古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:ブラジル

 第二次ドナルド・トランプ政権の肝いり政策である高関税に対して、米連邦最高裁判所が差し止め判決を出した。9名の最高裁判事のうち、判決に賛成が6名、反対が3名となった。共和党政権時に指名された保守派の判事が多い構成で、差し止め判決が出たことは衝撃となった。トランプ大統領は判事たちを口汚く非難した。
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 高関税政策は保護貿易政策であり、国内の産業を守り、育てるためのものだ。たとえば、自国内で自動車産業を育成したいということであれば、外国から入ってくる自動車(輸入車)に高関税を掛け、国内では高価格となるようにし、自国の自動車産業が製造する自動車が自国内で多く購入され、利益が出て、それが設備投資や研究開発に回るようにするということである。アメリカは、第二次世界大戦直後において、世界を凌駕する製造業の国であった。しかし、今は見る影もない。トランプ大統領は造船業や自動車産業、更に鉄鋼、そして、エネルギー産業を復活させるということで高関税政策を実施した。高関税の値上げ分を負担するのは消費者である。価格が上昇した輸入品を買わなくなることで、貿易赤字を減らすという目論見もあった。さらに、ドル安誘導にもなるということであった。

しかし、このような政策は1年くらいでやっても効果はない。製造業の設備投資だけでも数年の計画になる。保護貿易は長期間の見通しと計画が必要である。実は、第一次トランプ政権の後の、民主党のジョー・バイデン政権も保護貿易政策であった。第二次トランプ政権ほど激しい政策ではなかったが、保護貿易路線であった。それが、今回、最高裁判所の差し止め判決が出てしまった。

トランプ政権は一時的に、150日間、世界的に15%の関税を課すことになった。日本は交渉して既に15%になっていたので関税の引き下げの恩恵を受けない。加えて、80兆円規模の投資ということになると、実質的にはマイナスである。ここで恩恵を受けるのは、アメリカが貿易赤字を抱えるとして、高い税率を課されていた国々である。中国やブラジルは15%への引き下げで恩恵を受ける。トランプ政権はこの差し止め判決で打撃を受ける。中国やインド、ブラジルからの輸入品が安くなるというメリットがある。ドル安傾向のために効果は薄れるだろうが、それでも大きい。
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 トランプ政権は今年11月の中間選挙での共和党の連邦議会過半数維持を目指している。しかし、これまでのところ、経済政策などで支持が高まっていない。そうであれば、国内の不満を逸らすために、外国の脅威を喧伝し、外国への攻撃を企図することは可能性として高い。具体的には、イランへの攻撃ということも考えられるが、イランの実力はヴェネズエラ以上であり、アメリカ軍の制服組の最高機関である統合参謀本部は、イラク攻撃はリスクが高いという報告書をトランプ大統領に提出し、一蹴されたという報道も出ている。ウクライナ戦争停戦の仲介も進まない状況で、外交や軍事に支持率上昇のきっかけを見出すのも難しい。そうなると、今回の最高裁判決はトランプ政権にとって大きな打撃ということになる。

(貼り付けはじめ)

ドナルド・トランプ大統領の貿易戦争は次はどうなるか(What’s Next for Trump’s Trade War

-米連邦最高裁の判決は、米大統領の関税戦略と貿易協定を混乱に陥れた。

キース・ジョンソン筆

2026年2月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/02/23/trump-tariffs-trade-deals-supreme-court/

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左から右へ:ワシントンのホワイトハウスで実施された記者会見に出席した米訟務長官D・ジョン・ザウアー、米大統領ドナルド・トランプ、米商務長官ハワード・ラトニック、米通商代表ジェイミーソン・グリア(2026年2月20日)

ドナルド・トランプ米大統領は、金曜日の最高裁判所の不利な判決、国内の政治的支持の欠如、そしてこれまでのところ貿易政策による経済効果の不在にもかかわらず、週末にかけて関税を二度引き上げた。

米連邦最高裁判所が、トランプ大統領が関税賦課に用いてきた主要な権限を無効とした後、トランプ政権は1974年の法律のかつて用いられたことのない条項を、一時的な措置としてアメリカ企業と消費者への高税率を維持するための措置として利用した。この措置は5カ月後に失効するが、政権は年内に、より強力で包括的な関税権限を整備するための時間を稼ぎたいと考えている。

新たな権限の下での関税の即時再導入は、いくつかの疑問を提起する。今や違法となった関税の脅威の下でトランプ政権と貿易協定を交渉してきた国々は、この事態をどう見ているのだろうか? トランプ政権の関税に関するプランBはそもそも合法なのだろうか? プランCDは合法なのだろうか? これら全ては、連邦議会が貿易政策に対する伝統的な統制を取り戻すきっかけとなるだろうか? なぜ逆効果をもたらす政策がこれほど熱心に推進され、国民の議論がほとんど行われていないのだろうか?

第一に、トランプ政権との貿易協定で妥協・修正(accommodation)に至った国々は、偽りの商品を買ってしまったのではないかと自問している。皮肉なことに、アメリカの同盟諸国(イギリスなど)は1週間前よりも高い輸出障壁に直面する一方で、名目上の経済ライヴァル諸国(中国など)はより低い障壁に直面している。

例えば、ヨーロッパ連合(EU)はアメリカと貿易戦争休戦(a trade truce)について交渉した(まだ批准していない)。この休戦協定では、アメリカのEU製品に対する関税は15%という高水準に据え置かれる一方、アメリカからの輸出に対するEUの関税は引き下げられる。しかし、それは過去の話だ。最近発表されたアメリカの関税率では、EUは実際には交渉時よりも高い関税率に直面する可能性がある。EUは「合意は合意(deal is a deal)」であり、「関税の引き上げはなし(no increases in tariffs)」と主張している。ヨーロッパ議会のベルント・ランゲ通商担当委員長は、関税に関するおとり商法(bait-and-switch)は当初の合意に違反する可能性があると示唆した。

イギリスは、自国の輸出品にわずか10%の関税を課すという甘い協定を結んだと思っていたが、現在では自国の製品に対する障壁がさらに高まっており、トランプ政権との自国の貿易協定の運命がどうなるのか明確になることを切望している。

ヴェトナム、マレーシア、日本、韓国を含むアジア諸国も、懲罰的関税の脅威(the threat of punitive levies)に晒されながら、トランプ政権との合意を急いだが、その関税は後に違法と判明し、今や自らの約束に疑問を呈している。

もう一つの大きな疑問は、トランプ政権が関税維持のために講じた代替措置、すなわち1974年通商法第122条だ。トランプ政権は最高裁判決を受け、直ちに全ての国に10%(後に15%に引き上げ)の関税を課すことを発表した。第122条は、5カ月間最大15%の関税を課すことを可能にしており、その後関税を継続するには議会の承認が必要だ。(政権が新たな大統領令で関税を再び延長できるかどうかは不明だ。)

しかし、真の疑問は、これらの代替関税が合法なのか、それとも先週金曜日に無効とされた関税のように違法なのかということだ。第122条に基づく関税は、国際収支危機への対処を明確に意図している。これは、アメリカがまだ金本位制(the gold standard)だった。1960年代と1970年代に苦闘していた問題だ。その後、アメリカは通貨を自由変動相場制に移行しており、理論的には国際収支危機は発生し得ないため、新たな関税も違法となった。国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストのジーナ・ゴピナスは、世界最大かつ最も流動性の高い経済が国際収支危機に直面しているとは考えていない。

しかし、誰もが同意している訳ではない。現在外交問題評議会に所属する、尊敬を集める元米財務省高官のブラッド・セッツァーは、アメリカの経常収支状況は1974年の法律で定められた条件を基本的に満たしていると主張した。

また注目すべきは、トランプ政権が最高裁判所への提出書類の中で、第122条に基づく関税は現在の状況には適用できないと主張し、だからこそカーター政権時代の法律を前例のない形で適用し、各国により高い関税を課さざるを得なかったと主張した点である。

新たな関税はほぼ確実に訴訟を呼ぶだろうが、近い将来には問題にはならず、あるいは審理されることさえないだろう。(裁判所が最終的に、広範な新たな関税概念を持つ行政府に敬意を払うならば問題は生じるだろう。)新たな関税は、連邦議会が更新を決定しない限り、7月下旬に失効する。

それまでに、トランプ政権はプランCDを準備したいと考えている。これらには、1974年通商法第301条の更なる活用が含まれる。これは、政権が「差別的(discriminatory)」行為を理由に中国に関税を課す際に繰り返し利用してきた、より明確な貿易救済措置である。第301条関税をめぐる法的疑問は少ないものの、実施には時間がかかる。米通商代表部(USTR)はその件で残業を続けている。

その他の可能性のある措置としては、1962年通商拡大法第232条に基づく「国家安全保障」関税(the “national security” tariffs)の更なる活用が挙げられる。米商務省は既に、木材や大型トラック部品といった分野の国家安全保障を守るために関税を利用する件について、12件の調査を進めている。別の選択肢としては、1930年スムート・ホーレー関税法(そう、あのスムート・ホーレー法だ)の新たな斬新な活用が挙げられ、これは更なる法的争点を招く可能性がある。

法的措置に関しては、直ちに行われる措置として、アメリカ政府が輸入業者から徴収した1300億ドルから1750億ドルの税金の還付が行われる予定だ。これは後に違法と判明した。昨年の法廷闘争中、アメリカ政府は、還付は容易かつ自動的に行われると述べていた。しかし、最高裁判所で敗訴した際には、還付は不可能であり、そうでなければ「企業福祉(corporate welfare 訳者註:政府が特定の企業や産業に対して行う補助金、減税、優遇措置)」に当たると警告した。既に数千社の企業が救済措置を申請している。高額な輸入品に高い代金を支払った消費者たちは、いずれにせよ還付を受けられないが、経験豊富な法律事務所の中には還付を受けられるところもある。

より大きな疑問は、最高裁判所のニール・ゴーサッチ判事が金曜日の判決に賛成する中で提起した疑問であるが、それは、連邦議会がほぼ1世紀を経て、アメリカの貿易・関税政策の立案者であり裁定者としての役割を取り戻すかどうかである。トランプ大統領の第二期目において、これまでのところ、貿易権限を行政府から奪還しようとする臆病で不運な試みはほんのわずかしかなかった。

さらに大きな疑問は、最高裁判所の非難と、トランプ政権が輸入品に課税するための未検証の方法を必死に模索していることが、過去半世紀以上にわたり前例のない繁栄の促進に貢献してきた貿易の流れを阻害することの有用性をめぐる、より広範な政治的議論を巻き起こすかどうかである。

トランプ大統領の関税は、アメリカの貿易赤字削減や製造業の再建という目標を達成していないものの、企業と消費者のコストを上昇させ、世界の他の経済圏に取引相手を見直すよう促すことには成功している。自由貿易への強い政治的支持があることを考えると、最高裁の重大判決と政権の慌ただしい対応は、行き詰まりを招いてきた政策を見直す機会となるかもしれない。

※キース・ジョンソン:『フォーリン・ポリシー』誌スタッフライター(地経学とエネルギー担当)。Blueskyアカウント:@kfj-fp.bsky.socialXアカウント:@KFJ_FP

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(終わり)

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2025年1月2日に発生したアメリカによるヴェネズエラ攻撃とニコラス・マドゥロ大統領夫妻の拘束連行はドナルド・トランプ米大統領の決定によってなされた。2026年初頭に世界は衝撃を受けた。年末に価格を下げた金銀プラチナはまた価格上昇に転じるだろう。「有事の金」「ドル離れ」ということになるだろう。

 南アメリカは基本的に地域内で大きな紛争案件を抱えておらず、比較的安定した地域だった。そこに今回の出来事が起きた。南アメリカ諸国は自国の安全保障について、具体的にはアメリカからの攻撃を想定しなければならなくなった。南アメリカ諸国はアメリカの「裏庭」にされ、始原を収奪されてきた歴史がある。「モンロー主義」とはアメリカの帝国主義宣言である。今回の出来事は「ヤンキー帝国主義」の復活ということになる。これは南アメリカ諸国を不安に陥れることになる。

南アメリカの大国はブラジルだ。ブラジルはBRICSの創設メンバー国であり、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領はドルの基軸通貨の地位について疑義を呈している。アメリカにとっては厄介な存在である。しかし、ブラジルはGDPで世界10位、約2兆1800億ドル(約338兆円)の大国である。南米で次に来るのは、アルゼンチンで世界24位、6370億ドル(約98兆7000億円)である。ブラジルは相当な危機感を持っているだろう。ブラジルはどのような行動を取るかであるが、アメリカにべったりになるということはなく、BRICSの枠組みに傾きながら、アメリカに対抗するということになる。バランシングを行うということになる。

私は、南アメリカや西側以外の国々で、「中国やロシアの軍隊をアメリカ軍よけに駐留させる」という選択をする国が出てくるのではないかと考えている。これは極端であるが、アメリカ軍は手ごわい相手とは戦う意図はない。それならば、自国内に中国軍やロシア軍がいれば攻撃を躊躇すると考える国も出てくるのではないかと考える。もちろん、中露両国はそのような申し出を拒絶するだろう。そのような危険な行動を取ることはできない。しかし、西側以外の国々はアメリカの攻撃を恐れて、中露両国に傾倒することになる。ドナルド・トランプ大統領はグリーンランドを狙う態度を示しているが、NATOは集団的自衛権の同盟であるため、アメリカ軍がグリーンランドに侵入するとなれば、カナダからヨーロッパ諸国、トルコまで、アメリカ軍の排除に動かねばならない。それができなければNATOの枠組みは崩壊する。そうなれば、NATO加盟諸国から中露に近づく国も出てくるだろう。

 アメリカ一辺倒の不具合が2026年になって表面化してきた。日本もまたこの事態について真剣に考慮しなければならない。

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南アメリカの戦略的転換(A Strategic Break for South America

-ニコラス・マドゥロ大統領の逮捕を受けて、南アメリカ大陸各国政府は抑止力と自治に関する厄介な問題に直面している。

オリヴァー・ストゥエンケル筆

2026年1月3日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/01/03/venezuela-us-trump-maduro-defense-regime-change/

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1月3日、アメリカがヴェネズエラのニコラス・マドゥロ大統領逮捕作戦を開始した後、コロンビア軍がククタにあるヴェネズエラとの国境検問所を監視する。

土曜日の早朝、ドナルド・トランプ米大統領は、アメリカがヴェネズエラを攻撃し、ニコラス・マドゥロ大統領と夫人を拘束したと発表した。この出来事の歴史的意義はいくら強調してもしすぎることはない。

マドゥロ大統領の破滅的な統治、あるいはトランプ大統領が表明した「ヴェネズエラを統治し、その石油埋蔵量を支配する」という目標について、人々がどう考えるかは別として、南アメリカのある国家の政府に対してアメリカが公然と軍事力を行使したことは、この地域における前例のない重大な断絶(rupture)となる。その影響はヴェネズエラ国内だけにとどまらないだろう。

多くのアナリストたちは、ヴェネズエラに対するアメリカの軍事攻撃を、1989年のパナマ以来の、南アメリカにおける初めての直接的なアメリカの軍事介入だと評している。しかし、その見方は、カラカスで起こった出来事の重要性を過小評価している。南アメリカは単一の戦略的空間ではない。南アメリカと中央アメリカの諸国間の結びつきは限定的な場合もある。

トランプ政権によるマドゥロ政権転覆は、アメリカがある南アメリカの国家の政府に対し政権交代を目的として公然と軍事攻撃を仕掛けた初めての事例である(冷戦期にはワシントンが大陸内の複数の独裁政権を密かに支援していた)。国家間戦争がほぼ存在せず、世界で最もリスクの低い地政学的領域の1つであることを長年誇りとしてきたこの地域にとって、マドゥロの追い落としは分水嶺となる瞬間(a watershed moment)である。

ブラジルやチリといった南アメリカ諸国にとって、1989年のアメリカによるパナマ侵攻は、厄介ではあるものの、現実離れした出来事だった。パナマは中央アメリカの小国であり、歴史的にパナマの名を冠した運河をめぐるアメリカの戦略的利益と深く関わってきた。一方、ヴェネズエラは異なる。南アメリカの大国であり、政治的影響力も大きく、世界最大の確認石油埋蔵量を誇る。今回のアメリカの軍事行動は、大陸全体の国防体制指導者たちに、ワシントンの権力に対する自らの脆弱性を再評価させるだろう。これは、ここ数十年、真剣に検討した者はほとんどいなかったことだ。

冷戦後の多くの時代において、南アメリカ諸国は、ワシントンとの意見の相違が何であれ、アメリカによる直接的な軍事介入の時代は終わったという前提の下で行動してきた。ヴェネズエラへのアメリカの攻撃は、この幻想(illusion)を打ち砕いた。依然としてアメリカと概ね足並みを揃えている政府でさえも、抑止力、自律性、調達、戦略的ヘッジ(deterrence, autonomy, procurement, and strategic hedging)といった厄介な問題を検討せざるを得なくなるだろう。

これまでのところ、南アメリカ諸国の指導者たちは、アメリカによるマドゥロ政権打倒に対する公の反応を政治的に追跡している。トランプ大統領の極右派の同盟者であるアルゼンチンのハヴィエル・ミレイ大統領は、マドゥロ大統領の攻撃と拘束を権威主義(authoritarianism)への打撃として称賛した。一方、左派のブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、これらを主権と国際法の侵害(violations of sovereignty and international law)として非難した。

しかし、密室では、この地域の軍事計画担当者たちは、アメリカの行動を非常に不安なものと捉えている可能性が高い。こうした動きは、アメリカへの依存を減らし、対外的なパートナーシップを多様化し、国家および地域の防衛力を強化する方法についての議論を加速させるだろう。

こうした議論は必ずしも即時の政策転換につながる訳ではないかもしれないが、長期的な戦略的思考を形作るだろう。ブラジル、チリ、コロンビアといった国々(うち2カ国は今年選挙を控えている)は、国内防衛産業の強化、域外パートナーとの安全保障関係の深化、あるいは対外的な強制を困難にする能力への投資拡大に重点を置く可能性がある。これらの動きをアメリカに対するヘッジとして公然と位置付ける国はなくても、そう理解されるだろう。

ヴェネズエラ国内で今後何が起こるかは不透明だ。マドゥロ大統領が拘束されたことで、権力は突如として掌握される。3人の人物がヴェネズエラの未来を左右する可能性がある。

マドゥロ政権の副大統領を務めたデルシー・ロドリゲスは、豊富な外交経験とキューバ、ロシア、イランとの強いつながりを持つ、ヴェテランの政権内部関係者だ。長らく政権内で最も恐れられていた人物の1人であるディオスダド・カベジョ内務相は、国内治安部隊に影響力を持ち、政権の強硬派の中核(the regime’s hard-line core)を担っている。一方、ウラジミール・パドリノ・ロペス国防相は、最も重要な切り札、すなわち軍の忠誠心を握っている。

ワシントンは、多くの識者が想定していたほど、ヴェネズエラの野党によるクリーンな政権掌握には関心がないのかもしれない。ロドリゲスは侵攻前にマルコ・ルビオ米国務長官と会談したと報じられており、トランプ政権と何らかの合意に達したのではないかという憶測が広がっている。

トランプ自身の発言もその方向を示唆している。土曜日の記者会見で、トランプは野党指導者で2025年のノーベル平和賞受賞者であるマリア・コリーナ・マチャドを大統領に据えるという考えに距離を置く姿勢を示した。「彼女が指導者になるのは非常に難しいだろう。彼女は国内で支持も尊敬も得ていない」とトランプは述べた。「彼女はとても素晴らしい女性だが、尊敬されていない」。

トランプの発言は、ワシントンが野党主導の政府への急速な移行よりも安定を優先している可能性を示唆している。もしそうだとすれば、マドゥロ政権崩壊後のヴェネズエラの軌跡は、多くのヴェネズエラ国民が期待するものとは大きく異なるものになる可能性がある。

大きく分けて3つのシナリオが考えられる。1つ目は、主に象徴的なアメリカの勝利である。マドゥロの制圧を取り除けば、ヴェネズエラの政権はほぼそのまま残り、ロドリゲスもしくは他の同盟者が正式に政権を掌握する。ホワイトハウスが、ヴェネズエラの実際の統治に必要な継続的な政治的関心、資源、そして行政能力を投入する意思があるかどうかは、全く明らかではない。ワシントンは成功を宣言し、制裁を部分的に緩和または再調整し、カラカスの根底にある権力構造は存続するだろう。

第二のシナリオは、大規模な国内動員と軍部を含むエリート層の離反を通じた政権崩壊である。この結末の可能性は、カラカスをはじめとする主要都市におけるマドゥロ大統領の逮捕に対する国民の反応、そして軍部が継続的な弾圧のコストが秩序維持のメリットを上回ると判断するかどうかに左右される。

第三のシナリオは、ヴェネズエラにおけるより深い政治的変革を強制するために、アメリカによる長期的な圧力(追加的な軍事攻撃の可能性も含む)を伴う。この道筋は、持続的な強制、アメリカの治安部隊の継続的な駐留、そしてコストが急速に増大する可能性のある期限のない関与を伴う。また、アメリカの行動に対する地域的な不安を増幅させ、アメリカが南アメリカにおける政治的結果を左右するために武力を行使する用意があるという認識を強めることにもなるだろう。

どのシナリオが勝利するかは、ヴェネズエラの将来だけでなく、今後何年にもわたる南アメリカの戦略的状況を形作ることになるだろう。ここ数カ月のワシントンのヴェネズエラに対する行動は、西半球全体におけるリスク、力、そして前例に対する認識を既に変化させている。たとえヴェネズエラが最終的に安定に至ったとしても、南アメリカが大国の軍事介入から隔離されているという考えはもはや存在しない。

オリヴァー・ストゥエンケル:カーネギー国際平和財団(ワシントンDC)民主政治体制・紛争・統治プログラム上級研究員。ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(サンパウロ)国際関係論准教授。Xアカウント:@OliverStuenkel

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。世界構造の大きな転換について詳述しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年1月15日に「名目GDPで日本がドイツに抜かれて世界4位に転落」という報道がなされて話題になった。1968年に当時の西ドイツを抜いて世界第2位に躍進したが、2010年に中国に抜かれて第3位となり、今回ドイツに抜かれて4位に転落となった。このことは昨年から既に言われていたことだ。何故なら、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)にこのことを書いたからだ。「日本は経済成長がない国であり、ドイツは高々2%の経済成長率なのに日本を抜く」ということを書いた。そのことを今更声高に叫ぶ必要もない。5位のイギリスに抜かれることはないだろうが、現在6位のインドにも抜かれて、5位に転落するのはここ10年から20年以内の出来事となるだろう。日本は残念なことだが衰退の道を着実に歩んでいる。
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●「日本のGDP4位転落、ほぼ確実に ドイツに抜かれる見通し」

朝日新聞 1/15() 18:13配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/3477c4492a7de21be7d26064cb879c2c9606c716

 2023年の名目国内総生産(GDP)で日本がドイツに抜かれ、世界4位に転落することがほぼ確実になった。米ドル換算で比べるため、日本のGDPが円安で目減りする一方、ドイツは大幅な物価高でかさ上げされることが要因だ。ただ、長期的にドイツの経済成長率が日本を上回ってきた積み重ねの結果という面もある。

 名目GDPはその国が生み出すモノやサービスなどの付加価値の総額。経済規模を比べる時に使う代表的な指標で、1位は米国、2位は中国だ。

 ドイツが15日発表した23年の名目GDPは、前年比63%増の41211億ユーロ。日本銀行が公表している同年の平均為替レートでドル換算すると、約45千億ドルとなる。

 大幅に伸びた要因は、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰などで、日本以上に激しい物価上昇に見舞われたことだ。物価の影響を除いた実質成長率は03%減と、3年ぶりのマイナス成長になった。

 一方、日本の23年の名目GDPは来月発表されるが、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの試算では591兆円(約42千億ドル)とドイツを下回る。円ベースでは前年比で57%増えるが、円安が進んだことでドル換算では12%減ると予測されている。

 日本はすでに19月期の実績で、ドイツに約2千億ドル(約28兆円)の差をつけられている。追いつくには1012月期に約190兆円を積み上げる必要があるが、前年同期が約147兆円だったことを踏まえると、実現はほぼ不可能だ。

 長期的にみるとドイツの成長率は日本を上回っており、経済規模の差は縮まってきていた。国際通貨基金(IMF)のデータから0022年の実質成長率を単純平均すると、ドイツの12%に対し、日本は07%にとどまる。

 各国の経済規模をめぐっては、日本は1968年に西ドイツ(当時)を国民総生産(GNP)で上回り、世界2位の経済大国となった。だが2010年にGDPで中国に抜かれて3位になっていた。(寺西和男=ダボス、米谷陽一)

(貼り付け終わり)

 日本はこれから貧しくなっていく。二極化が進むが、外国から見れば、いくら日本で勝ち組だ何だと威張ってみても、「負け組の船に乗るかわいそうな人たち」というひとくくりの評価だ。私の母方の曽祖父は戦前、アメリカのロサンゼルスに出稼ぎに行って、仕送りをして、子供たちを育て学校に行かせた。ガーデナーといわれる庭師、肉体労働をしていたそうだ。ハリウッドの映画スターの家で働きぶりが良いということで、お菓子をもらったり、子供たちの洋服のおさがりをもらったりして、それを日本に送ってもらって、それを皆で食べた、お古とは言えきれいな洋服を着て目立ってしまったという話を祖母から聞かされた。

そういうことがまた起きるだろう。しかし、今の日本人に何ができるだろう。外国語(英語や中国語など)ができなければ、デスクワークなどはできない。それなら肉体労働はどうだろうか。今の日本人に肉体労働ができるだろうか。はなはだ心もとない。そうなれば、使えない人間ということになる。元先進国の国民で体が動かないというのは、江戸幕府瓦解後の武士階級みたいなものだ。

 各国の経済力や経済成長を見てみると、やはり、非西側諸国(the Rest、ザ・レスト)の勢いが凄まじい。その中核であるBRICSのさらに中核BRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)は、名目GDPで見てみると世界トップ20位以内に入っている。更に、ジョコ・ウィドド大統領の下で進境著しいインドネシアも躍進している。

 名目GDP以外に、購買力平価(purchase power parity)によるGDPという指標もある。購買力平価とは「一つの物品の価格は一つ(一物一価)」という考えから、例えば、ハンバーガーがアメリカでは1ドルで買えて、日本では120円で買えるとすると、1ドル=120円という為替価値が妥当だとする考えだ。購買力平価は短期的な為替ではなく、長期的な動きを示すということになる。そして、この購買力平価によるGDPの評価ということもなされている。こちらの方が実態に近いという説もあるが、名目GDPの方がまだよく使われる指標になっている。購買力平価GDPで見てみると、名目GDPよりもより驚くべき順位が出る。中国がアメリカを抜いて世界第1位であること、インドが既に世界第3位で、日本は4位であること、7位にインドネシアが入っていること、トップ10にBRICが全ては言っていることなど、下記の順位を見て驚く人も多いだろう。これがある側面で見た世界の現実である。
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 ここで重要なのは、インドネシアである。インドネシアは、世界第4位の2億7000万の人口を誇り、名目GDPは世界16位、購買力平価GDPは世界7位となっている。名目GDPが1兆ドル(約143兆円)を突破し、「1兆ドルクラブ」入りを果たした。インドネシア国民の平均年齢は約31歳(日本は約48歳)、これから消費者、生産者として活発に活動していく人々が多く存在する。これを「人口ボーナス」と呼ぶ。一方日本は「老人ホーム」となっていく。日本はこれから旺盛な経済活動を行う、西側以外の国々に抜かされていくだろう。ドイツに抜かされたくらいで悲観的になっていては身が持たない、これからこのようなニューズに何度も何度も接することになるのだから。
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(終わり)


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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』が発売になります。年末年始で宣伝が打てないのですが、自力で皆さんにご紹介しております。このブログで、内容の一部をご紹介しております。参考にしていただいて、お読みいただければ幸いです。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 「モンロー・ドクトリン、モンロー主義(Monroe Doctrine)」とは、1823年にアメリカ第五代大統領ジェイムズ・モンローが連邦議会での演説で発表した外交政策の原理だ。教科書的な書き方をすれば、「アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したこと」となるが、簡単に言えば、「ヨーロッパ諸国に対して南北アメリカ大陸に再び手を出すことは許さないと宣言したこと」である。このモンロー・ドクトリンの考え方を「アメリカの“孤立主義”」とする解釈もあるが、そうではない。

 モンロー・ドクトリンは、「南北アメリカ大陸を含む西半球のことはアメリカが決める、ヨーロッパ諸国に手出しをさせない。その代わり、他の地域のことにアメリカが何か介入することはしない」というものだ。アメリカが西半球の決定者になるということで、「地球の半分の王になる」という宣言であった。しかし、何かきれいごとのように、モンロー・ドクトリンは、「アメリカは海外のことに手を出さない」「アメリカは植民地を求めない」という解釈の根拠にされてきた。

 南米諸国にしてみれば、アメリカがヨーロッパ諸国に対して、南米に手を出すなよと言ってくれた、ということは守ってくれるんだということになって、モンロー・ドクトリンは、歓迎された。しかし、実際には、旧宗主国(colonial master、コロニアル・マスター)であるヨーロッパ諸国に代わって、アメリカが影響力を行使するということであることが分かり、南米諸国を失望させた。アメリカも結局、ヨーロッパ諸国と同じ穴の狢であった。

 アメリカは世界帝国の座から滑り落ちようとしている。アメリカは19世紀にそうであったように、「地球の半分(西半球)の王」へと縮小しようとしている。しかし、南米では中国の影響が増大している。それを何とか解決したい。これこそが「21世紀のモンロー・ドクトリン」である。南米に注力しようにも、人的資源、予算の面で、南米へ注げる力は限られている。そうしている間に中国が影響力を高めている。BRICS(ブリックス)に、南米地域の大国であるブラジルとアルゼンチンが加盟している。アメリカが南米大陸での影響力を回復することはかなり難しい。アメリカの凋落を止めることはかなり難しい。

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モンロー・ドクトリンへの回帰(The Return of the Monroe Doctrine

-ラテンアメリカで存在感を増す中国へのアメリカの対応は家父長主義的な、古いパターンに陥る危険性がある。

トム・ヤング、カーステン=アンドレス・シュルツ筆

2023年12月16日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/12/16/monroe-doctrine-united-states-latin-america-foreign-policy-interventionism-china-gop/

モンロー主義が復活しつつある。今月建国200周年を迎えるにあたり、この古くから神聖化された外交政策原則、「ワシントンが西半球の外に存在する諸大国による、西半球への政治的・軍事的侵略に反対することを宣言する」が再びアメリカの政治議論の最前線にある。

ヴィベック・ラマスワミやロン・デサンティスといった共和党の大統領候補たちは、ラテンアメリカで存在感を増す中国を狙い撃ちするために、このドクトリンの再活性化を求めており、メキシコの犯罪組織に対するアメリカの軍事攻撃の可能性を正当化するものとして、このドクトリンを提示している。彼らは、国連総会でモンローを称賛したドナルド・トランプ前米大統領や、ジョン・ボルトンやレックス・ティラーソン前国務長官などのトランプのアドヴァイザーたちに従っている。

バイデン政権はこの原則を明示的に発動することを控えているが(モンロー大統領について言えば中南米諸国の人々を強く刺激することを認識しているのだろう)、西半球における中国の拡大する足跡に対するホワイトハウスの警告には、明らかにモンロー主義的な色合いが含まれている。

10年前でさえ、21世紀におけるモンローの重要性は薄れていると思われていたかもしれない。イェール大学教授でマチュピチュ探検家のハイラム・ビンガムは、モンロー・ドクトリンの100周年に「時代遅れの禁句(obsolete shibboleth)」というレッテルを貼った。ドクトリンの2世紀目には、アメリカ大陸におけるアメリカの冷戦介入(U.S. Cold War interventions)や単独行動主義(unilateralism)と密接に関連するようになっていた。ジョン・ケリー米国務長官(当時)が2013年に「モンロー・ドクトリンの時代は終わった」と宣言した時、この原則は時代錯誤になっていた。

しかし、最近の復活が示唆するように、モンロー・ドクトリンは長い間、聴衆によって異なる意味を持たれてきた。「モンロー・ドクトリン」という言葉は広く有害であると考えられているが、ワシントンの政治家たちはその遺産継承を断ち切ろうと苦闘してきた。そして、ラテンアメリカにおけるアメリカの言動は、いまだにモンローのレンズを通して認識されている。

死後、モンロー・ドクトリンとして知られることになるその教義(ドクトリン)は、1823年12月2日、当時のジェームズ・モンロー米大統領が連邦議会への年次メッセージの中で初めて発表したものだが、問題となる、一節の大部分は当時のジョン・クインシー・アダムズ国務長官によって書かれたものだった。モンローとアダムスの外交政策には2つの主要原則があった。1つは、ヨーロッパとアメリカ大陸の間に「分離領域()separate spheres”」と呼ばれるものを確立することで、もう1つは、ラテンアメリカと太平洋岸北西部におけるヨーロッパの再征服(reconquest)の試みと領土的野心に対するアメリカの反対であった。

当初、この考えはドクトリンではなかったし、設立されたばかりの共和政体のアメリカがそのドクトリンを武力で裏付けることもできなかった。モンローの言説は当初、かなり高圧的なものではあったものの、ヨーロッパ征服の脅威に対する団結の宣言として受け止められた。旧スペイン系アメリカ植民地の独立指導者たちは、自分たちの大義(cause)に対する暗黙の支持の表明としてモンローの演説に熱心に注目した。

しかし、1846年から1848年まで続いた征服戦争でアメリカがメキシコの北半分を併合すると、アメリカの政策は不吉な色合いを帯び始めた。

数十年にわたって、モンロー・ドクトリンはアメリカの競合する政治派閥の間でより顕著になり、モンローの本来の文脈とのつながりは弱まった。歴代のアメリカ政府は、イギリス、ドイツ帝国、第二次世界大戦の枢軸諸国、そしてその後のソ連など、世界中の他の敵を撃退するためにモンロー・ドクトリンを発動した。ラテンアメリカでは、この原則は各国に(要請の有無にかかわらず)アメリカの保護を提供する一方、どのような行為が脅威とみなされるかを定義するアメリカの権利と、それにどのように対応するかを決定する権利を留保した。この地域に対する固有の家父長主義(パターナリズム)はすぐに、完全な一極主義と介入主義によって補完された。

それにもかかわらず、1860年代後半には、ラテンアメリカのリベラル派やアメリカの奴隷廃止論者(U.S. abolitionists)の一部が、モンロー・ドクトリンを、王朝の利益や大国の共謀ではなく、法の支配(rule of law)と連帯(solidarity)に基づく地域秩序(regional order)を創造する好機と捉えた。

19世紀半ばのリベラル派は、モンローを膨張主義(expansionism)のライセンスと見なす代わりに、旧世界の戦争や共謀から脱却した西半球共通の運命を構想した。このドクトリンは、メキシコのベニート・フアレス大統領やセバスティアン・レルド・デ・テハダ大統領といったラテンアメリカのリベラル派指導者たちの呼びかけを含め、アメリカ大陸におけるフランスやスペインの侵略に対してアメリカが行動することを求めるものとして再び登場した。

リベラル派の指導者たちは、アメリカの規模と力が西半球におけるその地位を際立たせることを認識していたが、国家間の相違は共和党の団結、多国間外交、国際法によって埋められるべきだと主張した。平和は小国を犠牲にして秘密協定を結ぶのではなく、仲裁と協議によって実現されるだろう。

ラテンアメリカ諸国はこの文脈でモンロー・ドクトリンを援用し、今や悪名高い1884年から1885年のベルリン会議へのアメリカの参加を批判した。そこではヨーロッパ列強が西洋文明を広めるべきだという義務(duty)の意識のもとにアフリカの領土を分配した。ラテンアメリカ諸国は、この認可された帝国の拡大が自分たちにも及ぶのではないかと恐れた。

数年後、ヴェネズエラはモンローの遺産を再び訴え、ヴェネズエラとガイアナの国境をめぐるイギリスとの紛争でアメリカの支援を求めた。100年前に行われた仲裁手続きに対するヴェネズエラの不満が、最近の戦争の脅威の舞台となった。アメリカでは、このドクトリンは、国内問題優先主義者たちがヨーロッパの同盟政治にアメリカが関与していることへの批判を進めるためにも役立った。

しかし今世紀に入り、セオドア・ルーズヴェルト大統領は、モンロー・ドクトリンとアメリカの単独介入との結びつきを深めた。最も悪名高いのは、ルーズヴェルト大統領がこの原則の「推論(corollary)」として、新たに強大になったアメリカが近隣諸国を統制する権利と義務を主張したことである。ウッドロー・ウィルソン大統領もまた、多くの外交問題でセオドア・ルーズヴェルトと敵対していたが、モンロー・ドクトリンに対するこの見解をほぼ共有していた。ウィルソンは国際連盟憲章にモンロー・ドクトリンを明記し、アメリカの一方的な特権を明記するよう主張した。

この時点で、ラテンアメリカの好意的な人々でさえもモンロー・ドクトリンに嫌悪感を抱いており、モンローはこの地域の民族主義者や反帝国主義者にとってのスローガンとなった。セオドア・ルーズヴェルトのドクトリン解釈は、連帯と自制を強調するドクトリンの解釈を大きく転換させた。この時代には、アメリカにはラテンアメリカ人を指導し、教育する権利と義務があるという人種的、文明的な驕りが蔓延していた。

しかし、学者フアン・パブロ・スカルフィが示したように、セオドア・ルーズヴェルトの考えが覆され、モンロー・ドクトリンを多国間主義と両立するものとして解釈し直そうという希望が消えた訳ではない。ラテンアメリカ社会の一部では、アメリカは依然として近代性のモデルとして支持されていた。

フランクリン・ルーズヴェルト大統領の、いわゆる善隣政策(Good Neighbor Policy)、西半球不干渉宣言に対するラテンアメリカの主張にアメリカが同意した、この暖かい雰囲気の時代に、モンロー・ドクトリンはこの地域である程度の救済を経験した。1930年代後半までにヨーロッパは戦争状態に入り、独立した平和な領域という考えはアメリカ大陸全体に大きな魅力をもたらした。

そのような期待に反して、アメリカは第二次世界大戦に引き込まれ、当時のヘンリー・スティムソン陸軍長官は1945年5月の日記で、国際連合(United Nations)設立の提案とフランクリン・ルーズヴェルトの不介入の約束が相まって、モンロー・ドクトリンは希薄になったと内々に不満を漏らし、スティムソンは大いに落胆した。

モンロー・ドクトリンに関する明確な言及は減少したが、冷戦の期間中、アメリカの対ラテンアメリカ外交政策は、より介入主義的な熱意を帯びるようになった。ソ連の影響力を排除するという正当な理由によって、アメリカ政府はラテンアメリカ各地で改革主義的な民主化計画を覆し、アメリカに友好的な独裁政権を樹立する手助けをした。1970年、故ヘンリー・キッシンジャー米国務長官はチリについて、「ラテンアメリカの有権者が自分たちの判断に委ねるには、問題はあまりにも重要だ」と述べた。

アメリカがラテンアメリカに露骨に介入することはまれとなった30年後の現在、モンロー・ドクトリンに関する議論が復活しつつあるようだ。

今度は中国との大国間競争が再燃することを予期し、アメリカは西半球以外の地域からの挑戦者、そして西半球内からの挑戦者に対する首尾一貫したアプローチを模索している。モンロー・ドクトリンは、一見シンプルで持続性があるため、アメリカ国内で支持者を増やしている。しかし、最近の共和党内におけるモンロー・ドクトリン礼賛は、ラテンアメリカにおけるモンロー・ドクトリンとその意味を表面的にしか理解していないことを示唆している。

このような使い方はアメリカ国内向けかもしれないが、ラテンアメリカの耳に届くと、常識はずれ(out of touch)、あるいはそれ以上に思われる。モンロー・ドクトリンを褒め称えたところで、ラテンアメリカの人々が、自分たちの利益は西半球地域以外のライヴァルではなく、アメリカとの協力にあるのだと納得することはない。モンロー・ドクトリンを呼び起こすことは、モンロー・ドクトリンが回避しようとする結果そのものを早めることになる。

ラテンアメリカで「モンロー・ドクトリン」という言葉を受け入れる人はほとんどいないだろうが、ブラジルのジャイル・ボルソナロ前大統領、エクアドルのギジェルモ・ラッソ前大統領、アルゼンチンのハビエル・ミレイ新大統領など、この地域の右派の指導者の多くは独自の反中国的気質を持っている。これらの指導者たちは、中国の経済的・政治的比重の高まりを相殺するためにアメリカを頼っている。近年、この地域のいくつかの国々は、台湾から中国に外交関係を切り替え、北京との貿易・投資取引を拡大している。

ジョー・バイデン米大統領が、国連で公然とモンロー・ドクトリンを称賛するトランプ大統領に追随することはないだろう。しかし、バイデン政権のイニシアティヴの多くは、ラテンアメリカでも同じように受け止められている。複数のアメリカ政府高官は、移民や麻薬取引に関連する問題以外にラテンアメリカのために時間を割くことはほとんどなく、アメリカがこの地域に提供する経済支援は、他の地域への関与に比べるとわずかなものと見られている。バイデン政権の高官たちがラテンアメリカの人々に中国との経済的な関わり合いの危険性を説く時、その警告は「アメリカが一番よく知っている(the United States knows best)」というモンローの常套句の現代版として聞かれる。

モンロー・ドクトリンは、最近の復活によって、さらに多くの意味を持つようになった。しかし、モンロー主義(Monroeism)は名目であれ、暗黙の政策パラダイムであれ、失敗する運命にある。用語としての「モンロー・ドクトリン」は、贖罪するにはあまりにも汚染されている。今日の南北アメリカ関係においてこの言葉を持ち出すことは逆効果である。モンロー・ドクトリンは、一極主義、家父長主義(パターナリズム)、介入主義(interventionism)との2世紀にわたるつながりを拭い去ることはできない。

モンロー・ドクトリンを別の名前で呼んでも、その胡散臭さは隠せない。モンロー・ドクトリンの核心原理(core principles)は、現在の国際関係や南北アメリカ関係と衝突している。モンロー・ドクトリンは分離領域の考え方を前提としており、より多国間的なモンロー・ドクトリンの解釈は、独特の「西半球の考え方(Western Hemisphere idea)」の基礎としてこの側面を強調する傾向があった。

しかし、冷戦下の世界規模の対立と普遍的な核の脅威は、分離領域の実現可能性に疑問を投げかけた。グローバルな気候変動とヴァリューチェーンの時代となった今、この主張はさらにありえないものに見える。アメリカはヨーロッパ、アジア、そして世界情勢と切っても切れない関係にあるだけでなく、ラテンアメリカも同様である。

多国間のドクトリンの概念でさえ、家父長的な前提に陥っていた。より多国間的で平等主義的な地域秩序を求める声は、誰が西半球の脅威となるかを決めるのはアメリカであるというモンロー・ドクトリンの基本的な前提とは相容れない。

同様に、当初のモンロー・ドクトリンにあったヨーロッパ諸国による再征服の禁止は、時代とともに他の活動、たとえば数十年前のソ連との外交・通商関係や今日の中国の「債務の罠(debt traps)」にも適用されるようになった。モンローから出発するということは、アメリカがどのような外交関係が不穏当であるかを定義することを前提としている。

そしてここに問題がある。政策立案者たちがモンロー・ドクトリンの意味をどう考えようと、モンロー・ドクトリンの核心は、ラテンアメリカ諸国が世界の中で独自の道を切り開くことができるということを疑っているのだ。アメリカの外交政策がそのような考えを払拭しない限り、モンローの呪縛から抜け出せないだろう。

※トム・ロング:ワーウィック大学国際関係論講師、メキシコシティにある経済学研究教育センターの非常勤教授を務めている。ツイッターアカウント:@tomlongphd

※カーステン=アンドレス・シュルツ:ケンブリッジ大学国際関係学助教授を務めている。ツイッターアカウント:@schulz_c_a
(貼り付け終わり)

(終わり)

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 最近の中国をめぐる動きとして重要なのは、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の訪中とブラジルのルイス・イグナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領の訪中が続けて実施されたことだ。日本のメディアではフランスのマクロン大統領訪中が大きく取り上げられたが、より重要なのはブラジルのルラ大統領の訪中だ。フランスの世界経済に占める割合もそして外交における存在感も衰退し続けている。

マクロン大統領は訪中して中国の習近平国家主席と会談を持ち、何かしらの発言を行ったが、何の影響力もない。フランス国内の年金制度改悪問題でダメージを受けている。ウクライナ戦争に関して、フランスが独自の立場で動いているということはない。NATOの東方拡大(eastward expansion)の一環で、のこのこと間抜け面を晒して、アジア太平洋地域におっとり刀で出てこようとしているが、全てアメリカの「属国」としての動きでしかない。フランスは戦後、シャルル・ドゴール時代には独自路線を展開し、NATO(1948年結成)から脱退(1966年)したほどだったが、2009年のニコラ・サルコジ政権下で復帰している。

 ブラジルはBRICs、G20の一員として、経済、外交の面で存在感を増している。南米、南半球の主要国、リーダー国として、ブラジルは、独自の外交路線を展開している。欧米中心主義の国際体制の中で独自の動きを行おうと模索している。具体的には中国(そしてロシア)との関係強化とアフリカ諸国との連携である。アフリカ諸国との関係強化は南半球のネットワークの強化ということでもあり、かつ、旧宗主国としての西側諸国から自立した地域を目指すということだ。

このような動きが既に始まっている。それを象徴する言葉が「グローバル・サウス」である。また、学問においては、欧米中心の「世界史(world history)」に対抗する「グローバル・ヒストリー(global history)」が勃興している。欧米中心の政治学や経済学、社会学ではこの大きな転換(欧米近代体制500年からの転換)を分析し、理解することはどんどん難しくなっている。

 ウクライナ戦争は世界が既に第三次世界大戦状態に入っていることを示している。第二次世界大戦の際には、世界は連合諸国(Allied Powers、後にUnited Nations)と枢軸国(the Axis)に分かれた。この第三次世界大戦では、世界は大きく、西側諸国(the West)とそれ以外の国々(the Rest)に分かれている。グローバル・サウスはそれ以外の国々の側だ。この戦いでは、それ以外の国々が優勢となっている。これは日本のテレビや新聞といった主流メディアを見ていても分からないことだ。

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ルラ大統領の北京訪問は何故マクロン大統領の訪問よりも重要なのか(Why Lula’s Visit to Beijing Matters More Than Macron’s

-世界の経済の大きな動き、ダイナミズムはグローバル・サウス(global south)に移りつつある。

ハワード・W・フレンチ筆

2023年4月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/04/24/lula-brazil-china-xi-jinping-meeting-ukraine-france-macron-vassal/

今月初め、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が中国を訪問し、中国の習近平国家主席の世界観に同調し、アメリカに対して故意に控えめな姿勢をとり、台湾をめぐる大国の衝突の可能性について、フランスひいては欧州にとって限られた関心事であると発言した。マクロンに対して、ヨーロッパ大陸とアメリカにおいて、批判の声が一斉に上がった。また軽蔑するという声も上がった。

その数日後、ブラジルのルイス・イグナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領が北京を訪れ、マクロンと同様に中国の長年の立場を支持し、ブラジリアがワシントンから政治的に距離を置くことを公にするような発言をした。世界のマスコミは注目したが、それほど大きく取り上げなかった。

それぞれの訪問を個別に考えると、どちらの大統領の中国訪問も、過去との劇的な決別を示すものとは見なされることはないだろう。しかし、5年後、もしくは10年後に、どちらが記憶に残るかということになれば、それは南米の指導者の外交であり、はるかに若いフランスの指導者の外交ではないだろう。

今月、マクロン大統領の訪中がより注目を集めたのは、世界がどのように変化しているかという新鮮で冷静な考えよりも、国際メディアの根強い北大西洋バイアスを反映している。一見したところ、それぞれの国の外交には、他国よりも注目されるだけの根拠がある。GDPが約3兆ドルのフランスは、EUの中ではドイツに次ぐ第2位の経済大国であり、ブラジルGDPの約2倍である。

一方、ブラジルの人口は2億1400万人で、フランスの3倍以上、それだけで南米の人口の3分の1を占めている。人口が全てということはないが、将来を左右する可能性があるという点で、ブラジルに有利な議論はここから始まる。しかし、その前に、マクロンとフランスが、世界の中での重みを増し、アメリカとの距離を縮めようとする、一見、恒常的な試みに対して、懐疑的な理由を更に探る価値があると言えるだろう。

「永続的な(perennial)」という言葉の使用が示すように、世界の主要国に対するマクロンの外交には、本当に独創的なものはほとんど存在しない。歴史家の故トニー・ジャットが書いたように、フランスは1940年春、マース川を越えて押し寄せるドイツの戦車師団の前に軍隊が崩壊し、世界の主要国のクラブから追い出され、それ以来、その地位を回復することはなかった。しかし、そのために、この地位を失ったことに対するノスタルジーと悔しさに基づく外交政策が採用されてきたということもない。

第二次世界大戦がフランスに与えた精神的ショックは計り知れないものだ。伝統的に東ヨーロッパ地域に大きな影響力を持っていたフランスはその力を失った。フランス語は、もはや外交における固定の共通言語ではなくなった。戦勝国である連合諸国に対して、ドイツを解体するほどの懲罰を与えるよう説得することはできなかった。そして、経済的な生存と防衛から、国連安全保障理事会(the United Nations Security Council)という世界外交のトップテーブルへの座を含む、多くの事柄において、フランスが反射的に不信感を抱く「人種(race)」、すなわちアメリカとイギリスのアングロサクソン(the Anglo Saxons of the United States and Britain)の支持と寛容に依存してきた。

左右問わず、フランスの指導者たちはかつての高貴な地位を取り戻そうとして、世界に対して2つの時代遅れのアプローチに固執してきた。第一は、帝国の名残をできるだけ長くとどめることだった。その結果、パリはアルジェリアやインドシナで相次いで植民地支配が生み出す苦難に見舞われ、西洋諸国が帝国を支配することはもはや許されないという新しい時代の到来を受け入れる結果となった。それ以来、アフリカにおいて、フランスは、数年ごとに、軍事的関与と深い経済浸透による支配と干渉の古いパターンは過去のものであると宣言しているにもかかわらず、一連の新植民地関係を放棄することに苦労している。中国を訪問したマクロンは、フランスはアメリカの「属国」にはならないと強く宣言した。結果として、マクロンにとっては何とも厳しい皮肉が出現することになった。

もう一つのフランスの伝統的な戦術は、かつて「旧大陸(Old Continent)」を支配した現実政治(realpolitik)への関与である。これは、その時々の支配的な国に対して、完全に対抗しないまでも、常に緊張関係を保ちながらバランスをとること(balancing in tension with, if not completely against, the dominant power of the day)を意味する。この点で、フランスのアプローチが最も特徴的なのは、戦後、フランスがこのゲームを行った主役は、名目上の同盟国であるアメリカであるということだ。シャルル・ドゴールからフランソワ・ミッテラン、そして現在のマクロンに至るまで、そしてその間にフランスを率いたほとんどの人物を含めて、パリはまるで固定観念に従うかのように、ワシントンの最大のライヴァルと個別の理解や和解を得ようとしてきた。時が経つにつれ、これらにはソヴィエト連邦、毛沢東主席が率いた中国、そして今では経済とますます軍事的超大国である習主席の非常に異なる中国が含まれるようになった。

フランスが自国の問題に関して自律性と独立(autonomy and independence)を望むことを非難するのは間違いだ。しかし、パリはこれまで、その姿勢を持続的に評価させるのに必要な手段をほとんど持たず、ほとんど無能な妨害者として、時には単なる驕りや皮肉屋としてしか映らなかった。

中国に媚びることで、マクロンはエアバスのジェット機の大量発注に関する北京の承認を得るなど、予想通り多くの商業取引を実現したが、他に本当に達成したことはあるのだろうか? ロシアのウクライナ侵攻がヨーロッパの平和と安全への願望に対してどのように脅威を与えているのかを考えるよう習近平主席に求めたマクロン大統領は、北京が台湾への領有権を行使するために武器を使用する可能性に対する緊張が強く高まっている時に、台湾をバスに乗せようとしているように思われた。ヨーロッパでは、台湾をめぐる戦争のリスクが高まることへの懸念だけでなく、民主政体世界に対するシステム的な脅威としての中国への懸念も高まっている。恥ずかしいことに、先週、中国の駐仏大使が、かつてソ連に併合されていたEU加盟国であるバルト三国の主権を疑うような発言をしたのは、マクロンの訪中から1カ月も経っていない中で行われた。

更に言えば、アメリカからのヨーロッパの安全保障の独立を求めるマクロン大統領の新たな主張についてどう考えるべきだろうか? これも立派な考えではある。しかし、ワシントンがキエフに軍事的、外交的支援を提供する際に果たした指導的役割がなければ、ウクライナがロシアのウラジミール・プーティン大統領の侵略をなんとか持ちこたえられたことに疑いの余地はない。

ヨーロッパが自分たちの地域を守れるようになることは望ましいことかもしれない。だが、そのために必要な投資をする現実的な見込みは、当分の間、ほとんどないだろう。西ヨーロッパは、より高度な兵器はともかく、ウクライナが必要とする通常の砲弾を維持することさえできない。マクロンは、防衛と自決(defense and self-determination)に関するヨーロッパの良心(conscience of Europe)として真剣に受け止めるべきなのか、それとも彼の発言は、フランス人の貧しさと失われた関連性への郷愁の最新の表現に過ぎないのか、疑問が出てくる。

こうした背景の中で、ブラジルの最近の外交はもっと注目されるべきものである。確かに、南米のブラジルは、アメリカの外交政策から独立した実質的な行動できる余地を確保しようとする姿勢も以前から持っていた。国際基軸通貨(international reserve currency)としてのドルの存続を批判し、アルゼンチンとの通貨統合を模索し、さらにはウクライナ戦争をめぐって欧米諸国を批判するルラの取り組みは、単に象徴的な進歩主義者(iconoclastic progressive)の気まぐれと見るのではなく、最も重要な国家の1つから台頭しつつあるグローバル・サウスの1国として、その欲求を反映したものとして捉える必要がある。

何よりも、ブラジルの重要性が存在するのがこのグローバル・サウスという舞台だ。散らばっているように見えることもあるが、グローバル サウスは、世界の経済ダイナミズムの大部分が変化している場所だ。これは、世界の豊かな国のほとんど、および中国の悲惨な人口統計と、インド、インドネシア、ブラジル、メキシコなどの国々が世界のGDPランキングで力強く上昇するように設定されている世界経済生産のパターンの変化の中にみられる。そして、アメリカとイギリスを含む伝統的な西側の先進諸国は、現在から2050年の間に緩やかに衰退していくことになる。

ルラの発言は、欧米諸国にとって懸念を掻き立てるもの、更には脅威となると考えるのは間違いだ。マクロン大統領の言葉を借りれば、ブラジルは中国の属国になろうとは思っていない。ブラジルの可能性の多くは、自国の道を切り開くことにある。ドゴールはかつて、ブラジルを評して「未来の国(country of future)だ、これからもそうだ」と言ったという。しかし、多様な経済と豊富なソフトパワーを持つ多民族国家でありながら、対外侵略(extraterritorial conquest)の歴史もなく、他国を支配する野心もないブラジルに関しては、ようやくその時代が到来したということかもしれない。

アルゼンチンとの経済関係の強化が示すように、ブラジルは近隣諸国から恐れられてはいない。しかし、南半球のリーダーとしてのブラジルの将来の鍵を握っているのは、アフリカかもしれない。アフリカ大陸は、世界で最も人口が増加している地域であり、近年は堅調な経済成長を遂げているが、急増する若者たちが必要とする雇用の創出やインフラ整備を支援する新しいパートナーシップを切望している。中国は、これまでアフリカとの貿易や投資を独占してきた欧米諸国を抜き、アフリカにおける欧米諸国の代替的存在として急成長している。

ブラジルは、ルラ大統領の就任後、南大西洋の経済・外交パートナーシップを強化するための投資を開始したことは、別の記事で紹介した通りだ。ブラジルとアフリカは、大西洋横断奴隷貿易の悲劇的な歴史によって深く結ばれている。新しい強力な南北関係を率先して構築することで、ブラジルとアフリカは共に、より良い未来への扉を開くことができるだろう。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。コロンビア大学ジャーナリズム専門大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新作には『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカの人々、そして近代世界の形成、1471年から第二次世界大戦まで(Born in Blackness: Africa, Africans and the Making of the Modern World, 1471 to the Second World War.)』がある。ツイッターアカウント:@hofrench
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(終わり)

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