古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:ヒラリー・クリントン

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカの有名なシンクタンクである、アメリカ・エンタープライズ研究所から「台湾とコントロールするための中国の3つの方途(China’s Three Roads to Controlling Taiwan)」という報告書が出たのは2023年3月13日だった。
下記アドレスから見ることができる。
https://www.aei.org/research-products/report/chinas-three-roads-to-controlling-taiwan/

 そして、今年5月に『ザ・ヒル』誌にその内容の概略が、報告書の著者であるダン・ブルーメンソールとフレッド・ケーガンによって論稿として発表された。ブルーメンソールは中国専門家として知られ、国務省に勤務した経験を持つ。フレッド・ケーガンは、アメリカのネオコン派の「名家」ケーガン一族に属しており、兄はロバート・ケーガン、義姉は、ヴィクトリア・ヌーランド前国務次官、妻は戦争研究所(Institute for the Study of War)の所長を務めるキンバリー・ケーガンである。フレッドは、2007年のイラクへのアメリカ軍増派作戦(「大波」計画[Surge Plan])の立案者として知られる。アメリカを戦争の泥沼に引き入れた一族の一員だ。

 この報告書の内容は、「中国は武力侵攻などしなくても台湾統一を実現できるということに今気づいた。アメリカは非武力的な方法にも注意をしなくてはいけない」というものだ。

 私は拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』や『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』、このブログで、散々、「中国は台湾に侵攻しなくても統一できるし、現状は既にぴったりとくっついていて、両岸関係は緊密だ」と書いてきた。中国が武力で台湾に侵攻することなど書いてきた。「台湾有事だ」「ウクライナの次は台湾だ」「日本はアメリカと一緒になって台湾防衛のために中国と戦う」といったお勇ましい言論は、為にする言論であって、日本にとって害悪だ。

 私が不思議に思っているのは、昨年に発表した報告書の内容を今年になって論説にまとめて発表したことだ。どうしてこんなことをするのだろうかと考えて、私なりの答えにたどり着いた。それは、彼らの飯の種を何とか確保するということだ。現在のアメリカh、ウクライナ戦争とイスラエル・ハマス紛争の2つに注目が集まり、お金を出す出さないでお重めしてきた。しかし、共和党系のネオコン派や民主党系の人道的介入主義派の主敵は、中国である。ウクライナ戦争もパレスティナ紛争も先行きが見えない現状では、中国のために割くエネルギーは残っていない。それでは、この人たちは困るのだ。

 だから、バイデンが中国製の電気自動車に100%の関税をかけると発表した時期に、「中国も大変なんだよ」というアピールをするということだ。何とも迷惑な話である。

 中国はアメリカの衰退という大きな政界史的転換期の動乱を乗り越えようとしている。しかし、それが過ぎて安定期に入り、世界覇権国になっていく時期には、少しずつ、自由化や民主化を行っていくだろう。それはしかしまだ10年単位で先の話である。そして、台湾をゆっくりと中国に近づけさせていきながら、中国国内の制度も変更していき、台湾の人々が統一を選べるようにしていくだろう。そこにアメリカが付け入るスキはないし、アメリカが介入して良い問題でもない。もっとも、その頃にはアメリカは力を失っているだろう。

(貼り付けはじめ)

台湾統一を実現するために中国は侵攻する必要はない(China doesn’t need to invade to achieve Taiwanese unification

ダン・ブルーメンソール、フレッド・ケーガン筆

2024年5月13日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/international/4657439-china-doesnt-need-to-invade-to-achieve-taiwanese-unification/

アメリカは第二次世界大戦後、最も厳しい国際安全保障環境に直面している。

戦争が続いており、中東においても拡大する恐れがあるにもかかわらず、ウクライナ戦争は激化している。一方、中華人民共和国は近隣諸国への嫌がらせと威嚇を続けており、アメリカ政府は台湾に対する中国の攻撃の脅威をより強く認識している。

台湾の安全保障への関心が高まるのは歓迎されることだが、現在の言論は、中国による台湾侵攻の脅威に焦点を当てすぎている。北京には、台湾に対する現在進行中のハイブリッド戦争作戦(hybrid warfare campaign)をエスカレートさせるなど、侵攻という手段を取らずに統一を強制する他の選択肢がまだある。アメリカの政策は、そのような戦略を抑止したり打ち負かしたりするようには設計されていない。

中国は、主に次の3つの理由により、台湾侵攻よりも限定的な運動行動(limited kinetic action)を伴う政治的・経済的戦争を中心とした、私たちが「戦争に至らない強制作戦(short of war coercion campaign)」と呼ぶ作戦を追求する可能性が高い。

第一に、戦争ではない手段で台湾を併合すれば、中国の他の大戦略目標(Chinese grand strategic objectives)にダメージを与える可能性を大幅に抑えることができる。中華人民共和国の長期的な戦略目標は、包括的な国力を構築し続け、世界を主導する超大国になることだ。そして、国際政治秩序を決定的に再編成し、自らをその中心に据えることを目指している。中国の国家最高指導者の習近平は、台湾を大陸と統一することがこの大戦略の重要な要素であると考えていることは明らかだが、本格的な、そしておそらく、世界規模の戦争を始めることで、中国の地政学的支配への歩みを危険に晒すことを嫌っているのかもしれない。

第二に、政治戦(political warfare)と限定的な運動行動を中心とした、戦争に至らない戦略が成功する可能性がある。台湾の直近の選挙では、国内の政治的分裂が浮き彫りになり、アメリカの支持に対する懐疑的な見方が高まった。このような感情は、台湾が国際的に孤立しているという事実によって更に強化されている。台湾の地位は国際問題において特異なもの(sui generis)であり、世界の諸大国に承認されていない、完全に機能する国民国家(nation-state)である。このことは、台湾の見捨てられてしまうという、理解できる恐怖を中国が操る隙を生み出す。

第三に、戦争に至らない戦略は、中国の戦略的思考とこれまでの行動と一致している。中国の戦闘コンセプトの中には、伝統的な運動論的武力の行使を超える手段を用いて戦争を戦うことの有用性に言及しているものが数多くある。これらのコンセプトは、南シナ海や東シナ海、台湾海峡における中国の「グレーゾーン作戦(gray zone operations)」において定期的に採用されてきた。一般的な成功例からすると、中国は台湾併合作戦において、これらの手段の採用を強化する可能性が高い。

私たちの新しい報告書は、北京が現実的にそのような戦略を達成できることを示している。中国の戦略立案者たちの考え方を採用することで、私たちは、中国が侵略や明白な軍事封鎖(overt military blockade)を行うことなく台湾に対する政治的支配を確立できるような、実現の高い戦争に至らない強制作戦を考案した。

私たちがモデルとした作戦は、台湾の新総統の就任からその一期目までの4年間にわたって実施された。この期間中、中国は米台関係を破壊し、台湾政府の統治能力を低下させ、台湾の抵抗意志(Taiwanese will to resist)とアメリカの台湾支援の意欲を著しく損なうだろう。

私たちは、4年間にわたる絶え間ない中国の空軍および海軍の侵攻、準封鎖(quasi-blockade)、政治戦と工作(political warfare and manipulation)、台湾の重要インフラに対する大規模なサイバーおよび物理的破壊行為(extensive cyber and physical sabotage of Taiwan’s critical infrastructure)、および沖合の島々への致命的な武力が、台湾政府内で「認知的過負荷(cognitive overload)」を引き起こし、台湾国民全体が混乱を感じるようになっている。

このような作戦の過程で、アメリカは中国の情報戦(information warfare)に晒され、特に中国との新たな経済協定の後、台湾は戦争をする「価値がない(not “worth”)」と確信するようになるだろう。アメリカの対応を麻痺させる中国の能力に懐疑的な人々は、2015年以来、ウクライナをめぐるNATOとの決裂につながりかけたロシアの対アメリカ政治戦争に注目していない。特に、中国による苦痛を与える作戦が、アメリカが準備している侵攻の兆候や警告を何ら引き起こさないのであれば、アメリカは中国の強制的な作戦には参加しない可能性が高い。

私たちが想定している作戦では、台湾が混乱に陥り、最強の同盟国から見捨てられたように見えるということになる。中国は「和平(peace)」を申し出る機会を捉え、北京が指示するガイドラインに従って協力する代わりに、強制的な作戦を停止し、ある程度の自治を保証することを約束する。

そして、台湾政府は中国の一部になることを望んでいないにもかかわらず、最終的には中国の望む統一につながるであろう計画に同意することで、国民の苦しみを終わらせることを選択する。

私たちの報告書に概説されているシナリオは、私たちが必然的に起こると考えていることの評価を表している訳ではない。むしろ、戦争による強制という短時間のシナリオが現実的であり、非常に危険であることを示そうとしている。

このような戦略を阻止するために、アメリカ、台湾、そして地域の同盟諸国が取るべき手段はいくつかある。これらの政府は、国際法の下での台湾の主権的権利(Taiwan’s sovereign rights)を明確に示すことから始めなければならない。そうすることで、封鎖や船舶検査体制(shipping inspections regimes)を「内政問題(internal matters)」として正当化する中国の法律戦作戦(lawfare campaigns)に対抗することができる。

台湾とアメリカの両政府は、台湾の対干渉・対破壊工作の法的権限と能力(Taiwan’s counter-influence and anti-subversion legal authorities and capabilities)を向上させるためにも協力すべきである。この協力は、台湾が封鎖や封鎖に類似した経済活動に耐えられるようにするための、より広範な取り組みにも及ぶべきである。

最後に、アメリカ主導の連合は、中国の軍事的威嚇努力を阻止するために政治的、経済的コストを課すべきである。例えば、現在の台湾海峡での中国の空軍侵攻に対する回答は、台湾と国際社会との間の民間航空協力の拡大と、地域の防空体制への台湾の統合の両方であるべきである。

中国政府は、進行中の「グレーゾーン(gray zone)」作戦を強化するなど、台湾の支配を成功させるための多くの方法を持っている。中国は、台湾社会に多大な苦痛を与え、アメリカの介入(U.S. intervention)を阻止するための、戦争強制以外の組織的な作戦において、主に台湾の国際的孤立(Taiwan’s international isolation)と同盟関係の欠如(lack of alliance relations)といった台湾の脆弱性(Taiwanese vulnerabilities)を利用しようとする可能性がある。

中国が威圧的な取り組みを強化しそうな手段に焦点を当てることで、アメリカはそれを克服することができる。

※ダン・ブルーメンソール:アメリカ・エンタープライズ研究所上級研究員。
※フレッド・ケーガン:アメリカ・エンタープライズ研究所クリティカル・スレッツ・プロジェクト部門部長。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

 アメリカは外交政策において、インド太平洋(Indo-Pacific)という地域概念を持ち出して、中国とロシアを封じ込めようとしている。これはバラク・オバマ政権時代のヒラリー・クリントン国務長官から顕著になっている。「アジアへの軸足移動(Pivot to Asia)」という概念と合わせて、アメリカの外交政策の基盤となっている。

 インド太平洋から遠く離れたヨーロッパ諸国がインド太平洋でプレイヤーとなろう、重要な役割を果たそうという動きを見せている。国際連合(the United NationsUN、正確には連合国)の常任理事国であり、空母を備える海軍を持つイギリスとフランスを始めとして、オランダ、ドイツなどの小規模な海軍国が艦船をインド太平洋地域に派遣している。昨年には、NATOの東京事務所開設という話が出て、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の反対によって、いったん白紙となった。ヨーロッパから遠く離れたインド洋、太平洋地域でヨーロッパが全体として役割を果たそう、プレイヤーになろうという動きが高まっている。
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 ヨーロッパ側の主張、理由付けは、インド太平洋地域の航行の自由を守ることが、自分たちの貿易を守ることにつながるというものだ。これは、中国の存在を念頭に置いて、中国が航行の自由を阻害するという「被害妄想」でしかない。その「被害妄想」を理由にして、何もないインド太平洋地域にまで艦船を送るというのはご苦労なことである。

 ヨーロッパがインド太平洋地域において役割を果たすというのは、アメリカの手助けをするという理由もある。アメリカが中国と対峙している地域であり、ここでアメリカを助けることが必要だということである。更に言えば、アメリカの要求によって、ヨーロッパ各国は国防費の大幅増額、倍増を求められているが、艦船を派遣することで、「取り敢えず頑張っています」という姿勢を見せることで、少しでもこうした動きを和らげようということであろう。

 しかしながら、ヨーロッパはまず自分の近隣地域の平和な状況を作り出すことを優先すべきだ。ユーロピアン・アイソレイショニズム(European Isolationism、地域問題解決優先主義)を採用すべきだ。ロシアとの平和共存を目指し、ロシアの近隣諸国の中立化(武装解除ではない)を行い、ロシアとの関係を深化させることで、相互依存関係(interdependency)を構築し、戦争が起きる可能性を引き下げることだ。

 落語などでもよく使われる表現に「自分の頭の上のハエも追えない癖に、人様の世話ばかりしやがって」というものがある。ヨーロッパはまず、自分の近隣地域の安全も実現できていないのに、他人様の家にずかずか入り込んでくるものではない。まさに「何用あってインド太平洋へ」である。

(貼り付けはじめ)

ヨーロッパはインド太平洋のプレイヤーになりたいと考えている(Europe Yearns to Be an Indo-Pacific Player

-ヨーロッパ地域で戦争が続いているが、ヨーロッパの戦略的・海軍的な願望は世界の裏側にある。

キース・ジョンソン筆

2024年3月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/19/europe-navy-indo-pacific-strategy-maritime-security/

地政学的なアイデンティティを探し続けた年月を経て、ヨーロッパは国際関係において最も争いが頻発している分野でより大きなプレイヤーになることを目指し始めている。ヨーロッパが目指しているのはアジア地域を含む海洋安全保障分野(maritime security)での主要なプレイヤーである。

長年にわたる貧弱な国防費とハードパワーへの嫌悪感から立ち直り、ヨーロッパ全体、そしてヨーロッパの主要国の多くは、身近なところから地球の裏側まで、海洋安全保障への関心を急速に高めている。それは、ブリュッセル、パリ、ロンドンから矢継ぎ早に発表される野心的な戦略文書だけでなく、ヨーロッパ諸国の小さいながらも有能な海軍が、より多くの場所で、より多くのことを行い、争いの絶えない水路を確保し、自由航行と世界的なルールの尊重を取り戻すために、配備を拡大していることからも明らかである。

ヨーロッパの海軍は既にイエメンからのフーシ派ミサイル攻撃に対抗するために紅海で任務遂行をしており、ますます多くのヨーロッパのフリゲート艦や航空母艦が、大陸全体でのより大規模で広範囲にわたる責任への移行の一環として太平洋を巡行している。

10年ほど前の地中海での海上警備活動から始まったヨーロッパ連合(European UnionEU)の活動は、現在ではインド洋を含むさらに遠方への野心的な展開へと広がっている。先月、ヨーロッパ連合は紅海、ペルシャ湾、アラビア海で航路を確保するための海軍作戦を開始したばかりだが、これは同じ海域でより好戦的な米英の作戦とは別のものだ。

ウクライナでの大規模な陸上戦争が3年目を迎えている現在でも、ヨーロッパはインド太平洋の安全保障においてより大きな役割を果たすことにますます真剣になっている。ヨーロッパ連合はインド太平洋戦略と、この地域に改めて重点を置く新たな海洋安全保障戦略の両方を掲げている。

ブリストル大学の海軍専門家であるティモシー・エドマンズは、「ヨーロッパ連合の最新の海洋安全保障戦略で印象的なのは、海洋における国家間の紛争や対立の重要性と、そして政治的ダイナミクスの変化を認識し、本格的な転換を図ろうとしていることだ。特にインド太平洋地域とその中でのヨーロッパ連合の役割がそうだ」と述べている。

個々の国もまた、この活動に参加している。イギリスはアジアへの「傾斜(tilt)」を更に強化しようとしている。ヨーロッパ連合加盟国で唯一インド太平洋に領有権を持つフランスは、中国の台頭とバランスを取り、フランスとヨーロッパの重要な経済的利益を守るため、インド太平洋地域における海軍と外交のプレゼンス強化に全力を挙げている。ドイツやオランダのような中堅の地政学的プレイヤーでさえ、インド太平洋戦略を持っている。イギリス、フランス、その他いくつかのヨーロッパ諸国は、遠く離れた太平洋の海域に艦船を置いて、その願望をバックアップしている。

フランス国際関係研究所の軍事部門の研究員ジェレミー・バシュリエは、「インド太平洋における安全保障環境の悪化は、フランスとヨーロッパの利益に重大な脅威をもたらしている。インド太平洋における抑止力と軍事的対応努力は主にアメリカに依存しているが、ヨーロッパ連合加盟諸国は今や、台湾海峡、北朝鮮、南シナ海における危機や紛争など、この地域における危機や紛争の世界的影響を十分に理解しなければならない」と述べている。

ウクライナ戦争は、ヨーロッパの関心と武器を吸収した。それでもなお、ヨーロッパの東方シフト(European shift to the east)は続いており、その勢いは増している。それは、ウクライナ戦争がヨーロッパにとって紛争の真のリスク、特に世界の多くの国々と同様にヨーロッパが依存している世界貿易とエネルギーの流れの要であるインド太平洋における紛争の真のリスクについて警鐘を鳴らしたからでもある。

ハーグ戦略研究センターのポール・ファン・フフトは「インド太平洋地域におけるヨーロッパの存在感を高めようという意図は、ヨーロッパでの戦争にもかかわらず、まだ生き続けている。ウクライナ戦争がなければ、資源を確保するのは簡単ことだろうが、その一方で、今は新たな深刻な問題が出ている」と述べている。ヨーロッパのアジアへの軸足移動(The European pivot to Asia)が注目されるのは、フランスとおそらくイギリスを除けば、ヨーロッパ諸国がもともとインド太平洋地域のプレイヤーではないからだ。しかし、フランスとイギリスの空母に加え、ドイツ、イタリア、オランダの小型水上艦船がこの地域に派遣されている

ヨーロッパが、目の前に多くの課題があるにもかかわらず、地球半周分も離れた地域の争いに力を入れている理由はいくつかある。それらは、攻撃的な中国の台頭、商業とエネルギーの自由な流れを保護する必要性、そして、アメリカが、旧大陸が今後数十年間に形成されつつある重大な安全保障上の諸問題において、さらに前進し、主要な役割を果たすことができるという願望である。

長年にわたり、ヨーロッパは中国との間でバランスを取ろうと努め、中国からの投資を歓迎する一方で、北京に対するワシントンの好戦的な姿勢をますます強めていることから距離を置いてきた。しかし、中国による略奪的な貿易や経済慣行、南シナ海での威圧、太平洋における自由航行への脅威、そして台湾併合というあからさまな計画の組み合わせは、今やヨーロッパを、より明確なアプローチへと押しやっている。

前述のティモシー・エドマンズ「中国との関係の方向性は、ヨーロッパ連合全体で変化している。海外投資(foreign investment)であれ、一帯一路構想(the Belt and Road Initiative)であれ、太平洋での活動であれ、中国の破壊的な役割がますます認識されるようになっている。それらの国々の目からは日々鱗が剥がれ続けている状況だ」と語った。

オランダのような中堅諸国は、インド太平洋における自国の将来を、戦争に参加して実際に戦う海軍国としてではなく、むしろ投資、能力開発、安全保障支援を活用して、アジア諸国を中国の支配に対する防波堤となりうるより広範なグループへと呼び込むことができる外交国になるようにと考えている。ファン・フフトは「私たちにできることは、パートナー諸国に対して、“私たちは本当に気にかけているが、支援は別の形でなければならない”と伝えることだ」と述べている。

エマニュエル・マクロン大統領の下、フランスは長年にわたり、多くの人がバランシング姿勢とみなすものを追求しようとしてきたが、インド太平洋で何が起こるかについて、より現実的な見方にますます傾いている、と前述のジェレミー・バシュリエは述べている。「フランス政府は、アメリカ、インド、日本、オーストラリアで構成されるクアッド(Quad)のようなグループにはまだ正式に参加していないが、インドとのラ・ペルーズ海軍演習のような、考えを同じくする国々と以前よりも多くの演習に参加している」とバシュリエは語っている。

台湾や西太平洋をめぐる潜在的な紛争だけでなく、フランスやその他のヨーロッパ諸国が特に懸念しているのは、自由航行(free navigation)やエネルギーなどの重要物資の自由な流れ(free flow)に対する脅威である。これは、紅海における数ヶ月に及ぶフーシ派の活動や、イランによるホルムズ海峡閉鎖の威嚇によって浮き彫りにされ、世界有数の輸送量を誇る航路を自分専用の湖(a private lake)に変えようとする中国の明白な意志によって強調されている。このことは、海洋法を守り、自国の近くだけでなく、ヨーロッパに影響を及ぼすあらゆる場所で海運を保護したいというヨーロッパ共通の願望につながる。

ファン・フフトは「航路がますます攻撃に対して脆弱になっていることは誰の目にも明らかであり、海洋安全保障の関心は必然的にインド太平洋へと移行しつつある。依存関係(dependencies)を考えれば、航路を確保するという問題を無視することはできない」と語っている。

海洋での取り組みを拡大するというヨーロッパの取り組みは、アジアのパートナー諸国や潜在的なライヴァルだけでなく、アメリカにもメッセージを送っている。数十年とは言わないまでも、何年もの間、米政府はヨーロッパのNATO加盟諸国に防衛費を増額する必要性について説得しており、遅ればせながら、増額を始めている国もある。しかし専門家たちは、特にヨーロッパの近隣地域と、それを遠く越えた地域での海洋安全保障能力の強化は、ヨーロッパ全体がアメリカに真の支援を提供できる分野の1つであると主張している。

これには紅海やホルムズ海峡でのヨーロッパ諸国の任務のような巡回活動が含まれるが、米空母打撃群の長期間の派遣を具体化するためのヨーロッパ諸国からの水上艦艇の定期派遣も含まれる。

ファン・フフトは「これらの任務は全て、大国ではない国の海軍でも役割を果たすことができる、非常に具体的な方法である」と述べている。

しかし、より正確には、どのような役割となるのだろうか? ヨーロッパで最も強力な2つの海軍、イギリス海軍とフランス海軍は、合わせて3隻の中規模空母と40数隻の主要な水上艦艇を保有している。アメリカ海軍は、太平洋艦隊だけでも常時それ以上の数を保有している。イタリア、スペイン、ドイツ、オランダといった国々のより小規模な海軍は、ほとんどが小型のフリゲート艦と一握りの水陸両用艦で構成されている。それでも、フランスとイギリスの空母は、他のヨーロッパ諸国の艦船に護衛されながら、今年後半から来年にかけてインド太平洋に向かう予定であり、どちらもアメリカ軍との相互運用性(interoperable with U.S. forces)を高めるための訓練を受けている。

しかし、だからといって、台湾や南シナ海をめぐって太平洋戦争が勃発した場合、ヨーロッパの軍艦がアメリカやパートナー諸国の海軍を直接支援できるかというと、そうではないとバシュリエは主張している。ヨーロッパ北西部から南シナ海までは到着までに約2週間かかり、南シナ海での後方支援もないため、ヨーロッパの海軍はたとえその意志があったとしても、紛争が起きた場合に大きな役割を果たすことは難しいだろう。

より間接的ではあるが、アジアの海洋環境を形成する上で最終的により有益な役割は、もう少し身近なところで果たせるかもしれない。紅海やインド洋西部で既に海賊やテロリストに対する活動を開始しているヨーロッパ諸国の海軍は、シーレーン保護(sea lane protection)の任務を全面的に担うことができ、アメリカとそのパートナー諸国海軍は太平洋に集中することができる。

バシュリエは「アジアで紛争が発生した場合、ヨーロッパはおそらく、海上交通の安全保障と管理を確保し、スエズ運河とマラッカ海峡の間の“後方基地(rear bases)”を監視しなければならなくなるだろう」と語っている。

バシュリエは更に「バブ・エル・マンデブ海峡からベンガル湾のマラッカ海峡の開口部までの範囲で活動するヨーロッパの海軍は、ヨーロッパのエネルギー権益を維持しつつ、北京の戦略的供給を制約することができる」とも述べている。

※キース・ジョンソン:『フォーリン・ポリシー』誌記者(地経学・エネルギー担当)。ツイッターアカウント:@KFJ_FP

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。今回取り上げるヴィクトリア・ヌーランドについても詳しく書いています。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカの強硬な対ロシア政策とウクライナ政策をけん引してきた、ヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官(省内序列第3位)が退任することが、上司であるアントニー・ブリンケン米国務長官によって発表された。ロシア政府関係者は「ヌーランドの退任はアメリカの対ロシア政策失敗の象徴」と発言している。まさにその通りだ。ウクライナ戦争に向けて散々火をつけて回って、火がコントロールできなくなったら、責任ある職から逃げ出すというあまりにも無様な恰好だ。ヌーランドは職業外交官としては高位である国務次官にまで昇進した。しかし、その最後はあまりにもあっけないものとなった。

 アメリカ政治や国際関係に詳しい人ならば、ヌーランドが2010年代から、ウクライナ政治に介入し、対ロシア強硬政策を実施してきたことは詳しい。私も第3作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で詳しく書いてきた。ヌーランドは家族ぐるみでネオコンであり、まさにアメリカの対外介入政策を推進してきた人物である。
 ウクライナ戦争はその仕上げになるはずだった。アメリカがロシアを屈服させるために、ウクライナに誘い込んで思い切り叩く、それに加えて経済制裁も行って、ロシアをぼろぼろにするということであった。しかし、目論見はものの見事に外れた。現在、ウクライナ戦争はウクライナの劣勢であり、アメリカが主導する西側諸国の支援もなく、情勢はロシア有利になっている。ヌーランドはまずこの政策の大失敗の詰め腹を切らされた形になる。

 そして、バイデン政権としては、ウクライナ問題で消耗をして、泥沼に足を取られている状態を何とかしたい(逃げ出したい)ということもあり、アジア重視に方針を転換しようとしている。対中宥和派であったウェンディ・シャーマン国務副長官が昨年退任し、国務次官ヌーランドが代理を務めていた。彼女としては、このまま国務副長官になるというやぼうがあったはずだ。しかし、バイデン政権は、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)でインド太平洋調整官(アジア政策担当トップ)を務めていたカート・キャンベルを国務副長官に持ってきた。先月には連邦上院で人事承認も行われた。ヌーランドは地位をめぐる政治的な争いに負けたということになる。また、アジア重視ということで、ヌーランドの重要性は失われて、居場所がなくなったということになる。

 ヌーランドは7月からコロンビア大学国際公共政策大学院で教鞭を執ることも発表された。ヌーランドが国務省j報道官時代に直接仕えた、ヒラリー・クリントン元国務長官がこの大学院の付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めており、ヌーランドは客員教員を務めることになっている。この大学院の大学院長であるカリン・ヤーヒ・ミロはイスラエルで生まれ育った人物で、国際関係論の学者であるが、アメリカに留学する前はイスラエル軍で情報将校を務めていたという経歴を持っている。ネオコンは、強固なイスラエル支持派でもあるということもあり、非常に露骨な人事である。

 ヌーランドがバイデン政権からいなくなるということは、ウクライナ戦争の停戦に向けての動きが出るということだ。アメリカは実質的にウクライナを助けることが難しくなっている。ウクライナ支援を強硬に訴えてきた人物がいなくなるということは、方針転換がしやすくなるということだ。これからのアメリカとウクライナ戦争の行方は注目される。

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長年の対ロシアタカ派であるヴィクトリア・ヌーランドが国務省から退任(Victoria Nuland, Veteran Russia Hawk, to Leave the State Department

-仕事熱心な外交官であり、ウクライナ支持を断固として主張してきたヌーランドは、国務省のナンバー4のポストから辞任する。

マイケル・クロウリー筆

2024年3月5日(改訂:3月7日)

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/2024/03/05/us/politics/victoria-nuland-state-department.html

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2021年に連邦上院外交委員会で証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド

国務省で序列4位の高官であり、ウラジーミル・V・プーティン政権のロシアに対する強硬政策を断固として主張してきたヴィクトリア・J・ヌーランドが、30年以上の政府勤務を終えて今月退職する。

アントニー・J・ブリンケン国務長官は火曜日、自由、民主政治体制、人権、そしてアメリカによるこれらの大義の海外での推進に対するヌーランドの「激しい情熱(fierce passion)」を指摘する声明の中で、ヌーランドの国務次官職からの辞任を発表した。

ブリンケンは、ウクライナに関するヌーランドの取り組みを指摘し、それは「プーティン大統領の全面的な侵略に対抗するために不可欠(indispensable to confronting Putin’s full-scale invasion)」であると述べた。

ヌーランドは報道官など国務省の役職を数多く歴任し、ディック・チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副大統領次席補佐官を務めたこともある。しかし、ヌーランドは、プーティンの領土的野心と外国の政治的影響力に対して強い抵抗を組織することを長年主張し、ロシアの専門家として名を残した。

オバマ政権時代には国務省のロシア担当高官として、ウクライナ軍の対戦車ミサイル武装を主張したが失敗したが、バイデン政権ではより多く、より優れたアメリカ製兵器をウクライナに送ることを最も支持してきた。

熟練した官僚的実務家であるヌーランドは、鋭い機知と率直な態度で自分の主張を展開し、同僚から賞賛と恐怖が入り混じった反応を引き出した。ブリンケン国務長官は声明の中で、「彼女はいつも自分の考えを話す」と穏やかな表現を使った。

ヌーランドは2014年、ウクライナ政治に関する電話での通話で、ヨーロッパ連合(European UnionEU)を罵倒するような発言をしたことがきっかけとして、多くの人々に知られるようになったが、その通話は録音され、その録音が流出した。アメリカ政府当局者たちはこの流出をロシアの仕業だという確信を持っている。

バイデン政権下、ヌーランドはアメリカのウクライナ支援に懐疑的な人々の避雷針(lightning rod)となった。テスラの共同創設者イーロン・マスク氏は昨年2月、ソーシャルメディアサイトXに、「ヌーランドほどこの戦争を推進している人はいない」と書いた。

ヌーランドはロシアを弱体化させ、更にはプーティンを打倒しようという共同謀議を企てていると見なされている、ワシントン・エスタブリッシュメントの代理人(化身)としてモスクワで非難された。ロシア政府当局者や露メディアは、2014年初頭にキエフの中央広場で、最終的にクレムリンが支援するウクライナ指導者を打倒した、当時欧州・ユーラシア問題担当米国次官補だったヌーランドがデモ参加者たちに食料を配った様子を常に回想している。

ロシアのセルゲイ・V・ラブロフ外相は昨年、「2014年にウクライナでヴィクトリア・ヌーランド国務次官がテロリストにクッキーを配った後、政府に対するクーデターが起きた」と述べた。ヌーランドさんはクッキーではなくサンドイッチを配ったと語っている。

ヌーランドの辞任は、クレムリン支援の英語ニュースサイトRTによって重大ニューズとして扱われ、トップページに赤いバナーと「ヌーランド辞任」という見出しが掲げられた。

RTはロシア外務省報道官マリア・ザハロワの発言を引用し、ヌーランドの辞任は「バイデン政権の反ロシア路線の失敗」によるものだと述べた。ザハロワは、「ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症(Russophobia)が、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる」と非難した。

ヌーランドは、バイデン政権の最初の2年半の間、国務次官を務めた。その間、国務副長官を務めたウェンディ・シャーマンの退任に伴い、国務副長官代理を兼務して過去1年の大半を費やした。

ヌーランドはシャーマンの後任としてフルタイムで当然の候補者と見なされていた。しかし、ブリンケン長官は、国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)アジア担当トップのカート・キャンベルを国務副長官に抜擢した。キャンベルの国務副長官就任は2月6日に連邦上院で承認された。

ブリンケン長官は、後任が決まるまで国務省のジョン・バス管理担当国務次官が代理としてヌーランドの職務を引き継ぐと述べた。

アナリストの一部は、ロシアのウクライナ侵略がバイデンの外交政策の多くを消耗させたにもかかわらず、キャンベルの選択を、バイデン大統領とブリンケン国務長官がアメリカと中国との関係の管理を最優先事項と考えていることの表れと解釈した。

ヌーランドは先月、人生の何百時間も費やしてきたウクライナの将来について公に語った。

ヌーランドは、ワシントンの戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)での講演で、「プーティ大統領がウクライナで勝利すれば、そこで止まることはないだろうし、世界中の独裁者たちは力ずくで現状を変えようと大胆になるだろう」と警告した。

ヌーランドは、「プーティンは私たち全員を待っていられると考えている。私たちは彼が間違っていることを証明する必要がある」と述べた。

2024年3月7日に訂正:この記事の以前の版ではヴィクトリア・ヌーランドの国務省での序列について誤って記述した。ヌーランドは序列第4位の役職であり、序列3位の外交官である。

※マイケル・クロウリー:『ニューヨーク・タイムズ』紙で国務省とアメリカの外交政策を取材している。これまで30カ国以上から記事を送り、国務長官の外遊に同行している。

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国務省の主要なリーダーであるヴィクトリア・ヌーランドがバイデン政権から離脱(Victoria Nuland, key State Dept. leader, to exit Biden administration

-長年外交官を務めてきたヌーランドはロシアに対する厳しい姿勢で知られていた。クレムリンはヌーランドの反ロシア姿勢を悪者扱いしてきた。

マイケル・バーンバウム筆

2024年3月5日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/national-security/2024/03/05/victoria-nuland-retires/

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2022年、キプロス。記者会見でメディアに対して話すヴィクトリア・ヌーランド

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日、ジョー・バイデン政権の最も強硬なロシア強硬派の1人で国務省序列第3位のヴィクトリア・ヌーランドが数週間以内に退任する予定であり、中東の危機を受けてアメリカ外交のトップに穴が開くと述べた。そしてウクライナでは大規模な大火災が発生する恐れがある。

ヌーランド政治問題国務次官は、以前はバラク・オバマ政権時代に国務省のヨーロッパ担当外交官のトップを務め、国務省の職員たちの間で広く人気があった。時には当たり障りのない態度や用心深さが報われる厳格な官僚制の中で、彼女はありのままの意見とクレムリンに対する厳しいアプローチで際立っており、クレムリンは彼女を悪者扱いした。

ヌーランドはウェンディ・シャーマンの退任後、昨年から7カ月間、国務省序列第2位の役職である国務副長官代理を務めていた。しかし彼女は、先月承認された元ホワイトハウスアジア戦略官トップのカート・キャンベルの国務副長官正式就任を巡る政権内争いに敗れた。バイデン大統領の決定は彼女の辞任の要因の1つであった。今回の人事異動により、国務省の最上級指導者トリオの中に女性は1人も残らないことになる。

ブリンケンは火曜日の声明で、ヌーランドが国務省内の「ほとんどの職」を歴任し、「幅広い問題や地域に関する百科全書的な知識と、私たちの利益と価値観を前進させるためのアメリカ外交の完全なツールセットを駆使する比類のない能力」を備えていたと述べた。

ヌーランドは1990年代にモスクワに勤務し、その後、ヒラリー・クリントン国務長官の下で国務省報道官になるまで、NATO常任委員代表を務めた。2013年末にキエフでクレムリン寄りの指導者に対する抗議活動が発生し、ロシアの不満の焦点となった際、彼女はヨーロッパ問題を担当するアメリカのトップ外交官として、キエフでのアメリカ外交で積極的な役割を果たした。記憶に残るのは、当時の大統領が打倒される前に、彼女がキエフ中心部マイダンでキャンプを張っていた抗議活動参加者たちにクッキーとパンを配ったことだ。

ヌーランドは、ドナルド・トランプが大統領に就任した後の2017年初頭に国務省を離れ、2021年に序列第3位の政治問題担当国務次官として復帰した。

ブリンケンは、ヌーランドの「ウクライナに関する指導層について、外交官や外交政策の学生が今後何年も研究することになる」と述べ、ロシアが2022年2月の侵攻に先立って軍を集結させる中、キエフを支援するヨーロッパ諸国との連合構築の取り組みをヌーランドが主導したと指摘した。

ロシア外務省はヌーランドの退職の機会を利用し、これはアメリカの対ロシア政策が間違っていたことを示す兆候だと宣言した。

ロシア外務省報道官マリア・ザハロワはテレグラムに「彼らは皆さんに理由を教えてくれないだろう。しかし、それは単純だ。バイデン政権の反ロシア路線の失敗だ。ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症は、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる。」と書いた。

職業外交官で管理担当国務次官を務めるジョン・バスが一時的にヌーランドの代理を務めることになる。

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反ロシア主張で知られる米幹部外交官であるヴィクトリア・ヌーランドが近く退職(High-ranking US diplomat Victoria Nuland, known for anti-Russia views, will retire soon

ブラッド・ドレス筆

2024年3月5日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/4509471-victoria-nuland-anti-russia-retire-ukraine/
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2023年1月26日、連邦議事堂にて。連邦上院外交委員会でロシアの侵攻について証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド(中央)、国際安全保障問題担当国防次官補セレステ・ワーランダー(左)、米国際開発庁(U.S. Agency for International Development)ヨーロッパ・ユーラシア担当副長官エリン・マッキー。

ウクライナへの熱烈な支持と反ロシアで、タカ派の主張で知られるヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官が数週間以内に退任する

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日にこのニューズを発表し、ヌーランドが「私たちの国と世界にとって重要な時期に外交を外交政策の中心に戻し、アメリカの世界的リーダーシップを活性化させた」と称賛した。

ブリンケンは声明の中で、「トリア(ヴィクトリア)を本当に並外れた存在にしているのは、彼女が堅く信じている価値、つまり自由、民主政治体制、人権、そしてそれらの価値観を世界中に鼓舞し推進する、アメリカの永続的な能力のために戦うことへの激しい情熱だ」と述べた。

ヌーランドは30年以上国務省に勤務し、6人の大統領と10人の国務長官の下で様々な役職を務めた。ヌーランドはキャリアの初期に、モスクワの米大使館で働き、モンゴル初の米国大使館の開設に貢献した。

ヌーランドは国務省の東アジア太平洋局にも勤務し、中国の広州に外交官として赴任した。 2003年から2005年まで副大統領(ディック・チェイニー)の国家安全保障問題担当補佐官を務め、その後、NATO常任委員代表を務めた。ヨーロッパ・・ユーラシア問題担当国務次官補を務め、2021年にジョー・バイデン大統領の下で国務次官に就任した。

ヌーランドはおそらく、2014年の事件で最もよく知られている。この事件では、彼女が駐ウクライナ米大使との通話中に「ファックEU」と発言した録音が漏洩し、世界中のメディアの注目を集めた。

ヌーランドのロシアに対する強い主張とウクライナへの支持は、彼女のその後のキャリアを決定付け、その間、キエフで親ロシア派の大統領が追放された後、モスクワがクリミア半島を不法併合した際の紛争で中心的な役割を果たした。

ヌーランドはロシアに対するタカ派的主張を理由に、アメリカの一部の右派から標的にされていた。彼女のコメントは、昨年クレムリンが非武装化されたクリミアに関する彼女のコメントを非難したことも含め、ロシア国内でも厳しい非難を集めた。

それでも、ブリンケンは、自分とバイデン大統領はヌーランドに感謝していると語った。ブリンケンは、彼女が「常にアメリカの外交官を擁護し、彼らに投資し、彼らを指導し、高揚させ、彼らとその家族が彼らにふさわしいもの、そして私たちの使命が求めるものを確実に得られるようにしている」と語った。

ブリンケンは火曜日、声明の中で次のように発表した。「ヌーランドは最も暗い瞬間に光を見出し、最も必要なときにあなたを笑わせ、いつもあなたの背中を押してくれる。彼女の努力は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の全面的なウクライナ侵略に対抗し、プーティン大統領の戦略的失敗を確実にするために世界的な連合を組織し、ウクライナが自らの足で力強く立つことができる日に向けて努力するのを助けるために必要不可欠だった」。

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ヴィクトリア・ヌーランド大使がコロンビア大学国際公共政策大学院の教員に加わる(Ambassador Victoria Nuland Will Join SIPA Faculty

2024年3月6日

https://www.sipa.columbia.edu/news/ambassador-victoria-nuland-will-join-sipa-faculty

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ヴィクトリア・ヌーランド大使は30年以上にわたりアメリカの外交官を務め、最後の3年間は政治問題担当国務次官を務めた。更には2023年7月から2024年2月まで国務副長官代理を務めた。ヌーランドは7月1日付で、コロンビア大学国際公共政策大学院(School of International and Public AffairsSIPA)国際外交実践担当キャスリン・アンド・シェルビー・カロム・デイヴィス記念教授に就任することが決定した。

ヌーランドはまた、国際公共政策大学院国際フェロープログラムの指揮を執る。このプログラムは、国際問題を研究するコロンビア大学の大学院生たちのための学際的なフォーラムを提供するものだ。更には、国際政治研究所(Institute of Global PoliticsIGP)客員教員に加わる。国際政治研究所は、国際政治研究所の使命を推進するための研究プロジェクトを実行する選ばれた学者と実務形で構成されている。

国務次官として、ヌーランドは地域および二国間政策全般を管理し、とりわけ世界中のアメリカ外交使節団を指導する国務省の複数の地域部門を監督した。

2021年に国務次官に就任する前、ヌーランドは民間のコンサルタント会社であるオルブライト・ストーンブリッジ・グループの上級顧問を務めていた。彼女はまた、ブルッキングス研究所、イェール大学、民主政治体制のための全米基金(National Endowment for DemocracyNED)でも役職を務めた。

国際公共政策大学院長カリン・ヤーヒ・ミロは次のように述べている。「ヴィクトリア・ヌーランド大使を私たちの教員として迎えられることを大変光栄に思う。ワシントンおよび海外での経験を反映した彼女の、苦心して獲得した多様な専門知識は、私たちの教室の教員として、また政策活動のリーダーとしての彼女の貢献をさらに高めることになるだろう。民主党と共和党の両政権の下で勤務した高官として、トリア(ヴィクトリア)は党派間の隔たりを乗り越える能力を実証しており、あまりに分断されている現在の社会を考えると、彼女は生徒たちのモデルとなるだろう。私は国際公共政策大学院コミュニティ全体を代表して、彼女を迎えることができて本当に嬉しく思う」。

ヌーランドの国務省からの退職は、3月5日にアントニー・J・ブリンケン米国務長官によって発表された。ヌーランドはオバマ政権下、国務省報道官(2011年5月-2013年4月)、ヨーロッパ・ユーラシア担当国務次官補(2013年9月-2017年1月)を務めた。国務省報道官時代は、当時のヒラリー・クリントン国務長官に直接仕えた。ヒラリー・クリントンは現在、国際公共政策大学院付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めている。

ヌーランドは、2005年6月から2008年5月まで、ジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領の下で、アメリカ合衆国NATO常任委員代表を務めた。

ヌーランドは、ロシア語とフランス語に堪能であり、ブラウン大学で学士号を取得した。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。準備中に、イスラエルとハマスの紛争が始まり、そのことについても分析しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは戦後、中東地域で大きな影響力を保持してきた。親米諸国と反米諸国が混在する中で、石油を確保するために、中東地域で超大国としての役割を果たしてきた。1993年にはオスロ合意によって、イスラエルとパレスティナの和平合意、二国間共存(パレスティナ国家樹立)を実現させた。しかし、中東に平和は訪れていない。パレスティナ問題は根本的に解決していない。今回、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスティナ問題を「最終解決」させようとしているかのように、徹底的な攻撃を加えている。アメリカは紛争解決について全くの無力な状態だ。イスラエルを抑えることもできていないし。パレスティナへの有効な援助もできていない。

 アメリカの中東政策について、下の論稿では、「社会工学(social engineering)」という言葉を使っている。この言葉が極めて重要だ。「社会工学」を分かりやすく言い換えるならば、「文明化外科手術」となる。はっきり書けば、非西洋・非民主的な国々を西洋化する(Westernization)、民主化する(democratization)ということだ。日本も太平洋戦争敗戦後、アメリカによって社会工学=文明化外科手術を施された国である。アメリカの中東政策は、アラブ諸国に対して、西洋的な価値観を受け入れさせるという、非常に不自然なことを強いることを柱としていた。結果として、アメリカの註徳政策はうまくいかない。それは当然のことだ。また、アメリカにとって役立つ国々、筆頭はサウジアラビアであるが、これらに対しては西洋化も民主化も求めないという二重基準、ダブルスタンダード、二枚舌を通してきた。

 アメリカの外交政策の大きな潮流については、私は第一作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)で詳しく書いたが、大きくは、リアリズムと介入主義(民主党系だと人道的介入主義、共和党系だとネオコン)の2つに分かれている。第三作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)で、私は「バイデン政権は、ヒラリー・クリントン政権である」と結論付けたが、ヒラリー・クリントンは人道的介入主義派の親玉であり、バイデンはその流れに位置する。従って、アラブ諸国を何とかしないということになるが、それではうまくいかないことは歴史が証明している。それが「社会工学」の失敗なのである。

 最新作『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で、私は世界が大きく「ザ・ウエスト(西洋諸国)対ザ・レスト(西洋以外の国々)」に分裂していくということを書いたが、西洋による社会工学=文明化外科手術への反発がその基底にある。私たちは、文明化外科手術を中途半端に施された哀れな国である日本という悲しむべき存在について、これから向き合っていかねばならない。

(貼り付けはじめ)

「バイデン・ドクトリン」は物事をより悪化させるだろう(The ‘Biden Doctrine’ Will Make Things Worse

-ホワイトハウスは中東に関して、自らの利益のために野心的過ぎる計画を策定している。

スティーヴン・A・クック筆

2024年2月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/09/biden-doctrine-israel-palestine-middle-east-peace/

アメリカに「中東についてのバイデン・ドクトリン(Biden Doctrine for the Middle East)」は必要か? 私がこの質問を発するのは、トーマス・フリードマンが先週の『ニューヨーク・タイムズ』紙でバイデン・ドクトリンについて述べていたからだ。どうやらバイデン政権は、「イランに対して強く毅然とした態度(a strong and resolute stand on Iran)」を採用し、パレスティナの国家化(statehood)を進め、サウジアラビアに対して、サウジアラビアとイスラエルとの関係正常化(normalization)を前提とした、防衛協定(defense pact)を提案する用意があると考えられている。

フリードマンのコラムがホワイトハウス内の考え方を正確に反映しているなら、そしてそうでないと信じる理由はないが、私は「ノー」の評価を下すことになる。これまで中東変革を目的とした大規模プロジェクトを避けてきたジョー・バイデン大統領とその側近たちは、特にパレスティナ国家建設に関しては、噛みつく以上に多くのことを実行しようとしている。これが更なる地域の失敗になる可能性が高い。

第二次世界大戦後のアメリカの中東外交を振り返ると、興味深いパターンが浮かび上がってくる。政策立案者たちがアメリカの力を使って悪いことが起こらないようにした時は成功したが、ワシントンの軍事、経済、外交資源を活用して良いことを起こそうとした時は失敗してきた。

中東地域で国際的な社会工学(social engineering 訳者註:文明化外科手術)にアメリカが公然と取り組もうとしたきっかけは、1991年にまでさかのぼる。その年の1月から2月にかけて、アメリカはイラクの指導者サダム・フセインのクウェート占領軍を打ち破った。そしてその10ヵ月後、ソ連の指導者たちはこの連合を終わらせることを決定した。アメリカは、唯一残された超大国として独り立ちしたのである。冷戦に勝利したワシントンは、平和を勝ち取ること、つまり世界を救済することを決意した。中東でこれを実現するために、アメリカ政府高官が求めた主な方法は「和平プロセス(the peace process)」だった。

フセインによるクウェート吸収への努力が行われ、イスラエルとその近隣諸国との紛争との間に関連性がほとんどなかったにもかかわらず、イスラエルとアラブとの間に和平を築こうとするアメリカの努力は、砂漠の嵐作戦後のワシントンの外交の中心となった。もちろん、抽象的なレベルでは、イラクもイスラエルも武力によって領土を獲得していたが、1990年8月のイラクのクウェート侵攻と1967年6月のイスラエルの先制攻撃はあまりにも異なっていたため、比較の対象にはなりにくかった。

中東和平へのアメリカの衝動は、国際法(international law)というよりも、アメリカの力がより平和で豊かな新しい世界秩序の触媒になりうるという信念に基づくものだった。もちろん、これは主流の考え方から外れたものではなかった。結局のところ、アメリカは世界をファシズムから救ったのであり、ジョージ・HW・ブッシュ大統領がマドリードで平和会議を招集した当時、ソヴィエト共産主義は死にかけていた。

あらゆる努力にもかかわらず、ブッシュの中東における目標は依然として主にアラブとイスラエルの和平問題の解決に限定されていた。和平プロセスが決定的に変化する様相を呈したのはクリントン政権になってからである。 1993年の同じ週、イスラエルのイツハク・ラビン首相とパレスティナ解放機構の指導者ヤセル・アラファトが、当時のアメリカのアメリカ大統領ビル・クリントンと国家安全保障問題担当大統領補佐官アンソニー・レイクの支援と許可のもとでオスロ合意の最初の合意に署名した。ビル・クリントンとアンソニー・レイクは、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題大学院(SAIS)の学生と教職員の前に現れ、冷戦直後の世界におけるクリントン政権の米国外交政策の目標を述べた。クリントン大統領のアプローチの中心は、レイクが「民主政治体制の拡大(democratic enlargement)」と呼んだものだった。

クリントン率いるティームが中東の変化を促進する方法はパレスティナを通じてであった。クリントンは、イスラエル人とパレスティナ人の間の和平は、より平和で繁栄した統合された地域を生み出し、それによって中東の国家安全保障至上国家群の存在の理論的根拠を損なうことになると推論した。平和の後、アラブ世界では権威主義が民主的な政治制度に取って代わられることになる。主要な側近の一人の言葉を借りれば、「クリントンは変革の目標を自らに設定した。それはアラブ・イスラエル紛争を終わらせることによって中東を21世紀に移行させることだ」ということだ。

和平が政治的変化をもたらすという考えは魅力的だったが、クリントンはこの地域の権威主義的な政治の理由を見誤っていた。いずれにせよ、イスラエル人とパレスティナ人の間で紛争終結に向けた合意を成立させようとしたクリントンの努力は、ほぼ10年かけても実を結ばなかった。クリントンが大統領を退任すると、暴力がイスラエルとパレスティナの両地域を巻き込み、第2次インティファーダ(Intifada)が発生した。

クリントンの次の大統領ジョージ・W・ブッシュは当初、クリントンが中東和平に割いた時間とエネルギーに懐疑的だったが、実はブッシュはパレスティナ国家をアメリカの外交政策の目標と宣言した最初の大統領だった。そこに到達するために、彼は前任者の論理をひっくり返した。ブッシュのホワイトハウスにとって、パレスティナの政治機構を民主的に改革し、ヤセル・アラファトを追放して初めて和平が成立するということになっていた。

クリントン前大統領と同様、ブッシュは失敗した。大統領執務室をバラク・オバマ大統領に譲った時、パレスティナの民主政治体制も和平もパレスティナ国家も存在しなかった。クリントンとブッシュは、中東に対するアプローチがまったく異なる2つの政権にもかかわらず、中東の政治的・社会的変革という共通の野心的目標を共有していた。

イラクの変革であれ、いわゆるフリーダム・アジェンダによる民主政体の推進であれ、パレスティナ国家建設の努力であれ、中東においてアメリカは失敗を繰り返していると認識していながら、オバマもドナルド・トランプ大統領もバイデンもそのことを念頭に置いていなかった。新しい中東を社会工学的に設計したいという願望を持っていた。バイデンの場合、彼はイスラエル人とパレスティナ人を交渉させ、和平協定に署名させるための当時の国務長官ジョン・ケリーの奮闘を監督したが、二国家解決には悲観的な見方をした。バイデンの側近たちは就任直後、過去の政権の地域的野望は繰り返さないと明言した。

そして、2023年10月7日、ハマスによる約1200名のイスラエル人の残忍な殺害と、イスラエルによるガザ地区での徹底的な破壊を伴う軍事的対応が始まった。トーマス・フリードマンによれば、イスラエルとハマスの戦争が続き、ほとんどがパレスティナの民間人である死体が積み重なる中、バイデンは中東で成し遂げたいこと、つまり、石油の自由な流れを確保すること、イスラエルの安全保障に対する脅威を防ぐ手助けをすること、中国を出し抜くこと、は、再び外部から中東の変化を促すような新しく野心的なアメリカのドクトリンなしには実現しそうにないという結論に達したということだ。

公平を期すなら、イランがワシントンとの新たな関係を望んでいないことをホワイトハウスが理解したことは好ましい進展だ。また、サウジアラビアとの防衛協定は、中国との世界的な競争という点では理にかなっている。しかし、パレスティナの国家建設にアメリカが多額の投資をすることは、以前の取り組みのように失敗に終わる可能性が高い。

確かに、今回は違いがある。10月7日以降、専門家たちが何度も繰り返してきたように、戦争は新たな外交の機会を開く。しかし、イスラエルとパレスティナという2つの国家が並んで平和に暮らすことで、現在の危機から脱するチャンスが訪れると信じる理由はほとんど存在しない。

バイデンと彼のティームは、二国家解決を追求するしかないと感じているかもしれないが、自分たちが何をしようとしているのかを自覚すべきである。今回のイスラエル・パレスティナ紛争は、アイデンティティ、歴史的記憶、ナショナリズムといった、とげとげしい、しかししばしばよく理解されていない概念に縛られている。

イスラエル人とパレスティナ人の闘争には宗教的な側面もある。特にハマスとメシアニック・ユダヤ人グループ(messianic Jewish groups)は、ヨルダン川と地中海の間の土地を神聖化している。パレスティナの政治指導者たち(ハマスもパレスティナ自治政府も)は、ユダヤ教とパレスティナの歴史的つながりを日常的に否定している。これらの問題から生まれる対立的な物語は、バイデン政権が現在思い描いているような共存には向いていない。

そして、イスラエルとパレスティナの社会における残忍な政治が、長年にわたる当事者間の膠着状態を助長してきた。ガザを中心としたイスラエルとハマスの闘争は、イスラエル人がパレスティナ人の和平のための最低限の要求(完全な主権を持つ独立国家[a fully sovereign independent state]、エルサレムに首都設置[a capital in Jerusalem]、難民の帰還[a return of refugees])を受け入れることをより困難にする可能性が高い。同様に、パレスティナ人は、自分たちの鏡像であるイスラエルの最低限の和平要求に同意することはできないだろう。 イスラエル人が求めているのは、エルサレムをイスラエルの分割されていない永遠の首都とすること、1967年6月4日に引かれた線を越えて領土が広がる国家とすること、そしてパレスティナ難民を帰還させないことである。

新しいアイデアを失い、ガザ戦争で世界の競争相手である中国に立場を譲ることを懸念し、若い有権者たちからの支持の喪失を懸念しているバイデンとそのティームは、和平プロセスにしがみついているが、失敗に終わった事業であり、過去30年間で、今ほど、これ以上成功する見込みはない時期は存在しなかった。

ある意味、大統領を責めるのは難しい。和平プロセスの努力をしていれば安全なのだ。大統領の党内にはそれを支持する政治的支持がある。彼は努力したと言うことができる。中東を変革しようとするこの最新の動きが、おそらく何年にもわたる交渉の結論の出ない交渉の末にパレスティナ国家を生み出せなかった時、バイデンはとうに大統領職を終えていることだろう。

その代わりにアメリカは何をすべきか? これはとても難しい問題だ。それは、この問題が、解決不可能な紛争を解決するためのアメリカの力の限界を認識するように、特にアメリカの政策立案者、連邦議会議員、そしてワシントン内部(the Beltway、ベルトウェイ)の政策コミュニティに求めているからだ。

それでも、アメリカにできる重要なことは存在する。それは、イランがこれ以上地域の混乱を招くのを防がなければならないということだ。ワシントンは、既に起こっている地域統合の後退を食い止めるために努力しなければならない。そしてアメリカの指導者たちは、イスラエル人に対し、なぜイスラエルを支持する政治が変わりつつあるのかを説明することができる。ある意味では、これはイスラエル人とパレスティナ人の間の和平について、より利益をもたらす環境作りに役立つだろうが、それが実現し、実際に利益をもたらす保証はない。

2001年のある出来事を思い出す。イスラエルのアリエル・シャロン首相との記者会見で、コリン・パウエル米国務長官(当時)は「アメリカは当事者たち以上に和平を望むことはできない(The United States cannot want peace more than the parties themselves)」と発言した。これこそがバイデン大統領が陥っている罠なのである。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、米外交評議会中東・アフリカ研究部門エニ・エンリコ・マテイ記念上級研究員。最新作『野心の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、未来(The End of Ambition: America’s Past, Present, and Future in the Middle East)』が2024年6月に発刊予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』が発売になる。今回の記事は、最新刊の中で言及した人物たちの重要な論文をご紹介する。論文の著者はカート・M・キャンベルとイーライ・ラトナーだ。それぞれ、前著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』でも詳しくご紹介し、最新刊でも取り上げているが、バイデン政権におけるアジア政策立案の主要人物たちである。キャンベルはバイデン政権で、ホワイトハウスの国家安全保障会議(National Security Council)のインド・太平洋調整官(Coordinator for the Indo-Pacific)を務め、最近になって、米国務副長官(Deputy Secretary)に指名された人物である。ラトナーは、米国防次官補(インド太平洋安全保障担当)を務めている。ここで重要なのは、両者の肩書についている「インド太平洋」という言葉だ。これは、アメリカが対中封じ込めのために生み出した言葉である。アジアへ軸足を移す、Pivot to Asiaという、ヒラリー・クリントン国務長官が打ち出した重要な概念が根底にある。
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カート・キャンベル
elyratner002
イーライ・ラトナー

 下の記事で重要なのは、アメリカがあくまで中国と潰し合いにならないようにしながら、競争していくということだ。そして、アメリカ一国では中国に対応できる段階を過ぎており、アジア地域の同盟諸国だけではなく、ヨーロッパ諸国にも対中封じ込めに参加させるということだ。ウクライナ戦争勃発後、NATOは対中、対ロシア政策のために、アジア太平洋地域への進出を企図し、東京に事務所を設置するということを発表した。それに対して、フランスが反対論を唱えている。また、キャンベルが肝いりでスタートさせた、日米豪印4カ国のQUAD(クアッド)や米英豪3か国のAUKUS(オーカス)という枠組みは、対中封じ込めのための枠組みである。しかし、オーストラリアとインドは米中両にらみの形を取り、日本だけが真面目にアメリカ一辺倒の姿勢を取っている。こうしたことを最新刊で詳しく取り上げている。

 下に掲載した論文が発表されたのが2014年だ。今から10年も前のことだが、この論文に書かれていることが現在、実現している。著者のキャンベルとラトナーは、2016年の選挙でヒラリー・クリントンが勝利することを前提にして、論文を書いたと思われる。そして、2017年のヒラリー政権で、現在と同じような役職に就いて、対中封じ込め政策を行おうと考えていただろう。それが、ドナルド・トランプの勝利によって4年ずれたということになる。こうした重要論文を読むことは、これから先を予想する上でも非常に重要なのである。

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極東の誓約(Far Eastern Promises

-ワシントンがアジアに集中すべき理由

カート・キャンベル、イーライ・ラトナー筆

2014年5・6月号

『フォーリン・アフェアーズ』誌

https://www.foreignaffairs.com/articles/east-asia/2014-04-18/far-eastern-promises

アメリカは、アジア太平洋地域により大きな関心と資源を投入するために外交政策を方向転換する(reorienting its foreign policy to commit greater attention and resources to the Asia-Pacific region)という、重大な国家プロジェクトの初期段階にある。このアメリカの優先事項の再定義は、南アジアと中東への10年以上にわたる熱心な関与の後、戦略的再評価が切望されている時期に現れたものである。この地域はアメリカのリーダーシップを歓迎し、政治的、経済的、軍事的投資に対するプラスの見返りによってアメリカの関与に報いる地域である。

その結果、オバマ政権は、アジアへの「軸足移動(ピヴォット、pivot)」「再均衡(リバランシング、rebalancing)」として知られる外交、経済、安全保障の包括的な構想を打ち出している。この政策は、クリントン政権とジョージ・W・ブッシュ政権による重要な措置を含め、1世紀以上にわたってアメリカがこの地域に関与してきたことを基礎としている。バラク・オバマ大統領が正しく指摘しているように、アメリカは現実的にも、レトリック上も、既に「太平洋の大国(Pacific power)」である。しかし、リバランシングは、アメリカの外交政策におけるアジアの位置づけを大幅に引き上げるものである。

ヒラリー・クリントン国務長官が2011年に『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿した論文で、この戦略の最も明確な表現である「ピヴォット」という言葉を初めて使ったときから、新しいアプローチの目的と範囲に関する疑問が浮上していた。それから約3年、オバマ政権はいまだにこの概念を説明し、その約束を果たすという難題に直面している。しかし、この政策が直面した厳しい監視や短期的な挫折にもかかわらず、大きな転換が進行中であることは疑いない。そして、ワシントンが望むと望まざるとにかかわらず、アジア地域の繁栄と影響力の増大、そしてアジア地域が突きつける巨大な課題のおかげで、アジアはアメリカからより多くの注目と資源を集めることになるだろう。問題は、アメリカがアジアを重視するかどうかではなく、必要な決意と資源と知恵をもってアジアを重視できるかどうかである。

●東向きにそして南下(EASTBOUND AND DOWN

アジア太平洋地域には、逃れられない引力がある。世界人口の半分以上が居住し、世界最大の民主政治体制国家(インド)、第2位と第3位の経済大国(中国と日本)、最も人口の多いイスラム教徒国家(インドネシア)、そして10大軍隊のうち7つが存在する。アジア開発銀行は、今世紀半ばまでにこの地域が世界の経済生産の半分を占め、世界10大経済大国のうちの4つ(中国、インド、インドネシア、日本)を占めるようになると予測している。

しかし、アジアをこれほど重要な地域にしているのは、そのめまぐるしい規模だけでなく、進化の軌跡である。フリーダム・ハウスによれば、過去5年間、アジア太平洋地域は世界で唯一、政治的権利(political rights)と市民的自由(civil liberties)において着実な改善を記録してきた。また、新興市場(emerging markets)が急速な経済成長を維持できるのかという疑問があるにもかかわらず、アジア諸国は、低迷し不透明な世界経済の中で、依然として最も有望なビジネスチャンスの一端を担っている。同時にアジアは、北朝鮮の挑発的な行動、地域全体の国防予算の増大、東シナ海や南シナ海での関係を揺るがす厄介な海洋紛争、自然災害や人身売買、麻薬取引といった非伝統的な安全保障上の脅威など、慢性的な不安定要因(sources of chronic instability)とも闘っている。

アメリカは、アジアが今後どのような道を歩むかについて、否定できないほどはっきりした関心を持っている。アメリカ国勢調査局によれば、アジアはアメリカの主要輸出先であり、ヨーロッパを50%以上も上回っている。アメリカ経済分析局によれば、アメリカの対アジア直接投資とアジアの対米直接投資はともに過去10年間で約2倍に増加しており、アメリカの海外直接投資先として最も急成長している10ヵ国のうち4カ国を中国、インド、シンガポール、韓国が占めている。アメリカはまた、この地域に5つの防衛条約の同盟国(オーストラリア、日本、フィリピン、韓国、タイ)を持ち、ブルネイ、インド、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、シンガポール、台湾とは戦略的に重要なパートナーシップを結んでいる。日本と韓国にある主要な米軍基地は、ワシントンがアジアとそれ以外で力を発揮するための中心的存在である。

アメリカの軍事同盟は数十年にわたり、この地域の安全保障を支えてきたが、軸足移動の主な目的の一つは、そうした結びつきを深めることにある。近年ワシントンは、大国間の紛争を防ぎ、シーレーンを開放し、過激主義と闘い、非伝統的な安全保障上の脅威に対処するよう、アジアのパートナーに働きかけている。日本と韓国はアメリカとの共同作戦でますます重要な役割を担う態勢を整え、アメリカ軍はオーストラリアと協力して水陸両用能力を開発し、フィリピンと協力して自国の海岸を取り締まる能力を高めている。その結果、より強力な同盟関係と、より安全な地域が実現した。

これらは、いずれも中国を包囲したり、弱体化させたりする努力を示唆するものではない。それどころか、北京との関係をより強固で生産的なものにすることは、リバランシング戦略の主要な目標である。中国を封じ込めようとするどころか、アメリカはここ数年、前例のないほど頻繁なトップレヴェルの会談を通じて、より成熟した二国間関係を構築しようと努めてきた。軍事対軍事の関係さえも軌道に乗りつつあり、時には北京が提案する活動レヴェルに米国防総省がついていけないこともある。

●アジアへ軸足を移す、そしてアジア域内で軸足を築く(A PIVOT TO -- AND WITHIN – ASIA

リバランシング戦略はまた、アジア太平洋地域の多国間機関へのアメリカの関与(U.S. engagement)を大幅に増やすことも求めている。オバマ政権の下、アメリカは東アジア地域の首脳が毎年集う東アジア・サミットに加盟し、東南アジア友好協力条約に調印して東南アジア諸国連合(ASEAN、アセアン)に対するアメリカの関与を強化し、ジャカルタにアセアン担当の常任大使を置いた。これらの重複する制度は、そのスローペースとコンセンサスの必要性から不満が溜まることもあるが、地域協力を促進し、国境を越えた複雑な課題に対処するためのルールとメカニズムのシステム構築に役立っている。たとえば2013年6月、アセアンは18カ国から3000人以上が参加した初の人道支援・災害救援演習を開催した。

一方、アメリカは、アジア太平洋地域がますます世界経済の成長を牽引するという新たな現実に対応している。オバマ政権は、2012年に米韓自由貿易協定を発効させ、12カ国による大規模な自由貿易協定である環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific PartnershipTPP)の交渉完了を強力に推し進めることで、アメリカの経済的利益を促進してきた。TPP交渉に参加する国の多くは、マレーシアやシンガポールなど東南アジアの活気ある市場であり、この地域の地政学的重要性(geopolitical importance of that subregion)の高まりを反映している。実際、アメリカのアジアへの軸足を移すことは、アジア内での軸足を築くことである。ワシントンは、北東アジア諸国への歴史的な重点を、インドネシア、フィリピン、ヴェトナムといった東南アジア諸国への新たな関心とバランスを取りながら、世界で最も活気のある経済圏のいくつかとの双方向の貿易と投資を強化しようとしている。2010年、ワシントンとジャカルタは、医療、科学技術、起業家精神など幅広い分野での協力を深めるため、「包括的パートナーシップ(comprehensive partnership)」を締結した。

米国防総省が同地域の軍事態勢に変更を加えたのも、同地域におけるアメリカの優先順位を再調整したいという同様の願望が背景にある。北東アジアの米軍基地は、ワシントンの戦力投射(to project power)や戦争遂行能力の中心であり続けているが、ミサイル攻撃に対してはますます脆弱になっており、南シナ海やインド洋における潜在的な災害や危機からは比較的遠い場所にある。一方、東南アジアの国々がアメリカの軍事訓練や災害対応への援助を受けることに関心を高めていることから、アメリカはこの地域における軍事的足跡を多様化し、オーストラリアのダーウィンに数百人のアメリカ海兵隊を駐留させ、シンガポールに2隻の沿岸戦闘艦を配備している。

アメリカ軍の姿勢に対するこうした変更は、挑発的である(provocative)、もしくは無意味である(meaningless)と批判されている。どちらの容疑も的外れだ。こうした取り組みは攻撃性を示すものではない。彼らは主に自然災害への対応などの平時の活動に貢献しており、アメリカの戦闘能力には貢献していない。そして、参加した海兵隊員や艦船の数が一見控えめに見えることは、アメリカ軍との共同演習や訓練の比類のない機会を得ることができる、アメリカのパートナー諸国の軍隊に提供する大きな利益を覆い隠している。

オバマ政権はアジアへの軸足を移すことで、アメリカの経済的・安全保障的利益を高めるだけでなく、文化的・人的交流を深めることを目指している。オバマ政権はさらに、この軸足の移動によって、アメリカがこの地域の人権と民主政治体制を支援することを期待している。ミャンマー政府は、政治犯の釈放、長年の懸案であった経済改革の実施、組織的権利の促進や報道の自由拡大など、目覚ましい前進を遂げている。特に少数民族の保護など、さらなる進展が必要ではあるが、ミャンマーはかつて閉鎖的で残忍だった国が変革の一歩を踏み出した強力な例であり、アメリカは当初からこの改革努力にとっての不可欠なパートナーであった。

●外交政策は決してゼロサムゲームではない(FOREIGN POLICY IS NOT A ZERO-SUM GAME

ピヴオット反対派は、主に3つの反対論を唱えている。第一に、ピヴォットによって不必要に中国と敵対することを懸念する声がある。この誤解は、北京との関与を深めることがリバランシング政策の中心的かつ反論の余地のない特徴であるという事実を無視している。新たなアプローチの例としては、「米中戦略・経済対話(U.S.-China Strategic and Economic Dialogue、米国務・財務長官と中国側担当者が出席する包括的な一連の会議)」の年次開催や、「戦略的安全保障対話(Strategic Security Dialogue)」の設置が挙げられる。戦略的安全保障対話では、日中両国は海上安全保障やサイバーセキュリティといった機密事項について、これまでにないハイレヴェルの話し合いを行ってきた。アジアにおけるアメリカ軍のプレゼンスが高まり、ワシントンが中国の近隣諸国への働きかけを強めているため、緊張が高まるかもしれない。しかし、米中二国間の関係は、ピヴォットによって生じるいかなる意見の相違も、より安定し協力的な米中関係という広い文脈の中で対処されるような形で発展している。

第二の反対論は、アフガニスタンやシリアでの紛争、エジプトやイラクでの不安定な情勢、イランと欧米諸大国との長期にわたる対立を考えれば、ワシントンの焦点を中東からアジアに移すのは賢明でない、あるいは非現実的だという主張から生じている。しかし、この批判はリバランシング戦略を表面上でとらえての浅い理解に依拠している。この見方によれば、中東と南アジアは米国の力(power)と威信(dignity)を奪っており、ピヴォットは実際には、より平和で収益性の高いアジア太平洋の海岸に目を向けることで、切り捨てて逃げ出そうとしているということになる。オバマ政権が中東におけるアメリカの存在感を減らそうとしているのは確かだ。しかし、資源は有限であるとは言いながら、外交政策はゼロサムゲームではない。アジアにより多くの関心を払うことは、中東での戦略的敗北を認めることになるという批判は、決定的な現実を見逃している。過去10年間、ワシントンがより多くの関心を払いたいと考えているアジア諸国は、中東と南アジア全域の平和と安定の推進に大きな利害関係を静かに築いており、アメリカがこれらの地域での影響力を維持することを強く望んでいる。

つい最近までは、アジア諸国の大半は自国の開発ばかりに関心を寄せ、他地域の問題は他人事と考える傾向があった。ジョージ・W・ブッシュ大統領のアジア政策の最も重要な成功の一つは、この地域の新興大国(region’s rising powers)が世界の他の地域でより多くの貢献をするよう促したことだ。ブッシュ政権下で、多くの東アジア諸国政府は初めて「地域外(out of area)」という視点を打ち出し、中東や南アジアでの外交、開発、安全保障により多く関与するようになった。日本はアフガニスタンの市民社会発展(civil society development)の主要な支援者となり、学校や市民団体に資金を提供し、刑事司法、教育、医療、農業の分野でアフガニスタンの人々を訓練した。「アラブの春(Arab Spring)」をきっかけにして、韓国は中東全域の開発を支援し始めた。インドネシア、マレーシア、タイは、アフガニスタンとイラクの医師、警察官、教師の訓練プログラムに物資援助を提供し、オーストラリアとニュージーランドはアフガニスタンで戦うために特殊部隊を派遣した。中国でさえも、イランの核開発への野心を抑制し、公海上の海賊行為に対処し、アフガニスタンの将来を形作ることを目的とした舞台裏の、非公式の外交(behind-the-scenes diplomacy)により積極的である。

もちろん、ワシントンからの働きかけは、アジア諸国が中東への関与を強めている要因の一つにすぎない。アジアは毎日約3000万バレルの石油を消費しており、その量はEUの2倍以上である。アジア各国の政府は、アメリカが中東から早急に撤退すれば、自国のエネルギー安全保障と経済成長に受け入れがたいリスクが伴うことを知っている。その結果、彼らは10年以上にわたって、アメリカの安定化の役割を代替するのではなく、補完するために、中東に多額の政治的・財政的資本を投資し、場合によっては軍を派遣してきた。端的に言えば、ワシントンのアジアのパートナーは、軸足の移動を支持するが、アメリカが中東から離脱するという見通しを支持することはないだろう。

軸足移動方針に反対する3つ目の反対論は、予算削減の時期におけるこのアプローチの持続可能性(sustainability)に関するものである。国防費が減少する中、懐疑論者たちは、アメリカがアジア地域の同盟諸国を安心させ、挑発しようとする者たちを思いとどまらせるために必要な資源をどのように投資できるのか疑問に思っている。特に中国の力と影響力が増大し続けている中で。答えは、アジアに向けたリバランスには劇的な新たな資金は必要ない、ということだ。むしろ、米国防総省はより柔軟になり、より良い支出方法を見つける必要があるだろう。例えば、アメリカは陸軍全体の規模を縮小する中で、アジアにおける軍事的プレゼンスを維持し、地域の安全保障環境により適した海空軍の能力に投資すべきだ。そして、アメリカの国防費がすぐには大幅に増加する可能性が低いことを考慮すると、アメリカ政府は、より多くの教育的および専門的交流を実施し、多国間軍事演習を強化し、アメリカ軍が不要になった装備を引き継ぎ、アジア各国の軍事能力を向上させるために共同計画を推進するなど、努力を行うべきだ。

●バランス(均衡)を取る行動(BALANCING ACT

リバランスに反対する最も一般的な議論は精査に耐えないが、それでもこの政策は大きな課題に直面している。その最たるものが人的資本の不足であろう。10年以上にわたる戦争と反乱に対する闘争の後、アメリカはイラクにおける民族間の対立、アフガニスタンにおける部族間の違い、紛争後の復興戦略、アメリカ軍特殊部隊と無人機の戦術に精通した兵士、外交官、情報専門家の全世代を育成し、登用してきた。しかしワシントンは、アメリカ政府全体にアジア専門家たちの持続的な幹部を育成するための同等の努力をしておらず、驚くほど多くの政府高官が、キャリアの終わりに近い高官の地位に就いてから初めてこの地域を訪問している。どんなに優秀な公務員であっても、アジアでの経験がなければアジアの複雑な問題に対処するのは難しいからだ。したがって、アジアへの軸足移動は、米国防総省だけでなく、非軍事部門の政府機関の予算にも影響を与えるだろう。なぜなら、アメリカは、アメリカの外交官、援助要員、通商交渉担当者、情報専門家たちが、仕事をうまくこなすために必要な語学力とアジアでの経験を確保するために、より多くの投資を行うからである。

軸足移動はまた、他の地域、特に中東が確実に供給し続ける危機の着実な流れに振り回されることになるだろう。同時に、「アメリカ軍の帰国」を求める圧力が強まることも間違いなさそうだ。第一次世界大戦から1990年から91年にかけての湾岸戦争に至るまで、アメリカの近代的な紛争は全て、国民が政治家や政府関係者に国内問題に集中するよう圧力をかけてきた。過去13年間に起きた各戦争は、この本能的な偏狭さ(instinctive insularity)を再び引き起こした。金融危機後の経済回復が遅々として進まないことにアメリカ国民が苛立ちを募らせており、偏狭さが増大している。アメリカ政治には国際主義や強力な防衛を求めることで起きるひずみが依然として存在するが、アメリカ連邦議会には、アメリカが海外に関与することは、たとえアジアのような、アメリカの経済的安寧にとって重要な地域であっても、より困難な新時代を迎えるかもしれないという微妙な(そしてそうでない)兆候が出現しつつある。アジアに関しては、オバマ政権の残り数年間、そしてそれ以降も、やるべきことは山積している。

●軸足移動を行うためのパートナー諸国(PIVOT PARTNERS

アジアでは、経済と安全保障は切っても切れない関係にあり、アメリカは軍事力だけではリーダーシップを維持できない。だからこそ、TPPを成功させることは、海外でも議会でも厳しい交渉を必要とするが、最優先事項なのである。この協定はアメリカ経済に即効的に利益をもたらし、保護主義に引きずられることのない長期的な貿易システムをアジアに構築するだろう。交渉においてアメリカにさらなる影響力を与えるため、連邦議会は貿易促進に関する迅速な権限を速やかに復活させるべきだ。この制度の下で、TPPやその他の自由貿易協定を交渉した後、ホワイトハウスは連邦議会での賛否を問う投票を実施するように働きかける。オバマ政権はまた、アメリカのエネルギーブームを活用し、アジアへの液化天然ガスの輸出を加速させ、アジアにおける同盟諸国やパートナー諸国のエネルギー安全保障を強化するとともに、アジアの発展に対するアメリカの強い関与を示すべきである。

南シナ海における潜在的な危機を管理する一方で、イランと北朝鮮に対するアプローチの協調を強めることで、ワシントンと北京の深化し続ける関与はすでに成果を上げている。しかし、1998年にビル・クリントン大統領が表現したように、「戦略的パートナー(strategic partner)」であると同時に、後にジョージ・W・ブッシュ(子)大統領が表現したように、「戦略的競争相手(strategic competitor)」でもある、台頭する中国との関係をうまく取り扱うことは、アメリカにとってますます難しくなっている。

中国が東シナ海と南シナ海における領有権の現状を変えようとしていること、たとえば、東シナ海で日本が管理する島々の上に「防空識別圏(air defense identification zone)」を設定することは、当面の課題である。アメリカは中国に対し、修正主義的な行動は安定した米中関係、ましてや習近平国家主席がオバマ大統領に提案した「新しいタイプの主要国関係(new type of major-country relationship)」とは相容れないことを明確にしなければならないだろう。ワシントンは最近、政権高官たちが中国の広範な領有権主張の合法性に公の場で疑問を呈し、南シナ海に2つ目の防空識別圏を設定することに警告を発したことで、正しい方向へ進むための一歩を踏み出した。

東シナ海の向こう側では、日本の安倍晋三首相が数十年にわたる経済停滞から脱却し、日本に新たな誇りと影響力を与えようとしている。ワシントンは東京に対し、特に日本の帝国主義的過去をめぐる論争に関しては、自制心と繊細さ(restraint and sensitivity)をもって行動するよう促し続けなければならないだろう。安倍首相は最近、靖国神社を参拝した。靖国神社には、第二次世界大戦中に犯した戦争犯罪で有罪判決を受けた人々を含む、日本の戦没者が祀られている。この参拝は、国内では安倍首相を支持する政治家もいたかもしれないが、国際的には高い代償となった(The visit might have helped him with some political constituencies at home, but the international costs were high)。ワシントンにおいては疑問が生じ、韓国との関係をさらに悪化させ、中国は安倍首相が政権を握っている限り、日本と直接交渉したくないという姿勢を強めた。

この緊迫した外交情勢の中で、アメリカは、日本がアジア地域と世界において安全保障上の役割をより積極的に果たせるよう、日本の自衛隊と協力することになる。これには、実際には完全に合理的な措置であり、長い間待ち望まれていたにもかかわらず、日本の憲法再解釈と軍事近代化を反動的または軍国主義的であると特徴づける中国のプロパガンダに対抗することが含まれる。アメリカはまた、日韓関係改善に多大な政治資本を注ぎ続けなければならないだろう。この日韓二国間の関係強化は、北朝鮮がもたらす巨大かつ増大する脅威に対処するのに役立つだろう。

東南アジアの課題は北東アジアの課題とはまったく異なるが、アメリカの国益にとって重要であることに変わりはない。カンボジア、マレーシア、ミャンマー、タイを含む東南アジアの多くの国々は、程度の差こそあれ、外交政策を変更しかねない政治的混乱を経験している。このような状況の中で、ワシントンは民主政治体制と人権の基本原則を守らなければならないが、その際、独断的に行ったり、アメリカの影響力を低下させたりするようなことをしてはならない。勝者に賭けるのではなく、教育、貧困削減、自然災害への対応など、誰が政権を握ろうともこの地域の人々にとって最も重要な問題に焦点を当てることが最善のアプローチとなるだろう。

アジアの多国間フォーラムへのアメリカの参加を増やすことに加え、ワシントンは、南シナ海の主権紛争に対処するために国際法と仲裁を利用する努力を全面的に支援することによって、ルールに基づく地域秩序の発展を支援すべきである。フィリピンは、中国と競合する領有権を国際海洋法裁判所に提訴した。具体的な主張の是非について、今のところ判断を下すことなく、ワシントンはアジア地域の全ての国に対し、このメカニズムを公に支持するよう呼びかけることで、国際的なコンセンサス(合意)を形成する手助けをすべきだ。

アメリカは単独でアジアへのリバランスを行うことはできない。国際法や制度構築などの分野で多大な貢献ができるヨーロッパ諸国の参加が不可欠である。二国間関係が許せば、ワシントンはインドやロシアとも東アジアにおける協力拡大の機会を探るべきだ。そしてもちろん、この地域、特に東南アジアの国々が、アメリカの努力を補完するリーダーシップとイニシアティヴ(主導権)を発揮することも必要である。アジアへの軸足移動の重要点は、各国政府が強制や武力ではなく、ルールや規範、制度を使って対立を解決する、開かれた平和で豊かな地域を育成することである。アジアへの軸足移動はアメリカのイニシアティヴであるが、その最終的な成功はワシントンだけが実現するものではない。

※カート・キャンベル(KURT M. CAMPBELL):アジア・グループ会長兼CEO。2009年から2013年まで米国務次官補(東アジア・太平洋担当)。イーライ・ラトナー(ELY RATNER):新アメリカ安全保障センター上級研究員、アジア太平洋安全保障プログラム副部長。ツイッターアカウント: @elyratner

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