古村治彦です。
現在、アメリカ政治を語るキーワードとして、「福音派(Evangelicals)」という言葉が使われる。「福音派」は、アメリカのプロテスタントの一つの大きな勢力であり、アメリカの人口の20~25%を占めると言われている。中西部から南部にかけて居住し、アメリカの保守の地盤となっている。南部は「バイブル・ベルト(Bible Belt)」と呼ばれるように、熱心なキリスト教徒が多く住む。聖書を無誤謬の「神の言葉」と信じ、回心主義(Born Again、ボーン・アゲイン)を重視する。「回心」とはこれまでと生き方を捨て、神に帰依する生き方へと大きく変化させることで、「内面的な劇的変化」を指す。「改心(反省し、悔い改めること)」とは異なる。ジョージ・W・ブッシュ元大統領も若いときにはアルコールに依存していたが、そこから脱却するのに信仰の力があったというのは有名な話だ。回心してからはお酒を飲まず、早寝早起きの健康な生活になったという。形だけでの信仰ではなく、大きな変化を経ての敬虔な信仰を重視する。社会的な主張としては、妊娠中絶の制限、同性婚反対、従来の家族観の維持など保守的な主張をする。福音派は1980年の選挙で共和党のロナルド・レーガンを支援し、同じ福音派ではあるが穏健なリベラルの民主党現職のジミー・カーターを破ってから、政治的な影響力を強めてきた。
福音派の中には、聖書に書かれている「世界最終戦争(Armageddon、ハルマゲドン)」が起きて、キリストが再臨して信者は救われると強く確信している。そして、イスラエルが主要な役割を果たして、中東地域で起きる戦争がハルマゲドンとなると考える人たちもいる。彼らはイスラエルを強く支持する。これがハルマゲドン招来につながると考えるからだ。2026年2月28日に始まったイラン戦争も福音派の影響が強いという説も出ている。
福音派は学校現場での宗教教育、特にキリスト教プロテスタント教育を実施するように求めている。アメリカはプロテスタントが建国した国であり、プロテスタントの教義が国是という時代もあったが、現在は宗教の面でも多様化が進んでおり、プロテスタントも多数派の地位を維持することが難しい状況になっている。そもそもが宗教自体の存在感も薄くなっているが。
ここで重要なのは、アメリカの建国の父たち(Founding Fathers)がアメリカの政治システムに「政教分離(Separation of Church and State)」を組み込んでいたことだ。これは、「いかなる宗教も国教とはせず、いかなる宗教も国家が優遇しない」ということだ。それは、建国の父たちがヨーロッパの悲惨な宗教戦争から学んだ教訓である。宗教戦争は同じキリスト教徒たちがカトリックとプロテスタントに分かれて戦った。異教徒(pagan、heathen)に対してよりも、異端者(heretic)に対する方が敵意は高まる。アメリカの建国の父たちは、国家権力を使ってある宗教型の宗教を弾圧し、宗教戦争まで発展しないように設計したということになる。アメリカの教育現場に宗教教育を持ち込もうというのは、こうした建国の父たちの知恵を踏みにじる主張ということになる(私立学校で宗教教育を行うことはあてはまらないが)。しかし、アメリカ国内でそのような声が大きくなっているのも事実だ。アメリカは建国250周年を迎えるが、常に緊張をはらんで進んでいるように外側からは見える。
(貼り付けはじめ)
キリスト教ナショナリズム対実際のキリスト教(Christian nationalism
versus actual Christianity)
ジョス・ジョセフ筆
2026年4月6日
『ザ・ヒル』誌
https://thehill.com/opinion/campaign/5816789-christian-nationalism-fragile-unity/
オハイオ州立大学で学部生だった頃、ルームメイト数人が福音派キリスト教団体(the
evangelical Christian group)「キャンパス・クルセード・フォ・クライスト」に所属していた。ある日、モルモン教の宣教師2人が私たちの家を訪問した。ルームメイトたちは彼らを歓迎し、聖書を取り出して、モルモン教が「間違っている」「真のキリスト教ではない」理由について1時間にも及ぶ議論を始めた。ルームメイトの1人が彼らを「異端者(heretics)」と呼んだ後、モルモン教徒たちは怒って出て行ってしまった。
政治的キリスト教(Political Christianity)はこの国において強力な勢力だ。その定義は驚くほど容易で、共和党は政治的キリスト教を巧みに利用してきた。私はキリスト教徒だ。彼もキリスト教徒だ。彼女もキリスト教徒だ。私たちはキリスト教徒だ。彼らはキリスト教徒ではない。私たちにはキリスト教的価値観があり、彼らにはない。私たちにはユダヤ・キリスト教的価値観があり、彼らにはない。キリスト教を「私たち対彼ら」の戦いと定義づけることで、キリスト教右派は選挙に勝利し、支持基盤を拡大し、勢力を拡大し続けている。
共和党は政治的キリスト教を受け入れた一方で、自分たちの約束には限界があることも認識していた。「クリスマス戦争(war on Christmas)」に勝利し、「学校での祈りを復活させ(bringing
back prayer to school)」、「アメリカを再びキリスト教国にする(making
America a Christian country again)」といった公約を掲げた。問題は、中絶規制から学校での祈りまで、宗教右派(the religious right)が実際にこれらの全てを望んでいたことだ。共和党が約束を果たさなかったため、彼らはそれを実現してくれるポピュリストたちに投票し始めた。
そこに、キリスト教ナショナリストたちが登場する。
私たちは、政教分離(the separation of church and
state)は維持されるべきだと主張する。なぜなら、政府はユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、無神論、あるいは悪魔崇拝(Satanism)といった宗教よりもキリスト教を優遇することはできないからだ。そして、彼らの主張は正しいと言えるだろう。
しかし、キリスト教ナショナリストに問うべきは、次の点だ。あなたはどのキリスト教を支持したいのか? どの聖書を教えるべきか?
カトリック聖書か、それともプロテスタント聖書か? キリスト教とは、J・D・ヴァンス副大統領が説く、聖母マリアに祈り、聖人を崇敬するカトリック信仰のことか?
それとも、マイク・ジョンソン連邦下院議長(ルイジアナ州選出、共和党)が説く、神との個人的な関係こそが救いの全てだとするプロテスタント信仰のことか? 私たちは子供たちに宗派についてどのように教えるべきか? どれが正しく、なぜ他は間違っているのだろうか?
教師たちは生徒にキリスト教の信仰を伝えることを許されるべきだろうか? キリスト教ナショナリストは「イエス」と答えるかもしれない。しかし、もしその教師たちがモルモン教徒だったらどうだろうか?
自分の子供たちに、モルモン書が神の言葉だと教えたいと思うだろうか?
だからこそ、建国の父たちは私たちが思っている以上にずっと賢かった。彼らは政教分離(the
separation of church and state)を確立したのは、キリスト教徒ではないアメリカ人を守るためだけではなかった。彼らはキリスト教徒同士の争いからキリスト教徒を守りたかったのだ。
彼らは宗教、歴史、哲学、政治を学んだ教養ある人々だった。啓蒙時代(the Age of
Enlightenment)の申し子と言えるだろう。そして彼らは、建国間もないこの国(アメリカ)が、ヨーロッパ諸国の政府と同じ過ちを繰り返さないようにしたいと願っていた。私たちは、宗教紛争は常に中東地域に限られていたかのように振る舞い、ヨーロッパの宗教戦争のような出来事を無視しがちだ。
ヨーロッパでは、プロテスタントとカトリックの対立によって何百万人もの命が失われた。戦争が起こり、人々は故郷を追われ、現代ではジェノサイドと呼ばれるような虐殺が行われた。三十年戦争、清教徒革命、フランス宗教戦争について調べてみれば分かるだろう。ヨーロッパでは信教の自由があまりにも脆弱だったため、人々は船に乗って世界の反対側、つまりアメリカへと渡った。
建国の父たちはこれらの戦争から学び、「私たちは決してこのようなことをこの国では繰り返さない」と決意した。彼らが政教分離を確立したのは、国民全員がキリスト教徒である国でキリスト教を国教とすれば、誰もが自分なりのキリスト教を押し付けようとするため、宗教紛争が必ず発生することを知っていたからだ。そして、それは功を奏した。確かに、モルモン教徒の追放のような宗教的暴力事件はあったが、概してこの国では宗派間の暴力が蔓延することはなかった。ヨーロッパ諸国もこれに気づき、追随した。
キリスト教ナショナリズムの反対者たちは、「私たち対彼ら」という構図を利用して運動を抑え込もうと苦心してきた。しかし、彼らは政治家たちにキリスト教信仰の定義を問い、その信仰を法律に明文化する意思があるのかどうかを問うべきかもしれない。そして、キリスト教ナショナリズムの反対者たちは、キリスト教ナショナリストの結束がいかに脆いかを露呈させるために、あえて政治的に不適切な発言をする必要があるだろう。
トランプ大統領とその政権に対し、ポピュリズム的な発言を繰り返すのではなく、どのキリスト教宗派を支持すべきかを問うべきだ。
そうすれば、キリスト教ナショナリストは「私たち対彼ら」という構図の優位性を失うだろう。なぜなら、彼らはどちらが正しいかを巡って互いに争い始めるからだ。それは、建国の父たちが国を世俗国家に保ち、政教分離を確立しようとした理由を証明するだけだろう。
※ジョス・ジョセフ:「ベスト・コメンタリー・オピニオン」軍関係記者編集者賞受賞者。ハーヴァード大学とオハイオ州立大学の卒業生で、アメリカ海兵隊に所属し、イランに派遣された経験を持つ。現在はカリフォルニア州アナハイム在住。
(貼り付け終わり)
(終わり)

シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

























