古村治彦です。
アメリカは輝ける国家だった。第二次世界大戦後の世界において、たとえソ連を中心とする社会主義陣営に住む人々であっても、アメリカの余裕のある豊かな生活は憧れの的だった。アメリカに対する憧れを形作ったのは「ソフトパワー」だった。「ソフトパワー」について、下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは、「ナイはソフトパワーを「魅力の力(the power of attraction)」と定義した。つまり、他国が模倣し、関係を築き、その先導に従いたくなるような資質を備えていることで、他国を望むように動かす能力(a nation’s ability to get others to do what it wanted)のことである」と書いている。
具体的には、アメリカ発の映画やテレビドラマ、小説、出版物、絵画、演劇、商品(コーラやジーンズ)、音楽、芸能などに振れることでアメリカを知り、アメリカに憧れた。読者の皆さんそれぞれに考えてみても、各世代でアメリカから影響を受けているということになるのではないかと思う。私の個人的な体験でいえば、子供の頃に田舎の映画館で見たアメリカ映画、「スーパーマン」や「E.T.」、「バックトゥザフューチャー」などを今でも覚えている。映画のお供は映画館の近くにあるマクドナルドで、持ち帰りで買ってもらったハンバーガーとコーラだった。1984年のロサンゼルス・オリンピックも楽しみで見ていた。小学生の頃だったが、日米経済摩擦があり、日本製品が世界で人気だということを知り、誇らしかったことを覚えている。大人たちからは「日本は資源がないから、資源を輸入して、自動車や冷蔵庫なんかを作って、それを外国に買ってもらってお金を稼いでいるんだよ、アメリカが一番買ってくれる国なんだよ」と教えられた。アメリカは良い国なんだと子供心に思ったことを覚えている。
こんな単純なアメリカ感は成長すれば持たなくなるものだが、「三つ子の魂百まで」で、アメリカへの憧れはあり、最終的にはアメリカ留学までさせてもらうことになった。子供の頃にテレビで見たロサンゼルス、オリンピックのメイン会場であるLAコロシアムを訪問した時は感動した。
しかし、輝けるアメリカはなくなりつつあり、憧れのアメリカという虚像がなくなって、裸のアメリカが見えてくると、アメリカへの親近感が薄れ、反発が大きくなっている。現在の第二次ドナルド・トランプ政権のヴェネズエラ攻撃、キューバ封鎖、イラン戦争は、むき出しの欲望の発露であり、親米感情を削り取るものだ。また、アメリカ国内のインフラの劣化や分裂などもまた、アメリカへの憧れを生み出すものではない。これはもう覆い隠しようがない。トランプは逆にそれをさらけ出し、欲望をむき出しにすることで、アメリカ人と世界の人々にアメリカの厳しい現実を伝え、何とか対応しようとしている姿を見せている。「アメリカを再び偉大に」という言葉の前提は「現在のアメリカは偉大ではない」ということだ。そして、「再び」偉大になるかと言われて、素直にそうなると答えられる人はほぼいないだろう。
(貼り付けはじめ)
アメリカのソフトパワーの終焉(The End of America’s Soft Power)
-アメリカは自分の国際的な強みの1つを放棄してしまった。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2026年5月4日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/05/04/trump-soft-power-usa/
ドナルド・トランプ政権の外交政策における最も顕著な特徴の1つは、選択された目標(the chosen ends)ではなく、好まれる手段(preferred means)にある。それは、アメリカのハードパワー(hard power)に対する絶対的な自信と、故ジョセフ・ナイが「ソフトパワー(soft power)」と呼んだものに対するほぼ完全な軽視である。ナイはソフトパワーを「魅力の力(the power of attraction)」と定義した。つまり、他国が模倣し、関係を築き、その先導に従いたくなるような資質を備えていることで、他国を望むように動かす能力(a nation’s ability to get others to do what it wanted)のことである。ハードパワーを多く持つ国は、武力や威嚇、あるいは援助や保護の提供によって他国を強制できる。一方、ソフトパワーを多く持つ国は、他国が自国に憧れ、自国の理念に賛同し、あるいは自国をファッショナブルで成功しており、さらには「イケてる(hip)」と見なすことで、より大きな影響力を享受できる。
私のような素晴らしいリアリストは、ハードパワーの重要性を軽視するようなことなどない。むしろ、確固たるハードパワーによる裏付けなしにソフトパワーを多く持つことは困難だ。しかし、ウラジーミル・プーティンのロシアが示したように、ハードパワーは豊富でもソフトパワーはほとんど、あるいは全くないという状況もあるだろう。理想的には、国家はハードパワーとソフトパワーの両方を豊富に持つことが望ましいだろう、それは、ソフトパワーが豊富であれば、他国は自然と自国の意向に従うようになり、ハードパワーを頻繁に使う必要がなくなるからだ(Ideally, a state would like to have a lot of both, because having a lot of soft power means others will be naturally inclined to do what you want and you won’t have to use your hard power very often)。ナイは、アメリカのハードパワーとソフトパワーの組み合わせが、国際社会との関係において大きな優位性をもたらすと確信していた。これが、彼がアメリカの将来に楽観的で、衰退を予測する人々に懐疑的だった理由の1つだ。しかし、長いキャリアの終盤には、彼でさえアメリカの国際的な魅力の衰退を懸念し始めていた。
トランプ政権2.0では、ハードパワーさえあれば十分だという考え方が、至るところで見られる。政権は関税の脅威を利用して貿易相手国に一方的な経済協定を強要し、最高裁判所がそれらを無効とする判決を下したにもかかわらず、その努力を続けると誓っている。政権は6カ国以上で軍事力を行使し、カリブ海と太平洋で麻薬密輸容疑者を殺害し続けている。殺害されている人々が誰であるかが明確ではなく、全員が実際に麻薬密売に関与していることを証明できず、これらの行動が違法薬物の入手可能性にほとんど、あるいは全く影響を与えないことを政権も認めている。ドナルド・トランプ大統領は繰り返し他の世界の指導者を弱腰だ(being weak)と非難し、ウクライナのウォロディミール・ゼレンスキー大統領には「切り札がない」のでロシアと取引すべきだと述べ、キューバの一般市民をさらに困窮させ、最終的には政権を降伏させることを目的としたキューバ封鎖(a blockade on Cuba)を課した。最後に、そして決して軽視できない点として、イラン政権はすぐに崩壊し、私たちにとって好ましい政権が誕生するだろうという誤った前提に基づき、外交を放棄し、不必要かつ一方的なイランに対する戦争を開始した。
この強大な力への執着で最も驚くべき点は、その行使を隠蔽したり、正当化したり、弁明したりする努力がほとんどなされていないことである。ほとんどの国は時折、悪事を働く。大国は特にその傾向が強いが、通常は規範的な正当化(normative justification)というヴェルヴェットの手袋で、その凶暴な拳(mailed fist)を隠そうとする。しかし、トランプ政権はそうではない。確立された規範を破り、相手に苦痛を与える機会があれば、まるで、喜びを感じているかのようだ。大統領がイラン文明の根絶を脅迫したり、国防長官が国際法を無視し、アメリカ軍は敵に「容赦しない(no quarter)」(これは戦争犯罪に相当する)と豪語したりする時、彼らの目的は説得(to persuade)ではなく威嚇(to intimidate)、誘引(to attract)ではなく強制(to compel)にあることは明らかだ。彼らのモットーは、「最強であるということは、決して謝る必要がないということだ(Being the strongest means never having to say you’re sorry)」ということのようだ。
この強大な力への崇拝(veneration)は、かつてアメリカを他国にとって魅力的な存在にしていた制度や政策を組織的に弱体化させる努力と並行して行われている。米国国際開発庁(the U.S. Agency for International Development)はイーロン・マスクとDOGEの活動によって突然解体され、世界中の何百万人もの人々の命を危険に晒し、アメリカを恣意的で無関心な国に見せた。政権はヴォイス・オブ・アメリカの放送ネットワークを閉鎖しようとしたが、裁判所と連邦議会の異例の反対によって阻止された。マルコ・ルビオ米国務長官は60以上の国際機関から米国を脱退させ、数十の外交ポストを空席のままにしておき、主要な国際サミット会議にアメリカ代表を派遣しなかった。移民税関執行局(Immigration and Customs Enforcement)による暴力的な強制捜査と無実の抗議者の殺害は、アメリカの醜い側面を世界に露呈させ、かつてはアメリカの威信とソフトパワーの最も目立つ象徴の1つであった高等教育への継続的な攻撃は、アメリカの大学を外国人留学生にとって魅力のない留学先にした。こうした措置は学界の収益に打撃を与えるだけでなく(それが狙いなのかもしれないが)、アメリカで教育を受ける外国人留学生の数を減らすことにもつながる。通常、アメリカ留学は留学生を以前よりもさらに「親米(pro-America)」へと導く経験だからだ。これらの要素を総合的に考えると、なぜ中国の国際的なイメージが高まり、アメリカのイメージが低下しているのかが理解できるだろう。
トランプ政権によるアメリカのソフトパワー優位性への組織的な攻撃に気づいたのは、私が初めてではない。不可解なのは、なぜ政権幹部が事態を認識していないのかということだ。彼らは、ハードパワーへの過度な依存(overreliance on hard power)、つまり他国を傷つけるための軍事力行使(the use of military force)を、稀で遺憾な必要事案ではなく、称賛すべき行為として扱うことが、気まぐれで復讐心に燃え、潜在的に脅威となるアメリカとの協力を他国が望まなくなるということを理解していないのだろうか? 「酢よりも蜂蜜の方が多くのハエを捕まえられる(you can catch more flies with honey than with vinegar)」という古い格言(old adage)を聞いたことがないのだろうか?
ここから私の考えを書いていく。
第一に、トランプ大統領をはじめとする政権幹部は、世界を強者[the strong](「勝者[winners]」)と弱者[the weak](「敗者[losers]」)に二分し、弱者とのいかなる妥協も失敗とみなしている。そのため、自慢をしたり、見栄を張ったり、たとえ些細な批判や反対意見に対しても容赦しない態度を取ったりする傾向が見られる。カナダやデンマークといった、アメリカに忠実な国々への無思慮な攻撃は言うまでもない。ピート・ヘグセス国防長官が「戦士の精神(warrior ethos)」や「致死性(lethality)」の喜びについてマッチョな発言をしたり、スティーヴン・ミラー大統領次席補佐官が歴史の「鉄則(iron laws)」が強者の支配を正当化すると宣言したりしたことは、おそらくこの考え方の最も明白な例だろう。しかし、権力者は他人に何をすべきかを指示し、従うことを期待できると信じているのは、彼らだけではない。思い出して欲しい。彼らは、スターであるというだけで女性を虐待しても構わないと豪語した大統領によって任命されたのだ。この(不)道徳な世界では、ルールは他人のためのものなのだ。
第二に、トランプとその支持者たちは熱烈な愛国者だと主張しているものの、自分たちが率いようとしているこの国を好きではないようだ。MAGAのスローガンを考えてみよう。「アメリカを再び偉大にすることが必要だと信じるなら、今のアメリカが偉大だとは思ってはいけない(If you believe it’s necessary to make America great again, you must not think it’s great today.)」。象徴的な国旗を振り回す彼らの行動は、トランプとその取り巻きがこの国について好き、あるいは尊敬している点がいかに少ないかという点で驚くべきものだ。彼らはほとんどのメディアを嫌い、ほとんどの人気芸能人を軽蔑し、民主党員(共和党員よりも人口に占める割合が大きい)を憎み、権力分立や法の支配を嫌い、この国で生まれていない市民(生まれている市民の中にもいる)を疑い、科学をほとんど尊重せず、大学を敵視し、影の「ディープステート(deep state)」が今もなお軍隊、外交団、そして多くの政府機関を蝕んでいると確信している。トランプはホワイトハウスさえ好きではなく、それをけばけばしい帝国の記念碑に作り変えたいと思っている。彼らはアメリカが深刻な状況にあると信じているため、この国の永続的な特徴が他国にとって魅力的である可能性を想像しにくいのかもしれない。
第三に、トランプとその支持者たちは、政権が結んだ見せかけの和平協定や暫定的な貿易協定など、あたかも成果であるかのように見せかけることができる即効性のある解決策を好む一方で、海外からの支持を得るための忍耐強く長期的な努力を避けている。トランプたちは、人々の間に良好な関係を築くことよりも、他国の指導者と取引をすることの方に興味がある。良好な関係は徐々に利益を生み出し、彼らが退任した後になって初めてその恩恵が完全に実現する可能性があるからだ。2028年以降に政権を去る自分たちにとって、次世代の留学生を獲得することなど誰が気にする必要があるだろうか?
もしこれがあなたの世界観であれば、ソフトパワーの重要性を軽視し、ハードパワーに頼るだろう。しかし、アメリカ人はもっと賢明であるべきだ。アメリカの外交政策史における最大の成功のいくつかは、かつての敵国を含む他国と建設的かつ寛大に協力し、自国の社会の好ましくない側面を是正することで、国際的なイメージを高めてきた結果だ。例えば、マーシャルプラン、NATO、公民権運動、慎重な貿易自由化の推進、そして冷戦を終結させドイツを統一した、厳しくも最終的には平和的な交渉などが挙げられる。対照的に、アメリカの外交政策における最大の失敗のいくつか(例えば、ヴェトナム戦争、イラクとアフガニスタンにおける終わりのない戦争、リビアにおけるムアンマル・カダフィの追放、そして現在のイランにおける混乱)は、十分なハードパワーがあれば成功が保証されるという考えから生じた。
アメリカには依然として多くの魅力的な特質があり、外国政府や国民は、国家としての理想としてのアメリカと、最悪の指導者たちの行動を区別することができてきた。しかし、アメリカの政治生活がますます粗野で腐敗し、ハードパワーが繰り返し悪用される一方でソフトパワーが衰退していくならば、この2つを切り離しておくことははるかに困難になるだろう。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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(終わり)


シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』


