古村治彦です。
※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。
今回は、興味深い論稿をご紹介する。民主党系のストラティジストが書いた文章で、内容は、イーロン・マスクが行っている政府効率化(連邦政府職員の削減、連邦政府機関の一部の閉鎖、予算の削減)がトランプと支持者たちを離間させるというものだ。
論稿の著者ブラッド・バノンは「マスクはトランプのスケープゴートにされる可能性がある。民主党は、トランプを弱体化させることが最終目標であり、マスクを攻撃することではないと認識すべきである」と主張している。失業保険や生活保護など、連邦政府の予算が入っている福祉制度や労働対策制度を利用している低所得者層にとって、連邦政府の予算削減は生活に直結する大問題だ。
これまでにブログで何度も書いているが、トランプは、アメリカの貧乏白人、白人労働者たちの支持を受けて、彼らの代表として、既存の政治を壊すためにワシントンにやって来ている。貧しい白人、白人労働者たちが望んでいるのは、雇用であり、働かせてくれさえすれば、そして、生活できるだけの給料を保証してくれれば、福祉に頼ることなく、自分で生活を立て直すという考えを持っている。
彼らの考えはもっともで素晴らしい。しかし、実態は厳しいだろう。トランプ政権下の4年間でどれだけの雇用が、一度、製造業が去ってしまった地域に戻るだろうか。しかも、彼らが望むだけの賃金となると、どうしても競争力は限定されてしまう。そうなると、彼らもまた我慢を強いられる。自分たちの思い通りにはいかないし、福祉に頼るということも続くことになるだろう。
以下の論稿で重要なのは、後半の以下の記述だ。「マスクを嫌うバノンは私だけではない。トランプの大統領顧問を務めたスティーヴ・バノン(私とは血縁関係はない)は、長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)との間で、MAGA内戦が勃発すると警告している。バノンはこれを、トランプ連合内の億万長者と労働者階級の勢力間の戦い(a battle between the billionaire and working-class elements within
the Trump coalition)だと表現した」。
既に、日本でも報道されているように、政権内部には不協和音が起きつつある。最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)でも、政権内の不協和音、衝突については触れているが、より鮮明になっているようだ。私は違和感を覚えていたが、それが「長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)」という形で言語化されている。トランプ政権はポピュリズム政権であるが、大富豪であるイーロン・マスク、そして、ピーター・ティールが支えていることの違和感はあった。これが顕在化しつつある。
トランプという巨大な存在によって、そうした不協和音を抑えることができるだろうが、それがいつまで続くだろうかということは私の最新の興味関心ということになる。
(貼り付けはじめ)
マスクは民主党がトランプを労働者階級の支持層から引き離すために必要な楔となるかもしれない(Musk may be the wedge Democrats need to separate Trump from his
working-class base)
ブラッド・バノン筆
2025年2月23日
『ザ・ヒル』誌
https://thehill.com/opinion/5158364-elons-musk-vs-trump-division/
イーロン・マスクはメディアの注目を独占している。この状況が続く限り、彼にはそれを楽しんでいて欲しい。マスクはトランプ大統領の影を薄くし始めており、トランプのようなナルシストが長く我慢するはずがない。
木曜日、クールなサングラスをかけ、チェーンソーを振り回すマスクは、今年のCPAC保守派会議の主役だった。FOXニューズのショーン・ハニティとの共同インタヴューでは、トランプを圧倒した。トランプが脇役に甘んじていた最近の大統領執務室での会合の報道では、マスクと息子が中心人物だった。カルヴィン・クーリッジがネイティヴ・アメリカンの頭飾りを身につけて以来、最悪の大統領写真撮影の機会だった(意識が高ぶっていることを許して欲しい)。
マスクはフレッド・アステアの真似を精一杯やっている。重力に逆らって天井で踊っている。この綱渡りは、彼の失墜が更に悲惨なものになることを意味するだけだ。
2週間前に『エコノミスト』誌が実施した全国世論調査によれば、トランプ大統領は既に不人気であり、人命が失われる数が増えるにつれ、事態はさらに悪化するだろうことは間違いない。
トランプの支持率も、2度目の就任以来低下している。彼に対するネガティヴな評価が警戒すべきレヴェルにまで達すれば(そして必ずそうなるだろう)、脚光を浴びることを好むこの大企業経営者であるマスクは大統領のスケープゴート(scapegoat)にされるだろう。トランプの元側近の多くと同様に、彼も使い捨てられる存在だ(He is disposable like so many of Trump’s former associates)。民主党は、私たちの最終目標は大統領を弱体化させることであり、マスクを弱体化させることではないことを忘れてはならない(Democrats must remember that weakening the president, not Musk, is
our ultimate goal)。マスクがトランプの意のままに動いているのであって、その逆ではないことを明確にすべきだ(We should make it clear that Musk is doing Trump’s bidding and not
the other way around)。
国民の60%以上は、マスクがトランプに大きな影響力を持っていると考えているものの、マスクにそう望んでいるのはアメリカ人の5人に1人だけだ。共和党員の3人に1人でさえ、この大企業経営者マスクは大統領に過大な影響力を持っていると考えている。
トランプは、マスク、Metaのマーク・ザッカーバーグ、Amazonの『ワシントン・ポスト』紙のジェフ・ベゾスといった超富裕層のテック業界の巨人たちと肩を並べている。ワシントン・ポストで最近起きた騒動は、トランプの企業カルテルがいかに集中的な権力を持っているかを如実に示している。公益団体コモン・コーズは、マスクを批判するラップアラウンド広告を一面、裏面、そして中面1ページに掲載することを提案した。しかし、注文を受けた後、ワシントン・ポストは尻込みして広告掲載を断った。ワシントン・ポストのモットーは、「ワシントン・ポストで民主政治体制は闇の中で死ぬ(Democracy Dies in Darkness at the Washington Post)」に変更されるべきだ。
ワシントン・ポストが広告掲載を拒否したことは、言論の自由に対する明白かつ差し迫った脅威だ。また、トランプ、マスク、ベゾスが、機能不全に陥ったアメリカ民主政治体制の心臓部に血液を送り込む情報動脈(the information arteries)を、いかに強大に締め上げているかを如実に示している。
マスクは世界で最も富裕な人物の1人、いや、最も裕福な人物と言えるだろう。彼は政府効率化省をリードする頭脳(the brain behind the Department of Government Efficiency)だ。彼の冷酷な指揮下で在宅医療や学校給食を失う貧しいアメリカ国民のことを、彼には気遣う理由など存在しない。効率化をあえて追求するあまり、彼は大切なものを駄目にし()throw the baby out with the bathwater、何百万人もの人々に奉仕する連邦政府機関を丸ごと潰そうとしている。彼の執拗な追求には、政府撲滅省(the Department of Government Eradication)というより適切な名称がふさわしいだろう。そして、彼が直属する大統領の真の目的はまさに政府の撲滅なのだ。
最近、政府効率化省(DOGE)は移民・関税執行局(the Immigration and Customs Enforcement Agency)で80億ドルの無駄遣いを発見したと主張した。『ニューヨーク・タイムズ』紙が調査したところ、実際の数字は800万ドルだったことが判明した。マスクが80億ドルと800万ドルの違いも分からないのであれば、他に何を間違っているだろうか?
彼は政府支出の効率化(efficiency in government spending)を担うべき人物ではない。
彼はまた、行動と言動において利益相反(conflict of interest)そのものだ。彼の巨大な企業的利益は、彼が担う重要な政府責任と真っ向から衝突している。彼のロケット会社スペースX社は連邦政府の請負業者である。
マスクを嫌うバノンは私だけではない。トランプの大統領顧問を務めたスティーヴ・バノン(私とは血縁関係はない)は、長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)との間で、MAGA内戦が勃発すると警告している。バノンはこれを、トランプ連合内の億万長者と労働者階級の勢力間の戦い(a battle between the billionaire and working-class elements within
the Trump coalition)だと表現した。
民主党と進歩主義派は、この分裂につけ込むことができる。苦境に立たされた労働者世帯を支援するという自らの関与を強調することで、こうした分裂をうまく利用することができる。彼らは、トランプが新政権発足初日に物価を引き下げるという、今や放棄された選挙公約を実行してくれることを期待していた。
分断統治(divide and conquer)は常に敵を倒す効果的な手段だった。私たちはMAGA内の分裂につけ込まなければならない。マスクは、トランプを労働者階級の支持層から引き離すために必要な楔(wedge)となるかもしれない。
※ブラッド・バノン:民主党の全国規模担当ストラティジストであり、民主党、労働組合、そして進歩主義的な問題団体のための世論調査を行うバノン・コミュニケーションズ・リサーチCEO。彼は、権力、政治、政策に関する人気の進歩主義派ポッドキャスト「デッドライン・DC・ウィズ・ブラッド・バノン(Deadline D.C. with Brad Bannon)」の司会者を務めている。
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』