兵士たちに手を振るチェイニー

チェイニーはブッシュ政権の対応、特によりデリケートな(つまり違法となる可能性のある)側面を主導した。具体的には、アフガニスタンおよび世界各地でアルカイダのテロリスト容疑者たちを逮捕または排除する権限の付与、捕獲された戦闘員とその支持者の無期限拘留、そして彼らが提供する可能性のあるあらゆる有用な情報の積極的な追及(拷問を含む)などが挙げられる。ブッシュ政権とチェイニーの顧問弁護士たちは、自らの新たな政策を「超法規的移送(extraordinary rendition)」および「強化尋問(enhanced interrogation)」と呼んだ。これらの政策は、新立法というよりも、既存の法律の強引な解釈と期限の定めのない権限付与によって正当化されていた。「連邦議会に訴えれば、望むだけの法改正を実現できたはずだ」と新政策の実施に関わった連邦判事は説明した。この判事は続けて「しかし、このホワイトハウスは、大統領の権力が最高であることを示すことを望んでいた」と述べた。

ブッシュ政権による国際法・国際規範の違反は、グアンタナモ湾アメリカ軍施設などにおける公然の場で無期限拘束されるカフカ的な状況(the Kafkaesque quality of indeterminate detention in public view at places like the U.S. military compound at Guantanamo Bay)、そしてイラクのアブグレイブ刑務所施設などで生み出された暴力的な画像によって露呈し、最終的にアメリカの評判を傷つけた。国際社会におけるアメリカの対テロ戦争への支持は減退し、特に長年の同盟諸国において、アメリカの指導力に対するより根本的な信頼も失われた。2000年に実施された世論調査では、ドイツ人の78%がアメリカに好意的な見解を持っていたが、2007年までにその割合は30%にまで低下した。イギリスではブッシュ政権発足時83%だった支持率が退陣時には53%に。フランス国民の支持はほぼ半減となった。トルコでは2007年までに、アメリカを好意的に見る回答者は10人に1人以下になった。世界の大国の中で、ブッシュ政権終了時点で2001年よりアメリカを高く評価していたのはロシアのみだった。

チェイニーは再び動じなかった。世論は政策を決定しない(public opinion didn’t make policy)——外国人がアメリカの選挙で投票する訳でもない——厳格な合法性は、アメリカ国民を守るために必要な行動を取る勇気のない者、あるいは実際の責任から遠く離れて意見が無意味な者たちが提起する哲学的問題に過ぎない。「名誉を守りたいがために、多くの人の命を犠牲にするつもりか?」と彼は修辞的に問いかけた。「それとも、第一に求められる職務を果たすのか? アメリカ合衆国とその国民の命を守るという、お前の責任を果たすのか?」

dickcheney116
2004年5月8日、アブグレイブ刑務所でアメリカ当局に拘束されているイラク人囚人の親族が収容所内でアメリカ兵がイラク人囚人を虐待している写真を見て反応を示している

連邦議会調査官を含む事後批判者たちは、政権のやり方を「拷問(torture)」と呼んだ。チェイニーは「強化尋問技術」を好み、「大統領が承認した全ての技術は、事実上、司法省によって承認されていた」と主張した。さらに、チェイニーは言葉や定義をめぐる論争は、国民の安全を守るというアメリカの政策の本質を見失っているとさらに激しく主張した。 「私たちがやったことと同じことをするか、それとも引き下がって『アメリカに対するテロ攻撃があることは皆さんご存知でしょうが、私たちに悪いイメージを与える可能性があるため、内容を伝えるよう強制はしません』と言うか、どちらかを選ぶとしたら、それは私にとっては難しい選択ではない」とチェイニーは続けた。

チェイニーの拷問に対する信念は、明白な強制下で得られた情報に疑問を呈し、軽視し、あるいは完全に無視する、圧倒的多数の専門家によって誤った、あるいは少なくとも異論を唱えられた。苦痛に苦しむ人々は、拷問を止めさせるために何でも言うだろう。しかし、チェイニーはそうではないと信じていた。拷問は効果的であり、対テロ戦争においてブッシュ政権は国際的な配慮よりも必要性を優先せざるを得なかったと彼は主張した。911事件は酷い出来事だった。もっと酷い事態になっていた可能性もあった。次のテロ攻撃――そしてまた確実に起こると思われた――は、計り知れないものになるかもしれない。

チェイニーは、歴史家ロン・サスキンドが「1%ドクトリン(the one percent doctrine)」と名付けた理論を展開した。これは、ある出来事の発生確率とその潜在的な結果をプロットすることでリスク評価を計算する最も基本的な方法を指している。次の攻撃は核兵器や生物兵器によるものになる可能性があり、その結果は計り知れないほど恐ろしいものになる可能性があるため、わずかなリスクでさえ許容できないとされた。チェイニーはブッシュの国家安全保障ティームに対し、「脅威が現実となる可能性が1%でもあれば、対応においてはそれを確実なものとして扱わなければならない」と繰り返し警告した。

その根拠に基づき、アメリカは軍事連合を率いてフセインを権力の座から引きずり下ろし、実際には数年前に停止されていたとされる大量破壊兵器計画を根絶させた。チェイニーは政権の応援団長として、情報機関や国家安全保障関係者が入手可能な証拠から結論づけられなかったことを明言した。「端的に言えば、フセインが現在、大量破壊兵器を保有していることに疑いの余地はない」と、2002年初頭、アフガニスタンで911テロ攻撃を企て支援した者たちとの戦闘が依然として激化していたにもかかわらず、チェイニーは公に警告した。「[フセインが]それらの兵器を蓄積し、友好国、同盟国、そして私たち自身に対して使用しようとしていることは疑いようがない」とチェイニーは述べた。

チェイニーは、長年彼のトレードマークとなってきた冷静な確信をもって、中東、そして実に世界全体がイラクの独裁者なしでより良い場所になるだろうと断言した。「イラク国民の立場から見れば、イラク国内の状況は非常に悪化している」と、かつては反対を唱えていたアメリカ主導の占領開始の数日前にチェイニーは次のように説明した。「実際、私たちは解放者(liberators)として迎え入れられるだろうと私は確信している」。

dickcheney117

2008年3月18日、イラクのバグダッド北部にあるバラド空軍基地に駐留するアメリカ軍兵士と話すチェイニー

イラク戦争も、世界的な対テロ戦争も、チェイニーが予言した通りには進まなかった。チェイニーとその直属の部下たちは、フセインに不利な証拠と論拠を無謀に集めたと当時の専門やや後の学者たちは認めている。民主党からこのような批判が出るのは当然かもしれないが、ブッシュ政権、特にチェイニーが、情報の質に関わらずイラク戦争に突入することに固執していたという見方は、従来の党派の垣根を越えたものとなっている。

例えばスコウクロフトやローレンス・イーグルバーガー国務長官といった共和党の重鎮たちは、戦闘開始前にイラク侵攻の是非を疑問視していた。彼らには経験が味方していたが、ブッシュ元大統領の元報道官が持つ内部の視点はなかった。この人物は2008年、ホワイトハウスが「戦争の正当性を主張する上で率直さと誠実さを欠いていた」と指摘している。他にも批判は数多くある。当時、影響力のある人物で懐疑的な見解を公に表明する者はほとんどいなかったが、戦争開始から一世代が経過した今、侵攻を称賛する政策立案者や有識者はごくわずかである。大統領の弟であり大統領候補でもあるジェブ・ブッシュは2016年に、「今知っていることを当時知っていたなら、私はイラクに侵攻するという決断はしないだろう」と認めている。

より強い非難が続いた。「彼らは嘘をついた」と大統領候補のドナルド・トランプは2016年に断言した。チェイニーとブッシュは共に「大量破壊兵器があると発言したが、実際には存在しなかった」と述べた。さらに重要なのは、トランプがさらに「彼らは大量破壊兵器が存在しないことを知っていた」と付け加えたことだ。トランプは、いかなる基準で見ても、真実性や歴史的正確さを測る指標としては信頼できない。しかし、ブッシュ、チェイニー、そしてその他の侵略推タカ派(pro-invasion hawks)に、単に無能さだけでなく不正行為をも押し付けることで、この問題に関するアメリカ有権者の不満と不信感を煽った。2004年初頭の世論調査では、半数強が、ブッシュ(子)政権が「戦前の情報に関して誇張したり嘘をついたりした」と考えていた。それから15年が経ち、世論調査では、回答者の3分の2、その中にはアメリカ軍退役軍人の64%も含まれ、911事件後に始まり、2003年のイラク侵攻によって促進された軍事作戦は「戦う価値がない(not worth fighting)」と考えた。

将来の歴史家たちは、チェイニーがフセインについて、大量破壊兵器計画を進行中だと信じたことが誤りだったのか、あるいは意図的に断片的なデータを選び出してそう見せかけたのか、疑問を抱き、議論するのは間違いないだろう。その議論は間違いなく、キャリアや評判、終身在職権の決定に影響を与えるだろう。既に疑いの余地のない事実もある。チェイニーは戦争を主張した。フセインが当時大量破壊兵器を保有し、さらに増強を望んでいるだけでなく、テロリストに密かに渡してアメリカに対して使用する可能性があると公の場で自信満々に述べた。チェイニーは、アメリカ主導のイラク占領が歓迎され、比較的容易に進むと確信を持って約束した。そして結局、チェイニーの助言はブッシュが承認した決定に重大な影響を与えた。この決定は、アメリカ外交・軍事史上おそらく最悪の戦略的判断として歴史に刻まれるだろう。

イラクでの敗北は、一世代前のウォーターゲート事件やヴェトナム戦争と同様に、アメリカ国民の政府への信頼を崩壊させた。この敗北が直接的な原因ではないにせよ、党派対立が激化し、2021年1月6日の連邦議会議事堂乱入事件の記憶がまだ生々しい現在、南北戦争以来の最も深刻な政治危機と一部で評される状況を生み出した。しかし敗北は亀裂を深刻化させた。数兆ドルの支出、数万人の戦死・負傷兵、国際社会における米国の地位低下、そしてアメリカ国民による自国制度への信頼喪失は、チェイニーが2009年に退任してから何年も経った今も、アメリカ社会に傷跡を残し続けている。

dickcheney118

2011年9月9日、ワシントンのアメリカン・エンタープライズ研究所で、911同時多発テロに関する議論に参加するチェイニー

チェイニーは、任期の最後まで、現実の世界では政治指導者は不完全な情報に基づいて難しい選択を迫られると主張し自分自身を弁護してきた。「ホワイトハウスの地下バンカーから、我が国への組織的かつ壊滅的な攻撃を目の当たりにすると、自らの責任に対する考え方が変わることは認める」と発言した。こうした見方は、不作為(inaction)を無効化した。2018年にも、イラク侵攻と占領は「正しい行動(the right thing to do)」だったと主張し、同じ情報があれば、再びそう助言するだろうと述べた。「私たちは(情報諜報)を47通りの方法で検証し、最終的に、必要な正しい行動をとったと確信している」と述べた。結果が重要だとチェイニーは主張した。「サダムがいなくなったことで世界はより良い場所になったと思う。ブッシュ大統領は2003年当時、必要な正当性を全て持っていたと思う」と彼は述べた。最終的に、イラク、アフガニスタン、そして911後のより広範な対テロ戦争において、「私たちは必要なことをした」と語った。

チェイニーは注目すべき人生を送った。しかし、ワシントンでの輝かしい経歴と長年にわたる功績は、信念を貫く保守派としての実績と同様に、いずれは姿を消していくことになるだろう。彼の最大の遺産は、むしろ、執拗に、そして最終的には有害な形で行使してきた行政権(executive authority)である。

チェイニーの遺産を考える上で、イラクでの泥沼、チェイニーが未完で残したアフガニスタン戦争、あるいはアメリカの国際的地位の毀損と空っぽの財政にどれほどの重みを与えるべきかを評価する際には、1983年の彼の言葉を思い出すべきである。「現実の世界は確実性を求め、大多数の魂を震撼させるような決断を下す覚悟のある男女を必要とする。大統領が、側近の補佐官たちの支援を受けて、『過ちを犯したなら、当然その代償を払うことになる』が、『大統領が特定の決断を下す際には、私たちは大統領を信頼しなければならない』」。

チェイニーとブッシュは、記録的な低支持率で政権を去った。経済は大恐慌以来最悪の不況に直面し、イラクとアフガニスタンでは終息の見通しが立たないまま戦争が続き、ワシントンの国際的な評判は深く傷ついた。しかし、チェイニーは、911同時多発テロ後に祖国への2度目の大規模テロ攻撃がなかったことを何よりも強調し、持ち前の自信を見せ、自らの功績を認められていると感じていた。自身が策定に関わった包括的国家安全保障戦略について、2009年には「機能した」と語った。「もし私が決断するとなれば、もう一度やるだろう」と述べた。

任期を2期務めた大統領ブッシュを含め、他の人々はとっくの昔にチェイニーの言うことに耳を傾けなくなっていた。チェイニーの不安な脅威予測に早くから賛同し、それを広めたブッシュは、2期目の終わりには彼の助言をほとんど無視していた。2007年、チェイニーからイランがスタートさせつつあった核開発計画への攻撃を迫られたブッシュ大統領は、チェイニーが退任前にイランの大量破壊兵器の可能性に「対処する(take care of)」必要があると繰り返し主張したことに憤慨し、その助言を拒否した。「副大統領の意見に賛同する人は他にいるか?」とチェイニー副大統領が即時軍事攻撃(an immediate military strike)を主張した後、ブッシュ大統領は主要な補佐官たちに質問した。チェイニーが後に回想しているように、「部屋の中で誰も手を挙げなかった」ということだ。

※ジェフリー・A・エンゲル:サザンメソジスト大学米大統領歴史研究センターの創設担当部長。

(貼り付け終わり)

(終わり)
sillionvalleykarasekaishihaiwoneraugunsanfukugoutainoshoutai001
シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 

trumpnodengekisakusencover001
『トランプの電撃作戦』
sekaihakenkokukoutaigekinoshinsouseishiki001
世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

bidenwoayatsurumonotachigaamericateikokuwohoukaisaseru001

バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 このブログでも以前に取り上げ、拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』でも取り上げたリズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)が今年11月の中間選挙での共和党議員選挙の共和党予備選挙(共和党の候補者を決める選挙)で、ドナルド・トランプが支持する挑戦者に敗れて、本選挙に共和党候補者として出馬できないことになり、下院議員の議席を失うことになった。
lizcheney511
リズ

 連邦下院議員は2年ごとに全員が選挙ということになり(任期が2年)、選挙に追いまくられる生活を強いられる。また、2年おきに選挙があるので、野心がある人間が常に挑戦者となって迫ってくる。勝ち続けるということは難しい。しかし、リズの父親ディック・チェイニーもワイオミング州選出の連邦下院議員を務め、その後は国防長官や副大統領(ジョージ・W・ブッシュ政権で実質的な指揮を執った)を務め、「王朝(ダイナスティ、dynasty)」と形容されるほどの地盤を誇った。また、政治資金集めも親の七光りもあって成功していた。しかし、今回脆くも敗れ去った。

 リズ・チェイニーは元々ドナルド・トランプに好意的な人物であった。2016年の大統領選挙ではいち早く支持を表明し、トランプが女性スキャンダルに見舞われた際にも指示を変えなかった。トランプ政権下での連邦下院での法案への投票行動の記録では、トランプの意向に沿った形で、93%の割合でトランプの望むような投票行動を取った。トランプがリズについて「ワイオミングの人々は素晴らしい政治家を持っている」と称賛したこともあった。
lizcheneydonaldtrump511

リズとドナルド・トランプ
 しかし、2020年の大統領選挙でトランプが敗北とされたことに対して異議を申し立てたあたりから、2人の関係は変わり、リズ・チェイニーはトランプ批判を行うようになった。そして、2021年1月6日の連邦議会にトランプ支持派が進入するという事件が起きてから、そのトーンは激しくなった。連邦下院でトランプ弾劾に関する投票が行われ(結果は否決)、共和党からは10名が賛成に投票した。その中にリズが含まれていた。

 トランプはリズに対する批判を強めた。そして、今年の中間選挙に関して、各地で自身が誰を支持するかということで、賛成派を増やし、反対派を議会から追い出すという戦略を取っている。リズに関しては議会から追い出すということで、トランプが支持する挑戦者が共和党予備選挙に出馬し、現職であり、チェイニー王朝の当主リズ・チェイニーを破った。連邦下院でトランプ弾劾に賛成した10名の共和党所属の下院議員のうち、4名は元々引退を決めていた。4名が再選を目指していたが共和党予備選挙で敗退した(ここにリズも含まれる)。2名が共和党予備選挙を突破したが、1名は選挙区の区割りが変わり、民主党が優勢となったために本選挙で敗れる可能性が高い。そうなると、1名だけが来年の議会に戻ってくるということになる。

 リズ・チェイニーを反トランプの結集軸、象徴にしようという声が出ている。リズの知名度と反トランプ姿勢を評価してのことだ。具体的には2024年の大統領選挙に向けて、2023年から具体的に始まる大統領選挙の共和党予備選挙に出馬すべきだという声だ。現在、各種世論調査で「2024年の大統領選挙の共和党候補者は誰が良いか」という設問に対して、ドナルド・トランプが1位という結果が出ている。トランプ自身はまだ何も言っていないが、共和党員や共和党支持者の間でトランプ待望論が根強い。これは現在、共和党内部で清新なリーダーが見当たらないということもある。
lizcheneydickcheney511

リズとディック・チェイニー
 こうした動きを阻止するために、「トランプに共和党の候補者指名を受けさせないために邪魔をする」ということでリズ・チェイニーの待望論が出ている訳だ。しかし、チェイニーは反トランプの結集軸となり得るだろうか? 私はあまりにも「タマが悪い」と考える。リズの後ろにはアメリカを泥沼の対外戦争に引き込んだネオコン派がいる。そもそも父親ディック・チェイニーがネオコン派の総帥なのだ。また、トランプ政権下ではトランプと蜜月の関係にあった。そのことから、反トランプ派(共和党内部、民主党、無党派)がどれだけリズを一枚岩で押し上げるというのは難しいと私は考えている。

2024年の大統領選挙の共和党予備選挙で、2020年の大統領選挙本選挙でトランプが敗れた各州でリズが勝利すれば、トランプの候補者指名を阻止できる可能性はある。しかし、そう言うことになれば共和党は深刻な分裂状態、共和党が優勢な南部とそれ以外の地域で分裂が起きる。そうなれば漁夫の利を得るのは民主党側だ。トランプの候補者指名を阻止するために出るという後ろ向きの立候補は共和党に深刻なダメージを与えることになる。そうなれば共和党エスタブリッシュメント派でもあるリズ・チェイニーは、共和党破壊の張本人となってしまう。彼女にそれを甘受できるほどの覚悟はできないのではないかと思う。

 今年の中間選挙では共和党が連邦下院で過半数を獲得すると見られている。そして、共和党予備選挙ではトランプが支持する候補者たちが勝利している。来年の連邦議会はより反バイデン姿勢を取るようになり、バイデン政権の活動はより厳しくなるだろう。

(貼り付けはじめ)

ワイオミングでのチェイニーの敗北の重要なポイント(Key takeaways from Cheney’s loss in Wyoming

マックス・グリーンウッド筆

2022年8月17日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/3604803-key-takeaways-from-cheneys-loss-in-wyoming/

リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオ州選出、共和党)が火曜日にドナルド・トランプ前大統領の支持する予備選挑戦者に敗れた。この出来事は、前大統領が党内から批判者を排除しようとする努力の重要な一里塚の1つとなった。

チェイニーは、2021年1月6日の連邦議会議事堂での暴動に関与したトランプ前大統領の弾劾において、昨年連邦下院で行われた弾劾に賛成投票を行った数少ない連邦下院共和党議員の1人で、前大統領への批判の手を緩めることなく、「トランプは依然として法の支配とアメリカの民主政治体制に対する脅威である」と最後まで主張した。

しかし、チェイニーの連邦下院議員選挙共和党予備選は、トランプがホワイトハウスから追放されてから約2年後の共和党の未来と、その有権者の立ち位置について、いくつかの示唆を与えてくれるものだ。

チェイニーの選挙からの5つのポイントについて見ていく。

(1)トランプの共和党への支配力と掌握力はこれまでと変わらずに強い(Trump’s grip on GOP as strong as ever

火曜日にチェイニーが敗れたことで、トランプの批判者たちの間に残っていた、党の有権者たちが前大統領に逆らい、自分たちの進むべき道を切り開く準備ができたかもしれないという希望は打ち砕かれた。

また、少なくとも共和党優勢州の共和党員たちの間で、トランプの影響力がこれまでと同様に強いことが明確に認識されることになった。

トランプ前大統領はホワイトハウスから何百マイルも離れているが、共和党の有権者を自分の好む候補者に誘導し、不誠実とみなす人物からは遠ざけることができることをこれまでに繰り返し証明してきた。もちろん、例外もある。たとえば、ジョージア州知事のブライアン・ケンプは、トランプが支援する予備選挑戦者を簡単に敗退させた。

しかし、トランプが現代の共和党においておそらく最も強力な存在であることに疑いの余地はなく、この事実は、2024年にホワイトハウスへの復帰を検討しているトランプにとって特に好都合な兆候である。

(2)弾劾賛成派の共和党員たちは減少し続けている(Pro-impeachment Republicans are dwindling

来年、第118回連邦議会が召集される時、一つだけ確かなことがある。昨年、トランプ弾劾に賛成投票した共和党所属の連邦下院議員の大半は、その場にいないことになる。

トランプ前大統領の弾劾に賛成した連邦下院共和党議員10名のうち、4名は今年の選挙に立候補しないと発表している。チェイニーを含む別の4名は再選に挑戦したが、トランプが支持する予備選挙挑戦者たちに打ち負かされた。

共和党予備選で生き残ったのは2名だけとなった。デイヴィッド・ヴァラダオ連邦下院議員(カリフォルニア州選出、共和党)と、ダン・ニューハウス(ワシントン州選出、共和党)である。

ニューハウスの地元は共和党が強い選挙区であることから、今年の再選は間違いなさそうだが、ヴァラダオは政治的にかなり不安定な立場にある。今年6月の予備選を辛うじて突破したが、現在は区割り変更のおかげで、民主党支持が多い選挙区からの出馬となる。

新しい選挙区割りによって、民主党は攻勢を強めており、ヴァラダオは民主党議会選挙委員会(Democratic Congressional Campaign CommitteeDCCC)の2022年中間選挙のターゲット者名簿に名前が載ってしまい、来年議会に戻ることを望むであろうが、厳しい戦いになることを示唆している。

ヴァラダオが仮に当選しても、これまでで最も親トランプ的な連邦下院共和党の中に身を置くことになる。

(3)反トランプの共和党内での戦略には限界がある(There are limits to the anti-Trump GOP strategy

反トランプ派の共和党所属の議員たちはトランプの猛烈な攻撃に耐えられるだけの幅広い有権者層をまとめられるはずだと期待していた人たちにとって、チェイニーの敗北は明らかな失望となってしまった。

しかし、そのような戦略の限界を思い知らされるものでもあった。チェイニーは、トランプ自身と彼による2020年の選挙は盗まれたものだという虚偽の主張を痛烈に批判したため、共和党の保守基盤となる人々の間で孤立し、不人気となった。

しかし、彼女のレトリックは、無党派層や民主党議員をしっかりと味方につけるには不十分だった。穏健派の多くは、共和党で最も強力な人物に挑む彼女の意志を賞賛したかもしれないが、他の問題についての彼女の保守的な投票記録は、彼女への投票を厳しいものにしたようだ。

しかし、チェイニーは民主党員や民主党支持者に自信に投票するよう働きかけなかった訳ではない。この夏の初め、彼女の選挙キャンペーンは、ウェブサイトや郵便物を通じて指示を出し始めていた。

(4)チェイニー氏は傷ついたが、めげずに頑張る(Cheney may be bruised, but she’s undaunted

敗北を認める前から、チェイニーの運命は明らかだったようだ。

彼女はトランプに償いをしようとはしなかったし、トランプの支持者に自分がまだ味方であることを訴えようともしなかった。彼女の締めくくりの選挙広告の一つには、父親であるディック・チェイニー元副大統領がトランプを激怒させる様子が描かれていた。

火曜日に敗北を認めた際も、チェイニーは断固として自分の信念を貫いた。リズ・チェイニーは、2020年の選挙の余波でトランプに味方していれば、予備選に勝てたかもしれないが、単にそうする気がなかったと述べた。

ただ、注目すべきは、彼女の敗北受諾演説には、次に何が起こるかについての潜在的なヒントが含まれていたことだ。彼女は、トランプを再び大統領にしないために「必要なことは何でもする」と誓い、リンカーン元大統領に言及し、彼もホワイトハウスを手に入れる前に選挙に負けたことを指摘したのである。

この言及と、トランプとトランプ主義に対する十字軍を続けるというチェイニーの誓いは、彼女がまだ政治のスポットライトから降りる準備ができていないことを示唆しており、彼女自身がホワイトハウスへの立候補を検討しているという憶測を更に掻き立てるかもしれない。

(5)トランプ氏の総選挙でのアピールポイントに焦点(Focus shifts to Trump’s general election appeal

チェイニーの敗北は、トランプが共和党から批判者を一掃しようとするドラマのクライマックスのようなものであった。彼女は、今年、予備選に臨む弾劾に賛成投票をした最後の下院共和党議員だった。

これでトランプの関心は今年11月の中間選挙に移り、共和党員や共和党支持者だけでなく全ての有権者がトランプが推薦する候補者たちに評決を下すことになる。

ワイオミング州は強固な共和党優勢州なので、ヘイグマンが次期連邦下院議員になることはほぼ確実だが、トランプが推薦した他の候補者はもっと厳しい戦いになると見られている。

例えばペンシルベニア州は、上院議員選挙の激戦区で、民主党のジョン・フェッターマン副知事が、トランプが支持する共和党の競争相手である、著名な医師メフメト・オズに大差をつけてリードしているとの世論調査結果が出ている。

ジョージア州でも同様の状況が展開されており、上院議員のラファエル・ウォーノック(民主党)が、トランプが選挙戦序盤に支持した元NFLのスター選手ハーシェル・ウォーカーに対して優位を保っている。

問題は、トランプの影響力が今年の共和党予備選のように、中間選挙で発揮されるかどうかだ。

=====

リズ・チェイニーの政治的な将来に関する5つの疑問(Five questions about Liz Cheney’s political future

マイケル・シュニール、ジュリア・マンチェスター筆

2,022年8月16日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/3604524-five-questions-about-liz-cheneys-political-future/

リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)は、火曜日に行われた連邦下院議員選挙共和党予備選挙で、トランプが推薦する弁護士ハリエット・ヘイグマンに敗れ、新たな政治的将来に向かうことを余儀なくされた。

共和党内部の政治的な王朝出身で、3期目の連邦下院議員を務めていたチェイニーは、連邦議会での任期が終了したら何をするのかということに関する憶測は着実に大きくなっており、2024年の大統領選挙に出馬するのかどうか、明確に示していない。

チェイニーは火曜日の夜、反抗的な演説を行い、トランプ前大統領と彼が作り出した運動、そして2020年の選挙について彼の主張を繰り返す候補者たちを非難した。それは同時に、敗北を受け入れる演説であり、これからも公職に関わる将来を約束するものとなった。

チェイニーは「だから、今夜皆さんにお願いしたいことがある。それは、ここを去るとき、私たちの共和国を破壊する者たちに対して、共和党員、民主党員、無党派層が共に立ち上がることを決意するというものだ」と語った。

しかし、「ドナルド・トランプが二度と大統領執務室に近づかないようにするために必要なことは何でもする」と誓いながらも、チェイニー自身が次に具体的に何をするのかについてはほとんど言及しなかった。

チェイニーは「この予備選挙は終わったが、これからが本当の仕事の始まりだ」と述べた。

リズ・チェイニーの政治的な将来については5つの疑問が存在する。

(1)チェイニーは2024年大統領選挙に出馬するだろうか?(Does she launch a 2024 presidential campaign?

ディック・チェイニー元副大統領の娘であるリズ・チェイニーは、2024年の大統領選挙出馬の可能性についての質問をかわし、トランプをホワイトハウスから締め出すという彼女の主な目標に話を戻したがった。

チェイニーはこれから、ケーブルテレビで仕事をする、シンクタンクに入る、本を書くといったことができるが、ジョージ・W・ブッシュとチェイニーのホワイトハウスで働いた共和党所属のストラティジストであるスコット・ジェニングスは、チェイニーがその目標を達成するための「次の論理的」ステップは2024年の大統領選挙への立候補であると語った。

ジェニングスは「できることは色々とあるだろうが、選挙戦を行うこと以上に良いプラットフォームがあるだろうか?」 と本誌とのインタヴューの中で述べている。

ジェニングスは続けて次のように述べた。「リズ・チェイニーが大統領選挙に出馬すれば、彼女が受ける報道の量、メディアの注目度は、世論調査での彼女の地位を大きく押し上げることは間違いないところだろう。もし、共和党支持の人々に、自分が重要だと思う考えを話したいと思っているのなら、大統領選の時期にそれをするのが最良の方法だと私は考える」。

論理的に言えば、チェイニーの大統領選挙出馬は可能だ。

チェイニーは連邦下院議員として、2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件を調査する連邦下院特別委員会の副委員長としての仕事を通じて、全国的な知名度を急上昇させた。NBCニューズによると、彼女は高い知名度を誇り、共和党内部に強いコネを持ち、3週間前の時点で選挙口座には740万ドルの資金が残っている状態であった。

そしてチェイニーは、パターン通り、火曜日の演説の多くをトランプとトランプ主義に集中させたが、2024年については何も否定しなかった。

(2)彼女はホワイトハウスを勝ち取るために出馬するのか、それともトランプを排除するために出馬するのか?(Does she run to win the White House — or keep Trump out of it?

2024年の共和党大統領選挙候補の座を勝ち取ることは、チェイニーにとって苦しい戦いになるだろうというのが関係者の共通認識だ。

「2024年の大統領選挙で共和党の候補者は誰が良いか」という世論調査のほとんどで、トランプが首位をキープしている。トランプ氏の政策を推進するフロリダ州知事ロン・デサンティス(共和党)が2位となっている。そして、まだ予備選挙の開票作業中ではあるが、チェイニーはトランプから30ポイント以上の差をつけられているようだ。

しかし、勝てる見込みがほとんどなくても、チェイニーは大統領選挙の共和党予備選挙の結果を左右するために出馬するかもしれない。

ジェニングスは次のように語った。「“成功の定義をどうするか?”ということになる。彼女にとっては、指名を獲得することよりも、トランプを指名させないようにすることの方が重要かもしれない。だから、成功をどう定義するか次第だと思う」。

彼女の存在は、トランプと彼の政策やレトリックを信奉する人々によって支配されている大統領選の会話からほとんど締め出されている反トランプの共和党員や死者たちに声を与えることにもなる。

マイク・ペンス元副大統領の補佐官を務めたオリヴィア・トロイは、「“アメリカを再び偉大に(MAGA)”運動全体に参加していない人、共和党の方向性に満足していない人、私のように昔ながらの伝統的な保守的共和党員にとって、リズ・チェイニーはより魅力的な選択肢に思える」と語った。

トロイは「彼女のような人が、政治の世界で、起きていることについて主張をし、真実を伝え続けようとする姿勢が重要だと思う」と述べた。

チェイニーは火曜日、米国の統一を維持するために戦ったリンカーン元大統領に言及した。

「私たちの党の偉大な勝利者、エイブラハム・リンカーンは、最重要な選挙に勝つ前に、連邦上院と連邦下院の選挙で敗れたのである。リンカーンは最終的に勝利を収め、連邦を救い、歴史に残るアメリカ人としての義務を定義した」と彼女は語った。

(3)彼女は残された任期で何をするのか?(What does she do with her time left in office?

2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件を調査する連邦下院特別委員会は、11月に共和党が議会の主導権を握ることを見越して、今後数カ月以内に調査を終結させようと、既に時間との戦いに突入している。

しかしそれ以前に、委員会はさらに公聴会を開き、トランプが自身の権力を維持するための計画の中心にいたという主張を補強するための追加情報を提示することを明確に誓っている。チェイニーはこのプレゼンテイションにおいて、おそらく大きな役割を果たすであろう。

アダム・キンジンガー連邦下院議員(イリノイ州選出、共和党)は先月、連邦議事堂で記者団に次のように語った。「私たちは現在負けてはいない。証言を名乗り出る人々が殺到しているのを見るのは素晴らしいことだ。退く時ではない」。

チェイニーはこれまでにも委員会の公聴会で中心的な役割を果たし、開会宣言や閉会宣言を行い、委員会で証言する証人たちに質問を行ってきた。

その際、トランプや共和党の同僚を批判することも臆することなく行っており、このやり方は残り数カ月の任期中も、強化はしないまでも、続けることになりそうだ。

共和党所属のストラティジストであるダグ・ヘイは、リズ・チェイニーが共和党予備選挙敗北後にどのような道を歩もうとも、委員会での仕事をスタートに、アメリカ政治における発言力のある存在であり続けることを確認すると『ザ・ヒル』誌に語った。

ヘイは「はっきりしているのは、彼女の声がどこにも届かないということだ。そしてそれは、16日調査委員会の次の公聴会から始まり、その後、彼女が決めたどんな形であれ、続けていくことになる」と述べた。

(4)今後、彼女はどのようなサポートを受けるのだろうか?(What kind of support does she have for future moves?

チェイニーは予備選挙で敗れたものの、全国に広大な支持者と献金者のネットワークを持っており、今後の政治活動に役立てることができるだろう。

リズ・チェイニー議員は、今年の第1四半期に自身の記録を更新し、300万ドル近くを集め、第2四半期には290万ドルという途方もない額を記録した。

チェイニーは、草の根の寄付に加えて、ジョージ・W・ブッシュ元大統領、ブッシュ元大統領の補佐官を務めたカール・ローブ、映画プロデューサーのジェフリー・カッツェンバーグ、億万長者のヘッジファンドマネージャー、セス・クラーマンなど全米の共和党・民主党の著名な寄付者たちからも資金を得ている。

しかし、共和党の大統領予備選挙では、チェイニーは共和党の予備選挙に参加できる有権者たちにアピールする必要がある。そして、反トランプの共和党員は彼女だけとは限らない。メリーランド州知事のラリー・ホーガン(共和党所属)は、2024年の共和党の希望として繰り返し浮上しており、まだ出馬を否定していない。

トロイは「より穏健な有権者にどのようにアプローチするかが重要になると思う」と述べた。

トロイは続けて「彼らは長年にわたり共和党で尊敬を集めてきた人物だ。そして、彼らの声は、多くの人ができない方法で聴衆に届けることができる」。

(5)大統領選出馬以外にできることは何か?(What could she do besides run for president?

2024年の大統領選挙への出馬が最も話題になっているが、チェイニー連邦下院議員には、トランプ大統領に対する闘争を続けるために追求できる別の道もある。

1つは、ケーブルニューズのコメンテイターやアナリストとして参加し、トランプ前大統領に対抗し、2020年の大統領選挙が盗まれたという彼の誤った主張を糾弾するための大きなプラットフォームを手に入れることであろう。

このルートは、元議員に人気のあるルートだ。2018年に当時のミズーリ州司法長官ジョシュ・ホウリー(共和党)に落選させられたクレア・マッカスキル元連邦上院議員(ミズーリ州選出、民主党)は、選挙の数カ月後に政治アナリストとしてNBCニューズとMSNBCに入社し、ジェイソン・チャフェッツ元連邦下院議員(ユタ州選出、共和党)は2017年に連邦下院を辞めた翌日に寄稿者とコメンテイターとしてフォックス・ニューズに採用された。

チェイニーは、今年11月の中間選挙に出馬しないキンジンガーのように、シンクタンクに参加したり、自身の政治行動委員会(PAC)を設立したりすることも可能である。

キンジンガー(トランプ批判のもう1人のトップで、1月6日事件調査委員会ではチェイニーの同僚の共和党議員)は、トランプを受け入れる共和党に異議を唱える運動として、「カントリー・ファースト(Country First)」と称する政治行動員会(PAC)を立ち上げた。

チェイニーにとってもう1つの選択肢は、ワシントンを去るトップ政治家がよくやる、本の執筆だ。2020年の選挙で3期目出馬を取り止めたウィル・ハード前議員(テキサス州選出、共和党)は、トランプを何度も批判した後、『アメリカの再起動:大きな問題を終わらせる(American Reboot: An Idealist's Guide to Getting Big Things Done)』と題した本を執筆した。

チェイニーが次の行動に何を選ぶかはまだ分からないが、ジェニングスによれば、チェイニー議員は最近の、そして今後の政治的な動きを推進する計画を持っている可能性が高いと語っている。

ジェニングスは次のように語った。「私はチェイニー家のことをよく知っているし、彼らがいかに賢く、どのように行動しているかも知っている。リズ・チェイニーは、ドナルド・トランプをホワイトハウスから締め出すことが自分の使命だと考えているのだろう。だから、それが使命なら、その使命を達成しようとする計画を構築するような人たち、それがチェイニー家なのだ」。

=====

リズ・チェイニーがワイオミング州での予備選挙で敗北(Liz Cheney defeated in Wyoming primary

マックス・グリーンウッド筆

2022年8月16日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/3604628-liz-cheney-defeated-in-wyoming-primary/

ドナルド・トランプのかつての盟友で、彼の最も熱心な共和党内部の批判者の1人となったリズ・チェイニー下院議員(ワイオミング州選出、共和党)は、トランプ前大統領と彼の共和党有権者への影響力に逆らって生き残るための長丁場の戦いの末、火曜日の予備選挙で敗れる見通しとなった。

NBCニューズとCBSニューズは、いずれも東部時間午後10時過ぎに選挙戦の結果を報じた。

チェイニーは、弁護士で共和党全国委員会(Republican National Committee RNC)委員を務め、昨年トランプから支持を受けたハリエット・ヘイグマンに大敗した。ヘイグマンは来年、共和党が圧倒的優勢な州の唯一の連邦下院議員としてチェイニーの後を継ぐ大本命となる。

選挙結果が決まった後、チェイニーは支持者たちに対して、ヘイグマンに電話で選挙の敗北を受け入れると伝えたと述べた。

「私たちの共和国は、選挙結果を誠実に受け入れるという、全ての候補者の善意に依拠している。そして今夜、ハリエット・ヘイグマンがこの予備選挙で最も多くの票を獲得した。彼女は勝ったのだ」と、チェイニーは熱弁をふるった。

火曜日のヘイグマンの勝利は、2021年16日の連邦議会議事堂襲撃事件で、昨年トランプ弾劾に賛成投票した10名の共和党議員を連邦下院から排除しようとするトランプの努力における最後の、そしておそらく最も重要な一里塚であった。

その10名のうち、4名は今年の選挙に出馬しないことを選択し、チェイニーを含む4名はトランプが支持する挑戦者に共和党予備選挙で敗れている。これまで予備選の挑戦者に買って生き残ったのは2名だけだ。デイヴィッド・ヴァラダオ連邦下院議員(カリフォルニア州選出、共和党)とダン・ニューハウス(ワシントン州選出、共和党)である。

チェイニーの共和党予備選敗北は、特にトランプにとって象徴的な勝利である。チェイニーは昨年、前大統領の弾劾に賛成した後、トランプについて「アメリカ合衆国憲法をほとんど顧みない反民主政治体制の強者」と頻繁に批判し、トランプ主義に対する共和党の防波堤として台頭してきた。

そうした批判によって共和党の同僚たちと揉め、連邦下院共和党議員会会長を解任されることになった。

しかし、事態はそれだけにとどまらなかった。

共和党全国委員会とワイオミング州共和党は昨年、チェイニーの問責決議案を提出し、多くの同僚共和党議員たちがヘイグマンに賛同してチェイニーを更迭しようとした。

しかし、チェイニーは反抗的な態度を維持した。チェイニーは、2021年1月6日の暴動を調査する下院特別委員会のメンバーに選ばれた2名の共和党員のうちの1名であり、最終的には副委員長に昇格した。

その間、チェイニーは予備選挙で厳しい逆風に直面し、トランプはワイオミングでのレースに特に強い関心を寄せていた。彼のティームは数カ月かけてチェイニーに対する共和党の予備選挙挑戦者候補を面接し、元大統領自身も何人かの候補者と面接を行った後、ヘイグマンを予備選挙挑戦者に選んだ。

その結果、予備選挙の候補者は大幅に絞られ、不動のトランプ前大統領の同盟者かとチェイニーかという明確な二者択一となった。

火曜日の夜の演説でチェイニーは、2020年の選挙に関するトランプの虚偽の主張と投票を覆す努力に付き合っていれば、自分が予備選で勝っていただろうと訴えた。結局のところ、そうする気になれなかったとも述べた。

チェイニーは次のように語った。「2年前、私はこの予備選挙で73%の得票率で勝利した。また同じことをするのは簡単なことになるはずだった。道は明らかだった。しかし、そのためには、2020年の選挙に関するトランプ大統領の嘘に、私が1人で付き合わなければならなかっただろう。民主政治体制を崩壊させ、共和国の根幹を攻撃しようとする彼の継続的な努力を無視しなければならなかっただろう。それは私にはできないし、しない道だった」。6年前の2016年のホワイトハウス立候補の際、チェイニーはトランプを支持し、トランプが女性について下品な発言をしている録音が公開され、多くの共和党議員がトランプと距離を置く中でもその支持を維持した、チェイニーのトランプ前大統領への痛烈な批判は、ワイオミング州選出の3期連続の連邦下院議員として、異例の展開となった。

データ専門ウェブサイト「ファイヴサーティーエイト(FiveThirtyEight)」によると、チェイニーは連邦下院議員として、約93%の割合でトランプの立場に沿った票を投じていたということだ。

しかし、2020年大統領選の余波と、選挙が自分に不利に操作されているというトランプの主張が、チェイニーを二度と戻れない限界点まで追い詰めることになった。

火曜日の予備選に向けて、世論調査でヘイグマンに大差をつけられていても、チェイニーはトランプを堂々と批判していた。今月初め、彼女の父親であるディック・チェイニー元副大統領は、彼女のために選挙広告に出演し、トランプを「私たちの共和国に対する脅威」と激しく非難した。

リズ・チェイニーもまた、保守派を自分の大義に結集させることはほとんどしなかった。ワイオミング州選出連邦下院議員リズ・チェイニーは、予備選挙で行われた唯一の討論会で、最後の発言で有権者に対し、自分の政治方針に同意できないのであれば、他の候補者に投票すべきだと述べた。

チェイニーは次のように語った。「私が連邦下院議員に就任する際の宣誓の言葉を破ることは決してないということを皆さんに理解して欲しい。もし私の宣誓とは異なる考えを持つ人を探しているのなら、このステージにいる他の人に投票して欲しい」。

(貼り付け終わり)

(終わり)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2022年にはアメリカでは中間選挙(Mid-Term Elections)が実施される。連邦下院議員の全議席(435)、と連邦上院議員(100議席)の約3分の1、州知事の一部の選挙が実施される。大統領選挙と大統領選挙の中間に実施される選挙であり、現職大統領に対する「中間テスト」のような意味合いを持つ。任期4年のうちの前半2年の「出来」はどうであったかということで、大統領を出している政党に対する投票で評価が決まる。

 拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』やこのブログでもご紹介してきたが、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の副大統領、実質的には大統領であったディック・チェイニーの娘リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)の選挙に注目が集まっている。拙著でも書いたように、リズは父親ディック・チェイニーの威光を背景にして、連邦下院議長を目指して連邦下院共和党内部の出世の階段を上っている。詳しくは拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』をお読みいただきたい。

 リズは下の記事にある通り、ドナルド・トランプ前大統領に対する対決姿勢で名前を売った。2021年7月に設置された連邦下院1月6日事件委員会の副委員長(共和党側ではトップ)を務めている。こうしたリズの動きに対して、トランプは反対姿勢を鮮明にし、来年の選挙(連邦下院議員選挙)の共和党予備選挙で現職のリズに挑戦するハリエット・ヘイグマンへの支持を表明した。それに対してリズは「かかって来いよ」と挑発した。

 リズの援軍として、父親ディックにお世話になったジョージ・W・ブッシュ元大統領がおっとり刀で駆けつけて、資金集めパーティーを開催することを決めた。ブッシュ元大統領は、トランプを遠回しに批判し、トランプもまた「バカなくせに偉そうなことを言うなよ」と攻撃している。ワイオミング州下院議員選挙は、ブッシュ、トランプの大統領経験者2人の戦いになりつつある。更に言えば、ワシントンのエスタブリッシュメント派対ポピュリズム派の大きな枠組みの戦いの代理戦争(proxy war)状態になっている。この選挙区はこれからますます注目を集めていくだろう。

(貼り付けはじめ)

ブッシュがチェイニーのために資金集めパーティーを開催(Bush to hold fundraiser for Cheney

マイケル・シニール筆

2021年9月21日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/573331-bush-to-hold-fundraiser-for-cheney

ジョージ・W・ブッシュ元大統領は来月、リズ・チェイニー(Liz Cheney、1966年-、55歳)連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)のために資金集めパーティーを計画していると報じられた。3期連続当然中のリズ・チェイニーは、トランプ前大統領と彼の協力者たちによるチェイニーの追い落とし運動の中で議席を維持しようと戦っている。

今回のチェイニーのための資金集めパーティーは、ブッシュ元大統領にとって、2022年の中間選挙のための最初のイヴェントとなる。今回のパーティーは2021年10月18日にテキサス州ダラスで開催予定だと『ウォールストリート・ジャーナル』紙と報じた。同紙はパーティーの招待状のコピーを入手した。

今回の資金集めパーティーはカール・ローヴが共同主催者となっている。カール・ローヴは、長年にわたりブッシュ元大統領の政治アドヴァイザーを務め、2020年の大統領選挙ではトランプの再選に向けて相談を受けたこともあった。加えて、ケイ・ベイリー・ハッチンソン元連邦上院議員(テキサス州選出、共和党)も主催者に名を連ねている。ハッチンソンはトランプ政権下で、NATO担当米国大使を務めた。

リズ・チェイニーの父親はブッシュ大統領の任期8年(2期)の間、ホワイトハウスで副大統領を務めた。

今回の資金集めパーティーによって、二人の大統領経験者を戦わせることになる。チェイニーの選挙は2022年の中間選挙において人々の注目を最も集めているものである。

トランプは今月初め、チェイニーに対する挑戦者ワイオミング州検事ハリエット・ヘイグマン(Harriet Hageman)への支持を明らかにした。トランプは、チェイニーが今年1月のトランプ大統領への段階で賛成票を投じ、大統領選挙の結果は盗まれたものだというトランプの主張を否定したことを受け、チェイニーへの反対姿勢を強めた。

チェイニーは1月6日の連邦議事堂進入事件についてトランプに責任があるとして弾劾に賛成票を投じた。また、この反乱事件について調査する委員会のメンバーにもなった。チェイニーはトランプの反対姿勢と対抗馬への支持表明を受け、ツイッターで次のように書いた。「かかって来いよ(Bring it)」。

ブッシュは、2001年9月11日のテロ攻撃を記念する日に演説を行い、その中でアメリカ国内の過激派による脅威を憂慮し、「海外の暴力的な過激派」と「国内の暴力的な過激派」との間には共通点があると指摘した。ブッシュの演説はメディアの注目を集めた。

トランプはブッシュの演説を批判し、第43代大統領は「誰かにものを教えるなんてできない人物だ」と書いた。

(貼り付け終わり)

(終わり)
akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 ドナルド・トランプ前大統領は最後までワシントンのアウトサイダーだった。よそ者だった。そうだったからこそ、ワシントンの大掃除、「ドレイン・ザ・スワンプ」をやろうとした。しかし、それに反対したのは、ワシントンの住人たちであり、そこに民主党、共和党の違いは存在しなかった。

 トランプ大統領は在外米軍の削減を進めようとした。それに対して、民主、共和両党から当然のように反対論が噴出した。バイデン政権の国務長官であり、バイデンの長年の側近であるアントニー・ブリンケンも反対を表明した。共和党内からは、リズ・チェイニー連邦下院議員が激しく反対した。

lizcheneydickcheney001

父ディック(左)とリズ・チェイニー
 リズ・チェイニーは、ディック・チェイニーの長女だ。ディック・チェイニーは、ジョージ・
HW・ブッシュ(父)政権で国防長官(1989-1993年)を務め、ジョージ・W・ブッシュ(子)政権では副大統領(2001-2009年)となった。アホ息子ブッシュ政権では、ネオコン派の総帥として、実質大統領として、イラク戦争を主導し、アメリカを泥沼に引きずり込んだ張本人だ。リズはその父親の影響を強く受けている。

 父親ディックが父ブッシュ政権で国防長官を務めていた時期、国務省と米国国際開発庁(USAID)に勤務していた。その後は、父親とはネオコン仲間のリチャード・アーミテージが作ったコンサルティング会社アーミテージ・アソシエイツに入社した。

 父親がブッシュ(子)政権で副大統領になると、国務次官補代理(近東担当)となり、2004年の大統領選挙では父親の選対に入り、その後2005年には、筆頭国務次官補代理(近東担当)として国務省に復帰した。2014年にワイオミング州選出連邦上院議員選挙に出馬しようとして断念したが、2016年の選挙で連邦下院議員選挙に当選した。ワイオミング州は人口が少なく、連邦上院議員は2名配分されているが(連邦上院は各州2名と決められている)、連邦下院議員は州全体で1名である。その1名にリズは当選した。これはもちろん、父親の威光がある。

 リズの父親ディックもワイオミング州選出の連邦下院議員を6期務めた。その前にはジェラルド・フォード政権でホワイトハウス次席補佐官(1974―1975年)と首席補佐官(1975-1977年)を務めた。連邦下院議員在任中(1979-1989年)、連邦下院共和党指導部序列3位の共和党連邦下院議員会長(1987-1989年)、序列第2位の連邦下院少数党(共和党)院内幹事(1989年)をそれぞれ務めた。

 娘リズは現在連邦下院議員の3期目(2017年初当選)を務めているが、2期目の2019年から序列3位の議員会長を務めている。父親よりも共和党指導部での昇進が早い。これはもちろん、父親ディックの存在がバックにあるからだろう。

 リズは共和党保守派の若きホープとなっている。彼女もまた父親の系譜に従って、ネオコン派である。そして、この親子2代のワシントンの住人は、トランプ大統領を激しく攻撃した。民主党ならばともかく、共和党内部にも敵を抱えていたとランプ大統領は四面楚歌状況であった。そして、ワシントンのアウトサイダー、トランプ大統領による大掃除は失敗に終わった。

(貼り付けはじめ)

トランプ:リズ・チェイニーの選挙についての発言は米軍の帰還Trump: Liz Cheney's election remarks sparked by push to bring US troops home

ザック・バドリック筆

2020年11月22日

https://thehill.com/homenews/house/527055-trump-liz-cheneys-criticism-sparked-by-push-to-bring-us-troops-home

トランプ大統領は共和党連邦下院議員会会長リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)が「トランプ大統領は大統領選挙の結果を受け入れるべきだ」と提言したことについて反撃を行った。大統領は、「私がアメリカ軍を国内に戻していることについて、チェイニーは“大いに不満”なのだ」と述べた。

トランプは土曜日に次のようにツイートした。「悪いね、リズ、投票に関して多くの不正なカウントがあったので、選挙の結果を受け入れることができないんだ。これらの不正のおかげで選挙の結果は簡単に覆されるんだ」。トランプは、『ポリティコ』誌の記事に掲載されたチェイニーのコメントに反応しながら、広範な選挙不正という根拠のない主張を繰り返した。トランプは「あなたは、私がアメリカ軍の将兵を自分たちが属する国に戻していることに大いに不満なんだろう」とツイートした。

このツイートは、不正選挙についての論争を巻き起こす主張を封じ込める際に、SNSで目立つことになった。

チェイニーは大統領選挙勝利者であるバイデンを勝者として認めてはいないが、先週、大統領は不正の証拠の提供、さもなくば敗北受け入れ宣言を行うようにすべきだと述べた。チェイニーは金曜日に声明を発表し、次のように述べた。「アメリカは法の支配によって統治されている。大統領と彼の顧問弁護士たちは犯罪と広範な選挙不正という主張を行っている。彼らはこうした犯罪と不正が選挙結果に永居を与えたと非難している。彼らはこうした不正の明確な証拠を持っているのなら、彼らはそれらをすぐに裁判所とアメリカ国民に提示する義務がある。トランプ大統領はこうした主張の正当性を証明できない、もしくは選挙の結果を変更することができる証拠を見せることができないのなら、我が国の選挙のプロセスの尊厳を尊敬するという形で、アメリカ合衆国健康を維持し、守るという大統領就任時の宣誓を実行すべきだ」

トランプの弁護士ティームは、激戦州におけるバイデンの勝利に対して法的な手段で対抗している。ペンシルヴァニア州での提訴は土曜日、連邦判事によって棄却された。オバマ前大統領が任命したマシュー・ブラン判事は、トランプ選対の裁判提起は、「法的根拠がなく、きちんと実証された告発」ではなく、「有権者の公民権はく奪を正当化できず、全米第六位の人口を誇る州の有権者の公民権をはく奪することもできない」と発言した。

トランプ大統領は「終わりのない戦争」からアメリカ軍将兵をアメリカに戻すという公約を掲げて選挙運動を行った。1月中旬までにアフガニスタンとイラクから米軍将兵2500名を撤退させるように国防総省に命じてから数日経って、トランプ大統領は一連のコメントを出した。

トランプ大統領とディック・チェイニー元副大統領の娘であるリズ・チェイニーは過去に衝突したことがあった。

2019年、リズ・チェイニーは、トルコの計画的な侵攻に先立ち、アメリカ軍将兵のシリアからの撤退をトランプ大統領が計画したことについて、「破滅的な誤り」だと評した。

=====

チェイニーは連邦下院の保守派との間の緊張関係を和らげようとしている(Cheney seeks to cool tensions with House conservatives

ジュリー・グレイス・ブルフケ筆

2020年11月18日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/house/526588-cheney-seeks-to-cool-tensions-with-house-conservatives

連邦下院共和党議員会会長リズ・チェイニー(ワイオミング州選出、共和党)は月曜日、連邦下院フリーダム・コーカス(議員連盟)との会談の席上、これからは現職議員に対抗して予備選挙に出馬する候補者たちに政治献金を行わないと約束させられた。これは保守派の議員たちとの緊張関係を緩和しようとするものだ。

チェイニーは会談の中で2020年の中間選挙に向けて党のまとまりの必要性を主張した。会談には連邦下院少数派(共和党)院内総務(House Minority Leader)ケヴィン・マッカーシー(カリフォルニア州選出、共和党)と連邦下院少数派院内幹事(Minority Whip)スティーヴ・スカーリスも出席した。連邦下院指導部3名は連邦下院指導部を維持することを計画していた。共和党所属の連邦下院議員たちは火曜日、投票で指導部をそのまま維持することを決めた。

会談に出席した人々のうち、3名が取材に答えた。取材源の人々は、チェイニーが現職に対する挑戦者に対して資金援助を与えないと約束したことは、保守派の連邦議員たちの間での懸念を和らげるための誓いなのだと述べた。

チェイニーと保守派の連邦議員たちとの間の摩擦は今年7月に非公開で行われた会議の席上で激しいやり取りが行われた後に発生した。

チェイニーに批判的な人々は彼女の指導者としてのスタイルを攻撃し、トランプ大統領に対する忠誠を疑問視し、トーマス・メイジー連邦下院議員(ケンタッキー州選出、共和党)の予備選挙の対抗馬に資金提供を行うとした決定を激しく批判した。チェイニーは、トッド・マクマーティーが過去にSNSに行った人種差別的な投稿が発見された後、マクマーティーへの支持を取り消し、寄付を返還してもらった。

共和党のある幹部は、フリーダム・コーカスに対しての発言がなければ火曜日の共和党指導部選びにおいて、チェイニーは困難に直面したはずだと述べた。

この人物は、「フリーダム・コーカスのメンバーの中に、共和党連邦下院議員会長の投票の際に、チェイニーに対して懲罰を与えるような投票をしようと計画していた人たちがいる」と述べた。

マーク・グリーン連邦下院議員(テネシー州選出、共和党)は会談の中で、チェイニーに対して、彼女の統一に向けたメッセージには評価するが、「あなた自身はそのメッセージ通りに行動せずに、私たち現職議員の対抗馬に対して資金を提供するという裏切り行為を行った」と発言した。会談に同席したある人物は本誌の取材に対してこのように発言した。

チェイニーは、自分は、トランプ大統領がメイジー議員に落選して欲しいというツイートをした後で、対抗馬に献金をしただけだと釈明した。2020年春にトランプ大統領の肝いりのコロナウイルス対策の経済回復政策について連邦下院で投票が行われる際、メイジー議員はその投票を遅らせるための手段を取るとトランプ大統領を脅すような発言をし、大統領を怒らせた。

チェイニーは議員たちに対して、メイジー議員に謝罪したことを明らかにした。彼女は更に、これからは現職議員を追い落とすような行動は慎むと述べ、2022年の中間選挙で共和党が連邦下院で過半数を奪回するために党内融和に貢献することに注力すると約束した。

チェイニーはトランプ大統領や保守派議員たちといくつかの問題について立場を異にしている。その中にはトランプ大統領がアフガニスタンとイラクからの米軍撤退を支持していることも含まれている。

しかし、共和党の幹部職員は、このような緊張関係は和らげられつつあると述べた。

この人物は次のように述べた。「7月以来続く敵意はなくなりつつあります。共和党の中には、チェイニーがメイジーの対立候補を支持したことやトランプ大統領についての批判をツイートしたことを怒っている人たちもいたが、それも沈静化しつつあります。チェイニーは私たちと進んで協力する姿勢を見せていますし、疑問を投げかけられても、それに応えることに躊躇していません」。

会談について詳しいある人物は取材に対して、「チェイニーは国家安全保障政策についてこれからも主張し続けると明確に表明し、出席者たちが自分たちの間で合意に達していない諸問題が存在することに合意した」と述べた。フリーダム・コーカスは国家安全保障について議論するための会議にチェイニーを招待すると表明した。

=====

チェイニーがトランプと戦う(Cheney takes on Trump

-この動きによって、リズ・チェイニーがトランプ後の共和党の中でより高い指導的な地位に上昇するする可能性がある。

メラニー・ザノナ筆

2020年6月30日

『ポリティコ』誌

https://www.politico.com/news/2020/06/30/cheney-takes-on-trump-346089

リズ・チェイニーは突如としてドナルド・トランプへの共和内部の批判者の仲間入りを果たした。

更に驚くべきことは、ワイオミング州出身の共和党所属連邦下院議員であるリズ・チェイニーはこれまでトランプ大統領から激しい反撃を受けていないということだ。

トランプ批判に関して言うと、連邦下院共和党の序列3位の地位にあるチェイニーは突然批判を始めたわけではない。しかし、チェイニーはトランプ大統領に対して、彼の外交政策の決定と新型コロナウイルス感染拡大期間中の指導力について徐々に批判を強めていった。トランプ大統領に対して批判を行うことは現在の共和党においてはリスクの高い動きである。トランプ大統領との確執があると、共和党内部の予備選挙で挑戦者を勢いづかせるか、ツイッター上でのトランプ大統領からの激しい攻撃を受けるかということになるからだ。

しかし、チェイニーが発見したバランスの取れた行動を取ることができる共和党員はほとんどいない。トランプ後の共和党の姿について考えられ始めている今、トランプ大統領から比較的距離を取っているチェイニーは、共和党指導部の中でその地位を上昇させていくことだろう。

ジョン・シムクス連邦下院議員(イリノイ州選出、共和党)は「彼女は確固とした価値観を持っている、ガッツも持っている。彼女は自分の考えをはっきり述べる。こうしたことが多くの人々を惹きつけるのです」と述べている。

チェイニーはトランプに対する最も新しい批判の中で、「ロシア政府がアフガニスタンの武装勢力の人員に対してアメリカ軍将兵を殺すと賞金を出す」という布告を出しているという報告をトランプ大統領は知っているのかと疑問を呈している。そして、トランプ政権はロシア政府に対してより攻撃的な姿勢を取るように求めた。

そしてその数日前、チェイニーは、トランプに対して間接的な攻撃を行った。チェイニーはマスクをしている写真に、「ディック・チェイニーはマスクをつけようと言っている。#realmenwearmasks」というキャプションをつけてツイートをしたのだ。同様のフレーズをナンシー・ペロシ連邦下院議長も使って、トランプ大統領を厳しく批判した。このフレーズはトランプ大統領にとって触れて欲しくないテーマを含んでいる。それは、「彼の男らしさ(manhood)」da.

チェイニーの同僚政治家たちは、彼女がトランプの怒りから免れているのは、彼女の経歴やトランプ大統領と戦う際には戦略的な動きをしていることがある、と述べている。チェイニーという名前は保守主義を意味するものだ。

加えて、チェイニーはホワイトハウスを維持するという点では、トランプ大統領を強力に擁護している。弾劾の際にはチェイニーはトランプ大統領を擁護した。そして、ペロシや中国といったトランプがよく攻撃している対象を、チェイニーも攻撃している。こうして、チェイニーは共和党内部において、トランプ支持者たちから遠ざかることもなく、また、自身の本物の右派としての矜持を捨てることなく、自身の居場所を確保している。

引退を表明しているグレッグ・ウォールデン連邦下院議員(オレゴン州選出、共和党)は「これまでの連邦下院議員会会長の中で、彼女ほどプロらしくそして思慮深く自分の考えを述べる人はいませんでした」と述べている。しかし、ウォールデン議員は、「チェイニーはトランプ大統領と合意ができている点では彼を強力に擁護しています。それがワイオミング魂ということなのかもしれませんね」とも述べている。

チェイニー議員事務所は議員へのインタヴュー依頼を拒絶した。そして、今週、連邦議事堂内で本誌の取材に対して回答を拒否した。

チェイニーの協力者や友人たちは、彼女のトランプ大統領に対する公式の場での批判について、それは自分自身の政治上の野心からではなく、信念からであると述べている。

それでも、共和党所属の連邦議員やストラティジストの中には、チェイニーとトランプとの間には距離があると指摘する人たちがいる。連邦下院共和党の指導部の、カリフォルニア州選出のケヴィン・マッカーシー議員やルイジアナ州選出のスティーヴ・スカーリス議員とは対照的である。こうした人々は11月の大統領選挙が近づけば、トランプ大統領を支援することになるだろう。

共和党所属のストラティジストであるダグ・ヘイは次のように述べている。「選挙結果が現在と同じように共和党に不利なものとなれば、批判はすぐに起きるだろう。そうなれば、チェイニーのような人物たちにとって、トランプ大統領の政策の大部分は支持できるだろうが、共和党が必要としている真実を語る刃部としての役割を果たすことになる」。

加えて、匿名を条件にある共和党所属の連邦議員は次のように率直に述べた。「彼女は自分自身の将来のために道筋を敷こうとしていると思いますよ。彼女はトランプ大統領と彼の同調者たちから離れようとしているんですよ」。

リズ・チェイニーは、ディック・チェイニー元副大統領の長女であり、共和党内でも国家安全保障政策について最もタカ派の主張を行っている。リズは、高齢男性たちが長年占めてきた共和党の指導部での地位を急速に高めていった。

53歳のリズ・チャイニーは連邦下院議員の2期目を務めているが、共和党所属連邦下院議員会長を務めるように同僚たちから奨められた。この地位は連邦下院共和党内部で主張を行う重要な地位である。特に共和党が過半数を失っている現在においてはそうである。

チェイニーはまた、彼女自身の政治上の将来、どこを目標にしているかを示唆している。チェイニーは、ワイオミング州選出の連邦上院議員が引退をした際に、その人物に代わって出馬することを否定した。チェイニーは連邦下院共和党の指導部に留まり、いつの日か、連邦下院議長になるためにまい進することを選んだのだ。

連邦下院共和党筆頭副幹事長であるドリュー・ファーガソン連邦下院議員(ジョージア州選出)は、「いいですか、彼女は連邦上院議員選挙に出馬する機会もありましたが、連邦下院議員であり続けることを選びました。連邦下院こそが彼女が情熱を傾ける場所なんだと思いますよ」と述べた。

2017年に連邦下院議員になってから、チェイニーは共和党のメンバーと衝突をする人物だという評価を獲得している。当時の連邦下院議長ポール・ライアン連邦下院議員(ウィスコンシン州選出)とは国防予算をめぐって対立した。イランに対する軍事行動をめぐっては、ランド・ポール連邦上院議員(ケンタッキー州選出)と衝突した。スティーヴ・キング連邦下院議員(アイオワ州選出)については、人種差別的発言に関連して辞職を促し、出身州であるワイオミング州選出の連邦上院議員マイク・エンツィに対しては、自身が予備選挙に出るという動きもした。

従って、チェイニーの同僚にしてみれば、彼女がトランプ大統領と対立するということについては何の驚きもなかった。しかし、ここ数カ月、トランプ大統領に対する、チェイニーの公の場での批判は大きくなっていった。

先月、重要な出来事が起きた。トランプと緊密で、トランプからは「私のケヴィン」と呼ばれている、マッカーシー議員は、トランプ大統領がMSNBCの番組司会者ジョー・スカーボローが女性のアシスタントを殺害したという根拠のないツイートを複数回行ったことについて、記者会見で繰り返し質問されたが、かわし続けた。一方、チェイニーは、彼女自身が感じたことをそのまま表明した。チェイニーは厳しく、大統領の攻撃について同意しないと述べた。

記者会見終了後、チェイニーは記者団に対して次のように述べた。「トランプ大統領はジョー・スカーボローについてのツイートを止めるべきでしょうね。私たちは感染拡大の真っただ中にいるのですから。トランプ大統領は我が国の最高司令官の地位にいるのです。そして、亡くなった若い女性の家族に対して大きな苦痛を与える原因となっています」。

これは、チェイニーが、アレクサンダー・ヴィンディマン少佐とマリー・ヨヴァノヴィッツ元大使のために立ち上がったことを思い出させる。2人はトランプ大統領の弾劾の際に証人となり、ツイッター上でトランプ大統領から攻撃を受けた。

コロナウイルス危機が発生した際、チェイニーは共和党内において理性的であることを主張する立場を取った。トランプ大統領が4月上旬までに経済を再開すると述べた際、チェイニーはそれに反対すると発言した。また、右派の多くがアメリカの感染症に関する専門家のトップであるアンソニー・ファウチ博士を攻撃した際には、チェイニーはすぐに彼を擁護した。

チェイニーは次のようにツイートした。「ファウチ博士は我が国のこれまでの公僕の中でも最も良い仕事をしている公僕の一人だ。彼は党派的ではない。彼が唯一関心を持っているのは人々の命を救うことだ。このウイルスを倒すために、私たちは彼の専門性と判断を必要としている。全てのアメリカ国民は、彼に感謝すべきだ。それも毎日」。

外交政策と国家安全保障政策に関する諸問題についてチェイニーはより声高に主張する。チェイニーはトランプが最近になってドイツ駐留米軍の削減計画を発表したことについて、「危険なほどに見当違い」であると評した。また、トランプ大統領がタリバンの指導者たちをキャンプ・デイヴィッドに招いて和平交渉を行うという考えを激しく非難した。また、アメリカの謀略調査用のドローンが撃ち落されたことについて、イランに対する報復をしないのなら、「それは深刻な過ち」となるだろうと述べた。

しかし、トランプ大統領を非難している他の共和党の政治家たちと違うのは、チェイニーがトランプ大統領を非難しても選挙の地盤は傷つきにくいということだ。トランプ大統領の支持基盤は外交政策では全く動かない。

そして、トランプ大統領は二期目の連邦下院議員であるチェイニーをことあるごとに褒め、ホワイトハウスでのイヴェントにたびたび招待し、チェイニーには「無制限の未来」があり、ワイオミング州の代表が彼女であることは州民にとって「幸運だ」と発言している。

ファーガソンはチェイニーのトランプ大統領に対する批判について次のように述べている。「彼女の批判については、決して個人的な感情から出ているものではありません。政策について彼女がどのように感じているかについての正直な議論を行っているだけなのです。大統領の個人的な部分を攻撃する人は多くいますが、彼女はそうではないのです」。

(貼り付け終わり)

(終わり)

amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。
 ジョー・バイデンは国務長官に側近のアントニー・ブリンケンを指名した。ブリンケンはどんな人物か。
joebidenanthonyblinken101

アントニー・ブリンケン(右)とバイデン
 ブリンケンの父ドナルドは1944年に米陸軍に入隊し、その後、1948年にハーヴァード大学を卒業した。投資会社ウォーバーグ・ピンカス・カンパニーの創設者の一人だ。ブリンケンは民主党の大口献金者であり、1988年の大統領選挙では民主党候補のマイケル・デュカキスの資金集めを担当した(息子のアントニーも参加した)。そして、民主党のビル・クリントン政権下の1994年から97年にかけて駐ハンガリー米国大使を務めた。

 父ドナルドと母ジュディスが離婚し、ジュディスはパリで弁護士をしていたサミュエル・ピカールと再婚した。それでアントニーもパリに移り、高校時代を過ごした。そのために、アントニーはフランス語に堪能だ。その後、アントニー・ブリンケンはハーヴァード大学を卒業し、コロンビア大学法科大学院を卒業した。

 1993年からは国務省に勤務し、2002年からは上院外交委員会の民主党側スタッフとなった。この時に上院外交委員長を務めていたジョー・バイデンと知り合い、その後、側近となった。2009年からはジョー・バイデン副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めた。2013年から2015年までは国家安全保障担当大統領次席補佐官を務めた。更に2015年から2017年にかけては国務副長官も務めた。オバマ政権時代には「副」「次席」の立場で外交政策や国家安全保障政策を担った。

 ジョー・バイデン政権ができれば、ブリンケンは初めて「副」や「次席」という言葉が付かない形で外交政策の中心人物となる。

 ブリンケンは「人道的介入主義派(Humanitarian Interventionists)」の一員である。彼の経歴を見ても、連邦上院時代にバイデン委員長の下で、イラク戦争賛成の下準備を行った。また、オバマ政権下ではリリアやリビアへの介入を主導したと言われている。トランプ大統領の外交姿勢を徹底的に批判してきた。彼はヒラリー派の一員である。しかし、同時にバイデンの側近ということを考えると、バイデンが途中で辞任となれば一緒に辞める(辞めさせられる)ということもあるだろう。

 このバイデン政権=ヒラリー・チェイニー政権の外交政策を担うという点では、アントニー・ブリンケンは適任であろう。それが世界にとってどんな厄災をもたらすかは想像すらできないが。「グレイト・リセット」を行い、アメリカと世界はディストピアに陥る。その時に平然と人々を抑圧する側の人間ということになる。

(貼り付けはじめ)

バイデンが国務長官に選んだアントニー・ブリンケンについて知るべき5つのこと(Five things to know about Antony Blinken, Biden's pick for State

オリヴィア・ビーヴァーズ、ロウラ・ケリー筆

2020年11月27日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/national-security/527650-five-things-to-know-about-antony-blinken-bidens-pick-for-state

大統領選挙当選者バイデンは今週アントニー・ブリンケンを国務長官に起用すると発表した。ブリンケンはバイデンにとって長年の側近であり、バイデンに近い外交政策アドヴァイザーである。

ブリンケンは外交政策分野で広範な経験を持っている。そして、連邦議会で人事が承認されれば、ブリンケンは複数の発生中のそして永続的な諸問題に直面している。その中には危険な新型コロナウイルス感染拡大も含まれている。

ブリンケンについての5つの知るべきことを述べていく。

(1)バイデンは数十年に渡りバイデンと一緒に仕事をしてきた(Blinken has a years-long working relationship with Biden

ブリンケンとバイデンとの間の関係は数十年前までさかのぼることができる。

バイデンが連邦上院外交委員会の委員長と幹部委員を務めた時、ブリンケンは民主党側スタッフ部長を6年間にわたり務めた。バイデンが副大統領に選ばれた際、ブリンケンはバイデンの後を追ってホワイトハウスに入った。ブリンケンはバイデン副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めた。

ブリンケンは後にオバマ政権内で様々なポジションを経験した。その中にはバラク・オバマ大統領のアシスタントとオバマ大統領の国家安全保障問題担当筆頭次席大統領補佐官が含まれていた。

バイデンが選挙運動を始めた後、ブリンケンは再びバイデンの側近となった。ブリンケンはバイデン選対の外交政策アドヴァイザーに就任した。

ブリンケンは火曜日、国務長官就任を受諾すると述べ、その中で、大統領選挙当選者バイデンとの関係は自分の職業人としての人生の中のハイライトだと述べた。

「大統領選挙当選者であるバイデン氏のために働くこと、そして、あなたを師と友人として仰ぎ見ることができることは、私の職業人としての人生において最大の栄誉です」と述べた。

バイデンは、ブリンケンを国務長官に指名すると発表し、その中で、ブリンケンは「自分に最も近く、最も信頼できるアドヴァイザー」であると発言した。

(2)ブリンケンは中東に過集中している(Blinken has had hyperfocus on Middle East

ブリンケンは、911のテロリストによる攻撃とイラクへのアメリカ軍の侵攻の後に、対中東の外交政策に過剰に集中していることで知られている。

バイデンが連邦上院議員を務めていた機関、ブリンケンはイラクの分割計画を発表する手助けをした。ブリンケンは、イラクを人種や宗教的なアイデンティティを元にして3つのゾーンに分割することを強く主張した。そうすることで、それぞれのゾーンで自治が可能になると主張した。しかし、この考えは、多くの人々の反対に遭った。当時のイラクの主将からも強く反対された。

ブリンケンは対中東のアメリカの外交政策を形作った。

オバマ政権下、ブリンケンは、中東地域でISISに対抗するために十数カ国の連合形成を主導した。ブリンケンは政権内の外交政策の決定を主導した。特にアフガニスタン政策とイラクの核開発プログラムについて政策を主導した。

(3)ブリンケンは国務省の士気を上げたいと考えている(Blinken wants to raise State’s morale

ブリンケンはオバマ政権で国務副長官を務めた。ブリンケンの最後のそしてより記憶に残る瞬間としては、国務省のホリデーパーティーでの姿であった。ブリンケンはギターを手に取り、国務省職員で結成されているバンドに参加して、ボブ・ディランの曲を弾きながら、歌詞を国務省の職員に捧げるものに変えて歌った。

ブリンケン副長官の下、国務省に勤務したハイリー・ソイファーは「ブリンケンは政府において同僚たちと協力しながら仕事を進めました」と述べた。

ブリンケンと親しい人物として、トム・マリノウスキー連邦下院議員(ニュージャージー州選出、民主党)が挙げられる。マリノウスキーは民主政治体制・人権・労働担当国務次官補を務めた。

火曜日、ブリンケンはデラウエア州で国務長官就任を受諾した。その際、オバマ政権とクリントン政権、連邦上院、国務省で一緒に働いた「バンド仲間」に感謝の言葉を述べた。

ソイファーは次のように語っている。「これがまさにブリンケンを象徴しているものです。国務副長官時代、ブリンケンはただのリーダーではなかった。トップダウンでの判断をするのではなく、国務省全体を支援しながら仕事をするリーダーでした」。

ルー・ルーケンズは2018年まで、オバマ政権において、ロンドンの米国大使館で首席公使(deputy chief of mission to the U.S. embassy in London)を務めた。ルーケンズは「穏やかで謙虚」な人物だと評しているが、同時に、国務省に対する深い理解と評価をもたらすだろうとも述べた。更に、ブリンケンは「バイデンが優先政策ついて知識を持っており、深井考えを持っている」とも語った。

ルーケンズは次のように語った。「ブリンケン率いる外交ティームは、国際的な脅威に対処する同盟諸国とパートナー諸国の協力の重要性を認識するであろうことは明らかです。“アメリカ・ファースト、アメリカ・あローン”アプローチを推進する代わりに、志を同じくする諸国と協働することで、テロリズム、感染症拡大、気候変動などの脅威に対処することができるということを彼らは理解しています」。

(4)ブリンケンはホロコースト帰還者の継子だ(Blinken is stepson of a Holocaust survivor

ブリンケンは、自身のアメリカに対する考え方は、第二次世界大戦中に空軍兵士として従軍し、その後駐ハンガリー米国大使となった父親と、ホロコーストを生き抜いた継父の両者によって形成されたと認めている。彼の継父はアメリカを自由の烽火だと考えていた。

ブリンケンは、火曜日に国務長官受諾の演説の中で、父と継父の2つの物語を語った。ブリンケンは父ドナルド・ブリンケンこそが自分にとってロールモデルであり英雄だと述べた。

ブリンケンは更に、彼の継父サミュエル・ピサールの米国に来るまでの物語について語った。ピサールの親族はホロコーストでそのほとんどが殺害された。ピサールはバイエルン州の森の中で隠れ、第二次世界大戦末期の最後の死の行進から逃走した。その時、彼は白い5つの星がペイントされた戦車を目撃した。

ブリンケンは次のように述べた。「彼は戦車に駆け寄りました。戦車のハッチが開きました。アフリカ系アメリカ人兵士が彼を見下ろしました。私の父は膝をついて、彼の母親が教えてくれた3つの英単語を叫びました。それは、“God Bless America(神よ、アメリカに祝福を)”でした。兵士は彼を戦車に引き上げてくれて中に入れてくれました。父はアメリカに、そして自由に入ったのです」。

大使を務め、外交分野で長く勤務したダン・フライドは数十年にわたりブリンケンと新興を持ってきた。フライドは、ブリンケンの継父の物語はブリンケンの外交政策に関する考え方を表現していると考えていると述べた。

フライドは「アトランティック・カウンシル」とのインタヴューの中で次のように語っている。「外交政策についての基本的な考えについて、ブリンケンと話したことはないです。しかし、彼の外交政策についての基本的な考えは、価値観を持つ国としてのアメリカのアイデンティティから出ているということは感じられています。アメリカは、難民であった彼の継父をアメリカに招き入れてくれた国なのです。そして、アメリカは、自国の価値観と国益の増進はリンクしているということを分かっている国なのです」。

(5)ブリンケンには二人の幼い子供たちがいる(Blinken has two young children

ブリンケンは多忙を極める国防長官の職に就くが、彼と彼の妻は現在二人の幼い子供たちを育てている真っ最中だ。ブリンケンは20世紀以降の国務長官の中で、幼児を育てながら職責を果たすことになる最初の長官となる。

ブリンケンは、こちらもアメリカ政界で働いているエヴァン・モウリーン・ライアンと結婚した。二人はクリントン政権で働いている時に知り合った。

政府で仕事をしている間、ブリンケンは幼児教育に対しての関心を示した。2016年9月、ブリンケンは、有名な子供番組「セサミストリート」に出演した。彼は番組の中で、難民の流入と国連の役割について説明した。

オバマ政権で国連大使を務め、ブリンケンと同僚だったサマンサ・パワーは次のようにツイートした。「アメリカのトップ外交官が二人の幼児を育てながら職責を果たす姿を見せることは、働く親御さんたちにとって、元気をもらえることになるだろう。トニーと素晴らしいエヴァン・ライアンが家族を犠牲にして職責を果たしていることに感謝します」。

(貼り付け終わり)

(終わり)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 2020年米大統領選挙は、現在のところ、民主党のジョー・バイデン前副大統領が優勢だと報じられている。恐らくこのまま「バイデン勝利」ということにするんだろう。選挙の結果をめぐっては、不満や疑念が存在し、それが暴力事件という形で噴出するだろう。市民ミリシア(civic militias)と州知事が派遣した州兵(national guards)の内戦状態にまで発展することも考えられる。市民ミリシアにはアメリカ軍を退役した元軍人たちも多く参加しており、ただ武器を持っていきがっているような人たちではない。あらゆるシチュエーションでの戦闘訓練を行っている組織もある。簡単に鎮圧されない。そうなれば、捕縛は無理となり、州兵たちに対して射殺命令が出るだろう。

 私は選挙前にそのことを示す論説をこのブログで紹介した。そのようなことが現実になると思っていた人たちは少ないだろうが、今日、私たちの目の前にある危機なのだ。

 私は非常に後悔し、自分を責めていることがある。それは、「この論文を読んでいながら、なぜ気づかなかったのか、大事だと思ったから読んだはずなのに、その内容を敷衍できなかった」という思いだ。それは、私も翻訳作業に参加した『イスラエル・ロビーⅠ・Ⅱ』(講談社)の著者であるハーヴァード大学教授スティーヴン・ウォルトが2018年に発表した論稿だ。そのタイトルは「ディック・チェイニー政権にようこそ」というものだ。

※論稿へはこちらからどうぞ。 

2018年の段階で、トランプ政権は「ディック・チェイニー政権」になっていたのだ。マイク・ペンス、マイク・ポンぺオ、マーク・エスパー、ジーナ・ハスペル、更にジョン・ボルトンというチェイニーの息のかかった人間たち、凶暴なネオコンたちがトランプ政権を占拠していたのだ。トランプ政権が独自に外交をやろうと思えば、ホワイトハウスで、ジャレッド・クシュナーとイヴァンカ・トランプを通じてやらねばならなかった。その代表例が北朝鮮の金正恩委員長とのトップ会談だった。これは、バラク・オバマ政権でもそうだった。国務省を迂回して、キューバとの国交正常化やイランとの核開発に関する合意と言った、自分たちがやりたいことをやるためには、ホワイトハウスを強化するしかなかった。
hillaryclintondickcheney001

ヒラリー(左)とビル・クリントン(中)、チェイニー(右)
 ウォルト教授の指摘で大事なことは、「チェイニー主義(Cheneyism)」という言葉であって、このチェイニー主義には共和党のネオコンと民主党の人道的介入主義派が含まれている。アホ・ブッシュ政権が始めたイラク戦争には、連邦上院議員だったヒラリー・クリントンとジョー・バイデンが賛成していた。トランプ政権は前門の民主党(エスタブリッシュメント)、後門の共和党(エスタブリッシュメント)に挟まれていたのだ。トランプ主義、トランプ現象は、既成のワシントンに巣くう2つの勢力、ヒラリーが代表する人道的介入主義派とチェイニーが代表するネオコンによって包囲され、絞め殺された。そのことに私は早く気づいておくべきだったのだ。トランプ革命は「あらかじめ裏切られた革命」だったのだ。
dickcheneyjoebiden001

チェイニー(左)とバイデン(右)
 ディック・チェイニーの長女リズ・チェイニーはアメリカ国務省や悪名高きアメリカ国際開発庁(USAID)で勤務し、ブッシュ政権(父親のチェイニーは副大統領)では中近東担当国務次官補代理を務めた。2016年から地元ワイオミング州の連邦下院議員を務め、今回2020年の選挙では3回目の当選を果たした。アメリカ合衆国下院共和党会議議長を務めており、連邦下院共和党ではナンバー3の地位にある。このリズが共和党の保守勢力を代表する人物になるという主張も既に出ている。
lizcheneydickcheney001

リズ・チェイニー(左)とディック・チェイニー
 2016年の大統領圓居を思い返してみれば、民主党のヒラリー・クリントンを共和党支持であるはずの、ネオコンの論客ロバート・ケーガンが熱心に応援していた。これは一つの傍証に過ぎないが、人道的介入主義派とネオコンは同種同根なのだ。そのことは、手前味噌で恐縮だが、拙著『アメリカ政治の秘密』で明らかにしている。

 今回のバイデン勝利で、私はこの、大義名分を掲げて対外戦争をやりたがる人間たちの大復活があると見ている。バイデン政権は「ディック・チェイニー(ネオコン)・ヒラリー・クリントン(人道的介入主義派)連立政権」である。ネオコンは「世界中が民主政治体制の資本主義国になれば世界から戦争がなくなる」という理想主義を掲げ、人道的介入主義派は「独裁者たちの圧政に苦しむ人々を人道的な理由から助けねばならない」という「人道上、人類としてやるべき」ことを理由にしている。しかし、こうした人々も中東諸国や中央アジア諸国の王国や独裁国家を倒そうとは言わない。二枚舌なのだ。

 新型コロナウイルス感染拡大が落ち着けば、経済の復興に焦点が移る。その時に、手っ取り早いのは戦争だ。戦争経済(war-boost-economy)だ。戦費は心配いらない、ドル建て国債はいくらでも発行できるのだ。日本から貢がせても良い。対中、対露、対北朝鮮において、もっとも近距離にある場所はどこか、それは日本だ。大きな戦争が大好き、反中、反露、反北朝鮮のバイデン政権のために、日本はお金だけではなく、いろいろな負担もさせられることだろう。バイデンはトランプの「アメリカ第一(America First、アメリカ国内の諸問題の解決を最優先にするという考え)」と「アイソレーショニズム(Isolationism、国内問題解決優先主義)」を批判して当選してできるのだから、アホのビル・クリントンやジョージ・W・ブッシュの時と同じようなことになる。

 ジミー・カーターもジョージ・HW・ブッシュも何やらおかしげなマスコミの煽動やプロパガンダで再選はできなかった。しかし、彼らは「元大統領」として、最高に評価が高い人たちだ。田中角栄もそうだった。その時に評価されなくても、後々に評価されるのだ。トランプはその仲間入りを果たしたということはそれだけで誇り高いことだ。

 さぁ、これから厳しい時代になる。戦争の時代になる。影響を最小限とするための準備をしよう。「トランプなんて大嫌い、良かった、バイデンになって」と不幸の始まりに立って、能天気に喜んでいられるのは一面では羨ましい。「Ignorance is Bliss」という言葉がある。しかし、一緒になって、良かった良かった、の浮かれ騒ぎはできない。帝国アメリカの終わり、世界の構造の変化に備えなければならない。

(終わり)

amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。
johnboltontheroomwhereithappened001
ジョン・ボルトン回顧録 (仮)

 大変古い記事であるが、重要な記事をご紹介する。これは2018年に『イスラエル・ロビー』の共著者であるハーヴァード大学のスティーヴン・M・ウォルト教授が書いた記事だ。アメリカ外交政策エスタブリッシュメントはネオコンと人道的介入主義派で占められており、ネオコンのジョン・ボルトンはその主流派の一人である。そして、これら主流派の人々は自分たちの主張が実現されてもたらされた悲惨な結果について反省をしない、そして再び政権に入ることで失敗を繰り返す。これがアメリカの構造的な欠陥だとウォルトは書いている。

 そして、ネオコンと人道的介入主義派をまとめて「チェイニー主義」と名付けている。そして、チェイニー主義がアメリカの構造的な欠陥だと喝破している。チェイニー主義をウォルト教授は次のように描写している。

(貼り付けはじめ)

チェイニー主義とは、「脅威を増幅し、真剣な外交を拒絶し、同盟諸国を負担だと考え、国際機関を軽蔑し、アメリカは強力であり、他国に最後通牒を突き付け、他国が従うことを期待しているものと私は定義している。より言えば、外交政策に関わるより多くの問題を何かを吹き飛ばすことで問題を解決することができると信じることを言うのだ。

(貼り付け終わり)

 トランプ大統領は外交政策エスタブリッシュメント、主流派をこき下ろしていた。しかし、それでもそうした人物たちを起用しなければならない時もある。それでも行き過ぎれば、解任してきた。だから、北朝鮮との戦争は起きなかったし、中国とも決定的な決裂には至っていない。その点でドナルド・トランプ大統領は極めて優秀だ。ヒラリー・クリントンが大統領になっていたら世界は悲惨なことになっていただろう。本格的な戦争と新型コロナウイルス感染拡大が同時並行的に起きていたらアメリカはもたなかっただろう。

 問題はジョー・バイデンもヒラリーとあまり変わらないということだ。彼の政権も「チェイニー政権(チェイニー主義政権)」になってしまう可能性は大きい。下の記事にも名前が出てくるスーザン・ライスが副大統領になればそれは極めて危険なことだ。

(貼り付けはじめ)

ディック・チェイニー政権へようこそ(Welcome to the Dick Cheney Administration

―ジョン・ボルトンに関する問題は彼が少数派の過激な人物(extremist)だということではない、問題は彼が主流派(mainstream)であることだ。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2018年3月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2018/03/23/welcome-to-the-dick-cheney-administration/

もう片方の靴が落ちた。トランプ大統領はレックス・ティラーソン国務長官をツイッター上でのツイート一つで解任するという臆病な手段を取った。この時同時に、ドナルド・トランプは大統領国家安全保障問題担当補佐官のHR・マクマスターを解任し、後任にジョン・ボルトンを選んだ。ボルトンは元米国国連大使で強硬派として知られた人物だ。超タカ派(Uber-hawk)のマイク・ポンぺオはCIA長官であるが、国務長官に就任することになった。そして、CIAに忠誠を誓うジーナ・ハスペルがポンぺオの後任に決まった。ハスペルは、ジョージ・W・ブッシュ政権時に拷問施設を運営し、CIAが行っていたことを記録したヴィデオテープの破棄に同意した。こんな恐ろしいことが他にあるだろうか?

これらの出来事はトランプ政権内の混乱に対する2つの重要な反応だと考えられる。一つ目の解釈としては、今回の人事交代はトランプの政権内から「大人たち」を排除する動きというものだ。大人たちは過去1年間、ツイッター最高司令官(tweeter-in-chief)を何とか制御しようとしてきた。そうした人々を、トランプと同じように世界を見て、「トランプをトランプ」らしく行動させる人々に交代させたのである。こうした見方からすると、新しいティームは、トランプ大統領を制御しようとはせず、2016年の時のトランプに戻そうとするだろう。この時のトランプは、アメリカの外交政策は「完全に隅から隅まで厄災である」と主張し、「アメリカ・ファースト」の実現を訴えた。トランプ大統領自身は、自分で望ましい人物たちを集めてティームを作ると訴えることで、こうした考えを強調してきた。(これは一つの大きな疑問を生起させる。それは、誰が最初のティームの構成員を選んだのか?二番目のティームは?その答えは明白だ)

二つ目の解釈はより人々の警戒心を強め、皆さんの家の裏庭に防空壕を掘らせるようにさせるくらいのものだ。この解釈では、ティラーソンとマクマスターの更迭とボルトン、ポンぺオ、ハスペルの起用はタカ派が力を持つことになることを示す。この人々は、イランの核開発をめぐる合意を破棄し、拷問を復活させ、北朝鮮との戦争を始めるだろう。これはただの「強硬な姿勢」を超えたものだ。ホワイトハウスにボルトンが入ることで戦争を嫌なものだと考えたことがない人物からトランプ大統領は助言を受けることになる。(戦争を嫌なものだと考えないのはもちろん彼が安全な距離まで離れているからだ)

明確にしておきたい。ボルトンはこれまでトランプ大統領が行った選択肢のほとんどと同じもので、厄災となるであろうものだ。ボルトンの外交政策について考え方は原理主義的で、好戦的なものだ。政策の主導者、そして専門家としてのボルトンの経歴はどんなに良く言っても、信頼に足るものではない。ボルトンは自分の過去の誤りから学んでいるようには見えない。そして、マクマスターとティラーソンは、アメリカの国際的な評判と重要な同盟関係に対して、トランプ大統領が与えた損害を何とか限定的にしようと努力したが、ボルトンの外交官としての技能はアメリカの友人たちを攻撃するための新たな方法を見つけることになるだろうと思われる。

しかし、ボルトンの起用は2016年の大統領選挙の段階のトランプの考えに戻るということではないのだ。トランプは選挙期間中に外交政策に関する専門家たちやエスタブリッシュメント全体を攻撃した。トランプはこうした人々は無能で、無責任、アメリカを意味のない戦争に引きずり込むと主張した。しかし、大統領に就任して以来、トランプ大統領は国防予算を増額し、アフガニスタンの米軍を増強し、国防総省とわがままなアメリカの同盟諸国がより多くの場所でより強力な軍隊を使用することを許可し(その結果は失望)、外交政策により軍事偏重の姿勢を取ることでハイリスクな選択をした。これは、ビル・クリントン、ブッシュ(子)、バラク・オバマの各政権で失敗したやり方だ。ボルトンの起用(トランプの外の人事異動と同様)は、「アメリカ・ファースト」に向けた大胆な動きということではない。「アメリカ・ファースト」という言葉は、アメリカの海外での負担を削減し、アメリカの戦略的位置を改善し、アメリカ国民をより安全により豊かにするためのより堅実なそしてより抑制された外交政策を意味するはずだ。

その代り、トランプが知っていたかどうかは分からないが、ボルトン、ポンぺオ、ハスペルを最重要の地位に就けたのは、「チェイニー主義(Cheneyism)」への逆戻りなのである。チェイニー主義とは、「脅威を増幅し、真剣な外交を拒絶し、同盟諸国を負担だと考え、国際機関を軽蔑し、アメリカは強力であり、他国に最後通牒を突き付け、他国が従うことを期待しているものと私は定義している。より言えば、外交政策に関わるより多くの問題を何かを吹き飛ばすことで問題を解決することができると信じることを言うのだ。

いいですか皆さん、チェイニー主義は、アメリカがそれを採用した最後の機会できちんと機能しましたか?トランプ大統領のような洗練された外交政策の専門家は再びチェイニー主義を採用したいと望んでいるのは間違いないところだ。

従って、ボルトン起用の真のレッスンはボルトン自身のことではなく、アメリカの外交政策エスタブリッシュメントについてである。より微妙な地位に野蛮な急進派の人物を就けることの危険性についてこれから数週間、心のこもったそして怒りに満ちた評論を多く読むことになることは間違いない。しかし、単純な事実としては、アメリカの外交政策共同体の中で変わった人物ではないということだ。トランプが左派からメディア・ベンジャミンを、右派からランド・ポールを起用することとは違う。もしくは、チャールズ・W・フリーマン・ジュニアやアンドリュー・バセヴィッチのような経験豊富なそして知識豊富な逆張り主義者を起用することも違う。そうではなくて、ボルトンはタカ派の考えを持っているが、ワシントンにおいて「受け入れ可能な」コンセンサスの中に入っているのである。

ボルトンの考えや経歴を見てみよう。彼はイェール大学とイェール大学法科大学院の卒業生だ。彼はワシントンDCにある著名な法律事務所コンヴィントン・アンド。バーリングで働いた。この事務所ではディーン・アチソンも働いていたことがある。ボルンとは長年、保守系ではあるが主流のアメリカン・エンタープライズ研究所で上級研究員を務めている。彼は曖昧な、粗雑で野蛮な、「急進的な」文章を数多く発表している。その中には『ウォールストリート・ジャーナル』紙、『ニューヨーク・タイムズ』紙、そして『フォーリン・ポリシー』誌も含まれている。ここまで見て、あなたが考える「おかしな」人物にボルトンは当てはまるだろうか?

確かに、ボルトンはイラク戦争を声高に支持していた。しかし、そのことで彼を狂人(weirdo)だと考える人はほとんどいない。確かにボルトンはイラク戦争を声高に支持した。しかし、しかし、だからと言って奇人変人という訳ではない。ボルトンも指摘しているように、そのほか多くの人々も同様であった。ヒラリー・クリントン、ジョー・バイデン、ジェイムズ・スタインバーグ、アン=マリー・スローター、スーザン・ライス、ロバート・ゲイツなどなど数多くの「尊敬すべき」人物たちがイラク戦争に賛成した。これらの人物たち以外にもイラク戦争という厄災を夢見て実現させた天才たちのことも忘れてはいけない。ウイリアム・クリストル、ジェイムズ・ウールジー、ロバート・ケイガン、ブレット・スティーヴンス、マックス・ブート、エリオット・コーエン、デイヴィッド・フラム、ポール・ウォルフォヴィッツなどは今でも外交政策エスタブリッシュメントの中では尊敬を集めている。しかし、こうした人々は、悲惨な戦争を始め、多くの人々を死に至らしめたことについて、自分たちの誤りを認めず、公の場で後悔の念を示したこともない。

トランプ大統領と同様、ボルトンはイランと北朝鮮に対して特に懸念を持っているように見える。しかし、連邦議員の多くとワシントンDCにあるシンクタンクの多くもまた同様である。実際のところ、現在のイランとの核開発をめぐる合意を強く支持している人々は多くいるが、こうした人々はアメリカ政府がイラン政府に対してより強硬な姿勢を取るべきだと考えている。北朝鮮に対して軍事行動を取ることを提案しているワシントンDCにいる人間はボルトンだけではない。結局のところ、ボルトンの前任者である、更迭されたマクマスターが北朝鮮に対する厳しい姿勢を取ることを主張していた。

ボルトンはイスラム教嫌いで知られており、かつ国際機関に対して極めて懐疑的だ。しかし、こうしたことはアメリカの外交政策分野において特殊という訳ではない。彼は軍事力の行使を特に好む傾向があるように見える。しかし、外交政策分野での高名な知識人たちの中で軍事力行使に反対し、それに反対する態度を取りそのように発言する人たちの数はどれほどいるだろうか?私はそのような人物は極めて少ないと言わざるを得ない。それは、ワシントン(アメリカ政府)でトップの仕事に就きたいと狙っているような人物で「ソフトだ」と見られることを望むような人は一人もいない。シリアのバシャール・アル・アサド政権に対して戦略的に見て全く無意味な巡航ミサイル攻撃をトランプ大統領が許可した時、どれだけの数の民主党所属の政治家と共和党所属の政治家が彼に向って拍手を送ったかを読者の皆さんは覚えておられるだろうか?この単純な事実によって次のことを説明することができる。アメリカは10か国以上の国々で様々な種類の戦争を行ってきているが、終わりを想定することなしにまた反対しにくい形で始めている。ボルトンは外交政策共同体のコンセンサスの内部にいる、声が大きいメンバーであるに過ぎない。

誤解しないでもらいたい。私は今回のボルトンの起用を「正常なこと」であると位置づけ、心配するなと述べているのではない。そうではなく、もしボルトンについて懸念を持っているならば、次の疑問を自分自身に問いかけてみるべきだ。それは「政府高官の地位にボルトンのような考えを持つ人物が就くことを許すような政治システムはどのようなものか?」というものだ。このシステムは、この人物を政府高官の地位に就けて、アメリカを悲惨な戦争に駆り立てながら、自身の失敗に対する後悔を示すこともなく、更に次の10年も同じことをより熱を持って主張する。同じ間違いを犯すために2回目のチャンスを得ることができる。

これはただただ最悪なのだ。しかし本当の問題はボルトンではない。本当の問題は、彼のような人物を何度も失敗させて、何度も引き上げてくれるシステムの存在だ。

(貼り付け終わり)

(終わり)

amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代の副大統領で、実質的には「大統領」であった、ネオコンの重鎮、ディック・チェイニーが「イラク侵攻は正しかった」と発言しました。「イラク侵攻の目的はサダム・フセインの排除であって、それが達成されたので世界はより平和になった」と述べました。

 

 アメリカは国連がイラクを査察しても大量破壊兵器が出こなかったにもかかわらず、「いーや、隠している」「製造する気だ」と難癖をつけて強引にイラク侵攻を行いました。そもそもの目的は大量破壊兵器を見つけるためにイラクまで攻め入ったのですが、全く見つかりませんでした。

 

 そして、イラクは混乱に陥り、アメリカ軍が撤退した後、イスラム国が台頭し、中東の騒乱は終わっていません。これで「世界はより良い場所になった」とチェイニーは言っています。彼らの考える「素晴らしい世界」は、現実としては血なまぐさい世界なのです。

 

 そして、安倍晋三首相はこうしたネオコンの考える「素晴らしい世界」の実現に貢献するために、安保法制を通そうとしています。こうして日本を「美しい国」にしようとしています、血塗られた世界の実現に貢献する国として。

 

==========

 

チェイニー:「イラクについて私は正しかった」(Cheney: 'I was right about Iraq'

 

ジェシー・ブライネス筆

2015年9月2日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/252612-cheney-i-was-right-about-iraq

 

ディック・チェイニー前米副大統領は、ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代に行われたイラク侵攻を支持したことは正しかったと述べた。

dickcheney005
ディック・チェイニー

 

フォックス・テレビのコメンテーターで、本誌のコラムニストであるジュアン・ウィリアムズは水曜日、フォックス・ニュースの「ザ・ファイヴ」に出演した時、チェイニーに「人々は、ディック・チェイニーはイラクに関して間違いを犯したと言っている。それなのに人々はイランに関してあなたに話を聞こうとする。その理由は何だと思いますか?」と質問した。

 

チェイニーは「それはイラクに関して私が正しかったからですよ」と答えた。

 

 彼は続けて次のように語った。「私たちの目的はサダム・フセインを排除することでした。そして私たちはそれに成功しました。彼がいなくなったことで、世界はより良い場所になったんですよ」

 

 チェイニーはまた、アメリカがイラクに侵攻したことで、リビアの指導者であったムアンマール・カダフィは2003年に武器開発プログラムを放棄し、遠心分離器を廃棄し、ウランの貯蔵を止め、核兵器開発を止めたことを指摘した。また、アメリカはパキスタンの核開発プログラムの主要人物であったアブドル・カディール・カーンを逮捕したことも指摘した。

 

 チェイニーは「ですから、私たちはイラクに侵攻した時、多くのことを成し遂げたのです。多くの人々はこうしたことを話したがりませんが、私たちは正しいことをやったんです。私は絶対に正しいことをやったと確信しています」と述べた。

 

 チェイニーと娘のリズ・チェイニーは国家安全保障に関して書いた新刊の宣伝をしており、オバマ大統領が進めたイランとの核開発を巡る合意を批判している。

 

 イラク戦争は、2016年の米大統領選挙に出馬しているジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事にとって大きな問題になっている。

 

 ジェブ・ブッシュは最初、兄であるジョージ・W・ブッシュ前大統領を支持しようとしながらも、彼は自分独自の外交政策を推進すると主張した。

georgewjebgeorgehwbushes001
左から:ジョージ・W・ブッシュ前大統領、
ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領、
ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事 

 

 今年の5月、ジェブ・ブッシュは「現在分かっていることが当時も分かっていたなら、私だったらイラクに関与しなかっただろうし、イラクに侵攻することもしなかっただろう」と発言したが、同時にフセインを排除したことで、世界はより安全になったとも述べた。

 

 今週初め、チェイニーはイラク侵攻に関して「謝罪しない」と述べた。そして、水曜日の夜、過去を振り返ってもイラク侵攻は正しい決断であったと再び述べた。

 

(終わり)







 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 政治家にとってユーモアは武器になります。うまいジョークを言ったり、切り返しをしたりするには元々の頭の良さが必要です。もちろん、訓練でもある程度身につくものでもあります。日本の政治家を見ていて、ユーモアの感覚が欠如しているなぁと思わされることがよくあります。安倍首相のアメリカ連邦議会での演説でもそこかしこにジョークが散りばめられていて、その点は良かったのですが、演説を話す人にユーモアの感覚がっていて気に欠如していたために、宝の持ち腐れとなりました。残念だったね、谷口さん、というところでしょうか。

 

==========

 

「チェイニーは史上最悪の大統領だった」、これは冗談でもなんでもない(No Joke, Cheney Was the Worst President

 

ジョン・ニコラス筆

2015年4月27日

『ザ・ネイション』誌

http://www.thenation.com/blog/205369/no-joke-cheney-was-worst-president?utm_source=facebook&utm_medium=socialflow

 

 年に1回開催されるホワイトハウス記者会主催夕食会で話されるジョークは多くの場合、茶番隣失敗してしまう。集まった政治家たちや学者たちがユーモアだともってやるこことはただの自虐になってしまったり(これは意図と反する)、良い人だということをアピールしてしまったり(これは計算に反する)する。

 

 しかし、うまくいった時には大変なことが起きる。

 

 土曜日の夜、オバマ大統領は前副大統領のやり過ぎについて一瞬考えた後、うまく切り返した。

 

「数週間前、ディック・チェイニーは私(オバマ)が彼の生きてきた時代において最悪の大統領だと思うと発言した。これを聞いて私は面白く感じた。それは、私にとってディック・チェイニーこそは私が生きてきた時代において最悪の大統領だからだ」とオバマは述べた。

barackobamadickcheney001
 

 チェイニーは、共和党員の無関心と不信によって1990年代に大統領になる野心を放棄した。彼は権力を掌握するためにジョージ・W・ブッシュの副大統領になることを選んだ。しかし、チェイニーが数奇な「遺産を遺すことになる」大統領と自身の野心を結び付けた時、副大統領は多くのことに関与したことで、ワシントンの事情通からは実質的には大統領だと評価された。

 

 チェイニーは権力を手放そうとはしなかった。ブッシュ大統領は二期目に入ると、政権内の権力のアンバランスさを是正しようとしたが、チェイニーはそれに従わなかった。2009年1月、オバマがホワイトハウスに入り、ジョー・バイデンが副大統領として副大統領官邸に入った。このことで、チェイニーは権力を失ってしまった。

 

 アメリカ国民はブッシュに飽き飽きしていた。その原因は副大統領チェイニーが実際の権力を持っていたことで、これは間違いのないところだ。ブッシュ大統領の支持率は政権末期には13%にまで下落した。それは、終わりのない戦争、災害に対する杜撰な対応、世界経済の崩壊、チェイニーの友人である銀行家たちの救済に人々が怒りを持っていたからだ。

 

チェイニーはいつものように自分以外の全ての人々に責任転嫁した。

 

 特にチェイニーは、自分とブッシュが残したゴミをオバマがすぐに綺麗にしなかったことに関して批判を行った。

 

 2008年以降、前副大統領チェイニー(2008年の共和党全国大会にチェイニーは招待されなかった)にとって、次のオバマ政権に対して不平不満を表明し、オバマ大統領をイライラさせるのが大きな使命となった。チェイニーは雑誌『プレイボーイ』のインタビューで、「私はバラク・オバマをずっと見てきた。私が生きてきた中で最悪の大統領だ。これは誰も異議を持たないだろう。これ以上言うことはない」と述べたが、これは何も驚くに値しない発言だ。

 

 驚きでもあり、愉快でもあったのは、オバマ大統領が前副大統領からの攻撃をうまく受け流したことで、しかも一言で事実を衝く発言をしたことであった。

 

(終わり)












 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ