古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:ドイツ

 古村治彦です。

 アメリカの政治・外交・安全保障専門高級誌として有名な『フォーリン・アフェアーズ』誌に「日本、ドイツ、カナダという“模範的な”アメリカの同盟諸国に核兵器を持たせることでアメリカの安全保障は改善される」という内容の論考が掲載された。2025年11月19日のことである。「核拡散(nuclear proliferation)」という言葉を聞いたことがある人は多いと思う。アメリカが核兵器開発を成功させ、1945年に連続して、日本の広島と長崎に対して使用し、数十万人の民間人を殺傷して以来、核兵器開発は進み、保有する国の数も増えている。国連安保理常任理事国である米ソ(現在は露)英仏中の5カ国は「核不拡散(nonproliferation)」を進める「NPT(核不拡散)条約体制」を構築し、核兵器の拡散を防ごうとしてきたが、実際には、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮といった国々で核兵器の開発・保有が実施されている。

 アメリカが一極支配を維持できない状況の中で、「同盟諸国の一部に核兵器を持たせて、アメリカの負担を軽くする」という議論が出ている。「選択的核拡散(selective proliferation )」という言葉を使っているが、「アメリカが選んだ同盟諸国に核兵器保有を認める」という主張である。下記論稿の筆者たちはその同盟諸国として、ドイツ、日本、カナダの名前を挙げている。これらの“模範的な”同盟諸国は、管理面や技術面から核兵器を保有しても大丈夫ということになる。そして、重要なことは、ドイツ、日本、カナダに核兵器を持たせることで、中国とロシアを牽制し、封じ込めることができるという主張だ。

 このような主張は、日本やドイツを独立国として扱い、世界における役割を尊重しているかのように見える。しかし、実際には、あくまで日本やドイツを「手駒」として利用し、核攻撃の危険をドイツや日本に分散して、アメリカを守ろうという主張である。中国とロシアにより近い場所に核兵器を配備することで、中国とロシアを抑え込もうということであり、実際に核攻撃が始まれば、アメリカではなく、核兵器を持つドイツや日本が至近の標的となることで、アメリカへの攻撃を防ぐという「弾除け」の役割を果たさせようということだ。

 核兵器を持たねば一流の国ではない、独立国ではないという情緒的な、根拠薄弱な主張に与することはできない。そして、そのような主張を「餌」にして、日本の核保有の機運を高めようという勢力こそは日本の将来を毀損する売国勢力であるということをここに宣言しておく。

(貼り付けはじめ)

アメリカの同盟諸国は核保有するべきだ(America’s Allies Should Go Nuclear

-選択的核拡散(selective proliferation)は国際秩序(the global order)を終焉させるのではなく、強化するだろう。

モリッツ・S・グレーフラス、マーク・A・レイモンド(Moritz S. Graefrath and Mark A. Raymond)筆

2025年11月19日

『フォーリン・アフェアーズ』誌

https://www.foreignaffairs.com/canada/americas-allies-should-go-nuclear

※モリッツ・S・グレーフラス(MORITZ S. GRAEFRATH)は、オクラホマ大学ウィック・キャリー国際安全保障助教授であり、ユーラシア・グループの国際問題研究所の非常勤研究員である。

※マーク・A・レイモンド(MARK A. RAYMOND)は、オクラホマ大学ウィック・キャリー国際関係学准教授であり、オクラホマ航空宇宙防衛イノベーション研究所国際安全保障政策担当副所長を務めている。

核拡散(nuclear proliferation)の見通しほど、専門家と政策立案者たちを恐ろしがらせるシナリオはほとんどない。ロシアがウクライナ侵攻において戦術核兵器(tactical nuclear weapons)の使用をちらつかせていること、ドナルド・トランプ米大統領の核実験に対する曖昧な姿勢、そしてロシアとアメリカの核兵器保有量を制限する2010年の新戦略兵器削減条約(新START)の期限切れが間近に迫っていることは、核兵器の根強い破壊力を世界に改めて認識させ、その使用に対する恐怖を再燃させている。アメリカの指導者たちは、核兵器の拡大(the spread of nuclear weapons)はアメリカの戦略的利益を著しく損ない、既に脆弱な国際秩序をさらに不安定化させると確信している。ここ数カ月、彼らは核拡散防止への取り組みを改めて強調しており、6月のイラン核施設への攻撃は、ワシントンが核兵器保有国を増やすことを阻止するために武力を行使する覚悟があることを示している。

数十年にわたり、アメリカは核不拡散(nonproliferation)を基盤とした核秩序に投資を続けてきた。弾道ミサイル迎撃条約(ABMT)のような冷戦時代の軍縮協定が失効した後も、その姿勢は変わらなかった。信頼できない国家や敵対国による核兵器の拡大に反対することは理にかなっているが、核兵器のさらなる拡散に全面的に反対することは、核兵器がもたらす重大な恩恵を覆い隠してしまう(Opposing proliferation among unreliable states and adversaries makes sense, but a blanket opposition to the further spread of nuclear weapons obscures the significant benefits they can bestow)。アメリカは核不拡散への厳格な固執を見直し、カナダ、ドイツ、日本といった少数の同盟国に核保有を促すべきだろう(The United States would do well to reconsider its strict adherence to nonproliferation and encourage a small set of allies—namely Canada, Germany, and Japan—to go nuclear)。ワシントンにとって、選択的核拡散(selective proliferation)は、これらのパートナー国が地域防衛(regional defense)においてより大きな役割を担い、アメリカへの軍事的依存度(military dependence on the United States)を低下させることを可能にする。一方、これらの同盟国にとって、核兵器の保有は、中国やロシアといった地域的な敵対国、そして従来の同盟関係への関与が弱まるアメリカからの脅威に対する、最も確実な防衛手段となる(For these allies, in turn, acquiring nuclear weapons provides the most dependable protection against the threats of regional foes, such as China and Russia, as well as a United States less committed to its traditional alliances)。

核兵器保有国が増加する世界という構想に懐疑論者や核兵器悲観論者は眉をひそめるかもしれないが、核拡散が選択的に進められるならば、そうした懸念はあまり根拠のないものとなる。カナダ、ドイツ、日本は、合理的な政策決定と国内の安定について、確かな実績があり、核事故や制御不能なエスカレーションの連鎖が起こる可能性は極めて低い。また、慎重に管理されれば、これらの国々における核拡散が、他国による核兵器開発の広範な動きにつながることはないだろうと考える十分な根拠がある。

選択的核拡散は、国際的な不安定化という恐ろしい新時代(a frightening new era of global instability)を到来させるのではなく、第二次世界大戦後の秩序を維持すること(uphold the post–World War II order)の一助となる。カナダ、ドイツ、日本が核兵器を保有すれば、世界の軍事力バランスは、ルールに基づく国際秩序に関与し、その主要規範、特に領土保全の侵害を阻止することに尽力する国家連合に有利な方向に再調整されることになるだろう(Were Canada, Germany, and Japan to acquire nuclear weapons, they would rebalance global military capabilities in favor of a coalition of states committed to the rules-based system and to stopping the erosion of its key norms, especially territorial integrity)。選択的核拡散は、アメリカとその同盟諸国に多大な恩恵をもたらしてきた1945年以降の、ますます脆弱になりつつある国際秩序を活性化させるだろう。

●ウィン・ウィン関係(A WIN-WIN

アメリカの高官たちは、大陸防衛の負担をヨーロッパの同盟諸国に移し、アメリカへの軍事的依存度を低下させる必要性を繰り返し強調してきた。東アジアにおける中国の台頭という地政学的課題に直面し、国内問題への対応に資源を割く必要に迫られているワシントンは、ヨーロッパのフリーライダー状態を終わらせることを最優先の戦略課題と捉えるようになった。今日、ヨーロッパが自国の安全保障を確保する能力を阻害し、ひいてはアメリカの大幅な撤退を阻んでいるのは、ドイツの核戦力の欠如(the lack of German nuclear forces)である。冷戦中、アメリカの指導者たちはヨーロッパからのアメリカ軍撤退を望んでいたが、ドイツが核抑止力(a nuclear deterrent)を獲得しない限り、ヨーロッパは自国の安全保障を確保できないと判断した。歴史家のマーク・トラクテンバーグが指摘するように、アメリカはイギリスとフランスの核戦力では、ヨーロッパがソ連とその膨大な核兵器を抑止できるという「必要な安心感を与えることはできない(could not provide the necessary degree of reassurance)」と正しく判断した。今日でも、同じ障害が依然として存在している。ドイツが独自の核兵器開発を進めるよう促すことは、最終的にアメリカの離脱(exit)を可能にするような、自立したヨーロッパの実現につながるだろう。

ドイツの指導者と国民は、アメリカへの軍事的依存が、自国をワシントンの気まぐれ(Washington’s whims)に翻弄される脆弱な状態に陥らせていることを認識している。2025年2月の首相就任直後、フリードリヒ・メルツ首相はアメリカからの「独立を達成する(achieve independence)」時が来たと宣言し、以来、実質的な再軍備(substantial rearmament)を声高に主張してきた。しかし、ドイツの通常戦力増強には長い年月を要するだろう。ベルリンは、メルツ首相をはじめとする欧州首脳が6月のNATO首脳会議で合意した、対GDP比5%という野心的な国防費目標をどのように達成するかについて、いまだ明確なヴィジョンを示していない。ウクライナへの軍需物資供与というドイツの継続的な義務と、国民の兵役への抵抗感は、迅速な通常戦力増強を阻害している。独立した核戦力を開発することは、アメリカが突然ヨーロッパから撤退する可能性からドイツを守ると同時に、5%の核兵器保有義務を果たすための実現可能で意義のある方法を提供するだろう。

日本の核拡散は、東アジアにおけるアメリカの主要目標、すなわち強力な地域同盟(strong local alliances)を通じた中国の封じ込め(the containment of China)という目標の達成に大きく貢献するだろう。ワシントンの視点からすると、北京がもたらす第一の脅威は、地域支配(regional dominance)を確立し、例えば半導体サプライチェインの混乱や東アジア、さらにはその周辺地域への前方基地(forward bases)の設置などによって、アメリカとその国益を深刻に脅かす軍事力を開発する可能性があることだ。このような中国の地域覇権(regional hegemony)は、アメリカにとって大きな脅威となるだろう。

日本は既に、海によって敵対国から隔てられた島国(an archipelago country)という地理的優位性を享受している。これに独自の核能力が加われば、外部からの脅威に対する日本の安全保障は事実上保証され、中国の支配下に置かれることもなくなるだろう(it does not fall under Chinese control)。自国の防衛力強化に加え、核武装した日本は、アメリカが提供できるよりも信頼性が高く、即効性のある拡大抑止力を東アジアにもたらすことになる。中国は東アジア情勢をめぐってワシントンが核戦争のリスクを冒す意思があるのか​​どうかを疑うかもしれないが、日本は地理的に近く、地域安定に直接的な利害関係を持っているため、その関与ははるかに信頼性が高い。

核武装した日本は、危機エスカレーションシナリオに新たな選択肢を加え、アメリカを直接巻き込むことなく、中国の侵略に効果的に対応することを可能にする。中国は日本への攻撃を検討する際、アメリカからの追加支援の有無にかかわらず、日本の報復がもたらす莫大なコストを考慮せざるを得なくなるだろう。核兵器を保有することで、日本、そしておそらく東アジア全体が、ワシントンの安全保障への関与の急激な変化に対応できるようになる。ドナルド・トランプ政権の最新の「国家防衛戦略(National Defense Strategy)」は、中国とロシアからの脅威よりも、アメリカ本土と西半球の防衛(the defense of the U.S. homeland and the Western Hemisphere)を優先しており、これは潜在的に大きな方向転換を示唆している。

北アメリカにおいて、カナダの核兵器保有はアメリカの国土安全保障を強化するだろう。NATOにおけるカナダ軍とアメリカ軍の統合、そして二国間防空システム「NORAD」の存在を鑑みれば、米加両国はほぼあらゆる想定される半球防衛シナリオにおいて共に戦うことになる。カナダはロシアや中国から領土保全に対する差し迫った脅威に直面していないものの、中露両国との関係は過去10年間で著しく悪化している。カナダの核抑止力は、アメリカが大陸の隣国であるカナダの防衛に介入する必要性を低下させ、アメリカの防衛能力を事実上解放し、潜在的な地政学的侵略の道筋を一つ排除する。また、カナダの核抑止力に対するアメリカの支持は、両国関係が緊張状態にある今、大陸防衛に対するワシントンの関与を示す重要な安心材料(crucial reassurance)となるだろう。

一方、カナダにとって、核兵器保有は、大陸防衛に対する共有された責任(shared responsibility)を受け入れていること、そしてオタワはアメリカの支援なしに潜在的な侵略者を抑止できることをアメリカに示すシグナルとなる。カナダのマーク・カーニー首相が3月に述べたように、カナダとアメリカの「古い関係」は「終わった」(Canada’s “old relationship” with the United States is “over”)。核保有は、大陸同盟を再構築し、カナダが単独で行動するための準備を整えることで、オタワをこの新たな世界へと導くことになるだろう。さらに、NATOの5%国防費目標達成という課題は、ドイツよりもカナダにとってより深刻であると言える。控えめな核抑止力は、この課題に対する解決策となるだけでなく、カナダの兵器庫における重要な戦略的資産にもなる。

カナダ、ドイツ、日本はそれぞれ、核兵器を独自に開発できる科学技術力と産業力(the scientific and industrial capacity)を有している。例えば、カナダは核分裂性物質の主要供給国(a major supplier of fissile material)としての役割を担っており、これはこれらの新たな核能力を実現するための共同努力の基盤となる。これら3つの同盟国が必要としているのは、そしてアメリカが提供できる、また提供すべきなのは、核保有国への移行に対する国民の支持と外交的支援、そして強固な指揮統制保障措置を確保するための技術的・教義的指導である(What the three allies would need—and what the United States can and should provide—is public support and diplomatic cover for their transition to becoming nuclear-armed states, as well as technical and doctrinal guidance to ensure robust command-and-control safeguards)。

●核問題の解決策(NUCLEAR FIX

伝統的に、核拡散は国際秩序の安定に対するリスクとして理解されてきた。国家が核能力を獲得すると、地域的および世界的な勢力均衡の変化(regional and global balances of power shift)が発生し、既存の安全保障体制に疑問が生じる。核抑止力を持つ国家は、抑制の試みから隔離されるため、略奪的な行動を取る可能性がある、というのが従来の考え方である。しかし、この従来の見方は誤りである―少なくとも単純化しすぎている―。なぜなら、全ての核拡散国が同じように行動すると仮定しているからだ。国際的なルールと規範を守ることに尽力する国家が核能力を獲得する場合、実際には、核拡散は国際秩序の安定性と強固さを高める(When states committed to defending international rules and norms acquire nuclear capabilities, proliferation, in fact, increases the stability and strength of the global order)。

カナダ、ドイツ、日本は、ルールに基づく国際秩序に尽力する主要国である。これら3カ国は、外交政策、ひいては国家アイデンティティを、良き国際市民としての役割という観点から構築している。これらの国々における選択的な核拡散は、軍事力の均衡を再構築し、潜在的な現状変更勢力を阻止することに尽力する核保有国による統一的な連合を形成するだろう。このような連合は、1945年以降の国際秩序のルール、規範、制度、そして征服禁止の規範のさらなる崩壊を防ぐのに役立つだろう。選択的核拡散は、物質的な安定をもたらすだけでなく、国際秩序に不可欠な規範的な安定の源泉を強化することになる。

したがって、選択的核拡散は、国際秩序の活性化への投資として捉え、理解されるべきである。事実上、カナダ、ドイツ、日本は、ロシアが修正主義に有利な状況を見出すに至った、そして、中国が同様の判断を下す可能性を示唆する空白を埋めることに貢献することになるだろう。

●恐れるな(BE NOT AFRAID

核拡散反対派が提起する典型的な懸念の多くは、アメリカの同盟諸国による選択的核拡散には当てはまらない。例えば、カナダ、ドイツ、日本の核兵器がならず者国家(rogue states)やテロ組織の手に渡ることを恐れる理由はない。これら3カ国はいずれも責任感、国家能力、国内の安定性において模範的な国(paragons)である。また、これらの国の合理性についても心配する必要はない。北朝鮮の金正恩委員長が核兵器に関して慎重かつ用心深く行動できるのであれば、オタワ、ベルリン、東京の指導者たちも同様の行動をとると合理的に期待できる。

もう一つの懸念は、少数の国が核能力を追求すれば、他の多くの国も同様の動きに出るということだ。しかし、この主張は説得力に欠ける。連鎖的な核拡散(knock-on proliferation)は、通常、既存の対立の結果であり、地理的な近接性に大きく左右される。例えば、インドの核拡散に対抗してパキスタンが核兵器開発を進めたことがその典型例である。カナダの核拡散が、例えばメキシコに核兵器開発を促す可能性は低い。ドイツの核拡散に対抗する最大の動機を持つと考えらえるヨーロッパ諸国、すなわちイギリスとフランスは、既に独自の核戦力を保有している。ポーランドのような他の潜在的な核拡散国は、多国間または二国間の核共有協定によって、独自の核兵器開発計画を断念するよう説得されるかもしれない。東アジアでは、日本が核兵器を取得すれば、韓国が長年抱いてきた核開発の野望を実行に移す可能性もあるが、ソウルがアメリカの安全保障体制に組み込まれていることで、その動機は大幅に低下している。日本の地理的優位性と、(韓国が核武装した北朝鮮との)膠着状態(a frozen conflict)に陥っていないという事実は、選択的核拡散において韓国よりも魅力的な候補国となっている。確かに、ソウルが核兵器開発に踏み切った場合、安全かつ信頼できる核兵器保有国となるだろう。台湾も理論的には同様の動きを望むかもしれないが、中国との地政学的な立場が不安定なため、この願望を実行に移す現実的な道筋はない。

 

 

核兵器による事故の可能性は、依然として妥当な懸念事項である。核兵器の拡大は、技術的には偶発的な核戦争の可能性を高めることは事実だが、そのリスクは極めて小さく、国際的な安定と安全保障に対する具体的な利益によって相殺される可能性が高い。冷戦の最盛期、すなわち戦略的・イデオロギー的な対立が激しかった時代でさえ、2つの超大国は核戦争を回避することに成功した。選択的核拡散の利点の1つは、カナダ、ドイツ、日本が、追加的なリスクを最小限に抑えるための体制を最も整えている国の1つであるという点である。これらの国々はいずれも高度に専門的な軍隊、軍隊に対する強固な文民統制、そして平和的な紛争解決に長けた外務省を有している。

その他の反対意見は、精査に耐えうるものではない。例えば、アメリカ専門家の中には、核拡散がアメリカの同盟諸国、特にドイツと日本に対するアメリカの影響力を弱めるという理由で、アメリカの核拡散に反対している。この主張は、戦略的手段(strategic instruments)と目的(objects)を混同している。ワシントンがヨーロッパと東アジアにおいて掲げる根本的な目標は、いずれの地域においても単一国家による支配を阻止することにある。同盟諸国に対するアメリカの影響力は、地域覇権国の台頭(the rise of a regional hegemon)を防ぐための間接的かつ不確実な道筋を提供するものの、ドイツと日本が核兵器を保有すれば、事実上その結果を招くことになる。言い換えれば、選択的核拡散はアメリカの影響力をいくらか犠牲にするが、それはあくまでも当初の目的達成と引き換えに過ぎない。

最も理解しやすい、そしておそらく最も克服困難な障害は、核拡散に対する国民の反対である。広島と長崎への原爆投下という日本の経験は、今なお国民の記憶に深く刻まれている。1945年以降の平和主義と原子力エネルギーに対する一般的な懐疑心は、多くのドイツ国民に核兵器保有に反対する傾向を強めている。そしてカナダは、自国領土への核兵器配備はおろか、核兵器保有にさえ長年抵抗してきた。この懸念を払拭するのは、疑う余地のないほどに困難であり、各国は懐疑的な市民に対し、核兵器の取得は彼らの安全を高めるだけでなく、ルールに基づく国際秩序全体の健全性を向上させることにもつながると説得しなければならないだろう。

●慎重に進める(PROCEED WITH CAUTION

選択的核拡散の実施は容易ではなくリスクも伴う。まず、カナダ、ドイツ、日本は核不拡散条約(NPT)から脱退する必要がある。NPTにおいて、各国は核兵器を開発しないことを約束している。国際法に基づき、適切な手続きを経てNPTから脱退することは、国際秩序を弱体化させるのではなく、国際安全保障を強化しようとする意思を示すことになる。可能な限り、NPTからの脱退については、主要な同盟諸国に事前に慎重に打診し、懸念を最小限に抑えるべきだ。全ての国が脱退を受け入れることを期待するのは非現実的だが、責任ある透明性のある方法で核拡散を進めることは、各国の善意を示すことになる。ここで、アメリカの外交的支援が特に重要になる。フランスやイギリスと連携し、新たな核保有国が国連安全保障理事会の制裁措置の対象とならないようにすることが重要だ。

懐疑的な国々に最大限の安心感を与えるため、核拡散国3カ国は、少なくともアメリカの核の傘下にある間は、「先制不使用(no first use)」政策の採用を検討すべきだ。NATOは冷戦時代にはそのような政策に踏み切ることをためらったが、カナダ、ドイツ、日本は少なくとも現時点ではそれほど厳しい安全保障上の課題に直面しておらず、現状維持(maintaining the status quo)への関与を示すためにこの措置を検討できるだろう。

選択的核拡散は、その潜在能力を最大限に発揮するためには慎重な管理を必要とするが、真の楽観主義に対する真の根拠(genuine ground for optimism)を提供する。その是非は今でも議論されているが、どの国が核兵器を保有するかは極めて重要である。もし核拡散国が同盟関係にあり、安定した政権を持ち、国際社会の責任ある一員であるならば、核兵器の増加はむしろ良いことかもしれない。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 アメリカとヨーロッパの関係が悪化している。デンマーク領であるグリーンランド領有を目指す発言をドナルド・トランプ大統領や側近たちが行い、ヨーロッパ諸国は不安感を高めている。大西洋を挟み、北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸の各国で構成している北大西洋条約機構(NATO)は旧ソ連と衛星諸国と対峙するために結成され、その後は、対ロシア同盟となっているが、NATOの枠組みにも緊張感が漂っている。アメリカが米軍をグリーンランドに派遣するとなると、デンマークの主権が侵害されることになり、NATOはアメリカと交戦状態になる。こうした事態はだれも望まないが、第二次ドナルド・トランプ政権の「狂人戦略」はヨーロッパをざわつかせている。

 こうした中で、ヨーロッパ諸国の中の大国であるドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、アメリカとヨーロッパとの関係改善を訴えた。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を中核とし、その他の様々な枠組みで重層的につながっている、西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)と西側諸国(the West、ジ・ウエスト)の分裂構造に世界はなりつつある。そうした中で、西側諸国の中で分断が起きることは、ヨーロッパ諸国にとって望ましくない。また、トランプ大統領が、ヤルタ2.0体制(米中露)、G2体制(米中)に傾きかねないとなると、ヨーロッパは孤立してしまう可能性がある。

 トランプのヴェネズエラ攻撃とグリーンランド領有希望は、「アメリカ・ファースト外交」に基づくドンロー主義(西半球を影響圏・勢力圏とする)の表れである。アメリカが世界の管理者であることを辞め、西半球を押さえるだけで良いとなり、他は中国(とロシア)に任せるとなれば、ヨーロッパは「捨てられる」ということになる。アメリカと中露を天秤にかけて、アメリカを選ぶということになるだろうが、アメリカは既に世界帝国であるための力を失っている。以下の記事で、メルツ首相は、「中国軍の伸長」に対抗するために、ヨーロッパとアメリカは協力しなければならないと述べている。ここがポイントである。ヨーロッパ連合(EU)とNATOにとって、中国は主敵とはならない。あくまでもロシアである。それでも、ヨーロッパ諸国が国防予算の増額を行い、アジア地域に出てくるというのは、アメリカの意向に沿うための動きである。しかし、トランプはヨーロッパのそうした意向をあっさり無視してしまう。トランプは中国と対立を深刻化させる意向はない。ヨーロッパと日本がトランプと側近たちの意向を「忖度」して、勝手にいきり立っているということになる。

 ヨーロッパの不安感は理解できる。世界構造の転換で自分たちが世界の中心でなくなる時代が再びやってくる。その対処の苦痛を和らげたいということもあるだろう。しかし、世界は大きく動いている。

(貼り付けはじめ)

ドイツ首相フリードリヒ・メルツがアメリカの指導力が「失われた」と発言し関係の修復を求める(German Chancellor Merz says US leadership ‘lost,’ calls for repair of relations

ロウラ・ケリー筆

2026年2月13日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/5737485-us-leadership-challenged-merz/

ドイツ首相フリードリヒ・メルツは金曜日、世界舞台におけるアメリカの指導者としての役割は「失われた(lost)」と発言し、ドナルド・トランプ大統領に対し、中国とロシアの脅威に対抗するため、大西洋関係(the transatlantic relationship)の修復を促した。

「アメリカの指導力の追求は挑戦を受け、おそらくは失われつつある」と、メルツ首相はミュンヘン安全保障会議に集まった各国の首脳、政治家、軍指導者たちに語った。

メルツ首相の演説は、先月スイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムで、カナダ首相マーク・カーニーがアメリカ主導の世界秩序の「断絶(rupture)」を指摘した発言と重なるものだった。カーニー首相は、トランプ大統領によるグリーンランド占領の脅し、制裁措置としての関税、そしてNATOへのアメリカの関与に関する疑念をめぐるヨーロッパの不安に訴えた。

しかし、カーニー首相が米中両国による卓越に挑戦するため、新たな中堅国連合(a new coalition of middle powers)の結成を呼びかけている一方で、メルツ首相はトランプ大統領に対し、中国軍の伸長に対する最善の防衛策として、ヨーロッパとの関係修復を訴えた。

メルツ首相は、「大国間競争(great power rivalry)の時代では、アメリカでさえ単独では立ち向かえないだろう」と述べ、ドイツ語から英語に切り替え、ワシントンとアメリカ国民に直接語りかけた。

メルツ首相はアメリカとヨーロッパの関係修復を訴え、NATOへの共通の関与こそが脅威に対する最善の防衛策だと述べた。

メルツ首相は「親愛なる友人の皆さん、NATOに加盟することは、ヨーロッパの競争優位性であるだけでなく、アメリカの競争優位性(competitive advantage)でもある。だからこそ、共に大西洋間の信頼を修復しよう」と述べた。

メルツ首相はまた、アメリカが敵対的になる中でヨーロッパ諸国が連携するよう訴え、「新たな大西洋横断パートナーシップ」を求めた。

メルツ首相は、2025年のミュンヘン安全保障会議におけるJD・ヴァンス副大統領の演説に言及し、大量移民に直面してヨーロッパが報道の自由を抑圧し、歴史的文化を失っていると厳しく批判した。

メルツ首相は、「ヨーロッパとアメリカの間には分断が生まれており、JD・ヴァンス副大統領は1年前のミュンヘン安全保障会議でこのことを非常に率直に述べており、彼の言う通りだった」と述べた。

メルツ首相は「アメリカにおけるMAGAのような文化間の争いは、私たちの問題ではない。言論の自由は、人間の尊厳と私たちの基本法に反する言葉が発せられた時点で終わる」と続けて述べた。

メルツ首相は「私たちは関税や保護主義ではなく、自由貿易を信じている。気候変動に関する協定や世界保健機関(WHO)の方針を堅持するのは、地球規模の課題は共に解決しなければならないと確信しているからだ」と続け、トランプ大統領の政策に言及した。

「私たちのパートナーシップに未来があるのであれば、新たな方法でそれを築き上げ、それを理性的に理解する必要がある」。

マルコ・ルビオ国務長官は今週末、ミュンヘン安全保障会議で演説を行う予定だ。演説の予告として、ルビオ長官は記者団に対し、「私たちが目指すところ、彼らと共に目指すところ」について説明すると述べた。

ルビオ長官は「古い世界は過ぎ去った。率直に言って、私が育った世界は過ぎ去った。私たちは地政学の新たな時代に生きている。私たち全員が、そのあり方、そして私たちの役割とは何かを再検討する必要があるだろう」と述べた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。
 

 現代思想は私の最も苦手とする分野の1つである(得意な分野などほぼないではないかと言われると黙ってしまうしかないが)。何度か、入門編とされる本にも挑戦してみたが、全く歯が立たなかった。分かりやすく伝えるということは専門家には難事業なのかもしれない。それは「何が分からないかも分からない」という一般的な人たちとの間に大きな隔絶があるからだ。

 今回は現代思想に関する論稿をご紹介する。英語から訳すことはできたがそれはそれでよく意味が分からない。戦後ドイツの思想を発展させたメルヴェ社という出版社があり、そこから多くの著作が出されたが(いわゆる左派思想の本)、理論と実践の隔絶を乗り越えることはできなかったという話である。

 たまには難解な文章に挑戦するのも良いものだ。開き直っていて申し訳ないが、難解な文章をひーひー言いながら読み、自分なりの理解をすることは頭を鍛えるために必要なことだと思う。

(貼り付けはじめ)

左派理論はいかにして意味をなさなくなったか(How Leftist Theory Stopped Making Sense

-進歩主義的な思想家たちは、世界についてこれまで以上に説明しようとしたが、全く何も説明していないことに気づいた。

ジョン=バプティテ・オドゥオー筆

2021年12月21日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2021/12/21/leftist-theory-postmodernism-germany-france-europe-adorno-foucault/

19世紀のゲオルク・ヘーゲルから20世紀初頭のマックス・ウェーバー、戦後のユルゲン ハーバーマスに至るまで、近代の特徴は人間の知識の形態の分化(differentiation of forms of human knowledge)であると主張する社会思想の連鎖が存在する。文化の洗練は、科学、道徳、芸術が宗教から独立していること、およびそれらの相互が共約不可能(mutual incommensurability)であることによって部分的に定義されている。これらの思想家によれば、この発展を元に戻すことは、より洗練されていない文化形態への退行を意味するという。

それでは、前世紀(20世紀)後半に英語圏の知識人の間で流行した「理論(theory)」という言葉をどう考えればいいのだろうか? 生物学や社会学といった特定の研究領域に焦点を当てるのではなく、様々な思考形態に適用可能な概念を生み出すことに関与することで定義された理論は、1960年代後半以降、(主にフランスの)哲学や文化批評の全体的な広がりを表す、あらゆる状況に対応できる言葉となった。しかし、このジャンルにはいくつかの統一的な特徴があった。たとえば、最も有名な実践者であるジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズたちは、正統的なマルクス主義の枠を打ち破ることに尽力し、しばしば、自由市場を無批判に擁護する者たちが提出する批判を反映するような方法を採用した。

遊び心の存在と一般的な深刻さの欠如は、理論のもう1つの特徴となった。フランスの哲学者ドゥルーズとフェリックス・ガタリは、おそらくこのジャンルで最も悪名高い革新者たちだが、彼らの反精神分析的小冊子『アンチ・オイディプス』は、伝統的な意味での哲学作品ではないと主張した。つまり、統一された世界観を生み出そうとはしていないし、自由の実在や国家の正当な権威に関する古くからの疑問に答えようともしていない。その代わりに、哲学の仕事は、問題を創造することであると2人は『哲学とは何か』で主張した。この再定義で失われたのは、特定の人類学的あるいは歴史的制約によって制限された人間の生を理解しようとする試みとしての哲学のヴィジョンであった。理論としての哲学は、理想的には 「現在7歳から15歳の人々に向けたもの」だとガタリは主張した。明らかに不誠実ではあるが、ガタリのコメントは、哲学からと同様に地質学や数学からも多くを学び、子供のような遊び心にコミットした共著者たちの姿勢を物語っていた。

20世紀初頭の社会主義政治経済や哲学とは異なり、戦後理論はいかなる実践的な関与によっても推進されたのではなく、完全に断片化した戦後の政治情勢に対応するために必要な革新と新しさへの絶え間ない要求によって推進された。理論が理解しようとした社会変革、共産主義への幻滅、反植民地運動、女性解放、下級階層の存在、資本主義の存続は、政治的スペクトル全体にわたって保持されていた世界についての多くの前提を根底から揺るがした。包括的なアイデアがどのようにしてそれらを統合することができるのか、あるいは理論家たちがそれを行うことができないことが失敗とみなされるべきなのかどうかを理解するのは困難だ。

その結果、フィリップ・フェルシュが『理論の夏:反乱の歴史、1960-1990年』で描いた肖像は、理論の価値と有用性についての決定的な評決ではなく、終わりのない旅の肖像となっている。フェルシュの説明は主に、ドイツ語圏で理論の普及者として名を馳せた急進的な出版社メルヴェに焦点を当てている。1970年に設立されたメルヴェ社は、第二次世界大戦の記憶がまだ強く残っている世代によって設立された。親と子の間の溝は、彼らの多くが、年長者をファシズムの傍観者であると認識しており、多くの戦後ドイツ人が現在においてリベラルな公共圏(public sphere)を創設するという政治的課題に取り組む動機となった。この公共圏の重要な特徴は、礼儀正しさ(civility)を促進し、権威主義(authoritarianism)への解毒剤(antidote)として議論を重視することだった。この期間を通じて、この国の主要な知識人たちは、ファシズムとドイツ文化の関係について激しい公開討論を行った。

フェルシュの説明では、ドイツの哲学者テオドール・アドルノが『ミニマ・モラリア』で書いているように、「ブルジョワが『文化』として労働時間以外に追いやるもの」を真剣に受け止めようとする試みから理論が生まれる。芸術、文学、音楽は、出版社のカタログの中で、アドルノが示した例に倣い、以前は政治に留保されていたのと同じ批判的精査を受けることになる。

メルヴェ社の共同設立者であるペーター・ジェンテのような若い世代のドイツ人にとって、アドルノの著書「傷ついた人生についての省察」という副題のついた本は道標となった。このような新しい読者たちは、社会の変革のスピードについていけない伝統に、まだ正当性を求めようとしていた。フェルシュは、成長する公共圏の様々なメンバーが、性的疎外からうつ病に至るまで、あらゆることについてアドルノに助言を求めたエピソードを語ることで、過去と現在の間のこの新たな不調和を端的に示している。これらの手紙に対するアドルノの返事は、アドルノ自身と読者との間の隔たりと、この隔たりを理解しようとするアドルノの誠実さを物語っている。ある文通相手は、アドルノに直接会った後、自分が求めていたのは、「希望ではなく、絶望における連帯(looking for hope, but for solidarity in my hopelessness)」であったことに気づいたと述べている。

共同体への欲望は、アドルノの仕事を中心に発展したカルト性(cultishness)の中に既に存在しており、理論の物語とは切っても切れない関係にある。これが、フェルシュが彼の物語を通して格闘している両義性(ambivalence)の源泉である。理論は、戦後ドイツの状況において、多くの左翼が抱いていた、同じ志を持つ者たちの共同体の一員でありたいという願望に応えたものである。1959年に社会民主党が社会主義を放棄し、1977年の 「ドイツの秋(German Autumn)」(訳者註:1977年後半に発生した一連のテロ事件)に左翼テロが絶望的な状況に陥ったことで、その欲求はより高まった。しかしそれは、共同体の一員になろうとする者たちに、共同体が生み出す知的価値や政治的価値に対して抱く疑念を無視させるほど強力なものだったのだろうか? 理論は社会に対する真の批評を前進させたのだろうか、それとも、ますます自己言及的な言葉の使い方によって統一されたサブカルチャーを生み出しただけなのだろうか?

単なるファッションとしての理論の亡霊は、否定的な模範として、既にメルヴェ社に迫っていた。メルヴェ社の編集者たちは最後まで、自分たちを「専門家(professionals)」ではなく「本の虫(bookworms)」と表現することにこだわっていた。フェルシュの言葉を借りれば、「ドイツ・マルクス主義を、イタリアとフランスの後押しを受けて、独断的な行き詰まりから脱却させる(jump-start German Marxism out of its dogmatic standstill with boosts from Italy and France)」ことが、メルヴェ社の自らに課した使命であった。抽象的な理論化に満足することなく、メルヴェ社は手紙を通じて革命的な政治を追求することを理解していた。メルヴェ社が推進しようとした政治的プロジェクトは、理論的議論に特別な特権を与えるものであった。

社会が健全に機能するためには公共圏が必要だというブルジョア的な考えを捨てようとしなかった彼らは、急進的な政治に突き動かされ、戦後ドイツの産業資本主義(postwar German industrial capitalism)を支えてきた移民労働者たちの中に対話者(interlocutors)を求めた。北部の都市ヴォルフスブルクで、メルヴェ社の編集者たちは、地元のフォルクスワーゲン工場で働く6000人余りのイタリア人出稼ぎ労働者を訪ねた。彼らの目的は、プロレタリアパブで最新のマルクス主義理論について議論することだった。彼らの望みは、17世紀のヨーロッパのコーヒーショップに存在したような、政治的騒動のための肥沃な土壌をそこに見出すことだった。この革命支援プロジェクトは惨めに失敗しただけでなく、この滞在中に出稼ぎ労働者に近づいたことで、メルヴェ社のメンバー間の考え方の違いが露呈した。衝撃的だったのは、集団が床に敷かれた共用のマットレスの上に横になっていたとき、メンバーの1人が、家族、子供、庭を持つという密かな夢を認めていたことだ。ブルジョア社会は明らかに超越されていなかった。

私的領域内の亀裂は、公共領域の構築プロジェクトに影響を及ぼし続けた。1970年代半ば、ジェンテは若い学生ハイディ・パリスと恋愛関係になり、同僚編集者として彼女と共同作業を行った。当時の妻で、出版社に名前を貸したメルヴェ・ローウィエンは、メルヴェ社のジェンダー・ダイナミクスが意外なことではないことを『女性の生産力-もう一つの経済は存在するのか? 左翼プロジェクトの経験』で記録している。

市場の要請により、メルヴェ社は新しい理論を模索せざるを得なくなったが、その模索は、伝統的に考えられていたマルクス主義政治の制約とは相容れないことが判明した。当然のことながら、メルヴェ社の編集者たちは気質的に既に新しい傾向を模索する傾向があった。1970年代、麻薬中毒者たち(drug addicts)、社会から排除された人々(social rejects)、そして、精神異常とみなされた人々(those deemed insane)がメルヴェ者の本と急進的な理論の焦点となった。『ポストモダンの条件』の著者ジャン=フランソワ・リオタールは、この時期に労働者階級、人間、市民などの普遍的な主題に関する全ての思考は「時代遅れ(obsolete)」であると宣言することができた。アドルノの読者たちが求める指導に対する敵意が現れ始め、教育に存在する規律に対する一般的な懐疑主義(a general skepticism)が、この初期の指導への欲求に取って代わった。その後、賢者としての作家は、参加者としての読者に取って代わられた。ここでの変化は、新しいテキストの生産ペースが、唯一固定されたままのものは読者層であることを意味していたということである。後者は文化的コンテンツの消費者として活躍していたが、作家は最新のトレンドについていくのに苦労しなければならなかった。

固定された制度や政治的世界観からも解放された理論は、第二次世界大戦のトラウマへの反応として始まったため、これまで取り組むことができなかった分野に自由に目を向けることができた。1970年代後半までに、メルヴェ社は保守派哲学者エルンスト・ユンガーとナチスの法哲学者カール・シュミットを名誉回復する本を出版していた。シュミットの反自由主義的な決断主義(anti-liberal decisionism)は、メルヴェ社の初期の議論中心の政治観と衝突しただろう。しかし、理論が熱狂的だった時代に、この極右思想家が味方と敵の対立という観点から政治を概念化(conceptualization)したことは、1980年代の偶像破壊(iconoclasm)に完全に適合することがわかった。

『理論の夏』の最後の部分で、フェルシュは、実際の支持者から完全に切り離された知的世界の肖像を描いている。ベルリンのバーやディスコで、芸術の終焉について思索する急進的な理論家たちと親しくしているアメリカの芸術家や音楽家たちだ。フェルシュの説明では、この乖離を可能にした社会的勢力は前面に押し出されていない。代わりに、私たちが目にするのは、水面上に現れる一連の波としての理論のイメージであり、その下では政治と日常文化の日常的な現実が激しく衝突している。文化と政治の区別をなくすという目標は、皮肉なことに、理論が両方から距離を置く結果となる。その結果、フェルシュの物語の流れは、理論と政治および文化との関係について、読者に明らかに悲観的な見方を残す。理論は、最良の場合、政治によって引き起こされた絶望を癒すための慰めであるように思われるが、最悪の場合、ますます方向感覚を失う世界への適応である。

当然のことながら、思想と政治の関係を真剣に考える世界観であるマルクス主義から理論が分離したため、理論は自らの変化の原因を理解する準備が不十分になった。教室の概念を導入することで、根深い偏見や不平等(sedimented prejudice and inequality)を覆そうとする現代の進歩主義者たちの試みにも同じことが当てはまる。マルクス主義は、社会構造や制度が私たちの考え方を制約するのであって、その逆ではないと常に主張してきた。理論と実践のギャップを埋めようとするなら、この洞察を真剣に受け止めるのが賢明だろう。

訂正:2022年2月14日:この記事の前のヴァージョンではテオドール・アドルノによる引用を誤って掲載した。このヴァージョンで訂正した。

※ジョン=バプティテ・オドゥオー:『ジャコバン・マガジン』誌編集長。

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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になります。予約受付中です。よろしくお願いいたします。  アメリカでも、西側先進諸国でも、移民をバックグラウンドにした人々に対する攻撃が増加している。ヨーロッパ諸国では、白人による非白人への攻撃が起きている。また、アメリカでも同様の事象が起きている。アメリカの場合はネイティヴアメリカンの人々以外は、全員が元を辿れば別の国や地域からやって来た人々であり、移民や移民の子孫同士で嫌い合って、攻撃をしているという滑稽なことになっている。

 このような状況に対して、人種差別は良くない、外国人を嫌うことは良くない、それぞれ悪いことだというのが社会の前提になっている。それは全くその通りだ。これに異論を挟むことはできないし、物理的な攻撃を加えることは誰にしても犯罪行為であって、きちんとした裁判を行い、判決を確定させた上で、刑を執行しなければならない。法の下に差別があってはならない。

 下記論稿は、ドイツ国内での移民や移民のバックグラウンドを持つ人々への物理的な攻撃を行った過激派に関する書籍の内容を紹介する内容となっている。ドイツでは2000年代から、反移民思想を掲げる「国家社会主義地下組織」が組織され、実際に物理的な攻撃を実施し、複数の人々が殺害されるということが起きた。ドイツ警察の対処が遅かったために、このような考えが広がり、それが「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭を許したということになっている。
 私は、このような人種差別や外国人排斥に反対する。しかし、同時に、このような考えを持つ人々が生まれながらにそのようになったとは思わない。こうした考えを持つ人々はドイツ東部に多いとされている。ドイツは1989年に統一を果たしたが、旧東ドイツの人々は体制の大変化に戸惑い、ついていけず、置いてけぼりにされた。西側の人々から蔑まれ、待遇の良い職にありつくこともできず、結局、外国人や移民と低報酬の仕事を争うことになった。結果として、彼らには不満が鬱積し、それの向く先が移民や移民のバックグラウンドを持つ人々ということになった。彼らとて、安定した生活ができていれば、そのような考えを持つことはなかっただろう。「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあるが、「衣食」が満足いくものであれば、そのようなことはなかった。

 また、資本主義の行き過ぎによる、優勝劣敗があまりにもきつく効きすぎてしまったのも問題だ。資本側は労働者を安くでこき使いたい。そのためには、国内で安く使える人々の大きなグループ、層を作らねばならない。貧乏人の大きな集団を作らねばならない。国内に「発展途上国」「貧乏国」を作る必要がある。ドイツであれば、ドイツ東部がそうだ。そして、そうした人々の不満は移民や外国人、移民のバックグラウンドを持つ人々に向けさせる。そうして、人種差別や排外主義が台頭してくるのである。一部政治家たちは自分たちの票を獲得し、政治家としての生活を守るために、このような劣情を利用する。日本でも全く同じことが起きている。

 犯罪行為をした者たちをただ罰するだけでは犯罪を抑止することはできない。大きな視点で、構造的に見ていく必要がある。「人種差別は駄目」「排外主義は駄目」とお題目のように唱えるだけでは何の意味もない。それを解決するためには現状を把握し、分析しなければならない。

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ドイツの極右の台頭は新しい現象ではない(Germany’s Far-Right Surge Isn’t New

-2000年代初頭にドイツが致命的な過激派に立ち向かうことができなかったことは、警告となるはずだ。

エミリー・シュルテイス筆

2024年6月1日
『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/15/germany-far-right-neo-nazi-terrorism-europe-nsu-murders-white-nationalism/

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ドイツのミュンヘンで国家社会主義地下組織の犠牲者たちの写真を掲げる抗議者たち(2018年7月11日)

2011年11月のある朝、ドイツ東部の都市アイゼナハの銀行に2人組の男が押し入り、銀行の窓口職員をピストルで殴り、約99000ドルを盗んだ。地元警察が男たちを近くの道路脇のキャンピングカーまで追跡した後、銃声が鳴り響き、車は炎上した。警察官は車内で2人の男の死体を発見した。1人がもう1人を撃ち、銃を自分に向けたのだった。その日のうちに、アイゼナハで起こったことを聞いた約100マイル離れた女性が、自分のアパートにガソリンをまいて火をつけ、逃走した。

ウーヴェ・ベンハルトとウーヴェ・ムンドロスという2人の男は、典型的な銀行強盗ではなかった。ベアテ・ツェーペという女性とともに、彼らはドイツから移民を排除し、この国の白人としてのアイデンティティを脅かすと思われる人物を排除しようとするネオナチ・テロリストのトリオを形成していた。そして警察の捜査は、一連の銀行強盗以上のものを発見した。ベーンハルトとムンドロスは、彼らが率いる地下テロ集団である「国家社会主義地下組織(the National Socialist UndergroundNSU)」の資金源として金を盗み、当局の目を逃れながらドイツ全土で連続殺人を計画、実行していた。

NSUに関する暴露が初めて明らかになったとき、ドイツを根底から揺るがしたが、この話は国外では比較的知られていない。ジャーナリストのジェイコブ・クシュナーの新著『目を背ける:殺人、爆弾テロ、そしてドイツから移民を排除しようとする極右キャンペーンの物語(A True Story of Murders, Bombings, and a Far-Right Campaign to Rid Germany of Immigrants)』は、その状況を変えようとしている。

クシュナーは次のように書いている。「人種差別的な過去を償ったと思いたがっていた国は、暴力的な偏見が現在のものであることを認めざるを得なくなる。アドルフ・ヒトラー率いるナチスがホロコーストでユダヤ人やその他の少数民族を死に追いやってから60年、ドイツの警察はバイアスに目がくらみ、周囲で繰り広げられている人種差別的暴力に気づくことができなかった。この事件は、ドイツ人に、テロリズムは必ずしもイスラム教徒や外国人によるものではないことを認めさせるだろう。多くの場合、テロリズムは自国の白人によるものだ。そして、他に類を見ない大移動の時代において、白人テロの標的はますます移民になっている」。

『目を背ける』は主に被害者の家族や、右翼過激派テロの根絶に積極的に努めた人々の視点を通して語られており、3部構成になっている。クシュナーはまず、1990年代後半にベーンハルト、ムンドロス、ズシャペがドイツ東部の都市イエナでどのように過激化したかを説明する。彼らだけで自分たちの意見を過激化させた訳ではない。ベルリンの壁崩壊後、ドイツに入国する亡命希望者の数が急増した。これらの新たな到着者たちは、少数の注目を集める暴動や難民住宅への攻撃を含む、抗議活動や暴力にしばしば遭遇した。当時イエナでは右翼過激派の活動が盛んであった。それは、一種の二重スパイ(double agent)であるティノ・ブラントによって率いられていた。ブラントはネオナチの活動を報告することになっていた政府の情報提供者を務めながら、極右イデオロギーを推進する自分のグループに資金を提供していた。

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ドイツ・ツヴィッカウのウーヴェ・ベンハルト、ウーヴェ・ムンドロス、ベアテ・ツェーペの住居だったアパートの焼け跡(2011年11月13日)

本書の第2部では、3人の過激派が13年間にわたり、ドイツ当局の目をかいくぐって、ドイツ全土で10人の移民を殺害する計画を立て、実行に移した経緯が描かれている。2011年に銀行強盗事件が起きてから、この殺人事件は解決に至った。クシュナーは、NSUが10年間も殺人を繰り返した責任の多くは当局ン位あると主張している。当局の捜査は、移民が麻薬や組織犯罪に関与しているという、ドイツのメディアに後押しされた有害な風説(tropes)に誘導されていた。

被害者家族の直接の証言は、警察官の被害者に対する思い込みがどれほど被害者を迷わせたかを力強く物語っている。たとえば、2006年にドルトムント市内のキオスクで父メフメト・クバシクを殺害されたガムゼ・クバシクは、メフメトの違法行為について母親とともに何時間も尋問されたと説明した。ガムゼ・クバシクは「もう聞いていられなかった。私たちはまるで犯罪者のようだった」と証言した。

捜査のいくつかの側面は馬鹿馬鹿しいものに近づいている。たとえば、2005年にベーンハルトとムンドロスがニュルンベルクのケバブスタンドでイスマイル・ヤサールを射殺した後、ドイツ警察はヤサールがスタンドで麻薬を密売していたという説を執拗に追及した。警察は自分たちの仮説を裏付けるために、スナック・バーを開いて、ケバブとソーダを秘密裏に売り、1年間と約3万6000ドルの税金を費やし、誰かがやって来て麻薬の購入について尋ねてくるのを待った。しかし、誰も来なかった。「なぜなら、ヤサールが麻薬売人ではなかった」とクシュナーは書いている。ヤサールの息子ケレムは、「もし父親が生粋のドイツ人だったら、彼の殺人はすぐに解決されただろうと感じずにはいられなかった」と述べている。

しかし、クシュナーはまた、ドイツ社会全体が第二次世界大戦後の反移民、白人ナショナリズムの範囲を認めることに満足してきたと主張する。クシュナーは次のように書いている。「白人ナショナリズムは決して消えてはいなかった。ホロコーストを引き起こしたのと似たような出来事、つまり、ポグロム(pogroms 訳者註:ユダヤ人大虐殺)、ユダヤ人経営の企業に対する攻撃、ユダヤ人の家屋からの追放が、いまや移民に対しても起こっている。特にドイツ東部では、1990年代にネオナチや右翼過激派が急増し、東部全域で暴力行為を行ったスキンヘッドを指して、その時期は 『野球のバットの時代(baseball bat years)』と呼ばれることもあるほどだった」。

この本の第3部では、NSU裁判について取り上げており、この裁判は2018年に 10件の殺人罪とトリオの共犯者数名に対するズシェペの有罪判決で最高潮に達した。この判決は、殺害された人々の家族に冷たい慰めだけをもたらした。「NSUは私の父を殺害した。しかし、捜査当局は父の名誉を傷つけた。警察は父を二度目に殺害した」とガムゼ・クバシクは語った。

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2015年12月9日、ミュンヘンで殺人罪の裁判を受けるツェーペ

ドイツがNSU事件から十分に教訓を学んだと誰も信じないように、クシュナーはそれを、ドイツの移民コミュニティのメンバーに対する憎悪と暴力のより最近の事例と結びつけている。NSU スキャンダルは、ドイツの公の場から完全に消え去った訳ではないが、裁判が終わった後は新聞の見出しから外れ、他の右翼過激派暴力事件をきっかけに言及されることが最も多くなった。2020年2月、ドイツ中部の都市ハーナウで右翼過激派が人種差別的な暴挙で2軒のシーシャバーをターゲットに移民のバックグラウンドを持つ9人を殺害した。2022年11月、54歳の男が政治家、ジャーナリスト、その他の公人らに脅迫文を送った罪で約6年の懲役刑を言い渡された。その中にはフランクフルトのトルコ出身弁護士で、数人のNSU犠牲者の遺族の代理人を務めたセダ・バサイ=ユルディスも含まれていた。脅迫状には「NSU 2.0」と署名されていた。

ドイツにおける白色テロリズム(white terrorism 訳者註:右派が左派を攻撃するテロ)撲滅の問題点の1つは、反移民感情が国政でも健在であることだ。ドイツの調査報道機関コレクティブは1月、右翼過激派が昨年末に秘密裏に会合し、ドイツ国民を含む数百万人の移民のバックグラウンドを持つ人々を国外追放する計画について話し合っていたことを明らかにする暴露報告を発表した。ベルリン郊外のポツダムでの会合に出席した者の中には、ドイツ議会で77議席を占め、当時全国での投票率が22%だった極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の幹部政治家も含まれていた。コレクティブ報告書とその発表以来、無関係なスキャンダルが相次ぎ、同党の支持率は現在16%に低下したが、最近のヨーロッパ議会選挙では2019年よりも5%ポイント近く良い成績を収めた。

移民のバックグラウンドを持つ人々の「再移住(remigration)」に関するこれらの過激派の計画は、誰がドイツに帰属し、誰が属さないのか、そして最終的には誰が決定するのかをめぐる戦線に光を当てている。多くの人にとって、これらはまた、ナチスの歴史をどのように処理してきたかを誇りに思っている国において、ドイツ当局が極右イデオロギーによってもたらされる脅威を過小評価していたことを思い出させるものでもあった。コレクティブの報告書はドイツ国民の間で広範な反発を引き起こし、数百万人が街頭に出て「二度と起こさない」と宣言した。

それでもAfDは、ベーンハルト、ムンドロス、ズシャペが育ったチューリンゲン州と、彼らが本拠地を置いていたザクセン州を含む、今秋のドイツ東部3州の選挙で勝利を収める見通しだ。AfDの政治家たちは引き続き、ドイツから移民を排除したいと考える人々の、議会における代弁者だ。「これらの新たなネオナチたちは、ドイツが過去の恐怖を思い出すことに執着しすぎていると信じる政党のレトリックに勇気づけられていると感じている」とクシュナーはAfDについて書いている。

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2013年56日、ミュンヘンでのNSU殺人裁判の初日、オーバーランデスゲリヒト・ミュンヘン裁判所の法廷入口の外で機動隊と格闘するデモ参加者たち。

『目を逸らす』はドイツ国内の物語だが、クシュナーは関連性を引き出して、反移民右翼過激派の暴力に立ち向かうことができていないことが、西側民主政治体制諸国全体の問題であることを例示している。具体例は無数にある。サウスカロライナ州チャールストンの教会での黒人信者たちの虐殺、ニュージーランドのクライストチャーチにある2つのモスクの礼拝者たちの虐殺、あるいはテキサス州エルパソのウォルマートでメキシコ系アメリカ人やその他の買い物客たちの虐殺などが挙げられる。NSUトリオの原動力となった核心的なイデオロギー、つまり白人至上主義(white supremacy)は国境を越えている。

このため、NSUの記事は、白色テロリズムという自国の問題に取り組むアメリカへの警告となっている。右翼過激派によるテロ攻撃は近年増加傾向にあり、名誉毀損防止連盟(Anti-Defamation LeagueADL)によると、主に白人至上主義者らによって行われたこのような攻撃により、2017年から2022年の間に、アメリカで58人が死亡した。「私たちが目を背け続ければ、ドイツの危機や大虐殺から逃れることはできないだろう」とクシュナーは結論付けている。

※エミリー・シュルテイス:ロサンゼルスを拠点とするジャーナリストで、ヨーロッパ諸国の選挙と極右勢力の台頭を取材している。ツイッターアカウント:@emilyrs

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 古村治彦です。

 民主政治体制にとって重要なのは、公共圏(public sphere)という考え方だ。これは、市民が政治や経済から離れて、「共通の関心事について話し合う場所」を意味するもので、市民社会(civil society)の基本となる。ドイツの学者ユルゲン・ハーバーマスは公共圏の重要性を私たちが再認識することが重要だと主張している。近代ヨーロッパであれば、町々のコーヒーハウス(coffee house)に人々が集まり、商談をしたり、文学や政治について喧々諤々議論をしたりということがあった。また、金持ちや貴族の邸宅で定期的に開かれたサロン(salon)でも同様のことが行われた。
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ユルゲン・ハーバーマス

 このような人々の集まり、つながりはどんどん希薄になっている。そのことに警鐘を鳴らしているのが、アメリカの学者ロバート・パットナムだ。ロバート・パットナムは、社会関係資本(social capital)という考えを提唱している。これは、「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」と定義されているが、社会関係資本があることで、民主政治体制がうまく機能するということになる。

今日のドイツでは、テレビのトーク番組や新聞による議論が活発で、公共圏の役割が強調されているが、ハーバーマスは誤った情報を濾過する機能を持つ場の重要性を指摘している。彼は自由民主政治体制を擁護した。

冷戦後、ハーバーマスはドイツ民族主義の復活に懸念を示し、ヨーロッパ憲法の制定を訴えたが失敗に終わった。彼はヨーロッパのアイデンティティを国際法への関与に求め、アメリカの非合理的な政策に対抗する姿勢を強調している。平和主義への関与も彼の思想の中心であり、彼は過去にドイツ連邦軍の再軍備に反対していた。

ハーバーマスはドイツ統一後の外交政策を正当化したが、ウクライナ戦争に対する彼の見解は変化を見せている。彼はショルツ首相の慎重な姿勢を支持するが、彼の呼びかけは批判を受けている。ドイツでは歴史の大きな転換点が訪れており、ハーバーマスの平和と相互理解の主張は時代にそぐわないとされる。彼の思想が変化したのではなく、周囲の世界が変わったことが示唆されている。

批判者はハーバーマスが急進的な民主主義を放棄したと主張し、彼を政治的エスタブリッシュメントの支持者として非難する。しかし、フェルシュは彼の変化は世界の変化によるものであると述べ、極右の台頭や歴史修正主義が彼の懸念を強めていることを指摘している。ハーバーマスの思想は、現在の政治的、道徳的な取り組みにおいて依然として重要であり、彼は新たな政治的要請に適応することを求めている。

 ハーバーマスに関しては、穏健派に転向したという批判がなされているようであるが、彼が変化したと言うよりも、時代が大きく変化して、思想の位置づけもそれによって変化したことで評価が変わったということが言えるかもしれない。

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世界はまだハーバーマスを必要としている(The World Still Needs Habermas

-ドイツの哲学者は、彼の自由主義の遺産よりも長生きし始めている。

ジャン=ワーナー・ミューラー筆

2024年6月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/30/revisiting-habermas-book-review-germany/

ドイツ国外の人々に、ユルゲン・ハーバーマスがドイツで果たした並外れた役割を伝えるのは難しい。確かに、彼の名前は、世界で最も影響力のある哲学者の、多かれ少なかれ馬鹿げたリストに必ず掲載される。しかし、60年以上にわたり、あらゆる主要な議論で重要な役割を担い、実際、多くの場合にそのような議論を始めた公的な知識人の例は他にはない。

ベルリンを拠点とする文化史家フィリップ・フェルシュによる新著は、ドイツ語から『哲学者(The Philosopher)』と簡単に翻訳され、「ハーバーマスと私たち」という巧みな副題が付けられているが、ハーバーマスは常に戦後ドイツの政治文化のさまざまな時代と完全に同調していたと主張している。これは、ハーバーマスほど長生きした人物としては驚くべき業績である。ハーバーマスは今年95歳になる。フェルシュが指摘するように、ミシェル・フーコーが、ハーバーマスほど長生きしていたなら、ドナルド・トランプ前大統領についてコメントしていたかもしれないし、ハンナ・アーレントがその年齢に達していたなら、テロリズムに関する考察を911事件まで含めていたかもしれない。

また、この本の最後にある哲学者の告白は、更に注目に値する。フェルシュは、ロシア・ウクライナ戦争に関する自身の記事に対する否定的な反応を受けて、ハーバーマスは初めて、もはやドイツの世論を理解していないように感じたと報告している。ハーバーマスは変わったのか、それとも国(ドイツ)が変わり、この哲学者が何十年も擁護してきた平和主義(pacificism)や「ポストナショナリズム(post-nationalism)」から背を向けているのか?

ハーバーマスは長い間、賛否両論、分かれる人物だった。英語圏の多くの人々にとって、これはいくぶん不可解なことだ。なぜなら、彼らはハーバーマスを、コミュニケーションを成功させ、さらには合意を導く哲学者として知っていると思っているからだ。また、おそらくハーバーマスを、長々とした理解しにくい理論書の著者としても考えているだろう。

皮肉なことに、作家としてのハーバーマスの才能が、彼の考えを翻訳することをしばしば困難にしている。ハーバーマスは学者になる前は、フリーランスのジャーナリストで、彼の公的な発言は、テレビやラジオではなく常に文章で行われ、比喩に富んだ文体で見事な論争となっている。示唆に富んだ比喩は哲学的な働きもするため、学術書の翻訳は難しい。

そのなかには、1962年に出版され、今日に至るまでハーバーマスの著作のなかで最も多くの部数を売り上げている本がある。『公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究(The Structural Transformation of the Public Sphere)』という扱いにくいタイトルだが、その主要なテーゼは単純明快だ。民主政治体制とは、自由で公正な選挙だけでなく、世論形成の開かれたプロセスをも決定的に必要とする。ハーバーマスが様式化した説明によれば、18世紀には、サロンやコーヒーハウスで、小説について自由に語り合うブルジョワの読者が増えていた。やがて議論は政治問題にまで及んだ。君主(monarchs)が民衆(people)の前に姿を現していたのに対し、市民[citizens](少なくとも男性で裕福な市民)は、国家が自分たちの意見を代弁し、自分たちのために行動することを期待するようになった。

ハーバーマスの著作が、衰退と没落(decline and fall)の物語を語っていることは忘れられがちだ。巧妙な広告手法への依存度が高まった資本主義と、複雑な行政国家の台頭が、自由でオープンな公共圏を破壊した。しかし、振り返ってみると、1960年代は、マスメディアの黄金時代だったようだ。ハーバーマスは2022年の『公共性の構造転換』に関するエッセイでその点を認めている。その中で彼は、いわゆる「フィルターバブル(filter bubbles)」と「ポスト真実(post-truth)」の時代と、広く尊敬され経済的に成功した新聞やテレビニューズが特徴で、毎晩国全体が集まる世界とを対比した。

フェルシュが指摘するように、この著作とその後のハーバーマスのコミュニケーションに関するより哲学的な著作は、ナチスの独裁と国家権力への服従という古い伝統から脱却した西ドイツ人が自由に議論する方法を学び始めた戦後の時代に、まさにふさわしいメッセージを含んでいた。左派の多くと同様、ハーバーマスも初期の連邦共和国の雰囲気を茫洋としたものと感じていた。熱狂的な反共主義者であったコンラート・アデナウアー首相は、「実験の禁止(no experiments)」を約束し、旧ナチスを新国家に変化させ、批判的な知識人たちはおろか、批判的な報道機関もほとんど許容しなかった。

今日、ドイツの特徴は、夕方のテレビで異常に多くのトーク番組が放送され、翌朝には新聞が大々的に論評することであり、しばしば国から補助金を受ける公開討論会が実施され、新聞が多くのコラムを割いて教授たちの数週間にわたる討論を掲載することである。ハーバーマスは、議会をセミナールームにすることを理想とする合理主義的熟議哲学者(rationalist philosopher of deliberation)の決まり文句(cliche)とは裏腹に、「荒々しく(wild)」であらゆる意見が発言できる公共圏を明確に求めている。同時に、そのような場は「汚水処理場(sewage treatment plants)」のように機能し、誤った情報や明らかに反民主的な意見を濾過することを意図している。

ハーバーマスは、マルクス主義者から「形式的民主政治体制(formal democracy)」にすぎないとしばしば嘲笑される自由民主政治体制(liberal democracy)の手順を支持したが、それは彼がフランスの戦後の知的潮流に敵対的であった理由であり、それが非合理主義(irrationalism)と規範的基準をまったく欠いた美化された政治(aestheticized politics that lacked all normative standards)を促進していると疑っていた。フェルシュは、1980年代初頭に、ハーバーマスとフーコーがパリで「冷たい雰囲気(icy atmosphere)」の中で食事を共にした時のことを回想している。どうやら、唯一の共通の話題は、ドイツ映画だったようだ。フェルシュによると、ハーバーマスはドイツの過去を確かな教育的手法で扱ったアレクサンダー・クルーゲの映画を好むと公言していたが、フーコーは明らかに非合理的なクラウス・キンスキーを主演に迎えたヴェルナー・ヘルツォークのアフリカとラテンアメリカ探訪における「恍惚とした真実(ecstatic truth)」の称賛を好んでいたという。

ハーバーマスが、伝統的なドイツの天才崇拝(Geniekultcult of the towering genius)、つまり高尚な天才への崇拝のようなものを育てないよう常に注意を払ってきたのは偶然ではない。また、フリードリヒ・ニーチェやマルティン・ハイデッガーと比べると、現代のドイツ哲学は完全に退屈になり、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズが「純粋理性の官僚(bureaucrats of pure reason)」と呼んだものに支配されていると主張するフランスの観察者にとって、ハーバーマスが時折、証拠AExhibit A)となるのも偶然ではない。

しかし、バイエルンにある彼の近代的なバンガローで、この哲学者に2度インタヴューしたフェルシュは、ハーバーマスに驚くべき事実を話してもらうことができた。ハーバーマスの主張によれば、彼の新聞記事は全て怒りから書かれたものだった。実際、啓蒙主義の遺産を衒学的に管理する純粋理性の官僚(bureaucrat of pure reason pedantically administering legacies of the Enlightenment)というよりは、ハーバーマスは完全に政治的な動物、つまり多少衝動的な人間ではあるが、信頼できる左派リベラルの政治的本能を持つ人物として理解するのが一番である。対話と協力(dialogue and cooperation)への一般的な取り組みを超えて、彼の政治的ヴィジョンは、受け継がれてきた民族ナショナリズムの考えを超えて、コスモポリタンな国際法秩序へと進化することを伴う。これらの国際法秩序のそれぞれの側面は、現在ますます脅威に直面している。

1980年代初頭、ハーバーマスの政治的衝動は、それまで「理論化できる(capable of theory)」とは考えていなかった主題、つまり歴史へと彼を導いた。1986年、戦後ドイツで最も重要な議論の1つを引き起こした論争的な記事の中で、彼は4人の歴史家がドイツの過去、そしてドイツの現在を「正常化(normalize)」しようとしていると非難した。彼は、保守派がホロコーストを相対化しようとしても、連邦共和国は「正常な(normal)」ナショナリズムのようなものを採用すべきだと考えているとされるのに抵抗することが極めて重要だと書いた。その代わりに、ハーバーマスが「憲法上の愛国心(constitutional patriotism)」と呼んだものを採用することで、ドイツ人は自分たちの特有の問題を抱えた過去から何か特別なことを学んだかもしれないと彼は示唆した。ドイツ人は、文化的伝統(cultural traditions)や偉大な国民的英雄の英雄的行為(heroic deeds by great national heroes)を誇りに思うのではなく、自由主義民主的な憲法に定められた普遍的原則の観点から、歴史に対して批判的な立場を取ることを学んでいた。

この愛国心は、セミナールームでしか語れない、あまりに抽象的で、特に不適切な比喩で言えば、「無血の(bloodless)」ものだとして保守派からしばしば退けられた。しかし、後にヒストリカーストライト(Historikerstreit、歴史家論争)として知られるようになった論争でハーバーマスが勝利者となり、彼の「国家を超えた政治文化(post-national political culture)」という提案が、名ばかりでなくとも、事実上ますます多くのドイツの政治家に採用されたことは疑いようがない。最終的に、ハーバーマスとアデナウアーは同じ目標に収束した。西側にしっかりと根付いたドイツである。ただし、ハーバーマスは、よりコスモポリタンな未来に向かう動きの中で、ドイツを前衛的な(avant-garde)ものとして捉え始めた。

その功績は、ロシアのウクライナへの本格的な侵攻以前にハーバーマスの政治の世界で起きた最大の衝撃によって疑問視された。それは、訓練を受けた歴史学者ヘルムート・コールが監督した、まったく予想外の東西ドイツの統一であり、ハーバーマスによれば、コールは過去を「正常化(normalizing)」する試みの中心人物だった。ハーバーマスは、社会民主党が冷戦の分断を克服しようとした、1950年代から、統一に懐疑的だった。1989年、ドイツ国民国家の再構築を求める動きは、憲法上の愛国心(constitutional patriotism)という苦労して勝ち取った成果を民族ナショナリズム(ethnic nationalism)に置き換える可能性が高いと思われた。

ベルリンの壁が崩壊したとき、ハーバーマスは東側との「関係(relationship)」をまったく感じていないと告白した。多くの人が見下した態度と見なしたように、彼は中央ヨーロッパの革命は新しい政治思想を生み出したのではなく、単に西側に「追いつく(catching up)」ことだったと主張した。彼はまた、新たに回復した主権(sovereignty)に対する過敏さを増した中央ヨーロッパ諸国が、国際秩序(cosmopolitan order)を深める必要性を弱めるかもしれないと懸念した。

その後、ハーバーマスはヨーロッパ統合の熱烈な支持者となった。1970年代後半、彼は「ヨーロッパのファンではない」と語っていた。当時、ヨーロッパ経済共同体と呼ばれていたものは、アデナウアーなどのキリスト教民主党によって始められ、ほとんどが共通市場として機能していたからだ。しかし、ヨーロッパ連合は、冷戦後のドイツ民族主義の復活(post-Cold War resurgence of German nationalism)を懸念する人々にとって、一種の政治的生命保険(a kind of political life insurance policy)となった。ヨーロッパが政治体制になる限り、多様な国民文化を持つこの共同体は、抽象的な政治原則、つまりヨーロッパ憲法上の愛国心のようなものによってまとめられなければならないと考えるのは合理的に思えた。2000年代初頭、ハーバーマスは、当時のドイツ緑の党の外務大臣ヨシュカ・フィッシャーとともに、ヨーロッパ憲法の制定を訴えたが、その試みは失敗に終わった。

ハーバーマスはまた、ヨーロッパのアイデンティティは国際法への関与(commitment to international law)によって定義できると考えるようになった。そして、911事件以降、規範的な方向性を失ったように見えるアメリカに対するカウンターウェイトとして。2003年、彼はジャック・デリダと共著で、ヨーロッパの統一を求める熱烈な訴えを書いた。デリダはかつて哲学上の敵対者だったが、ハーバーマスは多くのフランスの理論家と同様に、デリダにも非合理主義と保守的な傾向があると疑っていた。ヨーロッパは福祉国家(welfare state)を理由に、法を遵守し人道的であると自らを定義することになっていた。国際法の束縛を破ったジョージ・W・ブッシュのアメリカとは対照的だ。アメリカのネオコンの傲慢さ(hubris of U.S. neoconservatives)は、アレントにニューヨークで歓迎されて以来、アメリカで形成期を過ごしてきた知識人にとっては個人的に失望だった。

ハーバーマスが提案したヨーロッパのアイデンティティのもう一つの中心的な部分は、平和主義への関与だった。フェルシュは、ハーバーマスが1950年代にドイツ連邦軍の再軍備に反対し、1960年代にヴェトナム戦争を批判し、1980年代初頭に核兵器搭載可能なミサイルが配備されていた場所の封鎖を主張するなど、その平和主義的本能において驚くほど一貫していると説得力を持って主張している。ハーバーマスは、道徳的原則の名の下に、違法行為を行うことが極めて疑わしいと思われていた国で、市民的不服従(civil disobedience)を正当化した最初の著名な理論家であった。

同時に、フェルシュは、ハーバーマスがドイツ統一後の重要な外交政策決定の全てを正当化したことを私たちに思い出させる。湾岸戦争への支持、コソボ介入への参加、2002年のアメリカの「有志連合(coalition of the willing)」への社会民主党・緑の党連立政権の参加拒否などだ。ハーバーマスにとって、戦争は、解釈の余地が十分に残された国際的な法秩序を予兆する限り正当化可能だった。少なくとも、国連が承認した軍事行動については、ある程度もっともらしい説明に思えたが、1999年のNATOによるベオグラード爆撃については、はるかに難しいケースだった。

しかし、ハーバーマスの枠組みにおける解釈の余地は、ウクライナ戦争が現在ドイツとヨーロッパの政治文化を変えている方法に対応できないようだ。2022年にロシアがウクライナに侵攻した後、ハーバーマスは中道左派の南ドイツ新聞に、軍事援助に対するドイツのオラフ・ショルツ首相の慎重な姿勢を支持する記事を寄稿した。ハーバーマスは常にショルツの社会民主党と親しい関係にあった。歴代の党首たちは彼に助言を求めたが、時にはヨーロッパ債務危機の際の緊縮政策など、彼が誤った政策と見なすものを再考するよう圧力をかけることもあった。また、党内の特定の派閥とこの哲学者の間には、反軍国主義(anti-militarism)への共通の親和性という点で長い間つながりがあった。

しかし、2023年に、モスクワと交渉すべきというハーバーマスの呼びかけは、左派の一部も含めて広く攻撃された。ウクライナのアンドリー・メルニク外務副大臣は、彼の介入は 「ドイツ哲学の恥(disgrace for German philosophy)」だとツイートした。ドイツはヨーロッパの多くの国々と同様、ツァイテンヴェンデ(Zeitenwende)、ショルツ首相が使った「軍事的自衛への回帰によって示される歴史の大きな転換点(the major turning point in history marked by a recommitment to military self-defense)」という言葉によって、新たな政治的要請に到達したのである。政治は、平和と相互理解(peace and mutual understanding)を模索する側に立つべきだと常に主張してきたハーバーマスにとって、この方向転換を支持することは不可能であった。本書の最後で、ハーバーマスはフェルシュに、ドイツ国民の反応はもはや理解できないと告白している。

ハーバーマスに対する批判者たちは、彼が長年続けてきた急進的な民主政治体制と社会主義の政策への取り組みを放棄したと激しく主張する。彼は単にヨーロッパ連合の応援団として行​​動していたと見られ、マルクス主義の遺産を放棄し、経済の民主化(democratizing the economy)を諦め、そしておそらく最も非難されるべきことに、ドイツ人が「国家の柱(staatstragend)」と呼ぶもの、つまり政治的エスタブリッシュメントの柱(a pillar of the political establishment)になりつつあった。2001年に彼がドイツで最も権威のある文化賞の1つを受賞したとき、連邦内閣の閣僚の大半が出席した。

しかしフェルシュは、ハーバーマスの遺産が本当に失われつつあるとすれば、それはハーバーマスの変化によるものではなく、彼を取り巻く世界の変化によるものだと示唆する。より国家主義的なドイツに対するハーバーマスの懸念は、ヒストリカーストリート(歴史家論争)以降は想像もできないような形で歴史修正主義(historical revisionism)を誇示する極右(far right)の台頭によって裏付けられているようだ。ヨーロッパ連合は、ポストナショナリズムの典型とは程遠く、世界的な「規範的勢力(normative power)」になるというその野望は崩壊し、ハンガリーのビクトル・オルバーンのような極右指導者が自由主義的民主政治体制を弱体化させるのを阻止することさえできない。コスモポリタンな法秩序への希望は、大国間の競争(great-power rivalries)という新しい時代に打ち砕かれた。確かに、ハーバーマスは「歴史の終わり」論(end-of-history thesis)に少しでも似たことを主張したことはなかったが、友好的な共存の世界が現実的なユートピアであるという彼の基本的な衝動は、確かに疑問視されてきた。

しかし、ハーバーマスの思想がかつての西ドイツの「安全な場所(safe space)」でのみ意味を成したと結論付けるのは間違いだろう。憲法上の愛国心のようなものを支持することは、むしろ、極右の復活に直面してより緊急である。ヨーロッパ諸国は、様々な点で失敗しているが、その構造は政治的、道徳的にもっと野心的な取り組みにまだ利用できる。ハーバーマスは、ドイツの指導者たちに、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の主権国家ヨーロッパ構築の誘いに応じるよう説得できなかった。ハーバーマスは、アメリカに幻滅しているが(アメリカは長い間彼の世界観の暗黙の保証人[tacit guarantor of his worldview]だったと言いたくなる)、その普遍主義的な建国理念の最良の部分は、ほとんど無効になっていない。

ハーバーマスは、1990年代のナイーブなリベラル派とは決して似ていなかった。歴史は単にアイデアが正しいか間違っているかを証明するものではない。むしろ、歴史は公共圏の荒野での継続的な戦いである。知識人の課題は、ドイツの旧式の反近代主義思想家たち(anti-modern thinkers in Germany)が深みを証明する方法であった楽観的でも悲観的でもない。むしろ、それは苛立たしいものであり続けることだ。

※ジャン=ワーナー・ミューラー:プリンストン大学政治学教授。最新刊に『民主政治体制が支配する(Democracy Rules)』がある。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ドイツのオラフ・ショルツ首相が訪中を行った。昨年にもショルツ首相は訪中を行っており、ドイツの対中重視の姿勢が見て取れる。ウクライナ戦争が続く中、また、最先端技術分野での西側と中国の競争が続く中で、ショルツ首相訪中は西側を中心として批判を浴びている。「対中弱腰」「自国の経済的利益のみを追求」「必要なことは何も言わないで媚中的な態度」といった批判を浴びている。対中姿勢については、ショルツ政権内でも意見が割れている。

現在のドイツの内閣は、ショルツ首相が所属する社会民主党(SPDSozialdemokratische Partei DeutschlandsSocial Democratic Party of Germany)、同盟90・緑の党(Bündnis 90/Die GrünenAlliance 90/The Greens)、自由民主党(FDPFreie Demokratische ParteiFree Democratic Party)の連立政権になっている。ドイツ連邦議会で3番目の議席を有する緑の党は対中強硬姿勢を取っている。人権問題や経済問題、中国のロシア支援などについて、厳しい批判を行っている。ショルツ政権には、重要閣僚である副首相並びに経済・環境保護相(ロベルト・ハーベック)と外相(アンナレーナ・ベアボック)に緑の党から入閣している。これらの人物たちは、中国に対する強硬姿勢を崩していない。閣内不一致と言える状態だ。ちなみに、ドイツの緑の党や環境保護運動には戦後、多くの元ナチス党員やナチ支持者たちが参加しており、ファシズムとの共鳴性があることが指摘されている。

 しかし、ドイツのようなアメリカの属国の立場ではこれは賢いやり方だ。アメリカにあくまで追従して、中国に敵対するという姿勢を見せながら、実利的に、特に経済面において、中国と良い関係を保っておくということを行うことは重要だ。ドイツの産業界は、日本の産業界と同様に、中国との緊密な関係を望んでいる。政治は政治として、経済は別という立場で、経済成長が鈍化したとは言え、まだまだ経済成長を続ける中国と中国市場から排除されることは大きな損失である。また、成長を続ける中国企業の海外投資もまた魅力的である。「ドイツの外交政策は大企業の役員室で決められている(だから対中弱腰なのだ)」という悪口がある。それで、平和が保たれ、経済的利益が生み出されるならば、何よりも結構なことではないか。政治家が、自分たちは安全地帯にいて、排外的、好戦的な、強硬姿勢を見せるのは、あくまで政治の方便としてならともかく、本気でそのようなことをしているのは馬鹿げたことであり、何よりもそれが平和に慣れ切って、平和の大切さを忘れて、平和をいじくろうとする、想像力の欠如した、「平和ボケ」ということになる。ショルツ首相の舵取りを日本も見習うべきだ。いや、水面下では既に中国とうまくやっているのだとは思うが。

(貼り付けはじめ)

オラフ・ショルツの戦略的不真面目さ(The Strategic Unseriousness of Olaf Scholz

-彼の最新の訪中は、ドイツの対中国政策は大企業の役員室で作られていることを示すものだ。

ジェイムズ・クラブトゥリー筆

2024年4月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/22/olaf-scholz-germany-china-policy-companies-mercedes-vw-xi-jinping/

 

4月16日、釣魚台国賓館でのドイツのオラフ・ショルツ首相と中国の習近平国家主席

中国への最善の対応を巡るヨーロッパとアメリカの間に存在する、深く長期間続く分裂が再び全面的に露呈した。アントニー・ブリンケン米国務長官は4月24日に中国を訪問する予定だ。訪中前、ブリンケン国務長官は、中国がクレムリンへの兵器関連技術の提供を通じて、対ウクライナ戦争におけるロシアの支援をやめない限り、厳しい措置を講じると警告を発した。対照的に、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、口調も内容もはるかに融和的な中国訪問を終えたばかりだが、このアプローチはドイツ、ひいてはヨーロッパを、驚くほど甘い態度のために、経済と安全保障を前にして、危険に晒している。経済と安全保障をめぐる諸問題は中国が提起する課題となっている。

ブリンケンの訪中は、米中関係の改善が進めようとする試みに続くものだ。ジョー・バイデン米大統領と習近平国家主席は、2023年11月にカリフォルニア州ウッドサイドで生産的な会談を行い、今月はそれに続く電話会談を行った。ジャネット・イエレン米財務長官も4月初めに北京を訪問した。新たな閣僚レヴェルのコミュニケーション・チャンネルは、昨年、制御不能(out of control)に陥る危険性があると思われた関係を安定させた。イエレンは現在、中国の何立峰副首相と経済問題に対処し、ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官は中国の王毅外相と交渉している。

ホワイトハウスはサリヴァンと王毅のチャネルが特に成功していると見ているが、その理由の1つは、王が現在、政府と中国共産党の外交政策責任者という2つの役割を兼ね備えているからだ。これにより、これらの役割が2つに分割されていたときと比較して、より効率的なコミュニケーションが可能になる。

それにも関わらず、アメリカのアプローチは基本的に競争力を維持している。今週到着するブリンケン国務長官がウクライナについて警告を発したのと同じように、イエレン財務長官もまた、中国の不公平な工業生産慣行(China’s unfair manufacturing practices)と彼女が表現したものについて厳しいコメントを訪問中何度か行った。

ショルツのアプローチは著しく異なっており、良い内容ではなかった。このことは、彼の代表団の詳細が明らかになった瞬間から明らかだった。ドイツには、ロベルト・ハーベック副首相やアンナレーナ・ベアボック外相を筆頭に、中国に対して強硬で戦略的な見方をする閣僚がいる。しかし、どちらも北京にはいなかった。代わりにショルツは、北京との緊密な協力を好む農業などの分野の閣僚や、中独貿易・投資を推進する産業界の重鎮たちを連れて行った。

ショルツはまたお膳立てされた厳しい内容の演説を拒絶した。実際、ショルツ首相は、中国のロシア支援から産業の過剰生産能力の増大するリスクに至るまで、ヨーロッパの経済と安全保障の重要な利益に打撃を与える問題について、公の場において、驚くほどほとんど発言しなかった。ショルツのこうした態度について、中国メディアが大喜びしたのは当然だ。ロディウム・グループの中国アドヴァイザーであるノア・バーキンはショルツの訪中後に、「報道は熱狂的だったと言えるだろう。中国が弾丸を避けたという感覚があるのは明らかだ」と書いている。

ショルツのアプローチは、ドイツの経済的利益に対する認識を基盤にしている。ドイツの対中経済的利益は昨年、著しく悪化した。3月上旬の全国人民代表大会(National People’s Congress、全人代)で習近平は、中国が「新たな質の高い生産力(new quality productive forces)」を発揮することを要求した。これは、電気自動車(electric vehiclesEVs)やバッテリーを含む先進的な製造業に巨額の資金を投入し、中国の経済モデルの失速を補うことを意味する。国内需要が限られている以上、その成果は必然的に輸出されることになり、中国はヨーロッパや北アメリカの先進製造業経済と衝突することになる。

ヨーロッパ連合(European UnionEU)は、中国政府からの補助金(subsidies)が自動車やソーラーパネルを含む産業の企業に競争上の優位性を与えているかどうかを調査しており、ショルツが指摘したように、中国の電気自動車に対する関税を検討し始めている。しかし、中国が国家補助金を削減するという、極めてあり得ないシナリオがあったとしても、その膨大な生産量と低コストのために、ヨーロッパ各国が対抗するのは極めて困難である。電気自動車からエネルギー転換技術、よりシンプルなタイプの半導体まで、ヨーロッパは現在、中国製の工業製品に支配される未来が明らかに近づいている。

ベルリンは、ドイツが誇る製造業の中で最も重要な自動車部門において、特別な課題に直面している。BMW、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲンといった企業にとって、中国は何十年もの間、最も重要で最も収益性の高い市場だった。しかし、その時代は終わった。中国のBYD(比亜迪)は現在、テスラ(Tesla)と、世界最大の電気自動車メーカーの座を争っている。BYDは、アメリカのライヴァルであるテスラとほぼ同等の性能を持ち、それよりもはるかに安価な自動車を生産している。北京や上海の通りには、他の中国電気自動車ブランドで作られた車でごった返しているが、そのほとんどは西側職の人々には知られていない。伝統的な内燃エンジン(traditional combustion engines)の需要は崩壊しつつある。

クライスラーの中国における元責任者で、現在はコンサルタント・グループであるオートモビリティの責任者であるビル・ルッソは、こうした状況の変化に伴い、中国国内の自動車市場における外国ブランドの総シェアは、2020年以降の短期間で、64%から過半数を割る40%に急落したと述べている。現在、フォルクスワーゲンは、まだ中国で多くの自動車を販売しているが、それも長くは続かないだろう。「これらの企業に未来があるとは思えない」とルッソは述べている。

ドイツには二つ目の懸念がある。それは、自国市場へのリスクだ。中国製のバッテリーやその他の部品を対象とした規制のため、現在アメリカでは中国製電気自動車はほとんど販売されていない。中国からの電気自動車輸入の波に直面し、ヨーロッパは関税をアメリカとほぼ同じ水準に引き上げる可能性が高い。

しかしながら、ショルツは自国ドイツの自動車メーカーからは正反対の要求を突きつけられている。電気自動車への移行に多額の投資を行ってきたメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEOは、ブリュッセルに電気自動車関税の引き上げではなく引き下げを求め、競争がヨーロッパの自動車メーカーの改善に拍車をかけると主張した。中国をヨーロッパ市場から締め出すだけでは、ドイツが電気自動車で競争力を取り戻すことはできないだろう、という意見には真実味がある。ドイツが電気自動車分野で競争力を取り戻すためには、ドイツ企業は少なくとも自国での製造方法を確立するまでの間、バッテリーなどの分野で中国の技術を利用する必要がある。ドイツはまた、ヨーロッパの関税が中国のドイツ自動車メーカーを標的にした相互措置につながることを恐れている。

したがって、好意的に見れば、ドイツのアプローチは、2008年の世界金融危機を前にした当時のシティグループCEOチャック・プリンスの有名な格言の変形である。その格言とは「音楽が流れている限り、立ち上がって踊るしかない」である。2007年、プリンスは、災難が近づいている兆候が明らかになる中で、なぜ自分の銀行がリスクの高い金融取引を続けたのかを説明しようとしてこの言葉を使った。これと同じように、ショルツはドイツ企業がかつての国際競争力を取り戻そうとする一方で、中国市場の残りのシェアで稼ぎ続けられることを願っている。

もちろん、中国の工業力が高まっていることを考えれば、これがうまくいく確率は低い。しかし、たとえうまくいったとしても、この戦略はドイツ企業にとっての利益と、ドイツやヨーロッパ全体にとっての利益を混同するという、昔からの過ちを犯していることに変わりはない。

このアプローチが甘く見える理由は2つある。1つは、中国の進路が決まってしまったことだ。ショルツは上海で学生たちを前にして、中国に節度ある行動を求めた。「競争は公正でなければならない」とショルツ首相は述べ、北京がダンピング(dumping)や過剰生産(overproduction)を避けるよう求めた。しかし、中国のシステムは現在、この道を十分に進んでおり、北京がショルツの言葉に耳を傾けたとしても、そのような要求の実現は実際には不可能だ。

それどころか、中国は自国の経済モデルを復活させるために製造業を強化しようとしている。ドイツの自動車メーカーが自国(中国)の市場で成功することなどまったく考えておらず、電気自動車やその他の産業で世界的なリーダーになることに全力を注いでいる。ドイツの自動車メーカーは、中国での地位が救われると誤解しているかもしれないが、ドイツの政治指導者たちが同じ作り話を信じる必要はない。ショルツのソフト・ソフト・アプローチ(softly-softly approach)もまた、中国との競争によってもたらされる自国の経済モデルへの巨大な挑戦に対して、ドイツの国民や企業を準備させることはほとんどない。

ドイツのアプローチには、ヨーロッパと西側の団結に対する地政学的な二つ目のコストが伴う。中国の熱烈な報道が示すように、ショルツの訪独は、ヨーロッパ内、そしてアメリカとの分断を狙う北京の長年のアプローチへの贈り物であった。この分断は、貿易をめぐっても明らかだった。しかし、それはウクライナ問題でも同様だった。ショルツ首相の官邸は、ショルツ首相が習近平との個人的な会談でウクライナを取り上げ、ロシアの「再軍備(rearmament)」は「ヨーロッパの安全保障に重大な悪影響(significant negative effects on security in Europe)」を及ぼし、ヨーロッパの「核心的利益(core interests)」に直接影響すると主張したと述べている。しかし、中国にロシアへの支援を止めるよう求める私的なメッセージは、同様の公的なメッセージが既に失敗している以上、効果があるとは考えにくい。

ドイツのアプローチはまた、近年中国への依存を減らすために真剣に取り組んでいるインドや日本を含む、より広いインド太平洋地域の新たなパートナーとの信頼できる関係を構築することを、ヨーロッパにとって難しくしている。インドと日本の指導者もまた、中国がもたらす経済的・安全保障的脅威を率直に公言している。ニューデリーや東京から見れば、ショルツの今回の訪中は、単にヨーロッパの信頼性のなさ(unreliability)と戦略的真剣さの欠如(strategic unseriousness)の証拠としか受け取られないだろう。

もっと良いテンプレートがあることを考えると、ドイツのアプローチは特に奇妙に見える。ブリンケンとイエレンの訪中は、厳しいメッセージを発信しながらも北京でのビジネスが可能であることを示している。ヨーロッパ委員会のアーシュラ・フォン・デア・ライエン委員長は、昨年(2023年)12月に北京で開催された直近のEU・中国首脳会議で、リスク回避に関して同様のバランスを取った。オランダのマーク・ルッテ首相も2024年3月に同様のことを行い、中国のサイバースパイ戦術とウクライナでのロシア支援を公然と批判した。 

ショルツ首相がヨーロッパのパートナーやワシントンと調整し、最も有能な閣僚とともに北京に到着し、明確な飴と鞭を携えて公の場でしっかりと共同方針を表明するような、これまでとは異なるドイツの姿勢を見せると想像することは可能だ。その代わり、ドイツのアプローチは長期的な戦略的洞察に欠けているように見えた。ドイツの政策立案者たちは、ドイツの経済政策や外交政策がベルリンの首相府や省庁ではなく、企業の役員室で決定されるという考え方に歯がゆさを感じている。しかし、ショルツの訪中を、そして気の遠くなるようなことだが、ドイツの中国政策の多くを、それ以外の方法で説明するのは難しい。

※ジェイムズ・クラブトゥリー:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。アジア国際戦略研究所元上級部長。著書に『億万長者による支配:インドの新しい黄金時代を通じての旅路(The Billionaire Raj: A Journey Through India’s New Gilded Age)』がある。ツイッターアカウント:@jamescrabtree

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オラフ・ショルツは本音を隠せないままに中国訪問に向かう(Olaf Scholz Is on a Telltale China Trip
-ヨーロッパは中国に対して強硬な姿勢を取っているが、ドイツが本当にそれに協力しているかどうかはすぐに分かるかもしれない。

ノア・バーキン筆

2024年4月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/13/scholz-germany-china-trip-europe-derisk-decouple/

 

2022年11月3日、中国に向かうためにベルリンで飛行機に乗り込むオラフ・ショルツ

ヨーロッパ連合(European UnionEU)は、これまで何年も小さな棒を持ち、やわらかく話してきたが、安価な中国製品の流入が自国産業を衰退させることを懸念し、中国に対して経済的な力を行使し始めた。大きな問題は、EU圏最大の経済大国であるドイツが、より積極的なアプローチに全面的に賛同するかどうかだ。

これが、ドイツのオラフ・ショルツ首相の来週の中国訪問を特に興味深いものにしている。ベルリンの対中国政策は近年、硬化している。昨年(2023年)7月、ショルツ政権は厳しい文言の対中戦略を発表し、焦点をリスク回避(de-risking)、多様化(diversification)、対中依存度の削減(reduction of dependencies on China)に移行した。

しかし、もしショルツ1人だけが戦略を立案していたら、そもそもこの戦略は発表されなかったかもしれない。新たな批判的アプローチの原動力となったのは、ショルツの連立パートナーの1つである緑の党(the Greens)だ。ショルツ自身は慎重な姿勢を崩しておらず、中国市場を将来と結びつけている一握りのドイツ大企業に対して北京が報復するのではないかという懸念もあって、中国をあまり強くプッシュしたがらない。

2021年の首相就任以来、最長となる二国間訪問の1つであるショルツ首相訪中は、4月14日から16日まで3日間フルに中国を滞在し、重慶と上海のドイツ企業を訪問した後、習近平国家主席および李強首相と会談するために北京へ向かう予定となっている。中独両国は様々な協力分野が存在することの強調について熱心である。

ショルツは、ドイツ経済の弱体化と、タカ派もハト派も満足させられないウクライナ政策によって、国内ではプレッシャーにさらされている。ドナルド・トランプの再選によって大西洋を越えた関係に衝撃が走るかもしれない今年、北京と新たな戦線を開くことを避けたいとショルツは考えている。習近平は、中国経済が不動産危機、新型コロナウイルス規制解除後の経済不振、そしてアメリカの技術規制によって大きな圧力にさらされているときに、中国とドイツが互いに協力することを約束し続けるというシグナルを送りたいと考えているだろう。

しかし、水面下には、両首脳が封じ込めるのが難しい、様々な対立問題(a range of divisive issues)が潜んでいる。

ウクライナ戦争におけるロシアの戦争継続に対する中国の支援は、ドイツにとって重要なアジェンダとなるだろう。北京が西側のレッドラインを越え、軍事作戦に不可欠な物資や技術援助をモスクワに提供しているという懸念が高まっているからだ。

ジャネット・イエレン米財務長官は先週中国を訪問した際、ロシアの戦争に物質的支援を提供した中国企業は制裁という形で「重大な結果(significant consequences)」に直面するだろうと警告した。ショルツが同様のメッセージをより穏やかな口調で伝えることを期待したい。

しかし、おそらく最重要のアジェンダは、ヨーロッパ連合と中国の貿易関係の悪化だろう。ブリュッセルでは、中国が安価な補助金付き商品(cheap, subsidized goods)をヨーロッパ市場に膨大に流入させることで、経済の停滞から脱出しようと考えて、対ヨーロッパ輸出を試みるのではないかという懸念が高まっている。同時にヨーロッパ諸国は、ワシントンからの圧力が強まる中、中国への機密技術の輸出(export of sensitive technologies to China)をどこまで制限するかについて議論している。

昨年(2023年)6月、ヨーロッパ委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は、中国との技術協力のレッドラインを定めることを目的とした経済安全保障戦略(economic security strategy)を発表した。その数カ月後、ヨーロッパ委員会は中国からの電気自動車(electric vehicles)輸入に関する調査を開始した。そしてここ数週間は、風力タービン(wind turbines)、ソーラーパネル(solar panels)、鉄道に関連する補助金についての調査結果を発表し、中国企業が自国で受けている手厚い国家支援のおかげでヨーロッパ市場で不当な優位性を得ていると非難している。

これらを総合すると、これは、これまで私たちが目にすることがなかった、ヨーロッパからの最も強力な中国に対する反発に相当するが、それはほんの始まりにすぎない。

今週、プリンストン大学で行われた重要な講演で、競争問題ヨーロッパ委員のマルグレーテ・ヴェステアーは、新たな措置を強調したが、ヨーロッパの「モグラたたき(whack-a-mole)」戦術では不十分かもしれないと認めた。

「ケース・バイ・ケース以上のアプローチが必要だ。系統だったアプローチが必要だ。そして、手遅れになる前にそれが必要である。ソーラーパネルで起きたことが、電気自動車や風力発電、あるいは必要不可欠なチップで再び起きるような事態は避けたいと考えている」。

ヴェステアーは、重要なクリーン技術に対する「信頼性(trustworthiness)」基準の策定を提案した。これは、ファーウェイのような「ハイリスク」の5Gサプライヤーに対するアプローチと同じものだ。サイバーセキュリティ、データセキュリティ、労働者の権利、環境基準などの分野でヨーロッパの基準を満たさない国は、自国の企業が制限を受けるか、市場から排除されることになる。これは、ヨーロッパと中国との経済関係の重大な変化を意味する。

しかし、その戦術が機能するためには、ドイツからの支援が不可欠である。そしてショルツが、中国との特権的な経済関係を、たとえそれがますます緊張状態にあるとしても、危険に晒す覚悟があるかどうかは不明である。ショルツは、近年中国市場への進出を倍増させている三大自動車メーカー(BMW、メルセデス、フォルクスワーゲン)のCEOを含むドイツ産業界のリーダーを集めた代表団とともに中国を訪問する予定だ。ロディウム・グループの統計数字によれば、ドイツの対中直接投資額は2022年に71億ユーロを記録し、驚くべきことに、EU全体の79%を占めた。

2022年11月に首相として初めて中国を訪問する数週間前、ショルツは中国の海運大手コスコにドイツ最大のハンブルク港のターミナルの株式を与えるという取引を強行した。ショルツはまた、ファーウェイをドイツの通信ネットワークから段階的に排除する決定を下すよう、連立パートナーから受けている圧力に抵抗している。ファーウェイはドイツの5Gネットワークにおいて、59%のシェアを持っており、これはヨーロッパで最も高いレヴェルに達している。

このような背景から、ヨーロッパ委員会の担当者たちは、ショルツ首相が中国で発するメッセージを注視している。貿易関係に対するヨーロッパの懸念が深刻であることを中国側に説明し、EUが対応するという意思表示をするのだろうか? そうすれば、中国経済が苦境に立たされ、北京の指導者たちがヨーロッパからの投資を誘致し、欧州市場へのアクセスを維持しようと必死になっているときに、ドイツとそのパートナーが経済的な影響力を行使する用意があることを示すことができる。

それとも、ドイツ産業界がショルツに強く求めているように、貿易摩擦(trade tensions)を軽視し、その過程において、ブリュッセルを弱体化させるのだろうか?

その答えは、11月のアメリカ大統領選挙を頂点とする重要な年に、ヨーロッパが中国に対してどれだけ団結しているかを多く物語ることになるだろう。ショルツ首相訪問の数週間後、習近平は5年ぶりにヨーロッパを訪問し、フランス、ハンガリー、セルビアをそれぞれ訪問する。ショルツとフランスのエマニュエル・マクロン大統領が習近平に同じメッセージを伝えれば、それは強力なシグナルとなるだろう。それができなければ、致命的である。

※ノア・バーキン:ロディアム・グループ上級アドヴァイザー、アメリカのジャーマン・マーシャル基金非常勤上級研究員。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行いたしました。前半はアメリカ政治、後半は世界政治の分析となっています。2024年にアメリカはどうなるか、世界はどうなるかを考える際の手引きになります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 今回は地政学の大きな流れをまとめた優れた論稿をご紹介する。著者のハル・ブランズはジョンズ・ホプキンズ大学教授で、『フォーリン・ポリシー』誌や『フォーリン・アフェアーズ』誌に多くの論稿を発表し、著書『デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突』(飛鳥新社)もある。ハルフォード・マッキンダー、アルフレッド・セイヤー・マハン、ニコラス・スパイクマン、カール・ハウスホーファーといった、地政学の大立者の思想を簡潔にまとめている。また、現代にまで引き付けて、分析を加えている。

 地政学の有名な理論としては、「ランドパワー・シーパワー」「ハートランド・リムランド」「生存権(レーベンスラウム)」といったものがあるが、簡潔に述べるならば、「イギリス、後にはアメリカが、世界を支配するためには、ユーラシア大陸から有力な挑戦者が出てこないようにする」ということである。地政学がドイツに渡れば、「ドイツが生き残るためには拡大していかねばならない」ということになった。
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 現在に引き付けて考えてみると、「ロシアと中国を抑え込むために、アメリカは、ヨーロッパ(とイギリス)、日本を使う」ということであり、「インド太平洋」という概念を用いるということになる。これは逆を返して考えれば「ユーラシアでロシアと中国が団結して強固な結びつきで一大勢力となって、アメリカやイギリス、日本を“辺境化”する」ということになる。今、私たちは世界の中心がアメリカやイギリスであると考えるが、ユーラシアに世界の中心が移れば、アメリカもイギリスも世界の外れということになる。世界は大きな構造変化を起こしつつある。これからはユーラシア大陸の時代ということになるだろう。

 世界を大きく、俯瞰で見るために地政学は有効である。地政学的な素養は学者だけではなく、多くの人々にとっても必要である。現在の世界を説明するために、そして、新たな状況の出現を予測したり、考えたりすることは有意義なことだ。そして、新たな時代には新が地政学の思想が出てくることだろう。それが今から楽しみだ。

(貼り付けはじめ)

地政学は期待と危機の両方をもたらす(The Field of Geopolitics Offers Both Promise and Peril

-世界で最も悲惨な学問(science)は、ユーラシア大陸を非自由主義や略奪にとって安全なものにするかもしれないし、そうした力から守るかもしれない。

ハル・ブランズ筆

2023年12月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/12/28/geopolitics-strategy-eurasia-autocracies-democracies-china-russia-us-putin-xi/

アレクサンドル・ドゥーギン(Aleksandr Dugin、1962年-、62歳)はちょっとした狂人だ。このロシアの知識人は2022年、ドゥーギン自身を狙ったと思われる、ウクライナの工作員が仕掛けたモスクワの自動車爆弾テロで、彼の娘が殺害され、西側で大きな話題となった。ドゥーギンが標的にされたのは、ウクライナでの大量虐殺を伴う征服戦争(genocidal war of conquest in Ukraine)を何年も前から堂々と提唱していたからだろう。「殺せ! 殺せ! 殺せ!」。2014年、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が初めてウクライナに侵攻した後、彼はこう叫んだ。更に、「これは教授としての私の意見だ」と述べた。娘の葬儀でも、ドゥーギンはメッセージに忠実だった。幼児だった娘の最初の言葉の中に、「私たちの帝国(our empire)」という言葉があったと彼は主張した。

本当かどうかは別として、このコメントはプーティン大統領の外交政策を形作る熱狂的なナショナリズムを知る窓となった。それはまた、よく誤解されている伝統である、地政学(geopolitics)への窓でもある。単に力の政治(power politics)の同義語として使われることも多い地政学は、実際には19世紀後半から20世紀初頭にかけて現れた、国際関係に対する独特の知的アプローチであり、その洞察(insights)と倒錯(perversions)が現代を深く形作ってきた。

ドゥーギンは1990年代、アメリカに対抗するためにユーラシア帝国を再建することで、落ちぶれた(down-and-out)ロシアがその偉大さを取り戻すことができると主張し、一躍有名になった。これは、1904年にイギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダー(Halford John Mackinder、1861-1947年、86歳で没)が提唱した「これからの時代はユーラシアに依拠する侵略者とオフショアのバランサーとの衝突(clashes between Eurasian aggressors and offshore balancers)によって定義される」という論文の奇妙な世界への応用であった。マッキンダーの論文は、地政学という学問分野の確立に貢献した。ドゥーギンの暴言やプーティンの犯罪が示すように、地政学は今日でも知識人や指導者に影響を与えている。

地政学は、地理学が、テクノロジーと相互作用するかを研究する学問であり、グローバルパワーをめぐる絶え間ない争いに関して研究する学問である。地政学が注目されるようになったのは、ユーラシア大陸という中心的な舞台を支配することで、現代世界を支配しようとする巨人同士の衝突の時代が始まってからだ。そして、冷戦後の時代に地政学が時代遅れのものに思えたとしても、酷い戦略的対立関係が再登場している今、その重要性は急劇に高まっている。しかし、20世紀の歴史と現代の戦略的要請を理解するには、地政学の伝統は1つではなく、2つあることを理解する必要がある。

マッキンダーと彼の知的継承者たちに代表される、地政学の民主的な伝統が存在する。これは恐ろしいが悪とは​​言い難い。それは、猛烈な無政府状態の世界で自由主義社会がどのように繁栄できるかを理解することを目的としているからだ。そして、ドゥーギンに象徴される独裁的な地政学学派があり、それはしばしば純粋かつ単純な毒である。この独裁学派地政学はプーティン大統領と中国の習近平国家主席の政策によく表れている。民主諸国家の政策立案者たちが新たな時代を形作るには、自らの地政学の伝統を再発見する必要がある。

経済学が陰鬱な学問だとすると、地政学はそれほど明るい科学ではない。地政学は1890年代から1900年代にかけて出現した。この時代は、帝国間の競争が激化し、交通と通信の革命により世界が1つの戦場となり、戦略家たちが危険で相互につながりのある世界で生き残るための絶対条件を見極めようとしていた時代だった。地政学の研究は常に、世界中の自由の運命の中心となりつつある超大陸であるユーラシアに特別な焦点を当ててきた。

マッキンダーが論文「歴史の地理的軸(The Geographical Pivot of History)」で説明しているように、テクノロジーはユーラシア大陸の地理を紛争の温室(hothouse of conflict)にしてきた。鉄道の普及は軍隊の移動時間を大幅に短縮し、野心的な国家、特に急速に近代化する独裁国家が陸地の端から端まで覇権を求める時代を予見していた。それらの国家が資源豊富な超大陸を征服した後は、比類なき海軍の建設に目を向けることになる。

マッキンダーの厳しい予測は、大陸の諸大国がユーラシア大陸を支配することを目指し、やがて世界を支配するというものだった。マッキンダーは、やがてロシアが世界を支配すると懸念していた。マッキンダーの言う、リベラルな超大国は、ユーラシア大陸の分断を維持することで、この世界的専制主義(global despotism)を阻止しなければならない。マッキンダーにとって、そのリベラルな超大国はイギリスだった。イギリスは、陸と海で覇権を狙う国々をけん制しながら、その周辺では、危険に晒されている「橋頭堡(bridge heads)」を保持しなければならないとマッキンダーは考えた。

アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan、1840-1914年、74歳で没)は、アメリカに出現したマッキンダーの分身のような存在であった。シーパワー(sea power)の伝道師であるマハンは、中米地峡に運河を建設し、戦艦軍団を編成し、難攻不落の海洋強国を築き上げるようアメリカに働きかけ、知的キャリアを積んだ。しかし、マッキンダーのように、マハンも超大陸を神経質に見つめていた。彼は次のように見ていた。蒸気の時代(age of steam)には、ユーラシア大陸の統合は海を隔てた国々を脅かすかもしれない。もしかしたら、ロシア皇帝が中東や南アジアを突破して、より温暖な海域とより広い地平線を目指すかもしれない。あるいは、日本やドイツが自国内の支配を確立した後、海を越えてさらに遠くを見据えるかもしれない。

マッキンダーが卓越した陸の力が卓越した海の力につながると考えたとすると、マハンはユーラシア大陸内の危険をコントロールするには、その周辺の海域を支配する必要があると考えた。そこでマハンは、米英の海洋同盟(maritime alliance between the United States and Britain)に狙いを定め、2つの海洋民主政治体制国家が海を取り締まり、それぞれの自由の伝統にふさわしい世界システムを維持することを目指した。マハンは1897年、「英語を話す民族の心情の統一(unity of heart among the English-speaking races)」こそが、「この先の疑わしい時代における人類の最良の希望となる(lies the best hope of humanity in the doubtful days ahead)」と書いている。

地政学の闘技場で重要な3人目の人物は、第二次世界大戦の世界的混乱の中で頭角を現したオランダ系アメリカ人の戦略家であるニコラス・スパイクマン(Nicholas J. Spykman、1893-1943年、49歳で没)だ。スパイクマンはマッキンダーの主張や考えを次のように改造した。最も鋭い挑戦は、荒涼としたロシアの「ハートランド(heartland)」ではなく、ユーラシア大陸に深く切り込みながら、隣接する海を越えて攻撃することができるダイナミックで工業化された、「リムランド(rimland)」の国々、すなわちドイツと日本だ。鉄道がマッキンダーを魅了し、戦艦がマハンを夢中にさせたとすれば、スパイクマンを悩ませたのは爆撃機(bomber)であった。ひとたび全体主義国家がヨーロッパとアジアを制圧すれば、彼らの長距離航空戦力(long-range airpower)が新世界(西半球)の海洋進入路を支配し、その一方で封鎖と政治戦争がアメリカを弱体化させ、殺戮に向かうとスパイクマンは考えた。ユーラシア大陸内のパワーバランスを冷酷に調整することによってのみ、ワシントンは致命的となりかねない孤立を避けることができると主張した。

現在、これらの思想家たちを分析することは憂鬱であり、逆行的でさえある。マハンは誇らしげに自らを「帝国主義者(imperialist)」と呼び、マッキンダーは中国に「黄禍(yellow peril)」のレッテルを貼った。地政学が拠り所とする二重の決定論(dual determinism)、すなわち地理が世界の相互作用を強力に形成し、世界は過酷で容赦のない場所であるということを、全員が受け入れていた。スパイクマンは1942年に「国家が生き残れるのは、絶えずパワーポリティックスに献身することによってのみである」と書いている。

それは正しくなかった。マッキンダー、マハン、そしてスパイクマンは、新しいテクノロジーと、より凶暴な暴政の夜明けによって、より恐ろしくなった世界規模での対立の時代を乗り切ろうとしていた。マハンが言うところの「個人の自由と権利(the freedom and rights of the individual)」を尊重する民主的な社会が、「個人の国家への従属(the subordination of the individual to the state)」を実践する社会からの挑戦を生き残ることができるかどうか、3人とも最終的にはそれを懸念していた。つまり3人とも、どのような戦略、マッキンダーの言葉を借りれば「権力の組み合わせ(combinations of power)」が、許容可能な世界秩序を支え、ユーラシア大陸の統合が新たな暗黒時代の到来を告げるのを防ぐことができるかを見極めようとしていた。

この民主学派地政学(democratic school of geopolitics)は、非自由主義的な諸大国によって運営される超大陸を、避けるべき悪夢とみなした。権威主義学派地政学(authoritarian school)は、それを実現すべき夢と考えた。

自由主義の伝統に彩られた地政学が英米の創造物であるとすれば、より厳しく独裁的な倫理観を持つ地政学はヨーロッパ大陸で生まれたものだ。後者の伝統は、19世紀後半にスウェーデンの学者ルドルフ・チェーレン(Rudolf Kjellen、1864-1922年、58歳で没)とドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel、1844-1904年、59歳で没)が始まりである。これらの思想家たちは、ヨーロッパの窮屈で熾烈な地理学の産物であり、当時の最も有害なアイデアのいくつかを生み出した。

チェーレンとラッツェルは社会ダーウィニズム(social Darwinism)の影響を受けていた。彼らは、国家を拡大しなければ滅びる生命体とみなし、国民性を人種的な用語で定義した。彼らの一派は、1901年にラッツェルが作り出した「生存圏(Lebensraum)」、生活空間(living space)の探求を優先した。この伝統は、大陸の征服と開拓に成功したアメリカからインスピレーションを得ることもあったが、帝国ドイツのように、拡張主義的なヴィジョンと非自由主義的、軍国主義的な価値観が両立していた国々で最も開花した。そしてその後の数十年の歴史が示すように、この反動的でゼロサムの傾向を持つ地政学は、前例のない侵略と残虐行為の青写真(blueprint)となった。

このアプローチの典型は、カール・ハウスホーファー(Karl Haushofer、1869-1946年、76歳で没)である。彼は第一次世界大戦時には砲兵司令官を務め、1918年の敗戦後、ドイツ復活(German resurrection)の大義を掲げた。ハウスホーファーにとって、地政学は拡大と同義だった。第一次世界大戦後、ドイツは連合国によって切り刻まれた。ドイツが取るべき唯一の対応は、「現在の生活空間の狭さから世界の自由へと爆発することだ(out of the narrowness of her present living space into the freedom of the world)」と彼は書いている。ドイツは、ヨーロッパとアフリカにまたがる資源豊富な自国の帝国を主張しなければならない。抑圧され、持たざる国、すなわち日本とソヴィエト連邦が、ユーラシア大陸と太平洋の他の地域でも同様のことをすると、彼は信じていた。

ハウストホーファーが「汎地域(pan-regions)」と呼ぶものを統合することによってのみ、修正主義諸国は敵に打ち勝つことができた。また、協力することによってのみ、敵、すなわちイギリスによる分割統治(divide-and-conquer)を阻止することができた。この地政学の目標は、独裁的な軸によって支配されるユーラシアであった。マッキンダーが警告していたことを、ハウシュホーファーは彼の著作から惜しみなく借用し、実現する決意を固めた。

騒乱や殺人なしにこれが達成できるという気取りはなかった。ハウスホーファーは「世界は、政治的な整理整頓(political clearing up)、権力の再分配を必要としていた。小国はもはや存在する権利がない」と書いている。ハウストホーファーは、1930年代後半から1940年代初頭にかけてドイツが行った「生存圏」の獲得という殺人行為を支持することになった。

ハウスホーファーは、アドルフ・ヒトラーが1920年代に収監されている間、アドルフ・ヒトラーの相談役を務めていた。ヨーロッパのライヴァルを排除することの重要性、東方における資源と空間の必要性など、ヒトラーの『我が闘争(Mein Kampf)』の中心的主張は、純粋なハウスホーファーの主張であったと歴史家のホルガー・ヘルヴィッヒは書いた。ヒトラーが英米のシーパワーへの回答として提唱した広大なユーラシア陸軍帝国も、同様にハウスホーファーの思想に影響を受けたものだった。歴史上最も大胆な土地強奪は、ヒトラーの誇大妄想(megalomania)、病的な人種差別主義、権力への壮大な渇望に起因する。それはまた、悪の地政学(geopolitics of evil)に支えられていた。

国家と国家の衝突は思想の衝突である。20世紀を解釈する1つの方法は、民主学派地政学が独裁主義的な地政学を打ち負かしたということである。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして冷戦において、根本的に修正主義的な諸国家(radically revisionist states)は、ハウストホーファーの脚本をそのまま実行に移した。ドイツ、日本、ソヴィエト連邦はユーラシア大陸の広大な土地を占領し、近隣の海と争った。支配地域は、時には殺人的な残虐性をもって統治された。しかし、リベラルな超大国が指揮を執り、民主国家が持つ最高の地政学的洞察に導かれた世界連合によって、彼らは最終的に敗北した。

マッキンダーによれば、これらのオフショア(ユーラシア大陸から離れた)諸大国(offshore powers)は、ユーラシア大陸の捕食者たちが超大陸を蹂躙し、彼らの注意が完全に海洋に向くのを防ぐために、陸上に同盟諸国を育成した。マハンが予見したように、米英は大西洋を支配し、ワシントンの圧倒的なパワーを発揮させるために同盟を結んだ。そして、スパイクマンが推奨したように、アメリカは大西洋と太平洋にまたがる同盟関係を構築し、かつての同盟国であったソ連を封じ込めるために、日本とドイツという改心した敵を利用することで、ユーラシア大陸の分断を維持することに最終的に関与することになる。

実際、こうした闘いでは道徳的な妥協が繰り返された。西側民主政体諸国は、第二次世界大戦ではソ連の指導者ヨシフ・スターリンと、冷戦後期では中国の指導者毛沢東と悪魔の取引(devil’s bargains)をした。彼らは、封鎖、爆撃、クーデター、秘密介入といった戦術を用いたが、それはより高い善への貢献によってのみ正当化できるものだった。スパイクマンは、「全ての文明的生活は、最終的にはパワーにかかっている。と書いている。民主政体諸国は、世界最悪の侵略者が最も重要な地域を支配するのを防ぐために、冷酷にパワーを行使した。

1991年のソヴィエト連邦の戦略的敗北と解体によって頂点に達したこれらの勝利の報酬は、繁栄する自由主義秩序と、グローバル化と民主化によって地政学が時代遅れになったという感覚であった。しかし残念なことに、世界は今、独裁的な挑戦者たちが古い地政学的思想を武器とする、新たな対立の時代に突入している。

プーティンの新帝国主義プログラム(neoimperial program)について考えてみよう。1990年代から、ドゥーギンは、ロシアは覇権主義的な「大西洋主義者」連合(“Atlanticist” coalition)によって存在を脅かされていると主張し、ロシアの安全保障エリートたちの間でその名を知られるようになった。ハウホーファーと同様、ドゥーギンはマッキンダーを逆転させることで活路を見出した。ドゥーギンは2012年に、モスクワにとっての最良の戦略は「私たち自身の手でロシアのために偉大な大陸ユーラシアの未来を作ることだ(great-continental Eurasian future for Russia with our own hands)」と書いている。旧ソ連の諸共和国を取り戻し、不満を抱く他の国々と結びつきを強めることで、ロシアはユーラシア修正主義者のブロック(bloc of Eurasian revisionists)を構築することができる。「ロシアの核心地域(The heartland of Russia)」は「新たな反ブルジョア、反米革命の舞台(“staging area of a new anti-bourgeois, anti-American revolution)」だとドゥーギンは1997年に書いた。西側諸国ではプーティンとドゥーギンの結びつきはしばしば誇張されてきたが、後者の著作は前者が何をしたかを知る上で悪くない指針となる。

プーティンのロシアは、その支配から逃れようとした近隣諸国(グルジアとウクライナ)の領土を分割し、一方で毒殺、戦略的腐敗、その他の戦術を駆使して他のポスト・ソヴィエト諸国を従属させ、隷属させてきた。西側諸国の政治的不安定を煽り(これもドゥーギンが提唱した共同体を崩壊させる戦術である)、その一方で、プーティンの言葉を借りれば、「現代世界の両極の1つ(one of the poles of the modern world)」として機能しうるユーラシアの制度を構築しようとしている。その一方で、プーティンはユーラシアを独裁的で反米的な大国の要塞とすることを目指して、中国やイランと擬似的な同盟関係を結んでいる。プーティンはまたもやドゥーギンの言葉を引用し、ロシアは「リスボンからウラジオストクまで」広がる「共通地帯(common zone)」を作らなければならないと述べている。プーティンはまた「ユーラシア超大陸は、ロシアが守るべき“伝統的価値”の避難所(a haven for the “traditional values”)であり、ロシアが利用すべき“大いなる機会”の源泉(a source of “tremendous opportunities”)である」と述べた。

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻は、広々としたユーラシア大陸の中心地とダイナミックなヨーロッパ大陸の縁を結ぶウクライナを征服することで、この計画を加速させることを意図していた。ここでプーティンは、ドゥーギンが規定した血なまぐさい倫理観をもって、ロシアの「偉大な大陸ユーラシアの未来(great-continental Eurasian future)」を追求した。拷問、強姦、殺人、去勢、大量拉致、ウクライナの民族的アイデンティティを抹殺する組織的な努力は、専制的な政権の残虐性を帯びたユーラシア拡張の地政学の再来を示している。

中国の国家運営もまた、おなじみの弧を描いている。第二次世界大戦以来最大の海軍増強を行うことで、北京は台湾を奪取し、スパイクマンが西太平洋の「限界海域(marginal seas)」と呼ぶ重要な海域を支配する力を身につけようとしている。この目標を達成すれば、中国はユーラシア大陸で最も活気のある地域の覇者となる。また、世界中に基地を持つブルーウォーター・ネイヴィー(外洋海軍)への投資を自由に行うことで、習近平の言葉を借りれば「海洋大国(great maritime power)」となる。マハンが生きていれば、きっとこの中国の動きに注目していたことだろう。

マッキンダーの思想を応用した考えが中国の戦略にも反映されている。習近平の「一帯一路(the Belt and Road)」構想は、それに続くいくつかのプログラムと同様、東南アジアから南ヨーロッパ、そしてそれより遠方の国々を、経済的、技術的、外交的、そしておそらくは軍事的な影響力で包み込むことを意図している。これがうまくいけば、中国は中国中心の超大陸の周縁部(periphery of a Sino-centric supercontinent)にしがみつこうとしているヨーロッパに対して、圧倒的な地位を占めることになり、おそらくは北京が管理するシステムの中で、アメリカを二流の地位に追いやることさえできるだろう。学者ダニエル・S・マーキーは著書『中国の西方水平線』の中で、「ユーラシア大陸の資源、市場、港湾へのアクセスは、中国を東アジアの大国から世界の超大国へと変貌させる可能性がある」と書いている。習近平の中国は、人民解放軍の劉亜州上将が2004年に提言したように、「世界の中心を掌握する(seize for the center of the world)」ことを決意した。

しかし、中国の国家運営がマハンとマッキンダーの見識を採用しているとすれば、その意味するところは独裁的な伝統に沿ったものということになる。中国の外交官たつは、台湾が中国と統一された後に台湾の住民を「再教育(reeducate)」することを約束しているが、この脅しは20世紀最悪の犯罪の記憶を呼び起こさせる。中国が支配するユーラシア大陸は、ハウスホーファーが誇りに思うような権威主義的な汎地域となるだろう。北京とモスクワは、時には上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)を通じて協力し、中央アジアにおける潜在的なカラー革命(color revolutions)を阻止し、国境を越えて逃亡する反体制派を追い詰めてきた。その一方で、専制政治の近代化は北京の積極的な援助によって続けられている。「中国のデジタル・シルクロード(China’s Digital Silk Road)」は、最先端の監視装置を装備することで、非自由主義的な政府を強化している。

膨張と抑圧がどのように相互作用しているかを示す最も明確な例は、中国国内において見られる。習近平政権は新疆ウイグル自治区を、ウイグル族を強制収容所に押し込め、容赦ないデジタル弾圧を実施することで、人道上のホラーショーと化している。北京は「独裁の器官(organs of dictatorship)」を駆使し、「絶対に容赦しない(absolutely no mercy)」と習近平は2014年に指示した。この政策の根拠は地政学にある。新疆ウイグル自治区は、中国のユーラシア大陸への重要な輸送ルートの上に位置しているため、「新疆ウイグル自治区は特別な戦略的意義を持つ(Xinjiang work possesses a position of special strategic significance)」と習近平は述べている。それは、中国の力によって残虐行為が拡散することを予感させるものだ。

ハウホーファーの後継者たちは、非自由主義と略奪にとって安全なユーラシアを求めている。民主世界はその試練に応えるため、自らの地政学的系譜を復活させる必要がある。

ワシントンは今、マハンが夢見たような艦隊のような戦艦を必要としているわけではない。

技術革新は、その本質ではないにせよ、ライヴァル関係のリズムを変化させる。今日の競争は、新しい能力と新しい戦争領域を特徴としており、かつてないほど長距離の敵を攻撃することが容易になっている。しかし、いくつかの現実は変わらない。グローバル秩序を安定させるには、その中心にある悪意ある覇権主義(hegemony)を回避する必要がある。民主学派地政学は、このように常に変化しながらも、私たちが考えているほど斬新ではない世界をナビゲートするための心象地図(mental map)と一連の原則を提供している。

第一に、地政学とリベラルな価値観は相反するものではない。後者を守るには前者をマスターすることが不可欠だ。自由主義世界は理性、道徳、進歩を称賛するが、地政学的伝統は闘争と争いを強調する。しかし、西側の自由主義秩序の前提条件は、二度の世界大戦と冷戦において、自由の最も恐ろしい敵を打ち砕くか封じ込める力の組み合わせを生み出すことであった。世界が、ほんの数年前に出現した、破滅的な戦争や独裁的な優勢から安全ではなくなっていることを考えると、リベラルな価値観の隆盛には、パワーポリティックスにおいて地政学をスムーズに応用できる能力を国家が持つことが再び必要となるだろう。

地政学を学ぶ者なら、2つ目の洞察も理解できるだろう。スパイクマンは、ユーラシア大陸が枢軸諸国(the Axis)に制圧されそうになっていた1940年代初頭に、彼の代表的な著作を執筆した。リベラル勢力がどん底状態に陥ったことが、ユーラシア大陸の均衡が新たに崩れないようにすることで、次の戦争を防ぐ戦略を求めるスパイクマンの主張につながった。

スパイクマンが着想した戦略の歴史的成果のおかげで、西側諸国は、プーティンがウクライナに強硬に攻撃しないように、重要な援助を提供することで、東ヨーロッパの奥深くでロシアと均衡を保つことができるようになった。ワシントンとその同盟諸国は、中部太平洋ではなく台湾海峡で北京の力を牽制することができる。このような立場を維持するための軍事的・外交的要求は重いが、修正主義者たちが勢いづいた後に、より弱い立場からバランスを取ることに比べれば、その要求が少ないことは確かである。

ポジションを維持するためには、第3の原則を守る必要がある。それは、地政学とは同盟政治(alliance politics)であり、ユーラシア大陸の覇権をめぐる戦いは、同盟の構築と破棄の競争ということだ。スパイクマン、マッキンダー、マハンが把握していたように、海外の大国は、たとえ超大国であっても、最前線の同盟国の助けがあって初めてユーラシア大陸の情勢を調整することができる。逆に、覇権国家を目指す国は、海外からの支援を阻止し、隣国を孤立させることによってのみ、隣国を制圧することができる。

したがって、ユーラシア大陸のバランスは、アメリカが旧世界の周辺地域に介入するために必要な主権的、軍事的優位性を維持できるかどうかにかかっている。しかし、たとえ強制、賄賂、選挙妨害、その他の介入戦術を用いる敵対者に対して、遠く離れた大陸にアクセスし、影響力を与え、追加の能力を与える同盟と安全保障ネットワークをワシントンが適応させて強化すればそれは問題ではない。それらの同盟は全く別のもとして考える必要がある。

マッキンダーが思い起こさせるように、パートナーのタイプや場所も重要である。中国との戦いは主に海洋問題である。しかし、これは4つ目の教訓であるが、ランドパワーとシーパワーは、たとえその相対的なメリットが際限なく議論されるとしても、互いに補完し合うものである。ワシントンが太平洋で孤立無援の敵に直面することを望むならば、ヴェトナムや特にインドなど、中国の脆弱な陸上国境に沿ってディレンマを生み出すような友好諸国の存在が必要になる。

ヴェトナムもインドも理想的なパートナーではないが、これは第5の原則を強調している。アメリカにとって戦略とは、民主的な団結と卑劣な妥協を融合させる技術である(art of blending democratic solidarity with sordid compromises)。ユーラシア大陸の大西洋と太平洋の縁に広がる自由民主諸国は、ワシントンの連合の中核である。しかし、バランスを維持するには、常に非自由主義的なアクターたちと非自由主義的な行為が関与してきた。

この世代の修正主義者たちを封じ込めるには、シンガポールからサウジアラビア、トルコに至るまで、友好的な、あるいは単に二律背反的な権威主義者の弧に対峙する必要がある。ライヴァル関係の激化によって、ワシントンが秘密裏の謀略、経済的妨害工作、代理戦争に手を染めることになっても、ショックを受ける必要はない。覇権をめぐる争いは、比較的立派な民主国家に醜いことをさせるものである。

しかし、第6の教訓を忘れてはならない。ユーラシアの争いは一次元的なものでも、単地域的なものでもない。マハン、マッキンダー、そしてスパイクマンはみな、ユーラシア大陸を巨大で相互に結びついた舞台と見なしていた。最近では、アメリカにとって本当に重要なのは台湾だけであり、軍事力だけが真に重要なパワーの一種であるという、より還元主義的な見方(reductionist view)をする分析者たちもいる。西太平洋で中国に敗戦した場合の結果は、確かに画期的なものとなるだろう。しかし、自由世界が直面している問題はそれだけではない。

今日のウクライナにおける仮定の話ではない戦争の結果は、バルト海から中央アジアまでの戦略的バランスを形成し、ユーラシアの独裁国家とそれに対抗する自由民主政体国家との間の優位のバランスを形成する。だからこそ、ウクライナを切り離せという声は、ワシントンの最も脆弱な西太平洋の同盟諸国からはほとんど聞こえてこないのだ。

更に言えば、マッキンダーが1904年の論文で書いたように、中国は対外的にも対内的にも拡大することができる。ユーラシア大陸に進出すれば、「偉大な大陸の資源に海洋の出入り口を加える(add an oceanic frontage to the resources of the great continent)」ことができる。また、スパイクマンが付け加えるように、政治戦争(貿易、技術、その他の非軍事的手段の利用)は、戦争そのものと同様に敵を軟化させることができる。つまり、これらの思想家たちは、北京の経済的・技術的影響力を封じ込めることは、その軍事力を牽制するのと同じくらい重要であり、ワシントンがユーラシア大陸の一部分に焦点を当て、他の地域を排除するような単純なことはできないということを理解している。

その多くは、将来に対する厳しい見通しを示している。しかし、民主学派地政学が冷徹なパワーに関する計算の専門知識を必要とするのであれば、それだけに限定することはできない。最後の洞察は、世界的な危機は創造の機会であるということだ。

20世紀において、ユーラシア大陸における挑戦諸国の活動は、世界の民主国家に前例のない協力を呼び起こした。ユーラシアの挑戦諸国の活動は、世界の民主国家にかつてない協調を呼び起こし、侵略の計画を退けるとともに、世界の多くの地域にかつてない繁栄と幸福をもたらした自由主義秩序の基礎を築いた。現在の対立関係の中で成功する連合とは、20世紀の時と同様に、地球規模のグループが、かつてないほど軍事的、経済的、技術的、外交的に団結して、この時代の最も差し迫った課題に対処するものである。マッキンダーは、「反感を買う個性(A repellent personality)」には「敵を団結させる(uniting his enemies)」という美点があると書いた。民主学派地政学の目標は、今日また新たな時代の創造を可能にする安全保障を提供することであるべきだ。

ハル・ブランズ:ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ記念高等国際関係大学院(SAIS)ヘンリー・A・キッシンジャー記念特別教授、アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員。ツイッターアカウント:@HalBrands
(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。世界構造の大きな転換について詳述しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年1月15日に「名目GDPで日本がドイツに抜かれて世界4位に転落」という報道がなされて話題になった。1968年に当時の西ドイツを抜いて世界第2位に躍進したが、2010年に中国に抜かれて第3位となり、今回ドイツに抜かれて4位に転落となった。このことは昨年から既に言われていたことだ。何故なら、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)にこのことを書いたからだ。「日本は経済成長がない国であり、ドイツは高々2%の経済成長率なのに日本を抜く」ということを書いた。そのことを今更声高に叫ぶ必要もない。5位のイギリスに抜かれることはないだろうが、現在6位のインドにも抜かれて、5位に転落するのはここ10年から20年以内の出来事となるだろう。日本は残念なことだが衰退の道を着実に歩んでいる。
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(貼り付けはじめ)

●「日本のGDP4位転落、ほぼ確実に ドイツに抜かれる見通し」

朝日新聞 1/15() 18:13配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/3477c4492a7de21be7d26064cb879c2c9606c716

 2023年の名目国内総生産(GDP)で日本がドイツに抜かれ、世界4位に転落することがほぼ確実になった。米ドル換算で比べるため、日本のGDPが円安で目減りする一方、ドイツは大幅な物価高でかさ上げされることが要因だ。ただ、長期的にドイツの経済成長率が日本を上回ってきた積み重ねの結果という面もある。

 名目GDPはその国が生み出すモノやサービスなどの付加価値の総額。経済規模を比べる時に使う代表的な指標で、1位は米国、2位は中国だ。

 ドイツが15日発表した23年の名目GDPは、前年比63%増の41211億ユーロ。日本銀行が公表している同年の平均為替レートでドル換算すると、約45千億ドルとなる。

 大幅に伸びた要因は、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰などで、日本以上に激しい物価上昇に見舞われたことだ。物価の影響を除いた実質成長率は03%減と、3年ぶりのマイナス成長になった。

 一方、日本の23年の名目GDPは来月発表されるが、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの試算では591兆円(約42千億ドル)とドイツを下回る。円ベースでは前年比で57%増えるが、円安が進んだことでドル換算では12%減ると予測されている。

 日本はすでに19月期の実績で、ドイツに約2千億ドル(約28兆円)の差をつけられている。追いつくには1012月期に約190兆円を積み上げる必要があるが、前年同期が約147兆円だったことを踏まえると、実現はほぼ不可能だ。

 長期的にみるとドイツの成長率は日本を上回っており、経済規模の差は縮まってきていた。国際通貨基金(IMF)のデータから0022年の実質成長率を単純平均すると、ドイツの12%に対し、日本は07%にとどまる。

 各国の経済規模をめぐっては、日本は1968年に西ドイツ(当時)を国民総生産(GNP)で上回り、世界2位の経済大国となった。だが2010年にGDPで中国に抜かれて3位になっていた。(寺西和男=ダボス、米谷陽一)

(貼り付け終わり)

 日本はこれから貧しくなっていく。二極化が進むが、外国から見れば、いくら日本で勝ち組だ何だと威張ってみても、「負け組の船に乗るかわいそうな人たち」というひとくくりの評価だ。私の母方の曽祖父は戦前、アメリカのロサンゼルスに出稼ぎに行って、仕送りをして、子供たちを育て学校に行かせた。ガーデナーといわれる庭師、肉体労働をしていたそうだ。ハリウッドの映画スターの家で働きぶりが良いということで、お菓子をもらったり、子供たちの洋服のおさがりをもらったりして、それを日本に送ってもらって、それを皆で食べた、お古とは言えきれいな洋服を着て目立ってしまったという話を祖母から聞かされた。

そういうことがまた起きるだろう。しかし、今の日本人に何ができるだろう。外国語(英語や中国語など)ができなければ、デスクワークなどはできない。それなら肉体労働はどうだろうか。今の日本人に肉体労働ができるだろうか。はなはだ心もとない。そうなれば、使えない人間ということになる。元先進国の国民で体が動かないというのは、江戸幕府瓦解後の武士階級みたいなものだ。

 各国の経済力や経済成長を見てみると、やはり、非西側諸国(the Rest、ザ・レスト)の勢いが凄まじい。その中核であるBRICSのさらに中核BRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)は、名目GDPで見てみると世界トップ20位以内に入っている。更に、ジョコ・ウィドド大統領の下で進境著しいインドネシアも躍進している。

 名目GDP以外に、購買力平価(purchase power parity)によるGDPという指標もある。購買力平価とは「一つの物品の価格は一つ(一物一価)」という考えから、例えば、ハンバーガーがアメリカでは1ドルで買えて、日本では120円で買えるとすると、1ドル=120円という為替価値が妥当だとする考えだ。購買力平価は短期的な為替ではなく、長期的な動きを示すということになる。そして、この購買力平価によるGDPの評価ということもなされている。こちらの方が実態に近いという説もあるが、名目GDPの方がまだよく使われる指標になっている。購買力平価GDPで見てみると、名目GDPよりもより驚くべき順位が出る。中国がアメリカを抜いて世界第1位であること、インドが既に世界第3位で、日本は4位であること、7位にインドネシアが入っていること、トップ10にBRICが全ては言っていることなど、下記の順位を見て驚く人も多いだろう。これがある側面で見た世界の現実である。
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 ここで重要なのは、インドネシアである。インドネシアは、世界第4位の2億7000万の人口を誇り、名目GDPは世界16位、購買力平価GDPは世界7位となっている。名目GDPが1兆ドル(約143兆円)を突破し、「1兆ドルクラブ」入りを果たした。インドネシア国民の平均年齢は約31歳(日本は約48歳)、これから消費者、生産者として活発に活動していく人々が多く存在する。これを「人口ボーナス」と呼ぶ。一方日本は「老人ホーム」となっていく。日本はこれから旺盛な経済活動を行う、西側以外の国々に抜かされていくだろう。ドイツに抜かされたくらいで悲観的になっていては身が持たない、これからこのようなニューズに何度も何度も接することになるのだから。
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(終わり)


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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2022年2月24日にウクライナ戦争が始まって約1年半が経過した。ウクライナ政府は今年の春頃に春季大攻勢(Spring Offensive)をかけてロシアに大打撃を与えると内外に宣伝していた。春が終わり、暑い夏がやってきても(ヨーロッパ各国でも気温40度に達している)、戦争は膠着状態に陥っている。春季大攻勢は宣伝倒れに終わってしまったようだ。西側諸国もこれまで支援を続けているが、現状維持が精いっぱいというところだ。
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NATO加盟国地図

 ウクライナは戦争が始まる前からEUNATOへの参加を熱望してきた。NATO加盟諸国、特にアメリカが軍事支援を強化していたが、ウクライナのNATO加盟に消極的であった。それはウクライナがNATOに加盟し、その後に外国から攻撃を受けたら、NATO加盟諸国は自分たちが攻撃を受けたと見なし、即座に軍事行動を起こさねばならないからだ。ウクライナの仮想敵国はロシアであり、もし2022年のウクライナ戦争前にウクライナがNATOに入っていたら、ウクライナ戦争はロシア対NATOの全面戦争となっていたところだ。アメリカはウクライナへの軍事支援を強めながら、NATO加盟は認めないという、ウクライナもロシアもいたぶるような状態を長く続けていた。アメリカの火遊びが過ぎたのが現状である。

 ウクライナのNATO加盟に関しては、一時期、トルコがスウェーデンとの関係が悪化していたために、反対の姿勢を示していたが(全会一致が原則)、それが解消された。しかし、NATOは様々な条件を付け、更に時期も明確にしないという形で、ウクライナの加盟を保留している。ウクライナ戦争が終わっても、ウクライナがNATOに加盟できるかは不透明だが、ロシアの断固とした姿勢を前にして、NATO加盟諸国は躊躇している。
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EU加盟国地図

 ウクライナのEU加盟も難航している。こちらは軍事同盟という訳でもないし、「ウクライナをEU経済圏に入れてやればよいではないか」と多くの人たちが思っていることだろう。何よりもロシアのウラジーミル・プーティン大統領さえも、「EUは軍事同盟ではないから、ウクライナが加盟しても良い」と述べているほどだ。しかし、EU加盟も又厳しい状況だ。ウクライナは長年にわたり、EU加盟申請を行ってきたが、加盟候補国にすらなれない状況だった。経済状況、民主政治体制の状況、汚職の状況などでEU側が加盟を断ってきた。今回のウクライナ戦争を受けて、EUはやっとウクライナを加盟候補国として認めた。

 ウクライナのEU加盟のハードルになるのは、まず旺盛な農業生産力、特に小麦の生産力だ。ウクライナの安価な小麦がEU市場に流れ出れば、他のEU諸国の農業を破壊することになる。現在でも補助金頼みのEU各国の農業が壊滅することになる。しかも、ウクライナは経済力自体が低いために、EUから補助金を受けられる立場になる。これでは他の貧しい国々にとっては踏んだり蹴ったりだ。

 ウクライナ自体は国土も大きく、軍事力も戦争を経て強大なものとなる。そうした国が新たにEUに加盟することは、東ヨーロッパや中央ヨーロッパの国際関係に変化をもたらすことになる。東ヨーロッパの大国はポーランドであり、ポーランドがウクライナを取り込んで、反ロシアでタッグを組み、東ヨーロッパで影響力を持つと、EU自体とロシアとの間の関係の悪化にもつながる。また、他の国々は、ウクライナが入ることでの発言力の低下を懸念している。しかし、実質的には28カ国の加盟国があっても発言力があるのはドイツとフランスくらいのものではあるが。ウクライナが加盟することで支出する圃場金をどうするかということをまだ多少豊かな国々で話さねばならないが、ウクライナのような貧しい国が加盟するのは迷惑なことというのが本音である。
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 EU諸国はウクライナが加盟することでのデメリットを考え、二の足を踏んでいるが、言葉だけは立派だ。ウクライナ戦争が終わって、事態が落ち着いたら、「そんな話ありましたか?」ととぼけて知らんぷりをするだろう。その時になって、ウクライナは西側諸国、アメリカとヨーロッパに騙された、いいように弄ばれたということに気づくだろう。西側とロシアの間に会って、中立を保ちながら、うまくその状況を利用するということができなかったのは残念なことだ。日本も同様の状況に置かれている。調子に乗って、小型犬が吠え散らかすように虚勢を張って「中国と戦う覚悟を持って」などと平和ボケして叫んでいると大変な目に遭うだろう。後悔先に立たず、だ。

(貼り付けはじめ)

EUはウクライナ参加の準備ができていない(The EU Isn’t Ready for Ukraine to Join

―キエフのNATOへの途が困難であると考えるならば、EU加盟への苦闘を目撃するまでその判断を待つべきだ。

イルク・トイロイジャー、マックス・バーグマン筆

2023年7月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/07/17/ukraine-eu-european-union-nato-membership-reform-subsidies-budget-reconstruction-agriculture-war-russia/?tpcc=recirc_trending062921

ウクライナはNATOEUの両方に加盟するための待機室にいる。リトアニアのヴィリニュスで開催されたNATO首脳会議は先週、「条件が整えば(considerations are met)」、将来的に同盟に加盟するという漠然とした声明を出しただけで終わり、キエフは失望した。

しかし、少なくともNATOは、同盟諸国間にまだ克服すべき障害があることを正直に示している。これは、EUとそのウクライナ加盟に関するメッセージとは対照的だ。ウクライナのNATO加盟が難航していると考えるならば、ウクライナのEU加盟が真剣に検討される際に何が起きるかがはっきりするまで、その判断を待った方が良い。

ブリュッセル(EU本部)は、ウクライナのEU加盟後の将来について大袈裟な言い回しを使い、キエフのEU加盟があたかも決定事項であるかのように語っている。2月にウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領がブリュッセルを訪問した際、EU首脳たちは戦時中の指導者との記念撮影のために互いに肘がくっつき合うほどに近づいた。シャルル・ミシェルヨーロッパ理事会議長は、ツイートでゼレンスキー大統領に挨拶を送った。その文言は、「お帰りなさい、EUへようこそ」というものだった。

ウクライナとの間でEU加盟について詳細な議論がなされる際に、焦点となるのは、加盟のためにウクライナが何をなすべきなのかということである。戦争によって深く団結したウクライナの人々は、EU加盟に必要な新しい法律の採択や規制の実施など、自分たちの役割を果たすために前進している。ウクライナ人は、司法改革から新しいメディア法の策定、汚職の取り締まりまで、EU加盟のための長い「やることリスト」のチェック済み項目をどんどん増やしている。

ウクライナはモルドヴァと共に、2022年6月にEU加盟候補国(EU candidate)の地位を獲得し、他の加盟待機国が何年もかかっていた複雑なプロセス(byzantine process)を大幅に短縮した。キエフは2023年10月に欧州委員会から最初の書面による進捗評価を受ける予定だ。この勢いを維持するため、ウクライナ政府関係者は年内にも加盟交渉を正式に開始するよう働きかけている。

EUの予算と再分配のプロセスに変更がなければ、あっという間に、キエフはEU予算の膨大な部分を吸い上げることになるだろう。

しかし、ウクライナがEU加盟に向けて急ピッチで取り組んでいる一方で、ブリュッセルとEU加盟諸国はウクライナを吸収するための準備をほとんど整えていない。そのため、ウクライナの加盟に関するEU首脳の大袈裟な美辞麗句は、彼らの行動と一致していない。戦禍に見舞われたウクライナのような規模、人口、低い所得水準、資金調達、復興ニーズを持つ国を吸収するには、EUの制度、政策、予算プロセスの大改革が必要だ。少なくとも、EU資金の分配をめぐって現加盟諸国間で厳しく悪意に満ちた対立を引き起こすだろう。

従って、EU首脳たちが真剣にウクライナの加盟を考えているのであれば、EU改革への取り組みは既に始まっているはずである。この問題の核心はEU予算である。EU予算は、農業補助金と貧困地域への開発プロジェクトという2つの大きな要素に支配されており、これらを合わせるとEUの長期予算の約65%を占める。この2つの問題を考えると、ウクライナの加盟は爆発的なインパクトとなる。ウクライナはヨーロッパで最も貧しい国の一つであり、一人当たりの所得はEU平均の10分の1、EU最貧国のブルガリアの半分以下である。また、ウクライナは現在、膨大なインフラ整備と復興のニーズを抱えている。これに、EUの補助金の対象となる大陸最大級の農業部門が加わる。

もしEUの予算と再分配のプロセスに変更がなければ、キエフはEU予算の膨大な部分を即座に吸い上げることになる。現在、それらの資金は東ヨーロッパをはじめとするあまり豊かではない加盟諸国に流れている。現在EU資金の恩恵を受けている国々の多くは、一夜にして純支出国に転落するだろう。このようなことがスムーズに進むと思うのであれば、あなたはヨーロッパの政治についてよく知らないということになる。

現在のEU内の資金再配分を考えれば、ウクライナの加盟支持に大きな亀裂が入ったのは、EU内部の純資金受給国が集中する東ヨーロッパで起きたことは不思議ではない。実際、ウクライナのヨーロッパ農産物市場へのアクセスをめぐる争いは、EUの農業補助金が再配分されるずっと前からすでに始まっている。ロシアの侵攻後、ブリュッセルはウクライナの穀物やその他の農産物のEU単一市場への参入を認め、ウクライナを支援した。安いウクライナ産品は、ウクライナ周辺のポーランド、ハンガリー、スロヴァキアの農民たちの収入を減少させることになった。ウクライナが収入を得るために必死だったにもかかわらず、ポーランドはEUの規則に違反し、ウクライナの穀物がポーランド領内に入るのを一方的に阻止した。EUは妥協案を提示し、ウクライナの農産物のEU入りを認めたが、歓迎されない競争の影響を最も受ける東ヨーロッパ5カ国を迂回することを義務付けた。

また、ウクライナの最大の軍事的・外交的支援国であるこれら東ヨーロッパ諸国の一部が、ウクライナのEU加盟の前提となるEU改革に真剣に取り組むことに反対しているのも驚くべきことではない。これらの国々は、多額の資金を失う可能性があるだけでなく、ウクライナの加盟に向けたEU改革には、EUの意思決定ルールの合理化も含まれる可能性が高く、個々の加盟国、特にハンガリーやポーランドのようにEUの決定に影響を与えるために拒否権を自由に行使してきた国の力が低下する可能性もある。

EU拡大は、歴史上最も成功した政治的、経済的、社会的政策の1つであり、EUを平和的に拡大し、27カ国、4億5000万人を含むまでになった。新規加盟国にとって、EUへの加盟はしばしば経済的な奇跡をもたらす。市場アクセス、EUからの資金提供、より良い統治に関するEUの規則、そして確かな未来を手に入れることでもたらされる自信などである。しかし、過去10年間、更なる拡大は凍結されてきた。その主な理由は、新規加盟国(通常は貧困国)の加盟に伴う再分配が、政治的に非常に困難だったからである。

2022年2月28日、ロシアの侵攻が始まってわずか4日後にゼレンスキーがEU加盟の正式な申請書を提出して以来、更なる拡大の問題が再び議題に上るようになった。ウクライナとモルドヴァの加盟に加え、EUの指導者たちは、ヨーロッパの安全保障と安定を確保するためには、まだEUに加盟していない国々、特にバルカン半島西部の各国も加盟させなければならないとの認識を強めている。

ウクライナの加盟がEU予算に与える爆発的な影響は、EUが財政連合(fiscal union)を結ぶという議論を迫ることになるだろう。言い換えると、ドイツやフランス、一部の小金持ち国家など、より裕福な加盟国による拠出金の大幅な増加、EU全体の所得税やその他の累進課税、EU独自の債務発行能力の大幅な増加、あるいは上記の全ての実施を意味する。明らかに、これは小さな議論ではない。

また、EUの更なる拡大は、既にハンディキャップを負っているEUの意思決定能力や新しい法律や政策の採択能力にも負担をかけるだろう。例えば、外交政策で必要とされる全会一致を27の主権国家(sovereign member states)の間で達成することは既に至難の業であり、ハンガリーのような非自由主義的でロシアに友好的な国家の存在によって更に複雑になっている。ウクライナや他の加盟を辛抱強く待っている国々が加われば、EUの加盟国は30カ国をはるかに超えるだろう。加盟国が拒否権を武器にしてきた長い歴史があり、他の加盟国がEUの機能を変えることなく意思決定の場に国を増やすことをためらう理由もそこにある。

例えば、ドイツは、外交政策など新たな政策分野への特定多数決方式(qualified majority)の拡大を推進している。全会一致を必要としなくなれば、EUの外交政策決定能力は大幅に効率化される。小国は、拒否権を失うことはEUにおける発言力を失うことになると懸念しているが、これは憲政史を学んだ人なら誰でも知っている議論である。この他、ヨーロッパ委員会の委員(現在は加盟国1カ国につき1人)やヨーロッパ議会の議席の配分に関する懸念もある。EUの拡大は、これらの分野でも改革を必要とするだろう。

EU拡大は、法の支配(rule of law)と民主政治体制(democracy)という未解決の問題にもスポットを当てることになる。EUは自らを民主政体国家の連合体として定義し、市民的権利に関する厳格な規則を定めているが、ハンガリーやポーランドにおける民主主義の衰退や法の支配の後退には深い懸念がある。特に西ヨーロッパ各国政府は、民主政治体制の衰退に対抗するEUの行動力を強化することなしにEUを拡大することに強い警戒感を抱いている。この懸念は、フリーダムハウスが発表した2023年の「世界の自由度」指数で、候補リストに完全に自由と評価された国が1つもないことから、特に深刻である。

ウクライナは、新たなEU拡大の波を起こすきっかけになるかもしれない。EU加盟には改革が必要であり、その改革はバルカン半島西部の各国の加盟を同様に妨げてきた障害の多くを取り除くことになる。ロシアによるウクライナへの残忍な攻撃は、EUが安全保障にとって不可欠な存在であることをヨーロッパの人々に示すことで、別の意味で既にEUの起爆剤となっている。国防に関する調査では、ヨーロッパの人々はEUがより大きな役割を果たすことを望んでいる。決定的に重要なのは、EU加盟各国市民のウクライナ支持率が信じられないほど高いままであることだ。ユーロバロメーターの世論調査によれば、制裁措置、数百万人の難民、エネルギーの切り離し、生活費の危機が1年続いた後でも、EU各国市民の74%がEUのウクライナ支援を支持している。

ウクライナ人はヨーロッパの未来のために戦っている。EUの指導者たちは今、ウクライナを加盟させる準備のために自らの役割を果たす必要がある。ウクライナの加盟を成功させるために必要なEUの制度やプロセスについて、長年の懸案であった改革を進めれば、EUの規模が拡大するだけではない。EUはより強くなる。

※イルク・トイロイジャー:戦略国際問題研究所ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究プログラム上級研究員、カルロス三世大学講師。ツイッターアカウント: @IlkeToygur

※マックス・バーグマン:戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)ヨーロッパ・大西洋・北ヨーロッパ研究センター部長、ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究プログラム担当部長。米国務省上級顧問を務めた経験を持つ。ツイッターアカウント:@maxbergmann
(貼り付け終わり)
(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。
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シーモア・ハーシュ
 ハーシュの論稿の最後の3分の1をご紹介する。アメリカとノルウェーは共犯関係になった。ノルウェーにしても北海で産出する石油で大儲けしたいところだった。北海油田で言えばイギリスの方が産出額じゃ多い。ウクライナ戦争によってエネルギー価格の高騰が続くことで利益を得ることができる。イギリスがウクライナに強い後押しをしているのはこういうところにも理由があるのだろう。

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 作戦はバルト海でのアメリカ主導のNATOの演習(毎年開催)に紛れて実行されることになった。各国からの多くの艦艇が参加することで「森の中に木を隠す」ことができ、デンマークやスウェーデンに察知されないということも期待できる。しかし、作戦決行が近づいてまた難題が持ち上がってきた。バイデン大統領が現場に対して、演習の直後ではあまりにも露骨すぎるので、爆薬を遠隔操作で爆発させる方法を見つけ出すように要求してきたのだ。現場は混乱したが、それでも方法は見つかった。それは特定の周波数の合図で爆発させることであった。しかし、海上や海面、海中には様々な音源があり、それらに反応して偶発的に爆発する危険はあった。しかし、作戦は無事に成功した。

 アメリカの主要メディアはノルドストリームの爆破について「不思議だ」「ミステリーだ」などと空っとぼけて報道した。何のことはない、多くの人が「アメリカがやったに決まっている」ということが、ハーシュの論稿で明らかになった。それでもアメリカ政府は「フェイクだ」「嘘だ」「作り話だ」としらを切り通すしかない。アメリカ大統領が秘密命令を出して、他国の施設を攻撃させたというのは犯罪行為であり、何よりも戦争行為である。今回のノルドストリーム爆破を理由にして、ロシア、ドイツ、デンマークがアメリカに宣戦布告してもおかしくはない。ウクライナ戦争の当事国であるロシアに対して、アメリカはウクライナ支援に一定の制限を設けることで直接戦争にならないように気を遣っている。そうした努力が全く無駄になってしまう。

 バイデン個人について言えば、このような犯罪行為が明らかになって、大統領選挙への悪影響は大きいだろう。簡単に言えば、再選の可能性は潰えてしまう。連邦下院で過半数を握っている共和党が議会の調査権を使用してこの問題を追及し、何かしらの証拠や証言が出れば、バイデンはアウトということになるし、たとえ確固とした証拠や証言が出なくても、バイデンへのマイナスの影響は大きい。ノルドストリーム爆破事件はウクライナ戦争を変えるほどの大きな爆弾になる可能性がある。

(貼り付けはじめ)

この時、パナマシティにある海軍の秘密のベールに包まれた深海潜水集団が再び活躍することになる。パナマシティの深海学校の出身者たちがアイビー・ベルズ作戦に参加した。アナポリスの海軍兵学校を卒業し、海軍特殊部隊(ネイヴィーシールズ)、戦闘機パイロット、潜水艦乗りになることを目指すエリートたちにとって、この学校は避けたい場所に映るものである。もし、「ブラック・ショア(Black Shore)」、つまり、あまり好ましくない水上艦の司令部に所属しなければならないのなら、少なくとも駆逐艦、巡洋艦、水陸両用艦の任務が希望される。最も華やかさに欠けるのが機雷戦(mine warfare)である。そして、機雷戦に参加する潜水士たちがハリウッド映画に登場したり、人気雑誌の表紙を飾ったりすることはない。

前述の情報源は「深海潜水の資格を持つ最高の潜水士たちの世界は狭いコミュニティで、最高の中でも最高の潜水士たちが作戦のために採用され、ワシントンのCIAに呼び出されるので心の準備をするようにと言われる」と語った。

ノルウェー政府とアメリカ政府は作戦の実行地域と作戦内容を決めていたが、別の懸念も存在した。それはボーンホルム島周辺海域で異常な水中活動があれば、スウェーデンやデンマークの海軍の注意を引き、通報される可能性があるというものだ。

デンマークはNATOの最初期加盟国の1つであり、イギリスと特別な関係にあることは情報機関でも知られている。スウェーデンは NATO 加盟を申請しており、水中音波と磁気センサーシステムの管理で 優れた技術を有しており、スウェーデン群島の遠隔海域に時々現れては浮上するロシア海軍潜水艦の追跡に成功した実績を持っている。

ノルウェー側はアメリカ側と協力して、デンマークとスウェーデンの高官数名に、この海域での潜水活動の可能性について一般論として説明するよう主張した。そうすれば、上層部の誰かが介入して、指揮系統から報告書を排除することができ、パイプライン破壊作戦の実行を保護することができる。(ノルウェー大使館に対して、この記事についてコメントを求めたが、返答はなかった。)

ノルウェー政府は、他のハードルを解決するための重要な存在だった。ロシア海軍は、水中機雷を発見し、作動させることができる監視技術を持っていることが知られている。アメリカの爆発物は、ロシアのシステムから自然な背景の一部として見えるようにカモフラージュする必要があり、そのためには海水の塩分濃度に適応させる必要があった。ノルウェー側にはその解決策があった。

ノルウェー政府は、この作戦をいつ行うかという重要な問題についての解決策も持っていた。ローマの南に位置するイタリアのガエータに旗艦を置くアメリカ第6艦隊は、過去21年間、毎年6月にバルト海でNATOの大規模演習を主導し、この地域の多数の同盟諸国の艦船が参加してきた。6月に行われる今回の演習は、「バルト海作戦22(BALTOPS 22)と呼ばれるものである。ノルウェー側は、この演習が機雷を設置するための理想的な隠れ蓑になると提案した。

アメリカ政府は1つの重要な要素を提供した。それは、第6艦隊の計画担当者たちを説得して、プログラムに研究開発演習を追加させたことだ。米海軍が公表したこの演習は、第 6艦隊が海軍の「研究・戦争センター」と共同で行うものであった。ボーンホルム島沖で行われるこの海上演習では、NATOの潜水士ティームが機雷を設置し、最新の水中技術で機雷を発見・破壊するのを競い合うという内容だった。

これは有益な訓練であると同時に、巧妙な偽装でもあった。パナマシティの若者たちは、「バルト海作戦」の終了までにC4爆薬を設置し、48時間のタイマーを取り付ける。アメリカとノルウェーの関係者たちは、最初の爆発が起こる頃には、全員いなくなっているという手筈になっていた。

作戦実行日に向けてカウントダウンが始まった。「時計は時を刻み、私たちは任務達成に近づいていた」と前述の情報源は述べた。

そしてこの時、ホワイトハウスは考え直していた。爆弾は「バルト海作戦」の期間中も仕掛けられるが、ホワイトハウスは爆発までの期間が2日間では演習の終了に近すぎるし、アメリカが関与したことが明らかになることを懸念した。

その代わりに、ホワイトハウスは新たな要求を出した。それは、「現場の要員たちで、遠隔地からの命令でパイプラインを爆破できる方法を考えだすことは可能だろうか?」というものだった。

この大統領の優柔不断な態度に、計画ティームの中には怒りや苛立ちを覚える人たちもいた。パナマシティの潜水士たちは、「バルト海作戦」の期間中にパイプラインにC4爆弾を仕掛ける練習を繰り返していた。しかし、ノルウェーのティームは、バイデンが望むような方法、自分の好きな時間に実行命令を出すことができる、について新しい方法を考え出さなければならなくなった。

恣意的な土壇場での変更を任されることは、CIAにとってはこれまでも行ってきたことでもあり慣れていた。しかし、それはまた、作戦全体の必要性と合法性について一部が共有した懸念が新たに出てきた。

バイデン大統領の秘密命令はヴェトナム戦争当時にCIAが抱えていたディレンマを思い起こさせるものとなった。当時のリンドン・ジョンソン大統領は、ヴェトナム反戦運動の高まりに直面し、CIAがアメリカ国内で活動することを禁じた憲章に違反し、反戦運動の指導者がソ連にコントロールされていないかどうかを監視するよう命じた。

CIAは最終的に黙認し、1970年代を通じて、CIAが自ら進んで犯罪王位に手を染めていたことが明らかにされた。ウォーターゲート事件の後、新聞の暴露報道によって、アメリカ市民に対するスパイ活動、書外国の指導者暗殺への関与、サルヴァドーレ・アジェンデの社会主義政府の弱体化にCIAが関与しことが明らかになった。

これらの暴露は、1970年代半ばにアイダホ州選出のフランク・チャーチ連邦上院議員を中心とする連邦上院での一連の派手な公聴会につながり、当時のCIA長官リチャード・ヘルムズが、たとえ法律に違反することになっても大統領の望むことを行う義務があることを認めていたことが明らかになった。

ヘルムズは、書類化されていない、非公開の証言において、大統領からの秘密命令を受けて「何かをするときは、ほとんど無原罪(Immaculate Conception)のようなものだ」と残念そうに説明した。ヘルムズは続けて「それが正しいことであれ、間違っていることであれ、CIAは政府の他の部分とは異なる規則と基本的なルールの下で働いている」。彼は本質的に、CIAのトップとして、憲法ではなく王室のために働いてきたと理解していることを連邦上院議員たちに伝えていた。

ノルウェーで作戦に従事したアメリカ人たちも、同じような行動様式のもとで、バイデンの命令でC4爆薬を遠隔で爆発させるという新しい問題に、ひたすら取り組み始めた。しかし、これはワシントンにいる計画者たちが想像していたよりもはるかに困難な課題となった。ノルウェーのティームには、大統領がいつボタンを押すか分からない。数週間後なのか、数カ月後なのか、半年後なのか、それ以上なのか?

パイプラインに取り付けられたC4は、飛行機で投下されたソナーブイによって短時間に作動するが、その手順には最先端の信号処理技術が使われていた。そのためには最先端の信号処理技術が必要である。いったん設置された遅延装置は、船舶の往来が激しいバルト海では、近海・遠洋の船舶、海底掘削、地震、波、さらには海の生物など、さまざまなバックグラウンドノイズが複雑に絡み合って、誤って作動する可能性がある。これを避けるために、ソナーブイを設置した後、フルートやピアノが発するような独特の低周波音を連続して発し、それをタイミング装置が認識して、あらかじめ設定された時間の遅延後に爆発物を起動させるのだ。「他の信号が誤って爆薬を爆発させるパルスを送らないような強固な信号が必要となる」と私はMITの科学技術・国家安全保障政策の名誉教授であるセオドア・ポストール博士から教えられた。米国防総省の海軍作戦部長の科学アドヴァイザーを務めたこともあるポスドル博士は、バイデン大統領の後からの命令(時間を置いて爆発させたい)のためにノルウェーのグループが直面した問題は偶然の事故であったと述べた。ボストル博士は「爆薬が水中にある時間が長ければ長いほど、ランダムな信号によって爆弾が発射される危険性が高くなる」と述べた。

2022年9月26日、ノルウェー海軍のP8偵察機が一見、日常的な飛行を行い、ソナーブイを投下した。その信号は水中に広がり、最初はノルドストリーム2、そしてノルドストリーム1へと到達した。数時間後、高出力C4爆薬が作動し、4本のパイプラインのうち3本が使用不能に陥った。数分後には、停止したパイプラインに残っていたメタンガスが水面に広がり、取り返しのつかないことが起こったことを世界中が知ることになった。

●副次的な影響(FALLOUT

パイプライン爆破直後、アメリカのメディアはこの事件を未解決のミステリー(unsolved mystery)のように扱った。ホワイトハウスのリークに促され、何度も犯人としてロシアの名前が挙げられたが、単なる報復以上の自虐的行為にしかならない爆破についての明確な動機が明確にされることはなかった。数ヵ月後、ロシア当局がパイプラインの修理費用の見積もりをひそかに取っていたことが明らかになると、ニューヨーク・タイムズ紙はこのニューズを「攻撃の背後にいる人物についての説を複雑にしている」と評した。バイデンやヌーランド国務次官によるパイプラインへの脅しについて、アメリカの主要紙は掘り下げることはなかった。

ロシアがなぜ自国の儲かるパイプラインを破壊しようとしたのか、その理由は決して明らかではなかったが、ブリンケン国務長官が大統領の行動の拠り所となる根拠を示した。

昨年9月の記者会見で、西ヨーロッパで深刻化するエネルギー危機の影響について問われたブリンケン国務長官は、この瞬間は潜在的には良いものであると述べた。彼は次のように述べた。

「ロシアのエネルギーへの依存をなくし、プーティン大統領から帝国主義を推進するための手段としてエネルギーを武器化する手段を取り上げる絶好の機会である。このことは非常に重要であり、今後何年にもわたって戦略的な機会を提供することになる。しかし一方で、私たちは、この全ての結果が、アメリカの、あるいは世界中の市民にとっての大きな負担とならないようにするために、できる限りのことをする決意を固めている」。

更に最近になって、ヴィクトリア・ヌーランドは、最も新しいパイプラインの破壊に満足感を示した。2023年1月下旬の連邦上院外交委員会の公聴会で、彼女はテッド・クルーズ連邦上院議員に対して、「議員と同様に私も、ノルドストリーム2が、あなたが言われるように、海の底の金属の塊になったことを知って喜んでいる。バイデン政権全体もまた非常に喜んでいると思う」と語った。
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前述の情報源は、冬が近づくにつれ、ガスプロムの1500マイル(約2400キロ)以上のパイプラインを破壊するというバイデンの決定について、より一般的な見方を示した。この人物はバイデン大統領について「まあね、あの男には度胸があると認めざるを得ない。彼は実行すると言っていた。そして実際にやったのだ」と述べた。

ロシアが対応に失敗した理由をどう考えるかと質問したところ、この人物は皮肉を交えながら、「おそらくロシア側もアメリカが実行したのと同じことができる能力を手に入れたいと望んでいるからだろう」と答えた。

彼は話を続けて次のように語った。「美しい巻頭の特殊記事のようなものになった。しかし、その裏には、専門家たちを配置した秘密作戦と、秘密の信号で作動する装置があった」。

「唯一の失敗は実行する決定をしたことだ」。

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